一昨日は、BC二十世紀で「シネマDEりんりん」だった。今回、軽食類をケータリングにしたのだが、注文数を最終確定してから10名前後の方が参加表明された。もう発注はできないので自分たちで1、2品増やそうと食材買いに翻弄された。うれしい誤算というやつだ。
 まあ、翻弄は大仰だけれど。料理が揃うまでは冷や汗たらたらだったのは事実。お客さんに「何、このメニューの少なさ」なんて思われたくない。そんな中、どっしりと構えて追加作業に精をだしたHさん。いやはや助かりました。
 会も大成功だった。
 詳しくはまた。本当か?

 昨日はBC二十世紀毎月恒例となった「日曜ぶらり寄席」。

  立川寸志 「宿屋の富」「ちはやふる」

 「ちはやふる」のオリジナルのサゲに大笑い。これは素晴らしい!

 懇親会は前回同様少人数で。
 途中から「シン・ゴジラ」の話になって、大いに盛り上がった。

          * * *

 翌16日(金)は経堂のさばのゆ「雑把亭 立川談四楼独演会」。
 
  立川語楼  「子ほめ」
  立川只四楼 「初天神」
  立川談四楼 「目黒のさんま」「抜け雀」

 「目黒のさんま」「抜け雀」、どちらも、4、5年ぶりに聴いた。いいなぁ。
 昨年はなぜか秋に「目黒のさんま」に巡り合わなかった。よろこびもひとしおだ。
 「抜け雀」は硯をするしぐさにいいつもうっとりしてしまう。



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いつのころからどの落語会も会が終わると
その日の演目が貼り出されるようになった

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この日は松尾貴史さんがいらっしゃっていた
師匠とのツーショット
言葉に関して、とても考えていて感激しました!

sabanoyu3

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こんな感じでゆるい打ち上げがあります
これも楽しみ







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 承前

 ZZのトーク&ライブが終わって、新橋駅で電車に乗った。23時過ぎ。帰宅するときはいつも京浜東北線の車両の後ろから5両め、一番うしろのドアに乗り込む。西川口駅では降りれば改札口に向かう階段が一番近いからだ。
 車両がけっこう混んでいたので4両目との連結部分の扉部分へ。扉にもたれかかって本を読み始めた。

 次の駅で中年男が乗り込んできたのだが、その際、4つめのドアのすぐそばに立っていたサラリーマンにぶつかったらしい。どこがどうあたったのか、僕の位置からは見えなかったのだが、サラリーマンが中年男に文句を言う。かなり高飛車な態度な物言い。案の定中年男はあやまらないで言い争いが始まった。

 白髪まじりのサラリーマンと短髪角刈りのガテン系男。
「その言いぐさはなんだ」と男。「自分の方が若輩者だが、無礼を働いたのはあなたなのだからあやまれと言っているんだ」とサラリーマン。
 そのやりとりが延々と続く。乱闘になるのではとハラハラしていたのだが、お互い手はださない。

 年齢が問題になって、男が言った。
「じゃあ、あんたいくつなんだい、俺は昭和40年生まれだよ」
 サラリーマンが応えた。
「……昭和39年」
 男がドヤ顔になって叫んだ。
「はあ? 俺の方が若いじゃねぇか」
 男の態度が急変した。俺の方が若いを連発する。サラリーマンが何か言うが、聞く耳持たない。
 電車が駅に到着して、ドアが開くとサラリーマンが出ていった。どうやら隣の車両に移ったようだ。

 僕は途中から笑いをこらえるのに苦労した。
 男のあのドヤ顔はなんだろう。学生時代、それも小学生や中学生ならともかく、成人してからの1歳違いが何だというのだ。
 五十歩百歩じゃないか。
 目くそ鼻くそを笑う、とも言うな。




 先週は二日続けて落語会へ足を運んだ。

 休みの15日(木)は新橋ZZ「ライブ&トーク『第四次日独同盟結成』」へ。
 先月15日にあった立川流日本橋亭昼寄席の招待券を談之助師匠からいただいたのだが、談四楼師匠の独演会とかちあって行けなかった。チケットを無駄にしたくなくて、誰か行けないか、何人かの落語好きにあたったのだが皆予定があってダメだった。
 申し訳なくて、休みの日に開催される談之助師匠がレギュラーで開催している新橋ZZのライブ&トークに足を運んだ次第。

  立川談之助  「笑点」あれやこれや
  大本営八俵  スタンダップコミック

   〈仲入り〉

  立川談之助  「六尺棒」
  立川談之助・大本営八俵  トーク

 談之助師匠の笑点秘話。知らないことばかりで勉強になった。
 この番組、談志家元の企画で当時大人気だった三浦綾子の小説(&ドラマ化作品)「氷点」のもじりであることを知っているのは50代以上か。
 家元が司会しているときは観ていたのだろうか。まったく記憶にない。ただ、ショートリリーフ(結果的にだが)の前田武彦はしっかり覚えている。三波伸介のときが一番面白かった。
 三波伸介が急死して、レギュラーから離れていた圓楽が司会として復帰するが、いまいちの感じがして仕方なかった。
 もう何年も前になるが、圓楽の司会ぶりを振り返って昔のVTRを観る機会があった。これが大爆笑ものだったのだ。
「圓楽さんの司会、こんな面白かったの?」 
 「笑点」、司会が代わるたびに劣化している、ってこと?

 大本営八俵さん。これまで名前を活字で見るだけだった。容貌は(水道橋博士+たむらけんじ)÷2って感じか。
 面白い! 
 帰国子女の方が八俵さんの芸を見て、アメリカのスタンダップコミックそのもの、と指摘したそうだが、まさしくそうだと思った。頭脳明晰で歴史好き。一人「犬神家の一族」。好きだぁ。
 漫才コンビ「米粒写経」の片割れだという。
 相棒は誰だと思ったら、サンキュータツオだって。そうなの?! 知らなかった。
 米粒写経の単独ライブ、観に行きたい。




 多事多端。
 先週は二井康雄さんの「ぼくの花森康雄」(CCCメディアハウス)の出版記念パーティーで大忙しだった。
 出席しやすいようにと2日間連続の開催。19日(金)は50名強、20日(土)は40名弱の参加となってブックカフェ二十世紀は大賑わいだった。
 
 ちょっと一週間を振り返る。

     ◇

2016/08/15

 「立川談四楼独演会」(北澤八幡神社 参集殿)

 ブックカフェ二十世紀で働き始めてから、つまり今年になってから、時間的な問題で下北沢の偶数月恒例独演会に参加できなくなった。開催日が休みの日ならいいのだが、今年はそれもない。一度くらいは覗いてみたい、あの雰囲気に浸りたい、と思って、店を早退して駆けつけた。

  立川語楼 「手紙無筆」
  立川只四楼 「浮世根問」
  立川笑坊 「花色木綿」
  立川談四楼 「三年目」

   〈仲入り〉

  神田松之丞 「芝居の喧嘩」
  立川談四楼 「一回こっくり」

 始まる寸前に行ったのだが、かなりの混みようだった。
 もしかして、笑坊さんの高座を観るのは初めてではないか?
 講談の松之丞さんがとんでもないインパクト。

 入口できくち英一さんと会った。一瞬驚いたのだが、以前8月は行くのできくちさんもぜひとお誘いしていたのだった。
 打ち上げに参加したあと、きくちさんの行きつけの小さな居酒屋で飲む。ごちそうさまでした!

     ◇

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師匠と松之丞さん
打ち上げは二人の乾杯で始まった

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日藝の後輩、Aさんと一緒に
おふたり、大学の話で盛り上がっていました

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やっとツーショットが撮れました

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我々のグループ以外ではこんな記念写真を撮っていました
ツーショットを撮ってくれたY氏が写っている。
あれ、Aさんも。いつのまに?!




 昨日は3度めの「シン・ゴジラ」鑑賞。あと2回は劇場で観るぞ。
 続いて「ロスト・バケーション」。こちらもなかなかの面白さ。

          * * *

 どうでもいいことだが、テレビの疫病神はTBSからフジテレビに乗り移ったようだ。ほんと、最近のフジテレビはやることなすことうまくいかない。
 朝日新聞では毎週一回、視聴率の一覧表が掲載されるが、ここのところ、ベストテンにフジテレビの名前が出ないことが多い。対してTBSはちょくちょくベストテンに名を連ねるようになった。数年前までまるで相手にされていなかったのに。
 
 1980年代、フジテレビのやり方に嫌気がさしてアンチフジテレビを標榜した。
 あまり大きな声でいいたくはないのだが、80年代半ばほんと一時だが制作プロダクションの一員として、TBSの早朝の番組のスタッフで働いていたことがあった。たまに深夜タクシーを利用する。赤坂から当時住んでいた笹塚まで。ドライバーとおしゃべりして「フジテレビが嫌い」と言うと納得してくれた。あの時代、フジテレビ関係者はけっこう横暴だったらしい。そりゃいけいけドンドンだったものなぁ。

 70年代、「母と子のフジテレビ」をキャッチコピーにして、TBSや日本テレビの後塵を拝していたフジテレビ。実際、スタジオドラマなど作りが稚拙だった。
 80年代になると、「母と子のフジテレビ」から「楽しくなければフジテレビじゃない」に切り替え快進撃を始めた。その要因のひとつに、それまで子会社にさせていた制作をすべてフジテレビに吸収して一本化したことが挙げられる。このころの代表作の一つは「オレたちひょうきん族」だろう。僕も夢中で観ていた。

 個々の番組に対する印象とは別に局をあげてのお祭り化は一視聴者としてウザかった。昔の奥ゆかしさはどこにいった? 
 ところがこのフジテレビ方式を真似する局がでてきた。
 90年代後半から00年代にかけて、日本テレビがフジテレビ化した。これで日本テレビがトップに躍り出た。個人的には日本テレビの良さを無くしてしまったと感じている。

 この数年はテレビ朝日がフジテレビ化している。なんなのだろう、あのやり方。とはいえ、それが功を奏して視聴率競争でいい成績をあげている。「相棒」シリーズとバラエティー番組が売りだろう。しかし、全然関係ない、単純に放送時間が続いているだけで、一緒にしてスペシャルにする方法はいかがなものか。
 テレビ東京もフジテレビ化するのだろうか。

 フジテレビの日(8月8日)、二十年ぶりに新宿ロフトプラスワンへ。
 「ウルトラマンガイア」がリアルタイムで放映されていたとき、この店で何度も平成ウルトラマン関連のイベントが開催され、足しげく通ったものだ。
 先週、「立川流が好きっ!!」というイベントが8日にあると知った。月曜日は出勤日だから、普通は行けないのだが、始まるのが19時30分。これなら仕事を終えてからでも間に合う。
 実際、ギリギリで会場に到着した。

 恥ずかしい話、僕は当日までこのイベントを落語会だと思っていた。
 出演者が、寸志、吉笑、こはる、志ら乃、志の太郎。この出演者なら、広小路亭の志ら乃プロデュース番組の再演だろうと期待してしまうではないか。吉笑さんがMCとなっていて、落語終了後、または前に対談があるのかと思っていた。
 考えてみれば(考えてみなくたって)、会場がロフトプラスワンなのである。5人が横一列になって、酒を呑みながらのトークに決まっているではないか。バカだなぁ、オレ。

 内容については、いろいろ差しさわりがあるので、書かない。皆が、現状の立川流にかなり「やばい」感を持っていること、何とか打破しなければならないと考えていることがわかった。志の輔一門を除いて。
 談幸一門が芸協に移籍したことがかなり後遺症を残している。




2016/05/12

 「立川流広小路亭 夜寄席」(上野広小路亭)

  立川志ら松 「狸札」
  立川寸志  「馬のす」
  立川吉笑  「粗粗茶」
  立川談吉  「猫と金魚」
  立川こはる 「野ざらし」
  立川志ら乃 「雲八」

 主任を務める志ら乃師匠プロデュース。あらかじめテーマが決められているこの会は今回で3回めとのこと。知らなかった。
 1回めは「し・ん・さ・く(新作)」、続いて「てっぱん(鉄板ネタ)」、今回が「ほめられ」で、各々人にほめられたことをマクラで披露する。
 志ら乃師匠、鼻高々だったろうなあ。
 とにかく内容が充実してとてつもなく面白かったんだから。当然、満席だ。
 熱演に次ぐ熱演で、皆時間をオーバー、トリの志ら乃師匠が登場したときは、終演時間間近だったとか。
 出演者が明日の立川流をしょって立つ4人。いや、ほんと、立川流の新・四天王ではないかしら。

     ◇

2016/05/17

 「立川流広小路亭 昼寄席」(上野広小路亭)

