あなたのブログが閉鎖されて何年経つでしょうか。
 その後、ツィッターを始められて、相変わらずショーケンを追いかけていましたね。私はツイッターに興味がなくて、ブログのときみたいに訪ねることはなかったのですが、ときたま、どうしているかなと覗いていました。
 で、「やってる、やってる」とつぶやいていました。ジミー大西のように。

 ところがあるときからツィッターが閲覧できなくなりました。登録しなければ閲覧できないようになっていたんです。
 また、何かあったのでしょうか? 
 私が個人的なことで引きこもって3年ばかり。やっと元気になってわかったのですが、ツィッター自体なくなっていました。閉じてしまったんですか?

 この項を書いたのは、どうしても伝えたいことがあったからです。
 実は私、今年の2月から正式に神保町のブックカフェで働きはじめました。母体は@ワンダーという古書店で、ビルの1、2階で営業しており、2階の半分がブックカフェのスペースとなっています。後の半分は@ワンダーの文学・文庫コーナーだったんですが、最近レイアウトを変更してサブカルコーナーがぐっと増えました。

 本日、リニューアルされて設置されたガラスケースを観ていると、昭和40年代の「NHKグラフ」がたくさんあったんです。もしかしてと昭和47年のところを探すとありました。「明知探偵事務所」特集の号が。表紙は夏木陽介です。即購入ですよ。
 ワクワクしながら中を見ました。いました、いました、ショーケンが!
 原作にはないオリジナルキャラクターで登場したショーケン、名前はタカシだったんですね。怪人二十面相が米倉斉加年なのは覚えていました。高橋長英がレギュラーだったことも記憶にありましたが、佐藤蛾次郎はまったくの忘却の彼方……。
 ショーケンはこのドラマの後、「太陽にほえろ!」のマカロニ刑事役で役者として人気沸騰になるんですねぇ。
 中学1年、まだ12歳でした。

 もし、このブログを見たら、連絡いただけますか。
 よろしくお願いいたします。


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 世間にはアンチ萩原健一っているんだなぁ。

 BSが観られないので、ドラマ「鴨川食堂」、主演のショーケンについてはツイッターで感想を追いかけている。僕自身ツイッターはやっていないのだが、気になる項目だけ閲覧しているのだ。昔はブログだったが、皆ツイッターに切り替えたので。

 ドラマが放送される前に、ショーケン中傷の記事がでた。ドラマ制作中若手俳優を虐めて降板させたと。その前にはわがまま三昧で撮影ができない、NHKに損害を与えていると。
 ドラマが始まると、京都弁は下手だけど、演技自体は称賛されている(感想が多い)。
 と思っていたら、昨日から俳優を降板されたという以前の記事のリツートが目立つ。かなりの人がリツートしているのだ。

 ある意識を感じる。
 絶対、ショーケンを陥れようとしている。降板俳優の熱狂的ファンだろうか。それとも事務所?

 何も知らない人がこの挑発にノッてしまうんだよ。リツートしている人でどれだけの人がショーケンを知っているのか。わかっているんなら悪口書けよ。
 知らないのなら黙ってろって。

 90年代、テレビ朝日の「柊又三郎」でショーケンの若手いびりがあった。何かというと文句が言うらしい。若手俳優の一人、中野英雄は理由がわからず、ある時、自分から何がいけないのか訊いたらしい。それから仲良くなったという。
 雨降って地固まる。
 被害者意識もろだしする前にやることがあったと思う。本人にしてもマネージャーにしても。事務所にしても。
 



 夕景工房にUPした読書レビューにうち、何編かをピックアップして、「レビューの冒険」と題して「夕景工房 小説とあいだに」に収録した。
 ショーケン、「鴨川食堂」で頑張っているので(まだ観ていないが、ツイッターで検索すれば様子はわかる)、その記念に。
 「鴨川食堂」のショーケン、京都弁がひどいらしい。「誘拐報道」でもOKカットでスクリプターから大阪弁がらしくないと指摘されたが、監督は言葉より演技をとってそのまま使った。
 ドラマを観ていないので何とも言えないが、「前略おふくろ様」方式で「鴨川食堂」を作れなかったのか。
 「前略おふくろ様」の主人公サブの故郷は山形。おふくろさんのほか、山形在住の人たちが登場するが、全員標準語で演技していたのである。

     ◇

 一気に読んだ。
 巷間ショーケンが女性遍歴や大麻漬けの日々を告白した暴露本的扱いされているが、きちんと読めばそうでないことがわかる。確かに女性遍歴に関しては何を今さらという気がする。それなりの配慮はされているが、名指しされた女性たちが納得するかどうか。
 なぜ自叙伝を? の答えは決まっている。金だろう、やっぱり。謹慎して何年も仕事をしていなければまとまった収入は必要だ。これまでの生活にけじめをつけ、今後の活動への布石と版元から企画を持ち込まれればよほどのことがない限り「NO」とは言わない。80年代活動を再開したときも大麻事件を振り返った「俺の人生どこかおかしい」(ワニブックス)を上梓しているではないか。
 本書はショーケンが口述した内容を赤坂英一という人が再構成したものだ。らしさを醸しだすためか、文章的にはけっこういい加減なところがある。冒頭は〈である〉調なのが途中で〈です、ます〉調に変わる。人称も、ぼくになったり私になったり。同じセンテンスでぼくと私がでてくるのだから。そんなの校正時にチェックしろよと突っ込みたくなった。まあ、あくまでも口述を尊重したのかもしれない。その結果、インタビューに答えるときの、あのちょっと生真面目なショーケンの声が聞こえてくる作りになっている。活字におけるショーケン節、か。
 興味深い話が時系列的に次々にでてきてぐいぐい読ませる。特に役者に転向してからの作品(ドラマや映画、ライブ)に対するアプローチの仕方を詳細に語っているのは貴重である。時代の証言でもあり、また、皮肉にもなぜ今不遇なのかという回答にもなっている。
 ショーケンについて、「アンドレ・マルロー・ライブ」以降、俳優とか歌手といったカテゴリーで括れない特殊な存在なのだと思うようになった。このライブパフォーマンスでこれまでの役者、歌手の側面が集約され、さらに私生活までをさらけだして、表現することに全身全霊で挑戦している男を見たのだ。アーティストと呼ぶ所以だ。クリエーターに言い換えてもいい。
 ショーケンにとって、演技することも、うたうこと(バックバンドの音を含めて)もすべて一つの線でつながっている。
 そんなの当たり前じゃないかと言われそうだが、演技とヴォーカルではポジションが違う。ドラマや映画には脚本家や演出家がいる。役者は、ある意味キャンバスに塗られる一色の絵の具でしかないのだ。たとえ主役であったとしても。
 もちろんスターと呼ばれる俳優であれば、シナリオや撮影、演出に口をだす。しかし、それは、己がどう作品の中で輝くか、魅力を発揮させられるかいう点でものいいをつけるわけだ。ショーケンは、あくまでも作品という観点でからんでくる。あるときは脚本に、あるときは演出に、共演者に……。
 そのスタンスは実質の役者デビュー作である「約束」から少しも変わっていない。「約束」はシナリオ段階からかかわっているのだ。

 「太陽にほえろ!伝説」(岡田晋吉/日本テレビ放送網)は立ち読みでしか読んだにすぎないが、そこにはどれだけショーケンが番組のフォーマット作りに貢献したかが書かれている。
 本書でも語られている。マカロニのファッションは当然として、今では当たり前のように聞くあのテーマ曲も、プロデューサーに対して音楽に大野克夫、井上堯之の起用を口説いた結果である。殉職という形での降板。それも立ちションして殺される惨めさ、あっけなさ。最後のひとこと「かあちゃん、……あっついなあ……」。
 時代だったと思う。「太陽にほえろ!」出演時に途中退場して臨んだ「股旅」のラストに影響された結果かもしれない。とはいえ、あんな殉職を考える役者がほかにいただろうか。
「傷だらけの天使」しかり。自身のために企画された作品だから、のめり方は尋常じゃなかっただろう。亨のキャスティング、スタイル、ファッション。タイトルバック。すべてショーケンの発案だ。タイトルバックで最後に牛乳をカメラにむかってぶっかける部分がカットされた真相もわかった。朝食=セックス説は後からでてきたものだとか。
「傷だらけの天使」の某エピソードに、辰巳がかつらをとってスキンヘッドをさらし修や亨を驚かすというくだりがある。実相寺昭雄監督の映画「あさき夢みし」に出演するため頭を剃った辰巳役の岸田森がやくざの親分に謝る際にアドリブで演じ、何も知らなかったキャストやスタッフを本当に驚かさせたという話が伝わっていたが、これも違う。
 岸田森のかつらはスクリプターだけ知っていた。シナリオでは辰巳がやくざの親分にどう責任をとるのかと脅され、指をつめる(!)段取りだったのが、すでに後のシーンを撮影していて指をつめては画がつながらない。スクリプターが工藤栄一監督に耳打ちし、「じゃあ、かつらをとって」と指示した。岸田森は抵抗する。かつらをはずすのは映画の宣伝で行う約束になっているからだ。ショーケンが迫る。
「おれたちと実相寺さんとどっちが大事なの」
「実相寺!」
 さすが岸田さん。しかし、ショーケンにある秘密を握られていて、言うこときかなければばらすと脅されやらざるをえなくなる。
 自分の会社を設立して制作した「祭ばやしが聞こえる」は、TV映画では珍しい35ミリカメラで撮影した。CMと同じレベルの映像にしたかったのがその理由だが、大幅な赤字をだして会社は解散する。

 作品に対するかかわり方はその後も少しも変わらない。
 だからこそ、「透光の樹」降板にまつわるゴタゴタ、恐喝未遂事件騒動の根っこの部分を考えてしまう。
 若いころまわりはすべて年上だった。そんな中にあって、ショーケンの物言いは生意気ととられることはあるものの(実際に生意気だったのだろうし)、若手俳優の中ではトップの人気もあって、さほど周囲との軋轢は生じなかったと思う。
 ところが年月が経ち、スタッフ、キャストが若くなれば、同じ行動をとっても、まわりの捉え方、印象が違ってくる。撮影に際しての狂気とでもいうべき様は一度聞いたことがある。「瀬降り物語」に出演した某俳優さんにインタビューしたとき、雑談の中で「そりゃ、すごかったんだから。怖かったよ」と。
 すぐ下の世代にあたる俳優でもそんな印象を持つのだから、もっと下の世代、特にショーケンを知らない若いスタッフ、俳優たちはどう感じるのか。言うことをきかない、うるさい、怖い……。
 僕自身、似たようなタイプの人とほんの一時だが仕事をしたことがある。某光学撮影のプロダクションでアルバイトしていたときだ。ウルトラシリーズの光学撮影で有名なその方は、普段はやさしいが、ムビオラの前でフィルムを握ると人が変わった。助手への指示の仕方が荒っぽい。怒鳴る、わめく、それでも相手もわからないと手がでそうな感じ。殺気だっていて、直接関係ない僕もそばにいるだけで震えてしまう。逃げ出したくなった。後で、長年一緒に仕事をしてきた方から「あの人はああやって自分を奮い立たせているんだ」と言われて、すこしは見方を変えたわけだが。
 現場に入るときからピリピリしている。何かあると声を荒げる。共演女優といがみあうわ、監督、プロデューサーへ文句は言うわ、「何なのこの人?」てな感じ。
 本人にとっては、久々の主演映画であり、自分の一番いいやりかたで現場にハッパをかけたつもりが、逆に反感を買ってしまう。場をなごまそうと冗談でソフトボールを相手にぶつけたつもりが、相手にしてみれば砲丸だった、なんていう価値観の違い。「透光の樹」は、まさにそんな状況だったのではないか。
 まったくの個人的推測だけど。
 本書では、映画製作に対する基本的姿勢の違いと語っている。ホン読みやリハーサルを相手役女優が面倒臭がり、監督、スタッフが説得できなかった、と。

 長年抱いていたいくつかの疑問も解消させてくれた。
「影武者」がカンヌでグランプリを獲った当時、小林信彦が「キネマ旬報」に連載していたコラムにこう書いていた(集英社「地獄の観光船」→ちくま文庫「コラムは踊る」に所収)。
     ▽
 リポーターなる人種は、あれは、黒澤明と勝新太郎が感情的にケンカした、といったことではない、と気がつかないのだろうか。ぼくの耳に入っているのは、まるで違う話だ。
     △
 この〈違う話〉をショーケンの立場から知ることができたのだ。勝新太郎が自分の演技をチェックするためビデオに録画して、それを黒澤監督が咎めた、といったところから発展したわけではないことだけはわかる。
「ブラック・レイン」の製作に至る過程もこれまで考えていたこととまったく違った。
 もともとこの映画はマイケル・ダグラスと高倉健の主演は決まっていて、その他の日本側のキャストをオーディションで選んだと思っていた。ところが、当初高倉健の役は勝新太郎、松田優作の役はショーケンにオファーが来ていて、大阪ではなく東京で撮影する予定だったという。名だたる俳優たちがオーディションを受けた話が当時スポーツ新聞に掲載された。そこには松田優作のほか、根津甚八、小林薫、萩原健一の名があったのをはっきり覚えている。
 だから、週刊文春で「ブラック・レイン」に触れたくだりはマユツバものと感じたのだ。が、高倉健の役は当初市という名で、アル中の酔いどれデカというキャラクター、そこには座等市のイメージが投影されていること、ショーケンに話をもってきたプロデューサーとして西岡善信の名がでてきて、ショーケンの話を鵜呑みにはできないものの、かなり信憑性があることがわかった。予定どおりならマイケル・ダグラス、トム・クルーズ、勝新太郎、ショーケン、そして藤山寛美が共演する映画だったのだ。
 東京(歌舞伎町)での撮影に都の許可が降りず、その他、いろいろ問題もあって、クランクインが遅れに遅れた。ここでも「影武者」に続いて勝新太郎の〈煮えきれなさ〉がでてくる。
 西(大阪やハリウッド)での撮影にショーケンがまわりから「撮影に行くな」と言われたのは本当なのか。「死んでしまう」というのが、その理由だった。結局「226」の撮影のため、降りてしまうわけだが、オーディションで役を引き当てた松田優作は完成後、癌で死んでしまう……。

 ドンジャン・ロックンロール・バンドがどのように結成されたかというくだりも興味深い。
 なぜ、ツインドラムなのか。それがわかった。
「ドンジャンライブ」を聴いたとき、バックバンドのテクニック、特にギターの音にしびれた。当時、速水清司だとばかり思っていたギターはもしかしたら石間秀機だったのかもしれない。
 ドンジャンにおけるこの二人の関係に言及しているところ。速水清司が脱退した理由。ああなるほどと思える。
 このドンジャン・ロックンロール・バンドが解散して、そのまま沢田研二のバックバンドCO-CoLOになる。へぇ、そういう関係だったのか。ショーケンの「このバンド、沢田には使いこなせないな」という思いはよくわかる。バンドにおけるヴォーカルの立ち位置について語っている。つまりショーケンは自分をバンドの一員として考えているが、ジュリーにとってはあくまでもバックバンドはバックバンドであると。
 ショーケンがRコンサートの後、なぜ13年間もうたわなかったのか、アンドレ・マルローの面々が集まった中、なぜ井上堯之がゲスト出演しただったのか、そこからへんも語っている。そこから現在、井上バンドに速水清司が入っていないのか、なんとかなくわかる。
 間違えてほしくないのは、あくまでもすべての事象をショーケンの立場、視線で語っている点である。客観性はない。自分はこうだと思っていたことが別の人にとってはまったく違っていたなんてことはよくある。「傷だらけの天使」の項で市川森一の発言にショーケンが異論を述べているように、その作品に参加した人数分の見方、考え方、意見があると思う。
 本書を読んでいて思った。もし、80年代にショーケンの大麻が公にならなかったら、そのまま見過ごされて逮捕に至らなかったら。ショーケンはどうなっていたのだろうか。
 僕はショーケンが大麻に手を出したのは「影武者」に参加する前後あたりからと推測していた。感性でさまざまな役を演じ(ただけでないことは本書を読めばわかるのだが)ていたショーケンが、30歳を迎えるにあたって、演技の壁にぶつかっていたのではないか、と。歌手活動を再開したのは、そんなフラストレーションの解消の一つで、同時に芸能界に蔓延している大麻に走ったのでは?
 同じことは松田優作にも言えた。アクション俳優から役者への脱皮。それは「野獣死すべし」以降から感じられた。
 ショーケンや松田優作と比べるのは恐れ多いが、僕自身だって、30歳になるときはジタバタしたのだから。全然次元が違うけれど。

 話を戻す。
 ショーケンの場合、「傷だらけの天使」のときからと知って、少々ショックを受けた。同時に怖くなった。ある思いが頭をよぎったのだ。
 あのとき大麻で逮捕されなかったら、そのままヤク漬けになって、ある日突然死していたのだではないかと。そうなれば、ショーケンの存在は伝説になって、永遠に輝いたかもしれない。海の向こうのジェームス・ディーンのように、日活黄金時代の赤木圭一郎のように。「ブラックレイン」の後、久しぶりに村川透監督と組んで、スペシャルドラマに主演、以前のフィールドに帰ってきたんだと安堵させて、あの世に旅立ってしまった松田優作のように。70年代を体現した俳優として。
 しかし、そんなことを僕は望んでいない。ショーケンにはとことん自分をさらけだしながら、ずっとアーティストでいてほしい。
 ショーケンは3回地獄を見たという。最初はテンプターズ時代、事務所主導でまったく思い通りの音楽活動ができなかった。次が大麻による逮捕、謹慎。そして今回の恐喝未遂による謹慎。
 考えてみると、ショーケンって一つ事件を起こすと立て続けに悪いことが続く。大麻のときも今回もその後に交通事故と離婚に見舞われた。交通事故は仕方ないとしても、本当は一番側にいて自分をささえていてほしい奥さんに愛想をつかされるというのが、ショーケンの性格を表している。
 それはともかく、最初は例外として、同じ地獄といっても、今回が一番身に堪えたのではないだろうか?
 大麻のときはどれだけ激しいバッシングがあったとしても、まだ30代、やり直せる気力や体力は充分あった。実際見事に甦った。ところが今回は50代半ば。これはきつい。心配したのはここなのだ。このまま引退(同様の状況)になってしまったら、いったいどうしたらいいんだ? もっと悪いことも頭をよぎった。

