前項の続きみたいなもの

 週刊文春に「お言葉ですが…」の連載が始まって、毎週の楽しみになった。勉強にもなった。後から小林信彦の「人生は五十一から」(途中で「本音を申せば」に改題)も始まって、この二つのエッセイを読むために文春を買っていたようなものだ。
 小林信彦のエッセイは現在も続いてるが、「お言葉ですが…」の連載は終了してしまった。最初、毎年の恒例、単行本化がされなくなって(理由は本が売れなくなったからとされていた)、そのうち突然のように連載が終わった。高島俊男自身は単行本にならなくても、連載自体は続けたかったらしい。連載終了間際にそんなことを書いていた。
 連載終了後、しばらく文春がつまらなくなった
 思うに、高島俊男と編集部(もしくは文藝春秋社)と何か問題が生じたのだろう。その結果切られた。そう推測している。
 現に「お言葉ですが…」は別巻として別の版元から単行本になっているのだから。

     ◇

1999/07/11

 「せがれの凋落 お言葉ですが…3」(高島俊男/文藝春秋)

 言葉に関する僕にとっての師匠とも呼ぶべき人がいる。
 小林信彦、井上ひさし、永六輔…彼らが自分のコラム、エッセイの中で、言葉の使用法の間違い、生理的に受け付けない言葉等書いていると、それはすぐさまNG言葉となって僕の頭にインプットされる仕組み。もちろん彼らの指摘を受ける前から自分自身気になっている言葉などがあるとわが意を得たりとばかりうれしくなる。
 この本の著者は文春にコラムを連載するまでは全く知らなかった人だが、すぐに師匠になってしまった。辞書を信用するなと教えてくれたのはこの方だ。本書最後に収録されている「氏」の使用法の解説に赤面するばかり。


2000/09/27

 「お言葉ですが…4 猿も休暇の巻」(高島俊男/文藝春秋)

 雑誌に連載されている人気コラムがまとめられて単行本化される際、連載時とは別のオリジナルタイトルがつけられるのが出版業界の主流となっている。
 中野翠の「満月雑記帳」しかり、椎名誠「新宿赤マント」しかり。小林信彦「人生は五十一から」も2冊目は別のタイトルになった。
 しかし、この「お言葉ですが…」は連載時のタイトルがそのまま利用され、その後に続くサブタイトル(○○○の巻)で違いを表している。
 第2巻は「お言葉ですが…それはさておきの巻」、第3巻はサブタイトルとタイトルが逆転して「せがれの凋落 お言葉ですが…3」となった。書店での分類に同じタイトルがトップにくるのがまずいらしい。以降、このスタイルで刊行されるものと思ったら今回はまた変更されて「お言葉ですが…4 猿も休暇の巻」。前巻に対して愛読者からの批判があったと〈あとがき〉にある。

 とにかく、このシリーズは言葉に対するうんちくがつまっていて日本語に興味を持つ人にとっていろいろ勉強になる読み物であり、週刊文春の名物コラムの1つになっている。
 僕も毎週楽しみにしていて、1冊にまとまると、また確認の意味で手に取る。単行本は単に連載をまとめただけでなく、連載時のコラムのあとに〈あれからひとこと〉がつくのがおもしろい。連載時の読者からの反響、反応、あらたにわかったこと、あるいは間違いの訂正、おわび等、著者が素直に書き記してくれる態度に好感をもてる。

 サブタイトルの「猿も休暇」とは英語の発音を日本語に置き換えた言葉のこと。
 本書で紹介しているエピソードの1つで、著者が読んだ古本の中にでていた笑い話だ。
 ロンドンで鮭に胡瓜をあしらった料理を他人が食べていて、それが実にうまそうだったので、同じ物を注文しようとサモン、キューカンバーと発音するが通じない。「猿も休暇」 と言うと料理を運んできたというもの。英語で時間を訊く際の「掘った芋いじるな」と同じ要領だろう。

 著者のうんちくはすごいものだが、逆に今の流行(というのはおかしいけれど)については、あきれるほど疎い。
 「官能記」を書いた芦原すなおや北村薫を女性と信じて書評を書いたり(北村薫の場合一時期まで覆面作家だったしょうがないか)、渋谷のロフト館を知らなかったり(東京に住んでいないのだから知らなくて当然だけど)。でも、〈あれからひとこと〉で正直に告白して訂正するところが潔く、こういう人だからこそいろいろな苦言も聞くになる。

 痛快なのは某大学教授が担当した新潮文庫「津軽」の注解に対する徹底攻撃である。この注解は単なる辞書の書き写しで、本文にでてくる言葉の意味を全然理解していない。某教授が「津軽」を読んでいないことは一目瞭然なのだ。そこで著者があまりにひどいと思われる注解をみつくろって訂正する。ここまでが週刊文春に書いたこと。
 おもしろいのはこのコラムを読んだであろう某教授が文庫の版をあらためた際に指摘された注解を書き直していることだ。しかし著者の怒りはその中途半端な訂正に対して向けられる。コラムで指摘したのは数多い間違いの代表的なものだからと、本文よりも長い8ページもの〈あれからひとこと〉で再度注解のどこがどう間違っていたのか検証し、昭和19年の日本や舞台となった青森県、作者の太宰治について少しは勉強せい!と斬ってみせる。
 このほかジャイアント馬場逝去に触れた十六文キックの由来、「パニクる」を最初に言い出した人からの手紙の紹介だとか、興味深い話題が次々と登場してくる。


2003/05/24

 「お言葉ですが…7  漢字語源の筋ちがい」(高島俊男/文藝春秋)  

 「お言葉ですが…」シリーズももう7冊めになる。ついこの間始ったような気もする連載も開始の年に生まれた子はすでに7歳、小学生になっているのである。月日がたつのは速いものだ。
 毎週の連載も楽しみだが、1冊にまとまると面白さは倍増する。  

 「漢字語源の筋違い」とは巷間伝わっている漢字の語源が実は嘘であることをいう。有名なところでは〈師走〉の先生多忙説。平安時代のむかしから言われているのだとか。当時師は坊さんのことだった。年末あちこちお経をよんで走りまわるというわけ。  
 なぜ一年の最後の月を〈しはす〉というのか。実際のところあまりに古くから言われているのでわからないらしい。農業にかかわる命名だと「大言海」にあることを紹介している。  
 〈あっぱれ〉とは〈天晴〉と書き、空がカラリと晴れたようだという意味であっぱれということ、〈あんばい〉が昔の料理が塩と梅で味付けしたから〈塩梅〉と書くこと、〈神無月〉の、10月は各地の神がみな出雲に出かけてしまって不在になるからという説明も嘘であると、言語学でいうところのVolksetymologie、日本語に訳せば「民間語源」「語源俗解」なのだとか。ようは先に言葉があって、後から漢字をあてはめたということだ。  

 冒頭の〈メル友、買春、茶髪〉、ここでの著者の主張は文春に掲載されたときも、まったくそのとおりと思った。
 著者はTVを見ないので俗世間の流行に疎い。新聞記事で〈メル友〉の文字を見て、知人に「メルユウって何だ?」と訊いた。そこでメル友が「メルトモ」と読むこと、携帯電話を通じたペンフレンドみたいなものだと教えてもらった。ところが納得できない。ひとくさり知人に文句を言うのである。
「なら学友」はガクトモか、旧友はキュウトモか」  
 そうなのだ、そうなのだ。僕も「メル友」を当初、メルユウと読んでいたのである。まあ、メールの友達だからメルトモなのだろう。「いい友」からもからもきているのかもしれない。
 「売春」の反対「買春」をカイシュンと呼ばせるのも違和感を持っていた。どちらもバイシュンと読ませるのだとばかり一時期まで思っていたのである。著者曰く「買春がカイシュンなら売春はウリシュンじゃないか」  
 茶髪をチャパツと読ませるのは無理があると。髪をパツと読ませるのは上の文字が撥音(ン)か促音(ッ)である場合に限られるから。茶髪をチャパツなら白髪だってハクパツだものね。

 〈訳がワケとはワケがわからぬ〉で長年の疑問が解消した。訳はヤクであってワケとは読まない。でも申し訳ありませんってどうしても書いてしまうな。
 徳川慶喜の慶喜の読み方から始って、昔の日本人には実名(名乗)というのがあって、本当の読み方は誰もわからない、ということを知った。二文字を訓で読めればそれでいい。西郷隆盛は本当は隆永といい、リュウセイがリュウメイと聞き間違われて、隆盛になったとか。
 武士またはそれに近い身分の人には通称と実名があった。あのミドルネームみたいなものは通称だったわけ。これまたなぜ昔の人は名前が二つあるのかという長年の疑問が解消された。
 そのほかにも〈円はなぜYENなのか〉〈「スッキリ県と「チグハグ県」と、いろいろ胸のつかえをとってくれる。




スポンサーサイト
2017/01/28

 「唐獅子株式会社」(小林信彦/フリースタイル)

 僕が小林信彦を読み始めたのは高校時代、キネマ旬報で「小林信彦のコラム」が始まってからだ。もちろん、中学時代は「オヨヨ大統領」シリーズが話題になっていて、高校時代は「唐獅子株式会社」がブームだった。とはいえ、それほど興味がなかった。
 中学時代に所属していた陸上部の同級生がさかんに「オヨヨ大統領」シリーズの面白さを吹聴してくれたのだが、NHK少年ドラマシリーズのドラマ化に幻滅していたので、原作を手にしようとは思わなかった。
 ところが、キネマ旬報のコラムがすこぶる面白い(なにしろ連載中に読者賞を2回受賞したほどだから)。大学時代に1冊にまとまり、すぐ購入した。ここから小林信彦のこの手の本を集めるようになった。
 コラムやエッセイ、評論集をすべて読破して、新潮文庫の小説をあたるようになった。その最初が「唐獅子株式会社」だったと思う。
 面白かった。笑った。こりゃ話題になるわと得心した。第3話「唐獅子生活革命」で組グループの社内報に掲載されたダーク荒巻の新マザーグース「誰が駒鳥いてもうた?」で、赤い鳥の「誰が鳥を」の元ネタを知った。後藤さん、そういうことだったのね!

 「スター・ウォーズ」と「レイダース」、「スーパーマン」のテーマ曲が似ていること。当時よく仲間と遊んだっけ。
「『スター・ウォーズ』のテーマ曲は?」
「(口ずさむ)」
「『レイダース』は?」
「……(何とか口ずさむ)」
「じゃあ、『スーパーマン』!」
「(わけがわからなくなる)」
 
 このシリーズは、70年代後半から80年代前半、日本がバブルに突入する寸前までの文化、風俗が描かれていて、それが、著者一流のギャグに結びついている。当時を知っていれば、大笑い間違いなしだ。若い人はどう思うのだろうか?

 これまで「唐獅子株式会社」は2度映画化されている。1983年と1999年。
 小説が話題になって、映画化希望の話が次々と版元に押し寄せた。前田陽一監督、岡本喜八監督、長谷川和彦監督。
 松竹の前田陽一監督が特に熱心だったが、会社が反対してポシャった。長谷川監督も映画化に積極的だったが、いつのまにか「太陽を盗んだ男」にシフトしてしまい、著者を呆れさせた。最終的に岡本喜八監督に映画化権を2年間預けることになった。
 そこらへんの顛末は、「小林信彦のコラム」に書いていて、最初にまとめられた「地獄の観光船 コラム101」(集英社)に収録されている。

 「小林信彦のコラム」の書籍化第二弾は筑摩書房から「コラムは笑う エンタテインメント評判記1983〜88」と改題されて出版された。集英社文庫になっていた(で、絶版になっていた?)「地獄の観光船 コラム101」は「コラムは踊る エンタテイメント評判記1977〜81」となってちくま文庫に入った。「地獄の観光船」以降、シリーズとして出版された「地獄の映画館」(76年以前の映画に関するコラムがまとめられていた)は、「コラムは歌う エンタテインメント評判記1960〜63」と改題されてやはりちくま文庫の1冊になった。
 以降、筑摩書房から「コラム」シリーズが刊行されることになる。

 「コラムは笑う」には125のコラムが収録されているのだが、2つめのコラムが「唐獅子株式会社」映画化にまつわる話題だった。
 前田陽一監督が松竹で映画化を試みた際に、脚本を担当した某が映画雑誌に「なぜ映画が挫折したのか」と恨み節を綴っていて、その反論になっていた。挫折の理由「会社が悪い、原作者が悪い、外野が悪い」のうちの、〈原作者が悪い〉に反駁したのである。
 某は著者からのクレームがあったと書いている。
「私の原作は、チンピラライターが手がけるものでありません。書くなら東映の大御所K・K氏か、テレビの巨匠S・K氏のような人にお願いします」
 K・K氏は笠原和夫 S・K氏は倉本聰のこと。
 こんな言葉をいつ、どこで、ぼくが吐いたのか! と激しく怒りながら検証し、結局、某が書いたことは、デタラメ、捏造、虚偽、甘え、非礼、であり、すべてを他人のせいにして、自分の才能を疑うことがない、自称脚本家と罵倒する。
 著者の筆誅の激しさを思い知らされた。

 この項続く




 そうか、会社を辞めてもう1年経つのか。今になって気がついた。
 5年前は孤独感に苛まれていた。
 今もひとりぼっちだけど、そんな環境を楽しんでいるところがある。
 斉藤和義「ベリー・ベリー・ストロング」に涙がにじむなんてオレぐらいのものだろう。

          * * *

2017/01/19

 「ウルトラマンの飛翔」(白石雅彦/双葉社)
 
 第一期ウルトラシリーズを作品ごとに製作観点から検証するというシリーズ第2弾。
 金城哲夫の家族を語るくだりでは涙が滲んだ。
(追記します)

2017/01/20

 「高田文夫の大衆芸能図鑑」(高田文夫/小学館)

 積読本が溜まりすぎて、この1年間はそんな必要なんてないのだが、久しぶりに図書館で借りてきた。


2017/01/21

 「怪獣秘蔵写真集 造形師村瀬継蔵」(村瀬継蔵/洋泉社)

 こういう本は、気が向いたときにチラチラと眺めればいい。幸せになれる。


2017/01/22

 「小林信彦 萩本欽一 ふたりの笑タイム 名喜劇人たちの横顔・素顔・舞台裏」(小林信彦・萩本欽一/集英社文庫)

 単行本が出たときに真っ先に買って読んでいる。そのときの感想でも書いているのだが、藤山寛美、植木等、横山やすし、伊東四朗、渥美清に続いて欽ちゃんを書いてほしかったのだ。
一度欽ちゃんをモデルにした短編を書いているのだから、ずっと願っていたのだが、単行本が出たときに諦めた。


2017/01/28

 「唐獅子株式会社」(小林信彦/フリースタイル)
 

2017/01/30

 「ウルトラマンの現場 ~スタッフ・キャストのアルバムから~」(小学館)

 「ウルトラマンの飛翔」を読んでいたことで、より深くスナップの一枚一枚が愛おしく感じられた。




 能書きはもういい。実践あるのみ。
 とにかく結果をだしてよ。いや結果はでているか。

 昨日は映画サービスデー(ファーストデー)。有楽町で何か観ようかなんて考えていたら、「相棒 15」の予約録画を忘れていたことに気がついた。朝、5時に家を出なければならないので、新聞を読めないことが多く、当然TV欄をチェックしないからそういうことになる。
 「相棒 15」は現パートナーになってまた面白くなったので、毎週要チェックなのだ。映画鑑賞は諦めてまっすぐ帰宅。疲れていることもあるし。
 ちなみに、毎月1日を〈映画の日〉と書いているブログを散見するが、映画の日は12月1日のみを言う。この日だけは1,100円ではなく1,000円になるのだ。

 昨日映画鑑賞をとりやめたのは、今日、神保町シアターで「リボルバー」とリメイク版「野良犬」を観るつもりでいたからだ。朝起きて朝風呂に入りながら考えを変えた。少しは休養をとろう。外出はとりやめてブログに専念することにした。雨も降りだしたことだし。

 で、読書録だが、何も書かないうちに3月になってしまった。
 1月は何とか10冊読破した。
 が、2月は6冊……。いや30日があれば7冊なんだけれど。いいわけなんかするな!

     ◇

2017/01/05

 「作戦NACL」(光瀬龍/ソノラマ文庫)

 かつて夢中になったSFジュヴナイルをもう一度読んでみようと、その手の文庫を古書店で見つけるたびに買い求めている。本書はその1冊。読書中、気分は中学生。NACLが塩化ナトリウムのことだったとは!


2017/01/10

 「怪獣映画の〈復讐〉 70年代怪獣ブームの光と影」(切通理作/洋泉社)

 名著「怪獣使いと少年」の増補改訂版が洋泉社から出版されたのは、本書に関係があったのか?
 70年代の怪獣ブーム。個人的には、小学6年から中学生にかけてのことだから、すべてを受け入れることはできなかった。どうしたって保育所の年長組から小学校低学年に夢中になった第一期ウルトラシリーズ、その他と比べてしまうからだ。以前も書いたことだが、幼児期に第一期ウルトラシリーズを観たか、第二期(「A」や「T」)だったかで、ヒーロー、怪獣を含めた特撮(ドラマ・映画)観が違ってくる。

 切通氏は年齢的には第二期でウルトラを知った世代なのだが、特撮に対する思考は自分にリンクするところが多く、というかほとんど同じだから、著作は読まなければならない。
 読み応えのある1冊でページを繰るのが楽しかった。
 どの章も新しい発見があったが、特に、2「かえせ!太陽を!」公害は最後の怪獣を生んだ証言 坂野義光、4怪獣は〈有害メディア〉か 学年誌が果たした役割 証言 上野明雄、5異常なことはいいことだ 「未来の悲劇」を乗り越えるために 証言 山際永三、6殉教者ウルトラマン 証言 真船禎、が興味深かった。


2017/01/14

 「アイドル女優に乾杯!」(小林信彦/文春文庫)

 新刊時の書名は「あまちゃんはなぜ面白かったか」。このシリーズ、当初は単行本と同じ書名で文庫になっていたが、あるときから改題されることが多くなった。本書の場合は、新刊のときから文庫時には改題されると思っていた。小林信彦ファンでなければ、朝ドラ「あまちゃん」の研究書だと思われるだろうから。

 この項続く




 談四楼師匠のホームグラウンド、北澤八幡神社で隔月開催される「談四楼独演会」の客席で著名人を見かけることがある。きくち英一さんと出会ったのはこの会だから。
 通いはじめたころのこと。井上ひさしに似ている人がいた。まさか本人じゃないよなと思っていたら、二井康雄さんだった。当時は「暮しの手帖」の副編集長で、談四楼師匠は「暮しの手帖」に落語に関するエッセイを連載していたのだ。
 小田島雄志に似ている人もいた。大銀座落語祭で談四楼師匠が出演した会の打ち上げで初めて話をした。まさか本人じゃないよな? Mさんだった。印刷会社の社長さんで、今では談四楼フォロワーズの一員だ。BC二十世紀で毎月開催している日曜ぶらり寄席の常連でもある。
 斜め前に佐高信に似ている人がいた。もう本人じゃないよなとは思わなかった。本人だった!

     ◇

2001/02/28

 「偽善系 やつらはへんだ!」(日垣隆/文藝春秋)  

 著者の日垣隆の名前を知ったのはベストセラー本「買ってはいけない」を真っ向から否定した『「買ってはいけない」は嘘である』が上梓された時だ。版元は文藝春秋。相手が週刊金曜日(本多勝一)だからこの構図はよくわかるが、一フリーライターが戦いを挑むのは無謀ではないかと心配したのである。  
 しかし、日垣隆はそんなヤワな物書きでないことを後で知ることになる。  

 次に日垣隆に注目したのは「諸君!」2000年10月号に掲載された佐高信批判「佐高信とは何者か」だった。批判することはあっても批判されることがほとんどないこの辛口評論家をどう料理しているのか、興味津々で思わずそれまで立ち読みもしたこともなかった「諸君!」を購入した。  
 「諸君!」の批判は佐高信の人間性、仕事ぶりについて言及したもので、具体例が豊富で指摘が鋭く人気評論家の実態が緩急自在に暴露された論文だった。こうまで書かれてどう反論するのだろう、仕事はあるのだろうかと佐高信の今後を心配する始末。  
 頭の極端に切れる人、ディベートやったら絶対負けない人、タイプでいうとポスト呉智英の印象を持った。  
 「諸君!」で認識を新たにした後に出たのがこの「偽善系」だ。(~系)という言葉づかいは好きになれないが、目次を見ると「少年にも死刑を」なんていう章もある。只者ではない。    
 実は本書で一番興味を持ったのが最終章の「さらば二十世紀の迷著たち」だった。  
 それまで本を読んだことがなかった著者は18歳の誕生日から一日一冊読む習慣を自分に課し、今日にいたるまでその日課が途切れたことがないというから一体どういう生活しているのだ?  
 名ルポライターで名高い鎌田慧のルポ批判。北朝鮮に対する嫌悪、「少年は無条件に善である」を標榜する児童文学家灰谷健次郎への批判、鎌田慧のルポは読んだことがなく判断できないが、北朝鮮や灰谷批判は共鳴できる。  
 中学生の弟を何の理由もなく同級生に殺され著者だけに少年法の解説本には〈一ページ一行たりとも被害者がでてこない〉と論破するところは悲痛な思いがした。

 追記  
 「ブレンダと呼ばれた少年」の項でなぜアメリカでは幼児に包皮切除手術をするのだろうか、と疑問を書いたが本書で氷解した。迷著に上げられた、かの「スポック博士の育児書」でペニス割礼を推奨しているのだそうな。


2001/03/07

 「敢闘言 さらば偽善者たち」(日垣隆/太田出版)  

 敢闘言とは何ぞや。  
 著者は1993年4月から99年4月までの6年間にわたって「週刊エコノミスト」の巻頭コラム(巻頭言)を担当していた。そのコラムをまとめたものが本書である。世の中にはびこるさまざまな偽善者たち、偽善的行為、あるいは著者自身の回りで起きた納得できない出来事についての告発、問題提起。普通なら言ってもしょうがない、我慢してしまうところを〈敢えて闘う〉こと、また連載を300回続けたことに対する敢闘賞の意味合いも含めて書名をつけたという。  
 確かに毎週650字弱で〈事件を解説し問題点を探り自分の意見を述べる〉という行為は生半可の知識・体力ではできないことだ。当初この文字数にとまどったのか、読み直さないと何がいいたいのかよくわからない内容だったが、回を重ねるにつれ徐々に迫力が増してくる。引き込まれ納得させられるのは綿密な取材、緻密な分析力による。所収されている2つのルポ「ダイオキシン猛毒説の虚構」「裁かれぬ殺人者たち」を読めば明白である。  

 さまざま問題提起の中で著者自身の人生に触れる文章がでてくる。読むにつれて、いったい日垣隆って何者なの?の疑問が頭の中をうずまいてくる。ある時はトラックの運転手、またある時は書店員はたまた配送員、と思っていたらセールスマン、編集者なんてのもある。いったいいくつの職業を経験しているのだ?
 自宅は長野。子どもたちの学校行事にはけっこう顔を出しているらしい。仕事場は自宅と東京にある。事件を追って裁判の傍聴のため裁判所に足繁く通う。ルポを書くため資料を漁る。もちろん1日1冊本を読んでいるのだろう。いったいどうゆう生活を送っているのだ?  

