2010/10/14

 「椿山課長の七日間」(浅田次郎/朝日文庫)

 週刊文春連載の「一刀斎夢録」を読み続け、やはり「壬生義士伝」をあたらなければと思うようになった。図書館に行くたびに棚をみるのだがあったためしがない。文庫コーナーに本書があった。映画「カラフル」で似たような話だと思ったこともあって手に取った次第。


2010/10/15

 「役者六十年」(小林桂樹 聞き手・中山敬三/中日新聞社)

 追悼するために読んだ。代表作が東宝作品ばかりなので、デビュー時から東宝所属の役者だと思っていたら違った。日活から出発したのか。「裸の大将」「黒い画集 あるサラリーマンの証言」「江分利満氏の優雅な生活」が観たい。


2010/10/20

 「イノセント・ゲリラの祝祭」(海堂尊/宝島社)

 映画化第二弾の原作「ジェネラル・ルージュの凱旋」を読みたかったのだが、図書館の棚になかった。代りにシリーズ最新作を借りてきたのだが、ここまでくると作者がこのシリーズを書く理由がわかってくる。


2010/10/22

 「大魔神の精神史」(小野俊太郎/角川oneテーマ21・角川書店)

 書店の棚で見つけてすぐにレジに走った。「モスラの精神史」に感銘を受けた者としては当然だろう。
 題材はモスラより合っているのではとドキドキしながら読み始めたのだが……うーん、どうだろう。イマイチの感。いや、つまらなくはないのだ。


2010/10/22

 「日本映画[監督・俳優]論」(萩原健一・絓秀実/ワニブックス【PLUS】新書)

 新書なんかではなく、A5版ハードカバー、600ページくらいのボリュームがあったら就寝の友になるのに。


2010/10/25

 「怪獣人生 ~元祖ゴジラ俳優・中島春雄」(中島春雄/洋泉社)

 古谷敏が「ウルトラマンになった男」を上梓したときは、やっとトリが登場したと喜んだものだが、そのあとに大トリが控えていたことをすっかり忘れていた。
 日本映画の黄金時代、映画会社の大部屋俳優の仕事ぶりが活写されていて興味深い。これまでの特撮本ではお目にかかったことがない写真の数々も貴重である。


2010/10/30

 「無理」(奥田英朗/文藝春秋)

 地方都市を舞台にした、破滅に向かって突き進んでいく人たちの群像劇。初期の「最悪」「邪魔」の世界が甦ってくる。東北の冬の気候と殺伐とした街の風景が合致、主要人物5人の心情とリンクして迫ってくる。
 どんな風に収束させるのかとドキドキしていた、こうきましたか。




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 昨晩、TVのリモコンをいじっていてわかったのだが、TOKYO MXで21時から「小さな恋のメロディ」が放映された。それも字幕だ。やったぁ!とオープニングの「イン・ザ・モーニング」から観ていた。子どもたちの表情や行動が今見ても新鮮だ。ビー・ジーズの曲をバックにしたマーク・レスター、ジャック・ワイルド、トレーシー・ハイドたちのスケッチは、そのままミュージッククリップだよな。ドキュメントタッチの映像にかなり影響されているなあと今ごろになって気がつく。

「ねぇ、ずっとこの映画観るの?」
 かみサンに訊かれた。
 観るよ、と答えると、ちょっと機嫌が悪い。
「何か観たいの?」
「10時から『少年メリケンサック』があるんだけど」
「わかった、『若葉のころ』まで見せてよ」
「最初から観ないとストーリーがわからなくなる。それにあなたDVD持っているじゃない」
 持ってるよ、まだ開封してないけれど。
 22時からテレビ東京「少年メリケンサック」。
 劇場鑑賞してからもう1年以上経っているのか。

 就寝前に「映画脚本家笠原和夫 昭和の劇」読了。506ページからの「映画界の変質・プロデューサーの不在」で「宇宙戦艦ヤマト 完結編」の話がでてくる。やはり舛田監督との絡みなのだが、続いて「オーディーン 光子帆船スターライト」も手がけているのだ。ところがこれが大失敗。西崎義展は起死回生を狙ってヤマトの復活を試みるがまたまたうまくいかない。結果「ヤマト」の版権を手放さざるを得なかった。
 「愛・旅立ち」も笠原さんなのか。しかし、どうして名脚本家って、晩年でトンデモ映画を書くのだろうか。

 TVがつまらないのでDVDを観ようとセットしたが「博奕打ち 総長賭博」も「ほっこい高松純情シネマ」も反応しない。いったいどうして!?

 
          * * *

2010/10/03

 『「平凡」物語 めざせ! 百万部 岩崎喜之助と雑誌「平凡」と清水達夫』(塩澤幸登/河出書房新社)

 副題のとおり、平凡出版を創業した岩崎喜之助と「平凡」の編集を担当した清水達夫に焦点を合わせた『「平凡」物語』であり『めざせ! 百万部』である。さまざまな資料をあたり、自分の感想や意見を交えながら平凡出版(現マガジンハウス)の誕生から最初の黄金時代までを綴っていく。
 岩崎喜之助がいついかなる状況でどんな心境で清水達夫に雑誌を作ろうと声をかける(電報を打つ)のか、推理していく冒頭なんて、まるでミステリを読んでいる感覚だった。
 著者は元平凡出版の社員、編集者として雑誌にかかわっているから、単純に資料を鵜呑みにしない。自分の経験と照らしあわせ間違っているなら間違いだと指摘する。頼もしい。
 
 それにしても、岩崎喜之助の娘でエッセイストの新井恵美子って、あの方なのだろうか? 
 
 昔、うちでサンケイ新聞を購読していたときのこと。僕が小学6年生から中学時代にかけてなのだが、新聞の読者の投稿欄でよくその名を拝見していた。母親と同じ名前だからどうしたって注目してしまう。母親は戸籍上〈エミ〉なのだが、理由あって普段は恵美子を使っていた。
 母が生まれたときに両親(僕の祖父母)は恵三子と名づけるつもりだった。名前に三を入れるのはある種の決まり。叔母、叔父の名前には皆三が入っている。役所に届けたのは祖父(僕にとっての曾祖父)なのだが、ここで勝手な行動にでた。恵三子だと〈けいぞうし〉と読まれる可能性もあると思って、無断で〈エミ〉に変更してしまったのだ。報告は一切ない。なので、小学校の入学式で先生から名前を呼ばれるまで、母も祖父母もずっと「えみこ」を使っていた。以降、必要時以外は恵美子を名乗ったというわけだ。
 同姓同名ということで、母親も親近感を覚えて応援していたらしい。プロの文筆家になったと知ったときは二人で喜んだ覚えがある。
 

2010/10/06

 「全身落語家読本」(立川志らく/新潮選書/新潮社)

 面白い。書いてあること一つひとつに納得。でもどうして同業者に喧嘩売るのかな。


2010/10/11

 「悼む人」(天童荒太/文藝春秋)

 久しぶりに天童荒太を読んだ。出版されたころかなり話題になった。にもかかわらずどんな内容なのか知らなかった。こんなストーリーなのか! 夢中でページを繰った。
 静謐なテーマを持っているが、実際のところ、この小説の主人公が現れたら、自分はどんな反応を示すだろうか。けんもほろろのような気がする。




 21時からの銀座シネパトス「マタンゴ」を鑑賞する。Tさんからチケットをもらったので。ありがとうございます。

 東宝の変身人間シリーズ4本のうち、唯一子どものころに観ている作品だ。といってもTVでだが。そのほかの「美女と液体人間」「ガス人間第一号」「電送人間」は観る機会がなかった。あまり興味がなかった。その後、「ウルトラQ」の音楽が「ガス人間第一号」の流用として知って、急に関心がわいた。確認したくて仕方なかったがやはりその機会がなかった。DVDを借りたのは最近である。
 観ているといっても「マタンゴ」をスクリーンで鑑賞するのは初めてだ。いや、文芸坐で観ているか。まあ、いいや。

 久しぶりに観て驚いたことがあった。佐原健二の前歯(犬歯の隣あたり)が1本ないのだ。役のためにそういう風に作ったのか、単純にないのか。本当になかったとしたら、俳優としてそんなことが許されるのだろうか。
 マタンゴの声がバルタン星人だった。すっかり忘れていた。最初にこの映画を観たときに気がついていたはずだが。

 かなりよく出来ていた。美術がすごい。人間模様は、桐野夏生の世界をもっとソフトにした感じ。1963年という時代を考えればかなり襲撃的な映画だったのではないか。幼いときにこの映画を見て、マタンゴの姿がトラウマになったと書いていた特撮ファンがいた。「宇宙船」の投稿欄で読んだ。だからもう二度と見たくないと。すぐそばに「これですか?」とのキャプションつきでマタンゴの写真が掲載されていた。さすが編集部。

 この前「電送人間」を観に行ったときに知った。1月2日に放送45周年記念でウルトラQ大会がある。第一部、第二部とあって作品の上映とともに関係者によるトークショーがセットになって通しで5,000円。昨日行ったらチケット完売とあった(当日7名だけチケットが販売されるらしいが)。
 変身人間シリーズのコンセプトを活かしたのが「ウルトラQ」だったんだと今にして思う。途中で怪獣路線になるわけだけど。

 代々木忠を取材したドキュメンタリーも来年早々公開される。これは楽しみだ。




 スリムクラブの向かって左側の男。その背の高さ、しゃべり方、どこかで見たなあと思っていた。「エンタの神様」で何度か見かけたフランケンシュタインに良く似ていた。「うん、いいよ」の声が印象的だった。調べてみたら本人だった。ほんと、若手の芸人でさえ、本当のポッと出なんていないのだなあとちょっと感慨深い。

 その大きさ、その分厚さからいったら自宅で読む本なのだが、早く読了しなければと毎日持ち歩いている本が「映画脚本家笠原和夫 昭和の劇」(太田出版)。カバンが重い。電車の中の読書では腕が疲れて……。
 まったく期待していなかったのに出てきましたよ、ショーケンの名前が。かつて松竹で企画された「西鶴一代男」って、笠原和夫の脚本だったのか。制作はニーディー・グリーディ。「226」も笠原和夫だったのね。知らなかった。未だに観ていないもので。


          * * *

2010/12/13

 「SPACE BATTLESHIP ヤマト」(品川プリンスシネマ)

 前々項から続く

 ヤマトがイスカンダルに向けて旅立つ前のシークエンスで気になることがあった。地球には日本人しかいないのか? 敵宇宙人との戦いに日本の宇宙戦艦、日本人しか登場しない。これはその昔アニメのときでも指摘されていたような気がする。アニメではよくあるパターンでも実写になるとストーリーがストーリーだけにどうにもおかしな世界観になってしまう。地球全体の防衛軍ならば、せめて各艦にさまざま人種がいてほしい。あるいはなぜ日本なのか、なぜ戦艦大和に地球の未来を託すのか、何らかのエクスキューズがほしかった。女性の乗組員が増えたことは喜ばしいが。

 ヤマト乗組員になった人たちにユニフォームが配付され所属が告げられるところ。もしかしたら、僕の期待に応えるてくれるかもしれないと思った。実際それなりに満足させてはくれたのだ。食事風景、休憩時の模様。チーム古代のやりとりとか。
 もっと知りたかった。勤務体制はどうなっているのか? 各人の個室は? 規制はどうなっているのか。やたらとアルコールを飲んでいたような。
 高島礼子の佐渡医師も、オリジナル同様に日本酒の一升瓶を持つというのはどうか。同じ酒好きでも(日本酒が好きだとしても)、もう少しTPOを考えてくれよ。

