「まだ禁煙しているの?」
「禁煙って言わないでよ、プレッシャーになるからさ」
「7月になってからだよね、きんえん、じゃなくて、喫煙しなくなったの」
「『夕』という芝居を観劇した翌日から」
「ということは、4日からか。もうすぐ2ヶ月になるんだ」
「厳密にいえば、2回ほど呑みの席で吸っているんだけどね。友だちがすすめるんだもん(笑)。でも、本当に2、3本。それでまた吸いたくなってという風にはならないから」
「セブンスターが300円で買えなくなったら、煙草やめるって宣言していたけど、どうして、7月からなの?」
「taspoが導入されたから!」
「アンチtaspo派だったもんでねぇ」
「当たり前だよ、な、なんだ、あのカード」
「まあ、確かに評判よくないみたいだけど」
「未成年者に喫煙させない、自動販売機で買わせない、なんていう趣旨、詭弁のような気がするんだよな」
「吸いたい奴は、どんな手使ったって、煙草手にいれるだろうし」
「煙草はそうやって規制するくせに、アルコールがそのままなのは不公平じゃないか!」
「ああ、確かに」
「だいたい、写真添付というのが嫌だ。自動販売機で使用する際に、誰か本人かどうかチェックするというのか!」
「あまり普及していないって話だし」
「本当はね、川崎チネチッタで『REC』を観たあとなんだよ。やめようかなと思ったの」
「何かあったの?」
「チッタって、もう何年も前に喫煙所が劇場の隅っこに追いやられたのね。それが、今度は撤去すると張り紙があって」
「最近、多くなったね、禁煙の劇場」
「どうして、そこまで喫煙者が虐げられなければならないかと、哀しくなって。タクシーが禁煙でしょ、新幹線だって、もうすぐなるでしょう。カフェだって、まったく喫えないところあって」
「そういえば、自宅でも文句言われるって嘆いていたね」
「ベランダで喫ったあとに部屋に入ると、臭い、臭い、って批難ごうごうだからな」
「ほんと、喫煙者って肩身が狭いよね」
「そこまで規制されるなら、いっそのこと、大麻のように全面的に禁止にすればいいんだ」
「まあまあ」
「だからね、値上げしてやめるんだったら、今やめても同じだよなと思って」
「なるほど。でも禁断症状ってでないんだ?」
「うん、コーヒーや酒を呑むときは少し口がさびしいけど」
「とにかく、頑張って」
「煙草やめてから、精神衛生上良いことがあるんだ。カフェを利用するとき、喫煙できるかどうか、チェックする必要がないこと。これ、ほんと、うれしい!」




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 承前

 映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」は、冒頭に描写の中に一部フィクションを含む旨の断り書きがあった。
 3時間10分の映画の中で、構成上、あるいはスタッフというか監督自身の心情を反映させる手段として考慮したのではないかと思われるエピソードが3つばかりあった。
 1つは永田洋子の指示で遠山美枝子が自分で自分の顔を殴り続け、醜く変貌するくだり。2つめは、あさま山荘に立て籠もったのち、メンバーの一人がキッチンにあったクッキーをつまみ食いし、別のメンバーに「総括しろ」と迫られるくだり。そして、3つめは最終決戦をむかえるにあたってリーダーの坂口が発した言葉に対して加藤兄弟の末っ子が見せた執行部に対する怒り。「勇気がなかったんだよ!」
 遠山美枝子のエピソードは、永田洋子の容姿に対する嫉妬を強調させるためだと思った。人間には自衛本能があるから、一発や二発なら殴れても、それ以上は無理なのではないかという疑問もある。
 つまみ食いは、凄惨なリンチ殺人の「総括」「自己批判」のくだらなさの対比として。末っ子の怒りは、それこそ映画スタッフの連合赤軍メンバーへの〈総括〉だろう。
 自分自身にはそう思えたのだが、実際はどうだったのか。それが知りたくて関係書をあたろうと図書館で探していたら「連合赤軍 少年A」(加藤倫教/新潮社)を見つけた。映画のエンディングロールにも参考資料としてクレジットされていた本でもある。

 著者は加藤三兄弟の次男。映画では夜中に恋人とイチャイチャしていた理由で恋人とともに(結果的に)殺された長男、ラストで気持ちを爆発させる三男に比べて目立つ存在ではなかった。
 長男は殺され、次男、三男は、あさま山荘事件の犯人であり、リンチ殺人事件の加害者側の一員。この事実に両親の嘆きはいかばかりかと思うが、著者は学生運動にのめりこむ要因は父親にあったと書いている。確かに反感を買う性格ではある。

 〈総括〉の定義が書かれていてありがたかった。映画を観ていて一番の疑問はこの言葉の定義だったかもしれない。

     ◇
誤りを犯したとすれば、単に反省するとか、自分の非を認めて「自己批判します」と言うだけでは足りなかった。その誤りを引き起こした思想的な原因を、自己史の分析にまで深く掘り下げて、誤りを引き起こす根本原因を解明し、その克服方法までを自ら提示する。それが「総括」という言葉の意味だった。
     ◇

