先週の金曜日(26日)、久しぶりに水木ノアさんのライブに行った。錦糸町のライブハウス「PAPPY'S」の〈ひな祭り De Live〉。
 新曲「扉」にガツンと来た。もう何年も前に聴いた「HUMAN」と同じ感激。初のヴァイオリンも良かった。CDのときのフェイク(これも良かった)がやっと本物になったぜよ! すいません、今「龍馬伝」観てますき。


 今日は、池袋シアターグリーンにて「好きよキャプテン」を観劇した。Theatre劇団子の第22回公演。1980年、某田舎の高校漕艇部メンバーの物語。笑って泣いて、泣いて笑って。二人のマネーシャーが、麻生祐未、貫地谷しほりに見えた。阿部さん熱い。
 詳細は後日(本当だよ!)。

 その帰り、近くのジュンク堂に寄った。
 談四楼師匠の「記憶する力 忘れない力」(講談社+α新書)を買うためだった。なのに、ちょっと覗きに行った9F映画の本コーナーに読みたい本がたくさんあった。

 「KAWADE夢ムック文藝別冊〈増補新版〉黒澤明 生誕100年総特集」(河出書房新社)
 「特撮魂 東宝特撮奮戦記」(川北紘一/洋泉社)
 「不死蝶 岸田森」(小幡貴一・小幡友貴 編/ワイズ出版)
 以上、4冊購入。

 池袋に出る前、川口中央図書館に寄った。借りていた本を返したついでに、DVD3ソフト、本3冊借りる。

 黒澤明監督「赤ひげ」
 山田洋次監督「愛の賛歌」
 ヒッチコック監督「泥棒成金」
 『連合赤軍「あさま山荘事件の真実』(北原薫明/ほおずき書籍)
 『「少年ジャンプ」資本主義』(三ツ谷誠/NTT出版)
 「ぼくらが大好きだった特撮ヒーローBESTマガジン」(講談社 編/講談社)




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 25日(木)は19時から新橋の交流サロンSHUにて「シネマDEリンリン」が開催された。毎月第四木曜日の恒例イベント。今年は「ふたいサロン」のほかにこちらにも通うつもりでいる。
 1月は企画提案会という名目の新年会だった。今回は3月に公開される「時をかける少女」の谷口正晃監督と上野彰吾カメラマンをゲストに呼んで熱いトークショーが繰り広げられた。

 谷口監督の劇場映画デビュー作である「時をかける少女」は、原作者筒井康隆氏のアドバイスもあって、芳山和子の娘がヒロイン。ヒロイン役はアニメ版でも主人公の声を演じた仲里依沙だ。21世紀のティーンエイジャーが、、かつての母(70年代のティーンエイジャー)のクラスメート深町くんに逢いに1974年へタイムリープするストーリーだとか。ちなみに映画はNHKの少年ドラマシリーズから大人気のアニメ映画まですべてに目配せをしている内容になっているという。ヒロインと意中の男性(?)の別れのシーンは「ウルトラセブン」の最終回のダンとアンヌを狙ったなんて言葉にすばやく反応してしまう。

 「時をかける少女」第一世代である。何しろ「タイム・トラベラー」に夢中になったのが小学6年生だ。NHKが時間跳躍できる少女なら、僕たちは予知能力を持つ少年の学園SFだとばかり中学時代に8ミリ映画「明日を知る少年」を撮ったほど。聴くこちらも熱くならざるを得ない。
 どれだけ思い入れがあるのか、10年ほど前に読んだ『「時をかける少女」たち 小説から映像への変奏』(江藤茂博/彩流社) のレビューをどうぞ。
 文中で話題にしているサントラCD、最近リリースされていた。あわてて注文しましたよ。


          * * *

 NHK少年ドラマシリーズ第1作「タイム・トラベラー」を知ったのは1971年の年末にNHKで何度も流れた番宣だった。これは面白そうなドラマだと直感し、翌年(72年)元旦の土曜日、夕方6時からの番組をおせち料理を食べながら家族とともに観た。

 闇の中で椅子に座った男(城達也)が語りだす時間に関するミステリアスな前説。タイトルバックに流れる奇妙で印象深いテーマ曲(音楽・高井達雄)。中学3年生を主人公にした親近感あふれるSF学園ドラマ。ヒロイン芳山和子役の島田淳子(浅野真弓、後の柳ジョージ夫人)の可憐なセーラー服姿、未来人ケン・ソゴル(木下清)の大人びたクールな魅力。何よりタイムトラベルというSF素材を市井の一般家庭の中で展開させたところに魅了され、土曜日が待ち遠しくてたまらなかった。あと数ヶ月で中学生になる小学6年の冬のこと。

 全6話の放送が終了すると原作の筒井康隆「時をかける少女」(鶴書房盛光社/SFベストセラーズ)を探す毎日が始まった。これがなかなか見つからない。市内の書店のほか、隣町の足利の大きな書店にもなく結局手に入ったのは中学生になってからだった。
 小説はこれまで何度も読み返している。
 「時をかける」のかけるはもちろん〈駆ける〉だろうが、〈賭ける〉の意味もあるのかもしれない。
 冒頭、芳山和子が理科教室でフラスコを割り、ラベンダーの香りをかいだ時の説明に愕然としたこともあった。

    ◇

 それだけではない……。ラベンダーのにおいには、何か、もっとほかに想い出がある……。もっと大事な思い出が……。

    ◇

 このくだり、すでに和子がケン・ソゴルと出会い、一連の事件を体験したことを表わしているのではないか?
 つまりこの小説のラスト以後またすべての記憶をなくした和子がケン・ソゴルと出会う前の時代にタイムトラベルした結果ではないかと。和子はある一定の時間内を巡る時間漂流者なのか! あるいは少女特有のデ・ジャブだろうか。
 福島(正美)先生、小松(左京)先生、等、筒井流の遊びもあった。

 中1の夏に「タイム・トラベラー」が再放送され、最終回のオープニングとラストの和子とケン・ソゴルの別れのシーンをカセットテープに録音した。 
 このテープは機会あるごとに繰り返し聴いた。トイレタイムに二人の会話をよく一人二役で暗誦したものだ。

 再放送後にすぐに始まった「続タイム・トラベラー」の第1話のオープニングもテープに残っている。
 大いになる期待の中で始まった「続タイム・トラベラー」には当初戸惑った。
 スタジオ(ビデオ収録)ドラマによる本格的なSFものは作劇上無理が生じる。21世紀のタイムトラベル基地の模型やセット内の造形、それに27世紀人の衣装などちょっと哀しい出来だった。テーマ音楽も前作に比べると面白みに欠けた。
 とはいうものの舞台が現代に移ると前作らしさを発揮しだし(ケン・ソゴルの眉毛も復活し)夢中になった。テーマ音楽も聴くうちに宇宙空間の深遠さを表現した素晴らしいものだとわかってくる。女性のコーラスがいい。ネックは何事も前作と比較してしまうこちら側の心情だったのだ。タイトルに「続」がついているのだからどうしたって比べてしまうのは仕方ない。
 印象的だったのは最終回のラスト。当然ケン・ソゴルと和子は別れることになるのだが、今回は時間を漂流する和子が一人語りでケンとの別れ、自分の記憶が消されることを悟る。
「わたしの記憶も消してしまうのね!」
 そう叫ぶとショッキングな効果音とともに画面が真っ白になったと記憶している。

