2009/10/03

 「カムイ外伝」(MOVIXさいたま)

 H氏から久しぶりに電話をもらった。元会社の同僚で、特撮、ミステリ、アニメ、漫画等々、その手の話が合う。前回は正月休みに西川口で飲んだのだった。昨年だっけ?と訊いたら、一昨年だって。まったく月日の経つのは早い。
 用件は「カムイ外伝」のチケットが手に入ったから一緒に観に行かないか? というものだった。断る理由なんてない。

 「カムイ外伝」はTVアニメで夢中になった世代だ。といっても内容なんてほとんど憶えていないのだが。白土三平のマンガを知るのはずっと後である。マンガは読んだことがない。「カムイ伝」という作品があることも知った。80年代、ビックコミックに連載された「カムイ伝 第二部」は立ち読みしていたような。
 予告編は何度も観ている。脚本・宮藤官九郎、監督・崔洋一のクレジットに反応したのだが……。

 冒頭のナレーションに萎えた。別に山崎努が悪いわけではない。いかにもな、ごくごくあたりまえな導入にがっかりしたのだ。まったくクドカンらしくない。
 だいたい、なぜバックに白土三平の絵を使用するのか。逆効果ではないか。松山ケンイチのカムイに納得して観に来たオールドファンに往年のアニメ、マンガの世界を思い出させてしまう。この処置は決して原作に対する敬意ではない。そう考える方がおかしいのだろうか。

 マンガを実写化するにあたって、一番困ってしまうのが、平面だから成り立ついかにもマンガ的なキャラクターを、原作そのままに映画(ドラマ)で再現させてしまうこと。モノマネ番組ではないのだから、実写のリアリティということをきちんと考慮してもらいたい。
 たとえば、H氏が指摘し、僕も同じこと考えていたと膝を打ったのがTBSでドラマ化された「こちら葛飾区亀有公園前派出所」。ドラマの中で中川や麗子にマンガのと同じく黄色やピンクの制服を着せていた。香取慎吾を両さん役にキャスティングしたこと以上に、スタッフのセンスが問われることだと思っていた。
 手塚治虫の「ブラックジャック」だって、本当の意味で実写化するとなると、それなりの変換措置をとるべきだなのだと思っている。

 映画は冒頭からカムイと追忍との戦い、アクションにつぐアクションで引っ張っていくのだが、ワイヤーワークバレバレの動きにまるでノレない。破天荒な忍法を再現するのにワイヤーは必要不可欠であることは十分理解できるが、見せ方というものがあろうだろう。こんなアクションで興奮できるものか。
 CGを使って、斬新な映像を見せてはくれるのだが、CGがCGでしかないため(つまり本物に見えないため)興味は半減してしまう。鮫のシーンなんてロングはCGだとしても、アップになったら、実物大の造形物を使用すべきだ。日本映画の悪いところは、CGで作った被写体はすべてCGでしか描かない。どんなに斬新で驚異的なショットだとしても、嘘くさい映像になる。崔監督は全編を覆うCG映像に満足しているのだろうか? 唯一成功しているのは馬の足を切断するショットぐらいか。

 本当に宮藤官九郎が脚本を書いているのかと疑問に思うことがたびたびあった。ナレーションの多用がその一つ。冒頭だけならまだしも、最後まで、途中々さほど必要と思えないことも解説してくれるのだ。
 半兵衛(小林薫)が領主の愛馬の片足を切断して持ち帰ると、その蹄を切り刻んで何かを作る。完成した〈もの〉がアップなるとそれが何なのかわかる人にはわかる。だいたい次のシーンクェンスで何に使われるものなのか判明する仕掛けになっている。にもかかわらず、アップになったときに、ナレーションで説明してしまうのだ。余計なお世話だって。
 ほかにも説明台詞が散見された。慣れない時代劇だからだろうか。どうにもしっくりこない。ピンときた。脚本のクレジットにはクドカンのほかに監督自身の名前もクレジットされている。共同脚本。監督が決定稿を仕上げるにあたってクドカンのものに手を加えたということだろうか。この過程でオーソドックスな構成、台詞に書き換えられた。要は〈脚本:宮藤官九郎〉のクレジットは疑似餌ならぬ撒餌……なんて考え過ぎか。

 映画は〈渡り衆〉が登場するあたりから、スクリーンを注視できるようになる。不動を演じるには伊藤英明は若すぎる気がしないでもないが。カムイに向って「若いの」なんて言われると「それほど年齢は離れていないだろうが」と突っ込みを入れたくなった。クライマックスのアクションは悪くない。

 「まあ、いいんじゃないの、タダだしさ」とはH氏の感想。前半どうなるかと心配だったが、後半盛り上がった。それなりに感情が昂ぶったということで、「TAJOMARU」よりは評価できるのではと思う。 




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 南田洋子さんが亡くなった。
 くも膜下出血で倒れたとニュースで知って、長くないとは思っていたけど。
 出演された数々のドラマを見ているのだが、何のドラマが印象深かったかというと、思いつかない。もちろん、「太陽の季節」に主演して一世を風靡したことは知識としてありますよ。この映画が縁で長門(裕之)さんと結婚されたことも。
 そう、僕にとっては、長門・南田夫妻は「ミュージック・フェア」の司会者で思い出深い。
 中学時代、当時火曜日夜の9時30分から放送されたこの番組にチャンネルを合わせるのは解散間近の赤い鳥が出演するときだった。
 それまでも何度も出演していたのだろう。その縁で、メンバーの後藤さんと平山さんが結婚したときの媒酌人になった。
 
 後藤・平山夫妻にとっては、ジャンルは違えど、同じ芸能界で働く先輩だ。それも夫婦揃って。
 だからこそ、今年2月、京都で行われたイベントに出演した紙ふうせんに、ライブ終了後確認したのだった。

 南田さんが認知症を患い、その闘病生活の模様を収めたTVドキュメンタリーについて。
 本放送を観て、かなりショックを受けた。長門さんの、なぜドキュメンタリーの被写体になったのか、その趣旨はよくわかるけど、女優・南田洋子として良かったことなのか。本人が望むことなのか。トイレのシーンなんて本当に、ほんとに必要だったのか?
 番組終了後、後藤さんの意見が聞きたくて手紙書こうかと思った。結局、お会いしたときになった。それが2月だったわけ
「番組ご覧になりましたか?」
 見ていなかった。とはいえ、南田さんの病気のことは知っている。内容をかいつまんで説明した。自分の意見も。
「……どう思いますか?」

 昔、長門さんがそれまでの人生を振り返った本を書いた。ある有名女優と不倫したことなども暴露していて、大問題になった。
 記者会見でわかったのは、本はゴーストライターの手によるものだったこと。長門さん、席上でこんな本読まなくていいと、本を投げ捨てた。あくまでも記憶で書いているので、状況は若干違うかもしれない。
 あのとき、南田さんの気持ちはどんなものだったのだろう。今回の件も、もしちゃんとした意識を持っていたら(変な例えだ)同じような感覚ではないだろうか。
 しょうがないわね、まったくもう!

 長門さんの南田さんに対する献身ぶりは想像できる。
 両親とダブるのだ。
 母が脳腫瘍で倒れて、手術後、第1級の身障者になってからの介護の様子で。
 南田さんが人工呼吸器つけてなんて報道を耳にすると、集中治療室の母の姿が脳裏に浮かび、いてもたってもいられなくなったもの。
 今度のニュースで知ったのは、母は南田さんと、父は長門さんと同い年だということ。
 
 一度だけ長門・南田夫妻と仕事をしたことがある。はるか昔、CF製作会社時代だ。簡易型の酸素呼吸器のCMで、小道具にバケツの中を泳ぐ金魚を使った。撮影の合間、長門さんが、金魚になんだかんだといたずらして、南田さんに注意される。その姿はまるで母親に怒られる子どもみたい。
「姉さん女房なんだな」
 ふたりのやりとりを見ながらそう思った。

 南田さん、安らかに。




 4部作なら5部作の方が決まりがいい。
 ということで、転載コマツのおやぶんリターンズ。

 シモネタじゃないか! 誰かさんの声が聞こえる。

                             *

●あなたならどうする? その3 2007/08

 この前の日曜日、新宿でまぐま発行人と飲んだ後、帰宅したわけだが、ちょっと用があって、一つ手前の川口駅で降りた。改札口に向かっていると2、3m前を歩く女性のロングスカートが目には入った。小太りの20代の女性。ベージュのスカートの尻に赤黒い染みがあった。
 ピンときた。
 大昔、小学6年か、中学1年だったと思う。朝布団から起きた母親のパジャマの同じところに同様の染みを見つけて動揺したことがある。何も言えなかった。母親はそのままトイレに入って何食わぬ顔で出てきた。息子に見られたことを知っていたのか否か。
 前を歩く女性はスカートの汚れについて認識しているのだろうか? 認識しているのならいいのだがそうでなかったら? 誰か教えてやればいいのに。男のオレにはできない。ほら、そこ行く女性たち! 
 でも、ここで知らされてどうなるというのか。
 自分のことに置き換えてみる。社会の窓を全開にしていて、それを人の大勢いるところで教えられたら……。
 顔が真っ赤になるだろう。羞恥が一気に押し寄せるだけ。知らない方がいいのかもしれないな。
 二つの思いが交互に押し寄せ、ふと思った。赤の他人のことでどうしてあれこれ考えなければならないのか。それこそ恥ずかしくなって、早歩きして女性の横を通り過ぎ改札を抜けたのだった。

 以前にも似た状況があった。
 ずいぶん前のことだ。場所はJR品川駅。まだ改装前で、品川プリンスホテル側の改札と港南口を結ぶ地下通路があった時代だ。
 夜、飲んだ帰りだったか、ホテル側の改札に向かっていたら、前を行く女性がいた。後姿からかなりの美形だとわかる。服装にもセンスを感じる。ちょっと見とれていた。ヘアスタイル、うなじ、背中、ウエスト……。
 愕然とした。スカートがめくれあがり、下着が丸見えだったのだ!! 


