2008/09/30

 「一回こっくり」(立川談四楼/新潮社)

 談四楼師匠の久しぶりの小説。それも書き下ろしだ。発売日の昨日(29日)、品川駅構内にある書店に立ち寄って買い求めた。新刊コーナーにはなかったが、別のところに平積みされていてうれしくなる。
 装丁(表紙の写真)がいい。まさに、今、高座に上がる瞬間の師匠を舞台ソデから捉えたカット。

 前々日に図書館から本を5冊借りた。そのうちの1冊を読み始めたばかりだ。先日復刊された「横溝正史読本」(小林信彦 編/角川文庫)も買ったままそのままにしている。目当ての料理は最後に食べる主義。「一回こっくり」もしばらく積ん読状態にしておくか。そう思ったものの気になって仕方ない。我慢できなくなって電車の中でページを開いた。1ページだけのつもりが2ページになり、結局そのまま読み始める。

 団塊の世代、そのしっぽにひっかかる噺家の半生記である。冬になるとからっ風(赤城おろし)が吹き荒れる農村地帯で生まれ育った。父親は腕のいい大工。四人兄弟の長男で、妹一人に弟二人。ただ、3つ下の弟は小学1年のときに急逝しているのだが。
 高校時代に落語に目覚めた。バイクをかっとばしての寄席通い。卒業後、憧れの噺家への弟子入りもかなった。好きで飛び込んだ世界。とはいえ、思うようにことは運ばない。協会の分裂騒動。真打昇進試験の落選。一門の協会脱退。流派の真打一号となって盛大な披露目をしてマスコミの注目を浴びたまではよかったが、その後は鳴かず飛ばず。そんな彼が、新作古典落語「一回こっくり」を創作し、演じるまでを描く。

 しかし、冒頭に弟の死のエピソードを持ってくるとは! 時系列的にいえば確かにそのとおりなのだが、何かにつけてすぐに目じりが濡れてしまう。これにはまいった。
 師匠と同郷(東毛)だからだろう、世代は違うが同じような風景を目にして、遊んでいるから、何気ない土地の言葉に反応してしまう。郷愁も要因か。
 鯉釣りに行った沼とはあの沼だろう。蛙を餌にしたえびがに釣り。そう、ざりがにではなくえびがにだった。えびがにの腹の肉を釣りの餌に。よくやった、よくやった。おいしい焼きソバ。うん、うん、近所の駄菓子屋の焼きソバはうまかった。
 ガーゼを巻いた割り箸をくわえた弟。これもその様を目撃している。5歳下の弟が幼いころ風邪の熱から引きつけを起こして同じ状態にされたのだ。
 アラフィー男が涙を拭きながら本を読むのは恥ずかしく、途中でページを閉じるしかなかった。
 ちなみに、もっと後のエピソードになるが、主人公の母親が手術で入院した病院は、僕の母が脳腫瘍の手術で世話になっている。術後、肺炎になって、急遽東京から呼び戻された。飛び乗ったのはりょうもう号だ。
 
 駅に着いて、目の前のマクドナルドへ。プレミアムコーヒーを片手に続きを読む。悲しいだけの話ではない。あるくだりでは思わず声をだして笑ってしまい、隣の女子高生に冷たい目で見られた。泣かされて、笑わされて……ほんと、罪な本だ。
 笑わせて泣かせる作劇は日本人が好きなパターン。この小説は逆なのかと思われたら困る。同時現象。泣かされながら笑わされるところが斬新なのだ。笑いすぎて涙がでてきた、というのでもない。悲しくて切なくて泣かされるのだけど、同時にどこか滑稽でおかしくて笑ってしまう。第一章の終わり、日光へのドライブ旅行の顛末なんてその最たるものだろう。

 斬新といえば、この本にはあとがきがない。担当編集者への謝辞はつきものなのに!



