本書は4月下旬に刊行されたが、手に入ったのは6月中旬だった。もともとすぐに読もうという気持ちはなかった。「これがタレントだ 1963・1964」以外はどれも最低2回は読んでいる。
 晶文社版「定本 日本の喜劇人」は、かつてトイレタイムに好きな項目だけ拾い読みしていた。渥美清やクレージー・キャッツ、てんぷくトリオ、コント55号……。「喜劇人に花束を」も、たとえば「伊東四朗」なんてトイレタイムにぴったりの長さだ。この手の本を持ってトイレに入るのに無上の喜びを感じたものだ。好きなんだな、こういう世界が。また、対象者と一定の距離をおく冷めた筆致もたまらない。
 「おかしな男 渥美清」なんて先々月別の渥美本を読んでいたらむしょうに読みたくなって、文庫をとりだして冒頭をあたったところ結局最後まで読んでしまった。もう何度目になるのか。
 そんなわけだから、自宅でじっくり、ゆっくり読んでいけばいいやと思っていた。だいたい、本はかなり分厚くて重たい。何より高価だから、バックに入れてホイホイ持ち運ぶことなんて出来ないのだ。

 最初に函から取り出したのは〈エンタテイナー篇〉。目当ては初出の「これがタレントだ 1963・1964」だ。カバーのパラフィン紙をそのままにしていたので、かなり面倒臭い読書だった。気がむいたときに取り出すのだから本当にスローペースで、約一ヶ月かかって読了した。
 〈喜劇人篇〉の「日本の喜劇人」を読み始めたのが先々週(19日)。これが止まらなくなった。パラフィン紙も剥いだ。「日本の喜劇人2」の藤山寛美の項で、謹呈された「日本の喜劇人」に対して「読み始めると止まらなくなる」と楽屋を訪ねた小林信彦に感想を直に述べるくだりがあるが、まさにそのとおり。こうなるともう自宅だけの読書に我慢できなくなってくる。結局、外に持ち出すようになって、電車の中、昼食時、退社後のカフェ、とページを繰り、先週(25日)読了した。続けて〈エンタテイナー篇〉を読み出して、昨日(27日)読了。

 1.5冊を9日間で読んだわけだが、既存の本なら5冊分。小林信彦本としては、まあ、通常のペースか。
 夢中で読んでわかったことがある。この「定本」は続けて読むべきものなのだ。いや、続けて読むことに意味があるというべきか。だからこそ2冊にまとめられたのではないか。
 たとえば、「日本の喜劇人」では、婉曲に表現されていたものが、「2」や「おかしな男 渥美清」ではより具体的な記述になっている。週刊文春の喜劇人ベストテンで、渥美清を排除しようとした記者は誰だったのか? コント55号のコンビを比べて、役者として伸びるのは坂上二郎だと断言した喜劇人とは? 「2」の植木等、藤山寛美と「おかしな男 渥美清」が絡み合い、「日本の喜劇人」を補完する。
 漫才ブームが吹き荒れた後に書かれた「笑学百科」は「天才伝説 横山やすし」につながっている。ポルトレエが見事な私小説に昇華している「おかしな男 渥美清」と「天才伝説 横山やすし」。また、「日本の喜劇人」は「これがタレントだ」があったからこそ生まれたものだと確信できる(これはまえがきに書いてあるが)。各作品がリンクしあい、1+1ではなく、2×2の迫力でこちらに迫ってくる。

 


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 新潮社から「定本 日本の喜劇人」が上梓されると知ったときはわが目を疑った。〈喜劇人篇〉〈エンタテイナー篇〉の2冊に分冊されているので、かつて晶文社からでた同名の本と同じ内容でないことはすぐにわかった。中原弓彦名義の「定本 日本の喜劇人」は僕が購入した2冊目の小林信彦本だ。この本は繰り返し読んでいる。だいたい「定本 日本の喜劇人」の最終章に手を加えたものが新潮文庫になっているのだ。このとき〈定本〉が取れてまた元の「日本の喜劇人」に戻った。この文庫は現在絶版になっている。
 ああ、新しい「定本 日本の喜劇人」が出るんだ、と喜んだのもつかのま、その価格に驚かされた。なんと、税込み価格9,975円。大枚1枚が消えてしまう豪華本。
 これはいったいどういうことか? 内容を確認して得心した。
 「日本の喜劇人」を始めとする、これまで小林信彦が書いてきた芸人に関する評論、コラム、エッセイ、ポルトレエ等を網羅したある種全集といってもいい本なのである。

