「BOSS」はラス前(第10話)で衝撃的な展開になった。
 警視庁内に巣食う裏金作りに端を発し、天海祐希率いるチームの生みの親、天海の上司である竹野内豊がテロリスト(反町隆史)につながっていることが判明したのだ。警視総監(津川雅彦)がテロリストに誘拐されるのだが、そのクルマに何気ない顔をして竹野内豊が同乗している。テロリストには天海祐希の恋人の弟も関係していることが判明して……というのが10話の内容。

 この意外な展開、キモはテロリスト役の反町隆史だろう。フジテレビには反町隆史と竹野内豊が主演した「ビーチボーイズ」という人気ドラマがあった。このコンビならつながりがあってもおかしくない、ああ、だから反町隆史がキャスティングされたのか。
 しかし、最終回(第11話)が始まって早々オチ(真相)がわかってしまった。ドラマ自体はいろいろとこちらを騙そうとしているのだが、皆裏のトリックが透けてしまうのだ。まあ、事件が解決してから明かされる真相が、自分の考えどおりというのも、それはそれで楽しいことだが。

 ラストのドンデン返しで話題になったのは、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが共演した「スティング」(監督:ジョージ・ロイ・ヒル)である。「明日に向かって撃て」のトリオが再び組んだ作品で、コンゲームを扱った傑作とされている。
 コンゲームではないが、映画に仕掛けられたトリックに見事に騙されたのが昨年公開された「アフタースクール」だ。事前にその手の仕掛けがあるとわかっていたにもかかわらず、見事に騙された。

 「BOSS」第10話、第11話も同じ路線を狙ったのだろうか。津川雅彦が竹之内豊に撃たれ死亡する、竹之内豊は天海祐希に銃撃されて絶命する…この非常事態を視聴者は信じたのだろうか。
 いくつかのブログを拝見すると、皆さん、早いうちからわかっていた。きちんと推理している。
 そうだよなあ、ゆるいところがあるもんなあ。これで視聴者騙して「してやったり」なんて顔するスタッフは甘すぎる。
 で、思うのだ。視聴者が見破ることをわかって作っているのではないのか? ある種のゆるさは最初から考慮していたもの。そのゆるさが人気の秘訣なのだと。

 一歩も二歩も先を行ったら、今の視聴者はついて来られない。半歩先がちょうどよいのだ、なんて考えていたら。
 それはそれで一つの見識だ。
 相変わらずカメラワークはダサかったけど。 






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 朝一番のPCで目にしたのはマイケル・ジャクソン急死の報。それほどショックを受けなかったのはどうしてだろう? 動揺していないことに動揺している。スーパースターのあまりに突然の死なのに。
 アーティストとしては1980年代で燃え尽きていたからか。激しすぎる顔の変化で、あまり長生きしそうに思えなかったからか。
 その昔、マイケルが来社したことがある。お台場にある某施設を貸し切りにして楽しむほどの蜜月時代のことだ。追っかけから守るため警備を担当していた僕の目の前を通って研究開発部がある棟に消えていった。今ほどではなかったが、肌の色はバイクのCMに出ていたころの面影はなかった。にもかかわらず、目の前を通り過ぎる彼は黒人だった。それを強く意識させてくれた。その一瞬を今でもしっかり憶えている。

 ファラ・フォーセット(・メジャーズと書いた方が僕らの世代にはぴったりくる)のがん闘病もついに幕が下りてしまった。ライオン・オニールが結婚を申し込んだというニュースを目にしたのはつい2、3日前だったのに。元旦那のリー・メジャーズは彼女の死に何を思ったか。今夜は「Wig in a Box」を聴きながら寝ることにしよう。

 合掌
 
          * * *

 20日(土)の夜は興味深い番組が並んでいた。21時からフジテレビが「トランスフォーマー」(初の地上波放映だったのでは?)、テレビ朝日が50周年記念ドラマスペシャルの「刑事一代 平塚八兵衛の昭和事件史」第一夜。
 自宅にいれば、たぶん「トランスフォーマー」を録画し「刑事一代」を観たと思う。どちらかしか観られないとしたら「刑事一代」を選んだはずだ。「トランスフォーマー」は公開時に劇場で観ているし、DVDを借りればすむことなので。
 「MR.BRAIN」の録画をかみサンにお願いしたときに、「刑事一代」も一緒に伝えておけばよかった。Kさんのご両親宅で夕飯をご馳走になり、ビールや日本酒で盛り上がっていくうちにすっかり忘れてしまったのだ。

 翌日は大雨だったこともあってどこにも外出せず自宅にこもりっきり。当然第二夜はしっかり観た。
 観終わって大いに悔やんだ。なぜ第一夜を予約録画しなかったのか! ドラマスペシャルの名にふさわしい。これまでのテレビ朝日の50周年記念ドラマの中でベストといってもいい出来ではないか。
 第一夜を観ていないから断言はできないが、とにかく絵作りが徹底していた。映像が美しく胸にしみる。昭和の時代がきちんと再現されていた。平塚八兵衛の自宅周辺の町並みなんて、もろ郷愁を呼んだ。子ども時代が蘇ってきた。
 主演の渡辺謙の演技はもちろんのこと、回想シーンと現代との髪型の変化(特に生え際)に注目。時の経過がとってもリアルに感じた。

 第二夜は吉展ちゃん誘拐事件がメインとなるのだが、聞き込み捜査や取調べのやりとりにぐいぐい引き込まれた。テレビ朝日には同じ事件を扱った「戦後最大の誘拐 吉展ちゃん事件」(監督:恩地日出夫)がある。とても評価が高く、さまざまな賞を獲ったと記憶する。犯人小原を演じた泉谷しげるを役者にした作品でもある。もう一度観たくなった。
 萩原聖人の小原も悪くない。主人公の同僚を演じた高橋克実が味わい深い。
 ちなみに吉展ちゃんと渡辺謙は同い年である。生きていれば今年50歳。僕もそうだから。
 
 脚本は長坂秀佳と吉本昌弘。朝日新聞にまるまる一面を使った「刑事一代」の広告ページがあった。配役欄を見ると登場人物の一人の名前が「岩瀬厚一郎」。吉本印全開で笑ってしまった。今後代表作の一つになるのだろう。
 演出は石橋冠。元日本テレビのディレクターだが、退社してフリーになってから印象深いドラマを何本も撮っている。テレビ朝日のドラマスペシャルもそうだが、NHKのドラマがいいのだ。「新宿鮫」シリーズは主演の舘ひろしがまるで原作のイメージではないのだが、彼を含めて出来がすこぶるよい。忘れられないのが金曜時代劇「茂七の事件簿」。
 カメラは誰だったのだろう。

 原作となったのは産経新聞の記者(だった)佐々木嘉信が書いた同名の著作(新潮文庫)。
 ぴんとくるものがあった。本はもともとサンケイ新聞に連載されていた記事をまとめたもの(70年代、産経はサンケイと表記されていた)。この連載をリアルタイムで読んでいるのだ。「吉展ちゃん事件」で取り調べ室で平塚刑事の追及をノラリクラリとかわしていた小原が、雑談の中で、平塚が日暮里の火事を話題にすると、山手線の電車から見ていたと口をすべらし、それまで主張していたアリバイが崩れてしまった。ここのくだりが脳裏に焼きついているのだ。

 早急に再放送してくれないものか。






 先週の土曜日(20日)はKさんの新作映画の撮影で保土ヶ谷へ出かけた。
 Kさんは稲葉奇一朗のペンネームでホラー小説を書いていたのだが、この数年は積極的に自主映画を撮っている。稲葉奇一朗=映画作家といってもいい。ジャンルはもちろんホラーだ。
 昨年はその手のホラー映画を得意とするインディーズ団体のイベントに初めて参加した。「B-SHOT PICTURES’怪奇劇場Ⅳ」と題した上映会で、さまざまなインディーズの映画団体がホラー映画の短編を競い合う。
 笑いに転化したホラーが多い中、Kさんの「リサイクル」は正統派(?)。上映後の交流会ではなかなか好評だった。よくあるパターンだと本人は謙遜するが、この作品がなかったら「怪奇劇場」ならぬ「爆笑劇場」だった、なんて言われたりしていた。

 Kさんは今年も「怪奇劇場Ⅴ」に参加する。その作品が「BRAIN DAMAGE」である。失踪した研究員(元大学准教授)の行方を追う女探偵がその過程で体験する恐怖を描いた内容で、シナリオを読む限りではとても面白い。ストーリーはもちろんだが構成がいい。