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 承前

【第二部】

 開演前と同じく、ステージには大きなスクリーン。上手にキーボード、下手には椅子と譜面台。15分の休憩後、キーボードには今出さんが陣取り、椅子には着物姿で三味線を抱えた女性。関西の「女道楽」(三味線漫談)で活躍する(といっても僕は初めて知ったのだが)内海栄華さんが「紙風船」のメロディを弾き、「紙風船アーカイブ」を力強く宣言する。今出さんはキーボードでBGMを担当。
 スクリーンに幼いときのふたりの写真が映し出され、紙ふうせん結成当時からの歴史が綴られていく。そのナレーションというか、語りを栄華さんが担当、BGMは今出さん。30周年リサイタルの企画の上方演芸バージョンというべきか。
 後藤さんと平山さんが尼崎北高校で同じクラスになったのは3年6組だった!
 ファーストアルバム「またふたりになったね」のジャケットが映り、ラストの曲「またふたりになったね」が聴こえてきたときは感慨深かった。4月の紙ふうせんトリビュートライブに対する、これもまた後藤さんの返歌だろうか。

 紙ふうせんになって、初めて海外で録音したアルバムが「HERE WITH ME」。僕にとって「ワンマンバンド」という名曲が収録されているこのアルバムには、PPMのピーター・ヤーローやコッポラ監督のお父さん、カーマイン・コッポラが参加している。
 あるとき、ピーターとカーマインが喧嘩をはじめたという。ピーターの一言にカーマインが切れて、なぐりかかっていった。「このヤーロー!」 
 ……失礼しました、完全に私の創作です。後藤さんなら言う駄洒落でしょう?
 
 【第二部】はピーター・ヤーローが「HERE WITH ME」に提供した1曲「チェリーブロッサム」からはじまった。「翼をください」はWカルテットの真骨頂。「街を走り抜けて」は川岸さんのEGが効いている。

「皆さん、風天って知ってます?」と平山さん。
 知ってますとも。渥美清の俳号ですよ。最近、「風天」という句集が出版されたんじゃないですか。心の中で反応する。
 風天=渥美清だと平山さん説明すると、会場からちょっとしたどよめきが。そういえば、渥美清は自宅とは別に一人になるためのマンションを持っていた。場所は代官山。紙ふうせんの事務所も代官山だった。街で渥美清とすれちがったこともあったのではないか。
 それはともかく。
 お遍路が一列に行く虹の中
 「風天」の一句を紹介して、新曲の話題へつなげていく。
 今年は2曲。平山さんの作詞、作曲の「花影の道」、詞はふたりの共作で曲が平山さん(だったよね?)の「道しるべ」。「華影の道」は、アレンジとバックが弦楽カルテットだから、そうと感じないが、普通にアレンジしてこぶしをきかせれば演歌になる。今までの平山さんの作品とまったく違うメロディだった。坂本冬美あたりが歌えばぴったりくると思った(「学生街の喫茶店」を彷彿させる歌うたってますもん)。平山さんは今年亡くなったお母さんの影響があると語っていた。

 後藤さんとすぎたさんのAG、浦野さんのウッドベース、ストラーダのもうひとりの男性、安野さんのチェロによる「竹田の子守唄」。子ども時代、運河地帯に引き込まれている線路のポイントを勝手に変更して、運転手によく怒られたという思い出話のあとの「ルート43」。いや、この話題は「街を走り抜けて」のときだっけ? どちらにしてもそれって犯罪でしょ!
 「赤い鳥物語」の最初のエピソードは決まりましたよ。
 その前に「1978僕たちの赤い鳥ものがたり」の落とし前をつけなければならないか。

 あらかじめ決められていたアンコール曲「ドリーム」「冬が来る前に」を歌い終えると、後藤さんと平山さんはそのまま客席に降りて、ロビーに向かった。帰られるお客さん一人ひとりに挨拶をするためだ。こうして2008年のリサイタルは終了。あっというまの2時間だった。


 チェリーブロッサム/翼をください/街を走り抜けて/虹

 花影の道/道しるべ

 竹田の子守唄/ルート43/船が帰ってくる


 【アンコール】
 ドリーム/冬が来る前に




 承前

【第一部】

 〈なつかしい未来〉と銘打たれているけれど、これまでとは違った内容になるのだろう。特に理由はないが、そう勝手に考えていた。案の定、【第一部】は伝承歌をメインにしたここ数回のしっとりライブではなかった。

 P:今出哲也 AG:すぎたじゅんじ EG:川岸信彦 D:渡邊愛子 E&A B:浦野直
 ラ・ストラーダ:第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ ×2

