先週、ショーケンファンブログ「未来の夢見てる~日陰の映画が好き」がネットから消えた。管理人の手によって削除されたのだ。
 毎日閲覧する楽しみがなくなって唖然、茫然、そして無念。ライブや映画上映、TV放送の情報を収集するサイトとしても活用していたのに! こんなこと、ほかに誰がしてくれるんですか!!
 肖像権の侵害云々というのはよく理解できる。だからといって即削除という方法が果たしてよかったのかどうか。
 指摘されて2、3日では掲載されている画像を削除するのは不可能。そう判断して管理人はブログを削除したわけだが。肖像権を侵害しているブログを十把一絡げにして同じ対応を迫るのはどうかと思う。
 なぜこんなことになったのか? 
 この件については後でじっくり考えたい。

          * * *
 
 承前

 23日(日)、13時30分東京駅発の新幹線のぞみ39号で新大阪へ。
「えっ! 本当にリサイタルの情報収集で大阪に行ったの!?」
 いやいや、そんなこと、したくたってできやしませんよ。紙ふうせんとは関係なく大阪に行ったんです。もちろん自費ではないけれど。
 
 その日は静かに宿に戻って、コンビニで買ったカップ麺とおにぎりを食べ、ワンカップの日本酒とおつまみで「ダイ・ハード3」の後半40分を観たのでした。
 この第三弾、当初は豪華客船という限定された空間を舞台に企画されたらしい。「ダイ・ハード4.0」のレビューでこう書いた。
     ▽
 第一作はハイテクビル、第二作は空港。次は豪華客船を舞台になるところ、同じようなプロットの映画(スティーヴン・セガール「沈黙の戦艦」)が先に発表され、企画が変更された。それまで限定されていた舞台を、時間にしたところがミソで、敵が繰り出すクイズを時間内にクリアすることで危機を脱していく内容。劇場で観ているはずだが、あまりいい印象は持たなかったような気がする(よく憶えていないのだ)。
 ところが最近TVで再見したらなかなかの面白さだった。黒人とのコンビというのも、一作目をちゃんと踏襲していて、過去2作と比較しなければこれはこれでいい。
     △
 だから、このシリーズはキリよく「3」で終わればよかったのだ。第4弾は必要なし! 映画が面白かったとしても。

 翌24日(月)、昼過ぎに紙ふうせんの事務所へ。
 エヘヘ、この機会に情報収集しない手はありませんぜ、旦那。
 昼過ぎには浦野さんがいることを確認していた。
 
 事務所に伺うと、後藤さんが出迎えてくれた。BGMは「ラジオ深夜便」のインタビュー。NHKから番組を録音したCDが送られてきたとのこと。後藤さんのおしゃべりに後藤さん自身がちゃちゃを入れている。おかしい。
 後藤さんは、テーブルに向かって原稿用紙に文字を埋めている。
「リサイタルの準備ですか?」
「いやいや、まだやねん」
 授業のテキストらしい。
 大阪芸術大学短期大学部では今年からポピュラー音楽コースが設立されて、後藤さんが客員教授として「文章表現」を担当されている。教科書はなく毎週使用するのは後藤さん手作りのテキスト。「風の又三郎」(だったかな?)をラップで表現するとかしないとか?!

 11月10日、五反田ゆうぽーとで開催される「歌手協会歌謡祭」に紙ふうせんが出演する。「なぜこのイベントに紙ふうせんが?」と思うお客さんもいるんじゃないですか、と僕が言うと後藤さんは笑っていた。
「せやな」
「もう何年も前ですが、新宿コマが取り壊される前に、同じようなイベントがあって、紙ふうせんが出演していますよね、あれと同じイベントですか」
「せやな」
「後藤さん、さ、し、す、の次は何ですか?」
「せ、やな」

 ……話を戻す。
「こんなイベントにも出演したことがあるんだよ」
 後藤さんから渡されたのが一冊の大判の本(CDブック)。書名は「ニッポンって何やねん?」。〈セレブレーションコンサート’94〉の副題がついていた。
 ページを開くとコンサートの写真が目に飛び込んでくる。出演者たちの声が文章で綴られている。奥付を確認すると1995年6月25日初版とある。版元は東方出版。
 紙ふうせんのページもあった。紙ふうせんもこのコンサートに出演しているのである。全13曲収録されたいるCDには紙ふうせんの「翼をください」と「船が帰ってくる」の曲が! 本には収録曲の歌詞が記載。

 沖縄で〈チマ・チョゴリの少女襲撃事件〉と呼ばれる事件があった。「チマ・チョゴリを切り裂いた心は日本人の心も切り裂いた」というメッセージ、そして「常に多数者に踏みにじられる側を余儀なくされる少数者たちが“共に生きる社会を”」というコンセプトを掲げられたコンサートが1994年の11月に東京と大阪で開催された。
 出演は李正美、木村充揮&The Blues Gang、キム・ジョン、GARNET RAGE、岡本利仁等々。
 大阪のコンサートに紙ふうせんが出演したというわけだ。
 確かにコンセプトは紙ふうせんらしい。
「どのような経緯で出演することになったのですか?」
「それがな」と後藤さんは飲み屋で酒を飲んでいたことに始まるという。ママさん(コンサートの主催者?)に共鳴したと。ああ、本書の中でも後藤さんが語っている。声高にメッセージを言わないところが〈らしい〉。
 趙博さんとのつきあいもここから始まったのか。

 こんなコンサートに出演したこと、その模様がCDブックになったこと、なんてことはまったく知らなかった。知っていたらコンサートに足を運んでいただろうし、せめてCDブックは手に入れていたはず。FCは何やっていたんだと思って、ふと考えた。もしかしてこの時期FCがなかったときではないか?

 場所を移してからこの十数年のコンサート、ライブ活動に触れてみた。
「今、トーク&ライブって当たり前になっていますが、その先鞭をつけたのが紙ふうせんだと思っているのですが」
 コンサートも、いわゆる音楽プロモーター主催のものがない。マスを対象にした芸能ビジネスに反発して事務所から独立し、やがて関西にもどってきた後藤さんなりの音楽活動の結果なのだ。それが逆にメディアの中心からはずれることになって、一般の人からは「活動してるの?」的見方をされるきらいはあるのだが。

 赤い鳥になってから、「竹田の子守唄」のリードヴォーカルをなぜ新居さんにしたのか、訊いてみた。ずっと気になっていたことなので。なにしろこちらには芋焼酎の水割りという強い味方がいるのである。二杯めからはシークヮーサー入り。これがいける。何杯お代わりしたか。
 後藤さんの、二人の女性ヴォーカルに対する考えに目から鱗……。
 ラ・ストラーダはチェロをもう一人入れてクィンテットになるという。
「本当はチェロ4本くらいあってもええんやけど」

 早く新アルバムリリースしてください!
 深町さんの急逝を惜しみ、嘆く。
 本を書いてください!
 「東京人」のフォーク特集、なぜ後藤さんにインタビューしないんだ! 編集者は何もわかっちゃいないんだから。
「だって、俺、東京人ちゃうもん」
 ……確かに。
 東京でもライブやってください!
 瞳みのると対談してください!
 東ヨーロッパ(チェコ)でライブやるときは、同行させてください! 自費でくっついていきます。ルポ書かせてください!
 もう酔いにまかせてお願いし放題。
 
 その後、浦野さんを交えていろいろ話した。
 しかし、もう完全に酩酊状態。すっかり記憶が飛んでいる。帰りの電車で寝てしまい、新大阪駅を二駅乗り過ごした。もう少しで最終の新幹線に乗り遅れるところだった。
 帰宅して、またまたいつものように大騒ぎ……以下略。
 

 後藤さん、お世話になりました。ごちそうさまでした。
 29日の個人的イベントが終了しましたら、お礼を含めてまた連絡させていただきます。




スポンサーサイト
 21日(金)の23時30分過ぎ、紙ふうせんFCのメンバーで同じ埼玉県民のWさんからメールが届いた。
「今夜のラジオ深夜便に紙ふうせんが出演しますよ!」
 紙ふうせんが出演する? ふたりがスタジオにやってくるのか? 生出演か、それとも歌の特集なのか。
 これまでも何度かこの番組で紙ふうせん(&赤い鳥)が特集されているのは知っていた。放送終了後にネットで検索したブログの書き込みでわかるのだが。団塊世代が主な聴取者だから当然といえば当然か。特に秋になると「冬が来る前に」絡みでその機会が増えてくる。
 さて、今回は?