  立川笑坊  「堀の内」
  立川だん子 「酢豆腐」
  立川吉笑  「逸材」
  立川談吉  「野ざらし」
  立川志ら乃 「?」
  立川談慶  「紙入れ」

    〈仲入り〉

  立川三四楼 「金明竹 名古屋弁ver.」
  立川志の八 「宗論」
  立川志らら 「親子酒」
  立川こしら  漫談
  立川談四楼 「人情八百屋」

 一緒に働いている若いWさんは落語に興味津々。Wさんのお母さんが九州から上京すると聞いたのはずいぶん前だった。お母さんが落語会に行きたい、できれば有名な噺家さんの高座を観たいと言っているので何かないでしょうかと相談を受けた。
 5月にやってくると聞いて、だったら、立川流の落語会が国立演芸場で開催されるから、その初日にすればいいと回答した。志らく・談春共演だからチケットはあっというまに売り切れるだろう。でもご安心、チケットは別のルートで確保できる。個人的には談四楼師匠の出演する日で、毎年おかみさんにチケットをお願いしているのである(例の引きこもりで3年ばかりパスしていたが)。
 残念ながら、おかあさんの上京は一週間ばかり早かった。
 代替としてWさんがネットで見つけたのが、立川流の広小路寄席だった。出演者はトリが談四楼師匠、吉笑さんも出ている。おまけにこしら師匠の名前もある。一度その高座を拝見したかったのだ。
 これ、いつ? 木曜日じゃないか。だったら、オレも行く。その場で3人分予約した。

 案の定、期待したとおりの番組だった。
 吉笑さんのセンスにはますます磨きがかかり、大いに笑わせてもらった。談吉さんは元気いっぱいだし。
 Wさんのおかあさんも満足したようだ。
 ちなみにWさんのお気に入りは吉笑さん。




 5月1日(日)、2日(月)、3日(火)の3日間連続して開催した落語会、「元編集者・立川寸志らくごライブ ほんの寸志です。」は、ブックカフェ二十世紀としては初の試みだった。

 落語会(演芸)はすでに開催している。しかし、日中、それも3日間連続は初めてだ。
 店は11時オープン。受付開始の13時までどうするか? 終演後はどうするか? 
 レイアウトは落語会用にセッティングしたまま通常営業(最終日のみ懇親会のため貸切)とした。
 おかげさまで3日間とも、目標としていた客数をクリア、特に最終日は予想を上回る数で思わずガッツポーズをしてしまった。

 寸志さんは12時半に来店すると着物に着替え羽織をはおって店前の歩道で落語会のチラシを配布して呼び込みに精をだす。これには驚いた。実際、この呼び込みでやってきたお客さんもいたのである。
 僕は僕でもし通常営業時にやってきたお客さんで落語会に興味を示したら、1,000円で受付しようと考えた。その旨オーナーにも伝え了解を得ている。
 最終日、受付開始の13時に二組のお客さん(親子と個人)に声をかけると、なんと一人で来ていた個人の男性の方がそのまま居残ってくれたのだ。カレーを食べに来てくれたお客さんで、受付時には1,000円以外にホットコーヒーを注文してくれた。理想的な展開である。

 3日間の演目は以下のとおり。

 第一日 「壷算」「幇間腹」
 第二日 「庭蟹(にわかに)」「親子酒」
 第三日 「短命」「鮫講釈」

 すべて録画した。本人に確認すると録るだけでなく、公開してもよいと。
 ということで、とりあえず「鮫講釈」をYouTubeに公開した


 この落語会について落語通のSさんの感想はこちら

 懇親会時、オーナーと寸志さんが固い握手をして来月から月一で「日曜ぶらり寄席」を開催する運びとなったことを付け加えておく。

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2016/04/26

 「三遊亭圓橘 立川談四楼 二人会」(北沢タウンホール)

  三遊亭けん玉 「雑排」
  三遊亭圓橘  「悋気の火の玉」
  立川談四楼  「一文笛」

   〈仲入り〉

  立川談四楼  「三年目」
  三遊亭圓橘  「雁風呂」


 朝、前田健急死のニュースで驚いた。前日、心肺停止の報が流れて、早朝、持ち直したという続報に安堵した直後の訃報である。まだ若いのに……。

 DVD「世界大戦争」を観る。
 出演者が豪華。フランキー堺、乙羽信子が星由里子の両親役で少々違和感が。二人とも実際の年齢より老けた役柄なのか。フランキー堺の口調に聞き惚れる。後半は涙、なみだ、ナミダ。
 「ウルトラセブン」最終回の世界主要都市の破壊ショットのオリジナルをやっと見ることができた。

 有楽町へ出て丸の内ピカデリーで「フィフス・ウェイブ」を観てから、千代田線で代々木上原へ出た。歩いて下北沢へ。

 落語のあとは串かつ田中で一人酒読書。「光線を描き続けてきた男 飯塚定雄」読了。




 宣伝です。

 ブックカフェ二十世紀では、明日から3日間連続で落語会を開催します。
 題して「本の街・神保町で3日連続落語会 ほんの寸志です。 【元編集者・立川寸志らくごライブ】」。

 立川流の二つ目、寸志さんは元編集者、出身はあのベネッセです。「たまごクラブ」「ひよこクラブ」のネーミングを考えた方なんです。その後、いくつかの出版社を渡り歩いて、某版元のときに担当したのが〈落語もできる小説家〉立川談四楼師匠なんですね。
 44歳で弟子入りです。

 寄席やホール落語会は敷居が高いと思われている〈なんとなく落語に興味を持っている〉人たちに来てもらいたいんですね。寸志さんの落語、面白いですから、ぜひ神保町散策のついでにお立ち寄りください。
 寸志さん、二席やります。もちろん、3日間、違うネタですから。
 また、最終日は終演後、打ち上げ(懇親会)を別途1,500円で実施します。ドリンクと軽食がでます。

     ◇

 ●日 時:5月1日(日)・2日(月)・3日(火)  14:00~15:00(受付:13:00~)
 ●木戸銭:1,500円(1ドリンク付き)

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 【おまけ】

2002/05/28

 「苦悩する落語家」(春風亭小朝/カッパブックス)  

 「苦悩する落語家」とは何とも意味深な書名である。副題に「二十一世紀へ向けての戦略」とあって何やら堅苦しい感じがしないでもない。でも書き手は春風亭小朝である。そのまま素直に受け取ることはできない。
 和田誠のイラスト(小朝の似顔絵)と題字によるほんわかした表紙、一センテンス一段落の読みやすい文章から、書名とは裏腹に落語界周辺を題材にした軽めのエッセイ集だと思った。  
 第一章〈新人の頃〉は著者自身の新人時代の思い出を語っていてほのぼの気分に浸れる。ところが第二章の〈落語界改造計画〉からまさに題名に偽りなしといった感じで、落語家、協会に対する苦言が次々に出てくるのだ。  
 著者自身は先輩36人抜きして真打に抜擢されてから、本業の落語以外にもマルチタレントとして人気沸騰、向うところ敵無しといったところで、自分のことだけ考えていれば安泰に違いない。しかしまわりを見渡してみると業界という大海原で溺れかけている仲間がたくさんいる。先輩たちには現状に不満を持っているいる人もいるにはいるが、自ら動こうともしない。噺家はみな一匹狼だからいたしかたない。団体も一致団結して何かしようなんてことはしない。  
 落語および落語家をとりまく現状に危機感を募らせた落語界の人気者が、このままだと落語は過去のものになってしまうとばかりに、本当に21世紀に向けてのさまざまな提言を述べた書なのである。
 寄席に出ている落語協会所属の落語家と出ていない立川流とどちらが活躍しているか、と胸を張る談四楼講師の声がよみがえった。

 読んでいて辛くなってくる。未来の落語協会会長・古今亭志ん朝はもういない。一緒に独自の寄席をプロデュースした三木助は自ら命を絶ってしまった。年齢から考えれば大往生じゃないかと思えるものの、人間国宝・小さんも今はもうこの世の人ではない。本書が平成12年に書かれていることを思うと、運命とはいえあんまりではないか。  

 落語協会、落語芸術協会の幹部で、あるいはこれからの落語をリードしていかなければならない真打で本書の提言に耳を傾けた人が何人いるだろうか。

 マンションの抵当権解除、処理した書類受け取りのため太田の法務局に行かなければならないのだが、休みになると雨ばかりでいつもその気になれず断念している。
 今日も雨降りで結局、西川口駅まで出かけて、ガストで遅い昼飯を食べて買い物して帰ってきた。
 駅前のBOOK OFFでビートルズ「LET IT BE...NAKED」のCD。500円。リリースされたとき購入したはずなのだが、昨日探したらなくてしょうがないから中古を手に入れた。
 「マスター・キートン Reマスター」を160円で。

     * * *

2016/04/05

 「立川流日暮里寄席」(日暮里サニーホール コンサートホール)

 先月、3月17日(木)、新橋のLive&Bar ZZで開催された「おとぼけライブ&トーク vol.10 果実の法則」に伺った際、4月の日暮里寄席のチケットをもらった。5、6日(火、水)の二日間。当然、休みである火曜日に足を運んだ。
 客の入りが良い。ほぼ満席ではなかったか。

  立川只四楼  「真田小僧」
  立川笑二   「子ほめ」
  立川談吉  「弥次郎」
  立川志らら   「権助魚」
  土橋亭里う馬  「短命」

   〈仲入り〉

  立川志の春  おーい!中村くん(仮)
  立川談慶  「かぼちゃ屋」
  立川談之助  「五目講釈」

 どの演者も魅せてくれたが(とはいえ、酔いのため、談吉さんから志らら師匠は少し意識がなかったのだが)、まず仲入り前では里う馬師匠に瞠目した。国立演芸場で何度か拝見しているのだが、いつも半分船漕いでいた。それが、今回、逆に目が覚めた。

 仲入り後の志の春師匠、さすが志の輔師匠の弟子である。創作落語、大いに笑わせてもらった。演目はわからない、あくまでも個人的につけさせてもらっただけで。
 談慶師匠、「二十歳がハタチなら三十歳はイタチか」のいつものセリフのあと、いくつか足して最後の「十七歳で死ぬのは山田カマチか」は一人大うけ。
 談之助師匠は得意の講釈チャンチャカチャン。
 充実した寄席だった。




 承前

 談之助師匠のHPの掲示板「噂の志ん相掲示板」は本来の目的をかけ離れ、いつしか〈立川キウイヘイト書き込み〉専用版になってしまった。
 書き込みしている人たちって、キウイ師匠がどうなればこの書き込みをやめるのだろう。日々精進を重ねて腕を上げるまでか? いや逆か、噺家を廃業するまでか?

 普通、その人が嫌だったら、これこれこういう理由で嫌です、嫌いです、だから顔なんて見たくない、もう会いたくないって宣言したらもう一切その人に近づかないものではないか。同じ職場で働いているわけではないのだから。立川流の落語会だって、〈キウイ〉の名があれば行かなければいいだけのこと。
 にもかかわらず、毎日(たぶん)同じ人たちが新しいキウイネタを仕入れては書き込みしている。その仕入先はキウイ師匠のブログ(やツイッター)。
 アンチキウイウォッチャーと呼べばいいのだろうか。
 
 そんなに噺家キウイが嫌いならば無視すればいい。でも毎日のように見に行くんだ、これが。
 キウイ師匠はキウイ師匠でたまにブログで「噂の志ん相掲示板」に関する批判的な書き込みに言及して火に油を注ぐ。

 見るまい、と思いつつ見てしまうのは僕にもある。
 「噂の志ん相」とキウイ師匠のブログ「キウイの小部屋」閲覧だ。
 僕なりのキウイ師匠への思いや考えがあって、ブログ等を見るのをやめていたのだけれど、怖いもの見たさで「噂の志ん相」を覗いて、そのまま今度は何を書いているんだとキウイ師匠のブログをクリックしてしまう。
 確かに書かなくてもいいことを書いている。
 ブログを書く暇があるのならその分落語の練習しろよ、と思うアンチキウイウォッチャーの気持ちもわからなくはない。
 僕自身、落語に関してそれほど詳しくない。2000年代になって談四楼師匠の落語会(下北沢の独演会)に通いだすようになって、立川流の若手、一部の前座さんの高座を観るようになった。その範囲内でしかわからないが、彼らの成長過程を定点観測しているようなもので語ることはできる。
 彼らは前座から二つ目になると皆独自の活動をし始める。いろいろ仕掛けるわけだ。キウイ師匠にはそれがなかった。それがはがゆくてたまらなかった。真打になっても変わらない。で、ブログにはいろいろ書くわけで。

 たとえば、キウイ師匠がブログ等をすべて封印し、たとえば1年間精進するというのであれば、その間彼らは黙っているのだろうか。まあ、なんだかんだと好き勝手なとことを書くことは十分予想できる。
 彼らはアンチとはいえ、キウイファンだからね。キウイ師匠をヘイトするのが生きがいだから。バカな奴らだ。もっとほかに生きがい見つけろ。

