昨日、帰ってきた。
 
 28日(日)は東京駅を11時30分に出て、小倉駅まで新幹線「のぞみ」、小倉駅から大分駅まで特急「ソニック」、その後鈍行で目的の「浅海井(あざむい)」駅に到着したのが19時30分。帰りは浅海井を9時39分に出て、東京駅に着いたのは17時33分。自宅からだと約9時間の旅である。
 飛行機を利用したらどうか。
 確かに羽田空港から大分空港までは約2時間ほどで到着する。しかし、問題なのは大分空港から浅海井までの移動時間なのだ。空港からバス(別府湾を横断するホバークラフトは昨年運行停止になった)で佐伯駅(浅海井の隣町)まで2時間。自宅から羽田空港までの時間を入れれば6~7時間かかることになる。電車とそれほど変わらない。

 昨年、新幹線は新神戸~小倉間が苦痛と書いたが、それほどでもなかった。今回は往復とも通路側ということもあって、読書にいそしんだのも要因だろうか。新神戸~小倉間はトンネルばかりだから読書には最適なのだ。いや、僕自身が〈電車に乗っている、ただそれだけでうれしい〉体質ということもある。今回わかった。

 久しぶりの浅海井駅は駅舎がどこにあるのかわからずホームを行ったり来たり。遠く離れたところからかみサンの声がした。「橋渡って」跨線橋を渡ってから10メートルほど歩くと駅舎がある。この駅舎が住居兼ということでとても珍しくTVで紹介されたりしているらしい。
 帰りは浅海井から乗った二両編成のワンマン電車が隣の隣の駅「津久見」にしばらく止まっていた。ちょうどそのときに特急が停車したことで「なごり雪」の発着音を聴くことができた。津久見市は伊勢正三の郷里であり、「なごり雪」の歌詞に出てくるホームの舞台になったところ。いや、イメージされたホームというべきか。
 この歌を聴いたとき、僕自身脳裏に浮かんだ光景は田舎の鄙びたホームというもの。ゆえに「東京で見る雪」云々の歌詞がなんとも不思議に思えたものだった。高校1年の夏、親友二人と茨城の海に旅したとき列車の中から見たあるホームをまるで「なごり雪」みたいと評して、「やっぱり!」と共感しあった。だから、津久見駅のホームを見たとき得心したものである。

 本は2冊読了。
「カッコウの卵は誰のもの」(東野圭吾/光文社)
「ロマンポルノと実録やくざ映画」(樋口尚文/平凡社新書)
 前者はかみサンが友人から借りたもの。かみサン曰く「ちっとも面白くなかった」。僕はそこまでは思わないけれど、あの解決部分で脱力したのは確か。だって、真相がわかると、なぜ主人公の妻(ヒロインの母親)が自殺したのか、意味がわからなくなるのだ。また、新潟のあのご婦人の立場はどうなるのか。自殺したくなるのはご婦人の方ではないか。
 後者は昨年の12月に購入してそのまま積ん読状態のままだった。副題に〈禁じられた70年代日本映画〉とある。棚で見つけて即買いだった。「大河ドラマ入門」とは対極に位置するものだ。あるいは前著「『日本沈没』と『砂の器』 70年代日本の超大作映画」(筑摩書房)とセットで読まれるべきものというべきか。

 義父については項を改めて。



azamuieki

ホームより
ひしろの次が津久見

hashi

ホームより
跨線橋の向こうに駅舎がある

nanohana

ホームより
最近の白っぽい桜より鮮やかな黄色が映える菜の花が好きだ

hutami

すぐ近くにある有名な豊後二見ヶ浦




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 昨日、義父危篤の報が入ってかみサンと娘はその日に大分に向かった。
 僕は上司T氏の送別会だった。半年前までの室長。年齢的にはもう何年も前に定年を迎えているのだが嘱託で会社に残っていた。お世話になった。何かと僕に目をかけてくれたのだが、結果的に期待に応えられなかった。
 「記憶する力 忘れない力」(立川談四楼/講談社+α新書)を今日読了してなおさらその思いを強くした。「いろいろあったけれど、俺はやってきたよ。結果だしているよ。お前はどうなの?」 高校の大先輩でもある師匠の言葉が行間から聞こえてきて……。

 帰宅したらかみサンから電話。「持って今週中だって」
 今朝早く電話があった。「お父さんが亡くなった」
 明日新幹線で大分へ向かう。
 しばらく留守にします。

 予定を変えて前項の追記。 
 ミュージックバトンの質問の一つに〈今聴いている曲〉があった。05年当時に聴いていたというより、1年のうちでたまらなく聴きたくなるということで以下の2曲を。
 なぜショーケンと紙ふうせんなのか。これは自分でも不思議に思っている。
 ただ、もうずいぶん前になるが、東京で紙ふうせんのコンサートがあったとき、打ち上げの席で、バックのベーシスト(東京のライブのときにだけ呼ばれていた方)が言った言葉が耳に残っている。中学時代フォークブームだったから、フォークには思い入れがある、でも、どちらかといえばロックの方が好きなんです、今でも追いかけているのは赤い鳥と紙ふうせんだけ。そんな僕の言葉に対して彼は言った。
「後藤さんは、ロッカーだもの」

 今気がついた。playingって聴いているの意味があるのだろうか? どちらかというとギターや何か爪弾きながら歌うイメージがあるのだが。

 日本テレビで山田太一ドラマスペシャル「遠まわりの雨」。中年の愛の物語。主演の渡辺謙は同い歳、舞台は蒲田。渡辺謙の本当の職場は前橋(群馬)。またいろいろ考えてしまうんだろうな。


          * * *

 Song playing right now

54日間待ちぼうけ by 萩原健一

 亭主(ショーケン)が大麻でつかまった時のことを女房(いしだあゆみ)の立場でショーケン自身が詞を書いた。作曲は篠原信彦氏。
 再起した直後にリリースしたアルバム「THANK YOU MY DEAR FRIENDS」に収録されている。別名「Someday’s Night」。
 別に大麻のことも留置所のこともでてこないが、待たされる女の孤独が言葉の隅々に漂っている名曲。傑作ライブ「ANDREE MARLRAU LIVE」では歌詞を大麻や警察そのものに代え自虐ソングになっている。当然聴衆は拍手喝采。
 2年前にリリースされたベストアルバム「ENTER THE PANTHER」(黒版)は就寝時にヘッドフォンで聴いている。
 カラオケに行くと必ず歌う。


まつり by 紙ふうせん

 元赤い鳥、今は紙ふうせんの後藤悦治郎氏の代表曲を3つ挙げると、「紙風船」「まつり」「ワンマンバンド」になる。あくまでも個人的な考えだが。もう1つ加えるならば「街を走りぬけて」。「紙風船」以外たぶん知られていないだろう。聴けばわかってもらえると思う。
 赤い鳥時代ではアメリカ録音がウリの「美しい星」、紙ふうせんになってからはファーストアルバム「またふたりになったね」に収録されている。「またふたりになったね」バージョンはとてもシンプルなアレンジ、にもかかわらず心に染み渡る。
 今考えているインディーズムービー「ウルトラマンに花束を」のエンディングテーマと勝手に決めている。
 結成30周年を記念してリリースされた2枚組ベストアルバムもこれまた毎晩のように聴いている。




 最近、TVでmixiのCMをよく見る。宣伝というより税金対策のように思うのはオレだけか。だって、口コミで広がっていくものでしょう、この手のSNSって。もしかして格付けの一環だろうか。

 現在の会員が300万人とか耳にした。4、5年前の10倍に膨れ上がっている。娘もハマっているみたいだ。ある年齢層に限定したらほぼ全員が登録しているのではないだろうか。
 帰宅途中の電車で隣の若い女性が携帯電話をチェックしていた。別に見る気はなかったが、mixiの文字が目に入ってきた。
 昨日読了した「巡査の休日」(佐々木譲/角川春樹事務所)は「うたう警官」(「笑う警官」)から始まる道警シリーズ第4弾。この小説にもmixiが出てくる。固有名詞は避けているけれど。

 mixiをやり始めた年(05年)、ミュージックバトンなるものが回ってきた。音楽に関する5つの質問に答え、次の5人を選んでバトンを渡せというもの。ブログ上のチェーンメールみたいなものか。
 そのうちの「よく聴く、あるいは思い入れのある5曲」は十代のころの音楽への関わり具合がよくわかる。


          * * *

Five songs I listen to a lot, or that mean a lot to me

メロディ・フェア若葉のころ by ビー・ジーズ

 小6のとき、フジテレビ「スター千一夜」の番組枠に流れるCMにくぎづけになった。自分と同じ年頃の少年少女が登場する外国映画のシーンに日本語の歌が流れる旭化成のCM。その映像とBGMに心惹かれるものがあった。
 映画は近日公開予定の「小さな恋のメロディ」。
 クラスで話題にすると、映画の主題歌のレコード(シングル)を持っている友人がいた。ビー・ジーズとの出会いはクラスメートの家だった。CMで流れているものとは違うけれど、とても気に入った。この曲を聴くために父親のトランジスタラジオを取り出しては「ラブ・サウンズ・スペシャル」なんていう番組にダイヤルを合わせたものだ。