 TV同様ラジオも録音機器がないので生でチェックしなければならない。放送時間(0時30分過ぎ)まで起きていてNHK第一ラジオにダイヤルを合わせた。たぶん「ラジオ深夜便」初体験。金曜日は大阪局が担当している。だからか。
 「人ありて、街は生き」というコーナーで〈伝承歌のこころ〉と題して紙ふうせんの歌を特集していた。
 「船が帰ってくる」「いかつり唄」「竹田の子守唄」の3曲。

 特集といっても3曲だけ? 
 と思ったら、その後にアンカー(西橋正泰)が紙ふうせんのふたりにインタビューしているのだ! 
 話題はふたりの子どものころによく聴いた音楽から、高校時代の出会い、大学時代の交流、アマチュア時代の音楽活動、赤い鳥の解散理由、そして来月18日に開催される「リサイタル」の内容へ。
 わお! 聴いてよかった。
 「もうっこ」や「太地綾踊唄」の話になったときは、わくわく度が最高潮に。話だけでなく曲も流せばいいのに。

 今回のリサイタルの特集について、インタビューからわかったことは次の2点。
 震災後の6月、福島・南相馬市を訪れた後藤さんは、歌をつくって発表すると。昨年は和歌山の太地町へ取材している。一昨年は山口県長門市青海島だった。地方(の伝承)を取材して現代の伝承歌を作るというのが後藤さんのスタンスか。
 今回は南相馬の〈野馬追の祭り〉を取材している(同行したSさんのブログを読む限りでは、祭りが今年行われるかどうかこの時点では不明で、馬にも会えなかったとのこと)。
 もうひとつは俳句と童謡の披露。俳句を詠んでその世界に合った童謡(唱歌)を紹介するとか。こちらは平山さん担当だろう。

 紙ふうせんファンには大満足のインタビューだった。でも、この番組については、この前配付されたFC通信には何の記載もなかったのはどうしてか。つまりこの日、この時間に紙ふうせんの歌だけではなくてインタビューが流れることを。それもリサイタルの内容に言及しているのである。もっと早く知っていれば、関東地区のメンバーには教えられたのに。とても残念。
 リサイタルに関して個人的には知りたいことはもっとある。バックミュージシャンはどうなるのか。ラ・ストラーダは出演するのは当然として、浦野さん、すぎたさんのほかに出演するのは? 「未来新聞」は、開演前の余興は(えとうさん絡みの何かはあるのか)?

 ということで、23日(日)の昼、大阪に向かった。
 リサイタル事前情報収集のために……


 この項続く




 一昨日(21日)は、退社後どうするか朝から迷っていた。経堂の「さばの湯 雑把亭/立川談四楼独演会」に行くか、駒込のJ'zCafe「立川流落語会」にするか。夕方近くになって、特撮仲間のSさんから「飲みませんか?」のメール。結局体調不良でまっすぐ帰宅した。朝から下痢だったのだ。

 昨日はお昼に地元シネコンで「一命」鑑賞。
 ほんとはレイトショーで観たかったのだが、その時間は3D上映なのだ。この映画を3Dで観たがる客がいるのか? 
 瑛太扮する浪人の〈狂言切腹〉(小林正樹監督、仲代達矢主演「切腹」にこのような言葉が出てきただろうか?)シーン直後に、年配の女性客が退場した。途中で転んでちょっと場内が騒然となった。竹光による、かなりリアルな切腹は、僕自身直視できなかったので気持ち悪くなる人がいてもおかしくない。
 映画はよく出来ていたと思う。しかし、海老蔵と満島ひかり・瑛太が親子というのがちょっとなあという感じ。海老蔵と満島ひかりが父娘で、瑛太は娘婿の関係。皆演技はすばらしいのだが。
 3D効果があるのは冒頭のタイトルのみ、だけのような。

 映画のあとは中目黒のウッディシアターへ。
 志水季里子さんが出演する「悲しみの時候 ~消せない心の涙」をS氏と観劇。
 超満杯。そのため、予定より開演が20分ほど遅れた。フライヤーの印象からずっと涙と感動のドラマだと思っていた。劇場でもう一度読むと、〈ずっこけ! 痛快コメディドラマ〉とある。ええ! 
 最初から涙と感動で押せばよかったのに。ギャグがはじけないのは観ている方もつらいもんです。
 主演の女優さん(浅田遥)が抜群に良い。季里子さんは後半のしっとり演技が印象的。

 終ってから、S氏と飲む。話題は批評について。

     ◇

 ●黒澤明と〈批評の存在〉 2005/08/02

 昨日会社の同僚から借りた「ホームレス作家」(松井計/幻冬舎)を読了する。今頃になっての読書だが、いろいろ考えさせられた。
 
 続けて「十五人の黒澤明 出演者が語る巨匠の横顔」(ぴあ編/ぴあ)を読んでいる。
 黒澤映画に出演した役者たち、仲代達矢から大寶智子、番外として三船敏郎の長男・史郎の15人のインタビュー集。

 山崎努の思い出話の中で、批評について黒澤監督が嘆いていたことが出てくる。
 曰く「僕は赤を塗っているのに、青じゃないと言われる。でも赤を塗っているんだからそう言われても困るんだ」
 この色に託した批評の功罪は最近私が口にすることだ。
 自分で赤を塗っていて、青じゃないという批評があるなら、そんな批評なんて無視することだ。赤を認識して、その赤の色合いについてアレコレ言うのなら耳を傾ければいいことで…云々。
 世界のクロサワと同じ論理じゃないか、なんてちょっと有頂天になったのだが、よくよく考えてみると、この言葉、昔黒澤本かなにかを読んでインプットされたものなのだろう。
 昭和40年代は黒澤監督にとって不遇の時代だった。小林信彦のコラムでよく語られることだが、黒澤映画が何かと批判された。あの「七人の侍」ですら再軍備を提唱する映画と叩かれたというのだから恐れ入る。
 アメリカ映画に進出しようとして2度の挫折。自殺未遂のニュースを新聞で知った時、まだ黒澤映画なんて観たことがなかったにもかかわらずものすごく悲しかったことを憶えている。




2011/10/15

 「談四楼独演会 第178回」(北澤八幡神社 参集殿)

  立川寸志 「子ほめ」
  立川笑二 「狸の札」
  立川吉笑 「てれすこ・序」
  立川談四楼「目黒のさんま」

   〈仲入り〉

  原一平   声帯模写
  立川談四楼「抜け雀」


 前々項から続く

 続く笑二さんは初めて見るのかもしれない。談笑師匠のお弟子さん。独特の口調だ。愛嬌のある顔で、太らせると「三瓶です」になるかも。今回、斜め下から見上げると何度か玉袋筋太郎に思えたのだけど。