 全体の印象は「スター・ウォーズ」+「平成ウルトラマン」。チーム古代なんてそのまま「ウルトラマンガイア」のチームライトニング、チームファルコン、チームクロウだ。森雪が優秀な女性パイロットというのは「ウルトラマンティガ」のレナ、あるいは「ウルトラマンダイナ」のリョウのイメージか。
 オリジナルファンはどうか知らないが、波動砲もかなりの迫力だった。あの宇宙の中を一直線で進む光線、どこかで見たなあ。平成ゴジラ、いやミレニアムゴジラ以降の作品で確かあんな画があった。地球上のゴジラが吐く放射能光線が宇宙まで届くという仰天映像だった。
 敵のデスラー、イスカンダルの女王、ともに役者が扮しなかったのは映画の見識だろう。ラストになって登場するCG仕様のデスラー、モデルは西崎義展ではないか。

 地球に帰還する寸前のクライマックスまで、まあこんなものかな、どちらかといえば好評価だった。アニメに思い入れがなければそれなりに楽しめるぞ、と。
 キムタクは主人公のキムタクを演じているのだと思えばいい。山田洋次監督の時代劇「武士の一分」だって、キムタクでしかなかったのだ。若い山崎監督に演技指導などできるわけがない。
 黒木メイサはユニフォーム姿がgood。その身体にフィットしたパンツ(ズボンのことだよ)にクラクラしてた。映画一番の見ものかも。
 ところが、地球を目の前にして絶対絶命になってからのドラマの展開に裏切られた。なんだ、結局アニメのアナクロニズム、安易なお涙頂戴方式を踏襲したわけか。ほんと、がっかりだ。
 せめて敵の攻撃が始まるまであとどれだけなのか、時間経過をきちんと示してほしかった。でないと緊迫感が生まれない。「スター・ウォーズ ジェダイの復讐」のクライマックスはまさにそういう展開だったではないか。


 【追記】

 結局、自分にとってアニメ「宇宙戦艦ヤマト」とは、宮川泰の音楽だった。この映画でも要所要所で、あの主題歌のメロディがスキャットとともに流れてきた。
 エンディングロールで確認すると、ヴォーカルはYucca。「龍馬伝紀行」第4シーズンでお馴染みになったあの声だ。売れっ子ですね。

 


 昨日は寒かった。
 午後、外出。千葉市民会館へ。「ちば映画祭 VOL.3」というイベントで奥田徹監督「スペアキーな冒険」が上映されると本人から連絡もらっていたのだ。これを逃すともうスクリーンで拝見できなくなると思ったので。
 同じ時間帯に上野広小路亭で談大さんの追悼公演があったのだけど、仕方ない。

 17時から「スペアキーな冒険」。冒頭でこれは映画だと思った。カッティングが僕好み。クレーン撮影に意味があった。主役がハツラツとしていた。山崎さん相変わらずいい味だしている。謙さん、これもまたありですよ。
 19時からの「ハッピーエンド」(監督:山田篤宏)。どんどん引き込まれた。ラブコメの「スクリーム」なのね。製作前に監督が提出した企画書に対してプロデューサーが言ったことと同じ反応をしていた。冒頭の洗濯機は「マグノリア」だと。キャスティングが適材適所。夜の街路樹シーンはいつ歌いだすのかと期待していたのに。山田監督にはフェミニズムに何か思いがあるのかと、3つめに質問したかった。

 とにかく、1,000円(予約すれば700円)でこのカップリング上映はとても得した気分。

 今日の午後は川口中央図書館へ。
 読了できなかった「映画脚本家 笠原和夫 昭和の劇」とともに2冊借りる。

 「ブギの女王・笠置シヅ子 心ズキズキワクワクああしんど」(砂古口早苗/現代書館)
 「病院ライブで童謡・唱歌 ボランティアでみつけた新しい旅」(井上堯之/近代映画社)

 相棒シリーズ「米沢守の事件簿」。破綻しているミステリと見せてそうじゃなかったんだと瞠目したのに、最後の最後で破綻したじゃないか。 
 なぜ犯人が遺書のために切り抜きした日記の本体があるのか。隠匿していたなんてありえない。ぜったい燃やすなりなんなり処理していたと思う。描きたいことはわかるけれど。


 【追記】

 最後のM1、どのコンビが優勝してもメディアは大歓迎だったのではないか。
 9度目の正直はもちろんのこと、まったくのダークホースが最後に優勝、 敗者復活戦からの2連覇。話題にことかかない。
 個人的にはパンクブーブーを応援していた。決勝戦のネタで諦めたけれど。




 マイケル・ジャクソンのドキュメンタリーを観ている。
 女性ヴォーカルとマイケルのやりとり。「アンドレー・マルロー ライブ」のポーラとショーケンじゃないですか! ちえさん以外にもやっていたのですね

          * * *

2010/12/13

 「SPACE BATTLESHIP ヤマト」(品川プリンスシネマ)

 「宇宙戦艦ヤマト」 1977-1978… から続く

 「宇宙戦艦ヤマト」が山崎貴監督によって実写映画化されると知って、まず得心した。劇映画デビュー作「ジュブナイル」に宇宙を航海する巨大な宇宙船のショットが登場するのだが、これがその手のハリウッド映画に比べても遜色のない出来だったのだ。正式タイトルが「SPACE BATTLESHIP ヤマト」になって、あくまでも英語表記に固執する姿勢に苦笑した。なぜにそんな英語表記にこだわるのか? アニメと実写を区分するためか。違うだろうな。
 
 思い入れがないから、ヴィジュアル(VFX)以外はどうでもよかった。
 主人公の古代進にキムタクがキャスティングされようが、森雪のキャラクターがツンデレ(演じるのは黒木メイサ)になろうが、酔いどれ天使の佐渡医師が女性(高島礼子)に変更になろうが、全部受け入れていた。いや、ほんと、何の違和感もなかった。
「いんじゃなーい」
 お前は高松しげおか!
 (S氏曰く「佐渡さんは温水さんでしょう!」)

 冗談はともかく、アニメを実写化するには(マンガもそうだけれど)、設定もキャラクターもかなり換骨奪胎しなければならない。「ブラックジャック」を実写化するなら、あのキャラクターにもっと手を加えなくてはならないと思っている。あれは2D(マンガ・アニメ)だから受け入れられるのだ。
 そんなことを思っているので、まずユニフォームにうなずけた。オリジナルデザインを生かしながらちゃんと今風でもあるわけだ。「ウルトラマンガイア」の影響もあるのかな? 上着はすべてレザーなのか否か。スクリーンでアップになるとそればかりを気にしていた。肝はパンツ部分ですけどね。

 実写版「宇宙戦艦ヤマト」に期待したことは二つある。地上から飛び立つヤマトの巨大感と、ヤマト内で暮らす乗組員の生活描写、そのディティールだ。
 「スター・ウォーズ」の冒頭で宇宙船が画面こちらから向こうに航行するときのとんでもない大きさに度肝抜かれた。あれ以上のインパクトがなければ。
 樋口監督の「ローレライ」では、まるで潜水艦内ので生活が描かれなかった。対して篠原監督の「真夏のオリオン」では、予想していたように、きちんと描写していた。宇宙を航行する戦艦で、乗組員は何を食べ、どのように自由時間を過ごしているのか。あるいは戦いの中での命令系統とか。
 それからどれだけ西崎義展色を払拭できるか。昨年公開された劇場アニメでは石原慎太郎が協力しているとか。
 ざけんじゃねぇ。

 この項続く
 



 承前

 何より幻滅したのは映像が美しくなかったことだ。確かに、作戦室(?)の後方上部から部屋全体を俯瞰し、窓には広大な宇宙が広がって見える画は魅力的だった。が、ほかは特にどうというものではない。セル画の傷がけっこう目立った。
 当時TVアニメの最高峰だと思っていた「科学忍者隊ガッチャマン」には遠く及ばない。自分の中ではそういう位置づけだった。

 「仮面ライダー」が、もし主演の藤岡弘が怪我をして一時降板、苦肉の策で佐々木剛の2号にバトンタッチしなければ、その後の変身ブームはどうなっていたか。一部のマニアの間で語り継がれる等身大ヒーロー番組になっていたかもしれないのだ。
 同じことが「宇宙戦艦ヤマト」にもいえないだろうか。再放送で徐々に人気が高まっていたとはいえ、あくまでも一部ファン、マニアの間でしかない。カルトなアニメ作品になるのは十分ありえたはずだ。
(考えてみると、本放送では視聴率がふるわず、再放送で徐々に人気がでてくるというこの構図、同時期放映の「傷だらけの天使」も同じような状況を経ているのだった。)

 TVシリーズを再編集して劇映画で公開されたことが、あの空前の大ブームになる。
 で、その大ブームがその後アニメへの興味をなくす一因となった。それまで特撮とアニメは自分の中の二本柱だったのに。

 劇場公開される直前、日記にこう書いている。

     ◇

 1977/08/09

 「宇宙戦艦ヤマト」が劇場公開されるとあって、マスコミも話題にしているしファン達も何だかんだとうるさい。
 アニメファン、SFファンの自分としてはまことに喜ぶべきことなのに、今ひとつパッとしない。
 それはなぜか?
 確かに「ヤマト」はスタッフもすばらしい人々が集まり、ストーリーも子ども向けというより、青少年向けといった感じで好感をもてるが、やはり「科学忍者隊ガッチャマン」には及ばない。
 両者を比べると良識ある人は「ヤマト」をとるかもしれない。よりSF的だからだ。滅亡する地球を救うべく、はるか彼方の星へ旅立つ宇宙戦艦。
 テーマがはっきりしているし、怪物とかロボットだとか、子ども向けアニメに必ず登場するといっていい超人はでてこない。
 主役はあくまでも「宇宙戦艦ヤマト」であり、その乗組員たちだ。

 では「ガッチャマン」はどうか。
 地球を支配しようと次々にメ鉄獣を送り込むギャラクターとそれに対抗し平和を守ろうとする科学忍者隊の5人。
 こう書いていると従来の幼稚なアニメと変わらない気もする。
 しかし、このアニメが他を大きく引き離している最大の理由は画の美しさにある。
 実にすばらしいのだ。背景にしろ、人間にしろ、機械の冷たさ、が十分に表現されている。
 残念ながら「ヤマト」に美しさがない。
 たとえば夕陽のオレンジ。燃える街並みの赤、海底の深く落ち着いた青。
 「ガッチャマン」は絵を見ているだけでも心がはずむ。

 そしてもうひとつは荒唐無稽にみえる話も回を重ねるごとに重みをもってくることだ。
 ナントカ鉄獣というのがでてきて、それが科学忍者隊のゴッドフェニックスと戦うのがだいたい話の中心になるのだが、それはあくまでも飾りだ。
 そのおもしろさはギャラクターと忍者隊の知恵比べ、人間と人間の戦いにある。
 一枚一枚そのベールがはぎとられるギャラクターの苦悩、それとは反対に自分たちの秘密を知られてしまう忍者隊の、敵を倒せないあせり。
 それが見ているこちらまで伝わってくる。
 今日はベルク・カッツェのマスクがはぎとられた。今まで見せたことがない素顔をみたくて身を乗り出してしまった。
 それほど興奮させるドラマになっている。
 
 「ヤマト」がヒットしたら、今度は「ガッチャマン」だ。
 より科学的に、より人間を描いて劇場公開してほしい。

     ◇

 劇映画第一作めのときは、まだ新しいアニメ映画の誕生にある種の期待感があった。
 今でも思う、TVシリーズを再編集して劇場版にするのだったら、何も2クールのストーリーを1本にまとめることはなかったのだと。
 新撮も含めてイスカンダルに到着するまでの前編、地球に帰還するまでの後編という二部作、あるいはキリよく3部作にすればよかったのだ。まあ、その後の大ヒットを知っているから言えることなのだが。せめて、再編集版がヒットしたのなら、今度は同じストーリーをじっくり腰をすえて全編新作で描くということを考えなかったのか。ある種のリメイク。
 「宇宙戦艦ヤマト」のテーマを考えれば十分ありえたのではないか?
 