 「続タイム・トラベラー」はシナリオを書いた石山透自身がノベライズ化して〈SFベストセラーズ〉シリーズの1冊「続・時をかける少女」として上梓された。ドラマのスナップが何枚か掲載されているのが貴重だった。
 
 「時をかける少女」は80年代になって角川映画で新人女優・原田知世の主演で映画化された。大林宣彦監督の尾道シリーズ第2弾として薬師丸ひろ子・松田優作主演「探偵物語」とのカップリングで公開されたこの映画は「タイム・トラベラー」とは別の意味で僕の心をとらえた。
 SF的要素を抜きにして少女の初めて異性を好きになり、とまどう姿を叙情性豊かに描いたところが胸キュンものだった。普通いい映画は人に薦めるものだが、この映画に関しては何も言いたくない、そっと自分だけのものにしたくなる、そんな映画だった。 
 後年、女性と「時をかける少女」を語る時、ほとんどが「タイム・トラベラー」を評価し、原田知世のそれを認めようとしない。面白い現象だと思う。 
 以降、人気アイドルを起用して何度かTVで「時をかける少女」がドラマ化された。SFジュブナイル「時をかける少女」はかつての川端康成「伊豆の踊り子」のような存在になっていく。 

 「タイム・トラベラー」の原版が残っていない、もし映像を保存していたらとても価値あるもの、そんな記事が新聞に掲載されたりした。 
 「タイム・トラベラー」「続・タイム・トラベラー」のシナリオを一冊にまとめたシナリオ集「タイム・トラベラー」(大和書房)が刊行された時はうれしかった。活字だけではあるけれども、とにかく「タイム・トラベラー」の全ドラマを確認できたのだ。これでテーマ曲のレコードなりCDがあれば……。
 97年になると復活した角川春樹自身の監督による映画「時をかける少女」が公開された。
 小説が発表された昭和40年の時代設定、尾道に対抗すべく昔ながらの家並みが残る飛騨高山を舞台にモノクロで展開するこの物語は、しかし〈時間警察〉が登場した時点で僕にとっては陳腐になった。

 いつの頃からか、最初に小説を読んでいたらNHKのドラマ化をどう感じたか、その後の映画化、TVドラマ化に対してどう思っているのか、考えるようになった。
 「時をかける少女」が連載された学習誌を読んでいた世代、あるいは鶴書房のSFシリーズとして「時をかける少女」の単行本を読んだ人たちは小説世界にどんな想いをはせたのだろうか。

 本書が上梓された時、それほどの関心はわかなかった。たまたま立ち読みしたら〈第三章『時をかける少女』の「読書論」〉が、目につき思わずカウンターに向かってしまった。
 少年ドラマシリーズの正続のドラマ、筒井康隆の原作、続編ドラマのノベライズ、角川の新旧の映画、フジテレビのドラマ化作品をテクストに著者は様々な論を展開させる。
 一番面白かったのはやはり第三章で、興味持って読める(読者としてつきあえる)のは第五章の「文化論」まで。山口百恵主演の一連のホリプロ映画と角川アイドル映画の比較論なんて楽しい。
 その後の「構造論」「語り論」「少女論」「脱構築」は読むのがつらかった。著者の本領が発揮されるのはこちらなのだろうが。




2010/01/22

 『「鉄腕アトム」から「電脳コイル」へ アニメとは何か』(辻真先/松籟社)

 TVアニメの黎明期からさまざまなジャンルの作品のクレジットでその名前を拝見していた著者が綴るTVアニメの歴史。書名にある「鉄腕アトム」とはTVアニメ第1号の虫プロ作品であることはわかる。では、「電脳コイル」っていったい何なんだ? と思ったら、最新のTVアニメなのだった。07年にNHK教育で放映されていて、本書でも言及している。アニメ界の長老(現在はミステリ作家)は現在もアニメが大好きなのである。
 「体験的石ノ森ヒーロー論」の中で、モノクロ版アニメ「サイボーグ009」を扱うので、その資料にならないかと借りてきたのだが、わずか一行の著述だった。


2010/01/23

 「うたの旅人」(朝日新聞be編集グループ編)

 朝日新聞の土曜日版「be」なんてほとんど読むことがない。昔の日曜版は楽しみだったが、「be」になったらちっとも面白くない。この数年は開くこともない。というわけで、本書の元記事、名曲が生まれた場所と人を訪ねる写真紀行「うたの旅人」が連載されているなんて知らなかった。いや、「大阪で生まれた女」のときは切り抜いた覚えがあるから全く知らないということもないか。
 とにかく、図書館の棚で見つけ中を確認したら「五木の子守唄」があったので、借りてきた次第。
 かぐや姫の大ヒット曲「神田川」の歌詞に秘められていた二種類の「あなた」の意味。表記が「貴方」「あなた」と別になっていれば、その違いを考えるだろうが、どちらも「あなた」ならそりゃ女性からみた同棲相手の男性でしかない。それで十分意味が通じる。


2010/01/25

 「粋な日本語はカネに勝る!」(立川談四楼/講談社+α文庫)

 単行本「日本語通り」が「声に出して笑える日本語」と改題されて文庫になったらヒットした。それにならって「新・大人の粋」も文庫化に伴い改題されたが、今度は少々あざとかったかも。粋と野暮に関するコラムが満載の本書にはやはり「新・大人の粋」がぴったりくる。帯に書かれた家元の言葉が胸に染みる……。


2010/01/28

 「雨ン中のらくだ」(立川志らく/太田出版)

 もっと早く読めばよかった。上梓されたときに「赤めだか」を意識した本だと思ったのがいけなかった。二番煎じの本なんて読みたくない。「自慢話ばかり」「他の落語家への誹謗中傷」なんていうネット批評を鵜呑みにしてしまったところも大きい。読了した今反省している。食わず嫌いはいけない。とにかくまずは食って(読んで)みろ。
 自身の噺家人生を語るとともに談志論にもなっているのは、「まえがき」に書かれているとおりだ。それも師匠のネタにきちんと結びつけたエピソードの数々。構成が巧い。「師弟関係とは価値観を共有すること」はけだし名言。


2010/01/31

 「万年前座 僕と師匠・談志の16年」(立川キウイ/新潮社)

