一昨年からカラオケを再開し、昨年は完全にハマった。一人カラオケに夢中になった。
 今年になって毎日にように通っている。先日ついに歌広場の会員になってしまった。
 理由の一つはストレス発散。そして何より歌うことが好きなのだろう。
 これはカラオケだけでない。映画鑑賞も読書もそう。映画を観ることが、本を読むことが好きだから劇場や図書館に通うのであり、本を購入したりするのだ。実際、本好きといっても、仕事で全く興味のない本を読むのはつらい。
 自分磨きではないことは確か。某噺家さんが映画鑑賞を自分磨きとブログに書いていて呆れてしまった。
 マジ……?
 マクラで喋るネタ探しのためと言われれば得心できるのに。

 昨年1年、1時間でどれだけ歌えるかに挑戦していた。毎回ほぼ同じ歌だが、1年前に比べて微妙に変わってきた。
 以下は今年某日のリスト。
 
1.青空、ひとりきり(井上陽水)
2.娘がねじれる時(井上陽水)
3.忘らんないよ(岡村靖幸)
4.BANKA(illion) 
5.硝子の少年(kinki kids)
6.ケンとメリー ~愛と風のように~(Buzz)
7.白い冬(ふきのとう)
8.一人(デイブ平尾)        
9.ジュリアに傷心(チェッカーズ)
10.目を閉じておいでよ(バービー・ボーイズ)
11.ああ無情(アン・ルイス)
12.ベリーベリーストロング ~アイネクライネ(斉藤和義)
13.約束の十二月(斉藤和義)
14.檸檬(さだまさし)

 「忘らんないよ」はドキュメンタリー映画「We Love Television?」の、「BANKA」は「東京喰種 トーキョーグール」の、それぞれエンディングで流れる主題歌。自分の琴線に触れた楽曲なのでレパートリーに入れて何とか歌えるようになった。
 DQ後楽園店では、その日東京ドームでコンサートがある場合、出演アーティストの楽曲を流す。年末にKinKi Kidsの楽曲が流れて「硝子の少年」に耳を捉われた。もちろん、リアルタイムで大ヒットしているとき何度も耳にしているのだが、こんなにいい曲だったのか! と思った。で、さっそくカラオケで歌ってみたというわけ。
 「一人」は「傷だらけの天使」の最終話に劇中で流れる楽曲と喧伝されている。最終話(26話)だけでなく、その前の25話でも使用されているのだが。

 ちなみにカラオケの機種はJOYSOUNDがお気に入り。
 JOYSOUNDは曲数が多い、ということは、マイナーな曲が多く収録されていて、僕みたいなヒネクレ者の歌いたい曲があるのである。たとえばショーケンの「54日間待ちぼうけ」はDAMにはない。こういうことがDAMには多くて、機種を訊かれた場合は必ずJOYSOUNDを選択する。
 たまにJOYSOUNDがふさがっていてDAMで歌うこともある。
 それでわかったのだが、DAMの映像はJOYSOUNDに比べてダサい。あくまでも自分が歌う曲での比較でしかないのだが。
 DAMの映像が人物画、風景画だとすると、JOYSOUNDは抽象画なのである。わかりにくいか。
 



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 まだ2017年を引きずっています。
 もう少しおつきあいください。

 自分にとっての2017年を漢字4文字で表現すれば〈中途半端〉、だ。これははっきりしている。

 退職した同時期にディアゴスティーニから週刊「サンダーバード2号&救助メカ」が刊行された。これまでこの手のものには手をださなかった。買うにしても、あくまでもDVDの類で、それも欲しい号しか手を出さない。毎週、あるいは隔週刊につきあっていたらそれこそ全巻揃えようとしたら、金がいくらあっても足りなくなるからだ。
 とはいえ、サンダーバード2号には特別の思いがある。小学生時代、何度かプラモデルを買った。どれもがコンテナの搬出入の際の足が、ドラマと同じように上下に伸縮せず、横に折れ曲がるだけ。今回はきちんと伸縮するらしい。なら、買いだ! とばかりに書店で手にとったわけだ。

 最初はすぐに組み立てた。が、3号で必要な乾電池がなくて休んでしまった。すぐに乾電池を買ってくればいいのにそうしなかった。4号、5号とそのままの状態で部屋の片隅に積まれていく。〈完成させる〉と誓ったからには購入をストップするわけにはいかない。にもかかわらず、組み立ての方はそのまま、そのうち、毎週は面倒くさいので1ヶ月の販売分をまとめて購入するようになった。GWで一挙に作るはずが、バタバタしていて叶わず年末年始にずれこんだ。今度こそと思ったが、忙しくてそのまま次のGWになり、なら全巻揃ったら作る方針に変更した。
 1年経っても販売は続いた。おいおい1年で完結じゃないのかよ! まさか2年も続くとは。いまだ手つかず。

 朝日新聞で夏目漱石の小説を発表時の新聞連載の体裁で毎日(月~金)掲載していく企画がある。
 最初は「こころ」だったか。続いて「門」。「吾輩は猫である」が始まって、読むようになった。文庫で2回ほど読んでいるが、今度は読むだけではなく切抜きもすることに。貼り付け専用のノートも販売され上下セットを購入した。

 この切抜きをしたのは中学〇年生(コースだったか?)に連載された光瀬龍の「明日への追跡」が最初だ。
 週刊文春連載の「アドルフに告ぐ」もやった。以降、文春連載の小林信彦の短期連載(「藤山寛美とその時代」「横山やすし天才伝説」)や東野圭吾の「片想い」も同様。連載が終了するとすぐに単行本がでて、切り抜きを読み返すことはないのだが。まあ、「アドルフに告ぐ」の場合、連載と単行本の違いがわかって興味深かった。

 そんなことはどうでもよくて。
 「吾輩は猫である」は読むのが毎日から土曜、もしくは日曜にその週の連載をまとめてになった。そのうち掲載されている面だけ取り置きするように。連載が終了したらまとめて読もうと決めたのだが、これもうやむやになっている。

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緑の山が週刊「サンダーバード2号&救助メカ」
手前は積読本・誌

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こちらも積読本

 この項続く




 明けましておめでとうございます。

 今年は元旦から働いていた。

 昨年10月、ドン・キホーテ神保町店が閉店して、後楽園店に異動した。神保町店では食品(フード・リカー)の早朝組として品出しをしていて、異動しても同様と思っていたら、総菜になった。
 とはいえ、総菜は女性3人で廻していて24時間営業ではなく7時30分(もしくは8時)に始まる。6時30分からの僕に教える人がいない、ということで、またユニフォームも作らなければならないので、当初は食品の品出しをやっていて、ユニフォームができてからも、出勤して1時間は食品の品出し、総菜の女性が出勤してから2時間惣菜という時間割となった。
 仕事に慣れてからは最初の1時間は一人で調理室に入ってあれこれ揚げている。
 年末は食品が忙しいということで、そちらの品出しをやっていた。リーダーから三が日も出てくれればありがたいと言われ、だったらと31日を休ませてもらって(BC二十世紀の休みが31日~3日)、元旦から働いたという次第。

 31日は、これまでコミケに出店する「まぐま」の手伝いをしていた。今回も最新号「アニメの声と音と音楽と」が出て、手伝うつもりでいたのだが、なんと出店しないという。しないというか事務局から出店にたいする肩たたきにあったというのだ。もう長年(20年!)出店しているからそろそろ若いグループに場所を譲れということだ。
 コミケでの販売は仲間のグループに委託して、終了後の打ち上げへの参加に誘われた。もちろんそのつもりでいたが、朝風呂に入って布団の中でウダウダしていたら、身体が怠くなってきた。なんだか熱っぽい。翌日の仕事を考えて欠席させてもらった。

 年賀状書きも中途半端で完成したのは1日の夜だった。プリントアウトしようとしたら、なんとインクがなかった。
 翌日、仕事帰りに秋葉原でインクを購入、プリントアウトして宛名書きを終えたのは2日の夜。投函したのは3日の早朝だ。

 今日はBC二十世紀の仕事始めだが僕は休み。DQも休みで、個人的には元日がやっときたという感じ。

 年末に書き残しがあるので、まだ2017年を引きずっての書き込みになりますが、今年もよろしくお願いいたします。


 ちなみに1日は映画サービスデー。毎年、映画鑑賞にあてていて、今年は有楽町で「オリエント急行殺人事件」と「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」を観た。
 本当は続けて上野でレイトショー「ゴッホ 最後の手紙」を観るつもりだったのだが、「相棒」の元日スペシャルの録画予約を忘れたことに気がついて急いで帰宅したのだった。

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この写真を見たある方が「ドクター✕だ」
X(エックス)ではなく、✕(バツ)だって
どうせ私はバツイチですよ!

