「まぐまPB9 アニメの声と音と音楽と」が完成しました。

 私は、エッセイ「体験的〈冨田勲〉鑑賞記 冨田勲が教えてくれた」とコラム3編を寄稿しました。エッセイはブログに書いた訃報記事を基に大幅に加筆したものです。
 12月27日より以下の書店で直販されています。

 ・タコシェ(中野) 
 ・模索舎(新宿) 
 ・夢野書店(神保町)
 ・ブックカフェ二十世紀(神保町)

 また、通販も行っております。

 ・蒼天社通販
 

 ご興味あれば、ぜひご購入のほどお願いいたします。


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A5判・定価 本体500円+税
制作:STUDIO ZERO/発行:蒼天社/発売:開発社
ISBN978-4-921214-33-3 C0079

目次:
 わたしの「女性声優」史-「メーテル」発「のだめ・閻魔あい」経由「暁美ほむら」着/小山昌宏 初見智子
 耳で語るアニメーション/足立加勇
 多様なコミュニケーションを表現するポケモンアニメの鳴き声/坂口将史
 アニメーションと効果音について/荻原 真 
 シネマ・レビュー チロヌップのきつね/新井啓介 
 我が思い出の第三次声優ブームとその周辺/鈴木真吾 
 CINEMA REVIEW WXⅢ PATLABORTHE MOVIE3/新井啓介
 アニメの音って何だろう? 効果音から考えるアニメの音/小山昌宏 初見智子
 ブックレビュー 作曲家・渡辺岳夫の肖像/新井啓介
 宮駿駿監督作品における「無音」について/小池隆太
 体験的〈冨田勲〉鑑賞記 冨田勲が教えてくれた/新井啓介
 KOKIA「動物の音楽会」によせて-「けものフレンズ」へのシンクロニシティ/小山昌宏 
 洋楽・オン・アニメ/鈴木真吾 
 彼女たちのジブリ・ヒロイン-「宮崎駿と高畑勲」作品の女性像が問いかけるもの/小山昌宏
 進撃の巨人?暴力が支配する世界システムの果てに=イメージの「壁」がリアルな「壁」を出現させる原初的暴力/小山昌宏




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 今年になってから映画は水曜日にまとめて観る機会が多い。
 ラピュタの特集に観たい映画があって、阿佐ヶ谷に行き旧作を、そのついでに新宿で新作を鑑賞するからそういうことになる。
 今週は、ラピュタで「影の車」と「100発100中」を、新宿ピカデリーで「パシフィック・リム アップライジング」を観た。
 
 3月から気になる映画が次々と公開されているのだが、観に行けない。
 水曜日が旧作鑑賞なら、ほかの日にレイトショーに行けばいいのだが、そんな気力がないのである。

          * * *

2001/02/16

 「不滅のヒーロー 仮面ライダー伝説」(岡謙二/ソニー・マガジンズ)  

 円谷プロのウルトラマンシリーズと違って東映の仮面ライダーシリーズにはそれほどの思い入れはない。放映が開始された当初は「悪魔くん」「河童の三平」系統のホラー色濃厚な等身大のヒーローものということで注目した。
 が、藤岡弘の事故で主役が佐々木剛に変更になってからドラマそのものが妙に明るくなり、「へんしーん!」ブームがやってくるともうどうでもよくなった。5歳下の弟が完全にハマってしまい、チャンネルの主導権が移ってしまった。
 この頃の仮面ライダー人気に火がついてまたたくまにブームがおとずれた様子は、メディアをとおさなくても弟とその友だちの遊びを見ているだけで実感できた。
 弟が真剣に番組に熱中している横で兄貴はわりと冷めた目で「V3」あたりまではつきあっていた。

 たぶんに年齢的な(もう中学生になっていたか)問題もあるだろうが、仮面ライダー他の東映ヒーローものに共通するドラマ作りをバカにしていたところがあった。
 登場する怪人のいかにもな造型とネーミング。耳障りな敵の首領たちが叫ぶ「×××なのだ」の〈のだ〉の連発。何よりアクションのクライマックスで、たとえば必殺武器「ライダーキック!」が飛び出すとき、同ポジのカットを3回繰り返す演出が稚拙に感じたものだった。

 というわけで仮面ライダーにそれほど思い入れがなかった僕は昨年復活したシリーズの新番組「仮面ライダークウガ」に何の期待もしていなかった。
 ハイビジョン撮影といってもしょせんはビデオ、また特撮のメイキングビデオみたいな薄っぺらな映像を見せられるのかと冷ややかに放映開始を待った。
 映像的には当初そういった違和感があることはあったが、ドラマは本格そのものだった。
 たぶんに「踊る大捜査線」の影響もあるのだろうが、警察機構をしっかりと描き、その中で主人公と仲間たちの活躍に焦点をあてた。
 リアルな演出に好感を持った。ヒーローも敵の怪人も最後まで第○号と登場人物たちに呼ばれ(クウガは最後まで子どもたちにさえ第4号と呼ばれていた)、エピソードによっては人間主体のほとんどクウガや怪人が登場しないこともあって、歓喜した。
 人間体の怪人たちが登場するシーンではファンの間で話題沸騰になった怪人言葉(グロンギ語)の解読より、その映像そのものに酔った。
 ラス前の敵とクウガの戦いでは心象風景として互いが人間に戻り、泣きながら殴る主人公と笑いながら殴る敵を描くことによって、暴力とは何かを静かに訴えていた。  
 最終話はまるまるクウガと敵による最終決戦の後日談にあてられ、主人公すらラストにちょっと顔をだす程度。これまでのヒーローもののドラマツルギ-から逸脱した最終話に快哉を叫んだものだ。  

