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 「まぐまPB9 アニメの声と音と音楽と」が完成しました。

 私は、エッセイ「体験的〈冨田勲〉鑑賞記 冨田勲が教えてくれた」とコラム3編を寄稿しました。エッセイはブログに書いた訃報記事を基に大幅に加筆したものです。
 12月27日より以下の書店で直販されています。

 ・タコシェ(中野) 
 ・模索舎(新宿) 
 ・夢野書店(神保町)
 ・ブックカフェ二十世紀(神保町)

 また、通販も行っております。

 ・蒼天社通販
 

 ご興味あれば、ぜひご購入のほどお願いいたします。


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A5判・定価 本体500円+税
制作:STUDIO ZERO/発行:蒼天社/発売:開発社
ISBN978-4-921214-33-3 C0079

目次:
 わたしの「女性声優」史-「メーテル」発「のだめ・閻魔あい」経由「暁美ほむら」着/小山昌宏 初見智子
 耳で語るアニメーション/足立加勇
 多様なコミュニケーションを表現するポケモンアニメの鳴き声/坂口将史
 アニメーションと効果音について/荻原 真 
 シネマ・レビュー チロヌップのきつね/新井啓介 
 我が思い出の第三次声優ブームとその周辺/鈴木真吾 
 CINEMA REVIEW WXⅢ PATLABORTHE MOVIE3/新井啓介
 アニメの音って何だろう? 効果音から考えるアニメの音/小山昌宏 初見智子
 ブックレビュー 作曲家・渡辺岳夫の肖像/新井啓介
 宮駿駿監督作品における「無音」について/小池隆太
 体験的〈冨田勲〉鑑賞記 冨田勲が教えてくれた/新井啓介
 KOKIA「動物の音楽会」によせて-「けものフレンズ」へのシンクロニシティ/小山昌宏 
 洋楽・オン・アニメ/鈴木真吾 
 彼女たちのジブリ・ヒロイン-「宮崎駿と高畑勲」作品の女性像が問いかけるもの/小山昌宏
 進撃の巨人?暴力が支配する世界システムの果てに=イメージの「壁」がリアルな「壁」を出現させる原初的暴力/小山昌宏




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2001/10/29

 「落語家の居場所 わが愛する藝人たち」(矢野誠一/日本経済新聞社)  

 古今亭志ん朝の死去はショックだった。  
 小林信彦がコラムや月刊誌への寄稿に書いているからその受け入りというわけでなく、僕自身志ん朝が現代の落語界の中でトップに位置していたことは十分承知していた。といっても僕は志ん朝の生の高座を見たことがない。ファンだったなんていうのはおこがましい。  
 その昔落語界の四天王と言われた志ん朝、円楽、談志、円鏡の中で(あくまでもTVで落語を聴いた印象として)一番巧いのが志ん朝で、歳を経るごとにその芸に艶がでてきたように思えた。  
 何ともいえない色気と歯切れのいい江戸弁は志ん朝だからこそというものがあり、それはこの夏放映されたNHK「茂七の事件簿 ふしぎ草紙」のナレーションでも堪能できて、早く一席拝聴したいと思っていた。  
 今年になってから川口のホールで志ん朝の落語会があって、関心があったもののチケットを手に入れるのが面倒だったので次の機会にとパスしてしまったのが悔やまれる(もしかすると、この落語も病気のため代演になったかもしれないが)。 
 病気療養中だったなんて、全然知らなかった。これから10年、20年は活躍する人だと思っていた。本当にもう少し経ったら、寄席やホール落語であの語り口に触れようと考えてのだ。それがもうかなわぬ夢になってしまった。  
 普通なら落語のCDでも借りてきて、聴きまくればいいはずなのに、やっぱり本でまず落語を知りたいと思ってしまう。僕の悪い癖である。  

 落語、落語家に関するエッセイが満載されている。
 うんちく話が面白い。  
 そもそも「古典落語」「創作落語」なる区分けはなかった。庶民の普段着が着物から洋服に変わって、生活が一変してしまったことから「古典落語」なる言葉が誕生したという。  
 落語が活字と放送によってどう変わっていったか。庶民の娯楽になっていったかという文章が興味をそそる。  

 著者が愛する藝人たち、取り上げられている噺家たちたちはほとんど実際の高座を見たことのない人たちばかりだ。  
 歌笑、文楽、志ん生、円生、可楽、金語楼、三平、柳朝。  
 志ん生はテープで何度か聴いたりしている。三平は晩年の姿を国立演芸場で見ている(言っていることはくだらないのだけれど、何度もゲラゲラ笑ってしまった)。  

 落語界の四天王という名称を言い出したのは著者であることを知った。ただし、当初は〈四羽烏〉と命名したらしいが、あるところから〈三羽烏〉はあるが〈四羽烏〉なんて言葉はないと揶揄されて四天王になったとか。  
 驚きなのは著者が命名した四天王のメンバーである。志ん朝、談志、円楽、柳朝とある。円鏡(現橘屋円蔵)ではなかったのだ。僕が四天王という言葉を知った時にはすでに円鏡だったはずで、いつのまに柳朝と円鏡が入れ替わってしまったのか。驚きとともに納得したところもある。  
 春風亭柳朝については小朝の師匠、長い間闘病生活をしていた(その後死去)という印象しかないのだが、この前読んだ色川武大「なつかしい芸人たち」にも病床の柳朝を励ますエッセイがあって、気になっていた。柳朝のきっぷのいい江戸弁噺を聴いてみたくなった。  
 晩年の好々爺然とした姿しか見たことのない林家正蔵(彦六)の反骨精神も垣間見た思い。  

 まさしくよき時代の落語賛歌であり、入門書である。


2001/11/09

 「落語入門百科」(相羽秋夫/弘文出版)  

 これから落語の本を読んだり噺を聴いたりする際何かしらの足しになるのではないかと思い借りてきた。
 書名どおり落語入門書であり、落語百科である。落語のしくみ、成り立ち、分類から登場人物の名前、キャラクター設定までこと細かく解説されている。落語の基礎用語までついている。  
 著者は関西の人。だから解説も上方落語が主となっていて、そこが少々不満だった(別に江戸落語をおろそかにしているわけではないが)。ある噺が関西ではタイトルが××、これが江戸にいって「○○」になり、内容も△△風になった、という記述が目立つのだが、これって逆じゃないかと関東の人間として思う。漫才の本場が関西であるように、落語の本流は江戸弁にあると。落語の魅力は何といっても歯切れのいい江戸弁ではないかと主張したい。  
 まあ、それはそれとして入門書として最適の書であることは間違いない。こういう本を読むと落語の世界がぐっと身近に感じられるだろう。    

