先週22日(金)は19時30分から「J's立川流落語会 立川談四楼独演会」。ここのオーナーは師匠の高校(中学も)の後輩、ということは僕の先輩もしくは後輩なんだと。確認したら10年下だった。
 打ち上げが終わって、帰り間際、「ラグビー部でした」と言うと、「えっ! 私もです。キャプテンでした」。
 どひゃー!

 前々々回の項で談四楼独演会について触れて項を改めてと書いた。4月の前に2月はどうしたんだ? 1月には同じ下北沢は北沢タウンホールで独演会があったじゃないか? いろんな声が聞こえてきて髪をかきむしっている。
 ごめんなさい。単なるメモです。


2011/01/14

 「北沢タウンホール成人式 立川談四楼独演会」(北沢タウンホール)
 
  立川談四楼「柳田格之進」

  〈仲入り〉

  ふくろこうじ パントマイム
 
  立川談四楼「らくだ」

 数年前、町田政則さんが客演する芝居を下北沢の某空間で観たときのこと。千秋楽だったので、町田さんに誘われて打ち上げに参加した。盛り上がって朝までコースになったのだが、居酒屋が中途半端な時間(朝の4時ごろ?)に閉まってしまった。外に出され集団は仕方なく、ある施設の一角で酒盛りを始めて始発を待ったのだった。その施設が北沢タウンホールだった。玄関のところに車座になって。懐かしいなあ。
 冬は師匠の「らくだ」に限ります。リアルな(度を超した)酔っ払いは迷惑だけど、落語に登場する酔っ払いは大好きなんです。「柳田」はもちろんいいのだけれど、個人的には夏まっさかりのときに聴きたいと思っている。そうはいっても冬だと雪のくだりがしみてくるなぁ。
 
     ◇

2011/02/15

 「立川談四楼独演会 第174回」(北澤八幡神社 参集殿」


  立川談四楼「阿武松」

  〈仲入り〉

  寒空はだか 漫談?

  立川談四楼「紺屋高尾」

 ゲストの寒空はだかさんは舞台を観るまで、ネットで名前だけ拝見する芸人さんだった。「快楽亭ブラック」「立川談之助」といっしょにインプットされている。どんな人なのか、どんな芸を見せるのか、まったく知らなかった。だからこの日が僕の寒空はだかデビューということで。もっとぶっ飛んだものを予想したら、オーソドックな漫談だった。こう書くと失礼になるかな。やはり鳥肌実系の芸が頭にあったもので。「東京タワー」の歌が何とも言えない。あのメロディは一度聴いたら忘れられなくなる。何度頭の中でリフレインしたか。




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 スーちゃん(田中好子)の急逝には驚いた。夜遅くネットのニュースで知ったのだが、「ええ!」大声だして隣の部屋で寝ていたかみサンに「田中××が死んじゃった!」。
 その後詳細を逐次報告。聞いてたかみサンがあきれたように訊いてきた。
「ねえ、亡くなったのは田中好子でしょう?」
「そうだよ、さっきからそう言っているじゃない」
「ずっと田中裕子って叫んでいたの!」

 乳がんで闘病していたなんてまったく知らなかった。闘病が約20年間伏せられていたことが信じられない。結婚生活=闘病だったのだ。乳がんということで、その治療方法その他確認したいことがあるが、僕がみたTVのニュースでそこまで言及しているものはなかった。
 別にキャンディーズのファンではなかった。中学時代は歌謡曲、とくにアイドル歌手を毛嫌いしていたところがある。高校生になると少しは寛容になったとはいえ、当時どちらかといえば、ピンク・レディーの方が好みだった。歌は好きだったが、アン・ルイスがデザインする衣装がどれも好きになれなくて。

 それはともかく、キャンディーズはデビューから知っているから、ファンでなくてもある種の思い入れはある。ファイナルコンサートについては1978年4月の日記にこんなことを書いた。
 大学受験に失敗して、浪人(予備校)生活をスタートさせる直前のころだ。

     ◇
 4日に開催されたファイナルコンサートで5万人のファンを前にして歌い踊って「ありがとう」と叫び、泣いたキャンデーズの3人。やはりすごく感動的なことだったろう。
 まったく関係ないふたつの出来事だけど、どうもダブってしまう。
 身体がはりさけるぐらいの感動が味わえたのではないかと思うからだ。
     ◇

 キャンディースを、最初何の番組で知ったのだろう? 「8時だよ!全員集合」か。
 スーちゃんがセンターだったときはブレイクしなかった。ところが、ランちゃんになったとたん「年下の男の子」がヒットして人気アイドルの仲間入りを果たした。あれは何だったのだろうか。ちなみに僕は3人の中ではミキちゃんが好きだった。

 スーちゃんの死に激しく動揺したのには理由がある。松平健のあられのCM。最初奥さんは田中好子だった。お似合いの夫婦じゃないかと思っていた。ふと気がつくと、奥さんが原日出子に変わっていた。
 なぜ? どうして降板? それがずっとしこりとなっていたので、訃報を知って氷解した。病気による降板だったのか。

