承前

 今出哲也さんがいつから紙ふうせんのバックでピアノを弾くようになったのか。以前、自身のブログで30年のつきあいになると書いていた。後藤さんに確認したところ、ディクショナリー時代だという。CBSソニー時代の2枚目のアルバム「フレンズ」前後。ギターの竹田一彦氏を中心にしたジャズミュージシャンのバンドである(当然ベースは浦野さん)。アルバム時のメンバーに今出さんの名前はない。ということは、もっとあとにキーボード勝山氏に代わってメンバーに加わったのか。
 はっきり覚えているのは、2001年、初めてシアター・ドラマシティで行なわれた紙ふうせんコンサートだ。オーケストラピットで二十数名のミュージシャンを相手に指揮をしていた(&ピアノ)。その後リリースされた「青空と海」ではアレンジを担当。アルバムタイトルにもなっている「青空と海」はえひめ丸犠牲者への鎮魂歌だが、この前奏アレンジが実にヴィジュアル的なのだ。事故の模様が目の前に迫ってくる。

 このコンサートでコーラス隊の一員だったのがすぎたじゅんじさん。その前、確か2回目の紙ふうせんクリスマスコンサート(六甲オリエンタルホテル)のゲスト(前座?)が漢字四文字の名前(ああ、また忘れてしまった、今はHaruなんだけど)の男性デュオで、その一人がすぎたさんだった。後藤さんの後輩(大学とサークル)と紹介されていた。シアター・ドラマシティーのあと、西口ヨシユキさんに代わって紙ふうせんのバックでギターを担当することになる。ギターはもちろんだが、すぎたさんの魅力は透明感あふれる声にある。ということで今紙ふうせんのステージは三声なのだ。

 すぎたさんの趣味は木工。しかし、これ趣味なんてレベルではない。この春、小学校に入学した息子さんのため机を作ってしまったのだから。その出来上がりはまさにプロ。娘さんにはベッドを作った。その腕前にシンガー・ソングライターならぬシンガー・ソングカーペンターと僕は命名しましたよ。ライターはソングにくっつく言葉、ゆえに「ソングカーペンターなんておかしい!」とお思いの方、そんなことオレだってわかってますって。でもニュアンスはわかるでしょう?
 すぎたさんは地元神戸でギター教室の講師も務めているが、木工教室やっても十分やっていける。何がうらやましいって息子、娘さんたちの尊敬を一身に集めていることだ。

 まあ、それはともかく、今回のすぎたさん、まず弾き語りでオリジナル「夕焼け」を披露した。で、日頃の関係を逆にして紙ふうせんのふたりをバックコーラスにして歌をうたいますと「ザ・ウォーター・イズ・ワイド」(+浦野さんのベース)。

 夕焼け/ザ・ウォーター・イズ・ワイド

 主役のふたりもそれぞれコーナーを受け持つ(ベースの浦野さんのピン芸はなし)。
 まずは後藤さん。
「帯広のTさんから手紙をもらいました……」
 紹介されたのが帯広(の合唱団)で歌い継がれている曲「赤い山青い山白い山」。思い出したのがファーストアルバム「またふたりになったね」に収録されている「青い山赤い山」だった。ケルト民族伝承歌に後藤さんが詞をつけたもの。Tさんもその関係で問い合わせしてきたのだろうなあとうれしくなった。

  ねむれるように ねむれるように
  うたをうたいましょう

  青い山には 青い鳥が
  くるよ 朝にはね

  赤い山には 赤い小鳥が
  くるよ 日暮れ時

  白い山には 白い小鳥が
  くるよ 寒い冬

  ゆめみる子には きれいな鳥が
  くるよ 窓辺にね

 あの幻想的な歌の原点は帯広にあったのか。

 この項続く






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2009/04/26

 「紙ふうせんスペシャルライブ」(Mister Kelly's)

 紙ふうせんのFC限定スペシャルライブが今年も開催された。一昨年、昨年と「SOUND INN 英國館」だったが、今年は場所が変わって「Mister Kelly's」。北新地のホテルビスタプレミアオ堂島の1階にあるジャズのライブスポットだ。
 13時に東京を出て、15時30分に新大阪に到着。JR京都線だか、宝塚線だかに乗り換えて大阪へ。大阪駅からは、プリントアウトした地図を頼りに会場を探し出す。見づらい地図だったので住所で探し出したといっていい。16時には会場に到着していた。ホテルに入ってすぐ右が店だった。入口のガラスドアから中を覗くとは今まさにリハーサル中といった感じ。
 すぐ近くのカフェで時間をつぶし、開場の17時ちょっと前に戻ると、後藤さんが入口にいた。「やあ」と右手てあげて一声。「手紙読んだよ、『僕たちの赤い鳥ものがたり』の告知の件、了解。告知は僕がやるわ」
 「僕たちの赤い鳥ものがたり」のチラシを来場者に配布したいこと、もうすぐ自主出版するので買って欲しい旨の告知をしたいと大阪行きの前に後藤さんに手紙をしたためたのである。

 17時35分、後藤さんの挨拶によってライブがスタートした。
 最初のコーナーは、後藤さんを真ん中にして下手に平山さん上手にすぎたさん。
 いきなり「いかつりの唄」だ。続いて「竹田の子守唄」、PPMメドレー。
 大内さんがPAを担当しているためか、音(特にヴォーカル)が厚い。そういえば、今回、店で大内さんを見かけちょっと不思議な感じがした。コンサート会場では、もちろん大内さんがPAを担当している。最初は大阪だけだった(と思う)が、この数年は関東でも姿を見かけるようになった。たぶんある時期から一緒に日本全国駆けまわるようになったのだろう。後藤さんの音響に対する信頼が厚いというわけだ。その信頼がこの内々なイベントでも発揮されたのか。

 いかつりの唄/竹田の子守唄/PPMメドレー 悲惨な戦争・パフ・天使のハンマー

 歌い終わって、後藤さんが言う。
「じゃあ、ここでしばらく食事の時間にしましょか。あちら(ステージ下手がキッチン)のテーブルには料理ができてるようだし。料理をとりわけたり、僕たちもスタッフやりますよ」
 後藤さん、食事がブッフェ型式だと思ったらしい。実際は、スタッフが各テーブルに運ぶということを指摘されて「だったら、ライブやるぞ!」だって。

 続くコーナーは第一回からお馴染みの「バックミュージシャン、あんたが主役だ」。
 最初はピアノの今出哲也さん。関西ジャズ界の横山やすしと呼ばれているとかいないとか。二人の若いミュージシャンを呼んだ。ベースのミツオカさん(男性)、ドラムの愛ちゃん(女性)。愛ちゃんは一昨年、昨年と紙ふうせんリサイタルでドラムを叩いているので、FCにはお馴染みの女性。一昨年のリサイタルでは、後藤さんが年齢を言うと会場から驚きのようなため息のような声がもれたものだった。
 今出さんがやはり年齢に触れた。
「この二人の年齢をたすと僕の年齢になるんですよ。イヤになっちゃう」
 「ユー・アー・マイ・サンシャイン」の演奏の後、ジャズについてうんちく話。
「次は、今日のお客さんで知らない人はいないと思います。ですから、曲名言わないので、何の曲から当ててください」
 演奏が始まって、テーブルに座っていた平山さんがすばやく「わかった!」と手を挙げた。
 別にそこで正解を言って、何か賞品がもらえるわけでもないのに。