 その方法を本人が提示しても、それでは総括にならないと一蹴されてしまう。総括とは死ぬことではないか思えてきたほどだ。
 森恒夫はかつてデモ集団から逃げ出した恥ずかしい過去がある。しばらく郷里でくすぶっていたが、結局頭を下げてまた活動に参加するのだが、その際、先輩から「総括せよ」と言われた。
 この汚点をつけばよかったのだ。自分が提示した総括にナンクセつけられたら、「だったら、森さんはあのときどうやって総括したんですか?」

 リンチ殺人について、著者はごくごく普通の感覚(感想)を持っていた。
     ◇                            
 ――あのとき、誰かが声をあげさえすれば、あれほど多くのメンバーが死ぬことはなかった……。 
     ◇

 と書いているのだ。
 にもかかわらず、そうできなかったのは、「革命」という目標を優先し、執着したから、だという。
 体制に反発するのはいいとして、そのための武器として、交番の警察官を襲い、ピストルを奪いとろうとしたり(これは失敗)、銃砲店を襲撃して銃を奪う(こちらは成功)行為を目の当たりにして、何も感じなかったのか。
     ◇
 革命左派の軍事路線から当然あり得ることだったので、驚くことではなかったが、(略)
     ◇
 
 これが時代ということなのか。
 だが、亡くなった12人たちは、本当に総括すべき理由で断罪されたのか? 単なる独裁者(永田洋子や森恒夫)の犠牲者ではないか! 髪が長いとか、いつも化粧しているとか、夜中に男女が密会しているとか。そんなことは一度注意すれば澄むこと。うまれたばかりの赤ん坊と女房をつれて、活動に参加してきた仲間を受け入れてしまう(著者は疑問に思ったというが)、体質とか、やはり常識が通用しない団体であることは理解できた。

 著者は最後に、連合赤軍の事件とオウム真理教のそれと類似しているとの世間の反応に根本的な部分で共通していることを認めつつも〈あえて許してもらえれば〉と反論している。
 その理由は一見もっともらしいけれど、結局のところ、第三者からみれば同じことだと思わざるをえない。
 法政大学で真剣に活動を続けていたあの女性も、同じような状況になったときには、暴力を認めるのだろうか? 人殺しに加担するのだろうか? 
 
 さて、フィクションと思えた3つのエピソードだが、遠山美枝子は自身で殴ったとの記述がある。つまみ食いと弟の怒りについてはまったく触れられていなかった。もう少し関係書をあたる必要があるか。




  昔の夢にすがりついてる
  愚かな野郎たちへ

  昨日の夢は昨日で終りさ
  明日の希望となりえない

  白い帽子も白いマスクも脱ぎさって
  自分の言葉で語りなよ

  何かに燃えたい気持ち
  痛いぐらいわかるんだけど

  俺たちほかにやりたいこと
  もっとたくさんあるはずさ


 僕が法政大学に入学したのが1979年の4月。学生運動はすでに時代遅れといった感じになっていたが、法政大学はさにあらず。キャンパス内ではあの独特な書き文字(ゲバルト文字)の看板が立ち、ヘルメットをかぶりマスクやタオルで口を覆ったスタイルの学生をよく目にした。前年に現役で入学した友人から大学が〈中核派の拠点〉であることを教えられた。この中核派のおかけでもう何年も後期試験が実施されていないことも。
 実際、試験初日に武装(?)した学生がなだれ込んできて教室をメチャメチャにして中止に追いやられたと話してくれたことがある。学生運動なんて愚の骨頂と考えていた僕だが、この〈後期試験がない〉事実だけはありがたかった。なのに、入学したとたん大学側が強硬手段をとって、あっさり復活してしまったのは残念至極。
 
 中核派の拠点を象徴するのが学生会館(通称・学館)だった。学生によって自主管理された建物でホールや会議室のほか、各サークルの部室が入居していた。建物の完成前に中核派が占拠して、自分たちで管理するようになったのだ、だから内装がコンクリート剥き出しなのだ、と先輩が言っていた。
 所属する自主映画のサークルの部室が8階にあった。学館に部室を持つサークルはすべて某団体に加盟しており、この団体が、毎年春にサークルの代表者を集めてG・L・Cと呼ぶ旅行を実施する。G・L・Cが何の略なのかもう忘れたが、旅館に二泊し、学習会を行なうのだ。このイベントが部員に不評だった。なぜなら、団体のTOPが中核派で、学習会というのは、中核派のお偉いさんの演説を聞かされる場だったからである。

