全然新規のブログが書けない。
 続きものがいくつかあるのに手がつけられなくて、自分でもあせっている。

 昨日は、BC二十世紀の毎月恒例「日曜ぶらり寄席」。
 これまで一度も雨にたたられたことがなく(降っても、始まる前に止んでしまう)、出演の立川寸志さんに「晴れ男」の勲章を与えていたのに、今回は止む気配がなかった。
 ということで、これまで開演前は高座にあがる着物姿でチラシ姿にはげんでいた寸志さん、今回は私服で雨に濡れながらの呼び込みとなった。
 雨にもかかわらず、今回も20人を超える集客となった。常連さんも何名かいらっしゃていたけれど、ほとんどがフリの方。これはうれしい。
 1年やってきた「日曜ぶらり寄席」、なんとか定着した感じがする。
 4月はお休みして、特別企画としてGWの5月1日(月)、2日(火)、3日(水・祝)の3日連続で開催する。
 昨年の3日連続落語会が好評だったため、「日曜ぶらり寄席」が誕生したのだ。

 で、今年のGW最初のイベントの告知。またまたFBからの転載だ。

     ◇
 
 4月30日が何の日かご存知ですか?
 42年前、サイゴンが陥落したんですね。
 思えば、私の小学時代から中学時代にかけて、ベトナム戦争が行われていたんです。戦争といったら太平洋戦争のイメージで、教科書で習う遠い過去のもの、といった印象が強い中、リアルタイムで戦争が行われていました。
 太平洋戦争だって、自分が生まれる14年前のこと。当時は遠い昔の出来事でしたが、今でしたら(成人してから)つい最近ですよね、14年前なんて。

 さて、そんな4月30日、ベトナムにまつわるトークイベントが開催されます。
 ベトナムに興味ある方、帰ってきたウルトラマンファンの方、ぜひ足をお運びください。
 予約開始しました。
 きくちさん秘蔵の、ロケ現場で撮影したスナップ写真展も併せて開催します。


kikuchitalk
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 FBからの転載です。

     ◇

 角川映画に吸収されて、今はもうなくなってしまったヘラルド映画ですが、個人的に思い入れがありますねぇ、はい。名前がなくなったことがとても残念でした。
 角川は大映映画もこの世から消してしまいました。

 最初の出会いは小学6年、「小さな恋のメロディ」でした。中学時代は「ジョニーは戦場へ行った」を観ました。高校時代は「悪魔のいけにえ」や「ひまわり」。
 大人向けアニメ映画〈アニメラマ〉を手塚治虫率いる虫プロに作らせた会社でもあります。第一弾「千夜一夜物語」、第二弾「クレオパトラ」。
 リアルタイムでは観ていません。高校時代にTVで「クレオパトラ」を観たのが最初です。その後、やはりTVで「千夜一夜物語」を観たのですが、私は「クレオパトラ」が面白かったですねぇ。第三弾「哀しみのベラドンナ」はずっと幻の映画でした。観たのは昨年、DVDでした。
 自殺未遂を起こした黒澤明がソ連で撮った「デルス・ウザーラ」も、観たのは数年前でした。図書館にDVDがあったんです。
 思えば「乱」が初めて劇場で鑑賞した黒澤映画なんですよ。
 ヘラルド映画はさまざまなジャンルの映画を配給しています。そんな仕事をまとめた本が出版され、その記念トークが開催されます。
 本の即売会もありますよ~!

herarudoeiga


 12月9日(金)に出版記念イベントをブックカフェ二十世紀で開催することはすでにお知らせしました。
 今回はその詳細について。

 私が学生(中学、高校、大学)時代に撮った映画の上映会を企画しました。
 題して「新井啓介〈昔撮ったキネマ〉蔵出し上映会Ⅱ」
 Ⅱとしているのは、一度開催しているんですね。「夕景工房 小説と映画のあいだに」という映画評、書評を網羅した本を自主出版したときに。
 上映作品もほぼ同じなので、少々気がひけたのですが、ある考えがあって開催を決断しました。

 上映作品は以下のとおりです。

●某オープニングビデオ(2003年 3分)

●「1973 バラキの夏」(1973年 9分)
 中学2年の夏、私が住む町の子ども会がバラキ高原1泊2日のキャンプを企画したので、仲間と8㎜カメラを持って参加。キャンプのドキュメンタリーを作ろうと考えていたのですが、仮編集のまま中断してしまいました。それを2000年代になって知り合ったとある映像作家に編集を依頼し、映像詩とでもいうべき作品に仕立てました。

●ミュージッククリップ「今は偽りの季節」(1983年 5分)
 大学3年から4年にかけて、自主映画のサークル内で私の脚本・監督で制作していたのですが、私の鬱病が原因で中断してしまいました。
 卒業してから、個人的になんとか完成させようとしたのですが、ラストシーンの撮影に失敗し、50分の仮編集状態のまま封印してしまいました。これをやはり2000年代中ばに、知り合った映像作家さんに依頼してミュージッククリップに仕立て直しました。

●ミニミニアニメーション(30秒)
 中学の卒業文集に掲載された、私が描いた3学年の担任の先生の似顔絵の中から、2名を選び、高校時代にパラパラアニメを作ろうとしました。絵は描いたのですが、撮影までいかずずっとそのままにして三十数年。
 2000年代になって、これまたある映像作家にお願いしてアニメにしました。

●「ブラッドハウンド ゆうずうのきかない自由に乾杯!!」(1979年 49分)
 大学1年の後期に、私の脚本・監督で制作しました。浪人生2人が金もうけのために探偵のアルバイトをして、ある事件に巻き込まれるという、「傷だらけの天使」を意識した映画です。

●「明日を知る少年」(1974年 21分)
 小学校を卒業した春休みに脚本を書き、中学1、2年で撮影、3年時にアフレコをして完成させたSF映画です。
 NHK少年ドラマシリーズの第1作「タイム・トラベラー」に感銘をうけ、あちらが時間を跳躍する少女「時をかける少女」なら、こちらは予知能力を持つ少年の話「未来を知る少年」、いや「明日を知る少年」だぁと無我夢中で友人たちと作ったSF映画です。
 音楽もオリジナルで、中学生が8㎜映画を撮っていると、当時、朝日新聞(群馬版)に紹介されました。

 実は、次作の小説は、この「明日を知る少年」にまつわる物語にしようと考えております。タイトルは「明日を知らない少年たち 1970-1974」。
 ですので、その執筆の出陣式にしたいとこの上映会を企画した次第です。
 また、「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」の舞台となる高田馬場や目黒の権之助坂が出てくる「ブラッドハウンド…」や作中に登場する中学時代の恩師2名がちょうどアニメにした先生だったもので、上映に意味があるのではないかと思うんです。

僕たち赤い鳥ものがたり出版記念
 先週から始まった「神田古本まつり」の対応、年末に出版する「まぐまPB⑧ 特撮特集(仮)」への寄稿、その原稿執筆と版下作成で毎日がてんてこ舞い。ブログを更新できない。
 とりあえず、出版記念イベント開催の告知を。
 詳細はまた追って。

僕たち赤い鳥ものがたり出版記念




 談四楼師匠の独演会で知り合ったカメラマン、スズキマサミさんの写真展が開催されている。
 場所が面白い。なんと日本で一番人通りがあって一番騒がしい(らしい)ギャラリー。このギャラリー、どこにあると思いますか? なんと、新宿の街中、大ガード下なのだ。

 案内をいただき、休みの日に行きますと返信した。
 で、昨日、新宿ピカデリーで16時30分の「10クローバーフィールド レーン」を鑑賞してから寄ろうと思っていた。
 終わったあとまだ外は明るかった。劇場を出ていつものくせで目の前の紀伊国屋書店7階へ。
 特撮、映画コーナーを愉しんで、新宿駅へ。
 電車の中で気がついた。「あっ、写真展!」

     ◇

 【「宴は闌」 スズキマサミ撮影舞台写真】

■開催期日:6月24日[金]~7月21日[木]
■開催場所:新宿大ガード下 ギャラリーオーガード みるっく

 さまざま場所で繰り広げられている、さまざまな藝能の写真40点が通路壁面ギャラリーに展示されています。
 24時間閲覧可能ですが、深夜1時~早朝6時までは照明は消灯しています。


 ■展示内容
 [演芸ユニット] あこはる。(遠峰あこ&立川こはる)・LEFKADA新宿
 [コメディプロレス] Asia Gold Pro Wrestling ・上野恩賜公園
 [舞踏] 東丸 ・神楽坂 キイトス茶房
 [コンテンポラリーダンス] 新井千賀子 ・王子 きいろろ聡明堂
 [人形遣い] 綾乃テン ・上野恩賜公園
 [けん玉師] 伊藤佑介 ・上野恩賜公園
 [里神楽] 石見神楽 東京社中 ・四谷 須賀神社
 [童話劇] 演劇ユニット・ウ学級 ・成田 日蓮宗本山 日本寺
 [舞踏] 岡庭秀之 ・森下 開座アトリエ
 [パフォーマンスユニット] おさらスープ ・吉祥寺スターパインズカフェ
 [ウォーキンアウト] OKK ・文京朝顔 ほおずき市 澤蔵司稲荷
 [活動写真弁士] 片岡一郎 ・赤坂区民ホール
 [ランペッター] 金子雄生 ・内幸町ホール
 [薩摩琵琶] 川嶋信子 ・谷中 戸野廣浩司記念劇場
 [シンガー] 鬼頭径五(SoulShine)・高円寺JIROKICHI
 [一人芝居] 久保田寛子 ・神楽坂 キイトス茶房
 [演劇] 劇団 月歌舎 ・春日 文化シャッターホール
 [ソロコメディー] 小心ズ ・パルテノン多摩小ホール
 [和太鼓] 太鼓打ちシンゴ ・四谷区民センター
 [落語] 立川談四楼 ・銀座 蕎麦 流石
 [浪曲] 玉川奈々福(三味線・沢村豊子)・北澤八幡神社
 [ダンスカンパニー] DANCE TIMES ・芝浦港南区民センター
 [演劇] 演劇ユニット ちからわざ ・下北沢 ザ・スズナリ
 [オブジェクトマイムシアター] to R mansio ・新宿モア4番街
 [創作紙芝居] どろんこ座 ・高円寺 小杉湯
 [モダンダンス] 仲野恵子/Rianto ・品川きゅりあん小ホール
 [ギタリスト] 野村雅美 ・阿佐ヶ谷 名曲喫茶 ヴィオロン
 [日本舞踊] 花柳茂義実 ・品川きゅりあん小ホール
 [ベリーダンス] VIZRY ・阿佐ヶ谷 名曲喫茶 ヴィオロン
 [ライブパフォーマンス] HIMIKO69 ・新宿URGA
 [ファミリーイベント] フライングシュワシュワカーニバル ・パルテノン多摩小ホール
 [コミックダンス] BuriCama ・吉祥寺 Rock Joint GB
 [ダンスパフォーマンス] 牧瀬茜 ・吉祥寺 Rock Joint GB
 [江戸太神楽] 丸一仙翁社中 ・駒込 六義園
 [クラシックバレエ] 桃谷幸子 ・学芸大学 千本桜ホール
 [一人コント] モロ師岡 ・下北沢「劇」小劇場
 [ウォーキンアウト] ヤマスケ ・文京朝顔 ・ほおずき市 通院前
 [ライブセッション] Les Kagura(田ノ岡三郎/宮澤やすみ)・神楽坂 キイトス茶房
 [バンド] りぶさん ・高円寺ストリートライブ
 [バンド] REGINA ・吉祥寺 Rock Joint GB         
  ※50音順