 で、そうなると仮面ライダーシリーズがどんなものであったか知りたくなるのが人情。ちょうどうまい具合に図書館に本書があったので借りてきた。
 最近この手の、かつて特撮ヒーロー番組の主演者による回想録が盛んに刊行されている。当初ウルトラ関係者だったものが、Pプロ、東映関係に飛び火した感じ。仮面ライダーもメインの1号、2号を演じた藤岡弘、佐々木剛の単独の著書は上梓されている。シリーズを包括、総括しているところが本書のミソだろうか。

 歴代の主人公を演じた役者たちが登場する。  
 藤岡弘、佐々木剛、宮内洋(V3)、速水亮(X)、荒木しげる(ストロンガー)、高杉俊 价(スーパー1)、菅田俊(ZX)の面々。  
 どの役者たちのインタビューからも制作現場の激しさ、つらさが伝わってくる。  
 シリーズの中で異色な存在となっている「アマゾン」(僕自身、けっこう好きでわりとチャンネルを合わせた)の主役・岡崎徹が行方不明でインタビューを受けられなかったのは残念。現在売れっ子になっている村上弘明(スカイライダー)のプロフィールにはデビュー作「仮面ライダー」が掲載されていないという。哀しい。  
 宮内洋の章では最近日活映画に関する本を読んでいることもあって、渡り鳥シリーズの影響大である「怪傑ズバット」が観たくてたまらなくなった。  

「異形の者でなければヒーローになれない、ヒーローは不気味な面白さが必要」が原作者・石森章太郎の信念だったことを本書で知った。オリジナルビデオでリリースされた「真仮面ライダー」はぜひともチェックしたい作品ではないか。




 すぐにUPするつもりが、時間がなくてそのままになっていた。このままだと忘却の彼方になってしまうので、メモだけでも。

          * * *

 「水曜日、朝は阿佐ヶ谷」の項 から続く


 14日は、ラピュタで3本観た。

 「警視庁物語 ウラ付け捜査」

 ある男が自供した殺人事件の裏付け捜査の過程を丹念に描く。
 ころころと証言を翻す殺人犯を演じる井川比佐志にやられた。ラストは涙。


 「おしゃれ大作戦」
 
 1976年の東宝作品で、監督が古澤憲吾。まったく知らない映画だった。70年代中ばにはキネマ旬報を愛読していたから新作映画にはかなり敏感だったはずなのに。この時代に古澤監督が東宝映画を撮っていたの? という驚きも。
 調べたら、古澤監督の東宝最後の作品だった。「妻と女の間」の併映と知ってひざを打った。「妻と女の間」なら記憶している。市川崑が豊田四郎とともに監督した作品だからだ。観てはいないけれど。

 「忠臣蔵」の話を某ドレスメーカーの学校に置き換えたコメディー。
 主演の岡崎友紀がかわゆい。個人的には牧れいの出演がうれしい。
 沢田雅美の役は現代ならオアシス大久保佳代子が演じるか。


 「結婚式・結婚式」

 脚本・松山善三、監督・中村登による1963年の松竹作品。僕が4歳のときだ。
 知らない映画だったが、面白そうなので観た。
 コメディーとして傑作ではないか。
 何度も大笑いできた。
 特別出演の佐田啓二(次男の役)が北海道に住んでいる設定なのだが、ロケなどできないスケジュールなのだろう、屋外のシーンでバレバレの合成カットがあった。このカットにそこまでする必要があったのか。がっかり。




 昨日(4日)、念願の佐原散策へ。
 佐原を知ったのは20年以上前のこと。セガの映像事業部時代、営業で千葉へ行った。社用車で1日走り回ったのだが、そのとき通り過ぎた街が佐原だった。
 市川崑監督の金田一シリーズに登場するような街並みに心和んだ。
「今度、ゆっくり佐原の街を歩いてみよう」
 そう思ってからずいぶん時が経ってしまった。

 東京駅から総武線の快速で成田へ。成田から成田線で佐原へ。
 ちなみに佐原は〈サハラ〉ではなく〈サワラ〉と読む。
 東宝特撮映画やTV「ウルトラQ」でお馴染みの俳優、佐原健二は〈サハラケンジ〉だよね?
 この読みを知らないと、こんなやりとりを友人とすることになる。
「佐原って行ったことある?」
「サハラって、サハラ砂漠?」

 川越がそうであるように、佐原駅前からあの街並みが続いているわけではない。
 さて、どこへ行けばいいのか。
 観光案内所で散策地図を入手しようとしたら、それらしきものが見当たらない。待合室に観光スポットを記載したチラシ(?)があった。それによると小野川沿いが目当ての場所らしい。
 では小野川に向かおうと矢印の方へ歩き出したのだが、道は途中でなくなっている。矢印はもうない。仕方ないので商店街のある通りへ出て、小野川があるらしい方向に歩く。が、全然川にぶつからない。

 ひなびた商店街を歩くこと十数分。ほんとに目的地にたどり着けるのかいなと思っていると、木でできた蔵が。そんな蔵を初めて見た! そこから少し行くと、「東京バンドワゴン」の看板を掲げた喫茶店があった。少し休憩することに。
 年配のご主人は話好きだった。
 満州から引き揚げてきたという。そのとき履いていた靴が店に飾ってある。今の感覚からしてもかなり上等なものでかわいらしい。
 ピンときて訊いていた。
「『どこにもない国』観ました? NHKのドラマ」
「いや、私、TVって観ないから」
 タバコを喫いに灰皿のある中庭へ出ると、そこが表玄関から入る庭だった。道路に出て改めて店をながめると〈遅歩庵〉という看板があった。こちらが正式名称らしい。
 〈伊能〉の表札もあったからその理由を訊くと、
「伊能家の本家なんですよ。(忠敬の)家は分家なの」
 そうなんですか!