 昨年の第二部のバックメンバーにエレキギターが加わった陣容で、珍しく「It's a Music」から始まった。
 いつものコンサートに近いセットリストになったからだろうか、どの曲もラ・ストラーダのWカルテットをフィーチャーしたような演奏になっていた。ヴァイオリン、チェロ、いい音なのである。代表の金関環さん、昨年ももうすでに髪を切っていたが、今年、改めてみるととても若い! 関係ないけど。 
 今年のリサイタルはラ・ストラーダだぁ! とばかり、もう、ストラーダばかり見ていた。

 「赤い花白い花」のイントロにキュンときた。赤い鳥の曲の中で、イントロベスト2と思っているのが「忘れていた朝」と「赤い花白い花」だ。「忘れていた朝」のイントロに心洗われ、「赤い花白い花」は幻想的な雰囲気を醸し出し、別世界へと誘ってくれる。
 作詞、作曲の中林ミエさんは群馬県前橋市在住の方。前橋に住まれる前は現在の太田市(僕の郷里だ)に住んでいて、女子高時代にこの歌を口ずさんでいたという。それが仲間たちに評判を呼び、いろいろな人が愛唱するようになって、全国に広まった。やがて、後藤さんの耳に届いて赤い鳥のレパートリーになるのだった。
 赤い鳥時代は、新居(現・山本)潤子さんがメインヴォーカルで、平山さんがハーモニー。二人の声の相性が見事に決まっていたものだが、紙ふうせんバージョンは、平山さんのヴォーカルに、後藤さんとすぎたさんがハーモニーをつけて、聴かせてくれる。すぎたさんの透き通った高音がキモではないか。
 
 介助犬応援歌「あなたの風になりたい」をリリースしてから、会場に介助犬や盲導犬を連れたお客さんをが目にするようになった。今年も客席の一番前、左側に白や黒のラブラドール、車椅子のお客さん。平山さんが名前を呼ぶ。エルモ(介助犬)、グレース、パフィ、ユーク(盲導犬)の4匹。
「あなたたちへの応援歌をうたいます」と披露したのが、ビートルズの「ラブ」とサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」だった。今出さんのピアノソロがいい。
 「ホーハイホー」はチェロに酔いしれる。
 「紙風船」を観客と合唱して第一部が終了した。


  It's a Music/ささぶね/いつも心に青空を/霧に濡れても/赤い花白い花

  ラブ/明日に架ける橋

  ホーハイホー/紙風船


 この項続く





2008/09/23

「紙ふうせんリサイタル2008 なつかしい未来 Vol.3」(シアター・ドラマシティ)

 今年のリサイタルは、例年より一ヶ月早く場所も2年続いた中央公会堂から梅田のシアター・ドラマシティに移しての開催となった。
 シアター・ドラマシティでのコンサートは今回で二回目になる。2001年にオーケストラピットに総勢二十数名のミュージシャンを配置して、パワフルなサウンドを聴かせてくれたものだった。「2001年アクエリアス」や「青空と海」に圧倒された。

 後藤さんには一度ドラマシティーのオケピを使ってコンサートをしたいという希望があった。そのため、(劇場側のスケジュールの都合で)通常は秋なのに、この年に限って6月に前倒しして開催したのだった。当時は業務の関係で6月は休むことができなかった。コンサートは確か日曜日で、終了後、深夜の高速バスで東京に戻りそのまま出社したんだっけ。
 実は今回も高速バスでもどらなければならない状況にあった。まあ何とか有休がとれて、事なきを得たわけだけど。

 開演30分前、ステージに大きなスクリーンが下りてきた。映像はある絵が完成するまで。画家は後藤さんの友人のえとうまさゆきさん。緑に囲まれた屋外に立っている真っ白なキャンバス。後ろの席から声が聞こえた。「これ、ミヤマじゃない?」京都の美山だった。確か、えとうさんが住んでいるところ。当然、描かれるのは風景画だと誰でも思う。ところがこれが抽象画なのだ。えとうさんの筆さばきが僕の〈職人フェチ〉を刺激する!
 30分、食い入るようにスクリーンを見つめていた。どう絵の具がキャンバス上に塗られていくのだろう? この黒の主線は何の意味があるのか? 白は修正ではなく、一つの色なのか! 胸が躍った。完成した絵は抽象的ではあるが、紙ふうせんのふたりをきっちり描いていたことに瞠目させられた。