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イエーイ! 今年も頑張ろう




 10月27日(金)から始まった「神田古本まつり」が11月5日(日)に終了した。

 ブックカフェ二十世紀で働きだした最初の年、2015年はまだ試験的に土日のみ(まだサラリーマンだったので)だったが、席が全部お客さんで埋まって、仕方なく帰られる人もいて驚いたものだった。
 昨年(2016年)は雨にたたられたが、それでも土日は混雑して「古本まつり」人気を思い知らされた。

 「古本まつり」は金曜日に始まり、翌週の日曜日に終了する。土日・祝日が混雑するのは当然だが、初日の金曜日の人出が半端ではない。掘り出し物を狙って初日に集中するからだろう。
 今年も初日の27日、店は混雑した。売上は通常の3倍だ。週末はあいにくの雨模様だったが、売上は下がらなかった。逆に右肩上がり。

 実は29日(日)から11月5日の最終日までギャラリースペースで「みなもと太郎画業50周年原画展」が開催され、そのお客さんが多数いらっしゃったのだ(「原画展」は29日からだが、27日にはプレオープンしていた)。
 原画展の期間中、みなもとさんの書籍や同人誌、生原稿、複製原画、キャラクターグッズの物販も行っていて、その売上が貢献してくれたのである。

 いつもは二人で店を運営しているが、古本まつり期間中は臨時のアルバイトを一人採用して3人体制で臨む。今年もそのつもりで手配をした。ところが、平日予定していた人が家庭の事情で来られなくなった。平日だから大丈夫だろうと思って特に他の人をあたらなかったが、これが大間違い。31日(火)なんてとんでもない忙しさだった。
 3日(金)は祝日ということもあって、お昼ごろから次々とお客様が来店、その対応で昼休みがなかなかとれない。一段落ついたのが16時。そこから一人30分の休憩をとったから、僕の昼食は17時だった!

 11月5日(日)は、「みなもと太郎画業50周年原画展」の最終日でもあり、17時から「みなもと太郎✕飯田耕一郎スペシャルトーク」が開催された。カフェ業務は16時までだったのだが、午後は次から次へお客さんがいらっしゃった。時間どおりにイベントができるのか注文に右往左往しながら心配していたところがある。
 イベントの予約は当日午前中までに40名強あった。当日予約なしの方も考慮して60名程度と予想していたら、何と75名!! この人数、カフェはじまって以来のことではないか?
 トーク後の懇親会も50名強の参加があった。

 予定では懇親会は19時30分に終了、同じ会場で、@ワンダー、ブックカフェ二十世紀スタッフの古本まつり打ち上げがあった。当然、3階の事務所に変更。2階は懇親会、3階は打ち上げとあいなった。
 懇親会は30分延長となって終了、二次会場へ向かった。会場の後片付けをして、再度打ち上げに参加、お開きになったのは22時だったろうか?

 疲れた。
 翌朝の品出し作業は休んだ。
 6日(月)、7日(火)は身体中が痛くて(筋肉痛?)仕方なかった。
 昨日、今日とダウンしている。
 



 10月になってから原稿執筆で忙しかった。年末のコミケで販売する「まぐま」新刊用で、特集はアニメの音と声と(仮)。
 特撮とアニメを絡めてという発行人のKさんからの依頼で冨田勲の音楽について書くことにした。題して「極私的冨田勲体験記 ~冨田勲が教えてくれた」。

 依頼があったのはずいぶん前だ。まだまだ余裕があると思っていたが、9月はいろいろ忙しくて疲れて帰宅してPCに向かえなかった。
 10月になって、さあそろそろと内容について考えをめぐらせようとしたら、発行人から「締め切りは20日です」のメール。
 やばい! ケツに火がついた。
 そこからは帰宅するとキーボードを打つ毎日。何とか21日に提出できた。

 この間、朝の仕事も大きく変わった。というか、変わろうとしていた。
 2月にオープンした店が10月13日(金)で閉店になったのだ。閉店になってからも20日までは撤収作業があり、実はこの間の作業の方がそれまでよりも数倍疲れた。自分が担当していた2階のケースの棚をはずすのに、けっこう力がいった。翌日筋肉痛がひどかった。それが2日間続いた。人数がいればそれほどでもないのだが、一人で作業をするとそういうことになる。
 その後、仕事がなくて3時間をほとんど掃除で費やしたこともある。

 従業員(アルバイト)の中には、閉店に伴い辞める人もいたが、多くは、他店に異動した。僕は、カフェの仕事があるから、近くの後楽園店になった。
 昨日25日が初日だった。今日が二日め。
 店が違うと、何かとやり方が変わる。
 神保町店の毎日が思い出されて、少々センチメンタルになっている。




 今日で58歳になった。
 50の声を聞いたときもう少し40代でいたいとあせった。40代でやらなければならないことがけっこうあったので。結局50代に持ち越されてしまった。
 5年前、いろいろあって鬱になり土日引きこもり状態だったとき、10月15日を迎えて、嫌でイヤでたまらなかった。もう歳なんてとりたくない! いや、別に若くありたいなんていう考えではない。歳にみあった実績を残していれば誕生日に落ち着いていられるのに。それこそ誕生日を皆で祝ってもらいたいと願うだろう。そうでないからあせりまくるわけだ。

 神保町のブックカフェで働き出して、FBのアカウントを取得した。mixiに嫌気してからこの手のSNSには近づかないようにしていたのだが、イベント等の告知、宣伝で店のFBを担当するからには、個人のアカウントも必要とのことだった。
 取得すると友人、知人から友だちリクエストの申請が来るようになった。知らない人からもけっこうある。店の宣伝と割り切っているので、すべて承認している。
 実際、個人のページは店の告知をシェアするか、このブログのリンクしかやっていない。あくまでも自分のホームグラウンドは不特定多数(多数かどうかは不明だが)相手の「もうひとつの夕景工房」であり、ここが自分のメディアだと考えている。

 FBのアカウントを取得してから、いくつか自分のルールというものができた。
 友だち申請はすべて承認することはすでに書いた。そのほかは以下のとおり。

 ・店のイベント告知をシェアするときは、何かひとこと添える。
 ・「いいね」は原則こちらが何か書き込みするときのみ。
 ・メッセージをもらったら、変なものでない限り、必ず返信する。
 ・お誕生日メッセージは、それなりのつきあいのある方を対象に個人的に電話やメールで行う。

 誕生日メッセージ、いただけるのはうれしいのだが、本音は冒頭に書いたとおり。
 58歳だよ! ったく。




  
 昨年の夏、朝はゆっくりできたのできちんと朝食をつくって食べてから出勤していた。
 毎日のようにつくっていたのが冷やし中華。それもダイエットするためこんにゃく麺を使用して。スーパーに行くとラーメン風、蕎麦風、うどん風とさまざまなこんにゃく麺が売っているのだ。
 具の中で少々面倒なのが錦糸卵だが、毎日つくっていると慣れた。調味料はまったく使わず卵のみを使用。それで十分だった。それからハムの代わりにサラダチキン。これがうまいのなんの。

 そんなわけで、BC二十世紀の賄い料理で、久しぶりに冷やし中華に挑戦した。
 具の量を考えて3人前作ることに。某日曜日、一緒に働くW嬢と同じフロアの@ワンダーで主にネット販売商品の写真撮影に精をだすK嬢、そして僕の3人。
 前日にインスタントの麺を買っておいた。僕はごまだれが好きだ。市販のはだいたい3袋入っているので、二人に声をかけたのだが、W嬢はしょうゆ味がいいという。ごまだれとしょうゆ味の二つを購入。
 とにかく具が多かったので、「具だくたん冷やし中華」と命名した。

 翌日、また冷やし中華をつくった。
 前日を同じものでは味気ない。きゅうりを炒めてみたらどうか。もやし&ハムと炒めて卵でとじた。それを麺のうえに。「ゴーヤチャンプル風冷やし中華」と命名した。

 別の日、やはり同じフロアの@ワンダーで働くS嬢にラーメンをつくった。野菜はこちらで調達するから麺だけ用意してと伝えていたら、「ちょうど2食分あった!」と自宅から「昭和の醤油ラーメン」を持ってきた。あの北原照久氏が監修している。醤油味だけど、とてもこってりした味だ。
 食べ終えたS嬢は「おいしかった!」と言って、こう続けた。「かっこいいおじさんにつくってもらったって自慢しちゃおう」
 あの、Sさん「おじさん」は余計だと思うよ。確かにおじさんだけどさ。


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具だくさん冷やし中華

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ゴーヤチャンプル風冷やし中華

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昭和の醤油ラーメン




 先週の七夕の夜、ブックカフェ二十世紀はイベントだった。
 今年、と学会は創設25周年。それを記念して9月に本大会がある。そのプレイベントがBC二十世紀が開催された。
 「新耳袋」シリーズで有名な中山市朗氏とと学会の本でお馴染み、疑似科学ウオッチャーの皆神龍太郎氏のトーク、MCは唐沢俊一氏。
 題して「と学会25周年記念大会プレイベント第1弾 トンデモの歴史に新たな1ページを開くか? UFOは◎◎◎◎だった!?」。
 長い!

 トークはとても楽しく面白かった。
 UFOにまつわる怪談話がメインだったのだが、このトークで映画「メン・イン・ブラック」が都市伝説を基に作られていることを知った。僕は、あの映画、オリジナルだと思っていたのだ。発想がおもしろいなぁと。ところが、このMIBの都市伝説、日本にもたくさんあるのだ。これには驚いた。単なる無知の極みなのだが。

 イベントが終了して後片付けが終わったのが23時過ぎ。
 西川口の駅に着いたのは24時を回っていた。
 眠くてしかたなかった。
 駅からアパートまで二十数分かかる。
 早朝、この距離は全然気にならない。すいすい歩いて駅に向かう。帰宅時、それも睡魔に襲われているときは地獄の行程だ。最近は途中でもう歩けないと、公園のベンチで30分ほど仮眠をとるようになった。
 この日は、駅を降りたときから眠くてしかたなかった。電車に乗っているときだって眠いのだけれど(実際、寝てたし)。

 駅前から伸びている大通り、新オートレース通りの1本左に入った商店街を歩ていた。しばらくてして顔面に衝撃を受けた。一瞬、何がなんだか、わけがわからなかった。
 少しして、街灯の柱に正面衝突したことを理解した。鼻が痛くて触ってみると血が。鼻血だと思ったら、その血は眉間から流れている。眉間が切れていたのである。ポケットティッシュで何度も拭くが止まる気配がない。どうやって切れたのか? 顔面が柱に正面衝突したのだ。眉間だけの傷ですんだのは不幸中の幸いか。
 眼鏡が壊れてないのが不思議である。
 帰宅して、傷の手当をしながらいろいろなことが頭をよぎる。
 一番大事なことを忘れていた。
 来週の火曜日(11日)、某番組の再現ドラマの撮影でエキストラを頼まれているのである。
 こんな傷があって、大丈夫だろうか?