 裏の入口に掲げられている〈東京バンドワゴン〉の看板は同名のTVドラマのロケの際に使われたもの。撮影が終わってもそのまま掲げられていて、今では亀梨和也(ドラマに主演した)のファンの聖地になっているとか。
「私、亀梨さんを知らなくて、〈きなし〉って言ったら笑われてね」

 店を後にして、小野川の反対側にある伊能忠敬の旧宅を覗く。なんと入場無料なのだ。

 昼食をとってから小野川に沿って歩き観福寺へ向かった。鑑福寺には伊能忠敬の墓がある。この墓には忠敬の爪と毛髪が収められている。

 また小野川に沿って上流に向かって歩く。
 おみやげ屋があったので中に入る。
 壁に、佐原でロケされた映画、ドラマの撮影スナップが貼られていた。
 へぇ、二宮和也主演の「坊っちゃん」もそうなのか!
 そういえば、喫茶店の主人が言っていたな、佐原はギャラリーが少ないのでロケしやすいって。

 スナップを一つひとつ眺めていると、突然「ウルトラマンダイナ」の写真があった。スーパーGUTSの隊員たちが揃っている。
 ダイナも佐原でロケしたことがあったのか? そんなエピソードあったかな?
 キャプションを読んで驚いた。

 カリヤ隊員(加瀬尊朗)は当家の三男坊です。

 え~!! カリヤ隊員の実家だったのか。
 特製のしょうゆ飴と茹で落花生を買った。

 今回、佐原を訪ねて疑問に思ったことがあった。
 佐原って佐原市ではなかったか? 確か以前はそうだったはず。
 ところが今は香取市佐原なのだ。なぜ?
 観福寺から戻ってくる途中、某小学校のフェンスで掃除(?)をしていた男性に質問してみた。
「佐原市とまわりの町が合併したんですよ」
「あっ、平成の大合併のときですか!」
「でも、普通なら合併しても佐原市でしょう? どうして香取市になったんですか?」
 わが郷里の太田市も隣接する薮塚町、新田町、尾島町と合併したが、名称はそのままだ。
「それはね、合併するまわりの町が反対したんですよ」
「それで、香取郡の香取をとって香取市になったんですね!」
 しかしなあ、香取より佐原の方が有名だろうに。

 このまま続けます。


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佐原駅

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まるで映画のセットのような気がしませんか?

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最初に立ち寄った喫茶店(正面)

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この喫茶店、TVドラマ「東京バンドワゴン」のロケセットに
使われたんですね。裏の入口に取り付けられたドラマ用
の看板。今もそのままになっている。

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ここでいろいろな映画やTVドラマのロケが行われています。

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伊能忠敬の旧宅

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ここで第一の殺人事件が起こり

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向こうから金田一探偵が歩いてきそう

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まるで郷里(群馬県太田市)に帰ったよう

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伊能忠敬の墓がある観福寺の桜

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観福寺はかなり大きかった

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とにかく暑かった!



 昨夜、なんとか体調がもどってきた。
 体調の悪さを自覚するのは歩いているときだ。
 僕は歩くのがけっこう早い。
 にもかかわらず、皆、自分を追い越していくのだ。
 あれっ? ってなもんだ。そんなはずはない、と後を追いかけてもその差はどんどん開いていく。

 体調が悪くても食欲があったことは救いだったかも。

          * * *

2001/02/07

 「ブレンダと呼ばれた少年 ジョンズ・ホプキンス病院で何がおきたか」(ジョン・コラピント/村井智之 訳/無名舎)

 吉永みち子の「性同一性障害 -性転換の朝」(集英社新書)の中で紹介されている事件で詳細を知りたくなったものがあった。
 8ヶ月の双子の兄弟の兄の方が包皮切除手術に失敗してペニスを喪失、動揺した両親は性科学の権威・ジョン・マネーの強い勧めで、この子を性転換させることにした。
 以後女の子として育てられたその子は順調に経過していると発表され、メディアはキンゼーレポート以来の偉大な発見と書き立てた。
 が、実態はまったく逆だった。成長するにつれ、次第に女性としての違和感を持ってきたその子は精神のバランスがとれないくらいに追いつめられ、苦悩し、暴れ、最終的に男性にもどったという。
 この事件を綿密な調査、取材でフォローしたレポートが「ブレンダと呼ばれた少年」だ。ブレンダとは少女時代の名前のこと。

 小説、マンガには男が女になってしまうという物語がある。ある日突然女になってとまどうが、やがて女の喜びを知るというパターンだ。〈性転換もの〉とでもいうのだろうか。
 薄井ゆうじの「樹の上の草魚」(講談社文庫)はこのパターン(プロット)をうまく文学に転化させ新しい恋愛小説を創造した。
 デイヴィッド・トーマスの「彼が彼女になったわけ」(法村里絵訳/角川文庫)は歯の治療で入院した青年が病院側のミスで性転換手術をされてしまう悲喜劇で、彼が女性になるために悪戦苦闘する姿をとおして、女性という生き物の内面的、外面的気苦労がわかる仕組みになっていた。