 ユー・アー・マイ・サンシャイン/翼をください

 ふたりめはギターとバックコーラスを担当しているすぎたじゅんじさん。

 この項続く





 ジャガーズのヴォーカル、岡本信の訃報に声をあげた。浴槽で亡くなり、連絡がとれなくなった知人が自宅を訪ねて発見されたという。孤独死というのがまずやりきれない。翌日だか、2日後だったか、朝日新聞埼玉版に恒例となったGSコンサートの広告が掲載されていた。やはり、ジャガーズとして名前があった。哀しい。

 ジャガーズといえば、今では「君に会いたい」でよく知られている。邦画ファン、小林信彦ファンなら「進め!ジャガーズ 敵前上陸」(監督:前田陽一)で有名か。
 タイガースやテンプターズに夢中になっていた当時、僕はジャガーズを知らなかった。タイガーズやテンプターズ、スパイダースがA級だとすると、C級クラスのバンドだったと思う。実際、「敵前上陸」は、最初スパイダースの主演で企画されたのだ。途中で当時まだ無名だった井上順の単独主演になって、最終的にはなかったことに。で、スケジュールが空いているジャガーズになったという経緯がある。ここれらへんの顛末は脚本を担当した小林信彦(当時の筆名:中原弓彦)が怒りをこめて書いている。何しろ決定していた主演女優までも併映作品にとられそうになるのだから。
 ジャガーズは知らなかったが、後年「君に会いたい」という曲を耳にしてから興味がわいた。中近東風メロディーはストーンズの「黒くぬれ」を意識したのかどうか。懐メロソングになってCMでも取り上げられて以降、ジャガーズの名が世間に知れわたったような気がするのだが……。

 カーナビーツのアイ高野、モップスの鈴木ヒロミツ、ゴールデン・カップスのデイブ平尾、テンプターズの大口ヒロシ。団塊世代GSメンバーが次々と亡くなっている。岡本信は59歳。ため息がでてしまう。

 一つ上の世代の死に声をあげたが、同世代の、それも自殺だと声すら出ない。同世代というか、同い年だもの。
 清水由貴子は「スター誕生」の決勝戦でスカウトされたときから知っている。ヒットがなく、歌手としてはイマイチ、イマニの印象があるが、タレントとしてかなり長い間活躍していた。いわゆる代表作はないけど、いつでも、どこかに顔をだしていて、でも嫌味にはならず、あの笑顔と底抜けの明るさは視聴者をホッとさせた。今なら島崎和歌子みたいな存在だろうか。
 このままずっと芸能界(TV界)で浮遊していくんだろうなあと思っていた。あるときからまったく見なくなった。まさか引退していたなんて。最近もふと思ったりした、彼女どうしているのだろうと。だから余計に今回の訃報はショックだった。

 私生活が公になるほど胸が締め付けられる。この人の人生って、母親のためにあったようなものではないか。
 母親の介護のために、芸能界から引退した、一般人になって仕事をしていた、なんてことは初めて知った。
 同時期にデビューしたライバルは、適齢期になって結婚し家庭を持った。この人にはまったくそういう噂がなかった気がする。その裏にはこんな事情があったのかと、今さらながら思う。
 それにしても、今まで恋をしたことはないのだろうか? 結婚を意識した人はいないのだろうか?
 あとわずかで50歳に手が届く。そのとき、母親のこれからのこと、自分の老後のこと、妹さんのこと、さまざまな思いが去来したことだろう。父の墓前での母親とのやりとりを想像すると涙が出そうになる。何も言えない。

 二人のご冥福をお祈りいたします。
 





 承前

 実行犯と名乗る男の言い分を信じてしまいました。私たち週刊新潮もあの男に騙されたんですから!
 そんな言い訳で、今回の問題を処理してしまっていいのだろうか?

 週刊文春の名物編集長だった花田紀凱氏。この名前を活字で目にすると、どうしても紀凱を〈きがい〉と読んでしまう。これで〈かずよし〉だなんて。まあ、いいや。
 花田氏は文春の後に新雑誌「マルコポーロ」の編集長に就任した。「マルコポーロ」は華々しく創刊されたものの、部数は思ったほど伸びなかった。そんな状況下、問題が起きた。ナチのガス室による大量虐殺はなかったとする記事を掲載して、世間の、特にユダヤ人団体から猛反発をくらったのだ。この団体は広告を掲載している企業に対して、即刻出稿をやめるよう要請し、ほとんどの企業が同調する事態となった。ことは雑誌「マルコポーロ」だけの問題でなくなり、文藝春秋という出版社の存続に関わる事件に発展してしまったのである。
 文藝春秋は、花田編集長を解任し「マルコポーロ」の廃刊を決定した。花田氏は文藝春秋を辞めた。

 「マルコポーロ」のこの号はすぐに買い求めた。記事は某医師によるものだった。この方が主張する〈ガス室がなかった〉とする論考を花田編集長は本当に信じたのだろうか? とまず思った。たとえば、東京大空襲はなかった、なる論文を発表したらどうなるか。そうした歴史的事実に「NO」といったところで結果はわかりきっている。にもかかわらず花田編集長は記事に価値ありと判断したわけだ。次はどう出るのかに興味を持った。反論を載せるのだろうか? 論戦になって、完膚なまでにこの医師が叩きのめされるところを見たい。それが率直な感想だった。
 だから、団体が広告ボイコットによって、雑誌を廃刊に追い込み、この問題に触れさせなかったのは、やはり「言論の自由」の根幹に関わるものだと思っている。とても残念だった。言論に対してはやはり言論で立ち向かうべきなのだ。どんなくだらない言動に対しても。あまりに低級なら相手にしなければいい。

 「マルコポーロ」の場合は別の次元から責任問題がでてきたわけだが(結局社長も退任した)、今回の週刊新潮の、誤報に対する責任はどうなっているのか? 先週号の編集長の報告は、まるで自分たちが被害者のような口ぶりだった。この報告ですべてを終わらせてしまうのか。編集長は交代するようだが、これは別に誤報による人事ではないとのこと。
 4回にわたって手記を掲載し、反論に対しては、手記掲載が終了してからと態度を保留、終了したとたん、実行犯とされる男が週刊誌主導で「記事」が捏造されたとインタビューに答え、新潮は新潮で男の嘘を見抜けなかった、男に騙されたと主張する。
 何なんだ、この展開! 金が欲しい嘘つき一般人にコロッと騙されるメディアが最近多すぎる。
 スクープさえ取れれば、まず最初に大きな打ち上げ花火をあげさえすれば、後はどうにでもなる。売らんかな主義に毒されていると揶揄されてももう何も言えない。
 ジャーナリズム、ジャーナリストっていったい何? と情けなくなるようなエンディングである。週刊新潮ってもう少し骨のある雑誌だと思っていた。出版社系週刊誌の権威が落ちたことは確かかもしれない。