 私にとって
  ビー・ジーズ=市川崑
  ビートルズ=黒澤明
 である。どっちが好きかと問われたら、「ビー・ジーズ」と答えたい。
 
 ちなみにCMで流れていた曲はトワ・エ・モアがうたったものだと最近ネットで知った。


花・太陽・雨 by PYG

 同じく6年生だった。特撮ヒーロー番組「帰ってきたウルトラマン」に、後にファンの間で〈11月の傑作群〉と呼ばれる4エピソードがある。そのうちの1編「許されざるいのち」のラスト近くに流れるロックバラード。
 タイガースとテンプターズとスパイダースの残党で結成されたロックバンドPYG。そのシングル曲だなんてことを知ったのはこの10年の間で、長いこと幻の名曲だった。
 だいたい子ども番組でこの手の曲が流れることが珍しい。衝撃的だった。主人公(郷秀樹)と幼なじみだった敵役マッドサイエンティストの回想シーンとうまくマッチして、まるで青春映画の1シーンみたいで。
 ショーケンのバックバンドでギターを弾く速水清司氏が自身のライブで必ず披露してくれる。
 最近カラオケにも入った。
 作詩・岸部修三/作曲・井上堯之。岸部修三は現在俳優・岸辺一徳として活躍している。タイガース時代はサリーの愛称でベースを弾いていた。PYGでもベース担当だったが、才能の限界を知り、俳優になったという。


誰かが風の中で by 上條恒彦

 これも6年生だ。年が明けて72年の正月からTV時代劇「木枯し紋次郎」が始まった。土曜日の夜10時半といえば、12歳の少年にとっては遅い時間帯。自分の部屋で「さあ、寝ようか」という頃に必ずこの曲が流れてきた。茶の間で父親が観ていたのである。気になって気になっていつのまにかTVの前に座っていた。
 オープニング、黒バックに「市川崑劇場 木枯し紋次郎」の青い文字が決まっていた。タイトルバックは今観ても決して古くない。
 初めて買ったレコードでもある。
 作詞・和田夏十/作曲・小室等。和田夏十は市川監督夫人でシナリオライター。小室等はその前に「出発の歌」でその名を覚えた。 
 このコンビは市川崑監督のTV時代劇第2弾「丹下左膳」の主題歌「かげろうの唄」も担当していて、小室等自身がうたっている。この曲もお気に入り。
 どうでもいいことだけど、私にとってはコムロといったら音楽では小室等、コミックでは「ワースト」の小室孝太郎のことなのだ! 哲哉じゃないぞ。


一人 I STAND ALONE by ××××

 中学3年生。TV映画の名作「傷だらけの天使」の25話、26話(最終話)に流れる。物悲しい曲で、聴いたとたん15歳の少年のハートを突き刺した。誰の曲なのか? 誰の歌唱なのか? (私の中で)謎だった。

 高校3年生になると、ショーケン自ら設立したプロダクション、ニーディー・グリーディー制作「祭ばやしが聞こえる」というTV映画が始まった。競輪選手を主人公にしたドラマでいしだあゆみとの共演(これが縁で後に結婚)。テレビ映画の常識を打ち破って劇映画と同じ35ミリフィルムで撮影された。
 この主題歌を柳ジョージ&レイニーウッドがうたっていて印象深かった。レコードを買いに行くとファーストアルバム「TIME IN CHANGES」があった。なんと「一人」が収録されている! もちろんオリジナルではないのはわかっていたが。何度も何度も聴いた。
 柳ジョージ&レイニーウッドはその後ショーケン主演のTVドラマ「死人狩り」でセカンドアルバムに収録されている「WEEPING IN THE RAIN」の歌詞を英語から日本語に変更し「雨に泣いている」として使用され大ヒットを飛ばすことになる。

 5、6年前「傷だらけの天使」のサウンドトラックCDがリリースされているのを知ってあわてて購入した。ボーナストラックとして「一人」も収録されていた。作詞・岸辺修三/作曲・井上堯之。
 CDのライナーノーツには最終回使用曲を収録と書かれている。オリジナルは井上堯之だったのか! 大野克夫だとばかり思っていたのに(そんな情報をどこかで仕入れていた)。ところがところが。ネットで調べたら本編で流れるバージョンはデイブ平尾がうたったものとある。
 真相やいかに? 


私は風 by カルメン・マキ&OZ

 カルメン・マキ&OZの代表曲。ファーストアルバム「カルメンマキ&OZ」に収録されている。
 ファーストアルバムを購入するきっかけは大学1年時に「太陽を盗んだ男」を観たことだが、ずいぶん前に日立(だったと思う)のCMに衝撃を受けたことも大きい。
 歌舞伎役者が踊るバックに流れ、その映像と音楽のミスマッチぶりにいたく感激した。ホント、かっこよかった!
 作詞・Maki Annette Lovelace(カルメン・マキ)/作曲・春日博文。




 一昨日は13時05分再放送の「龍馬伝」を観る。先週日曜日(14日)は落語会に出かけていたもので。
 「龍馬伝」は、スタッフが「ハゲタカ」チームということもあって、映像に関しては斬新、惚れ惚れする出来なのだが、ドラマ展開にはいくつかの疑問を感じている。面白くないというのではない。とてもドラマティックで45分があっというまに経ってしまう。ただ、このドラマティックな展開がクセモノものなのだ。反目とか葛藤があまりにわかりやすい。わかりやすすぎて底が浅く感じてウソっぽく思えてしまう。
 現代劇を観ている感覚にもなる。登場人物の考え方が実に今風、だと思うのだけれど。千葉道場での周作の娘とのやりとりとかこの前の恋人との別れとか。
 
 再放送のあとは「体験的石ノ森ヒーロー論」を少し執筆。なんだかんだと進んでいない。3月中に仕上げなければならないのに。

 16時半外出、地元シネコンで「時をかける少女」を。かつての8ミリ映画少年には感慨深いストーリーだ。涙がひとすじ。大林監督のセルフリメイク「転校生 さよならあなた」との共通点にちょっと複雑な思いがした。
   
 先週は落語づいていて、18日には(木)浅草で立川三四楼さんの二つ目お披露目の会がありました。


          * * *

2010/03/14

 「立川流 若手の会」(北とぴあ つつじホール)

 400席のホールで、二ツ目の二人会…という、たいへん無謀な(?)落語会です。
 談修さんの案内にあった一文に反応した。だったらその無謀さを直接観てやろう、肌で感じよう。なんてね、スペシャルゲストの松本ヒロさんのスタンダップコミックに大いに興味があったことも確か。

 立川志の吉 「猫と金魚」
 立川談修  「家見舞」
 立川平林  「浮世根問・名古屋弁バージョン」
 松元ヒロ  スタンダップコミック

 〈仲入り〉

 立川平林  「唖の釣り」
 立川談修  「夢の酒」

 
 受付に談修さんがいたのには驚いた。予約のお客さんにチケットを渡し代金を徴収する係。最初の客が僕だった。
 お客の入りは半分ほどだったろうか。
 収支の点ではどうだったかかわからないけれど、会自体は決して無謀ではなかった。面白かった。足を運んでよかったと思った。
 
 開口一番から笑わせてもらった。予定していた噺が開演直前でNGになって、慣れない噺を思い出しながら演じる姿に。焦る自分を客観視している余裕が頼もしい。
 平林さんの「浮世根問・名古屋弁バージョン」を初めて聴く。ネット上ではよく目にしていたのだが、実際に耳にして抱腹絶倒。こういうの大好きなんだ。その批評性が。シリーズにしたらどうでしょう。「家元バージョン」なんていうのも考えられるのでは?
 松元ヒロさん、短かい。短すぎる。単なるゲストではないんですよ、スペシャルゲストですよ。もっと観たい! 3月下旬に池袋で単独ライブがある。ど、どうしようか。
 談修さん、堂々とした高座ぶり。着実に力をつけてきている。2月の〈伝統芸能祭 グランドチャンピオン大会〉優勝を糧に真打トライアルに挑戦か!?



 
2010/01/24

 「サヨナライツカ」(チネチッタ川崎)

 承前

 01年に単行本が出て、翌年に映画化の話はあったらしい。なんと監督が行定勲だった。公開されていたら真っ先に劇場にかけつけていただろう。なぜポシャったのか? しかし、ポシャったことで「世界の中心で愛を叫ぶ」につながったのかもしれない。いや、すでに決まっていたのか。映画化が実現していたら、後年〈純愛二部作〉と呼ばれていたかもしれない。
 「世界の……」だって行定監督だと知ってからは劇場で観るつもりだった。あまりのヒットに怖気づいて足を運べず、DVDになってもTV放映されても未だにノーチェック。話自体が好みじゃないこともあった。難病悲恋ものはできれば近づきたくない。
 ところで、8年前もヒロインは中山美穂だった。まあ、これは原作者の意向なのかもしれない。気になるのは青年役は誰だったのか、である。

 というのは、西島秀俊はミスキャストだと思うからだ。もちろん〈好青年〉のイメージには合致している。が、原作を読んだ印象だと知的なスポーツマンというもの。もっとガタイが立派でなくてはいけない。西島秀俊だと知的さは申し分ないが線が細すぎる。個人的な思い込みかもしれないけれど。(フォローするわけではないが西島秀俊は好きな俳優である。「怪奇大作戦 セカンドファイル」では現代の牧史郎をしっかり演じていたのだから。これはうれしかった)
 実際映画を観ると年相応のときは悪くない。25年後がまるで貫禄がない。上司である加藤雅也や同僚のマギーは違和感なくきちんと老けたのに。特に加藤雅也のすっかり白くなった髭にリアリティを感じた。ただし、若いときと同じヘアスタイルはいただけない。単に白髪にすればいいというのでは安易すぎる。70年代と現代の原田芳雄を比べてみればいい。