 もし、仮にキウイ師匠が掲示板のあまりに激しいヘイトぶりを悲観して自殺してしまったら、どうするのだろうか。われ関せず、みなどこかに消えてしまうんだろうな。奴ら、自分の書き込み、言葉に対する覚悟なんてものは一切持っていないからな。
 僕が覚悟なんて言葉を使うと、娘に「お父さんが口にするべきじゃない!」と怒られてしまうけれど。

 まあ、こんなことをこのブログに書いてもアンチキウイウォッチャーの奴ら誰でも読まないことは確信している。
 だったらなぜ「噂の志ん相」に書き込まないの? そう疑問を持つ人がいるかもしれない。
 「噂の志ん相掲示板」に書き込むということは、僕が奴らと同じ土俵に立つということ。そんなにオレは落ちぶれちゃいないぜ。




 3月17日(木)は忘れられない日になるのだろう。二十うん年前の9月13日のように。
 あの日は一人、中野区役所に行ったのだった。今回は川口市役所。実際は15日に行ったのだけれど、書類に不備があり出直しとなった次第。

 夜は新橋のLive&BarZZへ。ダディ竹千代さんのライブハウスということで名前だけは知っていたがZZを何て読むかわからなかった。ジジと読むのか。黒猫がマスコットだったりして。
 立川談之助師匠が主催している「おとぼけライブ&トークvol.10 果実の法則」が目的。
 果実というのはゲストの一人、立川キウイ師の別名(愛称)だ。もう一人のゲストは快楽亭ブラック師匠。

 一週間前から予約の電話をしていたのだが、全然でない。営業しているだろう時間にかけてもダメ。仕方ないので前日メールした。
 当日、受付のときにその旨伝えたら、メールは受け付けないとのこと。電話通じないんです、と説明すると、留守電に残してくれればいいからと。いやだからその留守電にならないんだから……。もう少し切るのを我慢すれば留守電になるのだろうか。
 まあ、予約価格にしてくれたからいいや。

  立川談之助  「五目講釈」
  快楽亭ブラック「桃太郎」
  立川キウイ  「反対俥」

   休憩

  トークライブ(談之助・ブラック・キウイ)


 翌18日(金)は経堂の「さばのゆ」へ。「談四楼独演会」。

  立川只四楼「真田小僧」
  立川談四楼「三年目」&「柳田格之進」

 只四楼さん、新しいネタを覚えたね。面白かった。
 まじかで観たら只さん(遊び人みたいでいいでしょう?)、手が大きく指が長い。

 師匠はお馴染みの二席。とはいえ、約3年のブランクのある僕には久しぶり。「三年目」はショーケン主演の「居酒屋ゆうれい」を観ているとニヤリとなること請け合い。
 柳田の最後のセリフにグッときた。とはいえ、師匠の柳田でたまらないのは四季の移ろいの描写だと思っている。あまりほかの噺家のを聴いたことがないから偉そうなことは言えないのだけれど。




2016/02/15

 「立川談四楼独演会 第204回」(北澤八幡神社 参集殿)

  立川只四楼  「子ほめ」
  立川仮面女子 「動物園」
  立川だん子  「転失気」
  立川談四楼  「人情八百屋」

    〈仲入り〉

  Aco+taca こはる アコーディオン
  立川談四楼  「富久」

 転職したことによって、今後この独演会に通えなくなる。平日仕事が終わるのが19時。これまで18時に終わって駆けつけると何とか師匠の1席めに間に合うかどうかだったのだから、19時になると観られるのは2席めだけだろう。
 次回以降偶数月15日が火曜日か木曜日、もしくは日曜日だったら通うことにする。

 今回は有休消化中なので、最初から参加できた。
 ゲストのAco+tacaのステージが興味深かった。唄うアコーディオン弾きの遠峯あこさんがフランスで活躍しているtacaさんとユニットを組んだ。ダブルアコーディオンであこさんが唄うのだが、フランスの民謡なんてまるで中島みゆきの新曲のように思えた。Acoさんも言っていた。 
 日本の民謡では「ホーハイ節」に感激した。紙ふうせんのコンサートではいつも「ホーハイ」の部分しか聴けなかったので。「竹田の子守唄」もレパートリーとのこと。
 サプライズゲストのこはるさん、しばらく見ないうちに大きくなったなあ。もう小学生じゃない、中学生だ。

 開演を待っていたとき、入場してきたお客さん(二人連れ)の一人に釘付けになった。なぜあの人がここに? 本人だろうか? 僕より前の方に座ったのでたまに横顔を拝見しながら迷うことしきり。せめて声が聞ければわかるのだが。
 本人だとして、どうしてこの会に来たのだろうか? 師匠と知り合いなのか。そんな話これまで聞いたことないし。
 ああじゃない、こうじゃないと考えて高座に集中できなかった。

 高座終了後の懇親会で直接尋ねてみるか。
 が、終わったら残るそぶりは見せず、そのまま玄関に直行してしまった。あわてて追いかけた。とはいえ直接話しかける勇気がない。その方はもう外に出てしまった。靴を履いているもう一人の方に声をかけた。
「あの、お連れの方はきくちさんですか」
「そうですよ」
「き、きくち英一さんなんですね!」
 外にいるきくちさんに「おーい、きくち、お前に用があるって」
 外に飛び出た。きくちさんがいた。「帰ってきたウルトラマン」のスーツアクター! 小学6年のとき、生まれて初めてファンレターをだした俳優だ。しばし当時の思い出話。
 なぜ、きくちさんがこの会に来たのか、訊いてみた。
「志らくが大学の後輩なんだ。最近近くに越してきたら、立川流の落語会があるっていうので友だち誘って来たんだよ」
 そういうことか。日大芸術学部つながりか。
 自己紹介して、ブックカフェ二十世紀でトークイベントを開催していること、その企画や運営に携わっていることを伝えた。
 特撮関係のトークやりたいんです。そのときが来たらきちんと依頼させていただきますのでぜひ、出演してください。
 名刺をいただいた。

     *

 正式に働きはじめるにあたって名刺を作ってもらった。単なる喫茶業務だけなら名刺なんか必要ない。イベント企画となるといろいろな人に会うし、話をする際には自分が何者か説明しなければならない。
 早速、以前、寄稿した同人誌「まぐまEX 怪獣文化とウルトラマン」とブログに4回にわたって書いた「帰ってきたウルトラマンメモランダム」のコピーとともに郵送した。
 翌日、携帯に見知らぬ番号から電話があった。出ると「きくちです!」。「雑誌いただきました、ありがとう」
 大感激‼ 
 何て律儀な人なんだろう。




 書こう書こうと思いながら後回しにしていたら年を越してしまった。
 とりあえずメモとしてあげておく。

     ◇

2015/11/21

 「談志まつり2015 (昼)」(有楽町よみうりホール)

  立川談吉  「孝行糖」
  立川志遊  「四人癖」
  立川生志  「反対俥」 
  立川談四楼 「一文笛」

    〈仲入〉

  泉水亭錦魚改メ二代目立川小談志 真打昇進披露口上
  立川龍志  駒長
  立川志の輔 ディアファミリー




 今週、21日(月)は川口中央図書館へ。
 帰りにいつもの「さくら水産」に立ち寄り、日本酒飲みながらの読書。

 22日(火)はブックカフェ二十世紀の「年忘れ二十世紀パーティー」に参加する。
 ゲストは立川キウイ師匠。パーティーは19時からだったが、キウイ師匠は前の仕事があって遅れてやってきた。参加者がいい気分になってきたところにキウイ師匠の高座が始まった。
 面白かった。ただ、マクラからネタの「幇間腹」に入ると、パワーダウンしたように感じた。受けていたから僕だけの印象かもしれないが。いや、面白いことは面白いのだ。ただ、なんとなくどことなく。
 で、思う。45分、全部マクラじゃダメなのか。先代の三平のように。
 「立川キウイvs林家三平(二代目)」企画しないかな。

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 翌日、23日(水)は新宿・竹林閣でシネりんの忘年会。
 15時30分に集合して、飲食等、パーティーの準備、その後、コアメンバーによる来年のシネりん活動についてミーティング。
 来年はブックカフェ二十世紀が会場の一つになる。

 忘年会は17時から22時30分まで。
 40数名が参加して、小さな会場は酸欠状態になった、なんてことはない!
 谷口正晃監督がWOWOWで撮ったスぺシャルドラマ「人質たちの朗読会」がアメリカのエミー賞にノミネートされ、セレモニーに出席した。その報告がメインイベントだった。「MOZU」も連続ドラマ部門にノミネートされていたとか。

 持参した「まぐまvol.20 手塚治虫と戦後70年」が3冊売れた。
 「特技監督 中野昭慶」の著者である染谷さんが参加された。文庫になった「特技監督 中野昭慶」を買ってくれたからと、新著「ウィリアム・ロス 映画人生50年」(ブイツーソリューソン)を頂いた。だったら、「まぐま」を差し上げなければなるまいて。
 染谷さんとは、しばし中野昭慶特技監督作品談義。84年版「ゴジラ」は最悪だよねということから、平成ゴジラは「ゴジラvsビオランテ」が傑作だと。確かに平成シリーズの中では出来はいいけれど僕は不満があるというと、GMKについてどう思うか訊かれた。大好きだと答えると、染谷さんは大嫌いだって。その後ゴジラ映画談義になるのだが長くなるので省略。 

 22時30分過ぎからは近くの中華料理店で二次会。当然、帰宅は午前様で。

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 話を忘年会が始まる前に戻す。
 新宿に着いてから紀伊國屋書店で時間をつぶした。いつもいくのは6Fの芸術コーナー。映画、特撮本が目当てだ。
 雑誌「ドラマ」のバックナンバーがあって、2012年5月号が目についた。市川森一の特集で「これか!」と手に取った。やはりそうだ。「バースディ・カード」のシナリオが掲載されている。レジに走った。

 24日(木)、クリスマス・イブの夜は阿佐ヶ谷のスナックに。
 今から四半世紀ほど前、某ゲームメーカーの映像事業部で働いていた。某出版社の映像部の社員だった僕は、販売部のMさんとともに出向したのだ。映像事業部には某アニメ制作会社のNさんも出向していて、I部長とデスクのYさんの5人がメンバーだった。
 MさんもNさんも出向元に戻ったが、僕だけ転籍した。
 Nさんが今年スナックを開業した。この数か月ご無沙汰していた僕は年賀状だけのつきあいだったMさんを誘って伺ったというわけだ。酒の肴は当時の思い出。
 アニメ会社の人が良く来るというので「まぐまvol.20 手塚治虫と戦後70年」を5冊置いてきた。売れるだろうか?
 帰宅は午前様。

 25日(金)は1時間残業して経堂へ。
 20時に少し遅れて「さばのゆ」に到着した。ちょうど前座の只四楼さんが始まるところ。「浮世根問」。
 続いてだん子さん、「狸札」。
 そして談四楼師匠は「文七元結」。最高だった。もう泣き笑いで頬に伝わる涙を何度かぬぐった。笑いながら涙が流れるところがキモだ。

 懇親会時のこと。
 28日に放送されるドラマ「赤めだか」、立川談志の一番弟子って志の輔さんになっているんでしょうね、と僕が尋ねると、「だろうね」と師匠。
「ら族はいなかったことになるの?」
 とはおかみさん。

 ら族とは師匠の造語だ。メディアで立川流が語られるとき、人気者の志の輔、志らく、談春(&談笑)が中心となり、談志の弟子は志の輔、志らく、談春らと表記されることが多い。ら族のら、は、そのらである。
 寄席修行して真打になった高弟たちは、そんなメディアの扱いに嫌気して、自虐的になってら族を名乗ったのだ。
 
 志の輔以前の弟子がいなかったになると、談志および一門の落語協会脱退の顛末はどうなるのだろうか。立川流が創設されたからこそ志の輔、志らく、談春の存在があるのだろうし、無視するわけにはいかない。架空の落語家なら成り立つだろうが。


 先々週、先週の古書店街散策成果
 『「私」がいる文章 発想・取材・表現』(森本哲郎/ダイヤモンド社)
 「赤塚不二夫のことを書いたのだ‼」(武居俊樹/文春文庫)
 「梶原一騎伝」(斎藤貴男/新潮文庫)

 購入本。
 「現在落語論」(立川吉笑/毎日新聞出版)




 立川春吾さんが廃業した。今日の談四楼師匠のツイッターで知った。ショックだ。休業中だとは小耳にはさんではいたが、すぐに復帰すると思っていたのに。

          * * *

2015/12/15

 「立川談四楼独演会 第203回」(北澤八幡神社 参集殿)

 ツイッターで師匠の声が調子悪いことを知った。2席はできない。ということは1席めは代演。もしかして?!

