川口の住民になってから気になっているのが「キューポラのある街」だ。若き日の吉永小百合が主演する青春映画の名作として、また、浦山桐郎監督のデビュー作として、昔からタイトルだけは知っていた。
 気にはなっているものの、実際に観る機会がなかった。ビデオやDVDを借りてくればいいのだが、別にサユリストでも何でもない、そこまでする気もなかった。吉永小百合・浜田光夫コンビに気恥ずかしさも感じるし。

 かつて川口は鋳物の街として有名だった。鋳物工場がいたるところにあった。鋳物とは、加熱して溶かした金属を型に流し込んで作った器物のこと。僕らの世代だったらベーゴマを思い浮かべればわかりやすいか。あれも鋳物の一つだ。
 金属を溶かす溶解炉をキューポラといい、その一種独特な煙突(排煙筒)が工場から突き出ていて、川口のシンボルになっていた。

 現在、キューポラはほとんど見当たらない。キューポラに代わって〈マンションのある街〉になったのではないか。鋳物工場の跡地には必ず高層マンションが建っている。
 僕ら家族も建てられた当時はそれなりに高層だったであろうマンションに引っ越してきて20年近く経つ。周りには煤ぼけた工場があった。工場には必ず看板がでていた。内容はどれも同じ。「当社は創業××年……」で始まり、工場内の作業が詳細に書かれ、最後に「皆様方のご理解のほどお願い申し上げます」と結ばれている。
 マンションが出来て、ホワイトカラーの住民たちが増えてくると、工場の機械音や排煙が問題になったのだろう。別にわざとだしているわけではない。鋳物工場としては当たり前の行為。ところが、ある時期から文句を言われるようになった。なぜ新参者にアレコレ言われなくてはならないのだ? 近所に鋳物工場があることがわかっていたでしょうが! 工場(企業)の嘆きが聞こえるような文言なのである。
 東京の隣に位置する街だから、ある時期からベッドタウン化し、工場街が住宅街になってしまったことによる弊害だ。

 昔、似た話を目の当たりにした。CM制作会社で働いていたときだ。郊外にある某撮影スタジオ。撮影が深夜に及んだ。スタジオ関係者がピリピリしている。後片付けで音を出そうものなら、係りの人が大慌てで寄ってきて、申し訳なさそうに頭を下げる。
「すいません、お静かにお願いします」
 周りの住民からクレームが入るのだそうだ。
「以前は、ここらへん全部田んぼだったんで、何の問題もなかったんですけどねぇ」
 田んぼが住宅街に様変わりして、撮影に適さない環境になってしまったのだ。あのスタジオ、今でも営業しているのだろうか?

 閑話休題。

 今年9月に開催された紙ふうせんのリサイタルのこと。後藤さんは「街を走りぬけて」を歌うときに必ず生まれ育った尼崎について触れる。運河と工場群、煙突から出る黒い煙、風光明媚な街と紹介して笑いをとるのだが、今回は尼崎の特徴的な煙突を川口のキューポラと結びつけて語っていた。東の尼崎といえば川崎だろうし、煙突だったら千住のお化け煙突が有名だが、これは後藤さんなりの配慮だと思う。
 ファンによるファンのための「紙ふうせんトリビュートライブ」を企画し、4月、川口のライブハウスで開催した。後藤さんはわざわざ関西から足を運んでくれた。もうそれだけで感涙ものだが、その返歌がシークレットライブで実施した〈昔のライブ音源を使った朗読〉であり、リサイタルにおける〈川口〉〈キューポラ〉というワードなのだ。
 吉永小百合と同世代の後藤さんは「キューポラのある街」を観て、尼崎と重なるものを感じたのだろう。そう思ったら、急に「キューポラのある街」が観たくなった。1960年代初めの、昭和30年代の川口の街並み、市民の生活ぶりをこの目で確認したくなったのだ。
 なんて思ったけど、すぐに忘れて一ヶ月。
 図書館に行ったらDVDがあった。早速借りてきた。

 この項続く




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2008/10/25

 SET第46回本公演「任侠るねっさんす ~歌姫誕生物語~」(東京芸術劇場・中ホール)


 雑誌「まぐま」で知り合ったK氏に誘われてから、秋の恒例行事となった感のあるSET本公演の観劇。今年は少々躊躇した。懐事情による。上映会やライブなどインディーズ関係イベントから足が遠のいている。小劇団の芝居も同様。その月に目当てのイベントがあると、そのほかは家でじっとしているしかない。映画も月に1本観ればいいほうだ。定期以外の収入がないのだからどうしようもない。
 9月大阪に出かけ、10月も長野へ行く。11月はつくばだ。落語会もあることだし、今回は遠慮しようか……。K氏から最終確認があって、一度は断ったのだが、日にちを確認すると25日(土)。ということは前日に給料が出ている。だったら、なんとかなるか。

 公演は17時から。その前にチケットの受け渡し、支払いがあるので16時に待ち合わせすることに。20分前に池袋に着くと、劇場前の広場で〈古本まつり〉が開催されている。いくつものテントで古書店が出張営業しているのだが、その数の多さに、アドレナリンの分泌が激しくなった。K氏に電話して待ち合わせ時間を30分遅らせてもらって各テントを廻る。小林信彦の棚を見つけたときは心臓パクパクになったが、すべて持っているものだった。結局1冊も購入せず。

 始まる前にトイレに行った。出てくると通路の壁に貼られたポスターが目についた。これからホールで上演される3作品。その中の一つが目を捉えた。ほぉ、小倉久寛が主演なのか、やくざの話…女性演歌歌手がからんで…へえ、SETが本公演とは別にまた芝居をやるのか、面白そうだな、なんて思いながら、よく見ると「SET第46回本公演」。何のことはない、「任侠るねっさんす」のポスターだった。
 お恥ずかしい話だが、SETの芝居は、K氏から案内がくると、どんな内容なのか確認することもなく、「行きます」の返事をしておしまい。タイトルすら把握していないことが今回判明してしまった。他の劇団の芝居も似たようなものだが、SETの場合は特にひどいかもしれない。が、これはSETへの信頼が高いからにほかならない。これまで、裏切られたことがないのだから当然か。