 G・L・Cに参加して演説を目の当たりにしたのが大学2年のときだった。場所は千葉の白浜。同学年のIと一緒に参加した。二日目の朝に大平首相急死のニュースを知り、驚いたことをはっきり覚えている。
 さて、学集会だが、噂に聞いていたとおりつらいものだった。最初は、大学内の諸問題に関する検討なのだが、徐々に論点がずれて、しまいには幹事がそれこそ口角泡を飛ばしながら三里塚闘争を語る様相になっていく。これが夜遅くまで、延々と繰り広げられるわけだ。
 三里塚で機動隊と衝突した面々。この幹事もメンバーの一人だった。機動隊の暴行でかなり怪我を負っている。火炎ビンを投げつけたいが、もう残っていない。
 彼は何をしたか。
「小指を引きちぎって投げつけたんだ!」
 小指はその前から(怪我して)ブラブラしていたらしい。

 学生運動で世の中は変えられない。それは1972年の連合赤軍によるあさま山荘事件とその後公になったメンバー間におけるリンチ殺人で決定的な事実になったのではなかったか。あるいは、1978年に成田空港の開港によって、三里塚闘争は、反対派の暴力行為のみ浮き彫りにされていったような印象がある。1980年代になると、学生運動=アナクロニズム、だった。
 ゆえに、小指を投げ捨てたとアジる中核派幹部の人は、笑いの対象でしかない。もちろん、その場では神妙に聞いているふりをしていたが。

 キャンパスで見かけるヘルメット、マスク姿の学生の中に一人、足に障害を持った女性がいた。ちょっと小太りの、穏やかでやさしそうな容貌。外見からはまるで学生運動と無関係に思える彼女が、黙々とビラを配ったりしている。そんな姿を見るたびにいつも思っていた。彼女を学生運動に駆り立てるものは一体何だろう? 

 この項続く




 承前

 談四楼師匠の「一回こっくり」は2度目になる。「大銀座落語祭」が初めて開催された2004年のプログラム〈落語珍品堂〉で聴いて以来のことだ。2004年と書いて今ごろ気づいたのだが、「大銀座落語祭」はアテネオリンピックの年に始まって、北京オリンピックの年に終了するのか。

 大工夫婦が幼くして死んだ息子の幽霊に身の危険を助けられる。一回だけ両親の前に現れることを許された息子は、ふたりに自分の死は自分の不注意であること、苦しまずに成仏できたことを告げ、いつまでもクヨクヨしないでと励まして去っていく。息子を亡くした悲しみから何とか立ち直った夫婦に親を失った幼い娘を引き取ってほしいとの話が舞い込んで……という人情噺。
 8年ぶりに上梓される小説のタイトルが「一回こっくり」。たぶん自伝的な内容になるのだろうが、その最終章がまるまる創作落語「一回こっくり」ということで、今回一足早い披露となった。

 江戸を舞台にした創作落語ではあるけれど、エッセイ集「どうせ曲がった人生さ」(毎日新聞社)の「死について」の章で大泣きした者としては、別の思いが去来する。夏休み前に急死してしまった弟さんの思い出。ピカピカの小学1年生、にもかかわらず初めての通信簿をもらうことなく逝ってしまった悔しさ、無念さ。それが、3人の息子さんたちの、小学生になって迎える最初の夏休みに直結する。一つの目標、目安にしていたというのだから、当時の胸の内がわかるというもの。
 大工夫婦の心情に弟を亡くした高田少年のそれがダブり、単なる創作落語とは思えなくなってしまうのだ。なおかつ、「大銀座落語祭」のときにはそれほど意識していなかった主人公の職業。腕のいい大工で、親方から独立を示唆される。師匠のお父さんも大工なのである。ということは、幼子を亡くした大工夫婦には、師匠から見た当時の両親の感情も反映させているのかもしれない。自分が親になったからこそわかる両親の気持ちというか。

 師匠の人情噺を聴いていて思うことがある。
 何年か前に某朗読の会で宮部みゆきを特集した。若手とベテランの女優二人、大ベテラン役者、計3人が宮部みゆきの短編を朗読したのだが、3番目に登場した役者なんて、まさに高座の味わいがあった。
 で、思ったのだ、師匠に宮部みゆきの短編を語らせたら面白いだろうな、と。噺家なのだから、朗読ではなく、短編の世界を落語のように語って(演じて)もらう。宮部みゆきの時代小説、特に短編集は長屋が舞台の人情ものが多い。職人や商人の生活が活写される。「ぼんぼん唄」「大工調べ」「らくだ」を得意とする師匠にはもってこいの世界なのだ。
 もうひとつ、師匠自身が大ファンである藤沢周平の短編もある。こちらは下級武士の世界。「柳田格之進」「井戸の茶碗」が十八番の師匠にはぴったりではないか。
 
 


2008/08/15

 「談四楼独演会 第159回」(北澤八幡神社 参集殿)

 小泉元首相が靖国神社に参拝した、現職大臣の誰と誰も参拝した、福田首相の参拝はなく、全国戦没慰霊追悼会に出席した、そんなニュースばかりが目につく終戦記念日。
 神社は神社でも北澤八幡に足を運んだ。偶数月15日は「談四楼独演会」なのだ。


