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 「まぐまPB11 アニメのメディア・ポリティクス」が完成しました!

 サブカルチャー評論・考察・解説マガジンです。
 個性的な執筆陣があれこれと考えています。

 以下の書店で直販されています。

 ・タコシェ(中野) 
 ・模索舎(新宿) 
 ・夢野書店(神保町)
 ・書泉ブックタワー(秋葉原)

 また、通販も行っております。

 ・蒼天社通販
 


まぐまPB11 アニメのメディア・ポリティクス
9784909821041
A5判・定価 本体500円+税
制作:STUDIO ZERO/発行:蒼天社/発売:開発社


目次:

「怪奇大作戦」 の 挑戦 出版記念 トーク @神保町・ブックカフェ二十世紀
 白石雅彦× 飯島敏宏

「怪奇大作戦」の挑戦』と著者・白石雅彦さんのこと 新井啓介

キャラクターはどこにいるのか―メディア間比較を通じて 平松 和久

福岡特撮座談会vol.3 ~薩摩剣八郎さん@アクロス福岡604 会議室

「anima 」発 、「plasmaticness」経由「animation」「anime」着

アニメーションとアニメ 小山昌宏× 初見智子

アニメ視聴の2つのモード:物語視聴とアート視聴 小池 隆太

鴨志田一試論『 Just Because! 』を中心に 土屋 誠一

〈名作アニメ絵本〉へのアプローチ
―物語を届けるメディアとしての可能性 山中智省

テレビアニメ『 赤い鳥のこころ』と木下惠介 木村智哉

大今良時『不滅のあなたへ』―魂の救済が問われるその物語世界 小山 昌宏

表紙・本文イラスト/向さすけ
本文イラスト/akutaji


【既刊】

まぐまPB10 表紙
まぐまPB10 アニメと特撮のあいだに

まぐまPB9 表紙
まぐまPB9 アニメの声と音と音楽と

まぐまPB8 表紙
まぐまPB8  戦後『特撮怪獣』60年史




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2020/02/01

 「関根忠郎の映画惹句術」(関根忠郎/徳間書店)

 その昔、「惹句術 ―映画のこころ」という分厚い本で著者の名前を覚えた。映画ポスターのコピーのことを惹句ということも。本は読んでいないのだが。
 当時、「マキノ雅弘自伝 映画渡世 天の巻」、「…… 地の巻」とともに書店でよく見かけるインパクトのある本だった。どちらも興味あったが、高価だったので手が出なかった。図書館利用をまだしていないころの話。
 本書は図書館で見つけた。
 東映の社員時代、定年退職後フリーになってからの自身が手がけた様々な映画の惹句について綴っている。
 コピーで映画と関わりあうのも楽しいだろうな。


2020/02/01

 「マンガの現代史」(吉弘章介/丸善ライブラリー)


2020/02/04

 「戦慄の捏造事件ファイル」(鉄人ノンフィクション編集部/鉄人社)

 いわゆるコンビニ本。面白そうなので買って読んでみた。
 鉄人ノンフィクション編集部となっているが、一人のライターが書いているのだろう。 


2020/02/05

 「さよならビートルズ 洋楽ポップスの50年は何だったのか」(中山康樹/双葉新書)

 長年の疑問が解消した。
 ロカビリーとは何だったのか、というもの。
 アルファベットで表記するとRockbilly。ロックンロール+ヒルビリー(カントリー&ウエスタン)の合成語。
 そして、ヴェンチャーズとビートルズの間に生まれた子どもがGS(グループサウンズ)で、エレキバンドもヴォーカル入りのグループも無理なく存在したと。この無理なく存在していたところが日本的状況であり、GSの魅力が凝縮していた、という。


2020/02/06

 「聞かないマスコミ 答えない政治家」(池上彰/集英社)


2020/02/11

 「官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪」(森功/文藝春秋)

 著者は週刊文春の記事で知った。サイボーグ009(モノクロ版)やガッチャマンの声優さんがノンフィクションライターに転身?! あちらは森功至だって。
 「官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪」と『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』を借りてくる。

 安倍政権がそれまでの政権と違っていたのは、官邸官僚の存在だという。
 出身省庁ではトップになれなかった役人が首相の側近となり、その威光を借りて数々の施策を提案、採用されていく。
 原発再稼働の強力な推進、加計学園の獣医学部新設に関わる文科省へのゴリ押し、内閣人事局における霞ヶ関幹部の人事権掌握……


2020/02/12

 「漫画映画漂流記 おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一」(小田部羊一/聞き手 藤田健次/講談社)

 NHKの朝のテレビ小説「なつぞら」が話題になった。アニメーターたちを描いていると知って興味津々だったが、結局視聴しなかった。ビデオ録画もしなかった。総集編を観ればいいかと思って。
 そんな中、本書が出版された。書店で見つけてすぐに手に取ってページを繰る。もしかして、「なつぞら」のヒロインのモデルになった方ではないかと思ったのだ。案の定だった。
 冒頭数ページにわたって若かりしころのふたりの写真があった。奥山さんってとてもきれいな女性だった。ひとつ疑問が。小田部氏は今の写真も掲載されているが奥山さんのはない。すでに亡くなっていることが要因か。

 本は気にはなっていたもののそのままにしていたら図書館の棚にあった。あわてて借りた。
 小田部氏はドラマ「なつぞら」のアニメーションの時代考証を担当していた。
 東映動画時代の話が興味深い。
 その東映動画時代の社員の交流が、とんでもなく濃密であることも実になんともうらやましい。
 そういう時代だったということもあるのかもしれないが。


2020/02/17

 「宇宙戦争1941」(横山信義/ASAHI NOBELS・朝日新聞出版)

 図書館の棚で見つけ、書名に惹かれて借りてきた。
1941年12月8日(日本時間)、ハワイの真珠湾を奇襲すべく飛行してきた日本海軍の攻撃機隊は、米軍の真珠湾基地と太平洋艦隊が謎の物体に蹂躙される様を目撃して驚愕する。
 味方か!? 物体は、日本の飛行隊にも攻撃してきた!
 異星人の地球侵略に対して、世界の国々が団結して戦いを挑む……。

 H・G・ウェルズの「宇宙戦争」が第二次世界大戦時を舞台に地球的規模で展開されるSF小説、というか、架空戦記小説か。
 驚いたことにこの世界では、ウェルズの「宇宙戦争」が実際にあったことになっている。イギリスが事件を封印して他の国々に知られることがなかったと。
 「宇宙戦争」でもイギリス軍と火星人の兵器の差は歴然としていた。地球上の細菌に冒されなかったから火星人はイギリスを制圧していただろう。
 1941年の火星人は細菌対策も万全である。果たして地球軍に勝機はあるのか否か。
 