 後で知ることになるのだが、後藤さんの「なつかしい未来をテーマにして絵を描いて」の依頼で描かれたのだという。そういえば、入場時にロビーに飾られていた2枚の絵を目にした。そのうちの一つなのだろう。昨年もそうだったが、ロビーに入ってからもう紙ふうせんのリサイタルは始まっているのだ。
 

 この項続く


2008/08/01

『「李香蘭」を生きて 私の履歴書』(山口淑子/日本経済新聞社)

 「上海、そして東京の空の下で」を観劇して登場人物の一人、李香蘭に興味を持った。僕にとっては「3時のあなた」の司会者だった山口淑子が、どんな激動の時代を送ったのか? 李香蘭本が何冊かあったので、では、本人が書いたものをと、手にとった。


2008/08/05

「傷だらけの天使 魔都に天使のハンマー」(矢作俊彦/講談社)

 雑誌掲載からあっというまに一冊にまとめられた。本になってタイトルからリターンズがとれた。装丁に心ときめかした(しばらく積ん読状態だった)。もっと話題になるかと思ったのですけどねぇ。
 「傷だらけの天使」の映画化にはそれほど興味はない。が、ある方のブログにシャークショ役に松山ケンイチでどうかと書かれてあった。だったら観たいよぉ。どんぴしゃりのキャスティングではないですか!

 それはともかく、今のメディア(特にTV)にショーケンを封印しようという動きがあると思っているのは、私だけでしょうか?
 

2008/08/06

「最後の映画日記」(池波正太郎/河出書房新社)

 黒澤明監督「影武者」に対する容赦ない批判が面白い。
 

2008/08/08

「東京少年」(小林信彦/新潮文庫)

 雑誌連載時に毎月愛読し、単行本になって再読。文庫になって三度目の読書だ。第一部は何度読んでも辛すぎる。「冬の神話」が出版当時無視されたのがわかる気がする。


2008/08/11

「マイナス・ゼロ」(広瀬正/集英社文庫)


2008/08/16

「連合赤軍 少年A」(加藤倫教/新潮社)


2008/08/18

『歪曲報道 巨大メディアの「騙しの手口」』(高山正之/PHP研究所)

 やはりニュースは作られる!


2008/08/20

「映画プロデューサーが語るヒットの法則」(原正人/本間寛子 構成/日経BP社)

 ヘラルド映画といったら、僕は「小さな恋のメロディー」の配給会社でその名を知った。あるいは、虫プロのアニメラマか。いつのまにか、ヘラルド映画は日本ヘラルドになり、ヘラルドエースという会社が製作する作品ではプロデューサーとして著者の名をクレジットで拝見するようになる。いろいろとうなづくこと多し。


2008/08/23

「東京ダモイ」(鏑木蓮/講談社)

 第52回江戸川乱歩賞受賞作。
 ミステリとしてはイマイチだが、自主出版を売りに最近業績を伸ばしている某出版社の内情を描いているところが面白い。


2008/08/25

「師匠!」(立川談四楼/ランダムハウス講談社)

 先月の「シャレのち曇り」に続く短編集第2弾。いつか売れることを夢みて切磋琢磨する落語家たちの物語。好きだなあ、こういう世界。


2008/08/27

「石油ポンプの女」(立川談四楼/新潮文庫)

 ランダムハウス講談社、どうせなら「石油ポンプの女」も第三弾として出せばいいのに。新潮文庫はもう絶版だろうから。「石油ポンプの女」が〈動〉なら「師匠!」は〈静〉といったところ。この落語家を主人公にした短編シリーズは、もっと続いてもいいと思う。


2008/08/30

「テレビの黄金時代」(小林信彦/文春文庫)

 「定本 日本の喜劇人」(新潮社)に入れてほしかった作品。


2008/08/31

「芸人お好み弁当」(吉川潮 山藤章二・絵/講談社)

 作家と山藤章二のコンビによるエッセイ集って、昔(80年代)読んだ覚えがある。実際に購入して何ども読み返したのが景山民夫と組んだ本。最終回は立ち位置が入れ替わって、山藤章二が文章を書いて、景山民夫がイラストを担当した。大笑い。




 遅れに遅れた映画レビュー、シリーズ……第1弾!