  立川らく兵「出来心」
  立川松幸「黄金の大黒」
  立川三四楼「元犬」

  立川らく次「桑名船(鮫講釈)」
  立川談四楼「三方一両損」

  〈仲入り〉

  なべおさみ 啖呵売
  立川談四楼「一回こっくり」


 開口一番はらく兵さん。「出来心」は初めて聴く噺だが、シチュエーションにピンときた。貧乏長屋に空き巣に入った泥棒が急に住人が帰ってこられて縁の下に隠れる。盗まれるものなどほとんどないにもかかわらず、住人は空き巣に入られたことを口実に、大家に対してあれもこれも盗まれたと大騒ぎ……。これ、市川崑監督「かあちゃん」の冒頭エピソードで引用されているのだ。大家役が小沢昭一で(長屋の住人は石倉三郎)、まるで落語だなあと思ったら、本当に落語のネタだったわけ。

 新二つ目シリーズのらく次さん。前座のときは独演会のレギュラーみたいな感じだったが、久しぶりに聴いて、その成長ぶりに驚いた。まさに二つ目の貫禄。二つ目になってもう1年経つんだよなあ。「桑名船」も初めて聴く噺。

 ゲストはなべおさみさん。僕ら世代のなべおさみ第一印象は「シャボン玉ホリデー」のキントト映画の監督だろうか。ハンチングをかぶったニッカーポッカー姿の人。小学生のころは映画監督のイメージといったらこれだった。もちろん、ハンチングやニッカーポッカーなんて名称は知らなかったけれど。
 「定本 日本の喜劇人」でも取り上げられた。筆者の中原弓彦(小林信彦)がテレビ局でハナ肇に会って外に出るとまったく知らない青年が走ってきて名刺を渡される。名刺には〈三枚目修行中の男/ハナ肇 付人/なべ・おさみ〉とあり、経歴が細かく書いてあって、最後に〈お買い求めは三年後!〉と結んでいる。こんな積極的な奴が日本にもいるのか、と小林信彦を唖然とさせた由。

 なべおさみさんが車寅次郎よろしく、ステテコ、ダボシャツ、腹巻姿で登場してきた。当然、手には皮の鞄が。印象は昔と変わらず、というか、全然変わっていない。檜舞台をマクラに芸の話へ。2年前に亡くなった祖父の姿が浮かんできた。口跡が似ているのだ。話の中に何度も〈ウラ〉という言葉がでてくる。もしかして後であの話題に持っていくのか? 予想したとおり、息子さんの明治大学裏口入学の話へ。でもあの事件、裏口というより〈替え玉受験〉というのがマスコミの格好の標的になったような気がする。山田洋次監督に認められ「吹けば飛ぶよな男だが」に主演するものの、「売れても高級な車に乗って撮影所に来る俳優になるな」と忠告されたのに、その戒めを忘れて(大いなる理由があるのだが)「キネマの天地」まで干されたこと。山田監督と出会ったころ、さまざまな香具師を訪ねて啖呵売の口上を調べていたら、後年、渥美清の主演で「男はつらいよ」を撮ってしまわれたこと。「啖呵売を教えたのはオレなんだけどなあ」
 その口上を使って自著「病室のシャボン玉ホリデー」10冊を鞄から取り出し、紹介。見事売り切ってしまった。

 この項続く



「広瀬正って知ってる?」
「『キングコング対ゴジラ』でキングコングを演じた東宝の大部屋俳優!」
「それは広瀬正一!」 

 広瀬正。1970年代に急逝したSF小説家だ。以前古書店でこの作家のショートショート集「タイムマシンの作り方」を見つけて読んでいる。代表作は「マイナス・ゼロ」。その文庫が復刊した。
 タイムマシンを題材にしている以外どんなストーリーなのか知らなかったのだが、読んでいて思った。
 これは小林信彦「うらなり」に通じるものがあるのではないか。
 「うらなり」の冒頭では、昭和9年の銀座が活写されている。「マイナス・ゼロ」は途中から昭和7年の梅ヶ丘が舞台になって、銀座も登場するのだ。

 昭和20年、空襲が激しくなっていたある日のこと。中学生の俊夫は、隣家の先生から奇妙な頼まれごとをされる。先生が焼夷弾に直撃され命を落とす寸前だった。「18年後の今日、この場所に来てほしい」 そういえば、そのときから先生の一人娘が行方不明になってしまったのだ。俊夫より3歳年上で、名前は啓子、俊夫の憧れの女性だった。
 昭和38年、某企業で部長に出世していた俊夫は約束の場所で待っていると、行方不明になっていた啓子が現れた。18年前と同じ服装、容貌で……。隣家の先生は未来人? 自分が乗ってきたタイムマシンで娘の命を救ったのか? 

 こうして啓子にとって未来の昭和38年を舞台にしてストーリーが進むと思っていると、思わぬ事態に直面する。実験のためタイムマシンで昭和9年に飛んだ俊夫が、なぜか2年早い昭和7年に漂着し、なおかつ突発的事件でその時代に取り残されてしまうのだ。
 俊夫はどうやって元の時代に戻るのか? 離れ離れになってしまった啓子と再会することができるのか?