 ショーケン、そんな軟な男ではなかった。
 本書でも語っている。最近、同世代の友人知人が癌で亡くなっている。
 恐喝未遂事件で判決が下った。離婚。仕事はない。それでも考えは変わらなかった。
     ▽
「じゃあ、癌にかかるのとどっちがいい? あと  何年もない命だと、医者に宣告されるのとどっちがいい?」
 どんなに辛い目に遭っても私は生きていきたい。 
 私の人生には、まだ先がある、そう思った。
     △
 涙がでるほどうれしい言葉。
 ただし、復活にあたって、もう一つのそして最大の懸念がある。ファンなら誰でも感じているあのこと。
 そう、あの声、喉の具合である。もともと、演技の一つである思っていた声の裏返りが、あるときを境に必要ないところでも聞こえるようになってきた。Rコンサートでは、リハーサルで声をつぶしてしまい、本番の7日間ずっと枯れた声で歌唱せざるをえなかったのはその予兆だったのかもしれない。これは俳優生命として致命傷にもなりかねない問題だ。
 声帯の手術をする、とニュースがあった。が、その後フォローがない。ある方に確認したところ、手術で良くなるものではないらしい。だったらいったいどうなるのか。
 この件についての言及がまったくでてこない。一番知りたいことが。
 最後、エピローグで触れられていた。
 なぜ裏返るのか、説明している。治療としては、スチーム式の呼吸器で吸入するほかないのだそうだ。朝1時間、昼1時間、就寝前に1時間。それからうがい薬によるうがいを7回。油断するとまた戻ってしまうという。
     ▽
 逮捕されてからこれまでの時間は、神様が与えてくれた長い療養期間だったのかもしれない。
     △
 何もいうことはない。その日を待つだけだ。
 それから、ああ、自分と同じ考えだ、と思った次の言葉も紹介しておく。
     ▽
 神はいる。仏も存在する。私はそう信じている。ただし、特定の宗教に帰依しているわけじゃない。信仰心は自由だから。私には、私だけの宗教がある。
     △




 ショーケンがNHKのドラマに出演するようだ。14年ぶりの連続ドラマ出演を伝える記事……日刊ゲンダイだけに悪意がプンプン。

 例の恐喝未遂事件以後もショーケンはさまざまなトラブルを起こしています、と某プロモーターの声を紹介する。
 朗読活劇「空海」の公演中止。
 全国二十数カ所で予定されていたコンサートが結局5カ所程度の開催になったこと。

 だからさぁ、それはトラブルではなくて、単に集客が悪かったからでしょう。チケットを販売したら思った以上に売れ行きが悪かった結果で。いや、実際のことなんて僕は知りませんよ、あくまでも個人的な想像だけど。
 全盛期に比べるとショーケンの人気が落ちたということで……
 それもトラブルなんでしょうか?
 僕自身、問題は別のところにあると思っている。

 回顧本「ショーケン」の出版を機にショーケンの復活が始動した。トーク&ミニライブの開催。映画「TAJOMARU」へのゲスト出演。 次にファンが期待したのは主演映画だった。これが企画されては潰れていく。
 ライブの方は第2弾、第3弾が開催されたが、ファンは、いや僕はライブより新作の映画を観たかった。企画されては消えていくショーケンの映画は、やがて何の情報も流れなくなった。
 その理由はたぶんアレだろう。でも本人が満足しているなら、生活を満喫しているのならそれはそれでいい。
 だからまあ、もう何も考えまい、期待もしない、と決めたのだ。60代のショーケンが休養しているなんて映画業界の損失だよなと思いながら。

 ショーケンが出演するのは「鴨川食堂」。ヒロイン忽那汐里の父親役だという。NHKのBSプレミアで来年1月から全8回放送される。
 うちではBSが観られない。どうしようか。




 先週、3連休の最終日である12日(成人の日)は「シネマDEりんりん」の新年会だった。シネりんは2年半ずっと不参加だったが、今年からはできるだけ参加するつもり。
 といわけで、新年会は18時からだが、17時からの今年の活動計画に関する打ち合わせから出席した。

 紀伊国屋に立ち寄ったことで少し遅れて会場に到着すると見知らぬ顔の方がいた(こちらだって、見知らぬ顔なのだが)。その一人がこの会の実行役員的存在のI氏と話していて、会話の中に「ショーケンという孤独」という言葉がでてきたので思わず耳をそばだてた。
 新年会が始まって、その方に「ショーケンという孤独」の話題をふると、なんと番組でショーケンを取材した本人だった。カメラもまわしているとか。名刺をいただいた。ジャーナリストの原渕勝仁氏。最近では北朝鮮のよど号犯人たちを取材した様子が某ニュース番組で流れた。
 「ショーケンという孤独」では企画としてクレジットされているという。

 「ショーケンという孤独」は、フジテレビ「ザ・ノンフィクション」で企画されたドキュメンタリーではなかった。実際は放送されるまで紆余曲折があったという。まだ何のアテもないうちから、原渕氏がショーケンに密着してカメラをまわしはじめた。ショーケンのマネージャー氏からの依頼だった。もちろん自費である。
 その後、いくつかの番組に売り込んだ。最初はうまくいかなかった。某局では、稟議が最終決裁までいったものの、その最終決裁者が「犯罪者のドキュメンタリーなどまかりならん」と却下されてしまったとのこと。やはりTVではショーケン排除の風潮があったのか。

 で、「ザ・ノンフィクション」のプロデューサーに取材テープを見せたところ、「よくぞこんな映像が撮れた!」と感激して即座にGOサインが出たと。
「だから企画書は提出していないんですよ」と原渕氏は笑った。
 「ショーケンという孤独」を観て、私はショーケンの復活を確信したんですよ! 映画「TAJOMARU」は出来は悪かったけれど、ショーケンの演技には大いにうなづけるものがあり、その後の活躍を期待していたのですが……

 トーク&ライブも成功し、あとは本格的に映画で復帰、のはずだった。にもかかわらず、主演の「痴人の愛」の映画化(「ナオミ」)はポシャり、助演(?)の「朝日のあたる家」はプロデューサーの詐欺事件の影響でお蔵入りになるわ、以降、映画出演の話は聞こえてこなくなかった。映画復帰に尽力していた市川森一さんが亡くなられて、それが理由かどうかわからないけれど、「傷だらけの天使」映画化の話もナシのつぶてとなった。

「『ショーケンという孤独』PART2も準備されていたんですよ」
 2はライブ中心に構成される予定だったとその構想を語ってくれた。
 観たかった! 観たかった! 観たかった!

 いったいどうしてこうなってしまったのか?
 まあ、なんとなくはわかっている。
 ファンだから批判的なことは書きたくないが、ひとつだけ。
 不遇時代にネットサーフィンしていろいろなショーケンネタを仕入れては、紹介、リンクを貼った個人のファンサイトを肖像権の問題であっけなく閉鎖させてしまった、あの対応はないだろうと憤った。確かに問題は大ありだけど、その処置を施す期間、猶予をなぜとれなかったのか。

2015shinnennkai
シネりん新年会 
参加者全員で「はい、ポーズ!」




2011/01/08

 「青春の蹉跌」「アフリカの光」(銀座シネパトス)

 ショーケン×神代辰巳監督の代表作2本立て。昔は名画座でこのプログラムがよく組まれていたのだろうなぁ。僕自身は観たことないけれど。あくまでも想像だ。
 続けて観ると、違いがよくわかる。
 初めて組んだ「青春の蹉跌」は、神代タッチで迫っているとはいえ、まだまだショーケンに遠慮しているところがある。今回初めて気がついたのだが(これまで考えもしなかった)、ショーケンのファッション。あの時代、あんなナウ(!)くて高価そうな服を着る大学生がいたのだろうか。金持ちのボンボンならいざ知らず、ショーケンは苦学生なんだよ。「太陽にほえろ!」のマカロニ刑事~「傷だらけの天使」の修(「雨のアムステルダム」の明)につらなるキャラクターであることがよくわかる。らしくないカメラワークも散見できた。

 対して「アフリカの光」は、ショーケンを完全に神代節、神代タッチに取り込んでしまった感がある。
 この映画に登場するショーケンはどこまでもかっこ悪い。ファッションだって、ドカジャンに正ちゃん帽、長靴姿。でもこれが実に似合うんだよなぁ。外見面でのかっこ悪さのかっこ良さ。
 「最も危険な遊戯」で優作が見せた、普段の鳴海昌平の姿~ドテラに毛糸の帽子というのはこれから発想されたのではないか。

 話の方もウダウダ、グジャグジャしている。アフリカ行きを夢みて北海道のとある漁港に現れた男二人(ショーケン&田中邦衛)が、町の連中とつまらないことで諍いをくりひろげる。癖のある人物(桃井かおり、藤竜也)も入り乱れてもうシッチャカメッチャカ。原作は丸山健二で脚本が中島丈博。
 ショーケンと田中邦衛のじゃれ合いぶりは画面から口臭やら体臭が漂ってくる感じがする。「離婚しない女」の夏八木勲もショーケンと肩を組み、顔と近づけ肌をこすりつけながら会話していたことを思い出した。神代演出の真骨頂か。田中邦衛が失禁するところは「真夜中のカーボーイ」を狙ったのだろうか。
 と書いて、全体の感じが「真夜中のカーボーイ」日本版、神代辰巳バージョンではないかと気づく。今更ながらだけれど。田中邦衛、途中で死んでしまうのかと思ったもの。前回、下北沢で観たときは(初めての鑑賞だった)。

 映像はまさに軟骨的文体だった。全編にわたって神代印。らしくないカットはなかった。であるから、「青春の蹉跌」と違って好き嫌いがはっきりする映画だ。受け入れない人はどこがおもしろいのか最後までわからないだろう。
 絵沢萌子が出演していた。小池朝雄の女房役で亭主の留守中に峰岸徹とまぐわりまくっている。「女教師」で興奮していて以来、あのときの表情を楽しみに出演を楽しみにしていた女優さんである。もちろん通常の演技もうまい。
 音楽(井上堯之)は、演歌風メロディーをロックっぽく弾く演奏(順のテーマ)ーが耳に残る。ベースがいい。「太陽を盗んだ男」のフィージョン系への萌芽も垣間見えたりして。
 助監督に長谷川和彦がクレジットされていた。

 「青春の蹉跌」については、「小説と映画のあいだに」で書いている。「わが青春の映画たち」に採録した。
 つけ加えておきたいのは、桃井かおりの「良いよ」の台詞。「いいよ」ではなく「よいよ」。イントネーションがたまらない。それから桃井かおりの父親役でキャメラマンの姫田眞佐久がワンカット出演していること。

 桃井かおりを知ったのはたぶんTVドラマの「それぞれの秋」。スケバン役だった。で、映画「青春の蹉跌」があって、「前略おふくろ様」の恐怖の海ちゃん役で決定的となった。その前に「傷だらけの天使」にゲスト出演しているのだが、オンタイムではその回を見逃しているのだ。
 「赤い鳥逃げた」「エロスは甘き香り」と脱ぎっぷりのいい(といっても「赤い鳥逃げた」を観たのはずいぶん経ってからだが。日活ロマンポルノ「エロスは甘き香り」は未見)新人女優だったのに、「前略おふくろ様」でブレイクしてからはどんどんステップアップしていく。その次は「幸福の黄色いハンカチ」か。人気女優になってからは、まるで脱がなくなった。
 当然の帰結ではあるが、ある時嫌な噂が聞こえてきた。共演の新人女優を現場でいじめているというのだ。自分が食われてしまっている、その腹いせに。相手は日活ロマンポルノ出身。自分だって同じような過程を経て人気者になったというのに。あくまでも週刊誌の記事で本当かどうかはわからないけれど、これで、自分の中での桃井かおり株が下がったことは確かだった。




 「誘拐報道」の上映が終了。ロビーに出ると、伊藤俊也監督とプロデューサー(天野氏、瀬戸氏)が立話していた。トイレに寄ってから外に出ると、すでに有志の人たちに囲まれた監督(&プロデューサー)が話していた。

 話題は映画の中でも重要な意味をもつキッチンでショーケンと小柳ルミ子の言い争うシーンについて。ショーケン台詞が入らなくて最初はふたりの息が合わなかったらしい。
 何度かリハーサルを繰り返しているうちに、ショーケンにエンジンがかかった。最終リハーサルなのだが、監督が「本番リハ」(だったか?)と掛け声かけてキャメラ廻してのりハーサル。これがすごく良い出来。監督は「OK!」と叫んだのだが、記録(女性)が不安そうに尋ねてきた。
「あの~、ショーケンの大阪弁ひどいんですけど」
 そんなことはどうでもいい、とこのテイクを使ったそうな。

 もうひとつ、誘拐した少年におしっこさせるシーンについて。
 伊藤監督はこのシーンを撮影するにあたって、少年のおしっこで雪が黄色くなるところを押さえようとコンテを考えていた。実際に本番になると、ショーケンが少年におしっこをさせているあいだ、しきりに少年の身体をさわりはじめた。あれはショーケンのアドリブで、監督はそのアドリブに圧倒されてしまった。で、黄色くなるアップは必要ないと判断したそうな。
 伊藤監督がショーケンを褒め称える。
「あの役はショーケンのために考えたものですから」
「ショーケン以外、演じられないでしょう」

 えっ! そうなの?
 そこで初めて質問した。
「もともとあの役は松田優作にオファーされたのに、同じ年頃の娘を持つ親として誘拐犯は演じられないと断られて、ショーケンに話がまわってきたのではないですか?」
 伊藤監督は即座に否定した。「そんなことはありませよ、最初からショーケンを考えていましたから」
「ショーケンさんが上梓した本で語っていますが」
 監督は笑って「それはショーケンの……」 
「××ですか」 

「(三波伸介、伊東四朗、なべおさみ等の)東京喜劇人を起用したのには何か狙いがあるのでしょうか?」
 方言のうち、こと関西弁になると世間のチェックがきびしくなる、ような気がする。日本全国方言はかぎりなくあって、代表的な東北弁や九州弁(たとえば熊本弁)は、わりとおおらかな気持ちで聞いているのに。特にネイティブがうるさい。そんな関西弁を、ちゃきちゃきの江戸っ子の三波伸介や伊東四朗にしゃべらせるのだから。
「キャラクターを重視した結果です。彼らに演じてもらいたかった」

 キッチンで言い争いをする前の風呂のシーン。久しぶりにショーケンが帰宅して娘(高橋かおり)と風呂に入る。浴槽につかる際、腰まわりに黄色いタオルをまいたまま湯船につかる。これにはがっかりした。自宅の風呂では絶対にありえないからだ。
 本来ならタオルは写ってはいけなかった。しかし、何かのミスで写りこんでしまった。とはいえ、雰囲気がとてもよかったので、ありえないのは承知の上でOKカットにしてしまったのではないか。
 その件も訊いてみた。
 伊藤監督、笑っていました。

 誘拐犯逮捕のシーンについて。
 「誘拐報道」には牛乳瓶の蓋が重要な小道具として登場する。厚紙でできたあの円形のやつだ。映画の冒頭で、その蓋飛ばしゲーム(?)を通じて、誘拐される少年と誘拐犯の娘が親しくなっていく様子が描かれる。人差し指と親指を使って蓋を挟み、押し出すことで飛ばす遊び。誘拐された少年のポケットから牛乳瓶の蓋がいくつも出てくるショットもある。
 ショーケンが早朝自家用車を止めて、運転席で牛乳を飲んでいる(アンパンも食べていたか)と、後方からパトカーがやってきて「もはやこれまで」と観念する瞬間、右手で持っていた牛乳瓶の蓋を同じやり方で車外に投げ捨てる。あれは、もともとシナリオに書かれていたのか、それともその場の思いつきなのか。
「シナリオにあったかどうかは忘れたけれど、演出プランとして考えていました」
 ショーケンのアドリブじゃなかった。

 中尾彬、池波志乃の起用には意図があったのか否か、場面が続いているというところがどうにも気になるのだが、これは質問できなかった。

 宅麻伸が「誘拐報道」が映画デビューだったと、伊藤監督の話で知った。ほとんど演技ができず、だから、コンタクトレンズを落としたり、メガネをかけるとスーパーマンに変身したりの演出をつけたんだって。長年のコンタクトレンズ愛用者からすると、両目のコンタクトレンズが同時にはずれて落ちるなんてことは信じられないんですけど。まあいいや。
 宅麻伸がスーパーマンに変身したつもりでハミングしながら駆け出すシーン、実は本当にスーパーマンのテーマを口ずさむはずだったが、版権の関係でそれっぽいものにしたんだとか。

 「誘拐報道」が長年上映されない、ソフト化もされないのは、版権問題が絡んでいる。僕は喫茶店のシーンで流れる洋楽が関係していると予想したのだが、伊藤監督は言明をさけていた。

 最後に流れる主題歌をボーイソプラノにすることは最初から考えていたとのこと。で、詩人の谷川俊太郎に作詞を依頼した。そのときイメージとして見せたのが、トランクを開けると少年が押し込めらているラッシュ(だったか?)。
「出来上がってきた詞をリテイクさせたんだよね。あの谷川さんにそんなことさせたのは伊藤監督だけじゃない?」
 とは瀬戸氏の弁。

 ラスト、ヘリコプター操縦士でカメオ出演する菅原文太は、会社からの要請だったという。僕自身、一度映画を観ているのに菅原文太が出演していることをすっかり忘れていて、最初声が聞こえてきたときは、「もしかして?」とびっくり。そのあと顔出しして二度びっくり。声だけの出演の方が面白かった気がする。


 

2012/01/06

 「誘拐報道」(銀座シネパトス)