 戦後から昭和30年代にかけての、任侠の世界を生きる男たち(三宅裕司、小倉久寛ほか)と、そんな男たちの集団(組)を解散せしめんとする警察との攻防を、表稼業の芸能興行社に所属して売れっ子になっていく女性歌手(松本明子)や今は亡き組長の息子で、大衆演劇の女形で人気の青年(六川裕史)とからめて描く。
 やくざといっても、「仁義なき戦い」ではなく、「昭和残侠伝」や「日本侠客伝」に登場するそれ。「強きを挫き、弱きを助く」男の中の男なのだ。ラストは負け戦になることをわかっていながら、真剣勝負を挑んで死んでいく。ある意味悲劇というのが珍しい。死んだ後、女性歌手が歌う演歌をバックに、晴れ姿を見せるところが絵的に美しく、おまけにぐっとくる。
 ベタな展開といえば、それまでだが、そこはSET、ポップに仕上げていてクサくない。演歌のアレンジなど、これまたぽくない仕上がりで、だからこそ胸に迫ってくるのだろう。
 女性歌手は、子どもゆえ、その天才的な歌唱力がのど自慢大会の審査員の反感を買ったり、ブギウギの女王から自分の持ち歌を歌うなとクレームをつけられたりと、若き日の美空ひばりを彷彿とさせるキャラクター。別の日に観劇したK氏のお父さんは松本明子の歌唱力に驚いたそうだが、元は歌手なのだから。にしても、洋楽から演歌までソツなく歌ってしまうのだから、このキャスティングは良い!

 前々回、前回に比べると、アクションが前面に出た。つまり従来の路線になったということでミュージカル部分が弱くなったのだが、その分、三宅、小倉コンビの掛け合い(アドリブ)がパワーアップしたように思う。もう大笑い! 三宅さんの容赦ないツッコミは神業に近い。





 承前

 アンチ巨人ファンから言わせれば、今年のペナントレースは決してメークレジェンドではない。13ゲーム差を追いつかれて優勝を逃した阪神は確かにふがいいないが、もともと阪神の独走を許した巨人の方がおかしいのだ。ヤクルトからラミレス、グライシンガー、横浜からクルーン、なんて、チームの主力選手を引き抜いておいて、前半のオタオタぶりこそ恥ずかしい。優勝できなかったら、渡辺某の怒りはいかばかりだったか。
 まあ、もし阪神が優勝していたとしても、クライマックスシリーズを制したのは巨人だったと思う。早々と優勝を決めた阪神が、ペナントレース終了までに調子を崩して日本シリーズに進出できなかったらどうしようと、余計な心配をしていたほどだから。

 今年は、セ・バ両リーグとも優勝チームが日本シリーズで戦うことになった。アンチ巨人ファンとして面白くないが、しかし、これが正常、まともな日本シリーズなのだ。でなければ、何が日本一なのだ?
 どんなに盛り上がろうと、興行成績がよかろうと、ペナントレースで優勝したチームが日本シリーズに進出できないこともありうるクライマックスシリーズなんておかしい。
 クライマックスシリーズを制したチームが優勝で、日本シリーズへの出場権を得るというのならまだわかる。しかし、ペナントリーグの優勝は優勝として、それとは別に上位3位チームが日本シリーズ進出権を賭けて対戦するなんて、いったい何のためのペナントレースなのか? だったら、それこそ、上位3チームとはいわず、6チーム全体で短期決戦やればいいではないか!

 メジャーリーグにもプレーオフはある。しかし、あちらのプレーオフは理にかなっている。各リーグの地区(ブロック)別にトップが確定され、それぞれのチームがナンバー1を目指して戦うのだから。
 パ・リーグが一時期前期後期制を採用したことがあった。前期優勝チームと後期優勝チームがプレーオフで戦い、年間の優勝チーム決めていた。これならプレーオフの意味がある。しかし、この前期後期制は色々弊害があって、いつのまにかなくなった。前期、優勝から見放されたチームが、前期ペナントを見捨てる、前期の優勝チームが後期優勝戦線から脱落すると、プレーオフに標準を合わせたり、等々。
 
 パ・リーグが採用した上位3位までのチームによるプレーオフが大人気で興行もよかったことから、セ・リーグも同調した。渡辺某の強い要望だったとか。ところが、いざ採用したところ、優勝した巨人は2位の中日に負け、日本シリーズに進出できなかった。これに怒った渡辺某が大金にモノを言わせて、信じられないような大補強をしたという……。
 目先の人気に惑わされて、意味のないプレーオフ(プレーオフがいけないというのではない!)が続いていたら、とんでもないことになると思う。



 本当はクライマックスシリーズに物申したいのだが、その前に、昨年の今ごろ、mixiに書いた一文を転載する。

          * * *

 だから巨人ファンはバカなのだ    2007/10/04~05 

 青島幸男の著作に「だから巨人ファンはバカなのだ」(ゴマブックス)がある。最後に、だから巨人ファンはバカなのだ、という文章で締めくくられるエッセイを網羅した本らしい。らしい、と書くのは読んだことがないからだ。
 高校時代、ラジオを聴いていたら、青島幸男がゲスト出演し、この本をPRしていた。プロ野球以外の問題にも言及していて、すべて巨人ファンがバカだからに結びつけてしまう、と得意そうに語っていたことを覚えている。面白そう! と思ったがこの本、書店で見かけたことがなかった。もし手にとったとしても読んだかどうか。当時はまだまだ巨人ファンだったから。

 物心ついたとき周りは巨人一色だった。TV中継はどのチャンネルも巨人戦。常勝巨人、V9の真っ最中だ。アニメ「巨人の星」に夢中になり、少し遅れて少年マガジンに連載されている漫画も読むようになった。こんな環境で巨人ファンにならないわけがない。
 王、長島にあこがれて少年野球を始めた。背番号は3。なわけがない。希望者が多く、すぐにあきらめた。同じ3がつく38にしろよと誰かがアドバイスしてくれた。
「38って何ていう選手?」「末次だよ」
 以来、末次ファン。

 小学校5、6年から中学にかけて熱狂的な巨人ファンだった。姿見に向かって、よく野球中継の真似事をしていた。相手は阪神、ピッチャー村山。1番高田、2番土井、3番王、4番長島……。TV中継は必ず見た。時間内に終わらなければラジオを聴いた。巨人が負けるとイラつきまくった。翌朝は新聞を見るのがとても憂鬱で。

 巨人ファンであることに疑問を持ち出したのは長嶋巨人の2年目。パ・リーグを代表する〈安打製造機〉張本をトレードでとったときだ。考えてみれば400勝投手、金田も一番活躍していたのは国鉄時代だった。
 決定的だったのは空白の一日をついた江川の入団。これで巨人ファンをやめられると思った。V9選手への愛着で完全にファンをやめられたのはもっとずっと後になるのだが、とにかく巨人の、金にものをいわせてNO.1を維持する体質がどうにも許せなくなった。