※詳細は
http://www.lonecell.com/enwatakenawa/

enwatakenawa




 すでに書いたように、4月9日(土)は「ブックカフェ二十世紀1周年記念パーティー」だった。
 理由があって20人は集めなければならなかった。イベントを実施した人たち、ゲストで出演した人たち等、いわゆるキーパーソンや、お客様のアドレスをまとめたメーリングリストを基にメールはしたものの、参加の返信は期待できない。というか、信用していないのだ、個人的には。で、来てくれそうな友人、知人に片っ端から電話して参加のお願いをした。
 こうして十数名が来てくれることになって、まあ20名は何とかなるだろうと思った次第。

 当日は、ドタキャンもあったのだが、それ以上に予約なしの人も来ていただき予想以上の参加者になった。遅れてやってきた人もいるが、何とかゲストの原めぐみさんのライブには間に合った。総勢30名。テーブル、椅子が足りなくなるといううれしい悲鳴……
「1周年記念という名の私の転職祝いパーティーへようこそ!」
 当日、ボケてそう挨拶して笑いをとろうとして果たせなかった。完全に舞い上がって、忘れてしまったのだ。

 いつものトークライブでは、マイクとスピーカーを用意するだけなのだが、今回は歌手のライブということで、音響装置を完璧にした。
 ブックカフェ二十世紀の従業員にはアーティストが多い。イラストレーターやミュージシャンがいるのである。二人ともプロだ。
 通常はこの手の作業はミュージシャンにおまかせなのだが、9日はミュージシャンがお休みの日。なので、前日、機材をセッティングしてもらって、操作の仕方等々を教わった。
 とにかく機械音痴なので、当日は機械を動かすことなく、スイッチを入れるだけという状況にした。

 当日、原さんがいらっしゃってサウンドチェック。マイク、CDの音が決まった。本番ではそのままでいけると思った自分がバカだった。
 ライブにはMCというものあるのだった。サウンドチェック時のマイクではエコーが激しいのである。あわててエコーを下げた……のはいいのだが、印をつけずに下げたものだから、歌のときどこまで上げればいいのかわらからない。あせった。かなりパニくった。カラオケも曲が終わるとそのままストップをかけ、ブチっという音をさせてしまう失態も。

 当日の進行は以下のとおり。

 18:00~19:00 受付
 19:00~20:00 乾杯、キーパーソン挨拶(数名)、歓談その1
 20:00~20:30 原めぐみライブ
 20:30~21:30 参加者自己紹介 歓談その2 ~中締め
 21:30~22:00 お気にめすままに

 本当なら、オーナーのSさん、私も、途中から席について歓談に加わる予定だった。人数が多すぎてそんな余裕はなかった。
 中締めのあと、残ったお客さんの中に個人出版社・旅と思索社のHさん夫婦がいて、Sさんは缶ビール片手にその輪に加わった。
 以前、地元川口のライブハウスでFCの人たちと「赤い鳥、紙ふうせんトリビュートライブ」を開催したことある。第2弾をブックカフェ二十世紀で考えている。そのため、FCのギター小僧二人に声をかけた。その一人がマンドリン(?)を持ってきていて、Hさんの奥さんもマンドリンを弾くそうで、ちょっとした演奏会になった。で、二十世紀バンドを結成しようなんていうう話になった。
 
 そんな話を小耳にはさみながら、僕は後片付けに精をだした。
 22時20分、自分の仕事は終わりましたと、仲間有志とブックカフェ二十世紀を出た。
 近くの中華屋で二次会。生ビールの最初の一口のなんとうまいことよ!
 店の閉店まで1時間ほど、楽しいひと時だった。
 きくちさんとは22日(金)、落語会へ行くことを約束した。

 参加してくださった皆さま、ありがとうございました。
 このご恩は決して忘れません。


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「乾杯!」でパーティーが始まった

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原さんのライブ 熱狂的ファンも参加して「メグミーン!」

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きくちさん自己紹介時にスペシウム光線のポーズ かっこいい

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オーナーです

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一応、店長

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3月11日から展示コーナーで開催している東日本大震災写真展
写真家の代表である新藤健一氏が、未展示の写真を紹介

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東日本大震災の写真集を販売し、購入したK氏とY氏が食い入るように見ている
二人には赤い鳥、紙ふうせんトリビュートライブに出演していただく

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有志との二次会


 写真は新藤さんがFBに掲載したものからお借りしました。
 二次会の写真は、BC二十世紀のレギュラーイベント、ICカード研究会の幹事、Yさんにいただきました。









 今朝の朝日新聞に、江戸家猫八さん死去の記事に大声あげた。66歳。胃がんでは仕方ないか。無念だけど、息子さんに後を託したと信じることにしよう。

     * * *

 昨日31日(木)は午前中銀行へ。こんな桁数の入金は今後絶対にないだろう。全部自分のものではないが。
 午後、自転車で市役所へ出かけ、年金変更の手続き。
 西川口駅前の自転車預所に自転車を置いて、中目黒へ。「中目黒アート花見会 SAKURA Group展」が目当てだったが、ちょうど目黒川さくらまつりの最中で平日だというのにとんでもない人出だった。
 「中目黒アート花見会」を覗いたあと、ひとり花見としゃれこんだ。

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 17時30分に上野広小路亭へ。広小路亭は何度か足を運んでいる。ほとんどが立川流の落語会なのだが、一度、知り合いの桑原美由紀さんが出演する朗読会にも伺っている。
 今回は「東京寄席」という催し。毎月月末に開催しているみたいだ。
 きくち英一さんが出演するという情報を得て駆けつけた。紙芝居で舞台に立っていることを知った。


  早川侊志    漫談(以降、影ナレ)
  ミライパレード 漫才
  ユメマナコ   漫才
  スープレモン  漫才
  青空活歩   漫談
  猪馬ぽん太 漫談
  神田すず   講談
  立川志ら玉  落語

    〈仲入り〉

  きくち英一     紙芝居
  青空羽歩・蛇九 漫才
  丸一仙翁社中  太神楽
  松鶴家千とせ  漫談


 終了後、近くの居酒屋できくちさん、きくちさんのファンであるAさんと飲む。きくちさんにブックカフェ二十世紀のトークイベント、特撮イベントを開催したい旨説明し、承諾を得る。
 小中和哉さんをホストにして定期的に開催する予定の「小中和哉の特撮夜話(仮)」の第1回ゲストを考えている。

 最初は生ビール、続いて日本酒をグイグイと。先にAさんが帰って、きくちさんと二人。すっかり出来上がってしまったので、外に出たのはかなり遅く、きくちさん、終電だったとか。
 僕はといえば、どうやって帰ったのか覚えていない。朝、気がついたら、服を着たままフトンの中にいた。
 自転車があったので、ちゃんと自転車に乗って帰ったのだ。途中、コンビニに寄ってドリンクも買っている。


 本日より3日間神保町はさくらみちフェスティバル開催。
 土日はぜひ神保町へ遊びにきてください。




     ▽
東日本大震災、福島原発事故から5年になります。被災地の復興は道半ばであり、多くの避難者がかつての生活を取り戻すことができず、困難な避難生活を強いられています。
大震災の被災状況は大きく報道されてきましたが、時の流れとともにその頻度は少なくなり、ともすれば被害の状況やその後の避難者の方々のことはわすれがちになってきています。

東京弁護士会、第一東京弁護士会、第二東京弁護士会では「あれから5年」をテーマに被災地の現状を39名の著名な写真家にご提供いただきました写真を通じて、当時の被害の状況を再度確認し、その後の復興のあり様を考えていきたいとの想いでこの写真展を開催することにいたしました。
     △

 3月1日(火)から10日(木)の間、弁護士会館1階エントランスホールで開催された「あれから5年 3・11 東日本大震災写真展」。
 39名の写真家たちによる120枚の写真が展示されていた。

 写真家の代表、新藤健一氏の趣旨を引き継ぎ、ブックカフェ二十世紀では本日(11日)から1ヶ月にわたり週替わりで展示する。

 午前中は、その展示の準備をしていた。貼り出した23枚のうち、ある写真が目を捉えた。キャプションを読んで涙があふれて仕方なかった。




 シネりんメンバーI氏が手がけるイベントを手伝うことになった。
 先週の土曜日、1月16日のこと。
 会場は高円寺駅から歩いて5、6分のところにある「座・高円寺」。
 今回のイベントで初めて知ったホールで、キャパシティーを考えると、ずいぶん前から計画している朗読会(+ライブ)に適している。こりゃラッキー!ってんで、ボランティアスタッフに立候補した次第。

 イベントは二部に分かれる。といっても一部と二部は何の関連性もない。

 ●第1部(13:00-14:30)

 「今だから話せる拉致問題と北朝鮮の真実」

 パネラーは上手から椎野礼仁(司会)、鈴木邦男、蓮池透、原渕勝仁、の各氏。

 このシンポジウムを企画したのは原渕さんだ。数年前に北朝鮮に行き、よど号犯人たちと会っている。その模様は某ニュース番組で放送された。
 I氏の歌謡ショーのため1日押さえたホールの昼間、リハーサル前が空いている。だったらそれを使って拉致問題のシンポジウムをやりたい、と原渕さんが企画した。