 昭和7年に舞台が移ってから、とび職親子との交流は心温まるものだが、まったく展開が読めなくなった。それまでは、俊夫と啓子がタイムマシンを使って、昭和38年からもうひとっ飛びして、小説の書かれた昭和40年代の話(つまり現代の話)になるのかと予想していたのだが。
 ただし、中盤でオチがわかった。それまで登場してきた謎めいた人物の正体が誰なのか見当つくのだ。たぶん誰でも予想できることだろう。で、その通りになっていくわけだが、一番の謎が解明されるくだりで「こういうこともありなのか!」と叫んでしまった。

 広瀬正の小説は7月の「マイナス・ゼロ」を第一弾に、6ヶ月連続刊行される。

 




 今年4月にちょっとだけ撮影に協力した稲葉奇一郎監督の「リサイクル」。それまで完成させた映画同様、お披露目なんてないと思っていたのだが、8月に上映されるという。そうか、「怪奇劇場Ⅳ」の参加作品だったのか。
 自主映画制作団体B-SHOT PICTURES(代表:山岸信行)が主催するホラー映画だけを集めた上映会だ。昨年、初めて「怪奇劇場Ⅲ」を観に行ったのだが、バラエティに富んだ内容でかなり楽しめるイベントだった。

 しかし、協力といっても、新宿の居酒屋で撮影したときは、タイトルはもちろん、どんなストーリーなのかも知らなかった。それは今も同じ。いったいどんな映画になっているかは上映会のお楽しみといったところか。
 興味ある方はぜひ!

          記

 「B-SHOT PICTURES’怪奇劇場Ⅳ」 

●日時:2008/08/23(土) 19:00~22:00
     2008/08/24(日) 13:00~17:00

●場所:シネマボカン(BAR GARIGARI)
     東京都世田谷区代沢2-45-9 飛田ビルB1F
              (井の頭線池ノ上駅徒歩0分)

●内容

【本編企画】

「ミスターベー2 殺人的魔王」(監督・主演:阿部誠 26分)
「ブラックホール」(監督・主演:新津東二 17分)
「リサイクル」(監督:稲葉奇一郎 主演:水木ノア 24分)
「X-RERORT」(監督:木野吉晴 主演:菊地芽衣子 約17分)
「The Obsession」(監督:山岸信行 主演:佐竹麻希 40分)

【特別企画】

「?」(監督:古川達郎) 
「24日の木曜日 毒々デッドリーナイト」(監督:岡本泰之 主演:まつだ壱岱 約8分)
「してはいけないこと」(監督:有瀬訓晴 主演:千葉竜吾 約5分)




 封切時に見逃した。絶対スクリーンで鑑賞したかったので、新文芸坐の1日だけの上映(特集:映画を通して社会を見る。)はありがたかった。

 高橋伴明監督「光の雨」はビデオ(DVD)になってもいまだに観ていない。原田眞人監督の『突入せよ!「あさま山荘」事件』を真っ先に観たのとはえらい違いだ。
 なぜか? 連合赤軍の映画は長谷川和彦監督のメガフォンの作品を高校時代からずっと待ち望んでいたからだ。しかし、若松孝二監督が連合赤軍映画を撮ってしまってはもう永遠に企画のままで終わってしまうかもしれない。そう考えてのこと。

 3時間を超える上映時間がまったく苦にならなかった。観終わって、くるものがあった。
 まず、連合赤軍が成立するまでの時代背景、人物説明が巧い。原田芳雄のナレーションと字幕の併用が効果的だ。これで1970年代のあの時代へすぐ飛ぶことができた。主要な登場人物が、坂井真紀を除いて普段あまり見ない俳優たちによって演じられていたことも要因だろう。

 映画「光の雨」は観ていないが、立松和平の小説は読んだ。メンバー12人が殺される凄惨なリンチのくだりは、悲劇を通り越してまさに喜劇だった。「ソ・ウ・カ・ツ そして誰もいなくなった」というタイトルでコメディになると思ったくらいだ。実際に映像で見せられてもその思いは変わらない。何度も吹き出しそうになった。が、誰も笑わない。もちろん辛いシーンの連続である。いっそのこと、「嫌われ松子の一生」のようにミュージカルでやったら……ヒンシュク買うのだろうな、たぶん。

「自己批判せよ」
「総括せよ」
 森恒夫と永田洋子の言葉はギャグそのもの。
「総括って何をどうすればいいの?」
 遠山美枝子の言葉に真実味を感じる。
 もし全員でその意味するところを教えてくれと迫れば、二人は何と答えたか。

 あさま山荘のシークエンスは、犯人をまったく描かなかった『突入せよ!「あさま山荘」事件』のアンサーソングのようだ。メンバーの一人がクッキーをつまみぐいして、もう一人が「自己批判せよ」と迫るところは、事実なのか、それとも映画用のフィクションなのか。どちらにせよ、ここはぜったい笑うべき箇所だろう。笑え、笑え、笑い飛ばせ!

