ホラーに造詣が深いKさんから貸してもらったDVDの一枚が「邪願霊」だった。あの「女優霊」の元になった作品だという。
 某新人アイドルの4枚目シングルを売り出すプロジェクトを追ったドキュメンタリービデオという体裁のホラー。1988年のオリジナルビデオ作品(だと思う)。クライマックスが「女優霊」に応用されている。
 「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」より前にフェイクドキュメンタリー・ホラーがあったのか!
 あくまでも取材ビデオの断片を装っているものの、登場人物が皆演技していることがわかってしまうのが残念無念。それでも途中々に、こちらの背筋をヒンヤリさせるカットは健在。
 脚本(クレジットでは構成と表記)は小中千昭。構成だけでなくヴィジュアル&サウンドデザインも担当している。監督は石井てるよし。 石井監督は平成ウルトラマンのレギュラー監督となり、小中さんは「ウルトラマンガイア」の脚本とシリーズ構成を担当することになる。

 80年代が今だったとき、70年代のファッションがダサく感じられて仕方なかった。もちろん個人的に70年代への思い入れは半端ではない。10代をまんま過ごしたのだから、70年代の文化、風俗への愛着は人一倍ある。とはいえ、ファッションに関していえばダサダサという感じ。幅色のネクタイ、太い結び目とか。
 しかし、21世紀の今からすると、80年代それもバブルのころのファッションの方が異様だ。はっきりいって変!
 最近、TVで80年代のアイドル等を振り返って昔のビデオが流れるたびに思っていた。「邪願霊」に登場する人たち、特に女性たちも例外ではない。

     ◇

 ●「赤い運命」リターンズ 2005/10/12

 もう20年以上前のことだ。ホテルニュージャパンの火災、日航機の羽田沖墜落という悲惨な事故が続いた。私は大学3年生だった。
 しばらくして友人からこんな話を聞いた。
 ニュージャパンの火災で運良く助かったサラリーマンがいて、その日九州へ出張した。翌朝帰ってくるという強行スケジュールなのだが、帰りに乗り合わせたのが問題の日航機。今度は墜落事故に遭遇したというのである。本当かどうか知らない。調べればわかるはずだが、確認もしなかった。新たな都市伝説なのかもしれない。

 先週、リメイクされた「赤い運命」を見ながら、あの時のサラリーマンを思い出した。ホテル火災、航空機墜落にめぐり合った彼が自宅に戻るとマグネチュード7の大地震に襲われ、命からがら逃げ延びると今度は避難所を台風が直撃する。
「赤い運命」って、まさにそんな偶然が連鎖反応したような「ありえねェー」世界全開のドラマなのである。
 山口百恵主演で人気を呼んだ「赤い」シリーズは一度も見たことがない。不治の病、ご都合主義。私が最も嫌う世界をこれでもかと過剰な演出、演技で描くのだから。ほとんどバカにしていた。バカにしながら見る、のではない。汚らわしくてチャンネルを合わせるのもイヤだった。後年竹内和義著「大映テレビの研究」に笑い転げたクチである。

 今年になって「赤い」シリーズがリメイクされているのは、韓流ドラマ人気の影響なのだろう。とはいえ、「冬のソナタ」に興味がない私には関係ないこと。
 ところが、「赤い運命」でどういうわけかチャンネルを合わせてしまった。別に真剣に視聴していたわけでなかった。翌日第2話は外出していて留守録もセットしなかった。
 本当ならそこでジ・エンドなのに、3日めの朝、新聞のTV欄を眺めると、昼間に第2話を再放送、夜に最終話。この日も外出だったが、今度はしっかり録画のセットをしておいたというわけ。
 1話めより真剣に見たからだろうが、その設定や展開にツッコミを入れながらかなりのめりこんでしまった。クライマックスでは目がウルウル。かみサンや娘には見せられたものではない。

 だってさぁ、ヒロイン(綾瀬はるか)がけなげなんだもん。あの今にも泣き出しそうな表情で見つめられたらたまりません。船越英一郎の口跡も耳に心地よい。この俳優さん、落語やったらけっこうイケルのではないか。
 このリメイクは時代をオリジナル同様(1970年代)に設定している。登場する車がいかにもな旧式だが、全体的に時代色はそれほど鮮明ではなかったような気がする。一番目にする、検事(榎木孝明)のネクタイの結び目がいかにも今風なのが要因だと思うのだが。

     ◇




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2011/01/18

 「ばかもの」(スバル座)

 シネコンのレイトショーで観ればいいや、なんて考えていたら、シネコンどころか都内では2館でしか上映していない。それも平日だと定時に会社を出ると最終回に間に合わない。頼みの川崎(チネチッタ、TOHOシネマズ)でも上映はなし。
 仕方ないので、10日(月・祝)に出かけたら、ディスカウントチケットで前売券が手に入らなくてあたふたした。そのとき、スバル座では15日(土)からプログラムが変更になることがわかった。昼間は「SPACE BATTLESHIP ヤマト」、最終回のみ「ばかもの」の上映。時間も19時からだ。これなら平日でも十分間に合う。
 結局、1,800円で観た。

 「やわらかい生活」がそうだったように、この映画もとても身近に感じた。
 主人公(成宮寛貴)は年上の女(内田有紀)に振られてアル中になってしまう。アル中を躁鬱病にすればそのまま20代半ばの自分ではないか。舞台が高崎(群馬)だから、「やわらかい生活」以上にその思いは強い。
〈白衣観音慈悲の御手〉の観音さまの姿を見るのは何年ぶりだろう。小学校の遠足では、白衣観音と遊園地のカッパピアはセットになっていたっけ。カッパピアはもう何年の前に閉鎖されたらしい。
 映画の最初の方で主人公が通っている高崎文化大学は高崎経済大学がモデルだろう。実際ロケは同大学で行われている。映画の中ではバカ大学という設定だが、けっこうレベルが高いはずだ。調べてみたら、高崎○○(漢字二字)という大学がもうひとつあった。モデルはこちらか。

 主人公と年上の女の出会いと別れ、再会までの10年ほどの軌跡を描く、と知って興味を抱いた。10年間の時の経過をどう見せ、描くか。一番のポイントはここだ。20代から30代(30代から40代)の人の変遷を見せるというのはとてもむずかしい。変わっていなさそうで、でも違う。この微妙な変化を役者のメーキャップや小道具等で的確に表現してくれたら……
 成宮寛貴に関しては成功していたのでは? 童貞大学生が年上女の肉体に溺れてしまう様に「わかる、わかる」。セックスを知ったら、あとはもう毎日やるだけ。歩く海綿体。女性にしてみれば「あなた、私の体だけが目当て?」。そうやって信頼を失っていくのだ。相手が同年代の場合は。
 内田有紀は、長い髪がそのまま白くなったというのがなんだかなあ。女性なのだからもっと変化していたほうがリアルだ。髪を短くしたり、パーマ(ウェーブ)かけたり等するものではないか。でも内田有紀だから許してしまう。
 