 司会も兼ねる椎野さんは編集者。最近「テレビに映る北朝鮮の98%は嘘である」という新書を上梓した。編集者としたが出版プロデューサーという方がわかりやすかもしれない。
 名前は〈レーニン〉と読む。「ペンネームですか?」と訊ねると本名だって。弟さんは須田林、なんてことはない。

 鈴木さんは新右翼「一水会」の元顧問。現在は文筆家として活躍しており、名前はメディアでよく目にしている。

 蓮池さんは昨年暮れに、「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々」(講談社)を上梓した。元「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)元副代表。前述の本を編集したのは椎野さんだ。

 僕は受付と映像出しを担当。

 楽屋で椎野さんたちと談笑する蓮池さん。
 マキタスポーツがライザップに挑戦、ダイエットに成功してかっこよくなった感じ、かな。
 シンポジウム後、本の販売とサイン会。国会で安倍首相を怒らせたという本はあっという間に売り切れた。

 談四楼師匠が前日のツイッターで取り上げている。
     ▽
蓮池透氏の著書・拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々・は煽るタイトルだ。話題になるよう強くしたとのことだが、蓮池氏がフェアだと思うのは、冷血な面々には私も含まれると言ってることだ。氏は洗いざらい書いたとするが、安倍総理はそれを全否定した。いっそ国会で対決したらどうか。
     △


 ●第2部(18:30~21:00)

 「GNC inc NEW YEAR LIVE 2016」

 GNCはIさんの会社。Iさん、芸能事務所の社長だったの?!
 出演者は、原めぐみ、里見☆しのぶ、フーテンの小寅、三東ルシア、氏神一番、雷音(RAION) 三線・根岸和寿
 司会は二井康雄とアコ(元アパッチ)の二人。

 こちらは受付を担当。

live160116




 9日は試写会で「アメリカン・スナイパー」を鑑賞。
 18時に退社して新橋から一橋ホール18時30分の試写に駆けつけるのにはそりゃ体力いりますよ! 公開されたらもう一度観に行きます。

 14日はTOHO シネマズのサービスデーなので、有楽町の日劇で「エクソダス:神と王」鑑賞。リアル「十戒」になるのだろうか。帰宅して早速赤い鳥「祈り」を聴きました。

 15日は北澤八幡神社の「談四楼独演会」に足を運ぶ。3年ぶりである。とんでもない混みようで……その話はまたあとで。

          * * *

 承前

 熊谷氏は今回の同窓会トークショーについてオファーを受けていたとのこと。佐藤氏はある人を介して昨年暮れに入院している熊谷氏を見舞ったそうだ。会うのはドラマの収録以来。「車椅子に乗ってでもいいから出てよ」との佐藤氏の願いは叶わず、年が明けて体調が急変して逝ってしまった。53歳。そうか、僕より2歳下だったのか。

 少年ドラマシリーズでは小学生時代に「ユタとふしぎな仲間たち」の主人公を演じている。やがて「明日への追跡」や「未来からの挑戦」、「その町を消せ!」に出演して人気者になるが、その前には「傷だらけの天使」のある回で松尾和子の息子役で登場している。「火曜日の女」シリーズの「ガラス細工の家」にも出演しているのか。このころ名前を覚えたのだろう。少年ドラマシリーズで彼を見るたびに、同級生のOに似ていると思っていた。

 そういえば、最近ドラマで見かけないな、俳優を辞めてしまったのだろうか。トークの中では言及されなかったので、帰ってきてから調べてみた。
 驚いた。所属がイイジマルームだったのだ。イイジマルームだったら田口主将さんと同じ事務所ではないか。田口さんに電話して、熊谷氏について訊いてみた。田口さん熊谷氏が亡くなったことを知らなかった。「そういえば、最近見なかったよね、いつもは新年会では顔をあわせるんだけど」。
 この何年かドラマ等に出演されていなかったことを尋ねると、「彼はね、三味線のお師匠さんとしての活動があって、俳優と二足のわらじを履いていたんだけど、そっちの方が忙しくて、事務所には籍を置いているだけのような状態だったんじゃないかな」と説明していた。

 さて、ステージの話。
 カツラをとった佐藤氏は現在東京都某市の公務員で学校給食を担当していると自己紹介した。手塚氏は現在も俳優を続けている。舞台で活躍しているみたいだ。
 首藤アナから当時の思い出を振られて、台詞の量が多いのによく覚える、尊敬していたと手塚氏が当時の佐藤氏の努力ぶりを讃える。
 ところが佐藤氏にしてみればあまりの台詞の多さに根をあげてしまったという。脚本家は当時佐藤氏が所属していた事務所の社長なので、減らしてもらうよう直訴した。「社長も考えてくれて、その後、僕の台詞が飛鳥(熊谷氏)の台詞になったりしたんですよ」と佐藤氏は笑う。

 第1部の「未来からの挑戦」復刻上映とトークが終了すると、休憩が入り、その後はお待ちかねの第2部少年ドラマシリーズ同窓会トークショーだ。

 トイレから戻ってくると、ステージには白い丸テーブルと人数分の椅子が並んでいた。
 首藤アナの紹介によって、それぞれ番組ごとの出演者が登場する段取り。

 最初は「なぞの転校生」の主演トリオ。
 伊豆田依子さんは紹介されなければそうとはわからない。多くの女性がそうであるように大人になって痩せているので。役者は辞めて主婦業に専念しているという。
 星野利晴氏もまた言われなければ本人だと気づかなかったと思う。別に体型が変わったとか頭髪の問題といったものではない。当時ドラマの中で笑顔を見せたことがないので、始終笑顔の現在とギャップが激しいのだ。現在はNHKEテレ「にほんごであそぼ」で振付の仕事をしているとか。
 高野浩幸氏を少年ドラマシリーズで括るのはちょっと違うと思ってしまう。特撮ファンには円谷プロの空想特撮シリーズでお馴染みだ。「ウルトラセブン/円盤が来た」「怪奇大作戦/霧の童話」、「帰ってきたウルトラマン」のエレドータスの回。平成ウルトラマンの1作目「ウルトラマンティガ」ではキリエル人に扮していた。

 続いて、「明日への追跡」コンビ。
 沢村翔一(当時は正一)氏は「明日への追跡」より「幕末未来人」の印象が強い。僕はこの方の名前を変な風に覚えてしまって、少年ドラマシリーズの代表的なディレクター、佐藤俊哉氏の活字を見ると、沢村氏の顔が脳裏に浮かんでしまうのである。
 現在は何足ものわらじを履いていて、一つは引田天功(プリンセス天功)の助手としてステージに立っている。もうひとつは特殊撮影の演出家、もちろん俳優としての顔もある。
 斉藤とも子さんのデビュー作が「明日への追跡」であることは知らなかった。小さいときからTVで見ていたような気がするのだが、浩子さんとイメージがダブっているのかもしれない。小雁さんとの年の差結婚には驚いた(後に離婚)。
 クラスの優等生という印象が強いが、トークの中で「若い広場」のマイブックコーナーに触れたので、たぶんそこから派生したのだろう。個人的には旺文社文庫のイメージがある。

 最後は「その町を消せ!」からヒロイン一人。
 このドラマだけは観ていない。まったく記憶にないのだ。ただ、原作の一つ、「その花を見るな」は小学6年生のときに学校の図書館で借りて読んでいる。
 斉藤浩子さんも小さいときからドラマで見ている。円谷プロ作品だと「猿の軍団」が有名だが、僕は観ていない。調べてみたら、「河童の三平 妖怪大作戦」や「好き!すき!!魔女先生」「仮面ライダー」等々、数多くの東映テレビ作品に出演している。イメージがキャロライン洋子とダブってきた。最近見ないなと思ったら、結婚されて引退されていたんですね。
 登場時、一列目に座っていたファンの方々から声援コールが飛んでいた。

 この6名に「未来からの挑戦」の佐藤、手塚両氏が加わってトークショーの始まり、はじまり……。

 トークが始まって同窓会というのは単なる名目ではなかったことがわかった。高校が一緒という人が何人もいた。堀越学園と都立代々木高校。最初は母校自慢だもの。オーディションで一緒だったということも。彼らにとってドラマ出演って、クラブ活動みたいなものだったのだろう。
 とにかく話題がつきない。
 「タイム・トラベラー」が大好きで少年ドラマシリーズに出たかったという人が数人いた。

 とも子さんは「明日への追跡」がデビュー作だから、もう台詞を覚えるだけでいっぱいいっぱいだった言うと、佐藤氏はけっこう余裕があったと応じてみんなを驚かせた。
 その流れで「しろばんば」の話がでて、佐藤氏が「しろばんば」の主人公を演じていたことを思い出した。まだ小学生で小さかった。

 NHKに行くとまず食堂に寄ってラーメンを食べるとか、夜8時になるとタクシーチケットがでるので、8時前に収録が終わりそうになると何とか時間が来るまで粘ったとか。
 タクシーチケットの思い出ならと星野・沢村の「幕末未来人」コンビはチケットが出ると、もう電車の時間を気にする必要がないから、そのまま某居酒屋で時間をつぶしたという。とはいえ遊んでいたわけではない。どうやったらドラマが面白くなるのか徹底的に話し合ったのだとか。

 「なぞの転校生」のラストでは、伊豆田さんの泣く演技があるのだが、感極まって号泣してしばらく涙が止まらなかったという。そこのシーン見られますとスタッフに要求すると、少しバタバタがあった後再生された。シーンでは少し泣くだけだのだが、「この後がすごかったんですよ、皆さん!」。

 トークショーというと、1990年代半ば、平成ウルトラマンシリーズがウルトラ第一世代の人気を呼び、ロストプラスワンで関係者をゲストに呼んだ一連のイベントが思い出される。あのときも客席と出演者が一体となって大いに盛り上がったが、アルコールという潤滑油があったことははずせない。今回は皆素面。にもかかわらず大いに盛り上がっているんだからすごい!