 今やファンはファンでもアンチ巨人ファン。渡辺某がトップになってからは憎さ百倍、TV中継はちょっとチャンネルをまわして、巨人が負けているともうそれだけでうれしくなる。
 読売新聞の勧誘なんて断るのは簡単だ。「渡辺さんが君臨している限り、購読しませんから」その一言で相手は何も言わずに去っていく。
 今年は阪神と横浜を応援していた。クライマックスシリーズは中日、阪神、横浜で争えばよかったのに。中日と阪神が巨人を蹴落とし、横浜がラストの驚異的な活躍で3位の巨人と入れ替わる。そんな展開を期待していたのだが。

 巨人ファンをやめてから思うようになった。
 他の巨人ファンはこれまでの球団がとってきた常識はずれの行動に対してどう考えているのだろうか? いや、よくファンを続けていられるものだと感心する。たとえば徳光さんとか黒鉄さんとか。勝っていればどんな卑怯な手を使っても許してしまうわけか。

 大金を積んで他球団の選手に声をかける巨人も巨人だが、ホイホイとやってくる選手も選手だ。プライドはないのか、プライドは!
 清原なんて、日本シリーズ対巨人戦で見せた涙はいったい何だったのか。
 長嶋にしても、原にしてもどうしてあんな非情な追われ方をしているのに、その後また巨人に戻るのさ!
 完全燃焼していないのに、巨人から最後通牒をつきつけられるとあっさり引退してしまう選手の気がしれない。桑田はもともと大嫌いだったが、巨人を辞めてメジャーリーグを目指したことで大いに見直した。それに比べて元木ねぇ。入団時も引退時も情け無い。あの目パチパチ気持ち悪くないか? 諸悪の根源は江川か!

 草野球チーム、L.J.バスターズの一員だったとき、監督のT氏が熱狂的な巨人ファンだから、いつも議論をふっかけていた。T氏の反論は決まっていた。
「いいかい、あのOね、もし西武で引退していたら、あんなTVに出演していないと思うよ」
「元巨人の肩書きがいきるわけさ」
「球団も選手も持ちつ持たれつなの」

 しかし、この何年で状況はずいぶん変わってきたのではないか。日本テレビが巨人の優勝がかかった試合を中継しないのだから。
 本当に一度巨人は落ちるところまで落ちた方がいい。「やはり巨人が勝たなければ」なんてしたり顔で語るプロ野球ファンなんてもういらない。

 この項続く




2008/10/15

 「談四楼独演会 第160回」(北沢八幡神社 参集殿)

 ああ、ついに来てしまった。いや、独演会ではなくて、10月15日のこと。誕生日なのである。それも40代最後の。36歳になったとき、人生折り返し地点を通過した、と思った。とはいえ、守りに入るにはまだ若い、というか、守りに入れるような状況ではない、自分のやりたいことをやるために、これから巻き返しだあ、とある目標を立てて、それなりに勉強したのだけど、いまだ実現していない。40代にハナ開く遅咲き人生と考えていたのだが、あっというまに月日が流れた。
 50歳。人生60年(あとの10年は余生)として、もう10年しかないのだ。
 どうするの、オレ?


 立川春太  ?
 立川こはる ?
 立川三四楼 ?
 立川志らべ ?

 立川談四楼「浜野矩随」

 〈仲入り〉 この間、古今亭八朝 新曲キャンペーン

 東京ボーイズ ボーイズ

 立川談四楼「富久」

 平日なので、前座噺には間に合わなかった。受付でおかみさんから「おめでとうございます!」。おめでとうと言っていただけるのは、とてもうれしいが、40代最後の年という現実が脳裏をかけめぐり、何ともいえない気分。

 中に入ると、ちょうど、二つ目さんが終わったところ。師匠が出てくる前に、Sさんが陣取っている一番前へ。いつもの指定席(?)。
 今日の楽しみはゲストにあった。東京の歌謡漫談グループ、いわゆるボーイズの重鎮、その名も東京ボーイズ。そのままじゃないか。このグループの存在を知ったのはいつだったのだろうか。けっこう遅かったような気がする。ベタなギャグばかりだけど、だからこそいい。
 昨年の池袋演芸場「7月余一会 落語芸術協会・立川流二派連合落語会」で東京ボーイズのステージを初めて生で観た。残念だったのは、リーダーの姿がなかったこと。病気ということだったが、何となく予感があった。しばらくして逝去のニュース。まだ若かったのに、でも癌では仕方ない。トリオからコンビになっても、面白さは変わらなかった。後日、ラジオに出演して、大いに語っていた。にぎわい座で独演会(というのだろうか?)があることを知り、覗いてみたいたいとも思った。まあ、そこまでしないけど。
 アコーディオンとウクレレと三味線。今はウクレレと三味線だけになった。よく見ると三味線もほとんど演奏されない。相変わらすのオーソドックスな笑い。ホッとする。絶対に知らない最近のヒット曲を羅列するところ、麻薬で逮捕された歌手を何人も挙げて、三味線担当の髭の方と同列に扱うところ。笑えた。 
 そういえば「謎かけ小唄」がなかった。

 師匠は改作中の「浜野矩随」と季節的にはちょっと早い「富久」。



 今回はコメントなし。本当の備忘録にはしたくないのだけど、許されて!

2008/09/02

 「芸能ビジネスを創った男 渡辺プロとその時代」(野地秩嘉/新潮社)

2008/09/04

 「東京の俳優」(柄本明 聞き書き 小田豊二/集英社)


2008/09/06

 「対談 笑いの世界」(桂米朝×筒井康隆/朝日新聞社)


2008/09/09

 「たそがれ清兵衛」(藤沢周平/文藝春秋)


2008/09/12

 「紳士同盟ふたたび」(小林信彦/扶桑社文庫)

 
2008/09/14

 「家日和」(奥田英朗/集英社)


2008/09/16

 「病室のシャボン玉ホリデー」(なべおさみ/文藝春秋)


2008/09/18

 「ブレードランナーの未来世紀」(町山智浩/洋泉社)


2008/09/20

 「ジュラシック・パーク(上)」(マイケル・クライトン/ハヤカワ文庫)


2008/09/22

 「誤報 ー新聞報道の死角ー」(後藤文康/岩波新書)


2008/09/23

 「ジュラシック・パーク(下)」(マイケル・クライトン/酒井昭伸 訳/ハヤカワ文庫)


2008/09/24

 「隠すマスコミ 騙されるマスコミ」(小林雅一/文春新書)


2008/09/26

 「隠し剣秋風抄」(藤沢周平/文藝春秋)


2008/09/29

 「オヨヨ島の冒険」(小林信彦/角川文庫)