 落語の登場人物の項で「寿限無」が取り上げられていて、長い名前が全部記されている。  

 寿限無寿限無五却のすり切れ海砂利水魚の水行末雲行末風来末食う寝る所に住む所やぶら小路ぶら小路パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助  

 小学生の時、この名前を一所懸命覚えて暗唱していたっけ。  
 後年、この寿限無のオリジナルストーリー(新作落語か?)を考えた。  
 あるバーで女が男と知り合う。名前を訊くと「寿限無……」。まあ、いろいろあって意気投合、ホテルへ直行する。(略)女が感極まって男の名前を叫ぶ「寿限無……いく~!」言い終わった時に男が一言「もう出ちゃったよ」。


2001/11/18

 「江戸前の男 春風亭柳朝一代記」(吉川潮/新潮社)  

 ラスト近くになったら涙がとどめもなく頬を伝わった。この涙はいったい何なんだ。  
 江戸っ子を絵に描いたような柳朝の生き方に共鳴してしまったというわけか。  

 以前にも書いたとおり春風亭柳朝については、十数人の先輩たちをごぼう抜きして真打に抜擢された春風亭小朝の師匠というイメージしかなかった。それも柳昇とダブっているのだから始末におえない。病気で倒れたニュースを知り、しばらくしてTVで柳昇をみかけ、復帰したんだと喜んだことがあった。情けない話、よく顔も覚えていない。  
 最近落語に関する本を読んで、病後の柳朝について書かれた文章に触れるたびに柳朝について、どんな噺家だったのか、落語界でどういう位置、立場にあったのか、どんな人生を送ったのか、深く知りたくなった。そこで本書を手にとったわけだ。  

 プロローグは病床に伏していた柳朝が自分の死を意識するところ。思い出がかけめぐりやがて師匠の林家彦六(正蔵)に迎えられてあの世へ旅発つ。続く第一章では、その瞬間をむかえた奥さん、弟子の小朝、仲間たちの様子が活写される。

 とてもドラマティックな、というか柳朝に対する作者の考え、思いが色濃く投影されている評伝といえるだろうか。  
 落語家の評伝らしく各章のタイトルがふるっている。第一章「くやみ」に始まって「代書屋」「らくだ」「火炎太鼓」等々、最後の二十章「ねずみ」と落語の演題になっているのだ。さらにその章ではタイトルにふさわしいエピソードが挿入されるという趣向で、少々出来すぎの感もしないではないが、とにかく語りの巧さに脱帽してしまう。
 
 職を転々とする青年が寄席で見た落語家の芸に惚れ、落語家こそ天職とばかりに入門。その落語家・蝶花楼馬楽、後の林家正蔵。この師匠と弟子のやりとりが笑える。破門されること数回。頭を下げれば済むことなのに、それができない弟子。師匠も師匠で一度発した言葉を撤回できない。間に入る師匠の奥さんの苦労がしのばれる。  
 売れてきてからも、入ってくる金はまったく家に入れず、奥さんは自分で働き、それでも足りないと金策に走る。この奥さんがしっかり者(さすが上州女!)だから、柳朝は好き勝手に振舞えたのだろう。
 
 お洒落でシャイで気風がよくて辛抱強くないのが難点…ああ、こういう人物ってどこかで見たことがあるなあ、と思いあぐねていたら、不意に寅さんの顔が閃いた。
 
 よんどころのない事情で奥さんの知り合いの子どもを預かるくだりがいい。子のいない柳朝の優しい眼差しが目に浮かぶ。本当の親子のような生活を送るようになるのだけれど、やがて実の親が引き取りにくる。
 別れる際にいつでも連絡してくれという柳朝の言葉にうなづく〈子〉。しかしそれっきり何の音沙汰もない。  
 それから十数年後、仙台に仕事ででかけた柳朝が列車の中で青年となったかつての〈子〉と再会。なぜ手紙も書かなかったのかがわかる。実の親は柳朝夫婦にわが子をとられるのではないかと心配し、交流させなかったのだ。二人の会話にしみじみしてしまう。  
 弟子たちへの愛情もふるっている。こういう師匠だったらとことんついていきたくなる。  

 林家正蔵が本当は小さんを襲名するかもしれなかったことを本書で初めて知った。円生との仲の悪さの要因も具体的に書かれている。  
 落語協会の分裂騒動も詳細に描かれ、その実態がよくわかった(かつて三遊亭円丈「ご乱心」で把握していたつもりだったのに)。  

 森田芳光監督の商業映画デビュー作「の・ようなもの」に主人公の師匠でゲスト出演しているというから、今度ビデオでどんな噺家だったのか確認してみよう。




 本日、ついにダウンしてしまった。

 昨日15日(土)、17時から、ブックカフェ二十世紀で弦楽四重奏のライブがあった。
 メンバー4人の名前の頭文字をとって名づけた「TINYクァルテット」による「TINY Presents」。ささやかなプレゼントという意味。これが結成最初のライブだという。

 第1部は、モーツァルトの弦楽四重奏曲第19番「不協和音」K465。
 初めて聴く楽曲だ。クロノス・クァルテットが演奏する「レクイエム・フォー・ドリーム」の主題曲を彷彿させてくれた。その不協和音ぶりが。
 10分間の休憩のあとの第2部は、ポピュラークラシック集、クリスマス・ソング・メドレーなど。知っている曲だと、なぜかほっとする。

 ライブお客様は40人弱。夏の昭和歌謡ライブに続いて大成功だったといえるだろう。

 このときは特に身体に変調はなかった。

 朝、4時に起きたとき腰が痛くて歩けない。予兆はあった。休みの日、歯石取り(半年ごとに通っている歯周病治療)にI歯科に行こうと自転車にまたがったとき足の根本に痛みが走ったのだ。
 しばらく様子を見ようとDQに電話して1時間ばかり遅れることを伝えた。布団で寝ていると、徐々に具合が悪くなっていく。6時過ぎにもう一度電話して休む旨を伝えた。
 9時、やはり具合は良くならない。今日一緒に入る女性スタッフに時間に遅れることをLINEする。
 12時、良くならない! 電話する。
 明日、明後日はクローズドの会合「これからの日本を考える懇談会」と月一恒例「淳子のお読見会」がある。今日無理するjこともないか。スタッフYさんも一人でなんとかできると言う。申し訳ないけど休みます。
 そのまま寝て、目が覚めたら17時だった。ずいぶん楽になった。