 驚いたのはこの手の小説をさかんに書き綴るマニアがいることで、作品を収集、発表している専門サイトも存在する。僕自身小学5、6年の頃、この手のマンガを描いたことがあり、興味ある世界だ。
 が、映画「ボーイズ・ドント・クライ」や前述の新書「性同一性障害」の項でも書いているとおり、これらに描かれていることはあくまでも虚構の世界、好事家が思い描くファンタジーでしかない(やおいの世界に通じるものがある)。実際に自分本来の性と違う身体になった場合、精神的苦痛は計り知れないものがあると思う。

 で、ジョン・マネーである。本書を読む限りマッド・サイエンティストとしか思えない彼は「性別の自己認識は環境的要因によって決まる」という理論を実践するため、幼児期にペニスを喪失した子を格好のモルモットにしたに過ぎない。
 面接時には研究のため年端のいかないブレンダに卑猥な言葉をあびせ、ポルノフィルムを見せる、ブレンダがいやがっても容赦しない。ブレンダが両親に訴えても博士を盲信する両親は聞く耳をもたない。ブレンダの真の叫びを聞かず、自分の研究に都合よく学会に発表する。

 女として育てられた〈少年〉はやがて思春期になると局部の整形〈性転換〉をすすめられる。
 間違えやすいのは〈少年〉は事故後にすぐに性転換させられたわけではないこと。ペニスを喪失した後は身体が成長するまで性器の整形はまたねばならず、定期的な女性ホルモン注入と服装、しぐさ等の矯正の育てられていたのである。
 博士に局部整形を勧められると〈少年〉は激しく抵抗する。両親もその他の医師もみな今後のことを考慮し〈少年〉に整形を勧めるのだ。ジョン・マネーに「NO」と言える者は誰もいない。
 八方塞になった〈少年〉は自殺を繰り返し、ようやく心の内を理解してもらうことができ、男性にもどる。人工のペニスを造型、今では結婚して幸せな人生を歩んでいるという。

 この本には幼児期から思春期にかけての〈少年〉の写真が掲載されている。女の子の格好はしているけれど僕には女性には見えなかった。写真でさえそうなのだから、一緒に生活していた親や診察にかかわった医師たちにはその違和感がもっとわかっていたはずだ。〈少年〉の自殺は未遂で終わったからよかったものの、もう少しで若い命を失うところだった。ジョン・マネーおよび彼に与した関係者たちはもしかしたら殺人者になっていたかもしれないのである。

 こんなデタラメな研究をしているジョン・マネーがこの事件以降も処罰の対象にならないばかりか権威が失墜しなかったというのが不思議。だいたいペニス喪失=女性化という論理がわからない。当時(1967年)の技術ではペニスの造型より膣の形成の方が容易だったと説明しているが、本人の承諾もなしに勝手に性を決めてしまう行為が許されてたまるものか。
 性同一性障害、半陰陽といった問題からかけ離れたところで性転換が議論されているから怒りがこみあげてくる。

 もうひとつ。これも大いなる、そして根本的な疑問なのだが、アメリカではなぜ幼児に包皮切除手術をするのだろうか。子どもの頃の包茎なんてあたりまえのことだし、手術しなければこんな問題も起きなかったはずだから。


2001/02/13

 『メッセージ・ソング 「イマジン」から「君が代」まで』(藤田正/解放出版社)  

 10日、京都の伏見区竹田にて「第6回ふしみ人権の集い」が開催された。〈ふしみ人権のつどい実行委員会〉が主催する毎年恒例のイベントに、今回参加したのは第2部がこの地から生れた「竹田の子守唄」について赤い鳥、紙ふうせんとこの伝承歌を歌いつづけている後藤悦治郎氏の講演があり、なおかつその後の紙ふうせんのライブでは地元合唱団による「竹田の子守唄」の元歌披露があることを聞きつけたからだった。

 メインの講演は後藤氏と音楽評論家の藤田正氏との対談に変更になっていて、実は喜んだ。紙ふうせんには伝承歌だけを集めたトーク&ライブをやってもらいたいと常々思っていて、やっぱりそのメインは「竹田の子守唄」になると思っているからだ(その他「いかつり唄」「もうっこ」「糸引き唄」等、いい歌はあるのだけど)。
 単純に歌詞だけではわからない伝承歌の背景、詞の意味を専門家と後藤氏のトークで解説、あるいは若かりし頃の伝承歌採譜の旅の思い出を語り、その後紙ふうせんによるライブで伝承歌を肌で体験してもらう、そんなイベントをライブハウスか小ホールでできないかなあ、なんて考えている。  

 それはさておき。  
 会場で紙ふうせんの最新アルバム「Saintjeum」とともに販売されていたのが、この「メッセージ・ソング」である。  
 古今東西、時代を超越しさまざまなジャンルからメッセージソングをピックアップして紹介している。メッセージソングというとどうプロテストソングとダブって、声高なある種思想ががっている、というか聴衆を先導する過激さみたいなイメージが(僕には)あるのだが、著者はもちろんあくまでもその歌の背景、歌詞の意味から主張を持っている歌たちをメッセージソングとして取り上げているに過ぎない。  