 前を歩く女性のスカートがめくれている。いや、めくれあがっている。
 パンツもろ見え。お尻全開。
 目が点になった。
 目の前の光景が信じられなかった。
 思わずあたりを見渡した。
「もしかしたらどっきりカメラかも?」
 どうみてもリアルじゃないのだ。
 スカートがずれ上がったというのではない。裾が腰のベルトに巻きついた、どうしてそーなるの!状態。トイレに行ってたのか? 自分で顔が赤くなるのがわかった。
 本人、まったく気づいていないから、颯爽とした歩きだ。それがまた哀しい。

 誰か注意する人はいないのか。というか、まだ誰も気がついてない。
 すぐにでも駆け寄って注意したくなった。できなかった。そのくらい恥ずかしい姿なのである。
 女性が改札を抜けた。とたんにあたりが明るくなって、黒のストッキングに包まれた白いパンティがくっきりと目に飛び込んできた。女性はそのまま右側の階段に向かっていた。駅構内はものすごい人だろう。完全なさらしものになってしまう。声をかけるべきか。いやその前に僕も同じ方向に行くのだから、このままでは下から覗く形になる。それこそ眺めはいいだろう。
 人間の、というより男の性とは不思議なもので、見えるか見えないかというのならわくわくしながら注視する。ところがあまりにあからさまだと逆に躊躇して目をそむけたくなる。後ろからついていきたくない。そう思って、歩みを止めた。
 すると後からやってきたスーツ姿の若者たち(確か3名だった)が僕を追い越しながら、その光景を見つけたのだ。
「なんだ、あれ?」
「マジかよ」
「わぉ!」
 若者たちは階段を上がっていった。階段はもしかしたらエスカレーターだったかもしれない。
 いてもたってもいられなくなった。回れ右して、構内に続く階段(エスカレーター)とは反対の、地下通路へつながる階段を駆け下りたのだった。
 だからその後のことはまったく把握していない。

 スケベである。若い頃は日活ロマンポルノを映画として観ていなかった。今は違う。だから後悔している。まあ、年齢を重ねなければわからなかったことでもあるのだが。
 アダルトビデオは今でもたまに見る。かつてアテナ映像の代々木忠作品に夢中になり、一時V&Rプランニングのバクシーシ山下に浮気した。今はBABY ENTERTAINMENTか。
 にもかかわらず、目の前の光景があまりにあからさまだと逆に目をそむけたくなる。
 嘘ではない。
 実は、もっととんでもない光景、女性のあられもない姿を真近にして、始終顔をふせていたことがあるのだ。興味とは逆に。
 ある土曜日の午前中、それは京浜東北線の車両で起きた。


 某社から今の会社に出向してすぐのことだったから、十数年前になる。
 当時は毎月土曜日に管理職を対象にした全体朝礼というものがあった。社長、会長のスピーチを拝聴する1時間のためだけに、出社するというのもどうかと思っていたが、まあ、あのころは業績は最高潮、社長の言葉は神の声だったから、役員以下管理職はありがたくスピーチを拝聴するのだった。
 もちろん、管理職でない僕には関係ない行事。にもかかわらずI部長のお供として参加させられていた。
 後に、部署が異動になって、この朝礼の企画運営、司会を担当するなんて思いもよらなかった。このときは土曜日でなく平日に変更になっていたけれど。

 その日。朝礼が終わって京浜急行で品川へ出た。JR京浜東北線に乗り換える。
 1時間の朝礼のために往復3時間かけるのだ。いつもなら、有楽町で降りて映画を見たり、銀座の本屋散策にいそしむのだが、この日はそのまま西川口に向かっている。何か予定があったのだろうか。覚えていない。
 昼前。車両にはほとんど乗客がいなかった。
 それまで本を読んでいたかうたた寝していたか、気がつくと上野駅を通過したところだった。正面を見ると前の席に座る女性の行動が目に入った。年齢は20代後半から30代前半といった感じ。容貌は、これまた覚えていない。長いスカートをはいていたことだけ記憶にある。家庭用のビデオカメラを手にしていた。ファインダーを覗き、ホワイトバランスを調整したりフォーカス合わせたりしている。少ししてカメラを座席に直置きした。カメラをそのままにして、反対側の、僕が座っている席に移る。僕が座っているのは席の端、ドアのところ。女性は真ん中よりちょっと向こう寄りだった。
「何しているんだろう?」
 カメラを見た。レンズは女性が座った位置に向いている。
「撮影しているのか? でもなぜこんなところで?」
 女性は両足を座席を乗せた。左右に大きく開いた。
 あわてて視線をそらした。
「な、な、なんだこれは!」
 目はカメラの方を集中しながら、意識は完全に女性に飛んでいる。
 スカートの中を撮っている。そういえば、パンスト穿いていなかった。もしかしてノーパン……?。
 いったい中はどうなっているのか? 限りない妄想が頭の中をうずまきはじめた。
「AVの撮影だろうか? この女性、AV女優か?」
 確かに女優のセルフ撮影なんていう作品もあることはある。女性は近くにいる僕なんて眼中にないかのようにさまざまなポーズをとりだした。鼓動が激しくなった。ものすごく興味ある。なのに恥ずかしくて見られない。目をふせるしかない。でも、気になる! ほかの乗客がこの光景をどう見ているのか? 女性の反対側に顔を向ける。遠くに客が二人いたが、まったく気がついていないようだ。
 たとえば、一般車両で痴漢行為やファックシーンに及ぶAVを見ることがある。いや、あった。
 いつも思うのは、まわりの乗客がまったく気がついていないことで、それがどうにも不思議だった。どう考えても、視線に入っているはずなのに、皆われ関せずみたいな顔をしている。

 同じような状況になってわかった。見て見ぬフリをしているのだ、たぶん。きっと。至近距離であからさまな行為をされると思考とは別にある種の恐怖がともなって正視できない。
 単にお前に度胸がないだけじゃないか! 
 そうかもしれない。
 電車が王子に着くと、女性は何事もなかったかのようにビデオカメラをバックにしまって降りて行った。






 転載コマツのおやぶん! シリーズ その4 
 3回より4回の方がキリがいいでしょう。
                              
     ◇

 ●電話の向こうの貴女 2006/09/29

 20年以上前になる。当時築地にある小さなCF製作会社に勤めていた。プロダクションマネージャー、TVでいうAD(アシスタントディレクター)みたいな業務。
 コマーシャル以外にPV等も手がけていて、最初に担当させられたのが某ショッピングセンターの広報ニュース。「下妻物語」にも登場したあのジャ○○だ。
 広報室の、根津甚八に似た課長がキャスター、プロの女性タレント(押坂忍の事務所だった)のアシスタントというコンビ。この二人がTVのニュース番組よろしく左右に並んで日本全国の社員に向けて会社のトピックを紹介していく15分ほどのビデオパッケージ。
 全国各地への取材とキャスターが出演するスタジオ収録があり、両方の素材を編集、1本にして納品する。
 スタジオ収録といっても、本物のスタジオを使用するわけではない。後述する下請プロダクションの一室をスタジオ風に見立てただけのこと。
 取材、収録、編集はすべて下請のビデオ会社。構成と演出はテレビ東京のバラエティ番組を手がけている演出家。三者の連絡役、とりまとめ役が僕の仕事というわけ。
 新規の店舗がオープンすると取材クルー(カメラマン&VE)と一緒にロケに出かける。いろんなところへ行かせてもらった。

 事務所は八丁堀のマンションの一室にあった。社員は4名。デスクに若い女の子Fさんがいた。
 事務所には月に一度以上お邪魔するので当然Fさんと親しくなる。今から思うとFさんは斉藤リサ(「ウルトラマンダイナ」のリョウ隊員)をちょっと太らせ十人並みにした感じ。気さくですぐに冗談が言えるタイプ。いつもロングスカートをはいていた。社員に「つきあえば」なんてからかわれたりしたが、こちらには彼女がいるし、Fさんにも彼氏がいたように思う。だいたいFさんをどうこうしようなんて気はこれっぽっちもなかった。一度だけお互いの友人に声かけて6人で合コンやったことがあったけど。

 その後1年間は僕にとって激動の年だった。結婚を前提として始めた相手との同棲に失敗した。わずか二週間の破局。ふたりで暮らし始めた中村橋のアパートから笹塚(正確に記せば中野区南台)に引っ越して失意の毎日を送っていた。
 そんなとき、Fさんと休日に会うことになった。このときもFさんとつきあおうなんて下心はなかった。なぜそういう展開になったのか今では思い出せない。あまりの落ち込みようにFさんが励ます意味で誘ってくれたような気がする。
 新宿東口で靴を買うのにつきあって、西口の居酒屋で飲み始めた。日本酒がおいしいというので、注文してみた。当時日本酒なんてほとんど飲めなかった。案の定1合飲み終わらないうちに酔いがまわってきた。店を出たときは完全に出来上がっていた。
 駅に向かう途中、気がでかくなった僕は思ってもいないことを口にしていた。
「ねぇ、ホテル行かない?」
 何度も書くが別にFさんに気があったわけではない。他人は僕のことをどう見ていたか知らないが(けっこうプレイボーイに見られた)、そういうことに関してはしごく真面目だった。いわゆる不特定多数の女性と〈遊ぶ〉ことなど考えもしなかった。
 にもかかわらず、この日は酒の力を借りて噂に聞く一夜だけの遊びを体験したかったのだ。ワルぶってみたかった。
「いや!」
 間髪入れないFさんの返答だった。
「そう、じゃあ帰ろうか」
 こちらも言ってみただけというところがある。無理強いしない。実のところ、このとき、Fさんに「うん」と言われなかったことに感謝している。

 アパートに帰ってきて、さあ寝ようかというとき、電話が鳴った。
 Fさんだった。
「どうしたの?」
「…今夜のこと、そっけなく断ったんで悪かったかなぁって。帰ってきてからちょっと気になって」
「別に、何とも思っていないよ。逆に断られてよかった」
「ならいいんだけど」
 それから仕事のこと、会社のこと、他愛のない話を1時間ほどしゃべっていただろうか。
「どうして断ったかわかる?」
 Fさんがさも愉快そうに訊いてきた。
「……?」
「靴買ったとき、荷物持ってくれなかったでしょう? だから」
「なら荷物もってやってたら、今頃ふたりはホテルの一室だったってこと?」
「そうかもしれない」
 やはり女心はわからない。まあそれはどうでもいい。
 これをきかっけに夜の11時過ぎになるとFさんから電話がかかってくるようになった。
 なぜか電話の最中に雑音も入るようになった。

 この雑音に端を発し思いもかけない体験をすることになるのであるが、長くなるのでその話はまた……。
 くどいようだけど、Fさんとどうこうしたという話ではないから。


 ●電話の向こうの貴女2 2006/10/02

 Fさんと電話で長話をしている最中、雑音が入ってくることに気がついた。次の電話で、それが人の声であることがわかる。その次には会話であることを。どうやら混線しているらしい。
 電話がかかってくるたびにその混線がひどくなっていく。というか、他人の会話がはっきりと聞こえてくるのだ。会話といっても、二人ではなく一方の人の声なのだが。
 ある夜、これまで以上にはっきりと声が聞こえてきた。女性の声だ。相手もこちらの会話が聞こえるらしい。「混線しているみたい」なんて相手に言っている。
 好奇心がわいてきた。
「もしもし?」
 見知らぬ女性に声をかけてみた。
「…やっぱり混線よ、何か言っている……」
 やった! 反応した。
「もしもーし、聞こえますか?」
 もう一度大きな声で呼びかけた。
「…聞こえますよ」
 アドレナリンが体内をかけめぐった。25年ちょっと生きてきて、混線という状況も、ましてやその相手と会話することなんて初めての経験だった。