 架空戦記小説を初めて読む。
 これが読ませるのだ。実在した歴史上の人物、(たぶん)架空の人物が入り乱れ、その言動に胸熱くさせるくだりもしばしば。


2020/02/19

 『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』(森功/文藝春秋)

 ひとまとめにモリカケと総称してしまうが、森友学園以上に加計学園(岡山理科大学)の獣医学部新設に問題があることがわかる。


2020/02/25

 「宇宙戦争1943」(横山信義/ASAHI NOBELS・朝日新聞出版)

 「宇宙戦争1941」読了後、あわてて、続編「宇宙戦争1943」と「宇宙戦争1945」の2冊を借りてくる。


2020/02/29

 「手塚マンガで憲法九条を読む」(手塚治虫 解説 小森陽一/子どもの未来社)





2002/11/23

 「Twelve Y.O.」(福井晴敏/講談社)  

 「亡国のイージス」に圧倒された者として、作者のデビュー(江戸川乱歩賞受賞)作「Twelve Y.O.」をあたらないわけにはいかないだろう。さっそく図書館から借りてきた。  
 これまでも題名だけはよく見かけた。ただTwelveが12だとすぐわかるものの、どんな内容なのか判断できずずっとそのままになっていた。  

 読了してわかったのは「Twelve Y.O.」を読んでから「亡国のイージス」に進むべきだということ。  
 本作もまた自衛隊員およびダイス(防衛庁情報局)の面々が活躍するアクションものである。
 内容的にもリンクしている。「亡国のイージス」で触れられる辺野古弾薬基地壊滅の模様が何とこの小説のクライマックスになるのだ。つまり「Twelve Y.O.」は「亡国のイージス」の前日譚というわけだ。違うか。書かれた順からすれば「亡国のイージス」が「Twelve Y.O.」の後日譚なわけで。  
 登場人物に関連性はない、話も独立しているので、本来ならどちらを先に読んでもかわまないのだが……。
 引っかかるのが文章だった。「亡国のイージス」ではすらすら読めたのに、本作は何度もつっかえた。情景描写等に文学的表現を多用し、それがこなれていない。作者の気負いを感じた。直前に「氷舞 新宿鮫Ⅵ」を読んだこともたぶんに関係しているのかもしれない。  

 ヘリパイロットとして将来を嘱望されていたものの、墜落事故を起こして今では地場回りの広報官、つまり街中で若者を自衛官にスカウトする〈手配師〉となっていた平貫太郎が主人公。事故で仲間の生命を奪い、以来恐怖で空を飛べなくってしまった彼は自衛隊にも自分の将来にも何の夢も持てなくなり、惰性で毎日を送っていた。  
 ある日ひょんなことから、平はかつて所属していた〈海兵旅団〉の上司・東馬と再会する。〈海兵旅団〉とは戦える集団として自衛隊内に秘密裏に組織された集団で、そこで平はヘリパイロットの腕を見込まれていたのだ。墜落したヘリにとり残された平を爆発の危険を顧みずに救助してくれたのが東馬だった。碧眼のハーフ、今は〈トウェルブ〉と名乗り、米国から恐れられているネットテロリストになっていた。相棒は娘のような存在の〈ウルマ〉。俊敏な動きで敵を倒す人間兵器だ。  
 ダイスの女工作員夏生由梨は平を人質にして東馬をおびきだそうとするが、逆に平とともに部下の護も人質にとられてしまう。  
 突然、わけもわからずに東馬とダイス、ペンタゴンの攻防に巻き込まれる平。  
 ペンタゴンを大混乱に陥れた結果、沖縄から海兵隊を撤退させることができた東馬の真の狙いは何か? なぜ米国は東馬に手をだせないのか。その要因とされる東馬が持つBB文書には何が記載されているのか? そして沖縄・辺野古弾薬基地に眠る〈GUSOHの門〉とは?  

 平はそのまま「亡国のイージス」の仙石のキャラクターに通じる。同じように護は如月、ウルマはチェ・ジェンヒのイメージである。作者はよほどこの手の美少女キャラがお好きらしい。もし映画化するとして今なら上戸彩あたりがぴったりかな。色の違う瞳をサングラスで隠す東馬は髙村薫「神の火」の主人公・島田を彷彿させる。島田もまた孤独なテロリストだった。  

 やはり「Twelve Y.O.」は「亡国のイージス」より先に読むべきだった。その世界にいまいち熱中できない。途中まで次の展開が気になったが、東馬を狙ってダイスや自衛隊、米軍が入り乱れる後半になるとあまりの破天荒ぶりにうんざりしてきた。おもしろくないというのではない。よりダイナミックな展開、群像劇を「亡国のイージス」で知ってしまったからなのだ。2作めですごい成長を遂げたということになる。
 自衛隊の是非、国防の意味するもの、真の日本の自立を熱く読者に問いかけるテーゼは素直に首肯できるが、左側の人によって批判の集中砲火を浴びる論理ともいえる。いつものことだが。  
 僕が一番納得できるのは全編にわたって「死ぬな。生きろ」の精神で貫かれているところ。これは「亡国のイージス」にもいえることだった。  





2002/10/24

 「鵟 (のすり)の巣」(逢坂剛/集英社)  

 鵟(のすり)としているのには理由がある。本当の書名は狂の下に鳥と書く漢字一字でのすりと読ませるのだが、この字が表示しない。仕方なく鵟(のすり)と表記する。  

 本作は「百舌」シリーズの最新作(第5弾)。いや「百舌」シリーズというと語弊があるかもしれない。本来なら「倉木警視」シリーズとでも呼ぶべきものなのだろう(本当は公安刑事シリーズと呼ばれる由)。
 倉木およびその妻(となる)美希特別監察官、大杉刑事が活躍して警察内部の不正事件を暴き、阻止する物語。しかし前々作「砕かれた鍵」で倉木は殉職、前作「よみがえる百舌」で未亡人となった美希と大杉がコンビを組む形で事件にかかわり、驚いたことにふたりはその中で肉体的にも結ばれてしまう。  
 思えばこれが新しいシリーズの始まりなのであった。  
 表紙のイラストが洒落ている。のすりの巣(なのだろう)に千切られた万札、4個の卵、そして4つの銃弾。白い粉でもまぶせてあれば文句なしだ。  