 公開前、中山美穂の大胆な濡れ場が話題になった。それほどでもなかった。確かに最初に西島秀俊と結ばれるところなんて描写は激しい。が、激しく見せているだけで露出は多くないのだ。以降も同じ。これもまあ、原作者の意向なのかも。
 個人的には濡れ場シーンは期待していなかったが、別のことで残念だった。1975年のバンコクにおけるふたりのやりとりがどうにも生ぬるいのだ。原作のような女が自分の身体を武器にして青年に迫るさま、青年が女の強引さとかいやらしさに反発しながらも、女に夢中になっていくさまが描かれていない。初めて会ったその日から恋の花が咲いて、最初からふたり合意の上で身体を重ねてしまう印象がある。だから25年後の再会で判明する事実が衝撃的ではなく、女のひたむきな愛がそれほど胸に迫ってこないのだ。
 ふたりがレストランのメニューを見るときに老眼鏡を取り出す行為に笑ってしまった。映画の中で一番キュートなショットだったかも。
 空港での別れのシーンはずっとワンカットで撮っていた。途中で気がついてからドキドキしてしまった。

 メインタイトルがローマ字(アルファベット)表記、続くキャストクレジットも同様だった。
 監督はイ・ジェハン。映画を観るまでは「僕の彼女はサイボーグ」のような、監督を韓国映画界から招聘した日本映画だと思っていた。だからアルファベット表記に違和感を覚えたのだが、エンディングロールもすべて英語表記だった。それでわかったのだが基本スタッフは韓国人のようだ。
 となると、この映画はメインキャストが日本人の韓国映画になるのだろうか? 韓国映画ならばなぜタイトル、クレジット表記がハングル文字ではないのだろう。製作費はどこが出しているのか。フジテレビも絡んでいるので、日本資本による韓国映画ということも考えられるのだが。

 得心したことがある。
 これは新しい洋画なのではないか。
 最近は字幕を苦手をする人が増えてきた。洋画は字幕版より吹替版を好む。そんな層にぴったりなのが、日本人が主役の〈洋画〉なのだ。異国情緒あふれた世界で日本人が活躍する映画。これなら吹替えする必要もない。東南アジア(バンコク)が舞台になっているところがニクい。これが欧米だと日本人が引き立たない。バンコクならば適度にエキゾチックで日本人が浮き立つというものだ。韓国人監督・スタッフだからタッチも日本映画っぽくならない。
 新しいスタイルの洋画だと主張する所以である。

 エンディングを迎える前に、席を立った客が何人かいた。皆女性だった。たぶん原作ファンだろう。映画に納得できなくて抗議の退場か。


    ◇

 もう何年も前になる。スクリーンで「約束」を観たときに思った。若いときの岸恵子って中山美穂に似ているなあ、と。
 そんなわけで、「サヨナライツカ」は中山美穂を岸恵子に置き換えて観ていたところがある。じゃあ、相手役の西島秀俊は誰? 決まっているでしょう、ショーケンでさぁ。まあ、ショーケンに〈好青年〉役は似合わないけどネ。でもこのふたり、「雨のアムステルダム」の関係に似ていなくはないんだよ。魅惑的な年上の女性に翻弄される青年という意味では。

    ◇ 




2010/01/24

 「サヨナライツカ」(チネチッタ川崎)

 原作は友人に勧められて数年前に読んだ。そうでもなかったら、50歳に手が届こうとする男が辻仁成の恋愛小説なんて手にとることなんてないだろう。

 小説は第一部と第二部で構成されている。第一部は主人公の青年の若かりしころの話。婚約者のいる身なのに、駐在先のバンコクで謎の日本女性に誘惑されて虜になってしまう。最初はホンの気まぐれ、遊びのつもりだったのに、やがて抜き差しならない関係に。狂おしいまでの愛欲の日々。心も身体もメロメロ状態。やがてふたりの関係は周知の事実となり仕事にも影響が出てきた。いろいろあって最終的に青年は女と別れて婚約者と一緒になる。青年の選択に大いに安堵した。とにかくこの女、沓子のキャラクターにイライラしどおしだった。嫌な女なのだ。
 ところが25年後を描く第二部になると、沓子が逆に愛おしく思えてくるのだから不思議なものだ。25年前の青年に見せた奔放な愛に隠された女の心情が明かされるからだ。

 会社帰りにいつも寄るカフェで読了した。ラストは目頭が熱くなってちょっとあわてた。
 電車の中で思った。10代や20代のときにもしこの小説を読んだとしたら、ラストで感極まることもなかった。あのころは実感として25年の時の経過なんてわからなかっただろうから。

 中学時代、恋の歌ばかりの歌謡曲を嫌悪していた。当時恋愛がどんなものか知らなかったから、歌詞に共鳴できなかったのだと、恋を、それも大人の恋をするようになってわかった。
 大ブームだったフォークでも同じこと。たとえば、吉田拓郎が歌う恋の歌の本当の意味なんてわからなかった。ヒット曲「結婚しようよ」「旅の宿」なんて、単純に詞に描かれたストーリーを追っていただけにすぎない。それが高校生になって大失恋して「春だったね」の世界がものすごく身近に感じるようになった。何気ない詞に隠されたリアリティが自分の経験とリンクして、その切実さが胸に迫ってくるのだ。

 本格的に恋をするようになると、恋の歌の良さがわかってくる。拓郎の場合、真骨頂は恋の歌じゃないか。人生がどうのこうのなんていう歌なんて所詮かっこつけじゃないかなんて。そういう意味では1978年、ちょうど僕の予備校時代にリリースされた「ローリング30」なんて名盤だと思う。もう恋の歌ばかりで。ほとんど松本隆が詞を書いているのだが。
 
 大学時代だったと思う。拓郎大好き友人に「僕の唄はサヨナラだけ」のどこがいい?と訊いたことがある。
 友人は〈突き刺すような雨よ降れ〉のくだりにぐっとくると答えた。僕も以前はそうだった。でもそのときは〈どんなに僕が君を欲しかったとしても 言葉がなければ信じない人さ〉にうなづけるようになっていた。
 吉田拓郎論ではなかった。映画「サヨナライツカ」の話。

 別れを告げられて、どうしようもなく心乱して、このままだったら死んでしまった方がいい、なんて落ちこむ。生きていてもしかたがないんだ、なんて。しかし人間、失恋では死にはしないのだ。時がしっかり癒してくれる。
 「サヨナライツカ」は、ほんのつかのま愛した男を、その後ずっと思い続けながら生きていく生きてきた)女の物語。第二部で真相がわかりその心情に胸を打たれるわけだ。
 男の方が女を忘れられずに25年も思い続けるというのだったら、自分の経験からとうてい信じられないのだが、女だともしかしたらという思いが生じる。
 25年間。あっというまだった。いや、いろいろなことがあったなあと感慨に浸れることができる。
 だからこその25年なのである。
 映画化を知ったとき、この時の流れがしっかりと描けるのかどうか、興味はそこだった。


 この項続く




 最近、新聞で「谷は眠っていた」のチケット販売の広告をよく目にする。倉本聰の作・演出。富良野塾出身の役者たちによる芝居で、会場は天王洲の銀河劇場。富良野塾はこの春で閉鎖されるという。その記念公演みたいなもの。だったら観ようかなと一瞬思い、結局あきらめた。3月は何だかんだと忙しく出費も多いので。
 公演は昨日(10日)から始まっている。お客の入りはどうなんだろう? 広告掲載があまりに頻繁なのでチケットの売れ行きが悪いのかと余計な心配をしてしまうのだ。

 DVD「赤ひげ」を観ながら、倉本聰もNHKで赤ひげのドラマを書いていることを思い出した。映画の赤ひげは三船敏郎だが、TVでは小林桂樹が扮していた。保本登役はあおい輝彦。映画は加山雄三だった。ドラマのキャスティングも悪くない。
 1972年の10月から翌年にかけて1年にわたって放送された。一度も観たことがない。なぜだろうと思ってすぐにわかった。金曜20時から放送といったら「太陽にほえろ!」の裏番組ではないか。いくら当時注目していたシナリオライターが手がけたドラマとはいえ、ショーケン主演の刑事ドラマでは分が悪い。

 倉本聰は70年代の半ばからベップ出版という出版社からシナリオ集をだしていたので、高校時代に夢中で買い求めた。「うちのホンカン」「前略おふくろ様」等々。山田太一もNHKから「男たちの旅路」とかだしていた。
 80年代になると〈シナリオ文学〉のちょっとしたブームが起こる。倉本聰の場合、理論社から全集的なシナリオコレクションが刊行された。これはうれしかった。「君は海を見たか」なんて、もうドラマそのものを見る機会がないので、とても貴重なしろものだった。ショーケン主演のリメイク版ももちろん手に入れた。大和書房からは山田太一の作品がでた。「それぞれの秋」には感激した。

 この倉本聰コレクション、最初は喜び勇んで各作品を読んでいた。途中から空しくなってきた。読んでいるとどうしたってドラマそのものを観たくなるのだ。シナリオ文学の限界を知った思いだった。レンタルでビデオが観られるようになるとシナリオを読むこともなくなった。
 「赤ひげ」はビデオにならない。そりゃそうだ、ビデオテープなんて保存されていないのだから。だったらコレクションの「赤ひげ」を読んだかというと否だ。購入しなかった。今から思うと不思議でたまらない。興味がなかったのだろうか。
 せめてシナリオだけでも読んでみたい。図書館にあるか? ネットで調べたら川口中央図書館にあった。今度借りよう。