 小学6年のとき、函入りハードカバーのSF短編集を買った。表題がなんというか今ではもう忘れてしまったが、福島正実、光瀬龍、眉村卓、矢野徹等々、日本を代表するSF作家たちのSFジュブナイルの短編が収録されていた。その中の1篇にこういう話があった。
 主人公は中学生。彼の家に間違い電話がかかってくる。相手は同じ中学生の少女。話しているうちに、こちらと相手の世界が微妙に違っていることに気づく。やがてそこが別次元であり、その世界は、暗黒政治に支配されており、少女の家族はそんな政府に反旗を翻す一派だったと判明する。少女の声は突然の銃撃の音にかき消されて音信不通になってしまうラストが衝撃的だった。30年以上の年月が勝手にストーリーを作り変えてしまっているきらいはあると思うけれど。
 見知らぬ女性との会話に成功したとき、僕の頭をよぎったのはかつてSFジュブナイルだった。

 もう少し女性と話してみたい。Fさんに理由を話し、時間をもらえないかお願いした。Fさんは笑って「いいよ」と言ってくれた。
 こうして謎の女性との会話が始まった。
「どこから電話しているんですか? こっちは中野区なんですけど」
「××です」
 都内だった。
「誰と話しているの?」
「彼」
「いいの、ほっといても? 怒ってるんじゃない?」
「平気、へいき。こんな不思議な体験めったにないから」
「年齢聞いてもいいですか? あっ僕25」
「あんがい歳いってるんだ、あたしは18」
「もしかして高校生?」
「うん」
 高校生だとわかって、こちらの口調もざっくばらんになる。
「いいのかよ、未成年者がこんな時間に男と話していても。親が知ったら嘆くよ」
 相手は笑いながら「大丈夫。自分の部屋からかけているから」
 まったく今時の女子高生は専用の電話を持っているのか。
 こうして約30分、女子高生との会話が続いたのだった。名前は訊いたのだろうか。憶えていない。
「じゃあ、そろそろ本当のパートナーとの会話に切り替えようか」
 そんな感じで会話に終止符を打った。
「女子高生とのお話は楽しかった?」
 Fさんが声をはずませた。しっかり聞かれていたのか!
 不思議なことに混線はこのときでぴたりとなくなった。何とも不思議な現象だった。

 その後、いろいろあって今のかみサンと結婚、子どもが生まれ、中野から戸田、川口と住まいを移してきた。
 自家用車を持たない夫婦はもっぱら自転車で買い物に出かける。隣町の蕨の商店街を通ったとき、ふとFさんの家が蕨で酒店を営んでいることを思い出した。確かにFさんの姓がついた店があった。
 あれから7、8年経っていた。とても懐かしかった。




 転載コマツのおやぶん! シリーズ その3
                              
     ◇

●なぜ今「愛と死をみつめて」なのか? 2006年3月

 ミコになったよ! 

 わりと早くから補助輪なしで自転車に乗れるようになった。保育園の年長組の時には自宅周辺を走り回っていた。自転車に乗る際、母親によく言われたものだ。
「いいかい、ぜったい大通りにでるんじゃないよ」
 わが家のある住宅地の南側に中学校があって、その先が大通り。自動車の往来が激しかった。母親は事故を心配したのだ。しかし親の心子知らず。いやよくわかってはいたけれど、本人にしてみれば、自分の腕を試したくてしかたない。もう家のまわりだけでは満足しなくなっていた。

 ある日、近所に住む、1歳年上の友だちと自転車で遊んでいた。後をついていくと大通りに出た。今さら引き返せないし、大通りを走りたいという誘惑に負けた。
 大通り沿いを走っていた友だちが急に道路を横断した。僕も躊躇なく後に続いた。
 その瞬間を今でもはっきり憶えている。時間が止まったような感覚。目の前が真っ暗になった。こちらに向かってくる車の輪郭だけが白い。フィルムのネガみたいな光景がまぶたの奥に焼きついている。
 気がつくと目の前に母親の顔があった。5歳の息子を抱きしめ名前を叫んでいた。母親のまわりにはたくさんの野次馬が見えた。
 母親の顔を見て、僕は泣き出した。
「おかあちゃん、ごめんなさい!」
 母親の忠告を無視して大通りに飛び出し、交通事故にあったのだ。自分が悪いのは十分わかっていた。
「早くうちに帰ろうよ」
 僕は「ごめんなさい」と「早く帰ろうよ」を繰り返した。そのうち救急車のサイレンが聞こえてきた。

 そのまま病院に運ばれ入院生活が始まった。メシはまずく退屈な毎日だった。入院は一ヶ月ほど続いた、とずいぶん長く信じていた。大人になってから父親に確認したらなんと一週間だって。5歳の少年にとって一週間が一ヶ月に感じたというわけか。
 同部屋の若いお姉さん二人と仲良くなったのはラッキーだった。後半は楽しい日々が続いた。退院してお姉さんの自宅へ遊びに行ったことがある。もちろん両親に連れられてだが、実際にお宅に伺うと、照れちゃって、こたつの中でモジモジしてた。
 お見舞いでメロンをもらった。当時メロンは高級品。わが家で口にすることがなかった。初めての経験にワクワクしながら一口食べて「え!」。何のことはない、常日頃食べている瓜と同じ味だった。
 閑話休題。
 事故の傷で顔の右側、こめかみから顎にかけてガーゼに覆われた。その姿に僕は得意になって言ったものだ。
「ねえ、見て見て! ボク、ミコになったよ」

  ♪マコ、甘えてばかりでごめんね
  ♪ミコはとっても幸せなの

 のミコのこと。
 5歳の少年が話題にするくらい、1965年は「愛と死をみつめて」が空前のブームを呼んでいた。 
 

 真弓と小百合とかおりに囲まれ 

 「ミコになったよ!」なんてはしゃいでいた41年前、5歳の少年はどれだけ「愛と死をみつめて」について知っていたのだろうか?
 最初のとっかかりはあの歌だったと思う。毎日TVから流れてきて、子ども心に気に入って口ずさんでいた。
 当時もうひとつお気に入りの歌があって、それが藤木孝の「2万4千回のキッス」。いわゆるオールディーズの日本語カヴァーだけれど、僕はこの歌でよくツイスト(のようなもの)を踊った。旅館のジュークボックスでこの曲がかかった時、身体が反応した僕は一心不乱に身体をクネらせ宿泊客の目を釘付けにし、万雷の拍手をもらった経験がある。
 なんていう自慢話はこっちに置いておいて――。

 軟骨肉腫に冒され、顔の左半分を失った女子学生の大島みち子(ミコ)。一時は絶望の淵に立たされたものの、病院で知り合った大学生の河野実(マコ)の懸命な励ましによって生きる決心をする。希望に燃えたのもつかのま、しかし、肉腫の転移によって21歳の若さで亡くなってしまう……。
 彼女の死後、3年間に渡ってやりとりされた四百通にも及ぶふたりの書簡がまとめられた。書簡集「愛と死をみつめて」が上梓されたのが1963年。たちまちベストセラーになった。
 翌64年の春、TBSがドラマ化する。「日曜劇場」前後編の「愛と死をみつめて」はミコに大空真弓、マコに山本学という配役。今調べて驚いたのだが、脚本が橋田寿賀子である。このドラマの主題歌が「♪マコ、甘えてばかりでごめんね」だという。ドラマとともに主題歌も大ヒットし、この年のレコード大賞を受賞した。 (註 歌とドラマは全然関係ないらしい)。
 映画会社もこのベストセラーをほっとくわけがない。秋に日活が吉永小百合・浜田光夫のゴールデンコンビを起用して映画化(監督は斉藤武一)。これまた大ヒットを記録する。
 書籍、TVドラマ、映画、レコードと巷は「愛と死をみつめて」ブームに沸き、そのトリがレコード大賞受賞ということになる。1965年はその余波が続いていたのか。

 数年前「世界の中心で愛を叫ぶ」や「いま会いにゆきます」が大ブームになった。書店に立ち寄ると平台に原作本が山積みになっていた。会社近くの書店では「いま会いにゆきます」の映画が公開される前からモニターで予告編を流し、ORANGE RANGE「花」が店内に充満していた。
 1964年も同じような状況だったのだろう。

 マコなんてまるで女の子のような名前がどうして男なのだろう。口ずさみながらそんなことを思ったことがある。みち子がミコ、実(まこと)だからマコ。時代を感じさせる愛称だ。
 東野圭吾が「変身」の中で、主人公に恋人のめぐみを「メグ」と呼ばせる、そのアナクロな神経が我慢ならないと嫌悪感をつのらせた友人がいる。
 このミコ&マコについてはどう思うのだろう? 時代が時代だからいいのかな。
 いい大人が彼女から「マコ」と呼ばれてニヤけてるんじゃねえぞ。今の僕なら後ろから蹴り入れてやるのだが。
 まあ、それはともかく、少年にとって顔をガーゼで覆われたミコのイメージは大空真弓でも吉永小百合でもなく、島かおりのそれだったのだ、とつい最近まで信じ込んでいた。
 昼メロで島かおりがヒロインを演じ、僕はそのドラマで「愛と死をみつめて」を知ったのだと。
 しかし、この昼メロの放映は1969年。交通事故よりずいぶん後なのである。これまた僕の勘違い、思い込みに過ぎなかった。
 だいたい69年といったら小学4年生。いったいどうやって昼のドラマを見たのだろうか?
 

 みち子さん・みっちゃん・ミコ  

 映画「愛と死をみつめて」は吉永小百合の主演ということもあって、今では映像化された作品の中で一番有名かもしれない。
 なんてしたり顔して書いてはいけないな。僕は長い間観たことなかったのだから。
 昨年ミクシィで話題にしたことによりある方よりDVDを借りることができた。
 浜田光夫とのコンビ、純愛路線の一つということから西村克己監督作品だとばかり思っていた。斎藤武一監督だったのか。プロデューサーは児井英生。さすが日本のロジャー・コーマン。純愛、難病モノ映画の元祖にもしっかり名前を刻んでいる。
 ちなみに、ロジャー・コーマンの映画を勝手に〈コーマン映画〉と呼んでいます。当然女性の前では話題にできません。

 さて、映画「愛と死をみつめて」。
 今観ると、ドキュメンタリー映画のような感覚になる。この時代(昭和30年代、こういう時だけ昭和を使ってしまう)の映画はみなそうだ。当時の大阪駅や街並みを見ているだけでも胸が躍ってしまう。
 開巻、マコが住む長野の寮が出てくるのだが、その外観や柱、窓枠、廊下、その一つひとつがいかにも昭和30年代という感じで興奮してしまった。日差しの柔らかさが心地いい(撮影:萩原憲治)。
 若い吉永小百合の可憐さ、美しさ。父親世代が〈サユリスト〉になるのも無理はない。
 ミコの父親役が笠智衆というのが意外だ。
 ミコ、マコの命名はヒロインだった。それまでマコは「みっちゃん」と呼んでいる。こっちの方がいいのになあ。
 ♪みっちゃんみちみちうんこたれて…
 ……小さい頃いじめられたのかもしれない。しかし自分のことを「ミコ」というのはいただけない。聡明な女性のイメージが崩れてしまう。いや、これも、それだけ相手の男性に甘えていた証拠だろうか?