 面白い!
 すらすら読めた。
「キウイさん、違う。そうじゃない! それ間違ってるって。どうしてそうなるの?」
 何度も突っ込みを入れながら。

 10年ほど前、朝日新聞の記事(立川流に10年前座がいる云々)を読んでキウイさんに興味を覚えた。自分も会社では似たようなもんだと。まさか、談四楼師匠の独演会で本人の高座が見られるとは思っていなかった。
 実際の高座は愉快だった。確かに口調、口跡に噺家らしさが感じられないのだが(他の前座さんには多少なりとも感じられる)まあ、そんなことはどうでもいい。それより、雰囲気はもう堂々の二つ目なんだから早くなっちゃえばいいのに。二つ目になれば本人の意識もずいぶん変わるのではないか。ネットでキウイ日記の存在を知り、愛読者になった。食べ物に関する記述がいい。単に朝食のメニューを並べているだけなのに実に美味そうなのだ。これも一種の才能だなと思った。二つ目になったときはとてもうれしかった。

 二つ目になってから見る目が変わってきた。前座はあくまでも見習いだから、何かしたくてもできない。二つ目になったら好きなことができる。キウイさんがいろいろ仕掛けてくることを期待していたのだ。何の動きもなかった。勉強会も開く予定なし。日記はブログになって意味なく更新されていく。なぜそんなことを書く? 2ちゃんねらーに突っつかれるだけだぞ、それ間違っているよ~……
 独演会の会場では打ち上げ時に映画の話などをするようになった。リメイク版「キング・コング」について、「ジュラシック・パーク」の亜流みたいな発言をしたので、次の会では夕景のレビューをプリントアウトたものを手渡して、どれだけすぐれた映画なのか力説した。
 何かと意見したくなる。メールを打ちたくなる。しばし考えて思いとどまる。アンヴィルへの物言い同様、キウイさんへの批判はそのまま自分に跳ね返ってくるのだ。他人のことに口出しするなら、お前はどうなんだと自問自答しておしまい。2ちゃんねるのキウイウッチャーの奴ら、みんなそうだと思う。でなければそこまで追いかけないって。普通は無視するもの。

 キウイさんは、今後もたぶん家元が考えるところの噺家になることはできないと思う。兄弟子言うところの「師弟関係とは価値観を共有すること」から一番遠いところにいる。それはもう入門当時からわかっていたことなのだろう。だからこそ家元は規格外の芸人への道を模索させようと、古舘伊知郎の付き人をやらせたりしているわけだから。普通なら3度破門で考える。自分はこの道を進むのが正しいのかどうか。最初に目標を立てる。何歳までに○○になっている。でなければ辞める! 「赤めだか」でも批判されていた。二つ目試験は一度限りだと。落ちても次があるなんて考えてはならない。

 とはいえ、廃業すべきなんて思っていない。
 落語なんて上手くなくていい。できなくてもいい。キャラクターだけで突っ走るハチャメチャの芸があってもいい。まわりもそう思っているのではないか。にもかかわらず、本人はいわゆる正統の噺家を目指している。でも、そのために日々努力しているかといえば、そうとも思えない。ブログを読む限りでは。やっぱりどこかずれている。だからイライラするんだよね。

 一つだけ本について忠告したい。
 いわゆる業界の符牒言葉の使い方が気になった。会話の中に出てくるのはいい。でも、地の文で使うと嫌味になる。野暮だと思う。これはブログにも言えること。




2010/01/14

 「さまよう刃」(東野圭吾/角川文庫)

 昨年映画化され話題になった。話題になったものの評判は芳しくなくて観ることはなかった。小説読むだけでいいと判断したのだ。直木賞を受賞した「容疑者Xの献身」も小説を読んだあとに映画化されたのだが結局劇場に足を運ばなかった。
 一人娘を乱暴蹂躙したあげく殺した犯人に復讐する父親を描くミステリ。そのくらいの予備知識で読み出したのだが、冒頭からもうページを繰る気持ちが萎えてきた。年頃の一人娘をを持つ父親として、やりきれない事件が描かれることを失念していた。その殺人に向けての描写にムカムカしてくるのである。おまけにこの父娘、川口在住なのだ! 読むんじゃなかったと後悔しても後の祭り。

 実際の事件にインスパイアされたと思しきストーリー。当然娘が殺されてからは父親に感情移入して夢中でページを繰ることになる。犯人二人のうち一人を結果的に殺してしまった主人公は警察の追跡をかわしながら逃亡したもう一人の行方を捜し求める。その間の人との出会い、心の変遷…さまよう刃。良いタイトルだ。
 相変わらず筆さばきは見事である。読みやすい。作者らしい決着のつけ方だった。とはいえ以前のような後味の悪さはない。ラストのひねりに作者の得意げな面持が感じられる。
 しかし、読みながらこうも思っていた。登場人物の行動や思考はごくごく普通だというのに、なぜかリアリティがない。嘘っぽい。小説世界がどうもダサい。野暮ったい。これもある種の筆の荒れ、なのだろうか? いや、この野暮ったさがベストセラーの秘訣なのかも。

 ラストに不満がある方は韓国映画「親切なクムジャさん」を観ることをお勧めします。


2010/01/15

 「ウルトラマンになった男」(古谷敏/小学館)

 書店で見つけたときにはちょっとした衝撃があった。待望の真打がやっと登場したのである。初代ウルトラマンのスーツアクター。ウルトラ警備隊(「ウルトラセブン」)のアマギ隊員。なのに著者は70年代後半から活字におけるウルトラ(マン)シリーズブーム(雑誌の特集、単行本刊行ラッシュ等々)でも決してメディアに出てこなかった。
 もう10年、いや15年以上前になるか、朝日新聞の連載記事の主役になったことがある。催事会社社長として取材を受けたのだが、直後、会社が倒産(?)した。以降、消息がわからなくなった。
 だからこそ、本書の出版がうれしかった。
 きくち英一さんには申し訳ないけれどウルトラマン=古谷敏なのである。


2010/01/17

 「うらなり」(小林信彦/文春文庫)

 月刊誌に掲載されたとき真っ先に購入して読んだ。「坊っちゃん」を読み直してからからもう一度。単行本になって3度目の読書。この文庫で4度目の読書になるわけだ。


2010/01/20

 「落語論」(堀井憲一郎/講談社現代新書)

 現代の落語見巧者は堀井憲一郎か? それとも広瀬和生か? 同じ出版業界だし年齢も近いし、二人、けっこう互いを意識していたりして。
 著者の堀井憲一郎はある日を境に文春の連載コラムで落語好きを公にしたような気がする。以降定期的に落語を話題にする。そんな方の落語論、素直に耳を傾けることができる。

 この項続く




2010/01/02

 「京伝怪異帖」(高橋克彦/中央公論新社)