2008/09/30

 「一回こっくり」(立川談四楼/新潮社)


 でもそれではあんまりだから、最新の読書から。

2008/10/14

 「昭和特撮大全 蘇る伝説のヒーローたち」(岩佐陽一/三才ブックス)

 TVの黎明期、「月光仮面」を代表とする宣弘社制作の一連のヒーロー番組に関する記述と写真に意味があるものの、昭和40年代以降(「ウルトラマン」「仮面ライダー」等)は何を今更という気がしてならない。誰を対象に書かれたものなのか。あくまでも子ども時代に特撮ヒーロー番組に夢中になって、やがて卒業していった40代以上の男性だろうか。
 たとえば、「シルバー仮面」について、内容が大人向けの高尚なものだから子どもたちがついていけず視聴率が伸びなかった、テコ入れのため巨大化(「シルバー仮面ジャイアント」)させたものの、結局2クールで終了してしまったとある。裏番組の円谷プロ制作「ミラーマン」の存在なんてまるで触れられていない。
 何かというと昔の作品はよかった、今の作品は屑だと書くが、本当にそうか?
 書名と表紙に興味をそそられるが、全体的に薄っぺらい印象。〈川内康範と月光仮面〉あるいは〈宣弘社とテレビ映画〉をテーマにして全体を構成した方が面白いのに。




「三浦和義自殺!」のニュースに衝撃を受けた。自殺とはまるで縁がない人と思っていたのだ。
 それにしてもサイパンでの逮捕以来、メディアが報道する際の〈三浦和義〉の肩書きに違和感を覚えて仕方なかった。何なんだ? 元社長って。人気アイドルグループの某が逮捕されたときの〈メンバー〉に匹敵する処置なのではないか。確かに、日本ではロス疑惑と言われた一連の事件にケリがついているのだから、三浦容疑者はおかしい。だったら、三浦和義氏とか三浦和義さんとか表記すればいい。が、そうしたくはない。たぶんメディアのプライドが許さない。アメリカでは殺人犯の一人として逮捕されたわけだから。
 だったらフルハムロードという雑貨店を営む実業家で、社長でもあったから元社長を使おう、なんて考えたマスコミがいてもおかしくない。で、皆右に倣えになったのか。社長でなかったらどうしたのだろう? 元社員。そんなところか。元容疑者だったら怒り炸裂か。

 ロス疑惑の決着のつけ方もおかしなものだった。銃撃事件では無罪になったわけだが、それは決定的な証拠がなかっただけのこと。もうひとつの殴打事件(殺人未遂)は有罪となって実刑をくらっているのだ。
 保険金欲しさに、他人の手を使って、奥さんを殺そうとしたことは事実。ゆえに、銃撃事件についてはまったくの無実だという主張については素直に耳を傾けることができない。たとえば、次を計画中に銃撃事件に見舞われたとしたら。襲ってきたきた犯人が本当に犯人だとしても、本人が妻殺しを頭の片隅で考えていたとしたら。そんなケースもありうるのではないだろうか。

 銃撃事件が起きて、最初被害者としてメディアに頻繁に登場する三浦氏に、胡散臭さを感じた。あまりにも自意識過剰なのだ。注目を浴びたくて浴びたくて仕方ないといった感じ。奥さんを輸送してきたヘリコプターに発炎筒をたいて自ら誘導するなんて、その代表的な行為だった。自分の足の怪我が完治しておらず、にもかかわらず足を引きずりながらヘリコプターに駆け寄っていくんだもの。もうまったくクサい芝居。
 その後のマスコミの過剰取材が常軌を逸していることは確かにそのとおりだけど、そんな状況を招いたのは本人の言動に原因があるのではないか。加熱取材にうんざりしながらも、楽しんでいたのではないかと思えてならない。
 だいたい、この方、実際に犯罪を犯していたとしても、無実を主張する人だ。主張した時点で、本当に無実であると信じることができる特技を持っている。だからこそ、サイパンで逮捕されたのだって、またニュースの中心人物になれると張り切っているのではと思っていた。とても頭のいい人だし、アメリカに移送されてからも、孤島奮闘するものと期待していたのに。

 週刊文春の〈疑惑の銃弾〉第一回が掲載される号の中吊り広告を目にしたときをよく覚えている。
「まさか!」
「でも、ありうるかもしれない」
「ガセだったらどうなるのだろう? 大丈夫か、文春」
 毎週、むさぼるように読んでいたな、あのころ。手塚治虫「アドルフに告ぐ」の連載が一番の楽しみだった。

 追伸

 他殺説も消えないようだ。もしそうだとして、三浦氏の死は誰にメリットをもたらすのだろうか。ロス市警にとっては、デメリットしかないように思えるのだが。
 自殺だとすると、やはり年齢からくる絶望なのだろうか?


 昨日は峰岸徹氏の訃報。
 本当なら、8月の「談四楼独演会」のゲストで落語が聴けるはずだった。6月の舞台降板に続いて、なべおさみさんに変更になった。予感があったので、あまり詮索しなかった。当たらなくていいのに、嗚呼。

 合掌




2008/10/04

 「夢をつばさにのせて 紙ふうせんチャリティコンサート」(下諏訪町総合文化センター やまびこホール)
 
 主催者の団体の名称や運営する施設に〈つばさ〉の文字があって、すぐに「翼をください」を連想した。案の定、施設のテーマソングだそうだ。開演直前、団体代表者の方の挨拶があって、わかった。紙ふうせんのコンサートを開催するのが夢だったとも。 
 これまで主催したチャリティコンサートは4回。ダ・カーポ、イルカ、アグネス・チャン、ビリーバンバン。もっと早く紙ふうせんを呼べばよかったのにと思わないでもないが、活動拠点が関西だから声をかけづらかったのかもしれない。
 そういえば、一時期、紙ふうせんが男女のメンバーを加えて4人組で活動していたこと、グループ名をTSU-BA-SAに変えたことがあった、なんて知っている人、主催者はもちろん、客席の中に何人いるだろうか。

 バックサポートはピアノの今出さん、AGのすぎたさん、そしてEBの浦野さん。東日本に浦野さんが遠征してくるのは珍しい。ウッドベースならもっとうれしかったのだが。
 僕にとって、ステージ上では、彼らを含めて紙ふうせんだ。もう一人、女性のコーラスを入れれば完璧なのにと思ったこともあった。もしかしたら、すぎたさんを入れて、PPMのハーモニーを目指しているのかも。
 今日は、もうひとり手話の女性がステージに立った。大阪からやってきたのだそうだ。まるで4人目のサポートメンバーのようだった。