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TINYクァルテット

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メンバーが各自お客さんを呼び
会場はほぼ満席



2001/10/17

 「石原慎太郎の人生 貧困なる精神N集」(本多勝一/朝日新聞社)  

 石原慎太郎が元気である。期待倒れに終わってしまった青島幸男に代わって東京都知事の椅子に坐った石原慎太郎の勇ましい発言は連日のようにメディアを賑わせている感がする。  
 靖国参拝する知事に記者がその立場を「公人か私人か」と問うた時、「バカなことを質問するんじゃない!」と一喝した時は爽快だった。靖国参拝する大臣に対して何とかの一つ覚えみたいに同じ質問するマスコミにいい加減うんざりしている。公人だろうが私人だろうが参拝するのは本人なのだ。愚問以外何ものでもない。三国人発言も本人に差別意識があったわけではないと思う。  

 お前は石原慎太郎ファンなのかと早合点しないでほしい。確かにマスコミ対応する際の態度は堂々としているし、見えすいた質問には感情そのままに怒りだす、そういうところは新鮮だし、頼もしい感じがするけれど、あの自信はいったいどこから湧いてくるのだろうといつも疑問なのだ。そのくせ、神経質そうにいつも目を瞬いていて、そこだけ見ていると小心者のように思えてしまう。
 だいたい選挙で弟石原裕次郎の威光を借りるあまりの節操のなさが気に入らない。「太陽の季節」で文壇デビューした小説家としての活動はどうなっているのか。  
 そんなことを考えていたところ、図書館の棚に本書を見つけた。
 
 タカ派の石原について良いことが書かれているはずもない(だから読もうとしたのだ)と思ったものの、ほとんど全否定というのが驚いた。  
 「ウソつき」と「卑劣な小心者」をこねて団子にしたような男だって。  
 まあ、確かにそのとおりなのかもしれないが、ここまで否定されると少しはいいところもあるだろうと弁護したくなってしまう。  
 大江健三郎を批判した「文筆家の生活」でも感じたことだが、批判対象者をことごとく罵倒するのは方法論としてどんなものか。相手の功罪の罪ばかり責めるのは、あまり賢い方法でないと思う。功もちゃんと認めた上で批判するから、その真意が第三者に届くのではないか。  

 本書は「週刊金曜日」の連載をまとめたものだから、石原慎太郎のほかにもいろいろと話題がある。
 大江健三郎の息子のCDに関する大江自身の親バカぶりはそのとおりだと思う。しかし「ら抜き言葉」に関しての文化庁批判はちょっと論旨が違うのではないか。言葉の美しさという点ではどう考えているのか、方言云々なんて持ち出したってしょうがない。  
 日垣隆『「買ってはいけない」は嘘である』にも相当頭にきているのがわかる。この本を取り上げて、日垣隆のことを〈文春のあわれなシッポ〉と切り捨てる。名前を書くのも汚らわしい、とばかりに文章の中にその名がまったく見当たらない。  
 しかしなぁ、とまた僕は思う。日垣隆の体質(つまり徹底的に取材する姿勢)は「週刊金曜日」の仲間である佐高信より、よっぽど著者に似ているのに。


2001/10/20

 「黒澤明と小津安二郎」(獅騎一郎/宝文館出版)  

 先ごろ第11回ドゥマゴ文学賞を受賞した堀川弘通「評伝 黒澤明」に黒澤明と成瀬巳喜男の映画に対する取り組み方の違いを記した興味深い文章があった。  
 本書は黒澤明と小津安二郎という日本を代表する巨匠を、シナリオ執筆から撮影、編集、ドラマ作り、その人間性までを網羅して徹底比較している。
 
 黒澤明については作品を鑑賞したり、書籍を読んだりしてまがりなりにも知識がある。しかし、小津安二郎についてはこれまで一度も作品を見たことがないし、黒澤明に並んでいろいろと研究本が上梓されているにもまったく関心がわかなかった。黒澤と小津の違い、というより小津監督とはどういう人なのか、その作品にどんなものがあって、どう評価されているのかを知りたくて手にとった次第。  

 著者はまず黒澤映画と小津映画を「用心棒」「野良犬」、「麦秋」「東京物語」という二人の代表的作品を例にしながらファーストシーンの違いから論じていく。  
 プロローグ的に自然、町の様子を丹念に描写していく小津映画と違って、オープニングから核心に触れた展開になる黒澤映画。  
 〈調和、協調〉の小津映画に対して〈対立、葛藤〉の黒澤映画。  
 パートナーと旅館にこもっておよそ3ヶ月間酒ばかりくらって、自然発酵のように湧き出したテーマ、ストーリーを朝9時から夕方5時まで命を削るように1ヶ月かけてシナリオにする小津監督。構成をたて、ハコと作り、執筆という段取り。  
 黒澤監督は数名の仲間と旅館にこもるのは同じでも、ガキのけんかのような激しいぶつかりあいの末にシナリオを完成させる。執筆時間に制限はない。思い立った時が執筆時間なのだ。そして構成を立てない。
 撮影についても小津組は定時に始まり定時(シナリオ執筆同様朝9時~夕方5時)に終わり、予算内やスケジュールどおりにアップする。対する黒澤組はいいカットが撮れるまで粘りに粘る。当然、予算が超過する時はあるし、スケジュール内に終了しない場合もある。  
 スタッフの立場になると定時に終わる小津組では残業代が稼げないという嘆きもあるわけだ。
 
 映画そのものはどうか。  
 小津監督はとにかく構図を大切にする。固定した画面、いつもローポジションでパンや移動はなし。技巧を嫌ったのだ。構図を優先するため時によってはカットのつながりを無視することもあったという。役者は笠智衆が常連。黒澤監督は「動」の美しさを追及する。フェードイン、フェードアウト、オーバラップ、ワイプ等は画面転換の技法はことごとく使用。志村喬、三船敏郎を好んで起用した。意外だったのは撮影現場ではハプニングを期待したこと。  
 両監督とも役者に対する指導は徹底していて、リハーサルに余念がない。しかし小津監督の場合、何度も役者にダメをだすその意図が実は役者の坐る位置に起因していたというから最初に構図ありきの姿勢がうかがわれる。それに比べ黒澤監督は演技に対するダメだしは語り草になっているものの、意外だったのは現場では常にハプニングを期待していたということ。ハプニングによって、自分のイメージ以上のものができるのなら、すぐに取り入れたというのだ。
 