 18時ジャストで会社を飛び出して下北沢へ。大急ぎで八幡様へ。
 受付で高座の声が聞こえてきた。やはりそうだ! 代演は寸志さん。うれしい。まさにずぼんと正月が一緒にやってきた気分。寸志さんの会に行きたいのだが、全然日にちが合わない。なので、この会で寸志落語が見られるのは本当にうれしい。師匠の十八番に挑戦して、独自のギャグで爆笑だもの。噺は少しライトで。すごい。


  立川只四楼   (浮世根問)
  立川仮面女子  (穴子からぬけ)
  立川だん子   (狸札)
  立川寸志    「井戸の茶碗」

   〈仲入り〉

  のり一     「てぶ子ちゃんと私」
  立川談四楼   「芝浜」


 ゲストはのり一さん。この方を知ったのは、お父さん(三木のり平)が亡くなって桃屋のCMのナレーションを担当したときだ。さすが息子さん、声がよく似ていた。で、思った。本業は何だろう?
 今回の高座がいわゆる生業?
 いや、ほんと、くだらなかった。中野翠的に書くとくだんなかった。ずぼんと正月が一緒にやってきた。いいなあ。
 のり一さん、俳優の顔もあって、ウィキペディアを見たら、一時期大林映画に出演していたのだ。
 打ち上げ時、もうお開きというときに質問させてもらった。
 のり平さんは、聞き書き「のり平のパーッといきましょう」で映画はうんこだと言ってましたけど、市川崑監督作品についてどう思っていたのでしょう?

 「のり平のパーッといきましょう」はとても面白かったんですが、ご家族の方はアレ読んでどう感じましたか?

 さて喉を傷めている師匠の第一声「ねぇ、おまえさん、起きてよ」に「天狗裁き」かと思った。
 師匠はここで以前「天狗裁き」をやろうとこのセリフを言うと、客は「芝浜」が始まると思って固唾を飲んだと。それがはっきりわかって往生したと。
 で、今日は「芝浜」やります、と。
 
 「芝浜」ってある種のファンタジーだ。夢物語ですよ。亭主が大金を拾ったというのが夢だと信じるというのが、どうにもリアルではない。そういうものだと思えばいいわけで。

 新弟子只四楼さんの高座デビューだったのだが、観ることができなかった。残念。

     ◇

 【おまけ】

1999/10/25

 「のり平のパーッといきましょう」(三木のり平/聞き書き 小田豊二/小学館)

 ページから三木のり平の肉声が聞こえてくるようだった。
 以前に読んだ「渥美清 わがフーテン人生」、あるいはそれを元に聞き書きした著者によって新たに編まれた「渥美清 役者もつらいよ」の語りの部分はいかにも作られた言葉って感じがしたが、本書は違う。たぶんにフィクションも含まれているのだろうが、三木のり平のシャイな、神経質そうでいて図太い性格、芝居に対して一途な思いが行間から伝わってくるのである。

 三木のり平の芸についてあれこれ言う資格は僕にはない。三木のり平その人については小さい頃から桃屋のCMで親しんできた程度で、伝説の舞台「雲の上団五郎一座」も、映画「社長」、「駅前」シリーズも観たことがない。
 初めてその芸に触れたのが市川監督の「金田一」シリーズだった。ほんのチョイ役で画面に登場するだけにもかかわらず、抜群の面白さ、印象度でそれから僕なりに注目していた。
 口跡とかしぐさにその芸を感じさせる喜劇人がどんどん亡くなっていく。フランキー堺、渥美清、そして三木のり平……。時代の流れだから仕方ないと言えばそれまでが。

 聞き書き(語り)の文章に話芸の一端が垣間見られ、聞き惚れてしまう。
 自身の出演した映画をうんこだと言い、全く否定しているけれど、その映画に芸が記録され、最高と自負している舞台が後世に残らない現状が皮肉である。

 単なる編年体はイヤだよと言う三木のり平の要望通り、最終章は著者がこの本を作成するために三木宅を訪ね、帰る、最初の出会いの顛末が綴られている。
 ラスト、夜雪の中を帰る著者に向かっての三木の独白がまるで芝居のフィナーレみたいで余韻を残す。
 後世に残る貴重な芸人の記録である。




 すいません、ライブのレポートではありません。

          * * *

2015/10/15

 「立川談四楼独演会 第202回」(北澤八幡宮 参集殿)

 毎年誕生日には下北沢で「談四楼独演会」が開催される。いや別に談四楼師匠が僕の誕生日を祝って開催しているわけではなですよ。偶数月の15日は恒例の落語会というわけで。
 過去3年間は引きこもっていたので、56歳になった今年は4年ぶりということになる。

 朗読家の桑原さんから連絡があった。久しく師匠の落語会に足を運んでいないので、行きたいと、でも、一人だと場所がわからないので、一緒に行きませんかと。桑原さんは自身の朗読会に何度か師匠をゲストに呼んでいる。最初のときは僕も会を手伝った。

 18時40分、下北沢駅南口の改札で待ち合わせ。
 受付をすませ中に入ると、師匠の一席めが始まっていた。


   立川仮面女子  ?
   立川笑坊     ?
   立川だん子    ?
   立川談四楼  「天狗裁き」

     〈仲入り〉

   なかじままり  モノマネ
   立川談四楼  「お見立て」


 最初に座った入口近くの席(座布団?)の隣が書評家の杉江松恋さんだった。僕が長期休暇に入っている間にこの会の常連になっていた。また師匠の落語会のプロデュースまで手掛けている御仁。名前を知ったのは小林信彦の「紳士同盟」が集英社文庫で復刊されたとき。巻末の解説の一つを書いていたのだ。このときは松恋を〈しょうれん〉」とん読んでいた。ずいぶん経ってから〈まつこい〉と読むと知った。で、ピンときた。もしかしたら…… もしかしたら、まつこいって、「明日に別れの接吻を」を書いたアメリカの作家(ホレス・マッコイ)のマッコイのもじりなのではないか? アーサー・マッケンのもじりが朝松健のように。
 それが訊きたくて訊きたくて会場で姿を拝見するたびに声をかけたいのだが、きっかけがなくていつも断念している。今日はいいチャンスだったのだが結局声をかけられなかった。仲入りで席を移動してしまったので。僕自身、桑原さんを連れていつものところに移動したこともある。

 それはともかく、一人おいて斜め前の男性が「天狗裁き」に大受けしていた。というか、今日は会場全体が大受けだった。面白いんだけどさ。
「夫婦って何?」「友だちって何?」「大家と店子の関係って何?」
 何度聞いても笑ってしまう。
 江戸裁判所、エド・サリバンショーのくだりはオチの前からニヤニヤしてしまう。
 で、その大受けの男性の顔に見覚えがある。誰だっけ?

 2席めはどうしても「幕末太陽伝」のラストがダブってしまって、お大尽の顔が市村俊幸に見えてきてしかたない。花魁の顔は左幸子にも南田洋子にも浮かんでこないのに。考えてみれば、この花魁の性格がとんでもない。
 花魁と大尽の間で右往左往する若い衆が「らくだ」の屑屋のようで……

 ゲストはなかじままりさん。フジテレビのモノマネ番組で姿を見かけなくなって久しい。最近はYouTubeで視聴して楽しんでいる。デフォルメしすぎのモノマネにいつも大笑いしている。伊藤咲子と岸田今日子が大好きで。
 今日のステージもとんでもないテンションだった。大盛り上がり。なんとアンコールが合唱されたほど。

 なかじままりさんと親交のある俳優さんたち、映画関係者(監督、プロデューサー)が客席にいて、ファンの方も大勢いてその盛り上がり方がすごかった。
 なかじままりさんの七変化も見ものだった。短い時間にどうやって着替えているのか。楽屋も見たかったなぁ。

 懇親会で判明するのだが、「天狗裁き」で大笑いしていた男性は俳優さんだった。そりゃどこかで見た顔ですよ。クレジットではどう読んでいいかわからない名前の方。「ゴジラ FINAL WARS」で国木田少将を演じていました。
 懇親会でその方の隣にいたのが、東映版「花と蛇」「花と蛇2」で、まったくタイプの違うSMショーのMCを演じた俳優さん。その美声がたまらなく素敵だったことで名前を覚えた。
 そんな方たちになかじままりさんが加わって、そりゃ会話に熱が入りますって!




 書き忘れていた。

 8月28日(金)は「さばの湯 雑把亭 談四楼独演会」に足を運んだのだ。5月以降ずっと都合が悪くて行けなかったのだが、8月は何とか都合がついた。
 5周年ということでお客さん全員におみやげがついた。小さな色紙だ。

 3年のブランクがあるが、けっこうこの回には足を運んでいる方だと思う、
 第1回めから行っていた、と自分では思っていたが、よく考えたら、2回めからだった。
 毎月月末近くの金曜日、20時から、というのがサラリーマンには都合がよい。

 料金は2,500円。これとは別に1ドリンクを注文。アルコール類なら400円からある。
 終了したあと師匠を囲んでゆるやかな懇親会がある。これに参加するとあと1、2杯は飲むので(飲まなくてもいいけど)、飲み代として1,000円。合計4,000円ほどか。

 開始20時ぎりぎりに到着したため、一番前にての観賞となった。かぶりつきである。

  立川だん子 「狸札」
  立川談四楼 「もう半分」&「一回こっくり」

 北澤八幡と同じ演目だ。「一回こっくり」にまた涙がひとすじ……やべぇ。この日読了した「続・フレンズ」でミシェルと3歳の娘シルヴィとのやりとりが頭に浮かんでいたんだよなぁ。

     ◇

 さばの湯は飲食できる小さなイベント空間。興味ある方はこちらを。




2015/08/15

 「立川談四楼独演会 第201回」(北澤八幡神社 参集殿)

 早めに下北沢に着いてしまった。いつもなら駅前のマクドナルドで時間をつぶすのだが、コンビニでお茶を買って会場で読書という手もいいだろうとそのまま神社へ。

 入口前に10人弱の列ができていた。列に並ぶのもなんなので、参集殿の入口に何枚かの写真が飾ってあって、近よって見てみた。
 柄本祐と安藤サクラの結婚写真。柄本家(柄本明・角替和枝)と奥田家(奥田瑛二・安藤和津)の集合写真である。北澤八幡で結婚したことは、前回、廊下に飾ってあった写真で知った。けっこうミーハーな神社なんだな。
 もう1枚は、芥川賞作家、又吉直樹の参拝の写真。と思ったら、ピースの二人と西岡徳馬のスリーショットもあった。何かの番組の取材だろうか。

 開場となって、窓際の前から3/4のところに座った。

  立川仮面女子 「つる」
  立川だん子  「たらちね」
  立川寸志   「幇間(たいこ)腹」
  立川談四楼  「もう半分」

   〈仲入り〉

  綾乃テン   人形遣い
  立川談四楼  「一回こっくり」

 立川仮面女子とは何ぞや?
 真打となったこしら師匠の一番弟子である。今年の国立演芸場の立川流落語会。談四楼師匠がトリの回の打ち上げのお店で、確か師匠やおかみさんに挨拶にきていたような。芸名の由来をマクラで説明していて大受けだったが、すでに師匠のツイッターで知っていた。
 こしら師匠がヤオフクにネーミングライツを売り出して、秋葉原の地下アイドルグループ、仮面女子が25万1千円で落札した。落札金はどうするのかとこしら師匠に訊いたところ、全部自分のものだと言われたので、千円だけくださいとお願いしたら、「いいだろう」とのこと。
「まだもらっていませんが」
 で、仮面女子さんの第一印象……もみあげが長すぎる! 

 だん子さん、ほんと、どんどん上達している。独特の声、リズムだけど。
 
 寸志さん、あれっ 二つ目になったら独演会卒業ではないのか? 前回は二つ目お披露目だった。今回は? いや、出演と知って、うれしくてたまらなかったんですけどね。

 「もう半分」。
 すでに書いているが、苦手な演目だ。かみさんのキャラクターがとんでもなくて好きになれない。老人の飲みっぷりと、ラストのグロさを頭の中で映像にすることを楽しみにしている。今回をそれに加えて、老人に笹野高史をダブらせていた。

 ゲストは人形遣いの綾乃テンさん。前々回だったか、お客さんとして来ていて、カメラマンのスズキマサミさんに紹介されて少ししゃべった。そのパフォーマンスは、師匠がプログラムに書いている〈妖艶〉そのもの。惜しむらくは、ライブ時に会場の灯りを消して、舞台のみ照明が当たっていたなら、妖艶さはより増していたのではないか。九尾の狐を題材にしていて、とてもわかりやすかった。選曲も素晴らしい。僕の琴線に触れたというべきか。

 「一回こっくり」。
 「ぼんぼん唄」とともに夏の定番ですね。人情噺で泣くことはない(ウルウルすることはあるが)と言っていたが、今回は涙がひとすじ流れた。
 最近、涙腺が完全に脆くなったことがある。もうひとつの理由として、昼間に「日本のいちばん長い日」を観たことが挙げられる。阿南陸相が戦死した息子を想う姿を思い出したのだ。




 原発再稼働のニュース。
 本当に再稼働が必要なのだろうか?

