もう日付が変わってしまったけれど……

          * * *

 朝刊の訃報欄を見て声を上げた。
 叫び声に驚いたのか、奥の部屋で寝ているかみサンが訊いてきた。「どうしたの?」
「古今亭志ん五が死んじゃった!」
 志ん五といったってかみサンは知らないだろう。
「ほら、与太郎噺で有名な」
 そんなこといったってわからないって。でもつけ加えなければ気がすまない。

 大学生のころ、フジテレビの深夜に「らくご in 六本木」という落語番組があって、二つ目時代の志ん五(当時は志ん三)がよく出演していた。演じる与太郎のインパクトが強烈だった。与太郎(のキャラクター)とはこういうものだとずっと思っていた。

 一度だけ高座を拝見したことがある
 8年前、友人に連れられて浅草演芸ホールの初席に足を運んだのだ。初めての寄席体験だった。このとき、出演者の一人に志ん五師匠がいて与太郎噺をしてくれたのだ。感激したなあ。

 癌だったのか。まったく知らなかった。
 享年61。
 きちんと高座を見ておくんだった。

 師匠が亡くなったとき、自分が師匠の年齢より早く逝くなんて考えただろうか?

 合掌




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 24日(金)、ショーケンのトーク&ライブの前に、放送ライブラリーに足を運んだ。受付でSさんと遭遇した。ショーケントーク&ライブのために大阪から深夜バスでやってきたという。何たる偶然!

 Sさんのブログで紹介されていたショーケン主演のTVドラマ「露玉の首飾り」は1979年東芝日曜劇場で放送された。市川森一の脚本、共演は夏目雅子と岡田嘉子。制作はCBC。このドラマを放送ライブラリーで視聴できると知って、この日足を運んだわけだ。
 もう1本は同じ東芝日曜劇場枠で人気を呼んだシリーズの第1作「うちのホンカン」。HBC制作、倉本聰の脚本、ホンカンに大滝秀治、妻役は八千草薫、娘には仁科明子が扮している。
 放送ライブラリーはNHKアーカイブに比べ、タイトルを知らないと検索するのが面倒だが、視聴できる作品数が雲泥の差だ。

 26日(日)は午後図書館へ。

 「全身落語家読本」(立川志らく/新潮選書/新潮社)
 「悼む人」(天童荒太/文藝春秋)
 「椿山課長の七日間」(浅田次郎/朝日文庫)

 「花と龍」(監督:加藤泰)
 「タイム・マシン」(監督:ジョージ・パル)
 「リトル・ロマンス」(監督:ジョージ・ロイ・ヒル)

 それから読みきれなかった『「平凡」物語』(塩澤幸登/河出書房新社)を再度借りる。

 夕方、TOKYO MX「ファイヤーマン」。全話の中で一番期待していた第12話「地球はロボットの墓場」。岸田森の脚本でファンの評価も高かったから、期待して観たのだが、良かったのはラストのみ。そのラストも「怪奇大作戦 京都買います」の二番煎じのような印象を受けた。ヴィジュアルショックはかなりあったが。 

          * * *

2010/08/22

  「『七人の侍』と現代 ――黒澤明再考」(四方田犬彦/岩波新書)

 「八月のラプソディ」で黒澤映画に嫌気して、ロードショーはもちろんのこと、しばらくの間「まあだだよ」を観なかった。冒頭の著者の言葉に膝を打った。
 同じように感じ、同じ行動をとった人がここにもいた!

 思えば、オリジナリティ溢れる名前の映画評論家が執筆した著作を初めて読んだ。
 小難しい評論をこねくりまわす人というイメージ(あくまでも個人的な)が大幅に変わった。

 ひとつだけ反論。
 「七人の侍」の批評を紹介する中で、野武士を描いていないことを批判する評論があって、著者自身もその趣旨を肯定する姿勢をとっているが、バカ言っちゃいけない。そんなことしたら、映画に絶対悪が存在しなくなるではないか。


2010/08/27

 「したくないことはしない 植草甚一の青春」(津野海太郎/新潮社)

 どうしてもタイトルを「したくないことはしたくない」と言い(書き)間違えてしまう。

 中学から高校時代にかけて植草甚一ブームというものがあった。当時書店に行くと晶文社刊行の独特なタイトルの著作を目にしたものである。 「雨降りだからミステリーでも勉強しよう」とか「ミステリの原稿は夜中に徹夜で書こう」とか。このセンスに憧れた。
 とはいえ一冊も読むことはなかった。ブームがあともう数年遅ければかなりハマったかも。いや、あの文体がどうも好きになれなかったから無理か。2000年代になって、植草本が復刻されている。図書館から借りて読んだがそれほど夢中になれなかったもの。散歩文体という由。本書で知った。

 この散歩文体、70年代には大いに流行したのだろう。
 紙ふうせんのファーストアルバム「またふたりになったね」のライナーノーツには、イラストレーターの文章が掲載されているのだが、これがもろ散歩文体なのだ。

 評伝というとどうしても対象者を敬い特別な存在にしてしまいがちである。特に著者と植草甚一は担当編集者と作家の関係である。ところが本書の場合、いたるところで肩の力を抜いた筆致になっていて、そこに好感を持てる。

 悠々自適、したくないことなしない主義で生きてきたら、さぞ快適な人生だろうと思うのは間違いだと思う。たぶん悩みに悩んで晩年を迎えたのでないか? そんな気がしてならない。




 築地から歩いて有楽町に向かっている最中、ある喫茶店を見かける。店名にピンときた。雨が降っていた。時間もあることだし、読書のために入る。昔ながらの喫茶店を利用するなんて何年ぶりだろう。スポーツ新聞が何紙もおいてあり、むさぼり読んだ。
 トイレに行ったとき、ウルトラマンAコーナーに気がついた。やはりこの店、「ウルトラマンA」でTACの美川隊員を演じた西恵子さんの店だった。

 お昼は「TOKYO GRAPHIC PASSPORT 2010」へ。写真家スズキマサミさんから案内いただいて。スズキさんが応募した写真が選出されて出品の運びになったらしい。街の風景を切り取る「寂然の響み」と板の上の芸を記録する「舞台」の2種類。「一回こっくり」の表紙にズシンときた者には「舞台」の一枚々は胸に来る。いや、「寂然の響み」が悪いというわけではないが。スズキさんは60年代半ばの生まれ。他のアーティストのほとんどは80年代生まれということに愕然。展示にPCがかなり利用されている。時代だよね。

 15時からポレポレ東中野で「アイ・コンタクト」。先月の「シネマdeりんりん」のゲストだった中村和彦監督の最新ドキュメンタリー。この映画についてはまたあとで。

          * * *

2010/08/11

 「ぶれない男 熊井啓」(西村雄一郎/新潮社)

 熊井啓監督がぶれない人であることは「黒部の太陽」製作のドキュメント 「黒部の太陽 ミフネと裕次郎」(熊井啓/新潮社)を読めばわかる。
 リアルタイムで「朝やけの詩」を観て感銘を受け、数年後、名画座で「忍ぶ川」や「サンダカン八番娼館 望郷」を押さえた。にもかかわらず、その後、まるっきり無視してしまったのはどうしてだろう? 「海と毒薬」「ひかりごけ」なんて興味あったのに。最期の作品になった「海を見ていた」は熊井監督だから封切時に劇場へ足を運んだわけではない。

 映画は監督のもの、というが、最近、あくまでもプロデューサーからオファーを受け、「演出の仕事をしっかりやりました」という監督が多いような気がする。いや、かつての黄金時代だって、会社側からあてがわれた企画はいっぱいあっただろう。昔も今も変わらないかも。
 そんな中にあって、熊井監督はいつも自分で企画を考えた。作りたい映画を作ってきた。
 熊井監督が熱狂的な黒澤映画ファンであることは知っていたが、自作映画に必ず黒澤映画へのオマージュがあることをわかった。

 時系列で語られる著者の熊井映画評も真摯に映画と向き合っているなと実感できる。


2010/08/13

 「愛すればこそ スクリーンの向こうから」(香川京子 勝田友巳編/毎日新聞社)

 香川京子の若いころの姿は黒澤映画で拝見できるので、東宝所属の女優さんとの印象がある。個人的にだけれど。デビューしたのは新東宝だけれど、すぐに退社してその後ずっとフリーで活躍してきたんですね。本書は週刊文春連載の小林信彦「本音を申せば」で取り上げられていて、機会あれば読んでみたいと思っていたところ図書館の棚で見つけた。
 小林さんも書いていたが、香川京子は数々の名匠、巨匠の映画に出演している。そのフィルモグラフィは驚くばかりだ。
 黒澤明、成瀬巳喜男、溝口健二、小津安二郎、今井正……。
 本多猪四郎監督「モスラ」にも出演している。フランキー堺の同僚役だった。小学生のときにTVで観た「ひめゆりの塔」のラストの救いの無さに衝撃を受けたものだ。「男はつらいよ」シリーズではマドンナの一人を演じている。

 毎日新聞日曜版に連載されたものをまとめたものだという。香川京子はあくまでも取材される側で、編者としてクレジットされている勝田友巳という記者の方の仕事だと思う。良い仕事しています。偉そうな物言いだけど。


2010/08/19

 「コラムばか一代 産経抄の35年」(石井英夫/扶桑社)

 著者は昭和44年から平成16年までサンケイ新聞(産経新聞)の一面のコラム「サンケイ(産経)抄」を書き続けた。僕が小学生から中学生にかけて家ではサンケイ新聞を購読していたので、新聞コラムといえば僕にとっては「サンケイ抄」だった。実際大学生になってから朝日新聞をとるようになるが、「天声人語」のどこが面白いのかわからなかった。「サンケイ抄」は面白いだけでなく、納得できたし共鳴もした。

 著者は、(巨人の)牧野守備コーチの新人への教え 
  一つ、バットを短く振れ。
  二つ、バットを鋭く振れ。
  三つ、バットを素直に振れ。

 から文章の極意をこう書く。

  一つ、ペンを短く書く
  二つ、ペンを鋭く書く
  三つ、ペンを素直に書く

 〈ペンを〉を〈文章は〉にするとわかりやすい。
 実践しているんですけどねぇ。




 今日は有休をとった。正式には有休とは別のリフレッシュ休暇だが、そんなことはどうでもいいか。午前中は地元警察署で自動車免許の更新。
 皆さん、普通免許の表記が変わったのご存知ですか?