 今回は〈のすりのだんな〉と呼ばれる男が、密輸入されたコカイン、拳銃をそれぞれ2つの組織から強奪するところから始まる。どうやらこのだんなは暴力団と深い関係があるらしい。  
 プロローグが終わり(映画ならこの後タイトルが入って)、ヒロイン美希の登場となる。  
 警視庁きっての美人と評判で同期の出世頭である洲走かりほという女性警部が警察内部で複数の男性と関係を結んでいる噂が広まる。ことが露見する前に、素行を改めるよう特別監察官の美希が本人に忠告するも、それほど反省が見られない。逆に美希を挑発する態度を示すのだ。どうやらかりほは警察内部で何か組織しているらしい。
 
 警察を辞め、調査事務所を開設している大杉はある刑事の浮気相手を探っていた。その浮気相手というのが洲走かりほだった。依頼主は刑事の妻。ところがなかなか関係がつかめない。妻からの申し出で調査対象を洲走から刑事に変更、その尾行している最中のことだった。ある廃屋で刑事と暴力団の幹部が争い、拳銃の相打ちで二人とも死んでしまったのだ。大杉は刑事の財布から淫らな裸体をさらした洲走かりほの写真を発見する。  
 盗まれたコカインと拳銃、暴力団とつながりのある悪徳刑事、洲走かりほを結ぶものは何か。
 またまた警察内部に巣食う腐敗摘出のため、美希と大杉の連携プレイが開始される……
 
 美希も大杉も年をくったからか、現場を離れているためか、以前ほどのキレがない。美希は尾行されても気づかない、逆に大杉は相手に尾行を気づかれてしまう失態を重ねたり……。  

 久しぶりにお馴染みのキャラクターが活躍するのはうれしいことだが、ストーリーそのものはそれほど意外な展開もなくまあ面白いかなという程度。


2002/11/18

 「氷舞 新宿鮫Ⅵ」(大沢在昌/光文社 カッパノベルス)  

 クレジットカード偽造事件に絡む重要人物として鮫島がマークしていた日系コロンビア人が消えた。西新宿のホテルで米国人が何者かに殺されたことに起因するらしい。米国人は渋谷を根城にする暴力団にコカインを卸していた。二人の関係を追い、事件の鍵を握る暴力団幹部に聞き込みをしようとする鮫島の前に公安警察が立ち塞がった。米国人は元CIAと判明。CIAと公安、暴力団と米国人をつなぐ公安出身の元刑事の存在が浮かび上がる。元刑事は公安時代の上司で現在は保守党大物議員の懐刀といわれる男。  
 鮫島は逗子で起きたある計画殺人に同じ暴力団が絡んでいることをつきとめた。実行犯とおぼしきチンピラに暴力団の息がかかっていたのだ。殺人は元刑事の指示によるものなのか? かつて大物議員が介入し、闇に葬った犯罪が公にならないように元刑事が暗躍している……。  
 公安上層部のさまざまな妨害をくぐりぬけながら、鮫島は元刑事男と大物議員が犯した30年前のある事件の真相に迫っていく!  
 6作目にして初めて公安を敵にする鮫島の活躍に手に汗握る。こつこつと捜査を進め、一つひとつの事実を積み重ねて、犯人逮捕に近づいていく姿が頼もしい。リアリティがある。  
 恋人晶との微妙な関係も興味深い。晶のロックバンド〈フーズハニー〉の人気が上昇するにつれ、メディアの露出も増え、二人だけの時間がとれなくなる。街を歩ければ周りの目が気になる。鮫島自身も距離をおこうとする。そんな鮫島の前に盗難クレジットカードの被害者として現れた〈マホ〉の芸名をもつパフォーマー杉田江見里。計画殺人の被害者が江見里の知人であったことから、捜査過程の中で徐々に関係を深めていく。決して身体を重なることはなかったが、それでも鮫島の意識化で江見里の存在は大きくなっていく。
 警察機構の中で唯一鮫島に与する上司の桃井と鑑識の藪の存在はいわずもがなだが、同期でありながら、鮫島と反目しキャリアの王道、エリートコースをひた走る香田との捜査上の駆け引きがいい。  

 簡潔で小気味いい文章に酔った。情景がすっと頭に入ってくる。  
 クライマックス、大物代議士と対峙するべく、ホテルに出かけた鮫島を待ち受ける公安の罠。刑事の職を失いかねない絶体絶命のピンチ! というところまで読んで、アレと思った。ここ読んだことがある。  
 「風化水脈」の感想で、読んだのは5作めの「炎蛹」までと書いた。実際「氷舞」を手にとった記憶はないのである。だからこそクライマックスまで夢中に読み進んだのだ。

 読了後、感動の余韻に浸りながら、昔の日記を開いてみた。あった。  
 1998年3月4日に感想をこう記している。

     ▽
 シリーズの最高傑作「毒猿」みたいな派手な展開があるわけではない。警察小説としては正統路線といえる。だからこそ鮫島警部の地道な、一歩一歩犯人に近づいていく捜査方法がリアルで逆に興奮させられた。
     △

 これまでだって、同じ間違いは何度かしている。しかし、しかしいくらなんでももっと早いうちに気づいていた。終盤までまったく気がつかないなんて、そんなバカな……
 ショックだった。落ち込んでいる。
 このまま私は壊れていくのでしょうか?





2002/10/21

 「光の雨」(立松和平/新潮社)  

 映画「光の雨」を見逃してから、原作である小説が気になっていた。  
 立松和平の小説を読むのは初めての経験だ。いわゆる純文学を読むのも久しぶりのこと。  
 ページの端から端まで文字だらけで読むのに苦労した。
 別に難解な文章だったわけではない。最近のエンタテインメント系の小説は改行が頻繁に行われ、見開きページにおける白地部分がけっこう多い。それに慣れていたから昔ながらの、論文みたいな長い段落が続く本作は〈息継ぎ〉がうまくできないのである。おまけに過去を語る老人が、時と場合によって、いろいろな人物に成りきってしまうので、今誰が話しているのか、時々わからなくなってしまうこともあった。前のページを読み返すこともたびたびだった。

 いわずと知れた連合赤軍について書かれた物語。以前作者は盗作問題を起こして話題になった。その作品がこれ。雑誌連載時、もともとは登場人物も団体も実名で書かれていたらしい。ところが、リンチ殺人事件の当事者の手記から引用された文章が盗作としてクローズアップされたのに伴い、いったん執筆を中止し、再度まったくのフィクションとして書かれた。  