 蛍雪次朗の伯父(叔父?)、親戚にぜったいいそうなタイプだ。
 中華料理店主で登場した仁科貴。一瞬川谷拓三かと驚いた。ずいぶん前に復帰したことは知っていたが、やっとスクリーンで再会できた。うれしい。
 浅田美代子のお母さんもとても自然。「釣りバカ日誌」で鍛えた結果か。僕は石田えりが降板してからこの映画を観なくなってしまったのだが。
 
 会話の端々に群馬弁(上州弁)がでてきて、そのたびにニヤけてしまう。群馬弁の場合、単語よりイントネーションだ。標準語をしゃべっているようで、語尾で群馬弁がもろだしになったりする。そんな会話を耳にすると、郷里(群馬県太田市)に帰省したような感覚になって、ニヤけてしまうというわけ。エンディングロールで確認すると方言指導のクレジットがあったから、狙いだったのだ。

 「やわらかい生活」も「ばかもの」も絲山秋子の小説が原作だ。主人公が精神的な病気を克服して、次なるフェーズに向かっていく、というのは絲山秋子の小説の特徴なのだろうか。
 それから映画の中で一番の官能シーン。「やわらかい生活」では、ヒロインの髪をいとこの男性がドライシャンプーで洗うシーンが印象的だった。「ばかもの」には、事故で左腕を失った女の右腕を主人公が洗ってやるシーンがある。たまたま似ていただけなのか。それとも意識してのことなのか。二つの作品、ラストはかなり違うけれど。
 この右腕を洗うシーン、本当なら、女の切断された左腕の傷痕をきちんと見せるべきだった。もちろん全裸で片腕がない姿を。CG、デジタル処理で表現できる。すべてを主人公にゆだねた女の、傷痕を含めてすべてを受け入れた主人公の、ふたりの心情が交叉するさまを(映像で)表現する重要なシーンだと思うのだ。この物語のキモではないかと。

 一つ疑問に感じたこと。素敵な女性(白石美帆)と出会って希望を見出したというのに、それでもアル中になるものなのだろうか?




 桐野夏生が週刊文春に連載していた「ポリティコン」が上下二巻の単行本になった。作者が微笑む写真が添えられた広告をいたるところで目にする。
 連載中はかなり夢中になって読んでいた。だからこそ最終回は途中終了といった感じでどうにも納得がいかなった。

 映画化もされた、奥田英朗「サウスバウンド」(角川文庫)は、第一部東京編、第二部西表島編で構成されている。雑誌連載時は東京編で終了し、第二部は単行本化のときに書き下ろされたものだという。この小説を雑誌連載時に読んでいたとして、終了時に何の違和感もなかったと思う。きちんと物語が完結しているからだ。
 「ポリティコン」は違う。最終回なのに、明らかに〈次回に続く〉的内容だった。
 え、これでおしまい? 読み終えて、狐につままれた感覚だった。予定していた1年では完結しそうもないので、とりあえず終了として、あとは単行本で書き下ろしか? 「OP.ローズダスト」のように。そんな思いが頭をよぎった。

 「ポリティコン」の連載が終了すると、桐野夏生は週刊新潮で「ナニカアル」の連載を開始した。「ナニカアル」が一冊にまとまる前後、別冊文藝春秋で「アポカルプシス」の連載が始まったことを知る。「ポリティコン」の続編だ。
 この連載が終了したのだろう。第一部「ポリティコン」、第二部「アポカルプシス」という上下巻の「ポリティコン」が刊行されたというわけだ。

 なぜ、別冊文藝春秋で「アポカルプシス」が連載されたのか? どうして週刊文春ではないのか? 「ポリティコン」の続編なのに。
 別冊文藝春秋の読者は、「アポカルプシス」を楽しめたのだろうか。「ポリティコン」を知らなくても理解できる内容になっているのか。「ポリティコン」を楽しんでいた文春読者は、続編を読むために、別冊文藝春秋をあたらなければならない。熱狂的なファン以外は面倒なだけだ。本になったら読めばいいと無視を決め込む(僕のことだ)。
 
 「サウスバウンド」のように、「第一部」がきちんと終わっていれば文句はない。
 あるいは一応完結したものを単行本にする際、加筆するというのもありだ。というか、当然だ。
 手塚治虫が週刊文春に連載していた「アドルフに告ぐ」は、単行本化の際、ラストがかなり加筆されていた。物語が佳境に入ってから、本人の病気で休載になっていたことへの処置だと思った。
 ある方のblogで知ったのだが、宮部みゆき「模倣犯」も週刊ポスト連載時では最終回はもっとあっけなかったという。ラストが大幅に加筆されたのである。
 雑誌に連載された内容に加筆して単行本化というのは、出版社の常套手段だ。しかし、明らかに続編であるものを同じ出版社の別の雑誌に連載するということもよくあることなのだろうか?
 これって、単行本にするための連載、つまり出版社側の事情、というような気がしてならないのだが。連載を楽しんでいる(いた)読者をないがしろにしていないか? 

 単行本はそのうち読むつもり。主人公の東一と真矢がその後どうなったのか知りたいので。

 そうそう、単行本「ポリティコン」の広告のこと。
 桐野夏生がちょっときれいな卵顔になったミッツ・マングローブに見える人、手をあげて!




 昨日は、地元シネコンで「白夜行」を観る。
 レイトショーで押さえるつもりが、あっというまに昼間だけの上映になってしまって、さあ、困った。20日はMOVIXのサービスデーなので、利用しない手はない。12時50分からの一回だけ。そのため、14時からの「ザ・ノンフィクション」は諦めた。『ショーケンという「孤独」』が再放送されたのだ。録画機器を持っていない悲劇……なんて大仰な。
 「白夜行」、謎解きのシークエンスで急に2時間ドラマになってしまった。
 刑事が、屋上で隣のビルにいる犯人に向けて放つ台詞。前半で貼った伏線はこのためのものか。あまりに唐突じゃないか! 子役たちの演技(表情)に涙したけれど。

 夕方18時30分から「ジャンボーグA」第2回 。特撮監督が矢島信男、音楽が菊池俊輔。オープニングのメインタイトルがいかにもなアニメということもあって、印象が東映タッチ。「操縦席は目の奥にある!」って、それにどれほどの意味があるのか。



 ジャック・ニコルソンとマーロン・ブランドが共演したアーサー・ペン監督の西部劇。「ソドムの市」と一緒に観ている。高校2年生だった。「ソドムの市」って18禁ではなかったか? あるマスコミ試写でノーカット版を上映して問題になったことを憶えている。この鑑賞はスケベ心いっぱいに「ソドムの市」目当てだったと思う。「ミズーリ・ブレイク」は添え物でしたね。