 転載シリーズ、とりあえずの最後は倉本聰つながりで……。


          * * *

●拝啓、倉本様 2007/01/27

 倉本聰の新しいドラマ「拝啓、父上様」が始まった。一昨日で3回目。

 30年前、「前略おふくろ様」の第二シリーズに再び主演するショーケンが言った。
「おんなじことしたって意味ないからね。倉本さんにはそう伝えてある。もし第3弾やるっていったら縁切るから」
 何かの記事だった。新番組の紹介だったか。震え上がった。わあ! 相手は天下の大御所脚本家だよ。いいのか、そんなこと言って?
 ショーケン、若かったなぁ。つっぱってたなぁ。

 神楽坂の料亭を舞台にして、板前修業に励む若者が主人公。前略を拝啓に、おふくろから父上に。舞台は深川から神楽坂へ。料亭の女将と花板は八千草薫、梅宮辰夫。「前略おふくろ様」を意識しているのは明らかだ。
 60歳を前にしたショーケンは、このドラマをどう思っているのだろうか。

 主人公の心の声がそのままナレーションになるスタイルは今では「北の国から」の代名詞だが、連続ドラマとして始まった第1回を観たとき「まんま『前略おふくろ様』じゃないか」と思った。しかし、その「前略おふくろ様」に、主人公の語りを取り入れたのは、山田太一ドラマに影響を受けてのことだと年末知って驚いた。

 日曜日の早朝6時15分からの45分、ニッポン放送で倉本聰がホストのトーク番組「富良野からの風を」をオンエアしている。ゲストを呼んで1ヶ月まるまるトークを繰り広げるのだ。幻想的なエンディングテーマがお気に入り。中島みゆきの曲なのだが、まったくそれっぽくない。
 12月のゲストが山田太一だった。倉本聰は、山田太一の「それぞれの秋」(主人公の語り)を観て、こんな作り方もありなんだとわかって「前略おふくろ様」を書いたという。

 この回にはもっと驚きの事実があった。黒澤明と倉本聰が一緒に映画を作ろうとしていたなんて! 
 黒澤監督が自殺未遂を起こした直後、知人に連れられて黒澤邸に伺った。ということは「君は海を見たか」や「2丁目3番地」の頃か。手首の傷跡が生々しかったとか。シナリオ書いて欲しいという話になり、だったら、ゆっくりヨーロッパを旅行しよう、その旅の中でシナリオを考えよう。御大のお言葉。
「生活はどうするの?」
 倉本聰の素朴な疑問はそっくりそのまま私の気持ちだ。
 世界の巨匠の発想は違う!!

 前作「やさしい気持ち」にはまったく興味がなかったのに「拝啓、父上様」はたぶん最後までつきあうと思う。高島礼子が見たいので。




 もうすぐハリウッド・リメイク版が公開される「幸福の黄色いハンカチ」。先週の日本テレビ「行列のできる法律相談所」ではゲストの武田鉄矢が共演の桃井かおりと大喧嘩したと撮影時のエピソードを披露にしていた。ちょっと気になっていたところ、映画評サイト「映画瓦版」デジタルリマスター版のレビューを読んだらむしょうに本編が観たくなった。ハリウッド・リメイク版「イエロー・ハンカチーフ」のレビューにあたれば尚更その思いが強くなって、一昨日、TSUTAYAのカードを更新してもらった無料券で早速DVDを借りてきた。

 1977年の秋に公開された。高校3年生。地元の映画館で友人と観ている。併映が「男はつらいよ 寅次郎と殿様」だった。
 キネマ旬報を始めとする映画賞を総なめにした。翌年から始まった「日本アカデミー賞」の授賞式だったと思う。映画会社のお偉いさんが表彰状を読み上げるときに「こうふくの黄色いハンカチ」とタイトルを間違えた。幸福と書いて「しあわせ」と読ませることを知らないのか、業界人として恥かしい、だから日本映画は斜陽になるんだ、なんてことがどこかの雑誌に書かれていたような。

 好きなシーンがいくつかある。
 刑務所から出所した高倉健が定食屋でビールを飲むしぐさ、運ばれてきたしょうゆラーメンとカツ丼を見る目。最初の一口。このカップリングの注文、一度実行してみたいのだが、まだ果たしていない。
 回想シーンで、先に寝ていた倍賞千恵子が帰ってきた高倉健に気づいて腕枕してもらうところ。ふたりの関係、愛情が伝わってくる。
 高倉健の思い出話を聞いて、武田鉄矢が涙目になって桃井かおりに背を向けて寝そべる気持ち。わかる、わかると同じように目頭が熱くなったあのとき。
 渥美清と高倉健(&出前持ちの岡本茉利)のやりとり。先のサイトレビューと同じくそれまでの緊張がほぐれるほっとできるシーンなのだ。
 
 笑わせて笑わせてやがて泣かせてラストはにっこり。なるほど日本人が大好きなパターンだ。語りが巧い。巧すぎる。
 ある種のダサさも受ける要因だろう。カメラワークとか演出とか、どうして? と思える箇所がいくつかある。
 ラスト、いくつもの黄色いハンカチがたなびくわが家に向って歩いていく高倉健のロングでなぜ終わらせなかったのだろう。映画は武田鉄矢の失恋ではじまるのだから、恋の成就で終わらせるのは当然としても、あくまでも若いカップルの視点ならば、彼らが知ることもない高倉健と倍賞千恵子とのやりとりを見せる必要はない。観客には想像させるだけでいいではないか。
 高校3年のとき明るくなった映画館の中、友人に漏らした不満がそれだった。ポスター等で見かける手書き文字のタイトルも気に入らなかった。
 「男はつらいよ」のポスターもダサさの象徴だった。赤と青と黄によるタイトル、とんでもない色使いだもの。
 
 ということで、まだまだ続く転載シリーズ、今回は……。


          * * *

 ●「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」 2007/05/23

 「芸能鑑定帖」(吉川潮/講談社)で「男はつらいよ」シリーズの第17作「寅次郎夕焼け小焼け」を取り上げ、シリーズの最高傑作とべた誉めしていた。TVで観たとき、本当によくできた喜劇だと思った。あのラストシーンは確かにシリーズ屈指だろう。

 山田洋次監督は落語に造詣が深く、「男はつらいよ」には数々の落語ネタが使用されているという。登場人物から落語国の住人ではないかとこう指摘する。

 寅次郎…乱暴者の八五郎+道楽者の若旦那
 さくら…しっかり者のおかみさん
 博  …人の良い甚兵衛
 おいちゃん、おばちゃん…大家さんとそのかみさん
 御前様…ご隠居
 タコ社長…熊さん
 源公 … 与太郎

 そして、作品中にもっとも落語ネタを使っているのが「寅次郎夕焼け小焼け」であると。「抜け雀」「竹の水仙」「火焔太鼓」「本膳」とネタを挙げられるとどうしたって本編を観たくなる。DVDを借りてきた。

 マドンナは芸者役の太地喜和子。この役が良い。いい女とはこういうことをいうのかと今では思う。明るくて、愛嬌があって、着物姿に色気があって……。実をいうと十代、二十代のころは太地喜和子の良さがわからなかった。まあ、容姿が好みでなかったということなのだろう。世間の評判に対して反発していたところがある。この映画で印象ががらり変わった。
 今回見直してあらためて彼女の素晴らしさが確認できた。こちらが年齢を重ねたこともあるのだろうが。
 
 「男はつらいよ」シリーズを劇場で観たことはほとんどない。リアルタイムで観たのはシリーズ14作「寅次郎子守唄」と同19作「寅次郎と殿様」の2作だけ。それも目当ての映画の併映として。「砂の器」や「幸福の黄色いハンカチ」を観に行ったらたまたま上映していたにすぎない。どちらも大変面白く、併映作品として「男はつらいよ」はとても価値があると思った。とはいえ、その後(特に上京してから)も「男はつらいよ」を観たくて劇場に足を運ぶという感覚にはならなかった。

 ただし、TVで放映されると必ずといっていいほどチャンネルを合わせた。初期の作品は何度もビデオを借りている。初代おいちゃんの森川信と渥美清のやりとりは軽演劇の楽しさにあふれていた。
 48作のうちの2/3以上は観ていると思う。
 数ある作品の中で、初期以外で特に印象に残っているのは「浪速の恋の寅次郎」と「寅次郎あじさいの恋」。
 「浪速の…」は松坂慶子、「あじさいの…」はいしだあゆみがマドンナを演じている。どちらも寅との関係がかなり生々しい。二人とも寅に身をまかせるようとするのだ。あわてた寅に拒否されてしまうので、それ以上の描写はないけれど、セックスを思わせる演出はシリーズでは珍しい。
 今気がついたのだがこの二人のマドンナは関西の女性である。太地喜和子は兵庫県龍野の芸者。寅には関西弁の女性がお似合いなのだろうか。

 「寅次郎夕焼け小焼け」は別の意味で珍しい作品。寅はマドンナに恋をしないのだ。もちろん意気投合することはするが、片思いのあげくフラれて、といういつものパターンにならない。
 役者陣が上手い。宇野重吉、大滝秀治、桜井センリ。寺尾聰も出演していて、宇野重吉との親子共演も楽しめる。

 とにかく構成が巧いから、一度観始めると、あっというまにラストを迎えてしまうことになる。何度観たことか。しかし、何度も観るとやはりいろいろ気づいてしまうことがある。
 そんなこと言ったら話にならないだろうと自分でも思うし、愚の骨頂だろう。でも、まあ、話のタネとして書いてしまおうか。