 ということで、この小説の舞台は死刑制度が廃止された近未来になる。  
 日本中に衝撃を与えた連合赤軍(小説では赤色パルチザン)事件後50年が経過し、死刑を免れた唯一のメンバー、すでに齢80を越えた玉井潔(連合赤軍の坂口弘がモデルだとか)が、同じアパートに住む予備校生・阿南満也とクラスメートの美奈に語る回想の形で、事件の詳細が浮かび上がる。  
 まるで現在、多くの人たちにとって、はるか遠い記憶、歴史の中のひとつの項目でしかなくなった太平洋戦争と同じ感覚で、満也と美奈は連合赤軍の凄惨なリンチ殺人事件(小説では14人となっているが、実際には16人の命が失われた)と向き合うことになる。  
 その内容も玉井潔本人の独白であったり、殺されたメンバー各人の目となり口となって、また事件に巻き込まれた一般人の供述調書も適時挿入されて、事件のはじまりから顛末までを仔細に記す、前衛的手法がとられている。  

 人里離れた山にこもり、革命戦士育成に励む赤色パルチザン。  
 組織を抜けた裏切り者男女2名を見せしめのため殺した指導者倉重鉄太郎(連合赤軍の森恒夫がモデル)と上杉和江(同じく永田洋子)は、総括の名のもとに次々と仲間を粛清していく。  
 ある女性戦士は裏切り者と決別するためセックスをした理由で、別の女性戦士は訓練中も化粧をしていつまでも女性意識が抜けないとの理由で。ある者は山を降りて組織の金で隠れて飯を食ったため、ある者は銭湯に行ったため。  
 何なんだ、このくだらなさは! なぜこんな理由で殺されなくてはならないのか!  
 さっきまで仲間を批判し、総括を迫ってリンチを加えていた者が、次にはささいなことから逆に総括を迫られる立場になってやがて命を落としていく。それは悲惨をとおりすぎて喜劇の様相を深めていく。「ソ・ウ・カ・ツ ~そして誰もいなくなった」なんてタイトルでコントが作れそうだ。  
 彼らが目指した革命そのものも陳腐である。本当に彼らは革命が起こせると考えていたのだろうか。まるで〈ごっこ〉の世界だった。読みながらダブったのがオウムだ。外から見ると実にアホらしい。  
 が、実際自分がこの中にいたとすると(学生運動にのめりこまない、ということはこの手のメンバーにならない自信はあるが)、やはり、善悪の判断、ものごとを俯瞰的、多面的に見る判断なんてなくしてしまうのか。リーダーを批判して、その場で処刑されるのがオチか。    

 はじめは老人の話をバカにしていた満也と美奈が、徐々に内容に圧倒されていき、ふたりでゲームセンターのバイク(オートバイを駆って、宇宙空間を疾走するゲーム機器)に乗りながら、興奮のあまりまぐわって果てる、というくだりが一番印象深かった。こんな自分が情けない。


2003/01/23

 「シャトウ・ルージュ」(渡辺淳一/文藝春秋)  

 ベストセラー小説「失楽園」にはまったく興味がなかった。当然大ヒットした映画化作品もビデオになってからも観ていない。川島なお美主演で話題を呼んだTVドラマはチャンネルを合わせることもなかった。
 もともと渡辺淳一の小説に関心がなかったということもある。大学時代に一度だけ「恐怖はゆるやかに」を読んだことがある。かつてNHKでドラマ化され、そのシナリオを長谷川和彦(監督)が書いていたこともあって、原作をあたったのだ。  
 ところが「シャトウ・ルージュ」が上梓された際にはすっかり鼻の下を長くしている自分がいた。  

 フランスはパリ郊外、とある森の中にある城に幽閉された日本女性が秘密結社によってさまざまな性の調教を受けるという物語。  
 要はSM小説なんですな、これ。  

 SMといったら、団鬼六だけれど、小説は一度も読んだことがない(私小説短編集「美少年」は読んだ)。ただしその映画化作品は若い頃日活ロマンポルノでけっこう観ている。  
 日活ロマンポルノに夢中になりだしたのは高校時代だった。「キネマ旬報」にロマンポルノの新作が紹介されて、期待に胸膨らませては半年くらい遅れて上映される地元の映画館に行き、ほとんど期待はずれに終わるパターンだった。
 ちなみに初めて観たポルノは独立プロのいわゆるピンク映画といわれるもの。あまりのくだらなさに以後二度と観なくなった。洋画はというと、ボカシばかりの映像にうんざりしてこれもやがて観なくなった。何がなんだかわからない映像から聞えてくる会話で、英会話の勉強にいそしんだこともある。まあ、そんなわけで日活作品が手頃だったのだ。  
 最初は女優のヌード、セックスシーンが見られるだけでかなり興奮した。ところが見慣れてくると単純な性行為、いやストーリーに飽きがきた(まだ童貞だっていうのにさ)。徐々に過激さを求めていきついたのがSMものだった。谷ナオミ、麻吹淳子、高倉美貴、真咲乱、志摩いずみと歴代のSM女王を追いかけました。  
 断っておくが僕はSM愛好者ではない。SM好きというのでもない。映画のジャンルの1つとして好きだっただけだ。もともと書店でかなりのジャンルの書籍、雑誌を立ち読みするものの、SMとロリコンとファッションだけは恥ずかしくて立ち読みできなかった(ロリコンは嫌悪している)。
 
 団鬼六の過去の名作、傑作が一時期角川文庫で立て続けに復刊されたことがあったが、この時も書店の文庫コーナーの棚で眺めるしかなかった。(やはり角川も世間体を気にしたのか、ある時から別会社の富士見書房刊となった)  
 この年齢になれば、団鬼六だろうが、SM小説だろうがどうってことないが、やはり購入まではできない。図書館にリクエストするのもはばかれる(だいたい図書館にあるのだろうか?)。  
 そこに渡辺淳一の「シャトウ・ルージュ」だ。飛びつきたくなる気持ち、わかっていただけるでしょうか。  
 作者は純文学畑、版元は文藝春秋だもの。何と月刊「文藝春秋」に連載されていた。かつて日経新聞連載の「失楽園」に朝からメロメロになっていた世のお父さん、この連載が始まるや発売の毎月1日下半身を硬くしていたんですかね。  

 SM小説(映画)にはパターンがある。貞淑な淑女がある不埒な野郎たちに監禁され、性の調教を受ける。最初は抵抗するものの、やがてめくるめく官能の世界にどっぷり浸って、すっかりM女に生まれ変わり新しい人生を歩む、というもの。ヒロインが人妻だったり、女教師であったり、秘書であったり、はたまた修道女だったり。その調教理由もいろいろ。  
 「シャトウ・ルージュ」も例外ではない。  