 「だましゑ歌麿」シリーズではないが、蘭陽が登場すると知って前から図書館で探していた。単行本はとにかく分厚い。507ページもあるのだ。文庫本は2冊に分冊されているのか。
 「蘭陽きらら舞」のあるエピソードで、平賀源内が登場し蘭陽がとても世話になった云々と語るくだりがある。なるほど本書を読んでいればその発言の真実味が理解できる。あるいは田沼意次、松平定信の時代がどんなものなのかも。
 若き日の山東京伝、伝蔵と仲間たちが遭遇する怪異な出来事の数々。彼らが平賀源内の力を借りて事件を解決していく。
 「天狗髑髏」「地獄宿」「生霊変化」「悪魂」「神隠し」の5編所収。

 
2010/01/05

 「ドキュメント政権交代 自民党崩壊への400日」(武田一顯/河出書房新社)

 著者の名前は小林信彦の文春連載のエッセイによく登場してくる。新聞もTVもウソばかり、信じられるのはラジオだけと公言している小林さんが信頼しているのが、TBSラジオの記者である著者なのだ。本書もエッセイで紹介されていた。それで図書館に予約したのだ。自民党崩壊までのドキュメントは紹介されてなくても興味はある。
 驚いたのは著者が政治家として小沢一郎の手腕を買っていること。ラストではインタビューまで決行してしまうのだ。そういえば、ヘッドハンティングされて別の会社にいってしまった同僚がいた。当時の部署の中で唯一話が会った奴だったのだけど、彼も小沢一郎を褒めていたっけ。
 麻生がバカであることは本書でも確信できる。


2010/01/09

 「だましゑ歌麿」(高橋克彦/文春文庫)

 週刊文春に連載される小説はこれまで何作も読んでいるが、「だましゑ歌麿」が一番面白かったのではないだろうか。歌麿の女房を殺した実際の下手人が判明するクライマックスにドキドキしたものだ。
 3度目の読書。忘れていることが多く、ミステリとして楽しめた。忘れていたことの一つに歌麿の読み方があった。この漢字に〈うたまる〉とかなが振ってあるのだ。ということは江戸時代はそう読んでいたということか。忘れていたことの二つめ、その歌麿に裏の顔があったこと。水谷豊のアクションはドラマのオリジナルではなかったのだ。お恥ずかしい。読んでいてどうしても歌麿の顔と水谷豊の顔がダブってしまう。とはいえ、やはり小説の方が面白い。
 ちなみに〈だましゑ〉とは、絵に仕掛けを施していて、さかさまにしたり横から眺めれば別の絵が現われるものをいう。女の顔の中に男の顔が隠されていたり、仏が実は鬼であったりと、意外性を狙った作品が多い、のだとか。
 それから、週刊文春には1997年11月13日から翌98年の11月19日に連載された。単行本は99年4月に刊行され、文庫化は02年6月。


2010/01/09

 「秘密とウソと報道」(日垣隆/幻冬舎新書)

 サンデー毎日の休刊が決まった、との記述に「ああ、ついにその日が来たか」なんて感慨深くうなづいてしまった。ギャグだったのね。
 ジャーナリズムが抱える問題をさまざまな例を素材にして著者らしい切り口で一刀両断。夢中で読める。週刊新潮の世紀の大誤報、「僕はパパを殺すことに決めた」の供述書漏洩事件問題、週刊誌の名誉毀損裁判の高額化への追及が興味深い。


 この項続く




 本日、TBSで放映された『突入せよ!「あさま山荘」事件』はもともと予定されていた番組なのだろうか? 
「どうして今?」と怪訝に思って二秒後「ああ、そうか!」。
 藤田まことが出演しているのである。後藤田(警察庁)長官役。現場の指揮を執る主人公(役所広司)に手枷足枷はめながら犯人逮捕を命令する、煮ても焼いても食えない男を飄々と演じていた。
 しかし、追悼番組云々の表記が新聞のTV欄にはなかった。

 若松孝二監督はこの映画の連合赤軍の描写に怒りを覚えて、「実録連合赤軍 あさま山荘への道標」を企画したという。

 20日(土)は地元のシネコンMOVIX川口のサービスデーで料金が1000円。久しぶりに2本観た。
 18時15分から「ゴールデンスランバー」、20時40分から「パラノーマル・アクティビティ」。「ゴールデンスランバー」は予想以上によく出来た映画だった。伊東四朗は本年度の助演男優賞決定。あの台詞、僕がこの数年注目している笑えると同時に涙がでてくる! そして「生きてこそなんぼのもの」のリフレイン。
 屋外に何年も放置された自動車がバッテリーを換えただけで動き出すのかという疑問は残るが。クライマックスの花火は映画の大嘘として認めていいけれど。
 音楽の斉藤和義、ビートルズのカバーも悪くないが(でも、テーマとしては本物が聴きたかった)、エンディングテーマが最高だった。でも、この曲、まんま「拝啓ジョン・レノン」ではないか?

 「パラノーマル・アクティビティ」はP.O.V映画として関心があった。確かにこの映画、金は驚くほどかかっていない。スタッフも出演者が兼ねているのではないか? 面白い。ただ一度観たら2回目はないだろう。
 これまでのP.O.V映画に比べて、カメラワークに嘘っぽさはなかった。が、やはり説明過多の部分がないわけではない。据付のカメラだけの方がリアリティがあったと思う。寝室のカメラはあくまでも定点観測用(だから、時間が挿入されているのだ)、室内を撮る場合は別のハンディカメラ等の区分けが必要だったのではないか。ラストは予想どおりだった。

 談四楼師匠の2月の一行日記が更新されて大ショック!
 長四楼さんの件、とても残念だ。




 藤田まことの訃報。
 18日(木)、「はなしと噺の会」の打ち上げ(反省会)が終わってから、一杯飲ろうとKさんと神田駅方面に歩き出したとき、スタンドで販売していた夕刊紙の見出しで知った。思わず声をあげてしまった。ドラマ「JIN 仁」を降板していたので、予想していなくはなかったのだが……。
 ついこの間である、フジテレビ「剣客商売スペシャル」を観たのは。日本テレビの夜の番組が「崖の上のポニョ」の初放映でお祭り騒ぎになっていた。そんな編成に反発して4から8にチャンネルを換えた結果だった。

 藤田まことって、TVドラマにおける日本のハリソン・フォードだと思っている。いくつもの人気シリーズを持っているところが似ているだけなのだけど。
 小学生のときはあんかけの時次郎、中学時代からは中村主水、社会人になってからは安浦刑事が加わり、中年になると秋山小兵衛……。僕ら世代の正しい〈藤田まこととの接し方〉ではないか。

 好きな俳優だった。子どものころから慣れ親しんでいるだけにその思いは格別だ。
 数年前には主演映画「明日への遺言」が公開された。僕は観ていない。
 スクリーンでその姿を拝見したのは、リメイクされた「椿三十郎」である。城代家老を演じていた。オリジナルの伊藤雄之助とは違う味を醸し出す好演だった。