 合掌


 【追伸】

 TVの追悼番組って何を基準に編成されるのか。




 昨日19日(火)はプリンスシネマのレイトショーで「エンジェルウォーズ」を鑑賞。地元シネコンでも上映しているのだが日本語吹替版なのだ。金だして吹替版なんて観たくない。美少女五人組のコスプレアクションものと思っていたら、全体のイメージはずいぶん違った。

          * * *

 一昨日18日(月)、ネットニュースで出崎統監督の逝去を知った。虫プロ出身のアニメーション演出家で、70年代にTVアニメで一つのスタイルを作った。
 前日のサムライシアターではもうひとつ上映したビデオがあり、それが懐かしアニメ、特撮ヒーロー番組等々のオープニング特集。以前シネりんのお遊びで鑑賞したものの続きだ。YouTubeにUPされているものをピックアップしている。「あしたのジョー」も流れて、クレジットで「出崎統」の名前を見たばかりだった。

 それまで虫プロは手塚治虫の原作ばかりを手がけていたので、手塚マンガとは一番遠いところに位置するこの作品のクレジットで〈制作・虫プロダクション〉を見たときは少しばかり違和感があったのを覚えている。もちろんアニメ「あしたのジョー」には夢中になったが。
 そういえば、「あしたのジョー」の場合、アニメやマンガに思い入れが強いので、最近公開された劇場実写版にはまるで興味がわかなかった。昔、石橋正次で映画化されたことがあるが何バカなことしてるんだくらいの認識だったから。「宇宙戦艦ヤマト」の実写化とはずいぶん違う反応である。

 話を戻す。
 出崎統の名前は「ガンバの冒険」で覚えたと思う、確か。すでに人気マンガのアニメ化が主流になっていた当時「ガンバの冒険」は異色だった。ストーリーはハードでとても熱く、決定的瞬間の止め絵には迫力があった。原作は海外の児童向け小説だったか。何気なく観て受けたインパクトの強さ、絵やストーリーの魅力に惹かれて夢中になっていく過程は「科学忍者隊ガッチャマン」と双璧を成す。
 出崎統の統はたぶん違うと思いながら勝手に〈トウ〉と読んでいた。〈オサム〉とは読めやしない。〈オサム〉と読むんだとわかっても、しばらくすると忘れてしまう。そんなわけでいつも漢字そのもので名前を認識していたアニメ作家だといえる。
 最近まで園子温監督がそうだった。「冷たい熱帯魚」を観るまでは、園子が苗字で温が名前だと思っていた。園子は〈そのこ〉だろうか、温の読みがわからないなあ、なんて。
 肺がんということはヘビースモーカーだったのか。
 享年67。

 合掌 

 
 この日は帰宅途中、川口駅で下車し川口図書館へ。借りていた本とDVDを返却した。
「今は積読本読破期間なんだからね、何も借りないように」
 もう一人の自分が囁く。
「わかっているよ。でも、DVDならいいじゃない」
 とにかく2階のDVDコーナーへ。 
 3巻借りた。

 「酔いどれ天使」(監督:黒澤明)
 「天然コケッコー」(監督:山下敦弘)
 「裸のランチ」(監督:デイヴィッド・クローネンバーグ)

 次は映画関連の棚を覗く。いつものコースだ。
「こういうときに限って読みたい本があったりすんだよ」
 ほらあった!

 音楽本コーナー、書評関連、社会評論コーナーを覗いてから階下の小説本のコーナーへ。
 あった、あった、あった!

 4冊借りた。 

 「手塚治虫の奇妙な資料」(野口文雄/実業之日本社」
 「日本SF精神史 幕末・明治から戦後まで」(長山靖生/河出書房新社)
 「日本動画興亡史 小説手塚学校Ⅰ ~テレビアニメ誕生~」(皆河有伽/講談社)
 「日本動画興亡史 小説手塚学校Ⅱ ~ソロバン片手の理想家~」(皆河有伽/講談社)




 先週、15日(金)は有休をとった。半年に一度の眼科検診のため。黄斑変性の進行は特に認められなかった。それはよかったのだが、検査のために点眼薬で瞳孔が開かれ、眼が真っ赤になった。涙はでるわ目やにはでるわ、もう大変。いつもこんなにひどかったっけ? 
 夕方下北沢へ。偶数月15日の恒例「談四楼独演会」だ。マスクした上真っ赤な眼をしているので常連さんが驚いて訊いてくる。
「どうしたの? 花粉症?」
 マスクは確かに花粉症が要因だ。今年はひどいめにあっている。数年前から眼がかゆいなどちょっとした症状はでていたが、長いこと花粉症を知らずにきた。それが今年、鼻がつまって息ができなくなったと思ったら、今度は鼻水が止まらずティッシュが手放せなくなって、なんて毎日の繰り返し。市販の薬を飲んでマスクすると症状は治まるので何とかやっている次第。ということは眼が赤いのも花粉症が影響しているのだろうか? 独演会については項を改めて。