 承前

 週刊文春に「疑惑の銃弾」と題された特集記事が掲載されたときの、それを最初に中吊広告で知ったときの印象ははっきり覚えている。
「こんなこと記事にして大丈夫なのだろうか? もし間違っていたら、文春はどうなるのだろう?」
 確かに〈悲劇の人〉三浦某はTVニュースで見る限り、〈やけに目立ちたがり屋〉なところが鼻につくようになっていた。人間性に疑問が生じてきたところだから、保険金目当てで妻の殺人を現地の人に依頼したと言われれば、個人的には「うん、そういう雰囲気あるよね」と反応したくなる。だが、保険金殺人ははあくまでも疑惑でしかない。決定的な証拠はまだなく、推定で記事は書かれているのである。相手は一般市民だ。もし犯人でなかったら責任問題等、とんでもない状況に発展するだろう。余計な心配をしてしまったのだ。
 この文春の記事にTVのワイドショーが飛びつき、連日連夜の報道に明け暮れることになる。その騒動はハンパじゃなかった。
 
 週刊新潮に「朝日新聞阪神支局襲撃事件」実行犯の手記が掲載されることは前日の中吊広告で知った。あのときの衝撃が蘇った。と同時に、何か嫌な気持ちになった。納得できない気持ちと言えようか。
 いくら実行犯が実名で手記を発表しようが、すでに時効になっている事件だ。本人には何のお咎めもない。だからこそ名乗りでたのだろう。遺族はどう思うのだろうか? まずその点が気になった。

 たとえば、三億円強奪犯人が名乗りをあげるというのなら、まだわかる。あの事件も衝撃的な事件だったがよく考えてみれば、現金輸送車(の運転手と助手の二人)がニセの白バイ警官に騙されてまんまと金を車ごと盗まれただけのこと。犯人に襲われてて重症を負ったなんてことなかった。今から考えればリアルルパン三世みたいな存在で、犯行は単独で行われたのか、それともグループだったのか、計画はどのように練られたのか、これまでどうやって生活してきたのか、確認したことは山ほどある。時効になってから現れても許せてしまう。
 対して「朝日新聞阪神支局襲撃事件」は一人が死亡、一人が重傷を負った極悪非道な殺人傷害事件だ。犯人が、時効を隠れ蓑にメディアに登場してきて事件について語られてはたまらない。事件の真相が解明されるのはありがたいだろうが、だからといって、犯人に対して何もすることができない。何かしらの形で罪を償わせたいがどうすることもできない。嫌な気持ちになるのはここだ。自分は時効という安全地帯にいて、記事をきっかけにしてうまいことマスコミの寵児となって儲けるだけ儲ける。〈犯人〉の魂胆が透けて見えた。
 この手記にいったいどれだけの価値があるのだろうか? 素朴な疑問だった。

 かつての「疑惑の銃弾」のような衝撃、インパクトがあったにもかかわらず、この手記はそれほどの盛り上がりを見せなかった。TVをはじめとするメディアが後追いしなかったのだ。新潮としては少々あてがはずれたのではないか? 朝日新聞は手記の内容に信憑性がないと反論してきた。朝日新聞の天敵、文春さえも手記を書いた男をよく知る知人、関係者の証言を集め、手記の内容を切り捨てた。
 にもかかわらず、新潮側が手記の連載を続行。
「もし手記が嘘だったら新潮はどうなるのだろう?」
 その思いは現実となってしまった。

 実行犯の男は手記がでっち上げだと証言を翻してしまった。誤報を認めた新潮は先週(16日)発売号にこの顛末についてまとめた記事を掲載した。タイトルは〈「週刊新潮」はこうして 「ニセ実行犯」に騙された〉。
 オードリーの目だたない方(若林)がモノマネする藤岡弘、になっちまうよ。
「おい、おい、おい、おい……」
 隣の中尾彬をモノマネする春日になってすかさず言うだろう。
「あんた、被害者かい!」

 この項続く






 承前

 週刊誌っていい加減だよなあと思うことは僕にもある。
 週刊文春は大学1年から愛読している。1979年から現在までずっと購入し続けている。あっというまの30年だったような気がする。
 買いはじめたときの定価はいくらだったのだろう? 220円とか230円だったか。見開き2ページのエッセイは向田邦子、田辺聖子、野坂昭如の3人だった。今は、林真理子、椎名誠、小林信彦がメインだ。「赤塚不二夫のギャグゲリラ」が連載されていて、終了すると手塚治虫の「アドルフに告ぐ」が始まった。「疑惑の銃弾」の記事…あのころが文春の黄金時代だったのではと思っている、個人的には。
 なんてことはどうでもよくて。

 何が言いたいかというと、そんな文春でも腹が立つことがあるということ。ゲームメーカーS社の自虐的CFで話題を呼んだ某専務をグラビアで取り上げた。部下の女性たちと居酒屋で騒ぐ専務の写真にキャプションがついていた。その後、しばらくしてこの専務にスキャンダルが発覚した。当然、文春が話題にする。そのとき使った写真が、グラビアと同じものだった。大仰な言い方になるが、こういう行為を〈仁義にもとる〉と言うのではないか?

 文春については、4年前、mixiにこんなことを書いた。

     ◇

 ●文春・謝罪・中吊広告 2005/04/21

 1999年に文京区で起きた幼児殺人事件。犯人は同じ幼稚園に通う園児の母親だった。当時大いにメディアをにぎわせた事件だ。殺人の動機は殺された娘の母親にあるとも報道され、週刊文春を20年以上愛読している私は、有名私立幼稚園の、〈お受験〉に狂騒する母親グループの実態にさもありなんと納得したものだった。だったら子どもではなく母親を殺せよとも思った。

 ところが、実際はそうではなく、加害者の思い込みが原因とのことで、被害者の母親はその手の記事を掲載した週刊誌に対し名誉毀損を訴え、それぞれ和解しているとのこと。最後に残された文春とも和解したことが今回のニュースであるが、注目したのは雑誌だけでなく、中吊広告にも謝罪文を掲載したことだ。
 多くの人は中吊広告で記事を知り、それで済ませてしまうことがほとんどだ。たとえそれが誤報だったとしても、インプットされるのは記事のタイトルだから、訂正はきかない。だからこそ、中吊広告への謝罪文掲載なのである。意味があると思った。

 NHKの大河ドラマ「元禄繚乱」が終了する間際だったろうか。某週刊誌の中吊広告でこのドラマに綱吉役で出演していたショーケン対するバッシングを知った。発言元は当のドラマのチーフプロデューサー(ディレクター?)だった。
「元禄繚乱」のショーケンは久しぶりにらしさを発揮していて、個人的にとても満足していたので、この記事に心おだやかでなかった。その日、退社するとすぐにコンビニに走って記事を読んでみた。記事はプロデューサーがショーケンの芝居にかける意気込みを絶賛しているものだった。中吊広告のタイトルとはまったく逆の内容なのだ。
 驚きとともに怒りがわいてきた。
 世の大部分のサラリーマン(OL)は中吊の記事のタイトルで判断してしまう。「ああ、またショーケンが問題をおこしたのだろう」ぐらいの認識がインプットされるだけ。いや、内容が広告のタイトルと同じであればそれはそれでいい。だが、これはまるで逆でまさしく虚偽である。こういうのって許されるのか。
 たぶん、広告であわてたファンが週刊誌を買ってくれたら的な発想による宣伝活動の一つなのだろう。冗談じゃない。単なるペテンではないか。あの時は編集部に怒りの手紙をだそうかとも思った。めんどくさいのでやめたけれど。