 収録作品は以下のとおり。

 ●喜劇人篇
  日本の喜劇人
  日本の喜劇人2
  おかしな男 渥美清

 ●エンタテイナー篇
  笑学百科
  天才伝説 横山やすし
  これがタレントだ 1963・1964

 「これがタレントだ 1963・1964」のみ単行本未収録、あとはすべて単独で本になっている。
 「日本の喜劇人2」なる本はないが、これは本書への収録で「喜劇人に花束を」(新潮文庫)を改題したもの。雑誌連載された「藤山寛美とその時代」、月刊誌に掲載された「植木等とその時代」をまとめたのが単行本「植木等と藤山寛美 喜劇人とその時代」(新潮社)だが、文庫になる際、書き下ろしの「伊東四朗」が追加されて「喜劇人に花束を」になった。
 あくまでも自分が関係する範囲内で、自分が見聞した出来事、記憶をとおして綴られる方法論(ポルトレエ)は「天才伝説 横山やすし」「おかしな男 渥美清」に応用されることになる。「笑学百科」は漫才ブームの終焉間近のころ(80年代初期)にでたもので、「日本の喜劇人」をもっと軽くしたような、芸人、笑いに関するコラム集だった。
 多くの小林信彦ファンを嘆かせたのは、ここである。1万円だして、新しい読み物が「これがタレントだ 1963・1964」だけというのでは、どうしても購入を躊躇してしまう。既存の単行本(文庫本)を持っているファンは、果たして買うべきか否か。
 「これがタレントだ」が単行本未収録というのも、実は正確ではない。クレージー・キャッツのメンバー及び関係者に関する文章は、一度小林信彦が編集を担当したキネマ旬報のムック「テレビの黄金時代」に収録されているわけだから。 

 どれも単行本と文庫を持っている。にもかかわらず、「定本 日本の喜劇人」全二冊を購入することに躊躇はなかった。もちろん、あるルートから半額で手に入れたわけだが、それはたまたまラッキーだっただけのこと。もし、定価でしか買えない状況だったとしても、手には入れている。ファンとはそういうものだと思う。




 承前

 第2部は時代劇スター高橋英樹とチャンバラに造詣の深い木久扇(木久蔵と言ってしまいそう)師匠によるトークショー。

 高橋英樹との出会い。僕にとって、それは時代劇俳優というよりまずNEC新日本電気のイメージキャラクター「太陽の男」だった。家が電気店だったもので、その手のポスター、チラシ類がたくさんあった。その関係で、浪人時代、明治座の高橋英樹座長公演「宮本武蔵」を観劇している。地元群馬の家電販売店関係者が招待された際、母親にお前も見ろと呼び出されたのだ。もうすぐ受験だというのに、何考えているんだと少々呆れたのだが、「冬のジャンパーを買ったから渡したいし」と言われたら無下に断ることもできず、結果的に、生の芝居の迫力に圧倒された。
 芝居が終わってから、母親は、ロビーでお客さんに挨拶している高橋英樹の奥さん(名前は忘れたが、ポーラTV小説出身の女優だった)の元気な姿に安堵していた。当時、流産騒動があったように記憶している。母親は母親なりに心配していたのだろう。そんなわけで、現在、アナウンサーになった一人娘をTVでみかけると、あのときの母親の姿を思い出す。
 閑話休題。
 バラエティ番組も数多くこなす俳優なので、木久扇師匠の助けを借りなくても、あの話、この話、話題にことかかない。一人トークの方がよかったんじゃないかと思うくらい。トークの中で、桃太郎侍の有名な台詞を紹介したのだが、そこだけ声はまさしく役者のそれ。一瞬ではあるが、口跡に聞き惚れた。

 10分の休憩の後、幕があがると、高座になっていた。「そうだ、今日は落語会だったんだ」と気づく。
 ぜん馬師匠と談四楼師匠のコンビというと一昨年の「ACCESS FESTA 2006」を思い出す。アクセスエンタテインメント所属の演歌&歌謡曲の歌手が勢ぞろいしたイベントの司会を二人が担当したのである。あのときも前半がぜん馬師匠で、後半が談四楼師匠だった。ぜん馬師匠の奥さんがさこみちよだということを知ったのもこのときだった。