 主役の探偵に扮するのは上村愛香さん。プロの女優。4、5年前は上映会で頻繁にお会いしていた。文章が得意でサブカルポップマガジン「まぐま」ではコラムを書いてもらっていた。上村さんにとってはこの映画は久々の自主映画なのではないか。
 僕は、失踪した研究員の、大学時代の同僚の准教授役。上村さんからいろいろと聞き込みされているうちに、失踪事件に大いに関与していることがわかってくる怪しい人物。この准教授の自宅シーンを、Kさんのご両親宅で撮影したのである。自宅周辺の路上では探偵と准教授が歩くカット、マンションの1階では主婦への聞き込みカット。この主婦役が「リサイクル」に主演した水木ノアさん。実は「リサイクル」には僕もほんのちょっとばかり出演している。記者に扮するノアさんの取材相手という役柄で居酒屋でノアさんのインタビューに答えている。
 今回も同じような役柄だと思って、簡単に了解したのだが、後でシナリオが送られてきて怖気づいた。かなり台詞がある。おまけに映画の中で重要な役割を担っている。逆にいえばとてもオイシイ役なのだが。

 10時に保土ヶ谷駅にKさん、上村さん、僕が集合。タクシーでご両親宅へ移動。お父さん、お母さんが出迎えてくれる。数年前にまぐまの版下作成で一度お邪魔したことがあるのだが、覚えてなかった。
 午前中は部屋のシーンを。昼になると水木ノアさんがやってくる(Kさんが駅に出迎え)。上村さん単独のシーンを玄関で撮影している間、居間でノアさんとミュージカル「アナザー・ワールド」について雑談。いろいろ大変な舞台だったようだ。
 その後、外出してあるマンションでノアさんと上村さんの絡みのシーン。これは場所を変えて2パターン。どちらかが採用される。出番の終わったノアさんはバスで横浜に向かい、僕たちはまた自宅へ。2階のお父さんの書斎(兼寝室)で本日一番大変なシーンを撮影。
 正体がばれた僕が上村さんに襲いかかってナイフで……のシーンは、用意されたナイフが本物だから思い切りよくふりまわせない。それより苦労したのは死体のカット。口から血を流して横たわっているのだが、この血がうまく表現できなくて。

 夕方、撮影終了。1階に降りると夕食が準備されていた。ビールで乾杯! ご両親との話も盛り上がって両親宅を後にしたのは22時を過ぎていた。

 そんなわけで、「MR.BRAIN」はかみサンにメールで録画をお願いした次第。
 翌日、早速チェック。
 な、何だ? この構成は!
 前回のエピソードの続き、記憶障害を持つピアニストの殺人事件の真相解明は前半で終了、後半は新たな事件(多重人格者?の仲間由紀恵の殺人事件)が始まる。
 てっきり、前編、後編で描かれるものと考えていたのに。
 だんだん怒りが沸いてきた。
 そうまでして視聴率を稼ぎたいのか!
 前回の1時間できちんと解決できる内容を無理に引っ張ったとしか思えない。当然今回も肝心なところで次週に続く。
 いい加減にせぇよ、TBS!!!!!






 TBSは、視聴率の巻き返しとなるとなぜか番組の長時間化をはかる。
 鳴り物入りで始まった「ひるおび!」と「総力報道! THE NEWS」のことだ。どちらも低視聴率に喘いでいるという。
 そんなのわかりきっていた。1970年代の初め、同じように長時間番組で惨敗した番組があったのを忘れたのか。早朝から10時までの3時間強のワイドショー「モーニングジャンボ」である。TBSが社運をかけるような意気込みで始めたにもかかわらず、低視聴率が原因でしばらくして前半と後半、二つの番組に分割された。後半の番組が「奥さま8時半です」になった。鈴木治彦と宮崎総子のコンビによる司会で、かなり長く続いたと記憶している。

 「総力報道! THE NEWS」のCMを見るたびに「モーニングジャンボ」の二の舞になるのではないかと思っていた。だいたいなぜ小林麻耶がキャスターなのか。TBSの中で報道から一番遠い位置にあったアナウンサーだろう。
 新人時代、「朝ズバ!」になる前のニュースワイドショー(タイトル失念)にレギュラー出演していたことがある。その身振り手振り、喋り方から売り出し中の新人タレントだと勘違いしていた。この手の番組にはお天気お姉さん的ポジションでよく女性タレントが起用され話題になるからだ。
 TBSのアナウンサーだと知って驚いた。以降、画面に出てくるたびにうんざりするようになった。芸能プロ所属のタレントなら許せても、TV局、それもTBSの社員だと違和感ありすぎて我慢できない。表情も声もこちらの神経をイラつかせる。かみサンも「朝からこの人の声を聞きたくない」と拒否宣言。たまに眼鏡姿で登場するのも許せなかった。眼鏡をオシャレのアイテムとして扱ってほしくない。だったらいつも眼鏡をかけてろ。

 こちらの願いが叶ったのか、小林麻耶は朝の番組(タイトルを思い出した! 「ウォッチ」だ)を降板した。が、またたくまに人気アナウンサーになって、さまざまな番組でその姿を拝見するようになった。そのたびにあわててチャンネルを替えたものだ。これは個人的な趣味嗜好だから、「どうして? なぜそこまで?」と訊かれても困る。かわいいのはわかる。笑顔の似合う女性は嫌いじゃない。にもかかわらず、画面で彼女のニコニコ顔を見ると、イラツキ虫が体内を駆け回りはじめるのだ。媚びた声と視線に虫唾が走るのか。
 で、叫びたくなる。「TBSには他に女子アナがいないのか!」

 「総力報道! THE NEWS」の放送初日、体調をくずして会社を休んだ。嘘、二日酔いがひどかった。夕方、開始早々チャンネルを合わせてみた。浮いている。やはり小林麻耶に報道は似合わなかった。見ていてつらい。すぐにほかのチャンネルに替えた。一ヶ月くらい経っただろうか、やはり放送時間に自宅にいて、少しばかり視聴した。印象は変わっていなかった。
 社運を賭けた報道番組も人気者の彼女でやりたい。いつまでも娯楽番組ばかりやっていても彼女のためにならない。報道の顔になれば、彼女の今後の活動に箔がつくというもんだ。
 そんなことを考えて局のお偉いさんは小林麻耶を起用したのだろうか。絶対間違っていると思うけれど。

 それにしてもなぜ報道がこんなにもてはやされるのか。ありがたがられるのか?
 テレ朝の「報道ステーション」がそうだ。局アナ時代からエンタテインメントを追求していた古館さんが結局キャスターに就任した。島田紳助も日曜日の報道番組のキャスターを担当するようになって格が上がった気がする。
 それはともかく。
 テレビ朝日が朝日新聞の力をバックに日本で初めてのニュースショー「ニュースステーション」を開始したとき、TBSは〈報道のTBS〉の威信を賭けて、似たような番組をぶつけてきた。あのとき〈ドラマのTBS〉ではなかったのかと不思議でたまらなかった。二兎追うものはなんとやら。今や〈ドラマのTBS〉でもない。完全にフジテレビにお株を奪われてしまった。

 TBSオウム事件を起こした時点でTBSは地に落ちた。「TBSは死んだ」と言い放ったにもかかわらず、その後も本人は居残り「筑紫哲也NEWS 23」が続けられたいたことからも明らかだ。今回の、特に『総力報道! THE NEWS』を始めるにあたって、大幅な番組改編を断行したが、ことごとく裏目に出ているのも今のTBSを象徴している。
 M気のある社員ならたまらない快感なのではないだろうか。






 一応…承前

 独演会が終了すると会場は打ち上げの席に様変わりする。
 この日は完成したばかりの本「僕たちの赤い鳥ものがたり」を10冊持参していた。独演会で知り合った方々に買ってもらおうという魂胆だ(本当は12冊、2冊は会場に到着後、隣のSさんに。早いうちから予約してもらっていたので)。
 師匠のコミュニティ管理人Tさん、高校の後輩にあたるHさん、印刷業界の小田島雄志・Mさん、Mさんのご友人Hさん、カメラマンのSさん、日芸OB・Aさん、原稿の段階時アドバイスをいただいたS社のTさん。
 8冊めを購入したのが、ミュージシャンのNさんだった。別のイベントで知り合い、落語好きだと知りこの独演会を教えたら、その後毎回通うようになった方。7月に開催するNさんのライブのチケットを僕が買ったので、購入というより、交換、か? 