 それでもショーケンみたいな有名人、著名人ならメディアを使って反論も可能だ。しかし、無名の一般人はそうはいかない。メディアの一方的な報道でズタズタにされた人は過去いくらでもいるだろう。
 かつて井上陽水が大麻で逮捕された時のメディアのヒステリックなバッシングに反感を覚えた私は日記に上のようなことを書いている。あれからもう20年以上経つが、現実は何一つ変わっていない。
 そういう意味でも今回の裁判所の指示は的確だと思う。
 と書きながらまだ私は不安である。金がなければ裁判だっておこせないのだから。

     ◇

 ショーケンの記事だと、週刊新潮の記事に腹が立った、というか、まさに「?」だったことがある。新潮は毎週立ち読みしている。
 記事の内容は、大麻の影響でショーケンの骨が極度に脆くなって、すぐ骨折してしまうというものだった。本人(の事務所)にも取材して否定されているのだが、なぜ記事になったのか、そこがわからかった。だいたい大麻と骨折の関係がどこまで解明されているのか、追及されていない。噂話の域をでていないのだ。バッシング記事かと思わせていて、ショーケンの主演映画にも触れているから、新手の宣伝記事かとも思った。
 談四楼師匠は、新潮に書評を連載しているので、独演会には担当の編集者が顔を見せる。この記事については、その方に思わず聞いてしまったほどだ。記事の趣旨は何なのか、執筆者に確認してほしい、と。

 まあ、これもどうでもいいことだ。
 問題は週刊新潮の誤報について。
 その前に、朝日新聞社阪神支局襲撃の実行犯の手記が掲載されたことについて。

 この項続く






 前々回書いた某タレントの謹慎処分の原因、16日発売の週刊文春(&週刊新潮)によると、大手芸能プロダクション(のトップ)の怒りを買ったことによるものらしい。公開イベントに参加したリスナーのチクリが発端だというのだが、そう指摘されればされたで、TVが沈黙するのもわかる気がする。これは別の芸能プロダクションだが、所属する人気タレントが逮捕された際、各局のニュースでは〈容疑者〉ではなく〈メンバー〉と呼称していたのほどだから。
 まあ、TVは報道に適さないメディアなのだろう。

 報道といえば、まず新聞が思い浮かぶ。しかし、この媒体もけっこう曲者だ。取材に関しては記者クラブなる存在が何かと問題になっている。クラブに加盟していない社(記者)を排除する、その精神からしておかしい。
 TVや新聞がニュース(記事)にできない、あやしいネタをいち早くすっぱ抜くのが週刊誌の週刊誌的存在価値ではないか。政治家のスキャンダルなど、出版社系の月刊誌、週刊誌がなかったらほとんど表沙汰にならない。

 数年前、週刊文春の発売指し止め事件があった。田中真紀子の娘に関する記事に対して、本人から「プライバシーの侵害」と東京地裁に発売禁止の仮処分を申し立てがあり、簡単に認められてしまったのである。
 出版の自由を侵害する重大事件なのに、東京地裁の決定に真っ向から異議を唱えたのは、産経新聞だけだったと記憶する。文春は大学時代から毎週愛読しているから、この号も発売日朝に駅前の売店で買った。当該記事を読んだ感想は「これがプライバシーの侵害だろうか?」、「この記事が原因で、何十万部も発行されている週刊誌の発売を中止にしていいのだろうか?」というものだった。記事そのものは大した内容ではない。あってもなくてもどうでもいいもの。そんな記事のために、毎週楽しみにしている小林信彦のエッセイが読めなくなるなんて許せない。

 かつてマンガの性表現に関して規制する動きがあった。児童への悪影響を考えて、是とする人たちも多かったと思う。しかし、この手の問題は、目の前の事象だけを見てはいけない。木だけではなく、きちんと森も見て判断しなければならない。でないと、後で手ひどいしっぺ返しをくらうのだ。表現の規制が拡大解釈されて別のジャンルで適用されてしまうこともあることも十分考慮すべきなのである。
 どんなに下らない、低級な出版物であっても、権力によって、発売(出版)を指し止める、中止にするということがどんなに重たいものか、よく考えるべきである。
 確かに、いい加減な取材によって、確たる裏づけもなく、デタラメなことを書く週刊誌もあるだろう。日頃から週刊誌を色眼鏡で見ている人もいるかもしれない。
 今回の週刊新潮の誤報に対して、「それみたことか」と休刊、廃刊を唱える者もいるかもしれない。特にかの宗教団体なん天敵だから願ったり叶ったりなのでは?

 この項続く





2009/04/15

  「談四楼独演会 第163回」(北澤八幡神社 参集殿)

 着いたのが19時ちょっと前、すでに師匠の高座が始まっていた。そうか、立川流新二つ目シリーズが終了したけれど、開始時間は18時のまま。出演者が減ったのだから、当然師匠の出番は早くなる。
 平日は最初からは無理にしても、師匠の2席とゲスト(の芸)が見られるからと納得していたのだが、これからはこういうことが起こるわけだ。特に一席目は長めのマクラが楽しみなのだ。うーむ、何とか対処しなければ。

 立川春太「?」
 立川こはる「?」
 立川三四楼「?」
 立川談四楼「人情八百屋」

  〈仲入り〉

 三遊亭歌武蔵「相撲の話あれこれ」
 立川談四楼「紺屋高尾」

 ゲストは久しぶりの噺家さん。元力士。とにかく身体が大きい。高座が壊れてしまうんじゃないかと思ったくらい。ニヤッとした顔がホンジャマカの石塚に似てなくもない。
 開口一番、「ただ今の協議について説明いたします」。爆笑。
 まず自己紹介から始まった。歌武蔵は〈うたむさし〉と読む。「かむぞうではありません」「中にはきゃばくらなんて読む人がいるんですから」
 師匠は山のアナアナの、あの円歌さん。ああ、だから歌武蔵なのか。今日は中野から中央線と小田急線に乗ってやってきた。中野へはバスを使います。乗ってきたバスがロータリーを出たところで乗用車とぶつかって…以上、事故紹介。
 このネタ、別の噺家さんでも聞いたことがあるけど、いつもいつも本気にして「大変だったなあ」と思う。私って天然?
 私が相撲をやめた5つの理由。
 ちゃんこは鍋料理のことではない、相撲取りが作る、食べる料理はすべてちゃんこ!
 相撲に関するウンチク話、勉強になります。ちゃんこの件は知っていたけど。

 相撲は国技というが、別に政府が決めたわけではない。ではいつから相撲=国技になったか? もともと両国に相撲場があった。蔵前に相撲場をつくるときと名称を「国技館」とした。「嘘だと思うのならネットで調べてください」
「相撲はスポーツではない」
 では何?
「興行です」
 なるほど。
「どこに、弟子をスカウトする師匠がいるものですか。弟子は師匠のところに押しかけて来るんです」
 おお、言われてみればそのとおり。
 いわゆる××部屋をわかりやすくたとえれば芸能プロダクションだとか。
「引退式を国技館でやるとしますね。さまざま方から祝儀が入ります。会場費等、当日かかった経費を支払い、残金を親方と折半。師匠が半分とってしまうんだ。こんなこと落語界ではありません。……立川流は知りませんけどね」大爆笑。
 目の前に扇子や手ぬぐいと一緒に腕時計を置き、時間を確認しながら話している噺家さんを初めて観た。