 ことごとく資質が違い、両極端に位置する両監督に共通するのが能に対する造詣である。エネルギッシュだった時代でも「蜘蛛巣城」に能の様式を取り入れている黒澤監督は「影武者」以降の作品にその傾向が強く見られるようになった。得意の〈対立、葛藤〉から〈美の追求〉への転換である。  

 以上のように本書は二人を徹底的に比較していくわけだが、小津作品に不得手だった僕には小津作品への興味が芽生えてきた。




 ブックカフェ二十世紀で二週続いた自主企画イベント2つが終わって、溜まっている仕事を片付けようと思っていた。カフェ業務は一緒に働く女性スタッフに任せて、PC作業を進めようと。HP告知案内の訂正、確定済みの1月イベントのFB、ツイッター告知、1月の総合案内チラシ作成用のテキスト……。
 甘かった。スタッフが怪我や発熱で早退、休みで、代わりに臨時スタッフに入ってもらったのだが、そうなると調理はほとんど自分でやらなければならなくなる。カウンターから出ることができない。昼休憩もとれないのだから。
 おまけに、11日(火)のBC二十世紀年末恒例イベント「忘年パーティー」の準備があった。

 忙しさは相変わらずで、帰宅してもすぐに横になってしまう日が続いた。
 先週の「相棒17」なんて、翌日布団にもぐりこんで観たのだがすぐに寝てしまった。目が覚めたら朝で当然蛍光灯、TVはつきっ放し。よくあることだが。その夜また覚えているところから観直したが、横になっていたのでまたウトウト。気がついたらラストだった。巻き戻して(ビデオじゃないから実際は巻き戻さないけれど)もう一度観るがやはり途中で熟睡してしまった。次の日の夜、やっと残りを観て内容を把握できた次第。

 「忘年パーティー」は、BC二十世紀が主催するイベントである。二十世紀で催事を開催している、あるいはこれから開催しようとしている方、イベント出演者、あるいはイベントにお越しのお客様の交流を趣旨としている。この交流で来年の催事でまた新しい企画が生まれたら嬉しい。
 
 一昨日の「忘年パーティー」は、初めてこの趣旨に則ったものになったのではないだろうか?
 お客様は40名弱。映画監督、脚本家、写真家、俳優、編集者、大道芸人、出版関係者、アーティスト、占い師、さまざまなジャンルの方が一堂に会した。PRタイムを設けて彼ら(彼女ら)が手掛けた(手がける)イベントの紹介ができた。
 今回は毎月11日に開催される「被災地域の酒を呑む会」を拡大して企画され、初の試みとして、料理及び日本酒を外部の業者に依頼した。岩手の日本酒(一升瓶)が10本。女性料理人が腕をふるった肴の数々。これが大成功。会場はまさに大盛況。

 余興ゲストは昨年に続いて立川キウイ師匠。らしい高座だった。マクラが面白い。
 もう一人のゲスト(的お客様)のきくち英一さんが交流会を盛り上げてくれた。中締めの5本〆!

 司会進行は疲れた。
 本当は、この日、パーティーが終わったら、シネカラのメンバーと近くのカラオケで二次会を行う予定だった。シネりんとして参加した3人が21時30分過ぎに予約していたカラオケBOXへ。
 僕も22時過ぎに合流する予定だった。

 パーティーが22時に終わるわけがないじゃないか!
 後片付けもいつもの倍はかかった。
 店を後にしたのは23時半近く。疲れと帰宅を考慮して電車に飛び乗ってしまった。

 で、昨日は部屋でウダウダしていた次第。
 ホント、何もしたくなかったのよ。

 
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PRタイムの1コマ
この秋から始まった「ワンコイン英会話」のお二人

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お馴染み、きくち〈帰マン〉英一さんのスペシウム光線

(2点とも新藤健一さんのFBから拝借)




2006/09/23

 「ゆれる」(シネマアミューズイースト&ウェスト)

 大学3年の夏だった。脳腫瘍の手術が一応成功した母が退院、自宅に戻ってリハビリ生活を送っていた。大学生の僕は夏休みということで自宅で〈主婦業〉に精をだし、自動車教習所に通っていた。弟は高校生。
 ある日、彼女と東京でデートしようと約束した。ところがその日、弟も出かけることになった。留守番がいなくなる。母親の面倒はどうなる? 相談の結果、足利のおばさん(母のすぐ下の妹、隣町の足利に住んでいる)に理由を話してその日だけ家に来てもらうことにした。
 電気店を営む父親にその旨話すと烈火のごとく怒り出した。「なぜ他人の力を頼りにするんだ」と。
 他人じゃない、お母ちゃんのただ一人の妹だ(あとはすべて弟)、お願いしてみるだけしてもいいじゃないか、ダメなら他の方法を考えるから。兄弟は反論するが、父は聞く耳を持たなかった。本当だったら、僕が彼女に理由を話して日にちを替えてもらえばいいだけの話。しかし、久しぶりに会える彼女のことしか頭になかった。やがて弟が泣き出した。
「いつだって、ボクが犠牲になるんだ」
 弟はそう訴えているかのようだった。

 母が入院すると、弟は自分で弁当を作って高校に通った。やがて、叔父(父の弟)の家に下宿し、母の退院に備えた。毎日の母親の手作りの弁当が楽しみにしていた僕の高校時代とはえらい違いだ。
 高校を卒業すると弟は地元の企業に勤めだした。僕はというと、母親が病気になって、家が大変のときでも自宅通学に切り替えなかったし、大学卒業後も自分の夢をかなえるため東京に住み続けた。勝手気ままな人生を送っている。
 ずいぶん経ってから、弟と高校卒業後の進路の〈もしも〉について話したことがある。
 商業高校に通い、大学進学は考えていなかっただろうけれど、専門学校進学という道はあったのだ。
「じゃあ、お兄ちゃん、ボクが専門学校に行きたいって、上京したいって言ったら家はどうなったの? お父ちゃん一人になっちゃうじゃないか、そんなこと言えないよ」
「その気持ちがあったならダメもとでいえばよかったんだ」
「そうしたら、お兄ちゃんは戻ってきた?」
「……」

