2011/03/30

 「ホームカミング」(チネチッタ川崎)

 2月のシネりんでプレイベントが実施された飯島敏宏監督の「ホームカミング」。「ばかもの」同様、ロードショーされても上映館が極端に少なくまず都内(23区)での鑑賞はNG。上映する劇場がないのだ。それはプレイベント時にわかっていた。最初は近郊のニュータウンにある劇場から始めて徐々に広げていきたいと飯島監督が語っていた。まず神奈川と千葉でロードショー。狙いはチネチッタ川崎だった。レイトショーもあったので、駆けつけようと思っていたところに東日本大震災があった。
 しばらく映画を観る気分になれなかった。実際問題として、上映が終了すると夜中の12時近く、帰宅できるかどうか。電車が間引き運行されていただろうから。

 先週、さあ、そろそろ観なければ公開が終わってしまうと、改めて時間を確認したらチネチッタの上映がない。じゃあ、どこで上映しているんだと映画情報サイトで検索したらまったくヒットしない。もうロードショーは終わってしまったというわけか。すっかり諦めていた。
 ところが昨日のこと。有楽町で「冷たい熱帯魚」を観るつもりだった。この劇場、水曜日は1,000円なのだ。が、上映時間を調べると、18時30分から。間に合わない! いやいや本編上映前には予告編上映がある。15分ほどあれば何とかなるか。劇場に電話して訊いた。電話にでた女性はそっけない。「予告編は短いですね、3分です」
 ダメじゃん……。

 一度は映画鑑賞を諦めた。まっすぐ帰宅しようと思っていたら、偶然にもチネチッタ川崎のサイトを閲覧する機会ができた。な、なんと「ホームカミング」が上映されているのだ。それもレイトショーで。20時40分から1回だけ。
 てなわけで、まっすぐ帰宅からまたまた映画鑑賞に切り替えた。

 ウルトラシリーズと金曜ドラマ(木下プロ制作ドラマ)の役者陣で彩られたコメディだった。黒部進、桜井浩子、森次晃嗣、竜雷太、秋野大作、林隆三、堀内正美、木野花、高橋ひとみ。高橋ひとみ以外皆老人役というのが感慨深い。そうだようなあ、彼らがバリバリの現役時代、こちらは花の10代、20代。それがもう50代なのだから。
 主演は高田純次で妻役は高橋惠子、ふたりの一人息子役が青山草太、ウルトラマンマックスではないか。高田純次が定年退職した会社の社長役は佐原健二、子ども神輿にハッパをかける老人(!)で西條康彦がゲスト出演している。だったらなぜひし美ゆり子が出演していないか? 舞台となる老齢化激しいニュータウンの住人の一人でカメオ出演してもよかったのに。
 上品なおばあちゃんを演じた島かおりが印象深い。それから出番は少しだが、踊りのお師匠さん役の原知佐子、実相寺昭雄監督の奥さん。

 前半はけっこう笑える。
 定年退職後の夢がどんどん崩れていくことに悩む夫が、あれこれなぐさめてくれる妻に言う。
「B型の女性がうらやましい」
 妻は夫に言う。
「A型の男性ってかわいそう」
 ということは、息子はAB型か。

 紙ふうせんの後藤さんがA型、平山さんがB型なのだ。息子さんはAB型で。




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 その1から続く

 父親にチケットを渡すと娘はさっさと会場内に消えていった。友人のところへ行ったのだろう。一人になった父は受付でチケットをもぎってもらい中に入る。特典でオリジナル軍手をもらう。
 入場の条件で500円でドリンク券を購入。中に入る前に生ビールで喉を潤した。
 ライブが始まるというので、ドリンクコーナーに近いドア(ホール左サイドの後方)を開けると、観客が一杯で中に入れない。仕方なく前方のドアから中に入る。こちらも混雑しているが、ドア付近に少し余裕があったので、壁にもたれるような感じでステージを見る。

 観客の中にオレンジのつなぎ(作業服)を着ている人たちがいた。何組も見かけた。オレンジだけでなく紺色のつなぎグループも。あとでわかったのだが、このつなぎ、このバンドのユニフォーム(?)なのだった。ファンはそれを真似していたわけか。ああ、だからオリジナル軍手が特典なのか! 
 平成のダウンタウン・ブギウギ・バンド?

 メンバーがステージに登場。上手にヴォーカル&ギターの男性、下手はベースの女性。二人の後方には一段高いところにドラムスの男性。
 3人とも眼鏡をかけている。眼鏡というか、写真なので素顔をわからせないために施す目隠しのようなタイプ。色はシルバーだったような。この目隠しのため、3人の存在がとても無機質なものに思えてしまうから不思議なものだ。

 MC担当のヴォーカル&ギターの男性が何かにつけて叫ぶ。よく聞きとれない。「トォース」と言っているのか。観客も元気に応える。まるで「8時だよ 全員集合!」のオープニングで、いかりや長介が客席に挨拶するみたいなやりとり。