 昭和30年代の恋愛ということで、ふたりに若き両親の姿を重ねてしまったところがある。
 昨年の正月、帰省した息子夫婦に父は何を思ったか、つきあっていた頃にもらった母の手紙を持ち出してきた。父の性格からそんな手紙を大事に保存していたことに驚いた。それ以上に、変色した便箋に万年筆のきれいな文字で綴られた文面にぶっ飛んだのだった。愛とかキスとかセックスとか、20代の女性が結婚を前提としてつきあう男性に対して、真摯に心情吐露していたのである。
 「前略おふくろ様」のラストで、主人公のサブちゃんが自分の母親に青春時代があったことを知らないと語るくだりがある。高校生の時、このモノローグに胸熱くしたものだが、まさしく母親の青春が目の前の便箋に凝縮されていた。恥ずかしさとともにちょっと感動した。
 閑話休題。
 ファッション、風俗、言葉使い。「愛と死をみつめて」はあくまでも昭和30年代ととともに存在すべきなのだ。かつて、そういう男女がいた、そんな美しくも哀しい純愛があったのだ、と。
 にもかかわらず、なぜ今「愛と死をみつめて」なのだ?


 なぜ今「愛と死をみつめて」なのか? 

 なぜ今「愛と死をみつめて」なのか?
 そんなことはわかりきっている。昨今の純愛ブームの影響だろう。
 フィクションの「世界の中心で愛を叫ぶ」に熱狂する若い世代に、本物の純愛、究極の恋愛、ノンフィクションの真髄を見せてやろうじゃないか。たぶん企画意図はそこにあったと思う。
 だから困ってしまうのだ。単なるフィクション(小説)なら問題ない。
 たとえば、40年後またまた純愛ブームが起こり、「世界の中心で愛を叫ぶ」がリメイクされるとしても僕は何とも思わない(生きてはいないだろうけど)。

 「愛と死をみつめて」は違う。この往復書簡集はもともと他人に読ませるために書かれたものではなかった。
 それでも初版が出たときは一人の若者の純粋な気持ちがあったと思う。不治の病にも負けず懸命に生きた女性がいたこと、そんな女性を自分は愛し支えたこと、ふたりの愛が永遠であること、その証を世間に向けて発信したかった……。
 本はベストセラーになり、TVドラマ化、映画化で大ブームを呼んだ。ふたりの純愛が一人歩きしていく。それがよかったのどうか。
 河野氏はベストセラーになった後、わりと早い時期に結婚してしまった。あの純愛は何だったの? と思われても仕方ない。
 今回のリメイクされたドラマはラストにこのエピソードを取り入れていた。マスコミは河野氏のあまりに早い変心を糾弾するのだ。しかしそれは仕方のないことだろう。早いか遅いかの問題。死んだ恋人の人生を背負って生きることはない。ただし、そこで「愛と死をみつめて」神話は終わったのだ。その後本を絶版にしたというが当然の処置だと思う。
 にもかかわらず、まるで〈純愛もの〉の真打登場とばかりに「愛と死をみつめて」が蘇ったことに違和感があった。

 そもそも「愛と死をみつめて」の復刊が信じられない。そればかりか40年経ったのを契機に当時の思い出を綴った「愛と死をみつめて 終章」という本も上梓しているのである。
 かつて絶版にした経緯があるのなら、なぜそのままにしておかないのか。あくまでも個人として自分の胸のうちに大切にしまっておけばいい。第三者に知らしめることに何の意味があるのか。
 
 あまり批判的なことは書きたくないが、自分の勝手で思い出を〈作品〉にしてほしくない。
 1年前に「愛と死をみつめて」のリメイク云々と書いたのは、あくまでも皮肉のつもりだった。世の中の純愛ブーム、それも、恋人に難病を抱えさせ、結局死んで悲しい別れとなる物語、ラストで観客の涙をさそい、それを感動だと呼ばせる風潮に、である。
 大学4年の時、友人Tが交通事故死した。その四十九日の法要が両親の郷里で行なわれた。気のおけない友人2人と出席した。Tの恋人も来ていた。彼女の心境を思って当日3人で冗談ばかり言い合っていた。つまらない冗談に彼女は笑い転げ、そんな笑い顔を見て僕は安堵していた。
 すべてが和やかに滞りなく進行して、遺骨を墓に埋めるときだった。それまで笑顔を絶やさなかった彼女が突然嗚咽をあげ泣き崩れたのだ。そのあまりに激しい慟哭に僕たちは言葉をなくした。呆然と立ちつくすしかなかった。
 いとおしい人が死ねば、誰だって泣く。そばにいればもらい泣きもする。しかしその涙の意味は何だろうか。悲しさ? つらさ? 少なくとも感動とは別のものだと思う。にもかかわらず、人は泣けることに価値を見出し、泣く=感動と勘違いする。実際は全然違うのに。

 リメイクされたドラマ「愛と死をみつめて」にまったく関心がなかったが、演出が「メゾン・ド・ヒミコ」の監督(犬童一心)と知り気が変わった。脚本が鎌田敏夫だったことにも興味がわいた。二日目しか観ていないので、はっきりとは言えないが、あざとさは感じられなかった。
 昨日発売された週刊新潮には批判記事が掲載されていた。確かに主役二人の年齢設定は無理があるかもしれないが、それほど気になるものでもなかった。
 ひとつ言えるのは、低迷が伝えられていた広末涼子が、何週間か前に放送された「生きててもいい…? ~ひまわりの咲く家~」に続いて印象的な演技を見せてくれたこと。
 それは断言したい。





 転載コマツのおやぶん! シリーズ その2

     ◇

●「極道の妻たち」上州太田篇 

 「極道の妻たち」は東映の人気シリーズだ。
 妻と書いて「おんな」と読ませる。もともと家田荘子が実際の暴力団組長と結婚した女性たちを徹底取材したルポルタージュ。週刊文春に連載されていた。
 完結して一冊にまとまると東映が岩下志麻をヒロインにして映画化した。原作を読んだことないし、映画もあまり観たこともないので何とも言えないが、たぶん原作と映画は何の関係もない。タイトルと組長の妻が主役という部分だけいただいたのではないか。
 それまで男中心のやくざ路線を敷いてきた東映が、女性を主役にもってきたところがミソであり、ヒットにつながったのだろう。「仁義なき戦い」の後を継ぐヒット作となって、十朱幸代、三田佳子らもヒロインを演じながら十作作られた。3作めの「三代目姐」にはショーケンが準主役で出演していた。
 一旦完結したと思われたシリーズが高島礼子主演で再度シリーズ化されてすでに数年経つ。東映らしい商売だ。「仁義なき戦い」もなんだかんだいいながら今だに制作されているのだから。
 平成仮面ライダーシリーズももう何作めになるのか。考えてみれば戦隊シリーズなんて一回も途切れることなく20年以上の歴史を持つ。一つの人気作にしがみつく底力というのか……
 たった一作だけで原作すべてを描ききろうとする「デビルマン」によくGOサインを出したものである。
 
 話がそれた。
 当初高島礼子が極道の姐さんに扮すると聞いて違和感があった。彼女についてはまだ名前も知らない頃、新妻に扮したCMで見て注目していた。魚がさけなくて亭主に甘える姿がかわいかった。「さまよえる脳髄」では大胆な濡れ場を演じていて興奮した。
 普通の女性(たとえば主婦、OLだとか)を演じると内面の色気が発揮できる女優さんという印象があった。それが「極道の妻たち」のケレンたっぷりの役どころ。作品選定を誤っているんじゃないかと思ったりしたこともある。しかし、映画が人気を呼んでいることはファンに支持されている証明だろう。僕自身の高島礼子熱はすっかり冷めてしまったが。
 って、別に高島礼子や「極道の妻たち」を語るのが目的ではなかった!
 実は、19歳の予備校時代に一度だけホンモノの極道の妻を目撃した、というか接点をもったことがあるのだ。

 大学受験で上京した際、新宿京王デパートのレストランでドリアを食べて見事にはまった。世の中にこんなうまい食べ物があるのかと。グラタンのマカロニがライスになっただけじゃないか!と言わないでもらいたい。それまでグラタンを知らなかった……。
 そんな話を幼なじみのY子にしたのは、大学受験に失敗して東京の予備校に通うためアパート暮らしを始めたころだ。Y子は家が近所で、小学校の低学年時代よく遊んだ。一緒に風呂に入ったこともある。高校を卒業して地元でOL生活を送っていた。
「ドリアだったら、桐生においしいお店があるわよ」
 だったら今度連れて行ってよ、ってんで、帰省した日曜日(もしかしたら夏休みだったかもしれない)に昼前に太田駅で待ち合わせして、Y子の運転する車で隣町の桐生に向かった。
 太田から桐生に向かう県道は一時田園地帯の中を通る。道はすいていた。
 その時だった。前方からはすごい勢いで走ってくる外車を目にした。蛇行したと思った瞬間、そのまま田んぼの中に突進していった。
 あわてて車を止めた。顔を見合わせたY子と僕は車から飛び出ると田んぼの中で立ち往生している外車にむかった。
 車内の後部座席がすぐ目に入った。着物姿の年配の女性が小型犬を抱いて呆然としていた。運転手は若い男。すぐにドアを開けて外にでてきた。
「大丈夫ですか?」
 僕が尋ねると怪我はしていないとの返事。突っ立ている若い男に対して女性が声をかけた。
「早く××に連絡しなさい」
 男はあたりを見渡している。まだ携帯電話なんてない時代のことだ。
「あの、公衆電話のあるところまで乗っていきますか?」
 Y子が言う。男が女性に確認をとってから「いいですか?」
 公衆電話はわりと近いところにあった。
 男は感謝の言葉を述べて車から降りると公衆電話に向かって歩いていった。
 Y子が車を走らせ、しばらくしてから僕が言った。
「やくざだよね、あの人」
「一見して、組の人だとわかったわよ。もうびっくり」
「後ろの女性見た? 姐さんだよ、たぶん。威厳があったもん」 
 しばしその話題で盛り上がっているうち、車は目当ての喫茶店に到着。お店の人気メニューであるドリアを食べ、アイスコーヒーを飲む。覚えたてのタバコを一服しながらお互いの近況報告。やくざのことなどすっかり忘れてしまったのだった。

 Y子とのおしゃべりも話題がなくなった。陽も落ちてきた。帰ろうということになり、自宅まで送ってもらう。
 駅前の交差点で信号待ちをしていた時だ。運転席のウィンドウを叩く音に反応した。男がいた。何とあの外車を運転していた若い男だ! 車を脇にとめると助手席の方にやってきた。
「どうしたんですか? 別にもう……」
 僕たちの車を偶然に見かけて再度挨拶に来たのかと思った。だからもういいですよと言いたかった。
「いや、組長がどうしてもお礼をと」
 男の説明を聞いて驚愕した。
 あの事故(?)の後、組にもどって詳細を報告した。公衆電話まで連れて行った男女の名前、住所。なぜ聞かなかったのか? バカ野郎! 何やっている! すぐに見つけて確認してこい!! 組長に怒鳴られたらしい。男はそのまま車に飛び乗って太田市中を走り回っていたという。僕たちを探して半日。目印は車種だけだというのに……
 恐縮というか萎縮してしまった僕たちは、住所と名前を告げその場を離れた。本当にお礼なんかいらないと付け加えて。
 数日後、昼間出かけていて戻った僕に(ということはやはり夏休みか)父親がニヤニヤしながら聞いてきた。
「お前、××組と何かあったのか?」
 詳細を説明した。
「だからか。××組の○○さんが菓子折り持って挨拶に来たからさ」
 ひえ~! 自宅までやってきたって! やくざの律儀さに驚愕した。Y子に電話するとY子のところにも来たという。
 ドラマ等で、暴力団幹部を狙撃して逃亡したヒットマンを探すため若い衆が闇雲に街に出て探しまわるなんていうくだりがある。この一件以来フィクションだからとあなどれなくなった。もしY子と僕が××組に追われる立場だったらたった半日で捕まったことになるのだから。

 教訓・暴力団を敵にまわすな!