 攻防の最終日、加藤三兄弟の末っ子が、坂田弘たちに叫びまくるところも、フィクションかもしれないが、若松監督の怒りを見た思い。バックに流れる歌とともに胸を刺す。
 全編を流れる音楽(ジム・オルーク)、ギターの音色が、ハードっぽいものも、メロウなものも、皆、当時を感じさせてくれる。かなり映画に貢献しているのではないか。



●「これでも朝日新聞を読みますか?」(山際澄夫/WAC)


●「『噂の真相』25年戦記」(岡留安則/集英社新書)


●「笑う怪獣 ミステリ劇場」(西澤保彦/新潮社)

 怪獣が出現するシチュエーションでミステリが書けるのか? 書けるんですな、これが。ばかばかしい話ばかりだが、トリックに関しては、ああなるほどと思えるものもある。


●「小説こちら葛飾区亀有公園前派出所」(原作 秋本治/集英社)


●「オタクバカ一代」(村濱章司/角川書店)


●「シャレのち曇り」(立川談四楼/ランダムハウス講談社)


●「紳士同盟」(小林信彦/扶桑社文庫)

 長らく絶版のコン・ゲーム小説の傑作が扶桑社文庫で復刊された。
 それにしても時代だなあと思ってしまう。2インチのビデオテープだもの! TV局を舞台にした詐欺は、これまた時代を反映している。当時のTV局は入ろうと思えば誰でも入れた。セキュリティなんてあってないようなもの。
 理不尽な理由でTV局を馘首されてしまう主人公。この理不尽さの元ネタって、久世光彦だろうか? 久世光彦が番組の打ち上げ(?)で樹木希林に共演女優との不倫関係を指摘されてTBSを退社したのが1979年。小説が週刊サンケイに連載されたのも同年。ちと近すぎるか。単なる偶然かも。
 ストーリーの面白さもさることながら、この復刊本の一番の魅力は解説にあるのではないか。その数がすごい。まず「作者自身による解説」、続いて松田道弘の「被害者を探せ」(新潮文庫の解説だった)、永井淳の「本格的コン・ゲーム小説の登場」(新潮社「波」掲載)、最後に扶桑社文庫版の解説として杉江松恋の「解説」。この解説群を読むためにも、小林信彦マニアは買うべし。


●『あなたの隣の「怖い噂」』(宇佐和通/学習研究社)

 単なる「都市伝説」の採取だったら読まなかった。その発信源を見つけようとする趣旨が面白い。


●「どうにもとまらない歌謡曲 七○年代のジェンダー」(舌津智之/晶文社)

 歌詞を解説するのはいいのだが、自分に都合の良い解釈もあるような。


●「人生読本 落語版」(矢野誠一/岩波新書)


●「定本 日本の喜劇人 喜劇人篇」(小林信彦/新潮社)
●「定本 日本の喜劇人 エンタテイナー篇」(小林信彦/新潮社)


●「封印されたミッキーマウス」(安藤健二/洋泉社)


●「ニッポンお笑い進化論 笑論」(監修 須田泰成/バジリコ)




●「日本アニメーションの力 85年の歴史を貫く2つの軸」(津堅信之/NTT出版)


「笑う男道化の現代史」(小林信彦/晶文社)

 池袋の古書店で見つけた。あるとは思わなかった。それほど高価でなかったので即購入。一度図書館で借りて読んでいる。


●「世間知らず」(小林信彦/新潮社)

 これも池袋の古書店で買い求めた。
 後に新潮文庫「背中合わせのハートブレイク」になった。「世間知らず」が死語になって世間で通じなくなったというのが、改題の理由らしいが、せっかくの青春小説の傑作がこの改題で台無しになったと個人的には思っている。だからこそ、この小説は単行本で持っていたいと常々考えていて、やっと見つけだしたというわけだ。


●『「反日」日本人の正体』(井沢元彦/小学館)

 北朝鮮が国家として成り立っていること事態が理解できない。国家ぐるみで誘拐を行なっていて、罪の意識もない。世襲で国家が成り立つなんて愚の骨頂。そんな国となぜ正常な国交を結ばなければならないのだろう。なおかつ、そんな国に肩入れする人がいるなんて。


●『植木等伝「わかっちゃいるけど、やめられない!」』 (戸井十月/小学館)

 直接、本人にインタビューしているにもかかわらず、いまいちのインパクト。


●「脚本通りにはいかない!」(君塚良一/キネマ旬報社)

 韓国映画「シュリ」と「太陽を盗んだ男」を結びつけて語っている文章を、キネマ旬報連載時に読んでいて、わあ、同じ考えの人がいるんだと喜んだものだった。映画の〈泣かせ〉について、本書に書いてあることに首肯できるのに、なぜ「踊る大捜査線」劇場版ではあんな処理になってしまうのか。
 シナリオライター志望者は一度目を通した方がいいと思う。とても実践的なHow toになっている。


●「テレビの黄金時代」(小林信彦 編/キネマ旬報社)