 演奏が始まった。観客ノリノリ。身体をはずませステージと一体化している。
 困った。何歌っているのかわからない。歌詞が聞きとれない。もともと楽曲はメロディやアレンジで入っていくから、とりあえず歌詞はどうでもいい。演奏そのものにまったくノレないのがつらい。ギターの音色にしびれる、とか、ベースに下半身が反応する、とか、あればそれはそれで楽しめるのに。ベースの女性のマスクに注目…したくたって目隠ししていたんじゃ意味がない。
 シラけた気分でステージを、観客を見ていた。

 娘は、このバンドのどこがいいのだろうか?
 ちなみに娘はスピッツのFCに入っている。椎名林檎のファンでもある。以前はポルノグラフティの大ファンだったのに、今は興味がないらしい。宇多田ひかるも好きらしい。そういったアーティストとPOLYSICSの接点は何だろう?
 娘もノリノリでこのライブを体感しているのか。どこにいるのかわからないので(わかりたいくもないので)目にすることができない。

 場違いなところに迷い込んでしまった感覚に陥りながら、ふと思った。
 この子たち(10代、20代)が、もし、何も知らずに、ショーケンのコンサートに迷い込んだらとしたら? ステージのパフォーマンス(ショーケンの歌声、バックの演奏等々)や観客の反応をどう見るのか、感じるのか。
 今の自分と同じなのかなあ。同じなんだろうなあ、たぶん。

 ライブの2/3はそこで観ていた。気持ち悪くなってきた。酸欠状態になったような気分。外に出た。
 しばらくロビーでうろちょろしたあと、逆サイドの後方ドアから中に入った。かなりスペースにゆとりがあってゆっくりとステージを眺められる。驚いたのは音がクリアになっていること、歌詞が聞きとれるのだ。場所の問題だったのか! 最初からここにすればよかった。
 そうなると、さっきまでの拒否感はどこえやら、演奏も歌も身を入れて聴けるから不思議なものだ。
 男性二人は目隠しをはずしていた。おお、素顔だ。親近感はそんなところにも由来するのかも。楽しみはいつ女性が目隠しをとるかになった。結局とらなかった。がっかり……。




 昨日は予定を変更して「金八先生」のレビューを書いてしまった。書き出したときは感想のさわりだけのつもりだった。なのに、あれもこれもと止まらなくなって、前説の許容をはるかにオーバー。
 ドラマへののめり込み度は、その夜の夢に現れた。いろいろ金八先生がらみの夢を見ていたのだ。目が覚めてちょっと切ない気持ち……
 おいおい、これって、中学時代に「ロミオとジュリエット」「フレンズ」を観たときの反応ではないか。

 印象的な夢を一つだけ挙げておく。
 なぜか、クライマックスの撮影現場を拝見できることになった。近くの体育館で撮影しているという。中に入ると、撮影は終了して打ち上げが始まっていた。武田鉄矢が完全に出来上がっていた。
「さあ、次行くぞ!」
 と大きな声でわめき叫ぶ。後についていくと、どこかの野原。そこで気がつくのだが、まわりには僕ともう直江喜一しかいない。ほかの人たち(共演者&スタッフ)は帰ってしまった(ほかに流れた?)らしい。番組関係者じゃない自分がここにいるということは、酔っ払った武田鉄矢の面倒をみろ、という誰かの指示なのか。
 それもいいかもしれない。いろいろ話を伺えるし。

「武田さん、大昔、見かけたことがあるんですよ。目黒に住んでいた大学生のころのことです。朝、駅に向かって歩いていたら、向こうから武田さんが走ってきたんですよ。スポーツウェア着てたからジョギングだったんでしょうね。知っている顔なので、通り過ぎるとき思わず頭下げてしまったんです。無視されましたけど」

「CMの仕事をしているとき、俳優の宣材を受け取りに武田鉄矢商店に伺ったこともあるんですよ。事務所、表参道でしたっけ?」

 本人、グーグー寝入って応えてくれなかった。
 仕方ないので、直江さんと「3年B組金八先生」論に花を咲かせて……。


 【追記】

 3年B組の卒業生は250名ほどいるらしい。金八先生の卒業式に152(151?)名が出席したというのはすごいことではないか。
 生徒役はそのまま芸能界に入った者、一般人に戻った者に分けられる。仮に芸能OB、一般OBと呼ぶとすると、一般OBへは通常の同窓会のように撮影への参加を往復はがきで案内したのだろうか。
 問題なのは芸能OBだ。スケジュール的に参加できなかった人もいるだろうが、最初から呼ばれないということも十分ありうる。番組自体、ジャニーズ事務所と太くて強いパイプがあるので、トシちゃんなんて出演の可能性はなかっただろう。たのきんトリオの3ショット見たかったのに。それにしてもマッチは何の職業だったのか。マッチはマッチの役だった気がしてならない。
 名前の点呼シーンで、現在活躍している若手女優がいるのに驚いた。本仮屋ユイカとか福田沙紀とか。いろんな人を輩出しているのだなあと改めて思った次第。