 「人情八百屋」は久しぶり。貧乏長屋で出会った幼い姉弟に300文を恵んだ気の良い八百屋。再び長屋を訪ねてみると、両親に死なれた二人は近くの火消しに引き取られたという。恵んだ300文があだになった。珍しく金が入ったことから、おいしいモノでも食べようとしていた一家のところへ強欲大家がやってきた。支払いが滞っている家賃のカタに300文を持っていこうとする。この金はこれこれしかじかでと言い訳しても聞く耳持たない。両親はこれを苦にして自殺したのだ。八百屋があわてて火消しの家へ。自分のしたことが大変な事態を招いてしまったと恐縮する八百屋に、感謝こそすれ恨みなんてこれっぽっちもないと優しい言葉をかける火消し。ただ一つだけお願いがあると。姉弟二人の面倒は少々金がかかる。どちらか引き取ってもらえないものか。どちらかだなんて、二人とも引き取ります。そうは言ったものの、子どものいない八百屋は心配になってきた。
「私に躾(しつけ)ができるでしょうか?」
「何、言ってやがる、俺は職業柄、火付け(ひつけ)はできねぇ」

     ◇

 筑摩書房のPR誌「ちくま」4月号から師匠の連載が始まった。新作古典落語「長屋の富」をもとにした時代小説。
 昨年上梓した「一回こっくり」は最終章が落語だったが、「長屋の富」はまさに落語のように始まる。もう全編会話。師匠の小気味良い江戸弁を思い浮かべながら読むと格別だ。





 言っていることは決して間違っていない、むしろ正論。なのに、発言の場所を間違えると大問題になることがある。某タレントの不適切発言による無期限謹慎処分で思い知った。
 このニュース、不思議なことにネットでとても話題になっているのに、TVのワイドショーでは取り上げられている様子がない。ネットニュースでも、どんな発言があったのかまでは触れられていない。相手に迷惑がかかるからと、事務所もラジオ局も口をつぐんでいるのだ。
 しかし、さすがネットだ。当該番組での、北野某と女性アナウンサーとのやりとりがいくつかのブログで紹介されていた。
 あの宗教団体を批判したのだった。

 某タレントには舌禍事件の過去がある。ある熟年女性歌手を誹謗して大問題になった。誹謗の内容は容姿に関することだったと記憶するが、この歌手も確かこの宗教団体の信者だったような。今回は、この宗教団体の政党が与党であることのおかしさを指摘し、トップ批判したことが原因らしい。
 この宗教団体の政党が与党になってから、昔から与党だったもう一つの政党の片棒をかつくようになってから確実に日本はおかしくなっている。与党になったことが問題なのではない。本来なら敵対するこの二つの政党が手を組むこと事態がおかしい。それは僕自身が以前から感じていたことでもある。
 たとえば「個人情報保護法」。この法律が本当に一般市民の個人情報を保護するために施行されたものなのかどうか。政治家のスキャンダル防止が目的でないことを信じている。
 だいたい、特定宗教による政党の政治権力行使は憲法違反だというのに、これまで問題にされたためしがない。もうひとつの憲法違反、自衛隊は、何かと批判されるのに。

 今回、恐ろしく思ったのは、某タレントの無期限謹慎についてTVがまったく触れないことだ。某タレントが酔っ払って暴力をふるった、未成年者への淫行で逮捕された、なんていう事件なら、もうワイドショーは大騒ぎだろうに。

 信仰の自由は憲法で保障されている。それは僕だって承知している。誰が何の宗教を信じようが何も言わない。ただし、彼(彼女)が、自分の信じる宗教を僕にも押しつけようとするなら黙っちゃいない。こちらにだって、信仰の自由があるのだから。
 選挙になると電話をしてくる友人がいた。高校時代はラグビー部の一員として一緒に汗を流した奴だし、久しぶりのことだから、会いたいと言われれば悪い気はなしない。ところが、約束の日時にやってきた友人の横にはまったく知らない人がいて怪訝に思った。「何この人は?」こちらは思い出話に花を咲かそうとしているのに。友人の友人だということだが、見ず知らずの人がいたら、何かと気を使ってしまう。話しはじめてやっと友人が電話してきた理由がわかった。某政党の立候補者に清き一票をお願いします。要件はただそれだけ。
 こんなやりとりを何回繰り返したか。ラグビー部の他のメンバーと、一度か二度意見したことがある。以来、電話はなくなったが、つきあいも途切れてしまった。毎年正月に行っているラグビー部の飲み会へいくら誘っても出てこようとしないのだ。
 
 この宗教団体の勧誘について、非常識なやり方に怒り心頭になったことがある。
 大学3年の夏休みだった。冬に母親が脳腫瘍の摘出手術を受けた。その後思うように回復せず、結局寝たきりになってしまった経緯がある。
 その日、夕方、自動車学校の講習から帰ってくると、弟が中年女性二人の相手をしていた。あの宗教団体の信者である。母親の見舞いを装って上がりこむとしきりに入信を勧めるという。延々としゃべくりまくって、弟は夕飯の支度ができないと怒っている。今度は僕が相手することに。カチンときたのは次の言葉だ。
「入信すれば、お母さんの具合も良くなるわよ」
 バカ言うなってんだ! もし良くならなかったら、あんたたちが責任とってくれるのか。いや、彼女たちの言葉は十分予想できる。こう言うに決まっているのだ。「信仰心が足らないのよ」
 とにかく、入信するつもりはないと、お引取りを願った。こちらが強く出なければ、彼女たち、何時間でもわが家で粘っただろう。

 もし僕がタレントだとして、ラジオのレギュラー番組でこうした経験を話しても、やはり問題になるのだろうか? 





2009/04/11

 「人類ドピュー」(アートシアターかもめ座)

 桃色軍手の公演に森本浩さん、もとい芥勘兵衛(あっかんべぇ)さんが客演するというのでK氏を誘って阿佐ヶ谷へ。桃色軍手は東京倶楽部のメンバー、山崎栄氏が主宰する劇団。2年前、町田政則さんが主演した第10回公演「その奥へ ゲシヒテ」を下北沢で観ている。前衛というか、アングラというか、アチャラカというか、かなりぶっ飛んだ内容で、客を選ぶ芝居であることは確か。
 今回も人を食ったタイトル、どんな内容だかわからない。わかったとして、そのとおりに芝居が進行するかどうか。その旨桃色軍手初体験のK氏に伝える。

 座席に用意されていたパンフレット(?)に今回はディケンズの「二都物語」だと書いている。ディケンズも「二都物語」も名前やタイトルは知っているが、どんなストーリーかまでは把握していない。まあ桃色軍手のことだ、そう謳っているだけで、実際の芝居は「二都物語」を換骨奪胎したもの、いや、まるで違ったテイストに仕上がってるなんてことも十分予想できる。