          * * *

2010/08/02

 「昭和が遠くなって」(小林信彦/文春文庫)

 週刊文春連載の小林信彦のエッセイ「本音を申せば」(旧「人生は五十一から」)は、毎年4月に1年分をまとめた単行本が出版される。翌月には既刊(3年前)の単行本が文庫化。昨年まではこのスケジュールだった。〈小林信彦月間〉と一人で呼んでいた。
 今年は新刊の発売がいつもより遅かった。5月だった。GW明け。編集作業に手間取ったのかとあまり気にしていなかった。あれっと思ったのが文春文庫である。当然6月だろうと予想していたら、今月の文春文庫の中に小林信彦の名前がない。おいおい文庫にならないのか! とあせった、あせった。
 これはいったいどういうことか。連載が続くと本が売れなくなる。高島俊男のエッセイ「お言葉ですが…」は10年を過ぎたあたりで、この問題に直面し、最初は本にならないと告げられ。結局連載自体が終了してしまった。ただそれだけが要因ではなかったのだろうが。
 小林信彦も連載10年を迎えて、本の売れ行きが落ちてきたのだろうか? そのための発売スケジュール変更か。
 中野翠のサンデー毎日連載のコラム(こちらはこの表現を使う)は年末に単行本がでる。でることはでるが、たぶん最低部数なのではないか? その後文春文庫になっていたが、今でもそうなのか。

 単行本時に読んだ感想はこちらを


2010/08/05

 「笑殺の美学 ―映像における笑いとは何か―」(中原弓彦/大光社)

 幻の名著を手に入れて、もうそれだけで満足してしまったところがある。いや、内容について「世界の喜劇人」で一度読んでいることだから、夜寝る前にちびちび読んでいた。
 そういえば「日本の喜劇人」は何度も読み直しているが、「世界の喜劇人」は一回読んだきり。なんだろう、この違い。ギャグにナンバーが振られているのがすごい。この年齢になってもマルクス兄弟の映画を観たことがないのが恥ずかしい。機会がないというのはいいわけか……

 
2010/08/08

 「懐かしのアメリカTV映画史」(瀬戸川宗太/集英社新書)

 TV映画の歴史を語りながら、政治の話をつけ加えるところがミソ。60年安保、キューバ危機、ケネディ暗殺、ベトナム戦争……。

 今村太平という評論家のポパイ評。
 曰く、「機械文明の賛美ポパイの拳骨は肉体化されたダイナマイト」。「彼らにたいしてつねに敗者の地位にたつブルートは、なんら奇蹟的な力をもたない一個の弱い人間として現われる。それゆえつねにポパイに苦しめられるこの人物に、われわれは機械の重圧にあえぐアメリカ労働力の姿を見ることができる」
 著者は、ポパイマンガの本質を鋭くついた批評文と紹介するが、本当にそうか? 考えすぎのような気がするが。




 最初手元にある1985年のノートをあたった。一冊も読んでいない。あれま! 
 ノートの前半は1984年。こちらは何冊か感想が書かれていた。前のノートも押入れから引っ張り出す。
 前年3月に大学を卒業したが、就職浪人してこの年の春に念願のCMプロダクションに入社した。希望に満ち満ちた1年だった。
 翌年が大変だったのよ!
 まあ、いいけど。

 ターバンとは学生時代から就職浪人の年前半までバイトしていたカレー屋さんのこと。正式名称「カレー亭ターバン」といい、サンドイッチ店から衣替えした店なのだ。
 吉野家が倒産して会社更生法の適用を申請、西武(当時)の資本が入って、牛丼以外のファーストフードを目指した。目黒駅前にあった2店舗のうち、権ノ助坂にあった方を「ロッキー」という名称のサンドイッチ店にしてオープンさせた。実験店舗として。その直後にアルバイトとして働き出した。サラダその他のため毎日キャベツ8個を千切りしていた。後藤(悦治郎)さんに勝つことばかり思って、包丁を握った。
 途中からメニューにカレーが加わった。このカレーが人気を呼んで、サンドイッチからカレーにシフトしたというわけ。アルバイトの人たちが仲が良くて、毎日のように遊んだものだ。この年の夏には千葉か茨城へ一泊二日の海水浴へ行った。

 記憶なんてあてにならない。
 石森章太郎の「世界まんがる記」、内容はもちろん読んだことさえ忘れていた。
 出版社に前借して世界一周したときの記録だろう。
 覚えていたら、「まぐま18 石ノ森章太郎 Spirits」の原稿にその旨書いたのに。

 箱根駅で待ち合わせって、誰とだろう?
 思い出した! バイト仲間で一番若かったHがバイクで合流したのだ、確か。Hは当時高校生だった。

 「愛情物語」の作者は赤川次郎。原田知世主演で映画化された。原作読んだら、プロローグの伏線がまったく活かされていなくてとんでもなく立腹したのだ。


     ◇

1984/05/13

 この一週間は実に忙しかった。
 疲れて疲れてすぐにバタンキュー。
 昨晩なんか楽しみにしていたヒッチコックの「ダイヤルMを廻せ」を、楽に観ようと横になったのがいけなかった。すぐに寝てしまい、目が覚めたらTVは(映画の)放映ばかりか放送の方も終わってしまいガアガア鳴っていた。

 5、6日はターバンの連中と伊豆の方へ旅行してきた。
 ニッサンHOMYという10人乗りのバカでかいワゴンを運転して東名高速を走り沼津で降り、三島市近くの山にある“それいゆ”というペンション(?)に到着、そこで一泊。
 翌日10:00AMにチェックアウトして箱根駅で待ち合わせ。
 その後小田原に寄って、小田原城を見て昼食。
 西湘バイパスを走り、小田原厚木自動車道路を通って東名高速に入り、夕方東京に帰着。
 帰ってからどっと疲れて、風呂にも入らず寝てしまった。

 9日は大映スタジオ(2st)において山一證券・中国ファンド 安田成美篇の撮影。
 「風の谷のナウシカ」イメージガールとして売り出し中の成美ちゃんを生で見られるので心ウキウキの1日だった。
 撮影はあっとゆうまに終わり(3:00PMには撮了してしまった)徹夜を覚悟していた俺を驚かせてくれた。
 こうゆう時もあるんですね。
 今度のCFは実写とアニメの合成。
 そっちの方も楽しみだ。

 10日は夕方からオールラッシュ試写。
 11、12日は編集作業だった。

 12日はまた入社はじめての当番としての土曜日出勤だった。

 「発語訓練」(小林信彦)を買い、2日で読み終えた。
 W・C・フラナガン「素晴らしい日本野球」、「素晴らしい日本文化」が読みたくてたまらなかった。

 今日は12:00PMにYと目黒駅で待ち合わせ。カプリで昼食、(おっとその前にステーションビルの靴屋でスニーカーを買ったのだ)。その後、渋谷パンテオンで「ダーティーハリー4」を観る。
 クリント・イーストウッド監督は空撮が実に好きらしい。
 そういえば「ダーティーハリー」シリーズを初めて劇場で観た。
 というのも予告(あるいはTVCMの)名セリフ“Go ahead Make My Day”のせいですよ。

 「世界まんがる記」(石森章太郎)を買う。


1984/11/10

 「私説東京繁昌記」を読み終えた。
 下町・山の手とは何か(バクゼンとしたイメージではなくて)、またクルマを運転するため、東京の地理を覚えなければならず、その必要性にかられて東京の“街”に興味を持ったので読んだのであるが、作られた街東京の実態がわかって面白かった。


1984/12/02

 1、2日と太田に帰る。

 東京にもどる急行の中で小林信彦「悪魔の下回り」を読み終える。
 最近読書も小説づいていて面白くてしょうがない。
 「悪魔の下回り」は、作者が“ギャグ”についての評論家ではなく、現役の実践者であることをよく表している。
 ほんと、思わず吹いてしまうんだから。電車の中で。

 目黒に着いてから同じ作者の「紳士同盟」を買う。


1984/12/05

 昨夜「紳士同盟」を読み終えた。
 コンゲームを主題にした日本では小説においても映画においてもあまりお目にかかれない。いかにも小林信彦好みのストーリーだ。
 構成が見事で冒頭の終戦直後の闇市の話がラスト近くに重要なポイントとなってくる。
 「愛情物語」の作者に読ませたい。

 ゴジラ特集ということで久々に「キネマ旬報」を買う。
 シナリオを読んでみると(クライマックスはカットされているが)思った以上にハラハラドキドキもんで良くできていた。しかし監督が「さよならジュピター」の人だけに演出でこのサスペンスがいかせるかどうか心配だ。


1984/12/07

 「読むクスリ PARTⅡ」が発売され、さっそく買う。
 この第2集はほとんど週刊文春誌上で読んでしまってはいるけれど。

 小林信彦(W・C・フラナガン、小林信彦訳)「ちはやふる奥の細道」を読み終える。
 この本が発売された時、例のフラナガンものなので、大いに興味がわいた反面、古典に取材したという点でもうひとつ食指が動かなかった。
 しかし、読んでみて面白さの何重もの構造で、大変、愉快、痛快、奇々怪々な読み物だった。




 先週の「シネマdeりんりん」、懇親会時に特撮仲間のS氏が耳元でささやいた。
「keiさん、今度の東宝特撮映画DVDコレクション、『キングコングの逆襲』ですよ」
 ディアゴスティーニのこのシリーズは「フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)」「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」「キングコングの逆襲」の3巻だけは購入すると宣言していた。

 翌日さっそく手に入れようと、帰宅途中、品川駅構内の書店に立ち寄った。何とシャッターが閉まっている。あれ、棚卸しか? シャッターに「○日に閉店しました」との断り書きが。驚いた。なぜ閉店なのか? あんなににぎわっていたじゃないか。
 仕方ない、港南口のビルにあるA書店へ。

 東宝創立35周年記念作品。
 タイトルから興奮させられる。キングコングの咆哮。海中を進む潜水艦。伊福部昭の音楽……。
 当時の東宝特撮怪獣映画はみなそうだったけれど。

 この映画の魅力についてはこれまでも書いている
 日米合作と書いたが、コレクションについている冊子を読むとテレビアニメシリーズを制作していたビデオクラフト・インターナショナルの代表アーサー・ランキンをテクニカル・アドバイザーとして迎えたというものらしい。
  
     ◇
 「キングコングの逆襲」はダビングしたビデオテープを持っている。「フランケンシュタイン対地底怪獣」「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」「キングコングの逆襲」はゴジラシリーズよりよっぽどお気に入りなのだ。すべて馬淵薫(木村武)の脚本。オリジナルのRKO映画「キング・コング」を知らず、「キングコング対ゴジラ」も怪獣図鑑等でしか見たことがなかった僕にとって、「キングコングの逆襲」は初めてスクリーンで目にしたキングコング映画だった。思い入れはかなりある。
     ◇

     ◇
 「キングコングの逆襲」は自分にとっての初のキングコング映画ということもあり、またドラマも特撮もよく出来ていて、観終わったあとの満腹感といったらなかった。

 公開時の併映が「長編怪獣映画ウルトラマン」。TVシリーズのいくつかのエピソードをまとめて劇場用に仕上げたものだ。
 このカップリングがすごかった。当時の少年には誕生日とクリスマスと正月がいっぺんに来たような出来事だった。地元の映画館は3番館くらいの位置だから、そのほかの映画も上映されたような記憶がある。
 確か、近所の同級生、年下の子どもたち5、6人と地元の映画館の、一回目の上映に駆けつけ、あまりの感激で、もう一回観ようとみんなと示し合わせて居残ったのだった。 
 ところが予定の時間になっても帰らない息子を心配した親が映画館に問い合わせしてくるのだろう、館内放送で名前を呼ばれた子が事務所に出向き、そのまま戻ってこない。2回目の上映から仲間は一人、二人と消えていった。

 とにかく、最初から最後まで飽きさせないストーリーは今観ても驚愕ものだ。
 冒頭のゴロザウルスvsコング、大海蛇vsコング、北極を舞台にしたメカニコングのエレメントX発掘作業、その後のコング捕獲作戦、コングのエレメントX発掘作業、クライマックスの東京タワーにおけるメカニコングvsコングの死闘。当時のB級、C級のアメリカ映画(怪獣映画)だったらこの映画から3本くらい作れそうなテンコ盛りである。怪獣(特撮)とドッキングした展開だから始終興奮していた。
 そして、ヒロインのミニスカートからはみ出すストッキング(それも今のパンストではなくガーターベルト風に太腿のあたりで留めてある)に欲情し、悪女役のキュートな浜美枝にホの字。
 エンタテインメントとはまさにこのこと!
     ◇
 
     ◇

 ●キングコングの想い出(1) 2005/12/07

 かつて東宝怪獣映画の中で、ミニチュアセットの縮尺がそれまでの倍になった(つまり登場する怪獣がゴジラより半分の身の丈になった)シリーズに夢中になった。
 「フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)」「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」「キングコングの逆襲」の3本である。
 ゴジラが観客に媚びるようになった映画群(「怪獣大戦争」以降のゴジラシリーズ)よりヴィジュアル、ストーリーともに抜きん出ていた。
 小学生の頃だ。

 「フランケンシュタイン対地底怪獣」でフランケンシュタインという怪物の存在を知った私は「キングコングの逆襲」で初めてスクリーンで巨大猿キングコングの勇姿を見たのだった。
 前半に用意されたいかにも恐竜といったフォルムのゴロザウルスとの戦い、クライマックスの東京タワーに登りながらのメカニコングとの決戦に拍手喝采したものだった。今でも増上寺や東京タワーの近くを通ると、そこにメカニコングやキングコングの姿を思い描いてしまう。
 天本英世の悪役ドクター・フーも忘れがたい。天本英世といえば、「仮面ライダー」の死神博士になるのだろうが、私は断然ドクター・フーである。グラスをくゆらせながら浜美枝とブランデーを飲む姿は子ども心にかっこよくて、大人になったらあんな風に酒を飲みたいと思った。

 日本のキングコングなら「……の逆襲」の前に「キングコング対ゴジラ」がある。この映画、一度「東宝チャンピオンまつり」の一プログラム(だったか?)として地元で上映される予定だったのに、なぜか中止になって、以後長らく私にとって幻の映画だった。

 大学卒業前後の時期に名画座でやっと観たのだが ゴジラシリーズ中で傑作と謳われていたこの映画に軽い失望を抱いてしまった。コングのぬいぐるみがバラエティに登場するゴリラのそれだし、アップ用の顔があまりにも情けなくて……。コメディータッチの作劇にも違和感があった。
 「キングコング対ゴジラ」の圧倒的な面白さを知ったのは最近だ。完全版のビデオを鑑賞したのである。これまでリバイバル公開されていた作品は〈お子様向け映画用として〉かなりカットされたシロモノだったのだ。
 色調が違うのでどこがどうカットされているのかわかり、その部分(主に人間ドラマ)が映画の核であることがわかった。

     ◇

 思い出話は(2)(3)と続くのだが、まとめて夕景に転載した

kingkong escapes
東宝特撮映画DVDコレクション 26
「キングコングの逆襲」

次回は「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」
誓い破って買っちゃおうかな!