 冒頭でトーク時の写真撮影OKという天使の囁きがあった。それはいいのだが、僕の右隣の隣の男性がスマホで撮る回数が尋常でなかった。トークなのだから、ステージでの動きなんてないのだから、1、2枚撮ればいいだろうと思うのだが、ほとんど連写のようにシャッターを切るのはどういう理由なのか。困るのはそのシャッター音だ。うるさくてたまらない。注意したくても撮影の許可はでているのでできない。

 時計を見ると16時30分。17時からマンションの理事会なので、本当ならこの時間で帰ろうと思っていた。最後の30分は質疑応答だろうと予想していたのだ。はずれた。白熱したトークが続いている。席を立てるわけがない。
 
 ふいに携帯電話が振動した。見ると組合でマンションの管理会社担当者から。理事会では理事長をサポートしてくれる。18時近くなっても来ないから心配して電話したのだろう。でるわけにいかないのでほっとおく。鳴りやんだ。しばらくしてまた鳴り出した。あわててメールする。「すぐに行くので、先に始めてください」

 17時、トークが終わり、クイズの正解と当選者の発表の時間となった。配付されたフライヤー類の中にアンケート用紙とともにクイズが出題されていて、回答を記入、切り離して設置されているBOXに入れおくことになっていた。
 「未来からの挑戦」の原作は○○○○○学園というのが問題だ。
 佐藤氏が「正解は、ほりこし学園ですね」と言って出演者、客席を笑わせている中そっと会場を抜け出した。

 本音をいえば、帰りたくなかった。
 イベント終了後、数々の展示物をゆっくりと眺めたかったし、通路で出演者の方たちが観客を見送ったというからそのとき立ち話もできただろう。

 スタッフの方には確認したかったこともある。
 土曜日30分番組のときと、平日3回~4回の帯になったときとでは、作り方に差はあったのか否か。ビデオとフィルムではスタッフに変更があったのか否か。
 少年ドラマシリーズのテーマ曲(主題歌)特集のレコード(もしくはCD)はなぜ企画されなかったのか? エトセトラ、エトセトラ。

 トークの途中、お客さんに意見を求めた。2名が応えた。どちらも少年ドラマシリーズの熱狂的なファン(研究家?)だった。その一人が、今の少年少女のためにドラマシリーズを復活してほしい旨発言した。
 その気持ちは痛いほどよくわかるけれど、無理だろう。
 NHKは90年代から00年代にかけて、少年ドラマシリーズの流れの「ドラマ愛の詩」シリーズを放送していた。その一つに「幻のペンフレンド2001」があるところからしてスタッフの狙いがわかった。終了してからどのくらい経つのだろうか。
 今、子ども向けのドラマというと、スーパー戦隊もの、仮面ライダー、ウルトラマンのシリーズしかない。あとはアニメだ。たぶん需要がないのだろう。
 そうか、時代劇も少年ドラマもNHK頼みということなのか。

 NHK関係者の皆さま。もういちど同窓会イベントを企画していただけないでしょうか。
 「明日への追跡」が復刻されたということですから、ぜひ、お願いいたします。


tokiwokakerusyojobook
すべては「タイム・トラベラー」から始まった。
ファンの三種の神書(?)
全部持っています。隣の「幕末未来人」シナリオ集も。 




 昨日、ネットニュースでシーナの訃報を知って、大声をあげてしまった。61歳。若すぎる。大学生のときにシーナ&ロケッツのファーストアルバムを買った。けっこう夢中になった。昨年からほんと訃報ばかりで嫌になる。
 合掌。

          * * *

 承前

 通路にはテーブルやガラスケースが置いてあり、そこに少年ドラマシリーズ関連資料が陳列されていた。主にSFドラマの台本、原作本、シナリオ集。テーブル上の台本は、手に取って見ても良い。
 ということは休憩時に知ったのだが、実際に中を見ると、いろいろとメモが記されている。出演俳優やスタッフの提供によるものなのだ。

 木下清や熊谷俊哉のサイン色紙もある。木下清の色紙には11年とあった。つい最近ではないか。だったら余計にゲスト出演してほしかった。生がNGならビデオ出演とか。紺野美紗子がそうなのだから。まあ、本人の意向として「タイム・トラベラー」のイメージを壊してはならない、とは以前何かの記事で読んだことがある。

 開場となった。
 中に入ってまず驚いたのは席のいたるところに「関係者席」の張り紙があったこと。
 普通関係者席というのは、どこか一箇所に集中しているものだが、かなりバラけている。特に通路側の2席とか3席とか。
 前から3列めあたりの端に座ろうと思ったら、そこが関係者席だったものだから、中に入った、列の中心あたり。途中で抜け出さなければならないことはわかっていたが、できればいい席でステージを眺めたいという気持ちの方が勝ってしまった。

 13時30分。場内が暗くなり、スクリーンにあさま山荘事件のニュース映像が流れた。時代の説明があって、その時代に始まったのが少年ドラマシリーズであると。
 場内が明るくなって、司会の首藤奈知子アナウンサーが登場、少年ドラマシリーズ、「未来からの挑戦」について解説する。そして、イベント中の写真撮影がOKであるという伝えて場内のファンを歓喜させた。「スクリーンに映した映像は遠慮してください」と言っていたけど、写真撮影が大丈夫、NGでなくて遠慮してくれ、だからその後場内がどうなったか想像はつきますね。

 首藤アナがはけると「未来からの挑戦」の1回から6回までのダイジェストが上映された。
 で、知ったのだが、「未来からの挑戦」って主題歌があったんですね。ムード歌謡っぽい雰囲気で、あくまでも個人的な感覚だが「仮面ライダーアギト」の主題歌に似ているような。
 ダイジェストが終ると、第7回がまるまる上映された。
 ひとつ、疑問ができた。この7回はきちんとオープニング(タイトル、クレジット)から始まったのだが、タイトルには全10回とあった。
 しかし、展示されている「未来からの挑戦」の台本の表紙には全20回と印刷されていた。本放送は20回で、再放送時は再編集されて10回になったということなのか。

 第7回は敵側の未来人(熊谷俊哉)が主人公(佐藤宏之)を救うため、2人で太平洋戦争時にタイムリープし、そこで出会った少女との交流を描いていた。ブランコを使ったタイムリープ、その特殊効果はもちろんのこと、タイムリープ先が戦争時代といったところもまた「タイム・トラベラー」を意識した作りになっている。
 15日の「NHKアーカイブス」で放送された「未来からの挑戦」のラストでは、未来人がヒロイン(?)の佐藤美紗子(紺野美紗子)の記憶を消して未来へ帰っていくくだりがあった。これももろ「タイム・トラベラー」だった。
 僕らより少し下の世代は、僕らが「タイム・トラベラー」得た感動を「未来からの挑戦」で味わったのだろう。

 ドラマの上映が終了した。
 ステージにドライアイスの白い煙が充満していく。そこに学生服姿の関耕児(主人公)が! 全体的に少しふっくらしているが昔の面影はある。ドラマから抜き出した敵ボス(テレサ野田)とのやりとりはまさにドラマの再現だ。台詞を噛んだのはご愛嬌ということで。客席から登場したラーメン屋の吉田くん(手塚学)との寸劇はにやにやもの。2人がテレサ野田の超能力で倒されたところで、首藤アナが登場してチャンチャン。

 会場がどよめいたのは関耕児が、いや佐藤氏(ここから敬称あり)が髪をむしりとったときだ。ふさふさした黒髪はカツラだった。

 首藤アナが重たい口ぶりで熊谷氏の死を伝えたときも衝撃だった。肝臓癌で1月に亡くなったという。

 
daihon1
「未来からの挑戦」「暁はただ銀色」台本
daihon2
「夕ばえ作戦」台本
daihon3
「その町を消せ!」台本
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色紙(左、熊谷俊哉、右、木下清)

 すいません、あと1回だけ続きます。




 「未来からの挑戦」は眉村卓の「ねらわれた学園」と「地獄の才能」を原作としている。少年ドラマシリーズのSFものは「タイム・トラベラー」の原作、「時をかける少女」が角川文庫に入ったのを皮切りに、次々と文庫化されていった。
 「時をかける少女」が原田知世主演で映画化され大ブームを呼んだが、その流れで「ねらわれた学園」は薬師丸ひろ子主演で映画化された。確か原田知世主演でTVドラマ化もされたはずである。

 「時をかける少女」「なぞの転校生」「ねらわれた学園」は、80年代以降、映画にドラマとリメイクされている。3大SFジュヴナイルといっていい。光瀬龍の作品が漏れているのが、ファンとしては残念だ。

 3大SFジュヴナイルの中で、、「時をかける少女」「なぞの転校生」は、少年ドラマシリーズに思い入れが強いものの、「未来からの挑戦」は、映画「ねらわれた学園」の方が印象に残っている。あくまでも個人的な感想であるが。

 もし、今回のイベントが単なる「未来からの挑戦」復元上映会だったなら、たぶん足を運ばなかったかもしれない。マルエツの掲示板でフライヤーを目にして、心躍らせたのは少年ドラマシリーズ同窓会だった。
 出演者をSFドラマでまとめたのがいい。

 「未来からの挑戦」から主演の佐藤宏之と手塚学。「なぞの転校生」からは高野浩幸、星野利晴、伊豆田依子のトリオ、「明日への追跡」からは、沢村正一、斉藤とも子コンビ、「その町を消せ!」からは斉藤浩子。
 すでに役者稼業から引退した方もいらっしゃるのではないかと推察するが、そんな方も出演されるのだから、まさに同窓会である。
 「タイム・トラベラー」の島田淳子(浅野真弓)と木下清、それから少年ドラマシリーズの顔といってもいい熊谷俊哉も顔を見せればいいのにと思った。

 13時から始まって終了が17時。ひとつ心配だったのはこの終了時間だった。この日、マンションの毎月定例の理事会があって、始まるのが17時なのである。理事長である僕は欠席するわけにはいかない。途中でに抜ければいいや、と安易に考え、だからこそ、友人も誘わず一人で参加したのだったが……。

 当日雨が降っていた。
 13時15分前にSKIPシティに着いた。これまでNHKアーカイブスばかり利用していたので、映像ホールには行ったことがない。建物に入って階段を上がったところにエレベーターがあって4階へ昇る。エレベーターを降りて一旦建物の外へ出て右側の奥に映像ホールの入口が見えた。
 受付を済ませ会場に入ろうとしたら何と列ができていた。