 17日はサムライシアター新宿へ足を伸ばす。移転のため閉鎖されるシアターへ感謝を込めて「ありがとう! サムライシアター新宿」と銘打つイベントが開催されたのだ。シネりんいつものメンバー20名弱が集った。
 19時スタートのイベントはしばらく飲み食い歓談をしてから、メインの上映会へ。K氏の特別編集による古今東西の名画のラストシーンだけを集めた特別プログラム。約1時間。通常シアター内への飲食持込は禁止されているが、最後ということでドリンクOK。皆、階下の懇親会場からビールやワイン、焼酎等を持ち込んで一杯やりながらの鑑賞と相成った。

 作品のセレクト、並べ方に工夫があって大いに盛り上がった。楽しかった。至福の1時間。50年代~80年代(90年代もあったか?)の映画の中で、個人的に70年代の映画(洋画)への思い入れが強いことがわかる。 
 ラストシーンだけでも涙がでてくるものもあって困った。まあ、花粉症で始終ティッシュ代わりのハンカチを離せなかったので、誰も僕が感極まって涙流してるなんて気がつかなかっただろうけれど。
 
 ラストシーン特集の前には発掘!お宝映像と称して懐かしいビデオを上映した。中でもメンバーのある方が勤めていたという「新宿ロマン」の閉館を取材したTVニュース特集は資料価値が高い。皆魅入っていた。若かりし頃のメンバーを拝見するだけだったのに。この劇場、僕は足を運んだことがあるのかどうか。たぶんなかったと思う。
 ニュース映像を観ながら、シネりん顧問の一人Fさんが言う。「TV局は閉鎖とかなくなるってことになると、残念がって取材にくるんだ、それまではまるで関心がなかったくせに」

 ニュース映像のほとんどがフジテレビのもの。閉館に関してはフジテレビが積極的に取材していたという。夕方のニュース番組のキャスターは逸見政孝と安藤優子のコンビ。安藤優子は今とほとんど印象が変わらない。安藤さんはうちのかみサンと同い歳。そういえば、当時、TVで安藤さんを見るたびに驚いていたっけ。××ていたんですね、安藤さん。
 レポーターの男性アナウンサーがかけていたアラレちゃん眼鏡。当時大流行した。何を隠そう僕もかけていた。ちょうどコンタクトで眼を傷つけ、眼鏡を愛用していた頃だ。
 それにしても女性キャスターたちが着用している80年代ファッション、以前にも書いたけれどやはりヘンだ。




 前回(#11)、二つめの日記にTVドラマ「バースデー・カード」がでてきたので、同じ水谷豊主演ということで続けて取り上げる。映画ではないのであくまでも番外編として、同時期に衝撃を受けたTVドキュメンタリーと併せて掲載したい。

 TBS系「日曜劇場」は、現在と違って、毎週単発の1時間ドラマ枠だった。制作にはTBSのほか、地方のネット局も参加していた。大阪のABC(東京・大阪のネットのねじれ解消後はMBS)、愛知のCBC等々。僕が注目していたのはHBC(北海道放送)だった。倉本聰が傑作、秀作を連発していたのだ。
 HBC制作の「バースデー・カード」は市川森一のシナリオだった。

 ある雑誌のペンフレンド募集コーナーで知った憧れの女性(池上季実子)に手紙を出した青年(水谷豊)は相手からバースデイ・カードをもらって感激する。女性にしてみれば、何通も届いた手紙の中の一人(への返信)にしかすぎないのだが、孤独だった青年にとっては違った。まさしく自分への親愛の情を示す証だった。こうして女性は青年にとって永遠に守るべき運命の女(ひと)となった。
 女性と同じ街に住む青年は、何年にも亘って献身的に尽くしていく。それも女性にはまったく意識されることがない、一方的な行為である。最初は純真な女子高生だった女性は社会の荒波にもまれて徐々にやつれていく。青年も女性のために犯罪に手を染め、警察に追われる身になってしまう。
 追いつめられた青年はジャンプ台の階段をかけのぼっていく。頂上に到着してスキー板を着用するとそのままジャンプ台を滑降。青年にジャンプの経験なんてない。死へのジャンプ……

 確かそんなストーリーだった。一度しか観たことがないのだが、後年、図書館から市川森一のシナリオ集を借りてきて書き写したことがある。原稿は家のどこかにあるのだが、今見当たらない。

   ◇

 1977年 2月13日

 TV「バースデー・カード」をみる。
 日曜劇場の中でも北海道放送が制作するものは、いつもすばらしい。このドラマも青春という言葉がぴったりする。
 北の街の情緒、その中に生きている若者たち、水谷豊の好演、池上季実子の高校生→バスガイド→ホステス→食堂のカミさんへの変身、その演技。途中流れる歌(マーサ三宅)もよかった。
 もっと軽い物語だと思ったら、終わりで悲しく感動させられた。

   ◇

 次はドキュメンタリー。

   ◇

 4月23日

 教育というものは一体何なのだろう。
 人を教え、育てていくべきはずの“教育”が、今では能力に適さない者をけずっていってしまう。すなわち身体障害児、知恵おくれetc。
 一体誰が悪いのか、校長か、先生か、文部省か、日教組か。
 自分にはわからないが、問題なのは習慣だ。6才には6才の能力がある、12才にはまたしかりだ。学校はそう思って授業をすすめるのだし、児童生徒たちもそうだからついていくのだ。
 それについていけない児はすなわち特殊学級行き。トクシュだ。何から何までそうだ。
 NHK「ドキュメンタリー」を観て複雑な気持ちになった。
 あの知恵おくれの彼女に冷たい態度をとる学校が悪いのか、またそういう態度をとらざるをえない社会が悪いのか。
 一体何がいけないのだろう。