 先週の日曜日には川口中央図書館へ。

 「談志の最後の根多帳」(立川談志/悟桐書院)
 「時効なし。」(若松孝二/ワイズ出版)
 『「平凡」物語 めざせ! 百万部 岩崎喜之助と雑誌「平凡」と清水達夫』(塩澤幸登/河出書房新社)

 DVD 
 「男はつらいよ 寅次郎子守唄」(監督:山田洋次)
 「トパーズ」(監督:アルフレッド・ヒッチコック)


 昨晩、ネットニュースで小林桂樹の訃報を知る。享年86。
 もうこの手の訃報は仕方のないことかもしれない。自分の年齢を考えれば。悲しいけれど時代の流れなのだ。
 最初の出会いは「それぞれの秋」だった。いや、その前に「日本沈没」があったか。倉本聰の脚本なのにリアルタイムで見逃し、以来幻のドラマになった「赤ひげ」は、この前NHKアーカイブで1話だけ観た。ドラマも、主演の小林桂樹も、黒澤明監督作品&三船敏郎に勝るとも劣らない。黒澤作品といえば「椿三十郎」の押入れ侍の飄々とした態度とユーモアが印象的だった。復活した「ゴジラ」では首相を演じていた。かっこ良すぎた。
 いつだったろうか、同郷だと知った。

 合掌


 以下はmixiに書いた母親の七回忌で触れた「それぞれの秋」の思い出。

 ●母の七回忌 2006年06月26日

 中学時代、ドラマ「それぞれの秋」に夢中になった。
 主人公の気の弱い青年(小倉一郎)の目をとおして、家族の絆、その再生を描いたドラマ。崩壊しかけた家族が父親(小林桂樹)が脳腫瘍で倒れたことによってまとまっていく。確かそんな内容だった。母親役は久我美子、主人公の兄妹が林隆三と高沢順子。脚本を担当したのが山田太一で、以後、山田作品は必ずチェックするようになった。

 このドラマで脳腫瘍という病気を知ったと思う。このときは自分とはまったく関係ないかけ離れた存在だった。まさか、10年もたたないうちに、人一倍働き者の母親が脳腫瘍で倒れるなんて誰が想像できただろう。
 母親が身体の不調を訴え始めたのは私が高校3年のときだったか。方向感覚がおかしい。車を運転していると右に寄ってしまう(左だったか)、手がしびれる、等々。もう少しで50歳に手の届く年齢なので、本人も家族も更年期障害の一つだろうという感覚でいた。
 私が大学生になると、症状はますますひどくなっていった。車はもう運転できない状態。にもかかわらず町の病院で検査してもらっても原因がわからない。

 当時住んでいたアパートには電話がなくて、郷里に電話する際には近くの公衆電話を利用していた。ある夜電話すると父が出て、大学病院での診断結果を告げられた。
「あのなあ、かあちゃん、頭におできができているんだと。それが大きくなって、脳の神経を圧迫しているんだ」
「……それで、どうするの?」
「手術でとりのぞかなければしようがない。そのままにしておいたら数ヵ月の命だそうだ」
 おできなんて表現するから実感がなかった。頭の中のおできとは、脳腫瘍のことではないか。衝撃が全身を襲った。
 
 ドラマの小林桂樹は簡単に回復して通常の暮らしをするようになった。
 現実は甘くない。手術は成功したものの、合併症になれば命の保証はできないと言われていたところに、肺炎にかかった。急遽呼び戻されたときは電車の中で最悪の状態を思い描いていた。
 驚異の生命力で持ちこたえた母はやがて退院して自宅療養、リハビリの毎日を送るようになった。だが思うような回復はせず、やがて寝たきりとなって、リハビリセンターで完全看護の生活に。
 そうして二十年……亡くなったのは2000年7月4日。病院から知らせを受けて父と弟が駆けつけたときにはもうこの世の人ではなかった。1年前から長くないと知らされていたので、心の準備はできていたが、誰にも看取られないまま逝ってしまったことがとてもくやしくて悲しかった。

 手術前まだ元気で、自分のいない家のこと、商売のことを心配して父にあれこれ指図する母のことを父は石川達三の代表作にかけて「〈四十七歳の抵抗〉だ」と笑った。

 昨日は母の七回忌。
 遺影は症状がひどくなるちょっと前の元気な姿だ。
「若いわねぇ」
 叔母が言うと、
「今の私より若いんだ」
 かみサンがつぶやいた。




 昨日は「シネマdeりんりん」
 あれ、毎月第4木曜日じゃないの?
 会場の交流サロンSHUが9月一杯で閉鎖されるため、今回は一週間早く開催されたというわけ。

 ゲストは10月2日から公開される「七瀬ふたたび」の小中和哉監督。
 小中監督といったら、平成ウルトラマンシリーズの監督で有名だ。TVシリーズの「ウルトラマンダイナ」の第一話、第二話の前後編は熱かった。「ウルトラマンティガ&ウルトラマンダイナ 光の星の戦士たち」「ウルトラマンティガ・ウルトラマンダイナ&ウルトラマンガイア 超時空の大決戦」といった劇場用映画をいい年齢にもかかわらず夢中で追いかけたものである。「ミラーマンPEFLEX」もちゃんと押さえている。
 NHK少年ドラマシリーズの映画化(実際は違うけれど)作品としては、ずいぶん前に「なぞの転校生」を手がけている。これはビデオで鑑賞したような気がする。
 3度目のTVアニメ化作品「ASTRO BOY 鉄腕アトム」ではシリーズの監督をつとめている。脚本に平成ウルトラマンシリーズの方たちが参加したのは小中監督の意向だったのだろうか。非常によく出来たアニメで1年間楽しませてくれた。

 いつもは一人だが、ゲストがゲストなので特撮好きの仲間を誘って参加した。
 ウルトラシリーズとNHK少年ドラマシリーズが映画業界を目指したきっかけというようなことを、トークで語っていて「同じだあ」とつぶやいた。僕は結局挫折してしまったけれど。
 「七瀬ふたたび」ってNHK(70年代の少年ドラマシリーズと昨年のドラマ8)以外でも映像化されていたんですね。今回で5度めの映像化だとか。知らなかった。

 トークが終わってから、映画のヒットを祈願して乾杯。しばしの歓談になった。小中監督がすぐそばだったので、真っ先に訊いてみた。
 「ULTRAMAN」と「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」、監督していてどちらが面白いですか?
 内容的に両極端な作品だからだ。
 それにしても「ULTRAMAN2」がクランクインしていたとは! インした直後に中止になったという。「ULTRAMAN」がヒットしなかったことが要因ではなかった。さまざまな裏話……。
 ホラー映画における小中(千昭)理論があることを知る。やっぱり!
 

 なお、「シネマdeりんりん」は、来月(10月)から会場をサムライシアター新宿に移す。旧名称はTMシアター新宿。座席数は30強、デジタル上映ならなんでもござれ。新宿駅からすぐ近く、シアターのほかにサテライトルームもあって、上映後の打ち上げ、懇親会等も可能。インディーズ映画には最適な小屋だと思う。問題は料金設定かな。




 高校1年になってすぐに観た映画「青春狂詩曲」&「ひまわり」。異色のカップリングだ。
 教育的要素の高い独立プロ(?)作品の「青春狂詩曲」を近隣の中高校生に鑑賞してもらいたいのだが、それだけでは集客がおぼつかないので、すでに名作の誉れ高かった「ひまわり」を撒餌としたのだろう。
 もちろん僕らの目当ては、ヴィットリオ・デ・シーカ監督、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ共演の「ひまわり」。ところが、文部省(当時)推薦の映画なんてとハナから期待していなかった「青春狂詩曲」が意外と面白かった。主人公が同年代だから身につまされるし何かと考えさせられたのだ。
 主役の一人にモヒカン刈りにする高校生がいて、とても印象深かった。

 9年ほど前になる。某インディーズ映画制作集団の定期的な上映会に足しげく通っていたころの話だ。
 その日、上映会後の打ち上げにある俳優が参加した。「仮面ライダークウガ」で警視庁のベテラン刑事・河野を好演した田口主将さんだった。特撮ヒーロー番組にはあまりお目にかかれない役柄だったので放送中ずっと注目していた。本人が目の前にいるのだから驚くと同時に好奇心でいっぱい。打ち上げの席で質問攻めにした。8ミリ映画で自主映画を撮ったこともあると聞いて、取材させてもらうことに。ちょうどサブカル・ポップマガジン「まぐま」でインディーズ映画特集号に取り組む寸前だった。
 田口さんのご自宅で、自作映画を観ながらのインタビュー。その中で実質的な俳優デビューが「青春狂詩曲」であることを知った。
「何の役だったんですか?」
「モヒカンになる高校生……」
「ええ!」

 「ひまわり」の音楽はヘンリー・マッシーニ。テーマ音楽を聴くだけで涙がでてくる。


     ◇ 
 1975年6月14日

 Kちゃんと二人でPM6:00から映画を見てくる。
 「青春狂詩曲」と「ひまわり」。2作ともよかったが、よかったの意味が違う。

 「ひまわり」の方はさすがデ・シーカだけあって見事な映画だった。ソフィア・ローレンが泣くところなんて、女の悲しさがものすごく心にきた。わかる気がした。はるばるソ連へ来て、行方不明になった夫をやっと見つけたと思ったら夫は別の女と結婚して子どもまでいた。男からするとそれはあまりに当然だったと思う。自分を死から救ってくれた。その行為はこの世では絶対のものだ。本当に悲しい映画。

 「青春狂詩曲」はものすごく身近に感じた。
 彼の考え方、衣服、くつ、etc が僕のまわりの奴とそう変わりない。そこがよかった。そんなドラマティックにもしなかったのに、おもしろくないわけでもない。
 Kちゃんと映画についていろいろ話ができてよかった。




 承前

2010/09/08

 「ヒックとドラゴン」(MOVIX川口)

 映画は、バイキングとドラゴンが敵対する世界を舞台に、怪我をしたドラゴンと仲良しになった少年の物語。ドラゴン=悪ものという周囲の誤解を少年はどうといていくのかがキィになると予告編を観て思った。
 目を捉えたのが主役のドラゴン、トゥースである。全身黒色でそのフォルムにはたぶん鮫のイメージを取り入れてデザインされたと思しきその顔、特に目のあたり、醸し出す表情が、わが家の雄猫コムギによく似ていたのだ。まあ、他人が見比べても似ているかどうかわからないが。