          * * *

2015/07/25

 「柳家さん喬独演会」(三鷹市芸術文化センター星のホール)

 待ち合わせは会場で17時30分。かなり早めに三鷹駅に着くと、商店街(メインストリート)は夏祭りの真最中だった。あれこれ見学しながら芸術文化センターへ向かう。
 いつもの古書店で時間をつぶした。

 先週と同じ、二井さん、二井さんの奥さん、Mさん、僕というメンバーだったのだが、急に奥さんに仕事が入り、代わりに前日のトークイベント「よもやま話」のゲストだった朝さんが参加。

  入船亭ゆう京 「道具屋」
  柳家さん若  「のめる」
  柳家さん喬  「のざらし」
  露の新治   「権兵衛狸」

    〈仲入り〉

  江戸家子猫  動物ものまね
  柳家さん喬  「死神」 

 いつもは、前座+本人3席なのだが、今回は色物もあって寄席のようなプログラム。主催側の企画なのか、それとも、演者(さん喬師匠)側の要望なのか。これはこれで楽しい。

 ゆう京さんは10年入門(師匠は入船亭扇遊)。前座としては4年選手になる。元気があってよかった。
 さん若さんの「のめる」は初めて聴く演目かもしれない。「飲める」と言うのが口癖の男と「つまらねぇ」が口癖の男が、一言でもその言葉を言ったら罰金をとるゲームを始めるというもの。
 新治師匠は上方落語のベテラン。ギャグ満載の関西弁「権兵衛狸」に大笑い。

 江戸家猫八というと、どうしても先代の顔が浮かんでしまう。「快獣ブースカ」のお父さん、「時間ですよ」のいつも女湯を覗くすけべオヤジ。で、子猫は今の猫八さんのイメージがある。すごく真面目な青年の姿という印象が強い。その、今の猫八さんの娘さんがまねき猫として活躍していることは知っていたが、息子さんが子猫を継いでいたのか。最初は先代猫八、先代子猫がよくTVで披露していたネタ。進むにつれてディープな世界に入っていく。こんなに笑えるとは思っていなかった。

 さん喬師匠は2席。「のざらし」と「死神」。
 「死神」はラストのろうそくのくだりしか知らず(先代圓楽をTVで見たことがある)、全体を聴いたのは初めてだ。こんな噺なのかと思った。夢落ちだっとことにも驚いた。場内を真っ暗にする演出とともに。

 終了後、先週と同じMで飲む。遅れて奥さんもやってきた。落語のあとの一杯(&おしゃべり)は格別だ。




2015/07/18

 「立川志らく独演会」(三鷹市芸術センター 星のホール)

 二井さんから年に何回か三鷹市主催の落語会招待のメールがくる。希望するならその旨返信することがルールだ。対象は談四楼フォロワーズのメンバー、Mさん、Wさん、そして僕。約3年不参加だっため、代わりにAさんがメンバーになっていたが、僕が復帰したためはずれたみたいだ。ごめんなさい、Aさん。
 皆、団塊の世代。僕だけ一世代下になるが話は合う。

 二井さんが入手するチケットは全部で4枚。二井さんのほか、3名が一緒に行けるのだが、今回は2名が対象だった。ピンと来た。二井さん、今回は奥さんを連れてくるな。この3年の間に年齢の離れた女性と再婚したのである。
 それはともかく、志らく独演会とさん喬独演会が二週続けてあります、というメールだったのであわてて「行きます!」と返信した。18日と25日。返信したときは何も考えていなかった。あとで18日は談笑師匠の落語会だったことに気がついた。立川流落語会のはしごになったわけ。

 何とか独演会が始まる前に会場に到着した。受付に預けられていたチケットで中に入って席を探すと、二井さん、奥さん、Mさんがいた。

  立川志ら門「たらちね」
  立川志らく「二人旅」&「鰻の幇間」

  〈仲入り〉

  立川志らく「お若伊之助」

 また知らない志らく一門の前座が登場した。一度破門されたことがあるので〈志ら〉門とのこと。志らく一門がどんどん増えていく。一門だけでサッカーの試合ができるのだ。来年、再来年あたりはラグビーの試合ができたりして。
 同じ長い名前を扱っているといっても「寿限無」より「たらちね」の方が聴く機会が多い。あまりにもポピュラーなので(僕自身、小学生のときに懸命に覚えましたから)、やる前座さんがいないのだろうか。

 志らく師匠、まずは続けて「二人旅」と「鰻の幇間」の2席を。
 どちらもたまに聴くネタだが、仲入り後のネタはまったく初めてだった。

 とある大店の娘が一中節を習うため紹介された男がとんでもなくイケメンで、案の定、ふたりはあっという間にいい仲に。親は手切れ金を渡して男と別れさせたが、娘は男を忘れられない。恋の病で寝たり起きたりの状態になってしまった。1年後、男が訪ねてきた。こうして毎日娘と旧交を温めることになるのだが、やがて娘の腹に変化が見られるようになった。しかし、よく調べてみると当の男は娘の部屋にやってきていないことがわかった。では、部屋に来る男は何者なのか?

 調べてみると円朝の作だった。怪談噺になるのだろうか。一中節とは浄瑠璃の流派の一つ。
 
 終了後、4人で駅前の蕎麦居酒屋(?)のMで飲む。




2015/07/18

 「彩の国さいたま寄席 四季彩亭~彩の国落語大賞受賞者の会 立川談笑」(さいたま芸術劇場 小ホール)

 この落語会については偶然ネットで知った。談笑落語に興味があるところにゲストが談四楼師匠だというのであわててチケットを申し込んだ。それにしても彩の国落語大賞なるものがあったとは!

 さいたま芸術劇場は一度だけ行ったことがある。娘が中学生のときに所属していた吹奏楽部が県のコンクールに出場した。コンクールの会場が芸術劇場だったのだ。いや、高校時代だったか。
 とにかく、この劇場は蜷川幸雄が芸術監督となってシェイクスピアを上演していることで有名だ。劇場近くの歩道にはシェイクスピア劇に出演した役者たちの手形レリーフが並んでいる。

 前回行ったのは音楽ホールだった(と思う)が、今回は小ホール。こじんまりとしていて、また座席が階段状になっているから舞台が観やすい。
 座席はK-15、後ろの方だ。右隣は若い女性が二人、左はお年寄りの女性二人連れだった。

 始まってすぐに変な音が聞こえてきた。それもすぐ近くから。左隣の女性がつけている補聴器が発生源だとわかった。わかったものの注意することに躊躇した。ハウリングではない。接触不良というか受信不良というか、少々神経に障る音なのだが、我慢できないわけではない。そのうち本人が異常音に気がつくだろう。それまで待とうと思った。もう一人の女性から指摘があるかもしれないし。
 ところが前の席の老夫婦がしきりに目配せするようになった。たまに後ろを振り返る。音を気にしていることは一目瞭然。回りの人たちもこの音を不快に感じているのか。だったら隣の僕が皆を代表して声をかけるべきなのか。

 いろいろ考えた末、仲入りまで待つことにした。
 が、前の席の夫婦が何度も後ろを振り返るので、本人も音に気がついたようだ。補聴器をはずしてバッグにしまってしまった。にもかかわらず音は鳴りやまなかった。
 これはもう言うしかあるまい。
 隣の女性の耳元でささやいた。
「すいません、音がまだやまないのですが」
 たぶん聞こえていないのだろう、女性は反応しない。
 もう一度言った。
「あの~、音はまだ鳴っていますよ」
 やっと気づいてくれた。しかし、補聴器のスイッチ(だと思う)を切るまで、いろいろやりとりがあった。相手は補聴器をしないとまったく耳が聞こえない(ことがあとでわかった)。声が大きくなるのだ。僕らのやりとりに対して、振り向くお客さんが多くて困った。演者にも迷惑をかけたかもしれない。

 休憩時に詳細がわかった。
 女性はいくつも補聴器を持っていて、会場でどれがいいか実際に身につけて選んでいた。補聴器Aを取り外してスイッチを切るのを忘れたままバッグしまって、補聴器Bをつけた。そしたらこれが調子がいい。つまりAとBが反響しあって不快音が発生したというわけだ。
 
「補聴器はずすと何も聞こえないからね、もう帰ろうと思った」
 一件落着して女性が言う。
「前の人は何度も振り向くし、もういたたまれなくて」
 

  立川笑二 「真田小僧」
  立川談四楼「一文笛」
  立川談笑 「金明竹」

  〈仲入り〉

  立川吉笑 「狸の恩返しすぎ」
  立川談笑 「片棒・改」


 さて、高座の印象。
 笑二さんがとても巧くなっていた。面白い! フラと実力が掛け算となっているというか。成長著しい。
 談四楼師匠は、予想どおりの演目。「待ってました!」 聴きたかったんだ、これ。
 談笑師匠の「金明竹」は東北弁バージョン。ほんと何をしゃべっているのかわからず笑いも倍増する。
 吉笑さんの「狸の恩返しすぎ」は吉笑落語の定番になったのか。もしかしたらお客さんの大部分は古典落語、狸ものの一つぐらいの認識でいたりして。
 談笑師匠の2席めは「片棒・改」。マクラで師匠・談志のケチぶりを吹聴するときは必ず「片棒・改」って決まっている、らしい。本人が噺に入る前にこれまた必ず説明する。一度は生で「イラサリマケー」(居酒屋・改)を観たい、聴きたいと願っているのだが。

 それにしても、談笑一門は個性派ぞろいだ。三者のキャラクターが際立っていて三様の落語が楽しめる。この3人で興行が成り立つのではないか(前座の笑笑さんの離脱が残念だ)。
 今回、3人に足りないものをゲストが埋めた形になって、充実した落語会となった。





 北澤八幡神社の「立川談四楼独演会」に最初に足を運んだのはいつだったか、何回めだったか、ファイルしている「本日のプログラム」を見ればわかると思っていたら、当のファイルが見当たらない。

 夕景工房のレビューを当たった。当初夕景工房のこの欄は映画評のみ毎週更新していたのだが、途中からコーナータイトルを改め、ライブや展覧会等、何でもありにして、独演会にも触れるようになったのだ。
 初めて書いたのが、02年の6月の会。しかし、タイトルに回数の記載がない。次が06年の12月。これが第149回なので逆算して112回ということが判明したというわけ。

 誤字脱字間違い訂正の上、転載します。

 なお、前項で師匠の本を図書館で借りて読んだとあるけれど、その後、全部揃えました。
 正真正銘のファンですから!

     ◇

2002/06/15

 「立川談四楼独演会」(北沢八幡神社)  

 偶数月は北沢八幡神社で立川談四楼氏の独演会がある。昨年12月、1年ぶりに独演会に足を運び「立川談四楼の北沢八幡落語会」に入会した。平日の独演会には行けないことが多いのだが、年に2回会員向けに「北沢 談四楼文芸かわら版」を発行すると知っては、小説家・立川談四楼ファンとしてはじっとしていられない。  

 北沢八幡宮は下北沢駅からちょっと離れた緑豊な住宅街にあり、初めての時は迷いに迷ったものである。
 開演5分前に到着した。玄関で靴をぬぎ、参集殿へ。参集殿入口の廊下で事務局の女性からチケットを購入して中へ入る。畳張りの参集殿はまだそれほど人はいない。最初は前座の落語なので、混みだすのは真打登場の7時前後。たまには前の方で聴こうか、と空いている座布団に座る。  

 初めて参加した独演会では一番後ろで「目黒のさんま」「柳田格之進」の古典落語2本を聴いた。迫力ある高座だった。小説の語り口そのままの面白さだった。聴き終えてから秋刀魚が食べたくてたまらなかった。
 独演会の趣旨は創作落語と古典落語の2本を披露することだいう。12月の創作落語は「女盗賊プーラン」(お囃子が何と「踊るマハラジャ」のオープニング曲!)、休憩後は「芝浜」という演目だった。日本酒をぐいっとやりたくなった。  

 さて今宵。
 プログラムは次のとおり。  

  開口一番  立川志らべ  
  落語    立川らく八  

  創作文芸落語 「羽衣」 

     仲入り

  「居残り」

 まずこれが初の披露だという創作落語の「羽衣」。
 今話題沸騰のワールドカップから最近物故した有名人、著名人の話。伊藤俊人、ナンシー関、柳家小さん、小さんの通夜で見かけた坊屋三郎……。小さんの話では通夜に駆けつけるかもしれない〈かつて破門した愛弟子〉談志師匠を狙うマスコミ騒動から、自身の真打昇進試験落第の恨みつらみの数々。他人の意見に耳をかたむけあれこれ改革しようとしたのが前落語協会会長の小さん、何もしないのが現会長の円歌だとのこと。ギャグ8割、本音2割の爆笑に次ぐ爆笑話。  