 ●「寅次郎夕焼け小焼け」 3つの素朴な疑問 2007/05/24

 寅が飲み屋で知り合った奇妙な老人は日本画壇の重鎮画家、池ノ内静観(宇野重吉)だった。とらやに泊めてもらったお礼に金を用立てようと、画用紙に描いた落書き(宝珠)が何と神田の古書店が7万円で買い取られるほど。
 旅に出た寅が播州龍野で偶然にも静観と再会する。市役所に招待された静観の友人ということで毎晩芸者をあげての接待三昧。芸者の一人ぼたん(太地喜和子)とすっかり意気投合した。
 とらやに戻った寅を追うようにぼたんが柴又にやってきた。実は数年前200万円を貸したまま居所がわからなかった男の所在がわかったので上京したのだ。しかし相手はかなりの悪党で知能犯。法を盾にまったく返す気がない。実際裁判を起こしても勝つ見込みはほとんどない。
 寅は静観のところへ行き、ぼたんのためにきちんとした絵を描いてくれと懇願する。落書きが7万円するのだから、ちゃんとした絵なら200万円で売れる。その金をぼたんに持たせたいのだと……。

 「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」のストーリーを要約するとこうなる。

 公開は1976年。スピルバーグ監督の「ジョーズ」が大ヒットした後なので、冒頭の夢は寅船長vs.大鮫の海洋冒険譚。寅は映画のロバート・ショウ、というか、「白鯨」のエイハブ船長みたいな役回りか。下半身を食いちぎられた源公や船から乗り出したさくらが鮫の餌食になって足だけになってしまう残虐ショットを挿入しながら寅の鮫退治物語がユーモラスに描かれる。が、この夢、笑えるか? ここだけは1回観れば十分という感じ。

 さて本題。
 疑問は以下3点に集約できる。

 ・素朴な疑問 その1
 タイトル後、寅が久しぶりにとらやに帰ってきて、お約束の喧嘩をする、そのきっかけ。
 この日、満夫の小学校入学式。満夫にお祝いをやろうと待っている寅に帰ってきたそうそうさくらが愚痴をこぼす。先生が満夫に対して「君が寅の甥っ子か」と感嘆すると教室内で笑いが起こった。それがくやしいと。もう本当にやりきれないといった表情、口調。
 当然寅は怒りだす。たこ社長に茶々を入れられるとおいちゃん、おばちゃんを巻き込んでの大喧嘩になるわけだが、このときさくらは「どうしてこんなことで喧嘩なんかするの?」といった態度になっている。
 これが解せない。あなたが寅の顔を見るなり「お兄ちゃん、わたし、くやしい」と言ったからだろう。私は言いたい。
 たとえば、満夫が帰ってきたそうそう教室で笑いが起きたことをさも得意そうに話し、寅が無理やりその理由をさくらに聞き出す。さくらは「いや別に」とかなんとかとぼけようとするが、結局事の発端を話し出す。「別に気にしているわけじゃないから」とさくらが言ってから、喧嘩になるのならわかるのだが。

 ・素朴な疑問 その2
 とらやを宿屋だと勘違いしていた静観画伯。「お茶が飲みたい! 梅干つけてな」「朝風呂に入りたい。湯をわかせ」とさんざおいちゃん、おばちゃんをこき使ったことに対して「こりゃ大変申し訳ないことをした」。お礼をしなければと、宝珠の絵を描いて、寅に神田の古書店で行かせて返金させる。
 これもおかしい。
 寅と知り合うきっかけになった飲み屋では「金は明日使いに持って来させる」と言っていたくらいだから、真っ先に考えるのは自宅に電話して、金を用立てることではないか。だいたい日本画壇の重鎮がそんなはした金を作るために絵を描くものか(クライマックスでも「金のために絵は描かない」と言っているのだから)。いやその前においちゃん、おばちゃんにまず謝ることが肝心だろう。とにかく、絵を描かせる理由づけとして弱いと思うのだが。

 ・素朴な疑問 その3
 貧乏で孤独だと思われた老人が、実は有名な画家だとわかった後のさくらの態度がまた不思議。
 神田の古書店から7万円を懐にして大急ぎで帰ってきた寅に老人の正体を告げられるときにさくらが言う。「ああどこかで見たと思ったのよ」
「お前、静観を知っているのか?」
「知っているわよ。雑誌で見たことがある」
「じゃあ、なぜわからなかった?」
「だって、そんな風に見えなかったもの、あの格好じゃ」
 その後、静観の写真が掲載された雑誌を眺めるとらやの面々になるのだが、この写真(グラビア)の静観、トップはスーツ姿であるものの、とらやに来たときと同じ作務衣姿も何点かあるのだ。わからなかったなんて言い訳が通じるわけがない。せめて最初に静観と対面したに、「どこかで見たような、はて?」と首をかしげる仕草くらいあってもよかったんじゃないか。

 どうでもいい? 
 これまた失礼しました!

 映画の中で、神田の古書店〈大雅堂〉の店主に扮するのは大滝秀治。寅とのやりとりに大笑いし、大きな虫眼鏡で絵を鑑定するしぐさにウットリしてしまう。その前の宇野重吉が筆で宝珠の絵を描くところも同様。

 「男はつらいよ」シリーズは渥美清の口跡を聴いているだけでも幸せな気分になれる。何も啖呵売の口上だけのことではない。何気ない台詞の一つひとつに表れていて、耳に心地いい。落語を積極的に聴くようになってから特に意識するようになった。
 舞台で活躍した(している)人はまずこの口跡が魅力的なのだ。これは日頃の精進の賜物なのか、それとも天性のものなのか。

 最近、「男はつらいよ」シリーズを観るたびに胸を打たれるのがカメラワークの美しさ。エピソードの合間に挿入される夕景とか帝釈天の鐘つき、あるいはロケーション撮影。昔はまったく感じなかったのに。




 昨日のアカデミー賞。元夫婦監督対決の結果を、ネットニュースは「アバター」惨敗と伝えていた。
 「ハート・ロッカー」と「アバター」が互角の勝負をすると思っていたのだろうか?
 まあ、いいや。
 「タイタニック」の大ヒットは会社の女性たちの会話で十分すぎるほど理解できた。彼女たち、何度観たかで競い合っていたんだから。それに比べて「アバター」の話題は聞かない。これだけヒットしているということは「タイタニック」同様リピーターがいるからだと思うのだ。それとも、3D上映に惹かれて新しい客が劇場を訪れているのだろうか。観客の裾野が広がるということはいいことだと思うけれど。


          * * *

2010/01/01
 
 「アバター」(TOHOシネマズ日劇)

 期待のこの映画、年末に観ようと思った。当然スクリーンの大きさから劇場は日劇以外考えられない。
 年末年始休暇最初の日(30日)昼の回を見ようと有楽町に出かけた。まずよく利用するガード下のディスカウントチケット屋へ。前売券を購入しようとしたら売り切れとのこと。別の店もやはり売り切れ。何も前売券でなくていい。とにかく安く劇場へ入れる券……株主優待券は? なかった。
 ということは、通常の料金(1,800円)+3D料金(300円)、合わせて2,100円も払うことになるのか! 仕方ない。安価な映画鑑賞は諦めて劇場へ向う。
 チケット売場がいつになく混雑していて驚いた。すごい行列。ふざけるな! そのまま帰ってきてしまった。事前に前売券を買っておけばよかったなんて後悔しても始まらない。日を改めればいいだけのこと。

 元旦は「映画の日」。料金が1,000円均一。3Dでも1,300円。通常の前売券料金で観られるわけだ。
 10時過ぎ、いつもならまだ家で寝ている時間に有楽町に出かけた。「アバター」でなければ地元のシネコンで間に合わせてしまうのに。キャメロン監督も罪な人だ。
 入場時に3D眼鏡を手渡される。昔に比べてかなり本格的な作り。この眼鏡のレンタル料が300円か。まあこんなものか。
 昼の回は満員だった。

 「タイタニック」が世界的に大ヒットしてから、キャメロン監督の新作の噂はまるで聞こえてこなかった。TVシリーズのプロデュースで名前を耳にするくらい。いったいどうしたのか?
 映画が不入りで次の作品に取り掛かれない監督は数多いる。「天国の門」で映画会社に大損害を与えたマイケル・チミノ監督が思い当たる。そんなことからこう思った。映画が成功しすぎても新作に着手できないこともあるのか、なんて。どうしても興行収入歴代一位「タイタニック」と比べられて、ああじゃない、こうじゃないと企画が決まらないのだろう。
 勘違いだった。ずっと「アバター」の企画にかかりっきりだったのだ。 3DのSF映画に着手していると知ったのは数年前である。これまで見たことがないような世界を描く究極のSFとの噂に公開を待ちのぞんでいた。

 映画はキャメロン監督らしい娯楽超大作だった。惑星パンドラの生態系は興味深いし、クライマックスの怒涛のスペクタクル、アクションは手に汗握る。
 とはいえ、ストーリーそのものは昔からよくあるものだ。自然vs.資源。先住民vs.開拓者。熊井啓監督の「朝やけの詩」が軍隊は出てこないがまさにこのテーマだった。先住民と軍隊の対立はもろ西部劇のインディアン、いやネイティブ・アメリカンと騎兵隊の関係につながってくる。
 全体の印象としてはVFXを含めて「ターミネーター4」、「トランスフォーマー リベンジ」の系譜だ。環境保護、エコロジーといった問題を取り扱っているので、別次元の、高尚な感じがするだけのこと。主人公と敵対する上司の、いかにもな悪役キャラに幻滅してしまった。もう少し深みのある人物造形ができなかったものか。「エイリアン2」ファンにとっては、パワードスーツを装着した上司と主人公の戦いは胸躍るものがあるのだが。CG技術の進歩はすごい。そういえばCG映像の最初の驚きを観客に与えたのが「ターミネーター2」だった。