    ◇
 1976年 12月8日

 「ミズーリ・ブレイク」
 
 話はちっともおもしろくなかったが、映像がとてもすばらしく、きれいだった。夕暮れのオレンジ色と対照的な真っ青の朝。
 もうひとつ感じたことがある。
 それは映画の中での双眼鏡の使用だ。
 今まで僕がみてきたドラマの中ではいつでも画面にあらわれる双眼鏡から見た風景は黒くふちがついている。家に双眼鏡があって外を見るが、そんなことはありえない。それが気になってしょうがなかった。しかしこの映画の中では双眼鏡の被写体がちゃんと望遠で撮られている。これには感心した。

 「ソドムの市」
 
 よくぞああいうものを映画化できると思う。監督も監督だが役者も役者だ。よくぞあんなことができる。僕もよくぞあんな映画を見た。パゾリーニは死んだが、死んでもよかった映画を作った。
 しかし、映画にでてきた少年、少女はホントにホントらしい人たち、かわいい人、美しい人たちばかりだ(女性のみ)。変な、ぐれたような不良っぽい人はでていない。そこがよかった。
    ◇


 【おまけ】

 映画の感想は必ず書くというのが、日記をつけはじめたときの自分のルールなのに、高校生になって見始めた日活ポルノロマンにはまったく言及していない。
 理由はわかっている。当時自分にとって日活ロマンポルノは映画ではなかった。男だったらわかるだろう。○○のために必要不可欠の源だった。想像するための。だったら、日記に書くという行為は、まるで自分の○○を記録に残すようなものではないか。
 ただし、今となっては非常に残念だ。何を観たかだけでも知りたいから。
 最初は単純に裸、セックスが見たかった。そのうち、レイプものに興味を持った。で、SM。SMプレイというより、女性の〈徐々にSMプレイにはまって見せる恍惚の表情〉に欲情していた。後年わかったのだが。スカトロ・フェアは気持ち悪いもん。

     ◇
1976/05/30

 ポルノとは何か?
 ポルノ映画とは一体何か? 
 それはやはり裸を見たいからであり、心の中でむしゃくしゃした気持ちをおさえる(バクハツさせる)させたいからであり……まあたくさんあるけれど、そんなたいしたことではなかったようですね。800円損した。
     ◇
1977/12/11

 ポルノ映画(正確には日活ロマンポルノか)を見ると人生なんてすべてセックスだと思ってしまう。
 男と女がいれば、そこには恋や愛なんていう抽象的なもの存在せず、追求するものは深く抱き合うこと、より素晴らしい快感だ。
 映画を見て興奮するだけでいいのに、ついそんなことまで考える。
 それが家に帰ってきてTVをつけるとそこはまさしく性生活はない。ベッドシーンがあったとしてもキスしてちょっと抱き合ってハイおしまい。映画の、あの生々しいほどの濃厚なシーンと、TVドラマの、このキスシーン、一体どっちが正しいのか。
 ドラマっていうのものは、描き方によってどうしてこうも変わってしまうのだろう。
 変わるからいくつもドラマができるのだろうし、だからこそ面白く見てられるのだ。
     ◇




 昨日の「相棒/第15話 もがり笛」。ゲストの火野正平、赤星昇一郎、擬斗の二家本辰巳(さん)の3ショットは愉快だったろうな。1シーンだったが町田(政則)さんが出演していた。監督は和泉聖治。撮影後、二家本さん、町田さんと昔話に花を咲かせたのだろうか?


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「怪獣文化とウルトラマン」
町田さんをホストに、今は亡き原田昌樹監督、
二家本さんの鼎談記事が掲載されています。
前半は和泉組の思い出話なんです。

          * * *

2010/12/18

 「バカボンのパパよりバカなパパ 赤塚不二夫とレレレな家族」(赤塚りえ子/徳間書店)

 水木しげる、赤塚不二夫、手塚治虫、それぞれの娘たちが父親について鼎談した「ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘」という本がある。本書は単独の「レレレ」本だ。
 水木しげるには2人の娘がいる。手塚治虫には一人息子と2人の娘。赤塚不二夫だけ一人娘で、複雑な家庭事情がある。元妻&娘同伴で別の女性との再婚記者会見には驚いた。何しろ元妻の勧めで再婚したというのだから。元妻と現妻の仲が良いということも後で知った。いったいどういう関係なのか? どうしてそうなったのか?
 そこらへんの事情が本書で氷解する。娘の立場から、幼少時代の両親の姿、売れっ子時代の父とのふれあい、すれ違い、両親の離婚が綴られていく。幼い娘をまじえた若かりしころの赤塚不二夫、奥さんの写真が掲載されている。これまで見たことがないものばかり。
 赤塚不二夫の再婚以来ずっと疑問だったことがある。元妻はその後どうしたのだろう。まさか、一人娘のためにずっと独身だったのか。違った。かなり早い段階で彼ができていた。やがて結婚。関係者にすればこれまた複雑な事情による再婚になるのだろうが。
 赤塚不二夫の再婚相手は、元妻だけでなく娘とも仲良かった。
 だからこそ思う。著者にしてみればその3人をほとんどいっぺんに失ってしまったのだ。悲しいなんてものではないだろう。


2010/12/21

 「贋作・盗作音楽夜話」(玉木宏樹/北辰堂出版)

 贋作・盗作といっても、歌謡曲やポップスではない。な、なんとクラシックの世界にもあったという。ええ! と声をあげそうになって、ああ、と得心する。考えてみれば、昔なんて著作権保護の概念、権利意識なんてないのだから、当然といえば当然か。
 驚いたのは贋作がまかりとおっていたという事実。
 たとえばハイドン作曲と知られているものの多くは実は本人が作曲したものではないのだとか。そのわけは、当時ハイドンの人気が高かったから。そりゃ、出版社としてはハイドン作としたほうが楽譜が売れまさあ。ヘンデルは盗作ばかりしていたという。
 あるいは、〈音楽の父〉バッハは、実はちっとも音楽の父ではなかったという事実。長い間忘れられた人だったらしい。天動説の時代に地動説を耳にした人たちが受けたであろう衝撃! なんて大袈裟だけど。
 次々と、数々のクラシック音楽界のトリビア(クラシックに疎い者にとっての)が披露される。ツンとしました世界の人たちが人間臭くて身近に感じられるようになった。認識も新たに。

 著者はヴァイオリニストで作曲家。「怪奇大作戦/死神の子守唄」の挿入歌、10人の娘が旅に出た、滝にうたれて1人目が死んだ …… あの歌を作曲している。山本直純の弟子。もしかして「怪奇大作戦」のジャジーな音楽の源は、この方なのか。
 NPO法人純正律研究会を主宰している。純正律、平均律についてはわかったようなわからなかったような。