 この項続く




 いつの時代からか、世の中がインスタントラーメン(含カップラーメン)に豪華さを求めるようになった。インスタントはインスタント(の味)だからおいしいのに。駄菓子屋の焼きそばに中華街の味を望んだって仕方ない。

 インスタントラーメン、袋麺の中で僕が一番好きなのがチャルメラだ。今はいくつか種類があるようだが、昔からのしょうゆ味がお気に入り。

 子どものころ、母がよく作ってくれた。麺を食べ終わると、残ったスープにご飯を入れてオジヤみたいにして食べる。これがまたうまかった。
 上京して一人暮らしをはじめてからも、よく作ったものだ。
 
 今、ス―パーでは袋麺はパックで売られている。それはいいのだが、なぜかチェルメラがないのだ。サッポロ一番、出前一丁、マルちゃん正麺……定番商品の中に入っていない。駅前のTストア、マンションに住んでいたときによく利用したM、近所のK、すべて置いていない。
 あるとき某ドラッグストアで販売していることを知り、買うようになった。
 
 僕が作るチャルメラは、野菜をたっぷり使う。スーパーでカット済みの「もやし炒め」や「ミックス野菜炒め」をハム、ウィンナー、豚肉等といっしょに炒めて、出来上がったラーメンにのせるというもの。
 名づけて〈野菜たっぷりチャルメララーメン〉。

 ブックカフェ二十世紀でも、たまにはご飯以外の賄いを食べようと作ってみた。やはり近所のス―パー、コンビニにチャルメラがないので、サッポロ一番、サッポロ一番(みそラーメン)、マルちゃん正麺(みそ)で。丼がないので、カレー用の器を利用。
 これ、300円くらいで販売できなかしらん。夜の営業を始めたら、〆にちょうどいいと思うんですが。

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野菜たっぷりサッポロ一番
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野菜たっぷりサッポロ一番(みそ)
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野菜たっぷりマルちゃん正麺(みそ)
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ウィンナーエッグ定食 これは器によそる際に失敗



 このところ、毎日のようにひとりカラオケに通っている。
 休みの日は、昼間2時間行って、夜また1時間、なんてもことも。
 映画鑑賞に出かけて、始まるまでの時間つぶし。以前ならカフェで読書だった。今は歌広場(もしくはカラオケ館)に直行してしまう。

 うたう歌は決まっている。

 リバーサイドホテル
 とまどうペリカン
 ダンスはうまく踊れない
 ケンとメリー
 ジュリアに傷心
 約束の十二月
 ああ無情
 女ぎつね on the Run
 目を閉じておいでよ
 愚か者よ

 この10曲は必須科目(曲)で毎回、ほぼこの順番でうたっている。
 で、どうなるかというと、自分で言うのもなんだが、うまくなっているのである。あくまでも個人比だけれど。何かを習得するときは、繰り返しの実行がいかに大切であることを実感している次第。
 中学時代の中間試験、期末試験。試験の期日と該当ページが発表されると、1週間ばかり、繰り返し教科書を読んで内容を暗記したものだ。
 稽古ってそういうものだろう。

 こんなことを思った。
 もし、落語を覚えたいなら、人前で演じたいなら、毎日カラオケBOXに通い、2時間なら2時間みっちり稽古する。1か月後には前座噺の一つや二つなんとかできるのではないだろうか。
 別に僕はそこまで落語に入れ込んでいないし、披露したいなんて思っていないからやらないけれど。

 プロの噺家だったらどうなのだろう?
 やはり稽古は必要ではないか。
 耳で何度も落語を聞いていたって、うまくはならない。
 時間があるならさ、映画観る暇があるなら、1日いくばくかは稽古した方がいいんじゃない?
 映画をいくら観たって、落語の稽古にはならないのだから。
 なんてことを、あの方に言いたいんだけれど。
 ま、聞く耳もたないんだろうな。

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最近よく行くスナックで熱唱!
(誰だ!? こんな写真撮った人は)


 おかげさまでGWキャンペーン、〈キーマ&ビーンズカレー1コインセール〉は成功裏に終了した。毎朝のチラシ配布が無駄でなかったことがうれしくて。ちゃんとお客さんが来てくれるのだから。
 まあ、11時から12時まで、カレー注文の方はドリンク無料というサービスが知られていなかったということだろう(12時以降はドリンクセットは+200円)。 
 ドーナッツ2個セット(ドーナッツ・デュオと命名)も最終日にほぼ売り切れた。計算がうまくいくって快感ですね。女子高生だった薬師丸ひろ子の気持ちがよくわかる。

 GWが終了すると、怒涛のイベント4日連続が待っていた。
 9日(火)、昭和プロレストーク、昨日10日(水)は「シネマDEりんりん」、今日11日(木)は「被災地域の酒を呑む会」、明日12日(金)はクローズドの某会合。
 火、木は個人的に休みなので、関わるのは2イベントだけど。

 昨日の「シネマDEりんりん」は、6月3日から東映系で公開される「花戦さ」プレイベントとして、監督の篠原哲雄さんをお招きしてのトーク。なんと、参加者は40人を超えた。
 久しぶりに隣の@ワンダーのGケースを移動してのスペース作り。トーク終了後の懇親会会場作り。40名を超えていますから、会場はすごい人口密度で、動くのも一苦労だった。
 懇親会終了後は、いつものようにすずらん通りの中華料理店〈上海庭〉で二次会。このお店、料理が安く、また23時30分で閉店するから会費1,000円~1,500円、終電に絶対間に合うという利点がある。

 皆と別れてから一人、秋葉原まで歩く。途中、ドン・キホーテで買い物。ここ、キリンレモンの1.5Lのペットボトルが100円で販売しているのだ(私、三ツ矢サイダーとキリンレモンが大好きなんです、はい)。たまに買って帰る。3本買った。けっこう重い。
 思い出した。歩いている最中に緊急なことがあって、携帯電話したんだっけ。通りがうるさいから階段を降りて静かな場所を探すと地下鉄の小川町だった。電話のあとそのまま電車に乗ってしまった。キリンレモン重いし。

 25時過ぎに西川口に着いて、まっすぐ帰ればいいのに、荷物が重いこともあって休憩することにした。駅前の歌広場。部屋についていつものように何曲も入力したが、歌ったのは最初の1曲だけ。あとは横になって寝ていた。終了10分前のコールで起こされた。
 26時30分に帰宅。

 今日は休み。
 朝風呂のあと少し休んで外出する予定だった。渋谷に用があって、その後、映画でも観ようと。昨晩、帰宅するとドアに宅配便の不在票がはさまっていて、今日連絡して午前中に配達してもらうことにする。で、その間、TVを見ながら横になっていたら、これまでの疲れが一気にでた。
 すべてを取りやめ、休養することにした。こういう日があってもいい。

 この怒涛の一週間が終わると、21日(日)に「小中和哉の特撮夜話Vol.2 ゲスト飯島敏宏氏」が待っています。

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 このところ毎日のように予約が入っている




 ブログをやりはじめて、まあ、最初はmixiだったわけだが、心がけていたことが一つある。心情吐露だけはぜったいするまいと。

 これをやられると読む方はつらいのだ。本人は書くことで発散しているのだろうが、書かれていることはだいたい具体性に欠けるから、読み物として面白くない。読者としてどうリアクションをとっていいのかわからない。
 悩みがあるのなら不特定多数を相手にするネットへの書き込みではなく、リアルな友人に相談するなり、愚痴るなりしろって。
 すべてが解決、あるいは自分の中でなにかしら決着をつけたら、その旨書き記せばいい。

 僕自身、家庭の問題で、2012年の3月から14年11月までブログを停止していた。
 最初はそういうことには関係なく、いつものように映画や本について書こうとしたが、そんな心境になれなかった。とにかく完全に鬱だから以前の文章を触れると、すべて消したくなる。ブログを完全消去しようかとさえ思った。実際、いくつかの項目は消してしまった。そのうちブログを停止することが、パスワードで閲覧できるようにすることがわかり、そうした。つまり、外部からの閲覧をシャットアウトしたのだ。
 その間、2本、書き溜めようとした。しかし、どちらも中途半端のまま終わっている。いつか再開しようと思ってはいるのだが。

 解除するまで3年近くかかってしまった。
 その間、通常の人間関係も同様だった。会社へは毎日通勤していた(途中、1ヶ月と少し、長期休暇をもらった)が、プライベートのつきあいをやめた。できなかった。ライブも落語も映画もすべて遠慮した。唯一、特撮仲間のSさんとの呑みだけ、あるいはその関係の呑み会だけに参加した。Sさんには事の顛末を、その要因を話していたことによる。
 とはいえ、僕がどれだけ悩んで苦しんでいたか(と書くと、かみさんと娘の声が聞こえてくる。全部あなた(お父さんの)せいじゃない!)Sさんは知らない。
 元気になってから、Sさんに言った。
「もし、オレが自殺したとして、Sさんには理由がわからなかっただろうね」
 ほかの人たちとはつきあいを絶っていたし、年賀状も出さなかったから、何かあったということはわかる。Sさんは呑みの間に、その手の話をしないし、相談もしなかったから、そんな状況になったら一番驚いたのではないか。