 最初、シネパトス「1」で始まった「萩原健一映画祭」は、すぐにシネパトス「3」に移動になった。「約束」&「涙のあとに微笑みを」はガラガラでしたからね。まあ、僕が行った日の最終回だけで判断するのも無謀だけれど。
 それで、小さい小屋の「3」になったのかも。キャパ的にはちょうどいいのだろうと、このまま最後までいくのかと思っていたら、「渋滞」&「八つ墓村」では「2」に変わっていた。
 僕の中では「2」がシネパトスのメインホールだ。やはり大ヒットしたメジャー映画の扱いは違うと感心したのだが、「誘拐報道」初日に行くと、また「1」に戻っている。30年ぶりの上映ということで一番大きい小屋(たぶん)を用意したわけか。常時上映のプログラムは「青春の蹉跌」&「アフリカの光」だし。
 
 この日は、地元シネコンで「ワイルド7」を観ようとしていた。「M:I GP」はまだ当分上映しているだろうとの判断。しばらくして「誘拐報道」の初日であることに気がついた。どれにしようか迷っていると、シネリーブル池袋の「宇宙人ポール」の夜の上映が最後だとわかる。
 いったいどうしたらいいんだ! 
 悩んだ末、サプライズを期待して「誘拐報道」にした。

 油断していた。いくら30年ぶりの上映とはいえ(封切後、名画座で上映されているとは思うが)、これまで同様、ある程度のお客さんしか集まらないだろうと踏んでいた。だから、有楽町駅に着いてから、20時にはまだ時間があるということで、教文館等の書店で時間をつぶして「ちょっと早いかなぁ」と思いながらも30分前に伺ったわけだ。チケットを購入すると整理券(NO.79)を渡された。そこで気がついた。「2」から「3」につながる通路に長い列ができていることを。
 開場になると、ロビーに人があふれた。席もほとんどが埋まった。そうなると不思議なもので、「涙のあとに微笑みを」のときには場末の映画館に思えた場所が、ちょっと設備のいい名画座に見えてきた。調子がいいなぁと自分でも思う。

 上映前に伊藤俊也監督の挨拶があった。やはりサプライズはあったのだ! 自分の勘は衰えてはいない、なんてね。
 実は伊藤監督、プロデューサーのお二人と1,500円払って列に並んでいたという。そのあと支配人に紹介されて、急遽上映前の挨拶が決まったとか。でも、なぜ最初からトークショーが企画されなかったのか。いつもなら樋口尚文とのトークショーがセッティングされるのに。
 まあ、いいや。

 僕自身、30年ぶりの「誘拐報道」だ。いや、TVで観ているか? とにかく劇場では封切時以来のことである。
 1982年、ちょうど会社訪問のころ(当時は10月1日が会社訪問の解禁日)に観ている。確か、某CM制作会社を訪問して、帰り際に渡された交通費をそのまま入場料にあてたのではなかったか。
 当時の日記をあたってみた。

     ▽
 「誘拐報道」を渋谷パンテオンで観る。
 ショーケンが久々に熱演しているときいて期待していたのだが、小柳ルミ子の方が良かった。しかし、少しばかりあの頃のショーケンにもどりつつあるようだ。
     △

 そっけない感想だ。
 思い出した。「誘拐報道」の前に「魔性の夏 ~四谷怪談より」があって、その前が「影武者」。「影武者」ではショーケンの演技が酷評され(曰く何を言っているのかわからない!)、「魔性の夏 ~四谷怪談より」は映画自体の評判が悪かった。2作とも劇場に足を運ばなかった。そんな作品のあとだったので、久しぶりにショーケンが褒められていると期待してみたら、ショーケン以上に小柳ルミ子が良かった。それでムクれているのか。僕自身、電話のシーンの演技はちょっとやりすぎじゃないかと思ったことを覚えている。
 そういう意味では、年月が経ってからもう一度観ることができてとても良かったと思う。まっさらな気持ちで鑑賞して、ショーケンの役者としての力量を思い知らされたからだ。

 80年に起きた「宝塚市学童誘拐事件」を題材にした映画である。
 読売新聞大阪本社社会部に黒田清という辣腕記者がいて、この方をリーダーとする取材班による誘拐事件の顛末が新聞に連載された。連載を一冊にまとめたのが「誘拐報道」(新潮社)だ。
 映画は、このルポルタージュを原作とするが、伊藤監督は映画化にあたって、誘拐犯とその家族、及び息子を誘拐されて打ちひしがれる被害者の様子を詳細に描いた(脚本・松田寛夫)。
 ショーケン演じる誘拐犯の鬼気迫る演技、ちょっとくたびれた妻役の小柳ルミ子の演技が賞賛され、映画は数々の賞を受賞した。映画オリジナルの部分が評価され、逆に新聞記者たちのエピソードがステレオタイプだと批判された。誘拐犯と被害者(と警察)だけで成り立つ映画ともいえるのだが、原作が「誘拐報道」だからいたしかたない。
 ちなみに、黒田清はフリーになってからTVのワイドショー等のコメンテーターとしてよく見るようなった。ますます活躍するのだろうと思っていたら癌で急死。訃報はショックだった。

 前半はまさに「ゴジラ(第一作)」あるいは「ジョーズ」のようだ。なかなかショーケンが登場しない。誘拐犯の手や足、身体の一部を映すのみ。ここらへんはまだ三波伸介をリーダーとする記者グループを通した事件のプロローグというわけだ。丹波哲郎がカラオケで歌う「ダンシング・オールナイト」が笑える。ダンシング・オールナイトのグをちゃんと発音して歌うのが「グ~!」だ。
 キャメラの焦点が犯人にあってからはショーケンが主役になる。誘拐した子どもを処分しようと郷里の町(丹後)を彷徨うシーンは、凍てついた冬の風景が印象的。雪の降り方とか海面の波のうねりとか、誘拐犯の心象風景になっている。
 防寒コート(ウィンドブレーカー?)に身を包みフードを被って長靴をはいたショーケンが絵になる。別にファッショナブルな恰好ではないのだけれど。
 普段着姿の小柳ルミ子、ジーパン姿に色気を感じる。久しぶりに亭主のショーケンが帰ってきたあとの、キッチンでの夫婦喧嘩はワンカット撮影だったのか。ひとり、鏡を見ながら胸に手をやりタメ息をつくシーン。ゾクゾクきた。

 誘拐犯の家族を描きながら、切羽詰まった経済事情を観客に想像させる方法が巧い。
 建売(だと思う)の小さな一戸建てと私立の学校は不似合だ。郷里の友人(湯原昌幸!)が言う言葉「(ショーケンが運転する乗用車に対して)おお、××(車種)のバンは珍しい」高級車なのか。
 200万円の手形を持って現れる借金取り。小柳ルミ子が(亭主が)手形を渡した相手、喫茶店オーナーの中尾彬を訪ねる。いかにも好色そうな悪人顔だ。交わす会話で喫茶店がもともとショーケンのものだとわかる。
 小柳ルミ子が中尾彬に言い寄られるシーンの直後、ショーケンが郷里の海岸で同級生のさせ子と出会い、カーセックスに興じるはめになるシーンが続く。させ子役は池波志乃。中尾彬にしろ、池波志乃にしろ、どんぴしゃりのキャスティングで「まったく夫婦して」と笑ってしまった。
 記者役の三波伸介はしっかり記憶していたが、刑事役で伊東四朗が出演していたことはすっかり忘れていた。記者たちが取材の根城にするのが、宝塚の読売新聞販売所。ここの店主がなべおさみ。東京喜劇人に関西弁をしゃべらせるのは狙いなのだろうか。
 三波伸介はこの映画公開のあと、12月に急逝してしまう。あまりの突然のことですごくショックだった。52歳。今の僕と同い歳だったのか。

 息子を誘拐される親(岡本冨士太&秋吉久美子)の演技にも注目させられる。憔悴しきった父親と、憔悴しきって神経がちょっとおかしくなっている母親。一人娘を持つ親としてたまらないものがある。封切時は学生だったので、自分に照らし合わせてなんか観ていなかった。
 「うち、お父ちゃん好きや!」の高橋かおりは、この映画で知って以来、女優としての成長を見守っていたところがある。06年の公演「あ・うん」で、脚本・演出の立川志らく扮する門倉の奥さん役で登場したとき、あの子役が人妻役かと感慨深かった。
 誘拐される少年は和田求由。下の名前をなんて読むのかわからないが、見覚えがある、と思って調べたら、「恋文」「離婚しない女」に登場する子役だった。

 ショーケンの映画で、なぜか自分の中ではあまり重きを置いていなかったところのある「誘拐報道」。再見、それもスクリーンで観ることができたことに感謝する。エンディングロールでは充実感に浸っていた。やっぱ、すげぇや、ショーケン!
 上映が終わって、場内が拍手に包まれたことを付け加えておく。

 終了後、冒頭の挨拶で伊藤監督がおっしゃっていたように、ロビーでちょっとした質疑応答があった。
 その件については次項で。


 
2012/01/04

 「渋滞」「八つ墓村」(銀座シネパトス)

 承前

 「八つ墓村」はリアルタイムで観ていない。
 市川崑監督、石坂浩二主演の「犬神家の一族」のあとでは、渥美清が金田一耕助に扮する、それも現代を舞台にした映画なんて興味がわかなかった。ショーケンが主演なのに。
 映画は大ヒットした。「たたりじゃー」のスポットCMは話題を呼び、その年の流行語になったのだ。
 
 観たのはずいぶん経ってからのTV放映で。
 そのときの感想を「君よ『犬神家の一族』のリメイクをどう思う?」(拙著「夕景工房 小説と映画のあいだに」所収)にこう書いた。
 市川崑監督の「犬神家の一族」が登場するまで、金田一シリーズの映画化作品はみな現代(製作当時の)を舞台にしていることをとりあげて続けた。

     ▽
 野村芳太郎監督の「八つ墓村」も舞台は現代だった。金田一にはあっと驚く渥美清が扮していて、秘境探検隊(?)みたいな衣装はそれなりにはまっていたとは思う。
 32人殺しの殺人鬼に扮した山崎努の異様なコスチュームと鬼気迫る演技、TVスポットで使用された「たたりじゃー」のフレーズは大ブームを巻き起こした。

 実はこの映画、事件の重要な鍵を握る青年に扮したショーケンが真の主役だというのに公開時に見逃した。後年、TVで観たのだが、私にとっては「?」がいくつも並んでしまうシロモノだった。
 陰惨で凄惨なおどろおどろしい物語を、そっくりそのまま映像に移し変えたオカルト風ドラマ。ズームイン、スームアウトを多用して落ち着きのないカメラワーク。一応ミステリという体裁をとっているけれど、根本的な要因は本当に祟りだったとする結末。そんな物語を感動作にしようとする全体の作り。どれもこれも違和感ばかりを覚える映画だったのだ。
 会社としては「砂の器」的な作品を期待していたのだろうか。
     △

 今回、初めてスクリーンで対面して、基本的にこのときの気持ちとかわらないものの、考え直すこともあった。
 ところで、〈秘境探検隊(?)みたいな衣装〉は完全なる勘違い。麻のシャツ、ズボン、麦わら帽子というファッションだった。
 
 冒頭のスタッフクレジットに改めて驚いた。
 監督・野村芳太郎、脚本・橋本忍、撮影・川又昂、音楽・芥川也寸志。
 主要スタッフがまんま「砂の器」ではないか。
 まあ、野村監督の場合、松本清張原作のミステリではどの作品も橋本忍が脚本を書いている。「張り込み」「ゼロの焦点」「影の車」。もしやと思って調べてみたら、「影の車」は「砂の器」スタッフだった。
 長編「砂の器」がそうだったように、「八つ墓村」でも橋本忍は原作へのアプローチを変えたのだろう。
 ミステリというよりは、原作のオカルト風味、怪奇色を前面に押し出した。ある意味金田一探偵が登場しなくても成り立つストーリーなのだ。
 ゆえに謎解きの面白さより、現代における地方の因習、呪われた伝説をセンセーショナルに描くことを主目的にし、因習、伝説に翻弄される人たちの悲しみを謳いあげた。

 考えてみれば、金田一探偵が登場しない、金田一ものを原作としたTVドラマ(TV映画)を僕は小学生時代に観ているのだ。
 日本テレビ系で「火曜日の女」という、5、6回でドラマが完結するシリーズがあった。その一つ「いとこ同志」の原作は「三つ首塔」である。悠木千帆を名乗っていた樹木希林がレギュラーの一人で、怪しいキャラクターだったのを覚えている。真犯人は誰か、それが気になって毎週夢中になって観ていた。調べてみると、島田陽子がヒロインだった。というと、「光る海」の前か。
 ほかにも「犬神家の一族」を原作にした「蒼いけものたち」、「悪魔の手毬唄」が原作の「おんな友だち」がある。この2作も観ているはずなのだが記憶にない。

 同時期だろうか、少年マガジンに連載されているマンガとして「八つ墓村」がインプットされた。漫画家は影丸譲也。

 1970年代はじめ、たぶんこの手のTV映画やマンガも手伝って、横溝正史のミステリが再評価されてきた。角川書店が文庫で復刊すると売れ行きもいい。
 当時の社長、角川春樹は松竹で進められている「八つ墓村」の封切に合わせて、横溝正史フェアの開催を企画した。ところが映画が完成しない。業を煮やした角川春樹は、自身で映画製作会社の角川春樹事務所を設立、市川崑監督による「犬神家の一族」に着手する。封切られるや、大ブームを呼んだわけだ。

 もし、当初の予定どおりに「八つ墓村」が公開されていたら、現代を舞台にした作劇も、渥美清の金田一も受け入れていたのかもしれない。原作を読んだことがなかったのだから。
 それにしても残虐描写は生半可なものではない。落武者が村人に惨殺されるシーン、要蔵(山崎努!)の32人殺しシーン。今見ると失笑してしまうショットもあるが、よくぞR指定を受けなかったものだ。
 個人的には葬式のシーンに山陰地方の様式を知る思いがした。何より鍾乳洞の撮影が見ごたえあった。
 山の上から、八つ墓村を見下ろすシーンで、小川真由美のスカートが風でゆらめくカットがある。スリットの入ったロングタイプなのだが、ゆれて太ももが何度か見える。実になんとも色っぽかった。

 肝心のショーケン。なぜこの映画に出演したのかとずっと思っていた。本によれば渥美清と共演したかったとその理由を語っていたような。とはいえ、ショーケンが主人公の辰弥を演じる必要性があまり感じられない。が、後半、黒いシャツと茶のコーデュロイパンツになってから、ドラマに溶け込んだような気がする。

 最後まで違和感あったのはカメラワークだった。ロケーションにおけるズームアップ、ズームバックが安っぽかった。特にラスト、炎上する多治見家を見下ろすところで、まず、現代の人たち、続いて落武者たちになるつなぎにがっかりするのだ。TV放映時もそうだったが、今回も同じ。
 室内は重厚な撮影のに。前述のように鍾乳洞も。

 出演者をみていると、どうしても「男はつらいよ」を思い浮かべてしまう。3代目おいちゃん、下条正巳が下條アトムと親子共演しているし、落武者の一人は佐藤蛾次郎だ。岡本茉莉も村人の一人で顔を見せる。エンディングのタイトルロールで吉岡秀隆の名前があった。いったいどこに出ていたのか。ああ、少年時代のショーケン役か。
 落武者といえば、大将が夏八木勲のほか、田中邦衛、稲葉義男が顔をそろえる。山の上に並ぶ八人の姿は、まるでネガティブな「七人の侍」……。
 最初の犠牲者は加藤嘉。まんま「砂の器」で笑いそうになってしまった。村人の一人、加藤健一は、「砂の器」では、亀高で駐在所の警官だった。丹波哲郎に「君は訛ってないね」といわれていたっけ。

 エンディングロールにおける〈監督 野村芳太郎〉の扱いが、まるでその他の技師(撮影、照明、録音等々)と同じなのでまたまた驚く。開巻のクレジットできちんと紹介されているからか。




 本日、上映初日ということで「誘拐報道」に駆けつける。開場を待つお客さんの数にびっくり。整理番号79だもの。
 最初にサプライズトークで伊藤俊也監督の挨拶があった。お客で来ていたところ急遽決定したとのこと。
 終わってから、ロビーで質疑応答。
 もちろん、いくつかお尋ねしましたよ~。

          * * *

2012/01/04

 「渋滞」「八つ墓村」(銀座シネパトス)

 「渋滞」は封切時に劇場で観ている。
 当時の日記にこう書いた(10年のブログで一度取り上げているが改めて記載)。

     ▽
 1991/05/13

 シネマアルゴ新宿で「渋滞」を観る。
 監督・黒土三男、主演・萩原健一。
 ショーケンらしい演技を堪能できる映画だった。
 ショーケンの“かまえた演技”というものがどうも好きになれない。
 “渋さ”などと表現する人がたまにいるが、冗談ではない、ショーケンに渋さなど似合うはずがない。
 以前、NHKで放送されたショーケン主演のドラマ「旅のはじまり」(脚本・黒土三男)に相通じる主題を持つロードムービー。
 確かに、そんなバカなと叫びたくなるシークエンス(たとえば、年末に千葉から四国に自家用車で帰省するというのに、のん気に早朝出発したり、浜松あたりで予約もなしに旅館に泊まろうとしたり)もあるが、きちんと計算された映像作り、心地よい音楽、そして静かな感動……。
 面白い映画だ。
     △

 「瀬降り物語」で渋いショーケン(の良さ)を再認識したので、〈ショーケンに渋さなど似合うはずがない。〉は撤回。また、浜松は沼津の間違い。それ以外は今も同じ感想だ。
 とはいえ、やはり〈そんなバカなと叫びたくなる〉ことには言及しておく必要がある。
 少し前に現在のドラマ(映画)のシナリオの質が落ちていることを書いた。「家政婦のミタ」の、あまりに見えすいた展開を批判したのだが、「ステキな金縛り」のがっかりした箇所にも触れた。面白くて楽しい映画だけれど肝心要のところで手を抜いていると。
 20年前のこの映画にも同じことがいえるのだ。

 主人公夫婦が何の対応もせずに年末に自家用車で四国へ帰省する、東名高速の渋滞に嫌気して降りるとあっけらかんと(予約なしで)温泉旅館に泊まろうとする。これはあまりにもひどすぎる。奥さんの実家がある山梨や長野に帰省するんじゃない。四国だ、四国。だったら、当然帰省ラッシュを考慮して、真夜中に出発するくらいの慎重さがなければ絶対におかしいって。
 東名が渋滞になるころには××まで行っているから、問題ないだろうと思っていたら、首都高で大事故が起きて大渋滞、予定が大幅に狂ってしまった、くらいの設定があってほしい。でないと、この夫婦(ショーケン&黒木瞳)は大馬鹿ですよ。

 つまり、映画は肝である渋滞に巻き込まれた夫婦の顛末を描くために、なぜそうなったかの部分を「年末にクルマで帰省したら渋滞に巻き込まれました」ですませてしまう。それじゃ観客は納得できない。
 1991年当時、もう盆や正月の帰省ラッシュは大きなニュースになっていた。だったら、渋滞に巻き込まれるまでをもう少し知恵を絞って描いてほしいじゃないか。渋滞にはまった夫婦の苦労に共感できないと意味がないのだから。
 温泉旅館のくだりも何かしらエクスキューズが必要だろう。こんな時期に予約なしで泊まれる旅館なんてあるのかと心配する黒木瞳に、それががあるんだとほくそ笑むショーケン。仕事の関係で知った穴場(?)なのだが、行ってみると、なんとわけありで休業中、なんていうのならまだわかるのだが。最悪、町の観光案内所にかけこむか、電話するだろう。
 それから、渋滞に巻き込まれてからというもの、この夫婦はよく喧嘩する。喧嘩というか、ショーケンが黒木瞳に怒ってばかりいるのだが、完全に自分勝手の言い分なので、これまたショーケンに共感できない。

 なんて前半の展開に文句をつけながらも、夫婦や親子の絆に惹かれていく自分がいる。
 故郷で待つ両親の気持ちを考えるとたまらなくなる。久しぶりに息子に会える母親(東恵美子)の喜びとか、寡黙に帰りを待っている父親(岡田英二)の姿とか。涙がでてくる。
 寒ブリの刺身のなんと美味そうなことか!
 ケニー・Gのソプラノサックスに耳を洗われる。一枚CDを購入したのは、この映画の影響だったのか?