 もしかしてこの話で時間が終わってしまうのではないか、でも面白いからそれでもいいかと思っていたら、創作落語「羽衣」に入る。手塚治虫の短編「雨降り小僧」のような噺にしようということで、まずは「雨降り小僧」の紹介。僕も大好きなストーリーで何度も読んだものなのに、高座で語られるとまた格別だ。ラストはやはりウルウルになる。続いて「羽衣伝説」の紹介。ラストに創作の「羽衣」。あっというまに終わってしまった。「雨降り小僧」「羽衣伝説」「羽衣」の3点セットで一つの創作落語だとか。

 「居残り」は初めて聴く。この噺、個人的にはフランキー堺の出世作「幕末太陽伝」でお馴染みなのだが、本物がどういう内容なのか興味津々だった。  
 居残り佐平次の口八丁手八丁のキャラクターが愉快痛快。「ヨイショ」のしぐさが何度見ても笑える。
 オチは家元談志の作だという。
 そういえば談四楼師匠の指の所作って、家元ゆずりだ。

     ◇

2006/12/15

 「談四楼独演会 第149回」(北沢八幡神社)

 80年代、もういつだったかは忘れたが、TVにむちゃくちゃ面白いモノマネ芸人が登場した。声がソックリで、なおかつ、独特の視点で対象をおちょくるところが新鮮だった。どんな芸だったか思い出せないのだけど。
 確か、もう一度目にして、これからブームがやってくると確信した。
 ところが、その後、全然出てこない。
 芸人の名は丸山おさむ。

 初めてTVで観て大感激したのに、同じように、ほとんどにTVに出演しなかったのがマルセ太郎だった。デタラメアフリカ語が笑いの感性にビンビン響いた。猿の物まねは絶品だ。
 マルセ太郎の場合、後にその芸歴が半端でなく、主に舞台をメインにしていることを知った(渋谷ジャンジャンの「スクリーンのない映画館」を一度は押さえておきたかった)が、丸山おさむについてはほとんど情報というものが得られなかった。

 立川流の顧問である、演芸評論家・小説家(私は週刊文春の〈天下の暴論〉でお馴染みだった)の吉川潮氏は芸人の評伝を何篇か書いている。
 「江戸前の男 春風亭柳朝一代記」(新潮社)は語りの巧さに脱帽した。ラストは涙がとどめもなくあふれて困った。
 小説「本牧亭の鳶」(新潮社)は表題作を含む短編6編が収録されているのだが、冒頭の、物真似芸人を主人公にした「九官鳥」を読んで膝を打った。これ、モデルは丸山おさむじゃないか!
 
 偶数月15日、北沢八幡神社で開催している「談四楼独演会」。師匠の個人事務所の主催になってから、バラエティに富んだゲストの芸も楽しみの一つになっている。
 いつか、丸山おさむがゲストとして登場しないかなあ、なんて思っていたところ、webで師匠のコラムを読んだ。丸山氏(ここから敬称つき)について書かれたもので、すでに独演会には呼んだことがあり、大評判だったと。足繁く通うようになる以前の話だろう。がっかりした。すでに登場したとなると当分ゲストの可能性はない……。
 ところが、ところが。
 今年最後の談四楼独演会のゲストが丸山氏だったのだ。
 どんなにこの日を待ち焦がれていたか!

 平日なので、7時ちょい過ぎに北沢八幡に到着した。前座噺はすでに終了。舞台では12月恒例の常連さんによるかっぽれの真っ最中。
 終了後、Sさんの姿を探すと、な、なんと一番前、それも舞台の真正面ではないか。
「丸山さんをまじかで見られるように(席を)とっておいたから」
 って、あまりに近すぎるよ~。それに、膝送り(混んでくると、前へ移動させられる)で、もうほとんど、舞台の前、見上げるような形での鑑賞である。

 独演会では入場時、「本日のプログラム」と題したA4サイズ二つ折りの薄緑の用紙が配付される。表1、表4にタイトルと式次第が、内側に師匠の挨拶が掲載されているのだが、そこでゲストの丸山おさむ氏に触れている。
 さだまさしを最初に真似た人だとか。TVで笑い転げたのはその芸だったか。
 〈けんかの丸山〉で有名だそうである。売れかかったのに、使い捨てのTV局と喧嘩する。これは慧眼だと思うが、その後もいたるところで喧嘩三昧(?)。ほんとかうそかわからないけれど。

 開口一番 立川三四楼「千早振る」
      立川ラクB「ぞろぞろ」
      立川キウイ「反対車」

      立川談四楼「お国訛り」

      仲入り

 ゲスト  丸山おさむ「昭和歌謡史 ~談四楼師匠のあの日、あの時~」

      立川談四楼「らくだ」

 仲入り後、丸山氏が白いスーツ姿で颯爽と登場。昔にくらべ少々太ったような。あたりまえか。
 もちネタで、芸術祭賞を受賞したこともある「物真似で綴る昭和歌謡史」。師匠の誕生から少年時代、談志師匠への入門、等々、師匠のあの日、あの時と歌謡史をリンクさせてのステージは、もう抱腹絶倒、ニヤニヤ、クスクス、次の展開を読んでのデヘヘヘ笑い。
 美空ひばりに始まって、灰田勝彦、淡谷のり子、石原裕次郎、小林旭、フォーククルセダーズ(「帰ってきたヨッパライ」)、井上陽水。……歌謡曲、演歌、フォーク、ニューミュージック、アンドレカンドレ、ナンデモカンデモ。
 内山田洋とクールファイブの前川清と、安全地帯の玉置浩二は、それぞれ二日酔いの朝に歯を磨きながら、レモンをかじりながら、と講釈がついてのカラオケつき実演で、そのデフォルメに爆笑。マニアック路線の堀江淳に涙が。
 ラストは、日頃苦労をかけている奥さんと一緒に尾崎豊の「I LOVE YOU」。古典芸能(幇間)とJ-POPが見事にクロスオーバーした芸に拍手喝采!!

 トリは経堂の興奮が甦る「らくだ」。とにかく目の前だから、その迫力たるや、あなた……。




2015/06/15

 「立川談四楼独演会 第200回」(北澤八幡神社 参集殿)

 初めてこの独演会に足を運んだのが2000年の10月、112回めのときだった。もう15年前になるのか。

 落語協会が実施している真打昇進試験に落ちた噺家さんの一人が母校・太田高校の大先輩であったこと、落とされたことに師匠の立川談志が激怒して落語協会を脱退、立川流を創設したこと、これら一連の騒動はリアルタイムで知っていた。情報源はスポーツ新聞だった。1983年だから就職浪人していたころか。当の噺家さんがその顛末を小説にして本を上梓したことも同様に知っていた。1990年のことだ。

 あのとき本を読んでいればと後悔しても遅い。とにかくそのままほっといて図書館で「シャレのち曇り」を見つけたのが1999年の8月。読んでみたらむちゃくちゃ面白かった。続いて「石油ポンプの女」を借りた。ガツンときた。次が「ファイティング寿限無」。この面白い小説がなぜ話題にならないのかと出版業界の不可思議を憂うと同時に、生の高座を観たくてたまらなくなった。

 落語は好きだ。といってもTVの「らくご in 六本木」(80年代毎週の愉しみだった)や演芸番組を観る程度で実際に寄席に行ったことはなかった。ただし、国立演芸場が出来た当初何かの縁で招待されたことがある。生の三平(初代)を見たのが自慢だ。
 北澤八幡で偶数月に独演会を開催していることは知っていたので、自分の誕生日10月15日に出かけた。演目は「目黒のさんま」と「柳田格之進」。迫力に圧倒され、艶に魅了された。小説の行間からにじみ出ている落語に対する自信は嘘じゃなかったと思い知った。

 次に伺ったのが1年後の12月。ここからほぼ毎回通うようになる。独演会の会員になったのである。会員になれば料金が割引になる特典があるのだが、それよりも、会員向けに年2回発行される「北沢 談四楼文芸かわら版」が目当てだった(が、会員になってから発行されたことはなかった)。 
 2000年代は北澤八幡の独演会が基本にあって、師匠が他の落語会に出演するとでかけるようになった。大銀座落語会や館林の落語会のことである。落語ファンというより談四楼ファンなのである。もっといえば文筆家・立川談四楼ファンか。

 今回は記念すべき200回ということで、午後半休をとって、開場となる17時30分過ぎに会場に着けるようにした。
 玄関前にカメラマンのSさんがいて、もう中は混んでいるとのこと。確かに受付には列ができていた。とはいえ、前々回のような混み方ではなく、あくまでも常連さんがいつもより早く来ているといった感じだった。


  立川だん子 「真田小僧」
  立川笑笑  「転失気」
  立川らくみん「子ほめ」
  立川談四楼 「寝床」

   〈仲入り〉

  立川談四楼 「金玉医者」&「一文笛」


 だん子さんの「真田小僧」、Wさんが「うまくなっている!」と驚いていた。
 笑笑さんの高座は初めて。正面からだと、確かに田辺誠一に松坂桃李を足して2で割ったようなマスクだ、なかじままりさんの言うことに間違いはなかった。ってオレを何を見ているんだ? ちなみになかじまさんは10月のゲスト。下半期チラシに掲載されていた。楽しみ、楽しみ。
 らくみんさん、相変わらず元気いっぱい。2月の高座以来、街で「てもみん」の看板を目にすると思い出してしまう。てもみん、みんみん、ねぇらくみん。すいません、キウイ師匠、マネしました。

 今回は200回記念ということで、ゲストなしの師匠3席。すべてネタおろし。
 まず1席めは、昭和の名人(文楽、志ん生、円生)リスペクトとして「寝床」。志ん生バージョンの破天荒ぶりについては小林信彦の著書で知った。旦那が番頭を追いかけて浄瑠璃を語るくだり。番頭が蔵に逃げ込むと、蔵の窓から浄瑠璃を語り込む。浄瑠璃は渦を巻いて番頭に襲いかかり悶絶させるというもの。

 続いて、談志リスペクトとして「金玉医者」。演目は活字等で何度も目にしていたが、噺は聴いたことがなかった。初めてこの演題を見たときは〈金玉〉は別の読み方をするものだと思っていた。そのままだった。きんたまいしゃ。女性の方、声に出して言えますか? そういえばこの前TVの某番組で若い女性が〈のどちんこ〉を連発していたっけ。けっこうドキドキするんだよね。
 内容は何も知らなかったのだが、サゲで、あれ、これどこかで聴いたことがある、かもと思った。

 最後は、米朝リスペクトとして「一文笛」。米朝の創作なんですね。スリが不憫な子どもを思ってした行動が逆に子どもを苦しめる結果となって……という「人情八百屋」に通じる人情噺。スリとその親方との会話にグッとくるものがあった。「ぼんぼん唄」や「一回こっくり」を十八番にしている師匠らしいネタではないか。
 これもサゲのところで聴いたことがあると思った。いったいどこで?

 独演会で300回、400回と続けている噺家はいるから、200回というのはそれほどのことではないらしい。ただし、同じ場所で200回続けるというのは非常に珍しいとのこと。


 【追記】

 記念の回だからか、お客さんの中に広瀬和生氏の顔があった。
 終了後の懇親会では、広瀬氏、広瀬氏の連れの女性(たぶんBURRN!誌の編集者)、師匠が長いこと語り合っていた。翌日、BURRN!「そこでだ 若旦那!」が再開されることを知るのだが、あの会話はその件だったのかと膝を打った。
 ついでにこれまでの連載を1冊にまとめてもらえないか。




2015/06/01

 「立川流日暮里寄席 2015年6月1日」(日暮里サニーホール コンサートサロン)

 日暮里寄席は初めてかもしれない。今回から色物が入るということもあってか会場は満席。つ離れしないこともままある広小路亭の立川流落語会に比べて、この差は何なのだ? 
 年齢層はかなり高めだ。トリのぜん馬師匠のフォロワーズというとそういうことになるのかもしれない。


  立川らく者  「たらちね」

  立川志の太郎 「元犬」
  立川志らら  「鰻屋」
  立川キウイ  「看板のピン」
  立川談四楼  「三年目」

   〈仲入り〉

  立川談修   「代脈」
  さこみちよ  江戸小唄 都々逸
  立川ぜん馬  「井戸の茶碗」


 開口一番のらく者さん、志らく一門の18番めの弟子だという。らくみんさんのあとにも弟子がいるのか! 元俳優で志らくのらくに役者の者でらく者だと。

 らく者さん、高座を終えて座布団を裏返したのはいいが、めくりはそのまま。「おいおい、めくりのめくりを忘れているぞ」と心配していると志の太郎さんが登場、「顔と名前を覚えてください」とめくりを見る。「といっても、めくりがないんですよ」
 これまで志の輔師匠の付き人として日本全国まわっていて、立川流の落語会に出演したことがないためだという。最近、二つ目に昇進。

 立川流の真打トライアルに挑戦し、今秋の真打昇進を決めた志ららさん。立川流のチャゲと呼ばれているとかいないとか。あっ、チャゲ&飛鳥のチャゲね。高座を見るのは初めてだが、にぎやかで愉快、痛快、嬉々快々。最初から最後まで会場は爆笑の渦だった。

 負けじとキウイさんも元気いっぱい。始終笑いもとっていた。
 途中で入ってきたお客さんに「今、来るんじゃないかとお待ちしていたんですよ」。初代三平のお馴染みフレーズに個人的に大喜び&大笑い。
 トリのぜん馬師匠ののどの調子に触れて、驚く言葉を発していた。いいんですか、そんなこと言って?