2010/12/29

 「映画脚本家笠原和夫 昭和の劇」(笠原和夫・荒井晴彦・絓秀美/太田出版)

 図書館の戯曲、シナリオ本のコーナーで見つけて以来、ずっと気になっていた。もう何年も前から。しかし、手がでなかった。本を読むよりまず映画を観よ。笠原和夫については、その脚本作品なんて、ほとんど観たことがなかった。にもかかわらず、著作だけは好んで読む。これって脚本家との正しい接し方ではない。
 70年代から80年代にかけて、倉本聰の著作(エッセイ)を読んだのは、ずっとドラマを追いかけていたからである。きちんと作品を観て、その裏づけがあっての読書だった。
 だからこそ、せめてDVDで昔の作品を一通りあたってから、本書を読もうと思っていた。
 しかし、「日本映画〔監督・俳優〕論」を読んで気が変わった。ショーケンにインタビューしていた絓秀美って、確か「昭和の劇」にも関わっていたなあと。

 とんでもない分厚さだ。内容はとてつもなく面白い。美空ひばり映画から任侠映画、大ブームを呼ぶ「仁義なき戦い」に始まる実録路線。もうやくざ映画は描きたくないと取り組んだ「二百三高地」「大日本帝国」「日本海大海戦海ゆかば」の戦争映画。「226」もそうなのか。マッチと明菜が共演した「愛・旅立ち」も! 「宇宙戦艦ヤマト」にも関わっている。
 そのアナーキーな心情に得心できるものがある。
 傑作とされる「博奕打ち総長賭博」は該当項目を読んでから、DVDを観た。内容がどうのというより、役者たちの口跡がたまらなかった。


2010/12/31

 「漫画力」(佐川俊彦/マガジンマガジン)

 会社近くの書店で見つけて、内容よりもその装丁(本の作り)に注目した。今度作ろうとしている自分の本の参考になる。カバーや帯等があるものの、作りそのものは雑誌なのだ。
 著者は京都精華大学マンガ学部の准教授。美少年の同性愛をテーマにした「JUNE」を創刊した編集者と知り、ああ!! 女性向けというのがミソだ。このジャンルは、男性向けの「美少年を女性に無理やり性転換させてしまう」物語に通じるものがあると思っている。




 昨日の冒頭部分は、ブログで心情吐露はしない(それも現在進行形の)という(自分の)ポリシーに反していた。
 深く反省。

 本日は北澤八幡神社で「談四楼独演会」。19時過ぎに到着。かなり混んでいて、仲入りで前座さんから膝送りのお願い。ゲストは寒空はだかさん。打ち上げ時に「鳥肌実系の名前ですよね?」と訊ねると、「ええ、よく間違われます」。
 紙ふうせんの後藤さんに向かって、「最近、娘さんどないしたん? フルート吹かんな」と声をかける関西のおっちゃんみたいなものか。フルートを吹く娘さんがいるのはダ・カーポだって。


          * * *

2010/12/11

 「桐野夏生対論集 発火点」(桐野夏生/文藝春秋)

 図書館で見つけた。桐野夏生って対談集もだしていたのか。
 対談相手は12名。
 松浦理英子、皆川博子、林真理子、斎藤環、重松清、小池真理子、柳美里、星野智幸、佐藤優、坂東眞砂子、原武史、西川美和。
 女流作家(死語?)の場合、対談のはじまりが褒め合い合戦なんてのもあって辟易する。特に林真理子。気鋭の小説家もそのへんのおばさんと変わらないのか。後はしっかり読ませてくれるけれど。


2010/12/14

 「長屋の富」(立川談四楼/筑摩書房)

「今度、月刊誌に時代小説を連載するんだよ」
 師匠から聞いたのが、いつの独演会だったか。藤沢周平のファンを公言し、宮部みゆきの時代小説を読む師匠のことだから、山本周五郎も愛読していたのではないか。だったら、一度は時代小説を書いてほしい。古典落語の人情噺とリンクするところはたくさんあるわけだから。そう思っていたので、月刊誌への時代小説連載の報に歓喜した。
 ところがなかなか始まる気配がない。再度確認したのは、池袋の小さなスナックでの落語会終了後だった。2007年の11月。
「来年から、筑摩書房のPR誌ちくまで」
 自身の創作落語「長屋の富」を小説化するという。「大銀座落語祭」で一度観た(聴いた)ことがあった。
 実際は、09年の4月号から始まった。事前に1年間の定期購読を予約して、そのときを待った。届いた「月刊ちくま」を開いて目当てのページを開いてびっくり仰天。なんとすべて会話体なのだ。
 なるほど、「一回こっくり」が最後を創作落語で締めくくったのとは反対に、今度は、始まりが落語(調)なのか。5月号も会話体。あれ? もしかして。6月号も。もしかしてすべて会話体でいくのか!
 やはりそうだった。会話だけで成り立つ小説……短編なら、昔ジュヴナイルSFで読んだことがある。確か「私たちが愛する星の未来は」というタイトルだった。
 長編だと聞いたことがない。
 落語には、富くじを当てるまでの噺はあるが、当ててからの噺はない。連載開始前、09年2月の独演会で二席めに「長屋の富」をかけて、マクラでそう説明してくれた。
 貧乏長屋に住む、博打好きな左官職人が買った富くじが大当り。手に入れたのは何と千両。ところがこの大金が長屋に大騒動を巻き起こす……。
 短編の題材になるプロットに、さまざまな落語ネタのエピソードを付け加えた。
 会話が続くと誰が発したものかわからなくなってしまうことがままある。連載中に心配したのはそこなのだが、まったくの杞憂だった。説明台詞もそれとは感じさせないのだから。
 とにかく、歯切れのいい江戸弁、その口跡、口調に惚れ惚れしてしまう。
 読了してまっさきに頭に浮かんだのは〈声に出して読みたい小説〉。少しでも落語に興味を持っている人ならば、噺家をきどって会話の一つひとつを音にするのではないか。
 もちろんやってみた。連載中も、本にまとまってからも。
 むずかしい!