 ああ、今回も前説でなくなってしまった。




 昨日の「3年B組金八先生ファイナル 最後の贈る言葉」。4時間つきあった。第3シリーズといくつかのスペシャルドラマをのぞいてリアルタイムで観てきたのだから当然だろう。
 本当なら、第9シリーズとして半年間の連続ドラマがあって、その最終回がこの「ファイナル」になるのかもしれない。しかし、前シリーズが予想外の低視聴率だったために次につながらなかった。そう勝手に思っている。
 まあ、脚本の小山内美江子が病気降板した時点(第7シリーズ)で終わっていたのだ。小山内美江子の降板は確かに病気が原因だが、実はその前からドラマの内容をめぐってスタッフとの確執があったという。降板はある意味更迭だったと。週刊文春の記事でわかったことだが。
 ショックだった。

 生みの親を更迭して始めたシリーズの視聴率が悪いんじゃ目も当たられない。ちょうど武田鉄矢の年齢もあって、金八先生の定年によるシリーズの終了を宣言するのもうなずける。
 ちなみに第8シリーズは、決して出来が悪かったわけではない。原点に戻ったようなドラマ作りには好感を持っていた。
 
 さて、ファイナルの「最後の贈る言葉」。ドラマそのものは期待していなかった。別の期待感――、同窓会に出席するときの、あのちょっとしたドキドキ感というのだろうか。
 ところが、その同窓会的趣向と、ドラマの展開がうまい具合にドッキングしていた。特に加藤勝(第2シリーズの「腐ったミカンの方程式」のあの問題生徒)と再会して金八が一念発起してクラスの問題解決に立ち上がるあたりまでは。加藤を演じる直江喜一の演技は俳優廃業のブランクなんてまるで感じさせない堂々たるもの。思わず見入ってしまった。

 現在の3Bの問題生徒を再度クラスで受け入れるための保護者への説明会も、反対意見にタジタジになるものの、保護者に混じって説明会を聞いていた宮沢保・雪乃夫婦(第1シリーズの「十五歳の母」のカップル)に助けられる。雪乃に扮する杉田かおるは昔のままの清純イメージ。女優魂を見せつけてくれた。

 金八の娘、乙女(星野真理)の披露宴。元校長(赤木春江)の祝辞のなんという深さよ。乙女の成長をずっと見てきたからなあ。第一、第二シーズンのレギュラー教師陣(財津一郎、上條恒彦、吉行和子、茅島成美)の姿にしみじみ。
 
 マッチが登場するあたりからドラマはファンタジーさを増していく。それこそ顔見世興行の態。ご都合主義。
 いや、それをいうなら加藤のエピソードにしたって、そんなに金八先生に感謝しているのだったら、桜中学卒業後も年賀状はだしていただろう。近況報告は欠かさないはず。加藤が新潟で建築屋の社長になっているくらいを知らないはずがない。なんて突っ込みもできる。
 でもまあそれが「3年B組金八先生」の世界観だから。毎年の3年B組の担任、ほとんど異動しない教師。一定の教師しかいない職員室。番組の約束事と言い換えてもいい。

 その手のファンタジーも理科室における金八最後の授業のリアルさで解消される。
 3Bのクラスメートは金八の説得で問題生徒を受け入れる。で、生徒は都立高校の二次に合格してめでたしめでたし。あとは卒業式のみ。
 にもかかわらず、時計は22時過ぎ。あと1時間どうするんだろう? まだ一波乱あるのか?

 違った。
 定年退職する金八先生のために新旧の3Bの生徒たちが卒業式を催す。それがドラマのクライマックスなのだった。
 送辞は、今回の主役である問題生徒。しかし、この送辞の内容、演技でシラけてしまった。なぜ一度画で見せたことを能弁に語らせるのか。あの場合、何か言おうとして、でも言葉にならない、そのじれったさに感じるものがあると思う。あるいは何も言えないまま感極まって泣いてしまうとか。
 金八の答辞が圧巻だった。150名近くの生徒たち、一人ひとりの出欠をとるのである。もちろん、それぞれに当時の映像が挿入されて。そのやりとり、金八の言葉。演技なんかじゃない。まさにドキュメンタリーの様相を呈していた。

 涙ボロボロ……。




 ブログを途中まで書いていた。東日本大地震が起きて続きを書く気がしなくなった。
 2週間経って、再開しようと思う。

          * * *

 先週、4日(金)はSHIBUYA-AXへ。

 このホールの存在を知ったのは2003年。ショーケンが13年ぶりに開催したコンサート「Enter The Panther」の最初の会場がここだった。僕は渋谷公会堂を選択してこのホールには行かなかったが、客がスタンディングでライブを鑑賞するホールとインプットされたわけだ。

 そんなホールを初めて訪れた。POLYSICSというグループのライブがあるというので。POLYSICS。ポリシックスと発音するのだろうか。ウィキペディアにはニュー・ウェーブ・ロックバンドとある。男2+女1のメンバー。まったく知らないバンドである。じゃあ、なぜライブに足を運んだのか。娘に頼まれたからだ。