 取り上げられる歌はフォーク、ポップス、ジャズ、歌謡曲等さまざまで、もちろん「竹田の子守唄」も収録されている(昨年同じ出版社から上梓された「放送禁止歌」とリンクする部分も多く、特に新しい発見はなかった)。  
 何しろ冒頭は安室奈美恵の「LOVE 2000」なのだから驚きだ。詞の意味をかみしめると味わいがでてくるから不思議。  
 うれしかったのはボブ・マリーの「ゲット・アップ、スタンド・アップ」だ。映画「太陽を盗んだ男」で原爆を完成させたジュリーがちょうどラジオから流れるこの歌にあわせてビール片手にひとり祝いながら踊り出すシーンは傑作で、僕はこれでレゲエとボブ・マリーを知った。「権利のために立ち上がれ」のサビの部分くらいしか歌詞の内容を理解していなかったが、その背景、意味を知ると歌そのものに対する見方が変わってくる。  
 ビリー・ホリデーの「奇妙な果実」というタイトルの意味も初めて知った。衝撃だった。CDを買おうかなと思っている。   
 「コンドルは飛んでいく」「アメイジング・グレイス」等々、紹介される歌に込められたメッセージの数々はそれこそ「眼から鱗が落ちる」状態。
 人種問題、差別問題、貧困、蔑視さまざまな要素がなにげなく読み飛ばしてしまう歌詞の中に込められており、関西からの帰り、新幹線、JRと乗り継ぎながら読み進むうち、涙が何度かにじんだ個所もある。もうこれ以上電車の中で読めないと、ページをとじてしまった。  

 藤田氏はホールでの対談後、後藤氏、後藤氏の高校時代の同級生でかつて「竹田の子守唄」の本質に迫った本を自費出版した橋本正樹氏、「竹田の子守唄」が全国に知られるきっかけを作った方の息子さんに取材している。  
 後藤さんの好意で取材の模様を拝見させてもらい、終了後、氏に取材の目的をお訊きすると、今秋上梓する「定本・竹田の子守唄」(仮題)に反映させるとのこと。

 期待しています。




 3月30日(金)、31日(土)、4月1日(日)の3日間、神保町さくらみちフェスティバル(春の古本まつり)だった。
 BC二十世紀のギャラリースペースでは個別に「古書店の古書市」を開催しており、2回めの今回はアメコミ特集ということもあって大盛況。
 秋の古本まつりでは、臨時のアルバイトを入れて3人体制で対応している。それほど忙しいのだが、同じ忙しさを二人体制でこなした。疲れは3日めの夕方にやってきた。
 今日はほとんど死んでいた。

          * * *

2001/02/05

 「わが落語鑑賞」(安藤鶴夫/ちくま文庫)

 この本、小林信彦のコラムによく出てくるンだぁ、昔から。で、ずっと気になっていたン。
 昨年6月に銀座で会社のイベントの打ち上げがあってネ、その帰り、教文館に行ったン。そこで目についたンで買っておいてそのままになっていたわけなン。

 落語好きだよォ。寄席に行ったこたァねェけどサ。それがサ、立川談四楼の独演会に行ってネ、惚れ惚れしちゃって。
 でね、チョイとばかし落語勉強してみようかなァってんで。そンで買ったンだけど。
 あんつるさんの落語入門書だとばかし思っていたら、これが有名な古典落語を演者の口跡そのままに収録した落語ベスト集といった塩梅でェ。まっ、各編の前にあんつるさんの前説がついているンだけどネ。

 あんつるさん? 知らねぇよ、詳しくなんて。やけに親しい? そりゃ、みんながそう呼んでいるから。軽薄だとォ? 悪かったね、ちょっと言ってみたかったンだよ。
 面白かったよォ。この本、読むンだったらぜったい音読するべきだね。うん、そう思う。でもネ、やっぱし落語は聴いて、観るもんだヨ。読んでみて思ったン。
 それからさァ、落語、TVじゃできないね。だって、差別用語のオンパレードだよォ。放送なんてできやしねェや。噺家がしゃべるたんびにピィピィピィピィ、音入っちまってさ。「お前は長渕剛かぁ!」

 昔、「刑事コロンボ」ていうドラマがあってねェ、これがよくできたミステリでさぁ、夢中になって観ていたン。
 ピーター・フォーク扮するコロンボの口癖が「うちのかみさんが」っていうセリフ。中学ンとき、この「かみさん」の響きがよくてねェ、結婚したらいつのまにか自分でも使ってるン。「家内」とか「女房」なんて恥ずかしくて口に出せねェよ。「妻」なんて、あなた、背中に北風が吹いちゃう。さびィ、さびィ。

 でね、いつも考えてることがあるンだよ。「かみさん」のかみってどういう意味なんンかなァって。この本読んでわかったン。かみは神なン。「へへ~」って膝を打ったよォ。
 おぉ、うちも頭が上がらないクチでェ。
 女神さま? 冗談言っちゃ困るゼ。うちのかみさんは神は神でも荒ぶる神のほうで。怖いの怖くないのって。あっちの方もまったくご無沙汰しちまってるン、へぇ。昔から言うだろォ。触らぬ神に祟りなし。
 おあとがよろしいようで。




2001/01/22

 「どうせ曲がった人生さ」(立川談四楼/毎日新聞社)

 立川談四楼のエッセイ集をやっと読む。
 「シャレのち曇り」に始まる談四楼の一連の落語小説は新作がでるごとに巧くなって、すっかりハマってしまった。
 語り口がまるで高座を聴いているようで、すっかり魅了された僕は一昨年、下北沢は北沢八幡神社で定期的に開催されている談四楼独演会に足を運んだ。当日の演目は「目黒のさんま」「柳田格之進」。声に迫力と艶があって語り口も巧妙。落語に造詣が深いわけではないが「巧いなあ。小説の行間からにじみ出る落語に対する自信は嘘じゃなかったんだなあ」と思った。終わってからさんまが食べたくてしかたなくて……。
 てなわけで、小説家としてだけでなく落語家・談四楼のファンにもなってしまった(本は全部図書館から借りていて、落語もまだ一度しか聴いたことないのでファンといえるかどうか心もとないが)。