 ショーケンのごくごく普通のお父さんが良い。あの襟なしジャンパーなんてよくぞ着たもんだ。かっこいいファッションではないのに、でもどことなくなんとなくいいなあと思う。
 この普通のお父さんイメージはTVドラマ「課長さんの厄年」「冠婚葬祭部長」と共通するものがある、と思ったら、「課長さんの厄年」の放送は映画公開の2年後なのだった。自分の中では同時期になっていた。
 ショーケンの映画を続けて観るとよくわかる。必ず共演女優との濡れ場があるのだ! この映画でも黒木瞳と安旅館の階段で抱き合うのだけれど、黒木瞳の、ショーケンの腰あたりから左右に突き出る素足の動きに欲情した。それらから外出時のちょっとおめかしした黒い服(スーツ?)にも。

 黒土監督の「蝉しぐれ」への想いがわかるショットがこの映画にある。
 黒木瞳と喧嘩して、旅館を出たショーケンが立ち寄るスナック。客がいない店内ではママ(かたせ利乃)が一人で本を読んでいる。その本が単行本の「蝉しぐれ」(文藝春秋)なのだ。カウンターの上に置かれた本のインサートは、黒土監督の映画化宣言ではないか。

 クレジットの、岡田裕(ニュー・センチュリー・プロデューサーズ)に複雑な思い。もう二度とショーケンの映画をプロデュースすることはないのだろうか。


 この項続く




 すいません、「3」「4」の前に「5」をUPします。
 ちなみに年末年始休暇最後の昨日は、「渋滞」&「八つ墓村」鑑賞。

          * * *

2011/12/29

 「竜馬を斬った男」「離婚しない女」(銀座シネパトス)

 「竜馬を斬った男」は封切時に劇場で観ている。パンフレットも買った。が、鬱のため仕事をせず、かみサンに食わせてもらっていた時期だ。そんな状況で昼間映画観ているなんて知られると騒動になる。そう判断して、帰宅前に近所の行きつけの喫茶店のママに預けたのだった。いつもお昼を食べていた店だ。中野区南台のアパートに住んでいたころの話。
 そのうち返してもらおうと思っていたものの、すっかり忘れて埼玉に引っ越ししてしまった。後でゆっくりじっくり読もうと考えていたので、ほとんど目を通していない。そのパンフレットがシネパトスで売られていた。
 買うべきか否か……。

 それはともかく。
 この映画については、当初、柳町光男監督とショーケンのコンビに期待していた。「さらば愛しき大地」の衝撃を与えるような時代劇を。「さらば愛しき大地」は観ていないのだけれど。
 山下耕作監督になって、がっかりしたことを覚えている。
 山下監督が東映時代劇(任侠劇)を支えた名匠であることは理解していた。でも当時(87年)ショーケン主演の時代劇なら新鋭監督でないと意味がないと思ったのだ。ショーケンの事務所、アルマンス企画の映画なのだから。「日本映画[監督・俳優]論」を読んで、この交代劇の真相を知り納得できたのだが。柳町監督に西岡善信を否定されたらそりゃショーケンは西岡さんをとりますよ。
 そうそう、映像京都って、もう解散しているんですね。全然知らなかった。

 今回、久しぶりにスクリーンで対面して、山下監督の映像設計に堪能させてもらった。前述の書籍で、この映画が不発だったことについて、自分が竜馬を(根津甚八が又三郎を)演じたら、状況は変わっていたかもしれないと語っている。
 果たしてそうだったろうか。
 ショーケンの竜馬なんて見たくない。かつて人斬り以蔵を演じたんだ。やはり又三郎の狂気をスクリーンで浴びたいじゃないか。


 「離婚しない女」は05年にシネマアートン下北沢で初めて観た。今回もあのときと感想は変わらない。
 ひとつだけ。
 この映画、撮影期間が二つに分かれているのではないか。ショーケンのヘアスタイルが微妙に違うのだ。

     ◇

2005/01/08

 「離婚しない女」(シネマアートン下北沢)

 80年代前半、大麻事件の謹慎後、「恋文」で見事復活を果たしたショーケンが、また神代監督とコンビを組んで、倍賞姉妹と共演した映画。神代・ショーケンコンビの総決算映画であったにもかからず、事件のためマスコミ的に抹殺されてしまった印象のある「もどり川」、そして「恋文」に続いて原作は連城三紀彦。作者はショーケンをイメージして小説を書いたという。
 北海道・根室を舞台にふたりの女性の間を浮遊する男を描くドラマ。「アフリカの光」の舞台設定に「青春の蹉跌」の男女関係を組み入れたような物語である。
 と今回観てはじめて気づいた。今となってはその理由がわからないのだが、なぜか公開当時この映画を観ていないのである。前年に公開された「恋文」が昔ながらの瑞々しい演技でショーケンらしさを発揮して非常に喜んでいたはずなのに。二本立てのもう1本が気に入らなかったのか。ビデオになったとは思うが、レンタル店で目にした覚えがない。という意味で僕にとっては長らく幻の映画であったのだ。

 倍賞千恵子扮する土地の有力者・夏八木勲の妻は夫との仲も冷え切り、時間と金を持て余している女性。町の私設気象予報士であるショーケンは大時化を予測して漁船の遭難を救った一件以来、夏八木に気に入られている。夫婦仲を察知したショーケンはすぐに千恵子をものにしようとモーションをかける。翌日、電車の中で千恵子によく似た女性・美津子に出会う。車内に置き忘れたポスターの束を彼女がオーナーをつとめる店に届けたことから、なさぬ仲になるショーケンと美津子。美津子もまた夫(伊部雅刀)との冷めた関係に悩む女性だった。
 千恵子は最初こそ拒否するものの、半ば強引に身体を重ねられた後は次第にその恍惚感に溺れていく。逆に美津子は寝ないことでショーケンへの想いを深めていく。
 ある日、互いの存在を知った女ふたりは……。

 なぜ一気象予報士でしかない男に二人の女性がそこまで固執するのか、映画の中では特に説明はない。最初にショーケンありきの企画だから仕方ないか。
 ショーケンは、「祭りばやしが聞こえる」「八つ墓村」で演じた青年の流れを汲む、髪も長くもなく短くもなく見るからに普通の男であり、そこが魅力。ところどころで垣間見せるお茶目な演技がいい。
 倍賞姉妹の共演が話題になった。それもいつも扮するキャラクターを逆転して演じているところが注目された。何しろ、倍賞千恵子は成金妻で毛皮のコートをまとい、貴金属ジャラジャラ。そして乳首まで見せて濡れ場を演じているのだ。「男はつらいよ」のさくらに慣れきっている寅さんファンにはショックだったのではないだろうか。
 ショーケンがジャケット姿で美津子の店を訪ねてきて、帰ろうとすると雪が降り出している。ちょっと待ってと美津子が奥から取りだしてきたのか、黒のウールのロングコート。その姿が決まっていた。かっこいい! オレも同じようなコートが欲しい、なんて。(ここだけの話、僕が長年愛用している黒い皮のハーフコートは、その昔ショーケン主演のTVドラマ「あいつがトラブル」で、主人公が着用していたものを真似て買い求めたのだ。ミーちゃんハーちゃんですね。あははは)
 ショーケンの部屋に無造作に置いてあるエレキギター。徳間のバーボンレコードからムーンレーベルに移籍してリリースしたアルバム「Straight Light」のジャケ写で弾くギターと同じものか?

 「傷だらけの天使」のDVD-BOXを購入して、全話を見直した時に気づいたことがある。神代監督のエピソードがやけにフランス映画しているのだ。この映画でそれを再確認した。相変わらずの神代タッチで全編押し通されるのだが、そのカメラワーク、カッティング、音楽と中学時代に観たフランス映画にダブる。音楽は井上堯之。いつものとずいぶん印象が違う。それもフランス映画っぽくさせた要因か。




「萩原健一映画祭」はプログラムごとに通っている。

 12/20(火) (「股旅」)&「瀬降り物語」
 12/25(日) 「恋文」&「魔性の夏 四谷怪談より」

          * * *

2011/12/18

 「化石の森」/「雨のアムステルダム」(銀座シネパトス)

 その1から続く

 「雨のアムステルダム」のビデオを観た経緯は以前書いた
 ビデオ鑑賞のときは、70年代の映画という印象が強かった。なので今回ドラマを楽しむより劇場で井上堯之の音楽に触れるという意味合いが大きかった。
 脚本・山田信夫、共演が岸恵子、三国連太郎というと、どうしても「約束」を思い出してしまう。そういえば「化石の森」も山田信夫が書いているのだ。
 ちなみに、監督は蔵原惟繕。蔵原監督というと一般的には「南極物語」なのだろうが、僕はどうしても「陽は沈み陽は昇る」のイメージが強い。映画は観ていないのだが。
 撮影が岡崎宏三。「化石の森」もそうだ。名前は「ねむの木の詩」で知った。僕にとって、岡崎宏三、姫田真佐久、長谷川清、仙元誠三が70年代の名キャメラマンである。
 
 ヨーロッパロケを売りにした日本映画は何本もあるが、概して評判はよくない。市川崑監督が浅岡ルリ子とルノ・ベルレー(「個人教授」!)の共演で撮った「愛ふたたび」は完全に忘れら去られてる。かつてのライバル、ジュリーにもパリを舞台にフランス女優を相手役に「パリの哀愁」という主演映画があるが、こちらもまたしかり。
 「雨のアムステルダム」が、もし、当時、地元太田の映画館では公開されていたら(当然、東京よりずいぶん遅れて来るのだが)、ショーケン主演ということで、絶対足を運んでいたと思う。しかし、見逃し(地元で上映されたのかどうか不明)てからは、映画自体当時の他の作品に比べあまり語られることがないので、やはりアムステルダムロケだけが売りの映画なのだろうと考えていたフシがある。
 「青春の蹉跌」で、まず音楽に琴線が触れたのだったら、「雨のアムステルダム」では〈音楽・井上堯之〉のクレジットに反応すべきだった。
 中学時代、音楽に惹かれて洋画を観ていたところがある。サントラのレコードを買い集めるのを友だちと競ったものだった。なぜ「青春の蹉跌」でサントラアルバムを購入しなかったのか。「雨のアムステルダム」の音楽に注目しなかったのか。
 まあ、今となっては理由もわからないことをあれこれ言っても仕方ない。

 それにしても――。
 「化石の森」にしろ「雨のアムステルダム」にしろ、映画は映画館で観るもの、ということを再認識させてくれた。ビデオで鑑賞したときより数倍面白かったのだから。これはいったいどういうことか。暗闇に身を沈めてスクリーンと対峙するからだろうか。余計な雑念に集中力を遮断されないからか。

 「化石の森」の主人公は、マカロニがインターンになったようなイメージがある。対して「雨のアムステルダム」はまんま小暮修が弱小商社の商社マンになってオランダに駐在していると思えばいい。修ちゃんよりインテリだけど。
 ファンゆえの贔屓ととられてもしかたないけれど、ショーケンと岸恵子のカップルだと、異国情緒も様になっている。
 紙袋にくだものを入れて街を歩くシーン、スクリーンだと、また格別だ。70年代は食料品の買物には紙袋が当たり前だった。中身がいっぱいの紙袋を女性が両手で抱えて歩く。それが絵になっていたのだ。80年代になると、ビニール袋が主流になってしまって、映画(映像)的には残念でならない。電話ボックスで電話するショットも同様かも。

 岸恵子を救うため、ショーケンは西ドイツ(だったか?)の鉄鋼王の相手をつとめることになる。三国連太郎が日本の有名商社と鉄鋼王との契約をまとめるためにそのつもりで現場に連れて行くわけだ。案の定、鉄鋼王はショーケンを見初める。ビデオのときも今回もどうにもここがひっかかってしまう。
 ショーケンってその手の男にモテるタイプには思えないからだ。テンプターズ時代ならまだしも。ジュリーだったら納得できるのだが。三国連太郎の部下を演じた松橋登の方がタイプではないか?

 ラスト、自分たちが殺されるとわかっていて逃避行をはかるショーケンと岸恵子。とある一軒家に潜伏して朝を迎える。
 ビデオでは岸恵子が殺されて、あわててショーケンが逃げ出したと思っていた。違った。(殺されるのが)怖くなったショーケンは岸恵子を一人部屋の置いて逃げ出したのだ。そんな卑怯な男もショーケンらしくてステキだ。やはりこの映画は音楽とラストで語られるべき映画だと思う。




2011/12/18

 「化石の森」/「雨のアムステルダム」(銀座シネパトス)

 第一弾のプログラム、「約束」は一度劇場鑑賞しているから途中から観てもかまわなかった。しかし、今回、最終回は「雨のアムステルダム」「化石の森」の順。両作品ともビデオでしか観たことがないのだが、自分の中のメインは「雨のアムステルダム」だ。冒頭のタイトルバックのメインテーマ(音楽・井上堯之)は必聴だろう。

 上映場所が変わっていた。シネパトスはスクリーンが3つある。前回は「1」の、いかにも場末の映画館といったところで縦に長くキャパも大きい、今回の「3」はこじんまりしているものの場末のイメージはない。いや、あるか。
 この映画祭は定期的に(一週間おきにとか)会場が移動するのだろうか。だとすると、ロビーに貼りだされたショーケンに関する記事類(インタビュー等々)、雑誌表紙、CDやDVD、プログラム等の移動も大変だなぁと余計な心配をしてしまう。

 「化石の森」の途中から入り、「雨のアムステルダム」をきちんと観て、「化石の森」の途中で出る。こんなことも高校時代は当たり前にやっていたんだと感慨にふける。
 今、封切館では途中で退場することはできても途中から入場することはできない。座席の完全予約または整理券による番号順入場になっているからだ。
 シネコンに対してあれこれ文句をいう映画ファンは多い。個人的には、感謝しているところがある。大ヒット映画にいい席を求めて1時間以上前から並ぶ必要がなくなった。レイトショーがあって、退社後にゆっくりと、低料金で観られるようになった。この2点において。
 途中入場ができなくなったこと、外部からの飲食の持ち込みができなくなったことは不便きわまりないのだが。それから一週間単位(だと思う)で上映時間が変わってしまうのもなんとかならないものか。まあ、そういうフレキシブルな対応ができるのが劇場側のメリットなんだろうが。

 とにかく、「銀座シネパトス」は、一部封切館ではあるものの、劇場の雰囲気は限りなく名画座だ。たしかここ、昔は銀座地球座という名称だった。地球座というと思い出すのが恵比寿地球座。谷ナオミ主演のSM映画(日活ロマンポルノ)3本立てを観た名画座として記憶にある。
 なんて話はどうでもよくて――。

 「化石の森」は10年以上前にビデオで観た。近くのビデオレンタル店にあったのであわてて借りてきたのだ。幻のショーケン映画だったし、篠田正浩監督ということでわくわくしながら観ていたのだが、深刻で救いがなくて観終わって落ち込んだ。以後ある意味封印してしまった。
 思い出したのはTVドラマ「外科医柊又三郎」初回にチャンネルを合わせたときだった。あのインターンが医者になった現在が柊又三郎なのか? しかし映画「化石の森」について覚えているのは〈暗くて重い〉ということだけ。
 まさか殺人を犯していたなんて!

 初めてスクリーンで観て感動があった。ビデオの印象が払拭できた。
 この映画はある種の日活ロマンポルノだ。濡れ場シーンにけっこう反応したのだから。

 とその前に――。
 ショーケンって東京映画と縁があることがわかった。
 「ザ・テンプターズ 涙のあとに微笑みを」が東京映画だった。「化石の森」もそう。「青春の蹉跌」がそうだったではないか!
 高校時代に「キネマ旬報」を購読することになってわかったことだが、映画産業が斜陽といわれた時代、東宝はいくつか製作会社を傘下にしていた。ゴジラ映画を製作した東宝映像。その他、東宝映画、芸苑社、そして東京映画。「キネマ旬報」の邦画各社の製作状況ページでわかったことだ。
 東映だったら、京都撮影所と東京撮影所に分かれていた。

 ――二宮さよ子の裸体、濡れ場に欲情。あの子どもの母親(八木昌子)にも。いや、こちらの方がきたかも。

 ホラー映画でもある。杉村春子に背筋が寒くなった。
 武満徹の音楽は不気味だった。

 すっかり忘れていたのだが、というか認識していなかったのかもしれない、岸田森が新興宗教の神父(?)でショーケンに絡む。スキンヘッドなので思った。映画の公開は1973年、「傷だらけの天使」の放映は74年。ということは、辰巳がかつらをはずして坊主頭をみせる時期とそれほど違いはない。だったら「傷だらけの天使」撮影前に岸田森があの頭だったってこと知っていたのではないか、ショーケンは。

 冒頭のキャストクレジットで桂木美加の名前を発見。「帰ってきたウルトラマン」の丘隊員だ。どこに出てくるか、スクリーンを注視していたがわからなかった(たぶん、理容室で働く女性の一人だと思う)。

 この項続く




 先週15日は今年最後の偶数月恒例「立川談四楼独演会」。平日なので会場に到着したのが19時ちょっと過ぎ。大入り満員で入場時に配付されるチケットやプログラムがなくなっていた。家元の死の影響か?
 