 語り手の〈僕〉はエリートコースを歩んできた三十半ばの青年医師。会社社長を父に持つ令嬢と結婚し、金銭的、地位的にも傍目には理想的な夫婦と思われているが、ある事だけ不満があった。セックスである。ミッション系の学校に通っていた妻はセックスを汚らわしいものとの認識があるらしく、結婚当初はお義理にやがて没交渉となってしまっていた。  
 ヨーロッパ旅行中にそうした女性に性の調教を施す秘密結社があることを教えられ、医師は大金をつんで依頼する。妻をフランス旅行に誘い、ドライブ中に何者かに襲われ、誘拐されてしまったことにした。一人娘の安否を気づかう義父母には誘拐犯から身代金と引換えに釈放するとの連絡があった、その間の辛抱と誰にも知らせないように働きかける。  
 この医師が何ともだらしない。妻が調教される様を見たいと懇願し、現地では秘密部屋から、日本に戻ってからはインターネットを通して、〈覗き〉をするわけだが、妻の痴態、その変貌する過程で、嫉妬したり、怒り狂ったり、ウジウジグジャグジャでもう大変。女性はもちろん、女性でなくても、嫌うタイプ。  
 釈放された(性に目覚めた)妻とのその後の関係も途中でわかるというものだ。    

 舞台をフランスにしたことがミソ。たとえば各章のタイトルがドレサージュ〈調教〉、カレッス〈快擦〉、ジュイサーンス〈快楽〉、オプセルヴァシオン〈観察〉、ルトゥール〈帰還〉。優雅でお洒落だ。
 その昔映画「エマニエル夫人」に殺到した女性たちの姿が頭に浮かんだ。
 期待していた調教シーンはそれほどのものではなかった。とはいうものの、そのものずばりの表現でないから逆にそそられるところがある。
 約4ページにわたって、〈女性自身〉を指すフランス語が羅列されているくだりは圧巻。
 Abricot(杏、アプリコット)から始まり、vigne du seigneur(ヴィーニュ デュ セニュール、領主のブドウ畑)まで、178個の単語が並んでいる。    

 調教の最中に覆面パーティーが開催されるのだが、このくだりはまさにキューブリック監督の遺作「アイズ・ワイズ・シャット」のイメージ。  

 【追記】  
 この小説、映画化の企画が進行中ってこと、ないのだろうか。  
 クラシック音楽をふんだんに使った究極のSM映画。監督は実相寺昭雄、主演はヒロインに高樹澪、青年医師に佐野史郎……。




2002/09/25

 「エノケン・ロッパの時代」(矢野誠一/岩波新書)  

 川口中央図書館の〈映画・芸能〉コーナーの棚に「エノケンと呼ばれた男」という本があって、いつも気になっている。
 エノケンといったら戦前戦後の喜劇王だ。一度は評伝を読んでおかなければと思うものの、これまで一度も主演映画を観たこともない僕は本を読むより先にすることがあるだろうとずっとそのままにしていた。
 ロッパはインテリの喜劇人として、高校時代「古川ロッパ昭和日記」が上梓され話題になったことから意識するようになった。エノケン・ロッパと並び称されたことも知った。エノケンの晩年はかすかに覚えているけれど、ロッパに関してはまったく記憶にない。  
 会社の帰り、羽田図書館に寄ると矢野誠一の、そのものずばりの書名「エノケン・ロッパの時代」があった。新書だし、すぐ読めそうなのでさっそく借りてきた。  

 エノケン・ロッパと並び称される喜劇人二人だが、その出自は大きく異なる。
 榎本健一は庶民の出。古川ロッパは華族の家柄。エノケンは元来喜劇が好きで、喜劇役者美声で歌が得意、アクションに抜群のセンスを発揮した。
 インテリのロッパはもともとは映画の雑誌記者を志望していた。文藝春秋社が「映画時代」という雑誌を創刊し、そのスタッフとなった。早くに雑誌が休刊となると「映画雑誌」を自分で引き取り、私財をなげうって発刊しつづけるも、すぐに廃刊の憂き目に。もともと物真似が上手だったことから、その芸を認められて破格の待遇で芸人デビューを果たすのである。それまで〈声色〉と呼ばれていた物真似芸に〈声帯模写〉と名付けたのはロッパである。
 エノケンはエノケン劇団で、ロッパはロッパ一座でまず浅草で人気者となり、やがて丸の内、映画とその活躍の舞台を変えていく。
 コント55号あたりまで確かに存在していた浅草→丸の内(有楽町)→映画(TV)というコメディアンの出世コースを最初に示したのがこの二人なのだろうか。

 二人が丸の内に進出するくだりで、なぜ丸の内・有楽町界隈に劇場が多いのかという僕の長年の疑問に答えてくれる。東宝社長・小林一三による丸の内テーマパーク化という壮大な計画があったのである。鄙びた温泉町だった宝塚に劇場を建て少女歌劇を創設したり、遊園地を設置したりして、全国に名だたる華やかなイメージを作り出したのが小林社長であることは知っていたが、東京でも同様な計画を実行していたとは! 大した人物だったとあらためて思う。
 戦前から戦後にかけての日本のショービジネスおよび繁華街の成り立ちの変遷を知るのに最適な本ともいえるのではないか。


2002/11/14

 「演劇ってなんだろう」(井上ひさし/筑摩書房)  

 このところ芝居づいていたこともあり、演劇に関する本を1冊借りてきた。感想を書く際の参考になるだろうと考えてのことだ。  
 映画ならこれまでの経験でとりあえず好き勝手なことを書けるが、演劇となるとまるで基礎知識がなくて困ってしまう。  

 世の中には映画好きと演劇好きがいる。僕は完全に前者である。  
 芝居をまずカット割りした映像で思い浮かべてしまうタイプ。映画でもTVでもいい、カメラをとおして俳優の演技をイメージしてしまう。あるいはその背景だとか、人物以外の事象にも目を向けて、カットとカットの間に挿入したり。  
 ところが世の中には板の上でワンシーンワンカットの生の演技を想像する人もいるわけだ。映画好きと芝居好きの違いとはこんなところだろうか。  

 舞台というと、個人的にはやはり演芸やコンサートとかダンスなどをイメージしてしまう。役者の芝居だけを舞台で観たいという気持ちにあまりならない。歌手のライブだとか、コント、落語など。演劇だったらミュージカルがいい。  
 以前にも書いたことだが、指定の日のチケットを購入するのがわずらしいということも大きな要因だ。映画みたいに上映期間中、自分の都合のいい日に行けるというのであれば、もっと足を伸ばしていたかもしれない。  
 ただし井上ひさし作のこまつ座の芝居は一度観たいと思っていた。  