2010/12/17

 『幕末時代劇「主役」たちの真実』(一坂太郎/講談社+α新書)

 NHK大河ドラマ「龍馬伝」が終了したこともあり、龍馬に関する本でも読みたいと思っていたところ本書が目についた。ページを開くと竜馬の項もある。とりあえずこれだ、と。
 龍馬暗殺に謎がなかった、という指摘に驚く。当時は犯人も断定されていたが、その後の龍馬ブームでウヤムヤにされてしまったという。
 著者はまったく知らない人だが、読了後プロフィールで年齢を確認して驚いた。僕より7歳も下なのだ。本の内容からすると、かなりの高齢者かもしれないと思っていた。普通では観ることができない、大昔の時代劇映画について言及しているので、そんなイメージを持ったのかも。




2010/12/02

 「個人的な愛国心」(日垣隆/角川ONEテーマ21/角川書店)

 小林信彦が週刊文春に連載している「本音を申せば」。昨年、「気になる日本語」のサブタイトルで何度か書いている。「悩ましい」の誤用が発端だった。読者の反響も大きかったのだろう、「B型の品格」より掲載回数が多かった。2010年分が一冊にまとまったら、書名は「気になる日本語」になると思う。たぶん。
 それはともかく。この「気になる日本語」シリーズの中に、こういう日本語の誤用を指摘したりすると、必ず「言葉は変わるものだから」と言い出す識者がいる、というようなことが書かれていた。
 本書に出てくるのだ、この「言葉は変わるものだから」というフレーズが。日垣隆は、それが主義なのか、文中に今風言葉(表現)を挿入する傾向がある。わざと語尾に(笑)をつけたり。照れ隠しの一種と思っていたのだが、本書では悩ましいの誤用もしていたような。ちょっとがっかり。


2010/12/06

 「雑誌よ、甦れ!」(高橋文夫/晶文社)

 図書館の棚で手にとって、版元に驚いた。こんな本も作っているのかと。本の装丁も、内容もどこか晶文社らしくない。
 〈「情報津波」時代のジャーナリズム〉の副題がつくように、雑誌の休刊(廃刊)が続くこのインターネット時代に、雑誌はどうあるべきか、ジャーナリズムの進む道を問いかける。
 アナログ世代、活字世代、本も雑誌も紙が命、と考えている僕がいうのもおもかしいが、近い将来、それがどのくらいかはわからないが、一部の雑誌、書籍を除いて、電子書籍に移行するのだろう。電子書籍になっても、縦書きの文化が残るなら、受け入れてもいいかなと思っている。


2010/12/09

 「ドラマ解読 映画・テレビ・演劇批評」(井上理恵/社会評論社)

「フェミニズムなんて、くそくらえ!」
 読みながら何度も叫んでいた。
 著者についてはまったく知らず、書名に惹かれて手に取った。映画、TV、演劇について、どのように批評しているのか興味がわいたので。映画・TVと演劇をいっしょにしたところが自分のアンテナにひっかかったというわけ。
 しかし、しかし。「たそがれ清兵衛」の批評でこの人、本当に映画を観ているのだろうかと毒づきたくなった。
 映画「たそがれ清兵衛」の物語は以下のとおり。ストーリーがわからないと指摘できないので、長くなるが「夕景工房」のレビューから引用する(誤字脱字間違いは訂正)。

     ◇
 東北・庄内の海坂藩。御蔵役を任ずる下級武士が主人公。妻を亡くし、幼い娘二人と年老いた母親を養う清兵衛(真田広之)は定時が来ると内職と家事のため帰宅する。同僚の誘いも断り、必ず黄昏時に帰ってしまうことからいつしか〈たそがれ清兵衛〉とあだ名がついていた。  
 着物はボロばかり、風呂も何日も入らない有様で、同僚、上司から陰口をたたかれるが、仕事は実直そのもの、他人がどう思うと、自分の生活に不満はない。世話をしてくれる嫁がいれば改まるだろうと口うるさい叔父(丹波哲郎)からすすめられた再婚話もきっぱり断った。  
 ある日、江戸詰めの友人(吹越満)が帰ってきて妹・朋江(宮沢りえ)の消息を知った。清兵衛にとって幼なじみの朋江は一度嫁いだのだが、酒乱夫(大杉漣)の暴力に耐え切れず、離縁して実家に戻っていたのだ。  
 ある夜未練たらたらの夫が朋江をとりもどすべく追いかけてきた。もどるかもどらないか、夫は答えを求めて果し合いを申し出る。清兵衛が友人に代わって受けることになった。翌日真剣で向ってきた夫を清兵衛は木の切れ端を使って一撃で倒してしまった。清兵衛は剣の達人。噂はあっというまに藩に広まった。  
 朋江は清兵衛の家にちょくちょく訪ねては娘たちの遊び相手になっていた。友人は清兵衛に朋江との縁談を勧めた。実は妹が言うには清兵衛の嫁だったらなってもいいと。清兵衛は断る。身分が違いすぎる。今の稼ぎでは苦労するのはわかりきっていると。以来朋江は清兵衛の家を訪ねなくなった。  
 江戸で藩主が急逝した。後継者問題で二つの派閥が争っていたがどうやら決着がついたようだ。そんなある夜、清兵衛に藩命がくだった。反対派の一人・馬廻り役(田村泯)が切腹を不服として自宅に立てこもっている。こやつを討て。一度は辞退するが、侍にとって藩の命令は絶対だった。
 何より馬廻り役を討てばその功績で家禄があがる。  
 翌日、清兵衛は朋江を家に呼び、理由を話して身支度を手伝わせる。そして出かけに言うのだった。
「幼い頃からあなたを嫁にするのが夢だった。この戦いには必ず勝つ。勝って生きて帰ってくる。帰ってきたら私の嫁になってくれ」
     ◇

 映画の見せ場の一つである、この清兵衛の台詞について、著者は書くのだ。なぜそこで言う、どうしてもっと早く告白しないのか、と。
 あきれた。思わず欽ちゃんになってしまったよ。「どうしてそうなるの?」
 主人公の状況として、ここでしかこの台詞は言えないでしょうが。
 一つは、家禄が上がるということ。これはとても重要な要因だ。もう一つは必ず敵を倒して生きて帰ってくる心の糧にしたいということ。そんな清兵衛の気持ちがこちらにびんびんと伝わってくるわけだ。
 映画「たそがれ清兵衛」のストーリー紹介では、役名(俳優名)という書き方をした。ただ、場合によっては、役名をはぶいて俳優名だけで済ますということもありうる。「仁義なき戦い」で菅原文太が親分の金子信雄に怒り心頭だった、と書けば、それは主人公の広能昌三であり、山守組組長のことである。映画評の一つの技術だと思っている。

 ところが著者は、ある映画評論家が書いた「東京物語」評で、原節子が演じた登場人物のことを、そのまま原節子と書いてあることに反発するのだ。映画の人物と原節子を同一視していると。そんなバカな。ため息つきます。
 ほかにも向田邦子を男が喜ぶドラマを書くと書いている。著者は時代というものを理解しようとしていない。フェミニズム一辺倒で時代劇や戦前、戦後のドラマ、映画を批評しても意味がない。

 


 6日(日)で円谷劇場「ファイヤーマン」が終了した。
 30回で終了とは実に中途半端だ。2クールでは終わらせず、3クールめで何とか視聴率の向上を狙ったものの、その効果が現れず、早々の撤退となった、というところだろうか。
 