 今年になってから寮生活をはじめた娘から先週1日(月)にメールがあった。
「お父さん、4日の夕方、渋谷に来られる?」
 夜遅かったので返信しなかった。翌日になったらまた同じ文面のメールがきた。すぐに娘に電話した。「いったい4日渋谷で何があるんだ?」
 わかったのは、4日にSHIBUYA-AXでPOLYSICSのライブがあること、友だちが行けなくなって、チケット2枚余ってしまう、使用しないのはもったいないと思っていること。
「だからね、お父さんに来てもらいたいなあと思って」
 ぴんときた。「チケットを買えってこと?」
「そう!!」
「もう一枚はどうするの? お母さんを誘うつもり?」
「だって、お母さん、九州じゃない」
 父親の一周忌のため前日(3日)から帰省するのを忘れていた。もう一枚買って、誰か友人を誘おうかと思ったが、やめた。だいたいどんなライブなのかもわからない。苦痛を与えるだけのバンドだと申し訳ない。終わってから飲みにいくと余計な出費がかかる。だいたい早く帰ってやらないと、猫の世話があるのだ。やはり一人で参加しよう。

 18時ジャストに退社して京浜急行で品川に向かっていると、娘のメールが入った。
「今、渋谷駅近くのマックにいるけれど、もし場所がわからなければ待ち合わせする?」
 すばやく返信。
「今、会社出たところだから、一人で行く」
「わかった、近くに来たらメールください」

 何とか、19時前に会場に着いた。
 入口で娘からチケットをもらう。金を払おうとしたら、バックをロッカーに閉まっているので財布がない、終演後でいいからと言われた。
 列の最後に並んで会場の中に入った。特典でオリジナル軍手をもらった。いつもいくコンサートと違って観客が若い!

 この項続く




 大地震の被災者の皆さまにお見舞い申し上げます。

 11日は、JRが終日運行停止のため会社に泊まった。
 翌日朝の7時からJRが運転再開するということで、品川駅に出た。が、横浜~鶴見間の点検に手間取り京浜東北線は動かないまま。駅に停車している車両は満杯、ホームも人の列で一杯。

 ホームに駅員にくってかかる男性がいた。
 商談のため前日飛行機でやってきたのだが、地震で交通がマヒして羽田空港で宿泊。今日は7時に電車が動き出すと聞いて、京浜急行で品川駅にやってきた。なのに、電車が動かないとはどういうわけだ。これでは先方と約束した時間に間に合わない。いったいどうしてくれるんだ。
 男性の話を要約するとこうなる。
 駅員はお詫びの言葉を口にする。男性は許さない。7時に動くと言ったにもかかわらず、動かないのはおかしい。誠意を示せ、責任者を連れて来い! 

 状況が状況だけに、約束の時間に間に合わなくても、先方は文句は言わないだろう。遅刻が原因で商談がご破算になったとしたら、逆にそんな会社なんて相手にしない方がいい。
 だいたい、被災地のことを思えば何だって我慢できる。電車がストップすることも、会社に泊まることも、動いている電車を求めて歩くことも。(このときはまだ実施されていないが計画停電も)
 イヤでも男性の怒声を耳にしてしまう周りの人たちは、みな同じことを思っていたのではないか。
 
 前日(10日)に地元シネコンで「ヒア・アフター」を観た。冒頭の津波シーンに肝を冷やしたが、帰宅して見たニュース映像に言葉を失う……。


 追伸

 なぜTV局は計画停電に協力しないのですか?




 ネットのニュースで坂上二郎の死去を知る。
 思わず泣きそうになった。
 昭和9年生まれ、父と同い歳。一瞬、父が死んだような感覚になったのだろうか。

 コント55号に夢中になった小学生時代。一度だけ、隣町の足利にやってきた公開録画「55号決定版!」を会場で観ている。この「55号決定版!」は地元(太田)の市民会館にもやってきたことがある。館長が同級生のお父さんで、当日の台本を記念にとプレゼントされた。僕がコントが好きで自分で書いたり演じたりしているの娘をとおして知ったのだろう。あのときはうれしかった。台本は今でも郷里にある。

 コント55号の人気がピークを過ぎると二人の単独出演が増えていく。僕は欽ちゃんの笑いを追いかけていたが、決して二郎さんを無視したわけではない。「夜明けの刑事」の主演は和製コロンボと話題になったっけ。
 「ぴったしカンカン」は毎週の楽しみだった。

 合掌


 以下、夕景工房の「小説・コント55号」レビューを転載。


     ◇

2002/10/02

 「いくよ、二郎さん はいな、欽ちゃん 小説・コント55号」(山中伊知郎/竹書房)  

 本書を書店で見つけた時は歓喜した。  
 萩本欽一をモデルにした小林信彦の短編「踊る男」(「ビートルズの優しい夜」所収)があるものの、これまでコント55号の評伝なんかなかったと思う。 
 著者の名を見てびっくりした。山中伊知郎というと僕はどうしてもTBSラジオ「永六輔その新世界」のリポーターのイメージがつきまとってしまう。著作を書店で見たことがあり、文筆家であることは知っていたけれど、こういう芸人の世界を描く作家だとは認識していなかった。
 もう何年前になるのか、市川森一が60年代のコメディアンたちを活写したスペシャルドラマ「ゴールデンボーイズ」を見たことがある。その中に若き日のコント55号がいた。小堺一機が欽ちゃん、鶴太郎が二郎さんに扮し、当時のコントを再現して一見の価値があった。ドラマ自体良く出来ていた。 
 本書はあのドラマのコント55号のエピソードを大きく膨らませた印象がある。  