 打ち上げが終了すると、居酒屋での二次会となる。僕はそのまま帰宅するつもりだった。Nさんは世代的に僕と近いし、何より赤い鳥のファンだったという。帰り道はNさんと赤い鳥について語り合っていた。Nさんは二次会に参加する。居酒屋を目の前にして突然雨が激しくなった。
「このまま駅まで歩いてびしょ濡れになるのは嫌だし、ちょっとだけ(二次会に)寄っていこうかな」
 もう少し赤い鳥について話しがしたかった。翌日は平日、かみサンからは酒など飲むな、早く帰って来いと言われているのに…ああ意志が弱い。でもこんな機会はめったにないのだからと自分に言い聞かせて、店の一番奥にある個室(畳部屋)に向った。

 個室の手前、ちょうど靴を脱ぐあたりの右側にテーブル席があって、初老の男女が向かい合わせで呑んでいた。男と目があった。知らない顔ではなかった。こんなところで出会うと思っていなかった顔。そのままフリーズしてしまう。
「……睨まれちまったよ」
 男は目の前の女性に言った。
 我に返った僕はおそるおそる訊ねた。
「あの、永井さんですよね」
「はあ?」
 男は見も知らない男から名前を呼ばれたからキョトンとしている。
「永井…一郎さんですよね?」
「そうですけど、あなたはどちらさまで? どこかでお会いしたことがあるのかな?」
 ああ、やっぱり。この声はTVで慣れ親しんでいるあの波平さん!
「いえいえ、単なるファンです」
 なんともマヌケな返事。

 だいたいいつもならこんな会話にならない。あっ、永井一郎だ。そう思うだけで通り過ぎる。それが礼儀というものだ。ところがなぜか永井さんと目があって、前述の理由もあってずっと顔を見つめてしまった(睨んでしまった)。無言で立ち去るのは失礼だ。挨拶、というか声をかけないわけにはいかなくなった。
「それはどうも、私は単なる酔っ払いですが、声をかけていただきありがとうございます」
「この近所にお住まいなんですか?」
「そうです、歩いて300mのところ」
 永井さん、女性に指示して紙を取り出した。
「これも何かの縁です、住所と名前を書いてください」
 普通、逆だよ。ファンならこちらからサインをねだるべきなのに。しかし、色紙もサインしてもらうようなノートも持っていない。紙切れだして「サインしてください」はこれまた失礼だ。どうしたらいい?
 Nさんは永井さんと二、三度お会いしたことがあるらしい。Nさんが会話を引き継いだ。ちょっとした思い出話。
 S社のTさんが名刺を差し出て挨拶する。
「おお、私、ちょっと前にS社さんから本を出したんですよ。××さんにお世話になりました」
 一通りの会話が済んで、二人は畳の部屋へあがっていく。
 また僕に番がまわってきた。
「あの、永井さんが以前お書きになった〈波平の年収が160万円運云々〉という記事、読んだことがあります。雑誌で」
 声優のギャラが不当に抑えられている業界の現状を告発した内容だったと思う。月刊誌に掲載されてかなり話題になった。京王デパートの書店で立ち読みしたこともはっきり憶えている。当時は中野区南台に住んでいて、笹塚駅を利用していたので。
「よくそんなことを憶えていらっしゃる……」
 今、正式なタイトルと掲載誌を調べた。雑誌は「オール讀物」で記事のタイトルは「磯野波平ただいま年収164万円」だった。

 会社の名刺があればいいのだが、あいにく切らしている。ピンときた。バックから「僕たちの赤い鳥ものがたり」取り出す。トップページに名前を書いた。チラシも折りたたみ、本の間に挟みこんだ。チラシには住所が記入されている。
「自主出版した本です、名刺がないので、これ差し上げます。ご迷惑かもしれませんが、よかったら読んでください」
「ほう、青い鳥でなく、赤い鳥ですか」
 個室ではまさに乾杯がはじまるところ。それではこれで、と永井さんのテーブルを離れた。

 永井さんは「僕たちの赤い鳥ものがたり」を読んでくれるだろうか?
 
 




2009/06/15

 「談四楼独演会 第164回」(北澤八幡神社 参集殿)

 平日、通常の業務を終えて下北沢に向うとなると会場への到着は19時前後。以前なら、ちょうど師匠の高座がはじまるころだった。ところが前々回から時間が変更になった。
 新二つ目シリーズが始まると開始時間が15分早くなり18時となった。演者が増えたことによる。終了しても開始時間はそのまま。そうなると18時45分ごろに師匠が登場してしまうのだ。1席目の噺は、マクラが長く旬の話題で大いに笑わせてくれる。独演会の楽しみの一つになっている。聴けないのは寂しい。今回、策を講じて何とか早めに会場に到着できるようにした。


 立川春太「?」
 立川らく兵「道潅」
 立川三四楼「金明竹」
 立川談四楼「替り目」

 〈仲入り〉

 翁家小花「太神楽」
 立川談四楼「ぼんぼん唄」


 中に入ると春太さんの途中だった。
 らく兵さんの名前の由来を初めて聞いた。〈らく〉は師匠の「志らく」から〈らく〉をもらった。ならば〈兵〉はなぜついたのか?
「旧日本兵のような容貌をしていると師匠が」
 個人的にバカ受け。確かに日本兵の顔しているよ、らく兵さん。

 師匠の一席目は「替り目」。この前の落語会「志ん生座」で聴いたばかりだけど、この噺なら何度聴いてもいい。師匠の酔っ払い姿って大好きなので。「らくだ」ともども個人的なお気に入りになりそう。玄関(?)の陰で亭主の独り言(一人芝居?)を盗み見しているのを気づかれてニヤっとしたおかみさんの表情が見えるような幕切れがいい。

 ゲストは太神楽の小花さん。高座の座布団に座った小花さんはまだ若い普通の女の子。神楽界の高市早苗と呼ばれているとかいないとか。似てねぇよ! 後ろから蹴り入れられそう。下北沢は初めて訪れたとのこと。
 後で師匠が説明してくれて知ったのだが、今、この手の伝統芸能は直接芸人の弟子にならなくても学べるのだそうだ。国立演芸場で〈教室〉を開いていてそこへ通う。一通りのことを憶えた後、この世界でやっていきたいと思えば、その時点で誰かの弟子入りとなって芸を極めるのだ。小花さんもそうやって翁家小楽の門を叩いた。
 まずは一番ポピュラーな傘まわし。最初は鞠、鞠が枡になってくるくる。そばで目にすると、鞠は自分でもできそうな気がする。枡はぜったいにダメだろう。
 続いて、口に扇子だか棒を加えて、ものを積んでいく。額に棒を乗せて何段かにしてそれぞれものを積んで、横笛で「上を向いて歩こう」を吹く。最後は特殊な装置を使って、ボールの出し入れ。
 一番前、至近距離で見るとかなりの迫力。当然、上を向くような姿勢になり、自然と口が開いてしまう。かなり恥かしい姿だったのではないか?
 
 師匠の二席目は「ぼんぼん唄」。この噺もラストで主人公の小間物屋が酔っ払って粗相してしまう。「替り目」同様酒にまつわる噺である。また二席とも志ん生が得意としたネタでもある。つまり志ん生づくしの独演会だったのだ。






 「ハゲタカ」(新宿オデヲン座)

 NHK土曜ドラマ「ハガタカ」は傑作だった。ドラマ(ストーリー)はもちろんだが、カメラワークにしびれた。というか、傑作たりえた要素の一つは凝った映像ともいえる。

 「ハゲタカ」が映画化されると聞いて、「蝉しぐれ」「クライマーズ・ハイ」を思い出した。どちらも人気の高い小説をNHKがドラマ化し、その出来が評判となった。さまざまなコンクールで受賞して、しばらく経ってから映画になった。映画「蝉しぐれ」は、ドラマのシナリオを書いた黒土三男がシナリオとともに監督も担当した。映画「クライマーズ・ハイ」は原田眞人が監督。「蝉しぐれ」に関してはもともと黒土三男が映画化を狙っていたという。「蝉しぐれ」にしても「クライマーズ・ハイ」にしてもドラマと映画はまったく違うプロジェクトであることだ。映画化にNHKは絡んでいない。

 「ハゲタカ」も同様だと思っていた。違った。映画化にはNHKエンタープライズが大きく関わっているのである。冒頭のクレジットでわかったのだが。ところで、NHKの連続ドラマが映画化されるのは初めてなんて配信されているが、その昔、「藍より青く」(脚本:山田太一)が松竹で映画化されたのを忘れているのか?
 ストーリーはドラマの続編になる。
 中国資本をバックにした新興ファンドが日本の自動車メーカーの買収を仕掛ける。それを阻止すべくホワイトナイト(白馬の騎士)を買ってでるのが鷲津ファンド。かつてその名を轟かせた天才ファンドマネージャー、鷲津(大森南朋)が帰ってきたのだ。新興ファンドの中心人物・残留孤児三世、劉一華(玉山鉄二)の狙いは何か? 

 映画版に「THE・MOVIE」も「映画版」もつかないのは個人的に評価したいが、副題がないのはどうなのか? 映画はドラマの続編なのである。新たに書かれた小説を原作にしている。ドラマとの違いを明確にするためにも「ハゲタカ レッドゾーン」等、タイトルは考慮すべきだったと思うのだが。

 はっきりいって、映画にはTVのようなカメラワークのキレを感じなかった。HDカメラによる撮影は同じだが、フィルムに変換されたことによって、ビデオ映像の瑞々しさが消えてしまったというべきか。遊戯シリーズのような映像に再見できると期待していたのに。同様な印象は「ケイゾク」の映画化にも言えた。
 ストーリーは確かに今を描いていると思う。ただ、原作のダイジェストのような気がした。まだ「レッドゾーン」を読んでいないのだが。ラスト近くのシーンに衝撃を受けながらいくつもの「?」が頭に並んだ。なぜ血が流れない! 血を流さないのは何か意味があるのか?