 話を変える。
 ブログに書いた文章で、間違いや認識を訂正してくれるコメントに感謝している。
 誤字脱字は仕方ないにしても(見つけ次第訂正はしているが)、完全な認識違いで文章を綴っているのは恥ずかしい。自分のバカさ加減を全世界に発信しているわけだから。これまで何度も経験していて、いつもPCの前で赤面している。

 こんなことがあった。
 クドカンが初めて手がけた昼ドラ「我輩は主婦である」を毎日録画して観ていた。ドラマの中にクドカン自身が役者として登場して、口元のアップで驚いた。歯並びが矯正されている! 感想でその旨書いた。しばらくして「クドカンに似ているけれど、別の役者さんですよ」とのコメントがあった。調べたらホント、別人だった。
 そんなわけで、僕自身、他人のブログで明らかに間違いというものに対してはコメントするようにしている。自分が、ありがたいと思っているのだから、その人だって同様だろうと考えて。

 森達也氏の「放送禁止歌」が上梓されたころだったろうか。この本に「竹田の子守歌」に関する明らかな間違いがあった。案の定、この本のレビューでそこを鵜呑みにして感想を書いているブログを散見された。赤い鳥、紙ふうせんファンとして見過ごせるわけがなく、コメントを残した。皆、間違いを修正してくれたが、一つだけ返信でこう言われた。
「(自分は)そう本に記されているから書いたまで。訂正の指摘は版元にしてください」
 書き込みをしたときは気がつかなかったが、この方、活字メディア(特にゲーム業界)関連でよく名前を拝見する大学教授だった。
 そりゃ、そうかもしれないけどさ。あなた、自分の得意分野の本のレビューで、その本に間違いが書かれていたとして、そのまま鵜呑みにしてレビューを書きますか?

 この方の場合、まったく面識のない、赤の他人だからいい。
 困るのは知り合いだ。
 その方は、自身のブログで頻繁に映画レビューを書いている。僕以上に思い込みが激しく、けっこう間違いが多い。
 もうすいぶん前、某日活ロマンポルノ作品について、主演の宮下順子とかつて人気を博したTV「けんケンちゃん」シリーズ(「ジャンケンケンちゃん)でお母さんを演じた岸久美子を同一と認識して、感想を書いていた。
 この方のブログにはコメント欄がないので、直接メールするしかない。そこまでする必要があるのかと思いながらメールした。

 昨年の「X-MEN:アポカリプス」のレビューのこと。
 タイトルが「X-マン アポカリプス」となっている。もうこの時点で間違っている。レビューでタイトルや人名を正確に記すのは基本中の基本だ。
 まあ、でも誤字脱字の類として無視した。気になったのは以下のくだり。

     ▽
80年代が舞台だから携帯の出てこない時代。

『スターウォーズ 帝国の逆襲』を観終えたX-マン達が言う。
「どんな映画でも三作目になると最低よ」

これは本作をはじめ1作目と2作目を監督したブライアン・シンガーが3作目だけ外れているので、それへのあてこすりの楽屋落ちと思って笑ったが、他のお客さんは気が付かなかったのか全く無反応だった。
     △

 登場人物が三作めを話題にするということは、「ジェダイの復讐」を観たのではないか。時代設定だって80年代の前半だし。
 このとき、僕はまだこの映画を観ていなかった。アメコミが嫌いなくせにこの映画シリーズは好きだから、すぐに鑑賞。やはり「ジェダイの復讐」だった。
 「スター・ウォーズ」シリーズの2作めと3作めを間違えているこの文章を読む第三者はどう思うだろうか? この人、「スター・ウォーズ」についてあまり知らないのね。そんな判断をするのでは? せっかく作品の裏事情、うんちくを語っているのにそれでは台無しだ。
 まあ、このうんちくも僕に言わせれば、少し問題があるのだが(ブライアン・シンガー監督は、自らの企画「スーパーマン リターンズ」を選び、同時期製作の「X-MEN アポカリプス」の監督要請を蹴ったと何かで読んだ覚えがある)、そんなことはどうでもいい。問題なのはスター・ウォーズ」シリーズのタイトルを取り違えていること、また、例の掲示板で叩かれるぞ。

 Cメールした。「劇中でX-メンのメンバーが観たのは『ジェダイの復讐』ですよ、『帝国の逆襲』なんて書いていると、スター・ウォーズ知らないんじゃないかと笑われますよ」
「勘違いしていました!」「書き間違えました!」
 そんな返信がくるものと思っていた。違った。「スター・ウォーズ」に関する知識は自分にもあると。あわてて返信。「いや、そういうことを言いたいんじゃない、劇中でメンバーが観ている映画のタイトルが違っているんだよ」
 なんどかやりとりをするも、相手は自分の間違いを認めない。
 僕はケータイのメール打ちが苦手だ。じれったくなって、PCを使ってEメール。こちらもなんどかやりとりをするのだが、結局「スター・ウォーズの最初のシリーズは『新たなる希望』『帝国の逆襲』『ジェダイの復讐』と続いているのは私もわかっています」「あれでいいんだと思っています」
 押し切られてしまった。

 疲れた。
 自分の文章を見直せばすぐにわかることなのに、なぜ意地を張るのだろうか? 
 そもそも本人は間違いの指摘なんてしてほしくないのだ。それがよくわかった。
 以降いっさいの助言をやめた。日光東照宮の〈三猿〉を決め込んだ次第。




 ブックカフェ二十世紀は、現在男性2名、女性3名でシフトを組んでいる。
 一応店長の僕が月、水、土、日、もう一人のSさん(男性、団塊ジュニア)が火、木とチーフ(?)で入り、パートナーの女性との2名体制。金曜日は僕とSさんのコンビとなり、オーナーを含めてイベントのスケジュール、懇親会のメニューその他の打ち合わせをしている。

 とりあえず僕はブログのプロフィールで〈ライターの・ようなもの〉と名乗っているが、このSさんは、本当のミュージシャンだ。ちなみに女性の一人はイラストレーター。

 Sさんは女性一人、男性2人のグループのリーダー。僕は知らなかったのだが、ホールでライブをやれば満杯になってしまう人気グループなのである。アルバムも何枚もリリースしている。Sさんのお父さんは、70年代初期に活躍した某ロックバンドの初代ギタリストと知ったときは驚いた。漢字三文字のバンドだ。わかるかな?
 昨年の3月から人手が足りないときに手伝ってもらっていて、秋以降、水曜日のレギュラーになったK嬢(役者の卵)がこのグループのファンで、Sさんがどんなにすごい存在か、こんこんと説明されてわかった次第。

 このグループが4月の後半から韓国ツアーにでかけた。向こうのプロモーターに招聘されたという。
 というわけで、4月18日からSさんの代わりに火、木も入っている。この関係でユーロスペースで開催された「実相寺昭雄監督特集」に行けなかった。その前に新文芸坐で実相寺監督作品のオールナイトがあって、これも翌日早朝の仕事があったから行けず、地団駄を踏んだのだが、ユーロで特集があると知り喜んでいたのに。まあ、仕方ない。
 そんなわけで連続勤務が続いた。22、23日は店で芝居の公演があり、この2日間は休ませてもらったのだが、早朝の品出しバイトはあるわけで、完全休暇とはならない。

 昨日(1日)、Sさんからメールをもらった。帰国したと。ところが、ツアーの疲れか熱をだしてしまったという。本当は今日(2日)は出勤なのだが、もしかしたら出られないかも。
 昨日から3日連続で「春のぶらり寄席」が始まった。そのため、今日はその運営のために昼過ぎに店に行くつもりだった。昼過ぎが10時30分に変更になるだけのこと。
 はい、結局、今日も通常勤務になりました。

     ◇

 以下はFBからの転載

 【ブックカフェ二十世紀 GWキャンペーン】

 ブックカフェ二十世紀では、GWの期間中(4月29日~5月7日)、特別キャンペーンを実施いたします。

 その1

 キーマ&ビーンズカレー(キーマメカレー)1コイン(500円)セール
 通常価格700円を500円で販売します。もちろんサラダ付きです。
 スパイシーポークカレーやスパイシーシーフードカレーは人気があるんですが、辛いのは苦手という方もいらっしゃいます。そこで昨年の夏にメニューに加えたのが辛さをおさえたキーマ&ビーンズカレーでした。これが大好評。皆さん、「おいしい!」と言ってくれます。ただ、ポークやシーフードに比べると、値段が若干高め(700円)なので、どうしても注文は600円のポークカレーやシーフードになってしまうんですね。
 今回の1コインセールでぜひお試しになってください。

 その2

 ドーナツ(2ヶ)150円セール
 靖国神社で開催された「さくらフェスティバル」で大人気だったドーナツを期間中販売します。テイクアウトもできます。

 その3

 甘酒 200円セール
 「さくらフェスティバル」で人気を呼んだ二十世紀特製甘酒を期間中販売する。冷や甘酒ミルクもご用意いたします。
 
 その4

 珈琲・甘酒テイクアウト実施
 二十世紀オリジナルブレンド珈琲、炭火アイス珈琲がテイクアウトできます。もちろん甘酒も。
 専用の紙コップ(断熱仕様)を用意しました。古書街散策のお供に当店の人気珈琲を!
 珈琲のテイクアウトはGW以降も実施していく予定です。

harunoburariyose

GWkyanpen

takeout

cofeeticket




 睡眠が3時間という毎日が続いている。
 寝るのが25時ごろだから、朝が早いとそういうことになる。
「やせた?」
 最近よく言われる。
 部屋の体重計は故障しているので測ったことがない。たぶん痩せたと思う。ベルトの穴が2つ縮まったので。ただ、これには理由があって、ずいぶん前に〈Smart WONDER Core〉を購入、毎日腹筋にいそしんでいて、その成果もあるのだと思う。