 イベントは13時30分が始まりで13時開場だった。
 勘違いしていたことがある。僕自身開催を知ったのが近所のマルエツの掲示版に貼ってあったフライヤーということもあり、あくまでも地域限定のイベントだと思っていたのだ。
 限定された地域に少年ドラマシリーズファンがそれほどいると思えず、集客は大丈夫なのだろうか、余計な心配をしていた。そのうえこの雨である、ガラガラのホールを想像していたら列がでできているので驚いたのだ。
 インターネットを調べれば大体的に告知していることがわかったのに。実際全国からファンがやってきていたのだ。始まってからわかることだが。


 この項続く




 シリーズ後期に放送されていたため「未来からの挑戦」をきちんと観た覚えがない。では、僕はいつまで少年ドラマシリーズを追いかけていたのか。

 前述したように「タイム・トラベラー」から始まる土曜日の30分番組だったときは毎回TVの前にいた。毎週の楽しみだった。
 「タイム・トラベラー」がとても評判を呼んで再放送されたのが夏だったような気がする。ラジカセをTVの前に置いて最終回のオープニングとラストの和子とケンの別れからエンディングまでを録音した。再放送が終わると「続タイム・トラベラー」の放送が告知されて歓喜したことを覚えている。

 ウィキペディアによれば、「続タイム・トラベラー」の放送は11月。だとすると、再放送は夏休みが終わるころか終わってからか。
 また、シリーズの放送が平日の帯になるのは1973年からとある。SFシリーズの第2弾(「続タイム・トラベラー」があるから、正確には第3弾か)「暁はただ銀色」は月~水放送になっていたわけか。
 毎週1回の楽しみが3回に増えて喜んだかというとその逆だ。「毎日なんて面倒くさい」と思った。「新八犬伝」とセットで観ていたような気がする。

 とにかく中学時代は毎週、あるいは毎日きちんと観ていた。
 鈴木清順監督作品で有名な「けんかえれじい」は少年ドラマシリーズで内容を知った。
 「ぼくがぼくであること」は印象的なドラマだった。ヒロインの女の子がとてもかわいかった。
 「つぶやき岩の秘密」はシリーズの中では珍しくフィルム作品で幻想的な主題歌(石川セリ)が忘れがたい。スタッフは「八月の濡れた砂」のラストシーンからこの起用を思いついたのだろうか。
 「ユタとふしぎな仲間たち」もフィルム作品だ。後に1本に再編集され「芸術祭」に出品され受賞している。そのほか、「しろばんば」、「夕ばえ作戦」、「まぼろしのペンフレンド」、「二十四の瞳」、けっこう夢中で観ていた。
 「マリコ」は「タイム・トラベラー」の主演のふたり、島田淳子(浅野真弓)と木下清が「続タイム・トラベラー」に続いて共演したことで期待に胸膨らませたことを覚えている。ストーリーはすっかり忘れているのに。

 ドラマが終了すると原作の小説をあたるという習慣があった。もちろんすべてではない。「ぼくがぼくであること」は大学時代に文庫本を見つけたのだし、「ユタとふしぎな仲間たち」は子どもが幼かったころに読んでやったことがあるので、そのころ手に入れたのだろう。
 「タイム・トラベラー」の原作「時をかける少女」は鶴書房の本を求めて、地元や隣町の書店を探し回ったことがある。手に入れるのにかなりの時間を要した。「続・時をかける少女」は書店で見つけるやいなや即刻買い求めた。「つぶやき岩の秘密」は学校の図書館で借りたんだっけ。
 「しろばんば」はドラマに関係なく愛読書だった。続編の「夏草冬濤」「北の海」も読んでいる。

 シリーズ6作目の「怪人オヨヨ」が面白ければ、この時点で小林信彦に巡り合っていて、当然、オヨヨシリーズのほか、晶文社のバラエティブックシリーズにも手を伸ばしているはず。ドラマがつまらなかったので原作をあたる気にならなかったのが残念でならない。

 1975年の4月から高校生になるのだが、「赤外音楽」、「野菊の墓」、「なぞの転校生」等々しっかり観ている。クラブ活動の後帰宅しても18時の放送に間に合ったのだろうか。そこらへんの記憶はまったく曖昧だ。
 「明日への追跡」は76年だから高校2年のときに放送されている。これも観ていたような気がする。とぎれとぎれだったかな。原作は光瀬龍の同名のSFジュヴナイルだが、この小説は雑誌連載時に読んでいる。「中二時代」「中三時代」(時代ではなくコースだったかも)に連載されたのだ。ページを切り抜いて保存もしていた。
 77年、高校3年になると観なくなっていったのか。「未来からの挑戦」はその頃の放送だ。ただ、「幕末未来人」は観ていた覚えがある。

 正月に1回だけの放送された 「11人いる!」はひどい出来だった。

 どうやら、高校3年までは見ていたようだ。
 78年以降は、予備校、大学と東京暮らしになるのでTVをみる習慣がなくなり、少年ドラマシリーズとの縁も切れてしまった、らしい。
 ただし、「七瀬ふたたび」は観ている。放送が8月。ということは、夏休みで郷里に帰っていたからだろう。
 
 シリーズは83年10月「だから青春泣き虫甲子園」の放送を持って終了する。
 自分と照らし合わせてみると、小学6年の冬に始まり、中学、高校、大学時代と続き、就職浪人している秋に終わったのだ。
 70年代=少年ドラマシリーズといってもいい。


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今回のイベント告知のフライヤー
受付時に配付された



 この項続く




 今朝のTBS「はやチャン」「あさチャン」のエンタメニュース。キネマ旬報のベストテン表彰式を取り上げた際、女子アナが原稿のキネマ旬報をキネマシュンポウと読み上げた。どちらも訂正なし。おいおい、女子アナもディレクター(プロデューサー)も映画雑誌キネマ旬報を知らないのか? 「はやチャン」は若手ばかりだから仕方ないにしろ、「あさチャン」は齋藤教授がいるわけだからさ!

 テレビ朝日7日のスペシャルドラマ「復讐法廷」と8日の「臨場 劇場版」ってセットになっていたのだろうか。「復讐法廷」の口直しが映画「臨場」だったりして。

          * * *

 昨年、SKIPシティで倉本聰が脚本を担当した時代劇ドラマ「赤ひげ」の復刻ビデオ上映会が開催された。そのチラシ(フライヤー)を入手したときは、たまたまNHKの倉庫に眠っていたマスターテープが発見されたのだろうというくらいの認識だった。今なら、NHK発掘プロジェクトの活動の一環だったのではとわかる。
 8日に参加したイベント「未来からの挑戦」復元上映会&少年ドラマシリーズ同窓会で受付時にもらったフライヤーの中に復刻プロジェクトに関するものがあったのだ。NHKが推進しているとのこと。

 1970年代の前半まで、TV局では収録に使用するビデオテープ(2吋)が高額だったため、番組の放送が終了すると新たな番組のためテープを使い回ししていた。だから70年代半ば以前のTV番組のほとんどは観ることができない。台本とスチール写真で想像するしかないのだ。

 いや、いや、昔のTV番組(作品)もけっこう残っているよ、シリーズそのものがDVDボックスで売りだされているではないか。そう反論される方もいるかもしれない。

 昔のTV番組はビデオ収録によるものと16ミリフィルムで撮影したものとに区分されていた。ドラマには局が制作するスタジオドラマと外部のプロダクションに発注するテレビ映画と呼ばれる作品があった。フィルムは一度撮影してしまえば作品(ネガとポジ)が残る。保存さえしっかりしていればいつでも視聴が可能なのである。
 
 たまにとんでもなく古いビデオ作品が見られることもあるが、そういう場合は、局が記念として保存しているということが多い。
 TVドラマの「男はつらいよ」はフジテレビが第1話と最終話のみ保存していたので、今でも観ることができる。大河ドラマも70年代までのものは総集編のみ保存されている場合が多い。だから今でもショーケン演じる人斬り以蔵(「勝海舟」)が拝めるというわけだ。

 もう一つは、番組の出演者が個人でビデオ録画している場合。ビデオ録画機が一般家庭に普及するのは80年代になってからだが、70年代後半には出回っていた。うちは電気屋だったので、75、76年ごろにお店にバカでかいベータマックスの録画機があったような気がする。ベータマックスが出る前からも録画機はあった。詳しくはわからないが、3/4吋、1吋といったテープだったと思う。あるいは本放送に使用する2吋テープによる本格的な機器だった。

 録画したものをフィルムにして(キネコという)保存していた。
 日本テレビの「シャボン玉ホリデー」の初期のモノクロ版が見られるのは、クレージー・キャッツのリーダー、ハナ肇が個人でキネコを残しておいてくれたおかげなのである。

 昔のTV局には番組をすべて保存しておくなんて考えはなかった。
 とくにスタジオドラマは劇団の芝居みたいなもので、TV黎明期の生放送時の慣習からか、放送したらおしまいという考えだった。

 1990年代前半に少年ドラマシリーズが話題になったことがある。第一弾「タイム・トラベラー」のマスターテープがない、NHKではテープの所在を探している、というようなことが記事になった。2000年代になってから個人が録画して所有しているビデオテープがNHKに寄贈されて「タイム・トラベラー」は最終回の映像と第1回~5回の音声がDVD化された。すぐに購入した。ただ購入したことで満足してしまい再生したことはない。

 「ユタとふしぎな仲間たち」や「つぶやき岩の秘密」はフィルム作品なので、DVD化は容易だったのではないか。
 アーカイブスが始まって「タイム・トラベラー」「なぞの転校生」「ユタと不思議な仲間たち」が取り上げられた。すべて観ている。

 少年ドラマシリーズ第1弾「タイム・トラベラー」は1972年の元旦から始まった。しばらくは土曜日の18時05分~35分の30分番組だったが、途中で月・火・水の18時台25分番組となり、やがて月~木の20分になった。平日の帯番組になったことで、特に高校生になってからは観ることができなくなってしまった。
 というわけで、77年の作品「未来からの挑戦」はまじめに観た覚えがない。


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「番組発掘プロジェクト」フライヤー
受付時に配付されたフライヤーの1つ

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その裏面

 
 この項続く




 1975年1月19日、あなたは何をしていましたか?
 なぜ、そんなことを訊ねるの? まあ、それは最後に。

 75年の1月というと、間近に迫った高校受験に向けて必死に受験勉強していた。
 群馬の県立高校の入試は3月13日。
 出来が悪くて、本当に落ちるんじゃないかと、飯が喉を通らない。母親に「落ちたかもしれない」と言うと、「大丈夫よ」。あのさ、気休めはやめてくれ! いや、ほんと生きた心地がしなかった。
 合格発表は18日。当日の日記にこうある。