   ◇

 5月22日

 日本テレビ深夜のドキュメンタリー「学校が恐いので学校には行きません」は考えさせられる“ドラマ”だった。
 一人の(学校に殺された)少年に対しての担当教師の、校長の、PTA会長の、教育委員長のあまりに冷たい態度。第三者の目から見るとあまりにひどいのだ。少年の家族に対しても。
 彼らの言い分は過ぎ去った出来事だ、忘れたい。にもかかわらずTVは取材にくる。やめてくれ。みんながみんな、言葉は違うが言いたいことは同じだろう。
 同級生たちもそんな感じだ。
 そんな彼らに非常に憤りを感じる。しかし、自分がその事件のなかにいるとしたら、その事件が北中で起きて同級の、それもふだん口もきかない差別しているわけではないが、差別している一人が自殺したなら…
 自分もあの生徒たちのように言うのかもしれない。
「そっとしてほしい。自分がダメになってしまいそうで」
 そして先生たちもあのような愚考にはしるのだろうか。
 また考えてしまう。教育とは何だろう。生徒に対する学校とは一体何だろう。

 こんなに考えさせられる激しいドキュメンタリーを見たことがない。

   ◇




 今から思うと「冷たい熱帯魚」の衝撃に通じるものがあったかもしれない。1977年のあの日。
 長谷川和彦監督の「青春の殺人者」だ。なんたって水谷豊と原田美枝子の共演である。隣町の足利で観た。ATG映画は太田にはやってこないのだ。

 「青春の殺人者」は長谷川和彦監督の劇場映画デビュー作。原作は中上健次の短編「蛇淫」で田村孟がシナリオ化した。千葉県市原市で起きた両親殺人事件が題材になっている。
 両親を殺す青年に水谷豊、その恋人が原田美枝子。音楽はゴダイゴが担当した。
 その年の映画賞では軒並み受賞したのでなかったか。
 当時愛読していた「キネマ旬報」ベストテン(1976年度)で第一位になったほか、主演男優賞、主演女優賞を受賞した。日本映画の新しい夜明けみたいな感じがして、わがことのように喜んだのを覚えている。いつも皮ジャンにサングラスのゴジ監督を真似て、黒の皮ジャンを着たふたりが特別決算号の表紙を飾ったことも。
 水谷豊は長谷川監督の第2作「太陽を盗んだ男」では、ジュリー演じる主人公に拳銃を奪われてしまう交番の警察官役で友情出演している。
 「太陽を盗んだ男」以降、長谷川監督が新作を撮れないなんて思ってもみなかった。「連合赤軍」だけはものにして欲しかったのだけれど……。

   ◇

 1977年 7月16日

 水谷豊と原田美枝子の主演だ。それだけでうれしくなっちまう。
 親を殺すってどういうことだろう。
 自分にはとてもできないことだと思う。
 確かに時には、いやらしく頭にくる存在になるが、やはり親は親だ。いなければさびしい。
 そんな親を2人とも殺す。いや父親を殺した時、もう母親が死んだも同然だ。
 市原悦子がすごかった。
 夫が息子に殺されたのを知っていう言葉
「何もよその他人さまに害を加えたわけじゃないんだ」
「お父さんが死んで、あげくにお前が死刑だなんて……」
 自分の母親ももしこういう事態になった時は同じような台詞を言うのだろうか。
 言うかもしれない。
 どこの母親も言うかもしれない。
 そんな気が、その時、した。
 そんな母の愛がしだいに狂ってくる。
「ねェ、やろうよ、あれやろうよ」
 興奮した。性的な興奮ではなく、何ていったらいいか、つまり動物的な、ものすごくイヤらしいものだ。
 彼(水谷豊)はこの時(母親を)殺そうと思ったにちがいない。
 母の死。その殺され方、死にかた。
 キョーレツだった。
 何も死を美化したりするつもりはない。
 だが、人間死ぬ時は、殺される時はああゆう風にみじめだろうと思ったりする。
 原田美枝子がかわいかった。
 水谷豊も水谷ブシの台詞まわしで健在。
 彼らの芝居をみていると、ああ自分も役者になりたい、あんな演技をしていみたいと思ってしまう。
 それほど新鮮なのだ。
 映画を観終わって、ガーンとはこなかった。
 しかし、映画館をでて、電車に乗って、(自転車で)雨の中を走っていると、しだいに感動が胸をおおってくる。