 この手のアニメ映画にはほとんど関心がわかないのだが、トゥースの表情にほだされて映画を観てもいいかなと思っていた。いいかな、と思っただけ。実際に公開されたら忘却の彼方。
 気持ちが変わったのは3週間ほど前か。感性が似ているある方のブログに「宣伝の仕方が悪くて話題になっていないが劇場で観るべき映画」だとあった。S監督の映画上映会後、新宿で飲んでいる最中にも話題にでてきた。「トイストーリー3」は予想通りの展開なんだ、それに比べれば「ヒックとドラゴン」はねぇ……

 ディズニーの、というかピクサーのCGアニメの面白さに気づくのはずいぶん経ってからだ。「トイストーリー」なんて、下町ダニーローズの芝居「リカちゃんと怪獣」を観て大笑いし、本家を確かめるためにDVDを借りてきて、大人気になった理由がわかったのだから。これまで劇場で鑑賞したことがなかった。そこに「3」の公開だ。同じく「3」が公開された「踊る大捜査線」より評判がいいので(「踊る大捜査線3」、なぜか当初からまるで観る気が起きなかった)、だったら足を運ぼうかと考えていた。
 ピクサーアニメの二番煎じ、ドリームワークスアニメは「シュレック2」を劇場で観ている。ピクサーがディズニーブランドだから、親子で楽しめる、感動を前面に押しだした内容に対して、ドリームワークスのそれはもっとシニカルな印象がある。
 と区分すると、「ヒックとドラゴン」は一見ディズニー・ピクサー作品のようだ。

 「トイストーリー3」の代わりに「ヒックとドラゴン」を観よう。どこで2D上映しているか。やはり品川プリンスシネマ。19時の回。8日は午後セミナー出席のため外出する。終了は17時だ。十分間に合う。前日、ほかにないか調べたら、何と地元シネコンでもやっていた。それも18時50分の回、一回限りの上映。通常だった絶対間に合わない。ラッキー! だったら無料で観られるよ!

 サービスのポップコーン片手に映画が始まった。

 「モンスターズ・インク」のレビューでも触れているが、CGアニメって、昔のコマ撮り人形アニメのようだ。人物の肌は「新・八犬伝」等の辻村ジュサブローの人形の味わいがある。
 前述したように、トゥースの造形に鮫をモチーフにしているので、映画の前半、ヒックとトゥースに友情が芽生える過程は、少年時代に感動した映画「チコと鮫」を思い出した。南洋を舞台にした少年と鮫の交流物語。鮫がほんとかわいかった。
 
 映画を観ていて驚いた。屋外のシーンになると、まさに太陽光を浴びているような感覚になるのだ。どんな風に撮影(?)しているのだろうか?
 後半はスペクタクルになって胸熱くさせる展開になる。とはいえ、この映画の真骨頂はヒックを乗せたトゥースや、その他ドラゴンたちの圧倒的な飛翔シーン、滑空シーンだ。もうそれだけで涙がでてくる。うれし涙が。




 「アバター」が大ヒットしてからというもの映画業界に3D旋風が吹き荒れている。猫も杓子も「3D! 3D!」。うるさいったらありゃしない。ブームに乗り遅れるなと、意味もないのに3D化されて公開されている映画もあったりして。

 「アバター」のレビューでも書いたけれど、何度も言うぞ。
 本当の立体映画だったら、そりゃ価値はあるだろう。が、もてはやされている3Dは昔ながらの似非立体画像。左右赤と青ではないにしろ、ちょっと色の入ったメガネをかけるのは変わりない。2時間近く、あるいはそれ以上邪魔くさくてたまらない。
 映画がトーキーになったとき、あるいはカラーになったとき、スクリーンサイズがシネスコになったとき、何か観客に負担をかけることがあっただろうか? 

 だいたい、立体に見えるから何だと言うんだ! 映画の面白さに立体(に見えること)がそれほど重要なのだろうか?

 ひとつ、「アバター」のレビューで書き忘れていたことがあった。
 メガネを通すと、スクリーンが極端に小さく見えるのだ。確かに映像は立体になったものの、スクリーンサイズはちょっと大きめのTVモニターでしかない。「あれっ?」と思ってメガネをはずすとスクリーンは巨大になる。日劇の、あの東京で一番大きな劇場のスクリーンがTVモニターよ。そんなの許せるか?

 似非立体の映像が、もうとんでもない迫力で、めくりめく世界を堪能させてくれるのだったら、まだいい。そこまでの実感なんてない。ちゃんと3D映像を前提として設計された「アバター」でさえそうだったのだ。そうでない映画、営業上3D化された映画なんてまるで意味がない。やはりアトラクションなんである。5分なり10分なり楽しめれば御の字。メガネかけて「おお飛び出る飛び出る」とちょっと騒いでおしまい。しょせん(今現在の映画の3D)なんてその程度のものなのだ。
 そんなアトラクションのために、通常の入場料より300円余計に払い、2時間前後、メガネの圧迫感に耐えなければならない。そんなことより、もっと映画本来の面白さを追求してほしい。

 もしかすると3D化で一時観客は増えるかもしれない。しかし、そんなのは長続きしない。似非立体なんてすぐ飽きてしまうだろう。

 3D上映は一切拒否することにした。「アバター」以降、もし2D上映があるなら2Dを観ることに。無駄な出費はしたくない。
 困ったのは「トイストーリー3」である。地元のシネコンでは3D上映しかしないのだ。トイストーリーの世界を3Dにするってことに少々疑問を感じるのだが、まあいい。
 地元シネコンでは、60ポイント貯めて無料で観られる。では、その招待券に300円上乗せすれば「トイストーリー3」が観られるかというと否なのだ。なんだそれ?! 別に満席になるわけじゃないんだからさ、この制度、ぜったい間違っていると思う。
 誰が3Dの「トイストーリー3」なんか観るものか。
 では、どこで2Dを上映しているか?

 品川プリンスシネマのレイトショーがあった。
 が、いまひとつ気が進まない。
 そのうち、「トイストーリー3」より「ヒックとドラゴン」の方が面白いとの声が聞こえてくるようになった。
 実はこの映画、予告編を初めて目にしたときから引っかかるものあった。

 この項続く




 ミュージシャン、コメディアン、俳優。
 いくつもの顔を持つ谷啓については、小林信彦の著作によって教わったといっていい。
 芸名の由来はアメリカのコメディアン&映画俳優のダニー・ケイ。デビュー当時は谷敬と表記した由。

 最初の教示は「定本 日本の喜劇人」(晶文社)のクレージーキャッツの章だったか。
 続いて、「キネマ旬報」別冊として出た「テレビの黄金時代」。責任編集・小林信彦、編集協力・大瀧詠一。
 フロントページに「この一冊は、日本におけるテレビ・ヴァラエティの歴史を関係者の証言によって辿ったものである。」とある。日本テレビの「しゃぼん玉ホリデー」を中心に取り上げ、井原高忠(元日本テレビ局長、プロデューサー、ディレクターとして数々の伝説の番組をつくった)や、ハナ肇、植木等にインタビューしている。谷啓、小林信彦、大瀧詠一、三氏による座談会も。
 巻頭グラビアでは〈ガチョーン!〉の復活と題して、正しい〈ガチョーン!〉のやり方が連続写真で説明されている。併せて〈ビョーン〉〈ムヒョーッ〉。
 
 何度も読み返したのは、「クレージーキャッツ・スクラップブック」だ。中原弓彦時代に雑誌に書いた文章を集めたもので、当時としては単行本未収録だった(今は新潮社の「定本 日本の喜劇人」の「これがタレントだ」で読むことができる)。
 当然谷啓個人についても書いている。
 「笑学百科」(新潮社)にもその変人奇人ぶりが書かれていた。

 とてもシャイな方だったとか。大昔のこと、あるステージではずかしいのでサングラスをして演奏したらメンバーの中で一番目立ってしまった。
 自宅が火事になったとき、見舞いに来る人に心配かけないよう焼跡で麻雀をしていた。
 メンバーの中で一番ギャグがわかる人だった。楽譜にギャグを書いていたとか。芸名はダニー・ケイに由来するが、目指していたのはオリバー・ハディやルウ・コステロだとか。
 ホラ話も好きで、「おま○こ鳥」は有名だ。

 トロンボーンの名手でもあり、日刊スポーツの人気投票で2位になったこともある。
 中学時代だったろうか、それとも高校時代だったか。TBS土曜お昼の番組で、谷啓をリーダーとするバンド(ビックバンド風)が演奏するコーナーがあった。バンド名は何だったか。ザ・スーパーマーケット! ピアノが近田春夫なので驚いたのを覚えている。まだユニットという形態を知らなかったころだ。

 最近は俳優としてTVドラマや映画で活躍していた。「釣りバカ日誌」の佐々木課長役が有名だが、個人的には市川崑監督「幸福」の刑事が印象深い。矢口史靖監督「スウィングガールズ」では、ジャズの講師に扮しながら一度もトロンボーンを吹かなかった。

 今日、山田洋次監督「喜劇 一発勝負」(DVD)を観た。主演がハナ肇だが、クレージーキャッツのメンバーも共演している。谷啓、犬塚弘、桜井センリの3人だ。山田洋次・ハナ肇コンビの「馬鹿」シリーズより、この映画の方がより「男はつらいよ」のプロトタイプといえる、なんてことはあとにして、まず谷啓追悼で鑑賞した次第。

 あらためて合掌


 【追記 0914】

 記憶だけで書いてはいけません。
 谷啓氏の変人奇人ぶりは「笑学百科」だったと思い出し、調べてみたら将棋ではなく麻雀でした。文章を訂正追記します。




 谷啓急死の報にショックを受ける。
 脳挫傷。階段を踏み外して、顔面を強打したという。
 信じられない。

 合掌

 小林さんの衝撃はいかばかりか。
 自宅で転んで怪我をした、なんてことを文春連載のエッセイに書いていたこともある。他人事ではないだろう。

          * * *
  
 高校時代、「キネマ旬報」連載の「小林信彦のコラム」を愛読するようになり、一冊にまとまる(「地獄の観光船 コラム101」)と購入した。ここから僕の小林信彦を読む日々が始まる。そのファン歴を、日記に綴った感想から追っていったらどうなるだろうと考えた。体験的小林信彦論になるだろうか。
 そんなわけで、一回目は1991年。最初に91年を取り上げることに意味はない。たまたま手元にノートがあったからだ。
 なお、ここにでてくる小説群、新作以外初読ではない。特にその旨ことわってはいけないけれど。

     ◇

1991/01/17

 今度の一人暮らしはあまりつらくない。
 夜は読書にいそしんでいるからか? 大学時代を思い出す。
 なんてノンキなことを言ってられない。ついにというかやっぱり湾岸戦争が今朝8時過ぎ(日本時間)勃発したのだ。
 出勤前のTVニュース(テレ朝「やじうまワイド」)では、まだ戦争は始まってなかった。
 直行したS本社宣伝部でニュースを聞いた。
 この戦争が第三次世界大戦の前兆あるいは1999年の地球滅亡の始まりでなければいいが……

 「小林信彦の仕事」を読んでいると、どうしても小説が読みたくなってくる。2、3日前から探していた「悪魔の下回り」が今日見つかってあわてて買う。

 (略)

 「小林信彦の仕事」読了。


1991/01/21

 (略)
 「悪魔の下回り」を読み終える。
 この小説は俺が週刊文春を毎週買い出す、ちょっと前に連載されていたものらしい。
 ニヤニヤゲラゲラ。笑いながらページをめくった。


1991/02/05

 電車の中でずっと「ビートルズの優しい夜」を読んでいて読了。
 「ビートルズの優しい夜」のタレント鳥羽邦彦は坂本九、「踊る男」のコメディアン風間典夫は萩本欽一、「金魚鉢の囚人」の中年DJテディ・ベアは今は亡き糸井五郎か……。
 いわゆる〈業界〉を舞台にした純文学。そして、放送作家、DJ、シナリオライターと姿を変えど、主人公の精神は作者、小林信彦のそれとオーバーラップする。
 この前読んだ「小林信彦の仕事」に入っていた「パーティー」という小説も、この連作の一編と思えばいい。