 藤田まことはこれまで自伝風の本を2冊上梓している。「人生番狂わせ」(集英社)と「最期」(日本評論社)。どちらもレビューを書いているはずとあたってみたら夕景にもmixiにも「最期」が見あたらない。mixiを退会したときに消してしまった項目の中にあったのだろうか。戦死したお兄さんのエピソードが印象的だったことを覚えているだが。「必殺仕置人」以降は池波側にアイディア料を払っているとも書かれていたような。


    ◇

2002/11/11

 「人生番狂わせ」(藤田まこと/集英社)  

 本書を図書館から借りたのは小林信彦の「テレビの黄金時代」を読んだことが大きい。  
 「シャボン玉ホリデー」と同時期に放送され圧倒的人気を誇った「てなもんや三度傘」の内幕を知りたいと思った。  
 これまでも澤田隆司や香川登枝緒が大阪の芸人について書いた本を読んではいる。とはいってもあくまでも芸人史、コメディアン列伝といった調子で「てなもんや三度傘」について詳細が語られているものではなかった。  

 番組の主役で、これを機に人気者になった本人だったら、思い出話もたくさんあるだろうと手に取ったのだが、少々当てがはずれた。  
 著者の奥さんが経営する店が倒産して、30億円の負債を抱えたのはまだ記憶に新しい。ちょうどその問題が一段落した時に上梓されたのが本書だった。芸能人、タレントによくある手で、事件のあとに手記を発表する。ベストセラーにでもなればその印税を負債返済に充てるつもりだったのだろう。  
 当然内容も負債についてのことから始まる。その要因とその後の顛末。これが長い。こちらは別に著者の借金返済の苦労話を聞きたいわけではないのだ。やっと半生を語りだすのは第三幕から。「てなもんや三度傘」が終了すると、とたんに仕事がなくなったとある。普通なら引く手あまたになると考えてしまうのだが、TV業界、芸能界とは摩訶不思議なところだ。  

 思えば、藤田まことは不思議な存在である。人気がブレイクした「てなもんや三度傘」の頃はコメディアンだった。それがいつのまにか役者になってしまった。それもTVでは「必殺」、「はぐれ刑事」と人気シリーズを抱える役者である。最近では「剣客商売」が加わった。巧く年齢を重ねているなあと思う。  

 ところで――
 「必殺」シリーズのスタートは池波正太郎原作の「必殺仕掛人」である。藤田まことが登場するのは2作めの「必殺仕置人」から。原作・池波正太郎のクレジットがはずれるわけだが、金をもらって悪を裁くという基本プロットに変わりはない。疑問に思うのはTV局、製作会社からアイディア料というか、その類のものが池波側には支払われていたのかということだ。  
 「はぐれ刑事」にはまったく興味がわかない。藤田まこと演じる主役の刑事のファッション、ノーネクタイのスーツ姿がどうしても受付けないのだ。会社にひとり、あれと同じで絶対にネクタイをしない人がいた。いわゆるブレザーみたいなジャケットではない。上下同じ色のスーツなのでネクタイがないとどうしても間が抜けたような感じがして、「なぜネクタイをしないんですか」と訊ねたくてしかたなかった。親しい人でなかったのでもちろん声をかけることはなかったが。そういえば最近ではノーネクタイのスーツ姿が流行っている。ネクタイがなくても見栄えのするタイプ。これも「はぐれ刑事」の影響か?    

 本書を読む前に、NHKで大阪を特集した歌番組があった。たまたまチャンネルを合わせたら藤田まことが登場して大阪名物だというラムネ売りのおっさんの唄を歌った。ちょっとした寸劇もあって、その時の藤田まことの大阪弁がとてもきれいで耳に心地よかった。  
 本書の文章はすべて本人の語り下しという体裁。本人の声が聞こえてくるようだった。

    ◇

 享年76とあったから、「ああ、また昭和9年生まれか」と父の顔が頭をよぎった。
 昭和8年生まれだった。

 合掌




 昨日は、桑原美由紀さんの朗読会「はなしと噺の会」だった。
 朝起きて一面の雪景色に驚いた。確かに天気予報は朝方雪が降ると伝えてはいたのだが「こんなに積るとは!」。それもその時点ではまだ止んでいなかった。このまま降り続いて交通がマヒしたらどうしようか。余計な心配をしてしまう。
 スタッフは11時に集合ということで、9時ちょっと前に家を出たときには雪はほとんど止んでいた。それに道路には雪はなかった。神田駅から歩いて、日本橋亭近くのドトールへ。10時。集合まで1時間あるので、この間に進行表をチェックする。

 10分前になって会場へ。Wさんがやってくる。続いて桑原さん夫婦。二胡奏者の竹内さんは道に迷って遅れてやってきた。約1時間ばかりリハーサル。
 13時前からお客さんがやってくる。開場まで少し時間があったが、寒いので中に入ってもらう。案内を送ると必ずいらっしゃってくださるMさん、仕事の合間に寄ってくれたKさん、有休や半休をとって足を運んでくれたSさん、Hさん、Kさん。皆さん、ありがとうございます。
 SさんとKさんはFCのメンバーでもある。昨年暮れのイベント時の案内を忘れないでいてくれたんですね。実はWさんもお客さんだったのだが、前日に急遽スタッフになってもらったのだ。感謝、感激。

 第二部が落語ということで座卓席30、イス席20の計50席を用意した。ところがこれが大いなる誤算だった。来場されたお客さんは皆イス席に座りたがる。イス席が一杯になると、壁際の補助席へ。あわてて、事務所の人にお願いして、座卓席を一列減らしてイス席に変えた。最初からイス席だけにすべきだった。これが今回の一番の反省点だったかもしれない。

 プログラムは以下のとおり。

  竹内文子  二胡演奏 「異邦人」他2曲 
  桑原美由紀 朗読   「蜘蛛の糸」「赤い風船」 

   休憩

  立川談四楼 落語「柳田格之進」

 
 第一部が始まる寸前、アドリブで太鼓叩いた。一番太鼓って何回叩くんだ? わからないからとりあえず3回。
 会が始まってからというもの、僕の仕事は、音だしと緞帳の開閉になるのだが、そこにいるとまるで会場の音が聞こえない。もしかしたら聞こえるようになるのかもしれないがそのやり方がわからない。かなり緊張した。特に第二部の落語。
 登場時の出囃子は師匠が頭を下げたらフェードアウトする、追い出しは、下げが決まったら緞帳を閉めながら……。間違えちゃいけないと手が震えた。
 ふだん客席から見ているめくりだとか座布団だとか、いざ自分がセッティングするとなると、正式なスタイルがどんなものか悩んでしまう。心配なので始まる前に師匠にチェックしてもらったら座布団の前後が逆だった。前後があるのか! 初めて知る事実。
 
 二胡と朗読と落語のコラボレーション、まずは成功だろうか。

 Wさん、桑原さん夫婦、竹内さん、Kさんとドトールで反省会を開く。
 その後、Kさんと二人で神田の居酒屋で赤い鳥、紙ふうせん談義。神田にはフォーク居酒屋があるんだと、ちょっと立ち寄り、Kさん、「空よ」と「遠い世界に」を弾き語り。
 バンドをバックにして歌うのって気分いいね!