   ◇

 7月17日

 感動とは何だろう?
 いつ頃からこんな感動を受けるのか。
 大げさに書けば、胸が痛くなるのだ。
 例えば、原田美枝子が「順、あけてよ」というシーンを思い出すとする、その時どうも自分が変なんだ。不安定なんだ。甘いような感じになる。それとは反対に何だかさびしい気にもなる。
 こんな感動は昔からあった気がする。
 「わんわん忠臣蔵」を観た時も「わんぱく王子の大蛇退治」の時も。
「モスラ対ゴジラ」の時も、「ガメラ」の映画の時も。
 一番はっきりと憶えているのは「小さな恋のメロディ」。
 この時からかもしれない。
 この感動は「ロミオとジュリエット」「フレンズ」と続き、しばらくなかった。
 映画を観て、ラストで「よかったな」と思うのだが、映画館をでてしまうと忘れてしまうというのが多かった。
 しばらく忘れていた感動を再びよみがえらせたのは「大地の子守歌」だ。
 あの時もひどかった。ちょっと頭に浮かべると胸がキューンだ。
 そして「バースデー・カード」。これはTVドラマだが、TVでこんなにも感動するのはめずらしい。
 泣くっていうのではない。涙がとどめもなく流れるってわけじゃない。
 あの時、映画の帰りにかぜをひき、熱をだし、うんうんうなされながら「ミッシェル」といってはまくらにとびつき「ジュリエット」と心で叫んでは目をさました。
 その時みたいだ。今の僕は。

   ◇




2011/01/21

 「オヨヨ島の冒険」(小林信彦/角川文庫)

2011/01/23

 「怪人オヨヨ大統領」(小林信彦/角川文庫)

 NHK少年ドラマシリーズ第1弾、「タイム・トラベラー」はとても面白くて、毎週夢中になった。放送終了後には原作の「時をかける少女」を求めて書店を探し歩いたものである。
 第2弾は「怪人オヨヨ」。小林信彦のオヨヨシリーズをドラマ化したものだ。放送終了後「時をかける少女」同様、原作本を求めて……ということはなかった。ドラマがつまらなかったので原作をあたろうなんて気にはならなかったからだ。

 もしドラマが面白かったら、真っ先に原作本を買っただろう。するとどうなったか。とたんにジュヴナイルのオヨヨシリーズのファンになって、そのまま大人向けのオヨヨシリーズに興味が繋がっていく。はっきり断言できるのは中学時代から小林信彦ファンになっていたということ。だとすると、晶文社のバラエティブックと称される一連の著作「東京のロビンソン・クルーソー」「東京のドン・キホーテ」等々を初版の段階で手に入れていたと思う。
 ドラマはつまらなかったけれど、原作の小説はどうなのだろうとなぜ手にとらなかったのか。今となっては残念でならない。なぜなら、中学生になってから同級生の読書好きがさかんにオヨヨシリーズの面白さを吹聴していたのだ。まったく聞く耳をもたなかった。桂三枝との間で生じた「オヨヨ」剽窃問題も関係していたのか。

 とにかく僕が小林信彦を意識しだすのは、高校時代、「キネマ旬報」に連載された「小林信彦のコラム」から。大学生になるとこのコラムが一冊にまとまり(「地獄の観光船」)、買い求めた。まずコラムニスト小林信彦の著作を読み始め、やがて小説に食指を伸ばす。新潮文庫に入っていた小説をほぼ読破してしまうと、どうしてもオヨヨシリーズが気になってくる。とはいえ、このころすでに角川文庫のオヨヨシリーズは絶版になっていた。読みたくても読めない状態。

 そうこうするうちにちくま文庫でオヨヨシリーズが蘇った。さっそく読んでみた。あまりピンとくるものではなかった。もちろんつまらなくはないけれど、新井素子が解説で大絶賛するほどのものかと思った。続く2冊も同様。ただし「大統領の密使」以降はむちゃくちゃ面白かった。「大統領の晩餐」なんて最高傑作ではないか。
 ちくま文庫になる際、ジュヴナイル版はけっこう作者が手を入れている。当時のTV番組やCM、風俗等、今となっては元ネタがわからなくなっているギャグは削除してあるとのこと。

 数年前に角川文庫で「オヨヨ島の冒険」がリバイバルコレクションの一冊として復刊したが、内容はちくま文庫と同じなので印象は変わらなかった。ジュヴナイル版のオヨヨとは相性が悪い。そう判断するしかなかった。
 しかし、待てよ。だからこそ絶版となった昔の文庫版に意味がある。その後、運よく角川文庫版のシリーズを安価で手に入れることができた。読んでみるとこれが面白かった。70年代の流行をネタにしたギャグで笑えるのである。こうしたギャグがスパイスとなって、大沢親娘の冒険譚がさらにいっそう引き立つというわけだ。小学6年、あるいは中学生で読んでいたら、絶対夢中になっていただろう。確信した。

 【追記】

 少年ドラマシリーズ「怪人オヨヨ」は、72年の7月に放送された。つまり「タイム・トラベラー」に続く第二弾ではないことがわかったということ。すいません、私の勘違いでした。(11/11/24)


2011/01/24

 「現代落語の基礎知識」(広瀬和生/集英社)

 雑誌編集界のスクリーミング・マッドジョージと一部で呼ばれているとかいないとかの著者は最近立て続けに落語本を上梓している。落語は演目を聴きに行くのでない。落語家を観に行くのだ。それを教えてくれたのは著者だ。
 本書は1月の北沢ホールの20周年記念で開催された「談四楼独演会」で知った。配付されたチラシの一枚が本書のものだった。そのあと図書館に行ったら棚にあったのですぐに手にとった。