 「週刊エコノミスト」連載時、巻末コラムを佐高信が担当していて、両コラムで第一次〈日垣VS佐高〉論争が勃発したというのだからさぞ見物だったろう。  
 「諸君!」掲載の「佐高信とは何者か」、最新著作「偽善系」、そして本書で僕自身の佐高信への信頼度は一気に落ちてしまった。月刊「佐高」本を楽しめなくなってしまった弊害は大きいが、仕方ない。第二次論争が始まっているのかどうか知らないけれど、もし佐高信が日垣批判をするとすれば、本書で家族(特に女優志願の娘がオーディションに受かってタレントの卵になったこと)を語っているところだろうか。原稿料とって親バカぶりを見せつけるなとかなんとか。  

 著者の論に従い、本書で印象深かった部分を書き記す。  
 刑法39条を廃止せよ。  
 殺人鬼の人権は人命より重いらしい。  
 10年間夢を持つ続けたら必ず叶う。  

 新刊本の実売部数を当てる能力には驚くばかり。とにかく内容の濃さに圧倒された。
 

2001/06/05

 「偽善系Ⅱ 正義の味方にご用心!」(日垣隆/文藝春秋)  

 「偽善系 やつらはへんだ!」の続刊。  
 本書の圧巻はなんといっても第4章〈辛口評論家の正体〉だろう。
 昨年月刊誌「諸君!」に掲載されたこの文章(掲載時のタイトルは〈佐高信とは何者か〉)は辛口評論家として雑誌、TVで活躍する佐高信の本性を白日の下にさらけだした。  
 他人を批判することはあるが批判されることがないこの評論家の存在を知ったのはビックコミックオリジナルに連載されていた「ラストニュース」だった。  
 原作・猪瀬直樹/画・弘兼憲史コンビによるこのマンガは1日の終わりに既報のニュースを検証する新しい報道番組「ラストニュース」のスタッフ、キャスターを主人公にして、さまざまな事件の真相を追求しながら報道とは何かを問う、当時としてはかなり斬新な内容だった。
 ある回にいつもとは少々ニュアンスが違う、辛口で人気の評論家の実態を告発し、罵倒するエピソードがあった。この評論家のモデルが佐高信だと知り、いったいどんな本を書いているのだろうと図書館で彼の著作を手にとったのが彼の著作を読み出すきっかけだった。(後で知ることになるのだが、猪瀬直樹と弘兼憲史は佐高信に批判される常連者であった。このエピソードは彼らの意趣返しだったのだろう)何冊か読むうち猪瀬・弘兼の批判とは裏腹に佐高信の著作のすっかりファンになってしまった。かなりの本を読んだと思う。
 そのうち書いてある文章に批判的になっている自分に気がついた。何度も同じ人を攻撃する態度、同じ内容の文章を書いたり、他人の文章を引用するだけの執筆姿勢などなど……。
 佐高信の批判にいつもはダンマリをきめこんでいた猪瀬直樹が自身のコラムをつかって天敵に反論、佐高信の文章は〈ガス抜きの働きしかない〉という指摘に今まで感じていたモヤモヤが晴れた気がした。  

 猪瀬直樹の佐高信批判をもっと具体的に痛烈にあるいは詳細に記したのが「諸君!」に掲載された〈佐高信とは何者か〉である。痛快だった。無数に上梓された佐高信の著作、雑誌記者時代の文章をも俎上にして辛口評論の矛盾点、そのいい加減さ、デタラメさを検証していく。見事な論文のあまりのおもしろさにふと時間が空くと「諸君!」をとりだしてはこの部分だけ読んでいた。
 もう何度も読んでいる。にもかかわらず本書を借りてきてまっさきに読んだのが第4章だった。それから第1章からもう一回。多くの佐高本を読んでいる人はこの文章が指摘していることが嘘でも誇張でもないことを実感できるだろう。少しくらい擁護したくてもできないのがつらい。これを境に佐高信の権威は地に落ちただろうと思った。僕自身、以後佐高本を読む気がなくなってしまったし。不幸なことである。  
 「諸君!」が発売されてから佐高信がどう反論したのか知りたい。メディアの反応も僕が知る限りなかった。普通だったらひとつバッシングが始まると連鎖反応を起こすはずなのに。それが不思議。著者は精細さがなくなったとあとがきに綴っているのだが……。  

 その他、第一章〈心神喪失を廃止せよ〉第二章〈野放しにされてきた再犯〉それから第五章〈「田中知事」誕生前夜〉が興味深い。一、二章は著者のライフワークみたいなもの。「刑法39条を廃止せよ」という著者の考えに共鳴する。精神障害だろうが、心神喪失だろうが罪は罪である。そういう点において人権派と呼ばれる人たちに与することはできない。  
 第五章は田中知事が誕生する以前の県知事の独裁、長野オリンピックの裏が暴露されていて、目が覚める思いがした。




 ブックカフェ二十世紀では「週刊金曜日」主催のトークイベントを何回か開催している。
 先週はフォトジャーナリストの新藤健一さんがスクープした記事をテーマに熱弁をふるった。墜落(不時着)したオスプレイの操縦マニュアルが海岸に漂着して新藤さんが入手したのである。「週刊金曜日」に2週にわたって掲載された記事について、掲載されない写真を基に新藤さんがより深く語るというもの。
 予約があまりなかったので、直前に「ドタ参でも大丈夫だと思います」とツイートしたら、当日予約していないお客さんが次々をやってきてうれしい悲鳴をあげた次第。

 開催前に、金曜日社長のK氏と打ち合わせした。K氏は元「サンデー毎日」編集長だ。
 打ち合わせ自体はすぐに終わり、後は、僕が日ごろ疑問に思っている政治のことに関する質疑応答(?)になった。
 結局のところ、オスプレイの数々の事故は操縦が難しいというところに起因するのでないか。ある種の欠陥商品ではないか。にもかかわらずなぜ米軍はオスプレイを使用するのか?
 オスプレイは沖縄で米軍の住宅地の上空を飛行しないらしい。

 東京都知事選に出馬した鳥越俊太郎をなぜマスコミは攻撃したのか? 本当なら一致団結して応援すべきなのに。
 小池百合子はなぜ自民党を辞めないのか? 自民党はなぜ彼女を除名しないのか?

 続いて、「週刊金曜日」編集委員の本多勝一と佐高信について。僕が二人の著作をけっこう読んで、やがて大嫌いになったこと。その経緯を説明したわけで。

 その後、久しぶりに図書館へ行き、借りた本の一冊が「石原慎太郎の『狂った果実』」(金曜日)だった。

     ◇

2003/12/01

 「体験的本多勝一論 本多ルポルタージュ破産の証明」(殿岡昭郎/日新報道)

 元朝日新聞の花形記者、本多勝一の本は凡例が多いのが特徴だ。その中には名著「日本語の作文技術」にも書かれていて、なるほどと納得したこともある(「マスコミかジャーナリズムか」参照)。
 しかしアメリカ合衆国を合州国と表記するのはどんなものか。
 これについても本多勝一独自の見解があるらしい。United Statesを日本語に翻訳すれば確かに合州国ではあるが、そんな本多の提唱を一笑に付したのが高島俊男である。
 「お言葉ですが…」によれば合衆国はUnited Statesの翻訳ではないという。日本人がアメリカを知ってまず驚いたのが、あの国に君臨する王がいないということだった。国民が投票で大統領を選出する、つまり国民一人ひとりが国を運営することが非常に斬新だった。そこから合衆国という名称を使ったのだと。    

 本多勝一という文筆者に対して僕は愛憎半ばする感情を持つ。あの、これはと思った人物、企業に対する執拗な攻撃はいったい何に起因するのだろうか。同じ感覚を抱いていた佐高信は日垣隆によって完膚なまでに叩きのめされ、またそれが正論だったので自分の中で今や完全に忘却の人になってしまった。
 
 本多勝一については微妙だった。    
 そんなところに本書を見つけた。〈私は元朝日新聞記者本多勝一氏に裁判で三連勝した〉の副題に惹かれるものがあった。著者の出身が足利市出身というのも親近感がわく。  
 著者と本多勝一との間で20年を越す争いがあったなんて知らなかった。いったい何を争っていいたのか?

 1975年9月、ベトナムのメコン・デルタの都市カントーで起きた僧侶、尼僧の焼身自殺に端を発す。この宗教政策に抗議しての集団自殺を、国のスポークスマン的立場の愛国仏教会はあたかも尼僧の性的関係を背景にしたスキャンダルのように説明した。当時ベトナムを積極的に取材していた本多勝一はこの発表をそのまま記事にしてしまった。もちろん本にはその旨、巻末に記されてはいる。が、そのスペースはごくわずか。見落とす読者は多いだろう。
 ジャーナリストとして相手の言い分をそのまま掲載していいものなのかどうか、もともと本多ルポルタージュの熱狂的なファンだった著者はそうした本多の執筆態度にかみついた文章を雑誌「諸君!」に発表する。本多はすぐに一読者として反論するが、編集部は相手にしない。次に本多は著者が勤務する大学の教授会宛に著者の品格を問いただす手紙を郵送する。これまた無視される。その後、反論を掲載させろ、させないで、「諸君!」編集長と本多とのあいだで何度もバトル(?)が繰り広げられ、業を煮やした本多が最終的に訴訟を起こすことになるのだ。  

 本多勝一の著作を読むと、文藝春秋に対する敵意が剥き出しになっているが、この訴訟問題が要因だったわけだ。    
 裁判に勝訴した被告側が書いていることもあるが、あたかも正論を説く本多勝一の分が悪い。何より、裁判の証拠を集める段階での卑怯な手口が許せない。ある宗教団体に対し、寄付を口実に擦り寄っていき、肝心の証拠を手に入れると、寄付についてはナシのつぶてという態度はどうだろう。この件が明るみになったことが本人にとって一番つらいことではないだろうか。  
 世の本多勝一ファンは本書をどう読むのだろうか?




 都知事選、自民党推薦候補の応援演説で、小池百合子に対して「厚化粧」と言い放った石原さん。あのとき、豊洲市場問題で、百条委員会が設置され、自分が招致されるなんて、これっぽっちも考えていなかっただろう。
 かつて石原慎太郎について書かれた本を読んだ。著者の本多勝一、佐野眞一に関しても書きたいことはあるのだが、とりあえず。

     ◇

2001/10/17

 「石原慎太郎の人生 貧困なる精神N集」(本多勝一/朝日新聞社)  

 石原慎太郎が元気である。期待はずれに終わってしまった青島幸男に代わって東京都知事の椅子に坐った石原慎太郎の勇ましい発言は連日のようにメディアを賑わせている感がする。  
 靖国参拝する知事に記者がその立場を「公人か私人か」と問うた時、「バカなことを質問するんじゃない!」と一喝した時は爽快だった。靖国参拝する大臣に対して何とかの一つ覚えみたいに同じ質問するマスコミにいい加減うんざりしている。公人だろうが私人だろうが参拝するのは本人なのだ。愚問以外何ものでもない。三国人発言も本人に差別意識があったわけではないと思う。  

 お前は石原慎太郎ファンなのかと早合点しないでほしい。確かにマスコミ対応する際の態度は堂々としているし、見えすいた質問には感情そのままに怒りだす、そういうところは新鮮だし、頼もしい感じがするけれど、あの自信はいったいどこから湧いてくるのだろうといつも疑問なのだ。そのくせ、神経質そうにいつも目を瞬いていて、そこだけ見ていると小心者のように思えてしまう。
 だいたい選挙で弟石原裕次郎の威光を借りるあまりの節操のなさが気に入らない。「太陽の季節」で文壇デビューした小説家としての活動はどうなっているのか。  
 そんなことを考えていたところ、図書館の棚に本書を見つけた。  
 タカ派の石原について良いことが書かれているはずもない(だから読もうとしたのだ)と思ったものの、ほとんど全否定というのが驚いた。  
 「ウソつき」と「卑劣な小心者」をこねて団子にしたような男だって。  
 まあ、確かにそのとおりなのかもしれないが、ここまで否定されると少しはいいところもあるだろうと弁護したくなってしまう。  
 大江健三郎を批判した「文筆家の生活」でも感じたことだが、批判対象者をことごとく罵倒するのは方法論はどんなものか。相手の功罪の罪ばかり責めるのは、あまり賢い方法でないと思う。功もちゃんと認めた上で批判するから、その真意が第三者に届くのではないか。  

 本書は「週刊金曜日」の連載をまとめたものだから、石原慎太郎のほかにもいろいろと話題がある。
 大江健三郎の息子のCDに関する大江自身の親バカぶりはそのとおりだと思う。しかし「ら抜き言葉」に関しての文化庁批判はちょっと論旨が違うのではないか。言葉の美しさという点ではどう考えているのか、方言云々なんて持ち出したってしょうがない。  
 日垣隆『「買ってはいけない」は嘘である』にも相当頭にきているのがわかる。この本を取り上げて、日垣隆のことを〈文春のあわれなシッポ〉と切り捨てる。名前を書くのも汚らわしい、とばかりに文章の中にその名がまったく見当たらない。  
 しかしなぁ、とまた僕は思う。日垣隆の体質(つまり徹底的に取材する姿勢)は「週刊金曜日」の仲間である佐高信より、よっぽど著者に似ているのに。


2004/03/23

 「てっぺん野郎 本人も知らなかった石原慎太郎」(佐野眞一/講談社)  

 書名に笑ってしまった。まさしく石原慎太郎のことではないか。よくぞ名付けたものだと感心していたら、石原慎太郎の小説に同じタイトルのものがあることを本書で知った。副題も効いている。
 
 はっきり言って石原慎太郎は好きになれない。東京都民だったとして先の都知事再選時に彼に投票したかどうか。しかし圧倒的な得票数で再選を果たしたり、石原新党の結成や次期首相を熱望されたりするのはわからなくはない。何度も繰り返す失言も、その本質的な部分で共感を呼んでいるのではないかと思う。都内のホテルや銀行から特別税を徴収しようとしたりする勇ましい行動は部外者にとっては頼もしい限りだ。博覧会を中止した以外は特にこれといった動きを見せなかった青島前都知事と比較して「なかなかやるじゃない」と思っている人は多いのではないか。  

 石原慎太郎とは何者なのか。その思いはいつもあった。僕がまだ十代の頃、自民党内で青嵐会を組織して活きのいい若手議員の印象があった。小説家出身と知り驚いた。「太陽の季節」により大学生で芥川賞を受賞、一気に慎太郎ブームが押し寄せた。当時誰もが慎太郎カットに夢中になったという。「失恋レストラン」のヒットで健太郎カットがブームになったことがあるが、慎太郎カットのブームもこんな感じなのかと思った。今でも個人的にはあくまでも政治家であり小説家のイメージはない。「太陽の季節」等の小説が書店に並んでいるのを見たことがない。今でも本をだしているけれど、政治家が書いたものという認識だ。
 美濃部都知事と知事の座を争ったこともある。正直に白状すれば、あの時は石原さんが都知事になればいいのにと群馬の片田舎でひそかに願っていた。
 でも本当のところ、政治家として手腕はどのくらいのものなのか、どんな実績を残してきたのか。明日の首相に相応しい人なのかどうか。  
 今は亡き弟の石原裕次郎の名を選挙運動に利用するのはどうかと思っている。いつだったか、街頭演説の冒頭で「石原裕次郎の兄です」と挨拶して失笑したことがある。
 TVに登場する際、頻繁にする瞬きが気になって仕方ない。日頃の言動とは裏腹に実は小心者なのではないかとも思っている。同じように瞬きばかりする谷啓は非常にシャイな人なのだそうだ。    

 石原慎太郎の本質を問う本書は、第一部(五章から成り立つ)をまるまる父親・潔の生涯についての記述に割いている。最初は退屈に思えたこの部分が後になって吹奏楽のコントラバスのように必要不可欠であることがわかってくる。  
 湘南のボンボンのイメージがある石原慎太郎(および裕次郎)だが、もともと石原家は裕福な家ではなかった。山下汽船の店童(丁稚みたいなもの)からスタートした父の仕事は苦難に満ちていた。この部分の取材でも著者は決して手をゆるめない。文献を探し出し、潔を知る人間にできるだけ取材を試みる。  

 第二部以降は石原慎太郎の本質をついた至言がいたるところで散見できる。  
 いくつか拾ってみよう。

 慎太郎の論理の特徴は、自己を正当化するためなら、事実を自分の都合のいいようにねじまげてもかまわないという考える我田引水と夜郎自大の習性が、随所ににじみ出ていることである(P366)。

(慎太郎は)みんなバカにみえて、自分ひとりだけ松の上にとまった鶴みたいな気でいる。自分以外の他人はほとんどバカにしかみえない慎太郎の唯我独尊的な体質は、危惧の念を抱いてみるべきである(P379)。

 自民党で一派閥を統率する亀井静香はしばしば、「あいつ(慎太郎)はわがままがすぎる」と漏らしている。やはり、慎太郎は政治家ではなく小説家以外の何者でもない、というみかたにどうしても傾く(P383)。

 1975年の都知事選での敗退後、支援者たちに電話の1本もかけず、なんのあいさつもしなかった慎太郎に、人さまのことをあれこれいっていい資格はなかった(P390)。

 最初の掛け声は勇ましいが、結果は尻すぼみに終わる。これは青嵐会結成以来、慎太郎が繰りかえしてきたいつものパターンである(P407 )。

 息子への溺愛ぶりと、他人の痛みには寛容なのに、自分の痛みは絶対に許せない彼のわがままな性格は露骨に現われている。慎太郎の息子たちへの愛情のかけかたは、家族思いという次元をはるかに超えている(P409)。

「公約なんて実現可能なことは言わないものです。実現できなかったときに支持率が落ちるだけですからね。(公約は)オッと思わせることが大事なんです」(P430)

 朝まで生テレビの物真似で話題を呼び、今はウンチク王で名高い某氏がこの人の物真似だけはしたくないと言った。なぜなら「物真似は好きな人、その人への愛がなければないとできないから」。そんな亀井静香に「わがまま」と言われる石原慎太郎っていったい?!