 「柳田格之進」は談四楼師匠の十八番。初めて北澤八幡の独演会に足を運んだときの演目の一つであり、その後も何度も聴いている。先に記したように大銀座落語祭でも披露している。そんな談四楼バージョンばかり聴き馴染んでいる者にとって、ぜん馬師匠のそれはどんなものか。
 全体的な雰囲気、味わいが違うのは当然だが、決定的な相違はラストだった。談四楼バージョンは、大店の主人と番頭を前にして、格之進が刀を一振りして碁盤を真っ二つにして、「シロクロついた」と言ってサゲとなる。ぜん馬バージョンは、その後、番頭と格之進の娘が祝言をあげて息子が誕生、これを柳田家の養子にしてめでたしめでたし、「柳田の堪忍(袋)の一席でした」で終了する。
 講談から落語になった「柳田格之進」(あるいは「柳田の堪忍袋」)は、話のリアリティから内容が二つに分かれると知ったのはもう何年も前になる。当時高島俊男が週刊文春に連載していたエッセイ「お言葉ですが…」で取り上げたのである。(「芭蕉のガールフレンド お言葉ですが…9」に所収)。50両を盗んだと番頭に疑われた格之進は一度は自害を決意する。しかし、娘に諭される。自分が吉原に身を沈めてその金を工面するから、もし身の潔白が証明されたら、そのときは、どうぞ(万屋の主人と)番頭の首を討ち取ってください、と。そこまでして、武士の面目、家名を守ろうとする娘が、当の番頭と結婚するなるなんてことはありえない。
 エッセイには、志ん生がこの噺を得意としていたが、息子の馬生はリアリティの無さに疑問を持ち、独自にラストを作り変えたと書かれていた。
 談四楼師匠はリアリティ派だ。それは家元(談志)の意向なのだと、だから立川流はみな同じサゲを採用しているのだと勝手に解釈していた。ぜん馬師匠の噺を聴いて、それこそ勝手な解釈だったとわかった。
 後で、師匠に確認したところ、家元は「柳田格之進」を演ったことがないのだそうで、サゲは自身で考えたとのこと。四季の描写もいろいろ工夫していると。そう、夏の日に格之進が万屋主人に誘われて、自宅の離れを訪れたときの、打ち水による庭の緑の鮮やかさ、開け放たれた部屋を駆け抜ける一陣の風、視覚と感覚によって表現された涼しさがとても気に入っているのだが、ぜん馬師匠にはここの描写がまったくなかったのが残念だった。

 「井戸の茶碗」は熱演だった。三方一両損を持ち出して終わらせようとしたギャグに大笑い。これまでの大銀座落語祭の中で一番はじけていた。

 もういちど過去4年間の演目を眺めながら思う。第1回めの「一回こっくり」は創作落語だ。ファイナルの今年、久しぶりに上梓する小説のタイトルが「一回こっくり」というのが感慨深い。ある噺家の半生だとか。小学生一年生の弟が一学期の通信簿をもらうことなく破傷風で死んでしまったこと。特に難しくない手術で入院した母親が助からなかった、にもかかわらず執刀医から何ら詫びのことばなかったことに怒り狂ったこと、すべてが書き込まれているという。そして最終章は創作落語の「一回こっくり」。
 9月の新刊をどれほど待ちわびていることか!


 大銀座落語祭が5年目の今年で終了するという。ずっと続くだろうと思っていたので、ちょっと驚いたが、もともと5年間の開催と決めていたようだ。とはいえ、東京の夏の風物詩になった感もある。もうしばらく、せめて、あと5年、いや縁起よく7回まで開催してもいいのではと、主張したくなる。まあ、意味もなくずるずる続くよりいいか。
 フィナーレということもあるのだろうか、今年だけ副題がついている。〈落語の明日〉。主催の「6人の会」発起人、春風亭小朝の「苦悩する落語家」 「いま、胎動する落語 苦悩する落語2」を読んでいると、なかなか意味深長な5文字である。

 この落語祭、本当の落語ファンなら自分の気に入った落語会をはしごするのだろうが、立川談四楼ファンを自認する者としては、師匠が出演する会のみ毎年足を運んでいる。今年が最後ということは皆勤賞だ。