     ▽
1975/03/18

 受かった! やった!!
 太田高等学校に入れた。地獄の4日間が終わり天国が訪れた。
     △

 この日、母の「大丈夫よ」の根拠を知った。近所に太田高校の教師がいて、けっこう親しかった。母はその教師から結果を教えてもらっていたのだった。

 そんなことはどうでもよくて。

 19日の日記がない。前日は書いていた。

     ▽
1975/01/18

 Kちゃんといっしょに、18時から市民会館で行われた「ヤングヤング歌謡ショー」を見る。ダ・カーポ、浅野ゆう子(バカ)、荒川務(またまたバカ)が出演。
 何しろうるさかった。女連中がワイワイガーガー。ああいう姿はイヤですねェ。
 太田にもいるんですよね。
     △

 どこかでイベントのチケットをもらったんだね。親友を誘って(あるいは誘われて)市民会館にでかけたわけだ。
 中学時代は歌謡曲を、アイドルを毛嫌いしていたので、デビューしたての浅野ゆう子も荒川務も大嫌いだった。特に浅野ゆう子なんて、のちに「太陽にほえろ!」の二代目お茶くみになるに及んで怒り心頭。今では大女優だもんな。見る目がなかった。

 そうそう、なぜ75年の1月19日なのか?
 この日、東京厚生年金会館大ホールで「歌う銀幕スター 夢の狂宴」と題されたイベントが開催されたのである。
 出演は、菅原文太、渡哲也、藤竜也、原田芳雄、宍戸錠、佐藤蛾次郎、中川梨絵、桃井かおり。プラス、あがた森魚、石川セリ。鈴木清順、深作欣二も出ていたらしい。
 プロデュースは、TBSアナウンサーの林美雄。もうこのころからパック・イン・ミュージックのパーソナリティを担当していたのか。

 僕がラジオの深夜放送を聴き始めるのが高校2年か3年だった。ラジオはTBS派だったので(一番よく聞こえたので)、パック・イン・ミュージックは月曜日から金曜日まで毎晩聴いていた。番組が終って、次の「歌うヘッドライト」の挨拶が聞こえてくると、ベッドにもぐりこむ、そんな生活だった。
 林美雄は映画の話題が多いので大好きだった。おすぎとピーコを知ったのはこの番組ではなかったか。

 菅原文太は「仁義なき戦い」でスターの仲間入りを果たしたが、リアルタイムに観ていないので、その魅力を知ることがなかった。
 原田芳雄を初めて観たのは映画ではない。「3丁目4番地」だとばかり思っていたが、「2丁目3番地」にも出演していたのか。「反逆のメロディー」は「八月の濡れた砂」同様、幻の日活映画だった。「八月の濡れた砂」の主題歌を歌うのが石川セリ。いやはや感激。
 原田芳雄ってギター弾くのか。「早春賦」。「知床旅情」はこの曲をパク、ではなくこの曲にインスパイアされた? というか、「早春賦」自体モーツァルトの曲のパク、ではなく、インスパイアなのね。
 「青春の蹉跌」「赤い鳥逃げた?」で裸になる女優という印象が強かった桃井かおり。桃井かおりを知ったのは「青春の蹉跌」か「それぞれの秋」だったか。一般的に人気になるのは「前略おふくろ様」の恐怖の海ちゃんだが。歌がヘタ。佐藤蛾次郎はうまい。
 宍戸錠は小学生のときから知っていたが、映画俳優というイメージはなかった。「ゲバゲバ90分」や「どっきりカメラ」で笑いを振りまくタレントという認識。

 林美雄をサポートしたのが、キネマ旬報の編集者、当時25歳の植草(信和)さん。参加したスタッフが若いから、こんなイベントが開催できたのだろう。
 演出は、まだ監督デビューする前の長谷川和彦。業界では有名人だったらしい。
 参加したお客さんには生涯忘れられないイベントになったのではないか。

 一昨日、こんなイベントがあったもので。




 昨日は六本木カファブンナへ。老舗の喫茶店。「二人展 ひろきひろこ・二井康雄“珈琲”を書く」オープニングパーティーにお邪魔した。ひろきさんの書は絵画だよ。三鷹で飲んだときにFさん、って二井さんだけど、に教えてもらった。本当に絵だった。〈香〉がよかったなあ。
 コーヒーが美味い。音楽好きのマスターに「ジャズっていいね」なんて言わないように。

          記

会期:6月24日(金)~7月3日(日)
時間:12:30~22:00
会場:カファブンナ
   港区六本木7ー17ー20 明泉ビル2F
   TEL 03-3405-1937
※地下鉄・日比谷線・六本木駅、広尾寄り改札を右に上がる。渋谷方向に向かい、明治屋、四川飯店を過ぎると、すぐ右に時代屋の看板。ここを右折して100メートルほど右の明泉ビルの2階。「カファブンナ」の看板あり


          * * *

 先週17日(金)、H図書館で2冊借りる。
 目当ての本がなくて、棚覗いたら、「だましゑ」シリーズの最新刊があった。個人的には「仙波一之進と仲間たち」シリーズと呼んでいるのだが。あともう一冊は赤塚本。

 「源内なかま講」(高橋克彦/文藝春秋)
 「我輩は猫なのだ」(赤塚不二夫/扶桑社)

 2冊とも読了。

 20日(月)は川口図書館で本を4冊借りる。

 「立川流鎖国論」(立川志らく/梧桐書院)
 「ビーケーワン怪談大賞傑作選 てのひら怪談」(加門七海・福澤徹三・東雅夫 編/ポプラ文庫)
 「モロー博士の島 他九編」(H.G.ウェルズ/橋本槇矩・鈴木万里 訳/岩波文庫)
 「ならぬ堪忍」(山本周五郎/新潮文庫)

 「立川流鎖国論」は本日読了。

 昨日、六本木からの帰り、地元でまた一人カラオケしようと駅前のカラオケボックスに行ったら満員だって。仕方なくTSUTAYAに寄って、DVDを借りてくる。1,000円で5枚一週間。

 「マークスの山 Vol.1」
 「モスラ対ゴジラ」(監督:本多猪四郎)
 「仮面ライダー響鬼と七人の戦鬼」(監督:坂本太郎)
 「リンダ・リンダ・リンダ」(監督:山本敦弘)
 「ザ・面接大全5」(監督:代々木忠) 

 新作の「マークスの山」のみ本日返却。WOWOWの連続ドラマで2話収録されている。昨日、第1話、今日帰ってきてから第2話を観た。映画より面白いのではないか。マークス役は高良健吾。坊主頭の彼、横顔の笑顔がくさなぎくんだった。やはり百面相役者だ。良い!




 先週、15日(金)は有休をとった。半年に一度の眼科検診のため。黄斑変性の進行は特に認められなかった。それはよかったのだが、検査のために点眼薬で瞳孔が開かれ、眼が真っ赤になった。涙はでるわ目やにはでるわ、もう大変。いつもこんなにひどかったっけ? 
 夕方下北沢へ。偶数月15日の恒例「談四楼独演会」だ。マスクした上真っ赤な眼をしているので常連さんが驚いて訊いてくる。
「どうしたの? 花粉症?」
 マスクは確かに花粉症が要因だ。今年はひどいめにあっている。数年前から眼がかゆいなどちょっとした症状はでていたが、長いこと花粉症を知らずにきた。それが今年、鼻がつまって息ができなくなったと思ったら、今度は鼻水が止まらずティッシュが手放せなくなって、なんて毎日の繰り返し。市販の薬を飲んでマスクすると症状は治まるので何とかやっている次第。ということは眼が赤いのも花粉症が影響しているのだろうか? 独演会については項を改めて。

 17日はサムライシアター新宿へ足を伸ばす。移転のため閉鎖されるシアターへ感謝を込めて「ありがとう! サムライシアター新宿」と銘打つイベントが開催されたのだ。シネりんいつものメンバー20名弱が集った。
 19時スタートのイベントはしばらく飲み食い歓談をしてから、メインの上映会へ。K氏の特別編集による古今東西の名画のラストシーンだけを集めた特別プログラム。約1時間。通常シアター内への飲食持込は禁止されているが、最後ということでドリンクOK。皆、階下の懇親会場からビールやワイン、焼酎等を持ち込んで一杯やりながらの鑑賞と相成った。

 作品のセレクト、並べ方に工夫があって大いに盛り上がった。楽しかった。至福の1時間。50年代~80年代(90年代もあったか?)の映画の中で、個人的に70年代の映画(洋画)への思い入れが強いことがわかる。 
 ラストシーンだけでも涙がでてくるものもあって困った。まあ、花粉症で始終ティッシュ代わりのハンカチを離せなかったので、誰も僕が感極まって涙流してるなんて気がつかなかっただろうけれど。
 
 ラストシーン特集の前には発掘!お宝映像と称して懐かしいビデオを上映した。中でもメンバーのある方が勤めていたという「新宿ロマン」の閉館を取材したTVニュース特集は資料価値が高い。皆魅入っていた。若かりし頃のメンバーを拝見するだけだったのに。この劇場、僕は足を運んだことがあるのかどうか。たぶんなかったと思う。
 ニュース映像を観ながら、シネりん顧問の一人Fさんが言う。「TV局は閉鎖とかなくなるってことになると、残念がって取材にくるんだ、それまではまるで関心がなかったくせに」

 ニュース映像のほとんどがフジテレビのもの。閉館に関してはフジテレビが積極的に取材していたという。夕方のニュース番組のキャスターは逸見政孝と安藤優子のコンビ。安藤優子は今とほとんど印象が変わらない。安藤さんはうちのかみサンと同い歳。そういえば、当時、TVで安藤さんを見るたびに驚いていたっけ。××ていたんですね、安藤さん。
 レポーターの男性アナウンサーがかけていたアラレちゃん眼鏡。当時大流行した。何を隠そう僕もかけていた。ちょうどコンタクトで眼を傷つけ、眼鏡を愛用していた頃だ。
 それにしても女性キャスターたちが着用している80年代ファッション、以前にも書いたけれどやはりヘンだ。




2011/12/10

 「紡ぎあう言葉と音 ~華麗なる朗読と音楽の世界~」(杉並公会堂 小ホール)