 同じ自民党の、長老松野頼三に取材し、彼の慎太郎感を聞き出している。
「彼はポイント、ポイントではよいことをいうけれども、全然つながらない。ときには反対のことをいうことがある。上手にね。上手すぎるんだ」
「政界に長くいると、その上手すぎる手つきがみえる。手品がみえる。観客には拍手だがね。私ら、舞台裏からみてるから、みえすぎるんだ」
「慎太郎は危険ではない。君子豹変するほうだ。実利的な男だからね。自己顕示欲が強くて、中曽根康弘の若いころに似ている。けれども、中曽根のほうがずっとイデオロギーがあった」
「慎太郎は《かつがれにくい人》なんだ。自作自演の人間だからね。彼には諸葛孔明が必要ないんだ。自分が諸葛孔明のつもりなんだ」
「彼にどんな能力があっても1人の力はしれている。彼を指示し、教える者がいない。だから彼は、東京で一番高い愛宕山で終わるかもしれない」。  

 副知事某氏の重用が心配である。都政の九割を牛耳っているという。批判的な記事を書くと、その記者は飛ばされるのだとか。この某氏に対する石原都知事の信頼は厚い。本書の中で一番恐怖を感じた部分はここだった。




 承前

2001/04/11

 「梅安針供養 仕掛人藤枝梅安」(池波正太郎/講談社文庫)

 「仕掛人藤枝梅安」シリーズの短編連作集をすべて読了し、次はお待ちかね長編シリーズだとばかり、長編第1作を読み始めたが、どうもおかしい。話が前巻に続いていないのである。
 あらためて裏表紙の解説を見ると、どうやら長編第2作を借りてきてしまったのだった。

 以前「百舌が叫ぶ夜」(逢坂剛/集英社 現在集英社文庫所集)が大変面白く、単純にタイトルだけで続編だろうと勘違いして「よみがえる百舌」を借りてきた時のことを思い出した。「百舌の叫ぶ夜」は「幻の翼」「砕かれた鍵」と続き、「よみがえる百舌」はシリーズの4作めということを知ったのは読了してからだった。物語中で前作、前々作の事件や真犯人のことが書かれてあり、その後2作め、3作めと読んだのだが、犯人のわかっているミステリというのはどこか味気ない。  
 梅安シリーズは別にミステリでないのだから、1巻くらい飛ばしてもいい気もするが、気分が悪い。  
 あわてて図書館に長編第第1作「梅安針供養」を借りに行くと何と改装のため当分休業だという。しょうががないから、古書店で購入した。  

 闇討ちされ瀕死の重症を負った若侍は通りかかった梅安に助けられ、彦次郎、十五郎らの介護によりどうにか回復したが、記憶をなくしていた。
 同じ頃、梅安は隠居した香具師の元締・萱野の亀右衛門から自身の死を賭して四千石の旗本・池田備前守の奥方(増子)の仕掛けを依頼された。梅安は助けた若侍が旗本の息子ではないかと推理する。池田家では継承問題で前妻の息子(辰馬)と増子のふたりの実子(正之助・小三郎)が争っているらしい。増子は実子を跡取にしたい。だから辰馬の命を狙ったのではないか、と。しかし実態はそんな簡単なことではなかった……。
 ひょんなことから若侍を助け、同時に若侍の母親を仕掛けなければならない梅安らの活躍と十五郎の件から梅安との関係がおかしくなっている白子屋菊右衛門の梅安暗殺の暗躍が描かれる。菊右衛門が放った凄腕仕掛人の最期のあっけなさが、梅安との生死を賭けた一騎打ちを期待するこちらの予想を裏切ることになるのだが、このシリーズが単なるチャンバラ小説でないことを認識させられる。
 増子を仕掛けた後の梅安らしい決着のつけ方がすがすがしい。


2001/04/13

 「梅安乱れ雲 仕掛人藤枝梅安」(池波正太郎/講談社文庫)  

 短編「雨隠れ」と長編「梅安乱れ雲」の2編を収集。  

 「雨隠れ」は「梅安針供養」の事件後、熱海で身を隠していた梅安が巻き込まれる一件が描かれる。
 熱海から江戸に向かう梅安が目撃した浪人はその昔母親に捨てられ孤児となった梅安を引き取り針医者にしてくれた師匠・津山悦堂の恩を仇で返した憎き敵だった。悦堂の復讐を果たそうと浪人の命を狙う梅安だが、浪人は20年辛抱強く父の敵を探し回っていた男だと知り、態度を改める。男が敵討ちに失敗し命を落とすと、梅安は彦次郎、十五郎の協力を得て、男の念願を成就してやる物語で、雨に始まり雨で終わる好編。  

 お待ちかねの「梅安乱れ雲」は梅安と白子屋菊右衛門の確執が抜き差しならないものとなり、ついに二人の刺客が江戸に放たれるところから始まる。
 この二人、北山彦七と田島一乃助の関係が面白い。二人は男色関係にあるのだが、中年の北山は両刀使い、道中ある宿場町で女を買いに行き、若い田島を先に行かせ、それが田島の嫉妬を呼ぶ。待ち合わせの旅籠まで一人旅の田島が腹痛に襲われ、助けるのが梅安である。もちろん田島は命の恩人が仕掛けの相手だと知らないし、梅安も若者が自分の命を狙っていることなど知りはしない。
 江戸に勢力を伸ばす白子屋を嫌う音羽の半右衛門の白子屋暗殺計画に乗る彦次郎と十五郎、愛人失踪で江戸に赴いた白子屋と北山や江戸の腹心たち、別行動で命の恩人が仕掛けの相手だと知り徐々に梅安に心開いていく田島。
 この3組の行動がクライマックスの殺戮現場に集約していき、そこにひとり梅安が現れることによって巻き起こる、あっと驚く展開が笑いとともにサスペンスを生む。  

 本作は何ともいっても何度も梅安を救うことになる田島一乃助のキャラクターの魅力につきる。  
 梅安に隆大介、十五郎に中井貴一(彦次郎は配役が思い当たらない)、田島に松田龍平で映画(スペシャルドラマ)化できるのではないか。  

 一時彦次郎と十五郎が身を寄せる目黒の西光寺が大学時代に住んでいたアパート(目黒区目黒1丁目)から目と鼻の先で親近感を覚えた。梅安の住居がある品川台町もそれほど遠いところではなさそうだ。


2001/09/10

 「梅安影法師」(池波正太郎/講談社)  

 このシリーズ、ずっと文庫で読んできたが、この「影法師」だけ文庫の棚で見かけたことがない。仕方なく単行本を借りてくる。  

 前作「梅安乱れ雲」で白子屋菊右衛門を葬った梅安が白子屋残党の放つ刺客に命を狙われる〈白子屋事件〉その後の顛末が描かれる。  
 今回、梅安の命を狙う仕掛人は3人。  
 前作で奇抜なアイディアによってもう少しのところで梅安を暗殺し損ねた鵜ノ森の伊三蔵。菊右衛門亡き後白子屋を束ねるニの子分・切旗の駒吉そして白子屋の江戸における根城・山城屋改め笹屋伊八、この二人が復讐のため梅安暗殺に差し向けた凄腕の仕掛人、石墨の半五郎と三浦十蔵。彼らの梅安必殺の秘策とは何か。  
 温泉で休養をとった後、江戸にもどって鍼医として治療に専念する梅安が昔から懇意にしている薬屋(片山清助)が何者かに命を狙われていると知るや、彼を守るため自分の危険も省みず快復に精を出す。そんな梅安の身を案じる彦次郎と小杉十五郎。久しぶりに肌を触れ合う恋人・おもん。  
 結末はわかっているのに、今度こそ梅安がやられてしまうのではないかと、気が気でなかった。前作あたりから他人の助けがなかったら命を落としてしまうくだりが見受けられ、刺客の腕もこれまでと比較にならないからかもしれない。  

 簡潔な文体による静けさの中で徐々に発酵してくるサスペンス。一瞬の間に巻き起こる殺戮模様。その緊張感は湖面で唯一人優雅に釣り糸を垂れる釣人と魚の関係のようだ。  
 楽しみな食に関する叙述が少なかったのが少々ものたりなかった。今回は鮪の刺身がでてくる。といっても山葵醤油に漬けたものを金網で炙って食するというもの。昔は鮪は生で食べるものではなかったらしい。地の文の解説で作者自身の子ども時代には鮪の脂身は捨てるものだったと書いている。魚屋に買いにいくとただでもらえたとある。鮪(の刺身)大好き人間としてはうらやましい限り。


2001/10/10

 「梅安冬時雨」(池波正太郎/講談社文庫)  

 〈仕掛人・藤枝梅安〉シリーズの最終作。作者急逝のため未完に終わってしまった作品である。  
 冒頭、悪者・線香問屋主人を大川の舟上で鮮やかな仕掛けで葬りさる梅安。また新たな物語が始まるかと思いきや、白子屋騒動は依然決着がついていないことがその後判明する。  
 前作「梅安影法師」で不覚をとった刺客・三浦十蔵、白子屋の縄張りを一手ににぎった切畑の駒吉が新たにやとった平尾要之助。この二人が梅安の命を虎視眈々と狙っているのだ。  
 前作で音羽の半右衛門の密偵として女の武器を使い敵の内情を探っていたおしまが平尾と知り合い、その人柄に惚れて逆に音羽屋を裏切る行為にでる。  
 梅安は敵の動きに敏感になりながらも、仲間の彦次郎や十五郎と一緒に住む家の新築に精をだす。彦次郎は梅安の留守の間簡単な按摩治療を施すようになっている。そんな状況の変化が何か恐ろしい事態の前触れのような気がしてならない。
「今回は梅安側に犠牲者がでるのではないか」  
 これである。    
 (このフレーズ、一度使ってみたかった!)

 十五郎がかつて世話になった剣の達人為斎・浅井新之助の颯爽とした登場、三浦十蔵の1日の疲れをとるため請われて棲家に通う按摩の竹の市に近づく彦次郎。梅安たちの反撃が始まるところで絶筆。  
 いくら待ってもこの続きは読めないのだと思うとつらい。  

 他に「池波正太郎・梅安の旅」、1982年のインタビュー「梅安余話」を収録。




 「木枯し紋次郎」と「必殺仕掛人」といったら、「帰ってきたウルトラマン」と「仮面ライダー」の関係に似ている。違うか。
 土曜日の22時30分、フジテレビで始まった「木枯し紋次郎」が始まって大人気になった。第2シリーズのときだったと思うが、裏のTBSで22時から「必殺仕掛人」が始まって、これまた大人気となった。視聴率的は「木枯し紋次郎」を追い抜いたのではなかったか?
 当時はエロシーンに惹かれて、最初の30分だけチャンネルを合わせたこともあった。〈手ごめ〉という言葉を覚えたのは、この手の時代劇のテレビ欄における紹介記事だった。
 同じ時代に放映された人気時代劇の原作をほぼ同時に読み始めたのはまったくの偶然である。いや、少しは何かの力が働いているか。

     ◇

2000/09/08

 「梅安蟻地獄 仕掛人藤枝梅安」(池波正太郎/講談社文庫)

 この夏のお昼にテレビ東京で「必殺仕掛人」が再放送され、その録画を帰宅してから観るのが毎晩の楽しみになっている。
 本放送時、「木枯し紋治郎」の裏番組だったため、ちゃんと観た覚えがなく、再放送にも縁がなかった。
 僕が必殺シリーズに夢中になったのは第2作「必殺仕置人」で、その後しばらくご無沙汰して「新必殺仕事人」以降またハマったくちだ。だから「仕掛人」は本放送以来久しぶりの鑑賞ということになる。

 当時の印象としては緒方挙演じる梅安の坊主頭と針による斬新な殺しがすべてといった感じで強く記憶に残っているが、今回観直していろいろと発見があった。
 梅安の魅力はもちろんのこと、林与一演じる浪人・西村左内のストイックな生き方、華麗な刀さばきに惚れ惚れする。また、山村聡の元締め・音羽屋のしぶさがたまらない。梅安たちが酒を飲み、鍋などつつくシーンが見るからにうまそうだ。
 ストーリーもシリーズ後期のようにパターン化していなく、先の展開が読めないこともありけっこうハラハラさせられる。
 やはり原作がしっかりしているからだろうか、と小説を確かめたくなった。

 とりあえず短編シリーズからと思って、図書館に行ったら第1巻が貸出中。
 「木枯し紋治郎」同様どこから読んでもかまわないだろうとシリーズ第2弾の本書を読んだのだが、このシリーズは短編連作でストーリーがつながっているのである。しまったと思ったが後の祭り。
 「春雪仕掛針」「梅安蟻地獄」「梅安初時雨」「闇の大川橋」の4編が収録されている。春に始まって冬までの四季のうつろいの中で梅安たちの活躍を描く趣向が江戸情緒とあいまってたまらない魅力となっている。
 食事の場面はどれもみなおいしそう。描写がうまくて思わず舌なめずりをしてしまう。よく考えれば池波正太郎は食通として有名な作家であった。
 梅安の独白が独特の文体で書かれ、それがこのシリーズの特徴。

 小説の梅安は、確かにイメージは緒方挙であるが、大柄というところがどうも違う。コンビを組む相手もTVと違って楊枝職人の彦次郎。彦次郎といえばTVでは左内の息子の名前だ。元締めは表の商売が香具師の元締め、札掛の吉兵衛。
 音羽屋や左内はTVのオリジナルなのだろうかと思いながら読み進むと後半になってからゲスト的に登場してくる。この二人の設定とイメージはTVとまったく違う。
 今後音羽屋はもっと梅安にからんでくるのかどうか。「木枯し紋次郎」同様楽しみなシリーズができた。


2000/10/31

 「殺しの四人 仕掛人・藤枝梅安」(池波正太郎/講談社文庫)

 「おんなごろし」「殺しの四人」「秋風二人旅」「後は知らない」「梅安晦日蕎麦」の5編収録。本作も一年の季節をとおしての物語となっている。

 記念すべき第1作はTV化もされた(映画化もされているという)「おんなごろし」。料理屋のおかみ殺しを依頼された梅安が下調べに行くとおかみは小さいころに別れた妹だとわかる。にもかかわらず、梅安は評判の悪いこのおかみを何の未練もなく殺してしまう。梅安の少年時代、なぜ仕掛人になったかがわかる仕組みにもなっている。TVではこの妹を加賀まり子が演じていた。
 「殺しの四人」は梅安が昔殺した女の亭主が今では仕掛人となって梅安に復讐する話。
 「秋風二人旅」は彦次郎の復讐譚。京への旅の途中に見かけた侍は忘れもしない妻子を殺した無法者だった男。かつて無法者に犯された愛しい妻は子どもを連れて自殺してしまっのだ。妻子の仇とばかりにいきりたつ彦次郎をよそに梅安は侍がかつての無法者には思えなくて…という話。これもTV化されている。TVでは、彦次郎役に今はなき小林昭ニが扮し、無法者と侍の二役を天地茂がうまく演じていた。
 「後は知らない」は二人が京に滞在中に依頼された殺しに関して、命を狙うべき侍が実は善人で、依頼した方が悪人だと知った梅安たちが依頼人を殺してしまう話。
 似た話が最終話の「梅安晦日蕎麦」。これは彦次郎に依頼された殺しの相手が家来の母娘を犯し好き勝手放題の旗本に反抗した侍であること、依頼人がその旗本だとわかり梅安の協力のもと依頼人と同時に嘘をついて仕事を斡旋した元締めまでも殺してしまう姿が描かれる。<世の中に生かしておいては、ためにならぬやつを殺す>梅安の姿勢を明確にした一編といえるだろう。

 偶然にも1970年代初めに一世を風靡した時代劇(「木枯し紋次郎」と「必殺仕掛人」)の原作を読むようになった。「木枯し紋次郎」シリーズが読むたびに昔の映像が蘇ってくるのにくらべ、「梅安」シリーズにはこの夏再放送されたというのにそれがない。原作とTVがまったく別物という印象なのである。


2001/02/11

 「梅安最合傘 仕掛人・藤枝梅安」(池波正太郎/講談社文庫)

 シリーズ第3弾。6編収録。

 音羽の半右衛門と敵対する元締めから半右衛門の仕掛けを依頼された梅安の策略を半右衛門の人となりを交えて描く「梅安鰹飯」。このエピソードは大幅に内容が変更され「必殺仕掛人」でTV化された。
 昔自分の子を捨て、江戸に出てきた女が今では一女をもうけ亭主と幸せに暮らす。子捨てを目撃している梅安は激しい怒りで女に殺意を抱く、掌編とも言うべき「殺気」。
 道場相続の一件でお尋ね者になっている小杉十五郎が大坂から帰ってきた。彼の命を狙う男は、また料理茶屋の主人の過去をネタに脅迫。このものすごく腕のたつ男を梅安と彦次郎が息のあった仕掛けで葬りさる「梅安流れ星」。ラストの二人のやりとりにちょっとびっくり。
 命の恩人が実はこの世に生かしておけない奴だと知り、ためらいもなく仕掛けに走る梅安の活躍「梅安最合傘」。

 特に印象深いのが「梅安迷い箸」「さみだれ梅安」の2編。
 「梅安迷い箸」は料理茶屋の座敷女中に仕掛けを目撃された梅安の焦りが前半のサスペンスとなる。仕掛人の掟として現場を目撃された場合、理由の如何にかかわらず目撃者は殺さなければならない。しかし女は取り調べでお上に何も言わなかった。なぜなのか?調べていくうち女の薄幸な人生が浮き彫りにされてくる。梅安の身を案じ女を自分の手で殺めようと考える彦次郎をよそに梅安は決断する。女は殺さない。もしそれでお縄になってもそれはそれで仕方ない。しかしそんな女におとずれた小さな幸せがあっけなくくずれたとき梅安は……。女中おときと梅安のふれあい、真の悪を裁く梅安の心情が活写されている。
 最終話「さみだれ梅安」はまた小杉十五郎にまつわるエピソード。

 このシリーズ、収録作品が時系列に並び連作の形をとっているが、このエピソードだけ季節が「梅安鰹飯」の頃にもどるのだ。大坂からまいもどった十五郎が世話になった白子屋から仕掛けの話をもちかけられたのだが、相手が女なので躊躇する。女は料理茶屋のおかみ、婿をとり娘もできて先代から仕えている大番頭のもと店も繁盛している。なぜこの女を殺さなければらないのか、この殺しを依頼してきたのは誰か。梅安はそんな十五郎に交換殺人を提案する。女のずるさ、したたかさはまた梅安の憎むべき、忌み嫌うものだと意識させられる。
 十五郎を仕掛人に誘い込む白木屋とそれを許さない梅安との確執が予想されるラスト。
 今後の長編の展開に関係があるのだろうか?

 この項続く




 「忠臣蔵を読む」に続いて「時代小説を読む」シリーズに入る。
 第一弾は「木枯し紋次郎」。

     ◇

2000/08/25

 「木枯し紋治郎(七)木枯しは三度吹く」(笹沢左保/光文社文庫)

 今年6月、CSで市川崑監修・監督の傑作時代劇「木枯し紋治郎」が一挙放映されたという。もちろんわが家では観られない。市川監督作品を集めたLDが発売されたがすでにDVDの時代で今更LDを購入する気もない。
 利用するビデオレンタル店には2話収録のビデオが3巻おいてあって、何度か鑑賞済みだ。
 かつての映像ばかり追い求めていたわけだが、ふと原作の世界はどんなものだろうかと考えるようになった。江戸時代に興味をもつようになってから、時代小説にも触手をのばすようになった僕としては当然の帰結か。
 とりあえず図書館で借りようとしたら、川口も羽田も棚に一冊もない。「帰って来た」シリーズならあるのだが、旧シリーズが見当たらない。不思議なことに書店にも古書店にもないのである。
 で、やっと何軒も廻った末に川口駅近くの初めて行く古書店で見つけたのが本書だった。
 第一巻から読みたいけれどシリーズ自体一話完結のどこから読んでも問題ないらしいので、買ってきた。なんたって100円なんだから。

 笹沢左保の小説は初めての体験だ。
 小説を読むとTVシリーズがいかに原作のイメージに合った作りになっていたかわかる。紋次郎はまさしく中村敦夫しか考えられないし、文体からは芥川隆行のナレーションが聞こえてきそうだ。  
4編が収録されている。表題作「木枯しは三度吹く」のほか、「唄を数えた鳴神峠」「霧雨に二度哭いた」「四度渡った泪橋」。
 最初の「唄を数えた鳴神橋」では紋次郎の死を予感させる終わり方をする。解説を読むと、作者はこの話でシリーズを完結させようとしたらしい。しかしファンが許すわけもなく、続く「木枯しは三度吹く」で再スタートをきったとのこと。
 ミステリの作りは予想していたとおり。どんでん返しによる驚愕のラストはだいたい最初の伏線でわかってしまうのがちょっとものたりないか。でもくせになりそう。


2000/10/10

  「木枯し紋治郎(一) 赦免花は散った」(笹沢左保/光文社文庫)

 第一巻だけは記念として手元に置いておきたいと思って探し廻ったけれど、やはりどこにもなかった。あきらめて図書館で取り寄せた。
 収録作品は表題作のほか「流れ舟は帰らず」「湯煙に月は砕けた」「童唄は雨に流せ」「水神祭に死を呼んだ」の5編。

 TV時代劇「木枯し紋治郎」の最初の数話はまだ原作がそれほど書かれていなかったのか、「木枯し紋次郎」のプロトタイプともいうべき笹沢左保の〈渡世人シリーズ〉の短編をアレンジしたものだった。
 木枯し紋次郎がどのようにこの世に登場したのかとても気になるところで、興味津々で第1作「流れ舟は帰らず」を読み出した。驚いた。紋次郎は流人として登場するのだ。
 殺人を犯した仲間が先の短い母親の面倒を見たいというので、身代わりで島送りにされたのだった。脱獄に誘われるが、母の死後、仲間が自首してくると信じて、首を縦にふらない。昔からの仲間とはいえ他人のために罪をかぶり、その他人が助けに来てくれることを信じる紋次郎というのも珍しい。
 案の定、裏切られたことを知った紋次郎は島の連中と脱獄する。本土に向かう舟の上で裏切り、いざこざがあり、一人生き残った紋次郎は仲間への復讐を果たす。脱獄者は全員死亡、紋次郎自身も記録では死んだことになっているラストは衝撃的だった。無宿人という以上にまさに生きる屍となった設定に以後の紋次郎のキャラクターが決定づけられた。
 「流れ舟は帰らず」は江戸の大店の跡取息子である兄を探す妹に協力する紋次郎が描かれる。ここでも紋次郎は自分から他人と接触している。
 「湯煙に月は砕けた」は撮影中に中村敦夫がアキレス腱を切って、放映が中断する間際もしくは再開された最初の作品の原作。事故で足に重症をおった紋次郎が伊豆の温泉宿で湯治する。そこへ無法者たちがやってきて村を襲う。敵に長脇差をとりあげられ、手も足もでなく事態を傍観せざるをえない紋次郎がなんとか動けるようになって、湯女らの、死と引き換えの協力のもとラストで悪人たちを相手に大殺陣を繰り広げるくだりは興奮もの。戦の前に、手甲脚絆、草草履を身につけていくしぐさがまさしくヒーローでしびれてしまう。
 「童唄は雨に流せ」では早くも紋次郎の出世の謎が明かされる。紋次郎のやさしさが逆に母子を死にいたらしめる結果となる悲惨な物語だ。
 「水神祭に死を呼んだ」は無宿人の無残な最期を描く人斬り伝蔵と紋次郎の邂逅の物語。ラストのどんでん返しが効いている。