 怒りが爆発したのは翌年夏に公開された二作目「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」だ。第一作のラストで沖田艦長が絶命する。この展開が観客の涙を誘ったことに味をしめたのか、今度は乗組員全員を殺すことで、敵との戦いに決着をつけるのだ。自己犠牲が感動を煽るという僕が一番嫌悪する展開。
 このSFアニメの底の浅さを知った思いがした。
 以降、主要キャラクターを勝手に生き返らせたり、また死なせたりでダラダラとシリーズは続いていく。あのドラマ作りは許せなかった。よくファンがついていったものだと感心する。
 「科学忍者隊ガッチャマン」も「科学忍者隊ガッチャマンⅡ」で嫌気がさし、「科学忍者隊ガッチャマン・ファイター」はないものになっている。自分の中では。TVシリーズが再編集されて劇場公開されたが観ることはなかった。

 80年代、プロデューサー西崎某の商魂に嫌悪を抱き、以降、オフィス・アカデミー 、ウエストケープ・コーポレーションの文字は目にするのもおぞましいものになっていった。


 この項続く




 TVで「宇宙戦艦ヤマト」というアニメが始まったのが1974年の秋。日本テレビ、日曜日夜7時30分から8時まで。
「すげぇ面白いんだよ」
「スタッフが豪華なんだ」
 そんな感想を別のクラスの友人から聞いた覚えがある。小学6年ころ、やはり別のクラスだったが、仲間と大学ノートに漫画を描いていて一度見せてもらったことがある。潜水艦が活躍する話だったような。彼らは「青の6号」とか「サブマリン707」の漫画に夢中だった。僕とは好みが違った。
 そんなわけで、「面白い」という評判を聞いても、個人的にはこの新番組には食指が動かなかった。一度もチャンネルを合わせることがなかった。

 中学3年。
 高校受験に向けて勉強を真面目にやりだしたためにこの時間帯はTVを見ていなかったのでは? と思って調べてみたら裏番組にNHK「お笑いオンステージ」があった。そうでした、そうでした。僕は三波伸介を中心にしたこのバラエティが大好きだったのだ。
 だから同じ時間帯に放映されていたTBS「猿の軍団」も観ることがなかった。円谷プロ制作の番組なのに。この時期、特撮モノが粗製乱造され興味がなくなっていた。ウルトラシリーズだって「ウルトラマンA」の途中で観るのをやめてしまったほどだ。映画「猿の惑星」の二番煎じという印象がぬぐえなかったことも要因だろう。
 「宇宙戦艦ヤマト」は一部のまんが、アニメファンには評判がよかったものの、一般的にはまるで話題にならなかった。低視聴率のまま2クールで打ち切られた。

 僕が「宇宙戦艦ヤマト」の映像に触れたのは夕方の再放送だった。「おお!」と快哉を叫んだのはオープニングタイトルだ。佐々木功が歌う主題歌とタイトルバックに興奮した。主題歌は途中で挿入される女性コーラス(スキャット)が耳を捉えた。「続タイム・トラベラー」のテーマ曲とリンクするのではないか。広大で深遠な宇宙をイメージさせるメロディと声。
 スタッフタイトルで確認できる山本暎一、松本零士、舛田利雄、豊田有恒等々の名前に友人の言葉が蘇った。

 戦艦大和を宇宙に飛ばす発想がすごい。子ども向けではないストーリーに好感を持った。いわゆるヒーローが存在せず、乗組員たちのドラマが展開するところ。滅亡寸前の地球を救うべく、遥か彼方の惑星を目指して旅立つ……ロマンがあるなあ。
 にもかかわらず、僕は夢中になることはなかった。松本零士のキャラクターが好きでないのである。ユニフォームのデザインもダサかった。何だ、あの胸の矢印は? 
 設定に疑問を感じた。ヤマトに勤務する隊員が何名いるのか知らないが、女性が森雪だけというのは、どう考えてもおかしい。

 
 この項続く




2011/12/10

 「紡ぎあう言葉と音 ~華麗なる朗読と音楽の世界~」(杉並公会堂 小ホール)

 出演者と演目は次のとおり。

 
 ●金田瑠奈  「雪渡り」 宮沢賢治 作
         ギター:岡田泰孝

 ●桑原美由紀 「高瀬舟」 森鴎外 作
         フルート:阪田みづき
         ピアノ :西津啓子

 ●豊田眞梨子 「源氏物語より 藤壺」 紫式部 作
         大正琴:井上知祥

 ●葛村聡子  「ざわざわ」 服部和彦 作
         クラリネット:大森達郎
         マンドリン :武市綾乃
         ギター   :吉田峰男
    
 開演時間に15分ほど遅れて会場に到着すると、ロビーが殺気だっている。
 警官が3名、酔っ払いの中年男を相手に押し問答をしていた。あたりはアルコールの匂いが充満。酔っ払いが酒瓶を落として割ってしまったらしい。公演中は会場に入れないことがわかった。最初の演者が終了するまでロビーで待つことに。その間、ずっと警官と酔っ払いのやりとりを聞いていた。途中で屋外に出ていったが。

 音楽はいわゆる前衛というべきもの。「高瀬舟」のフルート&ピアノ、「藤壺」の大正琴、「ざわざわ」のクラリネット、マンドリン&ギター、みな僕好みで耳を捉われた。音楽だけをとりだして判断すれば「良い」ということになる。が、朗読とのコラボになると「?」となる。音楽の印象が強すぎて、また朗読と音楽がかぶさっているので、朗読に十分浸れないのだ。その世界になかなか入っていけない。音楽が邪魔してしまうのだ。朗読と音楽のコラボが掛算、足算ではなく引算になってしまっている。
 桑原さんの「高瀬舟」は、なぜかマイクがONになってなかった。最初から最後まで肉声のままの朗読。演奏の方はそれなりの音だから、声が音楽にかき消される状態になってしまう。情景を頭に描くのに苦労した。
 続く「藤壺」はマイクがONになっていたから、まだよかったが。

 終了後、会場を後にするお客さんの一人(男性)が連れの女性に「情景が頭に浮かばない」と文句を言っていたが、その理由は音楽(の演出)にあったと僕は思っている。
 朗読がとてもデリケートな芸であることがわかった。




 先週の金曜日(10日)は荻窪の杉並公会堂小ホールで朗読会「紡ぎあう言葉と音」へ。桑原美由紀さんも出演した音楽(演奏)と朗読のコラボ。詳細は後で、かな。
 昨日は「SPACE BATTLESHIP ヤマト」を品川プリンスシネマで鑑賞。S氏と一緒に。本当は日劇で観たかったのだが、時間的にレイトショーしか間に合わない。映画の前にちょっと飲んで、と思ったら、S氏が「それじゃあ寝てしまう」ってんで、品川プリンスシネマの19時30分からの回にしたわけ。アニメ「宇宙戦艦ヤマト」にまったく思い入れがない、というより大ブームのあの当時シリーズに怒り心頭だった者の感想はいかなるものか。乞ご期待、ってか。

          * * *

2010/09/15

 「昭和電車少年」(実相寺昭雄/ちくま文庫)

 「タモリ倶楽部」でときたま取り上げる鉄道ネタ。楽しんで見ている。別に鉄っちゃんではないけれど、その資質は大いに持っているということだろう。何しろ旅では電車(列車)が一番好きだから。電車に乗りながら窓から景色を眺めていることが一番心が和む。電車の型がどうだとか、写真撮影に一所懸命になるとか、まったくないけれど。
 ちくま文庫に入った実相寺監督の本は皆購入しているので(「星の林に月の舟」だけは単行本を持っているので手に入れなかったが)、本書も発刊後しばらくしてから買ってずっと積読状態だった。
 考えてみると、実相寺監督って鉄道オタクだけは自身の映像作品に反映させていなかった。特撮作品(ウルトラシリーズ等々)でも、もっと鉄道を前面に押し出した内容のものがあってもよかった気がする。電車、列車を舞台にした旅情あふれる作品も観たかった。らしくないか。

 本書についていえば、写真、絵があった方が素人にはありがたかった。


2010/09/18

 「談志の最後の根多帳」(立川談志/梧桐書院)

 談志最後の三部作と銘打たれたシリーズの第二弾、だそうな。 落語のネタに関するウンチク話と実際の高座の活字化。これは楽しめた。談四楼師匠の十八番「柳田格之進」。「芝浜」と同じく談志直伝のネタと思っていた。ある日、師匠から直に聞いた。家元は「柳田格之進」をやったことがないって。ええ!
 本書でもケンもホロロな記述でした。


2010/09/21

 「時効なし。」(若松孝二/ワイズ出版)

 学生のころ、若松監督のフィルモグラフィを眺めながらうなったことがある。ピンク映画は高校時代に一度観たきりで、日活ロマンポルノに乗り換えてしまった。ロマンポルノにも裏切られてばかりいたが、まだピンクよりましという認識だった。内容がつまらない。それはタイトルをみれば一目瞭然だった。その手のピンク映画群に比べたら若松監督のそれはタイトルだけで「観たい」という気持ちにかられる。すごいことだなあと思ったものだ。「胎児が密猟するとき」なんていったいどんな内容なのか。
 一般映画を撮るようになって、注目したのは「餌食」だった。サングラスをしてヘッドフォンをつけた内田裕也がつなぎを着て街中にたたずむ姿(ポスター&チラシ)が実にかっこよくて、大学時代の8mm自主映画「狙われたユニバーシティー」の主人公の衣装にそっくりそのままいただいてしまったほど。映画は観ていないのだけど。すっかり忘れていたが「愛のコリーダ」のプロデューサーでもあったのだ。

 本書を読んで、やはり若松監督には映画「キャタピラー」のテーマは似合わないと思った。
「正義のための戦争などはない。戦争は人殺しである」
 まったくそのとおりだと思う。しかし、人間は大なり小なりその戦争をずっと繰り返しているのである。
 長年パレスチナを応援してきた若松監督は、パレスチナとイスラエルの戦いをどのように見てきたのだろうか。


2010/09/24

 「帰ってきたウルトラマン大全」(白石雅彦・荻野友大/双葉社)

 本書を新刊として書店で見つけたとき思わず手にとって、そのかゆいところまで手が届く詳細な内容に感激しながら結局購入しなかった。必要なところだけ立ち読みで済ませてしまったのだ。帰マンのスーツアクター、きくち英一が上梓した「ウルトラマン・ダンディー」も毎日のように立ち読みしてほぼ読破してしまった。自分の中でやはり第一期と区分する意識が働き、興味はあるものの自分のものにするまでではないと判断した結果なのだろう。
 ブックオフで見つけたときは、ちょうど「帰ってきたウルトラマン」のDVDを借りて再チェックしていたときなので、いい機会だと思って買ったのだった。ずっと積読状態だった。分厚い本なので持ち歩くことはせず、就寝の友として毎晩ページを繰った。

 第一章 始動 第1クール解説
 第二章 発展 第2クール解説
 第三章 円熟 第3クール解説
 第四章 第2期ウルトラシリーズ 第4クール解説
 第五章 戦いの記録 (*スタッフインタビュー)




 先週の日曜(5日)、吉祥寺の前進座劇場で「歓喜(よろこび)の歌」を観劇した。町田正則さんから連絡があったのだ。面白い芝居なのでぜひ観てほしいと。連絡いただければ必ず行きますから、といつも言っているのに、町田さん、連絡忘れるんですよねぇ。
 面白い芝居だった。声優プロダクション、ぷろだくしょんバオバブの公演だから、目を閉じて台詞を聞いているとまるでアニメか洋画なんだから。
 
 芝居のあと、荻窪へ。喫茶「6次元」で二井さんの書き文字展「ミニミニ映画祭」を開催していて伺った次第。

 東京駅で31日の大阪行きハイウェイバスのチケットを購入。昼間のバスでゆっくりのんびり行こうと考えている。もちろんカードを使用。

 本日は午後図書館へ。本4冊、DVD3巻借りてくる。

 『幕末時代劇、「主役」たちの真実』(一坂太郎/講談社+α新書)
 「バカボンのパパよりバカなパパ」(赤塚りえ子/徳間書店)
 「贋作・盗作 音楽夜話」(玉木宏樹/北辰堂出版)
 「映画脚本家 笠原和夫 昭和の劇」(笠原和夫・荒井晴彦・絓秀実/太田出版)