 前座アンカーは笑二さんの兄弟子になる吉笑さん。前座生活1年未満で二つ目昇進の内定をもらった。若かりしころの奥村公延はこんなんだったかなあという感じの風貌。「ウルトラQ/地底超特急西へ」で超特急の運転手を演じていた俳優さん。映画「お葬式」ではアボガドの実をスプーンですくっておいしそうに食べていた。
 吉笑さんは、寸志さんの初高座に刺激を受け、予定していた演目を取りやめて勝負にでた(?)。これが奏功した。初めて聴く「てれすこ・序」に大爆笑! 
 見ている最中は、創作なのか古典なのかわからなかった。舞台は確かに江戸時代なのだが、発想は新しい。主人公が話相手に「見たことも聞いたこともない」「見たことはあるが聞いたことはない」ものを延々と説明するくだり。会話に中でベストと言ってしまって後で訂正するところ、会話でなければ英語が入ってもよいとする料簡。
 最後で「てれすこ・序」と言ったので、ああ、これが「てれすこ」なのかと思った。数年前に公開された映画(未見)で「てれすこ」という名称を知ったのだが、実際の落語を聞いたことがなかった。内容もまったく知らなかった。
 打ち上げで確認したら創作だという。ちょっと調べた。「てれすこ」の前日譚になるわけだ。「明日に向かって撃て」に対する「新・明日に向かって撃て」みたいな関係。主人公のブッチとサンダンスは映画のラストで死んでしまうのだから、後日譚は描けない。そこで若かりしころのエピソードをもってきた。そういう手があったかとそのハリウッドの商魂を見た思いがしたが、落語にも通じるということか。
 この(笑いの)センスが師匠に認められたのか。もしかして、師匠の「改」に対抗して「序」で押し進めるとか?

 ゲストは、声帯模写の原一平さん。寅さんの物真似で渥美清本人から公認された芸人さんだ。
 寅さんファッションで登場した原さん、まずは帽子、お守り、腹巻、トランクの4点セットを紹介した。実際に撮影に使用されたもの。「開運!なんでも鑑定団」に出演したとき50万円の値がつけられたんだそうだ。帽子が10万円、お守り、腹巻が5万円、トランクが30万円。目の前のトランク(ほんと、手が届きそう)は味があった。他はどうでもいいけれど。
 ボランティアで柴又案内なんていうのもやっていたらしい。一昨年、初めて柴又を訪れた。映画で見馴れた駅から続く参道を歩き、帝釈天で参拝。
 当然「寅さん記念館」も見物した。この記念館では有料で寅さんなりきりグッズを貸してくれる。おいおい、実際に着る奴いるのかよと思ったら、一人いました。
 漫談の中に、声帯模写や歌を挿入していく構成。漫談部分はよくあるパターンだけど、ディック・ミネ(歌マネ)、伴淳三郎(モノマネ)がよく似ていた。でも原さん、渥美清が人気者になってマスコミのバッシングを浴びていたとき、伴淳もいじめていたことをご存じなのだろうか。 「おかしな男 渥美清」(小林信彦/新潮社→新潮文庫)で知ったのだが。
 個人的には「泣いてたまるか」の主題歌が生で聴けて感激した。「泣いてたまるか」は物心がついて最初に見た大人のドラマで、この主題歌が大好きだった。

 談四楼師匠は「目黒のさんま」と「抜け雀」の2席。
 8月の「さばの湯 雑把亭」独演会では前座のこはるさんが「目黒のさんま」をかけた。客席で見ていた師匠は懇親会のときにこはるさんにアドバイスしていた。さんまと再会(?)したお殿様がAKB48の「会いたかった、会いたかった」と歌えば効果的じゃないかと。自分で取り入れていたのには大笑いだ。
 「抜け雀」は、絵師が墨をすったり絵を描いたりするしぐさにうっとり。




 地方のTV局5局と円谷プロが組んで制作されることになった新番組「ウルトラゾーン」。テレビ埼玉では昨夜(正式には今日の0時30分)が第一回だった。
 タイトルだけ見ると「新しいウルトラシリーズか!」と勘違いしてしまいそうだが、ウルトラ怪獣をネタにした30分のバラエティ番組である。
 サドラー、ベムスター、グドンが、それぞれ与えられたシチュエーションで人間とミニドラマ(コント)を繰り広げる。唐沢なおき「ウルトラファイト番外地」等のマンガを実写化したようなテイストというか。怪獣のスーツの出来にかなり感心したりして。特にグドン!
 怪獣漫才も笑えた。
 音楽が宮内國郎っていうのがうれしい。

 こういう番組があってもいい。ウルトラ第一世代としては。
 昭和と平成のウルトラシリーズをドッキングさせ、懐かしさを前面に押し出した、ファンに媚びる最近の作品よりは! まあ、個人的な意見だけど。

 今日から始まった「相棒 season10」。
 2時間スペシャルのドラマには「ゴールデンスランバー」の問題がリアルな形で取り入れられていた。関係者が右京たちの質問に対して十数年前の事件の当事者のフルネームで言えるのは「?」だけど。

 「家政婦のミタ」第二回。
 4人の子どもたちのキャスティングに新たな発見。
 男兄弟、姉妹、それぞれが確かにそう思えるところがいい。男兄弟の方は父親に似ているし。まあ、それだけだけど。
 斉藤和義の主題歌は「やさしくなりたい」。確認した。




 昨日は何とか20時までに帰宅できて「スター・ウォーズ ジェダイの帰還」を冒頭から観ることができた。前日の「ダイ・ハード2」(先週の「ダイ・ハード」も)に続いて、今は亡き野沢那智の声(C3PO)も楽しめた。
 この映画、もともと「Revenge of the Jedi」として製作発表され、それに伴い邦題は「ジェダイの復讐」となった。しかし、公開時にルーカスの意見で「Return of the Jedi」に変更。日本では「ジェダイの復讐」のまま公開された。
 以前にも書いたことだが、旧3部作の中では内容的にもヴィジュアル的にも特別編が作られた一番意味のある作品だと思っている。
 がっ! その後、さらに修正されて、あのラストの、ヨーダを真ん中にしたアナキン・スカイウォーカーとオビ=ワン・ケノービが並ぶ3ショットで、アナキンが新シリーズ(エピソード2&3)のヘイデン・クリステンセンに変更されたのはどうしても納得できない。邦題の変更は仕方ない(意味がある)としても。
 だったら、同時にヨーダをもっと若くして、オビ=ワンもアレック・ギネスからユアン・マクレガーにしなければ。Sir(サー)の称号を持つ名優に、できないでしょ、そんなこと!

 それから、あらためて観ると、なにかと辻褄が合っていないんですよね、エピソード3と。
 そんなことはどうでもいいけれど、これまでのシリーズを3Dにするくらいなら、新3部作を制作してください。お願いします、ルーカス御大!

 「SW」の思い出話はこちら

          * * *

2011/10/15

 「談四楼独演会 第178回」(北澤八幡神社 参集殿)

 下北沢に到着したのは17時半ちょっと前。独演会は18時からなので、コンビニで金麦とかきPを買って、会場で読書しながら時間つぶすつもりでいた。この時間にお客さんなんていないから。だいたい落語の前にアルコールを飲むのは初めてだ。早めに着いたことは何度かあるが、いつもならお茶とおにぎりをパクついているのだ。まあ、たまにはいいだろうと裏道から神社に入っていくと、正門からやってきた3、4人が同じ方向に歩いていく。
「えっ、独演会のお客さん? こんなに早く?」
 胸騒ぎがした。
 案の定、玄関に人だかりが見えた。会場(参集殿)前に設けられた受付から玄関まで7、8mほど距離があるが、そこまで列ができていたわけ。寸志さんの初高座を観るために出版関係者が大勢押しかけたのだ。この独演会に通うようになって10年あまりになるが、こんな光景見たことがない!