 巻末の縄田一男による解説が楽しい。
 作者は時代劇のハードボイルド、マカロニウェスタンを狙ってこのシリーズを創作したという。  
「赦免花は散った」は菅原文太主演の東映映画化作品の原作だと知り、菅原紋次郎に違和感のあるにもかかわらずその映像化作品を確認したくなった。
 その他の作品もTV化されているので、また第1話から鑑賞したくてたまらない。


2000/11/07

 「木枯し紋治郎(二) 女人講の闇を裂く」(笹沢左保/光文社文庫)

 さっそく図書館に第2巻をリクエストして取り寄せた。
 「女人講の闇を裂く」「一里塚に風が絶つ」「川留めの水は濁った」「大江戸の夜を走れ」「土煙に絵馬が舞う」の5編が収録されている。
 渡世人・木枯し紋治郎が目的なき旅の最中に出会う事件をさまざま舞台、設定を用いて描き、その中で紋治郎の人間性を鮮やかにクローズアップさせる寸法。
 この(二)には特に多種多様な設定が用いられていて、作者のこのシリーズを続けるにあたっての意気込みが感じられる思いがした。人を信じない紋治郎がどのように形成されたかが描かれるエピソードが並び傑作ぞろいの作品集である。

 とある村の20年前の庚申待ちの夜、藩の武士に襲われたいいなづけを助けようと、相手を殺した若者が村の実力者の裏切りで藩に引き渡され、若者は20年後の復讐を宣言して村を去った。その復讐におびえる(商売敵が現われて)今ではすっかりおちぶれてしまった村の実力者。そこへ紋治郎がとおりがかって村を救うことになるのだが、この復讐話には巧妙な罠が仕掛けられていた……という「女人講の闇を裂く」。

 妻のいわれなき殺人に抗議し故郷を捨て、人里離れた土地で農機具の鍛冶に精出す刀鍛冶と長脇差を欠いた紋治郎との出逢い。紋治郎は妻の無実を信じる刀鍛冶と夫に従順につかえる妻の姿を見てやすらぎを覚え、ふたりの命を狙いにやってきた魔の手を一網打尽しするのだが、後からやってきた刀鍛冶の妹の話から妻の意外な事実が判明してしまう「一里塚に風が絶つ」。

 姉にうりふたつの壷振りの女と珍しく道中をともにする紋治郎が若くして死んだ姉の死の真相を知る「川留めの水は濁った」。自分の命を救ってくれた姉が死んだと聞いて家を出た紋治郎の、姉に対する憧憬を事細かに描き出した異色作。

 異色といえば「大江戸の夜を走れ」も三度笠、道中合羽から町人姿となった紋治郎が描かれるという点ではいつもの趣きではない。処刑される罪人に妻子の無事を伝えるため浅草に赴いた紋治郎は罪人から謎のサインを送られる。行動をともにした罪人の愛人の不可思議な動きから、サインは罪人が隠し持っている大金の在処を示すものだと知り、夜中、江戸から妻子の待つ下高井戸まで突っ走る。夜空が徐々に明るくなっていくくだりの描写がいい。「視界が、水色に染まった。」にしびれた。

 「土煙に絵馬が舞う」はTVのエピソードのあまりの悲惨さでよく憶えている。鉄砲水に襲われ荒れ果てた土地にしがみついている貧しい百姓たち。定期的に襲ってくる無法者がいても土地を離れようとしない。無法者の首領が言うにはこの土地のどこかに盗んだ百両が隠されていると。農民の長は「知らない」と答える。貧農出身の紋治郎にはそれでも土地に縛られてしまう農民の性がわかる。わかるから長の言葉を信じ、やがて無法者たちと一戦を交えることになる。紋治郎と狂女以外全員が死に絶え、虫の息の長から「お前が来なかったら百両は全部おれたちのものなったんだ。お前のせいで皆死んだ。皆お前を恨んで死んでいった」と罵られる、何ともやりきれないラスト。救いのない「七人の侍」といえようか。

 人嫌いの紋治郎が、それでもどこかで人を信じ、しかしそんな気持ちを粉々に踏みにじられる様が各編ににじみでている。


2000/11/15

  「木枯し紋治郎(三) 六地蔵の影を斬る」(笹沢左保/光文社文庫)

 どこを探し廻ってもなかった光文社文庫版の「木枯し紋治郎」シリーズだったが、図書館にリクエストしたとたん、次々と古書店で見つかることが続いた。ある古書店ではシリーズ全巻がセットで並んでいたりして、もっと早く知っていれば購入していたものを、と地団太踏んだ。
 が、(これが私のおかしなところなのだが)一度図書館で全巻取り寄せることを決意したら、その方針を崩したくない。
 で、本書も図書館へのリクエスト。
 表題作のほか「噂の木枯し紋治郎」「木枯しの音に消えた」「雪燈籠に血が燃えた」の4編収録。

 身に覚えのない親分殺しやくざの子分たちに命を狙われる紋治郎と彼の身を守ろうと親しげに近づいてくる謎の男の出逢いと別れを描く「六地蔵の影を斬る」。
 文中に必ず描写される紋治郎の風貌~左頬の刀傷、口にくわえた五寸の楊枝、汚れた三度笠、道中合羽~これを逆手にとったのが「噂の木枯し紋治郎」。巻頭早々紋次郎が殺されてしまうのだ。まあ、そんなことはありえないことで、殺された木枯し紋治郎は余命いくばくもない無宿人が扮した偽者だったことがわかる。なぜ無宿人が金のために自分の命を売ったのか、その謎に迫る紋治郎の活躍が描かれる。
 本書の一番の注目は「木枯しの音に消えた」。紋治郎がなぜ五寸の楊枝をくわえ、木枯しの音をさせるのか、その謎が明らかになる。
 若かりしころの紋治郎とある浪人親娘の出逢い。その娘が楊枝を使ってある音色をだす。それを紋次郎が真似したというわけだ。ただ紋次郎だと木枯しが吹くような寂しい音色になってしまう。浪人親娘が住む町にやってきた紋次郎が娘の幸せを願って悪人たちをたたっ斬るのだが……。
 「雪燈籠に血が燃えた」にも紋次郎のやさしさが滲み出ている。
 今は亡き姉の子を連れた婚期を逃した女。子には父がいない。村でも差別されている。その子が作った不細工な雪燈籠。知り合った紋治郎がその子に昔の自分を見て、無法者たちの金儲けの犠牲になった子の仇を討つ。そしてラストにお待ちかね、「あっしには、関わりのねえことで……。」

 巻末の解説で詩人の郷原宏は笹沢左保は文体を持った作家だと書く。
 笹沢時代小説の記念すべき第一作「見返りとうげの落日」の冒頭の場面から引用して「いた」「続けた」「出た」「暗かった」と続く<TA音>の連打が快調な文体のリズムを作り出し、とある。それがそのまま主人公の歩行のリズムに重なっている、と。
 実は初めて「木枯し紋次郎(七)」を読んだとき僕は逆に<TA音>の連打が気に障った。情景描写、時代描写はまさしくTVのナレーションを聴く思いがしたが、紋次郎の行動を描くところでこの過去形ばかりの文章がリズミカルじゃないと感じたのだ。
 ところが巻を読み進めるほどこれがなんとも心地よくなるのだ。そしてその描写は氏が指摘するようにまるでカメラなのだ。始めはロング、そしてアップになって、と文章が映像になっている。だからこそ読むたびに昔の作品が観たくてたまらなくなるのだろう。




一応この項から続く

 市川崑監督の「四十七人の刺客」が公開されたのは1994年の4月。この年から僕の忠臣蔵本読みが始まった。
 2000年にHP「夕景工房」を開設し、映画の感想や読書レビューを毎週更新していた。
 読書レビュー「買った! 借りた! 読んだ!」に掲載した分を転載する。

     ◇

1999/10/19
          
 「忠臣蔵コレクション4 列伝篇 上下」(縄田一男編/河出文庫)

 この河出文庫版の「忠臣蔵コレクション」は本伝篇と異伝篇の2冊で完結と思っていたら、列伝篇上下があってあわてて借りてきた。
 時代小説の大御所たちの短編が網羅されていてなかなか読み応えがあった。

 「列伝篇 上」では池波正太郎の「火消しの殿」、直木三十五の「寺坂吉右衛門の逃亡」、多岐川恭の「夜逃げ家老」、井上ひさしの「毛利小平太」が面白かった。いわゆるアンチ赤穂義士という味わいがあるからだろう。
 「火消し殿」は浅野家に小姓としてとりたてられた美貌の青年からみた浅野家断絶が描かれている。何より内匠頭の男色、その執着ぶりを上野介にとがめられたことが刃傷の原因だったというのが興味深い。
 足軽の悲哀がにじみでていたのが「寺坂吉右衛門の逃亡」。討入り寸前まで他の浪人たちと差別された寺坂が怒って、討入り最中に逃亡、しかし死人に口なしで「討入り成功の報告」をするという口実で関係者を訪ね歩き寺坂自身が後世に名を残すという趣向。伝説を逆手にとった解釈でなるほどある部分納得してしまった。
 討入り直前に毛利小平太がなぜ脱盟したのか、その理由を描いたのが「毛利小平太」だ。吉良側に正体がばれてしまった毛利を逆に赤穂側が利用する。動向を見守られている毛利自身は討ち入りに参加できないということで、それを聞かされ愕然となった毛利は逃亡を図るのだった。これも哀しい話である。

 「列伝篇 下」では、澤田ふじ子「しじみ河岸の女」、菊地寛「吉良上野の立場」、長谷川伸「小林平八郎」、湊邦三「元禄武士道」が印象に残る。
 若い浪士と娼枝に身を落とした幼なじみの心中に大石内蔵助の非情が関係していることを鮮やかに描く「しじみ河岸の女」、普通の感覚で読めば当たり前のことで、なぜこれが世間に受け入れられないのだろうかと思える「吉良上野の立場」、吉良側の人間模様の「小林平八郎」、まさに正統派忠臣蔵のエピソードであり、主人公の浪人と弟子の関係が心暖まる「元禄武士道」。
 忠臣蔵を取材した短編というのはどのくらいあるものだろうか。全く違ったテーマで書かれたものでも連続して読むと、ちょっとした連作集の趣きがあるのが不思議だ。


1999/12/21

 「忠臣蔵大全」(勝野真長 監修/主婦と生活社)

 昨年暮に購入した忠臣蔵本の一冊で、「元禄繚乱」が始まったのを契機に、ドラマの進行に合わせてちょびちょび読み進めてきた。辞典的活用法で読むのもたまにはいいだろう。
 本書で新たに知った事実は、吉良討ち入りに手本があったということ。
 30年前に起きた通称「浄瑠璃坂の仇討ち」といわれるものがその手本だという。奥平源八が父((内蔵助)の仇・奥平隼人邸に討ち入りした。源八は伊豆遠流の処分に付されたが、6年後、恩赦で罪を許され、その後彦根の井伊家に召しかかえられた。
 大石と参謀役の吉田忠左衛門はこの仇討ちを参考に討ち入りをしたのではないかと書かれている。 もしかした赤穂浪士たちも源八と同じ処分を期待していたのだろうか(本書は否定しているが)。

 で、思うのだが、その浄瑠璃坂の仇討ちの事件は世の関心を呼ばなかったのだろうか、芝居になって一世を風靡しなかったのだろうか。


2000/01/08

 「忠臣蔵 -赤穂事件・史実の肉声」(野口武彦/ちくま新書)

 一度読んであまり面白くなかった印象があった。その後小林信彦の書評コラム(週刊文春連載)で取り上げられ、本書がもっと早く出版されていたら「裏表忠臣蔵」の執筆がもっと楽だったろう、というような感想を書かれていたので、もしかしたら僕の読み方が間違っていたのだろうかと思い直した。
 岩波新書の「忠臣蔵」同様購入してもよかったのだが、年末羽田図書館に寄ったら、幸いにも置いてあったので借りてきた。(以前もここで借りたのだ。)
 本書の特徴は完全なる資料第一主義という立場で赤穂事件の真実に迫っていることだろう。過去の資料文献でも信用していいもの、できないものを区分けして、当時の事件を推理していく。そして赤穂事件とは何だったのかを解き明かすのだ。だから史実の肉声なのである。昔の文献もむずかしいものは口語訳して読みやすくしてあるし、入門編としてはとても最適な参考書である。
 面白い。なぜ前回の時にはそう感じなかったろうか?


2003/01/27

 「忠臣蔵夜咄」(池宮彰一郎/角川書店)  

 2002年は赤穂浪士の討ち入り300周年だったという。また著者が「四十七人の刺客」を上梓してから10年という区切りがいい年。ということで、もう一度忠臣蔵を振り返ってみようという趣旨で、これまで忠臣蔵をテーマにして書いたエッセイや対談、鼎談などをまとめたのが本書である。  
 現在僕が江戸時代に興味を持っているのも、もとをただせば「四十七人の刺客」が要因だった。市川崑監督によって映画化された作品を観て、もっと詳しく忠臣蔵を知りたいと思い、さまざまな参考書、関連書をあたった。そこから徐々に他の事件、人物に興味に範囲が広がっていったのだ。時代小説を読み始めたのも「四十七人の刺客」が最初ではなかろうか。  

 とにかく忠臣蔵についてはまず史実として赤穂事件(松の廊下の刃傷と討ち入り)がどのようなものであったかが知りたかった。  
 著者も映画「四十七人の刺客」公開前後に縄田一男と組んで「池宮彰一郎が語る忠臣蔵のすべて」(PHP研究所)を上梓して、そこらへんのことに触れている。ところが〈事情があって現在入手不可能である〉と本書でことわっている。読んでいてこの文章どこかで目にしたことがあると思ったのは、「……忠臣蔵のすべて」に所収されたものだったのだ。  

 刃傷の原因について、著者は若者と年寄りの考えの違いに起因するのではないかと自説を展開させ、なるほどと思わせる。  
 若者(浅野内匠頭)と老人(吉良上野介))の言葉の行き違い。痞(つかえ)を患い、鬱状態になっていた浅野が自分の言うことを頭ごなしに否定し、事細かく指示してくる吉良に対してストレスを爆発させたのが刃傷に及んだのだと。  
 刃傷沙汰を犯した浅野内匠頭を深く追求もせずその日のうちに切腹させた幕府(柳沢吉保)の思惑も解説している。  
 もし仮に喧嘩両成敗にすると御三家と縁せき関係にある吉良に傷がつくことを恐れたというのだ。上野介の実子は上杉家の養子、紀伊大納言の三女を妻に迎えている。紀伊から将軍がでるとなると何かと都合が悪いというわけである。幕府は刃傷の理由を悠長に調べている暇はなかった。だから討ち入りも、単なる仇討ちではなく、片落ちの裁定を不服とした大石一派の幕府に対する反抗であると。なぜなら大石にお家再興の意思がなかったところから説明する。これも大いに首肯できる。そうでないと47人もの徒党を組んでたった一人の老人の首をとる大石たちの行動が理解できなくなるのだ。  
 まあ、どんな理由があろうと殿中で抜刀した浅野内匠頭は藩主として失格ではないかというのがわかってくる。


2004/08/24

 「赤穂落城 元禄の倒産とその結果」(童門冬二/経済界)  

 童門冬二が書く歴史ものはとてもわかりやすい。まず文章が読みやすい。現代の視点から歴史を紐解くというアプローチの仕方が歴史素人にはとっつきやすい。特にビジネスの観点から語ってくれるのでサラリーマンには参考になる。総務部に所属していた頃は「月刊総務」という雑誌に連載されていた童門冬二の記事だけは読んでいた。歴史上の人物の評論で、いかに人をまとめ導いていくかという観点で論じていた。  

 元禄の刃傷事件、討ち入り事件、いわゆる忠臣蔵事件について、賞賛だけでなく当時から批判もあったという。
「刀をぬいてはならないという江戸城で刀を抜いたのは浅野のほうだ。吉良に罪はない、悪いのは浅野だ。罪を受けるのは当然だ。それを、吉良に恨みを持ってこの首を取るなどというのは、浅野家の家来の逆恨みだ」  
 というもの(本書9ページ)で、著者は事実はそのとおりと書いている。が、そんな単純なものではないと、大石内蔵助を〈倒産した企業の代表的重役〉と見立て、彼が吉良上野介の屋敷に討ち入る決心をするまでの苦心談を綴ったのが本書なのだが、刃傷事件はあくまでも浅野に非がある、吉良は悪くないと思っている僕には納得がいかないものであった。   
 喧嘩両成敗のしきたりに則っていないと指摘するのだが、何が喧嘩なのか僕にはわからない。第三者的に刃傷事件を見れば、浅野が勝手に怒り、刀を抜いて吉良に斬りかかったのである。これのどこが喧嘩なのか。やはり非は浅野にある。
 幕府の落ち度は、事件が起きてから詳細について調査しなかったことだろう。浅野に対してなぜ刀を抜いたのか、その理由を確認せずにさっさと切腹させてしまったことが悔やまれる。ただし刃傷事件の理由が判明されていれば、1年後の討ち入りもなかったかもしれない。忠臣蔵の芝居も成立しなかったのだ。そう考えれば結果オーライ?




 フリースタイルから小林信彦コレクションの第2弾「唐獅子株式会社」が出た。
 やっと、である。本の出版もそうだが、版元の関係で地元の書店には置いていない。まあ、東京の書店で買えばいいのだが、この書店、昨年の12月からTポイントを始めたので、原則ここで買うことに決めたのだ。
 Tポイントで本が買えるなんて最高じゃないか!

 そんなわけで、年末から年始にかけて欲しい本、雑誌はすべてこの書店に注文した。
 手に入れるまでにけっこう時間がかかった。

 「ウルトラマンの現場 ~スタッフ・キャストのアルバムから~」(小学館)
 「怪獣少年の復讐」(切通理作/洋泉社)
 「ウルトラマンの飛翔」(白石雅彦/双葉社)
 「実相寺昭雄 才気の伽藍」(樋口尚文/アルファベータブックス)
 「タイム・トラベラー」(石山透/復刊ドットコム)
 ユリイカ12月臨時増刊号「『シン・ゴジラ』とは何か」(青土社)
 昭和40年男2月号増刊 「夢、あふれていた俺たちの時代 1971-1973」(クレタパブリッシング)
 「昭和40年代ファン手帳」(泉麻人/中央公論新社)

 「唐獅子株式会社」もその1冊。

 かつて新潮文庫版のこのシリーズは2冊に分かれていた。「唐獅子株式会社」「唐獅子源氏物語」。
 今回は合本であるから、京極夏彦の新書のような分厚さで、もううれしくてうれしくて。
 うれしさのあまり、まだ読んでいないのだが、こちらで「ちはやふる奥の細道」を話題にしていたので、その関連として以下のレビューを掲載する。

     ▽
2003/03/27

 「本の虫 その生態と病理――絶滅から守るために」 (スティーヴン・ヤング/薄井ゆうじ 訳/アートン)  

 何ていう本だ。著者は、訳者の薄井ゆうじがアメリカドライブ中に偶然知り合った「本の虫」研究家だというが、書いていることはデタラメ極まる。  
 どの種にも属さない独自の進化を遂げた生命体が本の虫で、非常に微小で光学的な顕微鏡には投影されないため今世紀まで発見されなかったとあるが、そんなバカな。  
 2001年3月、ルーマニアのマリウス・シュナイダーによって発見された衝撃的なニュースなんて全然知らなかった。本当にそんなニュース、世界中に配信されたのか。
 だいたい著者の名前からして、うさんくさい。
 
 本の虫は大きく分けて〈読み虫〉類と〈書き虫〉類がある……わけないだろう。  
 さまざま虫の紹介があって、虫に感染した場合の看護と介護を説いている。
 ひたすら読み虫、その一種長編読み虫。
 書物のおかれている環境に依存する原因を作る書棚虫、図書館虫。書店依存症を誘発する書肆虫。
 書店に行くと必ずトイレにいきたくなる現象(それも大の方、図書館でも同じ症状に見舞われる)、これはずいぶん昔「本の雑誌」で話題になった。最初にそのことについて投稿した女性の名前をとって青木真理子現象と呼ばれているのだとか。これも虫が原因で、その虫は学名ニポニア・マリコ・ニッポンというのだそうな。
 書き虫には日記書き虫、小説書き虫なんてものがいる。小説書き虫に感染しひたすら小説を書くが、駄作しか書けず、そうなると逆に小説を憎みだし本嫌い虫に冒されて、憎みながら小説を評論するタイプになっていく。同人誌書き虫なんてのもいる。
 うーん。そんなバカなと思いながらもうなづいている自分がいる。本当に本の虫なんているのだろうか?