 さて、「翼をください」のこと。
 徳永英明のアルバムに「VOCALIST」というのがある。かつてのヒット曲、名曲の数々をカヴァーしたものだが、その中に「翼をください」が収録されている。昨年の暮れに聴く機会があった。いや、いや、なかなかのもの(個人的には13曲の中で「会いたい」が一番お気に入りなのだが)。
 おや、と思ったのは、歌詞だった。2番の「今、富とか名誉ならばいらないけれど、翼がほしい」がないのである。「子供の時 夢見たこと 今も同じ 夢に見ている」があって、その後サビの「この大空に翼を広げ……」に続く。
 これ、赤い鳥が某コンテストで初めて「翼をください」を歌ったときのバージョンなのだ(と思う)。やがて、「今、富とか名誉ならばいらないけれど、翼がほしい」の歌詞が追加され、それまで1番+αというようなイメージだった歌がきっちりと1番、2番と区分された。正式なバージョンとなって世間的に認知されたわけだ。
 赤い鳥のアルバム「ミリオン・ピープル」では、このバージョンで歌っている。赤い鳥解散後は紙ふうせんがこのバージョンを歌い継いでいる。紙ふうせんコンサートにできるだけ足を運ぶようになってからは、ステージで聴かないことがないナンバーである。しかし、何度も聴いてるうちに、ある屈託がでてきた。「今、富とか名誉ならばいらないけれど」本当にそうか? 少しはお金欲しくないか? 金を稼いでもう少し裕福な暮しがしたいよ。年齢を重ねるうちに、この歌詞にある種偽善的な匂いを感じるようになってきたのだ。十代のころは違和感なく歌っていたのに。
 最近、「翼をください」は、「今、富とか名誉……」なしで歌われることが多いらしい。僕と同じ考えの人が増えたのか、なんてことは冗談で、もしかしたら、ソロになって「翼をください」を歌いだした山本潤子さんの影響ではないかと思っている。山本さんが歌っているのがこのバージョンなのでは、と。仮定の域をでていないので、ここでは言及しないけれど。

 「翼をください」は、(あらかじめ決められていた)アンコールで披露された。まず施設の生徒たちがステージに出てきて、花束贈呈。その後全員でシングアウトになるのだが、生徒の一人が、手話の人の動きにあわせて、自分も同じように表現する。これが実にかわいかった。
 

 ささぶね/いつも心に青空を/街を走り抜けて/ホーハイホー

 竹田の子守唄/赤い花白い花
 
 虹/あなたの風になりたい/Route43/冬が来る前に/船が帰ってくる
 
 翼をください/紙風船






2008/10/04

 下諏訪で紙ふうせんのコンサートがあった。〈つばさ福祉会〉という福祉団体が企画したチャリティコンサートだが、紙ふうせんはこの手のライブに定評がある。素朴だけど素敵な音を聴かせてくれるのだ。もう3年前になるが、品川プリンスホテル(クラブeX)で開催された某ラジオ局主催のジョイントライブより、群馬県伊勢崎市の人権啓発フェスティバルで行われたトーク&ライブの方がよっぽど充実していたのだから。それも入場無料だよ!

 もともと行くつもりだったところにFCの昔からの仲間、Wさんに声をかけられた。S氏も誘った。最初は一泊を考えたが、いろいろあって日帰りにすることに。Wさんと僕は埼玉、Sさんは神奈川。Sさんは自家用車で直行するという。「だったら私のクルマを出すから、運転して!」Wさんの提案に「喜んで」。
 直前になってWさんがNGに。ある事情で行けなくなってなってしまった。クルマ貸すわよ、と言ってくれたが、そうもいくまい。
 高速バスにするか、電車にするか。いろいろ悩んだ末、各駅停車の旅にした。特急を使わずに、ということは、時間はかかるが安価で行けるのである。まあ、バスよりちょっと高くなるが、予約なんてものがないのがいい。また電車なら本が読める。車窓から見る景色も楽しめる。電車の旅が一番なのだ。

 「旧怪談」(京極夏彦/メディアファクトリー)を旅の友にまず新宿駅へ出た。下諏訪への旅は新宿から始まるのである。中央線10時21分発の中央特快で高尾へ出て、中央本線、小淵沢行きの電車に乗り換える。この間44分。正午にまだ30分ほど時間があったが、後のことを考えてホームの立ち食いそば屋で月見うどんを。しばらくして、小淵沢行きの電車がやってくる。すばやく乗車して席を確保。が、それほど乗客はいなかった。電車は何度もトンネルを抜けながら、小淵沢へ。138分の旅。のんびりと本を読み、飽きると窓の外を見て、秋の到来を目で実感する。至福。

 小淵沢で、長野行きの電車に乗り換えなのだが、30分強の待ち時間があった。売店でビールとかきPを買って、待合室で時間をつぶす。
 小淵沢~下諏訪間の景色は高尾~小淵沢より町っぽくなる。稲刈りが進んだ田んぼに心が和む。郷里を思い出した。「旧怪談」も読了。
 40分ほどで下諏訪に到着した。新宿から196キロの旅である。
 時計を見ると14時42分。「何?」
 コンサートの開場は18時。何かアクシデントがあっても対応できるようにと、2時間の余裕をみて16時前後の到着を考えてネットで調べたはずなのに、午後4時を14時と打ち間違えたのか。
 仕方ない、駅前のカフェで時間をつぶそう。改札を通り過ぎた。駅前に何の店もなかった。上諏訪とえらい違いだ……。

 この項続く





 先週の土曜日(4日)、長野県の下諏訪にぶらり一人旅。今日はそのことについて書こうと思っていたのだが、予定を変更する。

          * * *

 今朝のTBS「朝ズバッ!」、芸能ニュースのコーナーだった。アシスタントの女子アナが沈痛な面持ちで「訃報です」。画面にはスポーツ新聞の第一面が映し出された。大きく〈急死〉の文字が。いったい誰が亡くなったのか? 思わずTVの前に駆け寄った。
「俳優の緒方拳さんが亡くなりました……」

 何だと! 怒気を含んだ声で叫んでしまった。
 この数年、70歳を越えた著名人の訃報には、なかば達観してその死を受け入れてきたところがある。自分の年齢を鑑みれば、仕方のないこと、「そういう年齢だから」と。
 日本は長寿国といわれているが、それは明治時代の人が長生きしているだけのこと。昭和の、それも成長期に戦争でひもじい時期をすごした世代はあまり長生きできないのではないかという思いがある。彼らの子ども、孫の世代になれば、ジャンクフードばかりを食しているから、もっと平均寿命が短くなるのではないか。しっかりした根拠なんてないけれど、僕自身はそう考えている。
 緒方拳も71歳。変な言い方になってしまうけれど、そういう世代になっているわけだが、なぜか、この人は80歳を過ぎても活躍すると信じていたので、訃報は衝撃だった。