 開口一番からほぼ満席。途中、膝送りを何回したことか。それでも会場に入りきらず、廊下と参集殿のあいだを仕切る襖をとりはずさなければならなかったほど。一番前だったから、どんどん高座との距離が狭まりしまいには見上げるようになった。寸志効果でいつもの三割増しだとか。


  立川寸志 「子ほめ」
  立川笑二 「狸の札」
  立川吉笑 「てれすこ・序」
  立川談四楼「目黒のさんま」

   〈仲入り〉

  原一平   声帯模写
  立川談四楼「抜け雀」


 師匠の日記で新弟子が入門したことはわかっていた。長四楼さんと同じく年齢が40を超えていることも。長四楼さん、鬱病は克服したけれど、その後に別の病気が発覚して現在静養中。
 40半ばで新しい目標に向けて邁進する姿に僕自身も刺激を受けていたのでとても残念に思っていた。そんなとこへの新弟子志願。
 いったい誰なんだろう? まさかOさんだったなんて!

 7月に談四楼師匠の新刊出版と還暦を祝うパーティーがあった。おかみさんと一緒に受付していたのがOさんだった。Oさんを知ったのはポプラ寄席だったと思う。Sさん(今はM出版)の下で働いていたような。落語のあとの懇親会、打ち上げの席で何度かご一緒していた。特に話しをしたことはないけれど。
 Oさんがパーティーの受付をしているのは自分が担当した書籍だからだろうと特に違和感はなかった。へぇ、今OさんP社なのか、このパーティー、Oさんの企画なのか、と。二次会でもこはるさんと一緒になってテキパキ動いてるところを目にしながらも何も考えなかった。「へぇ、自分が企画したパーティーだと二次会までこんな気を使わないといけないのか」なんて。
 あれっ? と思ったのが8月の独演会だった。打ち上げでやはりあれこれと会場内を動き回っている。ちょっとした違和感。
 その帰り、おかみさんに訊いてみた。「弟子って誰なんです?」
 まだ発表できないけれど、との注釈つきで「出版記念パーティーのとき受付していたでしょう?」
 このとき、Oさんは編集者という認識だからまるっきり意識していなかった。「いましたっけ? そんな人」

 翌日、おかみさんの言葉を反芻しているとOさんの顔がフラッシュバックした。
「もしかすると?!」
 あわててSさんに電話した。Sさんはカメラマン(&デザイナー)で、「一回こっくり」の表紙写真や独演会のフライヤー、プログラムを担当している。
 僕の質問に新弟子がOさんであることを教えてくれた。
「ああ! やっぱり」
 名前は何になるのだろうか? これまで同様、○四楼なのだろうか。寸志だった。師匠の前座名。なるほど、なるほど。そうきましたか。
 長四楼さんの前にもやはり若くない弟子がいたことがあったので、寸志さんで3人目。三度目の正直でぜひとも〈還暦で真打〉になってほしい。

 で、その寸志さんの初高座は「子ほめ」。
 学生時代は落語研究会にいたというほどだから、堂々としていた。口跡もそれっぽい。そりゃそうだよな。でなければ、44歳で噺家になろうなんて思わない。安心して最後のサゲまで見ていられる、と思ったら、途中で無言になってしまった。次の言葉がでてこない。噺がとんだらしい。見た目と違って、かなりあがっていたらしい。でもまあ、初高座のトチリは愛嬌のうち。
 楽屋では先輩の前座に言われているはずだ。
「あんちゃん、よかったよ、うまくなるよ」
 44歳の、自分よりはるかに年上の後輩には言えないか。


 この項続く




 70年代にショーケンが主演したTV(ドラマ、TV映画)、映画の中で、個人的に一番だと思っているのが「祭りばやしが聞こえる」だ。言葉が足りないか。ショーケンのファッションで一番気に入っているのは、ということ。
 「祭りばやしが聞こえる」は、ショーケンが「前略おふくろ様」の次に取り組んだ作品で、自身が設立した会社ニーディー・グリーディーが制作したTV映画だ。

 ショーケンは競輪選手を演じていた。サブちゃんの短髪が伸びて、長くも短くもない、ごくごく普通のヘアスタイル。そんなヘアスタイルと、これまたどこにでもあるようなトレーナーとジーンズ(だったと思う、違うかも)姿がとても身近に感じて素敵だった。
 「太陽にほえろ!」のマカロニファッション、「傷だらけの天使」の修ファッション。そりゃもう、実にかっこよかった。でも、自分に照らしあわせると遠い存在だったことは確か。あくまでもTVの向こう側だけのものという認識だった。
 真似しようにもできないのは、こちらが中学生だったこともあるが、たとえ大人だったとしても、同じような服を着ようなんて思わなかっただろう。ところが「祭りばやしが聞こえる」のファッションは、自分が着ても様になるような気がした。だから、同じようなイメージのトレーナーを買ったりしたわけだ。劇中で着ているのはブランドものなのかもしれないが。
 同時期、ショーケンは映画「八つ墓村」に主演しており、ごくごく普通の青年ぶりは、この映画でも見ることができる。

 日本のTV映画は16ミリカメラが当たり前なのだが、「祭ばやしが聞こえる」は劇映画と同じ35ミリカメラで撮影された。プロデューサー(クレジットはされていなかったと思うが)としてのこだわりだろう。これにより、明らかにこれまでのTV映画作品と違う奥行きがあって、鮮明でしなやかな映像となった。画面に一種独特な空気感が漂っていたように思う。
 大麻騒動でレギュラーの室田日出男が降板するなどして、後半のストーリー作りが大変だったが(僕自身不安だったし、心配もした)、とはいえ、毎週楽しみにしていた。
 高校3年生、ちょうど受験勉強と受験の真っ只中の息抜きになっていたのだろう。

 エンディングに流れる主題歌が印象的だった。これで柳ジョージ&レイニーウッドを知った。ヴォーカルの声、バックの演奏。大人のロックという雰囲気にしびれた。
 しばらくして、アルバムを手に入れる。それが、ファーストアルバム「Time in Changes」だった。「祭ばやしが聞こえる」の主題歌のほかに「一人」が収録されていて大感激。「傷だらけの天使」に流れた幻の名曲だったからだ。もちろん、カヴァーであることは承知の上。
 続いてセカンドアルバム「Weeping in the Rain」。このころ僕は友だちに「柳ジョージ&レイニーウッドがいい」とさかんに吹聴していた。アルバムタイトルにもなっている「Weeping in the Rain」の英語詞を日本語詞にして「雨に泣いている」のタイトルでヒットする前のことである。「雨に泣いている」はショーケン主演のTV映画「死人狩り」の主題歌になったのがヒットのきっかけだ。

 ショーケンの主演だというのに、なぜか僕は「死人狩り」を一度も観ていない。調べてみたら予備校時代の放映なのだった。見られないはずである。この時期東京のアパートに一人暮らししていた。上京時に持参していた小型TVを勉強の妨げになると郷里に送り返してしまったのである。再放送をチェックしたこともない。再放送があったのかどうか。少しでも観た、という記憶がない。ビデオ(DVD)にもなっていないだろう。
 「雨に泣いている」はサードアルバム「Y.O.K.O.H.A.M.A.」に収録されている。