     *

 1980年のこと。W・C・フラナガン/小林信彦訳の「素晴らしい日本野球」が雑誌「ブルータス」に掲載された時はかなり巷で大騒ぎになったという。  
 日本通を気取るアメリカ青年が知ったかぶりで日本のプロ野球のアレコレを語るわけだが、その認識はめちゃくちゃだった。  
 広島の山本浩二と巨人の山本功児の区別がつかない、巨人の角三男とヤクルトの角富士夫を同一人物だと信じている。江夏はスモウレスラー、エトセトラエトセトラ。その間違いぶりに笑わずにはいられない。

 この論文、実は小林信彦の作である。W・C・フラナガンなんていう人を食った名前をでっちあげ、自分は訳者のふりをする。もっともらしく原注や訳注もあり非常に凝った作りだった。
 巷で騒ぎになったのはここだった。あの文章は小林信彦の創作でないか。電話によるこの手の問い合わせが「ブルータス」編集部によくかかってきたのだそうだ。よく読めば日本人以外書ける文章でないことがわかるはずなのに、世の中にはあわて者がいるようで、マスコミ人の中でW・C・フラナガンなる人物の存在をすっかり信じてしまった人がいた。
 その一人が慶応大学教授の某氏。自他ともに認める大リーグ通。氏は中国新聞に「素晴らしき日本野球」を真っ向から批判する文章を掲載した。
〈論文は「間違いだらけ」の一語に尽きる。著者のウィリアム・C・フラナガンという二十代の日本通を自称する青年。来日した経験もあるそうだが、書いてあることは誤解どころかでたらめである〉
 小林信彦は続編「素晴らしい日本文化」でこの某教授の批判に対してフラナガン氏に反論させながら最後こう締めくくった。
「〇〇〇氏(教授の名前)の自信のなさは、私への批判を中国の新聞に投じたことでも明らかである」  
 大爆笑した。  
 長島監督が解任されて直後、新聞記者の電話に苦慮したという。彼らはフラナガン氏のコメントをとりたくてその所在を小林信彦に問い合わせるのだ。  
 フラナガンは自分の創作であるといっても記者は「まさか、冗談でしょう」と相手にしない。
 世の中にはシャレの通じない人が、かくも多いのである! と「笑学百科」(新潮社後に新潮文庫)で嘆いていたっけ。
     △




 昨日「ローグ・ワン」が観られなかったので、今日こそはと地元シネコン午後の回に行った。チケットを買う段になって、吹替版だとわかった。少し悩んで、やっぱりやめた!
 仕方ないから、年始の買い物に精出した。
 財布、パンツ&ジャケット、新刊、古書。
 かなりの出費。
 今年から、もう一つ仕事増やすから、まあいいか。

          * * *

2016/11/12

 「ゴジラの精神史」(小野俊太郎/彩流社)

 第一弾「モスラの精神史」、第二弾「大魔神の精神史」、どちらも新刊で購入した。しかし、大得心の「モスラ」に比べ、「大魔神」は今イチだった。ゆえに「ゴジラ」は買わなかった。古書店で見つけ、「だったら読んでみるかな」。
 「ゴジラ」公開時のリアルタイムのあれやこれやが理解できた。
 第4弾の「ウルトラQの精神史」に期待できる。

2016/11/19

 「袋小路の休日」(小林信彦/講談社文芸文庫wide)

 中央公論社の単行本、文庫、講談社文芸文庫、すべて持っている。にもかかわらず、文芸文庫のワイド版が出たと知って、あわてて書店に駆け込んだ。オーバーだけど。
 
2016/11/27

 「1963年のルイジアナ・ママ」(亀和田武/徳間文庫)

 1960年代、「ヒットパレード」の時代は、日本の歌手が洋楽を日本語でカヴァーするのが当たり前だった。ぼやけて記憶していたあの時代が、本書を読むとはっきりくっきり浮かびあげってくる。
 で、読めばどうしたってダニー飯田とパラダイス・キングを聴きたくなる。

     ◇

2016/12/01

 「俳優 原田美枝子」(鈴木隆/毎日新聞社)

 何度か涙流した。

2016/12/10

 「ねらわれた学園」(眉村卓/角川書店)

 少年ドラマシリーズのドラマに比べて実にシンプルだった。まあ、「時をかける少女」もそうだったけど(「タイム・トラベラー」と比べて)。確か、ドラマはもうひとつ眉村卓のSFジュヴナイルが使われていた。もちろん「タイム・トラベラー」のようにオリジナル展開もあるのだろう。

2016/12/26

 「自家製 文章読本」(井上ひさし/新潮文庫)

 井上ひさしの日本語に関する本は何冊も読んでいるが、本書は特に目から鱗だった。




 読書の、毎年の目標は最低でも月10冊読むというもの。年120冊を読破しているわけだが、昨年(2016年)は、1月からクリアできなかった。それでも、翌月で挽回できるなんて軽く考えていたら、小説の訂正、ゲラのチャック等々で、全然余裕がなくなった。
 おまけに、通勤時の読書もままならなくなってしまった。疲れで座るとすぐに意識がなくなってしまうのだ。だったら、目的地(秋葉原駅)まで立っていればいいんだと、試してみたが、はやりすぐに瞼が重くなる。
 そんなわけで、2016年の読破は82冊とあいなりました。

          * * *

2016/09/03

 「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(新井啓介/文芸社)

10月15日発売の本が著者進呈分として送られてきた。あっとゆうまに読んだ。誤植(あるんだ、これが。あんなにチェックしたのに、訂正(間違いではないのだが、表現を変えたい)等、赤を入れていく。数十ヶ所あった。うんざり。

2016/09/04

 「僕とニュー・ミュージックの時代」(泉麻人/シンコー・ミュージック・エンタテインメント)

2016/09/08

 【宮崎駿の「半径300メートル」と『風立ちぬ』】(荻原真/国書刊行会)

 「まぐま」同人仲間だった荻原さんから新刊が送られてきた。荻原さん、いつまで宮崎駿に拘るのか?

2016/09/17

 『評伝 ナンシー関 「心に一人のナンシーを』」(横田増生/朝日新聞出版)

 エピローグで泣いた。

2016/09/18

 「ぼくの花森安治」(二井康雄/CCCメディアハウス)

 NHK朝のテレビ小説「とと姉ちゃん」に対する二井さんの反発がすごかった。ドラマなんだからとなぜそこまで口撃するの? と思っていた。読んでわかった。ドラマに花森イズムがなかったということだ。

2016/09/22

 『アルファ伝説 音楽家村井邦彦の時代』(松木直也/河出書房新社)

 本書の隣に「僕たちの赤い鳥ものがたり」が置かれたら少しは注目されるのに。

2016/09/22

 「ぼくらが惚れた時代小説」(山本一力・縄田一男・児玉清/朝日新書)

     ◇

2016/10/04

 「そこでだ 若旦那!」(立川談四楼/シンコー・ミュージックエンタ・テインメント)

 もう長い間単行本化を熱望していた。連載している「BURRN」の版元が書籍にしないのなら、別の出版社がまとめてもいいではないか。師匠にも何度か訊いたことがある。なぜ本にならないのですか。
 本にならないどころか、連載が終わってしまったには落胆した。毎月初旬の愉しみを失ったのだから。
 それほど、落語界に対する提言がある。某落語家さんと弟子の確執についてのレポートは熱かった。

2016/10/21

 「虚栄の市」(小林信彦/角川書店)

 長い間、幻の文庫だった。手に入らなくてもせめて読みたい。それが願望だった。にもかかわらず、読了までに何日かかったのか。小林信彦の本はいつだってあっというまに読了するというのに。
 体調のせいと、「僕たちの赤い鳥ものがたり」出版に関係する。
 小説はとても面白かった。
 盗作問題は、後年の常盤新平との映画「Wの悲劇」のやりとりを先取りしたものではないか。

2016/10/26

 「仮面ライダー青春譜 もうひとつの昭和マンガ史」(すがやみつる/ポット出版)

 この本、ずっと気になっていた。やっと読めた。




 明けましておめでとうございます。

 昨年6月までなんとか毎月UPしていた読書録が7月以降ストップしてしまった。忙しくてノート記載のメモを書き写すのが面倒になったのだ。来月まとめて、来月まとめて、なんて思いながらとうとう年末になってしまった。
 だったら、大晦日に一挙にやろう! そう宣言したにもかかわらず、結局、コミケで「まぐま」販売の手伝いをして打ち上げに参加して帰宅したら、もうクタクタ。そのまま布団に入ってしまって、元旦を迎えてしまった。

 ということで、まだ昨年をひきずりながら2017年のブログを始めます。
 今年もどうぞご贔屓に、よろしくお願いいたします。

          * * *

2016/07/05

 『「私」のいる文章 発想・取材・表現』(森本哲郎/ダイヤモンド社)

2016/07/08

 「正しいのはどっち? 語源の日本語帳」(岩淵匡 監修 一校舎国語研究会 編/永岡書店)

2016/07/14

 「おかしな男 渥美清」(小林信彦/ちくま文庫)

2016/07/17

 「すべてのJ-POPはパクリである 現代ポップス論考」(マキタスポーツ/扶桑社)

2016/07/19

 「1979年の歌謡曲」(スージー鈴木/彩流社)

2016/07/21

 「音聖 筒美京平」(田中忠徳/東洋出版)

2016/07/28

 「若松孝二と赤軍レッドアーミー」(原渕勝仁/情況新書・世界書院)

2016/07/30

 「鉄人28号①」(横山光輝/小学館)

     ◇

2016/08/02

 「どろろ」(手塚治虫/秋田書店)

2016/08/12

 「クレアが死んでいる」(エド・マクベイン/加島祥遥 訳/ハヤカワ文庫)

2016/08/14

 「なつかし漫画王 あの漫画ヒーローにはこんなヒ・ミツがあった」(逢河信彦/実業之日本社)

2016/08/20

 「にほんのうた 戦後歌謡曲史」(北中正和/新潮文庫)

2016/08/29

 「グッドモーニング 監督 本多猪四郎と撮影所の時代」(樋口尚文/図書刊行会)

2016/08/31

 『日本人が「使いすぎる」英語』(デイビット・セイン/PHP文庫)




 倉本聰の自伝風エッセイといえようか。  
 原風景に始まって東大時代の芝居三昧の日々、番組制作とシナリオライターの二足の草鞋で睡眠時間がほとんどなかったニッポン放送の会社員時代。シナリオライターとして独立して、まず技術者としてシナリオを極めようと、TVと映画(日活の歌謡映画)を書きまくった時代。そして僕自身〈脚本・倉本聰〉に惹かれてTVのチャンネルを合わせた70年代。大河ドラマ「勝海舟」で生じたNHKとの確執、北海道への逃避行、それを端に発した北海道とのかかわり、富良野への永住、ライフワーク「北の国から」の誕生、シナリオライターと俳優を養成する塾の開講、TVを離れ、自分の劇団を旗揚げし芝居作りに励む毎日等々。
 「勝海舟」降板事件や石原裕次郎主演映画の頓挫の詳細が書かれていたり、クリエーターとしての含蓄のある文章もたくさんあって、なぜもっと早く読まなかったのか悔やまれる。  
 連続ドラマ「北の国から」のシナリオを出したことから、理論社は後に倉本聰の作品をまとめた〈シナリオ文学〉シリーズを発刊するが、それより前、まだシナリオが読み物として認知されていない頃から、僕は倉本聰のシナリオ集の本を買っていた。それくらい10代の僕は倉本聰にはまっていた。
 
 小学4年か5年の時、「2丁目3番地」を観るようになって、倉本聰というシナリオライターの名を覚えた。石坂浩二と浅丘ルリ子が夫婦役で共演(これをきっかけに結婚する)したコメディードラマはとにかくおもしろかった。ナレーションがふたりの間にできた赤ちゃんというのも斬新だった。  
 それより前に倉本ドラマを観ていた。平幹二郎主演「君は海を見たか」である。不治の病に冒された息子と、仕事に忙殺されて家庭を顧みなかった父親のふれあいを描くこのドラマ、子ども心にもラストのクライマックスが想像できた。病院のベッドの上で行き絶え絶えの息子と、父親の最後の会話が交わされる涙なくしては見られない展開……。  
 とんでもなかった。息子の死を宣告されてからというものの、仕事モーレツ人間から家庭人間になった父親は、病気に効くとされる民間療養はすべて試してみた。神様、仏様はすべてお祈りした。その結果、まだ息子に異変は見られない。もしかしたら奇跡がおこったのかもしれない。本当に助かるのかも。そんな大人の会話が交わされているところに、トイレから息子の声が響いた。「パパ、来てごらん、見てよ、ボクのおしっこ、まっかっかなんだよ、とってもきれいなんだ」  
 ここで、すぐに息子の遺影になって、父親のモノローグでエピローグが語られる。この展開に衝撃を受けた。
 
 「君は海を見たか」も倉本聰の作品だと知り、しっかりその名を受け止めた僕は以後テレビ欄で倉本聰の名を見つけると必ずチャンネルを合わせたものだ。(ちなみにこの作品は後年、ショーケン主演でリメイクされている。)  
 日曜劇場で北海道放送が制作するドラマ「りんりんと」、「幻の町」、「うちのホンカン」等の単発ドラマ。大河ドラマ「勝海舟」。ショーケンほか室田日出男、川谷拓三の異色キャストが話題を呼んだ「前略おふくろ様」。
 「勝海舟」の第1回にひどく感動した。若き海舟が学校の先生に父親を批判され、怒り出す気持ちがまっすぐこちらに伝わってきた。途中降板が残念でならなかった。  
 「前略おふくろ様」はラストのショーケン演じるサブの言葉に涙した。俺はおふくろさんに青春があったことを知らない、と切々と訴えるシーンで、両親の恋愛なんて考えたこともなかった僕はTVの前でしきりにうなづいていた。PART2では酔っ払って部屋に帰ってきたサブに〈おふくろ死す〉の電報が届くシーンに、「田中絹代が死んじゃった!」と飛びあがった。実際に田中絹代が具合が悪く入院していたことをニュースで知っていたので、ドラマと現実が一緒くたになってしまったのだ。
 
 当時ビデオによるドラマは収録がスタジオだけに限定され、ロケの場合はフィルムになってしまうなんてこともあった。スタジオ収録だけで済ますホームドラマはセットがいかにも作り物めいていて、舞台劇に毛がはえた程度のイメージだった。そういう風潮の中で倉本聰が書くドラマはビデオという素材を最大限に生かしきっていた。
 
 ベップ出版というところからシナリオ集がでていると知って、あわてて買い求めた。1冊は日曜劇場のドラマを集めた「うちのホンカン」、もう一冊は「前略おふくろ様」。二千円弱の本は当時の高校生にとって高価な買い物だったが仕方ない。僕はこの2冊でシナリオの書き方を学んだ(つもり)。
 シナリオのほかにもエッセイ集もあった。「さらばテレビジョン」に始まり、以後「新テレビ事情」「そこに音楽があった」等買いつづけた。その中に〈ビデオにこだわりたい〉という一文があって、僕はその姿勢、意気込みに大いに共鳴した。
 
 当時の僕にとっては「それぞれの秋」、「男たちの旅路」の山田太一とともに倉本聰はテレビドラマの二大巨匠だった。  
 その二人のドラマが同時に放送される日がやってきた。「北の国から」と「思い出づくり」である。まだビデオデッキがない時代、どちらを観るか大いに悩み、小学生の時からファンだった倉本聰を選択した。  
 理論社からシナリオが出た。過去のシナリオも大方買い揃えた。〈シナリオ文学〉がもてはやされた頃だ。いい時代になったもんだと喜んでいた。にもかかわらず、何冊も読んでいるうちにもどかしさを感じるようになった。映像が観たい。役者が実際に演技しているシーンを観たい。ベップ出版の抄録ではなく、全話収録の「前略おふくろ様」でその思いは一気に高まった。  

 あこがれの倉本聰には一度だけ会える機会があった。
 大学を卒業し、就職浪人が決まった僕は、親に対する口実のため半年間だけシナリオ講座に通った。特別講師として倉本聰と山田太一がそれぞれ別々に招かれたのである。しかし僕は倉本聰の講演を欠席してしまった。  
 授業料その他すべて自腹だったから、授業を欠席するなんて金を無駄にするようなものだったが、どうしたわけか行く気になれなかった。  
 実際に会うのが怖かったということもある。同時に、全クラスが対象で教室がいつもの場所ではない、事務局から聴講するにあたっての注意も多い、など、何から何まで特別扱いに反発したのかもしれない。山田太一の時はしっかり行ったのに、今、考えると自分の行動がわからない。    

 倉本聰のドラマはその後も「北の国から」のスペシャルドラマ等、できる限り観ていた。ただ、以前ほどの熱い気持ちはなくなっていた。
 一つにいわゆる自分のドラマに〈ら抜き言葉〉をたびたび使用するようになったことが要因だった。台詞の一つひとつに目を光らせていた人が〈ら抜き言葉〉に平然としていられるなんて信じられなかった。
 決定的だったのは芸術祭参加作品のスペシャルドラマ「町」だ。これでもう倉本ドラマを卒業しようと思った。
 時流に乗り遅れたかつての売れっ子シナリオライター(杉浦直樹)が現在のTV業界に挑戦するべく、あるシナリオコンクールに別名で応募したシナリオのクライマックスが、まったく「前略おふくろ様」のそれだった。まったくの焼き直し。  
 久しぶりにNHKと組んだ「玩具の神様」がよくて、また見直したものの、「北の国から '98時代」後編のラストでまた気が変わった。
 テーマ曲に乗せて、連続ドラマから今までの純と蛍の姿をピックアップして並べていく。涙がとどめもなく流れた。彼らが小学生の頃から成長を見守っているのだから、こんな風に作られたら熱心な視聴者なら涙を流すのは当然だ。それをこれでもか、これでもかとたたみかけるように映像は続く。こうまでして感動を視聴者に押しつけるのか。僕の反発はここだった。  

 山田太一はドラマを書きながら、ドラマでできないことは小説で表現するようになった。キャリアを積んだライターにわりと多く見られる。倉本聰は小説に手を染めたことがない。時々エッセイ集を上梓するだけ。昔は喜び勇んで購入して読んだのに、この数年はほとんど見向きもしなくなった。図書館から借りようともしない。
 
 しかし。  
 「北の国から 2002遺言」を観て、倉本聰の底力を知った思いがした。そこで倉本ドラマとは僕にとって何だったのか、再確認する意味で本書を借りてきた。  
 NHK「勝海舟」の降板はここまでスタッフと軋轢があったのかと、驚いた。女性週刊誌の歪曲された記事がもとになって、スタッフのつるし上げになった件。労働組合が強い時代だったとしても、この解決法はないだろう。  
 母親の躁鬱病の話はこれまでも何度か読んでいる。最初に読んだ時(高校時代)躁鬱病の実体を知ったつもりでいたのに、いざ自分が躁になってもまるで役にたたなかった。  
 田中絹代の話は何度読んでも涙がでてくる。おふくろ様が亡くなって、サブのところに電報が届くシーンで、TVの前であわてふためいたファンがいたように、倉本聰自身もまた動揺があったという。そのシーンを書いたシナリオをTV局に納入してから、入院する田中絹代を見舞うと、親族からもう長くないと聞かされる。まっさきに思ったのはシナリオを取り返さなければということ。おふくろ様を殺してはいけない、と。
 
 芝居で全国をまわる。その土地々で反応が違うと書く。最悪の客は東京と書いている。「東京のお客さんは静かすぎて楽しんでいるのか、つまらないのかわからない」と東京でコンサートをするたびに困った顔を見せる某ミュージシャンの言葉を思い出した。
 クリエーターとして発信ばかり考えて受信することを忘れているとの苦言には素直にうなずきたい。  
 単なる偶然かもしれないが、ひとつの倉本聰との共通項を見つけてうれしいやら怖いやらの思いがする。倉本聰がたまに見てうなされる夢のことだ。ひとつは試験の夢。何一つ勉強しておらず、苦悩しているところで目がさめるという。もうひとつはまったく台詞を覚えていないのに舞台に立たせられる夢。僕もたびたび似た夢を見る。
 夢判断だとこのふたつの夢は何を意味するのだろうか。




 TV映画の名作「傷だらけの天使」のシナリオ集が上梓された。
 版元は自主出版募集の新聞広告でよくその名を拝見する新風舎。ここが文庫を発刊し、その目玉シリーズが向田邦子賞受賞作家シリーズと銘打った人気脚本家たちのシナリオ集だ。
 著者は「淋しいのはお前だけじゃない」により向田邦子賞の栄えある第一回受賞者となった。
 上巻の巻頭に掲載されている〈向田賞作家シリーズに寄せて〉によると著者は毎日新聞に〈脚本ライブラリー〉構想を発表し、新風舎が賛同してこのシリーズの発刊が決まったという。