1991/02/26

 (略)
 遠出の時は電車の中の読書が楽しい。
 「紳士同盟」読了。
 映画化した作品を最後の方だけTVで観たことがあるが、全然小説と違っていた。
 小林信彦が得意とする世界(TV業界およびその周辺)、映画(あるいは芝居その他もろもろ)ウンチク話、世間一般からちょっと(あるいは大きく)ずれてしまった男の嘆き、ウィット&ユーモア。
 ラスト近くのドンデン返しはある程度予想はできた。

 Uと別れた後、続編の「紳士同盟ふたたび」が読みたくて駅前の本屋に飛びこんだが、ない。で、映画が観たくてたまらないスティーブン・キングの「ミザリー」を買った。
 読み始めて、ああ、また翻訳文体に悩まされるのかと思ったがすぐにストーリーに溶けこめた。


1991/03/19

 「世界でいちばん熱い島」を読み終える。
 小林信彦にはめずらしいエロティシズムあふれる描写がたくさんある。とても落ち着いた、乾いた文体なので、よけいそそるのだ。
 南の島のリゾート地での生活風景がまるで景山民夫的筆致だと思うのは俺だけだろうか。
 ラストになって、え、この小説って推理モノだったの? というドンデン返し。
 読み終えるのが惜しくなる昨日、今日だった。

 「カモミールでも飲んでお休み」


1991/03/30

 「紳士同盟ふたたび」を読み終える。
 あっとゆうまの読書だった。
 平易な文章で実に面白いストーリーだった。


1991/04/07

 小林信彦「イエスタディ・ワンス・モア」を再読していたが今日で読了。
 「小説新潮」今月号に、この小説の続編「ミート・ザ・ビートルズ」前編が掲載されている。


1991/07/16

 「背中あわせのハートブレイク」読了。
 瑞々しい青春小説で、特に終戦直後の高校生である主人公に感情移入できる。
 同じ作者の「イエスタディ・ワンス・モア」の高校生(現代の)にはイマイチノレなかったけれど。
 ラストのくだりなんて思わず電車の中で涙を浮かべてしまったほど。


1991/09/01

 天気予報は雨だったが、朝からいい天気。
 日曜日なのだが、早起きして9時に予約した散髪に行く。
 午後、「ミート・ザ・ビートルズ」後編を読みたくて図書館へ行くが、「小説新潮」は5月号だけ貸し出し中。
 そのまま帰るのもシャクだから同じ著者の単行本「Heart break kids」と「裏表忠臣蔵」の2冊を借りる。
 夕方近く、家族3人で28日引越し予定の西川口の××××に行き近所を見学する。
 夜、「Heart break kids」から読み始める。


1991/09/02

 「Heart break kids」読了。
 傑作青春小説「極東セレナーデ」に「紳士同盟」のコンゲームの要素を取り入れ、下町情緒と食通のうんちくをまぶした面白さ。


1991/10/22

 昨晩、「ミート・ザ・ビートルズ」読了。
 前作「「イエスタディ・ワンス・モア」の主人公が1959年にとどまったのもつかのま、ポール・マッカトニー暗殺を阻止するためビートルズが初来日する1966年タイムスリップ、一騒動が巻き起こる。
 タイムパトロール員の存在や父親のポール・マッカトニーを暗殺する設定などつまらないけれど、作者が真に描きたいこと…ビートルズ来日騒動の克明な記録としては価値あるもの、読後感もいい。
 キュートな小説だ。


1991/12/24

 クリスマス・イブ。
 しかし、ほとんどクリスマスを感じることなく1日が過ぎてしまった。
 (略)
 以前手に入れた「映画を夢みて」(小林信彦/筑摩書房)を読み出す。
 高校時代、学校の図書館で「われわれはなぜ映画館にいるのか」(和製B級映画はどう作られるかの章)を読んだことがあり、ずっと気になっていた本だった。古本屋に行くたびに探したものだった。
 その本の改訂版が「映画を夢みて」である。




 承前

 「インセプション」のラストをどう解釈するかでずいぶん印象も変わるのではないか。あれは夢か現実か。
 独楽をまわす手前で終われば、どちらにも解釈できた。映画では勢いよく廻っていた独楽のスピードが落ちてふらついてきたところで暗転する。ふらつくってことは最終的には止まるってことだろう。ならば考えられるのは一つ。僕はそう思った。映像から受ける印象とは別に。止まっていないのだからと逆を予想する人もいる。そう考える人が大多数だろう。

 「ブレードランナー」は公開時まったく人気がなかった。評判もさんざんでこの映画を観た新入部員の女の子(大学の自主映画制作サークル)が「全然意味がわからない」とか何とか感想を語っていたのを耳にしている。実際に映画を観に行って、他人の感想がいかにアテにならないかわかった。その世界観、特撮、どれも大満足。
 唯一気に入らなかったのがエンディング。デッカード(ハリソン・フォード)がレプリカントのレイチェル(ショーン・ヤング)を連れて、逃亡するシーンは、デッカードのナレーションを含めて、とってつけたような印象だった。後にビデオで観たビデオ(「最終版」「ディレクターズ・カット版」)のエンディングの方が断然いい。

 この映画は観るたびにレイチェルの孤独が胸に迫ってくる。

 ということで、夢の話の続きを。

     ◇

 ●も一つ夢の話 ~ケースケくんセスナ機に乗る?~ 2005/09/05

 高校3年の、年が明けた1月。大学受験が身近に迫ってきた頃に見た夢だ。
 突然、目の前に作曲家の小林亜星氏が現れた。セスナ機の操縦免許を取ったので、乗らないかと誘われた。どうやら私と小林氏は知り合いらしい。
 ちょっと心が動いたが、私、飛行機って苦手なのだ。丁重にお断りした。すると、小林氏、通りがかった見ず知らずの人に声をかけた。その人、うれしそうに乗ってしまうんだ、これが。
 道路を滑走路にしてセスナ機は舞い上がった。大空を急上昇していく。
「すごい! すごい!」
 私の目はずっとセスナ機を追いかけている。
 と、突然急降下! そのまま田んぼに突っ込んだ。大爆発!!

 この時期、よく飛行機が墜落する夢を見たものである。
 家にいて、ヘリコプターの音がうるさいので、外に出てみると、どうも様子がおかしい。案の定あっというまに田んぼに落ちて炎上、あたり一面火の海になってしまい、怖いの怖くないの、なんていうのもあった。

 こうした夢、すべて正夢だった。
 もちろん飛行機は墜落しない。
 受験した大学、すべてに落ちたという意味で。
 嗚呼!


 ●ランド・オブ・ザ・デッド 2005/09/13

 別に映画を観たわけではない。ゾンビに関係していたらタイトルは何でもいいの。
 またまたまた夢の話。

 一軒家。なんと私の自宅である。かみサンとふたり。窓から外を見ると、ゾンビが徘徊している。
 あわてて、家中の鍵をかけまわるが、勝手の扉を閉め忘れた。気がつくと、若い男のゾンビがキッチンにいる!
 包丁をとりだして応戦するものの、ちっとも敵に当たらない。
「あっち行け! あっち」
 そのうち二人、三人とゾンビが侵入してきて……

 恐怖のあまり大声を上げて、目が覚めた。時計を見ると朝の5時。
 いやはや本当に怖い夢だった。


 ●衝撃! 驚愕! 大地震!!  2006/03/17

 住む家に対する忸怩たる気持ちが強いからなのだろうか、ある周期で家の夢をみる。
 見知らぬ家(部屋)にたたずむ自分。しばらくしてそこがわが家だとわかりホッとする。いや~、なかなかいい部屋じゃないか、なんて思いながら家中を歩き回る。
 それは学生時代にさかのぼってアパートの一室だったり、結婚してからのマイホーム(アパート、マンション、一戸建て)だったりと、時代や場所はさまざまなのだが。
 こんな家に住みたい、こんな間取りがいい。常日頃の願望が夢に現れるのか。

 一昨日の夜も続けざまに家に関する夢を見た。
 最初はある大きな古い、でも由緒あるマンションの一室を私が借りていて、一ヶ月ぶりくらいに帰宅したところから始まった。というと私は大学生で夏期休暇か何かで郷里に戻っていたということなのか。
 帰ってくると、通路に面した壁が腐りかけていて、そこから部屋の中に入れるくらいの穴があいている。驚いて中に入ると、別に誰かが侵入した様子はない。
 しばらくするとまったく面識のない男二人が部屋の前まで来て(壁の穴から外がみえるのだ)、何やら話しをしている。人がいるから今日はやめておこう、とか何とか。私はピンときて二人の後を追いかけた。階段の踊場で二人をつかまえた。
「あんたたちいったい何しに家に来たんだ?」「留守の間、あの穴から中に入っていたんだろう?」「部屋で何してたんだ?」
 私は大声で詰問する。すると相手は逆ギレして襲いかかってきた。
「バカヤロウ、留守の間、ずっと部屋の掃除してやっていたんだろうが」

 ここでパッと場面が切り替わる。
 夫婦ふたりで新居となる家を不動産屋といっしょに訪ねている。娘は自宅で一人留守番だ。昼間のこと。急にあたりが揺れだした。
「地震だ!」
 あわてて外に飛び出した。揺れは止まらず、激しくなるばかり。地響きというものを初めて聞いた。道路をはさんだ目の前の家の2階の窓が割れ、破片が下に落ちてくる。いたるところの家の窓がきしむ。壁が崩れ落ちる。
「大地震がついにやってきた……」
 尋常でないあたりの光景に足が震えてきた。娘の安否は! 上からの落下物をよけながら、どうにか進んで、自宅に戻った(自宅はすぐ近所だった)。なぜか一戸建て。
 玄関のドアを開け、娘の名を叫ぶ。返事がない。娘の部屋は2階。そのまま駆け上る。無人。娘は何より虫と地震が大嫌いなのだ。不安でいっぱいになった。まさか!? もう一度叫んだ。
「お父さん!」
 階下から声が。階段を降りようとすると、娘が泣きながら駆け上がってきた。そのまま胸に飛び込んでくる。

 そこで目が覚めた。時計を見たら夜中の2時。しばらく寝られなかった。それは地震の惨劇を目の当たりにしたということより、娘との一件に感動したというか……
 いっしょに家を見ていたかみサンはどうしたんだ?


 ●ジュマンジュの悪夢 2006/03/28

 またしてもとんでもない夢を見てしまった。

 舞台は子ども時代に過ごした長屋みたいな自宅。
 どういうわけかそこがわが家。
 部屋にいると、突然地響きがする。慌てふためき、南側の、道に面した部屋に走り、外を見た。何てことだろうか、前の道を何十頭もの象が駆け抜けていくのだ。その数、そのスピード、その迫力。
 なぜか、家人はのんびりしたものだ。聞くところによると、近所に象の飼育所があり、年に何回か、ストレス解消のため、近所を走らせるということなのだが……。
 象の最後尾にサイもいた。サイが方向転換してこちらに向かってきた。
 やばい、やられる!!