 肉食系の草なぎくん、派遣社員を演じた高良健吾が印象深い。

 しかし、しかし、NHKよ、お前もか!
 完全に民放テレビの後を追っている。
 なぜ映画なのか! 
 続編なら、なぜ土曜ドラマにしないのか!
 日本で最初に開局したテレビ局ならテレビドラマをきわめてほしい。
 もう一度書く。
 ドラマ「ハゲタカ」は原作より出来がいいのだ。
 利益(儲けたい)を考えた結果なら、それこそ間違いだ。だったら公共放送の看板は降ろすべき。




2009/06/13

 「アナザー・ワールド」(南大塚ホール)

 水木ノアさんが舞台に出演するという。それもミュージカルだ。これは何とかして行かねば!
 平日は無理なので千秋楽(土)のマチネに足を運んだ。このミュージカルに登場する女性はダブルキャストになっていて、それぞれがチームになっている。つまり公演には2チームが交互に出演して、男性陣を相手にしているわけだ。ノアさんはAチーム。ノアさんにとってはマチネが本当に最終公演だった。

 主役は元ジャニーズ(忍者)のメンバー、演出も元ジャニーズなので、もしかしてその手のファンで大混雑になるのかと少々恐れをなしていた。杞憂だった。

 大道具(セット)はまったくない。更のステージが劇団のアトリエになったり、主役の男の子の部屋になったりする。もちろんそれでも何の違和感はないのだが。
 さまざまな問題を抱えている劇団に不思議な力を持つ少女が現れて、みんなの心を癒していくというストーリー。テーマがストレートすぎて、というか、テーマをそのままずばり描いているので、今年50歳の大台に乗る男が見るのはちょとばかり気恥かしい展開。

 そもそも看板に偽りありだ。ミュージカルという触れ込みなのに、普通の芝居に歌とダンスをほんの少しばかり挿入しただけ。ミュージカルって感情の高まりが歌やダンスに昇華するものだろう。台詞と歌とダンスが一体化しなければ意味がない。この一体化は映画だと若干の抵抗がある。映画にはリアリティが根底にあるからだ。舞台は何でもありの世界だから、さっきまでの会話が歌になろうが、突然踊りだそうが全部許せてしまう(と思う)。
 これをミュージカルというのなら、同じくノアさんが出演した「上海、そして東京の屋根の下で ~服部良一物語 J・POPの夜明け~」はどうなるのだ? あの芝居だってミュージカルではない。音楽劇というべきものだ。

 高校生の劇団だったら万々歳の内容だと思う。
 ノアさんの歌声が響けば印象は違っていたかも。
 女性出演者が2チーム制というのも、集客を考えての処置なのかと勘ぐりたくなる。





 ずいぶん遅くなってしまった5月の読書録。


2009/05/05

 「〈盗作〉の文学史 市場・メディア・著作権」(栗原裕一郎/新曜社)

 人はどういうときに盗作や剽窃に手を染めるのか。特にプロと呼ばれる文筆家。プライドというものがあるだろう。けっこうニュースになるから考えてしまう。
 たとえば資料として渡された文書があるとする。普通、それをそのまままる写しなんてしない。内容はそのままに文面は変える。そっくりそのまま使用するから問題になるのだ。忙しいからそこまで気がまわらないのかもしれない。結局売れっ子かそうでないかの違いか。
 もうひとつは、どうしてもアイディアが浮かばない。締め切りは迫る。どうにかしなければならない。だからあせって他人の文章をほぼそのまま真似してしまう。あとで判明して問題になる、なんて考えないのだろうか。それどころではないのだろうな、たぶん。
 ある小説コンクールで受賞した作品はもちろん、受賞の言葉も盗作だった。この人にとって表現するってことは何なのだろうか?


2009/05/10

 「渥美清の肘付き 人生ほど素敵なショーはない」(福田陽一郎/岩波書店)

 勘違いしていた。福田陽一郎というと「ショーガール」の演出家のイメージが強くて演劇畑出身だと思っていた。日本テレビのディレクターだったのだ。ペンネームで日本テレビ以外のテレビ局の台本、映画のシナリオを書いている。
 この書名だと一連の渥美清本の一つと勘違いされてしまうのではないか。本書はあくまでも福田陽一郎の自伝である。まあ、版元の意向でわざと紛らわしい書名にしたのだろうが。ディレクターとして担当した連続ドラマにレギュラー出演した渥美清とは昵懇の仲になる。著者が垣間見る渥美清の素顔は、小林信彦のそれとまた肌合いが違っていて興味深い。なにしろ、あの個人主義者が番組関係者によるゴルフコンペに参加するのだから。


 「昭和のまぼろし 本音を申せば2」(小林信彦/文春文庫)

 単行本になったときはどんな感想を書いたのだろうと調べてみると…ない。書き忘れていた。


2009/05/12

 「あの時、マイソングユアソング」(都倉俊一/新潮社)

 阿久悠が亡くなって少したってから、都倉俊一のコラムが週刊新潮で始まった。かつて自身が手がけた曲の思い出話。興味深い話が次々と出てきて、毎週の楽しみになった。1年間の連載が1冊にまとまったのは知っていた。図書館で見つけて早速借りてきた次第。
 連載時、ピンクレディーの、特に大好きだった曲について書いていて、その内容にわが意を得たりの心境。もう真っ先にmixiに綴った。

     ◇ 

 WANTED! 2008/02/05

 ピンク・レディーの「ウォンテッド(指名手配)」をハードロックにアレンジしてリメイクすれば面白いのではないか?
 ある時期からそう思うようになった。
 20代の後半、ほんの一時だが、アルバイト派遣会社に登録して、毎日違った現場で働いていたことがある。イベント会場の警備、建築現場の運搬作業、販売の手伝い等々。何の現場だか忘れていたが、その日一緒だったバイトの一人がバンド活動をしていると聞いて、ロックバンドが奏でる「ウォンテッド」の素晴らしさを盛んに吹聴したことを思い出す。
「『ウォンテッド(指名手配)』はロックだもの。歌謡曲にしておくのはもったいないよ」

 高校時代、ファンというほどではなかったが、デビューからしばらくの間、ピンク・レディーに注目していた。キャンディーズではなくピンク・レディー派。「ウォンテッド(指名手配)」を初めて聴いたときは、けっこう衝撃を受けたものだ。ちと大袈裟か。リズム、メロディー、多羅尾伴内風の語り(ナレーション?)。これまでの楽曲とは違う何かを感じた。ユニークに思える詞も、ちゃんと恋する女性の気持ちを代弁している。
 ピンク・レディーというと、「UFO」あるいは「サウスポー」あたりが引き合いにだされるが、楽曲的には「ウォンテッド(指名手配)」がピークだったと思っている。
 有名無名に関係なくどこかのロックバンドが「ウォンテッド」に興味持ってくれないものか。ずいぶん後になるが、ラジオから流れてきたウルフルズの「春一番」を耳にしてその思いを強くした。
 
 「ウォンテッド(指名手配)」の作曲者、都倉俊一が週刊新潮に1頁のエッセイを連載している。「マイ・フレーズ」というタイトルで、毎回自作のヒット曲を俎上に思い出話を綴っているのだが、曲のできた背景や裏話が大変興味深い。
 昨年、阿久悠が亡くなった直後から始まった。月一掲載の談四楼師匠の書評とともに、毎週立ち読みする際の楽しみになっている。
 ピンク・レディーのヒット曲はこれまで何度か取り上げられたが、先週やっと(僕にとっての)真打が登場したのだ。
 そこにこう書かれてあった。「ウォンテッド(指名手配)」はロックンロールだと。

 記憶で書いているので正確ではないが、大意はこうである。
 ロックンロール世代の氏がある考えに基づき、ピアノではなくギターを弾きながら精魂込めて作った。本当なら自分でバンドを組織してレコーディングしたかった。ただ、その場合ヒットはせず人知れず消えて、その後話題にのぼることもなかっただろう。それがピンク・レディー・プロジェクトで蘇った。

 逃亡20年、やっと真犯人を見つけ出したリチャード・キンブルの気分だった。

     ◇

2009/05/14

 「市川崑大全」(洋泉社)

 上梓されたときに真っ先に買ってそのまま積ん読状態だった。感想はまた後で。


2009/05/21

 「新世界より 上」(貴志祐介/講談社)


2009/05/23

 「日本人が勇気と自信を持つ本」(高山正之/テーミス)

 〈朝日新聞の報道を正せば明るくなる〉の副題がつく。
 朝日新聞の記事内容については首肯できるものの、その他、ここまで過去の歴史で日本は悪くないと自信を持っていわれると、逆に、眉につばしてかからねばならないと思ってしまう。


2009/05/26

 「人生、成り行き ―談志一代記―」(立川談志 聞き手吉川潮/新潮社)