 1983年に大和書房から出版された単行本は持っている。当時ビデオはないし、「傷だらけの天使」が観られるのは再放送だけだった(再放送時カセットテープに録音していた友だちがいたっけ)。そんな状況でのシナリオ集の発売は実にありがたかった。歓喜した。できればこれを契機に全話のシナリオがでればと願ったものだ。
 その後、ビデオデッキを購入して深夜の再放送を録画したりしていたが、90年代になるとやっとビデオソフトになって、レンタルも可能になった。数年前ついにDVD-BOXを手に入れた。DVDプレーヤーを買ったのはその1年後だったのだけれど。
 こうなるともうシナリオを読んで映像を頭に浮かべる必要もない。にもかかわらず新聞でこのシナリオ集の広告を見て胸騒ぎがした。解説が上巻下巻それぞれ加納典明と深作健太。加納典明はおかま風の殺し屋という仰天キャラクターであるエピソードに登場して視聴者を驚かせた。当時はカメラマンなんて知らず(「傷だらけの天使」にはスチールカメラマンとして参加の由)、一体何者か大いに疑問だった。深作健太は深作欣二の息子さん。映画「バトルロワイアル」でマスコミに登場したのだが、僕が注目したのはその名前だった。劇中修の台詞によく出てくるのが健太という息子で、高倉健の健に菅原文太の太をもらったともっともらしく説明されている。本当に健太が存在していたことにこれまた驚いた。
 二人が「傷だらけの天使」について何を書いているのか、心落ち着かず、書店にかけこんだ。

 「傷だらけの天使」は「太陽にほえろ!」を卒業したショーケンのために企画されたもので、日本テレビの清水欣也プロデューサー、ショーケン、著者の夜な夜な繰り広げられた酒場の雑談から生まれたという。
 ショーケンと著者は飲み友だちだった。その証拠が「帰ってきたウルトラマン」のあるエピソードに見られる。ファンの間で〈11月の傑作群〉と呼ばれる作品がある。その一つが「許されざるいのち」のサブタイトルがついた作品で、クライマックスにこの手の番組には縁遠いロックバラード風の歌が流れて非常に印象深かった。僕にとって長い間幻の名曲だったこの歌がPYGの「花・太陽・雨」だったのだ。スパイダース、タイガース、テンプターズの残党が集まって結成されたロックバンド、PYG。ジュリーとショーケンのツインヴォーカルが売りで、ロックファンから黙殺されてあっというまに解散に追い込まれた。このバンドのシングル「花・太陽・雨」が著者の口利きで作品内に使用されたと某特撮ムックに書かれていた。
 市川森一はもともと円谷プロの「快獣ブースカ」でデビューし、「ウルトラセブン」以降のシリーズにかかわり「ウルトラマンA」ではメインライターだった。なぜPYGの歌が特撮ヒーロー番組で流れたのかこれで理解できた。

 閑話休題。
 もし萩原健一の代表作を一つだけあげろと言われたら僕は「傷だらけの天使」と答える。70年代、ショーケン主演の作品はTV、映画、傑作が目白押しなのだが、中学2年の秋から放映されたこのTV映画は何から何まで画期的だった。
 ジャンル的には探偵ものに位置づけされるのだろう。しかし登場人物、世界観がこれまで見たことないようなものだった。主人公の小暮修(萩原健一)は綾部探偵事務所の調査員。といえば聞こえはいいが、要は下働き、街のチンピラなのだ。弟分の亨(水谷豊)とともに仕事があれば綾部(岸田今日子)や綾部の部下辰巳(岸田森)に呼び出される。仕事といってもかなりヤバイものばかりで、時には警察に追われ、ヤクザ相手に大立ち回りを繰り広げる。都会の底辺をさまよう二人はけっしてかっこいいものではなかった。そのかっこ悪いところがかっこよかったのだけれど。

 ストーリー自体、ウダウダ、ウジャウジャして一見わかりづらいところもあった。16ミリフィルムの手持ちカメラを振り回し、わざと汚さを強調するカメラワーク。そんな展開の中で事件が起こり、謎が提示され、修と享がない頭で考え、体当たりでぶつかり解決していく。ただし、その解決も必ずしもハッピーエンドではない。どちらかというと悲劇ばかりだ(だいたい最終回では風邪をこじらせた亨が死んでしまうのだから)。哀しい結末にみせる二人の心情。どこまでもお人よしでやさしくてセンチメンタルで……。
 修と亨のコンビ、そこに辰巳が加わってくりだされるアドリブだかなんだかわからない台詞に笑いころげた。会話の楽しさというのを教えてもらった。 監督がすごかった。恩地日出夫、深作欣二、神代辰巳、工藤栄一……。撮影は木村大作だし。
 中学3年の冬、休み時間にストーブにあたりながら「傷だらけの天使」の面白さがわからないクラスメートに、以上のようなことを得意気に語ったことを思い出す。
 各話のサブタイトル「〇〇〇に×××を」も印象的だ。これに影響されて「ストローボーイに紫煙のバラを」という1時間ドラマを考えたことがある。

 さて、本書。上巻、下巻、4編ずつ計8編が収録されている。
 本放送時は第7話だが実際には一番最初に書かれた「自動車泥棒にラブソングを」(ゲスト・川口晶)、シリーズ中一番の劇的展開だった「殺人者に怒りの雷光を」(同・加藤嘉)、教育上よくないとの理由で夕方の再放送では放送されなくなった2本のうちの1本「ヌードダンサーに愛の炎を」(中山麻里)、綾部の結婚話を描く珍しいエピソードの「ピエロに結婚行進曲を」(滝田裕介)、はじめて画面に修の息子(健太)が登場する「母のない子に浜千鳥を」(桃井かおり)、修の小指が切断されてしまうショッキングな描写がある「渡辺綱に小指の思い出を」(坂口良子)、僕にとってベスト3のひとつ「街の灯に桜貝の夢を」(関根恵子)、名曲「一人」が流れる最終話「祭りのあとにさすらいの日々を」。

 「傷だらけの天使」が親しみも込めて略して「傷天」と呼ばれるようになったのはいつからだろう。みんな好んで使っているが僕はどうにも我慢ならない。それほど長くもないタイトルをどうして略さなければならいのだ? 加納典明も深作健太もそれが当たり前のように「傷天」を連発していたのが気になった。これって自分だけのこだわりだろうか。




 もうずいぶん昔になるが、実相寺監督の「闇への憧れ」を探し求めたことがある。
 この本には自らのTV演出作品に関する詳細を綴った〈私のテレビジョン年譜〉なるものが収録されていて、怪奇大作戦こそ、私の花の時じゃなかったか、と思えてならない、と書いている一文をこの目で確かめたかったのだ。
 結局「闇への憧れ」を手に入れることはできなかったが、後年、未発表のシナリオを含めた特撮その他のエッセイを収録した「夜ごとの円盤 怪獣夢幻館」に〈私のテレビジョン年譜〉も再録されていたのでやっと溜飲を下げられた次第。

 「月の林に星の舟」に感激してからというもの、実相寺昭雄のウルトラや特撮に関する本はほとんど購入している。「ウルトラマンの東京」以降その手の本にお目にかかれなかったが(本当は「ナメてかかれ」があって、本書にも一部収録されている)、やはり円谷英二生誕100年記念で関連書が上梓された。題して「怪獣な日々」。言い得て妙である。

 「夜ごとの円盤」所収のものとダブっているものもあるが、『ウルトラQザ・ムービー 星の伝説』以降、雑誌に連載、寄稿したエッセイを中心にまとめられている。
 昭和29年に公開された『ゴジラ』の品川上陸のシークエンスをカットごとに検証する「夢の王国断章」、TVドキュメンタリー『現代の主役 ウルトラQのおやじ ―円谷英二監督―』「(採録)、NHK『おしゃべり人物伝』内で放映された『アイ・ラブ円谷英二』のシナリオ等が収録され、最終章は円谷英二に関する読み物でまとめられているものの、本書全体から受ける印象は第一期ウルトラシリーズで躍進していた円谷プロの盟友たち(円谷一、金城哲夫、上原正三、等)との交流模様である。

 序章の、自身の事務所「コダイ」でともに歩んできた盟友・大木淳吉氏の早すぎる死に触れた文章にはたまらない思いがある。
 一時僕がアルバイトしていた某ポストプロダクションでは、その時期久しぶりの実相寺監督作品『帝都物語』の光学撮影を担当しており、その打合せに特撮監督の大木さんが毎日のように通ってきていた。円谷時代の話、ウルトラの話など、いろいろ話をうかがう機会があって実に楽しかった。仮編集した『帝都物語』の特撮シーンをスタッフで見ながら与太話に講じたことはいい想い出になっている。
「キミは現場タイプの人間だよ」と言ってくれたニコニコ笑顔が忘れられない。
 
 個人的な大木さんの思い出はともかく、序章「消えかかった夢」は実相寺監督の大木さんの弔い合戦として参加した『ウルトラマンティガ』および後番組『ウルトラマンダイナ』中の監督作品(3本)について触れている。
 実相寺ファンの僕からすると『ティガ』の2本「花」と「夢」は、ある程度予想できるものだった。ところが、『ダイナ』の「怪獣戯曲」はストーリーも特撮もぶっ飛んでいた。これまでのウルトラシリーズにおける実相寺作品の中にあって、頂点を極めた感じがする。実写と特撮の融和が見事だったし、その特撮がかなりの迫力だったのだ。

 続く第一章「ウルトラの星たち」では円谷一の思い出に花開く。ヴァイオリンを趣味としてブラームスを愛するロマンチストだった。ウルトラシリーズの根源は円谷一のロマンチズムにあるのではと書いており、なるほどとはうなづいてしまう。あの頃、子どもにとって〈空想特撮〉はロマンだったのだ。
 円谷一の想い出には必ずといっていいほど氏の酒好きの面がでてくる。若くして亡くなったのはこの酒が原因だったのだろうな、と最近30代後半で急逝してしまった息子さん(俳優・円谷浩)が肝硬変だったことを知って思わずにはいられない。    
 「ウルトラマンを作った男 金城哲夫」は何度読んでも(「夜ごとの円盤」にも所収)無念な気持ちが胸にこみ上げてくる。
 『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』のメインライターであり、円谷プロの企画室長だった金城哲夫が沖縄に帰還して沖縄と本土の掛け橋になろうと奔走するもののうまくいかず、その苦悩を酒に求めてあっけなく事故死してしまうまでの足跡を関係者に取材したルポルタージュだ。
 金城哲夫の生き方がわかるとともに『ウルトラマン』に対する当時製作にかかわったメインスタッフたちの心情も伝わってくる。  
 ラスト3行に実相寺監督の金城哲夫への思いが表れている。

 1980年代、円谷プロ製作で監督する予定の『怪獣協奏曲」『元祖ウルトラマン 怪獣聖書』が頓挫し、円谷プロの分家円谷映像で『ウルトラQザ・ムービー 星の伝説』でやっとウルトラの劇場映画が実現する。
 出資に僕が勤める会社の名もあり、当時は映像部などにいたものだから、この映画に関しては少しばかり内側からタッチしている。
 当初は金子修介監督のオムニバスで企画されたものが、いつのまにか実相寺監督にバトンタッチされていた。
 プロデューサーにその理由を尋ねると「(金子版の)シナリオが面白くない」とのことだった。
 本当にそうだったか。佐々木守が書いた「星の伝説」もシナリオを読む限りではそれほどのものではなく、完成した映画も『怪奇大作戦』の傑作「京都買います」的な面白さを期待して観た試写では全く肩すかしをくらった。堪能できるのはスタイリッシュな映像だけだった。後で金子版のシナリオを読んだのだが、こちらの方がよほどウルトラQしていた。
 その後平成ガメラシリーズで往年の特撮・怪獣映画ファンを熱狂させた金子監督だが、この時点ではこの手の映画の実績はない。会社側としてはどうしてもファンにアピールする要素が必要だったと思う。そこで実相寺監督の登場である。〈ウルトラ〉映画に実相寺監督。メディアの反応もいいに決まっている。しかし興行に反映できなかったのは周知のとおりだ。

 昔ながらの縫いぐるみとミニチュアワーク、吊りを使った怪獣映画を作りたい旨のことをこれまでも、もちろん本書でも何度も書いていることだが、本当にそうなのか、僕にはどうにも信じられない。
 その気持ちに嘘偽りなんてないのだとは思う。しかし実相寺監督は、特撮、こと〈ウルトラ〉に関しては思い入れとは逆にもう卒業してしまったのではないかと思えてならない。
 いわゆる怪獣が出現して特捜チームが出撃、最後にウルトラマンが登場して怪獣を倒すというフォーマットはすでに実相寺監督の眼中にはないのではないか。平成ウルトラマンでやたらと特殊フィルター(レンズにワセリン塗りたくり?)を使用したのは実相寺監督のある種の照れではないか。  
 では実相寺監督にお前は何を期待しているのかと問われれば、やっぱりクラシックとエロティシズム(SM)と東京(都市論)だろう。
 2本のアダルトビデオ『アリエッタ』『ラ・ヴァルス』の衝撃といったらなかった。江戸川乱歩の短編にSM的要素を加味した『D坂の殺人事件』は贋作作りの工程に僕の職人フェチの血が騒いだ。
 昔の想い出話に花咲かせたこの手の本をたまに上梓しながら、そんな映画を撮ってくれないかなあ、なんて夢想しているのだ。




 続いては、やはり「夕景工房 小説と映画のあいだに」から。
 絶対手抜きだと思われるだろうな。
 事実だから仕方ない。

     ◇

 二人の藤子不二雄をめぐる冒険 ~「藤子不二雄論 FとAの方程式」(米沢嘉博/河出書房新社)

 藤子不二雄の名を知ったのはTVアニメ「オバケのQ太郎」だと思う。堀洵子ではなく曽我町子の声によるモノクロ版。続いて「忍者ハットリくん」。当然熊倉一雄が声を担当した実写版の方。
 僕はTVアニメの第一世代で、まずアニメを知り、その後原作である週刊(月刊)誌連載のマンガを目にするパターンが多かった。「巨人の星」や「あしたのジョー」あたりまではまずアニメが先にあったというわけ。

 幼児期の刷り込み作用は多大なものがある。今でも僕にとって「忍者ハットリくん」は実写の、仮面を着けた忍者で、藤子不二雄ブームに沸いた1980年代にTVアニメ化された「ニンニン」のハットリくんには違和感がある。
 日曜午後7時半からのアニメは「オバケのQ太郎」の後「怪物くん」「パーマン」と続き、僕の藤子不二雄の世界に対するイメージが固まった。子どもたちの日常生活に異形な者が入り込み繰り広げられるギャグマンガというものだ。
 そんな世界を確認するかのように藤子マンガをリアルタイムに読んだといえば小学館から出ている「小学〇年生」の学習雑誌だった。「ウメ星デンカ」「21エモン」「新・おばけのQ太郎」「ドラえもん」。毎月楽しみだった。「ドラえもん」の連載第1回は今でもよく覚えている。
 
 今から思えば藤子F(藤本弘)のマンガで藤子不二雄を知ったともいえる。少年誌の連載が多い藤子A(我孫子素雄)のマンガにはあまり縁がなかった。もっと後になって大人向けの雑誌に藤子Aが連載していたマンガ(見開き2Pだが4Pのギャグマンガ)を目にした時、学習雑誌のものと明らかにタッチが違ったが、それは大人向けのタッチにわざとしているのだと思っていた。  
 藤子不二雄が二人で一人の漫画家であること知った時がいつだったかもう忘れてしまったが、そのショックはいまだに覚えている。二人で一つのマンガを描くということが理解できなかった。二人が別々に描いているとは思っていなかった。そのすぐ後にタッチの違いが二人の絵柄だと理解することになるのだが。

 少年チャンピオンが創刊され隔週で発売されていた頃、小学生の僕は手塚治虫「ザ・クレーター」読みたさに毎号購入していた。
 藤子不二雄の「チャンピオンマンガ科」の連載が始まったのはちょうどこの時期だ。藤子不二雄の〈マンガの描き方入門〉といった体で、漫画家志望だった僕はそれだけでもうれしかったのだが、見開き4Pくらいの〈入門〉編に続く付録的な存在の「まんが道」に注目した。このマンガ、たった見開き2P、とはいえいわゆるギャグマンガではなくちゃんとコマ割されたストーリーマンガで、絵が異様に凝っており不気味な感じさえした。

 終戦直後富山県高岡市のとある小学校に転校してきた満賀道雄というマンガ好きな内気な少年が同じクラスのやはりマンガ好きな才野茂と出会い、幻燈機で写す紙芝居を競作したり、肉筆回覧誌を共同制作したりしながら、やがてマンガを合作しはじめる物語。ああこれは藤子不二雄の自伝マンガなのだと気づいてから夢中になっていった。

 「まんが道」の影響は絶大だった。二人の肉筆回覧誌を真似して僕も小6の時に雑誌を一人で作ったことがある。マンガの中では近所の子どもたちに大人気になるのだが、僕の雑誌はクラスの誰も相手にしてくれなかった……。

 連載が終了すると「まんが道」は1冊にまとまって秋田書店から単行本として発売された。この本を買わなかったことを今でも後悔している。石森章太郎「マンガ家入門」のような宝物になったと思う。  
 大学生になってから少年キングに続編が連載されていることを知ると刊行されるコミックスはすべて購入した。  
 「まんが道」をとおして僕は二人の足跡を知ることになり、デビュー初期のマンガ群に触れることができた。そのほか「トキワ荘青春日記」を読んだり、雑誌連載のエッセイ等で80年代は藤子不二雄Aの世界にどっぷりつかるようになった。
 
 世の中は「ドラえもん」の大ブームに沸いた。TVに映画にその露出はすさまじかった。毎年の長者番付番に藤子弘、我孫子素雄が並ぶ。もちろん僕は「ドラえもん」の世界は好きである。とはいえ歯医者の待合室に置いてあるコミックスを開く程度になっていた。
 少年キングの連載は雑誌の休刊で一応の完結を見た。ところが今度は藤子不二雄全集「FFランド」の巻末で連載が始まったのである。まんが道はいつまで連載が続くのか。「オバケのQ太郎」が誕生するまでか。あるいは「ドラえもん」の大ヒットまでか。  
 そうこうするうち小学館から「藤子不二雄異色SF短編集」なるコミックスがでていることを知り、夢中になった。牛と人間の関係が逆転した惑星の話、性欲と食欲の考えが逆転した世界、大人になった正ちゃんを訪ねる劇画風オバQ、凡人(小池さん)がスーパーマンになったら等々、極上のSF短編が楽しめた。まさしく藤子F世界の真髄。  

 たびたび考えることがあった。藤子Fと藤子Aのマンガ、どちらがより好きなのか。どちらがより藤子不二雄らしいのか。  
 藤子Fの典型的な児童マンガの絵に惹かれる自分がいる。洗練されたタッチ、無駄のない語り口、どれもが魅力的だ。それに比べ泥臭い絵柄の藤子Aはあまり好みではない。しかし「まんが道」がある。まんが道にはあの絵がぴったりだ。「魔太郎が来る」「プロゴルファー猿」も同様。あるいは「パーマンの日々」等のコミックエッセイ。僕はゴルフをしないし、偏食でもないけれど、性格は藤子Aと重なるところが多い。やっぱり藤子Aも大好きなのだ。  
 白も黒も藤子不二雄なのである。二つの絵柄、二つの方向性があってこそ「藤子不二雄」と言える。
 藤子不二雄は永遠に二人で一人、と信じていた。

 藤子不二雄がコンビを解消すると聞いた時、なぜ今頃という疑問がわいた。やはり金銭的な問題が要因なのかと思った。二人はデビュー以来ずっと原稿料は折半にしていると聞いていた。そこに「ドラえもん」の大ヒットだ。収入のアンバランスがコンビ解消の根本的な要因なのではないかと憶測したのだ。  
 これを機にFFランド連載の「まんが道」は突然終了してしまったことから、コンビであったことと「まんが道」の執筆は微妙な関係があるように思えた。
 当初違和感があった藤子・F・不二雄、藤子不二雄Aというペンネームもやっと慣れたかと思っていた時に藤子・F・不二雄の逝去のニュース。
 つらかった。もう「ドラえもん」の新作が読めないのだから。

     *

 藤子不二雄についての評論にこれまであまりお目にかかったことがない。  
 「藤子不二雄論 FとAの方程式」(米沢嘉博/河出書房新社)を書店で見かけた時、副題の〈FとAの方程式〉に惹かれた。二人の作風が藤子不二雄名義の作品にどう作用していていたのかが書かれているのではないか、何よりなぜコンビを解消したかについて言及しているのではないかと思ったからだ。  

 一つめの疑問は前半、実際に合作していた頃の作品分析で解消された。  
 初期の「オバケのQ太郎」がトキワ荘グループによって設立されたアニメ会社スタジオ・ゼロの〈マンガ部〉の作品であり、二人だけでなく石森章太郎も加わっていたことはよく知られている。ゴジラのキャラクターなども掲載されているカットを見るとなるほど石森タッチだ。著者はそれに違和感があるというが、僕はそれほど感じない。
 
 藤子不二雄にとって初めてのヒット作「海の王子」が主人公側キャラクターを藤子F、悪の組織を藤子Aで描き分けていることを始めて知った。「海の王子」はずっと藤子F作品だとばかり思っていた。これこそ白(善)と黒(悪)の世界の融和だった。あるいは女性キャラクターのみ藤子Fが描く作品「消える快走車」があったりと合作にもいろいろな方法があることを知った。  
 藤子Aが得意とするマンガエッセイに「パーマンの日々」や「パーマンの指定席」があるのだが、タイトルにパーマンを使用することについて不思議に思っていた。パーマンは藤子F作品だ。なぜ藤子Aが自身のことをパーマンと名乗るのだろうか。実はパーマンにはプロトタイプの作品があって、それが藤子Aの「わが名はXくん」。これが「マスクのXくん」となりやがて「パーマン」と結実するのである。納得した。