 特に仕事に睡眠不足の影響はでていない。しかし、プライベートでは大いに困っている。読書が全然進まない! 電車で座って本を開けば、1ページで意識がなくなる。だったら立ったままで、と立ち読書をしようとすると、これまた眠くなって、本を床に落としてしまうことが何度かあった。活字を読む=睡眠薬なのか。

 映画鑑賞は睡魔との闘いだぁ!
 映画がつまらないとかではなく、暗闇の中で椅子に身をゆだねていると、もうそれだけで意識がなくなる。始まって予告編上映のときにそんな状態なんだから、ほんと、困ってしまう。
 鑑賞前に眠気覚ましドリンクを飲むことを考えなければならない。

 一昨日、イベント後二次会に参加して、西川口駅に着いたのは25時近く。酔いと眠気でフラフラで歩いていて、途中でUターンしていた。自分がどこにいるのかわからなくて、立ち止まってわかった。

 夜中に風呂をわかして湯舟につかる。
 浴槽から出るとき、寝ぼけていて、髪も身体を洗ったと勘違い、栓を抜いてしまったことがある。

 就寝時、よくCDをかけるのだが、最近は2曲めを聴いたためしがない。
 思い出した。この前、昼の休憩時、本を読んでいて、だんだん意識がなくなり、そのまま惰眠をむさぼっていたら、右手の人差し指と中指が熱くて目が覚めた。見ると、灰になったタバコがあった。タバコ喫っていたことを完全に忘れていたのである。


 【註】
 タスポ導入と同時に禁煙したのだが、昨年「僕たちの赤い鳥ものがたり」の改訂作業で復活してしまった。
 禁煙前はセブンスター12mm、復活後は健康を考えて4mmに変更したのだが、何のことはない1日の本数が増えただけだった。




 早朝の品出しのアルバイトを始めてから、目覚まし時計を買った。100円ショップで、だが。
 それまでは携帯(いまだにガラケーを使っている)のアラーム機能を利用していた。5時、5時30分、6時にアラームが鳴るようセットしている。カフェの仕事は10時30分からだから家を8時30分に出れば十分間に合う。早く起きて朝風呂に入って、朝食を作って、TV見ながら食べてと、とてもゆったりとした時間の流れを愉しんでいた。

 早朝品出しは6時30分から9時30分までの3時間の業務。
 15分前までに出勤するとなると、家を5時に出なければならない。目覚ましは4時15分にセットしている。携帯アラームと目覚まし時計の二段構えだから、寝過ごすということはない……

 ……はずなのだが、たまに目覚まし時計のセットを忘れることがある。携帯アラームだけだと目が覚めない、ことが多い。
 この前なんて、目が覚めて、時間を確認すると5時だった。あせった。あわてた。急いで5分で歯磨きと着替えをすませ家を出て駅まで走った。徒歩20分の距離だからかなり身体にこたえる。

 一昨昨日はきちんと5時少し前に家を出た。
 産業道路沿いの歩道を道路を左に見ながら歩いていた。交差点。信号が青なのでそのまま歩いていると、目の前を自転車に乗った女性が右から左へ通り過ぎた。こちらの進行方向の信号が青ということは、女性は信号無視して交差点をわたったということ。でも、まあ、クルマも少ないし、僕自身よくやることなので気にもとめなかった。
 左側からクルマの急ブレーキ音が聞こえた。直後、鈍いドンという衝撃音。左を見ると、目の前を通り過ぎた女性(の自転車)と乗用車がぶつかって、女性が自転車から滑り落ちたところだった。
 ただ、衝突というより、クルマが自転車をひっかけたという感じで、大した事故じゃないとそのまま駅に向うつもりでいた。この時間、電車を1本乗り過ごすと、次までかなり時間を要するのだ。

 ところが地面に倒れた女性がなかなか起き上がろうとしない。
 心配になった。
 駆け寄って、倒れている女性に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
 返事はない。
 運転手はなにやっているだ? 中を見ると、倒れたところは運転手側のドア前だから、運転手はドアを開けられない。
 もう一度女性に声をかける。意識はあるようだ。
 ここは道路の真ん中であぶないから脇へ行きましょうと手を差し伸べると、女性が立ち上がった。
 そのときわかった。かなり酔っぱらっている。
 立ち上がって、女性の怪我の状況を理解した。左の手のひらに擦り傷と口の中を切っている。
「口、やばくね、歯欠けてるし」
 女性が口を開ける。確かに前歯の先がほんの少しない。血も流れている。
ただし、思ったとおりそれほどの怪我ではない。それよりも、やばくねイントネーションだ。まさかこんな状況で聞くとは思わなかった。脱力した。
 ドアをあけて出てきた運転手に女性が同様に自分の怪我を訴える。運転手はスマホを取り出して電話する。救急車を呼んだ。
 少し離れて相手に事故現場がどこか説明している。女性は口の中の怪我を気にしていてこちらに同意を求めてくる。
 運転手の電話が長い。
「女性は日本人じゃないんですよ」
 そんな声が聞こえてきて、あわてた。違う、違う、日本人ですよ! 僕は叫びたかった。確かに、ちょっと見日本人じゃないみたいな感じがするけれど。
 案の定、女性が「日本人じゃない」発言にくってかかった。
「あたしは日本人だよ!」
 電話は続く。
「もういいよ、あたし帰るわ」
 そういうわけにはいかないのよ。そうだ、警察に連絡しなきゃ。携帯をとりだして110番へ。出た。事故の説明をすると、女性の年齢を訊かれた。
 困った。下手に見た目の年齢を口にしたら、また怒りの鉄拳がとんでくるかもしれない。「あたし、そんなに歳とってないわよ!」なんて。
「年齢ですか?」
 目の前の女性と目が合う。
「44よ」
 女性が言う。
 助かった! そのまま伝える。
 続いて場所の確認だ。
 今なら要領よく説明できる。西川口駅から新オートレース通りと産業道路の交差点がありますよね。そこから一つ蕨寄りの信号のところです。
 実際は、川口警察の前の道を大宮方面100mほどいったところの信号、とでも答えたのか。相手はわからない。住所を確認してきた。わかるわけない。並木、何丁目か。「何か目印は?」と訊くから直ぐ近くに松屋があると言ってもわからない。
 救急車が来た。降りてきた人に携帯を渡し、説明してもらうことにした。
 かなりの長電話だ。料金いくらかかるのか……。

 しばらくしてパトカーがやってきた。
 警官が降りてくる。3人だったか。一人は救急車の中の女性のところへ。もう一人が運転手に事情を訊く。そのあとが僕とのことで、「待っていてもらえますか? 仕事は大丈夫ですか?」と訊くので、仕方ないですよねと答えた。
 職場に電話して理由を話して1時間ほど遅れるからと伝える。

 実際は30分の遅刻ですんだ。
 早朝品出しの仕事を終えて店に出勤。当日のパートナー、K嬢(うちの娘と同い歳)に事の顛末を語ると、彼女がこう言った。
「44歳ですか! だったら新しい出会いになるんじゃないですか?」
 そうか、そういう考えもあるのか。
 女性の態度、声を反芻する。「やばくね?」
「120%ない!」
 躊躇なく答えた。




 サラリーマン時代、お昼はいつもお弁当だった。業者が配達してくれるお弁当を事前に予約しておく制度があった。1食250円。実際はもう少し高いのだが、会社が補助してくれてこの価格。これは助かった。外に出るのが面倒だったということもあるが、少しでも時間を節約し、読書にあてた。
 補助がなくなってからは外食するようになったのだが。
 退職するまでの4年間は親会社へ出向していて、このときは近くのコンビニでお弁当を買っていた。
 とにかく、昼食=読書の時間なのである。

 BC二十世紀で働きだしたころ、当初試用期間として土日のみ出勤していて(平日は会社、週末は神保町と休みがなかった!)数軒隣の吉野家で豚丼ばかり食べていた。そのうち、店のカレーを従業員価格で食べるようになって今にいたっている。
 スパイシーポークカレー、スパイシーシーフードカレー(共にサラダ付きで販売価格600円)、キーマ&ビーンズカレー(サラダ付きで700円)。これをその日の気分で作るのだが、1年間毎日カレーだと飽きてきた。店以外でカレーを食べようという気分になれなくなって久しい。

 今年になってからイベント(のメニュー)に静岡おでんを加えるようになった。オーナーが静岡出身だからなのだが、これが実においしい。静岡おでんというと、黒い汁と黒ハンペンが特色で、この黒い汁が見た目と違って、実にあっさりしていてうまいのだ。
 おでんが残ると翌日のお昼ごはんになる。具がなくなると汁は捨てていた。先日、残った汁がもったいないので、ご飯にかけてみたらイケた。

 で、この汁を使って炒飯ができないかと考えた。
 作った。
 野菜は、ピザトースト用の玉ねぎ、ピーマンをみじん切りに。それからポークカレーのポークを少々。塩コショウで味を整えて出来上がり。これがうまいのなんのって!
 次は、もやし炒めライス。もやしとニラは買ってきて、イベントメニューで残っていたハムを使った。味付けはしょうゆと塩コショウで。
 う、うまい!