 立川流の顧問でもある作家の吉川潮を相手に家元が語り下した半生の記。談四楼師匠の真打昇進試験のくだりは書店で立ち読みしている。
 インタビューの勉強のための読書でもある。


2009/05/31

 「新世界より 下」(貴志祐介/講談社)

 ある女性の手記という体裁で始まった小説は、水郷の町に住む書き手の女性を含む小学生グループの毎日を活写する。読み進むうちに、今の時代と大きな隔たりがあるのがわかってくる。それもそのはず、時代が今から千年後なのだ。現代の文明が一度滅び、新人類(?)が新しい秩序のもと生活している世界。人はある年齢に達すると呪力と呼ばれる超能力を使えるようになる。人を神と崇め、絶対服従する人間の子どもほどの大きさのバケネズミを支配している。町は八丁標で守られ、呪力を持たない子どもたちはその外に出てはいけないルール。悪鬼と業魔の出現を恐れる大人たちによって徹底管理されている世界。にもかかわらず、ある陰謀によってあっというまに町は崩壊の危機に瀕してしまう。町の破滅を救うため、彼らのとった行動とは……

 ホラーからミステリ、ミステリからSF(ファンタジー)へ。ストーリーテラー、貴志祐介の到達点はいったいどこなのか?
 この奇想天外な叙事詩には作者がこれまで見聞してきたさまざま作品から取り入れられたと思しき要素が垣間見られる。たとえば、呪力なんて「スター・ウォーズ」の理力だろうし、以前の高度な文明が滅んで新しい文明が栄えるなんていうのは「火の鳥」や「風の谷のナウシカ」の世界観だ。僕はまったく疎いがファンタジー系のゲームのような展開も感じられる。
 かなり想像力を要する小説で、最初はかなりてこずった。というか、いまいち小説世界に入り込めなかったのが本当のところ。とはいえ、最初の小さな事件あたりから作者の本領が発揮され、ぐいぐい読み進む結果となった。分厚いページ数、上下巻は気にならなった。
 最後の一文に胸が熱くなる。




 昨日、久しぶりに「BOSS」を観た。
 生瀬勝久がゲスト出演していた。親の児童虐待から子どもたちを救うサイトを開設している教授役。児童虐待に絡んだ連続殺人事件を捜査中に浮かび上がってくる容疑者の一人なのだが、弟がいて、というくだりで、真犯人とその理由がわかってしまった。

 古くはヒッチコック監督の「サイコ」がある。
 田舎町のモーテルで起きた殺人事件。宿泊した女(ジャネット・リー)がシャワー室で惨殺された。女は会社の金を横領して逃避行中だった。モーテルのオーナーは気の弱い青年(アンソニー・パーキンス)、車椅子の母親と同居している。この母親の嫉妬深い性格が災いして青年は女性に縁がない。犯人は母親だった。青年は死体を女の車に隠し、近くの沼に沈めてしまった。女の妹が探偵とともに行方を追ってモーテルにやってきた。事件に気づいた探偵が母親に殺されてしまう。同行した妹にも危機が迫るが間一髪のところで……。
 中学1年だったと思うがTVで観た。ヒロインだと思っていたジャネット・リーが途中で殺されてしまって目が点になったが、何と言ってもラストである。ショッキングだった。映画公開時、ヒッチコックが観客に結末の口外を禁止させたのは真っ当な処置だと思う。

 最近では、といってももうかなり前になるが、奥田英朗「邪魔」(講談社→講談社文庫)でこのトリック(?)が応用されていた。主人公は平凡なパート勤めの主婦なのだが、この主婦とともに重要な役割をするのが愛妻を事故で亡くした刑事。精神的に追いつめられて眠れない毎日が続く中、妻の母親との交流を唯一心の支えとしている。この刑事に真実が告げられたときの衝撃といったらなかった。

 同様の衝撃的事実は映画「ビューティフル・マインド」にも見られた。ノーベル賞を受賞した数学者ジョン・ナッシュの伝記「ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡」(シルヴィア・ナサー/塩川優 訳/新潮社) を映画化したものだ。映画化といっても、そこはハリウッド、ジョン・ナッシュが精神を患ったこと、ノーベル賞を受賞したことのみが真実であとはほとんどフィクションである。当然この衝撃的事実も映画用に創作されたエピソード。
 大学時代、クラスメートから変人扱いされるナッシュにとって唯一の友がいた。ルームメートのチャールズだ。その後、ナッシュの精神状態がおかしくなって、大学で大問題になる。この問題になった原因は…問題の元をつくったのは、つまり敵にオレを売ったのがチャールズじゃないか、とナッシュは疑うのだが、敵側(とナッシュが勝手に考えている)医師が真実を告げる。

 「邪魔」は小説である。活字(叙述)における、このトリックはとても有効(衝撃)だと思ったのだが、映像でも十分通用することがわかった。ある種卑怯な手法なのだが。実際に映像化するのなら、あくまでも本人の主観であるとか、通常の映像と違える処理は必要だと思う。
 そんなわけで、「BOSS」第9話、「サイコ」同様、弟(名前がケイスケ。呼ばれるたびにドキっ!)の姿は思わせぶりだけで、画面にはっきり出てこないと思っていた。あっけなく登場。ああ、「ビューティフル・マインド」方式で行くんだと、それでも僕の推理はブレません。

 この番組にはケンドーコバヤシがレギュラー出演している。生瀬勝久を相手に、「ヤッターマン」ネタで笑わせてくれるのかと期待していたのだが、何もなかった。

 
 鳴り物入りで始まったキムタク主演の「MR.BRAIN」。TBSは大騒ぎだったが、まったくもって興味がわかなかった。放送が開始されるや週刊文春でメッタ斬りされていた。
 第1話は視聴率が20%を超えて春ドラマの中ではダントツの一位だった。うちも、いつもはほとんどTVを観ないかみサンと娘が興味示していたので、この高視聴率はわかる。
 たまたま再放送で第2話を観た。面白いじゃん。第3話はリアルタイムに観てしまった。けっこうイケルんじゃないの。相変わらずキムタクはキムタクでしかないのだが。まあ、スターとはそういうものだし。こちらが興味示したとたん視聴率が大幅ダウンしてやんの。

 あのねぇ、私がいう面白さとは、テレビ朝日の金曜ナイトドラマ「君犯人じゃないよね」や金曜21時に放送された「パズル」のノリとしてですからね。
 キムタクの主演、豪華な共演者、豪華なセット等々で、皆さん何か特別なドラマだと勘違いされているみたいですが、シナリオだけを比べてみれば同じもんです。金曜ナイトドラマ枠、別の出演者で作られていたら、大絶賛じゃないですか?

 ふと思ったのだけど、キムタクで「太陽を盗んだ男」をリメイクしたらどうだろう?
 





2009/06/01

 「なぜポニョはハムが好きなのか 宮崎アニメの思考」(荻原真/洋々社)

「『ウルトラマンレオ』第50話に登場する宇宙人知っている?」
「知らない」
「円盤生物星人ブニュっていうんだ」
「へぇ」
「♪ブニュ、ブニュブニュ円盤の子」
「……」
「…荻原さんの新著読んだって?」
「ああ」
「どうだった?」
「読みやすかった。1日で読んじゃったもの」
「荻原さんが共同で翻訳した『現代フランス思想とは何か』の難解さに途中で挫折したこと、トラウマになってるんだ(笑)」
「でも、荻原さん、哲学以外のことを書くと、文章がとてもリズムカルなんだよね」
「ほう」
「ほら、文藝別冊『朝比奈隆 最後のマエストロ』に荻原さんも寄稿していて、その文章がやはり弾んでいた」
「それから?」
「装丁がいい。シンプルで、シックで。カバーはずしたときの表紙の(紙の)感触もなかなか」
「なんか視点が違う……」
「自分の本つくるので、書店でそんなところばかりチェックしていたからね、この半年」
「荻原さんって、以前から『まぐま』に宮崎アニメについて書いていたよね」
「どちらかというと批判的で。聞けば宮崎アニメが嫌いなんだと。だから最初この本を上梓したのが不思議だった」
「まあね、普通、好きだだからこその研究対象だと思うから」
「読むまで心配だった。佐高信みたいに、批判のための批判を繰り返されたら嫌だなって」
「そうなんだ(笑)、聞き違いじゃないの? 全然違ったでしょ」
「なるほどってうなづくことが何回もあった。たとえば「魔女の宅急便」、黒猫ジジのしゃべれなくなる理由とか」
「宮崎アニメの二項対立に隠された論理への言及については?」
「ほとんど得心したのだけど、中には考えすぎじゃないと思う部分もあった」
「あはは」
「というか、荻原さんて、映画観ながらこういうこと考えるんだとわかった。オレにはこういう本は書けない」
「当たり前だよ、荻原さんは哲学者、思想家だもの」
「いや、いや、そういう意味ではなく、もっと単純な理由。宮崎アニメにそれほど興味ないんだ、オレ。面白いのはわかっているけど」
「そうだっけ?」
「『ルパン三世 カリオストロの城』を観たのはTVだもん」
「『風の谷のナウシカ』は冒頭で挫折したって言ってたよね」
「そう、ナウシカがあまりにいい娘すぎて」
「『となりのトトロ』『魔女の宅急便』は好きじゃなかった?」
「TVとビデオで何度も観ている。娘が大好きだったんで。『魔女の宅急便』なんて、原作より数段よく出来ているよ。本書でも何かと比較されているけど」
「『天空の城ラピュタ』観てないって?」
「そう、『紅の豚』も。でも、『千と千尋の神隠し』は劇場で観たよ」
「好きって言っていたよね、ああいう世界」
「『もののけ姫』の世界もね、あまりのヒットで劇場に行くの断念したけど」
「『ハウルの動く城』は?」
「ああいう西洋主義って好きじゃない。『魔女の宅急便』もそうだと言われれば、何も反論できないけど」
「もしかして『崖の上のポニョ』も?」
「観てない」
「だったら書名の意味がわからないんじゃ…」
「ポニョがハム好きなんでしょ?」
「……」
「ああ、本書読んでいて不思議に思ったことがある」
「何?」
「これまでの映画だと、それが何の映画なのか、タイトルつきで説明するのに、『ポニョ』だけ何の説明もなくエピソードの紹介、解説になるの。あれ、何か意味があったのかな?」