 幕が開くと、いきなりどこかの学校の男女混声合唱団の整列だ。芥勘兵衛さんの指揮でアンジェラ・アキの「手紙 ~拝啓 十五の君へ」をフルコーラス。続いて、客席からふんどし一丁のキリストが登場して長台詞を絶叫。暗転後、紳士に扮した芥勘兵衛さんが蛙男(!)に出会って、パリへの道を尋ね、そこにカウボーイ(確かクリントといった)が出てきて……。
 ほら、何がなんだかでしょう? とんでもない芝居が展開する要素がプンプンでしょう?
 ところが、ところが。
 その後、舞台がパリのレストラン(居酒屋?)になってからは、ちゃんと「二都物語」になっているのである。途中、オチャラケも挿入されるものの、ほぼ真面目な赤毛芝居が展開された。これには驚きだ。

 「二都物語」はどんな物語なのか?
 ウィキペディアによれば、「ダーニーとカートンの2人の青年と無罪の牢人の娘ルーシーとの悲劇的な恋を描く」とある。二都とはパリとロンドンのこと。
 18世紀のフランス革命前夜を時代背景に、パリとロンドンを舞台にしてダーニー、カートン、ルーシーの物語は進行する。貴族政治に反旗を翻す民衆と、彼らの陰謀に巻き込まれて苦悩する上流階級の3人。特にダーニーはフランスからイギリスに亡命した貴族。ある件で故国フランスに舞い戻ったダーニーは捕らえられて幽閉の身に。ダーニーの妻となったルーシーと父親は釈放を求めてさまざまな運動を展開させるのだが、哀れ、裁判の結果は処刑。しかし、ルーシーを想い続けているカートンは、自分を犠牲にしてダーニーを助けるのだった。牢番を買収してダーニーと入れ替わったカートンはあっけなく処刑されてしまう……。

 小さな舞台に作られたのは、居酒屋のセット。テーブルや椅子を出し入れすることで、そこが裁判所になったり、牢屋になったり。芝居はなんでもありだから、もうそれだけで「二都物語」が演じられるのだ。が、前半は、登場人物の人間関係が理解できず、置いてけぼりをくらった。後半、やっとストーリーの輪郭が浮かんできて、舞台に集中できた。
 しかし、この物語、ダーニーとカートンの外見が似ている(瓜二つ)からこそ入れ替えが成り立つのだ。なのに、扮する役者はまるで往年のアボット&コステロのような凸凹コンビ。処刑の段階で真相がバレてしまうだろうに。なんてことは言ってはいけない。それこそが桃色軍手の桃色軍手らしさ、か。
 だいたい、18世紀のフランスだというのに、居酒屋で歌われるのがブルースとはこれ如何に(この歌のタイトルが「人類ドピュー」)? ラストはゴスペルの合唱なのだから。しかし、それが妙にフィットしていたのだから、まあいいや。個人的にはブルースハープの音色に聴き惚れた。
 東京倶楽部の芝居同様、始終音楽がバックに流れている。そういうやり方は好きでではないが、選曲は巧い。

 たとえ、芝居そのものに夢中になれなくても、舞台に集中できるか否かは、役者の口跡による。芝居の前半で改めてその思いを強くした。口跡というか、台詞廻しというか、台詞の発声そのものに味があれば、聴いているだけで心地よくなれるのだ。一般論として通用するかどうかわからないが、少なくとも僕はそうである。






 承前

 八朝師匠の落語はこれで3回目。最初に苦言。最近古今亭十八番の噺が他の噺家にとられている。これは由々しき問題であると。例としてネタを挙げた。「柳田格之進」「井戸の茶碗」。どちらも談四楼師匠が得意としている噺ではないか。そういえば「ぼんぼん唄」も昔志ん生がやっていた噺だ。だれも演る人がいなくて数年前から談四楼師匠がとりあげるようになって好評を博している。「しかし、それは古今亭一門がだらしないからだ」と自己反省して師匠志ん朝の思い出を語ったあとに「火焔太鼓」を。映画「しゃべれども しゃべれども」で主人公の二つ目が演じていた有名な噺。「おじゃんになる」ではなく「どんどんよくなる」とサゲを変えていた。

 美利伊晩盤はホンモノのビリーバンバン。八朝師匠の場合、ゲストにフォーク歌手が登場することが多い。事務所が同じらしい。
 マイペースの森田貢さんのときも思ったけど、この手のライブだったら、ギター1本で勝負すべきではないだろうか。フォーク歌手なんだから。ちゃんとしたサウンドで聞かせようとする配慮だろうけど。最初の曲、某時代劇の主題歌を聴きながらそう思っていたら、「白いブランコ」「さよならをするために」は弟さんのギターだけ。そうこなくっちゃ。ハーモニーっていいなあ。お兄さんはもうウッドベース弾かないのだろうか。それから、ダチョウ倶楽部の肥後さん、ぜったいお兄さんのモノマネができると思う。

 志ん生の娘さんで、志ん朝のお姉さんの美濃部美津子さんからご挨拶と、八朝師匠へ××(八朝と名前が刻印された板? 名称わからず、誰か教えて!)の贈呈。美津子さん、お母さんによく似ている。本の写真でしか見たことないですが。
 そこにまたまたサプライズゲスト。鶴瓶さんが登場したのだ。
 鶴瓶さん、最初、ゲストを依頼されたとき、「TVのロケもあるから行けるかどうかわからない、時間があれば行きます」と答えたんだそうな。テイのいいお断り。にもかかわらず後日手紙が郵送されてきて、そこにはこう書かれてあった。「お忙しいなか、(ゲスト出演を)了解していただき、誠にありがとうございます。早速会場への地図を同封いたします」
「こんな手紙きたら、行かなあきまへんでっしゃろ? 脅迫でっせ、これ」
 ロケの帰り、急いでかけつけてきたとのこと。

 伊奈かっぺいさんと八朝師匠の出会いは渋谷ジャンジャンだという。若かった八朝師匠は、かっぺいさんのトークショーで仕入れたくすぐり、ギャグを自分の高座で披露していた。要は盗作。その行為が師匠に知られることになり、お詫びにジャンジャンの楽屋を訪ねた。これがつきあいのはじまりだった。
 青森の方は、言葉だけでなく耳もなまっているということでTVCMもこう聞こえる。
「セイコーの時計がスツジ(7時)をお知らせします」
「コーラの栓をぬくときの音、何て聞こえます? シュポッ! ですかね。でも青森は違う。スカッと爽やか、コカコーラ ペプシッ!」
 これでつかみはOK。あとは2年前に退職された青森放送最後の日のドキュメント。95%の真実、4%のデフォルメ、1%のギャグで語られた(かどうか知らないけど)その日の模様は爆笑につぐ爆笑!