 浅草の無名時代、同じストリップ劇場の舞台に立ち、なぜか互いに反発しあい、コントの流れや客の存在も忘れ、アドリブを競い合っていた萩本欽一と安東ロール(後の坂上二郎)。予定時間をオーバーし、客からブーイングはとぶわ、スタッフには文句は言われるわ、いいことないのだが。
 二人とも夢は大きいがとにかく売れない。金がない。
 しばらくして萩本欽一は自分の劇団を旗揚げする。これがTVプロデューサーの目にとまりTVの仕事が入ってくるものの、ことごとく失敗して傷心の日々を送ることになる。坂上二郎は女房を食わせるためにキャバレーの司会を続けながら、ほそぼそと芝居のチョイ役出演を続ける。
 TVを見切った萩本が熱海のホテルにおける長期巡業で客を大いに笑わせ自信をつけ、久しぶりに自分の部屋に帰ったちょうどその時、坂上から連絡があった。
 フランス座時代、反発ばかりして話もしたことがなかった二人だった。にもかかわらず、生活が逼迫して子どもが生まれるのを機に芸人の世界から足を洗おうと決心した坂上は、そうなると、なぜか萩本とやりあっていた頃が一番楽しかったと、せめてもう一度ゆっくり思い出話に花を咲かせたかったと電話をかけてきたのだ。運命的な再会だ。
     ◇
 もしもこの電話が何日か、いや何時間でもズレていれば、恐らく欽一は下宿には戻っていなかったか、またどこかへ外出していたろう。少なくとも、前の日まで二カ月は熱海で働いていたし、戻ったら戻って、浅草の劇場への挨拶回りがある。
 もし、欽一が下宿にいなかったら、坂上はたぶん再び電話をかけたりしなかったろう。元来、欽一と親しかったわけではない。坂上がフッと懐かしくなってかけてしまった、ほんの「出来心」だったからだ
     ◇
 こうして二人はコンビを組むことになった。   

 今でもはっきり覚えている新聞記事がある。ちょうどコント55号がTVに登場した翌年のサンケイ新聞(当時の表記)の正月版の第一面。どこかのお寺か神社の階段に欽ちゃんと二郎さんが並んだ写真が大きくあって、キャプションに「今年は俺たちの年」というようなことが書かれていたように思う。
 コント55号がくりひろげる笑いはこれまでの〈お笑い〉を超越していた。とにかく笑えた。一度披露したネタは二度とやらないという姿勢がかっこよく、たちまち僕のあこがれのコメディアンになった。特に欽ちゃんの笑いのセンスに影響を受けた。以来ずっと追いかけた。 

 本書はコント55号の無名時代からブーム到来までを詳細な取材に基づき活写していて、そういう意味では満足のいく内容だ。浅草時代、二人が反目していたなんてことは、今までまったく知らなかった。あるいはブレイクするまでに、二人の才能を信じた事務所社長の人一倍の努力があったことも。
 しかし、ブームが一端沈静化してからの欽ちゃんの低迷を抜きにして、その後の復活を簡単に記してしまうのはどうか。あの頃、TVで欽ちゃんの姿を見るのが忍びなかった。二郎さんは役者として独自に活躍しているのに、欽ちゃんにまったく精彩が感じられなかった。
 「コント55号の世界は笑う」が裏番組の「8時だよ!全員集合」の人気に押された末期、やがて「欽ちゃんのドンとやってみよう」でリベンジを果たすまで、ここらへんの事情ももっと掘り下げて欲しかった。いやこれは「小説コント55号」なんだからと言われればそれまでだけれど。




 承前

 映画上映が終って、15分の休憩。この間に、一番前の座布団席がなくなって、客席の一番後ろに移動するものだと思っていた。実際、始まる前にそう言われていた。が、お客さんが多すぎて、座布団席の人はそのままということに。立たなくていいということで喜んだのだが、実は立ち見の方がより芝居の世界を満喫できただろうと終演後にわかるのだ。

 舞台中央の奥にはグランドピアノが設置されている。ピアノはアトリエの主である佐藤慶子さん。その斜め前、客席から見ると上手になる位置の椅子にはチェロの高橋裕紀さんがちょっと緊張した面持ちで座る。下手、ちょうどピアノの後方になる位置に篠原監督が座ったのには驚いた。床に直だ。単に座ったわけではない。担当する楽器は、どこかの民族楽器だろうパーカッション。

 篠原監督にはカルテットをモチーフにした映画を作りたいという考えがあったとプログラムに書いていた。ピアノのあるアトリエで映画上映プラス何かをやる機会をもらって(このイベントは「第3回恵比寿映像祭 地域連携プログラム デイドリームビリーバー」に参加している)、最初は朗読劇+生演奏の上演をやるつもりだった。が、実際に役者を迎えてアトリエ芝居に変貌した、と。