          * * *

 ついに始まった「萩原健一映画祭」。ショーケン主演の映画を二本立てで順次上映していく。
 銀座シネパトスなら有楽町駅からも歩いて行ける距離だ。テンプターズ時代からショーケンのファンだと広言しているというのに、未見の映画がいくつかある。いい機会だからすべての映画を観てやろうじゃないか。なんて意気込んでいたのだが、最終回の一本めの上映開始時間が17時台とか18時台。退社後駆けつけるとなるとちょっと間に合いそうにない。
 ということで、最初の「約束」&「ザ・テンプターズ 涙のあとに微笑みを」のカップリング、「約束」は諦めた。まあ、一度劇場で鑑賞しているし。最終回ラスト1本だけの鑑賞だと800円に割引になる(通常は1,300円)から、まあいいかと自分にいいきかせて。

 13日(火)、有楽町駅を降りて、まっすぐ伊東屋へ。来年の手帳(Bindexのリフィール)を買ってから、シネパトスに向かった。窓口でチケットを購入。
 窓口の人に確認する。「中に入っていてもいいですか?」
 「約束」が終了するまでロビーで待っていようと思ってのこと。
「どうぞ、別に映画観ても大丈夫ですよ」
 えっ? 1本の鑑賞だから800円に割引されたのではないか。
「前の映画が上映後20分過ぎたら、別にかまわないんですよ」
 そうなんだ。文芸坐はきっちりと区分していると思うけど。
 ラッキーってんで、中に入った。最初は真っ暗でスクリーン以外は何も見えない。目が慣れてくると、どこが空席かがわかり目当てのところに座る。こんなこと久しくやっていなかった。途中入場なんて、いつ以来だろうか? 十代のころを思い出した。高校時代、地元の映画館をこんな形で利用していたのだ。

 「約束」は、ちょうど、帰りの列車のシークェンス。刑務所前の屋台のラーメンはやはりうまそうだった(なので、映画館を出てから、有楽町駅近くの喜多方ラーメン食べました!)。
 今回、気がついたが、ラーメンをしっかり食べるのは南美江(今年亡くなった。合掌)だけで、岸恵子もショーケンも口にすらしない。南美江はオヤジにラーメン代を支払うが、あれは岸恵子と二人分なのか?

 さて、目当ての「ザ・テンプターズ 涙のあとに微笑みを」。
 実をいうとGS映画を観たことがない。GS映画というとタイガースやスパイダースが有名だが、別に金だしてまで観たいとは思わなかった。テンプターズも同様。じゃあお前が観たがっている「進め!ジャガーズ 敵前上陸」はどうなんだと言われたら、脚本が小林信彦、監督が前田陽一だからにほかならない。
 1970年代、天地真里、新御三家、花の中三トリオ等々、アイドル映画が量産された。歌謡曲、特にアイドルを嫌悪していた僕は当然その手の映画をバカにしていた。そんなアイドル映画の先駆となったのがGS映画だから興味がなかった。テンプターズ時代からのショーケンファンといっても、アイドル時代のショーケンを観たいとは思わないというわけだ。

 旧い映画プリントなので、退色して全体的に赤味がかった色になってしまっている不満はあるものの、これがなかなかおつなものだった。
 もちろんストーリーは他愛ないものだ。
 高校生のショーケン(!!!)が、クラスとバイト先の仲間たちとバンドを結成するドタバタ騒動に母親(新珠三千代)の再婚話が絡む。クラスメートが高久昇、バイト先の仲間が田中俊夫、大口広司、松崎由治。
 脚本が池田一朗なのでちょっと驚く。後の作家、隆慶一郎だ。

 小学生のとき、トッポが脱退したことでタイガースへの興味を失い、テンプターズファンになった。今から思うと正しくない。テンプターズのショーケンファンになったのだ。なぜなら、ショーケン以外のメンバーの顔と名前が一致しなかったのだから。後年、大口広司はドンジャンバンドの一員だったり、俳優になったりして認識できるようになったが、あとはまったくダメ。
 どうにも解せないのは松崎由治である。タイガースではヴォーカルのジュリーよりギターを弾きながら「花の首飾り」を歌うトッポに夢中になったり、「青い鳥」を作詞作曲した(ギターの)タローを注目したりしていた。
 だったら、ギターを弾き、「神様お願い」の作詞作曲、「おかあさん」の作曲等、テンプターズのオリジナル曲を数多く手がけたメンバーに注目しないわけがないのだ。まあ、当時は松崎由治がメンバーであることも知りはしなかったのだからしかたないか。そのくらいショーケン以外のメンバーには興味がなかった。
 そんなわけで、この映画で高久昇と田中俊夫の区別がついたのである。めでたしめでたし。
 それから演奏シーン(やはりGS映画の魅力はこれだろう)で高久昇のベースの弾き方に注目した。そして松崎由治のギター。とはいっても撮影では実際に音なんてだしていないだろうから、あまり参考にはならないか。

 高久昇と松崎由治は役者としてもなかなかいい味だしていた。特に松崎由治の方は、役者に転向していたら若大将シリーズの江原達怡のような存在になっていたかもしれない。容貌は斉藤洋介っぽいし。
 母親役の新珠三千代のほかに、山岡久乃、横山道代、名古屋章、大泉滉が脇を固める。高久昇の父親で新珠三千代やショーケンたちが働くスーパーマーケットの社長を演じた役者は、TVの時代劇等でよく拝見する役者さん。須賀不二男だった。ヒロインは聖ミカ。まさに60年代後期のアイドルといった感じ。とてもかわゆい!
 神様役で堺正章がゲスト出演している。テンプターズがスパイダースの事務所の後輩だからだろう。

 テンプターズのCDが欲しくなった。




2011/09/22

 「萩原健一 ―LIVE2011 DEEDS,NOT WORDS―」(赤坂BLITZ)

 承前

 「ラストダンスは私に」を歌い終わると挨拶があった。こんなに早いMCは珍しい。
 曰く「結婚しました……」。
 不思議な感覚にとらわれた。あのとき東京、大阪で全3回開催されたトーク&ライブ ANGEL or DEVIL」。トークのお相手となった3人の女性の中で、独身だったのは阿川佐和子だけだったのに。まあ、いいや。結婚でショーケンの健康や芸能活動が好転するのであれば願ったり叶ったり、だ。
 ゲストミュージシャンの渡辺建を紹介。渡辺さんのベースはうれしい。

 渡辺さんのベースをフィーチャーした形で始まる「大阪で生まれた女」は 定年を迎えたサラリーマンの哀歌とでもいうべき内容になっていた。一部歌詞を替えているだけだから、全体のイメージはめちゃくちゃだけど。

  ♪長年勤めた本社の帰り
  ♪たどりついたら単身(赴任)の部屋

 「Famous Guy」は、ショーケンが徳間音工(バーボンレーベル)からアルファ・ムーン(ムーンレーベル)に移籍してリリースしたアルバム「Straight Light」B面ラストに収録された曲。
 「Straight Light」は僕が初めて買ったショーケンのスタジオ録音盤アルバムだ。それまではライブ盤しか聴かなかった。初期のアルバムが普通に歌われているので、スタジオ録音盤=通常歌唱、ライブ盤=変幻自在のショーケン節、という認識があって、聴く気がしなかったのだ。後年、そうではなかったとわかるのだが、このときはこのスタジオ録音盤で初めてショーケン節歌唱を取り入れたのだと一人喜んでいたことを覚えている。
 当時Famous Guyはジュリーのことだと言われた。ジュリーが、離婚問題、暴行事件でメディアで何かと叩かれていた時期で、そんなかつてのライバルにエールを送った歌だと。〈問題児〉の先輩として。

 「Famous Guy」は、今回のライブでは「GAMBLER」のように一人語りがメインになっている。
 まるで音楽とコラボした一人芝居。
「お前のチ×ポ、びびって縮んでるじゃねぇか!」 
 ショーケンが呼びかける相手は誰なのか? ゾルゲ手法の詐欺男、FakeGuy、Mr.Fakeman=Mr.Sとは?
 それからMr.W、Mr.Kとは?
 映画プロデューサーか?

 「シャ・ラ・ラ」。ああ、ずっとシャラララララ……と合唱していたい!

  大阪で生まれた女/Famous Guy/シャ・ラ・ラ

 2回目のMC。何話したんだっけ? 忘れてしまった。

 あまりローリング・ストーンズに詳しくないので、知らなかった「Ruby Tuesday」。ルビー(のような)火曜日という意味かと思ったら、女性の愛称なんですね。ぶっきらぼうな歌い方。あの歌い方はミック・ジャガーを意識してなのだろうか。(CDを聴くたびに好きになっていく)。  
 そのミックとショーケンのスタイル(特に腹!)を比較してなんだかんだ言う人もいるが、一言言いたい。
 相手はずっとヤクやってんですぜ。比べるなら尾藤イサオではないかと。

 野の百合のような人と紹介したジョー山中と一緒にシャウトした「愚か者よ」。ドンジャンの石間秀機のギターにしびれて、篠原さんもメンバーだったフラワー・トラベリン・バンドに注目した。ヴォーカルがジョー山中なので驚いた。そういうつながりがあったのか! CDになった「SATORI」、しっかり買いましたよ。
 「Ah! Ha!」熱唱中、ふと気がつけば、シャツは汗で濃紺と青の二色になっている。歌い終わるとソデに消えた……

  エメラルドの湖/Ruby Tuesday/愚か者よ/Ah! Ha!

 黄色いシャツに着替えたショーケンが登場。ドラムのソロ、ショーケンの紹介。瀬田さんのギターが響いて「ショーケン・トレイン」が始まった。

 モニターを見る。光(照明)にかこまれてショーケンの姿が、ない!  
 ここで、全員がソデにはける。ああ、これで終わりだったのか。

  ショーケン・トレイン

 当然、アンコールの拍手だ。
 全員がステージに集合。

 アンコールは前回ライブの大ラス曲「フラフラ」。

  ♪時代が止まって、フラフラ
  ♪どこもかしこも、フラフラ
  ♪フララ、フラフラ、フララ
  ♪映画もTVも、フラフラ
  ♪医者もスターも、フラフラ
  ♪狂って狂って、フラフラ
  ♪安いコメンテーター、フラフラ

 行動起こせ! 人生つまずくことだってあるさ! STAND UP! STAND UP! STAND UP! 自身を持ってTRYしろ! 自分の心を奮い立たせるんだ! できるさ、できるさ! DEEDS,NOT WORDS!

 メッセージはしっかり胸に刻み込んだ。
 だから、だから、あなたが今度僕の前には登場するのは、映画かドラマの主役ですからね。約束しましたよ。
 
 大ラスは「Thank You My Dear Friends」。久しくライブで聴かなかったな。
 この曲がラストということは、ショーケン、完全復帰だろうか。
 声はほぼ元にもどっている。もちろん完全ではないけれど、仕方がないよ。CDを聴けば確信できる。嘘じゃないから!

 ちえさんの〈稲妻落しサーブ〉ストロークに身体を合わせながら、思った。
 役者として早く次を魅せてほしけれど、ライブも毎年続けて欲しいよ。

 ありがとう、ありがとう……
 Thank You My Dear showken!

 【アンコール】

 フラフラ(春よ来い)/Thank You My Dear Friends


 「パッヘルベルのカノン」(もしかして「G線上のアリア」?)に送られて一人帰宅の途へ。
 誰かそばにいれば、赤坂の街で祝杯をあげていたのに!!!!!!!


showken2011

いつか、ブラック&マルローバンド(パーカッションは菅原さんだよ!)で
2003年のリベンジを!





 地元シネコン、レイトショーで「モテキ」を観る。
 いやはやサイコー! 恋愛時の男女の気持ち、狂おしいほどの相手への想い。ああ、わかるわかる。後半叫んでいた、心の中で。

          * * *

2011/09/22

 「萩原健一 ―LIVE2011 DEEDS,NOT WORDS―」(赤坂BLITZ)

 承前

 「神様お願い!」に身をゆだねながら考えていた。僕がテンプターズファンになったの何の曲だったのだろう? 
 歌謡曲に興味を持つきっかけとなった曲がタイガースの「モナリザの微笑」。加橋かつみがギターを弾きながら歌う「花の首飾り」で決定的となり、ファンになった。小学2年生だった。
 加橋かつみが脱退すると興味を失い、テンプターズファンになるわけなのだが、ある時期まで不思議に思っていたことがある。タイガースファンだったとき、ジュリーはどうでもよかった。トッポこそミスター・タイガースだったし、「青い鳥」を作曲したタローにあこがれた。単なるヴォーカルには興味がなかったのだ。あくまでも楽器が弾けないと僕の評価は低かった。

 にもかかわらず、テンプターズではなぜにヴォーカル・ショーケンのファンになったのか。
 「神様お願い!」「エメラルドの湖」は確かに好きだったけれど、「おかあさん」が大いに関係しているのではないか。YouTubeで当時の演奏を見て確信した。すっかり忘れていたのだが、「おかあさん」はショーケンのリードヴォーカルではない。コーラスとハーモニカを担当しているのである。あのハーモニカを吹く姿にしびれたのではなかったか。
 ハーモニカは、「熱狂雷舞」以降のシンガー・ロックパフォーマーとしても魅力の一つだ。ブルースハープと言った方がいいか。

 「GOD BLESS YOU」はある種、3.11震災地への応援歌になっていた。

  ♪GOD BLESS 仙台
  ♪GOD BLESS 岩手ピープル  
  ♪GOD BLESS 福島ピープル
  ♪GOD BLESS ジャパニーズピープル
  ♪GOD BLESS ジャパン

 帰宅して購入したCDのジャケット(裏)を見て驚いた。タイトルが「GOD BREATH YOU」になっている。これってわざとなのか? そうだとすると意味が通じなくなる。〈岩手のみなさんに神のご加護を〉〈福島のみなさんに神のご加護を〉なのだから。単なるミスプリか。
 ちえさんのギターがいい。やはり姐御ですわな。前回とイメージは変わらない。
 瀬田さんがまた別の顔になっていた。今回はJOYかと思った。あの若手タレントの! カメレオンギタリストと呼ぼう。シャツは左右の色が違うジャンボーグ9ファッションだし。

 歌詞がかなり変更されている。
 「テンダーナイト」ではイヤリングがピアスになった。確かに時代を考えればそうだろう。そうだけどさ。
 そのものずばりの表現も増えた。
 「ラストダンスは私に」なんて、もう一発やらせてと言われたら断ってね、だもの。

  神様お願い/GOD BLESS YOU/テンダーナイト/ラストダンスは私に

9
これがジャンボーグ9
瀬田さんは、紅と紺だった


 この項続く




2011/09/22

 「萩原健一 ―LIVE2011 DEEDS,NOT WORDS―」(赤坂BLITZ)

 承前

 開場(18時30分)5分前。地下街から地上に向かう階段に列ができていた。赤坂BLITZの入口は1階用と2階用の二つが並ぶ。2階は指定席だから時間がくると次々とお客が入っていくが、1階はそうはいかない。整理番号順に入場を許可していくわけだ。その順番待ちのお客が番号に従って列を作っていた。入口近くは1~100番台、地下街に続く階段には200番台以降。知った顔はいなかった。

 受付を済ますと、ロビーでCDを販売していた。あわてて購入。たぶん昨年のCDと内容的には変わらないとは思うのだが、ショーケンでは仕方ない。入場時に受け取った券でドリンクが一杯飲めるが中がどうなっているのか知りたくてとりあえずホールへ。
 1階はスタンディング、とのことだったが、後方には椅子席が用意されていた。客の年齢層を考慮したのだろう、左右、それぞれ100席ほど。きっちり数えたわけではないが。
 スタンディングスペースには中央から左右が長い十字のポール(正式名称がわからない、ひじ掛け、背もたれになるようなゴムで覆われた棒状のもの)が伸びている。まだ人も少ない。ああ、ここでいいやとロビーに出てドリンク券でビールを注文。ドリンクカウンターのそばで立ったままビールを飲む。目の前のベンチに小堺一機が座っていた。思わず挨拶してしまいそうになった。昨年の感想などを訊いてみたかったが我慢、我慢。

 赤坂BLITZはライブハウスなのだった。ホールへのドリンクの持ち込みは大丈夫。なのに、いつもの癖(芝居の劇場は通常飲食物の持ち込みは不可)でロビーでビールを飲み干してから再度中に入る。ポール近辺は人でいっぱいになっていた。どうしようか?
「やっぱり一番後ろにしよう」
 後方を見ると、左右の椅子席後方に同じようなポールが伸びていた。近づいてみるとポールのところから一段高くなっている。ステージからもそんなに遠くない。目の前は椅子席だから眺めもよい。絶好のコーナーではないか!
 この一段高いスペースは、中央のPAブースの左右(それぞれ椅子席の後ろ)に位置する。見上げると、二階席にあたる天井からモニターが吊ってある。ステージの模様がモニターでも確認できるのだ。いやはや最高。

 ライブが終わってから係員に確認したのだが、1階はスタンディングだと1,000人収容できるとのこと。2階席は120人。椅子席があるので実際の人数がどのくらいかわかりかねるが、開演直前にはほぼ満員状態になったのではないか。
 開演前の影ナレを聞いてびっくり。このライブ、主催がニッポン放送なのである。