 映画の原作として描かれる長編「ドラえもん」が現代の冒険小説という指摘に思わず膝を打った。「十五少年漂流記」などの感動を「ドラえもん」で知るわけだ。その影響力は計りしれない。
 「藤子不二雄論」という書名どおり合作から始まった初期から個々の趣味、嗜好が顕著に現れてきた70年代、爆発的な「ドラえもん」ブームを呼んだ80年代、そしてコンビ解消後の現在まで、章立てで順番にFとAの世界を追って行く。

 一部にこれは「藤子不二雄A論」ではないかという意見も聞かれるが、僕自身はそうは思わない。けっして藤子A作品だけを過大に評価しているわけではないし、的確にFとAを論じている。 と感じるのは僕が著者と世代が近いからだろうか。
 思うに、藤子Aの作品は批評する対象に適している、評論しやすいといえるのではないか。年齢とともに作品が変革していく、対象年齢が上がっていく、実験精神にあふれている。
 それに比べて藤子Fは空気みたいな作品で論じにくい。藤子Fのキャラクターを記号云々と表現されるくだりなど、まさしく手塚マンガの真の後継者ということだ。何も変わらない。時代が止まっている。でもけっして古臭くなることがない。  
 なぜコンビを解消したのかという疑問は、藤子Fが亡くなった今おぼろげながらわかるような気がする。




 7月から毎月の読書レビューを書いていない。
 年末、まとめてUPするとして、その穴埋めに拙書「夕景工房 小説と映画のあいだに」から。

     ◇

 児井英生は日本のロジャー・コーマンか? ~『伝 日本映画の黄金時代』(文藝春秋)

 児井英生。コイエイセイと読む。松竹、日活、東宝、新東宝と渡り歩き『渡り鳥』シリーズなどのヒット作のほか、多数の作品を手がけた有名なプロデューサーである。
 なんてことは本書を読むまでまったく知らなかった。
 単に書名に惹かれ読みはじめたのだが、いいとこの生れの著者が人脈、金脈に恵まれ日本映画界を颯爽と駆け抜けていく姿はうらやましいの一言。
 これまでも日本映画の歴史、特にその黄金時代(昭和30年前後)についてはいくつものの著作で聞きかじってはいる。が、一プロデューサーの目から自分が製作に関与した今では忘れられてしまった作品群とともに具体的に語られると評論家のそれより鮮やかに当時が思い浮かべられる。

 児井英生は松竹で助監督から出発した。掲載されている当時の写真には後に『ゴジラ』の特撮で海外でも知られるようになる円谷英二が見える。京都でカメラマンをやっていたのだ。
 〈作品はプロデューサーのもの〉と考える児井英生はまだプロデューサーシステムが確立していなかった会社の中でプロデューサーになるべく勉強をはじめる。新生日活に引き抜かれ、その後マキノプロ、東宝、新東宝でヒット作を手がけ、児井プロを設立するに至る。

 とにかく売れる映画を心がけたという。
 文芸モノからエンタテインメントまで彼の守備範囲は広く、プロデュース作品の中でヒットしなかったのは溝口健二監督の『西鶴一代女』くらいというから、まるで〈日本のロジャー・コーマン〉と呼べるような存在ではないか。唯一赤字になった『西鶴一代女』でさえ海外の映画賞を受賞して世界に「ミゾグチ」の名を知らしめたのだから大したものだ。
 新東宝時代には市川崑のデビュー作『三百六十五夜』をプロデュースしている。
 また、『憲兵』という映画にはバレーダンサー出身の新人中山昭二を起用とある。中山昭二といえば僕ら世代には「ウルトラセブン」のキリヤマ隊長として有名な俳優だ。あのキリヤマがバレエダンサーだったとは!
 『野獣看護婦』は当時大人気の鶴田浩二を300万円のギャラで1日だけ起用して話題をまいた、というか批判された。今でいうと一体いくらになるのか。3千万円はくだらないはずだ。それでも24時間フルに使って鶴田がらみのシーンを撮影。完成した映画では単なるゲスト出演ではなくちゃんと映画の要所をしめる存在になっていて、映画も大ヒット、元をとったというからこれまたすごい。

 プロデューサーの仕事は金の計算も必要だが、宣伝をどうするか、ということでも手腕を発揮しなければならない。著者はこの分野でもメディアを巻き込み、無料で宣伝して映画のヒットに結びつけてしまう。そんなエピソードがいくつも語られている。
 昭和40年代はじめの怪獣ブームのときは大映の『ガメラ』に対抗し、むこうが空飛ぶカメのお化けならこちらは原始怪獣化した河童だとばかりに『大巨獣ガッパ』を製作。これも外貨を稼いだとのこと。
〈映画はプロデューサーのもの〉を実践してみせたのは鈴木清順を監督に起用した作品に現われている。
 清順作品はそのあまりに突飛な様式美で一部に熱狂的なファンがいたものの、ヒットしない。ところが著者がプロデュースした作品だけはヒットし、「好きな作品はヒットせず、どうでもいいものがヒットする」と鈴木清順を嘆かせたというのだ。一般大衆に受けるにはどうすればいいか、著者にわかっていて作品作りに自分の意見を主張した結果だろう。

 深くうなずいたのは日本が世界に誇る名監督、小津安二郎と溝口健二を比較した文章についてだ。著者自身二人の監督との関係も深く、一緒に映画製作を経験してのことだから言葉に重みがある。
 溝口監督はわがままで権威に弱いという。人間で一番イヤなタイプ。役者に演技をつけない。悩んだ役者がどうすればいいのか訊いても「演技するのが役者の領分でしょう」といっさい助言などしないのだ。
 ある作品で家並みのセットを作った。監督がやってきて「下手の家並みを一間前に出せ」という。それはほんのワンシーンのためのセットで映画の中でさほど重要ではない。助監督は仕方なく嫌がる大道具のスタッフに頭を下げて徹夜で作り直させた。翌日、セットを見て監督が言うには「上手の家並みを1間下げろ」。下手を前に出して上手を後ろに下げるということは何のことはない、元に戻せということ。助監督は激怒して帰ってしまった。
 また映画で使われた道具を内緒で自分のものにしてしまったり、自分の生活費の一部を映画の製作費から支払わせていたなんてこともあったらしい。
 スタッフに嫌われていた溝口監督に比べ、小津監督は人柄もよく、スタッフに慕われていたというのだ。
 昔、新藤兼人が師匠である溝口監督のドキュメンタリーを作ったり、その関係の書籍、田中絹代の伝記を上梓し、僕も読みふけって溝口監督の人間性に疑問をもったものだ。どうして誰も何も言わないのだろうと不思議だったのだが、やっぱり嫌われていたわけだ。人間と作品は別物だけど。
 名女優・田中絹代を映画監督にしたのも著者だと知った。この田中を監督に起用する際、溝口監督がなんとかそれを阻止しようとするくだりも面白い(と言っていいのかどうか)。
 無国籍映画として有名な小林旭主演の「渡り鳥」シリーズの原作がなぜ衆議員議員・原健三郎なのか、の疑問も氷解する。著者と原とは早稲田大学の同期で、新企画の映画への協力を著者が原にあおいだというのが真相。別に嘘というわけではない。

 映画産業が斜陽化し、日活の屋台骨も揺るぎだしたころ、著者はヒットを狙い『女浮世風呂』『ある色魔の告発 色欲の果て』『秘帳女浮世草子』なる映画をプロデュースしている。これが後の日活ロマンポルノのプロトタイプとも言える作品なのである。
 文芸、アクション、特撮そしてポルノ。日本映画の勃興から黄金時代、やがて斜陽をむかえるまで、まさにさまざまなジャンルの映画を生み出してきた男の伝記なのだった。




 『まぐまPB⑧ 戦後「特撮怪獣」60年誌 -「ウルトラマン」から「シン・ゴジラ」へ』の編集が終了したようだ。発行人の小山昌宏さんが自身のFBで昨日発表していた。

 PBとはプライベートブックのこと。
 雑誌「まぐま」は年2回発行のレギュラーと特別編集のEX、そしてこのPBの3種類がある。
 レギュラーの方は昨年末20号の発行で第一期が終了した。第二期がいつ再開するのか未定だが、EXやPBは今後も発行していく予定だとか。
 PBは前述のとおり、個人本ということで、僕も④として「夕景工房 小説と映画のあいだに」を出版している。①~③は小山さんの、⑤~⑦も小山さんや他の方の個人本という体裁なのだ。

 だから、PB⑧の原稿を依頼されたとき、不思議な気がした。今回、小山さん以外、僕を含めて何人かが寄稿しているわけで、だとすると、体裁としてEXになるのではないかと思ったからだ。「まぐまEX 怪獣文化とウルトラマン」は小山さん、僕、それから木村秀章さんが書いた。今回の執筆陣は8人もいるのだから個人本ではないだろう。木村さんは、「まぐま」の同人だったが、現在は活字より映像に興味が移り、稲葉奇一朗の名前で映像作家として活躍している。
 雑誌の判型からPBにしたのかもしれない。レギュラーやEXもB5版、PBはA5版なので。
 まあ、そんなことはどうでもよくて、とにかく、完成を楽しみにしている。
 表紙を見てわくわくしている。

 なお、 『まぐまPB⑧ 戦後「特撮怪獣」60年誌 -「ウルトラマン」から「シン・ゴジラ」へ』の一般、書店発売は1月中旬。
 同人版は、12月31日、コミケにて発売します。
 まぐまのブースは、東v-28a で、当日私も販売の手伝いします。

     ▽
まぐまPB⑧ 
戦後「特撮怪獣」60年誌
  -「ウルトラマン」から「シン・ゴジラ」へ

目次
巻頭:

「少年宇宙人~平成ウルトラマン監督 原田昌樹と映像の職人たち~」刊行1年記念トーク
 夭折した抒情派 原田昌樹監督の魅力を語ろう!
 切通理作×斉藤りさ×町田政則        

◆新井啓介◆
チャリザと町田さんと「まぐま」と そして、切通さんの「少年宇宙人」と
帰ってきたウルトラマンメモランダム
怒りのGATCHAMAN

◆かに三匹◆
韓国特撮ヒーローものを観て「ヒーロー」と「怪物」の違いを考える
         
◆大江留丈二◆
珍・ゴジラ ~ アジアの超レア怪獣映画

◆小山昌宏・初見智子◆
ガメラは、隣のオッサンだった!? -湯浅憲明監督のガメラ愛に捧ぐ-

特集:シン・ゴジラ

こんな怪獣映画を待ち望んでいたんだ!        新井啓介
+ある日のもうひとつの夕景工房より

アンダーコントロール・ゴジラ            木村智哉
  
『シン・ゴジラ』が「つまらない」のは非国民?    須藤遙子

巨大不明生物が「怪獣」と呼ばれることはないのか?  坂口将史

ハリウッド映画 『GODZILLA ゴジラ』を完全否定する人たちよ
そんなに日本のゴジラシリーズは面白かったですか?  新井啓介

編集後記

magumapb8
114ページ A5判
製作:STUDIO ZERO 発行:蒼天社 発売:開発社
500円+税





 前項の参考として。

          * * *

2002/11/08

 「亡国のイージス」(福井晴敏/講談社)  

 数年前に話題になった海洋冒険小説を今読むのには理由がある。  
 東映系でロードショーされた軍事ポリティカルサスペンス映画「宣戦布告」が話題を呼んだ。北の某国の工作員と自衛隊の攻防を描くこの映画はインターネット上の批評によると賛否両論だった。この手の物語を映像化するスタッフの意気込みは大いに買う。しかし某代議士の鶴の一声で自衛隊の協力が得られなかったというから映像的にパワーダウンしたことは容易に想像できる。結局劇場まで足を運ばなかった。  
 代わりに原作でも読もうかと図書館で探したところ見当たらない。その時目についたのが「亡国のイージス」だった。内容的にリンクするものがあると思い手にとったのだ。  

 戦闘集団の〈組織〉の描写も気になるところだ。  
 少々話は飛ぶけれど、平成ウルトラマンシリーズで個人的に注目していたのが、怪獣と闘う〈防衛隊〉の活躍だった。特に「ウルトラマンガイア」では、それまでの〈防衛隊〉に比べ、よりプロフェッショナルなチームが描かれるとあって、大いに期待しものだ。敵と戦うにあたって、どのような指令が下って、どうやって最前線の隊員が遂行するのか。
 長年サラリーマンをやっているいい年齢の大人からすると、ウルトラマンと怪獣の戦いよりも、その前哨戦における〈組織〉の指示系統、伝達方法等の描写に興味がでてきた。  
 怪獣と戦う〈防衛隊〉といえば、日本映画の伝統として自衛隊がある。東宝映画ではこれまでさまざまなメカを装備した自衛隊が登場してきた。
 そんな自衛隊の描写を一歩も二歩も前進させたのが、金子修介監督の平成ガメラ3部作である。もし、この日本に怪獣が現れたら、自衛隊はどのように戦闘を挑むのか、政府との関係も含めかなりリアルに描きこまれていた。作戦本部に自衛隊幹部が陣取り、そこから様々な指示が出される。ヘッドセットのオペレーターから現地の隊員へそのまま繰り返され、攻撃が開始される。そんなシーンに痺れた。
 そんな個人的な興味も充たしてくれるかもしれない。  

 前説が長くなった。  
 実をいうと「亡国のイージス」のストーリーがどんなものかまったく把握していなかった。海上自衛隊、某艦隊の面々が敵(北朝鮮)と戦う物語くらいの認識しかなかった。  
 分厚い本。単行本二段組654ページの大作である。  
 当初の印象とはほど遠い内容だった。人気コミック「沈黙の艦隊」に映画「ダイハード」や「エグゼクティブ・デシジョン」「スピード2」の設定を取り入れ、敵味方が入り乱れるノンストップアクションノベル。1968年生まれの若い作者らしく、マンガ、アニメの影響とおぼしき美少女、美少年キャラクターも登場する。  

 沖縄・辺野古基地に隠匿されていた米軍保有の化学兵器。原爆に次ぐ殺生力がある兵器で、これを始末するには温度6千度の火力で焼失するしか方法がないというとんでもない代物だ。だから辺野古基地は跡形もなく破壊された。  
 北朝鮮のテロリスト、ホ・ヨンファの一派がこの兵器を少量盗みだしていた。海上自衛隊のミサイル護衛艦〈いそかぜ〉を乗っ取ったヨンファは、ミサイルにこの兵器を搭載し、東京湾から首都圏を射程に定める。東京都民を人質にとったヨンファは日本政府を脅迫する。それを発表すれば全世界を混乱に陥れる無理難題を要求した――  
 ヨンファの企みを阻止しようと孤独な戦いを挑むのが、艦内に立てこもった対照的な男二人だ。片や氷の心を持つダイス(防衛庁情報局)工作員、片や部下思いで人一倍人情味のある〈いそかぜ〉先任伍長。  
 化学兵器の前になすすべもない政府および自衛隊、ダイス当局。しかし、艦内の二人と特殊ルートで連絡をとりあったダイスの局内事本部長は、最後の賭けにでた。ヨンファの裏をかく秘密作戦を決行するのだが……    

 冒頭かなりのページを使って主要人物が紹介される。  
 〈いそかぜ〉艦長宮津弘隆。父親も海上自衛隊の幹部。部下に慕われる姿を誇りに思っていた。自分も当たり前のように海の男となって今や艦長の職にある。一人息子も防衛大に入学して自分の後を追っていた。幸せな人生だと思っていた矢先、息子が交通事故で死んだ。その死がある組織によって計画されたものだと知った時の怒り、悲しみ、絶望感。  
 〈いそかぜ〉の先任伍長仙石恒史。艦の誰よりも〈いそかぜ〉を愛している。出来のいい兄に反発すかのように子どもの頃からワルだった仙石は唯一絵を書く才能にだけは恵まれていた。今も甲板で絵筆を握ることがある。妻子がいるが、1年の半分以上家をあけ、帰っても先任伍長のままの仙石に妻が疲れてきっていたことに全然気づかなかった。突然三行半を突きつけられた。まるで自分の人生を否定されたようで元気がない。  
 一等海士如月行。〈いそかぜ〉にイージスが搭載されたことにより、そのオーソリティーとして赴任してきた。母一人子一人の貧しい環境で育った如月は、幼い頃母を亡くしている。自殺だった。その後父親に引き取られるが、劣悪な環境に変わりはなかった。祖父の庇護の元で生活する父は働かず、家に女を連れ込み、何かというと息子に暴力を振るった。次第に祖父と交流するようになった如月はやがて絵画に興味を抱き始めた。如月には父殺しという暗い過去がある。遺産を狙って病死にみせかけて祖父を殺した父が許せなかったのだ。仲間にまったく心を開かないため、さまざまな軋轢が艦に発生する。  

 3人のこれまでの足跡を丹念に追い、心情が明らかにされる。はるか昔にほんの一瞬互いの人生が触れ合っていたことが読者にはわかるようになっている。もちろん本人たちはまったく知らない。  
 こうしたプロローグともいうべき人物紹介の章は必要なことである。その後のうねるような物語展開の中で彼らが何を考え、誰のために、何のために闘うのか、その感情の襞を描く際のバックボーンになるのだから。  
 わかってはいるものの、退屈だった。これから先こんな調子で進むのかと思ったら、とたんに本を投げ出したくなった。  
 しかし、ホ・ヨンファ一派の雑居ビル立てこもり事件、海外への逃亡、民間機爆破等立て続けに事件が起こり始めて、〈いそかぜ〉占拠時最初のツイストが加えられるあたりから俄然面白くなった。後は怒涛の展開である。  

 登場人物の一覧表があるのは助かった。さらにもう一歩進めて〈いそかぜ〉の見取図があればと思った。
 自衛隊組織やメカニックの説明に専門用語が頻繁にでてくるのは仕方ない。わかったふりをするしかない。ただ物語の大半の舞台となる〈いそかぜ〉の全容がわからないとお話にならない。つまり、文章で描かれる場所が艦のどこなのか、敵味方の位置関係がはっきりしないと頭に映像が浮かばないのである。冒頭に見開きの見取図でもあればそれで確認しながら物語に熱中できる。  

 クールな如月もそうだが、ホ・ヨンファの妹、女工作員チェ・ジョンヒのキャラクターなんて、まるでアニメのようだ。一見虫も殺さないような少女のようで、いざ戦闘になるや俊敏な動きで冷酷無比に相手を惨殺する人間兵器。
 物語自体、荒唐無稽なしろものだろう。自衛隊関係者や軍事マニアが読むとおかしなこともあるかのかもしれない。ただしそういう知識がない僕などは、熱いストーリー展開に完全にはまってしまった。事件解決後の長いエピローグも悪くない。読後感はすこぶる爽快だ。  

 確認したいことが一つある。ダイスの存在だ。本当に自衛隊内部にはダイスと呼ばれる情報機関があるのだろうか。




 『模倣犯』 ~小説と映画のあいだに から続く

 映画レビューの参考のためにUPする。
 「小説と映画のあいだに」を「まぐま」に連載する際、ルールにしたのは、小説、映画化どちらも(自分にとって)面白かったものについて検証する、というものだった。
 これがなかなかやっかいだった。
 小説が面白くても、映画化作品はそれほどでもない、というのがほとんどなのだから。映画を先に観て、原作をあたる方がよい場合が多い。活字を先に読むと自分なりの世界、映像が構築されてしまうからだろう。

 ベストセラーの小説を、内容(映像に適しているとか)関係なく映画化するところに問題がある、と思っている。映像化不可能といわれる小説をついに映画化、などという惹句を目にするが、そんなことにどれだけの意味のあるのか。自慢でもなんでもない。
 本がどれだけ売れたか(映画化すればそれだけ原作ファンが劇場に来るという皮算用なのだろう)より映像化に適した小説をもっと発掘して面白い映画を作ること、映画に惹かれて劇場にお客さんが足を運ぶことが肝心なのだ。
 そういう作品はたくさんある。が、人気がない、売れていない、という理由で企画に乗せられないのだろう。それこそこそ出版社と協力しあって埋もれた小説を面白い映画作品に仕上げてヒットさせ、原作本にも脚光を浴びさせるようにしたらいいのに。

 映画「模倣犯」については褒めていない。連載のルールに反しているのでは? と思われる方もいるだろう。
 実は、連載を本にまとめるとき、HP[夕景工房]に掲載したレビューからこれはというものをいくつか転載しているのである。
 ということで、読了後にHPにUPしたレビューを掲載する。

     ▽
2001/12/26

 「模倣犯(上・下)」(宮部みゆき/集英社)

 図書館にリクエストしてから手にとるまでずいぶんと時間がかかってしまった。  
 最初かみサンがリクエストして数ヶ月。やっと順番がまわってきて、僕もいっしょに読んでしまおうとしたら、上巻読了にえらくかかる。結局かみサンだけが読んで期限切れ。しかたなく地元(川口)だけでなく会社(羽田)近くの図書館にもリクエストするが、これが全く音沙汰なし。また数ヶ月、こちらが忘れた頃になってやっと連絡がきた。それもほとんど同時に、だ。
 すごい人気である。  

 会社の昼休みに読んでいたら、書名を見た同僚の女の子が「それって(SMAPの)中居くんが犯人役で主演する映画の原作ですよね?」と訊いてきた。  
 映画化の話など全然知らなかった。後で森田芳光監督作ということがわかったのだが、しかし分厚い上下二冊2段組合計1400ページもあるこのストーリーをどう映画化するというのか。失敗するのが目に見えてしまうのだが……。  
 というわけで、映画化されることを念頭にページを繰った。  

 疑惑の銃弾、M事件、サリン事件、酒鬼薔薇事件等々、80年代、90年代の犯罪、犯人像のイメージが重なる。どこまでが作者の想像で、どこからが実際の事件を参考にしたのかは知らないけれど、10年前だったら架空のお話と安心して読めただろうに、21世紀最初の年だとけっして絵空事に思えないところが怖い。  

 とある公園のゴミ箱から女性の右腕が発見されるところから物語は始まる。この事件を番組で特集したTV局に犯人から電話があり、やがて複数の女性を狙った連続殺人事件へと発展していく。犯人は被害者の家族と接触をはかり愚弄し、マスコミを挑発する。はたして犯人の目的は、狙いは何なのか?  