 書名に惹かれて何気なく手に取ったらそのこまつ座が発行するパンフレット「the座」に掲載された井上ひさしの文章と演劇関係者による鼎談で構成された本だった。  
 レギュラー陣は井上ひさし、大笹吉雄、水落潔、宮下展夫、渡辺保(以上演劇評論家)、小田島雄志、扇田昭彦(演劇ジャーナリスト)、山口昌男(文化人類学者)、小田豊二(the座編集長 聞き書きの名手!)。このメンバーに毎回テーマを決めてゲストが絡むという趣向だ。  
 演出家の鵜山仁、プロデューサーの木村光一、森光子、本多劇場オーナーの本多一夫、梅沢劇団の梅沢武雄、音楽家の宇野誠一郎、つかこうへい、大平和登の面々を迎え様々なテーマで語り合う。
 演出とは何か、演劇におけるプロデューサーの役割、役者から見た演劇、劇場経営、大衆演劇、音楽、ミュージカル等々。
 
 下北沢を一躍演劇の街に変貌させてしまった本多一夫の話が興味深かった。  
 大平和登はかつてキネマ旬報の「ブロードウェイ通信」でお馴染みの人だったが、和登という名前から一時期まで女性だとばかり思っていた。手塚治虫「三つ目がとおる」で主人公の助手的存在が女子高校生(中学生だったっけ?)の名前が和登だったもので。  
 つかこうへいブームの頃の話を聞いていると、あの時代、無理してでも観ておけばよかったかなと後悔しきり。文庫で戯曲を読むだけだった。  

 皆なぜ演劇をこんなに愛しているのだろう。ここまで皆を魅了する演劇っていったい何なのだろう。その答えを知りたくて読み出したのに、よけいわからなくなった。  




2002/09/11

 「新宿鮫 風化水脈」(大沢在昌/毎日新聞社)  

 しばらく前、深夜NHKでドラマ「新宿鮫 氷舞」を放送していた。このドラマシリーズ、舘ひろしが鮫島のイメージではないのだが、ドラマ自体はとても丁寧に作られていていつも観ていた。映画「眠らない街 新宿鮫」よりよっぽど出来がいい。今回は初回を見逃したこともあって、ちょっとチャンネルを合わせただけで最後まで観ることはなかった。(ちなみに小説のドラマ化に関してNHKはかなり健闘していると思う。髙村薫「照柿」、宮部みゆき「蒲生邸事件」、みな原作を裏切るような内容になっていない。これは評価してもいいのではないか)  

 そういえば小説は「炎蛹」以来ずっとご無沙汰している。図書館に行ったら「風化水脈」がハードカバーであったので久しぶりに鮫島警部の活躍に胸踊らすかと借りてきた。調べてみると「氷舞」「灰夜」「風化水脈」ともう3冊も出ている。  
 初版作家の汚名を払拭したヒット作「新宿鮫」はすごい評判だったけれど「マークスの山」を読んだばかりの僕にとってそれほどのものとは思えなかった。ハマッったのは第2作「毒猿」だ。これは大沢版「大地の子」だと。
 「毒猿」がなかったらこれほど息の長いシリーズになったかどうか。以降刊行されるたびに読んでいる。

 本作は毎日新聞に連載された新聞小説だ。だから版元が毎日新聞社。後にカッパノベルスにも収められ「風化水脈 新宿鮫Ⅷ」となる。4作目の直木賞受賞作「無限人間」も講談社→カッパノベルスルートで刊行されている。大手出版社の雑誌等で連載された場合はその出版社からハードカバーで上梓され、一定期間をおいた後に「新宿鮫」の生みの親、光文社カッパノベルスの新書になるという契約になっているのだろう。通常は漢字二文字のタイトル、漢字四文字は特別編という扱い、か。  

 事件そのものはたわいのない、というと語弊があるが新宿界隈でよく起こるであろう高級車盗難事件を扱っている。まったくアシがつかないところから、自動車窃盗集団が盗んだ車を新宿区内のどこかでプレートを差し替え移動させていると睨んだ鮫島が〈洗い場〉を探索する。その過程で〈洗い場〉の一つと狙いを定めた屋根ありシャッターつきの車庫の前にある駐車場の係を長く担当している老人大江と知り合う。  
 並行して暴力団員真壁とその情婦雪絵の純愛が描かれる。真壁はかつて中国人グループのアジトに殴りこみ、一人を殺し、一人を瀕死の重傷を負わせ服役していた。出所した現在、怪我の後遺症と組の中の微妙な立場から以前の精彩がない。組が経営する麻雀店の店長に甘んじる体たらく。居心地は悪いし面白くない。
 雪絵には新宿の片隅で居酒屋を営む母親がいる。母親には、娘はもちろん既に他界した夫にも隠し封印していた暗い過去があった。  
 真壁の服役中、弟分の矢崎が新しいしのぎを開拓していい顔になっていた。中国人グループと組んで高級車窃盗を画策、海外に輸出して大いに稼いでいるのだ。実はこの中国人グループのボスが瀕死の重傷を追いながら奇跡的な回復を遂げた王という男。王は真壁が死んだものと思っている。真壁は矢崎のしのぎについて詳しくは知らない。王が真壁の生存を知ったら……。  
 鮫島が〈洗い場〉の調査中、隣の古家との間にある井戸から屍蝋化した死体を発見した。自動車窃盗事件とは関係ないものの、これをきっかけとして、大江と雪絵の母親、王と真壁を結びつける緊迫したクライマックスになだれ込んでいく。  

 これまで舞台、背景でしかなかった新宿を地形的、歴史的に捉え、ストーリーに挿入させたところが、これまでにない面白さとなっている。前半の鮫島の地道な捜査がいい。できれば新宿の地図を手元において読めば、鮫島の捜査がぐっと身近に感じることができる。  
 鮫島はキャリアでありながら、ある件以来上層部に疎まれ、出世コースからはずされた過去を持つ。仲間もできず新宿署で一匹狼としてさまざまな事件を捜査している。本作では、その鮫島の警察に対する思い、刑事という職業に対する考えを徹底的に吐露させる。  
 真壁と雪絵の関係もへたすれば昔ながらの〈演歌〉の世界になってしまうのだが、ギリギリのところでリアリティを持たせた。新宿が舞台ということも要因か。  
 鮫島の恋人晶はいつのまにか人気バンドのヴォーカルの地位を確立している。前作、あるいは前々作でそこらへんの顛末が描かれたのだろう。ふたりの関係も何かあったようだ。  
 早いうちに「氷舞」「灰夜」を読んでみよう。