 追伸
 それにしても、××組を以前から知っているそぶりの父親っていったい……?




 転載でもこれからは前説なし、です。
 コマツのおやぶん!

     ◇
                        
 卒業と同時に郷里(秋田)に帰った大学の一年下の後輩がいる。8ミリ自主映画サークルで一緒だった。サークル内の人間関係に嫌気がさして途中で退部してしまったが、映画や趣味で話があって、その後も何かとつきあっていた。
 僕が4年時に監督・主演して、卒業後も独自に制作を続けたにもかかわらず、結局未完成に終わった「今は偽りの季節」のスタッフ、キャストとして最後まで協力してくれた後輩2名のうちの一人。郷里に帰って警察官になった。その彼が結婚すると聞いて秋田に駆けつけた。
 もう10年以上前の話だ。
 彼と仲が良かった先輩二人は飛行機で現地へ飛んだ。飛行機嫌いの僕は新幹線「こまち」を利用した。大騒ぎの披露宴に度肝を抜かれ、にもかかわらず同僚から「いまいち盛り上がりにかけるので何かひとつ」なんて余興を催促される始末。
 二次会に出席した後、先輩二人と居酒屋で地酒を嗜みお開き。
 翌日、昼からまたまた先輩たちと飲み始め、新幹線の僕は先に失礼した。
 秋田~大宮間、約4時間の旅。行きは気が張っていたからか、何とも感じなかった。帰りはアルコールが入っているから前日の疲れが一気にでた。4時間が長い長い。

 大宮で京浜東北線に乗り換えた。ドア横の席にすばやく座る。そのまま目をつむって下を向いていた。本当なら横になりたい気分。眠たい。後から大勢の人が乗り込んできた。かなりの混雑。
 電車が動き出すと、目の前に立つ若い男二人がやけにうるさい。一人がもう一人に対していろいろ愚痴っている。その声が神経に障る。しかしこちらは疲れているので、そのまま眠ったふりをしていた。会話からするとどうやら修と亨のような関係(註:「傷だらけの天使」)らしい。
 とにかく修の声がでかい。都会人の人情のなさを嘆き、亨に同意を求める。
「(嘆き・怒り・妬み)…なぁ、わかるだろう?」
「……」
「お前、そう思うだろ?」
「……」
「聞いてんのかよ!」
「はい」
「声が小さい!」
 その繰り返し。

 イライラしてきた。まわりの人たちも同じ気持ちだろう。雰囲気でわかる。
 大声で交わす会話の最中に、修のバックが僕が抱えていたスーツバック(?)に勢いよく触れた。
 カチンときた。
「うるせんだよ」
 反射的に言葉がでてしまった。相手にするな、心の声が叫ぶ。わかっちゃいるけど、後戻りはできない。
「どこだと思ってるんだ? ほかの乗客に迷惑だろうが」
 いいのか、そんな高飛車にでて?
「気持ちはわかるけどさ」
 ちゃんとフォローしてみる。
 まわりは気のないフリして成り行きを見守っている。やばい、どうしよう、喧嘩になるんじゃないのか? びくびく。
 と、そのとき。西川口~というアナウンスのあと、電車が止まりドアが開いた。グッドタイミング! そのまま飛び降りた。
 ホームに下りた僕は爽快感に酔いしれていた。渋い。まるで「日本侠客伝」の高倉健みたいじゃないか。映画観たことないけど。少なくとも車内の人たちにはそう見えたはずだ。
 階段に向かって歩き出した。後ろに殺気を感じた。振り向いた。
 修が仁王立ちしていた!

 修の上気した顔が目の前にあった。
 殴られる! 瞬間的に2つの選択肢が頭をかけめぐった。

 その1 脱兎のごとく逃げる
 その2 その場にひざまづいて謝る

 その1には自信があった。
 朝の通勤時、品川でJR京浜東北線から京浜急行8時30分発の羽田空港行きの急行に乗り換える。たまに時間がなくて、階段を一気に駆け上り、京急のホームに突入、電車に飛び乗ることがある。今でこそ、飛び乗った後、動悸が激しく肩で息している状態が長くなったが、当時はまだまだ元気だった。だいたい中学時代は短距離走の選手だった。高校のラグビー部では足の速さだけが取り柄だったし。
 その2の行為で、今、思い出した。
 Mr.sistertoothこと、姉歯元一級建築士は逮捕されたとたん坊主頭になった。カツラをはずし、わずかに残っていた髪も剃ったのだろう。その姿を見ながら、あのとき本当なら国会喚問に応じるはずだった哀しき元一級建築士を想像していた。
 議員の激しい追求にタジタジとなる元一級建築士。偽装工作したことを詫びて、ひざまづき、泣きながらおもむろにカツラをとる……。TV中継を見ている僕は叫ぶ。「辰巳さん!」
 少しは元一級建築士の印象が良くなったはずなのに。少なくとも全国「傷だらけの天使」ファンに対しては。

 ――「傷だらけの天使」の「殺人者に怒りの雷光を」のエピソードを知らなければ何のことだかわからないな。
 探偵事務所で一緒に調査員として働いていた仲間を殺された修と亨は、某組の仕業と誤解し、他のメンバーとともに、復讐しに組に乗り込む。組の若い衆とちゃんちゃんばらばらやっていると、そこに組長(加藤嘉)とともに事務所の上司(?)辰巳(岸田森)が登場。殺人事件が組の仕業かどうか、その真意を聞きに組長と差しで話しにきていたという。組とは無関係だと判明し、組長が辰巳にこの落とし前をどうするか尋ねる。神妙に組長の前にひざまづいた辰巳は、「申し訳ありません」と頭に手をやると地毛だと思われた髪をそっくりそのままはずしてしまうのだ。堂々の丸坊主頭。で、修の驚愕の顔と「辰巳さん!」の声が響く、というわけ。
 実相寺監督の劇場映画(「あさき夢みし」)の撮影で役柄にあわせて頭を剃った岸田森は同時期撮影の「傷だらけの天使」にはカツラ着用でのぞんだ。スタッフ、キャスト、誰も知らなかったらしい。撮影中にカツラをとったのも岸田森のアドリブだったとか。そりゃ驚くよ。

 閑話休題。

 逃げるか、謝るか。どちらもプライドが許さなかった。
「何か用ですか?」
 恐怖を隠しながら、落ち着き払って尋ねる僕。
 修は急に僕の手を握った。心臓の鼓動が高鳴る。ええい、もうどうにでもなれ!
 修は僕の目を見ながら、相好を崩した。
「ありがとうございます! いや~あんな風に注意してくれるなんて。目が覚めました」
 はあ?
 東京に出てきて、人間不信に陥りどんなにつらい思いをしているか、そんな中にあってあなたの言葉がどれだけ自分に希望を与えてくれたか。うれしまったです。握手してください。
 修ちゃんは映画「ランボー」のスタローンのように、決壊したダムから噴出する水のごとく感謝の言葉を紡いだ。
 一気に全身の力が抜けた。何なんだ、この展開?
「わ、わかってもらえればいいよ」
 そう答えるのがやっとだった。




2009/09/30

 「オリンピックの身代金」(奥田英朗/角川書店)

 ずいぶん前に「ジャッカルの日」の感想を読んだことがある。フレッド・ジンネマン監督の映画だったか、フォーサイスの小説だったか、あるいは本だったのか、ネットだったのか、よく憶えていないのだが。
 要旨は次のようなものだった。ド・ゴール大統領が暗殺されないのは歴史的事実なので、ラストはジャッカルの失敗で終わるのはわかっているのに、もしかすると狙撃は成功するのではないかと妙な期待を抱いてしまう。つまり、読者(観客)がどれだか主人公ジャッカルに感情移入したか、ということである。

 同じような経験をしたことがある。トマス・ハリスの「ブラック・サンデー」を読んだときだ。スーパーボウルが開催される競技場を爆破し、大統領を含む何万人もの観客を虐殺しようとするテロリストたちを肯定してしまったのだ。
 アメリカを舞台に無差別テロを企むパレスチナ・ゲリラとそれを阻止せんとするイスラエルの諜報員たちのとの攻防を描いたサスペンス小説はジョン・フランケンハイマー監督により映画化された。この映画、残念ながら日本では劇場公開されなかった。直前になって中止の措置がとられたのだ。アラブ連盟の公開中止を求める抗議に映画会社が自主規制した結果である。
 はるか後、韓国映画「シュリ」が日本でも大ヒットするが、基本プロットは「ブラック・サンデー」そのものだった。ラブロマンスを加えたところがミソだろう。これが女性に大受けした。

 「オリンピックの身代金」も「ブラック・サンデー」の影響があるのではないか。テロリストと警視庁捜査員とのスリリングな攻防は「ブラック・サンデー」を意識していると思う。テロリストが個人(途中で二人組になるが)であること、オリンピック会場の爆破をネタに8000万円を奪いとろうとするところ等、本家との違いはあるのだが、読み進むうちに、反社会的な行動を起こす孤独な青年にどれだけ感情移入させられるかが、作者の腕の見せどころだ。
 そのため1964(昭和39)年の東京オリンピックをモチーフにしたのだろうか? 逆か。東京オリンピックの時代を描きたいがために、このプロットを採用したのか?

 どんな理由にせよ、この時代を描くのは作者にとって挑戦である。1959(昭和34)年生まれの作者にとって、1964年は大雑把な記憶しかない。そんな時代をきちんと再現しなければならないのだから。
「風俗に一つでも嘘があったらドラマは成立しない」
 小林信彦がかつて短編「パーティー」で主人公の映画監督に言わせている。
 「夢の砦」「ぼくたちの好きな戦争」「うらなり」等の小説を書いた小説家ならではの言葉である。
 高度成長直前の、あの時代の風俗を正確に描く。おまけにドラマだけでなくサスペンスをも成立させなければならない。主人公を犯罪に駆り立たせる動機は読者を納得させなければならない。
 挑戦とは、そういうことだ。
 だいたい小林信彦は、当時から「東京オリンピック」を(東京の)街殺しの要因にして嫌悪していたのだ。オリンピック開催中は大阪に疎開していたほど。

 単なる偶然かもしれないが、そうなると、テロリストの東大時代の同級生で、警視庁幹部(東京オリンピックの警備責任者)の父親を持つテレビ局勤務のナンパ青年は、どうしても元日本テレビのプロデューサー井原高忠から発想されたキャラクターに思えてしまう。もちろん、モデルとかそういうことではない。
 テロリストが住むアパートの近所にあって、よく利用している古書店の名称が小林書店というのも、あえてそうしたのだと勘繰りたくなる。
 真相はいかに?