 「眠狂四郎殺法帖」(監督:田中徳三)
 「私を野球につれてって」(監督:バスビー・バークレー)
 「バック・トゥ・ザ・フィーチャー」(監督:ロバート・ゼメキス)

          * * *

 読書録、忘れていたわけではないが、9月分から更新していなかった。今月、できるところまで綴るつもり。

 
2010/09/01

 「ナイチンゲールの沈黙」(海堂尊/宝島社)

 「チーム・バチスタの栄光」に続く田口・白鳥コンビシリーズ第2弾。映画の第2弾は「ジェネラル・ルージュの凱旋」だが、小説ではその前に「ナイチンゲールの沈黙」があるのだ。確かフジテレビで「チーム・バチスタ」シリーズ第2弾としてドラマ化されたのではないか。
 なぜ、「ジェネラル・ルージュの凱旋」が映画化されたのか。映画レビューでその理由を〈ドクターヘリは話題もホット、絵的にも十分サマになる。〉と書いたが、小説を読んでわかった。映像化に適していない題材なのだ。歌がストーリーの重要なモチーフになる。その歌も、歌唱も観客に納得させなければならない。これは難しい。伝説の歌姫の存在とか、歌の上手さとか。実際ミステリの核(?)となる部分に、本当にそんなことがありえるのかと思った。
 白鳥の大学時代の同級生で警察庁警視正の加納達也の登場が興味深い。
 

2010/09/03

 「曽根幸明の昭和芸能放浪記 昭和の夢は夜ひらく」(曽根幸明/廣済堂出版)

 もうずいぶん昔、90年代だったか、80年代だったか、変な深夜番組があった。音楽番組なのだが、その1コーナーで本書の著者、曽根幸明が有名な海外のポップスをみな演歌にしてしまうのである。あれは面白かった!
 「夢は夜ひらく」の作曲者だったとは。
 

2010/09/06

 「十代目金原亭馬生 ――噺と酒と江戸の粋」(石井徹也・編著/小学館)

 生前の馬生にはまったく興味がなかった。女優池波志乃の父親というくらいの認識。志ん朝の口調、口跡はたまらなく好きだったのに。亡くなったとき、享年を知って驚いた。そんなに若かったのか! と。
 今、聴けば味を感じるのか。
 

2010/09/09

 「ロードショーが待ち遠しい 早川龍雄氏の華麗な映画宣伝術」(藤森益弘/文藝春秋)

 小林信彦「黒澤明という時代」が「本の話」に連載されていてときに、一緒に楽しみにしていた。連載の途中から読み始めたので、一冊にまとまったら必ず読もうと思っていた。
 ワーナー・ブラザーズで長年宣伝活動に携わっていた早川龍雄氏。もちろん、この連載を読むまでまったく知らなかった。とはいえ、扱った映画はお馴染みだし、その新聞広告はよく覚えている。
 70年代の映画が懐かしい。表紙の写真でも伺える「エクソシスト」の大ヒット。はっきりと覚えている。女の子と初めて観た映画でもある。それも前橋まで出かけて行ったのだ。同級生の女の子と一緒に観た映画。初めての経験だった。

 この項続く

 


2010/11/20

 「紙ふうせんリサイタル2010 なつかしい未来VOL.5」(サンケイホールブリーゼ)

 承前

 
 書き忘れていた。第2部の平山さんの衣装のこと。第1部がドレッシーだとすると第2部はスポーティーか。若草に彩られたワンピース(?)に真っ白なスリムパンツ。「目に青葉、山ほととぎす、初がつお」的な鮮やかさ。とても似合っていた。髪飾りがまたいいんです!

 あらかじめ決められているアンコールは、お馴染みの「紙風船」。これまたいつものようにお客さんと一緒に歌った。
「皆さん、メロディ歌って。僕らコーラスやるから」


  落ちてきたら
  今度はもっと
  高く高く
  打ち上げようよ
  高く高く
  打ち上げようよ


 赤い鳥のファンになるきっかけを作ったこの曲。歌ってと言われなくても、つい口ずさんでしまう。黒田三郎の現代詩に後藤さんが曲をつけた。初めて聴いたのが中学2年の音楽の授業だった。音楽の先生が赤い鳥が好きで、あるとき、レコードを聴かせてくれた。それが「ミリオン・ピープル」。と思うんだよなあ。自分に都合がいいように思い出になっているのかもしれないけれど。
 最初は後藤さんのソロ、続いて新居さん、その次に平山さんがピアノを弾きながら参加してくる。それからお客さんを巻き込んでの大合唱。僕にとっての紙風船の原点がこの歌い方なのである。

 大ラスは11月の季節にぴったりの「冬が来る前に」。完全に「季節の歌」として定着した感がある。秋が深まると必ずリクエストされる曲だ。ブログでもいろいろな方が取り上げる。オフコースファンにすればくやしいだろう。同名異曲なのになぜに紙ふうせんばかりもてはやされるんだ、と。「まつり」に関しては同じことが北島三郎にいえるのだ。あちらの「まつり」の方が有名だもの。紅白のトリをとったことがあるくらい。


 アンコール

 紙風船/冬が来る前に



 最初に書いたとおり、リサイタルが始まる前にビデオ上映があったので、入場時に配付された「なつかしい未来新聞」が読めなかった。じっくり読んだのは帰宅してから。
 日付は2036年8月2日(童曜日)。前回より12年繰り上がっている。ということは来年は2024年になるのだろうか。
 第一面は「バチカン・オリンピック開幕」と題された記事。
     ◇
 全市国民五百五十余人と全世界から抽選で選ばれた三十人の観客に見守られながら選手団はバチカン広場で身動きが取れぬほどの熱気に包まれた。とゆうかホンマに取れなかった。
     ◇

 世界文化遺産 新競技「紙ふうせん投げ」も

 なんて、見出しも
 笑った。

 なぜ2036年かというと、平山さんが米寿を迎える年らしい。

 二面の〈芸能・社会?経済〉はなつかしい未来vol.5のプログラムと'36新製品レビュー。夢の洗濯機ヒマガデキルーノ、携帯型消音機大人しいMINIを紹介している。執筆は平山泰代記者と杉田淳二記者。
 三面はホットニュース・料理・クイズ。「7倍の幸せ」の楽譜とともに「補助犬の優しいまなざし」の記事。〈今日の料理〉は「鮭の白菜鍋」。国産松茸の人口栽培に成功!の記事も。

 一番注目したのは超難問なつかしい未来クイズ。「なつかしい未来VOL.5のポスター(で)平山泰代が手にしてる本は…? 答えはこのページ下段」とあって、新聞を逆にして答えを見ると、「ニーナ・シモン自伝」とあった。~ひとりぼっちの闘い I PUT A SPELL ON YOU
 後藤さんがこう書いている。
     ◇
 1970年代、6年間東京に暮らして、仕事して、朝のめざめは、アニタ・カーのさわやかなカントリーポップを流し、仕事終って夜はニーナ・シモンをむさぼり聴いた。泰代さんは東京から名古屋までニーナ・シモンのコンサートを追っかけた。JAZZはようわからんけど、ニーナの曲は、フォークソング、ビートルズ、ガーシュウィン、ブルースとジャンルをクロスオーバー。僕らに「時代の声」を届けてくれた。公民権運動の先陣を切って、ハリー・ベラフォンテらと共に革新の道を拓いてくれた。とってもハイテクニックなピアノプレイも難しく聴かせないで、歌・言葉を限りなく透明に聴くものの胸にすーっと届けてくれた。40年経った今もLP、CD、DVD。ニーナはぼくらのそばにいる。
     ◇

 最終面(四面)はお知らせ。
 紙ふうせんLIVE information 2010と題し、二つのライブを紹介している。
 12月4日(土)の「FJ'S(エフジェイズ)ライブ」と12月31日(金)の「JAMJAMライブ-行く年来る年カウントダウン」。
 「FJ'S(エフジェイズ)ライブ」についてはもう何も言うまい。深町さんのご冥福を祈るのみ。7月のライブに伺ったとき、まだ日時が決まっていなかったライブに触れて「集客に協力してよ」と言われた。もちろん、ということで、その後事務所のNマネージャーから依頼されて東京地区FCメンバーのまとめをした。ついでに+αも。5月のJAMJAMシークレットライブみたいなチラシを作ってほしいとお願いしたのだが、梨のつぶて。仕方ないので、自作のチラシを配ったのだった。
 リサイタル終了後、FC+αで開催した懇親会に、紙ふうせんのふたりがスタッフ打ち上げを抜け出して顔をだしてくれた。
 平山さんが言うのだ。
「わたしの作ったチラシ見てくれた?」
 はあ?
「JAMJAMのえとうくんの作ったチラシを真似て作ったのよ。あれ、もらわなかった?」
 え~! である。チラシはお店には貼ってあるらしい。
 リサイタル翌々日、Nマネージャーにライブの出席者(確定分)をメールで知らせ、かつ、電話でチラシを送ってほしい旨お願いした。
 しかし、その後の深町さんの訃報ですべてがご破算になった。平山さん手作りのチラシは幻に。

 だからというわけではないが、31日は神戸に行く。だって出演者の一人が竹田一彦さん(ギター)なんだもの。金関さんの名もある。リュート奏者の高本一郎さん、笛の岸本タローさんも。驚きなのはえとうまさゆきさん! アーティストだけどミュージシャンじゃないよ。
 ちなみに最近「行列のできる法律相談所」によく出演しているヘビメタミュージシャンの冠なんとかという方のしゃべり方がえとうさんにそっくりなのだ。声の質とイントネーションが。
 その昔、TSU-BA-SA時代に深川座という当時できたばかりのライブハウスで大晦日ライブをやったことがある。まだ子どもが小さかったし、大晦日は家族でしんみりとすごすものという自分なりの決まりがあったので残念だけど参加しなかった。
 あれから20年近く経った今、一人で神戸へ行く。
 そんな年末もたまにはいいだろう。


etousan

 なつかしい未来新聞で告知されたえとうまさゆきさんの個展の案内。
 この絵のタッチ、素敵でしょう? 
 大好きです。
 翌日からだったら、絶対観に行ったのに。


2010

このチラシもえとうさんのデザインです。


 平山さんの衣装、どうしても見せたくて、ここのブログで写真がUPされています。
 無断でリンクしちゃいます。




2010/11/20

 「紙ふうせんリサイタル2010 なつかしい未来VOL.5」(サンケイホールブリーゼ)

 承前

 第2部は「いつも心に青空を」で始まった。
 第2部はいつものライブをより音を厚くして聴かせ、プラス新曲発表するという趣旨だと思っている。音の主役はやはりストリングスのラ・ストラーダだ。金関さんが奏でるヴァイオリンの繊細さに心ときめかしてることはこれまでも書いている。音もいいが、金関さんの演奏している姿もかなりのインパクトなのである。
 「いつも心に青空を」では間奏のピアノとヴァイオリンが出色。どういいのか、音楽の造詣がないのでうまく表現できないのがつらい。
 金関さんのコミカルな動きが楽しみでもある。演奏が終わる、その一瞬、ある一点を見つめうなづくことに気がついた。それが僕の位置からだと隣の浦野さん(ベース)と見つめあっているように見える。ただ平山さん後藤さんの陰になって浦野さんの表情がわからない。なぜに浦野さん? この妖しい構図、何度も吹き出してしまった。実際はピアノの今出さんを見ていたそうだ。それならわかる。