「でもそれも仕方ないか」
 昨年7月の放送開始以来、できるだけつきあった(2、3回見逃している)結果、そう思っている。
 確かに、怪獣のデザイン、造形がユルいのは承知していた。それを補って余りあるのが、渋いキャスト(岸田森、睦五郎、平泉征)による重厚なドラマ……のはずだった。
 実際、第一話、第二話ではその予感がみなぎっていた。しかし、回が進むにつれて、期待がしぼんでいく。

 武器は科学だ! と設立されたSAFだというのに、その科学の応用で事件が解決するストーリーなんて皆無。隊員がすべて科学者という設定がまるで活かされていないストーリーばかりだった。いかにもな農村地帯が舞台になる話が多かった。この農村風景は心を和ませてくれたのだが。
 岸田森の白衣姿、実験模様、そこで事件のキーポイント、怪獣や宇宙人の弱点を発見して、ファイヤーマンと敵(怪獣、宇宙人)とのバトル、なんて展開を期待していたのに。

 問題はシナリオにあったのだろう。毎週「ファイヤーマン」のレビューを読みに訪れていたブログで指摘されていたことだが、「ファイヤーマン」にはドラマがないのだ。「帰ってきたウルトラマン」と比較すれば、その差は歴然。「ウルトラマンA」でさえ、ドラマはあったのに。
 肝心要のところはすべてナレーションで処理してしまう。怪獣の出現理由、弱点……。わざととしか思えない。
 一番期待していた「地球はロボットの墓」(岸田森の脚本)も、それほどのものではなかった。衝撃だったのはラストではなく、ゲスト出演の、まだ少女だった芦川よしみのヌードではなかったか。

 次週からは「ジャンボーグA」が始まる。円谷プロが東映テイストで制作した特撮巨大ヒーローものとの印象がある。本放送時あまりの子ども向けストーリーに怒り心頭になった覚えがある。円谷プロがなぜこんな番組を作るのかと。70年代初めの第二期特撮黄金時代に夢中になった世代(仮面ライダー世代)には人気があったらしい。彼らとの壁を感じるのはこういうときだ。


 【追記】

 TOKYO MXは他のTV局に先駆けてマルチチャンネルを開始した。
 リモコンだとわからないが、TV本体のチャンネルを動かすたびに不思議に思っていたことがある。なぜそれぞれの局に複数のチャンネルがあるのか?
 たとえばNHKの総合。011と012。日本テレビは041と042。TBSなら061、062。フジテレビは081、082。リモコンだと、011、041、061、081しか表示しない。たまに本体でチャンネルを替えるときがあって、それぞれの二つのチャンネルが同じ番組を放送している。どんな意味があるのだろうとずっと思っていた。あるときTOKYO MXの二つのチャンネル(091と092)が別の番組を放送していることに驚いた。あわてて局のサイトを調べて、マルチチャンネルを知った次第。
 「ファイヤーマン」も先月の第3週から092に移ったのだ。うちは地デジだから何の違和感もなかったが、アナログだったら、もう視聴できないってことではないか。放送はあと3回なのだ。どうして全話放送してから移行しないのか! アナログ放送で「ファイヤーマン」を視聴していたファンだっているだろう。091は確か通販番組か何かになった。大した番組ではない。これってTV局の横暴ではないか!

 ちなみに、最近は同じ番組の場合、××2の方は放送していないようだけれど。




2011/02/06

 「大活劇祭」(かつしかシンフォニーヒルズ 別館 レインボーホール)

 K氏より連絡をもらった。制作に協力(撮影手伝い)した映画の上映会があるので見に来ませんか? 
 一昨年まで毎年夏に開催されていた「怪奇劇場」に代わるイベントらしい。「怪奇劇場」はB-SHOT PICTURESの主催だった。「大活劇祭」の主催はB級映画ランダム。テーマ(題材)はもちろんアクションだ。

 京成線・青砥駅に初めて降りた。京成線自体利用するのは2度目ではないか。一昨年の暮れ、柴又を散策した帰りに青砥駅で乗り換えて日暮里に出たのだった。
 家を出るのが遅れ、おまけに図書館に寄ったりしていたものだから、12時の開始時間より30分も遅れてしまった。受付を済ませ、ドアを開ける。すでに上映が始まっているとあわてて中に入ったら、まだ場内は明るく司会の女性が挨拶しているところだった。12時とは開場時間で、12時30分からの開演だったのか。

 アクション特集と聞いて、まず思ったのは自主映画でアクションが撮れるのだろうかというものだった。アクション(殺陣)自体が嘘っぽいとシラけてしまう。構図やカッティングのセンスが問われる。アクションをどう撮るかという技術が必要なのだ。好きなだけではどうしようもない。ホラー以上にハードルが高いと思う。

 休憩をはさんで以下の7本が上映された。 

「功夫之女王」(監督:阿部誠)
「コードネーム1103 学園理事長暗殺指令」(監督:繁田健治)
「秘密」(監督:千葉竜吾)
「えば」(監督:有瀬訓晴)
「タンゴはひとりじゃ踊れない」(監督:吉本昌弘)
「SACHI」(監督:中村幸一)
「ベスレイ」(監督:古川達郎)

 案の定、ちゃんとアクション映画としての体裁が整っていたのはトリの「ベスレイ」だけだった。設定は「ゼイラム」なので目新しさはないけれど、アクションにはキレがあって楽しめた。アクション監督は香港映画で活躍している方(田中精一)だとか。さすがプロ。
 ヒロインの女優さん(保坂沙織)も華があった。
 敵役の南原健朗さん、全身黒の衣装ならダーズベーダーのごとく演技すればよかったのに。確かお父さんの南原宏治さんがダースベーダーの声をあてていたような。字幕版のあとに劇場公開された「スター・ウォーズ」吹替版。ちなみにルークが奥田瑛二、ハン・ソロが森本レオだった。
 冒頭のヒロインと敵との戦い。レーザー銃が発射されて、特殊効果のレーザー光線が木に当たるとちゃんと火花が弾ける。こういう細かな作りに好感が持てる。

 タイトルは勇ましいが、笑いに逃げた(?)「コードネーム1103 学園理事長暗殺指令」があまりにバカバカしい。でも、そのバカバカしさに拍手。

 「秘密」は、「Mr.&Mrs. スミス」にインスパイアされたのかと思った。だったら恋人の男性の驚きの告白でジ・エンドになると予想していたのだが、真面目な悲恋ものだった。ラストの余韻といい、作り方次第ではもっともっと面白くなるのに。
 「えば」に挿入される「太陽を盗んだ男」のテーマ曲。本家の映画でも使用されているのだろうか?