 ムック版の方はもう何度も読んでいるにもかかわらず、結局、復刻版も買ってしまった!
 ちなみに、文藝春秋(後に文春文庫)の「テレビの黄金時代」とな別物ですから、お間違いなく。 


●「シネアスト市川崑」(キネマ旬報 編/キネマ旬報社)

 この本については、後でじっくり語りたいと思っているのだが。

 
●「週刊誌風雲録」(高橋吾郎/文春新書)


●『編集長を出せ! 「噂の真相」クレーム対応の舞台裏』(岡留安則/ソフトバンク新書)


●「少しだけ寄り道」(笹沢佐保/徳間文庫)

●「水妖記」(岸田理生/角川ホラー文庫)

●「黒衣の女」(折原一/徳間文庫)

●「追いつめられて」(小池真理子/祥伝社ノン・ポシェット)

 もうずいぶん前に友人からもらって積ん読状態だった本のうち、4冊を読んでみた。


 サイレンの音で目が覚めた。6時にセットしている目覚まし時計が鳴っていない…ということは、まだ5時台だったのか。消防車のサイレンのようだ。場所はすぐ近く。
「火事か! どこだ?」
 飛び起きてベランダに出た。8階から下を見ると、救急車が1台、向うからこちらにやってきて、すぐ近くの家の前で停車した。
「急病人か…」
 布団に戻ると、かみサンも目が覚めたようだ。
「何の音?」
「救急車だった」
「違うわよ、もうひとつの!」
 そういえば、サイレンといっしょに火災報知機のべルのような音が聞こえてくる。
「もしかして、うちのマンション?」
 外に飛び出た。通路にサイレンが鳴り響いている。同じ階のYさんが階段を降りてきた。
「火事ですか?」
「9階だよ、9階。9××号室!」

 9階に駆け上がった。9××号室の前に消防隊員が一人。ドアを開けようとするが鍵がかかっている。叩いても反応がない。
 ドアから煙がもれてきた。うちのマンションは中廊下だ。9××号室を過ぎると非常階段に続くバルコニー(?)に出る。バルコニーから9××号室のベランダを見ると、すごい勢いで黒煙が吹き出ていた。何人もの消防隊員が9階にやってきた。
「危険ですから避難してください!」
 8階に戻ると、そこでも消防隊員が各戸を廻っていた。
「早く避難してください」

 猫2匹を入れたキャリーバッグを持った娘と1階に降りる。エレベーターは動いているが、漏水で停止すると怖いので階段を使って。
 玄関の外には消防車が数台停車しており、また、立入禁止のテープも貼られていて外に出られない。住民はエントランスホール(&エレベーターホール)で待機するしかない。中廊下を歩いて非常口を出ると、駐輪場になっているのだが、そこにも大勢住人がいた。かみサンもいた。
 はしご車のはしごが9階まで延びて、放水しているところがよく見える。

 いろいろと情報が飛び交う。
「あの部屋、人は住んでいないそうよ」
「転売されて、現在リフォーム中なんだって」
「だったら、出火の原因は?」
「リフォーム業者の怠慢か?」
「誰かが夜中に忍び込んだとか」
「なら、ドアに鍵がかかっていたのはどういうことよ」

 1時間ほどで鎮火。
 9階に行くと廊下は煤と水で覆われていた。それが階段から流れて8階に押し寄せる。真下(8××号室)のMさん宅は水浸しの状態だとか。補償はどうなるのか。火災保険は使えるのか。他人事ではない。

 このマンションに越してきてから、火災騒動は、これで2度目だ。8年前のこと、夜中の1時頃、焦げくさい臭いで目を覚ました。ドアを開けると、廊下中に煙が充満していて一体どうなるのか肝を冷したものだった。4××号室の小火だった。
「8年ごとに火災が起きている」とはかみサンの弁。
 
  

 赤塚不二夫の死を知ったときは、驚きよりも、ついにそのときが来たのかという感じだった。もう何年も前になるが、病院で寝たきり(植物人間)になっていると知ったときの方がよほどショックだった。だから、友人、知人のコメントの中で、立川談志の「楽になってよかった。もっと早く死ねれば」を素直に聞くことができたのである。
 しかし、これはあくまでも第三者としての気持ちだと思う。家族は、たとえ意思の疎通はなくても、できるだけ生きていてほしいと願っているものだ。自分の母親のことを考えれば十分すぎるほどよくわかる。

 3日前に先妻が亡くなっていたというニュースにあっと叫んでしまった。二人めの奥さんが急逝したのが2年前。ある思いが脳裏をよぎった。今が潮時と連れっていったのかもしれない、と。後に残された人のことを考えて。本人も望んだのだ。そう考えないと、一人残された娘さんが辛すぎるではないか。
 自分なりに赤塚不二夫のマンガの思い出を綴ろうとしたが、3年前に読んだ「赤塚不二夫のことを書いたのだ!!」(武居俊樹/文藝春秋)のレビューで書いていた。

 享年72。トキワ荘の漫画家たちはまさに父親と同世代だったのだと今さらながら思う。

 赤塚不二夫の記事でほとんど埋めつくされていた朝日新聞社会面に映画監督・三村晴彦の訃報があった。「まだ若いのに」と思いながら年齢を確認すると71歳。この人も父親世代だったのか! 