 東京時代、女子大の学園祭で発表するために作ったという「街を走りぬけて」のあと、メンバー紹介。

 「You've Got A Friend」に感激した。キャロル・キングの名曲で、邦題は「きみの友だち」。赤い鳥「スタジオ・ライブ」の1曲目。新居(山本)潤子さんのリードヴォーカルだった。
 赤い鳥最初のライブアルバム「スタジオ・ライブ」。初めて聴いたのは中学時代友だちの家だった。「エーメン(コーラス)」をメンバー紹介とともに4つのパート(新居さん、平山さんのユニゾン)、後藤さん、山本さん、大川さんがそれぞれ歌って、聴衆を巻き込んでシングアウトする。とても印象深かった。
 高校時代になって赤い鳥のアルバムを買い集めたときにはもう店頭になかった。長い間幻のアルバムだった。「ちっちゃな子守唄」でおもちゃのピアノをミスタッチして「たんたんたぬき」を弾いて「アイムソーリー」とつぶやく平山さんがかわゆくてね。


 いつも心に青空を/街を走りぬけて/You've Got A Friend


 第1部の「流れ星」に続く新曲は「7倍の幸せ」。
 なのだが、ステージでそう紹介されたとき、僕の耳には「ララバイの幸せ」と聞こえたのである。
「子守唄の幸せ? どんな意味があるのだろう」
 そう思いながら聴いていた。いと恥ずかし。
 バックに映し出された盲導犬、聴導犬、介助犬のスチールの数々。平山さんがカメラ持参で自身の手で撮った。オフ状態でのんびり気ままな犬の表情が笑顔を誘う。


  私はあなたの心がわかる
  あなたの心の涙さえも
  いつでもどこでも
  どんなときでも
  あなたの笑顔が続くように

  あなたが呼べば凸凹道でも
  歩いていける
  寄り添いながら

  私の時間は人の7倍
  大人になるのが早いから
  春夏秋冬 季節の匂い
  7倍の幸せ作りたいから

  あなたが呼べば凸凹道でも
  歩いていける
  寄り添いながら


 「なつかしい未来新聞」に記載された楽譜の詞を写していて、涙がにじんできた。
 なぜか、年老いた黒のラブラドール・レトリバー「泰山」くんのご主人に甘える姿が脳裏に浮かんで。

 「ホーハイホー」ではヴィオラの音色に感激した。ヴァイオリンの引き立役でいつもあまり意識したことがなかったので。
 「虹」でおもちゃのピアノが再登場。今度は今出さんが弾いていた。このピアノ、今出さんの所有物らしい。

 中国に旅したとき、松茸を手に入れて、その場で食べるために途中の食堂にお願いして料理したこと。
 自宅にいると夜鳴きそばがやってきたので、食べたくなって外へ出た。出来上がって食べ始めると、屋台はさっさとどこかへ行ってしまった。暗い道ぽつんと一人。サマにならないので電柱の下でそばをすすったこと。
「以上、ご報告まで」
 と後藤さん。

 昔の尼崎で体験した水害の話から「船が帰ってくる」。
 ステージラスト(もちろん予定されたアンコール前)の曲はお馴染みの「翼をください」。観客とシングアウトするのはいつものことだが、今回は二声で歌いましょうと。
 赤い鳥2枚目のライブアルバム「ミリオン・ピープル」では「もう一度帰ろう」を二声で歌った。会場をメロディとハーモニー担当に分けて後藤さんが指導する。1階の一般大衆席と2階の貴賓席で成果を競い合ったりして。レコードを聴きながらよく一緒に歌ったものだ。
 紙ふうせんになってからはフォルクローレの名曲「時の流れ」をやはり二声で歌っている。こういうことってほかのアーティストもやるのだろうか?
「1階の人たちで歌ってみましょうか」
 後藤さんに促されて歌う。実際のところハモっているのかどうかよくわからない。
「それでは2階の貴賓席」
 これが見事にハモっているのだ。感動。

 7倍の幸せ/ホーハイホー/虹/船が帰ってくる/Route-43/翼をください


 この項続く




2010/11/20

 「紙ふうせんリサイタル2010 なつかしい未来VOL.5」(サンケイホールブリーゼ)

 承前

 平山さんの衣装(ジャケット?)には見覚えがあった。10月の番組改変期、テレビ東京の恒例歌謡番組に出演したときにも着ていて説明していた。南田洋子さんの遺品だと。長門・南田夫妻はふたりの媒酌人だった。1974年5月某日。赤い鳥がよく出演していた「ミュージック・フェア」が縁なのだろう。後藤さんはTSU-BA-SA時代の衣装にベストを組み合わせていた。リサイクル利用ですね。

 バックミュージシャンは、下手から今出哲也さん(ピアノ)、すぎたさん(ギター&コーラス)、浦野直さん(ベース)、そして金関環&ラ・ストラーダ(ヴァイオリン×2、ヴィオラ、チェロ)。レギュラーの3人の衣装は自由きままなもの。どちかというと地味め。対してラ・ストラーダは派手だった。金関さんは赤、第2ヴァイオリンの女性はピンク、ヴィオラは青、チェロはオレンジ。まるで「秘密戦隊ストラーダー」である。いやこれがほんとの「電撃!ストラダ4」か。
 ちなみにチェロはこれまでのテツandトモのトモに似ている方(安本さん?)ではなく、「中学生日記」の何代目かの担任教師、湯浅実をもっとやせさせ二枚目にしたような方。70年代NHKのドラマでよく見たタイプというか、「続タイム・トラベラー」の未来人を演じた3人のうちの一人のような。新劇畑の中堅で下北沢あたりの喫茶店や飲み屋で演劇論をぶっているタイプ。あっ、これ褒めていますから!

 今回、強力な助っ人がいた。おもちゃのグランドピアノ。といっても見た目はかなり本格派だ。そこらへんの街のおもちゃ屋で売っているようなものではない。色は黒だし形も本物っぽい。「流れ星」の前奏では平山さんが弾いていた。赤い鳥時代、「ちっちゃな子守唄」を歌うときってこんな感じで赤いグランドピアノを弾いていたのだろうか?
 赤い鳥ラストアルバム「書簡集」にも「流れ星」というタイトルの曲が収録されている。確か作詞が後藤さんで作曲が渡辺としゆき氏ではなかったか。そう思って調べてみたら、後藤さんの作詞作曲だった。後藤さんとのコンビで渡辺氏が作曲しているのは「ほたる」だった。「流れ星」と「ほたる」。どちらも後藤さんヴォーカルの心にしみる曲である。
 ところで「書簡集」の中で後藤さんの作詞作曲は珍しい。「夕陽おちる国のうた」「ほたる」は渡辺氏、「君を探して」は平山さんが作曲している。紙ふうせんのファーストアルバム「またふたりになったね」に傾注して、作曲まで手がまわらなかったのではないのかと勝手に推測している。
 ちなみに、「書簡集」は赤い鳥のアルバムの中でも一番フォークっぽい。

 第1部のもうひとつの特集が童謡組曲だ。

 「みかんの花咲く丘」でピンときた。通信教育で知られているユーキャンに「映像で綴る美しき日本の歌こころの風景」というビデオ・DVDセット(全8巻)がある。さまざまな歌手が歌う童謡、唱歌、流行歌が収録されている。
 この作品集の中で紙ふうせんが「みかんの花咲く丘」を歌ったいるのだ(ほかに「島原地方の子守唄」「時計台の鐘」「芭蕉布」)。ファンとしては歌声を聴きたいものだが、何しろ単巻売りはない。セット価格38,000円は手が出ない。
 次に童謡組曲があるとしたら、「赤い花白い花」「雨」「ちっちゃな子守唄」「夜店のうた」なんてどうでしょう。「雨」や「ちっちゃな子守唄」は紙ふうせんになってから歌っているのかどうか。おもちゃのピアノが登場すれば、赤い鳥ファンなら誰だって「ちっちゃな子守唄」を聴きたいと思うだろう。平山さんがおもちゃのピアノを弾く前奏でミスタッチをしてくれればよりベター! なんてね。
  

  童謡組曲 ~夕焼け小焼け/赤とんぼ/みかんの花咲く丘/蛙の笛


 「まつり」は夕焼けをイメージしたオレンジ色のホリゾントに感激。
 この曲が誕生したいきさつとともに、赤い鳥時代に芝居の音楽も担当していたことを話してくれた。野沢那智氏の劇団「薔薇座」の芝居。ああ、もう薔薇座だったんだ。

 「竹田の子守唄」は通常の歌詞に一番追加した「サンジュアム」バージョン。


  来いよ来いよと 小間物売りに
  来たら見もするし買いもする


 後藤さんが歌詞の意味を説明していた。以前も書いたことだが、『唄い継ぐこころ ~私の中の「竹田の子守唄」』を読めば、より深い「竹田の子守唄」世界を体験できる。


  まつり/竹田の子守唄
 
 
 この項続く




2010/11/20

 「紙ふうせんリサイタル2010 なつかしい未来VOL.5」(サンケイホールブリーゼ)

 その1から続く

 東牟婁郡太地町は(ひがしむろぐんたいじちょう)と読む。

 本年度(2009年)アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞したことで「ザ・コーヴ」が日本で話題になった。もちろん悪い意味で。この映画は日本のある地域のイルカ追い込み漁を批判的に描いているからだ。批判するためにかなり恣意的に捏造して撮影したらしい、と。ある地域とは和歌山県太地町。
「あれ? ここって、もしかして?」
 クジラ漁を歌った伝承歌「太地綾踊唄」の町ではないのか。

 僕はシーシェパードにもベジタリアンにも与しない。
 たとえば、アフリカなどで絶滅寸前の生物を守るため密漁を阻止するというのならわかる。そうでないのなら他国の文化に口出ししてはならないと思っているからだ。イルカは知的だから豚や牛みたいに食用にしてはならないなんて勝手な論理だろう。
 そういう意味ではベジタリアンも自分勝手ではないか。植物なら食べてもいいなんて。植物だって生きているんだぞ。彼らの耳元で「手のひらを太陽に」を大合唱してやれ。僕らはみんな生きている!
 確かこの地域ではイルカが大量に発生して漁の邪魔になるので駆除している、と聞いたことがある。

 「ザ・コーヴ」について後藤さんはどう考えているのだろうか。そんなことを思った。もちろん、かつて「太地綾踊唄」を取り上げレコーディングしたことがあるからだ。恒例の秋のリサイタルでも披露したことがある。04年の結成30周年記念と銘打たれたリサイタルだった。本格的に伝承歌を取り上げるようになった最初のステージだ。
 大好きな歌なので、また伝承歌特集で歌ってもらえないかと願っていた。
 しばらくして、その太地に後藤さんとえとうさんが旅したと知った。えとうさんに聞いたのだ。そのときは確認しなかったが、もしかしてと思った。もしかして、リサイタル特集の取材じゃないか?
 10月に確認できた。やったぁ! 心の中で叫んだ。しかし、訊けなかった。「太地綾踊唄」を歌うのでしょうか? 太地町を取材して作った歌を披露するだけもありえたので。
 その後、コーラス&ギターのすぎたさんが自身のブログに書いていた。リサイタル時に上映するビデオを撮影しに行ったと。撮影場所を明かさずに。コメントして訊きたかったがやはりできなかった。「太地綾踊唄」を歌うのでしょうか?