 セカンドアルバムでは、B面に収録された「同じ時代に」が大好きだった。この曲に対する思い入れは強く、大学時代に監督した8ミリ映画「ブラッドハウンド ゆうずうのきかない自由に乾杯!」でエンディングに流れる主題歌にしてしまったほど。

 PYG解散後、俳優業に専念していたショーケンが歌手活動を再開し、ちょうど「影武者」撮影時だったと思うが、全国ツアーをしていた。バックが柳ジョージ&レイニーウッドだった。その模様はショーケンの「熱狂・雷舞」という2枚組のライブアルバムになった。僕がショーケンのステージパフォーマンス(及びバックミュージシャンの演奏テクニック)に熱狂するのはもっとあとになるのだが。
 「雨に泣いている」のヒットで、柳ジョージ&レイニーウッドはTVの歌番組に出演するようになったと思うが、醒めたような感覚でギターを弾く姿がたまらなかった。
 コマーシャルソング(「微笑の法則」)も手がけ、これもヒットしている。

 時期はすっかり忘れてしまったが、女優の浅野真弓と結婚(確か柳ジョージは再婚)したのは、ちょっと驚いた。NHK少年ドラマシリーズ第一弾「タイム・トラベラー」で主人公の芳山和子を演じてファンになった女優さんである。後で知るのだが、「タイム・トラベラー」の前に「帰ってきたウルトラマン」第一話にも出演している。本名、島田淳子で活躍していたが、その後浅野真弓という芸名になって、「ウルトラマン80」にレギュラー出演していた(ウルトラマン先生の同僚教師役)。

 柳ジョージ&レイニーウッドを卒業したのは、バーボンレーベルからアトランティック・レーベルに移籍してリリースした2枚組アルバム「Woman and I… OLD FASHONED LOVE SONGS」を買ったあとぐらいだろうか。
 ちょっと移籍が信じられなかった。本人にしてみれば世界的に由緒あるレーベルは憧れの的だったのだろうが、僕にはバーボンを裏切ったような気がしたのだ。ショーケンのライブアルバムに夢中になるのとシンクロするように聴かなくなったような気がする。解散してそのままフェードアウト。もう追いかけなくなった。個人的には柳ジョージ&レイニーウッドのファンだったからということもあったかもしれない。柳ジョージのヴォーカル、ギターと同じく、上綱克彦のキーボード(と楽曲)、鈴木明男のサックスも大のお気に入りだったのだ。
 数年前、再結成されたときは、ちょっとアンテナが動いたのだが、結局コンサートには行かなかった。

 今朝(もう昨日だが)、「みのもんたの朝ズバっ!」の芸能ニュースを見ながら、大声あげていた。
「嘘、うそ!」
 63歳。糖尿病を患っていたという。夫人に看取られて亡くなったというのが少しなぐさめになったか。

 合掌




 昨日、新番組(ドラマ)「家政婦のミタ」を観た。かみサンのリクエストだ。
 かみサンの場合、僕と違ってあまりTVを観ないのだが、自分のアンテナに触れたドラマは、初回必ずチャンネルを合わせる習慣がある。で、面白くなければ2回めはパス。シビアな視聴者なのだ。今年のNHK大河ドラマ「江 ~姫たちの戦国~」も2、3回は観ていたような。
 僕はといえば、番宣スポット(のタイトル)で毎回ニヤニヤしていたが、別に観ようとは思っていなかった。だからTBS「やっちまった伝説3」のウルトラマンネタを楽しんでいたのだが、かみサンの「10時になった、早く4(チャンネル)にして」の声に従ったまでのこと。

 そういえば、最近、日本テレビのドラマを観たことがない。話題になるドラマもあるのだが、興味がわかないものばかりなのだ。
 今秋ちょっと期待していた「妖怪人間ベム」は番宣スポットで一気に萎えた。ベム、ベロの顔を被り物で処理するっていうのはどういう料簡なんだ。実に安易な発想。ドラマ自体もCM「爽快人間」から思いつたんじゃないのか? ベロのキャスティングなんて完全に「マルモのおきて」の影響だろうし。

 そんなことはどうでもよくて。
 松嶋菜々子が演じる家政婦は、最終回になって最新鋭の技術で作られたアンドロイドだったなんていうオチがつくのだろうか? そんな伏線となる描写がいくつかあったもので。まさかね。「家族八景」のような一話完結ものでもないみたいだ。
 彼女が派遣された先は父親と子ども4人(長女、長男、次男、次女)の家庭。母親が最近事故で亡くなっていて、四十九日が過ぎたことで家政婦を雇って新しい生活をはじめることになった。
 家族を見て視聴者は皆こう思ったのではないか? 
「お父さんが若すぎる!」

 お父さんと長女はいったい何歳の設定なのだろうか? お父さん役の長谷川博己の実年齢は34歳。長女役の忽那汐里は18歳。な、なんと16歳のときの子である。長女が中学生(3年)としても20歳の子。お父さんは会社では課長だから、もう少し歳が上(の設定)なのかもしれないが、見た目が若いから無理がある。最初から長谷川博己、忽那汐里ありきのキャスティングなんだろうなぁ。
 つい最近知ったのだが、長谷川博己ってNHKドラマ「セカンドバージン」で鈴木京香の相手役として売り出した俳優さん。スペシャルドラマ「砂の器」の関口役はそんな要因があったのか。忽那汐里はどこかで見た顔だと思ったら、ポッキーのCMで元気いっぱいのダンスを披露していた女の子だった。ずっと新垣結衣だと思っていたよ。

 エンディングクレジットで、こちらの琴線に触れる主題歌(メロディ、アレンジ、歌声)が流れてきた。一体誰の楽曲だ? クレジットを注視していると、斉藤和義だった。
 やっぱいいよね、斉藤和義。CD(アルバム)買おうかな。主題歌聴きたさにこれから毎週観たりして。ライブにも足運ぼうか。

 ウィキペディア「家政婦のミタ」に、タイトルは「家政婦は見た」へのオマージュとある。あのね、そういうのは〈もじり〉というんです!


 【追記】

 学生結婚、それも死んだ奥さんは年上でOL、ある時期まで生活の面倒をみていたとか。そんな設定なら義父(平泉成)の怒りが理解できる。もしかして父親と長女は血がつながっていないとか?




 気がついたら10月になっていた。
 もうすっかり秋である。

 9月はずっと残暑が続いていて、夏服が手放せなかった。
 9月に着ようと思って買っておいたちょっと生地が厚めの七分袖シャツを着る機会がない。やっと涼しくなったかと思ったら、あっというまに寒いくらいになってしまうんだもの。
 10月に着るシャツじゃない。もうそろそろジャケットがほしくなるころだし。
 たったの2回だよ、着たの!

 秋といえばコスモス。

  ♪秋の風が吹いて街はコスモス色

 ラジオから「冬が来る前に」が流れてくる季節がやってきた。
 そう、秋が深まると紙ふうせんの季節なのです!

 恒例の秋のリサイタル、今年は11月18日(金)に開催されます。
 今年はどんな趣向で楽しませてくれるのでしょうか?

 詳細はこちらで


11_concert
昨年も書いたけれどもう一度
紙ふうせんはフリーハンド文字が似合っている
今回もデザインはえとうさんかな?
画面中央、レンガ部分のキャスト&イラスト
画面下のコンクリートの刻印「KAMIFUSEN SINCE 1974」
当然特殊効果を施しているんですよね
それともセット?!