 最後のサブライズゲストはピンキーこと今陽子さん。八朝師匠はデビュー時からの大ファンで、追っかけだった。これは談四楼師匠も同じ。今でも今さんのライブに足しげく通っている。また、一昨年から巣鴨のStudio Fourで開催するようになった「二人会」にはお客さんでいつも今さんが来ている。打ち上げ時の人気者だ。
 カラオケで歌った「見上げてごらん、夜の星は」は圧巻。まさにミュージカルのフィナーレのよう。感動。一度今さんが出演するミュージカルを観劇した方がいいかも。

 さあ、ラストは八朝師匠の二席目、と思いきや、私服に着替えた談四楼師匠が出てきて、「(午後)9時が終演時間、ここでお開きとさせていただきます」。
 時計をみると、ほんと9時だった。あっというまの3時間。談四楼師匠の音頭で3本締めでお開きとなったわけだが、落語あり漫談あり歌ありの五目ソバ、幕の内弁当イベントで、春の宵を楽しませてもらった。






2009/04/08

 「芸人人生四十年 古今亭八朝の会 大好きな人たちに囲まれて」
                               (日暮里サニーホール)

 談四楼師匠の同期で友人でもある八朝師匠の噺家生活40周年を祝う会があった。 
 日暮里サニーホールは、日暮里駅から歩いて1分ほどの、ホテルランクウッドの4階にある。入ってびっくり、かなりの広さだ。サニーホールといえば、立川流の落語会「日暮里寄席」が定期的に開催されていて、それで名前を覚えた。「ええ! こんな広い小屋で寄席やっているの?」と驚いたのだが、あちらはコンサートサロンというもっと小さなスペースだった。こちらは大ホール。
 キャパ400名のホールがほぼ満杯になった。


 大至「相撲甚句」
 古今亭志ん八「牛ほめ」
 古今亭志ん馬「宮戸川(お花半七なれそめ)」
 桂才賀 ~サプライズゲスト
 立川談四楼「漫談」
 古今亭八朝「火焔太鼓」
 美利伊晩盤「ミニライブ」

  〈仲入り〉

 美濃部美津子「ご挨拶」
 笑福亭鶴瓶 ~サプライズゲスト
 伊奈かっぺい「津軽より」
 今陽子 ~サプライズゲスト


 受付時にもらったプログラムには書かれていなかったが、最初登場したのが大至さん。相撲甚句を聴かせてくれた。内容は、八朝さんの芸人人生40年を祝ったものだろう、たぶん。
 続いて古今亭一門の志ん八さんの「牛ほめ」。開口一番の定番噺だ。
 与太郎噺、それも古今亭となると、どうしても志ん五さんを思い出してしまう。昔、フジテレビの深夜に「落語 in 六本木」という番組があり、志ん五さんの与太郎噺に大笑いしていたのだ。以後与太郎というと志ん五バージョンの〈見るからにバカな奴〉しか受けつけなくなってしまった。というか、与太郎とはああいうキャラクターだと。談四楼師匠の独演会に通うようになり、与太郎にも噺家によっていろいろなタイプがあるのだと知った次第。

 志ん馬さんは、八朝師匠がCDの宣伝で北澤八幡の参集殿でうたったとき、バックで応援していた。「宮戸川」は北澤八幡の独演会で聴いたことがある。あまりに遅い帰宅で家に入れてもらえなかった幼なじみの男と女が、男の叔父さんの家に泊めてもらって、男女の仲になってしまう噺。ひとつ布団の中でさあ、これからというところで、ソデを見て「時間のようで」。マクラで今日の持ち時間は○分ときつく言い渡されていると念を押しておくことがキモかもしれない。

 最初のサプライズゲストとして紹介されたのが才賀さん。北島三郎の「函館の女」をバックに踊り芝居(?)を披露した。ガムテープで貼り付けた何段ものダンボール箱が高座に投げ入れられる。着流しの才賀さんが横になっていたダンボール箱を縦にすると、「箱縦(はこだて)」! 歌詞に併せた当てぶりの踊りで笑わせ、最後は指名手配中の男だとわかり、追ってきた刑事に逮捕されるオチ。
 友人ゲストの談四楼師匠は八朝師匠と同い年。入門も同じ。まずはお祝いの言葉を述べてから、「よく考えてみたら、私も40周年なんですよね」。大爆笑だった。アルバイトでやった結婚式の司会の裏話。ギャグの連打で爆笑また爆笑。たぶん最初からそのつもりだったのだろう、落語には入らずマクラのみ。

 この項続く




 承前

 「蝉しぐれ」は海坂藩の下級武士の子(養子)、牧文四郎の成長物語である。ドラマは内野聖陽が演じていてイメージにぴったりだった。子役(森脇史登)からのバトンタッチも違和感がない。映画は子役(石田卓也)と青年(市川染五郎)のギャップが大きすぎた。
 これはふくにも言えることだ。伊藤未希が大きくなると水野真紀になると思える。映画(佐津川愛美→木村佳乃)はまったくの別人だった。キャスティングのミスがなければ、映画はもっと評価されたのではないか。役者はどちらも上手い。だからよけいに残念だった。

 黒土三男は十数年「蝉しぐれ」の映画化を企画していたという。映画化にGOサインがでないことから、まずテレビドラマで世間にアピールしたのだろうか。だったら、ドラマの内野聖陽をそのまま映画の主役にしようとは考えなかったのか。石田卓也が成長すればぜったい内野聖陽である。市川染五郎にはなりっこない。

 親友役の逸平は石橋保が演じていて、これが実にいい味だしている。映画のふかわりょうの飄々とした頼りなさも悪くはないが、やはりテレビドラマに軍配があがる。もう一人の親友与之助には宮藤官九郎。映画の今田耕司よりやはりこちらの方が〈らしい〉。

 最初の山場である、切腹した父親の亡骸を荷車に乗せて文四郎が自宅まで運ぶシークエンス。途中上り坂で前に進むことができなくなった文四郎を見て、坂の上に居合わせたふくが駆け寄ってきて一緒になって荷車を押す感動的なくだりだ。ドラマでは内野聖陽と水野真紀が演じているのだが、これは子役に演じさせた映画に軍配があがる。
 ドラマの場合、内野聖陽(水野真紀)が十代半ばから四十代までを演じている理屈なのだろうが、これは完全な演出ミス。見るからに子どもゆえの非力、子どもとはいえ、ふくの文四郎への一途な想いを一瞬のうちにわからしめる重要なシーンなのだから、大人が演じては興ざめだ。
 その他、個人的に映画の方が心に染みた、切腹前の父(緒形拳)と子の会話のシーン、江戸のつとめが決まったふくが一人で牧家を訪れるシーン、ラストの中年になった文四郎とふくの再会シーン。なるほど、映画は自然(四季)描写を含めて映像で物語を語り、ドラマは役者の芝居に重きを置く。ナレーションの有無も大きい。

 テレビドラマはけっこう忘れていることが多い。ラストの再会シーンで、ふくの出家前の最後の願いを聞き入れ、文四郎とふくは肌を重ねるのである。その結果ふくは「もう未練はない」と俗世間に別れを告げることになる。まあ、原作も同様の展開なのだが、実際のところ、そんなことがありうるのだろうか? 相手は未亡人とはいえ藩主の側室なのである。現代的と評したのはここだ。
 だから、映画のふくが、「あなたの子どもが私の子どもで、私の子どもがあなたの子どもで」といった回りくどい言い方で、暗に文四郎と結婚したかった気持ちを表し、それに応えるように文四郎が昔のように「おふく、おふく」と二度名前を呼ぶくだりに涙がこぼれた。実際に見せなかっただけで、この後しっかり抱き合っているのかもしれないが、このやりとりに封建制度のしがらみが感じられて、にもかかわらず、本心を言い合うふたりの心情が垣間見られて胸にくるのである。