 2004年 JUJIYAホール「一回こっくり」
 2005年 銀座ガスホール「柳田格之進」
 2006年 ギンザ・コマツ アミュゼ「長屋の富」
 2007年 時事通信ホール「ぼんぼん唄」

 初めて訪れたJUJIYAホールは冷房が効きすぎて震えながら高座を聴いていたことを思い出す。銀座ガスホールは今はもうない。ギンザコマツアミュゼの年から、銀座の街が落語で彩られるようになった気がする。駅から会場に向かう最中にノボリなんか目にして。お客さんに浴衣姿もチラホラと。昨年は台風に直撃されて出演する方も観客も大変だった。
 
 今年の師匠は最終日、博品館劇場の昼間の部、題して「すごいでしょ、この会! チャンバラの会」でトリを飾った。


 第1部 時代劇コント カンカラ
 第2部 時代劇トーク 高橋英樹&林家木久扇

  休憩

 第3部 侍落語    立川ぜん馬「柳田格之進」
               立川談四楼「井戸の茶碗」

 第1部のカンカラはまったく知らないコントグループだったが、偶然、先週(13日)の「笑点」で観た。TVをつけたときにはすでにコントが始まっていたので、名前はわからなかったものの、時代劇コントだったこともあって、たぶん、カンカラだろうと予想していたのだ。今回、舞台に登場してきた二人を見て間違いないことがわかった。
 昨年も「チャンバラの会」でコントを披露していた。ちょっと調べた。欽ちゃん劇団のメンバーで結成されたユニットで、最初は5人組だったが、2名辞めて現在3名。「水戸黄門」のレギュラーおけらの新助を演じる役者(松井天斗)は元メンバーだったのか。水戸黄門ってほとんど観ることはないが、たまたまチャンネルが合ったとき、この役者が松山ケンイチに見えて驚愕した覚えがある。
 最初は新撰組、次は忍者もの。客いじりも徹底している、昔ながらの笑いで、懐かしく、安心してい見ていられる。TVのときも、今回もなぜかてんぷくトリオの雰囲気を感じて仕方なかった。

 この項続く

          * * *

 やっと「西の魔女が死んだ」のレビューを夕景にUPしました。





承前

 5月某日、新橋の某所で開催されるH氏主催のイベント(トークショー&交流会)に参加すべく、会場近くまでやってきた僕は、目の前でウロウロしている男性二人に声をかけた。この日のイベントのゲストは老舗映画雑誌の元編集長。男性の一人は見るからに映像作家という風貌をしていたので、ピンときたのだ。たぶん、会場となる店を探しているんだろう。自分も前回初めて訪れたときがそうだった。

「会場はこちらですよ」
 いかにも通い慣れているふりをしてビルの階段を上がっていく。後に続く二人。
 3階に着いても会場となる店がない。
「あれ、階を間違えたか?」
 4階に上がってみる。無言で後に続く二人。やはり、ない。
「あれ~?」
 2階に下りてみる。仕方なく後に続く二人。当然、ない。
 また3階に戻る。後に続く二人。いったい何やっているんだと思いながら。店の扉が開き、オーナーが顔を覗かせる。
「あの、××(店の名前)は?」
「××なら隣のビルだよ!」
 トボトボと1階に下りて、隣のビルの階段を上がって行く二人。後に続く僕。完全にシオシオのパァである。穴があったら入っていたい。

 見るからに映像作家的風貌の方が都築監督だった。元銀行マンという経歴に驚いた。
 交流会で盛んにPRしていたのが「刀狩るもの ~二本松の冒険~」である。

 水野美紀主演のアクション映画に感じるものがあった。公開直前に監督をゲストにトークショーがあることを知って、「必ずお邪魔します!」なんて返事したのに、結局行けなかった。というか、こちらのちょっとした勘違いがあって、この日は川崎で「REC」を観ていた。
 レイトショーが始まってから、宮沢天さんが出演していることを知る。ブログで一緒に観ませんかと呼びかけていたので、手を上げた次第。
 