 国立のときは、高座でも打ち上げのときも気がつかなかったが、談四楼師匠、少し痩せたんじゃないですか。

 談修師匠の「代脈」は、暮れの広小路亭で聴いている。タイトルを「お血脈」と混同していた。脈が出てくるとイコール血脈というイメージだったので。お恥ずかしい。暮れのときもそうだったが、羊羹が食べたくなる。好きでもないのに。

 新しい試みである色物起用。その第一弾にさこみちよさんが選ばれたのは、「実力や人気ではなく、ひとえにぜん馬の女房だから」と本人が言っていた。
 さこさんの高座は2度目になる。偶数月15日に開催されている「談四楼独演会」にゲストで出演したことがある。170回の節目のとき。感想にこう書いている。
     ▽
 ゲストはさこみちよさん。何をやるのかと思ったら、三味線小唄。けっこういける。何も知らなければその道のプロと勘違いしてしまうかも。大沢悠里とのコンビは四半世紀(以上?)になるという。自慢ではないが、最初の年から聴いていた。毎日ではないが。当たり前だ。たぶん仕事でクルマを運転しているときではなかったか。いやもう呼吸ぴったり。当初は何者なのか何も知らなかった。たぶん何かの写真で実物を知ったわけだが、イメージのギャップに戸惑った。もっとふくよかな女性を思い描いていたのだ。

 立川ぜん馬師匠の奥さんであることを知ったのは数年前(だったか?)。談四楼師匠とぜん馬師匠の二人が司会した某演歌フェスティバルの会場でおかみさんに教えてもらって「そーなんですか!」。驚いたあと噺家の女房がぴったりだなと得心したものだ。
 月曜日から木曜日までの大沢さんの相手役は変わっても、さこさん一人はずっとそのまま。これってギネスものではないか。今まったくというほどラジオを聴く機会がないが、聴けば二人のやりとりにうっとりできることは間違いない。
 さこさんの漫談&小唄を聴きながら、日暮里や広小路の立川流落語会(寄席)の色物としてやっていけるのにと思った。二席目の高座で師匠も言っていた。にもかかわらずなぜ出演しない? 
 ギャラの問題か……
     △
 7年経って、やっと日暮里寄席で実現したというわけだ。

 ぜん馬師匠はのどの調子が相当悪いらしい。




 昨日(1日)は、立川流日暮里寄席に足を運んだ。
 キウイさんが招待してくれたのだ。
 「立川キウイ氏 美弥の労をねぎらう会」のお礼として。

 話は4月11日に遡る。
 この日、神保町のブックカフェ二十世紀で「北京・胡同の四季 張金写真展」のオープニングパーティー&トークが開催された。トークのホストが二井さん。パーティー終了後も飲み足らない、語り足らないと思う人たち(僕を含めた6人)がいて、見かねた二井さんが「じゃあ、二次会へ行くか?」。

 二次会の席でキウイさんの話がでた。今はもうやめてしまったが、二井さんは月一で「二井サロン」を開催していた。さまざまなジャンルからゲストを呼んでのトーク&パフォーマンスのイベント。キウイさんの真打昇進が決定したとき、昇進祝いで落語をやってもらったこともある。
 提案してみた。5月いっぱいでキウイさんが美弥を卒業するので、その前にみんなで美弥に遊びに行きませんか? 話のタネに一度は美弥を覗いてみたいけど、これまでで行ったことがなかった。最後の機会だからぜひ! 

 そんな経緯があって二井さん幹事による「立川キウイ氏 美弥の労をねぎらう会」が企画されたのだが、美弥での開催は見送られた。
 開催日は6月1日。ちょうど日暮里寄席があるので、キウイさんが会のお礼に招待したいとのこと。寄席を楽しんだあとに、会場のホテル近くの居酒屋でキウイさんを囲んで飲もうという趣旨だ。
 キウイ師匠を見る会☆囲む会といった按配になった。
 
 「ねぎらう会」出席者はキウイさんを含め総勢8名。4月11日の夜二次会に集ったメンバーだ。
 乾杯のあとは映画の話で盛り上がる。映画評論家としての二井さんをリスペクトしているキウイさんが最近観賞した映画について二井さんに質問。二井さん答えるという形。

 キウイさんのファンで、自身のブログで何度もキウイさんを取り上げているK女史が、この店のオリジナルメニュー「ロシアンたこ焼き」を注文した。6個のたこ焼きの中で、一つだけわさびをきかせたとんでもない味のものがあるという。そこで僕がロシアンの意味を理解した。「だからロシアンたこ焼きっていうんですね」
 K女史が訊いてきた。「だったら、どんなものを想像していたの?」
「普通にロシアのたこ焼きを想像してました。ロシアにもたこ焼きってあるんだって思ったんです」
 K女史が笑い出した。「キウイさんの落語より面白い!」
 隣でキウイさんが肩を落としていた。

 キウイさんを題材にしたドキュメンタリー映画「屁のような男」はどうなるのか? このところキウイさんと石川監督の間でバトルが繰り広げられている。そんなことは他人様の目にふれないところでやれよ、と苦々しく思っていたのだが、あるとき、これって新手の宣伝活動かと考えるようになった。

 個人的には映画の完成を願っている。
 石川監督は「樹の上の草魚」を映画化した人である。映画は失敗作ではあるが、その志は買いだと思っているので応援したいのだ。
 商業映画ならスケジュールに従って映画は制作される。しかし、「屁のような男」は自主映画でスタッフは監督一人。監督がノレなければ制作は進まない。
「ほら、今日ブログをアップしなければならないと思いつつ、どうしても気分がのらないときってあるでしょう? まあ、映画とブログを同等には語れないけれど、さ」

 飲むほどに酔うほどに語りたいことはいっぱいある。
 で、あっというまに時間が過ぎて、お開き。
 千鳥足で帰宅……。




2015/05/24

 「特別企画公演 立川流落語会」(国立演芸場)

 この公演(談四楼師匠主任及び出演の回)も3年間ご無沙汰してしまった。それまではずっと足を運んでいたのに。
 今年は、落語立川流の中で、志の輔師匠と談春師匠が出演しない。当然その一門の出番もなし。ということで、初日が志らく一門+α、2日めが談笑一門+α。そして千秋楽が談四楼一門+αというプログラムとなった。
 広小路亭や日暮里寄席には両師匠とも出演しないからその流れで決まった顔付けなのか(志らく師匠だって両寄席には出演してはいないのだけど)。

 談四楼一門が高座で勢ぞろいするのは初めてだと思う。ホームグラウンドの北澤八幡の独演会だって拝見したことがない。3年間ご無沙汰していたから、偉そうに断言できないが。


  立川だん子 「真田小僧」

  立川寸志  「馬のす」
  立川三四楼 「金明竹 ~名古屋弁バージョン」
  立川キウイ 「反対俥」
  立川左談次  けーかほーこく「骨は折っても心は折らぬ」

   〈仲入り〉

  立川生志  「お菊の皿」
  立川談之助 「選挙あれこれ」
  立川文志   字慢噺
  立川談四楼 「ぼんぼん唄」


 開口一番はだん子さん、ちょっとうまくなっているではないですか。この間にお客さんが次々とやってくる。終わってからも、客の入場は続き、出囃子がずっと鳴り続けるなか、だん子さんはめくりのところでしばらく様子見。

 待たされた寸志さん、にぎやかに登場してわめく、わめく。「皆さん、早く入場してください。出囃子が何度も繰り返されて4往復してますよ」。談四楼一門は逆スライド三段方式で弟子は下になるにつれて歳が上になるんです。一番弟子の三四楼が39歳、私が(もうすぐ)48歳。で、だん子なんですけどね、ああ見えても、と一呼吸おいて「83歳!」。
 「馬のす」を体感すると枝豆が食べたくなる。

 久しぶりの三四楼さん、相変わらず冒頭の挨拶に照れが入ってぐだぐだだ。「1、2の三四楼!」も元気よく調子よくやったためしがない。それもメビウスがどうのこうの、意味がわからない! いや、メビウスが無限大を意味する言葉なのはわかりますよ。どうして、簡単明瞭な「1、2の三四楼!」じゃいけないの?
 それにしても、お客を選ぶネタだ。個人的には嫌いじゃない。大笑いはできないけれど、冒頭以外は始終ニヤニヤクスクスしていた(ただ、立川流で名古屋弁というと平林さんのインパクトが強い)。最後で噛んだ。フォローがいま一つ。宮路さんはもっとひどく噛んだけどそのまま捨て台詞を放ち、大笑いさせてくれたのに。

 キウイ師匠は左談次師匠のリクエストで「反対俥」。あのドラム缶の飛び越えは、小さな会場で目の前で見た方がいい。すごい迫力だから。会場を駆け回るのは、談之助師匠が「桑名船」でやっているので目から鱗にはならなかった。熱演はわかるけれど。キウイ師匠はお客を巻き込んだ落語が面白いと個人的には思っている。

 骨折で休養していた左談次師匠が松葉づえで復帰した。代演だと思っていたので本人出演のニュース(談四楼師匠のツイッター)はうれしかった。骨折にまつわる近況報告といった漫談で、エピソードを話すときに先に笑ってしまうのがええなぁ。最後に照れながら「骨は追っても心は折らぬ」と締めた。転んでもタダでは起きない噺家の鑑だ。
 ちなみに「心を折る」という言葉、女子プロレスの神取忍がジャッキー佐藤との試合で口にしたことで、その後大流行した。てなことをこの前TV番組で知りました。


 生志師匠はずいぶんと貫禄がついた印象。別に太ったというわけじゃないですよ。口調に余裕が感じられる。声だけ聴いていると小さん師匠みたいだ。「花田まさるじゃないですよ」のお馴染みフレーズはもう言わないのね。
 「お菊の皿」には「鉄拐」に通じるものがあると思った。

 談之助師匠の漫談が好き。談幸一門の脱退について、今後の立川流について、真偽取り混ぜていろいろ語ってほしいのだが、今日は談志の選挙の思い出話。その手の噺はもっとディープな場所でということか。一度行ってみようかな。

 これまで国立演芸場の立川流落語会では談四楼師匠との相性がいいのか、ひざは文志師匠がつとめることが多かった。ネタはいつも同じだったので、今回もと思ったら新作だった。得した気分。

 談四楼師匠が十八番にしているネタはいろいろあるが、「ぼんぼん唄」だけ他の噺家さんが演っているのを見たこと(聴いたこと)はもちろん(それほどいろいろな落語会に通っているわけでもないし)、耳にしたこと目にしたこともない。もともとは志ん生の持ちネタだったものを、師匠が掘り起こして娘さんに許可を得たという経緯がある。その後志ん朝一門で誰か手をつけたのだろうか。
 この噺を聴くと、もう夏かという気分になる。
 迷子のおひろが愛しくてたまらない。おひろに幼かったころの娘の姿を重ねて映像を浮かべている。

 6月の北澤八幡独演会は200回記念ということで、ゲストなしで師匠3席。月曜日だけど最初から見られるようになんとかしよう。




2015/05/03

 「町屋駅上寄席 桂宮路vs立川寸志 熱闘!他流試合二人会」(ムーブ町屋 3Fムーブホール)

 深夜、TVのチャンネルを替えていたら、ある番組に吉笑さんが出演していて思わず画面に顔を近づけてしまった。大喜利をやっていて、回答者メンバーには春吾(前座時代は春太)さんもいる。立川流の二つ目が二人もTVに出演しているのが珍しかった。

 番組は「噺家が闇夜にコソコソ」というもので、大喜利は後半のコーナーだった。司会が今田耕司と檀蜜と立川談春。前半には何人かの真打が持ち回りで自身が取材した事柄を落語風に発表するというコーナーがあって、その一人が立川談笑。大喜利メンバーに吉笑さんや春吾さんがいる理由がわかった。

 さんづけしたりしなかったり。
 吉笑さんも春吾さんも前座時代に何度も高座を観ているし、話もしているので吉笑、春吾とはできませんよ。本当なら、談春師匠、談笑師匠としたいのだが、そうすると、今田耕司さん、檀蜜さんでなければバランスがとれない。だったら2人を有名芸能人として括って敬称略にしてしまえばよいと考えた次第で。
 って、長々言い訳してどうする。

 閑話休題。
 大喜利メンバーにはもう一人「どうして真打が混じっているの?」と思える噺家さんがいた。どうみても吉笑さんや春吾さんたちより年齢が上だもの。桂宮路さんだった。にぎやかオーラを発散しまくっていた。

 昨年12月、約3年ぶりに落語会に足を運んだ。上野広小路亭の立川流夜席。受付していたのが寸志さんだった。二つ目昇進が決まっていて、確か昇進披露チケットは完売だったと思う。あとで知ることになるのだが、この日が前座最後の受付だったとか。

 ネットでGWに「桂宮路vs立川寸志」なる二人会があることを知った。場所はムーブ町屋。4月の談四楼独演会で寸志さんの二つ目披露高座があったのだが、時間の関係で終わりの方しか見られなかった。欲求不満がつのった。二つ目の寸志さんの芸を確認したい! ついでに宮路さんの高座もこの目で拝見したい!