 映画監督になる夢は現実と照らし合わせ、とにかく映像の仕事がしたいという考えのもと、CF製作会社(プロダクション)を第一志望に就職活動を始めた。しかし受けた会社すべてが不合格。就職浪人して翌年にやっと念願のCF製作会社で働きだした。
 家の問題を省みないでがむしゃらに自分のことだけ考えて生きてきた。とはいえ、母のこと、家のこと、家族のこと、決して忘れていたわけではない。頭から離れることはなかった。勝手気ままに過ごしていいのかという忸怩たる気持ちはいつも抱えていた。大学3、4年の鬱病、せっかく就職した会社を辞める原因となった躁病。その根底には母の病気にかかわる家と家族の問題があったことは確かなのだ。

 「ゆれる」は個人的にもいろいろ考えさせられる映画である。

 主人公は東京でカメラマンとして成功して悠々自適な生活をしている青年(オダギリジョー)。母親は昨年亡くなり、郷里の山梨では父(伊武雅刀)と兄(香川照之)がガソリンスタンドを経営している。母親の一周忌で久しぶりに帰郷すると、ガソリンスタンドで幼なじみで昔つきあったこともある彼女(真木よう子)が働いていた。再会した晩に肌を重ねるふたり。
 法要のあと、青年は兄に誘われ彼女と3人で近くの渓谷に遊びに行く。二人から離れて写真撮影をしているときにそれは起きた。彼女がつり橋から転落して死亡したのだ。そばには呆然と兄が立っていた。
 事故が事件か、兄の犯罪を問う裁判が始まった。無実を主張する兄。兄を救いたい弟。しかし兄弟の間にはさまざま思惑がうずまいていた。青年が証言台に立つ日がやってきた。本当は現場を目撃していたという彼の証言とは……。

 東京から近い距離にある郷里。自営業。母親の不在。兄と弟の立場を逆転させれば自分とかなりリンクする。弟は40歳を過ぎてまだ独身だし。違うのは、弟は商売を継がなかったことと、大志を抱いて上京した僕が夢を実現できなかったことか。

 最近雑誌で〈紋切り型〉という言葉を目にすることが多い。流行の泣ける日本映画はいかにも紋切り型といった盛り上げ方なのだ。こういうのは僕の性に合わない。実際泣けないのである。根がひねくれものなのかもしれないが、ライターや監督が意識しているのかしていないか知らないけれど何気ない言葉、表情に目頭が熱くなることがたびたびある。
 この映画も淡々と時が流れているところに好感を持った。法廷シーンもいかにもという作劇ではない。辺見えみりと結婚してからメディアへの露出が倍増した木村祐一が検察官役でいい味だしている。
 観客が兄と弟の心情をいろいろと推察できる映画でもあり、二人以上で観ると、その後の語らいが楽しくなることも間違いないだろう。

 ラストの 香川照之の笑顔が忘れられない。名シーン(ショット)ではないか。「Wの悲劇」の薬師丸ひろ子、「戦場のメリークリスマス」のビートたけしのような。




 12月1日は映画の日。ブックカフェ二十世紀では12時からNHK少年ドラマシリーズの「赤い月」のトークイベントが開催された。映画ではなくTVドラマのイベントを開催したわけ。

 このトークイベントは少年ドラマシリーズのさまざまな作品を取り上げる予定だが、まずはホストの高野浩幸さんの主演したものをと、「なぞの転校生」に続いて「赤い月」にすることは早々に決まった。前回の反省会&次回打ち合わせの席のこと。
 ゲストの予定として、高野さんから塩屋翼さんと篠崎登さんの名前が挙げられた。塩屋さんは「海のトリトン」の主人公、「科学忍者隊ガッチャマン」のつばくろの甚平の声等、声優として活躍されている。「赤い月」では、高野さん演じる主人公の級友として共演しているという。
 塩屋さんも子役出身、「超人バロム・1」のあるエピソードにも出演している。高野さんとは仲が良かった。
「会いたいなあ、塩屋さんに」

 篠崎さんも「赤い月」で共演していた(級友の一人)元俳優で、現在は某社の社長。その某社がやりはじめた携帯電話を使ったあるサービスの件で篠崎さんが高野さんに連絡をとったことから再会、それ以来のつきあいだとか。
「サプライズゲストで篠崎さんが登場して、会場で『誰?』なんてなったらおもしろいよね」
「塩屋さんがゲストなら、『赤い月』以外に、当時のアニメの話もできるし」
「アニメファンが来てくれるかもしれないしね」

 面白い組み合わせだったが、この目論見はすぐにくずれた。
 所属事務所に塩屋さんのイベント出演を依頼したのだが、〈大人の事情〉でNGになった。ゲストは諦めた。
 篠崎さんも、1日は、会社の、新入社員教育の一環で合宿があり参加できないとのこと。

 ここから高野さんの尽力が始まった。
 篠崎さんに関しては、イベントで冒頭で流すビデオメッセージの撮影を依頼された。「篠崎さんに当時の思い出を語ってもらいましょう。僕も行きますから」
 塩屋さんに関しては、高野さん独自のルートで塩屋さんに連絡をとり、「赤い月」に関する取材をすることに。

 撮影は某日の午前中、篠崎さんの会社で撮影することになり、高野さん、Mさんと某所で待ち合わせ。Mさんと一服していると高野さんがやってきて、「今、塩屋さんもこちらに向かっている」と。
 実は、前日に塩屋さんと呑んで(「赤い月」収録以来の再会だったとか)あれこれ「赤い月」の思い出を語り合ったという。明日が篠崎さんの取材だと知ると会いたいなあと言うので、だったら来てよ、最後にサプライズでビデオ出演してということになったとか。
 撮影後に塩屋さんから驚きの発言があった。
「1日、僕も行くよ。お客さんで行けば問題ないでしょ」
 実際、当日、塩屋さん、「いい」というのに会費払いましたからね。二度びっくり。というか、恐縮。
 そんな経緯があって、「高野浩幸タイム・トラベルトーク 今、蘇る少年ドラマシリーズ! ACT2:赤い月」は大盛況となった次第。

 すべてが終わって、映画のレイトショーには間に合う時間。しかし、疲れてとてもじゃないが映画なんて観る余裕なんてない。
 前日も、仕事を終えてから神保町シアターに行く予定だった。イベント準備に忙殺されて断念。だいたいイベントのことで頭がいっぱいで観たとしても内容が理解できるかどうか心もとないし。