 この映画の紹介や評論で気になるところがある。3D上映が、かつて映画が無声からトーキーになったときのような、あるいはモノクロからカラーになったときのような技術革新と同列に語られているのがどうにも解せないのだ。もちろんこれまでの3D技術の改良版であることは確かなのだろう。眼鏡をかけることによって、2Dの映像を3Dに見せることには変わりはない。
 本当にスクリーンから飛び出して見えるのだったらすごい技術革新だと思う。しかしこの映画は眼鏡をかけることによって立体のように見せる、所詮昔ながらの見せかけの3Dでしかない。1968年にシネラマで公開された「2001年宇宙の旅」の方が観客に与えたインパクトは大きかったのではないか? あるいは「スター・ウォーズ」の初公開とか。観客の年齢に関係することかもしれないか。

 映画における3Dはあくまでもアトラクション要素でしかない。ディズニーランドで観た「キャプテンEO」はまさに時間的、作品的にも3D化に適した映画だったのではないか。
 昔、未来の電話というとテレビ電話がイメージされた。あの時代から見れば十分未来である21世紀の現在、技術的には十分対応できるにもかかわらず普及しないのはなぜか? 需要がないのだ。同じことが映画と3Dの関係にも言えるのではないだろうか。 
 そんな3Dにキャメロン監督が固執しているのがどうにも信じられない。「ターミネーター」と「エイリアン2」でクライマックスの二段構成という新風を送り込んだ監督として、「トゥルーライズ」、「タイタニック」とヴィジュアルとともに語りの技術をつきつめてしまったための、もうヴィジュアルの3D化しか向う道はないのだろうか。

 「アバター」の3D化の意味は何だろうか? 当然3Dに適した世界を描いているし、見せ方もしているが。3Dの方が断然いいのか? それを確かめるためには2D上映を観ればいい。その差がわかるというもの。本当にこの映画に3D化が必要だったのか否か。が、もう一度劇場に足を運ぶ気がしない。「ターミネーター2」のときは封切の最初と最後、2度劇場で観たほどなのに。

 映画のヒロイン、ナヴィ族王女ネイティリが神田うのに見えてしかたなかった。絶賛できないのはそれが原因かも。




 週刊誌がつまらなくなってきた。毎週購読している週刊文春とて例外ではない。スクープ記事に魅力がなくなった。というかスクープ自体が少なくなってきたような。
 毎週読んでいるエッセイは小林信彦「本音を申せば」くらいか。高島俊男「お言葉ですが…」の連載終了が悔やまれる。その後新しく始まったものはどれも面白くないのだから。
 ほかに楽しみにしているコラム類は亀和田武「テレビ健康診断」、宮藤官九郎「いまなんつった?」、町田智浩「言霊USA」。宮崎哲弥は「仏頂面日記」が面白かったのに「DVD教養主義」になって読む気が失せた。門外漢に映画評なんて書かせるな。

 小説は現在以下の3本が連載中。

 浅田次郎「一刀斎夢録」
 桜庭一樹「伏 ~贋作里見八犬伝」
 東野圭吾「真夏の方程式」

 すべて読んでいる。
 文春の連載小説は2本が基本。たぶん「一刀斎夢録」の連載が予定期間になっても終了しないのだろう。無理やり終了させるのが文春編集部の常套手段だが、ベストセラー「壬生義士伝」の作者にそんなことできるわけがない? 一昨年、連載終了した桐野夏生「ポリティコン」なんてどう考えても最終回って感じがしなかった。福井晴敏「Op.ローズダスト」もとんでもない終わり方だった。
 荒俣宏「帝都幻談」は連載終了後大幅に加筆されてやっと本になった。連載終了から10年経っていた。上下巻の下巻は書き下ろしなのだ。そういえば宮部みゆき「17 ゼプツェン」も未だ本になっていないんだっけ。
 ネットで調べていて今わかったのだが、桐野夏生「ポリティコン」の続編「アポカルプシス」が別冊文藝春秋に連載されているらしい。「ポリティコン」が終了すると、すぐに週刊新潮への連載「ナニカアル」が始まり、それがついこの間単行本化された。つまり新潮の連載が終了してまた文春に戻ってきたというわけだ。

 「壬生義士伝」の連載が始まったとき、時代小説なのに幕末ものだからと読まなかった。評判を耳にするようになって途中で読みだすこともできず大いに後悔した。ゆえに「一刀斎夢録」は躊躇するこなく初回から読んでいるのだが、いまいち世界に入っていけない。面白いのかつまらないのか判断つかず惰性で読んでいるところがある。
 桜庭一樹は初めて読む。昔NHKの人形劇を楽しみにしていた者としてはこの贋作に興味が抱かないわけがない。
 東野圭吾が以前連載していた「片想い」は、傑作になる予感があって毎週切り抜きしていた。残念ながら傑作にはならなかったけれど。挿絵(駒田寿郎)が気に入ってこともあった。今回も同じイラストレーターでうれしくなる。

 連載小説には高橋克彦の再登場を願っている。
 仙波一之進と仲間たちが活躍する「だましゑ歌麿」シリーズの最新作。それも仙波一之進が主人公として活躍する長編だ。

 転載シリーズ第4弾はそのまま週刊文春、連載小説絡みということで。
 雑誌の連載小説って、単行本作りの場所貸しと考えていたほうがいいのかもしれません。
 80年代を象徴する雑誌「FOCUS」も「ダ・カーポ」も今はもうない。時の流れの早さを実感しますね。


          * * *

 ●週刊文春と連載小説 2007/02/24

 週刊文春を購入しはじめたのは大学1年のとき。それまで、主に映画評をチェックするため、毎日のように書店に寄っては各週刊誌を立ち読みしていた。
 入部したサークルの、1年上のK先輩が文春の愛読者だった。発売日の木曜は必ず文春を小脇に抱えて部室にやってくる。そんなわけで、じっくり読む機会が増え、いつしか自分で買うようになっていた。以来、この年齢までつきあいが続いている。

 K先輩といえば、「ダ・カーポ」と「FOCUS」が創刊された際、先輩は「ダ・カーポ」、僕は「FOCUS」を購入したのを思い出した。創刊時は圧倒的に「ダ・カーポ」派が多く、「FOCUS」派は肩身が狭かった。藤原新也の「東京漂流」が楽しみだったのだが、すぐ打ち切られ、その後は、立ち読みだけになってしまったのだが。

 それはともかく。
 文春はおじさんの雑誌である。連載小説なんて、もろその世代向けといった感じがした。松本清張が連載を始めても、あとで本になったら読めばいいやと目をとおすことはなかった。「神々の乱心」は松本清張の死で絶筆になってしまった。直木賞を受賞した直後、胡桃沢耕二の女探偵を主人公した小説(タイトル失念)が始まった。読み始めて2回で断念した。ちっとも面白くなかった。その後は一切ムシを決め込んだ。

 この10年ばかりで状況が一変した。いや、単にこちらが本当のおじさんになったということか。
 好きな作家が次々と登場してきた。大沢在昌、桐野夏生、宮部みゆき、東野圭吾、福井晴敏、逢坂剛、高橋克彦等々。あるいは興味をそそられる題材が増えてきた。特に江戸を舞台にした時代小説だと必ず読む。連載された小説は、後に本になるが、荒俣宏と宮部みゆきの2作についてはその形跡がない。どうしてだろう。
 福井晴敏の最終回には驚かされた。クライマックスに突入する、まさにその寸前で終了してしまったのだ。お楽しみは本で、なんてそりゃないぜ。読者をバカにするのもいい加減にしろ!

 800枚の書き下ろしが追加されて上梓された「Op.ローズダスト」については、また明日にでも。




 昨日は夕方、乃木坂のコレドシアターへ。「唄姫旅情Live」と銘打ったライブがあった。トーク&ライブと映画上映がセットになった内容で、12月に関係者試写があった「恋々風情」(下倉功監督)が初披露されたのである。
 唄姫ericoのトーク&ライブの間に「恋々風情」の上映が挟まれた構成。映画のヒロインを演じた新人女優さんと同じ名前なのは偶然だろう。
 トーク&ライブ第一部の話題が南アフリカ共和国だった。前々日に「インビクタス 負けざる者たち」を観て少しこの国について調べていたので興味深い話だった。「南アフリカの公用語はいくつあるか?」の質問にもすぐ答えられた。
 終了後、南アフリカ訛りの英語について訊いてみた。ドイツ語訛りに聞こえたのはアフリカーンス語訛りだとわかった。

 財布にそれほどの持ち合わせがないのに打ち上げに参加してしまった。「インビクタス」と「ゴールデンスランバー」について話したかったもので。途中で引き上げようと思っていたのだがそうもいかなくなって結局お開きまで。下倉監督、すいません。感謝です。
 「ゴールデンスランバー」はたぶん原作を読んでいるだろうから、映画との違いを確認したかった。「インビクタス」の後半は以前から考えている「1977 春だったね」とほぼ同じ展開なんだと言うと鼻で笑われた。
 ちなみにerico嬢はミキティをもっと丸顔にした感じ。スタッフにはアンタッチャブルの柴田もいました。

 で、転載シリーズは〈英語〉絡みで……。
 姉歯事件(?)。もう5年前になるんですね。
 
          * * *

 ●Mr.sistertooth 2005/11/28

 ここのところ、メディアを騒がせている耐震構造計算書の偽造問題。
 まるで他人事のように無表情で取材に応じる一級建築士を最初に見た時、気になって気になって仕方なかった。
 そうです。アレです、アレ。ワイドショーのコメンテーターで発言する人いないのかしらん、なんて一人心の中で騒いでいたら、先週発売された週刊文春でやっぱり指摘されていました。まあ、誰だってそう思うよね。
 今すぐ日本テレビの物まね番組が放送されるとしたらイジリー岡田がぜったい扮するキャラクターとも思っている。