 長野・安曇野にあるペンションが舞台。このペンションに有能なチェリスト(藤本浩二)がマネージャー(太宰美緒)とともにやってきた。作曲活動のためとのことだが、ペンションオーナーの妻(竹中友紀子)とチェリストはかつて恋人だったという事実がある。ピアニストとしてパートナーでもあった。チェリストの本当の目的は何か? オーナー(阿部竜一)は心おだやかではない……。

 チェリストが弾くチェロ、オーナーの妻が弾くピアノ、その音色が高橋さんのチェロであり、佐藤さんのピアノなのである。クライマックス直前、ふたりが奏でる二重奏が胸に迫る。
 その直後、ピアノへの想い断ちがたく妻がかつての恋人とよりを戻すのではと悩んでいた夫が放つ一言。その相手を思いやる言葉に涙がこぼれそうになった。

 座布団に座っていると、芝居をいつも見上げていなければならない。これがけっこう疲れる。ちょっと下を向いたりして、何度も決定的な場面を見逃している。立ち見で舞台全体を見渡していた方がどれだけよかったか。

 マネージャー役の太宰さん。二井サロンやシネりんの常連だが、初めて芝居を観る。素直な演技でとてもよかった。ワインの飲み方とか好きだなあ。

 芝居のあと、篠原監督と二井さんのトーク。そして会場で打ち上げ(懇親会)。佐藤さんの手作りの料理、缶ビール、ワイン……。
 演者と観客が芝居を話題に大いに盛り上がった。
 




 2月27日(日)は午後から恵比寿へ。

 篠原哲雄監督が初めて演出する芝居「草原の二重奏」が上演されるのだ。実験劇だという。ピアノとチェロの生演奏つき。これは興味をそそられる。
 会場となるのはMuCuLスタジオ。「草原の二重奏」の音楽とピアノ演奏を担当する佐藤慶子さんのアトリエだ。アトリエということで、客席も限られている(30名ほど?)。おまけに申し込むのが遅くなって、立ち見になってしまった。
 芝居は1時間弱(55分)、映画も短編だろうと考えていたので、立ち見も苦にならないだろう。そう考えたのだが……。

 MuCuLスタジオは普通の一軒家の2階にあった。1階の玄関で靴を脱ぎ、入口でもらったビニール袋に入れて自分の席に持参するシステム。席は丸椅子だが、一番前に座布団が並んでいる。
「立ち見の方はとりあえずそこに座ってください」
 受付でそう言われて、一番前の真ん中あたりの座布団に座った。フローリングの床には客席と平行するように線が引いてあった。線から向こう側が舞台ということだ。
「芝居中はこの線から足や荷物をださないように。役者と交錯しますんで。でも、映画上映中は大丈夫です」
 というような篠原監督の挨拶と注意があって、プログラムはスタートした。  

 まず篠原監督の初期作品「草の上の仕事」「Young&Fine」の上映。上映といっても、客席の前に大型の液晶TVを設置してのDVD(ビデオ)再生だが。

 篠原監督といったら、「深呼吸の必要」や「洗濯機は俺にまかせろ」が話題にのぼる。恥ずかしいことにどちらもまだ観ていない。僕が初めて篠原監督作品に出会ったのは「木曜組曲」だった。続いてJamFilms「けん玉」「昭和歌謡大全集」。「深呼吸の必要」はこのあとだったのか。
 わずか3作しか観ていないが、篠原監督の真骨頂はディティール描写にあると思った。その一つが料理の表現。実に美味そうなのだ。その後、「山桜」公開イベントで初めてお会いして、その旨の質問をしたら、料理はかなりこだわって撮っていると答えていた。ああ、やっぱりと得心したものだ。
 「草の上の仕事」は篠原監督の自主制作で劇場デビュー作だとプログラムにあった。草原で草を刈る男二人の話。劇的な展開はない。プロの草刈職人とアルバイトの男のちょっとした心の交流を描いている。ディティール描写はこの作品でも味わえる。
 アルバイト男を、爆笑問題の太田光が演じていた。素の太田光って感じなのだろう。

 「Young&Fine」はいわゆるVシネマ。原作が山本直樹のコミックなので仕方ないのかもしれないけれど、レンタルビデオ店でこのタイトルを棚で目にしても観たいとは思わない。あくまでも原作ファンだけが注目するだけだ。実にもったいない。高校生のセックスを真正面に捉えた、よく出来た青春映画なのだから。
 それまで、Bまでしかやっていなかった男女の高校生が迎える初体験。その悪戦苦闘であっけなく終るラストがいい。
 風呂場のレズシーン等、篠原監督、官能シーンもいけるのではないか。とすると「昭和歌謡大全集」のオナニーシーンはダメダメじゃないですか。まあ女優サイドの問題なのだろうだけど。