 もうひとつ、テロリストが警察に追い詰められて、高層アパートの屋上から飛び降りてほとんど怪我なく逃げおおせるくだり。絶対「太陽を盗んだ男」を意識している!

 オリンピック開催直後までの約3ヶ月間を、主要人物それぞれの視点で書かれた日付入りの文章を、わざと時系列をはずして交錯させながら描く構成が効果的である。
 成功しないことはわかっているが、何とかテロリストが一般市民を巻き込まないようにして警察機構に一泡吹かせられないか、1964年10月10日の項を夢中で読んだ。
 作者の目論見に見事ハマったというわけだ。


 【追記】

 東京オリンピック開催前年に〈草加次郎〉事件があったことを本書で知った。
 オリンピック開催に合わせて、東海道新幹線が開通したのは有名だが、武道館や東京モノレールもそうだったとは! モノレールは当初横浜まで延ばす計画があったなんて初めて知った。




 承前

2009/09/19

 「トップ屋魂 週刊誌スクープはこうして生まれる」(大下英治/KKベストセラーズ)

 〈トップ屋〉は古い言葉だという認識があった。著者が元週刊文春のトップ屋であることも知っていた。本書で知ったのだが、僕が文春を愛読するようになったときは現役だったのだ。ということは、〈トップ屋〉という言葉は、業界内ではまだ使用しているのだろうか?
 面白いことは面白いが、これまでの著作からの引用が多いのが気になる。誤字も目立った。


2009/09/21

 「麻生千晶のメディア斬り」(麻生千晶/産経新聞出版)

 文章に漂うエリート意識に始終イライラしていた。登場する友人に必ずエリートだと書き添える。まあ、自身が東大出身ですからね、そりゃまわりは皆出世されている方が多いことでしょう。旦那さんは〈大新聞〉の記者。大新聞としっかり書いています。今は、退職して大学教授らしい。結婚式では、大平正芳が媒酌人を務めた。そんなこと書かなくてもいい文章の中に出てきた。都内のかなり高級なマンションに住んでいて、某所には別荘(セカンドハウス)も持っている。息子はかつてフランスはパリに留学していた。
 評価する番組はドキュメンタリー、海外ロケなんて最高だ。好きな音楽はクラシック。アメリカや欧州の文化はもろ手を挙げて大歓迎。
 今時のタレント、あるいは若者たちの言葉づかいに何かと文句をたれているが、縦書きの日本語文章で「数10万円」、「数100万円」と記述して〈作家〉の肩書きが泣くというもの。
 だいたい、デビュー当時のほか、小説を発表していないにもかかわらず、作家と名乗るのもおかしい。コラムニスト、メディア評論家、コメンテーターがお似合いではないか。


2009/09/21

 「少年マガジンの黄金時代 ~特集・記事と大伴昌司の世界~」
                     (週刊少年マガジン編集部 編/講談社)

 昔の少年マンガ雑誌の楽しみは連載マンガだけではなかった。マンガだけを売りにしたのは新興の「少年ジャンプ」で、老舗の「少年マガジン」は、グラビアや特集記事やマンガ以外の連載にもわくわくしたものだった。70年代前半、たぶん、「愛と誠」が大ブームになっていたころだと思うが、見開きの「こちら情報110番」を楽しみにしていた。スポーツ、映画、テレビ、芸能……今思えばコラムの集合体だったのだ。


2009/09/24

 「メディアの始末記 TBSビデオ問題」(原口和久/新風舎)

 現在のTBSの低迷はいつから始まったのか、わからない人も多くなったに違いない。
 すべては二人のプロデューサーの軽はずみな行為による。


2009/09/30

 「オリンピックの身代金」(奥田英朗/角川書店)

 主人公の大学時代の同級生で、警視庁幹部(東京オリンピックの警備責任者)の父親を持つテレビ局勤務のナンパ青年にニヤニヤしてしまった。元日本テレビのプロデューサー井原高忠をイメージさせるようなキャラクター。
 主人公が住むアパートの近所にあって、よく利用している古書店の名前は小林書店。
 もしかして作者は小林信彦を意識している?




2009/09/01

 「第三の時効」(横山秀夫/集英社文庫)

 ドラマ化された「臨場」を読みたかったのだが見当たらない。代わりに借りてきた。短編連作。F県警強行班シリーズ第一弾だという。表題作のほか、「沈黙のアリバイ」「囚人のジレンマ」「密室の抜け穴」「ペルソナの微笑」「モノクロームの反転」、計6篇が収録されている。どれも読み応え十分。高校時代に読んだ松本清張「黒い画集」を思い出した。各短編を読了した際の充実感という意味で。
 ドラマ化したら「臨場」以上に面白いものが出来るのにと思った。何のことはない、すでにTBSでドラマ化されていた。


2009/09/04

 「豊かなる日々 吉田拓郎 奇跡の復活 」(田家秀樹/角川文庫)

 「吉田拓郎が肺癌!」のニュースには驚愕した。その手の病気から全然関係ないところにいる人だと思っていた。本人もそう考えていたみたい。2003年だったのか。
 本書はその年の手術から年末のツアーを成功させるまでのドキュメント。その後拓郎は完全復活したのだが、今年また体調不良でコンサートが中止になった。著者はこの件についてどう思っているのだろうか?


2009/09/09

 「定本小林信彦研究 仮面の道化師」(藤脇邦夫/弓立社)

 個人の手による研究本があると知ってからずっと探していた。すっかりあきらめていた本だから夢中で読んだ。不思議なことに、愛憎半ばする感想を抱いた。何なんだろう、この感覚。〈憎〉の部分はある意味自分自身に向けられているということだ。
 デビュー作「虚栄の市」から「ぼくたちの好きな戦争」までを論じている。当時の小林信彦全著作をすべて網羅していて、その意気込みは十分理解できる。のだが、少々長すぎないか。というか、もっと小見出しつけて、読みやすくしてほしかった。今、何の作品について書いているのか、わからなくなることが何度かあった。
 信じられなかったのは「素晴らしい日本文化」の記述。メジャーリーグ通の某大学教授が「素晴らしい日本野球」のデタラメさに関して中国新聞に反論を掲載したことが肝心なのだ。だからこそ小林信彦は続編を書く気になったのではないか。「中国新聞」を「中国の新聞」と意図的に間違うところがギャグなのに。


2009/09/13

 「楽園(上)」(宮部みゆき/文藝春秋)

 まさか「模倣犯」の続編が読めるなんて! 続編ではないな。「模倣犯」で見事真犯人を暴いたルポライター前畑滋子がまたまた活躍するミステリ。あの事件後、一気にルポライターとしての名声が上がり、八面六臂の働きをしているのかと想像していたのだが、現実はまるで逆だった。事件がトラウマとなって、ひっそりと某編集プロダクションの一ライターとして毎日を送っていた。
 そんな彼女がかかわりあったある不思議な事件とは?


2009/09/15

 「楽園(下)」(宮部みゆき/文藝春秋)

 ストーリーテラー、宮部みゆきの面目躍如といった感じ。
 上巻では読者も提示された謎につきあわされるだけなのだが、それだけでも十分面白い。探偵がどのように謎を解明していくか、その調査過程が興味深い。前畑滋子はルポライターで探偵ではないけれど。
 下巻になって、一気に物語は動き出すのだが、これまた読ませる。「模倣犯」は最後になってタイトルの意味がわかる。「楽園」も同じだ。ラストではしっかり目頭を熱くさせてくれる。巧い。
 ひとつだけ腑に落ちないことを。前畑滋子を事件にかかわらせる「模倣犯」事件に関する謎が解明されなかったのはなぜ? わざとか、あるいは忘れてしまったのか?

 この項続く




 日曜日「サザエさん」を見なくなって久しい。もうひとつの定番番組「笑点」はいまだにチャンネルを合わせてしまう。惰性というものだ。「笑点」が終わると「真相報道バンキシャ」になる。この数年は「笑点」/「バンキシャ」が1セットの番組になっていた。数ヶ月前から18時30分になるとチャンネルを9に替える。TOKYO MXが円谷劇場と銘打って「ウルトラマンA(エース)」を放送しているからだ。

 坂田兄妹は死んでしまう、ウルトラマンの、頭から首にかけてのチャック隠しのヒレ(?)はヨレヨレでみっともない、おまけに登場する宇宙人+怪獣の造形が情けなさすぎる……。終了間際の「帰ってきたウルトラマン」は、もううんざりしながら、それこそ惰性で見ていたところがある。数年ぶりに始まった「ウルトラ」シリーズの最新作でもあるわけだから簡単に見捨てることはできなかった。
 最終回が近づいてくると、後番組の情報が入ってくる。まったく新しいウルトラの戦士。その名も「ウルトラA(エース)」。毎回敵対する異次元人ヤプールの存在、彼らが操る超獣の魅力。最初の数話に登場する超獣(ベロクロン、カメレキング、バキシム)は新しい造形で魅力的だった。何より男女の隊員が合体してヒーローになるという設定に心惹かれた。「帰ってきたウルトラマン」への失望は「ウルトラA」への期待に変化した。

 商標の関係で「ウルトラA」が「ウルトラマンA」になったのが気になった。語呂が悪い! 今はごく当たり前になった「ウルトラマン○○○」の表記だが、当時はどうにも、イマイチ、イマニの感がした。
 まあ、とにかく新番組は始まった。確かに最初の数回は面白かった。が、後がいけない。超獣の造形がみるみるおかしくなっていく。だいたい、A自体がかっこ悪いのだから仕方ない。顔がデカい。短足胴長。歴代のウルトラヒーローの中でも、デザインの醜悪さは特出していると思う。単にセブンに角をつけただけのタロウより、オリジナリティという点では一歩秀でているか。
 とにかく、途中から超獣のデザイン、造形がひどくなっていった。いったい誰が担当しているのか。

 だったら、なぜ毎週観ているのか?
 今度こそ最終回までつきあおうと考えているからだ。
 リアルタイムのときは、途中で観るのをやめてしまった。南隊員が抜け、北斗隊員が一人で変身するようになるとまるで興味がなくなった。中学生になって一度は「ウルトラ」から卒業したのである。
 平成ウルトラマンが人気を呼んでいるころ、レンタルビデオで「ウルトラマンA」を借りるようになった。けっこうハマった。70年代を象徴するような、暑苦しいドラマが刺激的だ。超獣のダサい造形にも目をつぶろう。が、擬人化されたウルトラ兄弟の芝居が見るに耐えない。これは許せん! 途中でほっぽりだした。嫌なものを金を出してまで見ることはない。
 TVは(一応)無料であるし。