 まずは、イベントが成功、お客さんに喜んでもらえたので安堵している。

 当日の模様については、イベントに参加するために、わざわざ関西からいらっしゃったmiya-bon さんが自身のHPにレポートをUPしています
 少年ドラマシリーズはディープなファンが多く、九州、北海道からもいらっしゃいました。感謝感激です、ほんと。


KIMG0516
高野さんと塩屋翼さんとの記念ショット。
塩屋さんはお客として来てトークに参加されました。
ちなみに右端は私の弟。5歳下のバロム・1世代です。




 本日疲れでダウン。買い物以外部屋でじっとしていた。

          * * *

2001/10/08

 「神の火」(髙村薫/新潮社)  

 1991年に上梓した単行本を文庫化する際、作者によって全面的に改稿され、単行本は絶版になった。その文庫版を底本に〈新潮ミステリー倶楽部〉の1冊として再度単行本化されたのが本書である。  
 2段組525ページある。  
 「マークスの山」「照柿」も同様なボリュームだった。「レディー・ジョーカー」なんてそれが上下2冊。にもかかわらず圧倒的な面白さで、ページ数など苦にもならず数日で読了できた。本作も同様だろうと手に取ったところ、思わずページを繰ってしまうという衝動が最後までなかった。読了まで10日間もかかってしまった。  
 アウトローたちが何かの理由によって、操業している原発を襲うサスペンス小説。僕は漠然とこの小説についてそう思っていた。もちろんそのとおりなのだけれど……。  

 まだソ連や東欧が崩壊していなかった頃の話だ。  
 原子力について研究していた主人公の島田はスパイとして長い間情報をソ連に流していた過去がある。スパイから足を洗い、偽りの結婚にもピリオドを打って、大阪の小さな書店に勤め平穏な日々を送っていた。父の葬儀で故郷の西舞鶴に舞い戻った島田は、そこで自分をスパイの道に引きずり込んだ江口や幼なじみの極道・日野に再会する。日野が連れていた〈高塚良〉という名のロシア人の青年と親しくなった島田は青年と語りあうことで徐々に癒されていく。同時に江口が画策する〈トロイ計画〉をめぐって、北朝鮮、米ソの諜報部員が暗躍、島田はその渦中に飲み込まれていくのだった。北朝鮮の罠にはまった青年が犠牲となった。青年の夢を実現するため、北朝鮮の暗躍で人生を狂わされた日野とともに周到な計画を立て西舞鶴に建設された音海原子力発電所を襲撃する……。  

 島田は父親と血のつながりはない。母親がロシア人との不倫の末に身ごもった子どもで、瞳の色は深い緑色。外見は外国人だ。高塚良はロシア人で江口の手引きで不正入国してきたテロリスト。似たような出自、容貌から島田は良に何かしらのシンパシーを感じたのか、知り合ってからというものいろいろと気にかけ、世話を焼く。
 この関係が僕にはよくわからなかった。島田はホモなのか、とも思ったがそうでもない。純粋に良を思いやるのだ。良は身体を病んでいた。チェルノブイリ原発の事故後現場を調査した経験があることから、その原因は容易に想像できる。北朝鮮に拉致され、アメリカやソ連の諜報員を巻き込んでその奪還に奔走する島田。しかし結局もどってきた良は病気で死んだ後だった。
 島田の良に対する感情が痛いほどこちらに伝わってくれば、その後のクライマックスが異様に盛り上がるのだろう。「マークスの山」も「レディ・ジョーカー」も犯人に感情移入したからこそ、クライマックスは怒涛の展開だった。しかし「神の火」は僕は最後まで平常心のままだった。

 つまらなかったというのではない。  
 「黄金を抱いて飛べ」に続く2作めにしてこの執拗な描写力には圧倒される。米ソの人間くさい諜報員のキャラクター、北朝鮮と〈親北〉代議士の関係、諜報員尾行の裏をかく接触テクニック、大阪あいりん地区の労働者たちの姿、そして原子力発電所のシステムと建物内部の詳細を極めた描写。すごいとしか言いようがない。まさに神業。  
 クライマックスになる原発襲撃時の専門用語の連発にはまいった。
 〈絵〉が頭に浮かばない。映画「太陽を盗んだ男」の冒頭のジュリーが東海村原子力発電所を襲うシークエンスを反芻しながらなんとか活字を追った次第。  

 400枚を加筆した本作と絶版になった旧作とどこがどう違うのか。作者は何を考え、改訂、加筆したのか。絶版本を探し出して調べてみたい。


2001/10/26

 「神の火」(高村薫/新潮社)  

 絶版になった旧作「神の火」の単行本が図書館にあったので、加筆改稿された文庫本とともに借りてきた。(デビュー当時は髙村でなく高村だったんですね。いつから現在の表記になったのだろう。)  

 加筆改稿といっても、細部が変更されているとか、あるエピソードがまんま追加されているというものでなく、文字どおり全編にわたり加筆訂正されていることに驚く。同じストーリーなのにまるで印象が違うのだ。  
 加筆された新「神の火」が〈静〉ならば絶版の旧「神の火」は〈動〉というイメージか。まさしく冒険アクション小説だった。  

 登場人物のキャラクターが大幅に変更されている。  
 主人公の島田はそのままだが、相方の日野は同一人物に思えないほどの変わりようだ。実に暴力的でタフな男だった。ピラニア軍団所属の恰幅のよかった70年代当時と現在の頬のこけた室田日出男の違いといった感じ。島田の事務所に経理として採用された川端さんとは友だち以上恋人未満といったけっこう深い関係がうかがわれる。  
 日野の妻である律子もまったく性格が変わっている。〈北〉のスパイであることは同じだが、こちらはまだ人間としての温かみが感じられる。ブティック・リツコも自分で経営している。新「神の火」の薬によって操られている人形のような女性とはえらい違いである。  
 一番大きな違いは島田と高塚良の関係だ。新「神の火」では物静かに島田に接近、その後、〈北〉に捕まるまで島田と手紙のやりとりなどをして、文学少年っぽいところをみせる高塚であるが、本編ではテロリストとしての片鱗を印象づける登場の仕方で、日野同様けっこうあぶない存在なのだ。  
 新「神の火」では島田の初恋の女性として、何者かによって殺されてしまったイリ-ナが、本編ではソ連で生存していることになっている。  
 高塚は島田とイリ-ナとの間にできた息子ということがはっきり書かれている。  
 島田は目の前に現れた高塚の肌の白さに初めて愛した女性の面影をダブらせる。新編ではなぜそこまで高塚に惹かれるのかよく理解できなかったのだが、これまでの人生で唯一愛した女性と自分の血が流れる息子なのだから、当然だろう。高塚が〈北〉に拉致され、交換条件に自身の〈北〉行きを承諾する気持ちもよくわかる。新「神の火」では舞鶴の原発をのぞいてみたいと暗にほのめかす高塚に対し旧でははっきりと破壊する意思表示をする。
「原子力発電所をミサイルで攻撃したらどうなるか」という高塚の問いに、米国の絨毯爆撃に対するタリバンの報復を考えると空恐ろしくなった。  
 チェルノブイリ原発の事故の後処理の影響で息子の命を奪われた島田、原発に関する〈北〉の工作によって親友と親友の妹(=妻)を亡くした日野の二人が、ある種の復讐のため新しく動き出そうとしている原発を襲う構図は自然であり、納得できる。  