 立川談四楼はわが母校(群馬県立太田高校)の先輩である。落語協会が導入した真打試験の第三回の受験者。この試験に落ちたことで「三平の弟子より俺の弟子の方が劣るというのか!」と師匠・立川談志が怒り狂って協会を脱退、立川流を旗揚げしたことはご存知のとおり。今では立川流の真打だ。
 このエッセイを読むと真打試験に落ちた屈辱と怒りで「シャレのち曇り」を書いたとあるから、もしそのまま真打になっていたら小説家・立川談四楼は誕生しなかったことになる。
 その「シャレのち曇り」の感想で一般的にはそれほど知られていない著者は後輩(志の輔)の活躍をどう思っているのだろうと書いたが、その答えもちゃんと書かれている。素直に喜んでいる。
 タレントとして名が売れることより本格派でじっくり落語をやる場所を確保したいのだ。
 だから出前寄席で全国を飛び歩く。出前寄席とは正式名称を〈全国すみずみ出前寄席〉という前座、二つ目、真打、奇術など4人でワンパックにして99,800円の料金でお呼びがかかった場所に出向く寄席のことだ。

 あるパーティーの席上で、野坂昭如が談四楼を「ネタミ・ソネミ・ヒガミの大家」と紹介したごとく、彼の世の中の非常識に対する怒りは激しい、というか一本筋が通っているのだ、本当は。
 たとえば本書「七つの怒り」に書くエピソードの一つ。
 談四楼が虎ノ門のある場所を探していたときのこと。どうしても道がわからず、某レストランのちょうどランチタイムが過ぎてホッとひと息ついていた若いコックに道を尋ねた。出前をしていないからわからないという。それでも住所を示して場所を確認しようとすると「ッせえなァ。出前やってねェつってンだろ!」。談四楼、ムッとして「サービス業に携わる一員か」と応酬すると「通りすがりの奴なんぞ客じゃねぇ、カネをもらわなきゃ客じゃネェ」。この一言に談四楼はプッツン。大ゲンカになって警察が呼ばれる始末になったそうな。

 小説の師匠は色川武大だということもわかった。
 この色川先生の死に触れた文章が収録された章「死について」の中には小学一年生の夏休み前に破傷風で亡くなった弟のことが書かれている。一学期の「つうしんぼ」ももらえなかった弟の死を悼み、三人の息子たちが小学生になって夏休みをむかえるたびに感慨、感動があったというくだりは胸を打った。我が子の一年生の一学期をひとつの目標、目安にしていたと書いていて涙が流れてしかったなかった。

 「シャレのち曇り」上梓後、1990年~94年の間に書かれたエッセイはどれも真摯に対象と向き合っていて、決して手を抜かず、どれも味わい深い。勢いに任せて書かれたものでないことは確か。今まで発表された短編の素材になったエピソードが見え隠れするところも愉快だ。
 落語家にして小説家にして大学講師の立川談四楼。また落語が聴きたくなってきた。次の独演会はいつあるのだろう。


2001/01/24

 「愛人の掟1」(梅田みか/角川文庫)

 友人からお勧め本を何冊か借り、ツン読状態だったものからとりあえず1冊手に取った。
 驚きましたね。タイトルから愛人問題を揶揄するギャグ本と思っていたら、これがかなりマジに愛人であるための心得を説く本なのだ。
 著者の梅田みかについてまったく知識がない。フリーライターから作家になった人らしく、自身の経験を通して恋愛に精通している作家みたいだ。
 この本は第1章「愛人の掟」36条、第2章「毎日が恋愛日和」SCENE30の2部構成になっている。
 第1章は男として照れくさい部分があるが、第2章は恋愛経験者なら誰でも共感できるのではないだろうか。

 本の感想からは離れるけれど、男の浮気というか愛人問題についてちょっと考えていたことを。
 僕が始めてNHKの大河ドラマを自分の意志で観たのが「勝海舟」だった。脚本を倉本聰が担当したのがチャンネルをあわせた理由。ショーケンが人斬り以蔵を、藤岡弘が坂本竜馬を演じることも要因か。

 第1回ラストの海舟のセリフにとても感銘を受け、1年間の放映を楽しもうと思っていたら、早々に勝海舟役の渡哲也が病気で降板、まったくイメージの違う松方弘樹に代ってしまった。それだけでも残念なのに、肝心の倉本聰がNHKと喧嘩して降りてしまったのは哀しかった。それでも一年間つきあった。

 この間、松方弘樹と番組に出演していた仁科明子ができてしまったことがマスコミのかっこうの話題になった。(仁科の父親はさぞ渡哲也の降板を恨んだろうな、ということはこの際別にして)当時既婚、二児の父だった松方はゴタゴタの末、離婚して奥さんと子どもの元から去ったのだった。 晴れて松方弘樹と結婚できる仁科明子のインタビューに答える笑顔が印象的だった。もともとは自分が浮気相手だったこと、相手の男性が浮気から本気になって家庭を捨てて自分と一緒になったこと。男の妻、あるいはその子どもたちに対して仁科明子はどう感じていたのだろうか。