 そこで目が覚めた。時計を見ると夜中の2時過ぎ。トイレへ行き、横になっても目が冴えてしまって眠れない。こうしてPCの電源を入れてちょっと時間をすごしたのだった。




 パターン化した夢というと、飛行機に乗っているのと、高層ビルのエレベータに乗って上昇するというのがある。日常だったら別になんということもないが、僕の夢の中では、これは大変な行為なのである。どちらもとんでもない衝撃(G)が生じる。遊園地のアトラクションみたいな感覚。座席に座って一気に上昇(あるいは下降)するのがあるじゃないですか。個人的にはジェットコースター以上に乗りたくないアトラクション。つまり夢の中では、飛行機に乗るのもエレベータに乗るのも命がけ。すごい度胸が必要になってくる。

 若いころは街にガイラ(フランケンシュタイン)が出現する恐怖を味わう夢を定期的に見た。
 突然のように街が静かになるところからその夢は始まる。さっきまでの騒々しさはどうしたのか? ヒソヒソ声が聞こえてくる。「ガイラが出た!」
 遠くを見ると、街中をガイラが獲物を探してさまよっている。

 あるいは山の中にある木造校舎というシチュエーション。2階の廊下を友だちと歩いていると、外にガイラがいて、とっさに窓ガラスの下に隠れた。ガイラからするとちょうど死角の位置だ。見つからないかドキドキしながらガイラがその場を離れることを祈っている。

 日記をつけていたころは、印象深い夢は必ず文字にしていた。その習慣はmixi時代にも続いていて、今に至る

     ◇

 ●ゴジ監督の自宅に押しかけた! 2005/08/30

 70年代に「青春の殺人者」「太陽を盗んだ男」の2本を発表して以来、沈黙している長谷川和彦監督の自宅を訪ねた。
 早朝。家は東京の郊外、いやもっと田舎だ。遠くに山々が見え、田んぼが広がっている。
 面白い作りのアパート(?)だった。ドアを開けるとコンクリートの階段があって、途中左側に下駄箱が設置されている。上段と下段にわかれていて長谷川家は上段を使用、そこで靴を脱ぐ。そこからは板の間の階段。あがっていくと行き止まり。左右に扉がある。長谷川家へは右側の扉から入る。
 左の扉は別のお宅で、階段途中にあった下駄箱の下段はそちらの家族が使用していることがわかった。しかし、1階のドアは鍵がかからない。誰でも中に入れるのだ。そんなところに靴をおいておくと誰かに盗まれる恐れがあるのになあ。学生時代、共同玄関のアパートで買ったばかりのブーツを盗まれた経験のある私は思う。

 扉を開けるとまた階段があり、あがっていって左側の部屋に入る。ゴジ監督はまだ就寝中。布団のまわりに書生(?)らしき若者が3名いた。久しぶりに見る監督は金髪、おまけにアイシャドーまでつけている! ど、どうしちゃったの? 監督! 
 寝ていたと思った監督は実は起きていて書生たちと映画の企画について討論している。
 しばらくすると枕元にあった箒を手にもってふりまわし念仏を唱えだした。まるで新興宗教の教祖さま。ほんとに、どうしちゃったの? カントク!!
 私は見てはいけないものを見てしまった感じで落ち着かない。それに奥さんはどこに行ったのだろうか?

 やがて監督は何事もなかったかのように立ち上がり、一言「おお、メシ喰いに行くぞ」。
 そのまま隣の部屋へ向かう。書生たちも後に続く。
 私が敷きっぱなしの布団をたたんでいると、書生の中で一番年配の方が顔をのぞかせ言う。
「何しているの?」
 見りゃわかるだろうと毒づきたくなるのを押えて、
「いえ、布団をたたもうと……」
「そんなことしなくていいの」
 みんなで外にでた。私も腹がへっている。どこで何を食べるのだろうか?
 まるで東京とは思えない田舎道を歩きだして……そこで目が覚めた。

 今朝見た夢の話です。


 ●また夢の話 ~ゴジラ編~ 2005/09/01

 スピルバーグ監督「宇宙戦争」の感想で、子どもの頃によく見た怪獣に追いかけられる夢の映像化と書いた。
 この夢、いくつかのパターンがあるのだが、上京してから、たぶん大学時代に見て憶えているのはこういうものだ。

 新宿の高層ビル、住友三角ビルの最上階。東京の街並みを眺めていると、はるか彼方にゴジラが出現した。
 突然のパニック。まわりの人々がわれ先にエレベーターに向かって駆け出した。
 次々にエレベーターの扉が閉まり下降していく。私がホールに来た時にはもうすべての扉は閉まっていた。次に到着するのを待っている時間が惜しい。窓を見るとゴジラが徐々にこちらに迫っていることがわかる。階段を使って降りるしかない。
 大急ぎで階段を駆け下りたいが、いかんせん、足が思うように動かない。踊り場にある窓から外を見ると、ゴジラの姿はいちだんと大きく見える。まっすぐこのビルに向かっているかのようだ。
 この窓から見える怪獣が徐々にこちらに迫ってくる様子というのが怖い。

 何とか地上に降りた。新宿駅に走る。まさに山の手線の電車が走りだす寸前。飛び乗った。同時にドアが閉まって走り出す。車内は満員。外を見るとゴジラとの距離はまだある。
「助かった! これでゴジラから遠くへ逃げられる」
 安堵するやいなや、巨大な尻尾が電車の最終車輌を叩きつぶした。私が乗っている車輌も衝撃の後に脱線。車内に阿鼻叫喚が炸裂する……そこで目が覚めた。


 ●またまた夢の話 ~SF怪奇編~ 2005/09/02

 中学時代に見た夢。

 山で道に迷った。あてもなく彷徨っていると森の中に大きな洋館を発見。助けをもとめてドアを叩くと、自分と同じ年頃のかわいい女の子が顔を見せた。屋敷には父娘がたった二人で住んでいることがわかり、泊めてもらうことになる。
 父親は科学者(T博士)で四次元世界へ行ける装置を研究・開発しているという。
 女の子(M子)に母親の所在を尋ねると浮かない顔に。それ以上詮索しないことにした。
 T博士の研究はなかなかうまくいかない。プロトタイプの装置は完成しているのだが、人体実験が必要なのである。
 いつのまにか屋敷に住みついていた私は、M子の母親がかつて実験の犠牲になったことを知った。

 ある日、研究の成果を狙って、謎の男たちが屋敷に忍び込んできた。私の活躍で男たちを撃退する。

 装置が完成した。
 T博士が自ら乗り込むことに。M子と私が見守る中、装置のスイッチが入れられた。しかし、四次元の世界へ移動できたが帰還できない! 実験は失敗か?
 嘆き悲しむM子。私の慰めも聞かず、M子は発作的に装置に飛び乗り、起動させた。
 装置の横に四次元世界を移すモニターがある。私はモニターに釘付けになった。
 真っ暗な世界。そこにM子が到着する。こちらにむかって笑顔を見せた。と思ったら、そのまま凍りつく。一瞬のうちにその顔が干からびていって崩れ去った……
 四次元世界とは、実は地獄だったのだ。
 
 私は叫び声を上げながら洋館から逃げ去った。

 まるで映画を観たような(主人公になったと言うべきか)感覚で、目が覚めてから、しばらく興奮していた。
 その日の授業なんてうわの空だった。

 この項続く




2010/08/20

 「インセプション」(MOVIX川口)

 KinKi Kidsの堂本剛がどうにも苦手だ。デビュー当時はそうでもなかったが、いつのまにか芸能界ズレして、それが売りのようなふてぶてしい(かったるそうな)態度が癇に障る。レオナルド・ディカプリオを好きになれないのは、見た目〈ハリウッドの堂本剛〉だからだろう。
 なんて冗談だけど、どこかズングリムックリのとっちゃん坊やぶりがどうにも受け入れられないのは本当のこと。

 これまでも面白そうだなと思ってもディカプリオ主演ということでパスしてしまった映画はいくつもある。前作「シャッターアイランド」がそうだった。マーティン・スコセッシ監督がなぜ何作もコンビを組むのかわからない。ヒットするからか。
 実際に映画をみればなかなかいい役者なのである。「タイタニック」のときにそう思った。たぶん他の映画もそうなんだと思う。日本だと田中裕子みたいな存在。スチールだと特に何も感じないのに、実際の演技に触れてみると魅力的になる、といった。

 「シャッターアイランド」はパスしたけれど、続いて公開された「インセプション」はぜったい劇場で押さえようと思った。その差は、予告編のインパクト。監督が「ダークナイト」のクリストファー・ノーランということもある。あれだけ話題になって好評をもって迎えられた映画を結局劇場で観なかった。DVDで鑑賞して大いに後悔したものだ。

 もう何年も前になるが、友人からあるDVDを渡された。火星(?)を舞台にしたミステリホラーだった。映画はシリアスなのだが展開に笑ってしまった。映画の冒頭、回想シーンになってドラマは進んでいく。あれっと思ったのは回想シーンの人物がまた回想すること。その回想シーンに回想シーンが挿入されて……いやはや回想シーンの何重もの入れ子状態になっていく。構成上、こりゃまずいだろう、やってはいけない見本ではないか。
 そんな映画の、いくつも重なり合う回想を夢に置き換えたのが「インセプション」といえる。逆に入れ子状態になっているところが売り。
 それぞれの夢の中で、時間に間に合うか否かが描かれるのだから、観客はいつもの映画より何倍もハラハラドキドキする。か、どうかわからないけれど、個人的には「そんなバカなぁ」と叫びながら(もちろん心の中で)興奮していた。

 自分でもいろいろな夢を見て、夢に興味を抱いている人なら、劇中で描写される夢の現象に惹きつけられる。
 何かというと主人公の前に現われる亡き妻、妻殺しの汚名をきせられ会うことが叶わなくなった愛児たちの幻影、突然道路に出現する機関車とか、回り続ける独楽の原理とか。特にトラウマと夢の関係なんて自分でも何度も経験しているから興味津々。

 自分の夢への侵入を防ぐシステムが、謎の男たち、というのも面白い。要は「マトリックス」の夢バージョンだ。
 サスペンスがいくつもの階層になって同時に描かれ、また途中にさまざまな注釈も入ってくるから、わけがわからなくなりそうだが、それほど複雑ではない。さまざまな階層のスリリングを、その階層ごとに楽しみ、また一緒くたになって迫ってくるダイナミックさに圧倒されればよいだけのこと。

 そう自分に言い聞かせながらクライマックスの怒涛の展開に身をゆだねていたら、最後で梯子をはずされた。おいおい、この夢って、あいつのなのか! ってことはいったいどこから続いているのか?
 そしてラストの思わせぶりなカット。「ブレードランナー」ディレクターズカット版みたいな幕切れ。
 一人だから、誰とも確認しあえないじゃないか!

 映画を観ながら途中からずっとワクワクしていた。
 このカットはどうやって撮影したのだろう? 後半、そんな映像のラッシュだった。
 予告編で何度も見せられた垂直に折れ曲がる街だとか、激しい浸食を見せる海岸だとかいったものではない。あんなことはCGでなんとでもなるものだろう。ホテルの無重力状態、川に落ちるクルマの中の衝撃(G?)……。無重力なんて、本当に人物が空中に浮かんでいて、まさしくホンモノって感じ。まさか吊りなんていう原始的な特殊撮影ではないだろう。
 メイキングビデオが見たい。




 ふと考えた。
 もし実相寺昭雄監督が江戸川乱歩の「芋虫」を映画化したらどんな作品になるだろうか。

 シャープなモノクロ映像による、エロスを前面に押し出した中編映画。
 登場人物は四肢を失った夫と、彼をかいがいしく世話する貞淑な妻のふたりだけ。
 妻役は加賀恵子。夫役は堀内正美、か。
 脱ぎまくり、やりまくる。
 音楽は優雅なクラシックで。
 
 でも実相寺監督は撮らないだろうな。
 趣味じゃないような気がして。


 何年か前に「乱歩地獄」というオムニバス映画があった。
 実相寺監督も一編を担当している。
 劇場に足を運べず、DVDも未だ観ていない。
 もしかすると?
 調べてみると、撮ったのは「芋虫」ではなかった。

          * * *

 「死んだ女の子」って、有名な原爆詩だった。
 全然知らなかった。
 訳詩は二つあって、元ちとせが歌っているのは新しい方。
 詩には「あたし」と綴られている。
 なぜ「わたし」と歌うのか。
 訳詩者にきちんと許可を得ているのだろうか?