 新国劇出身、NHK大河ドラマ「太閤記」の豊臣秀吉役で人気俳優の仲間入りした、なんてことは後で知ったこと。
 僕らの世代だったら「必殺仕掛人」が最初の出会いではないか。藤枝梅安。坊主頭の好色な鍼灸医。裏家業の仕掛では得意の鍼で人を殺める。強烈のキャラクターで人気を博した。
 中学2年のとき、隣の市から転校生がやってきた。当時でも珍しい坊主頭だったので、ただそれだけの理由でクラスで〈梅安〉と呼ばれ、あっというまに他のクラスに広まった。中学の陸上大会、高校のラグビー部、その後長いつきあいとなる。今でも会えば〈バイアン〉だ。本名を言われてもピンとこない。
 リアルタイムの「必殺仕掛人」(TBS)は、裏で「木枯し紋次郎」(フジテレビ)が放送されていたので、きちんと観たことがなかった。8年前に、再放送があって、夢中になった。それをきっかけに原作をあたり、緒方拳の梅安が原作と少々イメージが違うことに気がついた。原作者の池波正太郎もある時期まで緒方拳を認めていなかった。

 「砂の器」の、善良さが仇になって殺されてしまう元警官役も忘れ難い。松本清張原作の映画作品では、「砂の器」と正反対のキャラクターで「鬼畜」に主演している。名画座で併映されれば表裏の緒方拳が楽しめる、なんて誰かが言っていたっけ。
 1970年代の終わりから80年代にかけて、今村昌平監督とコンビを組んで、問題作を連発した。「復讐するは我にあり」「ええじゃないか」「楢山節考」。85年にはポール・シュレイダー監督「MISHIMA」に三島由紀夫役で主演し、三島文学ファンだった僕は大いに期待するが、残念ながら日本では未公開。とにかく今村監督以外でも数々の話題作に主演、助演してきた。ある時期の日本映画の顔と言っていいかもしれない。
 この数年は脇役で拝見すること多くなった。黒土三男監督「蝉しぐれ」、山田洋次監督「隠し剣鬼の爪」「武士の一分」、どれも藤沢周平の原作だ。
 今夏公開された「ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌」には妖怪(ぬらりひょん)役で出演していて(TVスポットで知ったのだが)驚いた。孫に喜ばれるなんて理由でオファーを受けたのではないか。孫がいるのかどうか知らないけれど。
 なんだか、日本のドラマ、映画でなくてはならない太い幹がポッキリ折れてしまったような感覚だ。悲しいというより非常にショック。出演しているTVCMなんてどうなるのだろう?
 倉本聡が最後の連続ドラマだと宣言した「風のガーデン」(フジテレビ)が遺作だという。
 
 
 今朝の朝日新聞の訃報欄に福田和禾子の名があった。NHK「みんなのうた」ファンならお馴染み。「北風小僧の寒太郎」の作曲者だ。ということを、この訃報記事で知った。堺正章が歌う「北風小僧の寒太郎」は大好きだが、作者を意識したことがなかった。
 では、なぜ福田和禾子の名前を知っているかというと、同じ「みんなのうた」で流れた「いかつり唄」の編曲者としてインプットされたのだ。和禾子の禾の読み方がわからず、あくまでも字面としてだが。ワカコと読むのか。ちなみに「いかつり唄」は紙ふうせんのデビュー曲。「みんなのうた」では五木ひろしが歌っていた。
 享年66。まだ若い。
 
 合掌




 承前

 「ジュラシック・パーク」の続編「ロスト・ワールド ジュラシック・パーク2」の単行本は1995年に出版された。またスピルバーグの監督で映画化され1997年に公開された。映画のタイトルは「ロスト・ワールド ジュラシック・パーク」。タイトルから〈2〉がとれたのは、スピルバーグに続編を撮らないポリシーがあるためだろう。
 こう書くと、「インディ・ジョーンズ」シリーズがあるではないかという反論がありそうだ。僕自身が当時そう考えていた。でもね、あれは主人公が共通なだけで、あくまでも一編、一編が独立した映画。シリーズであっても続編ではないのだ、たぶん。
 違った。フリー百科事典「Wikipedia」によると、マイケル・クライトンの小説は「ロストワールド(The Lost World)」が正式タイトルらしく、副題の「ジュラシック・パーク2」は日本向けにつけられたものだとか。そう訳者があとがきに書いていると。一度読んでいるのにすっかり忘れている。まあ、「ロスト・ワールド」だけだとオマージュを捧げたコナン・ドイルの「失われた世界(The Lost World)」と区別がつけにくいという版元の考えもあるのかもしれない。いや、ジュラシック・パークの文字がないと売り上げに影響するのだろう。
 それはともかく。

 「ロスト・ワールド ジュラシック・パーク」は、上映後から、かなり批判されたが、個人的には、ストーリーの破綻は認めつつも、とても興奮したことを覚えている。
 だいたい、恐竜の孵化、飼育を目的とした島(サイトB)の存在なんて、「ジュラシック・パーク」では全く触れられていなかったではないか。小説ではラストで死んでしまったマルカム(ジェフ・ゴールドブラム)を主人公にするのはいいとして(映画では生き残ったのだから)、あれほどの恐怖体験をした島にもう一度乗り込むものだろうか? マルカムの娘が登場する。明らかに黒人だ。ジェフ・ゴールドブラムは、WASPではない(と思う)が、かといって純粋な黒人でもない。ふたりは本当の父娘なのか? ヴェロキラプトルの凶暴さをいやというほど知り尽くしたマルコムが、夜の草原を歩くわけがない! 映画を観ている最中にいくつもの疑問が浮かんできた。 

 というように、ストーリー(シナリオ)は隙間だらけ、欠陥だらけ。スピルバーグにすれば、ストーリーのつじつま合わせより、ヴィジュアル先行だったような気がしてならない。
 とにかく観客をハラハラドキドキさせる監督の手腕に唸ったものだ。T(ティラノサウルス)-レックスによって海へ突き落とされるトレーラーのシークエンスに驚愕した。絶対絶命の危機で、トレーラーの窓ガラス上に落ちたヒロインのサラ(ジュリアン・ムーア)。ガラスにはひびが入り、動くと、ひびが広がっていって割れてしまう。しかし、動かなければ、トレーラーごと海に落ちてしまう。そのジレンマ。こんなサスペンスがあったんだ! スクリーンを凝視しながら快哉を叫んだ。(後で強化ガラスはああいうひびははいらないだろうと気がつくのだが)
 ジャングルでのT-レックスと人間たちの追いかけっこにもとんでもなく興奮。「餓亥羅」を企画しているものとして、「待ってました」の心境だった。そして、怪獣映画ファンのためのT-レックスの都市蹂躙!