2006/06/05

  「志ん生座 旗揚げ公演」(studio FOUR)

 志ん生座とは何だ?
 伊東四朗一座、熱海五郎一座に対抗して噺家たちが軽演劇を始めるのか?
 志らく劇団「下町ダニーローズ」のライバル出現か?
 ダニーローズ座員、談四楼師匠が絡んでいる。そういえば最近ダニーローズ公演に出演していないからな。何か考えがあってのことか?!

 なんてね。
 軽演劇や芝居にはまったく関係ありません。
 古今亭八朝師匠プロデュースによる落語会の一つ。志ん生が得意としたネタを、落語協会、落語芸術協会、立川流、円楽一門会の四派の噺家が演じるという趣旨だという。今回はその記念すべき第一回。なお、四派というが、円楽一門会の噺家さんは参加していない。

 立川三四楼「元犬」
 桂才紫「あくび指南」
 桂歌春「城木屋」
 
  〈仲入り〉

 立川談四楼「替り目」
 古今亭志ん馬「井戸の茶碗」

 才紫さんは才賀師匠のお弟子さん。びっくりするほど歯切れがいい。開口一番「ここからが番組ですから」に大笑い。正調「あくび指南」は初めて。これまで生で聴いたのはミッキー亭のヘンな外人が登場する噺なので。正調を聴くことで、ミッキー亭のあくびがものすごくリアルだということが確認できた。別に才紫さんが下手というわけではないが。耳に心地よい口跡、というよりやはり歯切れだろうな。TBSにこんなアナウンサーがいるな。

 歌春師匠は歌八時代、「笑点」の若手大喜利で何度も拝見していた。頭には白いものが混ざり、体型も多少ふっくらしたが、イメージは昔のまま。これには驚いた。打ち上げ時に年齢を聞いてまたまたびっくり。60歳だって。団塊の世代だったんだ! 知らなかった。
 「城木屋」は初めて聴く。いわゆる三題噺のひとつで、「江戸で一番の美人」「伊勢の壺屋の煙草入れ」「東海道五十三次」が噺の中に入っている。城木屋(「あの白木屋か?」「居酒屋の?」「違う! デパートの白木屋 江戸時代は有名な呉服店だったんだ」)の美人娘に惚れた醜男の一番番頭。恋が成就するわけがなく、その腹いせに店の金を盗んで逐電。おきまりの転落人生。金がなくなってきたころに娘の縁談話を耳にする。いっそ、あいつを殺して俺も死のう。心中すれば町中の噂になる。江戸にでてきて刀を手に入れた。夜、城木屋に忍び込んだのはいいが、安物の刀なので、使い物にならず。結局御用となって、大岡越前の裁きを受けることに。最初はしらばっくれていたが、部屋に落ちていた煙草入れが証拠となった。すべてを観念して大岡に白状する口上が東海道五十三次の地名を織り込んだものになっている。日本橋から品川、川崎、保土ヶ谷、戸塚、藤沢、平塚……柳亭痴楽の「恋の山手線」か、小林旭「自動車ショー歌」てなもの。

 「替り目」も師匠の高座では初めて聴くような気がする。一昨年の年末、TVでは小遊三さんが演っていたっけ。
 立川流の面々がみな病気持ちというマクラから爆笑の連続。酔っ払いと車夫のやりとり、家にもどってきてからの女房とのやりとり。師匠の呑兵衛は最高だ。

 志ん馬師匠は汗だくだくの高座だった。古今亭の代表だから、熱演したのか。打ち上げ時に本人が真相を語っていた。主要人物の一人、浪人の名前を最初はきちんと言えたのに、次に間違え、思い出そう、思い出そうと努力して(その間、あちらの浪人ですませた)、最後にやっと名前がでてきたのだとか。浪人の名前は千代田卜斎。

 楽しい落語会だった。




 承前

 「大都会 PARTⅢ」を何回か観ているうちに気がついた。前半、犯人(たち)の犯行手口が極悪非道であればあるほど、あるいは逃亡時の行動が残忍であればあるほど、黒岩軍団の犯人検挙・射殺に溜飲が下がる。スカッとする。
 犯人の人間性などを描くと、黒岩軍団の、通常の捜査活動を逸脱した非常識な行動を是認できなくなってしまう。それこそ犯人が徹底してワルならば、敗北したとき(ほとんどが射殺)のカタルシスも半端ではない。極上のものが味わえるわけだ。

 北の湖の全盛時代、初日から白星街道を邁進していた強すぎる横綱が千秋楽を前に連敗する。珍しく千秋楽まで2敗を守った貴ノ花(先代)と優勝決定戦。熱戦の末横綱敗れたり! 実際にそんな場所はなかったが、もしあったとしたら、とんでもない快感だっただろう。カタルシスとはまさしくこの快感のこと。
 ラストのカタルシスのためだけにドラマが作られているのではないか? ストーリーの荒唐無稽化、派手なアクション三昧は、勧善懲悪の徹底にほかならない。犯人に対する感情移入はもってのほか。なので人間ドラマとかリアリティ描写なんて必要ないのである。
 「大都会」は社会派ドラマから出発し、娯楽性の高い刑事ドラマになり、ついにアクションファンタジーとでも呼ぶべき世界へ到達したのである。

 松田優作の代役なんてつとまらないと思っていた寺尾聡がなかなかよかった。ダーティー・ハリーを意識したS&WM29(44マグナム)が細い身体に似合うから不思議。ゴリラみたいな容貌の苅谷俊介もいかにも〈軍団〉メンバーという感じで注目していた。

 こう書いてきて「大都会 PARTⅢ」と「西部警察」が何かとリンクしてくるのがわかるだろう。つまり、「西部警察」は日本テレビからテレビ朝日に移籍した石原プロが制作した「大都会 PARTⅣ」なのである。それはオープニングタイトルを見ただけでわかる。
 設定、キャラクターはほとんど同じ。黒岩軍団が大門軍団になって、石原裕次郎が渡哲也の直属の上司になった。おまけにラストの歌も渡哲也に代わってうたうようになった。アクションがよりパワーアップされ、その分荒唐無稽さはさらに拡大した。

 なぜ石原プロは日本テレビからテレビ朝日に乗り換えたのか?
 不可解なのはここなのだ。実際の制作にTV局(局プロデューサー)がどのくらい絡んでいるのか知らないが、やはり局の力というものがあると思う。日本テレビはこの手の番組には定評があった。一流という感覚。対してテレビ朝日は二流、三流のイメージ。新規の番組開拓を狙ってテレビ朝日が破格の製作費、有利な条件を提示して石原プロを迎え入れたのだろうか? いわゆる引き抜きというやつ。

 こちらにそんな先入観があるからか、「西部警察」は、予算も世界観もパワーアップしているにもかかわらず、質的には「大都会 PARTⅢ」よりレベルダウンしたと思えてならなかった。
 最初は「大都会」シリーズの雰囲気に浸りたくてつきあっていたが、次第に興味を失っていった。アクションがワイドショーのネタになるあたりか。全国縦断ロケのころは完全にロケ自体がイベント化していた。お祭り騒ぎが好きな石原プロらしいといえばそれまでだが。ドラマの面白さの追求なんてどこかにいってしまい、話題作りのためだけに行っているのに嫌気がさした。

 23回忌の大掛かりなイベントについても、同じことがいえる。
 そんな金があるなら念願の映画を作ったらどうかと揶揄する週刊誌記事を読んだ。今の石原プロ所属の俳優陣では劇場に客を呼べない、というのがオチになっていた。
 僕はといえば、新作映画なんて期待しないが、せめてこういう機会にこそ「黒部の太陽」の上映会を企画してほしいと思う。あれだけで苦労して制作された映画が現在ビデオソフト、DVDになっていないから観ることができない。石原裕次郎の「大きなスクリーンで堪能してほしい」という意思を尊重してソフト化しないとのこと。
 だったら、国立競技場で5万人のファンを収容して巨大スクリーンでオリジナル版の「黒部の太陽」を上映すればいいのに!