2011/01/28

 「兇弾」(逢坂剛/文藝春秋)

 禿鷹シリーズ第5弾。前作「禿鷹狩り 禿鷹Ⅳ」で主人公の禿鷹は死んだのになぜに続編が? 
 禿鷹は死んだが最後に拘った事件は解決してはいなかった。署内の裏帳簿をめぐって善悪の刑事、やくざが入り乱れて争奪戦を繰り広げる。前作で初登場した女禿鷹刑事の極悪非道ぶりに怒り心頭であれば、クライマックスで溜飲を下げられる。リアリティはない。マンガを読むつもりで読めばけっこう楽しめる。


2011/01/28

 「ぼくの漫画ぜんぶ」(石森章太郎/廣済堂出版)

 西川口西口にある古書店で見つけた。石森章太郎の、マンガ以外の本はけっこう集めたつもりだったが、本書の存在はまったく知らなかった。マンガと文章による石森章太郎入門書といった体裁でファンにはたまらない。




 今朝の地震。ちょうど京浜東北線の電車の中だった。いたるところで携帯電話の地震警報が鳴り出してかなり怖かった。揺れ自体は感じなかった。電車も急停車することもなくそのまま品川に到着。駅に降りてからかなり激しい地震だったことを知った。
 昨日の午後の地震も一ヶ月前を思い出すような長い揺れだった。この余震で建物が倒壊し16歳の女子高生が亡くなったと今朝の新聞記事にあった。胸が痛む。
 今日は午後も地震があった。まず携帯の地震警報が鳴り出し少しして揺れが……。昨日も今日も震源は福島県浜通り。原発はどうなるのだろう。

          * * *

2011/01/05

 「市川崑のタイポグラフィ」(小谷充/水曜社)

 市川崑監督が映画金田一シリーズで採用した縦横無尽に並ぶ極太明朝体クレジット。ある世代から下はTVアニメ「エヴァンゲリオン」のクレジットでお馴染みだろう。というか、今ではTVCM、雑誌広告等々、各メディアではごく当然の表現になっている。
 僕自身も高校3年生のときに真似している。弟の夏休みの宿題のポスターを描いてやった。そのポスターの標語に取り入れたのだ。
 それにしても市川崑=金田一映画シリーズのクレジットに関する本ができるなんて! 
 
 マンガのふきだしの中の文字は、ひらがなは明朝、漢字はゴシックという使いわけがなされているという事実を知ったときは驚いた。同じようことが「犬神家の一族」や「悪魔の手毬唄」のクレジットにもあった!! 映画同様ミステリタッチで本書は始まる。


2011/01/11

 「ブギの女王・笠置シヅ子 心ズキズキワクワクああしんど」(砂古口早苗/現代書館)

 僕にとって笠置シズ子は、カネヨンのCMに登場する陽気なおばさん、家族そろって歌合戦の審査員というものだった。歌手だったなんて全然知らなかった、ような気がする。ブギウギという言葉を知ったのはダウンタウンブギウギバンドの「スモーキンブギ」だもの。そこから昔笠置シズ子がブギウギの女王だったことがわかったのだと思う。
 笠置シズ子は美空ひばりに自分の持ち歌を歌うなとクレームをつけ、長い間、悪いイメージがあったという。本人はこのことについて何ら弁明等しなかったのだが、本書でクレームをつけた理由がわかる。そりゃ当然だよな。


2011/01/12

 「病院ライブで童謡・唱歌 ボランティアでみつけた新しい旅」(井上堯之/近代映画社)

 井上さんが病気で引退したんじゃないことがわかって大喜び!


2011/01/18

 「監禁」(小林信彦/角川文庫)

 ネットの古書店で見つけた。小林信彦の初期作品は文庫本でも信じられないような高値がついていて、まったく手が出せないでいるのだが、本書はわりと手ごろな値段だったのですぐに注文した。届いたときは感謝感激雨霰。にもかかわらずずいぶん長い間積読本状態だった。買ったことで満足してしまったというか。
 表題作「監禁」のほか、「ある晴れた午後に」「川からの声」「日々の漂泊」所収。

 「監禁」を読み始めてそれまでのわくわく感が徐々にしぼんでいった。まったく小林信彦らしくないのだ。女子高生を誘拐して監禁する中年男、というストーリーや世界のことを言っているのではない。文章にまるでノレない。純文学を書くにはこうでなくてはならないと、無理やりそれっぽい表現を使っているような感じ。いつもの簡潔明瞭な文章ではない。とてもすましていて近寄りがたい。だかららしくないのである。
 初期の作品が復刻されない理由がわかった気がする。「虚栄の市」が「悪魔の下回り」、「冬の神話」が「東京少年」になった。「監禁」は「侵入者」あたりが該当するのだろうか。
 ちなみに作品は、1編めより2編め、2編めより3編めの方が面白い。つまり最後の「日々の漂泊」が一番面白かった。文章もまさに小林信彦節になっている。


2011/01/19

 「タイムトラベル 超科学読本」(松田卓也 監修/PHP研究所)