 率直にいって旧「神の火」の方が面白い。  
 ただ、作者は旧編のいかにもな設定が気に入らなかったのかもしれない。エンタテインメントとして一級品だとしても、もう少しプラスαが欲しい。それがより現実に即したリアリティであり、あるいは文学的な雰囲気なのかも。




 怒濤の三連休が終わった。連休といってもあくまでも世間一般の話。こちとら、三連休、イベント三連チャンだった。

 23日(金・祝) 16時~
 【身体表出】をめぐる【映像】のアドヴェンチャー VOL.3

 24日(土) 15時~ 
 監督山際永三、特撮作品について大いに語る!

 25日(日) 17時~
 まつざきあけみ先生を囲む茶話会

 25日はそのほかイベントというものではないが、ギャラリースペース(店の南側)では11時半~13時と15時~16時半にフラワーアレンジメント教室があり、カフェスペース(店の北側)では14時半~16時半某グループの読書会があるという忙しさ。
 まあ、とにかく問題もなく(いくつかアクシデントはあったものの)すべてのイベントを終了させたのだった。ふぅ~。

 今回疲れの原因は、23、24日の両日ともギャラリースペースの「まつざきあけみ原画展」を同時開催していたことによる。通常ならイベントはギャラリースペースで開催するから、その時間原画展は閉鎖される。店を貸切にするわけだ。
 ところが今回は「まつざきあけみ原画展」が大人気で、イベントの参加者も二十数名でカフェスペースに収容できるため、店を貸切にせず、ギャラリースペースとカフェスペースを間仕切りした。店の半分は通常営業をしながらのイベント開催となり、その対応に右往左往してしまったのだ。

 「映画監督山際永三、特撮作品について大いに語る!」。
 聞き手は「ウルトラセブンの帰還」が好評の白石雅彦さん、ゲストは「帰ってきたウルトラマン/怪獣少年の復讐」で屈折した少年を好演した高野浩幸さん。そこに第二期ウルトラ(マン)シリーズのメインライターだった田口成光さんが加わった。
 もともと田口さんはお客さんとして早々と予約されていたのだが、来店早々白石さんの要望で出演者打ち合わせに参加、第2のゲスト扱いとなった。
 また、個人的に「帰ってきたウルトラマン」ならこの人ははずせないと考え、帰マンのスーツアクター、きくち英一さんもお呼びしていた。きくちさん、以前の特撮イベントでご一緒された高野さんに当時の写真を持参していました。

 トークは興味津々。とはいえ運営に忙殺されてすべてを聴けなかった。
 書籍の即売会、サイン会の後の懇親会も大盛り上がり。

 イベント前に「許されざるいのち」と「怪獣少年の復讐」をモニターで流したのだが、懇親会時の山際監督の説明つきの「シルバー仮面」第3話&4話に興奮した。
 山際監督は自作の中でも「シルバー仮面」の第3話&第4話が一番気に入っているということでそうなった。
 実相寺監督の第1話、2話を引き継いで第3話、4話を監督したのだが、第3話では苦い経験があったのだとか。カメラワーク、構図など自分らしさを発揮したいのに、スタッフが勝手に実相寺タッチを狙ってカメラや照明の位置を決めてしまったという。
 最初、第3話をモニターで再生して解説していて、暗い画面の連続に「これ、本当に3話?」と疑問を呈され、あわてて第4話に変更した。アルコールが入り自分でもわからなくなってしまったらしい。明るい画面、普通の構図になって「これだよ、これが私の世界」と山際監督。まわりは大笑い。

 「シルバー仮面」は裏番組の「ミラーマン」(円谷プロ)に視聴率で負けてしまった。「シルバー仮面」は等身大ヒーローのある種のロードムービーだったのだが、視聴率挽回のため、途中で巨大ヒーローに路線変更して「シルバー仮面ジャイアント」になってしまった。
 リアルタイム時、僕は円谷ブランドを選択し「ミラーマン」を毎週観ていた。「ミラーマン」も作りがアダルトで面白かったのだが、再放送の「シルバー仮面」にそれ以上の面白さを確認したのだった。それが途中の路線変更、がっかりしたものだ。
 そのことを山際監督に質問した。
「途中でシルバー仮面が巨大化するじゃないですか。シリーズの監督としてどう思いました?」
「そりゃ、嫌ですよ、反対ですよ。でも局の方針には逆らえません」

 最後は、5人揃っての記念写真!