 この項続く 




 今日は図書館へ。
 借りていた本とDVDを返す。返すだけだったのにまた借りてしまった。

 「伊上勝評伝」(井上敏樹・竹中清/徳間書店)
 「東映アニメーション演出家40年奮闘史」(森下孝三/一迅社)
 「マンガ大戦争 1945~1980」(幸森軍也/講談社)

 「トーク・トゥ・ハー」(監督:ペドロ・アルモドバル)
 「ペーパー・ムーン」(監督:ピーター・ボクダノヴィッチ)
 「点と線」(監督:小林恒夫)


          * * * 

 前項に続いて、昨年の10月、12月の談四楼独演会の備忘録。
 10月の神田茜さんは2度目。一度経堂駅前寄席で観ている。北澤八幡神社のすぐ近くにお住まいみたいですね。この時点では小説書いていたなんて知らなかった。「女子芸人」新潮エンターテインメント大賞おめでとうございます。師匠の一席め、何だったんだろう? 
 12月のゲスト、伊藤佑介さんのパフォーマンスは一度上野公園で観ている。ということを後で知った。Tさんが北澤の舞台に立った記念すべき日!
 

2010/10/15

「立川談四楼独演会 第172回」(北澤八幡神社 参集殿)

 立川長四楼 ?
 立川春太 ?
 立川こはる?

 立川談四楼「」

  仲入り

 神田茜「初恋 閻魔」
 立川談四楼「文七元結」


2010/12/15

「立川談四楼独演会 第173回」(北澤八幡神社 参集殿)

 立川長四楼 ?
 立川春樹 ?
 立川こはる ?

 立川談四楼「粗忽長屋」

  仲入り 

 伊藤佑介 けん玉パフォーマンス
 立川談四楼「芝浜」




2010/10/02

 「立川談四楼・桂文鹿 二人会」(天満天神繁昌亭)

 談四楼師匠の繁昌亭初高座。
 東京の定席だって満足に行ったことがない。浅草演芸ホールと池袋演芸場にそれぞれ1度足を運んだことがあるだけ。にもかかわらず、繁昌亭ができてからというもの、一度は訪れてみたいと願っていた。

 落語好きなUさんに、5月のお礼もあって今度機会があったら「天満天神繁昌亭」に行きましょうね、と声をかけていた。上方の噺家さんの高座は大銀座落語祭で拝見している。できれば談四楼師匠が繁昌亭高座に上がるときがいいなあ、なんて思っていたら、あっというまに願いが叶ったというわけだ。
 立川談四楼・桂文鹿二人会が開催されたのだ。

 情報を入手して、真っ先にUさんを誘った。その時点で数ヶ月先のことだ。今のところ予定がないから大丈夫だけれど、仕事が入ったらNGだよ。だったらNGにならない人も誘おう。Eさんに声かけた。こういうことができるのも落語会のチケットが安いおかげだ。コンサートだとこうはいかない。一人招待するのが精一杯だ。
 チケットを買う段になったら、ほとんど完売状態であと何枚しかないというではないか。だったらダメもとでGさんの分も合わせて4枚購入した。
 当日はUさんの代わりにSさんが参加した。メンバーを知ってその後の飲みがあることを予想したてUさんの配慮ではないか。実際、朝5時まで飲んでいましたからね。

 初めて訪れるJR天満駅。早く到着したので日本一長いアーケード街、天神橋筋商店街を散策した。なかなかの古書店を発見。映画関係で欲しい本が何冊もあったが、とりあえず一冊。

「わが青春の黒沢明」(植草圭之助/文春文庫)

 ドトールでしばらく読書してから、繁盛亭へ。二階席の一番前だった。貴賓席。天井からは繁盛亭建設に寄付した人の名前が記されている提灯がぶる下がっている。
 めくりや座布団返しはお茶子さんの女性が担当していた。東京では前座さんがやっている。文化の違いか。

 
 桂ぽんぽ娘 「寿限無」
 桂文鹿   「代脈」
 立川談四楼 「井戸の茶碗」

  〈仲入り〉

 談四楼&文鹿・座談会
 立川談四楼 「ぼんぼん唄」
 桂文鹿   「鍬潟」

 文鹿師匠と談四楼師匠の接点はボクシングだ。文鹿師匠は元ボクサーで引退後噺家になった。逆ファイティング寿限無! それを知った談四楼師匠が電話してきたとか。息子さんが大阪でプロボクサーとして活躍していることだし。 
   
 仲入りのとき、Sさんが訊いてきた。
「新井さん、関西特有の言葉って理解してはるんですか?」
 そりゃわかっていますよ、……のつもりですが。
「おいどって意味わかります?」
 「代脈」にでてくる言葉だという。医者が駕籠に乗るときおいどから、と。
「……」
「お尻のことなんですが」
「そこは、動作から、何となくニュアンスで」
 嘘じゃないですよ。
 



 先週はイベントが続いた。
 毎月第4木曜日の恒例「シネマDEりんりん」。翌日は経堂で「さばの湯 談四楼独演会」。この落語会、昨年から始まったのだが、開催がいつも給料日前、しかもシネりんの翌日なので参加を断念していた。20時開演ののんびりまったりした雰囲気、おまけに日本酒が旨い、安い。
 1日おいて27日(日)は恵比寿で開催された、篠原哲雄監督による実験劇「草原の二重奏」&映画上映。映画は初期作品「草の上の仕事」と「Young&Fine」。