 さて、肝心の映画であるが、全体の完成度からすると、何かと指摘したくなる。たとえば、一つの刀が4つの刀に分離した顛末を描く過去のエピソードで、柄が独特の刀が出てくる。にもかかわらず、その後、話が現代に戻ってもその柄の刀はまったく触れられない。「あの刀はどうなったんだ?」とずっと考えていたので、クライマックスで「刀は実はもう1本あった」なんて言われても驚くわけにはいかない。
 ただ、製作体制は、限りなく自主映画に近いものを感じるので、そこを言及するも仕方ない気がする。
 見ものはアクション。武道(カンフー?)は主役から脇役まで皆キレが良いので、気持ちがいい。
 なので、そのアクションシーン、特に後半の水野美紀が活躍するくだりについてだけ。目的地に着くまでに何人かの敵と戦うわけだから、その過程で衣装が乱れていく(汚れたり、シャツがパンツから飛び出したり、破けたり)といった描写があった方が観客としてと敵との闘いに力が入ると思う。これは、スーツで決めている二本松(尾崎右宗)や弟分(村上健一)にもいえる。最後はボロボロになって勝利してほしい。

 エンディングロールの後、水野美紀の続編を匂わす台詞。このコンビなら観てもいいかなと思ってしまった。

 【追記】

 水野美紀の母親役は僕ら世代には懐かしい早瀬久美。「ヨシカワくん」と甲高い声で叫んだりして。
 個人的には水野美紀と高畑淳子が母娘を演じたら、なんて思っている。




 水野美紀を知ったのは金子修介監督「ガメラ2 レギオン襲来」だった。札幌市青少年科学館の学芸員役。冬の札幌といったら相当の寒さだろうに、始終ミニスカート姿というのがおかしいが、ヒロインとしてとても魅力的だったことは確か。たぶんに金子監督の戦略(趣味嗜好!)だと思う。
 この後、TVドラマ「踊る大捜査線」の雪乃役で人気女優の仲間入りするわけだが、個人的にも好きなタイプだったので、ファンを自認するようになる。

 数年後、 「千里眼」(松岡圭祐/小学館)というミステリを読んだ。元自衛隊のエリートパイロットにして、今は心理臨床士(心理カウンセラー)として働くヒロイン・岬美由紀が日本壊滅を狙うカルト教団の陰謀を阻止せんと活躍する物語。読了して「これは映画になる!」と思った。何よりクライマックスのドッグファイトをスクリーンで観たいと。岬美由紀が私服でF-15に乗り込み東京湾上空で敵と戦うのだ。
 しかし、白衣姿が似合って(知的な雰囲気があって)、なおかつアクションができる若い女優が日本にいるだろうか? しばらくして、水野美紀主演で映画化とのニュース。確かに心理カウンセラーは適役だ。でも、肝腎のアクションができるのだろうか? なに、倉田プロモーション出身!? アクションの切れを確認するため、日本資本の台湾アクション映画「現実の続き夢の終わり」を観たりもした。とてつもなく「千里眼」の公開を心待ちにしたものだ。
 ここらへんのことは映画「千里眼」のレビューにこと細かく書いている。まあ、映画の出来には裏切られたものの、水野美紀のアクションに惚れ惚れした次第。これを機会にアクション女優・水野美紀の活躍が見られると喜んだのだが、その後、その手のドラマ、映画は生まれなかった。結局、彼女のアクションに注目したプロデューサーはいなかったということだろう。

 一時、「天使の囀り」(貴志祐介/角川ホラー文庫)の映画化が噂されたことがある。監督には、あの長谷川和彦の名前があがって不安視しながらも期待したのだが、案の定、その後の情報は何も入ってこない。監督の交代は十分予想できたものの、企画自体が流れるとは思っていなかった。残念だった。そこで、自分なりに、どんな映画にすれば面白いか、考察したことがある(「こんな映画が観たい!」 まぐま14号掲載)。このときもヒロインの精神科医に水野美紀をキャスティングして、異形の敵との戦い、アクションを夢想したものである。
 この数年、TVで水野美紀を見かけなくなった。大手事務所を辞め、芝居に力を入れているという。それも悪くはないが、彼女を起用してアクションものをやろうというプロデューサーや監督がいないことに不満を覚えてきた。
 