2008/08/28

 「インクレディブル・ハルク」(スバル座)

 久しぶりに外出して直帰となった。場所が丸の内だったので、そのまま有楽町に出て、スバル座へ。
 もう何度も書いていることだが、アメコミの実写映画化に興味がない。「スパイダーマン」に何の反応も示さなかったけど、「Xメン」シリーズはかなりお気に入りだったじゃないの? 「ファンタスティック・フォー」も第2弾は劇場で押さえるつもりだったでは(結局見逃したけれど)? 声なき声が聞えてくる。うーん、確かに。「Xメン」は「サイボーグ009」のノリで楽しんでいる。「ファンタスティック・フォー」は「スパースリー」だ。さまざまな超能力者が力を合わせて敵と戦う構図が好きなのかもしれない。それに比べ、単独ヒーローものはほとんど食指が動かない。ただ、一つだけ例外がある。「超人ハルク」だ。TVシリーズもけっこうはまって観ていた。

 主人公の科学者が、ある作用によって、ボディビルダーも真っ青の、全身緑色の怪力男に変身、(結果的に)悪を退治するストーリー。科学者はある男に執拗に追われていて、たまたま訪れた街で事件に遭遇、ハルクになって事件を解決した後、また逃亡を続けるというフォーマットになっていた。
 ハルクになると、筋肉隆々となってそれまで着ていたシャツが破れてしまう。本当なら、ズボンだって、同じように引きちぎられてしまうはずなのに、なぜか、縮んだ状態。つまりズボンからバミューダパンツになるだけ。元の人間体にもどると、なにごともなかったようにまた普通のズボンになっている。毎回、ズボンを引き裂いて下半身がモロだしになったら、TVの倫理コードに引っかかるし、第一、ドラマにならない。そんなことは承知の上、当時、「超人ハルク」の怪と笑い話になっていたような、いないような……。

 「超人ハルク」の原作はアメコミだ。とはいえ、この映画化にはたまらない魅力があった。数年前、最初に映画化されたときも劇場に足を運ぼうとしたほど。サバイバルホラー映画(なんて怪獣映画の変型だが)「餓亥羅」を企画している者として、TVシリーズより巨大化しているハルクは人間型怪獣なのだ。それがCGでどのように描かれているか、興味がわかないわけがない。
 ところがこの第一弾、とんでもなく評判が悪かった。劇場鑑賞はパスした。DVDもいまだチェックしていない。
 第二弾は、この最初の映画化をなかったものにしているらしい。それは予告編でわかった。怪獣アンテナが反応したのだ。それもクライマックスは「サンダ対ガイラ」だという。ハルクと対峙する同じような怪物が登場するらしい。
 はたして、CGで描かれた人間体の怪物がどんなものか。

 ピーター・ジャクソン監督「キング・コング」の巨大猿、マイケル・ベイ監督「トランスフォーマー」の変身ロボ、等々、CGで描かれたクリーチャーはかなりのリアルさをもって、こちらに迫ってきたものだが、この映画に登場するハルクにはそれが感じられなかった。
 結局のところ、よくできたCGアニメなのだ。この20年ばかりで、かなりCG技術は進歩したはずだが、まだまだ人間をそのものずばり表現するには難しいということだろう。やはりアップは特殊メイク(アニマトロニクス)で処理しなければ。
 それにしても、ハルクがよくできたCGアニメだと思うと、そのほかもみなアニメに見えてしまうのはどういうわけだ。空を飛ぶヘリなんて質感がどうも平面だったような気がする。この映画、VFXにそれほど予算をかけていないのだろうか? この手の映画には不似合いなエドワード・ノートン、ティム・ロスらのギャラに消えたとこか。

 TVシリーズでは怒りによってハルクに変身したはずだが、映画では心拍数の上昇が要因になる。ということは、彼女とセックスもできないわけ。これには笑った。
 映画のハルクは変身前の2倍ほどの身長になる。それだけ巨大化するというのに、やはりズボンは破れない。伸縮自在だなんて劇中それなりのエクスキューズはあるのだが、いいのか、それで! 


プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
私家本「僕たちの赤い鳥ものがたり」
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」

神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。遊びにきてください。

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