 出演者と演目は次のとおり。

 
 ●金田瑠奈  「雪渡り」 宮沢賢治 作
         ギター:岡田泰孝

 ●桑原美由紀 「高瀬舟」 森鴎外 作
         フルート:阪田みづき
         ピアノ :西津啓子

 ●豊田眞梨子 「源氏物語より 藤壺」 紫式部 作
         大正琴:井上知祥

 ●葛村聡子  「ざわざわ」 服部和彦 作
         クラリネット:大森達郎
         マンドリン :武市綾乃
         ギター   :吉田峰男
    
 開演時間に15分ほど遅れて会場に到着すると、ロビーが殺気だっている。
 警官が3名、酔っ払いの中年男を相手に押し問答をしていた。あたりはアルコールの匂いが充満。酔っ払いが酒瓶を落として割ってしまったらしい。公演中は会場に入れないことがわかった。最初の演者が終了するまでロビーで待つことに。その間、ずっと警官と酔っ払いのやりとりを聞いていた。途中で屋外に出ていったが。

 音楽はいわゆる前衛というべきもの。「高瀬舟」のフルート&ピアノ、「藤壺」の大正琴、「ざわざわ」のクラリネット、マンドリン&ギター、みな僕好みで耳を捉われた。音楽だけをとりだして判断すれば「良い」ということになる。が、朗読とのコラボになると「?」となる。音楽の印象が強すぎて、また朗読と音楽がかぶさっているので、朗読に十分浸れないのだ。その世界になかなか入っていけない。音楽が邪魔してしまうのだ。朗読と音楽のコラボが掛算、足算ではなく引算になってしまっている。
 桑原さんの「高瀬舟」は、なぜかマイクがONになってなかった。最初から最後まで肉声のままの朗読。演奏の方はそれなりの音だから、声が音楽にかき消される状態になってしまう。情景を頭に描くのに苦労した。
 続く「藤壺」はマイクがONになっていたから、まだよかったが。

 終了後、会場を後にするお客さんの一人(男性)が連れの女性に「情景が頭に浮かばない」と文句を言っていたが、その理由は音楽(の演出)にあったと僕は思っている。
 朗読がとてもデリケートな芸であることがわかった。




 昨日は「シネマdeりんりん」
 あれ、毎月第4木曜日じゃないの?
 会場の交流サロンSHUが9月一杯で閉鎖されるため、今回は一週間早く開催されたというわけ。

 ゲストは10月2日から公開される「七瀬ふたたび」の小中和哉監督。
 小中監督といったら、平成ウルトラマンシリーズの監督で有名だ。TVシリーズの「ウルトラマンダイナ」の第一話、第二話の前後編は熱かった。「ウルトラマンティガ&ウルトラマンダイナ 光の星の戦士たち」「ウルトラマンティガ・ウルトラマンダイナ&ウルトラマンガイア 超時空の大決戦」といった劇場用映画をいい年齢にもかかわらず夢中で追いかけたものである。「ミラーマンPEFLEX」もちゃんと押さえている。
 NHK少年ドラマシリーズの映画化(実際は違うけれど)作品としては、ずいぶん前に「なぞの転校生」を手がけている。これはビデオで鑑賞したような気がする。
 3度目のTVアニメ化作品「ASTRO BOY 鉄腕アトム」ではシリーズの監督をつとめている。脚本に平成ウルトラマンシリーズの方たちが参加したのは小中監督の意向だったのだろうか。非常によく出来たアニメで1年間楽しませてくれた。

 いつもは一人だが、ゲストがゲストなので特撮好きの仲間を誘って参加した。
 ウルトラシリーズとNHK少年ドラマシリーズが映画業界を目指したきっかけというようなことを、トークで語っていて「同じだあ」とつぶやいた。僕は結局挫折してしまったけれど。
 「七瀬ふたたび」ってNHK(70年代の少年ドラマシリーズと昨年のドラマ8)以外でも映像化されていたんですね。今回で5度めの映像化だとか。知らなかった。

 トークが終わってから、映画のヒットを祈願して乾杯。しばしの歓談になった。小中監督がすぐそばだったので、真っ先に訊いてみた。
 「ULTRAMAN」と「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」、監督していてどちらが面白いですか?
 内容的に両極端な作品だからだ。
 それにしても「ULTRAMAN2」がクランクインしていたとは! インした直後に中止になったという。「ULTRAMAN」がヒットしなかったことが要因ではなかった。さまざまな裏話……。
 ホラー映画における小中(千昭)理論があることを知る。やっぱり!
 

 なお、「シネマdeりんりん」は、来月(10月)から会場をサムライシアター新宿に移す。旧名称はTMシアター新宿。座席数は30強、デジタル上映ならなんでもござれ。新宿駅からすぐ近く、シアターのほかにサテライトルームもあって、上映後の打ち上げ、懇親会等も可能。インディーズ映画には最適な小屋だと思う。問題は料金設定かな。




 告知です。

 私が企画・運営を協力している桑原美由紀さんの朗読会が開催されます。
 第一回は今年2月の「はなしと噺の会」。二胡と朗読と落語のコラボレーションでした。
 二回目は講演+朗読です。もちろん二胡の演奏もあります。
 題して「被爆者の声と語り」。

 テーマは非常に重いです。重いからこそ、大仰に構えるのではなく、葵のご紋を見せるのでもなく、自然に言葉の一つひとつが聴く人の心に届くものにしたい。
 で、新たな試みをします。
 講演と朗読の最後に曲を流すのです。被爆者の方の講演と桑原さんから聞いてだったらあの曲を使ったらと提案しました。あるいは桑原さんが朗読する「夏の葬列」を読んで、また閃きました。あの曲だと。
 歌の世界を各人が思い描くことで、テーマが浮き彫りになればと期待しています。
 
 開催は平日の午後です。
 会社勤めの方は無理だと思いますが、お時間ある方はぜひ!


            記

 桑原美由紀プロデュース「被爆体験者の声と語り」

■日 時:2010年7月23日(金) 13:30~15:30(開場13:00)

■場 所:お江戸日本橋亭  HP 

■入場料:2,500円

■出 演:
      畑谷由江  被爆体験談
      竹内文子  二胡演奏 
      MIYOYO   朗読「ねがい」
      桑原美由紀 朗読 山川方夫「夏の葬列」

      
                        以 上




 25日(木)は19時から新橋の交流サロンSHUにて「シネマDEリンリン」が開催された。毎月第四木曜日の恒例イベント。今年は「ふたいサロン」のほかにこちらにも通うつもりでいる。
 1月は企画提案会という名目の新年会だった。今回は3月に公開される「時をかける少女」の谷口正晃監督と上野彰吾カメラマンをゲストに呼んで熱いトークショーが繰り広げられた。

 谷口監督の劇場映画デビュー作である「時をかける少女」は、原作者筒井康隆氏のアドバイスもあって、芳山和子の娘がヒロイン。ヒロイン役はアニメ版でも主人公の声を演じた仲里依沙だ。21世紀のティーンエイジャーが、、かつての母(70年代のティーンエイジャー)のクラスメート深町くんに逢いに1974年へタイムリープするストーリーだとか。ちなみに映画はNHKの少年ドラマシリーズから大人気のアニメ映画まですべてに目配せをしている内容になっているという。ヒロインと意中の男性(?)の別れのシーンは「ウルトラセブン」の最終回のダンとアンヌを狙ったなんて言葉にすばやく反応してしまう。

 「時をかける少女」第一世代である。何しろ「タイム・トラベラー」に夢中になったのが小学6年生だ。NHKが時間跳躍できる少女なら、僕たちは予知能力を持つ少年の学園SFだとばかり中学時代に8ミリ映画「明日を知る少年」を撮ったほど。聴くこちらも熱くならざるを得ない。
 どれだけ思い入れがあるのか、10年ほど前に読んだ『「時をかける少女」たち 小説から映像への変奏』(江藤茂博/彩流社) のレビューをどうぞ。
 文中で話題にしているサントラCD、最近リリースされていた。あわてて注文しましたよ。


          * * *

 NHK少年ドラマシリーズ第1作「タイム・トラベラー」を知ったのは1971年の年末にNHKで何度も流れた番宣だった。これは面白そうなドラマだと直感し、翌年(72年)元旦の土曜日、夕方6時からの番組をおせち料理を食べながら家族とともに観た。

 闇の中で椅子に座った男(城達也)が語りだす時間に関するミステリアスな前説。タイトルバックに流れる奇妙で印象深いテーマ曲(音楽・高井達雄)。中学3年生を主人公にした親近感あふれるSF学園ドラマ。ヒロイン芳山和子役の島田淳子(浅野真弓、後の柳ジョージ夫人)の可憐なセーラー服姿、未来人ケン・ソゴル(木下清)の大人びたクールな魅力。何よりタイムトラベルというSF素材を市井の一般家庭の中で展開させたところに魅了され、土曜日が待ち遠しくてたまらなかった。あと数ヶ月で中学生になる小学6年の冬のこと。

 全6話の放送が終了すると原作の筒井康隆「時をかける少女」(鶴書房盛光社/SFベストセラーズ)を探す毎日が始まった。これがなかなか見つからない。市内の書店のほか、隣町の足利の大きな書店にもなく結局手に入ったのは中学生になってからだった。
 小説はこれまで何度も読み返している。
 「時をかける」のかけるはもちろん〈駆ける〉だろうが、〈賭ける〉の意味もあるのかもしれない。
 冒頭、芳山和子が理科教室でフラスコを割り、ラベンダーの香りをかいだ時の説明に愕然としたこともあった。

    ◇

 それだけではない……。ラベンダーのにおいには、何か、もっとほかに想い出がある……。もっと大事な思い出が……。

    ◇

 このくだり、すでに和子がケン・ソゴルと出会い、一連の事件を体験したことを表わしているのではないか?
 つまりこの小説のラスト以後またすべての記憶をなくした和子がケン・ソゴルと出会う前の時代にタイムトラベルした結果ではないかと。和子はある一定の時間内を巡る時間漂流者なのか! あるいは少女特有のデ・ジャブだろうか。
 福島(正美)先生、小松(左京)先生、等、筒井流の遊びもあった。