 久々にアクションに挑戦する「刀狩るもの ~二本松の冒険~」(監督:都築宏明)を知ったときは、ほんとうれしかった。

 この項続く




 今、「服部という苗字の音楽家といえば?」と問われて脳裏に浮かぶは誰だろうか。40代、50代は服部克久かもしれない。僕が服部克久の名を覚えたのが中学時代。フジテレビ系の音楽番組「ミュージック・フェア」だった。音楽監修のクレジットに前田憲男といっしょにクレジットされていたのだ。
 当時、この番組には赤い鳥がよく出演していた。司会は長門裕之、南田洋子夫妻。その縁だと思うが、後藤さんと平山さんの結婚式の媒酌人をつとめている。また赤い鳥解散後、ふたりが結成した紙ふうせんのファーストアルバム「またふたりになったね」では服部克久が名アレンジャーぶりを発揮している。知っている人はほとんどいないのだが。

 この10年ばかり、TVや映画の音楽クレジットで見かけるのは服部隆之。服部克久の息子さんだ。調べてみたらゴジラ映画も担当しているんですね。知らなかった。
 息子さんの名前を見るたびに感嘆していた。「3代にわたって、作曲家としてそれも第一線で活躍するなんて、服部家はすごい!」
 服部克久の父親、服部良一といえば、歌謡曲の大御所作曲家として、僕にとっては古賀政男とセットになって記憶されている。ポップスの服部良一、演歌の古賀政男。二人ともまだ絶対的な権威があった日本レコード大賞のプレゼンターとしてその晩年の姿を記憶している。
 服部メロディーの偉大さを思い知らされるのは、大人になってからだが、考えてみれば、笠置シズ子のブギウギなんて、子ども心にとんでもないインパクトを感じたものである。

 12日(土)、東京芸術劇場小ホール2で「上海、そして東京の屋根の下で -服部良一物語 J-POPの夜明け-」観劇。戦時中、陸軍の要請で上海に赴いた服部良一と中国の音楽家たちとの交流を描いた音楽劇だ。一昨年クライマックスで感動して、今回も水木ノアさんが出演するといくこともあって、また足を運んだわけだ。一昨年、いくすじもの涙が流れたクライマックスも、今回は落ち着いて観ていられた。で、思ったのだが、この芝居、服部良一は主人公というより狂言回しじじゃないかということ。では主役は? 戦中から戦後にかけての時代そのものではないか。

 映画、もしくはスペシャルドラマに最適な素材ではある。手間も金もかかるだろうけど。




 立川談四楼師匠の処女作「シャレのち曇り」がやっと文庫になった。このときをどれだけ待ち望んでいたことか。

 最初の出会いは9年前、地元(川口)の図書館だった。タイトルと作者の名前でピンときた。ああ、あの噺家さんの小説がこれなのか。
 立川談四楼という噺家を知らないわけではなかった。落語協会が導入した真打昇進試験に落ちたこと、それが契機となって、師匠の談志が落語協会を脱退、落語立川流を旗揚げしたこと、また、本人がこのときの顛末を小説にして発表したこと(小説家デビューしたこと)、一連の出来事はすべてスポーツ新聞からインプットしていたのである。

 それはこの噺家のプロフィールに関係がある。まず目を捉えたのが出身地だった。群馬県邑楽町。太田と館林の間に位置する町で、別名怪獣王子の町。「オーラ!」なんちゃって。続いて出身高校に瞠目した。群馬県立太田高校卒業。な、何と、わが母校の先輩ではないか!
 親近感を覚えたものの、ただそれだけだった。当時、落語は好きだとはいえ、深夜番組の「らくご in 六本木」に夢中になるくらい(二つ目志ん五の与太郎噺が大好きだった)、一人で寄席やホール落語に通うほどの度胸がなかった。いくら高校の大先輩だといっても、生の高座を見ようなんて気は起きなかったのである。

 「シャレのち曇り」を読んで、大いに後悔することになる。なぜ、あのとき高座を聴きに行かなかったのか。小説が出たときに、どうして真っ先に読まなかったのか。
 すっかり小説世界にはまって、続けて短編集「石油ポンプの女」を借りてきた。これまたやたらと面白い。次は長編「ファイティング寿限無」。長編ということで、多少こちらも身構えたが、何のことはない、ノックダウンである。「落語もできる小説家」のキャッチフレーズは伊達ではなかった。完全に小説家・立川談四楼のファンになった。

 小説を読んでいると、どうしても生の高座に触れたくなってくる。下北沢の神社で偶数月に独演会を開催していると知り、誕生日である10月15日、意を決して足を運んだ。北澤八幡の場所も調べずに行ったものだから、最初迷いに迷った。「目黒のさんま」と「柳田格之進」の二席。声の迫力と艶に魅了された。行間ににじみ出ている落語に対する自信は嘘でなかった。感激した。
 1年後だったか、久しぶりに12月の独演会に伺うと、終了後に忘年会をやるという。このとき初めて会話を交わしたと思う。現在、独演会終了後の打ち上げ(交流会)は恒例となっているが、たぶんこの忘年会がきっかけで始まったのではなかったか?