 19時。開演だ。
 場内に「トッカータとフーガ ニ短調」が鳴り響く。小学6年から中学時代にかけて、家にあったクラシック全集の中でバッハのこの曲を一番よく聴いたと思う。それからショパンの練習曲。ステージでは音楽に連動して7つの光が乱舞する。乱舞が一段落すると、バックミュージシャンが登場。
 センターマイクを真ん中に、上手が長井ちえ(ギター)、下手に瀬田一行(ギター)、ちえさんの後方にベースの渡辺建! 一番下手側がキーボード・斉藤浩哉、二人の後方にドラム・渡辺慎。
 ショーケン本人が次はフルバンドで、と語っていたことから、今回のライブの楽しみはメンバーが誰になるのかということだった。しかし、ツアーが始まるまで、何の情報も伝わってこなかった。
 Sさんの初日レビューでやっと詳細がわかったのだが、もし何も知らなかったとしたら、ショックを受けたかもしれない。なぜキーボードが篠原信彦ではないのか。どうしてコーラスにAHaちゃんがいないのか。次なるフェーズになったということで二人は降板したのだろうか。予定どおりだったのか。ベースの渡辺建さんには拍手喝采なのだが。
 ツインギター+ベース+キーボード+ドラムスのシンプルな編成。
 5人が定位置についてから、青いシャツを着たショーケンが登場した。
 場内がどよめく。
「ショーケン!」
「ハギワラ!」
 青いシャツが似合っていた。何よりシンプルなのがいい。
 昨年は、まるで着せ替え人形みたいに衣装をとっかえひっかえしていて、おまけにどこかお仕着せの感じがした。似合っているとはいえ。
 身軽になったショーケンが軽快に「神様お願い!」を歌いだした。


 この項続く




 承前

2011/09/22

 「萩原健一 ―LIVE2011 DEEDS,NOT WORDS―」(赤坂BLITZ)

 今年のライブは〈ANGEL or DEVIL Ⅲ〉ではない。新しい名称になっていた。〈DEEDS,NOT WORDS〉。「不言実行」という意味だそうだ。イメージ的にはこれまでは助走で、今回は離陸(飛行)になるのだろうか。
 フライヤーもこれまでとは一線を画していた。はっきり言って過去2回のそれは素人がデザインしたみたいなものだったので。
 名古屋を皮切りに京都、大阪、東京(赤坂)と続き、ラストが横浜。赤坂にするか横浜にするか、一瞬悩んで赤坂にした。赤坂BLITZは一階はスタンディング、二階が指定席だ。できれば二階の最前列の席にしたい。ゆっくりじっくり鑑賞するには最高ではないか。

 考えることは皆同じだった。チケット販売2日めにチケットぴあで予約しようとしたら、2階席は完売していた。仕方ない、1階スタンディングの一番後方で鑑賞しよう。最前列で片手振り上げながら、一心不乱になるより、ある程度の距離を置いてショーケンのパフォーマンスを堪能したい。ステージに向かって「ショーケン!」とも「ハギワラ!」とも叫べないけれど、決して醒めているわけではない。自分なりのノリを大切にしたいだけだ。

 チケットは後日セブンイレブンで手に入れた。
 この時点では知らなかった。チケットに整理番号がついていることを。
 2003年のライブツアーの最初はSHIBUYA-AXだった。AXも1階はスタンディングだ。あのとき行っていたら入場の仕組みがわかったのに。初日ということでパスして、後日の渋谷公会堂に足を運んだのだ。
 今年になって初めて訪れた。娘に誘われてPOLYSICSというロックバンドのライブで。開演ギリギリだったので、整理番号なんて関係なく入場できた。
 そんなわけで、スタンディングの場合、入場時が大変だろうなあと思っていた。誰もがステージ前のスペースを確保するため、早くから並ぶのかもしれない。そういうのは嫌だ。自分は後方でいいや。一番後ろで壁にもたれて観る(聴く)ことにしよう。

 とはいえ、定時で退社すると開演時間に間に合わないので、午後休をとった。
 赤坂には何度も行っているが、TBS界隈まで足を運んだことはない。特に今の建物になってから。当然赤坂サカスも。赤坂BLITZは赤坂サカスに面した建物のひとつだった。それしてもそのあまりの変貌ぶりに驚いた。まるで違う一角。
 時間は17時。隣のスターバックスでしばしの読書。

 18時過ぎ。
 外では雨が降っている。午前中はあんなにいい天気だったのに、午後になってから雨雲が空を覆った。いつ雨が降ってきてもおかしくなかった。まあ、雨なら仕方ない。前日だったら台風直撃でライブは中止(延期)になっていたはずだから、雨くらい何てこともない。
 入口に向かうと列ができていた。当日券購入の人たちだった。
 係員が叫ぶ。
「この列は当日券を購入される方の列です! すでにチケットをお持ちの方は、チケットに記入されている整理番号順にご入場していただきますので、時間がきたらお集まりください」
 ここで初めて入場の仕方を知ったのだった。チケットを確認すると確かに番号が書かれてあった。280番だったか。
 開場にはまだ時間がある。雨のため気温も下がって寒くなってきたので、暖かいところで時間をつぶしたい。目の前に地下に降りる階段があった。降りて驚く。地下鉄千代田線への通路のほか、ビルの地下街があってさまざま飲食店が並んでいた。最初からこちらに来ていればよかったと思っても後の祭り。書店があったので、立ち読みして開場を待つことにする。


 この項続く




 9月最後の日(30日)はライブに行ってきた。といっても、横浜BRITZのショーケンではなく、錦糸町PAPPY'Sの水木ノア&フレンズ。あっ、&フレンズは正式名称ではありません。勝手に命名しただけなのでお間違いなく。
 開店5周年イベントの第一夜(3夜連続)の出演者として、ノアさんがいつものメンバーを従えて(ドラムスが初顔だった)トリを飾った。新曲(?)「さよなら」が僕の琴線にグッときた。ベースを弾いている常盤さん、あの髪、あの眼鏡ぜったいみうらじゅんですよ。タイからの留学生チョーさんのギターは相変わらずいい音色! 
 ノアさんには29日のイベントのラストでミニミニミニライブをやってもらう予定です。

 ひとつ前に登場したクラシック・ロックのバンド、フライングブイのギター演奏がメチャクチャかっこよかった。ギタリストの容貌(漫才師おぼんこぼんのおぼんを長髪にしたような)との落差が魅力。ちなみにクラシック・ロックって、60年代、70年代のロックという意味。クラシック音楽とロックの融合?なんて構えていたら「ホテル・カルフォリニア」を演奏してくれて「そういうことか!」。

 1日(土)は映画サービスデー。地元シネコンで「モテキ」にしようか「セカンドバージン」にしようか、はたまた「コクリコ坂から」にしょうか、19時台に上映される映画の中から選択しようと思っていた。「モテキ」「セカンドバージン」はレイトショーがあるから「コクリコ坂から」かな。

 先週発売の週刊文春、小林信彦「本音を申せば」。「日本橋バビロン」に続き「真逆」がでてきた。やはり「真逆」については違和感等々ないんだな。
 映画「モテキ」の紹介で、ミュージカルシーンを褒めていた。日本映画のミュージカルシーンで出来のいいのはマレだといい、ぱっと想い出せるのは小林旭の「東京の暴れん坊」のタイトルバックぐらいだと。「嫌われ松子の一生」のミュージカルシーンを寒くならないと絶賛していたのに、まったく触れずじまい。なぜ?

          * * * 

 承前

 続けざまに起こる映画制作の頓挫(Sさん情報によると「朝日のあたる家」の映画自体は撮影されて編集までは終わっている由)が、業界にまだ残っているショーケンタブーでなければよいのだが。CMにだって復帰しているのだから、ありえないとは思っている。

「もしかして役者が嫌がるんじゃない? ショーケンとの共演」
 冗談っぽく言う友人もいる。
 思い出した。謹慎前、ちょうどインディーズ映画の上映会に足しげく通っていたころのことだ。打ち上げには役者さんも参加する。ショーケンが話題になった。若手の女優さんが言った。「ショーケンと共演した知り合いの役者が言ってました。現場がしっちゃかめっちゃかになったって」
 ある役者さんにインタビューしたときのこと。「瀬降り物語」に出演したというので、ショーケンの印象を尋ねたらまず最初に「怖かったよ」。もちろん、その方、もろ世代だから、ショーケンを否定しているわけではない。
「怖いですか? やっぱり」
 笑うしかなかった。

 「トーク&ミニライブ ANGEL or DEVIL」で自信を持ったのか、半年後には「トーク&ミニライブ ANGEL or DEVILⅡ」を開催した。バックがフルバンドではなかったものの、もうミニライブではなかった。とはいえ、喉の状態を考えたら、音楽活動には限界がある。週刊誌で特集されたときに、「来年(2011年)はフルバンドでライブをやりたい」と語っていたが、あくまでも役者稼業があってこその活動だと思った。
 かつてのライバル(?)ジュリーは今や活動を音楽だけにシフトしている。ビジュアル的にはかなり恰幅がよくなってしまって、トップスター時代の美青年ぶりを知る者にとって、ちょっと残念ではあるのだが、声量はまったくというほど変わっていない。歌手はこうでなくては。

 僕はある時期からショーケンを役者とか歌手を超越した存在だと認識するようになった。真の意味でアーティストなのではないかと。
 ただし、喉の状態が悪くなって(いわゆる声の裏返りが頻繁に見られるようになって)からは、歌うことによる表現(パフォーマンス)は期待しなくなった。もしかすると演技だってあの声だとどうなるかわからない。最悪の事態も頭をよぎったが、謹慎が奏功して極端な裏返りはなくなった。もちろん、毎日の手入れは今も欠かさないだろう。だからこそライブによって喉を酷使してもらいたくない。今の喉の調子を演技の方で有効活用してもらいたい。そう願っているのだ。
 ちなみに声の裏返りは昔からのショーケン節のひとつ。その裏返りが頻繁になって、元に戻らないのが問題だった。

 しかし、年が明けても、映画の話に進展がない。サントリー関連のCMでしか姿が見られないのはさびしかった。
 映画がダメならTVドラマはどうなのか。ゲスト出演とか。いわゆるショー的な番組には出演しているのに、ドラマに登場しないのはやはり何か理由があるのだろうか。
 2011年上期に映画が公開されて、下期にフルバンドによるライブ開催。なんてことを想像していたのだが、叶わなかった。
 9月のライブツアーの情報を入手したときは、そんなわけで、これまでのような感激はなかった。
 いや、ライブが観られるのはうれしい。うれしいけれど……とても複雑な気分で。


 この項続く




 ショーケン主演の映画の企画は、なぜことごとくつぶれてしまうのか?
 例の恐喝事件で謹慎した後、ショーケンは鮮やかに復活した。「TAJOMARU」できっちり存在感を示してくれたのだ。映画自体は、「きいちご賞」を受賞してしまいかねない出来だったけれど。
 「トーク&ミニライブ ANGEL or DEVIL」では、喉の調子もよくなって、往年のライブに近いステージを魅せてくれた。2003年のライブは悪夢だったのだ。そう割りきることができて。
 ファンは歓喜した。
 完全復活まであと少し。
 次は主演だ。映画でもTVドラマでもいい。助演じゃないギラギラする演技を魅せてくれ。

 実際、主演映画「ナオミ」の撮影が控えていたはずだ。劇中で披露するソシアルダンスを習い、その模様は週刊誌のグラビアで紹介され、「トーク&ミニライブ ANGEL or DEVIL」では先生を相手に踊ってみせた。
 にもかかわらず、いつのまにか映画は制作が頓挫。映画は牧師に扮する「朝日のあたる家」に変わっていた。その映画もその後の状況が聞こえてこない。いったいどうなっているのか。

 映画の企画がつぶれるなんてことはよくあることだ。これまでだって、ショーケン主演の企画はいくつも消えている。しかしGOサインが出れば、よほどのことがない限り(たとえば制作会社が倒産したり、出資がご破算になったり、とか)作品は完成するのではないか。「ナオミ」や「朝日のあたる家」はまだ企画段階のものだったのだろうか?

 どうしてこんな企画が通るの? こんな作品が制作されているの? 公開されるの?
 そんな映画が多い、ような気がする。
 別に香取慎吾が嫌いなわけではないが、最近の主演する映画がそんな感じなのだ。
 いいのかなあ、と思う。だって、あれではコスプレ俳優でしょう?
 映画「座頭市」にはあきれてしまった。何度でも書く。誰が香取慎吾主演で映画にしようと考えたのか。まわりは反対しなかったのか。
 「こちら亀有公園前派出所」が映画化されたときも理由がわからなかった。TVドラマが高視聴率で大人気だったというのならわからなくはない。低視聴率でなんだかんだ叩かれたではないか。低視聴率でも内容がよかったというわけでもない。
 香取慎吾が主演するなら、出資するという企業があるからなのだろう。
 結局そうとしか考えられない。

 話を戻す。
 「ナオミ」「朝日のあたる家」の挫折(なんですよね、中止になったというニュースはないのだが)は、プロデューサーが資金を調達できなかったとしか考えられないのだ。
 あくまでも個人的な推測だけれど。


 この項続く




2010/11/01

 「萩原健一 トーク&ミニライブⅡ ANGEL or DEVIL」(なかのZERO 大ホール)

 前々項から続く

 ゲストにはまるで期待していなかった。横浜は梨元さんの娘だった。素人に毛が生えたような人にショーケンとのトークを盛り上げる力などなく、ショーケンだって話術にたけているわけではない。梨元さんの話題でいくつか会話のキャッチボールがあっただけであっけなく終了してしまった。これは別に彼女のせいではない。
 その後、名古屋、大阪も同じだったらしいので、「誰だろう?」なんてワクワク感は皆無。だから「ゲストは小堺一機さんです」と紹介されたときは驚くと同時に喜んだ。こりゃ、トークがはずむぞ。会場もどよめいたような気がする。

 少し前にパーティーで一緒になって話したことが今回のゲストにつながったらしい。
 小堺さん、そのときの会話を得意の物真似をまじえて再現する。大爆笑。
「あのとき、すごい失礼なこと言ってしまったんですよね」
 パーティー時、ショーケンは小堺さんの目をじっと見つめながら話していたという。その目つきについ訊いてしまった。
「クスリやめられたんですよね」

 世代だから、テンプターズ時代からショーケンの活躍を知っている。役者に転向してからは映画もTVも観ているようだ。こりゃ中身の濃いトークショーになるなと次の展開を期待していた。小堺さんが「太陽にほえろ!」だか「傷だらけの天使」の話題をしようとすると、ショーケンがストップをかけた。  
 ショーケンにとっては70年代の作品に関する話はもううんざりなのだろう。ファンにすれば何度聞いてもうれしいものだが。
 腹八文目どころか、五、六文目といったところで小堺さん退場。もう少しトークしてもよかったのに。これは予定どおりなのか否か。小堺さんがゲストなら、大きなサイコロを用意して、ファンが気になっていることを代表して訊くということもできたのに。新作「ナオミ」はどうなったのか? 「約束」のリメイクは本当に自身で監督するのか? 市川森一脚本の旅情を描く映画は? 「傷だらけの天使」の映画化は? フルバンドにコンサートは? これなら30分、40分なんてあっという間に経ってしまう。 

 「シャ・ラ・ラ」の大合唱では、小堺さんを引っ張り出してきて、AHaちゃんをお供に客席の通路を一周。4列31番が通路に面している。隣の女性はあわてて通路に向かって飛び出していった。ショーケン、横浜がそうだったように中野でももみくちゃだった。

 シャ・ラ・ラ


 知っているなら一緒に歌ってくださいと言って、歌いだしたのはテンプターズ時代の代表曲2曲。
 「R」で「神様お願い!」を、「ENTER THE PANTHER」で「エメラルドの伝説」を解禁した。「神様お願い!」を歌いだしたのは理解できる。メンバーのオリジナルだし、ローリングストーンズを意識した楽曲だからだ。が、なぜ「エメラルドの伝説」なのか? いかにもなおとぎ話風ラブロマンス、もろGSサウンド。テンプターズ時代は地獄だったと切り捨てるショーケンは絶対取り上げない楽曲だと思っていた。もちろん、僕自身は「神様お願い!」も「エメラルドの伝説」も大好きだけれど。
 横浜のときは、新アレンジの「神様お願い!」に度肝抜かれた。イントロからはまるで「神様お願い!」だと想像できない。CDを聴くうちにお気に入りになった。ウエストコーストのロックンロールという感じ、しませんか。
 ラストはショーケンのテーマソングとでもいうべき「ショーケン・トレイン」。
 ライブではお馴染みになった、バンドメンバーを引き連れてのステージ一周。いつものパフォーマンスのあと、ショーケンが全速力でステージを駆け巡った。思わず拳を握り締めた。
「ショーケン、本気なんだ」
 胸に熱いものがこみ上げてきた。

 声の調子は「ENTER THE PANTHER」と比べると格段に良くはなっているが、全盛期には及ばない。それは仕方ない。心配なのは声が裏返ったまま、もどらないときがあるときだ。
 ショーケンの声の衰えを声の裏返りと表現する人がいる。言葉が足りない。裏返りは演技でも歌でもショーケン節の魅力の一つだった。歌ならば、裏返って高い声を極めたとたん、すぐにドスを効かせるような、まるでジェットコースターみたいな高低自由自在な歌唱にゾクゾクするわけだ。それが裏返ったままだとたまらなく不安になる。声が震えていたりすると喉を酷使しないで祈りたくなる。
 横浜のときは、一番前だったこともあり、歌い終わるたびに、喉の薬をシュッシュしていたのを目撃している。
 
 まあ、とにかく。
 ショーケン、フラフラ。
 全員ソデに消えた。

 エメラルドの伝説/神様お願い!/愚か者よ/ショーケン・トレイン(9月25日吉日、友の結婚)


 さあ、アンコールだ。ずっと手拍子をし続ける。最初は全員が立ち上がっていたが、一人、二人と座っていき、立っているのは(まわりでは)僕と隣の女性だけになってしまった。どうして皆座るんだよ! 少々毒つきたかったが、このままだと後ろの席の人がステージを見づらいなと思って、あわてて着席した。続いて女性も。
 舞台にはショーケン以外のメンバーがそろった。
 AHaちゃんが巫女になって、天上の神を呼んでいる……  