 「痛快!ビッグダディ」最新作が放送された(8日)。
 生活費を稼ぐため愛知の豊田市に単身赴任して整骨院で働いていたビッグダデイが、5人の子の母であるバツイチ女性と恋仲になって、復縁した妻と離婚、奄美を引き払って愛知に移住した。現在は再婚して現妻は妊娠中。そんな予想外の展開になって、番組は中止、なんていうニュースをネットで見たのはついこの前だったような気がするのだが。
 素朴な疑問。ビッグダディ(夫婦、新旧の)には避妊という概念はないのだろうか?

          * * *

 ハリウッドでリメイクされた「幸福の黄色いハンカチ」は日本でも昨年公開されたが、評価のほどはどうだったのか。あっさりと公開されいつのまにか終了してしまったような気がする。個人的には劇場まで足を運んで観る映画ではなかった。DVDになってもレンタルするつもりはないが。
 まさか日本でもTVのスペシャルドラマでリメイクされるとは思わなかった。高倉健の役には阿部寛、武田鉄矢&桃井かおりの役は濱田岳と堀北真希。阿部寛の別れた奥さんは夏川結衣。キャスティングに興味をそそられ時間が来る前から4にチャンネルを合わせていた。

 この数年、黒澤明監督作品が次々とリメイクされた。TVは、テレビ朝日がスペシャルドラマとして「天国と地獄」「生きる」。映画は「椿三十郎」「隠し砦の三悪人」。オリジナルシナリオを使用した「椿三十郎」以外どれも無残な結果だった。まあ、TVにしろ映画にしろ過去の名作、傑作のリメイクがオリジナルを超えるものになったためしがない。これは海外だって同じこと。
 にもかかわらず、なぜリメイクが横行するのか。特に現代劇の場合、オリジナル版とはかなり時代の隔たりがあるのだから、リメイクするなら、それ相当の改変が必要なのだ。TVの「天国と地獄」「生きる」なんて、そこらへんの問題に無頓着すぎた。現代を舞台にしたことが、まず失敗だったと思えてならない。

 そんな作品群に比べたら、昨日の日本テレビ「幸福の黄色いハンカチ」は、1977年に公開されたオリジナルのテーマ、キャラクター、ストーリー(エピソード)を踏襲しながら、きちんと2011年に蘇らせた稀有なリメイク作品なのではないか。ホント、かなりよく出来たドラマだった。

 映画は武田鉄矢が女に振られてなけなしの貯金でクルマを購入して北海道旅行を計画、その最中に桃井かおりや高倉健と知り合い、ドライブしながらクライマックスの黄色いハンカチを探しになるロードムービー。
 リメイクされたドラマは、刑期を終え出所した阿部寛と本土から仕事を探しに北海道にやってきた濱田岳が堀北真希の住む町(羽幌町)で出会うところから話が転がっていく。港から見える島に阿部がかつて暮らしていた家があり、もしかしたら別れた妻が待っているかもしれないという設定。
 阿部寛を若いころやくざ稼業に身を置いたこともある漁師に設定したのが光る。クライマックスはもちろんだが、ふたりの出会い、愛の告白(これは斬新!)、妊娠を知った際の阿部の喜び等々に生かされた。
 爆笑を誘った武田鉄矢がカニにあたって下痢に苦しむエピソードを冒頭にもってきたり、チンピラに絡まれる危機はオリジナルと変えて取り入れている。下痢のシーンは、青年が羽幌町に滞在するきっかけとなり、チンピラのシーンは男の内面に隠れた強さを表現していた。単なる引用ではないのだ。黄色いハンカチ(模様入り)を使ったふたりの合図も、その前にそうなるような伏線をはっている。ドラマのオリジナルではないか?

 妊娠していたことを、鯉のぼりの竿の先につけた黄色いハンカチで知らせるシーン。船から双眼鏡で見て妊娠を知った男の内面ではとんでもなく喜んでいる様子に、ニヤニヤ。
「そういうのを草野球のキャッチャーというんだ。ミットもない……」 
 男のダジャレに対する青年の反応も今風で笑えた。

 わからなかったのは、男が町の警察署に連れて行かれるくだり。オリジナルでは無免許運転という確かな理由があった。ドラマは、過去に殺人を犯した犯人であるという単なるチクリの電話(だったと思う)。旅館まで警察官が出向くことになるだろうが、男からいきさつを聞いて身元を調べてそれでケリがつくような気がするのだが。

 それから、これはあくまでも演出上の問題なのだが、クライマックスの漁船の動き方について。羽幌町を出港した漁船は島に向かって、視聴者から見て右に移動していく。途中で引き返すことになって、Uターンして左に向かう。で、島に向かうことになってまたまたUターン。このとき、船は左から右に曲がって、そのまま進行しなければならない。ところが、なぜか、また右から左に曲がって、そのまま左に移動していく。
 ここでイマジナリーライン云々を指摘するのは間違いだと思うが、進行方向を一定にする(島がフレーム右にあるなら、船は必ず右に移動させる)のは映像作品の基本ではないのか。

 オリジナル映画の主役たち(倍賞千恵子と武田鉄矢)のゲスト出演がうれしい。高倉健は無理にしても桃井かおりも出演してほしかった。
 一緒に芝居するシーンはなかったが、濱田岳は金八先生の教え子だった。初の師弟(?)共演か? 最近濱田岳が結婚したのは、このドラマの影響があるのではないか。


 【追記】

 「幸福の黄色いハンカチ」は、一度TBSでドラマ化されているのですね。菅原文太の主演で。知らなかった!




2011/09/22

 「萩原健一 ―LIVE2011 DEEDS,NOT WORDS―」(赤坂BLITZ)

 承前

 「ラストダンスは私に」を歌い終わると挨拶があった。こんなに早いMCは珍しい。
 曰く「結婚しました……」。
 不思議な感覚にとらわれた。あのとき東京、大阪で全3回開催されたトーク&ライブ ANGEL or DEVIL」。トークのお相手となった3人の女性の中で、独身だったのは阿川佐和子だけだったのに。まあ、いいや。結婚でショーケンの健康や芸能活動が好転するのであれば願ったり叶ったり、だ。
 ゲストミュージシャンの渡辺建を紹介。渡辺さんのベースはうれしい。

 渡辺さんのベースをフィーチャーした形で始まる「大阪で生まれた女」は 定年を迎えたサラリーマンの哀歌とでもいうべき内容になっていた。一部歌詞を替えているだけだから、全体のイメージはめちゃくちゃだけど。

  ♪長年勤めた本社の帰り
  ♪たどりついたら単身(赴任)の部屋

 「Famous Guy」は、ショーケンが徳間音工(バーボンレーベル)からアルファ・ムーン(ムーンレーベル)に移籍してリリースしたアルバム「Straight Light」B面ラストに収録された曲。
 「Straight Light」は僕が初めて買ったショーケンのスタジオ録音盤アルバムだ。それまではライブ盤しか聴かなかった。初期のアルバムが普通に歌われているので、スタジオ録音盤=通常歌唱、ライブ盤=変幻自在のショーケン節、という認識があって、聴く気がしなかったのだ。後年、そうではなかったとわかるのだが、このときはこのスタジオ録音盤で初めてショーケン節歌唱を取り入れたのだと一人喜んでいたことを覚えている。
 当時Famous Guyはジュリーのことだと言われた。ジュリーが、離婚問題、暴行事件でメディアで何かと叩かれていた時期で、そんなかつてのライバルにエールを送った歌だと。〈問題児〉の先輩として。

 「Famous Guy」は、今回のライブでは「GAMBLER」のように一人語りがメインになっている。
 まるで音楽とコラボした一人芝居。
「お前のチ×ポ、びびって縮んでるじゃねぇか!」 
 ショーケンが呼びかける相手は誰なのか? ゾルゲ手法の詐欺男、FakeGuy、Mr.Fakeman=Mr.Sとは?
 それからMr.W、Mr.Kとは?
 映画プロデューサーか?