2002/10/11

 「ボーダーライン」(真保祐一/集英社文庫)  

 同じ探偵と呼ばれる職業でも日本とアメリカではその存在意義は大きく違う。一番の違いは銃の携帯ができるかできないかだろう。つまり、アメリカの探偵は免許制(P・Iライセンス)、警察がフォロー仕切れない事件を警察官に成り代わって捜査することが多いという。日本はというと浮気などの調査等華やかさとは縁遠い仕事、いわゆる調査員でしかない。  
 だから本当ならマーロウだとか、ハマーみたいな探偵は存在できないのである。いくら永瀬くんが頑張ったとしても。その昔の綾部探偵事務所の修と享が現実なのだ。いや、もう少し紳士的か。  

 銃の携帯といえば、サラ・パレツキーの女探偵「V.I.ウォーショースキー 」をNHKが松坂慶子主演でドラマ化した際、銃について面白い処理をしていた。このヒロイン、いざという時はちゃんと銃を持つ。もちろん本物ではない。モデルガンである。アルバイトで雇った映画小道具係の青年が着弾を細工することによって、あたかも銃を撃った効果がでる。ヒロインはこれで相手を威嚇するのだ。  
 まあ、実際にはこんなことがうまくいくわけはないだろうが、銃の不携帯を逆手にとった面白いアイディアだと思った。  

 さて。  
 真保作品の熱心な読者でないからあてにならないが、作者は日本人を本物の探偵らしく活躍させたいと考えてこのハードボイルドを書いたのではないか。そのためには舞台をアメリカにしなければならない。そして主人公の探偵は限りなくリアリティのある存在にしたい。こうして日本に本社がある信販会社のロサンゼルス支社で調査の仕事をする永岡オサムが設定された。上司のすすめで疑似結婚をしてグリーンカード取得、そうしてP・Iライセンスを取った経歴を持つ。   
 銃の携帯を許される、正真正銘の探偵だ。  

 主に日本人ツーリストがロサンゼルスで巻き込まれたトラブルの後処理をしているオサム、通称サムに一枚の写真が提示される。隠し撮りされたと思われる写真に写っているのは20代の日本人青年。彼がアメリカに滞在しているのでその居場所を探してほしいという依頼なのだ。わずかに背景に写っているバーらしき店から青年を見つけ出す困難な仕事。
 いろいろあって、やっと探し出した青年は笑顔を絶やさず、オサムに向かって銃を撃ってきた。九死に一生を得たサムは上司にかけあって青年の素性を知ることができた。
 信販会社の上得意会社の役員の息子、笑顔で人殺しができる、心のない人間。小さい頃から暴行を働き、ある日行方不明になった。
 身辺からいなくなったことで安心していた父親だったが、娘が結婚したことで状況が変わる。娘の幸せを願う父親は、海を渡って悪事を働いている息子を自分の手で殺したいと切望する。会社を辞め、アメリカにやってきた父親はサムに危険な真似をさせたことを詫び、行方知れずとなる。父を殺人犯にしたくないと父を追いかけてきた娘がサムに懇願する。「父を連れ戻してください」。父親の後を追うサム。
 果たして……。  

 本筋に交錯する形で、過去にサムがかかわった事件が回想される。サムが親しくなった、少女殺しの黒人と、娘を殺され、妻を事故で失った男のエピソードは深く考えさせられる。  
 同時にある日、行方をくらませた同棲相手を追う姿も描かれる。  

 友人から読んでみてよと、もらった文庫本だった。それほど、期待しないで読み始めたのだが、後半は、もう夢中。品川のカフェで一気に読了した。




2020/01/06

 「安倍三代」(青木理/朝日新聞出版)

 安倍サンは母方の祖父、岸信介への敬慕が強い。父方の祖父、安倍寛も信念を曲げないブレない政治家だったのに。
 安倍サンには信念がない。
 憲法改正を推し進めようとしているのに、憲法の大家、芦部信喜を知らない。まあ、僕だって知らなかったけど、別に憲法を改正しようなんて思っていないのだから許してほしい。
 小さいころから母親に祖父の偉大さを教えこまれたのだろう。で、祖父が実現できなかったことを成し遂げることが目標になった。

 安倍サンの母校、成蹊大学の元教授、宇部重昭氏はかつての教え子をこう評す。
     ▽
 可もなく不可もなく、どこまでも凡庸で、決して目立たず、しかし優しくて人当りは良くて素直なおぼちゃま。
 とんでもないことをやった総理として、歴史にマイナスな名を残すことになる、名誉ある安倍家の名を汚すことになる。
     △

 安倍サンは、政治家に、ましてや一国の首相になんて、なってはいけない人だった。


2020/01/08

 「ぼくらが子役だったとき」(中山千夏/金曜日)

 人気子役だった中山千夏が、かつて一世を風靡した人気子役たちへのインタビュー集。週刊金曜日の連載をまとめたものだとか。
 登場するのは以下の14人。
 松島トモ子、小林綾子、長門裕之、浜田光夫、四方晴美、柳家花録さん、小林幸子、和泉雅子、水谷豊、風間杜夫、矢田稔、弘田三枝子、和泉淳子、梅沢富美男。


2020/01/19

 「英国フォーク・ロックの興亡」(小西勝/シンコー・ミュージック・エンタテインメント)

 フォーク・ロックとは何か? アッシドフォークとは? バラッドは? いろいろ知りたくて手に取った。


2020/01/20

 『安倍首相の「歴史観」を問う』(保坂正康/講談社)


2020/01/22

 「旧石器遺跡・捏造」(河合信和/文春新書)


2020/01/22

 「ショーケン 別れのあとに天使の言葉を」(萩原健一/立東舎)


2020/01/27

 「日本SF誕生 空想と科学の作家たち」(豊田有恒/勉誠出版)

 日本SFの黎明期を綴った記録が面白くないはずがない!
 福島正美が性格的にいろいろ大変だった人というのがわかる。
 

2020/01/28

 「昭和こどもゴールデン映画劇場」(初見健一/大空出版)

 子どものころ、十代のころの7、8歳の差はとてつもなく大きい。
 70~80年代の邦画、洋画に触れた本書を読んでつくづく実感した。
 著者は1967年生まれ、59年生まれの僕とは8歳の差。当時出会った映画の印象がまるで違う。だからこそ面白いのだが。
 それにしても日本の特撮もの(怪獣映画、ヒーローもの)に全然関心がない。本書からすっぽり抜け落ちている。母親の方針で、東映まんがまつり、東宝チャンピオンまつりの鑑賞がNGだったのでは仕方ないか。うちの両親が同じ方針を持っていなくてよかった!