          * * *

 『突入せよ!「あさま山荘」事件』における連合赤軍の描き方に怒り狂って「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を撮ったという若松孝二監督。私財を投げ打ったと聞く。映画に納得できた。
 ただこうは言えないか。
 あさま山荘に押し入った連合赤軍のメンバーは、その昔、中国人女性を襲った日本兵と同じではないか。
 少なくとも、日本全国の(学生運動に関係ない)一般市民にとっては。
 いやもっと絞ってもいい。当時、群馬の片田舎に住む小学6年生の私には、とんでもない悪人に思えたものです。闇雲に発砲し何人も殺しているわけですから。
 「キャタピラー」のラストで、原爆投下のニュース映像を使って、原爆詩をエンディングテーマにした。
 だったら、原爆を投下したアメリカの非人道的行為はどうなるのか。
 そこを言及しないのは、片手落ちではないですか。
  



 前項の続き。
 「いつかなくなる」の主演女優(の一人)奈賀毬子さんの名前に見覚えがある。声も聞いたことがある。二次会で下倉監督にこれまで何の映画に出演しているのかと訊いてみた。堀井彩監督の「異形ノ恋」だという。観ていない。だとすると、僕のデジャヴはいったい何か。
 本日調べてみたら、初期の下町ダニーローズの芝居に出演しているのがわかった。僕が観ているのは「未来ポリスマンの横恋慕」「リカちゃんと怪獣」の2本。わかっていれば打ち上げ時にそこらへんのことをあれこれ聞けたのに。

          * * *

2010/09/01

 「Colorful(カラフル)」(ヒューマントラストシネマ渋谷)

 原恵一監督の新作がこの夏公開されると知ったのはずいぶんと遅い。あわてたのは封切館が少ないことだ。地元シネコンで上映しないのは仕方ない。MOVIX川口は僕が観たいちょっと地味系(?)の映画がプログラムされない。わざとはずしているかのようだ。MOVIXさいたまはちゃんとフォローするのに。

 有楽町ではTOHOシネマズ スカラ座・みゆき座で上映している。日劇もそうだが、東宝の劇場がTOHOシネマズの管轄になり、おまけに「スカラ座1」「スカラ座2」の区分から、一つがみゆき座に名称変更している。それまでのみゆき座が閉鎖されたからだろう。
 そんなことはどうでもいい。映画サービスデーに駆けつけようと思って時間を調べた。最終回が18時20分から。絶対に間に合わない。すると、1日新橋で打合せが入った。16時開始、終わればそのまま直帰だ。ラッキー!
 が、前日になって打合せ場所がうちの会社に変更になった。

 ほかに上映している劇場はどこだ? あわててネットで調べたら渋谷と池袋でやっていることがわかった。
 ヒューマントラストシネマ渋谷は初めてだ。聞き慣れない名称だと思ったら、有楽町駅前にもある。シネカノンの(オーナーが変わって)名称が変わったのか。
 渋谷のヒューマントラストシネマは宮下公演近く、明治通り沿いのファッションビルの中にある。
 
 映画サービスデーだからだろうか、かなり混雑していた。開始15分前にチケットを購入すると、前方3列しか空いている席がなかった。

 森絵都の同名小説の映画化。死んだ人間の魂が、ある力によって、自殺した中学生の身体に憑依させられる話。ちょっと浅田次郎「椿山課長の七日日間」みたいなプロット。というか、この手のストーリーは昔からよくあるか。

 まず思ったのは、なぜ、この小説をアニメにしたのかということ。
 実写とアニメは別物だ。アニメにするのには、アニメで描く理由がなけれならない。原作がマンガだとしても。
 スタジオジブリの高畑勲監督作品はストーリーだけなら実写映画でいいのでは思えるものばかりだ。実際に作品にあたるとなるほどアニメでなければ成り立たないと考えを改める。
 「火垂るの墓」「おもひでぽろぽろ」「平成狸合戦ぽんぽこ」。
 どの作品も普通なら実写映画として企画されるのではないか。まあ、「平成狸合戦ぽんぽこ」は狸が主役だから毛色は違うけれど。しかし、どれもがあるシーンで「ああ、これはアニメでなければ表現できないよなぁ」と膝を打ったのである(アニメの監督なんだからアニメに決まっているじゃないかという意見は無視する)。
 8月に急逝された今敏監督もそう。「パーフェクトブルー」「千年女優」なんてプロットだけみれば実写化を夢想する。

 「クレヨンしんちゃん」を離れた原監督にも通じるものがある。
 前作「河童のクゥと夏休み」がそうだった。主役が河童だからアニメに何の不思議もなかったが、全体の印象は実写でもおかしくない。観終わると納得できる。それは実写だと表現できない描写(スペクタクルシーンとか)があるということもあるが、アニメと実写の描写の質ということも関係するのではないか。
 アニメだから、より容易に受け入れられるショットやシーンがある。
 玉電のシークエンスは、「ALWAYS 三丁目の夕日」の影響があるにしても、アニメ(CG)だから郷愁を感じたところはないか。はじめから絵であることがわかっているので、それこそすべてを受け入れて。
 昭和30~40年代の東京は世田谷あたりの風景(それはまさに田舎!)にはしだのりひことシューベルツの「風」がインストゥルメントで流れる。「嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲」にも似たようなシーンがあった。劇中「今の時代の方がいい」なんていう台詞もあった。「河童のクゥと夏休み」がそうだったように、「カラフル」もまた「嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲」の延長戦上にある。

 絵が得意という主人公が美術室で描いていた絵が、ほんとうに「ずっと眺めていたい」と思わせるところに真実味がある。ラストで一筆加えられてぐっときた。
 観客を大泣きさせるような展開でないことにも好感を持った。静かに目じりに涙がたまり、頬に伝わる一粒、二粒。でも、エンディングロールが終わることには涙はかわく。しみじみした気持ちで駅まで歩いた。


 【追記】  
 前作同様、この映画もまた脱声優、TV等で活躍する俳優、女優陣がアフレコしている。しかし、誰も顔を浮かべて困るなんてことはなかった。〈天使〉役のまいけるがいい。大阪弁訛りのすました言葉使いが愛嬌になっている。思わず抱きしめたくなる。主人公はクゥの声を演じた冨沢風斗。大きくなったねぇ。




 昨日(4日)は、池ノ上シネマボカンで下倉功監督作品の上映会。何とか最初の上映作品「夏の疫病神」に間に合った。最新作「いつかなくなる」の何気ないエロティシズムにゾクゾクした。
 上映会後の懇親会(打ち上げ)。終電の関係で帰れなくなった監督につきあって、音楽担当のH氏と監督補佐のI氏の4人で新宿で飲み直し。最後はマクドナルド。朝帰り。
 今日は疲れで1日中ふとんの上だった。

          * * *

 「キャタピラー」(テアトル新宿)

 主演の寺島しのぶがベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を受賞したことで一気に知られることになった、若松孝二監督の反戦映画。
 内容がまるで江戸川乱歩「芋虫」のようだ、と思ったら、タイトルの“caterpillar”とは、英語で芋虫のことだという。実は最初、タイトルの意味を無限軌道だと勘違いしていた。昔、チューリップのアルバムで「無限軌道」というタイトルのものがあって、キャタピラのことだと知ったいきさつがある。そんな昔の思い出から、無限に繰り返される人間の愚かな行為=戦争を指すのではないかと思ったのだ。

 冒頭のキャスト・スタッフクレジットがエンディングみたいに下から上にローリングするのが新鮮だった。大いに期待が高まったのだが、続く日本兵が中国人女性(?)をレイプするシーンで萎えてしまった。演出がいかにもなステレオタイプ、また見せ方がしょぼい。手前に炎を合成させた安易な作りなのである。
 以降、映画には違和感ばかり覚えてしまった。そして、残念ながら、最後まで拭い去ることができなかった。

 まず、ヒロイン、シゲ子の性格がよくわからない。戦争から帰ってきた夫(大西信満)の姿(四肢の切断、顔に醜い火傷痕)を見て、驚きのあまりとはいえ、真昼間、外に飛び出して大声で「あんなの夫ではない!」というようなことをわめき叫ぶだろうか? 心情はわかるとしても、あの時代である。義父や義弟の前で本音なんて言えるはずもない。押さえていた感情が堪りに貯まってたまって、あるとき感情を爆発させるのではないか。
 また、夫が〈生ける軍神〉として世間から崇められるが、当時そんなことがあったのだろうか?

 映画で描かれた季節はいつなのか? ラジオから東京大空襲のニュースが流れる。ニュースを聴くシゲ子の服装は半そでの夏服。3月10日はまだまだ寒かっただろうに。
 「都の西北、早稲田の杜に」を歌いながら、何やら活動している学生たちは何者なのだ? いったい何をしているのだ?

 夫は戦場でどのようにして大怪我を負ったのか? 映画を観ながらずっと気になっていたことだが、説明は一切ない。冒頭のレイプシーンに登場する日本兵(の一人)が夫であり、中国人女性に対する極悪非道な行為のみ何度も挿入される。映画の後半になると、夫はその行為がトラウマになって苦しんでいるのだが、まるで四肢の切断はこの行為が原因のような描き方。納得がいかない。

 エンディングに流れる元ちとせの「死んだ女の子」。元は「わたし」とうたっているのに、歌詞テロップは「あたし」。こういうところに激しく反応してしまう。

 反戦の主張があまりに前面に出すぎているのだ。
 またその理由を天皇に結びつけている。僕自身だって、天皇に戦争責任がない、なんて思っていないが、この手の映画でそう主張するのは短絡的ではないか。

 寺島しのぶと大西信満のセックスがかなり濃密に描写されている。また興奮させてもくれる。アダルトビデオ全盛の今、これは珍しい。
 思うに、ふたりのやりまくり映画にすればよかったのだ。たとえば大島渚監督の「愛のコリーダ」。あるいは神代辰巳監督の「赫い髪の女」のように。
 最初は献身的に夫の世話をやくシゲ子。下の世話から、夫のイチモツを手にして擦っているとみるみる勃起していく。そこだけは正常に反応するのだ。最初は手による快楽だけでよかったが、次第に要求がエスカレートしていく。
 食欲と性欲だけが亭主が生きていることの証。だからこそシゲ子は受け入れるわけだが、ただそれだけの日々の積み重ねにやがて夫への不満が募っていく。観客に対して夫の過去のDVが明らかになるにつれ、シゲ子の夫に対する復讐が始まり……。

 あくまでもふたりの性愛だけを描き、その行為の果てに戦争の犠牲者としての姿が思い浮かべられれば、映画の印象はかなり違ってくると思う。
 テーマを声高に叫んだら、作者の思惑とは別に作品が薄っぺらなものになってしまう。




 今週の「うぬぼれ刑事」、ゲストは光浦靖子。また目頭熱くなった。で、大笑い。涙流して笑った。

          * * *

2010/07/10

 「作曲家・渡辺岳夫の肖像」(加藤義彦・鈴木啓之・濱田志 編/ブルース・インターアクションズ)

 TVアニメやTVドラマで渡辺岳夫の音楽に夢中になった、影響を受けたという人は僕より5、6年下、弟の世代だと思う。1970年代前半が小学校の低学年で、「仮面ライダー」以降の変身ブームに多大な影響を受けた世代といった方がわかりやすいか。アニメなら「機動戦士ガンダム」と断言できる世代。彼らにとっては、アニメ番組における「音楽:渡辺岳夫」のクレジットは特別な輝きをもっていただろう。

 「キャンディキャンディ」「アルプスの少女ハイジ」「キューティーハニー」……やはりこちらがアニメ番組を卒業してからの作品ばかりだ。「巨人の星」「アタックNO.1」「天才バカボン」……僕自身リアルタイムで夢中になったアニメ番組はあるが、主題歌(音楽)に特別に反応したことはない。印象的ではあったのだが。

 僕にとって、同じような輝きを持った作曲家といえば、 富田勲である。「ジャングル大帝」からずっといい歌だなあ、いい音楽だなあと思ったものはほとんど富田勲の曲だった。「リボンの騎士」「キャプテン・ウルトラ」「マイティジャック」……。
 そんなわけで、アニメ番組クレジットにおける「渡辺岳夫」は、特撮ヒーロー番組の「菊池俊輔」と同じ意味合いがあった。弟世代とのギャップを感じたときだ。後に特撮仲間たちとカラオケに行ってわかるのだが。