 さて、その松方弘樹が女優の卵に手をだした。松方は浮気を認め、しかしあくまでも浮気であると、「男は二人の女性を同時に愛することができる」とか何とか記者会見で述べて世間のひんしゅくを買ったのは記憶に新しい。
 このとき、マスコミのほとんどが松方弘樹を非難したが、僕は彼の気持ちがよくわかった。それよりも仁科明子があくまでも本妻面して松方弘樹をまったく受け入れなかったことの方が不思議だった。
 だって、二十数年前あなたは同じことを当時の松方の奥さんにしたのですよ。あなたが原因で奥さんと子どもたちは捨てられちまったんだよ。
 それが同じ火の粉が自分に飛んできたら、それもとりあえず自分の非を認め、妻がいいと言っているのにまったく聞く耳もたずという態度なら、そんなあなたをかわいそうだなんて僕には思えない。亭主の女好き、浮気癖なんてハナから承知の上の結婚ではなかったか。

 夫婦の離婚なんて単純なことでないことくらいわかってはいる。わかってはいるけれど、離婚が報道されたときに、僕が感じた疑問点について仁科明子に問うリポーターも疑問を発するするキャスターもいなかった。
 正妻の座についた愛人は皆こんなもんなのだろうか?


2001/01/30

 「いやでもわかる株式」(日本経済新聞社編/新潮文庫)  

 今から十数年前のこと。かみさんが中国ファンドをやっていた。結婚するちょっと前のことなのだが、勤め先に証券会社の営業ウーマンがやってきて「絶対損はしないから」と勧められ、定期預金の感覚で始めたという。
 結婚して(こちらの働きが悪いせいもあって)生活資金用に積立金をおろす段階になったら預金額より少ない。担当者に理由を訊こうと何度も電話をかけると、居留守を使われているのかまったくでてこない。やっとつかまえるとそこで初めて株式のリスクというものを知らされ、最後にこう付け加えた。「リスクについてお話していなかったでしたっけ?」  
 かみさんの怒ること怒ること。最初に説明を受けていれば中国ファンドなんてやらなかったと声をからさんばかりに僕に訴えるのだった。   
 株式運用のハイリスク、ハイリターンという原則を知らなかったのはこちらの落ち度だが、株について何も知らない素人にいい話しかしないで顧客にし、分が悪くなると逃げ回るなんて最低の営業マンだ。  
 また、僕が当時勤めていた会社に証券会社から転職してきた人がいて、ノルマをこなすために営業マンがどれだけ苦労し、破滅していったかという内幕話も聞かされていたので、わが家では証券会社、株式に対していい印象は持っていなかったし、ぜったい手をださない暗黙の了解ができあがっていた。  

 そんな僕が昨年株主対応という業務をおうせつかってしまったのだ。ほとんど株式知識ゼロ。見よう見真似で何とかやってはきている。でも、本当に理解しているとは言いがたい。もちろん何冊か本は読んでいるけれど関心にない事柄はどうしても頭に入らない。
 昨年末に株についてよくわかっていた、頼みの綱の上司が異動してしまって、もう後がない僕としては再度勉強しなおそうとしていたところに目に入ったのがこの「いやでもわかる株式」だ。  

 小説風にそれぞれの立場の主人公を設けて株式上場、株の購入をやさしく説いていく。日頃恥ずかしくてその意味を聞けない単語など思わずマーカーでチェックしたりして……。  

 それにしても株主たちのなんとゲンキンなことよ。株価が上げっている時は何の問い合わせもしてこないのに、ちょっとでも下がると「どこまで下がるのか」「財産が減った。どうしてくれる!」とやいのやいの言ってくる。  
 中には「おたく倒産しないんでしょうね」「つぶれるという噂を聞いたが本当か?」なんていう質問もある。アノネ、私、これでも社員です。たとえ本当につぶれる状態だとしても「はい」なんて口が裂けても言えるもんではないではないか。こういう質問を直接会社にしてくる人の気持ちがわからない。証券会社の営業マンもけっこうデマを飛ばしているし。  

 ということで、好き勝手に生きてきた僕は自分の娘の生き方にあれこれ意見できる立場にあるわけではないけれど、株に手を出す男、証券会社に勤める男とだけはつきあうな、これは我が家の家訓だ!と言い聞かせてある。娘はまだ12歳だけど。




 先日、ある方からこんな写真をいただきました。
 「未来からの挑戦」復元上映会&少年ドラマシリーズ同窓会が開催されてからもう3年が経つんですね。早いものです。
 少年ドラマシリーズ同窓会第2弾の告知はまだ聞いておりません。

 ブックカフェ二十世紀では、少年ドラマシリーズ同窓会の〈二次会〉を開催する予定でおります。
 高野浩幸さんをホストに定期的な開催を考えています。
 まだ詳細は何も決まっていないのですが……。 

 この夏には第一弾を開催いたしますので、そのときはどうぞよろしくお願いいたします。

20150208




 NHKらしからぬドラマが今晩22時から放送されます。
 タイトルは「真夜中のスーパーカー」
 BS(NHKプレニアム)なので、私は観られませんが。
 友人に録画をお願いしました。

 団時朗さんがクレジットされていますが、実はドラマにはきくち英一さんも出演されているそうです。
 狙っているのかな、スタッフ?