 ショーケンが客席から現れるのは、名古屋、大阪の情報で皆知っている。誰もステージなんて注目していない。
 どこから現れる? スリリングな瞬間。
 スポットライトが当たった。な、なんとショーケン、2階席に立っていた。
 ステージでは「フラフラ」の前奏が始まった。
 ショーケン、すぐにドアの外へ消えると、そのまま裏の通路を走ってきてステージに登場した。
 客席の歓声! ボルテージは最高潮!
 個人的には、あのまま2階席で「フラフラ」を歌えばもっと感激したのにと思っているのだが。
 ……ボブ・マーリーよろしく、ショーケンの「ヨォー」に応える客席。その繰り返しで最後に三本締めならぬ四本締め(?)。

 ANGEL or DEVIL/フラフラ(春よ来い)

 本当のエンディングがやってきた。時計を見ると20時ちょっと前。エントランスに飾ってあるポスターには18時30分~20時30分と明記したあったのに。トークの時間が短くなっているのだろう。まあ、ショーケンにはトークショーは似合わないし。だいたい2時間あのパフォーマンスやったら、ぶっ倒れるよ。 
 メンバー紹介のあと、ちょっと長めの挨拶。カンペの力を借りたのはご愛嬌。
 今を生きていると、だから皆さんも明日を楽しい一日にしてください、と。
 胸にしみた。
 そう一週間先、自分がどうなるかわからない。自分だけでなく、明日だって本当のところわかりゃしないのだ。だからできるだけ触れ合いたい。もうライブはいいかな、と思ったけれど、考えを改めた。

 帰り支度をしていると、「君が代」が聞えてきた。ショーケンの声だ。何かの式でショーケンが歌ったという。週刊現代ではグラビア特集に「ショーケンが国家を歌う時代」というタイトルがつけられていた。
 高校時代のラグビー部顧問で、現代国語のM先生が、授業でこんなことを言った。
「『君が代』は『古今和歌集』の読み人知らずの作品なんだ。地方の誰だかわからないような人が天皇のことなんて詠むものか」
 以降、このスタンスで「君が代」に接している。

 充実した1時間30分強だった。


 Gt:瀬田一行 Gt/Chor:長井ちえ Vocal/Chor:AHa
 Key:篠原信彦
  □
 Bess:石川信二 Dr:堀越彰 
 Sax:鈴木アキラ


 タイトルの「ANGEL or DEVIL」、ふと黒澤明の言葉(本のタイトル)にも由来しているのだろうかと思った。

  天使のように大胆に
  悪魔のように細心に




2010/11/01

 「萩原健一 トーク&ミニライブⅡ ANGEL or DEVIL」(なかのZERO 大ホール)

 承前

 横浜のとき、ショーケンの隣でギターを弾く長井ちえの貫禄に圧倒された。別にちえさんが太ったとか歳とったとかいうのではない。余裕、だろうか? 全身から自信がみなぎっていて、ギターの構え方、指さばきに思わず「姉御!」と跪きたくなる。年齢は彼女の方が下だろうけれど。 音もよかった。
 ほんとすぐ目の前ですからね。
 髪が伸びたショーケンは注目の的だったけれど、イライラしている姿を何度も目撃するのは辛いですもん。返しのイヤフォンの元が外れて右往左往したり、もっと音量上げろと舞台ソデ(のスタッフ)に伝えるも反応がなくて鬼の形相になったり。
 ブルースハープをジャケットのポケットにしまおうとして、上手い具合に開かなくて何度もやり直したり。これはニヤニヤ。

 今回はそんなシーンは皆無だった(と思う)。正面にはショーケンがいるのだから始終見つめていた。基本は白のシャツに白のパンツ。それに様々なジャケットやマフラー(?)を組み合わせていく。
 大好きなナンバーばかりだ。
 前回は視界の外だった瀬田さんもしっかり確認。銀座のときはテリー伊藤だったけれど、今回はもっとワイルドなちゃぼ、かな。

 ショーケン、「ぐでんぐでん」を歌いながら斜め下ばかりを見つめている。あれ、もしかして? やはりそうだった。カンペを見ていたのだ。カンペに頼るショーケンを初めて見た。少なくともこれまで見たコンサートでは。
 そんな姿にニヤニヤしてしまった。ショーケンが歌い終わってソデに消えたとき、隣の女性が笑いながら僕に言う。「カンペ見ないでよ、ねぇ?」
 すかさず僕が答えた。「でも、あの距離から字が読めるってすごいですよ」
 老眼だったらつらいのではと思ったのだ。字の大きさがどのくらいか、わからないけれど。
 この数年、自分がなったから推測できる。近眼だから裸眼なら何でもない。コンタクトレンズをするととたんに本の字がかすむ。コンタクトして老眼鏡して。何それ!


 テンダーナイト/GOD BLESS YOU(去年の暮れー予感)/Ah! Ha!/ぐでんぐでん


 そういえば、横浜の(前述の)女性から訊かれた。「どうしてそんな冷静でいられるの?」
 十分熱いって。でも、陶酔するまでにはいかない。たとえば「ANDREE MARLRAU LIVE」でも一番前の客はステージにへばりついて、両手を挙げて一心不乱で「ショーケン! ショーケン!」と叫んでいた。
 とてもじゃないけれど僕には真似できない。ショーケン節、パーフォーマンス、バックの演奏。すべてを体感するにはもっと醒めていなければ。
 そういう意味では一番前の席はいい席とはいえないのだ。4列中央付近はいい距離だと思ったが、実際行ってみたらもっといい席があった。2階の一列目だ。ステージのすべてが見渡せる! 立たなくていい! なんて、そんなわけにはいかないけれど。

 今回のステージングについては、半分はコーラスのAHaちゃんにゆだねられている。銀座に比べて驚くほど前面に出ていた。デュエットというか掛け合いの「54日間、待ちぼうけ」なんて衝撃だった。横浜ではあまりの衝撃で落ち着いて聴けなかった。CDでは途中で涙がでてきた。AHaちゃんのヴォーカルはファンの声を代弁している。

 ♪お願い みんなのもとに 返して


 大阪で生まれた女/ラストダンスは私に/54日間、待ちぼうけ/ハロー・マイ・ジェラシー

 どなたかのブログで彼女のヴォーカルを含めてそのアレンジを歌謡曲っぽいと評してた。
 だとしたら叫びたい。「歌謡曲、上等じゃないか!」


 この項続く




2010/11/01

 「萩原健一 トーク&ミニライブⅡ ANGEL or DEVIL」(なかのZERO 大ホール)

 承前

 6時30分。ほら、音楽とともにショーケンの煽りが聞こえてきたぜ。

 ――なのだが、時計の針をちょっと巻き戻す。
 4列め(の席の)中央付近、僕の左右にはまだ誰もいなかった。しばらくして女性が一人左隣に座った。空席の列に男女が並んで着席している姿を想像してほしい。
「何も知らない人からみると、私たちカップルみたいですよね?」
 冗談まじりに話しかけてみようと思った。やめた。だいたい僕に見知らぬ女性に声をかける勇気なんてあるわけない。無視されたら傷つく。何より下心がありそうに思われたら心外だ。相手が二人連れならたぶん「横浜は行かれましたか?」と訊いていただろうけれど。「わたしに声かけないで」オーラを発していたことも要因か。どうして一人で来たのだろう? と思えるタイプなのだ。

 始まる直前にNさんが僕の前を通って、左隣の隣の隣あたりに着席した(たぶん列のまん真ん中)。通ったときに目があって挨拶。横浜のとき終演後に知り合った。HNはSさんのサイトのコメント欄でよく目にしていた。名前からてっきり男性だと思っていた。Nさんが隣の女性にも挨拶した。知り合いらしい。ショーケンファンの人間関係ってけっこう狭いのではないか?

 それにしても人は見かけで判断してはいけない。
 ショーケンがステージに登場するやいなや立ち上がった(立ち上がるのは当然)と思ったら、思いっきり「ショーケ~ン!」。もう叫ぶ、喚く。さっきまで醸し出していたおしとやかなイメージはもうなかった。

 横浜のときも開演前からステージ全体が見渡せた。2月の銀座同様、篠原さんはグランドビアノを弾くものだと思っていた。が、ステージには見当たらない。キーボードの類がないのである。えっ、篠原さんピアノ弾かないの? そんなわけないだろう。篠原さんが登場してわかった。真正面に一段高く鎮座していた茶色の四角い物体がハモンドオルガンだったのだ。客席からだと鍵盤がまったく見えないので(まさに立方形の物体に見えた)、それがキーボードだと思えなかった。
 当然今回も同じ位置にハモンドオルガンがあって篠原さんが座る。
 オルガンを中心に、上手に長井ちえさん、下手に瀬田さん。
 ショーケンが現れると場内全員が総立ちになって、怒涛のライブが始まった!

 何の曲をどんな順番で歌うのか。「ENTER THE PANTHER」のときは手帳片手に曲名とステージの印象をすばやくメモしていたが、トーク&ミニライブでは必要がない。入場時に購入したCDに収録された曲が収録された順に披露されるわけだから。

 銀座のときは会場内だけしか販売しない、「2010LIVE記念盤」と銘打たれたミニアルバムだった。収録曲は5曲。「愚か者よ」「AH! Ha!」「シャ・ラ・ラ」「ハロー・マイ・ジェラシー」「HE IS COMING(ショーケントレイン)」。
 このアルバムを私家版だとすれば、今回のライブにあわせてリリースされたCDはインディーズ盤だろうか。ショーケンのライブアルバムにはお馴染みの「イントロダクション」から「フラフラ」まで全16曲が収録されている。私家版からの流用もあるので新たに録音されたのは11曲か。

 イントロダクションのあとの「テンダーナイト」。「DONJUAN LIVE」にガツンときたものにはやはりオープニングはこの曲でなくちゃ。
 初めて生のコンサートだった「R」も、13年ぶりの「ENTER THE PANTHER」も、2月の「ANGEL or DEVIL」もすべて短髪だったショーケン。やっと髪を伸ばしてくれた。
 このときを待っていたんだ!  
 
 この項続く




 「龍馬伝」。第45話「土佐の大勝負」。熱かったなあ。後半、ずっと目頭熱くしていた。涙が一筋二筋。かみサンも娘もいないので、流れるままにしていた。後藤象二郎(青木崇高)がいいのだが、山内容堂(近藤正臣)の目にやられた。あの流し目(?)に!

          * * *

2010/11/01

 「萩原健一 トーク&ミニライブⅡ ANGEL or DEVIL」(なかのZERO 大ホール)

 なかのZEROはインディーズ映画の上映でこれまで何度も足を運んでいる。最初は地下の視聴覚ホールばかりだった。続いて小ホール。小ホールといっても実際に中に入ると驚いてしまう。キャパは500だから中ホールの名称の方が似つかわしいのだ。
 大ホールにはこれまで縁がなかった。いや、一度だけ映画の試写会で訪れたことがあるか。洋画だった。確かホラー映画。調べてみたら「ロードキラー」だった。

 渋谷で「死刑台のエレベーター」を観て、中野へ。かなり早く着いたので中野ブロードウェーで時間をつぶす。一番お気に入りの古書店が見当たらない。閉鎖されたのか? 別の場所で小さな古書店を見つけた。かなり好みの本が揃っている。まだまだ時間はあるがなかのZERO方面に向かう。

 中野駅南口を出て新宿に戻るように線路脇の道を歩いていくとなかのZEROがある。いつも時間があると、途中の「ドトール」でコーヒーを飲みながら読書することにしている。今回もそう。ブレンドコーヒーとスパイシードッグを注文して入り口近くに着席。禁煙席は奥にあるのだが、喫煙しているときからの特等席なので。目の前に道路が見える席に座って通り過ぎる人たちを眺めるのも楽しい。
 前日から手に取った「勝新 役者バカ一代」を読み進めた。ふと〈ショーケン〉という声が聞こえてきた。隣のカップル(会社の先輩、後輩関係?)、後ろの3人組(男二人、女一人)もショーケンを話題にしている。みななかのZEROへ行く前の時間調整なのだろう。

 9月の横浜も一人で行ったのだが、大阪からやってきたSさんにひょんなところで遭遇した。開場前は会場近くのカフェでおしゃべり。ちょっと前に梨元さんのお別れ会があって喫茶店で読んだスポーツ記事を話題にした。Sさん、すぐさま当の新聞(切り抜き?)を取り出した。
「それ見せていただいてよろしいですか?」
 突然、隣のテーブルの女性がSさんに訊いてきた。隣に女性の二人組がいたのである。全然気にしていなかった。
「どうぞ、どうぞ」
 テンプターズ時代からのファンの二人。同世代、かな? 以降4人でショーケン話に花を咲かせる。
 開場されて、一番前の席(の端の方に)座ったたら、後ろがこの女性たちだった。あーら、まっちゃんでべそがちゅうがえり。
 11月の中野にも行くと言うので、じゃあまた会場で会いましょうと終演後に別れたのだった。

 開場にはまだ時間があるが、なかのZEROへ。先の二人に会えるかも。故大口広司ファンさんにも。もしかしたら2月に意気投合したMさんも夫婦で来ているかも。
 誰にも会わずにホールの中へ。4列29番。ほとんどステージ真正面。横浜の一番前よりぜったい良い席だ。通路に挟まれた列には誰もいなかった。

 開演前のステージはあこがれの的だ。コンサートに行き、幕がないといつも思う。
 真ん中にハモンドオルガン(というのを横浜のライブで知った。、ああ、あれが!)、左右にEGが。それぞれ数台。BGMが耳をとらえる。あとわずかで始まるライブに胸をときめかす。ある意味至福なときかもしれない。

 6時30分。ほら、音楽とともにショーケンの煽りが聞こえてきたぜ。

 
 この項続く
 



2010/10/22

 「日本映画[監督・俳優]論」(萩原健一・絓秀実/ワニブックス【PLUS】新書)

 承前

 監督が自分の強い願望で作った作品よりも、あまり乗り気にならないようなものの方が、結果的に出来が良い。と、ショーケンは言う。黒澤監督なら「乱」より「影武者」の方がいい。神代監督なら「離婚しない女」より「恋文」だと。
 同じことは役者についてもいえるのではないか。「幕末太陽傳」のフランキー堺がいい例だと思う。

 それはともかく、神代作品の中で一番出来がいいと思っている作品は? の問いにショーケンは「もどり川」だと答える。自身の大麻事件がなければもっと話題になったし評価もされただろうと。
 この映画もあの大騒動ですっかり嫌気がさして自分の中で封印してしまって、5年前にやっとスクリーンで拝見した。ショーケン×神代辰巳の総決算という意気込みは十分感じる。が、あまりに肩の力が入りすぎていないだろうか。このコンビの魅力はもっと軽やかなところにあると思うのだが。

 池部良が亡くなったとき、追悼の意味もあって、「傷だらけの天使」のDVDを取り出して観た。第4話の「港町に男涙のブルースを」。監督が神代辰巳だった。本書でも語っているが視聴率が最悪だったという。そりゃそうだろう。久しぶりに観て思ったものだ。これを始まってすぐに放映したら、ヘビーな映画ファン以外は引くって。
 ちなみにこの第4話と第3話「ヌードダンサーに愛の炎を」はかなり女性の裸が露出する。午後4時からの再放送ではそこが問題にされてしばらく放送禁止(自粛)になったいわくつきの作品である。

 「傷だらけの天使」とともにファンの間でいまだに語られるTVドラマが「前略おふくろ様」だろう。第2シーズン開始前、ショーケンは取材に対してこう応えていたのを覚えている。
「おんなじことしたって意味ないからね。倉本さんにはそう伝えてある。もし第3弾やるっていったら縁切るから」
 その理由が第三章でわかる。倉本聰のエッセイに書かれたショーケンの「故郷に錦を飾る」の〈錦〉を〈綿〉と読んだエピソードは作り話だったのか。倉本聰との距離を置くようになったドラマの内容。とすると、芸術祭参加のスペシャルドラマ「町」はどう思うだろうか。
 もちろん、この章でショーケンは倉本聰を否定してるわけではない。黒澤監督の倉本脚本への物言いに反発する姿は頼もしい。

 蜷川幸雄と芝居ではなく映画をやりたいという気持ちもわかるような気がする。ショーケンにとって舞台は歌なのだ。歌はバックバンドを従えた一人芝居ではないか。
 「竜馬を斬った男」は柳町光男監督作として観たかった。なぜ柳町監督から山下耕作監督にスイッチしたのか。映像京都(西岡善信)を否定されては仕方ない。

 大きく頷いたのは、「第五章」で映画とテレビの関係はどうだったかという質問に対するショーケンの回答。「偏見はなかった」
 抵抗感はあった。でも、それは映画とテレビの違いというより、スタジオドラマは窮屈だということ。外でやりたい、ロケの撮影が好きだった。だから大河ドラマに出演したい気持ちは「全然なかった」。
 とはいえ、「傷だらけの天使」でも「くるくるくるり」でも「前略おふくろ様」でもショーケンの魅力は変わらない。
 劇映画(35ミリ)とTV映画(16ミリ)、TVドラマ(ビデオ)を何の境目もなく自由に行き来したショーケン、70年代はそこがとても新しかったのだ、と今にして思う。

 劇映画に限っていえばショーケンは文芸ものが似合っている。絓秀実が中上健次とショーケンを重ねあわせるのは次作への予兆だろうか。




2010/10/22

 「日本映画[監督・俳優]論」(萩原健一・絓秀実/ワニブックス【PLUS】新書)

 承前

 黒澤明(第一章)、神代辰巳(第二章)のあと、これまで一緒に作品に取り組んだ監督たちについて語る第四章でやっと市川崑監督「股旅」が話題になる。
 「股旅」は市川崑監督後半のフィルモグラフィーの中で個人的にベスト3に入れているくらい大好きな作品だ。またショーケンがショーケンらしさを発揮しているという点でも忘れられない。「約束」「股旅」「青春の蹉跌」は僕の中でショーケン初期3部作に位置づけされているくらい。
 さぞや市川監督にも作品にも思い入れがあるのでは? なんて期待していたのだが見事に冷水をかけられた。まるで評価していないのだ。興味がないと断言している。ショーケンが撮影中に蜂に刺されたとき崑監督から「大丈夫か」と声をかけられていたら少しは印象が違ったのか。