 印象が変わったのは田宮二郎が主演したTVドラマ「白い巨塔」を観たときだった。
 
 そんな存在なのに、本書を図書館で見つけたときは胸ドキドキさせながら手にとった。アニメやドラマにつける音楽がどのように生まれるのか、どんな思いで曲を作っているのか、知りたかったからだ。

 表紙がいい。若かりしころの渡辺岳夫の声が聞こえてくるようだ。スタジオ内の音とともに。


2010/07/12

 「朝日新聞がなくなる日 新聞・テレビ崩壊!」(宮崎正弘/WAC)

 書名に偽りあり。要はインターネット時代になって新聞やTV等のメディアが凋落しているということで、朝日新聞はその一つの存在にすぎない。でもまあ朝日新聞のなくなる日、とすれば、注目度はアップするものな。


2010/07/14

 「奔れ! 助監督 ~奮闘昭和映画史~」(中田新一/早稲田出版)

 監督作品はこれまで一度も観たことがない。にもかかわらず本書を図書館の棚で見つけると真っ先に手にとった。小学校6年生で「映画監督になりたい!」と宣言したにもかかわらず、結局業界に入ることができなかった男からすると、中田監督の半生は実に興味深い。


2010/07/16

 「定本コロコロ爆伝!! 1977-2009 『コロコロコミック』全史」(渋谷直角 編/飛鳥新社)

 コロコロコミックの世代ではない。創刊された1977年は高校3年生なのだから当然だ。「ドラえもん」を中心に藤子不二雄のマンガが多数掲載されていたので、目にするとページを繰る程度。ただし80年代、ページから熱気を感じたのは確か。「こち亀」以外読むものがない「少年ジャンプ」も同様だった。雑誌自体からの熱気はひしひし感じていた。
 本書でかつての編集長が語っていた。「コロコロコミックのライバルは少年ジャンプだった」と。

 
2010/07/16

 「人を惹きつける技術」(小池一夫/講談社+α新書」

 カリスマ劇画原作者が指南する売れる「キャラ」の創り方。
 しかし、漫画に詳しくない人からすると、この書名から人に好かれるノウハウ本だと思って手にとるのではないか。


2010/07/21

 「浮世だんご」(三代目 三遊亭金馬/つり人ノベルス)

 僕が生まれた年(1959年/昭和34年)に出版された幻の本(限定500部)が復刊された。
 弟子の歌笑が金馬の愛犬の散歩に出かけて、途中遊郭で遊んでいたエピソードが「昭和の爆笑王 三遊亭歌笑」(岡本和明/新潮社)に描かれている。あまりによく出来ていたので、フィクションかと疑っていたのだが、本書で事実だとわかった。 
 しかし、GHQのジープに轢かれて死んだ歌笑の師匠が列車に轢かれたことがあるなんて。よく助かったものだ。
 

2010/07/24

 「地に這う虫」(村薫/文藝春秋)

 図書館の棚で見つけ何気なく借りてきた。本を開くまで短編集だなんてことは知らなかった。短編も書くんですね、村薫。
「秋訴の花」「地に這う虫」「巡り逢う人々」「父が来た道」「去りゆく日に」の5編を収録。
 読み応えあり。
 素朴な疑問。本書も文庫化にあたり改訂しているのだろうか?


2010/07/27

 「天才 勝新太郎」(春日太一/文春新書)

 興味深く読んだ。特に「影武者」降板のくだり。
 それまでも、勝新太郎は監督(あるいは映画スタッフ)と仲違いすることはあった。とはいえ、最終的には妥協点を見つけだして事なきを得るのである。雨降って地固まる。仲違い、喧嘩をしたことで前より関係がよくなったということもあったかもしれない。ビデオカメラの撮影を黒澤監督から咎められて、感情を害し現場から消えて控え室(キャンピングカー)に戻った勝新太郎にしてみれば、降板は青天の霹靂だったのではないか。二人の溝をどう埋めるのか、落としどころをどうするか、今日明日くらいで何とかしようと考えていたら、即降板を告げられてしまった。本書を読んでそんな風に思えてならない。
 もう少し黒澤監督が大人(?)だったら!
 主演が勝新太郎で、なおかつ勝新太郎の意見を吟味し演出に取り入れていたら、「影武者」は傑作になっていたと思う。
 
 TVシリーズの「座頭市」が観たい。


2010/07/29

 「アダルトビデオ革命史」(藤木TDC/幻冬舎新書)

 昼食事、自分の机で食事しながら本書を読んでいると、かつての上司が脇を通りかかり何を読んでいるのかと訊いてきた。表紙を見せると驚いていた。アダルトビデオの文字に反応したのだろう。もちろん元上司が想像するような内容ではない。いたって真面目なAVの歴史である。
 
 著者の名は「噂の真相」のAV欄でよく拝見していた。TDCって何の略?
 代々木忠のオナニーシリーズは衝撃だった。あのビデオがキネコになって劇場公開されたとき、日活ロマンポルノの歴史が終わったのだ。エロスはドキュメントだと(「面接」シリーズは今も続いている)。
 やがてV&Rプランニングの「女犯」でバクシーシ山下を知る。フィクショナルなドキュメンタリーに夢中になった。ナンパした女性をホテルの一室でレイプしまくるドキュメンタリーには騙された。
 ドラマでは実相寺昭雄監督の「アリエッタ」「ラ・ヴァルス」!!!!
 そして究極のフィクショナルドキュメントとしてのBABY ENTERTAINMENT。
 言えるのはアイドルものにはまるで興味がなかったこと。
 熟女好きだし……

 10代後半から現代までの自分のアダルトビデオ史を思い出させてくれる。


2010/07/31

 「いかりや長介という生きかた」(いかりや浩一/幻冬舎文庫)

 息子から見たいかりや長介の人生。自伝「だめだこりゃ」(新潮社→新潮文庫)で言及していたかどうか記憶にないのだが、いかりや長介の再婚、再々婚についての事情がよくわかった。
 当時はスキャンダルとして女性週刊誌に取り上げられていて、けっこう胸を痛めたのだ。




2010/07/01

 「不死蝶」(小幡貴一・小幡友貴 編/ワイズ出版)

 俳優・岸田森を最初に認識したのは「怪奇大作戦」だったと思う。そのクールな魅力は「帰ってきたウルトラマン」で決定的となる。本当の魅力がわかるのはもっと大人になってからの再放送なのだが。
 本人が「円谷育ち」と公言しているように円谷プロ作品には縁が深い。「ウルトラマンA」ではナレーションを担当していた。円谷プロ創立10周年記念番組の一つ「ファイヤーマン」にレギュラー出演し、怪獣攻撃隊の一員を演じていた。日本のクリストファー・リー的存在でもあり、吸血鬼を演じた「血を吸う目」「血を吸う薔薇」は人気が高い。僕はどちらも観ていない。

 意外性のあるユニークな俳優なんだと認識を改めたのが「傷だらけの天使」だった。村川透監督、松田優作主演の「蘇える金狼」では怪しげな中国人殺し屋(?)に扮しているのだが、劇中で決定的なNGカットを観ることができる。優作に撃たれた岸田森、反動で後ろの襖(?)を全身でぶち破り床に倒れて息絶えるのだが、襖が頑丈すぎて一度当たったときには跳ね返されてしまうのだ。リアルに考えれば跳ね返ってそのまま絶命だろう。しかし、そこは岸田森、段取りどおりにするために、何度も襖に体当たりして、見事ぶち破ってくれる。ムキになって襖に体当たりするところがおかしい。

 TVで「エクソシスト」が放映された際、なぜか岸田森が気になってしかたなかった。終了後にわかったのだが、神父の声を吹き替えていたのが岸田森だった。
 「ブラックジャック」のラジオドラマ化では、ブラックジャックを演じたのではなかったか。映画の宍戸錠とどちらが先だったのだろう?
 NHK少年ドラマシリーズはたまに海外ドラマも放送していた。タイトルは忘れたが、その手のドラマでも吹き替えしていたように思う。

 本書は出版されたときから気になっていた。が、少々値が張っていることもあって、手が出なかった。手に入れられる懐状態になったときはもうに書店で目にすることがなくなっていた。
 昨年だったか、下北沢の古書店で見つけた。その場で購入すればよかったのに、次の機会にとあとまわしにしたら、次の機会にはもうなくなっていた。そうなると、俄然手に入れたくなるのが人情だ。一般書店で見つけた。新しい版らしい。
 「不死蝶」の蝶は岸田森の趣味が蝶のコレクションだったからだろう。かなりのヘビーコレクターだったらしい。

 実相寺(昭雄)組であることは当時も知っていたが、岡本(喜八)組 でもあることはあまり意識していなかった。「ダイナマイトどんどん」、見逃している。勝新太郎との親交があることも本書で知った。勝アカデミーの講師だったなんて。「座頭市対用心棒」は要チェックのこと。
 「帰マン」では朱川審のペンネームでシナリオを書いた(「「残酷! 光怪獣プリズ魔」)。収録されているのがうれしい。「ファイヤーマン」の「地球はロボットの墓場」も収録してほしかった。
 シナリオだけでなく、演出も手がけていたことも知った。水谷豊が出演するCM。まったく覚えていない。

 役者だけでなく、クリエーターとして活躍する時期にあっけなく逝ってしまった。癌と知ってあきらめざるをえなかったのだが。
 告別式に参列したショーケンがレポーターの質問に対する返答。「岸田(今日子)さんと(水谷)豊とまた『傷だらけの天使』やろうと話していたんだよね」
 あのときの喪失感は言葉にできない。
 関係者の証言がいろいろ掲載されている。
 ショーケンの言葉も。ほんの1行だけど。


2010/07/05

 「ウルトラマンメビウス アンデレスホリゾント」(朱川湊人/光文社)

 「ウルトラマンメビウス」の1エピソード「怪獣使いの遺産」のシナリオは小説家が書いた。「帰ってきたウルトラマン」の異色作であり問題作でもある「怪獣使いと少年」の続編。僕は知らなかったが直木賞を受賞したこともある同世代の作家だった。 
 以前、TV作品「怪獣使いの遺産」の感想で、なぜ過去の名作、傑作の続編を安易に作ってしまうのか、小説家なら小説で発表してくれと書いた。
 本当に小説を書いていたのだ。
 〈アンデレスホリゾント〉とは「異なる地平線」という意味。つまり「もうひとつのウルトラマンメビウス」であり、小説の主人公は研修隊員のハルザキ・カナタ。小説のためのオリジナルキャラクターだが、これがなかなか良い。この主人公の成長物語の側面もあって、TVシリーズのレギュラーたちの関係に何度か胸が熱くなった。
 「魔杖の警告」「ひとりの楽園」「無敵のママ」「怪獣使いの遺産」「幸福の王子」の5編を収録。
 このシリーズはもっと読みたい。

 ところで、朱川湊人というのはペンネームなのだろうか? そうだとしたら、朱川審との関係は?


2010/07/07

 「シアター!」(有川浩/メディアワークス文庫)

 この作家の名前は「図書館戦争」で知ったと思うが、ついこの間まで大きな勘違いをしていた。ずっと〈ありかわひろし〉と読んでいた。当然男性だと思っていたのだ。浩をコウと読ませる女流作家だったのね! 作品を読んだことがなかったからそういうことになる。だから本書を読んだというわけではない。
 きっかけはシアター劇団子の芝居「好きよキャプテン」を観劇したことによる。 有川浩がシアター劇団子に取材して「シアター!」を書いたことを知ったからだ。
 小劇団の裏側がわかって面白い。


2010/07/09

 「5人の落語家が語る ザ・前座修行」(稲田和浩・守田梢路/NHK出版 生活人新書)

 今は真打となった売れっ子噺家たちが語る、それぞれの前座時代。
 取材を受けるのは5人。柳家小三治、三遊亭円丈、林家正蔵、春風亭昇太、立川志らく。
 なぜこの5人なのか? 落語協会から古典派(小三治)と新作派(円丈)、二世(三世?)の代表(正蔵)として3人、あとは芸術協会(昇太)、立川流(志らく)から一人ずつ、という考えなのか。そうなると、円楽一門がいないことが不可解だ。三遊亭は一人でいいということか。  




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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