 それぞれ懇親会では酒を飲むわけで、その疲れが昨日一気にやってきた。
 本日は映画サービスデー。有楽町で「アンチクライスト」鑑賞。激しいセックスシーン見たさに。残虐描写はいただけない。なんども目をそむけた。観るんじゃなかった。

          * * * 

 24日(木)の「シネマDEりんりん」のゲストは、特撮ファンにはたまらなかった。飯島敏宏さんと小中和哉さん! 昭和の第一期ウルトラと平成ウルトラ、両シリーズの監督が揃ったのだ。二人のトークは聞き逃せないぜ!
 なんてね。
 
 3月に「ホームカミング」というタイトルの喜劇映画が公開される。高田純次が映画初主演ということが話題になっているが、この映画の監督が飯島敏宏さんなのである。原作ものばかりが幅をきかす邦画界にあって、なんとオリジナル脚本だ。書いたのは千束北男。ウルトラファンならお馴染み、飯島さんのペンネームだ。
 当初の案内では、ゲストは飯島さん一人だった。ところが、映画では監督補という肩書きで小中さんが飯島監督をアシストしていた。急遽小中さんもプレイベントに参加することが決まった。

 もともとは飯島監督、小中特技監督で怪獣映画の企画が進められていたという。脚本は2稿まで書かれたらしいが予算の関係でこの企画は頓挫。まあ、よくあるパターンだ。「ホームカミング」はその代替企画なのだ。飯島監督がプロデュースしたNHKドラマ「理想の生活」(脚本・相良敦子/主演・堺正章)から発想されている。

 飯島監督自身がトークで語っていた。ウルトラシリーズの特撮怪獣路線、「金曜日の妻たちへ」を代表とするドラマ路線。この二つのほか、自分にはもう一つ得意としているジャンルがあると。それが「泣いてたまるか」にはじまる喜劇路線。なるほど、円谷プロの創立10周年記念映画「怪獣大奮戦 ダイゴロウ対ゴリアス」は確かに喜劇だった。飯島監督が初めて手がけた劇映画だ。僕はいまだに観ていないのだけれど。
 「泣いてたまるか」は面白かった。幼少時に初めて接した大人向けドラマではなかったか。主演の渥美清が歌う主題歌も大好きだった。木下恵介アワーもよく観ていた。木下プロ制作「人間の歌シリーズ」も「それぞれの秋」(脚本・山田太一)に夢中になった。
 ちなみに「ホームカミング」のメインスタッフは「ダイゴロウ対ゴリアス」と同じだとか。トークで小中監督が語っていた。撮影中、そんなスタッフの想い出話に感激したと。気持ち、わかります。

 思えば、飯島監督が「ウルトラQ」で手がけた「2020年の挑戦」にしても「地底超特急西へ」にしても〈笑い〉が欠かせない。「地底超特急西へ」なんてコメディといってもいいくらいだ。喜劇は飯島監督作品を語る上でキーワードになる。
 「金曜日の妻たちへ」が高視聴率をとって田園都市線やその沿線、いわゆるニュータウンが脚光を浴びた。あれから幾年月……。木下プロの名前も目にしなくなったなあと思っていたら、ドリマックスに名称変更していたのだった。

 ある雑誌がブームの仕掛人として飯島さんともう一人を名指しして非難したらしい。ニュータウンの住人が高齢化して寂れてしまった現状についての記事で。
「冗談じゃない! ニュータウンは確かに高齢化したかもしれないが、決して寂れてなんかいない」
 雑誌記事への対抗意識が「ホームカミング」を企画した要因。そんなことも語っていた。 

 懇談会になってから、飯島監督に訊いてみた。「ウルトラQ 地底超特急西へ」のクライマックス、M1号が超特急の、客車を切り離された先頭車の屋根の部分にまたがり終着駅に向かって突進していくショットがある。80年代に公開された「暴走機関車」でも、ラスト近くで似たショットを目することができる。主演のジョン・ボイドが機関車(当然貨物車両は切り離されている)の屋根にまたがり雪原を突進していくのだ!
 偶然なのか、何か理由があるのか。まさか「暴走機関車」の監督がウルトラQを観ているとか。  
 映画ご覧になりましか? と訊ねたら、監督は笑ってその理由を説明してくれた。
「あれには元ネタがあるんだ」
 大昔の西部劇映画を真似したらしい。もしかして「暴走機関車」もそうなのだろうか。映画のタイトルも教えてもらったのだが忘れてしまった。

 幻となった怪獣映画、いったいどんなストーリーだったのか。小中さんに確認した。
 おじいさんと孫が太平洋戦争の時代にタイムスリップして、そこに怪獣が出現して……

homecoming1
懇親会が始まる前に集合写真
はい、チーズ。

homecoming2
飯島監督が帰られる直前に
手にしているには「怪獣文化とウルトラマン」




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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