 「シャ・ラ・ラ」。ああ、ずっとシャラララララ……と合唱していたい!

  大阪で生まれた女/Famous Guy/シャ・ラ・ラ

 2回目のMC。何話したんだっけ? 忘れてしまった。

 あまりローリング・ストーンズに詳しくないので、知らなかった「Ruby Tuesday」。ルビー(のような)火曜日という意味かと思ったら、女性の愛称なんですね。ぶっきらぼうな歌い方。あの歌い方はミック・ジャガーを意識してなのだろうか。(CDを聴くたびに好きになっていく)。  
 そのミックとショーケンのスタイル(特に腹!)を比較してなんだかんだ言う人もいるが、一言言いたい。
 相手はずっとヤクやってんですぜ。比べるなら尾藤イサオではないかと。

 野の百合のような人と紹介したジョー山中と一緒にシャウトした「愚か者よ」。ドンジャンの石間秀機のギターにしびれて、篠原さんもメンバーだったフラワー・トラベリン・バンドに注目した。ヴォーカルがジョー山中なので驚いた。そういうつながりがあったのか! CDになった「SATORI」、しっかり買いましたよ。
 「Ah! Ha!」熱唱中、ふと気がつけば、シャツは汗で濃紺と青の二色になっている。歌い終わるとソデに消えた……

  エメラルドの湖/Ruby Tuesday/愚か者よ/Ah! Ha!

 黄色いシャツに着替えたショーケンが登場。ドラムのソロ、ショーケンの紹介。瀬田さんのギターが響いて「ショーケン・トレイン」が始まった。

 モニターを見る。光(照明)にかこまれてショーケンの姿が、ない!  
 ここで、全員がソデにはける。ああ、これで終わりだったのか。

  ショーケン・トレイン

 当然、アンコールの拍手だ。
 全員がステージに集合。

 アンコールは前回ライブの大ラス曲「フラフラ」。

  ♪時代が止まって、フラフラ
  ♪どこもかしこも、フラフラ
  ♪フララ、フラフラ、フララ
  ♪映画もTVも、フラフラ
  ♪医者もスターも、フラフラ
  ♪狂って狂って、フラフラ
  ♪安いコメンテーター、フラフラ

 行動起こせ! 人生つまずくことだってあるさ! STAND UP! STAND UP! STAND UP! 自身を持ってTRYしろ! 自分の心を奮い立たせるんだ! できるさ、できるさ! DEEDS,NOT WORDS!

 メッセージはしっかり胸に刻み込んだ。
 だから、だから、あなたが今度僕の前には登場するのは、映画かドラマの主役ですからね。約束しましたよ。
 
 大ラスは「Thank You My Dear Friends」。久しくライブで聴かなかったな。
 この曲がラストということは、ショーケン、完全復帰だろうか。
 声はほぼ元にもどっている。もちろん完全ではないけれど、仕方がないよ。CDを聴けば確信できる。嘘じゃないから!

 ちえさんの〈稲妻落しサーブ〉ストロークに身体を合わせながら、思った。
 役者として早く次を魅せてほしけれど、ライブも毎年続けて欲しいよ。

 ありがとう、ありがとう……
 Thank You My Dear showken!

 【アンコール】

 フラフラ(春よ来い)/Thank You My Dear Friends


 「パッヘルベルのカノン」(もしかして「G線上のアリア」?)に送られて一人帰宅の途へ。
 誰かそばにいれば、赤坂の街で祝杯をあげていたのに!!!!!!!


showken2011

いつか、ブラック&マルローバンド(パーカッションは菅原さんだよ!)で
2003年のリベンジを!





 地元シネコン、レイトショーで「モテキ」を観る。
 いやはやサイコー! 恋愛時の男女の気持ち、狂おしいほどの相手への想い。ああ、わかるわかる。後半叫んでいた、心の中で。

          * * *

2011/09/22

 「萩原健一 ―LIVE2011 DEEDS,NOT WORDS―」(赤坂BLITZ)

 承前

 「神様お願い!」に身をゆだねながら考えていた。僕がテンプターズファンになったの何の曲だったのだろう? 
 歌謡曲に興味を持つきっかけとなった曲がタイガースの「モナリザの微笑」。加橋かつみがギターを弾きながら歌う「花の首飾り」で決定的となり、ファンになった。小学2年生だった。
 加橋かつみが脱退すると興味を失い、テンプターズファンになるわけなのだが、ある時期まで不思議に思っていたことがある。タイガースファンだったとき、ジュリーはどうでもよかった。トッポこそミスター・タイガースだったし、「青い鳥」を作曲したタローにあこがれた。単なるヴォーカルには興味がなかったのだ。あくまでも楽器が弾けないと僕の評価は低かった。

 にもかかわらず、テンプターズではなぜにヴォーカル・ショーケンのファンになったのか。
 「神様お願い!」「エメラルドの湖」は確かに好きだったけれど、「おかあさん」が大いに関係しているのではないか。YouTubeで当時の演奏を見て確信した。すっかり忘れていたのだが、「おかあさん」はショーケンのリードヴォーカルではない。コーラスとハーモニカを担当しているのである。あのハーモニカを吹く姿にしびれたのではなかったか。
 ハーモニカは、「熱狂雷舞」以降のシンガー・ロックパフォーマーとしても魅力の一つだ。ブルースハープと言った方がいいか。

 「GOD BLESS YOU」はある種、3.11震災地への応援歌になっていた。

  ♪GOD BLESS 仙台
  ♪GOD BLESS 岩手ピープル  
  ♪GOD BLESS 福島ピープル
  ♪GOD BLESS ジャパニーズピープル
  ♪GOD BLESS ジャパン

 帰宅して購入したCDのジャケット(裏)を見て驚いた。タイトルが「GOD BREATH YOU」になっている。これってわざとなのか? そうだとすると意味が通じなくなる。〈岩手のみなさんに神のご加護を〉〈福島のみなさんに神のご加護を〉なのだから。単なるミスプリか。
 ちえさんのギターがいい。やはり姐御ですわな。前回とイメージは変わらない。
 瀬田さんがまた別の顔になっていた。今回はJOYかと思った。あの若手タレントの! カメレオンギタリストと呼ぼう。シャツは左右の色が違うジャンボーグ9ファッションだし。

 歌詞がかなり変更されている。
 「テンダーナイト」ではイヤリングがピアスになった。確かに時代を考えればそうだろう。そうだけどさ。
 そのものずばりの表現も増えた。
 「ラストダンスは私に」なんて、もう一発やらせてと言われたら断ってね、だもの。

  神様お願い/GOD BLESS YOU/テンダーナイト/ラストダンスは私に

9
これがジャンボーグ9
瀬田さんは、紅と紺だった


 この項続く




2011/09/22

 「萩原健一 ―LIVE2011 DEEDS,NOT WORDS―」(赤坂BLITZ)

 承前

 開場(18時30分)5分前。地下街から地上に向かう階段に列ができていた。赤坂BLITZの入口は1階用と2階用の二つが並ぶ。2階は指定席だから時間がくると次々とお客が入っていくが、1階はそうはいかない。整理番号順に入場を許可していくわけだ。その順番待ちのお客が番号に従って列を作っていた。入口近くは1~100番台、地下街に続く階段には200番台以降。知った顔はいなかった。