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KIMG0502
以上は、BC二十世紀の公式フォト

tamagiwakantoku1

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田口さんのスマホで撮る時に実相寺タッチで
という皆さんからの要望があり、ペットボトルナメを撮ったのだが、
らしくないのでローアングルで椅子の背もたれの隙間からもう一度
(この2点、田口さんのFBから拝借)




 前項の続き。
 キウイさんに対して言いたいことがたくさんある。あるけれども、聞く耳もたないのなら言うだけ無駄というもの。
 それに、最近郷里の隣町で定期的に落語会を開いて好評みたいだ。この落語会には僕の中学時代からの友人が関係している。
 1回めの落語会のあとに電話があって、盛んにキウイさんを応援していた。
 十数年前の自分も同じような気持ちだったのだ。
 もうなんだかんだ言わない方がいい。

          * * *

2001/09/22

 「なつかしい芸人たち」(色川武大/新潮社)  

 「まるまる1冊マルセ太郎」を読んだら、なぜか色川武大(阿佐田哲也)の本が読みたくなって仕方ない。川口図書館の芸能関係の本が並ぶ棚で芸人に関する本があったことを思い出し、さっそく借りてきた。  
 色川武大の芸人に対する目利きはどこからきているのだろうか。これはと思う、あるいはブレイクする芸人はほとんどすでにチェックしていたのではないだろうか。芸人に関する話題には必ずといっていいほど名前がでてくる。  

 本書は書名どおり著者にとってなつかしい芸人たちについてのエッセイをまとめたものだ。1986年から1988年にかけて「銀座百点」に連載されたものがまとめられて1989年に刊行されている。  
 芸人、俳優だけでなく、プロ野球の大下弘、相撲の名寄岩、行司の式守伊之助等、スポーツ選手、スポーツ関係からもピックアップされている。  
 最初の方は、僕にとってはまったく知らない人ばかりで少々退屈だった。逆に言えば全く知らない情報を知ることでもある。〈アノネのおっさん〉高勢実乗以外の、馬鹿殿さまの元祖・小笠原章二郎、流行歌手の元祖・ニ村定一、誰にも愛されない芸人・高屋朗、その他岸井明、杉狂児などなど。
 
 次第に馴染み深い人たちが登場してくると、読むスピードも速くなってくる。森川信、左卜全、古川ロッパ、パン猪狩、徳川夢声、三木鶏郎、エンタツ・アチャコ、三遊亭歌笑……。  
 といっても実際にその芸に触れた人はごくわずかだ。森川信、左卜全くらいか。森川信は「奥様は18歳」の校長役で、左卜全は「老人と少年のポルカ」の歌でその存在を知った。僕が小学生の高学年の頃、亡くなる寸前だった。そうそう左ト全の訃報を聞いたのは小6の修学旅行のバスの中だった。森川信の芸達者ぶりは後年「男はつらいよ」シリーズのおいちゃん役で再認識した。  
 歌笑の項は横っ面を叩かれた感じ。歌笑の人気とういうのはほとんどゲテモノを見て楽しむところから生まれたものと考えるべきなのか。小林信彦「日本の喜劇人」他でもその人気の屈折度が書かれているが、これほどのものとは思っていなかった。映画で歌笑を演じた渥美清がその出来に対して「まるでアラビアのロレンスみたい」と語った心境がやっとわかった。  
 佐分利信の項では、こちらの内臓まで響いてくるあの重々しい独特な台詞回しが聞こえてきてしかたなかった。  
 トニー谷に対して「数少ない本流芸人と思っている」と書いている。評価する側の生き方によるのだろうか、芸人に対して立場が違えばその評価が180度違うことを痛感した。  

 マイナーポエットな芸人というのが著者が愛する基準の一つになっている。マルセ太郎はまさしくマイナーポエットな存在だったのだろう。単にマイナーではなくポエットとが付随することによってある種箔がつくような……。


2001/09/27

 「ある朝、セカイは死んでいた」(切通理作/文藝春秋)  

 第1期ウルトラシリーズの代表的なシナリオライター4人についての評論集「怪獣使いと少年」でデビューした著者はその後〈特撮モノ〉あるいはいわゆる〈サブカルチャー〉だけでなく、さまざまな社会問題、事象について書くオールマイティな実力を発揮し、社会派の文筆家としての地位を確立した感がある。
 権威をもった証明なのだろうか、彼を批判する文章を目にする機会が何度かあった。小林よしのりの「ゴーマニズム宣言」に例のデフォルメされた似顔絵で登場した時は笑ってしまった。
 今メディアで活躍する評論家、学者たちいわゆる文化人、識者たちを批評する書籍(書名は忘れてしまった)を書店で見かけ、ページをめくったら、著者が取り上げられていた。
 高島俊男「お言葉ですが…5 キライなことば勢揃い」では〈のたまう〉の使用方法が間違っているとして、著者の文章の一部が挙げられていた。

 5歳下だから同世代といえるかどうかわからない(弟と同い年)けれど、僕は著者に自分の感覚と相通じるものを感じて、彼の言論活動を応援している。
 「怪獣使いと少年」を読んで共鳴したこともあるが、評論集の第1弾「お前がセカイを殺したいなら」を読んでますますファンになった。同じような考えをしていると確信したのだ。ただ切通氏と自分の違いもわかった。その時の感想にこう書いている。
     ▽
 違うのは、僕がまがりなりにもスポーツに親しみ〈おたく〉にならなかったこと。イジメられっ子にもならなかったこと
     △
 その思いは本書の〈柳美里論〉の『命』をめぐる対話ではっきりした。著者は柳美里を肯定するが、僕は(「命」しか読んでいないから心もとないけれど)ほとんど全否定だ。中学、高校生時代に生じたトラウマが柳と共通するものが多いのだと思う。

 国旗掲揚、君が代斉唱問題で揺れた所沢高校に取材した(第1章 ある朝、学校で)では事件の本質、詳細がわかったし、富田由悠季を語る(第3章 ある朝、戦場で)では得意のインタビューを自分なりにまとめ、読ませる技を発揮している。小林よしのり批判も納得。

 考えさせられたのはラストを飾る書き下ろしの「ある朝、セカイは死んでいた」である。
 90年代に立て続けに起きた少年犯罪を羅列していくのだが、一つひとつの事件を振り返りながら暗い気持ちになった。

 そうした痛ましい事件があったからこそ、あまりにも人の生命をないがしろにする少年が生まれたことを後悔し、次の世代に生命の大切さを伝えるためにも21世紀のウルトラマン(コスモス)および特捜チームは怪獣を退治するのでなく、保護する内容になったのかと思わないではいられない。
 もちろん前作「ウルトラマンガイア」のラストで怪獣も地球の生物として認識し、人類と怪獣の協力でガイアとアグルを蘇らせたことにも大きく影響されているのだろう。しかし同時に、少年時代僕たちにカタルシスを与えてくれたウルトラマンと怪獣の戦いが今では空想特撮の世界の話と悠長にかまえていられなくなっってしまったのか(もちろんあの頃だって「破壊者ウルトラマン」と大江健三郎に批判された。同じ考えの大人も多かったと思う)。
 名著「怪獣使いと少年」「地球はウルトラマンの星」の著者に訊いてみたいものだ。





プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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