 昨日は午後あるセミナーに出席するために外出した。そのまま直帰。会場が神保町だったのでしばし古書店巡り。ある意味至福な時間だ。
 
 駅スタンド、夕刊の見出しで玉置宏の死去を知った。肩を落とした。すでに重体と報じられていて、あまりショックはなかったが、それでもやはり寂しい。もうあの名調子を聞くことができないのか……。
 僕らの世代だったら、毎週日曜日昼からの「ロッテ歌のアルバム」の司会ぶりが記憶に残っているだろう。

 もう何年もなるが、会社のイベントの司会を依頼したことがある。
 打ち合わせのため渋谷の喫茶店で会った。NHK(ラジオ)で担当している番組の収録後のこと。目の前であの口調(それもこちらに向けて発した言葉なのだ!)を聴ける幸せったらなかった。

 かつて芸能界に〈昭和9年会〉という親睦団体があった。玉置さんのほかには長門裕之氏とか牧伸二氏らもメンバーだった。(今もあるのかも?)
 なぜそんなことを覚えているかと、父親が昭和9生まれだからだ。なので、子どものころ、この〈昭和9年会〉がとても身近に感じた。玉置さんとの打ち合わせのとき、最初に話題にしたものだ。そうか、親父、76歳になるのか。

 NHKの番組、「ラジオ名人寄席」で使用した音源(自身のコレクションテープ)が著作権を無視したものだと問題になった。ニュースによると、この件でかなり体調をくずしたらしい。脳幹出血の原因だろうか? やりきれないじゃないか!
 
 ご冥福をお祈りいたします。




 承前


2010/01/31

 『親子に伝えたい「伝承歌と世界の名曲コンサート」 紙ふうせん、ラ・ストラーダと共に~』(貝塚市民文化会館コスモスシアター)

 15分の休憩の後幕が開くと、紙ふうせん秋の恒例リサイタルと同じバックバンドの構成になっていた。
 上手にラ・ストラーダのダブルカルテット。
 中央にウッドベースの浦野さん、下手に、手前がギター(&コーラス)のすぎたさん、後方にピアノの今出さん。これでドラムの愛ちゃんがいれば完璧ではないか。

 タイトルに「伝承歌」の文字が入っているが、紙ふうせんのステージが伝承歌特集にならないことは予想していた。ただ何となくではあるが。主催者からチラシ(の案)が送られてきたときに後藤さんはつぶやいたのではないか。「伝承歌なんて言葉使ったらコンサートの敷居が高くならへんか」なんて。
 
 年末、関東地区のFCメンバーを集めて「紙ふうせん初期のライブ音源を聴く会」なるイベントを実施した。このイベントに参加するためだけに北海道からTさんが来てくれたのには感激した次第。持参した赤い鳥グッズ(雑誌等)の中にCD「GRAND PRIX/FOLK」があった。「第3回全日本ライト・ミュージック・コンテスト」のフォーク・ミュージック部門のライブを収録したものである。赤い鳥が見事グランプリを獲得した、あのライトミュージックコンテンストだ。
 トップバッターの赤い鳥が「竹田の子守唄」が歌ったのは有名だが、ラストのグループ(ザ・フォーシンガーズ)が「金比羅舟々」を歌っていたことに驚いた。ザ・フォーシンガーズは後のチューリップだ。
 その前、11月にはイルカの著書「もうひとりのイルカ物語」を読んで、デュオ時代のシュリークスでは日本の民謡を歌っていたことを知った。
 
 で、思った。60年代から台頭してきたフォークブームの中で、多くの若者たちが考えたのではないかと。アメリカのフォークの単なるコピーではなく、日本のフォーク(=民謡)を追求してみたいと。そんなムーブメントがあったのではないか? そんな中にあって他を圧倒したのが「竹田の子守唄」とめぐり合った赤い鳥だった。もちろん歌唱力、テクニックが秀でていたのだろう。意識の差もあったに違いない。あくまでも仮説だけど。

 赤い鳥は、伝承歌の現代への再生とともに、現代の伝承歌作りにも積極的だった。「紙風船」がその代表だろう。金関さんがクラシック音楽とは何かという話題で、ビートルズをあげていた。紙ふうせんの歌もそうだと続けた。「竹田の子守唄」「翼をください」「冬が来る前に」等を指して言っているのだろう。世代を超越した歌という意味だと思う。タイトルの伝承歌にはそんな意味を持たせているのかもしれない。

 「竹田の子守唄」の前にちょっとしたハプニングが。
 2曲目を歌い終わってから、2、3名の客が会場を後にした。ちょうど後藤さんが話しているとき。
 後藤さん思わず林家三平になった。駆け足で立ち去ろうとした客に声をかけたのだ。「もう帰っちゃうの?」 そのタイミング、その語りかけ。
 平山さんが後藤さんを睨む。客に背を向けて後藤さんに何か言ったようだ。「そんなこと言うもんじゃないでしょう!」僕にはそんな声が聞こえたのだが。
 さあ歌おうとするそのとき、小さな子どもが急にぐずりだした。泣き声。「静かにしなさい」そんなやりとりがあったのだろう、でも親の言葉には従うはずがない。よけいに大きな声をだす。歌いだした。子守唄でこの子どもは寝入るのだろうか? ちょっとしたサスペンス。結局親は子どもを連れて出て行った。

 「まつり」が聴けてうれしかった。


  夕日は遠くに落ちて行ったよ
  小鳥はねぐらに帰って行ったよ

  浮かれた街に踊っているのは
  お面をかぶった役者だけだよ

  まつりはもうすぐ終わってしまうよ
  サーカス小屋の灯りも消えたよ


 後藤さんお得意の二行詩、何とも形容しがたいメロディ、世界観だ。赤い鳥の「美しい星」というアルバムに収録されている。初めて聴いたのが「ゴールデン・ディスク」だった(と思う)。平山さんのヴォーカルで始まり、途中から後藤さんが加わって、主旋律がスイッチしていく。
 紙ふうせんのファーストアルバム「またふたりになったね」にも収録されている。こちらは最初から後藤さんのヴォーカル、平山さんのハーモニーが絶妙に絡み、以来夕暮れどきになるとこの曲が頭の中を駆け巡る。服部克久さんのアレンジも良い。
 ステージでは当然紙ふうせんバージョンだ。間奏の金関さんのヴァイオリンが光る。平山さんがダンスをはじめて、つられて後藤さんも。微笑ましい。
 アンコールは貝塚少年少女合唱団と一緒に「翼をください」の合唱、ラストは「紙風船」!