 合掌。




 イヤな夢で起こされた7月最後の日。池袋の新文芸坐へ。
 新文芸坐では7月12日から8月1日の間、市川崑特集を開催しており、この日は「細雪」&「幸福」の上映だった。「細雪」はビデオでしか観たことなく、いつか大きなスクリーンで映像美を堪能したいと思っていた。
 
 フィルムが傷んでいても大スクリーンで観る「細雪」は格別だ。四季に彩られた蒔岡四姉妹の物語。金田一シリーズがあったからこそ生れた映画なのだと改めて思った。
 音楽に、大川新之助とともに渡辺俊幸がクレジットされている。赤い鳥解散時の6人目のメンバー(ドラムス担当)だ。赤い鳥のオリジナルメンバー5人は、紙ふうせんとハイ・ファイ・セットに別れるが、このとき、渡辺としゆき(当時の表記)は、女性とふたりでフォーク系のデュオを結成して活動しはじめた。その後、さだまさしの音楽スタッフで活躍していると思ったら、いつしか、映画やTVの音楽クレジットで名前を見るようになった。僕がはっきり意識したのは平成モスラの映画だったと思う。平成モスラは90年代だが、もうこの時代から映画音楽の仕事をしているのだ。
 ちなみに大川新之助は市川監督と録音の大橋鉄矢の合同ペンネーム。

 「幸福」は公開時以外では、4年前にフィルムセンターで観ている。ラスト近く、水谷豊が二人の子に言う台詞「行かないよ、俺、親だもん」に涙。子に対する親の言葉でないところにぐっとくる。

 「幸福」の上映が終了してから、昼食をとって、池袋演芸ホールへ。この日だけのプログラム七月余一会に談四楼師匠が出演すると聞いたので、足を運んだわけだが、すでに立ち見だと知って断念。いくらなんでも、15時過ぎから20時まで立ち見なんてできっこない。
 近くの古書店でしばらく立ち読みしてから、マックで読書。その後、ジュンク堂でまた立ち読みして時間を過ごした。




 建物の壁を梯子を使って登っていく。登りきったところがちょうど2階。2階というか、ロフトみたいなスペースというか。壁とそのロフトとの間には何の仕切りもない。梯子を登りきったところの壁から直角に直径20cm、長さ50cmほどの突起物が出ている。材質は壁と同じコンクリートだろうか。
 ちょうど登りきってロフトに移ろうとしたときだ。奥からFUJIWARAの二人が出てきた。原西が何か言いながら僕の両腕を突起物に絡ませる。僕は梯子に両足を乗せたまま突起物を抱えた状態に。原西はそのまま梯子を空中に投げ捨てた。僕を支えていた梯子がなくなる。突起物にぶら下がった状態である。
「何すんだ!」
 下を見ると、地上から40~50mほどの高さ。落ちたら大怪我、ヘタしたら死んでしまう。
「早く持ち上げてくれよ、落ちるじゃねぇかよ」
 すぐに引き上げてくれると思ったら、二人はただニヤニヤして眺めているだけ。いったい何を考えているのか。
 早く、ロフトに移らなければ! 片足をロフトに乗せて、勢いをつけて全身を持ち上げようとする。が、二人が邪魔して思うようにいかない。
「やめろって!」
 言ってもやめない。足をかけると振り落とされる。
「冗談はやめろ」「ふざけるな」「助けてくれ」
 同じフレーズを大声で叫ぶ。その繰り返し。
 焦ってきた。腕も疲れてきた。ほんとにこいつらオレを落とそうとしているのか?
 もうこれ以上突起物にぶら下がっていられない。ふと見ると、二人がちょっと離れた。これが最後のチャンス。
「おおおおおお!」
 ロフト側に力いっぱい跳ね上がった。全身がロフトの平面に転がる。助かった!
 そこで目が覚めた。

 昨日の朝方に見た夢の話。なぜこんな夢を見たのかはわからないけれど、どうしてFUJIWARAなのかなら説明できる。前夜、YouTubuで「FNS27時間テレビ」の「若手芸人が集まる店」を見ていたからだろう。

 十数年前になるが、似たような夢を見ている。今のマンションに越してきてすぐのころだ。
 チャイムが鳴って、ドアを開けると、そこに「ニュースステーション」のリポーター、若林正人がいた。「あれ、どうして、ここに?」と思う暇も無く、彼が部屋に押し入ってきた、数人の男とともに。片手にナイフか何かを持っていたような気がする。あわてた僕はかみサンと幼い娘を連れ、ベランダに避難するが、彼は容赦なく襲いかかってきた。無表情の顔がとにかく怖い!
 その恐怖に大声をあげて、目が覚めた……。




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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