 今度は噺家・立川談四楼のファンになって、独演会の常連になる。もちろん、小説家、というか、文筆家・立川談四楼ファンをやめたわけではない。週刊新潮の書評、BURRN!のコラムは毎月の楽しみになった。このころから、新刊は必ず購入するようになったが、そうなると、これまで読んだ本も手元に置きたくなる。「石油ポンプの女」と「ファイティング寿限無」、 「師匠!」は古書店で手に入れた。しかし、「シャレのち曇り」とエッセイ集「どうせ曲がった人生さ」はどうしても見つからない。ネットで探してもダメだった。

 去年だか、一昨年だか、むしょうに「シャレのち曇り」が読みたくなった。するとどうだろう、ネットをあたったら、安価で売りにでていた。早速注文。再読して、感動を新たにした。
 読了して思った。どうして、この小説は文庫にならないのだろう? 絶版になったまま放っとくのはもったいない内容なのだ。
 落語ファンにしてみれば、真打昇進試験の実態や落語立川流旗揚げの真相が描かれているところが興味深い。落語ファンでなければ、リアルな落語業界の人間関係に関心がいくかも。登場人物はほぼ実名だから嘘っぽさはまるで感じない。なんたって主人公は「談四楼」なのだ。後輩に先を越されて落ち込み、真打昇進試験に落ちては悩み、売れない毎日に自棄酒を飲む。かなり赤裸々な心情吐露がある。協会批判も徹底している。しかし、そこかしこにユーモアが散りばめられているから嫌味なく読める。ラストは希望に溢れ、爽快感が全身をかけめぐる。
 3回目の読書でも同じ印象を持ったのだから絶対保障できる。

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 「シャレのち曇り」(立川談四楼/ランダムハウス講談社文庫)




 昨年、わが家は液晶TVに買い換えた。
 現在、アナログと地上デジタル、どちらも観られる環境にある。とはいえ、一度、地デジに触れたらアナログなんて見られない。それほど画像の鮮明度が違うのだ。だいたい横長のフレームサイズ(16:9)だったら、サイズ一杯の画面を楽しみたいというもの。両端が黒くなる画面(4:3)なんてせせこましいったらありゃしない。

 たまに、同じ番組をアナログ、地デジと瞬時にボタンで切り替えて見比べてみる。タイムに若干のズレがあるのがおかしい。合間に時報があるとき、この時間差はどうなるのだろうか?

 もう一つ気になることがある。フレームサイズのことだ。
 たとえば、「相棒」というドラマ。アナログでは当然4:3(ビデオサイズ)である。これが地デジになると、ちゃんと16:9(ハイビジョンサイズ)になっている。同じ作品に二つのサイズが存在していることが何とも不思議なのだ。
 もしビデオサイズで作られているなら、地デジ放送では両端が黒くなるはず。また、ハイビジョンなら、アナログ放送で上下が黒くなっていなければおかしい。平成の仮面ライダーシリーズはハイビジョンで制作されていて、放送では確か上下が切れていたように思う。

 サイズ(構図)は作者がまず神経を注ぐものではないか? というか、もし二つのフレームサイズが存在するなら、ディレクターはどうやって各カットの構図を決めるのだろうか。撮影現場のモニターに二つのサイズの印があって、どちらにもぴったりくるものを選択しているのか。あるいは大は小を兼ねるとの論理で、ハイビジョンで撮影したものを、アナログ放送では、単に両端を切ってビデオサイズにしているだけなのか。だとするとアナログ視聴者はずいぶんバカにされたものである。
 本当のところはどうなのでしょうか?




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
私家本「僕たちの赤い鳥ものがたり」
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」

神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。遊びにきてください。

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