 それがそれが! それもアカペラで。ちょっと違うか。すぎたさんの太鼓だけが刻まれる。何の太鼓だか知らないが、これが良い。

 
  エー明日は吉日エー 砧打つエーヨーイヨイ
  エー明日は吉日エー 砧打つエーヨーイヨイ 
  若い娘たちも出ておいでアーホイ
  砧踊りは面白や エー面白や ホイ

  エー何とさいたるエー 枕やらエーヨーイヨイ
  暗い夜中でも目を覚ますアーホイ
  砧踊りは面白や エー面白やホイ

  アーホイ エーくじらをうちの子がつきおいてエーヨーイヨイ
  春が来りゃまじろや伊勢様へホイ
  砧踊りは面白や エー面白やホイ 面白やホイ
 

 次の「流れ星」は太地町に宿泊したときに夜の海を観ながらイメージした歌なのだろう。これまでも何度か書いているが、新曲はステージだけでなくCDで聴きたい。一回だけだと会場を後にしてからのイメージが喚起されないので。
 太地町の思い出話をもっとしてくれるかと思っていたのに、ビデオだけでそれ以上の説明はなかった。後藤さんらしい。
 まあ、いいや。来年、太地に一人旅しよう。
 肌で感じてくる。
 決めた。


 太地綾踊唄/流れ星

 
 この項続く




 リハビリももう終わり。

 一昨日「SP 野望篇」を観に行き、チケットを購入するときに知った。今、「あたしんち」の劇場版アニメが公開されているのだ。TVアニメの劇場版なんて今どき珍しくもなんともない。3Dなので驚愕したわけだ。「あたしんち」ってきちんと観たことがないので、詳しいことはわからない。が、これでだけは断言できる。セル画、いや今はセル画なんて使わないか、つまり、いわゆる2Dである。一般家庭を舞台にした生活ギャグアニメというべきものだ。そんなアニメを3Dにする必要性があるのか?
 あの~、「サザエさん」が好きだからって、3Dアニメを観たいですか?

 矢島美容室の映画化とか、香取慎吾の座頭市とか、番組改変期の特番で十分なドラマをなぜ劇場映画にするのか。企画した人、出資する人の考えが全然理解できなかったが、「あたしんち」の3D映画はそれ以上に大声で叫びたくなる。
「何、考えてんだよ!」

 金曜ロードショー「魔法にかけられて」が観たいが、22時から「SPEC」がある。録画すれば簡単なのだけれど、まだ録画機がない。ボーナスはいつ支給されるのか。


     ◇

 ●STAR WARS EpisodeⅠ and T&D 2005/06/27

 先週金曜日は「タイガー&ドラゴン」の最終回。朝からしっかり録画予約しておいた。
 帰宅したのは21時ちょい過ぎ。TVをつけると日本テレビ「金曜ロードショー」枠で「スターウォーズ エピソード1」を放映していて、そちらを観る。
 もうすっかりそんな気持ちもなくなってしまったが、「SWⅠ」がロードショーされた時はかなり興奮していた。混雑を避けて確かウィークデーの朝イチの回に劇場に足を運んだのだ。大きな声では言えないが、会社には病院立ち寄りとか連絡して。

 今度のシリーズの個人的な特徴は一度劇場で鑑賞すると、ビデオ(DVD)がレンタルされても観直さないこと。1980年前後、「SW」「SW 帝国の逆襲」「SW ジェダイの復讐」が公開されていた頃はかなり熱中した。劇場には2度通い、「SW」のTV初放映時には、バイト仲間が部屋に集って、声優のキャスティングに罵声を浴びせながらの鑑賞となった(ルークが渡辺徹、レイア姫が大場久美子、ハン・ソロが松崎しげるなんだもの)。前シリーズはビデオを何度も借りているし、TV放映があれば必ずチャンネルを合わせた。
 しかし、「SWⅠ」「SWⅡ」は劇場で一度観たらもう満足。後に引かない。以前「Ⅰ」がTV放映された際も、ポッドレースのシークエンスだけ観てやめてしまった。

 今回もそのつもりだったが、かなりに夢中になって最後までつきあってしまった。
 アナキン坊やがかわゆくて、かわゆくて。表情もよかったが、その声に反応していたことも大きい。最後のテロップで確認すると矢島晶子だった。クレヨンしんちゃんおそるべし! アフレコ時に、お遊びでしんのすけ声でアナキンを演じスタジオ中爆笑になった、なんてね。
 オビ=ワン・ケノービの師匠クワイ・ガンの声は津嘉山正種だったのだが、村井国夫のようでもあり、困った。津嘉山正種といえば、「男はつらいよ」のタイトルバックのエピソードに必ず登場していた時期があった。「男はつらいよ あじさいの恋」では本編にも登場していた。どうでもいいことだけれども。

 いつもより放送時間を延長して「SWⅠ」は終わった。翌日、録画しておいた「タイガー&ドラゴン」最終回をワクワクしながら再生してみると、な、なんと前半が「金スマ」ではないか。テロップで「30分繰り下げて放送しています」なんてでている。これはいったいどうして? 
 一度、野球中継の延長で、同様なことが起こり、悔しくてたまらなかった。そんなわけで今回も予約には万全の注意を払ったのだ。スポーツ中継がないことを確認してG予約。その結果がこれだ。30分の延長は何が原因なのだ? 
 外出していたのならまだ諦めもつく。自宅にいて、本当はリアルタイムで観ようと思っていたにもかかわらず「SWⅠ」に最後までつきあってしまったあげくのこの結果。一度は6チャンネルを確認すべきだった。
 TBSのバカヤロー! って責任転嫁か。


 ●1978 「SW」の夏 2005/06/29

 「SW」の存在を知ったのは「キネマ旬報」の記事(広告?)だった。「アメリカン・グラフィティ」の監督ジョージ・ルーカスがSF映画を撮っているというもので、公開は1977年を予定。タイトルは「惑星大戦争」だった。
 いわゆるB級SFっぽい雰囲気で、宇宙が舞台のSFにそれほど興味のなかった私は食指を動かすこともなかった。
 ところがアメリカで公開されるや、大ヒットを記録、「惑星大戦争」は原題「スター・ウォーズ」に変更されて、日本の公開が1年延期される。こうなると、ハワイやグアムで「スター・ウォーズ」を鑑賞する批評家が続出し、その手の記事が映画雑誌を飾ることになる。「SW」ブームの到来だった。とにかく煽る煽る。マスコミに〈スター・ウォーズ評論家〉と揶揄される始末。

 78年になると、夏のロードショーに向けて各TV局が特集を組む。冒頭の巨大宇宙戦艦が画面手前から奥へ飛んで行くショット、クライマックスのバトルシーン、すべての特撮が斬新で一気に期待が高まった。シュノーケルカメラ(というもの)を使えば、ミニチュア模型も巨大感がでるのだと、とても感動したことを憶えている。
 日本の映画会社は「SW」が公開される前に、二番煎じの映画で一儲けを企んだ。
 特撮で名高い東宝は「海底軍艦」の轟天号を宇宙船にして、森田健作、浅野ゆうこ主演のスペースオペラ風映画を突貫工事で仕立て上げた。タイトルは「惑星大戦争」。何と安易な!
 東映は石森章太郎を原作者にして「里見八犬伝」を基にした「宇宙からのメッセージ」に着手。監督は深作欣二。主演にビック・モローを迎え、そのほか千葉真一、真田広之、志穂美悦子、アクション俳優をそろえた。特撮に本家同様シュノーケルカメラを使用したことが話題になった。
 今もってどちらの映画も観ていない……。

 「SW」の公開はちょうど今頃だっただろうか。当然のごとく大ヒットした。しかし、私はというとすっかり「SW」に飽きていたのだ。TVの特集の見すぎである。映画を観てしまった気分になっていた。
 78年は大学受験に失敗し、予備校に通っていた年。夏休みが終わって、また予備校に通いだしたとき、クラスの女の子から「SW」の前売券をもらった。もし彼女にチケットをもらわなければ劇場で「SW」を観なかったかもしれない。   
 後日渋谷東宝に一人で観にいった。評判の特撮より、得体の知れない宇宙人がたむろする酒場のシーンや、ストップモーション撮影の立体チェスに心踊らされた。

 翌年、日本語版も観ている。ルークは奥田瑛二、ハン・ソロが森本レオ、ダースベーダーは南原宏司(と思う)。レイア姫は誰だったのだろう。配役だけ聞くと「え!」ってなものだが、実際は見事にマッチしていた。さすがジョージ・ルーカスの監修だけのことはある。今では幻の日本語版だ。
 ちゃんとした日本語版があるにもかかわらず、TV初放映時になぜアフレコし直したのかわからない。渡辺某も大場某も松崎某も全然合っていなかった、というより、声を聞くと本人の顔がイメージされてしまうのだ。最悪。
 話題作りのために、声の出演に有名な俳優を起用することがある。昔フジテレビが「ある愛の詩」を放映した際、噂のビッグカップル山口百恵&三浦友和がアリ・マックグローとライアン・オニールの声を当てた。これもひどかった。山口百恵はどうやっても山口百恵なんである。逆に三浦友和の声はライアン・オニールになりきっていたのが不思議だった。
 話がそれた。
 

 ●その後の「SW」 2005/07/01

 「SW」の旧3部作が最新技術で加工され、特別編として順次公開されたのは何年前になるのだろうか。
 「SW 特別編」は家族3人で観た。これには感激した。まあ、かみサンはこの手の映画にはまるで興味がなく、父娘につきあっただけにすぎないが、娘と一緒に劇場で「SW」を観たということに意味があった。自分の子どもと「ドラえもん」の劇場版と「SW」を観ることが独身時代からの夢だったのだ。
 「東京ディズニーランド」のスターツアーズに夢中だった娘に一度は映画「SW」の世界を劇場で体験させたかった。で、娘が「SW」シリーズにはまってくれれば、……なんていう考えは甘かった。「帝国の逆襲 特別編」「ジェダイの復讐 特別編」は一人さびしく鑑賞した。

 さて、この特別編、意味があったのは「ジェダイの復讐」だけだったような気がする。
 当時発表されていた9部作の中間にあたる3部作の最終作であり、「帝国の逆襲」で提示された謎が解明されるとあって、公開を今か今かと待ち望んでいたのが「ジェダイの復讐」。ふたを開けてみると、ダースベーダーは本当にルークの父だし、レイア姫とルークは双子の兄妹だし、ってんで、ストーリー的には残念な結果になってしまったのだ。
 まあ、それはいいとして、不満だったのは冒頭に用意された宇宙人バンドの演奏シーンとラストだった。前者はちっともはじけていないし、後者は帝国を倒したお祝い(祭典)がイォーク族の惑星だけで催されていることに対する反発。それが「特別編」では見事に解消されていた。エンディングのフォルクローレ風音楽も良かった。

 「帝国の逆襲 特別編」はどこが加工されていたのが全然気がつかなかった。ちなみに私は「帝国の逆襲」が一番好きだ。ラストがあからさまに「次に続く」的でなかったら、完璧だったのにと思っている。
 映画がヒットして、3部作になると、2部、3部が連続物語になるというパターンは「SW」シリーズが作り出したのだろう。「バック・トゥ・ザ・フィーチャー」しかり、「マトリックス」しかり。

 とはいえ、ノーテンキな勧善懲悪、単純明快な「SW」の魅力も捨てがたい。最近むしょうに観たいのが「SW」だ。それも特別編ではなく、「EpisodeⅣ A NEW HOPE(新たなる希望)」のタイトルもついていない78年に公開された「SW」オリジナル版。ビデオレンタル屋でとんと見かけない。
 どなたかご存じないですか?