 街を走りぬけて/ホーハイホー/竹田の子守唄/まつり/虹/ルート43/船が帰ってくる
 翼をください/紙風船


 今、私の願いごとが叶うならば――
 ラ・ストラーダと共に東京でコンサートを開催してくれないだろうか。そのときはぜひ「もうっこ」も披露してほしい。あれは「もうっこ」の完成形だと考えているので。




承前

 貝塚市役所前という駅名から、繁華街(?)を予想していたのだが、ホームから出ると(電車内で切符を処理しているから当然改札口なんてない!)、単なる舗装された道路だった。おまけに雨が本格的にふりだしてきた。コンビニなんて見当たらない。会場はこっちだった、と左に進む。図書館があった。図書館は僕にとってオアシスみたいなもの。ここでかなりの時間がつぶせる。雨も止むかも。
 12時ちょっと前になってコスモスシアターへ移動する。雨も止んでいた。隣の建物にはレストランもあって、カツカレーを食す。あとはロビーのベンチで読書三昧。「万年前座」読了!
 入口前にはコンサートを待つお客さんが並び始めた。14時過ぎFCのメンバーと合流する。

          * * *

2010/01/31

 『親子に伝えたい「伝承歌と世界の名曲コンサート」 紙ふうせん、ラ・ストラーダと共に~』(貝塚市民文化会館コスモスシアター)

 紙ふうせんとラ・ストラーダが共演するコンサートが1月の最終日にある。そう聞いたのは、昨年リサイタルの翌日だった。いや、違う、1月にあると知ったからこそ、リサイタル後のキャスト、スタッフとFCメンバー合同の打ち上げ時に浦野さんにお願いしたのだ。1月にまた大阪に来ますので、ぜひ昔の話を聞かせてくださいと。だとするといつ知ったのだろう?

 とにかく、最初に紙ふうせんとラ・ストラーダの共演したコンサートを観て以来ラ・ストラーダのファンになった。これでもクラシックに少しは興味があるのだ、造詣は全然ないけれど。
 シンフォニーホールではCD購入した。すぐ後に開催された東京コンサートには足を運んだ。金関さんのヴァイオリンに耳を洗われ、アンサンブルに心震わされる。ちとオーバーかな。でも良いものは良い!

 今回のコンサートが子ども向けの企画というのも興味深かった。
 それは第一部のラ・ストラーダのステージで顕著だった。
 コンサートマスター、金関環さんが弾けていた。
 昨年のクリスマス・イブに父親になったことも関係しているのだろうか? いやはや、ほんと、かわいいお子さんですね。

 ラ・ストラーダ弦楽アンサンブルの、今回のメンバーは11名。中央よりやや下手寄りにチェロが2名、その左右にヴァイオリンとヴィオラ、チェロの後方にコントラバス1名という構成だ。当然皆着席だが、金関さんの椅子がない。MC、演奏、始終立ちっぱなしの八面六臂の活躍でした。
 お恥ずかしい話だが、これまでストラーダの意味を確認したことがなかった。よく耳にする言葉くらいの認識。イタリア語で「道」だったのか。とすると、フェデリコ・フェリーニ監督「道」の原題と同じ。La Strada。
 紙ふうせんとは震災の年に出会ったとか。復興コンサートで共演したのだ。ふたたびシンフォニーホールでの共演があり、紙ふうせんリサイタルへつながっていく。「なつかしい未来 vol.1」の「もうっこ」なんて赤い鳥「ミリオンピープル」とはまた違う感激度だったもの。

 ヴィヴァルディの「四季」には個人的な思い出がある。昭和44年~46年に太田市東小学校に通ってきた者なら誰しもというべきか。当時学校全体で授業が始まる前に「瞑想トレーニング」があった。スピーカーから流れる男性のナレーションがあって、その指示に従って、息を止めたりはいたりする。BGMが「四季」だったのだ。

 1曲目が終わって、司会が登場した。紙ふうせんのふたりである。後藤さんは上下白のスーツ、平山さんはカラフルなレインボーワンピース(?)。司会ぶりは、往年の「ミュージックフェア」の長門南田夫妻みたい。楽器を練習する自宅(の部屋)は和風? 洋風? メンバーたちとのやりとりが笑いを誘う。
 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は作曲者やタイトルを知らなくても、聴けば誰でも一度は耳にしたことがある超有名な曲。確かに金関さんの言うとおりだ。
 「プリンク・プランク・プルンク」はすべての楽器がピチカートだけで演奏される。耳でも目でもどちらも楽しくなるがいっぱい。コントラバスやチェロをぐるっと回転させるのは、楽譜にそう指示されているのだろうか。
 最後の曲は〈ジプシーの人の踊り〉だとか。ただし、現在〈ジプシー〉は差別用語になるので、〈ロマ族〉と言い換えなくてはならないと注も付け加えて。ヴァイオリンの音色が大正ロマンをかきたてる。

 ラ・ストラーダのキッズ・コンサートはクラシック初心者の大人にとってとても楽しめ勉強になるものだと思う。東京でも開催しないかな。


 ヴィヴァルディ:「四季」より「冬」の第一楽章
 モーツァルト:「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」より第一楽章
 アンダーソン:「プリンク・プランク・プルンク」
 モンティー:「チャルダッシュ」

 
 この項続く




 承前

 2時台と4時台にトイレ休憩があった。外の空気を吸いたくて、どちらも外に出る。2時のときはむしょうに喉がかわいていたのでペプシネックス(ゼロ)を、4時のときはホットの無糖コーヒーを、どちらもバスにもどってきてじっくり味わう。

 バスはいつのまにか高速を降りて一般道を走っていた。どうやら最初の目的地京都駅が近いようだ。昨年の2月だったらもう終点である。京都から大阪もあっとゆうまだった。少しは寝ていたのだろうか。
 7時の予定が、かなり早く梅田に着いてしまった。腕時計を見ると6時半前。以前、リサイタルのときにやはり深夜バスで来たときは、とりあえず近くのマクドナルドで時間をつぶした。
 どうしようか。飲食店が密集している、東京のションベン横丁みたいなエリアをウロウロ。きれいなトイレがあったので、コンタクトレンズをつけた。モーニングコーヒー飲みながら、「万年前座」を読み進めたい。そう思ってはいるのだがどうにも落ち着かない。