 いや、そんなことはどうでもいい。
 実は朝日新聞の記事を読むたびに気になって仕方ないことがある。
 一級建築士の表記について。朝日のそれは1級建築士。これがどうにも違和感がある。
 たとえば、単に数や順番をいうのであれば算用数字でもおかしくない。免許の資格を表す1級とか2級だったら別に何とも思わない。しかしこの場合、1級の免許を持つ建築士のことであり、それ自体で一つの名詞。だったら一級建築士でしょう? 
 百万馬力を100万馬力と書くか? …書くかな。例を変えよう。八面六臂を8面6臂、七転八倒を7転8倒と書くようなものではないか。
 朝日新聞の見解を訊きたいところだ。

 sisterと書いていて思いだした。
 もうずいぶん昔のことだが、年末に「炎のランナー」がTV放映された。録画しておいて、正月に夫婦で観たのだが、テープが足りなくて途中で終わっているのである。
 あわててビデオをレンタルして見直した。そこでどうにも合点がいかないことが起きた。TVは吹き替えだったが、主人公が「姉さん」と呼んでいた女性が、レンタルビデオのスーパーインポーズでは「妹」になっているのである(逆だったかも)。
 姉と妹では主人公のその女性に対する思いがまるで違ってくるではないか! 本当はどっちが正しいのでしょうか?
 英語の堪能な方に訊くとアチラの方は兄弟、姉妹、あまり区別しないらしい。しかしドラマの場合、人間関係はとても重要なことだと思うのだが。
 単数か複数か、ものの数には必要以上にこだわるのに、どうして人間関係に無頓着なのか。
 英語ってホント不思議。


 【追記】

 本日のNHK大河ドラマ「龍馬伝」。
 冒頭、免許皆伝した龍馬が、千葉周作の娘(貫地谷しほり)と会話するシーンのことだ。龍馬のアップと娘のアップが交互に続くわけだが、イマジナリーラインを無視したものになっている。二人とも(向かって)左を向いている。これって、わざとか? 二人の気持ちが離れ離れになっている状態を端的に表現したとか。




 昨日(もう一昨日だけど)、地元のシネコンで「インビクタス 負けざる者たち」を観る。クリント・イーストウッドの新作。
 テーマや本筋とは離れるが、南アフリカ訛りの英語が印象深かった。南アフリカ訛りといっても、簡単なものではない。あの国には11の公用語があるため、人物それぞれの訛りがあるのだ。あくまでも例だけど、ドイツ語っぼい訛り、フランス後っぽい訛り。 モーガン・フリーマンやマット・デイモンがわざと訛った英語をしゃべっているのが面白いというか何というか。
 これって、日活映画「戦争と人間」で日本人俳優が中国人や韓国人に扮し、あちら訛りの日本語をしゃべっているのと同じだと思う。
 で、そんな訛りがあるほうが、英語が聞き取り易いのだ。字幕が必要なかったもの。そりゃ、全部が理解できるわけではないですよ。でも、短いセンテンスだと、字幕見なくても理解できるんですよ、ほんとの話。

 以下、全然関係ないけれど、またmixiからの転載です。


          * * *

 ●君は「太陽を盗んだ男」を聴いたことがあるか? 2007/05/09

 1979年、「太陽を盗んだ男」という映画が公開された。中学の理科教師が原爆を作り政府を脅迫するという破天荒な内容。主演は沢田研二と菅原文太。監督は、デビュー作「青春の殺人者」で映画賞を総なめにした長谷川和彦。
 ヒット曲を連発して歌謡界のトップに君臨していたアーティスト、「仁義なき戦い」「トラック野郎」で脂が乗り切っていた映画俳優。このあっと驚く二大スターの共演、しかも当時の日本映画としては考えられないアクションとカーチェイスが展開されるというので公開前から大きな話題を呼んだ。

 TBSラジオ「パック・イン・ミュージック」火曜深夜のパーソナリティ、林(ミドリブタ)美雄が惚れ込んで番組で盛んにバックアップしていたのを思い出す。高校時代に「青春の殺人者」に感銘を受け、また林美雄のファンだった僕もロードショーを今か今かと待ち望んでいた一人だった。
 メディアは大絶賛。にもかかわらず興行は惨敗だった。

 音楽が琴線にびんびん触れた。井上堯之が手がけた数々の映画音楽の中でもベストといえるのではないか。当然サントラ(LP)を買った。カセットテープに録音して繰り返し聴いたものだ。
 今はラジカセもなく、もう耳にすることができない。CDにならないかなぁ、なんて思っていたら、なっていたんだ、これが。あわててAmazonに注文した。
 音楽に造詣がないからとてももどかしいのだが、「太陽を盗んだ男」の音楽を一言で表現すれば、フィージョン系になるのだろうか。チャック・マンジョーネ(「フィール・ソー・グッド」)とか、キャセイ航空のCM音楽とか、あの手の清々しく軽快で洒脱な楽曲とダブるものがある。
 当時は知る由もなかったが、70年代後半から80年代にかけてかなり流行ったとおぼしい。数年前初めて観た田宮二郎主演のTVドラマ「白い巨塔」(フジテレビ/1978)のテーマ曲(渡辺岳夫)もまさしく同じイメージだった。

 オープニングの、ジュリーが双眼鏡で東海村原子力発電所を眺めるショットに流れるメインテーマ。何度も繰り返されるピアノの旋律が印象的。菅原文太の登場シーン、ジュリーと池上季実子の出会い、首都高のチェイスシーン、さまざまな映像が音楽とともに蘇ってくる。
 映画の後半、デパートのトイレでジュリーが被曝したことを知ってパニくるシーンがある。バックに流れるピアノソロがとても素敵なメロディ一なのだが、なぜか収録されていなかった。レコードの時も今回も不思議に思えてならない。(別アレンジのものは収録されているが、断然ピアノソロの方がいい。)
 今回CDで知ったのだが、アレンジが星勝だった(一部作曲も)。元モップスのギタリスト、ボリドール時代の井上陽水の名パートナー(編曲)。
 「太陽を盗んだ男」サウンドに、この人のセンスもかなり貢献していると思い知らされた。

 CD化にあたり、レコードでは収録されていた劇中の台詞部分が版権の関係ですべてカットされているのが残念だ。先日逝去した北村和夫(警察庁長官役)なんてとてもいい味だしているのに。
 その代わり劇中に挿入された既成曲がボーナストラックとして追加されているのがうれしい。
 その中で特に思い出深いのがカルメン・マキ&OZの「私は風」。日立のTVCMで知っていたこの曲を、この映画で聴いてから収録されているファーストアルバムを購入し、結局すべてのアルバムを買い揃えたのだった。劇中流れたのはライブバージョンだったのか。
 版権の関係で無理なことは承知でいうのだが、できればボブ・マーリーの「Get Up,Stand Up」も収録してほしかった。液体プルトニウムの固体化に成功したジュリーが一人缶ビールで祝杯をあげる際、ラジオからこの曲が流れ、一緒になって歌い踊るシーンは秀逸。日本映画史に残る名場面だと断言できる。
 そんなわけでここ毎日の就寝時は「太陽を盗んだ男」のサントラに淫している次第。



 【追記 2011/07/12】

 久しぶりに「太陽を盗んだ男」の1シークエンスを観た。YouTubeにUPされていたので。
 それで間違いを発見した。ジュリーが歌い踊るは原爆が完成したときだった。




 あっというまに3月になってしまった。
 まぐまの原稿「体験的石ノ森ヒーロー論」を書かねばならない。少しそちらに傾注しますので、手抜きます。堂々と宣言してどうする。
 ということでmixiからの転載です。


          * * *

 わが家に子猫がやってきた! 07/06/28~07/01

 ●せぴあ色のシロ、ソラ色のみぃ 

 うちの両親は動物好きで、僕が子どものころは何かしらのペットを飼っていた。
 最初はアヒルだった。庭で放し飼いにしていると、家の前を通る女子中学生を追いかけて、女子学生が悲鳴をあげて逃げまわったというのだが、あまりに幼少だったので、まったく記憶にない。

 次はシロという名のメスのスピッツ。保育園から小学校にかけてのことだから、一番思い出がある。
 毎年子を生んだ。ある日生まれたばかりの子犬を見に犬小屋をのぞくと、シロの口にピンク色の二本の小さな足があった。
「シロが子犬を食べているよ!」
 慌てふためきながら、親に報告しに行くと、それはたぶん死産か、もしくは何かしらの欠陥を持って生まれた子なのではないかと言うのだった。そういう場合親は食べてしまうんだよ、と。あの光景は今でも鮮やかに頭に浮かべることができる。
 交尾しているシロと野良犬を、両親が引き離そうとしてるところも目撃している。バケツの水を相手の犬にぶっかけるのだ。尻と尻をくっつけたまま離れないシロと野良犬の姿もまた強烈に脳裏に焼きついている。もちろん、交尾という言葉も、それがどういう行為かなんてことは、当時知る由もない。

 シロが死んでからも、犬は何匹か飼っている。そのほか、ウサギ、金魚、ウナギ、セキセイインコ、文鳥、亀。
 鶏もよく飼った。小学生のころ、下校時よく校門のところでヒヨコが売られていた。かわいいから当然買って帰る。いや、一度帰って親の承諾をとってから買ったのか。
 とにかく、自宅でヒヨコを飼う。友だちのヒヨコは一週間もすると死んでしまうのだが、我が家のヒヨコは母の面倒見がいいのか、すくすく育つ。成長して、しばらくすると、夕飯のおかずになるためつぶされるのだった。父が鶏の首をしめる、または切断する瞬間に何度か立ち会っている。もちろん衝撃は大きかった。しかし、父親の言葉に納得させられた。
「いいか、鶏は人間に食われることが本望なんだ。だから、これは残酷でもなんでもないんだ」
 そんなわけで、映画「バベル」の鶏の首引きちぎりのシーンは、笑いながら見ていられた。

 いろんな動物が我が家の一員になったけれど、唯一猫だけは飼ったことがなかった。母が嫌いだったのである。猫が嫌いなわけではなく、家の内外を行き来する習性、汚れた足で部屋を歩きまわられるのに我慢ならなかったのだと思う。
 後年、母が病気で入院し、長期に渡って家を留守にした。僕は大学生で東京でアパート暮らし、高校生の弟は一時叔父の家に世話になっていて、父が一人で暮らしていたことがある。このとき、家に野良猫が住みだし、いつのまにか、家族になってしまった。
 父は「みぃ」と名付けてかわいがった。名前を呼ぶと尻尾で返事をする。魚よりショートケーキのクリームの方が好物。ちょっと変わっていたが、ホント、かわいい猫だった。
 オスの三毛猫は珍しいというが本当なのだろうか。


 ●わが家に子猫がやってきた! 