 これのどこがアクションなの? と突っ込みたい「タンゴはひとりじゃ踊れない」。吉本監督が事前に状況設定だけを出演者に与えて撮った即興劇(映画)だ。前半は星野さんのテンション高い演技が印象的。後半は岩瀬さんの転調した出鱈目演技に大笑い。映像処理も一種独特だったような。音楽も良い。

 でもまあ、この手の上映会の本当の楽しみは、上映会後の打ち上げにあるのかもしれない。遊びとして、趣味としての自主映画があってもいい。

 僕はといえば、終了後まっすぐ帰路へ。TOKYO MX「ファイヤーマン」が最終回だったので。




2010/12/31

 「JamJamカウントダウンライブ」(JAZZ&COFFEE JamJam)

 承前

 ●紙ふうせん

hirayama
平山泰代さん

goto
後藤悦治郎さん

 21時から始まったライブは、5組が持ち時間の30分を熱演。あっというまに時間は過ぎ去り、2010年も残すところあと30分になっていた。いよいよトリの登場である。
 というわけで、元赤いトリの紙ふうせん!
 平山さんと後藤さん、バックサポートのすぎたさん(ギター&コーラス)と浦野さん(ウッドベース)。5月のシークレットライブと同じメンバーだ。

 あのときは会場に入る前に南京町を一人でぶらついていた。たまたま通り抜けようとした小路で店員に呼び止められた。万華鏡のお店だったので覗いてみた。出るとき手ぶらだと悪い気がして、ふと目についた500円の小さな万華鏡を買った。携帯ストラップになるので、かみサンへの土産にした。後で知ることになるのだが、かみサンは大の万華鏡好きなのであった。結婚して20年を越えるのに全然知らなかった。「あなたが買ってくれたもので一番うれしかった」だって。
 ずいぶん前、いつも着ているジャケットがみすぼらしかったので、皮のジャケットをプレゼントしたことがある。5万円強もした。もちろん現金で買えるわけがなく、カードの分割払い。にもかかわらず、着たところを見たことがなく箪笥のこやしになってしまった。似合うと思ったら買ったのにと言うと「誰が欲しいって言ったの」だって。
 5万円のジャケットには興味を示さなかったのに、500円の万華鏡には興味津々。この万華鏡のストラップ部分が壊れてしまった。新しい万華鏡が欲しい。そんなときに「実は大晦日に神戸行きたいんだけど」とお伺いを立てたのが功を奏した。

 何の話をしているのか。
 それにしても、本当だったら、この時間、テレビ東京の「ジルベスターコンサート」を観ているはずだ。ハーゲンダッツのアイスをほうばりながら。
 とはいえライブは生の方が良い。フォーク(ポップス)、民族音楽、クラシック、ジャズ……ジャンル問わずのごった煮ぶりが僕好みなのだ。

 後藤さんからカウントダウンのやり方について説明があった。アップライトピアノの上に置いてある時計が23時59分50秒になったらみんなで声を合わせてカウントダウンします、それまでラストの曲(のサビのフレーズ)を繰り返し歌います。
 まずはいつものメンバーによるライブ。

  虹/竹田の子守唄

 リュートの高本さんが加わった。
 イントロを弾き始めた。初めて聴くリュートの音色!

  紙風船

 ヴァイオリンの金関さん、ピアノの田中さんが加わった。

  翼をください

 ギターの竹田さんが加わった。

  ルート43

 タローさんがケーナでイントロを吹く。ラストの曲だった。

  冬が来る前に

 
 案の定、時間があまって、サビを何度も歌うことになった。
 何度目かのとき、後藤さんがサビのメロディに乗せてアドリブで歌いだした。

 ♪元旦が来る前に
 ♪もう一度あなたと めぐり逢いたい

 ♪一月一日が
 ♪来る前に めぐり逢いたい

 お客さん、笑顔で一緒に歌いだした。
 それでもまだ時間は来ない。
 後藤さん、別のフレーズで歌いだした。

 ♪坊(ぼん)さんが屁をこいた
 ♪もう一度屁をこいた 臭かった~

 お客さん、大爆笑!
 笑いながら、でも一緒に歌うのはちょっと逡巡している。これって曲に対する冒涜じゃないか?
 確かに、別の歌手がうたうなら非難ごうごうかもしれない。でも目の前でうたっているのは、作詞している本人なんだから。そう納得してうたったりして。私のことですけどね。

 いよいよカウントダウンのときがやってきた。
「10、9、8、……3、2、1 あけましておめでとうございまーす!」
 おめでとう!
 ハッピー・ニュー・イヤー!
 お店から配られたシャンパンでもう一度乾杯。

 坊さんの歌詞は、別に前もって考えていたわけではなく、突然頭に浮かんできたという。
 関西地方の「だるまさんがころんだ」ですね。

 その後歓談が続き、その中でえとうさんのスケッチが紹介された。

 2010年から2011年に続く4時間弱の楽しく充実したとき。
 後藤さんが言った。
「今年やるからね、深町さんの追悼ライブ」
「お願いします!」
「×××にも声かけるから」
「ホントですか!?」

 
kamifusen
 赤い鳥  2/5


          * * *

 元旦、もう一度元町へ。南京町を散策した。あの万華鏡のお店は営業しているだろうか? 実はどこにあるのかよく覚えていないだ。いくつかの小路に入って探した。見つかったとしても営業してなかったら万事休す。30分くらいうろうろしていた。途中、ラーメンの立ち食いなどしていたので。
 あった! ここだ。店の前に立った。ドアに手をかける。開いた。中に女性が一人。
「すいません、今日はお休みなんですよ」
「ええ!」
「お土産ですか」
「はい、あの、500円の……実は5月に東京から来て買っていったんですけど」
「ああ、覚えています」
 てなことで、無事目当ての万華鏡を購入できた。娘の分と二つ。それから、普通の大きさ(?)のものも。
 運がよかった。たまたま、店の後片付けをしようと、やってきたところだというのだ。この時間帯でなければ、店は閉まっていたはず。
 もしかしたら今年は縁起がいいかも!

nankinmachi
元旦の南京町

shiromisozouni
関東では見たことがない
白味噌の雑煮
おいしかった





 本日発売の週刊文春の記事で、冬のドラマはテレビ朝日「相棒」が一人勝ちとあった。
 記事は視聴率のことを指しているのだろうが、内容的にもここ数年のシリーズとは違っているような気がしてならない。先週と昨日の第14話「右京のスーツ」は謎解き+αの趣きがあったと思う。ちょっと聞き逃したのだが、森次さん演じる社長はスーツの下に女性用の下着を身に着けているということなのだろうか? ブラジャーつけているってこと?