 オレって賄い料理の天才じゃないか?!
 誰も言ってくれないから自分で宣言するしかないのだけれど。

makanai1
静岡おでん汁炒飯

makanai2
もやし炒めライス




 先週、イベントが2日続けてあった。その関係で帰宅が遅くなった。
 そのほか、個人的に落ち込んだり、ふさぎ込みたくなりこともあって、その発散のため、ひとりカラオケに精出すことになる。先週は3日連続で歌広場のお世話になった。

 今週も一昨日、昨日と歌広場へ。
 新しい職場になって、サラリーマン時代と違い、毎日がとても楽しくなったのは確かだ。とはいえ、仕事だからまあいろいろある。その憂さを晴らすのがひとりカラオケだ。
 精神的におかしくなり、土日引きこもりになってからというもの、完全にカラオケから足が遠ざかっていたのだが、昨年あたりから一人で帰宅前に立ち寄るようになった。
 駅前の歌広場、きっかり1時間。ソフトドリンクのドリンクバーで、660円。無駄な時間を使いたくないから、前奏で、間奏で入力作業。歌い終わると、すぐの演奏停止。そこらへんの操作がうまくなった。

 約束の十二月
 そして僕は途方に暮れる
 六本木心中
 ベリーベリーストロング ~アイネクライネ
 ああ無情
 かんかん照り
 傘がない
 氷の世界
 桜三月散歩道
 ダンスはうまく踊れない
 ひらひら
 狼のブルース
 僕の唄はサヨナラだけ
 ジュリアに傷心
 ほおずき
 檸檬
 飛梅
 雨上がりの夜空に
 自由に歩いて愛して
 愚か者よ
 54日間待ちぼうけ
 ホテルカリフォルニア
 雨音はショパンの調べ
 ケンとメリー
 私は風

 こんな歌をとっかえひっかえしてうたっている。




 かまやつひろしはいつからムッシュかまやつになったのだろうか。
 それまで、ムッシュは愛称だったはず。それがいつのまにかムッシュかまやつと呼ばれるようになり、表記もそうなってしまった。
 〈日本ロック界のレジェンド〉という枕詞も、どうにも違和感がある。いや、ロカビリー時代からミュージシャンやっていたのだから、レジェンドであることは確かなのだが、この言葉、かまやつひろしが元気だったころからメディアで使われていたのだろうか?
 僕自身は記憶にない。にもかかわらず、訃報記事(ニュース)を書くにあたって、皆が当たり前のように連発するから、反撥したくなるのだ。

 個人的に、スパイダースは、タイガース、テンプターズに続く第3のグループだった。かまやつひろし自身も、堺正章、井上順に続く第3の男。あくまでも個人的なイメージだが(今なら、トップは井上堯之さんになる)。
 飄々と音楽界(芸能界)を生きてきたような気がする。ジャンルを区分でなく、言葉は悪いが節操なく、あっちこっち行って楽しんでいるような。
 最大のヒット曲「わが良き友よ」は吉田拓郎の作で、あのころはロックからフォークに浮気していた。

 スパイダースはメンバー7人のうち、6人が芸能界で活躍している。GSグループの中でもTVの特別番組等で、全員ではないもののメンバーが集まる機会が多かった。堺正章、井上順とかまやつひろしが絡むとむちゃくちゃ愉快で楽しかった。いい曲、たくさんあったんだよなぁ。最初に注目したのは、メンバーの中で作詞作曲できるということだったことを今思い出した。
 何年か前、TOKYO MXの夏木マリの番組にゲスト出演したのが(僕が)元気な姿を見る最後だった。

 78歳。がん闘病の記事を読んで、いつかはと予想していたが、いざ訃報にふれると悲しくて仕方ない。

 合掌




 収入確保のため、もう一つ仕事をすることにした。早朝品出し。神保町で見つけた。
 以前、某スポーツ店で同様の仕事があって、面接した結果が不合格。たぶん髭が原因だろうと今回はきれいさっぱりしておまけに髪も染めた。努力が実って早々と決まった。
 本日から出勤。6時半から9時半までの3時間。
 サラリーマン時代早起きには慣れていたから、別にどうとも思わなかった。環境が変わると体質も微妙に変化した。4時の目覚ましにすぐには起きられなかった。それでも十分間に合うと気楽に考えていたら、朝、電車の発着が少ないことが判明。西川口駅で待つこと10分。
 秋葉原に着いてから、走った、走った!
 まあ、何とか間に合いました。




 3日間連続で夜は呑んでいた。

 30日(月)は阿佐ヶ谷のスナック「SOUND K」へ。うちの店で働いているKさんを紹介するため。Kさんがもっとバイトを増やしたいというので、もしかしてと思って、マスターのNさんに連絡するとやはりバイトの女の子を募集しているとのこと。
 だったら早いうちにと連れていった。
 で、カラオケ合戦になった。
 最終電車の1本前で帰宅。

 翌31日(火)の午後は門前仲町へ。15時にKさん(といっても前日のKさんとは違う)と待ち合わせしたのだ。以前、Kさんからメールが来て門前仲町の「魚三」に一度行ってみて、とあった。15時30分に開店する居酒屋なのだが、15時からお客さんが並んで、開店するとすぐに満席になってしまうのだそうだ。
 では、今度深川を散策したときに寄ってみますと返信していたのだが、前日に4月に開催するイベントの打ち合わせで会った際、誘われたという次第。
 15時に行くと、まだ列はできていなかった。張り紙があって、16時開店とのこと。近くの富岡八幡宮をブラブラして、15時半過ぎに行くと、何名かの男性が並んでいた。後に続いて少しして後ろを見ると、かなりの客が並んでいる。驚きの光景!
 最近、酔うと地元の歌広場でひとりカラオケのパターンが多いのだが、この夜も西川口に着いて直行してしまった。

 1日(水)は、映画サービスデー(ファーストデー)なので、仕事終わりに有楽町へ出て「マグニフィセント・セブン」でも観ようと思っていたら、特撮仲間のSさんより呑みのお誘い。神保町にでてきてもらって、「酔の助」へ。例のドラマ「恋恥」でロケされて話題になった居酒屋だ。年末、やはりSさんと神保町で呑んだとき、行ってみたら満席で入れなかった。
 料理がけっこううまかった。
 
 2日(木)は休みなので、午後地元のシネコンで「破門 ふたりのヤクビョーガミ」を観ようしていたのだが、金もないし何より外出するのが億劫になったのでやめましたとさ。




「先輩、ちょっとお訊きしたいんですが」
「また、お前かよ、もう下ネタの話題は嫌だからな」
「いえ、そんなことではないんです」
「なんだよ?」
「先輩のブログ、カウンターつけていないですよね?」
「そうだよ、HPではつけていたけどね」
「どうしてですか?」
「別に……ブログ始めたときにつけなかっただけで。でも、あるときからアクセス解析はするようになって、内々ではその日のアクセス数は把握しているよ」
「そうなんですか! だったら、アクセス数を発表すればいいじゃないですか」
「発表することにどんな意味があるの? 数が少なければ恥ずかしいし、多ければ、自慢しているようで野暮だし、さ」
「野暮ですか」
「いちいち発表することがだよ、別にカウンターでアクセス数を掲示するのはいいと思うんだよ」
「はあ」
「アクセス数は更新する張り合いにもなるしね。HPを毎週更新していた時代、もう10年以上経つのか、あのころ、ある某アクセスランキングから参加要請があって、試しにやってみたんだ」
「ほぉ」
「そしたら、すぐに1位を獲得して。で、そのあとはずっと1位をキープしていた」
「自慢じゃないですか」
「そうだよ。でもしばらくしたら、そのランキングにエロサイトが参加してきたので、嫌気して脱退したんだ」
「嫌気したというより、それでランクが下がったんでしょう?」
「……」
「当たり、ですね。先輩、けっこうプライド高いんだから」
「……」
「教えてくださいよ。HPにはカウンターつけたのに、なぜブログはしなかったのか?」
「訊きたい?」
「はい」
「どうしても?」
「はい」
「あのね……カウンターのつけ方がわからないのよ、オレ。実は最近アクセス解析のシステムが変わって、設定をやり直したんだけど、どうにも調子が悪いんだ。検索キーワードが全然表示されないんだから。お前わかるか?」
「いえ、機械苦手なんで」
「お願いだよ、教えてくれよ!」




(敬称略)

 今週の月曜日、朝刊には、この日発売の「週刊ポスト」「週刊現代」の広告が掲載される。「週刊現代」のそれには「がんばれ、松方弘樹」の見出しがあった。
 ということは、相当容体が悪いんだな、と真っ先に思った。

 案の定だった。
 午後、お店の常連、Iさんが、いつものように喫煙スペースの個室で〈仕事〉をしていて、少しお邪魔して映画談義に花咲かせた。
 厨房(カウンター?)に戻って、少ししてから、Iさんが個室から飛び出してきた。
「松方弘樹が亡くなったよ!」

 俳優、松方弘樹を意識したのは、NHKの大河ドラマ「勝海舟」である。
 当時、脚本を担当すれば、必ずチャンネルを合わせた倉本聰の初めての大河ドラマだ。主演は渡哲也。個人的は、人斬り以蔵役のショーケン、坂本龍馬役の藤岡弘に興味津々だった。
 第1回にえらく感動して毎回日曜日の夜8時に視聴するようになった。
 早い段階で、渡哲也が病気降板した。代演が松方弘樹だった。
 当時は、主役交代に残念な気持ちがあった(その後、倉本聰もスタッフとの軋轢があって降板してしまう、なんてこった!)。しかし、今、この交代は良かったのではないかと思っている。
 何より口跡が心地よかった。江戸弁だったなあ、と思うのだ。
 交代しなければ、仁科明子と出会うこともなかったろうし、ということは結婚もなかったのだろう。

 本当いうと、小学生時代に松方弘樹主演の映画を観ているのである。
 「怪竜大決戦」。東映が製作した怪獣が登場する時代劇だ。怪獣というか、巨大ガマガエルと巨大竜がクライマックスで激突する。共演(ヒロイン)が小川知子だったことに、後年観直して驚いた。

 松方弘樹の巧さを思い知らされたのが「仁義なき戦い」5部作だ。
 このシリーズ、同じ役者がシリーズを通して違う役で登場している。松方弘樹もその一人で、第1作、第4作「頂上作戦」、第5作「完結編」に登場する。驚くのは、3作とも全くキャラクターが違うのだ。別人なのである。
「役者だの~」と拍手を送りたくなる。
 こんなこと、これまで「仁義なき戦い」が語られる際には、さんざ言われていることだろう。
 74歳。

 合掌




 一昨日、京浜東北線で転落事故があったことは知っていた。
 昨日、朝刊(朝日新聞)に記事がでていた。
 見出しにこうあった。「盲導犬の男性転落 死亡」「埼玉・JR蕨駅 ホームドアなし」
 盲導犬の男性という文字にピンときた。

     ▽
14日午前7時10分ごろ、埼玉県蕨市中央1丁目のJR京浜東北線蕨駅で、盲導犬を連れた男性がホームから転落し、進入してきた大船行き普通列車と接触、頭や上半身を強く打ち重傷を負った事故で、男性は同日午後0時20分ごろ、搬送先の病院で死亡した。
(略)亡くなったのは同県川口市のマッサージ師の男性(63)で、目が不自由だった。
     △

 まさか! あの人ではないのか?