 テレビドラマは、ふたりが再会してから回想に入るので、ナレーション等で時代の流れは理解できる。また、ふくを巻き込んだ世継ぎ問題の事件後のエピソードもきちんと描いているから、それ相応の時代の流れを感じることもできる。ただし、役者だけを見た場合、青春時代と壮年時代にそれほどの違いはなかった。
 映画なんて、子ども時代から時系列に描くのだが、尺の関係上、世継ぎ問題の事件後のエピソードはすべてカットされているので、ふたりが再会するまで二十数年の歳月が経っているなんて思えなかった。

 本当なら、文四郎とふくを演じる役者は3人必要だと思う。7、8歳の子役、14、5才の思春期時代、それから成人。木下恵介監督の「二十四の瞳」のように、兄弟(姉妹)で子ども時代を演じわけ、メインの役者につなげるという方法があるのだが、オーディションが大変だろうな。





 NHK金曜時代劇「蝉しぐれ」をDVDで観たことは以前記した。
 本放送以来初めてのこと。シナリオを書いた黒土三男が、脚本だけでなく監督も担当した映画版を観たあと、ドラマとの違いを確認したくてしかたなかった。願いがやっとかなったというわけだ。
 数々の賞を受賞している。
 ・第30回放送文化基金賞 ドラマ番組部門 作品賞、出演者賞(内野聖陽)&演出賞(佐藤幹夫)
 ・モンテカルロ・テレビ祭 ゴールドニンフ賞最優秀作品賞
 ・ゴールドニンフ賞主演男優賞
 21世紀になってからNHKを代表するドラマとして、現代劇は「ハゲタカ」、「クライマーズ・ハイ」、時代劇は「蝉しぐれ」か。皆、後に映画化されているのが特徴だ。

 さて、「蝉しぐれ」、DVD2枚に全7話が収録されている。
 DISC1:「嵐」「蟻のごとく」「ふくと文四郎」「秘剣村雨」
 DISC2:「罠」「逆転」「歳月」「特典映像」

 最初に注目したのは音楽だった。小室等が担当していたのだ。劇伴はもちろんのこと主題歌「遥かな愛…」も。作詞は及川恒平。往年のコンビ復活。すでに〈まるで六文銭のように〉で活動していたのだろうか? 普天間かおりという歌手がうたう楽曲は、ニュー演歌風。いいちこの新しいブランド(ラベル)のCMで、坂本冬美がうたっている曲を彷彿させるような、というか。
 この「遥かな愛…」、クレジットでテレビバージョンと表記されているのが気になってしょうがない。ドラマのタイトルバック(の長さ)に合せて曲を編集するのは当たりまえじゃないかと思うのだ。にもかかわらず、テレビバージョンと断るのはどうしてか?
 やはり理由があったんですね。及川恒平氏のオフィシャルサイトに自身が書いた歌に関するコーナー「歌のはなし」がある。そこに、この曲が主題歌(エンディングテーマ)に起用されたいきさつが書かれている。

 ドラマは主人公の牧文四郎(内野聖陽)とふく(水野真紀)が二十数年(?)ぶりに再会して、子ども時代、青春の日々を回想する体裁をとっている。映画とまずそこが違うことがわかった。時間がたっぷりあるから、原作をきちんと映像化している。そして、たぶんここが重要だと思うのだが、現代的感覚でドラマ化している。

 この項続く






2009/04/01

 「ジェネラル・ルージュの凱旋」(MOVIX川口)

 かつて、新宿駅近くにあった大衆劇場。戦前から戦後にかけてレビューや軽演劇が人気を呼んだ。由利徹や有島一郎、とらやのおばちゃんで有名な三崎千恵子や「ビビンビンのビンちゃんでーす」の楠トシエらが在席していた。そんな劇場の復興をめざして、軽演劇好きの役者たちが立ち上がった……「ムーラン・ルージュの凱旋」。
 ……うーむ、無理があるな。前回の「チーム・パスタ」はうまくはまったけど。
 だいたい新宿の大衆劇場=ムーランルージュを知っている人なんて60歳以上だろう。ビビンビンのビンちゃん=楠トシエ…「おはようこどもショー」を知っているのは40歳以上か。ロバくんの着ぐるみに入っていたのは声を担当する愛川欽也その人だった。
 そんなことはどうでもよろしい。

 「チーム・バチスタの栄光」に続く、海堂尊の〈田口・白鳥シリーズ〉映画化第2弾。小説の2作目は「ナイチンゲールの沈黙」だが、第3作の「ジェネラル・ルージュの凱旋」がなぜ映画化されたのか、映画を観ればよくわかる。ドクターヘリは話題もホット、絵的にも十分サマになる。

 今が旬の堺雅人が演じる救急救命センター(ERですな)の速水部長。彼が業者と癒着しているとの匿名の手紙が神経内科医の田口(竹内結子)の元に送付されてくるところから映画は始まる。田口は「チーム・バチスタ」事件を解決したことで、病院内の倫理委員長を任命される大出世(?)。本人、ほとほと嫌気がさしているのだが。そこへ事故で足を怪我した白鳥厚生労働省技官(阿部寛)が入院してくる。実は白鳥のところにも同じ内容の告発文が送られてきていたのである。時同じく癒着業者の営業マンが病院で飛び降り自殺した。
 速水部長の不正は本当なのか? 営業マンの自殺との関連性は? またまた田口・白鳥の凸凹コンビの活躍がはじまった!

 最初速水部長が得体の知れない悪者として登場するが、何、そんなことない、最後はドンデン返しで〈いい人〉になるのはお見通し。実際前作ほど謎解きにキレはない。役者とキャラクターが把握できれば誰が犯人かなんて途中で予想がつく。
 では、「ジェネラル・ルージュの凱旋」が前作に比べてつまらなかったかというとそんなことはない。竹内、阿部のコンビを見ているだけでも笑いがこみあげてくる。その他、病院長の國村隼、不定愁訴外来看護師の野際陽子、外科医の平泉成、レギュラー(?)がでてくるともうそれだけでうれしくなる。クライマックスでは、それこそチーム・バチスタの面々もカメオ登場するわけだから。キャラクターがいいと話もはずむのか。まあ、シナリオ(斉藤ひろし・中村義洋)が巧いのだろう。
 神経内科医で倫理委員会副委員長の高嶋政伸は「L change the World」以降、新境地を開拓中か。その部下でちょっと要領の悪い林泰文。速水に何かと反発している部下の山本太郎、速水の共犯と告発されている看護師、羽田美智子、速水にほのかな想いを寄せる貫地谷しほり。適材適所といったキャスティングでクライマックスでテーマを謳いあげた。
 治療や手術シーンに職人フェチの血が騒ぐという、個人的な理由もある。この手の描写がまるで嘘くさくないというのもこのシリーズの魅力だろう。
 
 この田口・白鳥コンビが活躍する医療ミステリ、竹内結子、阿部寛の主演、オリジナルストーリーで連続ドラマ化すれば面白いのでは? 映画製作がTBSなのだから、出来なくはないと思う。






プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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