 初めて買ったコンビニ向け単行本。本の作りが「夕景工房 小説と映画のあいだに」の参考になればと思って。テーマも僕好みということもあるけれど。




 大震災から1ヶ月が経過した。
 被災地の皆様へ改めてお見舞い申し上げます。
 今日のニュースによると、震災で亡くなられた方は1万3000人を超え、行方不明者を含めて2万7400人強だという。
 亡くなられた方々、ご遺族の皆様に深くお悔やみ申し上げます。

          * * *

 先週は後半毎晩帰宅が遅かった。
 6日(水)はヒューマントラストシネマ有楽町にて「冷たい熱帯魚」を観賞。先週は上映が19時からだったので余裕で劇場に駆けつけられた。
 「アンチクライスト」は観たことを後悔したが、この映画は同じ残酷、残虐描写があっても観終わったときにガツンとくるものがあった。
 でんでん演じる極悪人が他人の心理を見抜く力に長けているというのを、主人公の妻をMであると判断して責めまくるシーンで端的に表現していた。あるいは彼が少年時代に父親に虐待されていたという事実はあのクライマックス直前の虫の息でのひとりごとで。巧い。
 ちなみにクライマックスのあのシーンでは「酔いどれ天使」を思い出していた。
 映画の後、西川口に帰ってきてから駅前のラーメン屋でひとり飲む。
 映画の冒頭で実話を基にしているとあった。調べてみると〈愛犬家連続殺人事件〉だった。犯人グループの一人がこの事件について本を書いているのを知り、あわてて図書館に予約した。

 7日(木)は東北沢のシアターSにて「デスカッパ」鑑賞。シアターSってSさんの自宅地下にあるホームシアターのことだけど(東宝、円谷プロ関連のDVDはほぼ揃っている)。
 「デスカッパ」とはアメリカ資本による日本の特撮怪獣映画。レイトショー公開された際、Sさんに誘われて観に行こうとしたが、日時が合わなかったのでパスしてしまった。BSだかCSで放映されたのをSさんが録画して今回の鑑賞会になった。
 鑑賞後の感想。
「劇場で観なくてよかった!」
 ヒロインの平田弥里って「ウルトラマンメビウス」の眼鏡かけた女隊員(コノミ)だった。観ている最中まったく気がつかなかった。
 鑑賞後は代々木上原の居酒屋でSさんと飲む。

 8日(金)は、studio FOURにて落語会「志ん生座」。この落語会、旗揚げ公演以来二度目になる。トリが談四楼師匠なのだ。演目は「らくだ」。師匠のらくだ、大好きなんです。

 10日(日)、4日間の疲れが一気にでた。日中はそうでもなかった。午後、選挙で外出。帰ってきてからDVD「ユージュアル・サスペクツ」を観る。
 この映画、監督がブライアン・シンガーだったのね。公開時に見逃しビデオでチェックした。ラストでやられたと思った。が、あの映画は反則だと指摘する人がいた。小林信彦だ。コラムで「嘘の回想を映像化してはならない。映画のルールである」というようなことを書いていた。 
 回想シーンで、Mr.コバヤシの名がでてきて、ピート・ポスルスウェイト(今年1月に亡くなった。合掌)がその人だとわかったときに、こりゃ何かあるなと思わなければいかないのかもしれない。
 この嘘の回想シーンの映像化は、かなり映画やTVドラマで見られるものなのだ。
 
 TVをつけると「笑点」が始まるところだった。演芸コーナーが桂歌丸の落語だったので驚いた。このコーナーは、いつも漫才、コント、手品といったもので、落語が披露されたことがない。この人気番組で〈落語=大喜利〉と誤った認識をしている人が大勢いると思う。だから演芸コーナーを見るたびになぜ落語をやらないのかといつも思っていた。時間的な問題なのかもしれないがやればできるじゃないか。演目は「つる」。

 夕方あたりからどうも身体がだるい。夕飯を食べてから布団に横になった。「モヤさま2」のあとは「男はつらいよ 純情篇」。タイトルバックの柴又の空撮が興味深い。かみサンが21時から「N響アワー」を見たいというので、あっさり許可。そのまま演奏を子守唄に寝てしまったのだった。




 帰宅時図書館に寄った。
 前回の返却したときからしばらくは図書館を利用しない、当分積ん読本読破期間にしようと決めたのだが、最近禁断症状がでていて困っていた。これ幸いに立ち寄りしてしまった。

 借りた本&DVD

 「松田優作と七人の作家たち 『探偵物語』のミステリ」(李建志/弦書房)
 「ユージュアル・サスペクツ」(監督:ブライアン・シンガー)
 「日本の話芸 特選集 ~ことば一筋、話芸の名手たちの競演会~」

 3日(日)は午前中、SKIPシティへ。「手塚治虫からの贈り物(メッセージ)」最終日だった。
 午後はMOVIX川口で「SP 革命編」を鑑賞。「野望編」と比較にならないほどの緊迫感!