 一応、承前

 6月から映画館が再開するとネットのニュースで知った。丸の内TOEIでは再開第一弾として「仁義なき戦い」を上映するという。
 このシリーズがリアルタイムで人気を呼んでいた70年代前半、やくざ映画、というか東映映画が大嫌いでまるで関心がなかった。
 観たのは90年代になってからだろうか。むちゃくちゃ面白かった。ビデオでシリーズをすべて押さえた。その後、たまにDVDを借りてきて観直している。個人的には第一作と第三作「代理戦争」が好み。シリーズを通して別の役で登場する松方弘樹の役者ぶり、その巧さが堪能できる。

 「仁義なき戦い」を大きなスクリーンで観たい! 
 1日(月)、仕事終わりに別件で茅場町へ行った帰りに銀座で降りた。ワクワクしながら丸の内TOEIに立ち寄ると、上映しているのは「星屑の町」と某宗教団体のプロパガンダ映画。なんだよ、やってないのかよ、と毒づきながら帰宅の電車で調べると、5日(金)から「仁義なき戦い」「…… 広島死闘編」「…… 代理戦争」の3本が上映されることがわかった。

 それとは別に、6月からMOVIXが再開すると知り、たまに一緒に映画を鑑賞しているYさんにLINEすると、何か観たいという。調べると地元川口で「ひまわり」が50周年HDレストア版としてリバイバル上映されるのでその旨連絡すると了承、5日(金)川口駅で待ち合わせして午前中1回だけの上映に足を運んだ。
 ということで、約2ヶ月ぶりの映画鑑賞は「仁義なき戦い」ではなく、「ひまわり」となった次第。

 「ひまわり」は高校1年のときに郷里の映画館で観ている。「青春狂詩曲」という映画があって、その併映だった。このときもリバイバルだった。大泣きした。
 50周年HDレストア版として蘇った名画は、冒頭、どこまでも続く一面のひまわりにも圧倒されるとともに、ヘンリー・マッシ―二のテーマ曲を聴くだけで涙がでてきて困った。

 今回観直して、後半のエピソードをまったく覚えていないことが判明した。
 ソフィア・ローレンがロシア戦線に出征し行方不明になった夫、マルチェロ・マストロヤンニを探しに戦後ソ連の某都市を訪問、その所在を聞き出すと、なんと夫はロシア人の女性と結婚、子ももうけている事実を知る。夫が仕事から帰ってくると、二人で駅に迎えに行く。列車から降りてきたマストロヤンニが妻から耳打ちされローレンに気がつき、近づこうとすると、ローレンは泣きながら走り出した列車に飛び乗ってしまう……。
 僕の記憶はここで終わっているのだ。

 この別れのシーンで、当時、15か16歳だった僕はこう思った。悲劇だけどどうしようもない。
 ソ連の広大な雪原の中、一人またひとりと倒れていくイタリア兵士。その中にマストロヤンニもいた。倒れたマストロヤンニを助けたのが若いロシア女性(リュドミラ・サベーリエワ)だった。倒れたマストロヤンニを運ぶサベーリエワが実になんとも可憐でかわいらしかった。九死に一生を得たマストロヤンニには天使に見えただろう。その後、サベーリエワは献身な介護をしたのだろうし。
 あの状況を経たら、男としてもう結婚しかないのではないか?
 色白で可憐なサベーリエワに対して、ローレンは大柄で色黒であまりに個性的だった。
 駅のシーンでふたりの女性を見比べていた。

 あの駅の別れのシーンに続きがあった。
 その後、マストロヤンニがイタリアに赴くのである。ローレンに会うために。
 再会を最初は拒否されるものの、最終的にローレンの自宅で会うことになる。
 マストロヤンニがローレンにもう一度やりなおそうと言って驚いた。
 もうローレンは再婚していて、子ども(赤ちゃん)がいた。
 このときのローレンがきれいだった。髪には白いものが見える。
 劇中でローレンは年齢をとった的な台詞を言う。
 この再会は戦後何年経っているのだろうという疑問がわいた。

 ローレンがソ連を訪れたのは戦後5、6年だと思う。マストロヤンニとサベーリエワの娘がそのくらいの年齢だったのでそう推測する。
 その後のローレンとマストロヤンニの再会は、駅の別れから1、2年、3、4年といったところか。
 それほどふたりは年齢を重ねていない。

 そう感じるのは、こちらの年齢が関係しているのかもしれない。高校時代の鑑賞からもう45年経っているのだ。還暦を迎えた年齢になると10年、20年なんてそれほどのものではない。
 10代のころならローレンの言葉にうなずいていたはずである。憶えていないけれど。

 ちなみに〈レストア〉とは修復とか復活を意味する。HD修復版。




 以前、4月は映画鑑賞ができなかった、と書いた。しばらくして3日に丸の内TOEIで「星屑の町」を観ていたことに気がついた。その後非常事態宣言が発令されて映画館(劇場)はどこも休館となったのでした。

 「星屑の町」はのん主演の久々の映画ということもあって足を運んだ。とはいえ、メジャーではないムード歌謡コーラスグループの、ステージを含めた人間模様を描いていることが肝だ。でなかったら、興味を持たなかったかも。
 人気舞台の映画化だとのこと。全然知らなかった。

 ラサール石井と小宮孝泰(コント赤信号!)が劇作家・演出家、水谷龍二と組んで結成したユニット「星屑の会」によって1994年から上演されている舞台「星屑の町」シリーズの映画化。
 ムード歌謡コーラスグループ「山田修とハローナイツ」メンバー(太平サブロー、小宮孝泰、ラサール石井、渡辺哲、でんでん、有薗芳記)は舞台版と同じキャスト。
 以上、ネットで仕入れた。

 予想していたような予定調和的ストーリー。のん演じるヒロインは完全に「あまちゃん」のキャラクターだし、ライブシーンも先に歌唱を録音しましたって感じなのだが、披露される歌(昭和歌謡)はオリジナルの「MISS YOU」含めいい歌だよなあと思わせてくれる。
 島倉千代子の「ほんきかしら」の一節なんて、洋画(欧州)音楽を彷彿させてくれて、これは新発見だった。

 この項続く




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)

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