 小説は3部構成になっている。  
 第一部は右腕を発見した青年・塚田真一、被害者家族(有馬義男、古川真智子)、犯人を追う墨東警察署の刑事たち(武上、篠田)、事件のルポを書くことになる女性ライター(前畑滋子)を巻き込み、連続女性殺人事件の全貌および事件に翻弄される人たちを描く。
 物語は拡散し、登場人物のキャラクター、それぞれのドラマが詳細に描き込まれる。(かみサン曰く「何でもかんでも描いちゃうから行間から想像することができない」)

 第ニ部は冒頭崖から転落した乗用車のトランクから男の遺体が発見され、運転手と助手席の男二人が連続女性殺人事件の犯人だろうと断定、そこで時勢が遡り、事件を今度は犯人側から描く。
 幼なじみの高井和明と栗橋浩美。同じ商店街の蕎麦屋と薬屋の息子の過去と現在、その関係。
 小学生時代優等生だった栗橋、愚鈍だった高井。二人は仲がよかった。ところがピースとあだ名される栗橋以上に出来のいい少年が転向してきたことにより、関係が悪化する。栗橋とピースにいいように扱われいじめられる高井。
 社会人になっても高井は栗橋との関係を断てなかった。それは何故か?
 女性殺しの犯人は栗橋とピースだ。それも主導権はピースが握っている。ピースは犯人を高井に仕立て上げようと罠を仕掛ける。
 その前から栗橋が連続女性殺人事件の犯人ではないかと疑っている高井は栗橋を自首させようと罠を承知で二人に接近し、事故に巻き込まれてしまうのだった。  
 栗橋の生い立ち、母親から受けた仕打ち、そのトラウマから抜け出せず苦しみもがき女性殺しに至るまでを余すこなく描き、そんな栗橋を救えるのはかつて悩みを打ち明けてくれた自分だけだと考える高井の優しさがにじみでる感動編である。  
 二人が崖下に落ちていくくだりは涙があふれでて仕方なかった。  

 第三部は高井和明の妹・由美子の、兄の無実を証明しようと悪戦苦闘する姿が描かれる。高井と栗橋の犯人像に迫るルポルタージュを雑誌に連載し評判を呼んでいるライター前畑滋子に連絡をとり、被害者たちの会合に出没したりする。しかし共鳴する人はいない。
 いや一人だけ由美子を助ける男が現れる。それがピースなのだ! ピースは高井が犯人でないことをアピールする本を出し、たちまちマスコミの寵児となる。
 拡散していた物語が一気に収束していく手腕は鮮やか。特に塚田真一の両親と妹殺しの主犯でつかまった父の安否を気遣い、父の話を聞くよう、会ってほしいとストーカーのごとく真一につきまとう娘・めぐみと兄の無実で錯綜する由美子の姿が重なりあうところは後ろから重石をたたきつけられたような衝撃だった。

 栗橋浩美については具体的、詳細に描いて読者に感情移入させても、ピースの生い立ちの描写は必要最小限に押さえたところも巧い。ピースはあくまでも絶対的な悪であり、憎むべき敵なのである。こんな奴に感情移入してしまったら元もこもない。
 読みながらずっとくすぶり続けていた〈どこがタイトルの模倣犯に関係するのか〉という疑問もラストの前畑滋子とピースのTV番組における対談(対決)で氷解する。
 犯人は逮捕され、主役である真一や義男、滋子たちにとっては胸のつかえがとれ、ある意味大団円といえるかもしれない。
 しかし僕はどうにも腑に落ちない。何の罪もなく命を落とした高井和明、ピースに利用され自ら命を絶つ由美子。愛しい息子(それもしばらくの間息子は殺人犯の汚名を着せられていた)と娘を続けざまに失った両親の気持ちはいかなるものか。僕はそれを知りたかった。ところが二部以降主役として登場してきたこの兄妹の両親のその後はまったく触れられない。しょせん物語を語るコマでしかなかったのか。それがたまらなく残念で、不満に思えてならない。

 さて、映画化についてである。
 仲居くんが犯人役というとピースに扮するのだろうか。全然イメージが違う。キムタクの方がピースっぽい。仲居くんは栗橋がお似合いだろう。
 映画は原作と別物との考えるなら一部、二部だけで完結させる手もある。高井の容疑が後に晴れることを前提としてだけれど。この小説で一番感情移入できるのが高井であり、読みながらなぜか花田勝(元若乃花)のニコニコ顔とダブってしかたなかった
 あるいは3部だけを独立させた映画化も考えられる。前畑滋子とピースの対決を主軸にするのだ。
 はたしてどんな映画になるのか。あまり期待しないで待つことにしよう。
     △




 いけない、いけない、6月の読書録のUPがまだだった。もう8月だというのに。

     ◇

2016/06/01

 『沖縄「辺野古の海」は、いま』(新藤健一/七つ森書館)

 写真展をBC二十世紀で開催するにあたり、川口中央図書館にないか探してみたらあったのであわてて借りてきた。


2016/06/02

 「男の条件」(梶原一騎・川崎のぼる/集英社)


2016/06/06

 「大河ドラマと日本人」(星亮一・一坂太郎/イースト・プレス)

 作家と歴史研究家(年齢差は31歳!)による、大河ドラマ50年の歴史の解読書。


2016/06/07

 「青春少年マガジン 1978₋1983」(小林まこと/講談社)

 BC二十世紀の棚にあったので、客でお茶を飲みながら読み、読了した。


2016/06/08

 「MASTERキートン Reマスター」(浦沢直樹/小学館)

 まさか、続編が描かれるとは! 


 「ぼくの音楽人間カタログ」(山本コウタロー/新潮文庫)

 古書店で見つけ、赤い鳥について書いているので、あわてて買ってしまった。


2016/06/10

 「『性別がない!』ということ。」(新井祥/ぶんか社文庫)

 よこしまな考えで読んだ。そういう期待には全然応えてくれない。まあ、当たり前だろう。


2016/06/13

 「スター・ウォーズ学」(清水節・芝尾英令/新潮新書)

 リアルタイムのスターウォーズフィーバーを語らせるならなら誰にも負けやしない。ただし、トリビアは全然知らない。いろいろ参考になった。


2016/06/16

 「演説歌とフォークソング」(瀧口雅仁/彩流社)

 得心すべきところもありつつ、「少し考えすぎでは?」と思うとこがいっぱい。
著者は「平成落語論」を書いた人か。ああ、なるほど。

 著書は一世代下だからか、フォークソングに対する認識が違う。
 プロテストソングとしてのフォークがある。叙情派のフォークソングがある。著者は前者をフォークと認識している。ところが、二回り上の世代(団塊の世代)とフォークの話をすると、後者ばかり話題にされて違和感を覚えたとあるが、それはヒットの影響だろう
 歌謡フォークという表現がでてくるが、70年代にはあまり使われていなかったような気がする。
 「竹田の子守唄」に関する記述はいっさいない。


2016/06/17

 「浦沢直樹読本」(CasaBRUTUS特別編集/マガジンハウス)


2016/06/28

 「誰かが行かなければ道はできない 木村大作と映画の映像」(木村大作・金澤誠/キネマ旬報)

 これまで読んだ映画本で一番面白く、また勉強になったのは「複眼の映像」(橋本忍/文藝春秋)なのだが、それに匹敵するのではないか。すげぇや、木村大作。
 もし84年版の「ゴジラ」を森谷司郎が監督したとすると、撮影は木村大作だったのだろうか? 脚本が橋本忍で。「幻の湖」を書くくらいなのだから怪獣映画なんて楽なものだから。


2016/06/30

 「談志亡き後の真打ち」(立川志ら乃/宝島社)

 5月の「立川流広小路亭 夜寄席」を企画したプロデューサーとして志ら乃師匠を注目したので読んでみた。





 先週28日(木)に編集担当からゲラが出来たとの連絡をもらい、翌29日(金)に自宅に送られてきた。29日、30日(土)、31日(日)と、夜中の2時を過ぎから朝までチェック作業を続けた。
 31日(月)の朝にゲラをB社に戻す。午後、B社から連絡があり、カバーの見本ができたとのこと。1日(火)に自宅に届いた。

 その間、2日(火)は「シン・ゴジラ」を観る会を実施。1日、お昼休みに有楽町まで出かけてディスカウントチケット屋で前売券を購入し、夜、TOHOシネマズ新宿でチケットに引き換えた。せっかく映画サービスデーにきたのだからと、「ターザン REBORN」のレイトショーを鑑賞。

 「シン・ゴジラ」については書きたいことがたくさんある。
 とりあえずひとつだけ。
 僕はこんな怪獣映画を待っていたんだ!

 そんなわけで、ブログまで手がまわらなかった。

 ちなみに、 「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978‐79」は10月中旬、僕の誕生日に発売される予定です。


bokuaka
帯のコピーは「1978年、あなたはどこで
何をしていましたか?」の回答になって
いる。





 録画した「真田丸」を観ながら思った。
 もし、小池百合子の半生をドラマ化するならば、演じるのは鈴木京香だろうな。

          * * *

 ここんところ忙しくて更新がままならない。
 先週、「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978‐79」を入稿した。早くに原稿データを送ったのだが、返事がきたのは決められた締切後。
 翌日が休みだったから1日で修正した。しかし、読み返したらいろいろ直したいところがある。ゲラが出たらすぐ訂正できるように毎日直している。

 同時に、BC二十世紀はイベント三昧だった。

 11日(月)、「第62回 被災地域の酒を呑む会」
 13日(水)、「詩人の聲 詩人 原田直子」
 15日(金)、「在沖米軍の真実」
 16日(土)、「連続講座 古本的‼ 第3回 出版する古本屋 盛林堂・小野純一」

 そんなわけでどうもすいません。

 買った本、ムック、雑誌等。

 「映画秘宝 夕焼けTV番長」(洋泉社)
 「鉄人28号」(横山光輝/小学館)
 「どろろ」(手塚治虫/秋田書店)
 「ゴジラ全映画DVDコレクターズBOX VOL.1」(講談社)
 「pen+ 完全保存版 いまだから、赤塚不二夫」 
 「ファイティング寿限無」(立川談四楼/祥伝社文庫)
 「昭和40年男 【特集】俺たちの角川映画。」(クレタパブリッシング)
 「伊福部昭 音楽家の誕生」(木部与巴仁/新潮社)

 昨日、今日と映画を鑑賞。

 「クリーピー 偽りの隣人」(丸の内ピカデリー)
 「インデペンデンス・デー リサージェンス」(MOVIX川口)

 お薦めは「クリーピー 偽りの隣人」。「インデペンデンス・デー リサージェンス」は前作同様、ご都合主義が気に障る。VFXはすんばらしいけれど。




 七夕の7日(木)は個人的な定休日。が、いつものように出勤。向かったところはいつもの神保町ではなく池袋だ。8日(金)から始まった三省堂書店池袋本店「古本まつり」の搬入作業の手伝いで。
 10時半に会場入口近くのスタバでもう一人の手伝いF氏(古書店@ワンダーのリーダーで1レジ担当)と待ち合わせした。

 1時間前には到着して読書としゃれこんだ。
 バッグから取り出したのは「東京人」最新号。特集記事「特撮と東京 1960年代」を読み始めた。

 モノクロのゴジラ(勝鬨橋)から始まって、モスラ(東京タワー)、カラー化されたウルトラQ/カネゴン(下北沢 あの商店街は下北沢だったのか!)、ケムール人(後楽園)、ゴーガ(丸の内)、ウルトラマン/シーボーズ(霞が関)、ガヴァドンA(晴海)、ピグモン(銀座)と続く。

 次は泉麻人、矢部俊男、樋口真嗣による鼎談「ぼくらは特撮で大きくなった。」
 続いてハヤタ隊員(黒部進)、フジ・アキコ(桜井浩子)、ウルトラマン(古谷敏)、アラシ(毒蝮三太夫)インタビュー。
 そして、「特撮の舞台を歩く。」。

 「特撮の神様円谷英二が遺したもの。」は現円谷プロ社長、大岡新一氏へのインタビューだ。

 お待ちかね、切通理作さんの「怪獣映画の世界は、『ゴジラ』から始まった。」
 驚いたのは、続く記事だった。執筆者が木部与巴仁さんだったのだ!
 与巴仁は〈よはに〉と読む。
 プロフィールには詩人、キベダンサーとある。

 木部さんとは今年2月に知り合った。
 ブックカフェ二十世紀で「伊福部昭21世紀」が開催された、主催の代表者が木部さんだった。

 この項続く

 承前

 根が卑しいからなのか食べ物を残せない。残っているとどうしても手がでてしまう。よほど腹がきつくない限り。
 以前、あるコンサートに女性二人と行って、その帰り、イタリアンレストンに寄った。帰ろうというときにパスタが少し残っていたので、慌ててパクついた。一人になってから恥ずかしい行為だったと反省した次第。

 竹林閣でシネりんを開催する場合、飲食物はすべてスタッフが用意する。終了時、サラダが、ドレッシングがかかったレタスが一皿分残った。捨てるのはもったいないので、サランラップでくるんでなおかつビニール袋にいれてバッグにしまい持ち帰った。翌朝のサラダにしようとの考えだ。
 帰宅して、とりだしたらなんとサランラップがまったく機能していなかった。レタスがすべて飛び出ていたのである。あわてて、ビニール袋の下にあった本をとりだした。天の部分がつゆで汚れている! それもかなりの面積で目立つことおびただしい。だいたい色がついているのだ。

 本は木村大作に金澤誠がインタビューして、その映画人生をまとめた「誰かが行かなければ、道はできない ―木村大作と映画の映像―」(キネマ旬報社)。
 映画を目指す人には必読本ではないか。こんなに夢中になって読んでいる(読んだ)本は、橋本忍の「複眼の映像」以来。いやはや、木村大作ってとんでもないカメラマンだ。敵にすると厄介だけれど味方にすれば勇気百倍。

 感想は6月の読書録に記す(本当か?)。とにかく本のことだ。返却時にどうすればいいか。弁償なんてことになるのだろうか。
 図書館に直接返却するのではなく、閉館してからBOXに入れてしまおうか。いやいや、そんな卑怯なことはしたくない。だいたい、どうしたって汚れは目立つのだ。あとから電話で確認されたらたまったものではないし。

 返却当日。きちんと受付で数冊の本と何枚かのDVDをカウンターに提出した。汚れのことを言おうとしたところ、若い女性がそのまま本やDVD点検する。
 あれっ、汚れに気づかないのか? ラッキー!
 と思ったら、「これどうしました?」
 ああ、やっぱり気がついていましたか。
「テーブルに本をだしておいたら、サラダをこぼしてしまいました」
 少しアレンジして原因を伝えた。バックヤードから年配の男性が出てきた。女性が近寄って何やら囁いている。内容はわかっている。男性がうなづいた。おとがめなし。良かった!

 「復活の日」、「夜叉」、「海峡」、「火宅の人」、「極道の妻たち 三代目姐」。
 「誰かが行かなければ、道はできない ―木村大作と映画の映像―」を読了してからDVDを借りてきて観た映画である。
 木村大作が撮影を担当した映画を観るのはもう少し続ける予定だ。




 もう7月。本当なら6月中にしなければならなかった5月の読書録を中途半端なままUPしておく。

     ◇

2016/05/06

 「シャレのち曇り」(立川談四楼/PHP研究所)

 談四楼師匠の小説デビュー作。1990年に文藝春秋から刊行されたが絶版となり、18年後、ランダムハウス講談社文庫に入った。しかし、版元が倒産したことでまた絶版となっていた。
 文藝春秋版を図書館で借りて読み、やがて、古書をネットで買い求め二度めの読書。三度めの読書が文庫になったとき。今回が四度めとなる。
 四度めの読書で初めて泣いた。第四章の「借金取り」。自分でも驚いた。

 以下は初読のときの感想である。
 文中真打試験受験者第1号というのは間違い。登場人物は全くの実名と書いているが、一部仮名がある。

     ▽
1999/08/24

 「シャレのち曇り」 (立川談四楼/文藝春秋)

 作者の立川談四楼はわが母校・太田高校の出身である。僕の知る限りでの太高出身者唯一の芸(能)人だ。
 彼の名前を知ったのは第1章「屈折十三年」に描かれているような真打試験受験者第1号にして不合格になってしまった不運な二つ目だったか。小説も書く才能豊かな落語家だったか。どちらにしてもその時母校の先輩として記憶に刻まれたのだった。
 図書館で何気なく見上げると棚にこの本が置いてあり、タイトルの良さで手にとった。
 落語界を舞台にした私小説で、登場人物は全くの実名、赤裸々な心情吐露また個人に対してかなり辛辣な表現をしているものの落語の語り口そのままなそこなかとないユーモアで読ませてしまう。  しかし、業界内では問題にならなかったのだろうか。
 小説中に登場する二つ目の志の輔が今や真打、マスコミの人気者になっている現在、先輩の談四楼自身はマスコミ的には未だ名前は通っていない。この現状をどう考えているのだろか。
     △

2016/05/09

 「ウィリアム・ロス 映画人生五〇年 -妻、そして外国人俳優の仲間たち」(ウィリアム・ロス/美智恵・ロス/染谷勝樹/ブイツーソリューソン)


2016/05/14

 「ウルトラマン・ダンディー ~帰ってきたウルトラマンを演った男~」(きくち英一/風塵社)

 本書が刊行されたとき、立ち読みでほとんどを読了してしまった。毎日、仕事帰りに地元の書店に立ち寄り、読んでいたのだ。やっぱり手元に置いておこうと思ったときには、もう書店で見かけなくなって、結局そのままになってしまった。
 きくちさんと知り合って、偶然古書店で見つけた。
 神様の思し召し、か。


2016/05/19

 「決定版 ルポライター事始」(竹中労/ちくま文庫)


2016/05/24

 「健さんと文太 映画プロデューサーの仕事論」(日下部五朗/光文社新書)


2016/05/27

 「古い映画と新しい邦画と 本音を申せば」(小林信彦/文藝春秋)


2016/05/31

 「ニッポンの音楽」(佐々木敦/講談社現代新書)




 先週からブログを更新していなかった。
 実は帰宅してから原稿を執筆していて更新する余裕がなかったのだ。
 執筆というか、加筆訂正か。

 今秋、「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」を上梓する。
 HP「夕景工房」に掲載した際のタイトルが「1978 ぼくたちの〈赤い鳥〉物語」。大幅に加筆訂正して限定100部私家本を作った時は「僕たちの赤い鳥ものがたり」。
 この本が今秋文庫になるにあたって再度改題したというわけだ。

 当然、またまた大幅加筆している。
 今度は編集者がついて、内容についていろいろアドバイスをもらっているからその量は半端ではない。

 この小説・のようなものは、主人公の日記の体裁をとっている。この日記というのが曲者、日記ということで表現や描写が限定されてしまうのだ。普通の小説(それがたとえ一人称であっても)なら、詳細に描写できる人物像等が日記だと制限されてしまう。
 だって日記だとそんなことしないでしょう? 本人がわかりきっていることは書かない。

 たとえば、主人公の親友で上ちゃんという人物が登場するのだが、主人公は始終上ちゃんという表記しかしない。小学校のときからそう呼んでいる友だちなのだから当たり前のこと。本当の名前、そのフルネームを書きはしない。もしそんなことをしたら、それこそ説明文章だ。リアリティが失われてしまう。
 意中の女性に気持ちが通じた、キスをした、セックスした、なんてことの記述、本当の日記なら1、2行のものだろう。日記は物語を描くにはやっかいなしろものなのだ。

 私家本にしたときは、新たにプロローグをつけて、日記を基にした小説・のようなものとした。つまり、本当の日記では、1行ですませてしまった行動を詳しく書いたというように、エクスキューズしたのだ。
 とはいえ、各文章の冒頭には〈○月×日〉がつく。体裁はあくまでも日記なのである。

 今回は、〈○月×日〉という表記をやめた。月ごとに文章をまとめ、日付は、最初の行の一番下に入れた。これで日記という体裁から開放された。つまり日付のある小説にしたのだ。
 作業は一応終わったのだが、まだ編集者の要望をすべて反映させてわけではなく、もう一度読み直しながら、追記していくつもり。来週には提出できるだろう。

 この作業が終わったら、次の小説に取りかかる。タイトルは「明日を知らない少年たち」。
 5年生のときに8ミリ映画制作グループを組織して、アニメや怪獣特撮映画に取り組み、失敗を繰り返す少年4人組。やがて、6年のお正月、NHK少年ドラマシリーズ「タイム・トラベラー」に感激して、原作の「時をかける少女」に対抗して「明日を知る少年」の映画に取り組むことになる。撮影に中学1年、2年と2年かかった。録音は3年生になってから。
 自分なりの「スタンド・バイ・ミー」なのである。
 時代背景は1969年の大晦日から始まって、1975年まで。
 乞うご期待!




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Page Top