 承前

 「大都会 PARTⅢ」は「PARTⅡ」が終了して半年後に始まった。人気があった証拠である。
 オープニングのタイトルで違和感を憶えた。

 なんてしたり顔で書いたが、どうも納得いかない。一抹の不安がある。
 ウィキペディアで放送時期を調べた。「PARTⅡ」は1977年4月から78年3月まで、「PARTⅢ」は78年10月から79年9月まで。何の疑いもなかった。書いてから「ちょっと待てよ」。

 腑に落ちないのは「PARTⅢ」が78年10月から始まったこと。
 78年の4月から僕は上京してアパートで一人暮ししている。予備校に通うためである。当初部屋にあった小型TVを、夏休み前には郷里に返してしまった。一緒に上京して同じ予備校に通っていた友人の部屋にはTVがなかった。勉強の邪魔になると用意しなかったのだ。友人より成績が悪い僕が影響されないわけがない。
 部屋にTVがないのにどうやって新番組を観たのだろうか? これが79年の4月だったらわかるのだ。またTVを取り寄せたから。

 部屋にTVがなくてくやしい思いをしたことがある。
 79年1月、朝日ソノラマからファンタスティックコレクションと銘打ったムックシリーズの1冊「ウルトラセブン」が刊行された。豊富な写真で各話のストーリーが紹介されている。購入して愛読しているうちに作品そのものが観たくなった。この時期毎週土曜日の早朝に再放送していた。「セブン」観たさに大学生の友人の家に遊びに行った。朝が早いので前日に宿泊させてもらった。翌朝ワクワクしながらTVをつけると放送が中止になっている。三菱銀行人質事件の現場が延々中継されていたのだ。あのときは別の意味で犯人を呪ったものだ。大学受験を間近に控えて何やっているのか。

 そんな思い出話はどうでもいい。
 とにかくタイトルに違和感を憶えたのは確かなことだから。
 まとめてみると以下3つに分類できる。

 その1
 メインタイトルの〈大都会〉が立体的にレタリングされていた。奥から手前に飛び出すようなデザイン。この手の文字は平面(ポスター等)で、バックに柄(絵や写真)がないと効果的だが、実写でそれも動いてる映像だとほとんど意味をなさない。「だっせ~!」思わずつぶやいた。
 その後、メンバーの紹介になるのだが、とにかくアクション、アクション。アクションの連続だ。車の横転、爆発、炎上。ビルの爆発。繰り広げられる銃撃戦。メンバーの誰もが銃を持ち、こちらに向って発砲する。あの高品格までが!

 その2
 黒岩軍団のメンバーも若干交代している。
 松田優作の〈徳吉〉が消えた。その穴を埋めるのが寺尾聡なのだが、どうにも線が細すぎる。だいたいなぜ寺尾聡がハードボイルドしているのだ? 「おくさまは18歳」に登場する気のいい先生役のイメージが強すぎた。あくまでも僕にとっては、だが。

 その3
 ストーリーが荒唐無稽化した。
 犯人がとんでもなく極悪非道な奴らばかり。人の命なんてこれっぽっちも顧みることがない。〈黒岩軍団〉も犯人を容赦しない。徹底的に追いつめる。こちらも犯人の逮捕ではなく、犯人が二度と犯罪を犯さないようにするのが任務と心得ているみたいだ。そのためには射殺もやむなし。というわけで、銃撃戦なんて当たり前の光景。カーアクション、大爆破はクライマックスのお約束になった感がある。

 「PARTⅡ」は適度なアクションだったものが、「PARTⅢ」になるとまさにフルスロットル。過激なカーアクション、カースタントが売りになった。これで人間ドラマは完全になくなった。「PARTⅡ」は、前作に比べかなり雰囲気が変わったとはいえ、それでも人情の機微とかペーソスとかはまだまだ残っていたのである。犯人にも人間の血は流れていた。だから面白かったし楽しかったのに。
 ショックだった。松田優作がいないことは仕方ないとしてこの路線変更には納得いかなかった。

 回が進むにつれてわかってきた。
 「PARTⅢ」は、すべてクライマックスのカタルシスにあるのだと。

 本当は4回で完結させるつもりだったのに……
 この項続く

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「大都会 PARTⅢ」タイトル

変でしょう?
テーマ曲は素晴らしいのに。





 承前

 シリーズ第2弾の「大都会PARTⅡ」は、「大都会 -闘いの日々-」同様、黒岩刑事(渡哲也)を中心とする刑事ドラマである。が、シリアスな展開一辺倒では視聴率を稼げないとの反省からか、ストーリーに合せて設定や人間関係、キャラクターが大幅に変更されている。
 まず石原裕次郎が新聞記者から外科医になった。事件に治療の面から関わるようになったのである。この変更には首をかしげた。いくら刑事や犯人に傷がつきものといっても、毎回手術があるわけがない。記者の方が何かと小回りがきくだろうに。
 黒岩を指揮官とした刑事チームの活躍がより前面にでてきた。〈黒岩軍団〉なる名称がついていたのかどうか、記憶がはっきりしない。確かなのはメンバーが個性的でドラマに弾みがついたこと。高品格や小野武彦がリアルな刑事を体現すれば、新しく加わった松田優作はその対極に位置しユニークな存在感を示した。

 優作扮する徳吉のキャラクターが光っていた。とぼけた演技、台詞まわしとここぞというときのアクション。そのギャップが魅力。このキャラクターが「最も危険な遊戯」の鳴海昌平につながっていくわけだ。
 高品格と渡哲也の関係にも注目した。年上の部下を敬いながら指示をだす上司。若い上司に全幅の信頼をおく老刑事。その信頼関係に憧れた。朴訥とした高品格の台詞廻しも良い。
 劇中、事件が解決がするとまず主題歌(渡哲也「ひとり」)が流れ、続いて、オープニングと同じインストゥルメンタルのテーマ曲が高鳴るエンディングに切り替わる。このフォーマットは以降のシリーズ(「大都会PARTⅢ」「西部警察」)にも引き継がれた。

 前作のシリアスさに適度なユーモアとアクションを加味したのがミソで、ずいぶん前に「太陽にほえろ!」を卒業した高校3年生にとって毎週楽しみな番組となった。
 プログラムピクチャーの面白さ、楽しさを教えられた作品でもある。
 制作が石原プロだからだろう、監督はかつて日活で活躍した人ばかり。舛田利雄、長谷部安春、澤田幸弘、村川透等々。撮影は仙元誠三。
 本放送時もクレジットで脚本、監督はチェックしていたと思うが、特に意識し始めたのは「最も危険な遊戯」が話題になってから。遊戯シリーズに夢中になった大学時代の再放送だ。オープニングのクレジットで〈監督・村川透〉とでると、もうそれだけでワクワクしていた。

 このころ、松田優作×村川透×仙元誠三は僕にとって特別のトリオだった。
 村川透の演出はシャープだった。軽妙洒脱。ウィットに富んでいた。仙元誠三の手持ちカメラによる長廻しにしびれた。映画は、遊戯シリーズ3部作、「蘇る金狼」「野獣死すべし」、TVなら「探偵物語」まで追いかけた。

 日本テレビには、この手の刑事(探偵)が活躍するTV映画がたくさんある。「傷だらけの天使」「俺たちの勲章」「大追跡」「プロハンター」「あぶない刑事」等々。70年代に僕らが「傷だらけの天使」や「探偵物語」に夢中になったように、80年代の若者は「あぶない刑事」で盛り上がった。TVのシリーズが続いただけでなく、何度か映画化もされた。ある意味、日本テレビが誇るTV映画の最後を飾る作品(シリーズ)だった気がする。村川透もレギュラー監督の一人だった。にもかかわらず、僕は蚊帳の外。このころはもうすでに興味の対象外になっていた。当時舘ひろしはあまり好きな俳優でなかったし、何より浅野温子が大嫌いだった。

 このあと、TVは2時間ドラマが全盛となる。村川透ほか、プログラムピクチャーの監督たちも2時間ドラマを手がけているが、フィルムに比べて、自分の色を出していない。出せなかったというべきか。市川崑、実相寺昭雄ほどになれば、明らかに違いがわかるのだが、中堅クラスだとみな同じに見えてしまう。だからエンディングのクレジットで初めて気づいて「ええ、村川透だったの?」なんて驚くことが何度かあった。