 スピルバーグにとって恐竜の王者はT-レックスだった。それは「ジェラシック・パーク」を観ていればよくわかる。T-レックスにゴジラをリンクさせていることも。「ロストワールド ジュラシック・パーク」で決定的となった。
 本来なら、クライマックスはヴェロキラプトルの追撃をかわし、ヘリコプターで島(サイトB)を脱出したマルコムやサラたちが、翼竜と戦うというものだったという。技術的な問題で、まだCGで翼竜を十分に描くことができなかったので、T-レックスが海を渡って街に上陸するエピソードを採用することになった。
 コナン・ドイルの「失われた世界」はジャングルからプテラノドンをロンドンに連れ帰ってひと悶着が起きるエピソードが最後にある。「失われた世界」を映画化した「ロスト・ワールド」では、原作のプテラノドンをブロントサウルスに変更して街を破壊するシークエンスがクライマックスになっている。
 マイケル・クライトンがコナン・ドイルの作品にオマージュを捧げて同名タイトルにした小説は、映画化されると、今度は映画にオマージュを捧げられる展開になっているわけだ。ブロントサウルスがT-レックスに姿を変えたのである。同時に「GODZILLA」が公開される前に自分なりのゴジラ(による都市破壊)を映像化したかったのではないだろうか。

 原作は映画鑑賞のあとに読んだ。小説の主人公はどうなっているのか? まさか、前作でラストで死んだマルカムが主人公なわけがない。原作では別のキャラクターだったものを、映画化にあたってマルカムに変更した、と思っていたのである。
 原作でもマルカムが主人公だった。死亡説が流れたが奇跡的に一命を取り留めたとあっさり生き返ったのだ。そんなバカな! 「ジュラシック・パーク」では、絶命の瞬間も描かれているのである。
 映画「ジュラシック・パーク」が大ヒットして続編の製作が検討されたとき、マルコムの再登場という案にマイケル・クライトンがノったのではないか。自分の分身みたいな存在のキャラクター。殺すのが惜しくなった……。だからあっと驚く強引なウルトラCの処置で生き返らせた。
 しかし、やはり無理がある。ゆえに、続編の小説は、映画で生じた疑問点がいろいろと解消されたにもかかわらず、1作目に比べると明らかにパワーダウンしている。一度読んでそれっきりになった。

 今回、「ジュラシック・パーク」を読みなおしてわかったのは、この1作にすべてが含まれているということだった。もう見てみたいヴィジュアルが満載! 実際、映画「ロスト・ワールド ジュラシック・パーク」の冒頭のエピソードは「ジュラシック・パーク」からもってきたものだ。映画オリジナルの第3弾「ジュラシック・パークⅢ」は翼竜が登場して見せ場を作るが、これだって、原型は「ジュラシック・パーク」にある。
 映画しか知らない人は一度読んでみるといい。




 小説世界をそのまま映画化するのは、予算的、技術的に無理というもの。よって、映画は基本ラインを押さえながら、ストーリーも登場人物もシンプルなものになっている。子どもの観客を考慮して、T-レックスが弁護士を噛み砕く以外、直截的な残酷描写はない。

 小説と映画の違いをあげると、まず、小説の兄妹が映画では年齢が逆転して姉弟になっていること。これは、兄妹コンビをすでに「ET」で描いているので、二番煎じになるからだと推測していたのだが、実際はスピルバーグ監督が弟を演じた子役を気に入っていたためらしい。その子役を起用するのであれば、もう一人は年齢的にいって妹ではなく姉でなければならない。
 また、映画ではグラント(サム・ニール)とサトラー(ローラ・ダーン)は恋人だが、小説では大学の教授と教え子の関係にある。
 ハモンド(リチャード・アッテンボロー)のキャラクターもずいぶん違う。映画では、いつも夢を追っているやさしいおじいさんといった感じだった。小説では金儲け主義の野望に燃えた企業家。パーク関係者の誰からも嫌われている。だからだろうか、ラスト近くで恐竜の餌食になってしまう。
 ハモンドと犬猿の仲で、始終カオス理論を使って、ジュラシック・パークの破綻を説いてきたマルカム(映画ではジェフ・ゴールドブラムが演じている)もT-レックスに噛まれた傷が悪化してラストで絶命する。ところがこの二人、映画では助かって、(マルカムは大怪我はするものの)島から脱出するのである。映画がある種のハッピーエンドと書いたのは、この変更があったから。二人が助かる代わりに、小説でラストまでグランドたちと一緒に恐竜と戦う弁護士のジェナーロや恐竜監視員のマルドゥーンが犠牲になるのだった。

 映画にはグラントたちがジュラシック・パークのツアーで出かけ、途中で病気で動けなくなっているトリケラトプスに出会うシーンがある。飼育員に一ヶ月ごとの周期で繰り返す原因不明の病気と説明されると、サトラーがあたりの植物や糞を調査してその原因を追究するが、結局わからずじまい。小説では、なぜ周期的に起こるのかちゃんとサトラーが解明してくれる。罹病するのはトリケラトプスではなくステゴサウルスであるのだが。
 そういえば、映画でジュラシック・パークを訪れたグラント一行が最初に目撃する恐竜はブラキオサウルスだった。小説にはブラキオサウルスは登場しない。アパト(ブロント)サウルスなのである。

 映画はハモンドやマルカムが生き残り、あたかも続編を示唆するような終わり方だったが、小説はこの一作で完結していた。ジュラシック・パークはコスタリカ軍によって恐竜もろとも徹底的に粉砕された。関係者はコスタリカ政府によって軟禁。情報が外部に漏れないよう画策された。こうしてインジェン社の事業は闇に葬られたのだ。
 もし、続編があるとしたら、海を渡っていった恐竜たちのその後を描くことになるのだろう。たぶんないだろうが。
 だから、4年後の1997年にマルカムが再登場する続編「ロスト・ワールド ジェラシック・パーク」が公開されたのはおかしくない。が、映画の原作でもある小説「ロスト・ワールド ジェラシック・パーク2」の主人公もマルカムだとすると、にわかに信じられなくなる。
 これはいったいどういうことなのか?