 サラリーマン時代、毎朝のようにホームで盲導犬を連れた男性とすれ違った。いつも4両め、4つめのドアのところで電車を待っているのだが、電車が到着しドアが開くと、白(本当はイエローというらしい)のラブラドールの盲導犬に先導された男性が降りてくる。 背が高く、すらっとしている。年齢は60歳を超えていたと思う。
 今の仕事になってから、通勤時間が遅くなったので会わなくなってしまったが、時間は7時10分から20分の間。

 事故が起きた時間、川口のマッサージ師ということで、思い当たったというわけだ。ざわざわしてきた。
 西川口駅で改札を通る際に、駅員に訊いてみた。
「蕨駅で起きた転落事故ですが、川口のマッサージ師って、いつも西川口駅を利用されている方ですか?」
 若い駅員は一拍おいて答えた。「詳しいことは言えないんですが、そうだと思います」
 男性と盲導犬の姿が頭をよぎる。
 涙がこぼれそうになった。

 ご冥福をお祈りいたします。




 またしても訃報だ。
 根津甚八、69歳。

 引退を知ったときはショックだった。
 自分にとって、ショーケン、優作、水谷豊に続く、第四の役者だったのだから。

 詳しくは、奥さんが書かれた「根津甚八」のレビューに書いている。

     ▽
 2011/07/06

 「根津甚八」(根津仁香/講談社)

 役者として根津甚八を意識したのはいつだったか。状況劇場の人気者(だった)で名前が真田十勇士から命名されたなんてことは後で知った。NHK土曜ドラマ「男たちの旅路」へのゲスト出演か。声がでなくて引退を宣言した(囁くようにうたうのが売りの)歌手の役だった。
 映画では「その後の仁義なき戦い」だろうか。とはいえ、この映画、ゲスト出演のショーケンが居酒屋で喚き散らすシーンしか印象に残っていない。

 出世作の「さらば愛しき大地」(監督:柳町光男)は観ていない。ショーケンがその柳町光男監督のメガホンで撮る予定だった「竜馬を斬った男」では、竜馬役で出演している。結局この映画、柳町監督は降板してしまうのだが。
 当然石川五右衛門役で人気を呼んだ大河ドラマ「黄金の日日」にも一度もチャンネルを合わせることもなかった。今思えば、このドラマの脚本は市川森一。「勝海舟」は倉本聰が脚本だから観始めたのだ。だったら、「黄金の日日」も観なければおかしいのに。
 まあ、いい。とにかく、70年代から80年代にかけて、ショーケン、優作、水谷豊に続いて、その動向が気になる役者だった。

 00年代になってから、あまり見かける機会がなくなった。病気治療や交通事故で相手を死亡させてしまったことによる謹慎で表舞台に登場しなくなってしまったためだ。その後鬱病になったという話が聞こえてきて、やがて役者引退とのニュースが流れた。ショックだった。

 本書は根津甚八の奥さんが書いた、俳優・根津甚八の回想録とでもいうもの。本来、本人が執筆(語る)ものだろうが、なぜそうならなかったかは読めばわかる。
 状況劇場前後、唐十郎との関係が興味深い。
     △

 合掌




 一昨日だったか、一昨昨日だったか、キャリー・フィッシャーが飛行機搭乗中に心臓発作を起こしたというネットニュースに驚愕した。一瞬〈死亡〉の文字が脳裏をかすめたが、続報で容態は安定したとあって一安心したのだ。
 ところが、昨日の朝早く、TBS「朝チャン」で訃報が流れて声をあげてしまった。60歳。若すぎるよ!
 「スター・ウォーズ」シリーズが再開されて、「フォースの覚醒」では旧3部作(「スター・ウォーズ」「帝国の逆襲」「ジェダイの復讐」)から三十数年経ったレイア姫の姿を見せてくれた。同窓会的雰囲気に浸りながら、新シリーズ(の今後2作)を楽しみたいと思っていたのに……つらい。
 次作(エピソード8)は撮了しているので、それが遺作となるのか。

 はっきりいって第1作「スター・ウォーズ」のレイア姫にはあまり魅力を感じなかった。こんなのがお姫様なの? おいおい、ルークよそんな女に夢中になるのか! なんて思っていた。
 しかし、「帝国の逆襲」「ジェダイの復讐」とどんどん魅力的になっていた。「帝国の逆襲」でのハン・ソロとのやりとり、「I love you」「I know」の台詞は忘れられない。「ジェダイの復讐」の最初のエピソードにはゾクゾクしたものだ。

 「スター・ウォーズ」3部作で人気女優の仲間入りをした。ポール・サイモンと結婚したときは驚いた。すぐに離婚したけれど。その後は芳しくない情報ばかり耳にしたような気がする。
 だからこそ、「スター・ウォーズ」新3部作への出演を喜んだのに。

 「フォースの覚醒」公開に合わせて、日本テレビで旧3部作が放映された。第1作は「金曜ロードshow」枠で、あとの2作は深夜に放映された。深夜の放映分は録画したままになっている。追悼鑑賞しよう。「ローグ・ワン」もあのラストカットを拝むためにもう一度観に行こうか。

 さよなら、レイア姫。あなたの勇姿は決して忘れません。

 ご冥福をお祈りいたします。




「先輩、クリぼっちって知っています?」
「クリスマスひとりぼっちの略で、クリスマスを一人で過ごすことだろう」
「先輩、今年一人だったんでしょう?」
「当たり前田のクラッカーだ! イブの夜なんてチャルメララーメンをすすりながら『エンタの神様』見てたよ」
「淋しかったでしょう?」
「もう5年ほどクリスマスはひとりさ。昨年はどうしたんだろうと思って調べてみたら、阿佐ヶ谷のスナックで過ごしていた。昔の同僚がやっているところでね」
「ほら、淋しいから、にぎやかなところに出かけたんだ」
「たまたまだよ。昨年あたりから全然淋しくなくなったんだから。その前まではつらかったけど」
「で、どうしてたんですか?」
「一切の情報を遮断していた」
「はあ」
「カミさんと娘が家を出てから、TVで父親と子ども、特に娘との絆や夫婦愛の話題になるとすぐにチャンネルを換えた。クリスマスシーズンになると、もう地獄だよね」
「……」
「娘の小さかったころが思い出されてねぇ。あのころ、クリスマスって我が家にとって一大イベントだったわけだから」
「つらいですねぇ」
「でも、さっきも言ったけど、今はひとりが楽しいよ。そういう心境になったんだ」
「立ち直ったってわけですか?」
「立ち直ったというと、カミさんと娘から文句言われそうだけど。すべてあなたが原因でしょう! って」
「娘さん、12月に入籍されるって言ってましたよね?」
「ああ、12月のいつなのか、知らないけれど。記念だからクリスマス・イブとか、クリスマスとかなのかなあと思ったりしてね」
「連絡はないんですか?」
「ないよ。オレ、娘に縁切られたんだから。結婚も、子どもが生まれたとしても、お父さんには知らせないからって。もうお父さんじゃないからって」
「……」
「しょうがないよね。自分で蒔いた種だから。お父さんは覚悟がなかったのよ。この言葉、今でもたまに聞こえてくる」
「……」
「湿っぽくなったね。……黙られるとつらいから、なんか、言えよ」
「あのね、先輩、クリぼっちって言葉、女性が言うと、なんか淫靡じゃないですか? クリスマスじゃなくてクリ〇〇〇ひとりぼっちに聞こえません?」
「お前、それが言いたくて、この話題だしたのか!」





 朝日新聞DEGITALの「bookcafe」というコーナーの取材を受け、その記事が本日配信(掲載)されました。

 取材の依頼があったのは10月。もともとは社長に取りついだ。普段、社長は朝礼後、少し店(事務所)にいるが、そのあと仕入れ等で出かけてしまう。なので、取材の時間を午前中、11時に設定したわけだ。
 ところが、前々日くらいに社長から言われた。、「どうしてもはずせない用事ができたから、代わりに取材受けてね」
 それはいいんですけど、だったら、時間を11時なんかにしませんよ、午後3時とか4時とか、そんな時間にすればよかった。
 と思っても後のまつりでして。