 ●あらためて「SW 特別編」 2005/07/07

 この前の日曜日、TVで「SW 特別編」が放映された。
 9時から観るよと言うと、かみサンと娘に思いっきり反対された。同じ時間帯にNHK教育でN響コンサートがあって、そちらを観たいと。
「SWは録画すればいいじゃない」
「録画するほどでもないんだよ」
「N響も同じ、リアルタイムで鑑賞したいの」
「じゃあ、多数決で」
 って、うちは3人家族。負けるに決まっている。
 ショックだったのは娘の一言だった。
「SWのどこが面白いの?」
 あのなあ、昔、映画館に観に行っただろう? 喜んでいたじゃないか。
「昔は昔、今は今。前に遠足のバスの中で「SW」のビデオをやっていたんだけど、つまんないから皆寝ていたんだよ」
 はい、はい、わかりました。
 Gコード予約して、ふてくされて寝てしまった。

 録画したビデオをやっと観た。
 「帝国の逆襲」以降、シリーズをとおして観なおしてみると、どうしてもある一箇所にひっかかってしまう。
 ルークとオビ=ワン・ケノービが初めて会ったシーン。ケノービがルークにルークの父とダース・ベーダーの思い出を語るその台詞だ。
「……(君のお父さんとは)いい友達だった」
「父はどんな最期を?」
「ダース・ベーダーというジェダイの騎士がいた。私の弟子の一人だったが帝国軍と組んでジェダイの騎士を次々と殺していった。君のお父さんも奴に裏切られたんだ」

 この時点ではルークの父とダースベーダーは別人だった。絶対そうだ。ルークの父とケノービは対等の友人、ケノービの弟子がフォースの暗黒面に取り入れられてダースベーダーになった。そうとしか考えられない台詞、演技なのだ。ケノービが思い出話中に少しでも逡巡する表情を見せてくれたらと思わずにはいられない。
 たぶん、映画がヒットし続編の製作が決定してから再度ストーリーが検討されて、インパクトをつけるためにダースベーダーとルークの関係が父子になったのだろう。そりゃね、「帝国の逆襲」クライマックスの「私はお前の父だ」の台詞には驚愕したよ。ルークの右手首だか左手首が切断されたショックの後の二段攻め。
 事実なのか否か? 「ジェダイの復讐」のストーりー的見どころはそこだった。あっさり肯定され、おまけにラストには改悛してしまいやがんの。

 当初のとおり、若きケノービとダースベーダーになる弟子、そこにアナキンが絡むストーリーでエピソードⅠ、Ⅱ、Ⅲが製作されたらどういう内容になったのだろう?




 昨日は映画の日。地元シネコンでレイトショーを楽しんだ。

 映画は「SP 野望篇」。TVではドラマはもちろんのこと、カメラワークにしびれていたにもかかわらず、映画になると期待はずれの場合が多い。「ケイゾク」「ハゲタカ」がそうだった。そういう意味では満足できた。

 冒頭のアクション、トラックシーンは「マトリックス リローレッド」の応用ですな。なかなかの出来だが、スタジオでのグリーンバック撮影と実写の合成がわかってしまうのは残念。
 後半の展開に疑問符が生じる。ハラハラドキドキ感とは別に。

 今日は、退社後、荻窪で開催されている展覧会にいくつもりだった。シネコンからの帰りに風邪をひいたのか、朝目が覚めたら喉が痛い。ちょっと熱がある。というわけで、早々に帰宅した。もう寝ます。

 mixiでは、レビューという形ではなく、映画の思い出話をよくしていました。


     ◇

 ●THE RING vs. リング 2005/06/21

 先週、TVで「THE RING」が放映された。「リング」のハリウッドリメイク版。劇場にも行かず、ビデオも借りずじまい。初めての鑑賞となったのだが、いやホント、オリジナル版をそのままアメリカ映画にしたって感じだった。だからだろうか、恐怖は半減していたように思う。

 「リング」といえば、今ではまず誰でも映画をイメージするだろう。貞子のキャラクターも確立されて映画を離れて一人歩きしている感がある。原作では貞子が男であることなんてほとんど忘れ去られている。(睾丸性うんたらかんらという症候群で、見た目は絶世の美女という設定)

 ホラー小説「リング」(鈴木光司/角川書店)はその怖さが口こみで広がっていき評判になった。噂を聞いて、ホラー好きでもない私が図書館で借りてきたくらいなのだから。読んでみて、確かにラストに驚愕した。
 今、当時の日記をあたったら〈主人公の二人が消されてしまった〈おまじない〉を探しだすまではあまりにもご都合主義って感じ〉とそっけない。

 続けてフジテレビのスペシャルドラマのビデオを借りてきて観ている。
 小説世界をうまくドラマ化しているけれど、期待したほどではなかった。主人公夫婦に息子がいないから、おまじないを探して悪戦苦闘する主人公の心情がいまいち響いてこなかった。

 映画化された「リング」はよく出来ていた。原作を読んでいるにもかかわらず、何度も震え上がった。オリジナルのアイディアが効いていた。
 映画と原作の比較、分析は「まぐま」で「小説と映画のあいだに」の第1回めに書いているので、ここでは省く。

 以前TVで「リング」を観た際に思ったことは、ブレイク前の若手女優が顔を揃えていることだった。
 松嶋菜々子、中谷美紀、竹内結子……
 中田監督に一度アイドル映画を撮らせたら面白いかも、と思ったのですがね。


 ●リングvs.らせん 2005/06/24

 映画「リング」&「らせん」は大ヒットしたが、話題にのぼるのは「リング」ばかり。続編が作られ、ハリウッドでリメイクされているうちに「らせん」は忘れ去られてしまったようだ。
 個人的には「らせん」の方が好みなのだ。(触れることによって)人の心が読める中谷美紀がよかった。主人公が彼女に手を触れようとして、ふっと身をよけるシーンが印象的だった。超能力者の孤独がよくでていた。

 小説はというと、「リング」の後、続けて図書館から借りて読んだ。
 1996年の日記、9月19日にこう記している。

     ◇
「リング」の後日談。妻子を守るために悪魔に魂を売った前作主人公は妻子に死なれ、瀕死の重傷を負い、物語の途中であっけなく死んでしまう。
「エイリアン2」に対する「エイリアン3」みたいなみもふたもない展開で、前作のあの活躍は一体何だったのか。
     ◇

 印象はよくなかった。
 それより映画ではどうだったのか。「リング」のヒロインと息子は関係していたのだっけ? 肝心のストーリーをすっかり忘れている。
 中谷美紀しか印象にないのであった……




 4年前の今日だったんですね、実相寺監督の訃報を知ったのは。
 で、4回にわたって自分の実相寺監督作品体験を綴ったのでした。

 「帝都物語」は20代後半、結婚したあとでした。念願の映画業界への足がかりをつかんだというのに、あっけなく潰えてしまった。理由は本文にあるとおり。嗚呼。
 「星の伝説」は何とか家族3人の生活が軌道に乗り出したころ。この上司とは毎日喧嘩していました。毎晩のように呑みにつきあわされて説教と自慢話ばかりを聞かされる。もう爆発寸前。でも、これで酒を少しは飲めるようになったし、本当の意味で躁鬱から脱出できた。とても感謝しています。皮肉でも嫌味でもありません。

 実相寺監督が亡くなって4年。どなたか「実相寺昭雄論」を上梓するのではと待っているのですが、今のところそういった話は聞こえてこない。

     ◇


 ●実相寺監督逝く 2006/12/01

 今朝、トイレから出るとかみさんが一言。
「実相寺昭雄が亡くなったって」
 TV「朝ズバッ!」で速報が流れたらしい。
 信じられなかった。
「うそ!」
 叫んでしまった。「何かの聞き違いじゃないか?」
「だって、さっきTVでそう言ってたもの」

 昨年は京極夏彦の人気ミステリ「姑獲鳥の夏」を映画化した。実相寺監督のコアなファンとしてはいろいろ不満があったが、その後オムニバス「乱歩地獄」の一編を撮った。この作品は劇場公開を見逃してしまっていまだ未見。にもかかわらず「姑獲鳥の夏」以上に実相寺タッチが全開していると睨んでいる。実相寺監督は乱歩の世界が大好きなのだ。
 そういえば夏目漱石原作のオムニバス映画「ユメ十夜」にも参加している。
 TVでは「ウルトラマンマックス」で相変わらずの実相寺ワールドを展開。うれしかった。「狙われた街」の続編は「今、なぜ?」の疑問に答えてくれた。
 最近は70年代の特撮ヒーローシリーズ「シルバー仮面」の時代背景、設定を変更したリメイク「シルバー假面」の監修・監督をしていたはず。まだまだ現役、第一線で活躍している監督なのである。
 それが突然の訃報。
 悲しい。つらい。
 特撮以外の作品をもっと撮ってほしいと思っていたのに。

 「まぐま vol.14」に「書評的実相寺昭雄論」を掲載した。円谷英二生誕100年を記念して上梓された「怪獣の日々 私の円谷英二100年」(筑摩文庫)について書いた「夕景工房」レビューを一部改訂したものだ。その最後にこう記した。すこし長くなるが引用する。

     ◇
 昔ながらの縫いぐるみとミニチュアワーク、吊りを使った怪獣映画を作りたい旨のことをこれまでも、もちろん本書でも何度も書いていることだが、本当にそうなのか、僕は実相寺ファンにもかかわらず信じられない。その気持ちに嘘偽りなんてないのだと思う。でも実相寺監督は、特撮、ことウルトラに関しては思い入れとは逆にもう卒業してしまったのではないか。いわゆる怪獣が出現して特捜チームが出撃、最後にウルトラマンが登場して怪獣を倒すフォーマットはすでに実相寺監督の眼中にはないのではないかと思えてならない。平成ウルトラマンでやたらと特殊フィルター(レンズにワセリン塗りたくり?)を使用したのは実相寺監督のある種の照れではないか。 
 では実相寺監督にお前は何を期待しているのかと問われれば、やっぱりクラシックとエロティシズムと東京(都市論)だろう。2本のアダルトビデオ「アリエッタ」「ラ・ヴァルス」の衝撃ったらなかった。江戸川乱歩の短編にSM的要素を加味した「D坂の殺人事件」は贋作作りの工程に僕の職人フェチの血が騒いだ。 
 昔の想い出話に花咲かせたこの手の本をたまに上梓しながら、そんな映画を撮ってくれないかなあ、なんて夢想している。
     ◇
 
 昭和初期の東京を舞台に、クラシック音楽がふんだんに流れる中、男女が繰り広げる妖しく淫らな世界。かつて夢想した、実相寺昭雄監督のSM映画は二度と観られなくなった。

 涙とともに合掌。


 ●「帝都物語」の頃 2006/12/03

 もうかれこれ20年前になるのか。
 その日、かみサンと渋谷で話題作「ゆきゆきて神軍」を観てから、一人で成城学園へ向かった。デン・フィルム・エフェクトというポストプロダクションの面接だった。

 鬱から開放されて、何とか仕事ができるようになったので何かないかと情報誌を見るとデン・フィルム・エフェクトがアルバイト募集をしていた。円谷プロの光学撮影スタッフが独立して設立した会社。TVや映画、CFの光学撮影のほか、タイトルも手がけていた。

 市川崑監督の金田一シリーズのあの有名な、スクリーンを縦横並ぶ極太明朝体のタイトルも担当、というか、崑監督に、あのデザインを発想させてもいるのだ。タイトルを発注した際、見本の中にあのような文字列があったらしい。会社としてはあくまでも準備段階のものだったらしいのだが。崑監督はひと目見て「これはいい!」とそのまま使ってしまったのこと。

 そんなことはどうでもよくて。
 これは願ってもないチャンスとばかりに電話すると履歴書を持って面接に来てくれと。
 
 会社は駅から歩いて10分ほどの大通りに面したマンションの1階にあった。階段を挟んだ二つの住居を会社として使用していた。道路側から見て右側の部屋が光学撮影用のカメラや現像室、打合せ室がある作業場。左がいわゆる事務所。食堂もあって、残業になるとスタッフはここで社長の奥さんが作る夕飯を食べた。アットホームな職場だった。
 
 面接の結果、翌日から通うことになった。時給はがいくらだったか? 一ヶ月、かなり残業しても10万円を超えることがなかったから低賃金であったことは確か。支払いは現金で、その額を恥ずかしく思いながら給料袋をかみサンに渡すと、「お疲れさまでした」と頭を下げて受け取ってくれる。うれしかったな。このとき、丸井インテリア館でマネキンをやっていたかみサンは倍以上稼いでいたのだから。

 給料は安かった。でも毎日が楽しかった。通い始めた当初こそ、鬱の後遺症で気分が晴れない毎日だったが、一週間すぎるとすっかり治っていた。
 何より職場には幼少時代からウルトラシリーズのクレジットでお馴染みの憧れの人がいるのだ。光学撮影で有名なN・M氏。仕事をしているときとそうでないときの落差が激しすぎた。ラッシュフィルムをムビオラで確認しながら、部下に指示をだすN・M氏はカミソリのような怖さだった。それが休憩時間はやさしい。いや、仕事中が震え上がるほどだから、ものすごくやさしく感じるのだった。