20180322




 先週から今週にかけて忙しかった。
 その疲れが休みの日の今朝でて、終日部屋にいた。ダウンしていた。
 何もする気がおきない。

          * * *

2001/01/06

 「言葉につける薬」(呉智英/双葉社)

 呉智英といったら、若い人には小林よしのぶの「ゴーマニズム宣言」にときどき登場する独身のハゲおやじで有名なのではないか。大学時代の同級生ということで中野翠のコラムにも出てきて、尖がった中野の説にやさしく苦言を呈したりしている。
 僕には鋭い論客というイメージがあって、以前「バカにつける薬」を上梓したときは日本を代表する識者たちをことごとく切り捨てていて恐れおののいた。だから立ち読みだけで読むのをやめてしまった。あとはもう近づかない。
 でも言葉に関するコラム集はやはり無視できない。どんな怒りが飛んでくるのだろうと少々びくびくしながら読み始めた。

 「日本語は乱れている。」と書く著者は、しかし「口語表現の、とりわけ俗語、卑語が乱暴であることとは関係ない」という。「俗語・卑語は乱暴であることからこそ俗・卑なのだ」と。
 著者が許せないのは「中学生並みの誤用誤文がまかり通る一方で自動検閲装置が人間の思考を奪ってゆく」ことであり、これが「乱れ」」だと説く。

 たとえば、ある新聞の書評欄に記者が書いた記事に〈おっとり刀〉という言葉がでてくる。記者はこれを〈おっとり構える〉の意味で使用していて、そんなプロのミステークを著者は叩くのだ(これを業界でプロミスという。嘘)。
 とたんにこちらの顔は真っ赤になってしまった。恥ずかしいことに僕は〈おっとり刀〉を同じように考えていたのだ。というか、文章の中に〈おっとり刀〉がでてくると、前後の流れからどうしてここに〈おっとり〉なんて表現がでてくるのか理解できなかった(だったら辞書を引けよ!)。

 〈可もなく不可もなく〉の本来の意味は「自分自身がするともしないとも決めず」であり、「良くもないし悪くもない」ではない。
 〈五月晴れ〉や〈五月雨〉は言葉の成り立ちが旧暦の時代なのだからそれぞれ「6月の梅雨のあいだの晴れ」「梅雨」、あるいは〈小春日和〉が晩秋11月の春のようなやわらかな日差しのある好天を指すことは前々から知っていた。が、〈斜にかまえる〉は「刀を斜めにかまえる」ことで通常使っている意味とは逆になり、〈麦秋〉が五月頃をいうとは驚き。他にも〈一敗地にまみれる〉も理解している内容とは違うとは。
 ますます文章を書きづらくなってしまった。

 呉智英はちっとも怖い人ではなかった。


2001/01/17

 「昭和 僕の芸能史」(永六輔/朝日新聞社)

 永六輔とは何者かという漠然とした思いがいつもあった。
 放送作家から出発してタレントになり、作詞を担当した「黒い花びら」は第一回日本レコード大賞を受賞、以後「こんにちは赤ちゃん」「上を向いて歩こう」「遠くへ行きたい」などのヒットを連発する。中村八大、坂本九との六八九トリオは有名だ。
 僕にとっては浅田飴のCFに登場したときの、その姿と声が強烈でその名を覚えた経緯がある。佐々木つとむの物真似「咳声喉に浅田飴、あっ、舌かんじゃった!」は一世を風靡した。当時永六輔の物真似といったら皆これだったっけ。

 高校時代に深夜放送に夢中になった。僕はラジオといったらほとんどTBSしか聴かず(文化放送やニッポン放送はよく受信できなかったという事情がある)、「パック・イン・ミュージック」を一時期毎日聴いていた。水曜深夜のパーソナリティーは愛川欽也なのだが、レギュラーとして永六輔が毎週登場していた。この番組で彼の考え、思想を知ることになる。
 当時永六輔は尺貫法の復権運動をしていた。日本には計量法というのがあって、メートル法以外の計量は法律違反だった。ある職人から「そんな状況じゃ仕事ができない」と聞いて運動を始め、地道な活動が世論を動かし代議士に計量法のおかしさを知らしめた。その結果、ついに法律を改正させたのだ。これらの運動を主に「パック・イン・ミュージック」その他で知り、僕は永六輔を骨のある人と思うようになり、彼の小言に耳を傾けるようになった。
 昭和50年代以降はリアルにある程度永六輔の活動を知ることになったが、いかんせんその前のことについてはほとんどわからない。

 タイトルの、特に〈僕の芸能史〉に興味がわいた。
 本書は昭和を年代別に自身のメディアとの関わり合いの範疇で語り、時代を浮かび上がらせている。週刊朝日に連載されていたものを一冊にまとめるにあたって、平成10年まで続いた連載を区切り良く昭和で切ったと<あとがき>にある。
 早稲田大学の学生時代にNHKラジオの人気番組「日曜娯楽版」への投稿からはじまって放送作家の道に進んだ。投稿~放送作家~作詞家の歩み方は秋元康の先をいっていたわけだ。
 日本で最初にジーパン、Tシャツを身につけたとか。

 昭和51年(1975年)の項に興味深いことを書いている。
 TVを変えたのは「欽ちゃんのドンとやってみよう」を開始した萩本欽一と「テレビ三面記事ウィークエンダー」だというのだ。番組に素人を出演させ、TVにプロの芸人が必要ないことを証明させた最初が「ドンとやってみよう」であり、現在TVに欠かせないワイドショーのリポーターという存在を認知させたのが「ウィークエンダー」だと。「ウィークエンダー」は朝のワイドショーの一企画「テレビ三面記事」の内容をそのまま土曜夜にもってきた番組(「傷だらけの天使」の後番組)で、元祖ではないと思うけど、大いにうなずける話だ。




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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