 この項続く




 承前

 マイケル・クライトンの小説は単行本が上梓されてころから読みたいと思っていたものの、スピルバーグ監督による映画化を知って、映画の鑑賞を最優先にした。映画を観るまでは読むまいと。小説を先に読んだら、映画を楽しめないと思ったからだ。原作つき映画で、原作を凌駕する作品なんてほとんどない。「ジュラシック・パーク」はCGを駆使した、今までにない特撮を見せてくれると前評判だったが、ストーリー的には、活字による情報量に勝てるはずもない。それまでの経験からも、映画を先に観て後から原作をあたったほうが何かと納得がいくことがわかっていたのである。
 
 1993年の7月20日の日記にこう書いている。

     ◇
 久しぶりのスピルバーグ映画。久しぶりにスピルバーグが本領を発揮した映画ということ。
 スリル&サスペンス。
 もちろん、CGとフルモデルを巧みに使い分け、まさしく本物!と思わせるヴィジュアルも楽しみだが、ストーリーを引っ張るのは恐竜と人間の追いかけっこ。やるか、やられるか、その緊張感だ。
 オープニングで「未知との遭遇」を思い出した。ショッキングな映像の連続は「ジョーズ」を連想させた。
 SFXを少しも感じさせない。
     ◇

 同じ年、公開前にでた文庫版「ジュラシック・パーク」(マイケル・クライトン/酒井昭伸 訳/ハヤカワ文庫)は書店で見つけてすぐに手に入れていたのではないだろうか。映画鑑賞後に読み始めた。
 予想していたとおりだった。先に読んでいたら、キャスティングやストーリーの改変あるいはその展開に大いなる不満を抱いただろう。
 7月27日の日記を引用する。

     ◇
 思った通り、小説の方がストーリー展開にしろ、描写にしろ、何倍も奥行きが深いし面白い。
 これは批判ではない。
 小説と映像が同じ素材で勝負するなら、ほとんど小説に軍配があがる。
 映画と小説に続けて触れて、その表現の違いが理解できた。
 たとえば、オープニング。映画は轟音とともに暗闇の森林からブルトーザーが出現する。観客もここでもう映画の虜になるだろう。最初から何かが起こりそうな予感。しかし、すぐに物体が恐竜でないことがわかりがっかり。その後、作業員が檻の中に〈何者か〉に引きずられるシーンでまたまた興奮!
 小説では、まず事件の概要が紹介される。プロローグで奇妙な事件がいくつか起こって、さて、その真相は……的展開。映画みたいに最初から弾んでいない。
 エンディングも、映画はある種のハッピーエンドだが、小説は未来への不安を残しつつ、不気味な読後感を与えながら幕を閉じる。
     ◇

 DVDを観ていたら、案の定小説が気になってきた。プロローグの、すでにジュラシック・パークの崩壊を予感させる事象のスケッチと恐竜の一部が管理の隙間をぬって海を〈わたっ〉てしまい、あらたな恐怖が生まれつつあることを知らしめるエンディングの余韻を味わいたい。
 読み返した。3度目の読書である。

 この項続く





 もう何週間も前になる。無性に「ジュラシック・パーク」が観たくなった。
 ロードショー時に真っ先に劇場に駆けつけた。映画は夏休みの一番の目玉として1993年7月に封切られたのだが、夏休みになったら子ども連れの家族でものすごく混雑する。土日も同様。というわけで、今だから言えるのだが、平日、昼休みに食事をしてくるふりをして有楽町の日劇に向かったのである。にもかかわらず、45分前ですでに列ができていたのだから驚く。
 劇場でもう一度観たいと思ったほどだからビデオになってまた鑑賞。TV放映されれば必ずチャンネルを合わせる。これまで何度観たかわからない。

 金曜日に帰宅途中のレンタルビデオ店でDVDを探したがない。まあ、TSUTAYAまで行けばあるだろうが、そこまで寄り道するつもりはなかった。
「明日、図書館に行くとDVDがあったりして」
 予感が的中した。最近2週間おきに図書館に行っているものの、一度も棚で見かけたことがなかったのに。レンタル店なら一週間290円だが、図書館なら二週間無料。なんたる幸運! 二週間で何度も観た。まずは字幕で、次に吹き替えで。もう一度字幕で。特典映像もすべてチェックした。

 恐竜が大好きだ。小学生のころ「恐竜グワンジ」「恐竜百万年」という恐竜映画に驚愕した。日本の怪獣は作り物だが、この2本の映画に登場する恐竜にはホンモノの質感があった。以来、恐竜について興味がわいてきた。入門書も買って勉強した。ジュラ紀、白亜紀。ブロントサウルス、ティラノサウルス、トリケラトプス、プテラノドン……。この本を参考に「恐竜物語」というタイトルの漫画を描いたこともある。生まれたばかりのブロントサウルスの赤ちゃんが母親を探すストーリー。大学ノートを使っての鉛筆描き漫画であるが、描いているときの楽しみといったらなかった。
 体長50mの(日本の)怪獣はあくまでも架空の生物だ。対して、恐竜や翼竜は何千万年も昔にこの世に存在していたのである。大きさもさまざまだ。はるか昔、地球上を闊歩していた恐竜。想像しただけで興奮してしまう。その姿をこの目で見てみたい! いつしかそれが夢の一つになった。

 あるときから恐竜の擬似ドキュメンタリーが作れないものかと夢想するようになった。ジュラ紀や白亜紀に、もしカメラを持ち込めたらという世界観で、恐竜たちの生態を追うのである。TV「野生の王国」のノリ。ビデオにして売り出したらどうだろう。テーマ別に各巻30分、セットとバラ売りで。特撮をどう処理するかが難問だが、当時は映像事業部というところに所属していたから、ぜひとも実現させたい商品だった。「密林恐竜」なんてタイトルを考えていた。
 そんなある日、電車の中吊広告で単行本「ジュラシック・パーク」の発売を知った。作者はマイケル・クライトン。現代に恐竜を蘇らせる話だという。これは読みたい、となったわけだが、もっと胸ときめかせたのは、この小説をスピルバーグが映画化するというニュースを聞いたときだ。
「こりゃ、恐竜ブームがくるな」
 それは確信に近かった。だから、部長、その前に恐竜ビデオを作りましょうよ。ブームに乗って脚光浴びますから! 部長は聞く耳を持たなかった。実際にGOサインが出たとして、鑑賞に堪えられる内容(映像)になったかどうか。

 この項続く



プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
私家本「僕たちの赤い鳥ものがたり」
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」

神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。遊びにきてください。

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