 ずいぶん昔になるが、書店で小倉一郎の本を見つけ「股旅」の撮影中にショーケンと大喧嘩したエピソードを興味深く読んだことがあった。数年前、知り合いの役者さんの誘いである芝居を観劇した。終わってから飲み会になったのだが、その中に小倉さんがいた。たまたま席が隣になったもので、喧嘩の真相を訊いてみた。
 要は監督志望の小倉さんが向学のために演出や撮影について崑監督から教えを受けたと、それが面白くなかったのではないかと。カメラも覗かせてもらったと言っていたような。同じように映画監督を志望していたショーケンは扱いの違いにカチンときたのではないか。 
 たぶん、市川崑監督への憧れがあった小倉さんと、そうではない(始終突っ張っていたであろう)ショーケンの態度の違いによるものなのかもしれない。そりゃ、自分に好意的な人には優しくなれる。
 でも、天邪鬼な僕にはショーケンの、「おいこの野郎、監督におべっか使うんじゃねぇぞ」という気持ちもわからなくはない。

 「影武者」撮影時は、何しろ憧れの監督だからかなり尊敬のまなざしで黒澤監督に接した。勝新太郎は映画人としてのキャリア、また単なる俳優ではない、監督としての実績もつんでいる自負もあって、すべてを委ねる対応ができない。ゆえに、黒澤監督は撮影中にあれこれショーケンに意見を求め、勝新には「監督は二人いらない」的な発言になってしまったのではないか。勝手な推測だけれど。
 「股旅」撮影時も、監督の冷たい仕打ちもなんのその、ショーケンがもっと胸襟を開いていたら第二、第三のショーケン主演の崑映画があったかもしれない。黒澤監督より、小品ならば崑監督の方がショーケンを活かす映画を撮っていたと思えてならなかったので。

 ショーケンが崑監督の手法をテレビのカット割りと言うのは納得できない。
 第五章で「イージーライダー」を語っているときに、二人の俳優の台詞の重なりをどう録るかを話題にする。この台詞の重なりを絶妙なカッティングで表現したのが崑監督なのだ。「悪魔の手毬唄」のとき感激したもの。リメイクの「犬神家の一族」でも見ることができる。それはテレビのカット割りとはまったくの別物と思うのだが……

 この項続く
 (ああ、4で終わりにするつもりだったのに)




2010/10/22

 「日本映画[監督・俳優]論」(萩原健一・絓秀実/ワニブックス【PLUS】新書)

 承前

 フランコ・ゼフィレッリ監督に誘われたと知って、真っ先に興味を抱いたのはどんな経緯でショーケンにオファーしたのか、ということ。すごいアプローチだったらしいから、何かショーケン主演の映画を観たことは確かだろう。「股旅」じゃないかと推理するのだが、そこらへんについてはまったく言及されていない。

 衝撃的な事実は「影武者」でも紹介されている。もともと主演に中村翫右衛門を予定していたとか、信長役が渡辺貞夫だとか。どこまで本当なのか。野上照代の「天気待ち」(文春文庫)とはまったく違う内容。確か「天気待ち」には信玄と影武者を若山富三郎と勝新太郎に演じさせる予定だったと書いていたはず。若山富三郎が黒澤監督と勝新太郎が仲違いすることを予想してオファーを断ったために、勝新太郎の二役になったと説明していた。
 ショーケンの話は、たぶん本当なのだと思う。本当というか、まだ製作が、キャスティングが確定していないころの会話のキャッチボールではないかと。

 70年代後半、ショーケンはことあるごとに黒澤映画への憧れを口にしていた。黒澤監督を崇拝していた。念願かなって「影武者」への出演が決まってからというもの、映画に対する入れ込み方は尋常ではなかった。
 にもかかわらず、映画が完成してからというもの、準主役のショーケンの評判は芳しくなかった。あまりの悪評に封切時はもちろんのこと、ビデオも観なかった。ずっと自分の中で封印していて、数年前にやっとDVDを手にとったほどだ。

 黒澤監督とショーケンとは相性が悪かったのだ。そう長い間思っていた。ショーケンの黒澤監督、黒澤映画に対する思い入れに相反して、黒澤映画ではショーケンの魅力は発揮できないのだと。
 その証拠にその後の黒澤作品には出演してないのではないか。根津甚八は「影武者」に続いて「乱」にも重要な役で出演している。「乱」で黒澤映画に初出演した原田美枝子は「夢」にも出演した。もし監督自身の手で映画化されていれば「海は見ていた」のヒロインも演じていたかもしれない。
 ショーケンの場合は、「影武者」後黒澤作品への出演の話はまったく聞こえてこなかった。監督自身が「影武者」でショーケンを見切った結果ではないか。そう勝手に推測していたのだ。

 それもどうやら違うらしい。黒澤監督にはあともう一本やろうと誘われたにもかかわらず、金銭的理由で首を縦にふらなかったというのが真相らしい。黒澤映画がインしたらそれだけにかかりっきりになる。「影武者」は約3年没頭した。そんなこと何度もできるわけがない。
 これもある意味正しくて、でも真実ではないような気がする。もし「影武者」におけるショーケンの評判が良かったら喜んで「乱」に出演したような気がする。苦労して、それこそ死ぬ思いで出演して完成させた「影武者」で、評論家から「ショーケンが何言っているのかわからない」なんて言われたらそりゃかなりショックだろう。

 撮影時の、黒澤監督に対する愛憎半ばする気持ちが垣間見られたのもうれしい。「あんた何様?」という反発心、と同時に自分みたいな若造に天下の巨匠が撮影時あれこれ意見を求めてくる不思議さ。
 もし黒澤監督が、ショーケンに対する姿勢を勝新太郎にも見せていたら、あの降板劇はなかったかもしれない、と思えてならない。

 黒澤監督の勝新太郎に対する態度は、もしかしたら「股旅」撮影時の市川崑監督がショーケンに見せたのと同じだったのはないか。

 
 この項続く




2010/10/22

 「日本映画[監督・俳優]論」(萩原健一・絓秀実/ワニブックス【PLUS】新書)

 本書が出版されると知ったとき「ショーケン」の影響だなと思った。「ショーケン」は自伝という触れ込みだったが、ショーケン自身が絡んだ70年代から90年代にかけてのTV映画・ドラマ、映画のうちあけ話という側面もあって実に興味深かったのだから。
 その部分にスポットを当ててショーケンに取材する映画評論家がいてもいい。
 しかしなぜ共著者が絓秀実なのか? 

 絓秀実は文芸評論家である。「それでも作家になりたい人へのガイドブック」の著者として、同じく文芸評論家の渡部直己とセットでインプットされている。上梓されたころ図書館で借りて読んだような。
 名前を覚えたといってもあくまでも字面。絓の読み方を知らなかった。〈すが〉と読むんですね。漢字の読みを知らないということは、「それでも作家になりたい人へのガイドブック」を読んでいないのではないか。まあ、いいや。

 なぜ? については冒頭で理由がわかる。キーワードは中上健次。ショーケンと中上健次の生い立ちが似ていて興味を持ったようだ。ショーケンはショーケンで中上健次の奥さんから小説の映画化作品の監督を依頼されたことがあったといい、もらったシナリオのあるシーンのすごさについて語る。絓秀実はすかさず「枯木灘」ではと答える。奥さん自身が二人の共通性を感じていたのでしょうと。
 ショーケンへのインタビューのあと、巻末に『百年の孤独を生きる、現代の「危険な才能」 ――つかこうへい/神代辰巳/中上健次とショーケン』と題する文章をしたためことでもそれはわかる。この文章を書きたいがためにショーケンにインタビューしたのでは? なんて詮索したくなったりして。

 いやいや、そんなことはどうでもいい。本当に興味深い話を引き出してくれるのだから。映画研究者・山本均の協力と助言の賜物だろう。

 前述の話から次の主演作に予定されている「ナオミ」(「痴人の愛」)のあるシーンになり、「ベニスに死す」に続いてもう完全に引き込まれてしまった。沢田研二の話では声たてて笑ってしまった。「カポネ大いに泣く」のハットのかぶり方!
 ジュリー主演の「太陽を盗んだ男」から「地獄の黙示録」へ。
 ああ、長谷川監督の才能を認めるのなら、一度長谷川監督作品に出演してくださいよ!

 そのあと、黒澤明監督の「影武者」の話になるのだが、ここで総毛だった。血が逆流した。「影武者」撮影前にフランコ・ゼフィレッリに誘われたと言うのだ。ショーケンも絓秀実も知らないのか、まったく話題にしていないが、あの「ロミオとジュリエット」「ブラザーサン・シスタームーン」の監督ですぜ!

 この項続く




 自伝「ショーケン」(講談社)の出版以降、ショーケンのメディアへの露出がじわりじわりと増えてきた。
 肝腎の映像作品は「TAJOMARU」の次に予定されていた「ナオミ」がポシャってしまったらしいが、ライブ活動(「ANGEL OR DEVIL」)が今年1月に引き続き今秋も開催されている。前回と違ってほとんどライブなのに〈トーク&ミニライブ〉と銘打っているのはフルバンドでないことのエクスキューズなのか。
 9月の横浜(関内ホール)に始まって、名古屋、大阪。ラストは東京(なかのZERO)。

 関内ホールのライブはツアー(?)の最初ということもあったのか、まとまりに欠けていた。シッチャカメッチャカ。この表現が正しいかどうかわからないけれど、それが率直な感想。ショーケンとスタッフの意思の疎通がうまくいっていなかったような気がする。一番前の席(の端の方)だったので、始終ソデ(のスタッフ)に向かって指示しているショーケンの表情を目の当たりにして苦笑いするしかなかった。イライラ感が伝わってくる。声の状態にも一喜一憂。

 ……ああ、書いちゃった。
 新しい発見もあった。ギターの長井ちえ。女キース・リチャーズって感じで実に堂々としていてかっこよかった。
 その後の名古屋、大阪は良くて「横浜は何だったのか?」なんていう感想もあるので、東京のラストライブに期待している。

 CM出演には驚いた。サントリーのウィスキー山崎。「TAJOMARU」の主役、小栗旬と共演している。まだ一度しか見たことがないが、ショーケンらしくて大変うれしい。

 雑誌へも頻繁に登場している。時代の証言者としての役割が大きい。つまり「ショーケン」に綴られた70~90年代の映画、TV作品への関わりに言及しているインタビューが多いように思う。
 「映画秘宝」5月号では「神代辰巳を語る」と題して取材されていた。12,000字のロングインタビュー。
 先々週あたりのTV番組雑誌(雑誌名失念!)では主にNHK大河ドラマ「元禄繚乱」について。インタビュアーがペリー荻野だった。もっともっと訊いてもらいたかった!

 「ショーケン」に影響を受けた思われる本が出版された。
 「日本映画[監督・俳優]論」だ。

 この項続く




 昨日はチネチッタ川崎にて「サヨナライツカ」を鑑賞する。普通なら絶対観ないジャンルの映画だが、何しろ原作のラストで目頭熱くなってしまったもので。
 もう何年も前になる。スクリーンで「約束」を観たときに思った。若いときの岸恵子って中山美穂に似ているなあ、と。
 そんなわけで、「サヨナライツカ」は中山美穂を岸恵子に置き換えて観ていたところがある。じゃあ、相手役の西島秀俊は誰? 決まっているでしょう、ショーケンでさぁ。まあ、ショーケンに〈好青年〉役は似合わないけどネ。でもこのふたり、「雨のアムステルダム」の関係に似ていなくはないんだよ。魅惑的な年上の女性に翻弄される青年という意味では。


          * * *

 承前

2010/01/19

 「萩原健一 トーク&ミニライブ ANGEL or DEVIL」(ル・テアトル銀座)

 中に入って席を探す。前から2列目、ちょっと右寄り過ぎるのが難だか、ステージは目の前だ。良い席には違いない。
 すでにステージではスモークがたかれ、それが客席の方まで流れでている。まるで雲海のイメージ。〈ANGEL or DEVIL〉の具現化だろうか。
 グランドピアノが上手に設置されていた。篠原さんの演奏が間近で見られる! 喜んだ。

 始まる前の生真面目アナウンス(影ナレ)に笑ってしまった。曰く「煙は演出上の仕掛けです。何かあったときには場内アナウンスでお知らせします」。そんな内容だった。舞台を浮遊するスモークにビックリ仰天する客がいるのだろうか。演出以外のこと、たとえば火事だぁなんてあわてる人がいるとは思えないのだが。一人でも驚く人がいる(と想定できる)なら、アホらしいと思ってもアナウンスは必要なのかもしれない。これもまた時代なのだ。だったら、ギャグとして笑うか、それともシラケるか。笑った方がいい。

 19時。クラシック音楽が流れスモークと光の乱舞が始まった。
 途中からショーケンの声(煽り)も聞こえてきた。さあ、本人が登場……しない。聞こえるのは声ばかり。なかなか登場しない。「Enter the Panther」のオープニングがそうだった。前戯が長いセックスみたい。「早く来てよ」女性ファンは皆やきもきしていたのではないか。いや、男性ファンも同じ。
 腕時計を確認したら15分強、篠原さんがピアノにスタンバイ。さあ、今度こそ登場だ。

 最初にトークがあって、その後、ライブだと思っていたら予想が外れた。まあ、事前にSさんから昨日の構成を聴いていたのだが。ピアノ以外はカラオケっていうのは、まったく〈らしくない〉と思った。
 1日目のサプライズはジョー山中だったという。2日目は、テリー伊藤のギターだった。冗談。でもあの帽子と眼鏡(サングラス?)を横から見るとどうみてもテリーさんだよ。わかっている、GHQのギタリスト。つまり2日目は、ピアノとギターが生になったわけだ。これはうれしい。
 ショーケンの声とパフォーマンス、「Enter the Panther」のときと雲泥の差だ。あのときどれだけ調子が悪かったか思い知らされる。喉も身体もボロボロの状態だったのだ。

 1曲目は「愚か者よ」。
 近藤真彦の「愚か者」はレコード大賞を受賞したが、ショーケンバージョンの方が断然いい。同じ曲なのに、ショーケンが歌うとタイトル(「愚か者→愚か者よ」)と歌詞の一部(「愚か者よ→愚かな者よ」)が変わる。同じ曲でも「セーラー服と機関銃」(薬師丸ひろ子)と「夢の途中」(来生たかお)ほどの違いがあるのならわかるのに、「愚か者よ」は〈よ〉があるかないか。
  どうしてそんな違いが生じたのか、井上堯之さんに訊いたことがある。地元のライブハウスに来たときだ。ライブ終了後に話す機会があった。さっそく尋ねてみた。「それがねぇ、わからないんだよね」と井上さんは笑っていた。「自由に歩いて愛して」も本家(PYG)と違う。「誰かが今、ドアを叩いた」という歌詞がショーケンバージョンではカットされているのだ。ジュリーはそのまま歌っているのに。
 「AH!HA!」は篠原さんの曲。「大阪で生まれた女」「ぐでんぐでん」「愚か者よ」の次くらいにカラオケに入った。大好きな曲だったのでよく歌った。誰も知らなかったけど。
 
  愚か者よ/AH!HA!

 2曲歌い終わって、ギタリストとショーケンがいったん下手のソデに消える。ステージに椅子が用意されると、ショーケンが女性を連れて登場してきた。ゲストの林真理子さんだ。
 篠原さんのピアノをBGMにして二人のトークがはじまったのだが、あ~やっぱり、林さん、ショーケンについて驚くほど何も知らない。今回のショーの印象が「女性客だけでなく男性客もいる、こんなに多いなんて驚いている」なんだもの、さてはドンジャンやアンドレ・マルローのライブを観たことないな。まあ仕方ないか。あたりさわりのない質問に始終した感じ。ただ最初に「(ショーケンさんが)団塊世代とかみんなの役に立ちたいとか、言うのは似合わない」と断言したのには大拍手!
 週刊朝日の対談同様、ショーケンがリラックスしていたのは確かだ。

 トークが終ってライブ再開。高橋伴明監督「ANDREE MARLRAU LIVE」の冒頭を飾る「シャ・ラ・ラ」。これも篠原さんの曲。いい曲だなあ。エンディング前には、もう一度林さんを連れてステージに現われ、そのまま客席に下りて、観客の大合唱の中を一周。林さん、夢みごごちだろうな。
 関係ないけれど「ANDREE MARLRAU LIVE」は一度劇場の大スクリーンで鑑賞してみたい。映画として堪能したいのだ。
 「ハロー・マイ・ジェラシー」ではまたまたサプライズゲスト、ショーケンの隠し子だ、いや、篠原さんのだと紹介されて登場したのは、名前忘れた。でも知っている。GHQのヴォーカル。華奢な身体に似合わない声量は相変わらずだ。ポーラ・デスモンドを彷彿とさせる。ショーケンとの息もぴったり。
 もし、フルライブとなったら、バックコーラスは彼女一人で十分なのではないだろうか。となると、キーボードは篠原さんか。いやいや、GHQがバックバンドということか。
 ラストはショーケンのテーマ曲、「ショーケントレイン」の別名もある「HE IS COMMING」。アンコールは「時代おくれ」。  

  シャ・ラ・ラ/ハロー・マイ・ジェラシー/HE IS COMMING
  時代おくれ

 熱狂のライブが終わるとステージのものがすべて片づけられた。
 大ラスは、ショーケンのソシアルダンスだ。お相手はショーケンのダンスの先生。現在、「痴人の愛」の映画化が進められていて、劇中で披露するダンスを特訓中であることはこれまでインタビューで語られていた。

 ショーケンの復活。それはこれまでもTVの「チューボーですよ!」や「ショーケンという孤独」、映画「TAJOMARU」で確信していたが、本当に生でこの目で確認できた。
 次は主演映画だ。「ギャンブルが人生だって? それは違う、人生がギャンブルなんだよ!」の執筆とどちらが早いか、競争だ!!




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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