 話は続かないけれど「終りに見た街」の感想をどうぞ。

     ◇

 ●23年前の「終りに見た街」 2005/12/03

 本日のテレビ朝日系「終りに見た街」はリメイクである。新聞の紹介記事でまったく触れられていないが。
 同じ山田太一の脚本で1982年の11月3日に放送された。
 その時の日記にこう書いている。
     ◇
 午後、TV「終りに見た街」を観る。
 山田太一脚本によるタイムスリップというSF的発想を借りて、現代人に戦争を考えさせるドラマだった。
 過去にしばられている大人とその〈時〉に適応してしまう子供たちの対比が興味深かった。
 こういうドラマはやはりビデオでは無理でフィルムを使ってほしかった。
 またせっかくいいシナリオなのに演出がいまいちだった気がする。
     ◇
 
 翌4日も山田太一ドラマが放送された。同じく日記から。
     ◇
 西武スペシャル「季節が変わる日」を観る。
 またも山田太一脚本だ。
 大人の恋というものはこんなものだろうかと岡田真澄と八千草薫の二人を見て思った。
     ◇

 山田太一という人は本当に戦争というものにこだわっている。
 戦争中の教育、軍国主義、スパルタ、軍歌。
 それらを否定するのではなく、肯定するでもなく、そういう時代があったのだと、そう訴えているように思う。


 ●2005年の「終りに見た街」 2005/12/10

 一昨日、録画しておいた「終りに見た街」を観る。当日は裏番組の「ロストワールド ジェラシックパーク」を観ていたので。

 ストーリーはほぼ23年前と変わらない(と思う)。あまりに救いのないラストに唖然となって、確か23年前も同じ気持ちだったことを思い出した。
 終戦60年特別企画。今観るとドラマのテーマがはっきり理解できる。今、この時代にリメイクすることに意味があることを。
 主人公と同世代ということがたぶんにある。「ふぞろいの林檎たち」の二人(中井貴一、柳沢慎吾)だから、彼らの学生時代から現代までの足跡を(自分の生活と照らし合わせて)勝手に想像してすぐに感情移入できた。人の親になったことも要因のひとつ。
 23年前は中途半端な立場だった。細川俊之となべおさみが演じた大人たちとは年齢が離れているし、かといって、時代に順応してしまう子どもたちの視線にもなれなかった。
 
 まったく戦争を知らない世代、本や映像でしか戦争を知らない親が、昭和19年にタイムスリップ。彼らが〈現在の常識〉で時代に対峙しようとする姿に意味がある。
 あるシーンに戦慄を覚えた。何とか無事に終戦を迎えようとする親たちの態度を子どもたちが批判するくだり。23年前、子どもはすぐに現状に適応するから、くらいの皮肉ととらえていた。しかし今回は、世の中いろいろと右傾化のきざしが見え、またそんな状況を若い世代が容易に受け入れやすいということを肌で実感しているからだろう。
 中井貴一の奥さん役・木村多江 に注目!




 昨日は映画サービスデー。ユナイテッドシネマ浦和で「トゥルー・グリット」を観た。この映画についてはあとにして、3月の備忘録ということで。

     ◇

2011/03/18

 「小川和隆の十弦ギター春のきざし ~バッハからポップスまで~」(霞ヶ関ナレッジスクエアスタジオ)

 もしかしたら、小川さんとは「ふたいサロン」ですれ違っているのかもしれない。昨年6月の「ふたいサロン」で企画された、キウイさんの真打昇進前祝いの会で、南久松真奈さんと知り合った。彼女が出演した映画「+1(プラスワン)vol.3」(の一編「下校するにはまだ早い」)の前売券を購入したのである。
 彼女のご主人がギタリストという事実を知ったのは、篠原哲雄監督の実験劇「草原の二重奏」終了後の懇親会のとき。十弦ギターとは何ぞや? 十二弦ギターとどこがどう違うのか? ナルシソ・イエペスに師事したギターの腕前も拝聴したく、さっそくコンサートにお邪魔した次第。

 ステージに登場した小川さんはスーツ姿に黒いスニーカー。何か意味があるのだろうか? クラシックギター界のみなみらんぼうと呼ばれているとかいないとか。

 クラシックギターの定番とはいえ、「アルハンブラの思い出」と「アランフェス」に感激した。ライブでは初めてだったので。

 春よ、来い/グリーンスリーブス/プレリュード~チェロ組曲第1番/第三の男/禁じられた遊び~愛のロマンス~/月光とメヌエット/アルハンブラの思い出/アランフェス/ピカピカ/エストレリータ/ワルツ第3番/Haru


2011/03/24

 「シネマDEりんりん」(サムライシアター新宿)

 今のビルにおけるサムライシアターでの最後のシネりん。新宿御苑の方に移転するという。
 「クレイジズム」プレイベントで、窪田将治監督と出演の草野康太さんがゲスト。窪田監督はほとんど毎回お客さんで来ている。自作が取り上げられるのも3回目。なので林さんとのトークはとんでもないはじけようだった。
 4月16日(土)よりシネマート六本木で公開される。


2011/03/25

 「経堂さばの湯 立川談四楼独演会」

 立川こはる「真田小僧」
 立川談四楼「三方一両損」「三年目」

 




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
私家本「僕たちの赤い鳥ものがたり」
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」

神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。遊びにきてください。

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