「動物と小さい子にはモテるんだ」
 父の自慢が嘘でなかったことがわかるエピソードがある。
 父は電気店を営んでいたのだが、アンテナ立てやエアコンの取り付けなどのときは助手が必要であり、中学生のころから、休みの日にはよく手伝わされた。
 ある夏の日、エアコンの設置でお得意さんの家を訪れた。作業中、家の中で飼われていた白のプードル犬が父にまとわりつく。はしゃぎまくっている。仕事を終え、お茶を飲みながらお客さんと世間話をしているときも、父にじゃれつく。お得意さん(主人)そっちのけで。帰ろうと軽トラに乗って走りだしたときだった。プードルが家から飛び出して吠えながら軽トラを追いかけてきたのだ。
「しょうがねぇな」
 父が軽トラを止めて、ドアを開けると、息せき切ったプードルが飛び込んできた。これには驚いた。まるで「帰っちゃイヤだぁ!」と泣きわめく子どもではないか。それも走る車を追いかけながら。あのときは言い知れぬ感情がこみあげてきた。

 みぃが行方不明になってから、郷里の家では知り合いの犬を預かるくらいで、新たに何か動物を飼うということはなくなった。
 僕はというと、大学受験で上京してからはずっとアパート暮らしだったから、部屋でペットを飼うなんて意識はまったくなかった。それは結婚してからも同じこと。
 子どもが産まれ、東京から埼玉に住まいを移しても、自家用車同様、我が家には関係ないものという認識だった。現在住んでいるマンションは、ペットの飼育は黙認なので、飼えないことはないのだが、毎日の世話を考えると難しい。犬や猫と触れ合うのはあくまでも外で、あくまでも一時の楽しみと肝に銘じていた。
 ちなみに僕は猫語が話せる。平成の庄司薫と呼ばれる所以。なわけないか。

 先週、宮部みゆきの「天狗風 霊感お初捕物控(二)」(新人物往来社)を読んだ。人には見えないものが見えてしまう少女お初が活躍する、時代小説に超常現象をミックスさせた、この〈霊感お初シリーズ〉長編第2弾は、人間の言葉をしゃべる猫が登場する。この猫にすっかり参ってしまった。
 帰宅すると、かみサンが玄関に駆け寄って来た。「猫を飼うかどうか迷っているの、どうしたらいい?」
 野良猫に子どもが生まれると、保健所が処理するのだそうだ。殺してしまうわけ。子猫を引き取って、里親を探すボランティアが川口にいる。5匹の子猫をもらってほしいという記事を某情報紙で読んだかみサンが、とりあえず見に行ったら、とんでもなくかわいい。「だって、こんな小さいの。手のひらに乗るんだもん」
 飼うとしたら、オスとメス、一匹ずつもらうという。
「飼えばいいんじゃないの。名前は鉄とすずでどう?」
 鉄とすずは「天狗風」に出てくる猫の名前。
「他人事だと思ってるでしょう、まったく! 明日返事しなくちゃならないんだから」

 翌日の土曜日、外出している間気になって仕方ない。子猫はどうなったのだろう。諦めたのだろうか? それとも……。
 自宅に電話した。娘が出た。「これからもらいに行くところ」
 ウフフフ。


 ●コムギ&ホッケ 

 帰宅したら、子猫二匹が待っている。まるで18年半前の、初めてわが子と対面するときのような気持ち。ルンルン気分でドアの前に立つ。チャイムを押すと返事がない。受け取りに行ってまだ戻ってないのか。仕方ない。ポケットから財布を取り出して鍵をとりだす。

 ない! ポケットの中を探す。ない! どこかに落とした!!
 子猫のことなんかどうでもよくなった。この日は夕方、ライブに誘われているのだ。シャワー浴びて行くとなると、かみサンと娘の帰りを待っている余裕はない。その後大騒動が巻き起こって……以下略。

 対面は深夜だった。キャリーバッグ兼ハウス(名称わからず)を覗くとトラとキジの子猫がスヤスヤ寝ていた。トラ(オス)がコムギ、キジ(メス)がホッケだという。
「名前の印象からすると、コムギってメスのような感じがするけど」
「だってしょうがないの、色がそうなんだから!」

 翌日は朝の4時半に起こされた。朝食で一騒動。
 やせぎすのコムギはやんちゃ坊主。ホッケはもの静かなお嬢さん。寝ているホッケにかまってもらいたくてコムギがちょっかいをだす。愚弟賢姉てな感じ。食が細いコムギは自分の餌をホッケに食べられてしまう。
 まあ、とにかく、仲良きことは美しき哉。




 ずいぶん遅くなってしまった。
 レビュー書くとき、やはり順番があるだろうと、変なところに気をつかう。
 「サヨナライツカ」の前には「アバター」があった。いや、その前に「THIS IS IT」が……。
 おいおい、いつの映画だよ!
 
          * * * 

2009/12/25

 「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」(ユナイテッド・シネマ浦和)

 レイトショーをかみサンと観る。

 「スリラー」のミュージッククリップを観たときの感激は今でも覚えている。その昔、両親世代のミュージカル好きがロバート・ワイズ監督の「ウエスト・サイド物語」で受けた衝撃みたいなものだろうか。
 マイケルを中心にゾンビたちが踊るショットが斬新だった。横並び複数列の集団がカメラに向って同じ振り付けのダンスを披露するスタイルも初めてだったような気がする。当時、街のあちこちのモニターでこのビデオが流れていた。作品自体はもちろんだが、その後に流れるメイキングに夢中になった。今から思えば、マイケル・ジャクソンよりジョン・ランディス監督の演出に注目していたのかもしれない。

 その後もマイケル・ジャクソンは「ビリー・ジーン」「ビート・イット」「バッド」等、ヒットを飛ばしていく。新曲のたびに作られるミュージッククリップは楽しみとなった。
 80年代はマイケルの黄金時代。「We are the world」はまさにそんな時代の賜物だという気がする。

 マイケルが整形に走らなければ、せめて「スリラー」時の容姿のままだったらもう少し身を入れて彼の音楽にアンテナを張っていたかもしれない。
 とにかくメディアに登場するたびに顔が変わっていくのだから、始末におえない。

 何度か日本公演にやってきたがまるで興味はなかった。ミュージッククリップで魅せるほどの完璧なソング&ダンスがステージで再現できるわけがない。そう思っていたのだ。90年代になると音楽活動のほかに奇行や醜聞がメディアを賑わすことになる。もう自分の中で過去の人となった。
 訃報に接したときもあまりに突然だったにもかかわらずそれほどの驚きはなかった。逆に老人になった姿が思い描けない人だったので、かなり落ち着いていられた。その退場の仕方は〈らしい〉のかもしれないと。「THIS IS IT」ツアーを始めようとする直前だったが、そんなわけでショックはなかった。

 マイケルの急死、ツアーの中止によって特別に映画仕様となって公開された「THIS IS IT」を観て気持ちが変わった。機材の発達ということもあるのだろうが、ステージも完璧だった。〈キング・オブ・ポップス〉の意味がやっと理解できた。
 ステージは単なるコンサートというより、ある種ミュージカルの様相を呈している。新撮映像を駆使してミュージッククリップファンの期待にも応えてくれるのだ。
 別々のリハーサルをカットごとに繋いでも音と画に違和感がない。いや音はどれか同じものを使用するとして動きが完全に繋がっているのだ。ステージが完璧というのはこういうところからもわかる、のではないか?

 女性ギタリストとマイケルの絡みは、「Enter the Panther」のショーケンと長井ちえを彷彿とさせた。
 楽曲の中では「They Don't Care About Us」が気に入った。カラオケで歌ってみよう。



 【追記】

 マイケル・ジャクソンの肌が白くなったのは、皮膚病の尋常性白斑(vitiligo)を罹患したことによる影響だとご指摘いただきました。ウイキペディアにも92年に公表と書いてあります。少し調べればわかることでした。勝手な推測で〈脱色した〉、〈黒人のアイデンティティを自ら否定〉と書いたことをお詫び申し上げます。大変失礼いたしました。該当箇所を削除いたします。




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
私家本「僕たちの赤い鳥ものがたり」
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」

神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。遊びにきてください。

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