 第一期ウルトラシリーズは、再放送、ビデオ、DVD、ネット等々、ざまざまなメディアで繰り返し観ている。「帰ってきたウルトラマン」も何かと文句言いながら、最終回までしっかりフォローしている。ウルトラマンの造形は別にして、前半は本当によく出来ている。中盤も11月の傑作群「許されざるいのち」なんて、この手の番組には異色な挿入曲「花・太陽・雨」と回想シーンのシンクロが衝撃的でお気に入りの1本になっている。
 これを機会に「ウルトラマンA」もできるだけ全話に目を通そうと思った次第。メインライターに起用されながら途中で降板してしまった市川森一が最終回に寄せた渾身のメッセージを聴いてみよう。




 一昨日、日本テレビ「金曜ロードショー」で「キング・コング」が放映された。地上波初という触れ込みで、いつもより1時間早く20時からの3時間枠。
 開始時間には間に合わなかったが、ロケ隊が船に乗って出かけるところから観始めた。
 自宅の狭さから、DVD収集は趣味にしていないのだが、この映画は別。DVDが出ると、すぐに買い求めた。中古品だけど。
 コングとヒロインが、島で夕陽(ニューヨークで朝陽)を一緒に観るショットでは、必ずある歌の一節が思い浮かぶ。
 「あの素晴らしい愛をもう一度」だ。

  ♪あの時 同じ花を見て
  ♪美しいと言った二人の

  ♪あの時 ずっと夕焼けを
  ♪追いかけていった二人の

 夕景に2回感想を掲載した。
 それを基に「まぐま」に原稿を書いた。
 タイトルをアルファベットにしたのは考えがあってのこと。
 オリジナルの邦題は「キング・コング」。リメイクは「キングコング」。ジャクソン監督の再度リメイクは「キング・コング」。英語タイトルには別に「・」があるわけではない。しかし、邦題になると、「・」のあるなしの違いは大きい。
 わかってくれる人はわかってくれると思う。

 CGなのに、これほど演技するキャラクターはほかにいない。特に目の演技。これぞ猿技!

     ◇

 ●『KING KONG』 3つの映画をめぐる冒険
     ~ピーター・ジャクソン監督版・1933年オリジナル版・1976年リメイク版~

 ピーター・ジャクソン監督の『キング・コング』に大感激した。昨年の先行ロードショーのこと。クライマックスでは不覚にも涙がこぼれた。
 もう一度、その世界に浸りたくなって、正月休み最後の日、有楽町の駅からマリオンに向かったのだった。大昔、父親に連れられて怪獣映画を観に行く少年のような足どりで。 
 思えば、29年前の高校時代にもリメイクされた『キングコング』を同じ日に観に行っている。これも何かの縁だろうか。

 ディノ・レ・ラウレンティス製作/ジョン・ギラーミン監督の『キングコング』は1933年のオリジナル版(製作・監督 メリアン・C・クーパー/アーネスト・B・シュードザック)のストーリーを、現代(1976年当時)に置き換えてリメイクされた。
 南海の孤島に赴くのは石油会社の社員たち。新しい油田を発掘して大儲けを企む企業戦士だ。そこに巨大猿の存在を信じる動物学者がまぎれ込み、航海途中に難破した船から救助した新人女優(ヒロイン)が絡む。
 映画撮影のために孤島に赴く映画クルーという設定のオリジナル版とはまず航海の目的が違う。
 また、オリジナル版では、ステゴザウルス、ブロントザウルス、ティラノザウルス、プテラノドンなどの恐竜、翼竜が登場し、コングと死闘を繰り広げるのだが、リメイク版ではまったく無視されていた。技術的な問題もあったのだろうが、映画のテーマが〈美女と野獣の心の交流〉のため必要はない、また現実的でもないと判断されたのかもしれない。よってコングが闘うのは巨大蛇のみ。これは本来持っていたキングコング映画の魅力を半減させた。
 一番大きな違いはコングとヒロインの関係だ。
 オリジナル版は、一方的にヒロインに恋をしたコングがヒロインをさらって、エンパイアステイトビルによじ登る。コングの手の中のフェイ・レイは恐怖におののきただただ絶叫するだけ。
 対してリメイク版のジェシカ・ラングは最初こそコングに恐怖するものの、途中からコングの身を案じ、世界貿易センタービルの屋上でヘリコプターの銃撃を受けるコングに対して「私といれば狙われないから」とコングに寄り添う気遣いをみせる。
 ラスト、コングがビルから墜落死して、安堵するフェイ・レイと哀しみにくれるジェシカ・ラング。怪獣(恐怖)映画と動物(愛護)映画の違いが如実に現れている。
 
 『ロード・オブ・ザ・リング』3部作を大ヒットさせたピーター・ジャクソン監督が『キング・コング』をリメイクする、それもオリジナルと同じ時代設定というニュースを小耳にはさんだときの僕の気持ちをどう書けばいいだろう。
 実は『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで一番夢中になったヴィジュアルが巨大クリーチャーだったのだ。
 まったく個人的な趣味なのだが、50m級の怪獣ほど巨大ではなく、かといって人間の背丈からすると信じられないほど大きい10m前後の生物にとても関心がある。
 ちょうどその頃、ゴジラシリーズに対してある思いが生じていた。もし本当にゴジラ映画を撮るなら、第一作をきちんとリメイクすることが必要なのではないか。それも第一作と同じ1954年を舞台にすべきなのだ、と。今ならそれが可能なはず。そう確信させてくれたのがレイ・チャールズの伝記映画『Ray/レイ』。CGで見事に再現された1940年代のシアトルの街並みを観たときだった。
 『キング・コング』リメイクのニュースに先を越されたと思うと同時に、オリジナル同様、骸骨島では様々な恐竜が登場すると知り、とんでもなく胸膨らませたのはいうまでもない。

 1933年のアメリカ大恐慌時代。ニューヨーク。売れない女優のアン(ナオミ・ワッツ)は出演していた芝居小屋が突然閉鎖され路頭に迷う。食べるものにもことを欠き、ある日りんごを万引きし店主に見つかったところを映画監督のカール(ジャック・ブラック)に救われる。
 カールも追いつめられていた。会社から撮影していた映画の出資を止められてしまったのだ。一発逆転を狙い、原始時代の生物が生存しているという島で冒険アクション映画を撮る計画を進めていたカールは降板した女優に代わりアンを起用することに。
 狡知で逞しく倒れてもタダでは起きないカールの計略にひっかかり、撮影隊には人気脚本家ジャック(エイドリアン・ブロディ)も加わっていた。アンの憧れの脚本家。
 目的の島、スカルアイランド(骸骨島)を訪れた一行が目撃したもの。それは身の丈7m半もある巨大な類人猿。そして絶滅した恐竜、巨大な爬虫類、得体の知れない蟲類の群れ……。

 ジャクソン監督はリメイクにあたって、オリジナルストーリーを尊重すると同時にいくつかの新趣向を取り入れた。
 まず、アンをボードビリアンに設定したこと。これはコングとの出会いで効果をあげている。またその生活がどんなものなのか具体的に描いたこと。
 オリジナルではヒロインがなぜ盗みを働いたのか、単に台詞で言わせていただけだが、ジャクソン版では恐慌時代の実態を細かく映像化することで当時の模様を説明する。
 またジャックのふてぶてしいまでの性格(己の信じることへの猪突猛進ぶり)を強調することで陰の主役を作り出した(カールには監督自身の心情を限りなくダブらせているのだろう)。ジャック・ブラックという怪優を得たことで漫画的なキャラクターにリアリティを持たせた。
 ジャングルのシークエンスはCG技術の賜物といえる。最初のブロントザウルスの暴走は、オリジナル(沼底から出現したブロントザウルスと人間の追いかけっこ)を自己流に消化していて、笑ってしまった。本当なら全員死んでいるけどね。
 コングとティラノサウルスの格闘に唸った。2匹までは予想できた。しかし3匹を相手に死闘を繰り広げるとは! それも谷底に落ちながら。アンとティラノのハラハラドキドキのやりとりを巧妙に挿入しているところが憎い。ここらへんはスピルバーグの演出を参考にしているのかもしれない。
 このシーンを大スクリーンで観るだけでも価値がある。
 死闘の末、勝利したコングが、アンに見せた態度。勝ち誇るわけでなく、こんなこと当たり前なんだという自信とは裏腹の少々照れたしぐさ。それまでと打って変わったアンのコングに寄せる眼差し。本当はジャイアンが白馬の騎士だったことを悟ったしずかちゃんみたい。
 コングの表情、心理表現はこれまでのキングコング映画と比べても一番優れている。CGの威力を思い知らされた。
 オリジナル版や76年リメイク版では死の象徴だった谷底を描いたことも、不気味な生物を執拗に描きこんだことを含めてこの映画の新しさだ。一般的にはこの谷底シーンは不評なのだが。
 コングとアンの関係は、76年リメイク版を流用している(原点は東宝『キングコングの逆襲』か?)。しかしながら、この映画が独自のテーマを打ち出すことに成功したのは実はここにある。オリジナルの精神を受け継ぎながら、最新技術による驚異のヴィジュアルを付加してストーリーをなぞるだけではなかったのだ。
 巣に帰ったコングが夕陽を見つめ、その心情を理解したアンが叫ぶ。
“Beautiful……”
 アンは懸命に見ぶり手ぶりを交えて美しさとは何かをコングに教える。
 つまり、同じ夕陽を見てふたり(?)が美しいと思う心が重要なのである。意思の疎通が端的に描かれていた。そしてそれがクライマックスのエンパイアステイトビルに登る伏線になるわけだ。
 ニューヨークで軍の攻撃を受けて、エンパイアステイトビルによじ登るコングには、単に銃撃から身を避けるということ以外に大いなる目的があった。
 ビルの頂上でふたりで見る朝焼け。惚れた女と唯一心通わせられるのが〈美しい〉ものを見る行為と知ったコングの心情。それを察したアンの言葉。
“Beautiful……Yes,it is!”
 全くの別世界で生まれ育った、言葉も通じない人間と獣が同じものを見て〈美しい〉と感じる瞬間。
 複葉機からの執拗な銃撃に力尽きて、墜落死したコング。そのコングにむかって野次馬の一人が発した言葉が胸を刺す。
「どうしてあんな逃げ場のない高いところに登ったんだ? 標的にされるだけなのに」
 コングの心根を思うとたまらなくなって涙がこぼれた。

 人間の勝手な都合で大都会に連れてこられ、見世物にされ、怒り狂って街を蹂躙すると、今度は危険な存在だからという一方的な論理で殺されてしまうコング。映画の終盤はそんな悲しいドラマが展開される。
 76年リメイク版はまさにそこを主題にコングの悲劇を謳いあげた。(なぜ世界貿易センタービルに登るのかも理由付けされていた。ツインビルの上に月がでていて、それが故郷と同じ風景~高い山が二つ並んでいる~に見えた。帰巣本能でビルを登ったとの解釈だ)
 ジャクソン版は同じ展開にはなっているが、本質はまったく違う。
 同種の仲間は死に絶え、最後の種となったコングが、孤独な毎日を送る中、やっとめぐり会えた生涯の友と異国の地で死を賭してまで心通わせようとしたドラマなのである。
 同じようにコングの身を心配しながら、見世物ショーのヒロインのオファーを受けて高額なギャラと観客の喝采を浴びるジェシカ・ラングと、オファーを蹴って、一ダンサーとして舞台の道に生きる決心をしたナオミ・ワッツの違いでも明らかだ。
 オリジナル版の隠し味になっている美女と野獣の関係、そのエロシティズムをより拡大して描いた76年版(ジャングルで汚れたジェシカ・ラングを滝に落として自分の息で乾かすシーンなどまさにセックスそのものだった)に比べ、この映画が封印してしまったのも根源的な心の交流に重点をおきたかったからかもしれない。