 取材の途中で記者の吉川さんに訊かずにはいられませんでした。
「ご出身は沖縄ですか?」
 吉川さんはにこやかに答えてくれました。
「よく言われるんですけど、違います」
「どこなんですか?」
「西宮です」

 カウンターを挟んで店長の写真を撮りたいとカメラ(ウー)マンの石野さん。
「あの女優さんに似ているって言われるでしょう? ええと、なんだっけ、名前がでてこない」
 石野さん、笑いながら「藤田朋子さん?」
「そうそう、その笑顔が似ています」




とりあえず写真だけUPしておく。

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 小学生時代、低学年時の将来の夢は宇宙飛行士になることだった。アポロ11号の月着陸なんて夢中になってTV中継を凝視していたものだ。ケロッグのおまけがアポロロケット関連で、友だちと競い合って集めた。
 次に将来の夢が漫画家になった。「マンガの描き方」類の本を買ってきて、ケント紙、ペン軸、ペン先、墨汁、筆、筆洗、絵の具、すべて買い揃えて、机の上に並べて悦に入っていた。完成したマンガは一つもなかったけれど(ノートに鉛筆描きしたものはいくつかある)。
 6年生になると将来の夢が映画監督に代わった。
 5年のころからクラスの親友と映画制作グループを組織した。その名もKアマダクション! Kは僕の名前からアマダクションはプロダクションとアマチュアを掛け合わせている。
 まずアニメ映画を作ろうとした。しかし、目指したのが、セル画を使った本格的なもので、あえなく挫折した。続いて怪獣映画。これも怪獣のぬいぐるみ作りに失敗して諦めた。
 6年になって、とにかくカメラをまわそうと、映画をつくろうと、記録映画を2本つくった。自分たちの住む町、太田を紹介する映画で、「私たちの太田 緑をたずねて」と「私たちの太田 栄ゆく太田」の2本である。
 そしてお正月に放送された「タイム・トラベラー」に触発されて、「明日を知る少年」に着手する。

 ここらへんのことは、友人のAの作文に詳しい。学校新聞に掲載されたのである。これが「明日を知らない少年たち」のモチーフとなる。
 アニメ制作のくだりでビニールカバーが出てくるので少々解説したい。

 僕たちは本格的なアニメ映画を考えていて、本当はセルを購入したかったのだ。ところが、群馬の片田舎にセルなんてものは売っていなくて、代用としてビニールカバーを思いついたというわけだ。安靖堂はカメラ店で8㎜フィルムの購入や現像でお世話になった。

     ▽
   Kアマのこと
                 有吉威
     A
 ぼくは小学生の時からKアマに入っている。Kアマというのは、ぼく達が作った映画製作グループのことだ。アマだから趣味でやっているのだ。Kとイニシャルがつくのは、一口でいうと新井啓介君が監督だからである。

     B
 啓介君はいつも家でマンガをかいていた。それを学校に持ってきて人に見せては、
「どう、おもしろいかい?」
 などと聞いていた。
 彼はマンガのかき方をマンガ本で見たり、かき方の本を買って読んだりして覚えたようだ。しかし彼のマンガは納得のいかない、おもしろくないギャグマンガもあった。だが、中には本職のマンガ家も思いつかないようなやつも、一つ二つはあったのだ。彼はマンガだけでなくふつうの絵もうまくユネスコ展などに出品していつも賞品をせしめていた。
 そんな啓介君がとっぴに
「映画作ろう。」
 などといい出したのである。Kアマは最初に彼が、この「マンガ映画作ろう」といったのがきっかけになったのだ。啓介君は巴君の『鉄腕アトム』の本を借りた。その終りの方に〈鉄腕アトムの出来るまで〉というのがあって、それを読んで映画を作る気になったのらしい。
 さっそく人を集め、お金を集め使うものを買い込んだ。ペンキ、ビニールカバー、筆、つや消し剤やシンナーなどだ。まず安靖堂の人に、
「ビニールカバーの透明なやつを細かく切って、それに絵をかいてそれを一つ一つ動かしてカメラにおさめる方法はどうですか。」
 と聞いてみた。そしたら、
「ビニールカバーは光の反射がありますし、一つ一つ写すには駒どりカメラが必要です。」
 という答えだった。
 ぼく達はビニールカバーのつやを消すのには、どうしたらいいか考えた結果、つや消し剤を使うことにした。しかし、つや消し剤は濃くてうまくのびないので、シンナーでうすめて使ってみた。けれどつや消し剤の鼻をつくにおいの上に、シンナーのあのにおいが加わったので大変なにおいになってしまい、みんな頭が痛くなって逃げだした。こんなことを続けているうちに休みが終わった。それでみんなマンガ映画のことを忘れてしまった。
 その次の休業期間のとき、今度は怪獣映画を作ろうとした。このときからメンバーがまたふえた。この話にでてくる怪獣は口から泡をふくというもので、この泡にかかると何でも溶けてしまうということにした。
 まず胴体を作るには針金を使う。啓介君の家は電気屋なので、アンテナを張る時に使う針金を使おうと思ったが、おじさんが出かけていたので細いのを使ったが、これは何重にしても弱かった。次は怪獣の皮だが、お金を出し合って安い布を買う予定だったが足りなかった。泡をふく装置は売っているものを使おうということにした。しかし、どこにもそんなものは売っていなかった。この怪獣映画も中途半端に終ってしまった。

     C
 卒業した春休みに啓介君が「今までに映画を撮ったことがないから太田市についてでも写そうか。」
 といったので、みんな賛成した。そしてできたのが[私たちの太田]で、一回が〈緑をたずねて〉、二回めが〈栄ゆく太田〉である。〈緑をたずねて〉は水道山付近を撮り、バックミュージックは木枯し紋次郎主題曲の「だれかが風の中で」である。〈栄ゆく太田〉は市民会館、市役所、太田駅などで、駅の中で新婚の人に「ばんざい」をやっているところなども撮った。
 中学生になってからの夏休みのことだ。元Kアマに入っていて、今は東京にいる布村君の家へ行った。その時撮った記録映画が[東京一日の旅]である。貿易センタービルからの景色や、皇居などを写した。サウンド・オブ・ミュージック、小さな恋のメロディー、ムーンリヴァー、流れ者のテーマなどの映画音楽を使った。二巻、約六分の映画である。
 これらの映画は完全のものではない。タイトル撮影に失敗して、〈緑をたずねて〉ではENDタイトルの“おわり”の「お」の点をかかずに撮影したりした。また、[東京一日の旅]では日付を間違えたりして大変だった。

     D
 これからは[私たちの太田]の続編や、ストーリーのあるものを写していきたいと思っている。
 ぼくは映画づくりをやってきて、友達とのつきあいが深まった。このような趣味を通じて出来た友はいつまでも失わないように心がけたいと思っている。啓介君達とつきあっていて、みんなでものを作りあげた喜びは何ともいえない。またそれを味わえるのは苦労したためである。ぼくはそんな喜びというものを少しでも得ることができて、ほんとうによかったと思っている。(47・10)




  代々木嫌い

  代々木が嫌いだ
  浪人たちのふきだまり

  原宿も嫌いだ
  駅は素敵なのに

  青山は好きだけど
  六本木は苦手

  目黒を愛してる
  たまに訪ねてみたい

  渋谷も好きだよ
  青い春がつまってる

  築地の香りがいい
  ふるさとを感じる
 
  銀座通りを歩きたい
  いろんな本屋がそろってる

  日比谷公園を歩いて
  初めてのデートに想いをよせる

  高田馬場は変わったのかな
  19の原点を忘れたりしない


 石原都知事時代に、築地の卸売市場が豊洲に移転すると決まった。建物の老朽化が理由だった。
 ニュースを耳にして素朴な疑問を抱いた。老朽化したのだったら新しく建て直せばいいではないか。何も移転することはない。もちろん一度にはできないだろうが、市場をいくつかに分割して順に新しくすれば。
 そういう意見はなかったのだろうか。
 
 大学を卒業して、希望の業種(会社)に就職できなかった。というか、春から二度目の鬱に苦しんで就職活動なんてできなかったのだ。
 秋になって何とか元気になったのだが、まだ本調子ではない。
 当時会社訪問の解禁日は10月1日。その日は外に出ずに、夜は部屋で水曜ロードショー枠で放映された「七人の侍」を観ていた。訪問活動を終えた友人U(自主映画サークルの仲間。4年生は僕とUの二人だけだった)がやってきて、TVに呆けている僕を見てあきれていたっけ。
 就職浪人して、翌年、なんとか小さなCMプロダクションに入れた。会社は築地駅のすぐそばにあった。
 辞めるまでの2年間、築地や銀座を自分の庭のように歩き回った。場外の食堂に何度か足を運んだことがある。
 自分の中では築地=市場というイメージがあるので、豊洲への移転が信じられなかった。

 それにしても、もともと東京ガスの施設があった場所で、それも土地に含まれている有害物質が国の環境基準を大幅に超えているというのに、よく移転を決めたものである。市場側の人たちはそこらへんをどう考えていたのだろう。
 そんなことを、呑みの席で特撮仲間のSさんに言ったら、築地市場の下には、第五福竜丸が積んでいた放射能汚染マグロが埋められていると教えられた。ビキニ環礁でアメリカの水爆実験によって被曝した、あの漁船である。
 初めて知った事実なのだが、翌日、読んでいた「ゴジラの精神史」(小野俊太郎/彩流社)にもその旨の記述が出てきた。
 都側から有害物質の処理を説明されて納得したのか。まあ、大いなる利権が絡んでいるのだろう。
 もし、新都知事に自民党推薦のあの方が選出されていたら、この問題はまったく封印されたままだったのだろう。
 怖い。




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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