  三遊亭けん玉 「狸札」
  立川寸志   「金明竹」
  桂宮治    「おばけ長屋」

   〈仲入り〉 

  口上 兼 トークバトル

  桂宮治    「弥次郎」
  立川寸志   「景清」


 開口一番のけん玉さんは、会が始まる前から受付近辺でかいがいしく動き回っていた。いや、顔なんて知らなかった(名前だけは目にしていた)のだが、着物姿で動いていれば、それがこの会の主役の2人でなければ前座さんだろうとの予想はつく。
 元気が良い。声がよくとおる。会話の間の取り方が一種独特で笑いに転化させていた。

 寸志さん堂々としていてなおかつ噺はこれなれていて二つ目というより真打って感じ。
 「金明竹」では関西弁の早口が出るたびに拍手が起こった。この日、「寿限無」や「たらちね」でも同じ現象になったのだろうか。「金明竹」は愉快な噺だけどこんなに笑わせられるものだったのかと思わずにはいられなかった。工夫の賜物だろう。ぼけとつっこみを意識した関西人キャラクターがいい。

 寸志さん以上に会場を爆笑の渦にしたのが宮路さん。年齢は寸志さんより下だったのか。「おばけ長屋」ではすっかり世界に引き込まれた。ずっと表情を見つめていたらゴルゴ松本が落語をしている感覚に陥った。
 一番笑ったのはサゲかも。肝心のところで噛んでしまっての捨て台詞がふるっていたので。
 熱演でかなり時間がオーバーしたのかもしれない。いや、最初からその予定だったか。次は3分で終らせるからと宣言したのである。
 本当にあっというまに終らせて(「弥次郎」だからね)、右手で左腕を叩きながら下がる姿がかっこよかったなあ。

 時間たっぷりもらった寸志さんは「景清」。もしかしたら初めて聴く噺かも。いや、一度はあるか。
「さすが、談四楼師匠の弟子ですよね」
 とは、目の前に座っていた、落語レビュー界の津田寛治こと、Sさんの言葉。




2015/04/15

 「立川談四楼独演会 第199回」(北澤八幡神社 参集殿)

 前回(2月15日)の198回、3年ぶりに足を運んだ独演会はいつもの倍以上のお客さんが押しかけてとんでもない状況だった。日曜日ということもあって、ゲストのゲッターズ飯田さんの占い目当ての女子の方が全国からやってきたからだ。

 受付時におかみさんからもらった付箋(番号が書かれている)をもらったのだが、帰宅してから番号を確認すると〈177〉だった。180人で札止め(会場は70~80人が定数)になったのだから、ギリギリの受付だったことがわかる。

 199回めの今回は時間との戦いだった。実は前々回(12月15日)に行こうとしたのである。しかし、仕事を終えて山手線で渋谷駅に着いたのが19時。このまま向かっても、師匠の1席めに間に合わない。そう判断して帰宅の途についたのだった。偶数月の15日が平日だとそういうことになる。

 開演時間が18時30分だったときは、師匠の1席めが始まるのが19時過ぎだったので、平日でも前座さんの高座に間に合わないだけで特に問題はなかった。キウイさんをはじめとする前座さん6人ほどが二つ目に昇進したとき、プログラムに昇進披露祝い高座が加わって開演が早まった。最初は18時15分、それから18時になって今に至っている。

 地下鉄を使って渋谷へ出た。この方が山手線より早いのだ。料金も安い。井の頭線のホームに入ったら急行が出るところ。次の各停で下北沢へ。なんとか19時前に北沢八幡に着いた。玄関で煙草を喫っている男がいた。談四楼師匠だった。ということは1席めに間に合ったと安堵しながら受付を済ます。


  立川らくみん「真田小僧」
  立川だん子 「狸札」
  立川笑笑  「勘定板」
  立川寸志  「猫と金魚」

   〈仲入り〉

  楠美津香  ひとりコント
  立川談四楼 「三軒長屋」


 中に入ると寸志さんの途中だった。3年ぶりに観る(聴く)寸志さんの落語。巧くなったなあ! 堂々の高座ぶり。にもかかわらず、あっというまに終わってしまった。頭から観たかった。眼鏡をとった高座姿が木下ほうかに見えた。
 5月3日の二人会(桂宮治vs立川寸志)に行くしかあるまい。

 ゲストはひとりコントの楠美津香さん。舞台に登場した楠さん、スリムパンツにダブっとしたシャツ(名称わからず)姿が何ともかっこいい。まるで宝塚歌劇の男役みたい(な雰囲気を醸し出している)。モロ師岡さんの奥さんだって。今は〈ひとりシェークスピア〉で有名だとか。
 80年代によくやったネタを披露すると言って、まず、やったのが上石神井のバイリンギャル。ギャグかましたあとに説明するのが愉快。いや、ベタなギャグも面白い。
 続いて、石川さゆりの歌をバックに3分強で着物をきてしまう芸、逆ストリップ。けっこうドキドキしてしまうのはなぜ? 
 着物姿になったところで、もうひとつのひとりコント、門前仲町八千草のママ。

 帰宅してからネットで調べたら、楠さん、その昔、「お笑いスター誕生」に出場していた。ということは、TVで観ていたはずだ。「平成教育員会」ではレギュラー出演。こちらも観ていた。にもかかわらず記憶にないのはなぜ?
 ひとりシェークスピアに興味がある。、

 今日は、寸志さんの二つ目昇進祝い高座のため、師匠は1席だけとのこと。そこで長講「三軒長屋」を。師匠・談志に勧められてやりはじめたネタだという。家元が言うには「内容はない」。
 「三軒長屋」は独演会で何度か取り上げているが、いつも2席のうち一つだった。どこかを端折っていたのか。

 
 すぐうしろのお客さんが某ものまね女王に似ていた。懇親会のとき、笑笑さんが誰かに似ていると言うので、「田辺誠一と佐藤浩市を足して2で割った顔」というと「佐藤浩市には似ていない、松坂桃李に似ている」。同じ車座にいた妙齢の女性が美人ということで「プチ整形していない?」。大笑い。
 懇親会が終わって外に出た。僕は少し離れたところにいたのだが、彼女、玄関のところで某女優の真似まで披露していた。似ているとそこまでやるんだと感心していた。
 後でわかったのだが、本人だった。




 すいません、前項の続きじゃありません。

          * * *

 白い一日の14日(土)、昼前に有楽町へ出た。14日はTOHOシネマズの割引デー(TO=10、HO=4 合わせて14だから?)なので、「6歳のボクが、大人になるまで。」が上映されているなら、朝一番で観賞しようと計画していた。
 しかし、シャンテの上映は前日で終了。日劇の夜のみに変更になった。夜は別の予定があるので、この日公開の「イントゥ・ザ・ウッズ」にしようと思ったが、朝になって、隣の丸の内ピカデリー「ソロモンの偽証 前篇・事件」に変更した。感想はまた後で。

 映画鑑賞後、三鷹へ向かう。
 「柳家花緑独演会」が18時から三鷹市芸術文化センター星のホールで開催されるのだ。F氏の誘いによる落語鑑賞はずっと欠席していたので3年ぶりになる。
 星のホールは駅からけっこう距離があるがいつも歩いて行く。途中の古本屋で時間をつぶすのが恒例となっているのだ。

 この古本屋は昔ながらのお店だから、棚に並ぶ本の背表紙を順番に見ていく。
 小林信彦の「われわれはなぜ映画館にいるのか」(晶文社)を2冊発見。1冊はビニールで梱包されていて値段が確認できない。もう1冊は裸のままで、背表紙が焼けている。値段を見ると3,000円。とすると、ビニールの方は状態が良いからもっと高いのか。

 2冊の文庫を購入。
 「二流小説家」(デイヴィッド・ゴードン/青木千鶴訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)
 『夢を食った男たち 「スター誕生」と黄金の70年代』(阿久悠/文春文庫)

 支払時、店主に訊ねた。「われわれはなぜ映画館にいるのか」は2冊あるけど、値段はいくらなのでしょうか? 店主は2冊あることに驚いていた。背表紙が焼けている本が3,000円なのだから、ビニール梱包されている方は5,000円くらいか。
「1,500円です」
 な、なんと!
 すでに同書は東京駅八重洲の地下街にある古書店で手に入れているから、別に購入する気はないけれど。キネマ旬報社からリニューアル版が出たから古書の方が安くなったのだろうか。「東京のドン・キホーテ」なら即購入なのに。

 17時30分待ち合わせに少し早く着いてしまったので、ホールロビーでしばしの読書。
 17時15分に入口へ移動。Wさんが外の喫煙所で煙草を喫っていた。遅れてFさんが合流。最後にMさん。

     ▽
2015/03/14

 「柳家花緑独演会」(三鷹市芸術文化センター 星のホール)

   柳家花どん 「金明竹」
   柳家花緑  「初天神」&「権助提灯」

     〈仲入り〉

   柳家花緑  「中村仲蔵」


 前座の花どんさんが元気いっぱい。噺も楽しめた。前座の場合、噺の巧拙より元気の有無だな。

 花緑師匠の一席めは二本立て。「初天神」は途中で始まって、団子のエピソードでサゲとなった。子どもの描写がらしくて良かった。対して「権助提灯」は談四楼師匠で何度も観ているから、女房と妾の女っぷりという点で比較してしまって……。いや、別に悪くないんですよ、十分面白いんですから。

 都電荒川線の電車内で行う落語の話が愉快だった。大塚から三ノ輪までの40分の高座なのだが、時間の経過によってはサゲの前に終点になってしまうんだとか。
 先週だったか、もっと前だったか、週刊誌の記事(グラビア)で見た。こん平師匠が客席にいて、司会は師匠の娘さん。その横の高座に花緑師匠がいるという構図。
「新聞3紙が褒めていたよ~」
 と会場から男の声。
「お父さん、読んだの?」
 花緑師匠が応えると、「お父さんじゃないよ、お兄さんだよ」と返す。
 師匠は客席全員に向かって「……何て返したらいんでしょうか?」

 「中村仲蔵」はよく目に、耳にする演目だが、実際生で観た(聴いた)のは初めて。「芝浜」の系譜になるのだろうか。できた女房が登場しその励ましで亭主が覚醒、出世するという点で。
 感嘆。満足。
     △

 独演会を楽しんだ後は、駅前の和民にて飲む。これもいつものコース。Fさん、Mさん、Wさんは団塊の世代。僕だけ一世代下だけど話は合います。
 Mさん、Wさんは先週「紙ふうせんリサイタル」に来てくれた。終了後は僕らのグループに加わらず、二人で飲んだそうだ。ということで、少しばかり、赤い鳥、紙ふうせん講義。

 
 翌15日(日)は地元シネコンにて「イントゥ・ザ・ウッズ」観賞。
 14時の回は、親子連れやカップルで満席だった。ブロードウェイミュージカルのヒット作の映画化、監督が「シカゴ」のロプ・マーシャルということで、かなり期待していたのだが、見事につまらなかった。

 この映画に比べたら、ゴールデンラズベリー賞で、キャメロン・ディアスが最低女優賞に選ばれようが、最低続編・リメイク賞を受賞しようが「ANNIE/アニー」の方がよっぽど面白かった。楽曲やダンスにノレたし、観終わったときのある種の幸福感に浸れたのだから。




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
私家本「僕たちの赤い鳥ものがたり」
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」

神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。遊びにきてください。

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