 もうひとつのテーマはディスコミュニケーション。ヒューマンリレーションの欠如というのだろうか。
 オリジナルと同じ舞台設定と聞いて、骸骨島の原住民をどう描くか注目していた。
  「ちびくろサンボ」が絶版になり、カルピスのトレードマーク(黒人)が廃止される世の中である。昔と違ってこうした人種の描写には何かと規制がともなうものだろう。東宝の平成『モスラ』シリーズには昔ながらのインファント島の原住民(土人)は登場しなかった。
 というわけで、いくらオリジナルと同じ時代に設定しているとはいえ、今風にどう配慮された原住民が登場するのかという興味があった。
 するとどうだろう。オリジナル版以上に文明と乖離した原住民が登場したのである。部外者とまったくコミュニケーションがとれない人間。いや、人間性をまったく拒否した別種の存在か。その非情さに恐れ入る。だいたいオリジナルでは、島でのコング捕獲時には撮影クルー(&船員)と原住民は力をあわせたはずなのに、この映画の捕獲作業には原住民はまったく出てこない。
 よく問題にならなかったものだ。

 ヒューマンリレーションの欠如はニューヨークのシークエンスでも繰り返される。
 軍隊のことだ。ジャクソン版で気になるのは実はここだった。
 オリジナル版ではコングはアンをさらってエンパイアステイトビルに逃げ延びる。アンは被害者でありそれを救おうと軍が攻撃を仕掛けるのは、方法論は別として、まあ、わからなくはない。
 この映画は違う。再会を果たしたふたりは公園の氷のはった池でスケートをしながらランデブーを楽しんでいるのである。そこに何の躊躇もなく発砲する軍の神経にあきれた。
 いやあれはランデブーとは思えなかった、今にも女性が巨獣に握りつぶされそうだったのでという理由によるとっさの判断だったのだ。そんな理屈が成り立つとしても発砲で女性が死傷するかもしれないとは考えなかったのか。
 そもそも敵は巨大だとはいえ10mにも満たない獣なのである。口から放射能火炎を吐く50mの怪獣ではない。それもアンと一緒ならおとなしくなる。にもかかわらず、なぜ最初から射殺指令なのか。どうして捕獲を考慮しなかったのか。
 コングを捕獲し生きたまま島に返そうとする、たとえばコングとアンの関係を知るジャックと殺されてはすべてが無駄になってしまうと焦るカールが奮闘努力するも、さまざまな悪条件、意識の齟齬があって、最終的に殺されてしまうという展開ならわかるのだけれど。
 だからだろう、ラストのカールが発する名文句「美女が野獣を殺したのだ」がとってつけたような気がしてならない。

 もとは単純なストーリーにさまざまな人間の思惑、行動を取り入れ、描いているにもかかわらず、肝心の骸骨島で捕獲したコングをどのようにニューヨークに連れてきたかを具体的に描写していなかったりと(映画の嘘、省略とわかってはいるものの)、不満がないわけではないが、とにかくこの映画はリメイクものの中では完成度において奇跡的な映画だと思う。
 オリジナルを超えたなんて言うつもりは毛頭ない。しかし、オリジナルスタッフへ敬意を払いながら、単に最新技術によるヴィジュアルだけを売りにするだけでなく、これまでのキングコング、あるいはそれに類する特撮映画から学んだものを独自にそして新たに展開させ、しっかりとしたテーマのもと、ドラマを構築した点を高く評価したいのだ。
 ゆえに、タイトルデザインがオリジナルと同じだったり、台詞の中にフェイ・レイの名前がでてきたりという遊びが嫌味にならない。
 当然のこと、タイトルロール後スクリーンに表示されるオリジナルスタッフへの謝辞に意味がある。
 『ゴジラ FINAL WARS』の〈TOHOスコープ〉マークや謝辞とは雲泥の差があることはいうまでもない。




 承前

 今時の若者は字幕を読むのが面倒と感じている。この事実が公開時に吹替え版の幅をきかせる要因となった。
 でなかったら、地元シネコンのレイトショー「WALL・E/ウォーリー」が吹替え版であるはずがない。上映時間からして成人対象なのだから。
 吹替え版に関して、最近悪しき慣習が見られるようになってきた。安易にTVの人気タレントを起用しすぎるのだ。話題作りのためなのだろうが、関係者はそんなことで本当に客が呼べると思っているのだろうか。もっと作品の完成度に配慮してほしい。
 「サンダーバード」の実写版、その吹替え版のメインキャストがV6の面々だった。サンダーバードに興味を持つ層にアピールするキャスティングだとはどうしても思えなかった。

 有名俳優、女優の起用も、場合によっては作品イメージを損なうことがある。
 昔、フジテレビのゴールデン洋画劇場枠だったと思う、「ある愛の詩」を放映した。公開当時、フランシス・レイの音楽に夢中になった映画である。地元の映画館に来たとき音楽聴きたさに友だちと一緒に観に行った。同級生がたくさんいて驚いた。そんな想い出はともかく。
 主演のライオン・オニールとアリ・マッグローの声に、当時人気のゴールデンコンビ、山口百恵&三浦友和が起用された。不安な気持ちでチャンネルを合わせた。三浦友和の声は何の違和感もなく、ライオン・オニールになっていたが、山口百恵の声は始終山口百恵でしかなかった。画面見ながら、アリ・マッグローが台詞言うたびに山口百恵の顔を思い出してしまうのだ。

 日本テレビの「水曜ロードショー」(現金曜ロードショー)枠で放映された「スター・ウォーズ」はもっとひどかった。ルークが渡辺徹、レイア姫が大場久美子、ハン・ソロが松崎しげるなんだから。バイト仲間一同で観たのだが、TVの前で怒り狂った。
 今、似たようなことを金をとる劇場で見せるのだから始末に負えない。

 字幕より吹替えの方が意味をきちんと表現できるともいわれている。映画字幕の第一人者、清水俊二には「映画字幕は翻訳ではない」という著書があることからもそれがわかる。字幕には文字数の制限があるし、直訳しても本来の意味がわかりにくいこともある。
 ある映画で老人が若い女の子に年齢を訊くシーンがあった。女の子が「18歳よ」と答えると老人が感嘆する。字幕では「18歳? お若いねぇ」となっていたが、実際の台詞は「18歳? 私は80歳だよ」。eighteenとeightyをかけたダジャレ(?)、英語だから成り立つ言い回しである。

 アクションや特撮を売りにした、あるいはストーリーの面白さ主体の映画なら、登場人物が何語をしゃべろうとさほど影響はない。しかし、言葉自体が重要なアイテムとなるものもある。
 たとえば、ミュージカル映画「プロデューサーズ」。この映画の面白さの一つは、登場人物がしゃべる〈訛り〉にあると思う。ヒトラーにかぶれた脚本家のドイツ訛りの英語、ユア・サーマンのスウェーデン訛りの英語等々。この映画のユア・サーマンなんて、早口で秋田弁をしゃべる加藤夏樹みたいなものだろう。容姿と言葉のギャップが笑いを生む。このニュアンス、日本語吹き替えでは伝わらない。大昔の演出だったら東北弁をしゃべらせるか。もちろん、字幕だって、訛りを表現できるものではない。原音を耳にできることで可能になるわけだ。中には外国の言葉はすべて一緒、訛りなんてわかるわけがないと言う人もいるだろうが。
 
 若者の英語嫌いは音楽の世界を見てもわかるような気がする。70年代、80年代に比べ、あまり洋楽を耳にしなくなった。日本でヒットしていないということだろう。まさにJ-POP大全盛という感じ。思うに横文字だと聴いていて意味がわからないからではないか。
 にもかかわらず、表記には横文字を歓迎する傾向があるのどうしてなのか。最近のCDランキングなどたまに目にすることがあるが、タイトルもアーティスト名もアルファベットというのが多い。90年代以降の特徴といえる。(こうした表記はまず新雑誌創刊ブームから始まったのかもしれない。とすると、80年代か。)
 Dreams Come Trueをドリームズ・カム・トゥルーと表記するとなんだかまったく違うイメージになる、カタカナだったらドリカムだろう。Every Little Thing もカタカナだと意味をなさない。アルファベットで表記するか、あるいは略してELTにするか。SMAP/スマップ、ZARD/ザード、TRF/ティ・アール・エフ、まったくもって別のグループだ。

 この流行は映画タイトルにも波及した。「隠し砦の三悪人」がリメイクされて「隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS」として公開された。人気漫画「三丁目の夕日」は「ALWAYS 三丁目の夕日」になった。大ヒットしたことで、山崎貴監督は新作にもこの法則を応用した。「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」を実写化した「BALLAD 名もなき恋のうた」である。もうすぐ50歳になるおじさんは「名もなき恋のうた」でいいじゃないかと思うのだが、若い人は「BALLAD」の文字にインパクトを感じるのか。より多くの若い世代にアピールするのには漢字だらけの古めかしいタイトルは〈お呼びでない〉のかも。何度目かの「藪の中」映画化作品のタイトルが「TAJOMARU」になったのもしごく当然の気がする。

 字幕を敬遠する世代が増えたなら、吹き替え版が流行するだけ。にもかかわらず、アメリカ映画が以前ほど話題にならないのは、それだけパワーダウンが激しいということだ。
 21世紀になって、英語圏外の映画のリメイクはもちろん、「ロッキー」や「ランボー」、「インディ・ジョーンズ」の続編が同じ役者で製作されるなんて、決して喜ぶべき現象ではないのだから! かつて夢中になってシリーズを観たファンだからこそ声を大にして言いたい。
 実際、今年になって劇場まで足を運ぼう思う洋画が少ない。懐事情が許せば、もちろん観たい洋画はあるのだが、月に一度か二度となると、どうしても作品を選別せざるをえない。そうなると日本映画の率が高くなる。

 もともと怪獣や特撮から映画を観だした男である。一番多感なころには国内、海外、映像派の監督たちに影響を受けた。ヴィジュアル志向であることは間違いない。が、カメラが発達し、CG技術で実写と見まごうばかりの絵作りができるようなった今、どんなにすごい映像を見せられても、それだけでは満足しなくなってきた。サスペンスにしろスリルにしろ感動にしろどう感情が揺さぶられるか、である。それはたぶん金だけでどうなるものではない。
 邦画が洋画と拮抗するようになったのは、そこのところがわかる観客が増えたからなのだ。そう、信じたい、……のだか。
 






プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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