 社長のI・S氏は「帰ってきたウルトラマン」の光学作画でその名を覚えた。休憩時に、昔の思い出話を何度か聞かせてくれた。
 直属の上司のM・M氏には何かとお世話になった。「ウルトラマンレオ」のクレジットは〈合成技術〉。

 働きだしてすぐ実相寺監督の久しぶりの監督作品「帝都物語」の合成の仕事が始まった。
 少しして、「帝都物語」の特撮監督・大木淳吉さんがちょくちょく顔を見せるようになった。そう、第一期ウルトラシリーズで特殊技術を担当した、そして、「帰ってきたウルトラマン」の11月の傑作群のひとつ「落日の決闘」を監督した、特撮に夕景を多用した憧れの人。
 実相寺監督の盟友、事務所コダイの代表者。


 ●「帝都物語」の頃 2 2006/12/04

 大木淳吉さんはとても気さくな方だった。
 実相寺監督が、第一期ウルトラシリーズ時代の想い出を小説にした「星の林に月の舟」(大和書房、ちくま文庫)は、自身を主人公に、特撮番組に賭ける若者たちの青春群像という趣きがあり、とても感銘を受けた。
 この小説をTBSが「ウルトラマンをつくった男たち」というタイトルでスペシャルドラマ化。大木さんをモデルにした特技監督役を柳沢慎吾が演じていて、笑ってしまった。まあ似ていなくもない。
 いつも笑顔をたやさない。こちらのつまらない質問、疑問にきちんと答えてくれる。打ち合わせで顔を見せると、気持ちが和んだ。来訪を心待ちにしていたところがある。

「君は現場タイプだよ」
 ある日、大木さんと雑談している最中に言われた。自分でもそう思っていた。でも、コマーシャルの現場では、毎回スタッフが入れ替わり、いつも萎縮して自分のカラーを表に出すことができなかったんですよ。
 そんな話をすると、
「大丈夫だよ、慣れだよ、慣れ。おいでよこっちの世界に」

 もし、あのとき、デン・フィルムでアルバイトを 続けていたら、どうなっていたのだろう。たまに思い巡らすことがある。
 ポストプロではなく、撮影現場の下っ端として働きだし、そのままフォースの助監督となって、それを皮切りに映画界を浮遊していったのだろうか。
 結局、この夢は叶わなかった。「帝都物語」が完成する前にデン・フィルムを辞めてしまったのだ。親友に勧められて自己啓発セミナーの第二段階(筑波への二泊三日 アドバンスコース)に参加した結果、また躁がぶり返してしまって、会社に大迷惑をかけた結果のこと。詳しいことはすっかり忘れてしまったが……。

 さて、肝心の、実相寺監督久々の映画、超大作「帝都物語」はどうだったか。
 ラッシュフィルムを見る限り、ものすごい世界がスクリーンに展開しそうな気がした。アルバイトしているときはもちろん、辞めてからも、会う人会う人に宣伝した。「ぜったい面白いですよ、必ず劇場で観てくださいね、保障しますから」
 翌年の2月に有楽町のスカラ座で観た。
 当時の日記にこう書いている。

     ◇
 ストーリー自体何のかんの言うつもりはない。
 セミ時代劇としての、明治、大正、昭和初期のシチュエーションも好きだ。
 特撮も良くできている。これ観たさに行ったんだもの。
 しかし、今いち心がはずまなかったのはどうしてだろう。
 1シーン、1カットはよくできているのに全体として映像がはずんでいないのだ。
 クライマックスが、いろいろなエピソードの積み重ねになっていて、緊張感がそがれてしまう。
 もっとエロチックかなぁと期待もしていたが、それもなし…がっかり。
 一番印象的だったのは、やはり悪の権化加藤保憲のドアップの顔!

 期待したような感激は得られなかった。
     ◇

 その後、一度だけ大木さんにお目にかかったことがある。電車に乗っていたら、目の前に大木さんが座っていたのだ。挨拶すると覚えていてくれた。
「今度事務所に電話ちょーだいよ」
 一度電話したけれど、大木さんは外出中だった。以後連絡はとらなかった。
 今日はいい天気だね、くらいの意識だったかもしれないという気持ちと、デン・フィルムの辞め方に負い目があったから。

 大木さんの訃報を知ったときはショックだった。今から10年ほど前だからまだ50代だったのではないか。
 大木さんはあの世で実相寺監督をどんな顔して出迎えるのだろうか。


 ●「星の伝説」の頃 2006/12/06

 その後いろいろあった。賭博ゲーム喫茶、TV制作、着物の訪問販売……。1987年から88年にかけてさまざまな職を渡り歩いた。ゲーム喫茶は客と喧嘩してすぐにクビになり、着物の訪問販売は研修を兼ねた地方出張(一週間)から帰ってきてすぐ逃げ出した。
 給料の良さだけに惹かれた仕事は長続きしない。
 デン・フィルムの前には薬店に勤めたことがある。
 鬱の真っ最中。新人なのに、なぜかたびたびお客に商品について質問され、でもまともに答えられず、そのたび落ち込んでいた。
 もうたまらなくなって、ある朝家を出てそのまま多摩動物園へ直行、夕方まで過ごした。翌日から出勤のフリをして、外でブラブラして夕方帰宅するという日が続く。一週間後、もう嘘はつけないと帰宅後かみサンの前にひざまづいた……。

 閑話休題。
 かみサンが妊娠して徐々にお腹が大きくなっていく中、もうすぐ出産というそのときT書房に就職した。
 書店向けの廉価ビデオで一時ブームを巻き起こした出版社の映像部。その後S社に出向、新しく設立された映像事業部の所属となった。
 事業部という名称ではあったが、部員はたったの5名、それにデスクの女性以外すべて他社からの出向組という編成だ。T書房から2名、Tムービーから1名、部長はS社の子会社L社からの出向。たぶん業績がよくなければすぐに切り捨てるつもりだったのだろう。

 T書房の書店向けビデオとTムービーのアニメをSブランドにして玩具、レンタルルートで販売すること。また独自に企画したビデオをリリースしていくこと。それが映像事業部の主業務だった。
 「野生の王国」みたいな、恐竜のドキュメンタリー(特撮作品)ビデオを制作したいと、意気揚々と原宿の事務所に乗り込んだのだが、I部長の方針ややり方が理解できず毎日のように衝突をしていたころの話である。
 S社が映画に出資することになった。それが松竹系で公開される「ウルトラQザ・ムービー 星の伝説」だった。脚本・佐々木守、監督・実相寺昭雄。往年の「ウルトラ」スタッフによる初の「ウルトラQ」映画化作品。
 映像事業部は実際の映画制作に絡んではいなかったが、ビデオ化の件で接点があった。

 渋谷にある円谷映像に伺った。特撮の神様・円谷英二の三男、円谷粲氏がより広いジャンルの映像作品を手がけたいと円谷プロを独立して設立した制作会社。
 ビルの一室にお邪魔すると、スタッフとしてK・K氏とS・N氏を紹介された。K・K氏は第二期ウルトラ(マン)シリーズで〈制作〉あるいは怪獣デザインでお馴染み、S・N氏は第一期のスクリプター(記録)であり、「星の林に月の舟」では(当然名前は違うが)主要人物として登場してくる、ウルトラ関係のムック等のスタッフの集合記念写真で何度も見かけたとてもきれいな方。
 円谷氏、K・K氏、S・N氏を前にするとファン心が疼いて、仕事で来たことを忘れてしまう。
 確か、シナリオを渡されたと思う。
 帰社後、わくわくしながら読み始めた。


 ●「星の伝説」の頃 2 2006/12/07

 いったいどんな「ウルトラQ」ワールドが展開されるのか。期待に胸ふくらませてシナリオ「ウルトラQザ・ムービー 星の伝説」を読み始めた。ページが進むにしたがってわくわく感はしぼんでいった。面白くないのである。

 主人公の万条目、一平、由利子のトリオを、TVクルーに設定して、謎の連続殺人事件を追っていくうちに意外な事実が判明するというプロットはいい。ところが羽衣伝説、浦島太郎伝説等を巧みに取り入れながら謎を解明していく過程がちっとも盛り上がらない。宇宙人が登場して、その用心棒的怪獣が出現するに及んで興ざめした。
 テーマはよくわかる。文明の発達、科学の進歩、その代償としての環境破壊。それが本当に人類に輝かしい未来をもたらすのか否か。
 佐々木守・実相寺昭雄コンビなのだから、TVシリーズと同じテイストをのぞんでいたわけではない。とはいえ、あまりに「ウルトラQ」の世界を逸脱していた。
  
 もともと「ウルトラQ」の映画化は金子修介監督が大映に提出した企画から出発した。
 「トワイライトゾーン」を意識した3話オムニバスで、内容もサルベージもの、精神世界もの、怪獣ものとバラエティに富んでいた。
 最初はオープニングにマンモスフラワーを登場させ、第1話、第2話と続き、最終話がガラモンが暴れるストーリーだったらしい。ガラモンはTV「ウルトラQ」を代表する怪獣である。ところが版権の問題でこれらの怪獣を使用できず、オリジナル怪獣が登場する第二稿が書かれた。結局この企画は予算の関係で中止になって、実相寺監督によるまったく新しい「ウルトラQ」の映画が誕生したのである。

 「…星の伝説」は、80年代にATGで映画化される予定だった「元祖ウルトラマン 怪獣聖書」のプロットをそのまま流用したものだ。
 時代を敢えて「ウルトラマン」が放送されていた60年代に設定し、日本の高度成長の是非を問うという、空想科学シリーズとかけ離れた内容。「ウルトラセブン」ならともかく、「ウルトラマン」でやるべき題材ではなく、映画化されなかった理由がよくわかる。
 
 「ウルトラQザ・ムービー 星の伝説」は「ウルトラQ」の映画ではなく、「星の伝説」というタイトルの実相寺監督作品と観れば、それなりに納得できる。実際、試写を観たら、そのスタイリッシュな映像には堪能できたわけだから。

 映像事業部がこの映画のダイジェスト版(30分)をリリースすることになった。ダイジェスト版というから、当初、怪獣・薙羅(ナギラ)が出演するシーン、特撮シーンをピックアップした、子ども向けの特別編集版だと思っていた。しかし、本編にはそれほどナギラが出るシーンがない。
 すると、本編から主要シーンを抜き出した本当のダイジェスト版だというのである。
 そんな、バカな! そんなの実相寺映画に対する冒涜ではないか。そんなせこい真似をするのなら、劇場版をリリースすべきじゃないか。
 部長に反論すると、劇場版はすでにB社からリリースされることは決まっている、S社はダイジェスト版のみ販売できるのだと言い返された。
「そんな中途半端なもの、売れっこないですよ」
「売れるか売れないかお前が判断するな!」
「だって、売れないものは売れないです。断言できます」
「これは決定事項なんだ、円谷が許諾して、金も払ってんだ」

 この中途半端なビデオの発売で一番思い出に残っているのが、幕張メッセで開催されたTOYショーだ。ビデオを展示し、余興でケンイチ、いやナギラのぬいぐるみを呼んだ。スーツアクターの費用なんてないから、私が入った。
 子どものころ、一度中に入ってみたいと願った怪獣のぬいぐるみ! 
 顔が見えないことをいいことに、思いっきりはしゃいだ。野球拳はやるわ、ムーンウォークはやるわ、もうやりたい放題、好き放題。しかし、晴れの舞台は短かった。わずか10分ほどで酸欠状態になり、気を失いかけた。

 ビデオは売れなかった。




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
私家本「僕たちの赤い鳥ものがたり」
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」

神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。遊びにきてください。

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