          * * *

2010/12/31

 「JamJamカウントダウンライブ」(JAZZ&COFFEE JamJam)

 承前

 ●竹田一彦(ギター) +浦野直(ベース)

takeda
竹田一彦さん

urano
浦野直さん

 赤い鳥のライブアルバム「ミリオンピープル」には大型ポスター(B1サイズ)がついていた。メンバー6人の上半身(肩から上)の集合体なのだが、首から下、肩の部分が素肌なのである。写真に写っている部分だけから想像するに…… 平山さんや新居さんのヌードが脳裏をよぎりドキドキしてしまった。まあ、撮影のとき、フレーム内だけ素肌を露出させただけだろうが。

 ポスターの裏側が〈赤い鳥新聞〉拡張版的読み物になっていた。赤い鳥関係者、識者たちの赤い鳥へのエールが満載されているのである。その中で赤い鳥のデビューからこれまでの歴史が4期に分けて紹介されていた。

 第一期 メンバー5人による歌&演奏(ギター2本とウッドベース)
 第二期 竹田一彦カルテットのバックサポート
 第三期 大村憲司&村上ポンタ秀一の加入、サウンドがロックに
 第四期 大村&村上脱退後、渡辺としゆきがドラムで加入

 プロデビューした赤い鳥は当初フルステージ(2時間)をこなせなかった。ギター2本とウッドベースでは披露できる曲は限られている。アルバムに収録されていて評価の高い海外のポップスは、それなりの演奏(テクニック、音)が必要なのである。そこで、関西地区で活躍していたジャズバンドにバックサポートさせて、コンサートを行っていたという。ステージを二部に分けて、前半を5人だけ、後半をバックバンドを入れて、というような。これで日本全国を廻ったのだろうと思っていた。
 ところが、である。昨年浦野さんに赤い鳥初期のころについて取材したところ、
「竹田カルテットはあくまでも関西地区だけだったよ」
 と言うのだ。
 竹田一彦カルテットが解散して、竹田さんらメンバーは関西に帰り、浦野さんは東京に残った。そこから、紙ふうせんのスタッフ(バックサポート&事務)になっていったと思っていた僕はびっくり仰天。解散して浦野さん一人上京したというのが真相だそうだ。
「では、東京(関東)のコンサートはどうしていたんですか?」
 当然の疑問だ。
「別のバンドがついたんじゃない」
 浦野さんはそっけなかった。

 竹田さんの名前は、ずいぶん長い間、活字でしか知らなかった。なので、たまにクリエイションの竹田和夫と間違うことも。同じミュージシャン、〈タケダカズ〉ヒコ、〈タケダカズ〉オの違いだもの。

 竹田さんの演奏に直に触れたのは2004年の5月。大阪のライブハウスで行われた後藤さんのソロライブだった。バックが竹田さんと浦野さん。竹田さんのギターにしびれた。
 今回もストロベリースウィーツタッチの音色にはくらくらしたのだが、それ以上に浦野さんのベースに惹き込まれた。超絶プレイに観客は拍手喝采!
「紙ふうせんのバックでもこういう演奏してくれればいいのに」
 とはライブ終了後の後藤さんの弁。


 ファイブ・スポット・アフター・ダーク/星に願いを/オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート


takeda2
竹田一彦カルテット 1/2

 この項続く




 昨日は映画サービスデー。有休をとって久しぶりのはしごをした。
 まず、11時から丸の内ルーブルで「バーレスク」。どうにも苦手なシェールが主演の一人と知って迷っていたのだが、描かれる世界が好きなので勇気をだして足を運んだ。動くシェールは悪くない。
 15時10分から銀座シネパトスで「YOYOCHU SEXと代々木忠の世界」。「アダルトビデオ革命史」(藤木TDC/幻冬舎新書)のドキュメンタリー版的趣きがあるか。映画で取り上げられた作品はほとんど観ている。しかし、催眠シリーズで話題を呼んだジャイアント吉田の紹介で、元「グループサウンズ・ドンキーカルテット」だって。じゃあ、ドリフターズもGSですか! そりゃないぜ。思わず突っ込んでしまった。
 二人連れの女性の片方が上映終了後場内が明るくなったとたんに一言「面白かったねぇ」。もう一人が「ほんと」。

          * * *

2010/12/31

 「JamJamカウントダウンライブ」(JAZZ&COFFEE JamJam)

 承前

 ●金関環(ヴァイオリン)

kanazeki
金関環(かなせき たまき)さん

 紙ふうせんはふたりだし、演奏時にはバックサポートがつく。Haruもデュオだ。竹田一彦さんも浦野さんがベースで参加することは予想できた。残りの3人はソロで参加するのだろうと漠然と考えていたところがある。リュートの高本さんも笛のタローさんも、コンビであるいはトリオでステージに立った。ヴァイオリンの金関さんだけ唯一ソロだった。
 金関さんは最初にそのいいわけをするのだけれど、これが大笑い。朴訥としたイントネーション、ちょっと要領を得ない説明。実際の演奏とのギャップが魅力、ではないか。
 とにかく、ソロのヴァイオリンの音色、その繊細さと迫力に始終圧倒されまくり。金関さんのヴァイオリンを聴くだけでも、来た甲斐があったというものだ。たぶん今回のライブにMVPがあるとしたら、金関さんに贈呈されただろう(で、敢闘賞は浦野さん)。

 金関さんのヴァイオリンに初めて触れたのは、2006年の紙ふうせんとラ・ストラーダのジョイントライブだった。いっぺんでファンになり、CDを買い求めた。東京のコンサートにも一度足を運んでいる。
 一番前の席で鑑賞したものだから、目の前に金関さんのプレイが迫ってくるのである。もうはっきりくっきり。要所々での鼻息がすごい。たまに弦(の一本)が切れるというアクシデントに見舞われる。でも、金関さんは動じない。まあ、弦は束になっているから、一本や二本、どうってことないのだろう。

 紙ふうせんとは大震災後の神戸復興コンサートで知り合ったのだろうか。髪を切ったことで当時と見た目の印象がずいぶん違っている。
 本当なら奥さん連れてくるのだろう。一昨年の暮れに赤ちゃんが生まれて無理だったのかも。

 ちょっと前に「贋作・盗作音楽夜話」を読んだ。著者の玉木宏樹氏は作曲家でヴァイオリニスト。山本直純の弟子なんですね。その関係で実相寺昭雄監督の問題作「怪奇大作戦/死神の子守唄」の挿入歌「死神の子守唄」の作曲しているのか。
 前述の著書には純正律、平均律のことが書かれていた。いまいちよくわからない。で、ライブ終了後、さっそく金関さんに質問してみた。懇切丁寧に説明してもらいました。
 ラ・ストラーダはキッズコンサートも開催している。クラシックにそんなに詳しくない、でも興味はあるって人は、このキッズコンサートは面白いと思う。
 東京でラ・ストラーダ キッズコンサート開催してくれないかなあ。

 ソナタ第二番グラーヴェ/パガニーニのカプリス 第24番

 
 この項続く




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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