 中1の夏に「タイム・トラベラー」が再放送され、最終回のオープニングとラストの和子とケン・ソゴルの別れのシーンをカセットテープに録音した。 
 このテープは機会あるごとに繰り返し聴いた。トイレタイムに二人の会話をよく一人二役で暗誦したものだ。

 再放送後にすぐに始まった「続タイム・トラベラー」の第1話のオープニングもテープに残っている。
 大いになる期待の中で始まった「続タイム・トラベラー」には当初戸惑った。
 スタジオ(ビデオ収録)ドラマによる本格的なSFものは作劇上無理が生じる。21世紀のタイムトラベル基地の模型やセット内の造形、それに27世紀人の衣装などちょっと哀しい出来だった。テーマ音楽も前作に比べると面白みに欠けた。
 とはいうものの舞台が現代に移ると前作らしさを発揮しだし(ケン・ソゴルの眉毛も復活し)夢中になった。テーマ音楽も聴くうちに宇宙空間の深遠さを表現した素晴らしいものだとわかってくる。女性のコーラスがいい。ネックは何事も前作と比較してしまうこちら側の心情だったのだ。タイトルに「続」がついているのだからどうしたって比べてしまうのは仕方ない。
 印象的だったのは最終回のラスト。当然ケン・ソゴルと和子は別れることになるのだが、今回は時間を漂流する和子が一人語りでケンとの別れ、自分の記憶が消されることを悟る。
「わたしの記憶も消してしまうのね!」
 そう叫ぶとショッキングな効果音とともに画面が真っ白になったと記憶している。

 「続タイム・トラベラー」はシナリオを書いた石山透自身がノベライズ化して〈SFベストセラーズ〉シリーズの1冊「続・時をかける少女」として上梓された。ドラマのスナップが何枚か掲載されているのが貴重だった。
 
 「時をかける少女」は80年代になって角川映画で新人女優・原田知世の主演で映画化された。大林宣彦監督の尾道シリーズ第2弾として薬師丸ひろ子・松田優作主演「探偵物語」とのカップリングで公開されたこの映画は「タイム・トラベラー」とは別の意味で僕の心をとらえた。
 SF的要素を抜きにして少女の初めて異性を好きになり、とまどう姿を叙情性豊かに描いたところが胸キュンものだった。普通いい映画は人に薦めるものだが、この映画に関しては何も言いたくない、そっと自分だけのものにしたくなる、そんな映画だった。 
 後年、女性と「時をかける少女」を語る時、ほとんどが「タイム・トラベラー」を評価し、原田知世のそれを認めようとしない。面白い現象だと思う。 
 以降、人気アイドルを起用して何度かTVで「時をかける少女」がドラマ化された。SFジュブナイル「時をかける少女」はかつての川端康成「伊豆の踊り子」のような存在になっていく。 

 「タイム・トラベラー」の原版が残っていない、もし映像を保存していたらとても価値あるもの、そんな記事が新聞に掲載されたりした。 
 「タイム・トラベラー」「続・タイム・トラベラー」のシナリオを一冊にまとめたシナリオ集「タイム・トラベラー」(大和書房)が刊行された時はうれしかった。活字だけではあるけれども、とにかく「タイム・トラベラー」の全ドラマを確認できたのだ。これでテーマ曲のレコードなりCDがあれば……。
 97年になると復活した角川春樹自身の監督による映画「時をかける少女」が公開された。
 小説が発表された昭和40年の時代設定、尾道に対抗すべく昔ながらの家並みが残る飛騨高山を舞台にモノクロで展開するこの物語は、しかし〈時間警察〉が登場した時点で僕にとっては陳腐になった。

 いつの頃からか、最初に小説を読んでいたらNHKのドラマ化をどう感じたか、その後の映画化、TVドラマ化に対してどう思っているのか、考えるようになった。
 「時をかける少女」が連載された学習誌を読んでいた世代、あるいは鶴書房のSFシリーズとして「時をかける少女」の単行本を読んだ人たちは小説世界にどんな想いをはせたのだろうか。

 本書が上梓された時、それほどの関心はわかなかった。たまたま立ち読みしたら〈第三章『時をかける少女』の「読書論」〉が、目につき思わずカウンターに向かってしまった。
 少年ドラマシリーズの正続のドラマ、筒井康隆の原作、続編ドラマのノベライズ、角川の新旧の映画、フジテレビのドラマ化作品をテクストに著者は様々な論を展開させる。
 一番面白かったのはやはり第三章で、興味持って読める(読者としてつきあえる)のは第五章の「文化論」まで。山口百恵主演の一連のホリプロ映画と角川アイドル映画の比較論なんて楽しい。
 その後の「構造論」「語り論」「少女論」「脱構築」は読むのがつらかった。著者の本領が発揮されるのはこちらなのだろうが。




 昨日は、桑原美由紀さんの朗読会「はなしと噺の会」だった。
 朝起きて一面の雪景色に驚いた。確かに天気予報は朝方雪が降ると伝えてはいたのだが「こんなに積るとは!」。それもその時点ではまだ止んでいなかった。このまま降り続いて交通がマヒしたらどうしようか。余計な心配をしてしまう。
 スタッフは11時に集合ということで、9時ちょっと前に家を出たときには雪はほとんど止んでいた。それに道路には雪はなかった。神田駅から歩いて、日本橋亭近くのドトールへ。10時。集合まで1時間あるので、この間に進行表をチェックする。

 10分前になって会場へ。Wさんがやってくる。続いて桑原さん夫婦。二胡奏者の竹内さんは道に迷って遅れてやってきた。約1時間ばかりリハーサル。
 13時前からお客さんがやってくる。開場まで少し時間があったが、寒いので中に入ってもらう。案内を送ると必ずいらっしゃってくださるMさん、仕事の合間に寄ってくれたKさん、有休や半休をとって足を運んでくれたSさん、Hさん、Kさん。皆さん、ありがとうございます。
 SさんとKさんはFCのメンバーでもある。昨年暮れのイベント時の案内を忘れないでいてくれたんですね。実はWさんもお客さんだったのだが、前日に急遽スタッフになってもらったのだ。感謝、感激。

 第二部が落語ということで座卓席30、イス席20の計50席を用意した。ところがこれが大いなる誤算だった。来場されたお客さんは皆イス席に座りたがる。イス席が一杯になると、壁際の補助席へ。あわてて、事務所の人にお願いして、座卓席を一列減らしてイス席に変えた。最初からイス席だけにすべきだった。これが今回の一番の反省点だったかもしれない。

 プログラムは以下のとおり。

  竹内文子  二胡演奏 「異邦人」他2曲 
  桑原美由紀 朗読   「蜘蛛の糸」「赤い風船」 

   休憩

  立川談四楼 落語「柳田格之進」

 
 第一部が始まる寸前、アドリブで太鼓叩いた。一番太鼓って何回叩くんだ? わからないからとりあえず3回。
 会が始まってからというもの、僕の仕事は、音だしと緞帳の開閉になるのだが、そこにいるとまるで会場の音が聞こえない。もしかしたら聞こえるようになるのかもしれないがそのやり方がわからない。かなり緊張した。特に第二部の落語。
 登場時の出囃子は師匠が頭を下げたらフェードアウトする、追い出しは、下げが決まったら緞帳を閉めながら……。間違えちゃいけないと手が震えた。
 ふだん客席から見ているめくりだとか座布団だとか、いざ自分がセッティングするとなると、正式なスタイルがどんなものか悩んでしまう。心配なので始まる前に師匠にチェックしてもらったら座布団の前後が逆だった。前後があるのか! 初めて知る事実。
 
 二胡と朗読と落語のコラボレーション、まずは成功だろうか。

 Wさん、桑原さん夫婦、竹内さん、Kさんとドトールで反省会を開く。
 その後、Kさんと二人で神田の居酒屋で赤い鳥、紙ふうせん談義。神田にはフォーク居酒屋があるんだと、ちょっと立ち寄り、Kさん、「空よ」と「遠い世界に」を弾き語り。
 バンドをバックにして歌うのって気分いいね!




 告知です。
 桑原美由紀さんの朗読会が開催されます。
 以前にもちょっと触れましたが、この会には私も絡んでいます。いわゆる企画協力ですね。

 桑原さんには一昨年、私が企画した「紙ふうせんトリビュートライブ」に出演していただきました。今年は「語る伝承歌 歌うフォークロア/竹田の子守唄」と題する朗読会を考えています。これは前々から桑原さんに提案し内容を検討していました。
 赤い鳥が「竹田の子守唄」をヒットさせた1970年代初め、「竹田の子守唄」という本が自主出版されました。赤い鳥のリーダー、後藤悦治郎さんの高校時代の友人、橋本正樹さんが「竹田の子守唄」の出自を求めて編集したものです。この本に「物語 竹田の子守唄」が収録されています。京都伏見の竹田で伝承されてきた唄がどのような過程を経て「竹田の子守唄」になったのかを綴ったものです。
 この物語を朗読することで唄の背景を知ってもらい、併せて紙ふうせんの「竹田の子守唄」を聴いてもらう、朗読と楽曲のコラボレーション。

 まず会場をどこにしましょうか。ああじゃないこうじゃない、いろいろ話し合いました。候補として挙げたスペースを桑原さんに確認してもらいたい。その会場で開催される落語会に誘いました。出演者の一人が談四楼師匠でした。
 しばらくして、桑原さんから相談されます。「私の朗読会に談四楼さんをゲストとして呼びたいんですけど」
 ついでに運営も手伝ってほしいと。

 今回は休憩をはさんで第一部は二胡の演奏をプロローグにした朗読、第二部が落語とそれぞれ独立したものになっております。あくまでもゲストとして師匠には落語を語っていただくわけですが、もしこの「はなしと噺の会」が好評で第二、第三弾があれば、朗読と落語が有機的に結びついたある企画を実現させたいと考えています。

 平日の午後ですから、会社勤めの方は無理ですが、お時間ある方はぜひ!

 「だんしろうのお知らせブログ」ご参照ください。


     記

■日 時:2010年2月18日(木) 13:30~15:30(開場13:00)

■場 所:お江戸日本橋亭  HP 

■入場料:2,500円

■出 演:
      竹内文子  二胡演奏 
      桑原美由紀 朗読

      立川談四楼 落語

                      以 上



 【追記】

  立川長四楼さんのインタビュー三回めが掲載されました。藝能往来
  いろいろ話したいことがあります。今度酒つきあってもらおうかな。




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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