 なぜかはわかっている。目的の紙ふうせん&ラ・ストラーダのコンサート会場、その場所なのだ。14時半開場だから時間はたっぷりある。にもかかわらず気になって仕方ない。
 会場のコスモスシアターは貝塚市。貝塚市っていったいどこよ? これが不安のタネなのだ。大阪の梅田界隈もよくわかっていない関東圏の人間にはとんでもなく心細いこと。一応、ネットの乗換案内で行き方も所要時間も調べてあるのだが、途中何があるやもしれない。
 とにかく貝塚に行ってみよう。駅前の商店街にはカフェなりなんなりあるだろうから、そこで時間をつぶせばいい。この考えが関東圏人の無謀さであることはこの時点ではわからなかった。

 まず新今宮へ向う。大阪駅で環状線内回りに乗った。そのまま目的駅に行くものだと思っていたら、一つ手前の天王寺駅止まりだった。なぜ? 環状線って電車が路線をぐるぐるまわっているのではないのか。まあ、山手線も大崎止まりがあるもんな。
 新今宮から南海線に乗り換え。乗り換える前、途中にあった立ち食いうどん屋で天ぷらうどんを食べた。

 もう10年以上前になる。大阪で初めて立ち食いうどんを食べたのが天王寺のホームだった。天ぷらうどんが東京のかけうどんと同じ料金、つゆはうすくて美味い。けっこう感激したことを覚えている。
 80年代初期、漫才ブームで関西から押し寄せてきた吉本芸人の誰かが(島田紳助だったか)、上京して駅のホームでうどんを食べたときの印象をTVで語っていた。しょうゆの中にうどんが浮いているようで食べる気が失せた云々と。確かにこんなに美味いなら受けつけないだろうと思ったものだ。
 
 貝塚へは各駅電車でゆっくりと。「各駅停車の汽車は今、想い出の街を出る」フォークソングのフレーズを口ずさみながら。
 大阪(関西)に来ると、何かと東京(関東)と比べてしまう。比べるというか、大阪(関西)の○○は東京(関東)だったら××だろう、といったたぐいだ。
 たとえば、環状線は山手線、梅田・難波は新宿・渋谷、京都が鎌倉なら尼崎は川崎だろう、なんて。あくまでもイメージ優先なのだが。
 和歌山行きの電車に乗りながら思った。位置関係からいって、和歌山は千葉みたいなものじゃないか。となると、南海線は京葉線、あるいは総武線かもれしれない。JRと私鉄の違いはあるものの。
 蛸地蔵、二色浜。面白い駅名があるところからすると、京浜急行みたいだ。東京駅から千葉に向って走る京浜急行線! 南海線には泉佐野から分れて関西空港に向う空港線がある。京浜急行には蒲田から分かれて羽田空港に向う空港線があるではないか!

 貝塚に着いた。着いたのはいいが駅前に何もない。階段を下りる前、改札を出たところにマクドナルドがあった。ここで長めの読書をすることにした。ホットコーヒー、だけでは口が寂しいのでエッグマックマフィンを。しばしの読書。残り1/3というところで本を閉じる。そろそろ水間鉄道に乗るとするか。

 目的の会場は、貝塚から水間鉄道に乗って一つ目の貝塚市役所前から徒歩10分ほどのところにある。水間って〈みずま〉って読むんですね。〈すいかん〉だと思っていた。よかった口にしなくて。水間観音に由来するのは、駅に来て初めて知ることだった。切符を買って駅員に見せるとそのままどうぞと言われた。1時間に2本しか電車がない。しばらくホームで待つ。雨が降り出してきた。やばい。傘がない。買いたくてもコンビ二がない。貝塚市役所前にはあるのだろうか。
 電車が来た。二両編成。二両めに乗り込んだ。隣駅にはすぐ着いた。が、ドアが開かない。前方を見ると、一両目の一番前のドアだけが開いている。あわてて走った。車掌が待ち構えていて、よくみるとそこにバスに備え付けられている切符と金を投入する機械がおいてある。まるで荒川線のよう。でもあちらは一両ですからね。

 貝塚市役所前は貝塚以上に駅前に何もなかった!


 この項続く




 1月30日、土曜日。
 18時前に家を出る。19時都営新宿線岩本町駅で桑原さんと待ち合わせ。出来上がってきた「はなしと噺の会」のチラシとチケット各100枚を渡し、「万年前座 僕と師匠・談志の16年」(立川キウイ/新潮社)を受け取る。桑原さんが12月の独演会場でキウイさん自身から購入したもの。大阪往復の間に読もうと思って借りた。
 深夜バスにはまだまだ時間が早い。JR秋葉原駅に向う途中書泉ブックタワーに立ち寄る。いつものように6階の映画、音楽のコーナーへ。特撮関連本が極端に少なくなっていた。いや、少ない、というよりほとんどない。立ち読みの楽しみが一つなくなった。

 しばらく時間をつぶしてから東京駅丸の内口へ。集合時間の22時までの1時間半、熱燗片手に読書に励もうと有楽町方面ガード下の某店に入る。かなりの混雑。外を見通せる窓際のカウンターに座った。両隣はカップルだ。いいなあ。
 熱燗徳利大2本、おでん、たこわさ、焼きチャーハン、ポテトサラダ。けっこう頼んでしまった。腹減っていたし。
 「万年前座」を読む。読みやすい。すらすら読める。
  残り半分になって本を閉じた。時間だ。  

 22時、深夜バスに乗車する。前から2列目、3つ並んでいる座席の一番左。窓際。
 昨年の2月、京都へ行ったときは往復深夜バスでおまけに安く上げるためトイレなしの4列シートにした。トイレの有無は、適度に休憩タイムがあるからどうということなないのだが、4列シートは座席が狭い。おまけにすぐ隣に見知らぬ男性が座ることになる。お互いうざったいし神経使う。今回は3列シートを選択した。正解だった。
 22時30分、出発。酒の力もあっていつのまにか寝入っていた。

 突然目が覚めた。セーターの胸あたり、チャックの部分に掛けていた眼鏡をとろうとした。ない。セーターの中に落ちたか? ない。座席のどこかに? ない。もう一度上半身を捜してみた。ない!
 日頃はコンタクトレンズだが、深夜バスに乗るときは眼鏡に代えている。目的地に着くと、トイレで歯を磨き、コンタクトレンズをつける。別に眼鏡がなくとも明日は困らない。なわけない。ウン万円使って作ったばかりなんだ。
 もう一度、身体をさぐってみる。ない! ない! ない! 
 もしかして通路に落ちた? そういえば 横になったときに何か音がしたような気がする。だったら早く拾わないと休憩になったときに踏まれてしまう。レンズが割れてしまう!
 飛び起きた。真っ暗な中で通路に腰を落として探し回る。「メガネ、メガネ」オレは深夜の横山やすしか。後ろの席の方に手を伸ばしてみた。右、左、もうちょっと先、真ん中、右、左…… あった!!

 酔いは完全に醒めてしまった。大阪までどうするんだよ。

 
 この項続く




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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