 話をもどす。
 「大都会PARTⅡ」はTVにシフトした石原プロの新しい金脈になると思った。この路線が続けばいいと願ったものだ。「大都会PARTⅢ」は「PARTⅡ」が終了して半年後に始まった。人気があった証拠である。
 オープニングのタイトルで違和感を憶えた。

 この項続く
 





 承前

 今では〈TVドラマ〉と一括りされてしまう感があるが、1990年代半ばまでは、16ミリフィルムで撮影されたドラマがあった。正確を期すならば、90年代は、撮影したフィルムをネガのままビデオに変換して(F to T)編集、MAを経て完成させる流れになっていた。80年代までは最終工程までフィルムだった。簡単にいえば16ミリフィルムの作品を作って、最終的にビデオに変換(テレシネ)して放送する。この手の番組は、ビデオ収録のものとは区分されてTV映画と呼ばれた。ちなみに今ではビデオ撮影と当たり前のように表現されているが、昔は撮影といったらフィルムであり、ビデオは収録と言ったものだ。

 昔のビデオカメラは大型だった。ゆえに、ビデオ収録のドラマは、原則すべてスタジオにセットが作られて収録された。屋内はもちろん屋外も。少年ドラマシリーズを思い浮べてほしい。スタジオドラマと言われた所以。今のドラマなら「渡る世間は鬼ばかり」にその傾向がうかがえるだろう。屋外ロケもあるにはあったが、そこだけフィルムになってしまうことが多かった。フィルムとビデオは質感が全然違うから、違和感がありすぎて気になって仕方なかった。「中学生日記」なんて、ビデオカメラの屋外ロケが主流になっても、フィルム撮影していてあきれてしまったことを憶えている。
 あくまでも原則だが、スタジオドラマは局が制作し、テレビ映画は局が外部の制作会社に発注した。この外部制作会社のメインが映画会社各社(のテレビ部)だった。映画が斜陽になってきてTVにも進出してきたのである。

 たとえば、東宝は日本テレビで「青春とはなんだ」に始まる〈青春シリーズ〉を手がけた。大映はテレビ部門の大映テレビ室がTBSで「ザ・ガードマン」を制作、人気を博した。大映テレビ(大映倒産後は大映テレビ株式会社となる)とTBSは後に山口百恵主演の〈赤いシリーズ〉で大ブームを呼ぶ。
 東映はやはりTBSで「キイハンター」から「Gメン'75」「アイフル大作戦」と続く一連のアクションものを連発。松竹も必殺シリーズがテレビ朝日系列の看板番組となった(当初関東ではTBSで始まったのだが、途中、関東と関西のネットのねじれを解消したため、テレビ朝日になった)。
 テレビ映画専門の会社も存在した。ユニオン映画というと、今は「笑点」の制作会社として社名の映画が?であるが、70年代には、石立鉄男の主演するホームドラマ(「パパと呼ばないで」「雑居時代」)や、中村雅俊主演「俺たちの旅」等のシリーズ、多数の捕物帳時代劇を量産したのである。

 以上は1時間番組であるが、30分の子ども向けにもTV映画はたくさんあった。「ウルトラQ」から始まった〈ウルトラシリーズ〉がそう。これは円谷プロの制作だ。東映も「悪魔くん」「河童の三平 妖怪大作戦」「仮面の忍者赤影」「仮面ライダー」等々、円谷プロとは違う、もう一つの特撮番組を担っていた。「マグマ大使」「怪傑ライオン丸」のピープロも入れておこう。
 ホームドラマの代表的作品であるケンちゃんシリーズは国際放映の作品。
 当時は30分の大人向けドラマもあった。「木下恵介アワー」(アワーにもかかわらず30分とはこれいかに)で有名だったのが木下恵介プロだ。

 前述したようにフィルムとビデオでは明らかに映像に違いがある。まったく世界観が異なる。山本晋也監督だったか、「フィルムは化学反応、ビデオは電気システム」と説明をしていて世界が違うのは当然だと思ったことがある。
 フィルム作品には陰影、奥行きが感じられた。ビデオは全体的に平板でフラットな印象。逆にいえば、ブラウン管で見るフィルムには暗い感じがしないでもないが、ビデオは鮮やかで瑞々しい。
 特撮もの、時代劇はフィルムだからこそ、その世界がリアルに思えた。もちろん刑事ものにも同じことがいえた。
 個人的にフィルムの質感が好きだった。が、ビデオを認めないわけでもなかった。一連の倉本聰や山田太一作品の影響だったと思う。

 前説が長くなった。
 今はHDカメラが主流になって、TVドラマにビデオ、フィルムの概念がなくなってきている。そこを押さえておかないと70年代のTV映画は語れないので、仕方ない。

 「太陽にほえろ!」もそうしたTV映画の一つとして誕生した。というか、70年代に量産された刑事(探偵)アクションものの元祖的作品。石原裕次郎がボス役でレギュラー出演しているので、石原プロ作品と勘違いしている人もいるかもしれないが、制作は東宝である。プロデューサーが新しい刑事ドラマを作るため、出演を嫌がる石原裕次郎をくどいた結果だった。
 「太陽にほえろ!」で裕次郎もTV映画の可能性を見出したか。なかなか映画製作に着手できない台所事情もあったのかもしれない。いずれにしろ、裕次郎は、石原プロの活動をTVにシフトさせ、新しい刑事ドラマをプロデュースした。それが「大都会 -闘いの日々-」だった。
 渡哲也扮する黒岩刑事が社会に巣食う暴力団と戦う物語だが、後のヒーロー然としたキャラクターではなく、組織の一員として捜査、検挙する姿をリアルに描いた。犯人の心情にもスポットを当て、併せて仁科明子扮する妹、石原裕次郎扮する新聞記者との関係も浮かびあがらせた。
 メインライターは倉本聰。重厚な人間ドラマだったが、視聴率的にはイマイチ、イマニといった感じ。この結果がシリーズを大きく方向転換させた。

 この項続く






 退社してからいつものように駅中のドトールで読書。元「まぐま」同人の荻野真さんが最近上梓した「なぜポニョはハムが好きなのか 宮崎アニメの思考」(洋々社)を読み進む。
 品川で京浜東北線に乗り換えようとしたら、ちょっと前に鶯谷で人身事故が発生したとのアナウンス。が、すぐに南浦和行きの電車がやってきた。しばらく停車していたが、山手線の線路を使って運行しますと走り出した。

 途中まで読書に夢中になっていた。秋葉原だったと思う、ふと外を見ると、ホームの反対側(4番線)に大宮行きの京浜東北線の電車が停車している。山手線が停車する3番線にも京浜東北線、こりゃすごい光景だと興奮した。車両を飛び出してホームから写真撮りたかった。山手線は交互に緑と青の車両が走っていたらしい。
 そんな車両の中で荻野さんの著書を読了した。読了してから気がついた。
「今日、映画サービスデーだ!」
 腕時計を見ると20時45分。レイトショーにも間に合いそうもない。あきらめた。

          * * *

 今年は石原裕次郎の23回忌。テレビ朝日が〈特別企画・傑作選〉と銘打って「西部警察」を再放送している。先週土曜日(23日)、たまたま第一話「無防備都市」(前後編)を観た。
 途中挿入されるCMには必ず23回忌祭典の告知が入る。何でも石原裕次郎の写真集と焼酎が無料で5万人にプレゼントされるらしい。ハガキで応募して当選すればの話だが。引き換えは7月5日の国立競技場。そういえば国立競技場に臨時のお寺を建てるって朝のワイドショーが騒いでいたっけ。このプレゼントで少なくとも5万人のファンは当日競技場に集合するという按配。さすが石原プロ、やることがすごい。

 テレビ朝日と石原プロは「西部警察」以降、蜜月状態が続いている。ゆえに、石原プロの(TV作品で)刑事ドラマといえば、「西部警察」が代名詞になっていて、代表作のように思われている。
 本当にそうか? フィルムによる刑事ドラマが量産されていた70年代を知る者として疑問を抱かざるをえない。

 視聴率的に好調で、シリーズとして長期間放送されていたということで確かに人気作品なのかもしれない。しかし、カーチェイス、カースタント、大爆破だけが売りのストーリー的には空疎な展開が目立つドラマだった。
 いや、カーチェイス等のアクションに切れ味があるのならそれはそれでいい。目玉シーンになるのなら文句は言わない。悲しいかな、日本(映画)の場合、限界というものがある。
 たとえば、車の横転。必ずスローモーションになる。で、ヘルメットをかぶったスタントマンがはっきり確認できてしまう。ある種のダサさというのか、子どもだましの域を出ない。絵的に寂しいものが漂ってしまう。それをカバーするのが人間ドラマのはずなのだが、荒唐無稽なストーリーに期待するほうがどうかしている。

 この手の刑事アクションものは「大都会PARTⅢ」でやりつくしてしまったと思っている。石原プロが本格的にTVに進出をはかろうと日本テレビと取り組んだ作品の第三弾だ。

 この項続く






プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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