 受付を済ますと、ロビーでCDを販売していた。あわてて購入。たぶん昨年のCDと内容的には変わらないとは思うのだが、ショーケンでは仕方ない。入場時に受け取った券でドリンクが一杯飲めるが中がどうなっているのか知りたくてとりあえずホールへ。
 1階はスタンディング、とのことだったが、後方には椅子席が用意されていた。客の年齢層を考慮したのだろう、左右、それぞれ100席ほど。きっちり数えたわけではないが。
 スタンディングスペースには中央から左右が長い十字のポール(正式名称がわからない、ひじ掛け、背もたれになるようなゴムで覆われた棒状のもの)が伸びている。まだ人も少ない。ああ、ここでいいやとロビーに出てドリンク券でビールを注文。ドリンクカウンターのそばで立ったままビールを飲む。目の前のベンチに小堺一機が座っていた。思わず挨拶してしまいそうになった。昨年の感想などを訊いてみたかったが我慢、我慢。

 赤坂BLITZはライブハウスなのだった。ホールへのドリンクの持ち込みは大丈夫。なのに、いつもの癖(芝居の劇場は通常飲食物の持ち込みは不可)でロビーでビールを飲み干してから再度中に入る。ポール近辺は人でいっぱいになっていた。どうしようか?
「やっぱり一番後ろにしよう」
 後方を見ると、左右の椅子席後方に同じようなポールが伸びていた。近づいてみるとポールのところから一段高くなっている。ステージからもそんなに遠くない。目の前は椅子席だから眺めもよい。絶好のコーナーではないか!
 この一段高いスペースは、中央のPAブースの左右(それぞれ椅子席の後ろ)に位置する。見上げると、二階席にあたる天井からモニターが吊ってある。ステージの模様がモニターでも確認できるのだ。いやはや最高。

 ライブが終わってから係員に確認したのだが、1階はスタンディングだと1,000人収容できるとのこと。2階席は120人。椅子席があるので実際の人数がどのくらいかわかりかねるが、開演直前にはほぼ満員状態になったのではないか。
 開演前の影ナレを聞いてびっくり。このライブ、主催がニッポン放送なのである。

 19時。開演だ。
 場内に「トッカータとフーガ ニ短調」が鳴り響く。小学6年から中学時代にかけて、家にあったクラシック全集の中でバッハのこの曲を一番よく聴いたと思う。それからショパンの練習曲。ステージでは音楽に連動して7つの光が乱舞する。乱舞が一段落すると、バックミュージシャンが登場。
 センターマイクを真ん中に、上手が長井ちえ(ギター)、下手に瀬田一行(ギター)、ちえさんの後方にベースの渡辺建! 一番下手側がキーボード・斉藤浩哉、二人の後方にドラム・渡辺慎。
 ショーケン本人が次はフルバンドで、と語っていたことから、今回のライブの楽しみはメンバーが誰になるのかということだった。しかし、ツアーが始まるまで、何の情報も伝わってこなかった。
 Sさんの初日レビューでやっと詳細がわかったのだが、もし何も知らなかったとしたら、ショックを受けたかもしれない。なぜキーボードが篠原信彦ではないのか。どうしてコーラスにAHaちゃんがいないのか。次なるフェーズになったということで二人は降板したのだろうか。予定どおりだったのか。ベースの渡辺建さんには拍手喝采なのだが。
 ツインギター+ベース+キーボード+ドラムスのシンプルな編成。
 5人が定位置についてから、青いシャツを着たショーケンが登場した。
 場内がどよめく。
「ショーケン!」
「ハギワラ!」
 青いシャツが似合っていた。何よりシンプルなのがいい。
 昨年は、まるで着せ替え人形みたいに衣装をとっかえひっかえしていて、おまけにどこかお仕着せの感じがした。似合っているとはいえ。
 身軽になったショーケンが軽快に「神様お願い!」を歌いだした。


 この項続く




 承前

2011/09/22

 「萩原健一 ―LIVE2011 DEEDS,NOT WORDS―」(赤坂BLITZ)

 今年のライブは〈ANGEL or DEVIL Ⅲ〉ではない。新しい名称になっていた。〈DEEDS,NOT WORDS〉。「不言実行」という意味だそうだ。イメージ的にはこれまでは助走で、今回は離陸(飛行)になるのだろうか。
 フライヤーもこれまでとは一線を画していた。はっきり言って過去2回のそれは素人がデザインしたみたいなものだったので。
 名古屋を皮切りに京都、大阪、東京(赤坂)と続き、ラストが横浜。赤坂にするか横浜にするか、一瞬悩んで赤坂にした。赤坂BLITZは一階はスタンディング、二階が指定席だ。できれば二階の最前列の席にしたい。ゆっくりじっくり鑑賞するには最高ではないか。

 考えることは皆同じだった。チケット販売2日めにチケットぴあで予約しようとしたら、2階席は完売していた。仕方ない、1階スタンディングの一番後方で鑑賞しよう。最前列で片手振り上げながら、一心不乱になるより、ある程度の距離を置いてショーケンのパフォーマンスを堪能したい。ステージに向かって「ショーケン!」とも「ハギワラ!」とも叫べないけれど、決して醒めているわけではない。自分なりのノリを大切にしたいだけだ。

 チケットは後日セブンイレブンで手に入れた。
 この時点では知らなかった。チケットに整理番号がついていることを。
 2003年のライブツアーの最初はSHIBUYA-AXだった。AXも1階はスタンディングだ。あのとき行っていたら入場の仕組みがわかったのに。初日ということでパスして、後日の渋谷公会堂に足を運んだのだ。
 今年になって初めて訪れた。娘に誘われてPOLYSICSというロックバンドのライブで。開演ギリギリだったので、整理番号なんて関係なく入場できた。
 そんなわけで、スタンディングの場合、入場時が大変だろうなあと思っていた。誰もがステージ前のスペースを確保するため、早くから並ぶのかもしれない。そういうのは嫌だ。自分は後方でいいや。一番後ろで壁にもたれて観る(聴く)ことにしよう。

 とはいえ、定時で退社すると開演時間に間に合わないので、午後休をとった。
 赤坂には何度も行っているが、TBS界隈まで足を運んだことはない。特に今の建物になってから。当然赤坂サカスも。赤坂BLITZは赤坂サカスに面した建物のひとつだった。それしてもそのあまりの変貌ぶりに驚いた。まるで違う一角。
 時間は17時。隣のスターバックスでしばしの読書。

 18時過ぎ。
 外では雨が降っている。午前中はあんなにいい天気だったのに、午後になってから雨雲が空を覆った。いつ雨が降ってきてもおかしくなかった。まあ、雨なら仕方ない。前日だったら台風直撃でライブは中止(延期)になっていたはずだから、雨くらい何てこともない。
 入口に向かうと列ができていた。当日券購入の人たちだった。
 係員が叫ぶ。
「この列は当日券を購入される方の列です! すでにチケットをお持ちの方は、チケットに記入されている整理番号順にご入場していただきますので、時間がきたらお集まりください」
 ここで初めて入場の仕方を知ったのだった。チケットを確認すると確かに番号が書かれてあった。280番だったか。
 開場にはまだ時間がある。雨のため気温も下がって寒くなってきたので、暖かいところで時間をつぶしたい。目の前に地下に降りる階段があった。降りて驚く。地下鉄千代田線への通路のほか、ビルの地下街があってさまざま飲食店が並んでいた。最初からこちらに来ていればよかったと思っても後の祭り。書店があったので、立ち読みして開場を待つことにする。


 この項続く




 9月最後の日(30日)はライブに行ってきた。といっても、横浜BRITZのショーケンではなく、錦糸町PAPPY'Sの水木ノア&フレンズ。あっ、&フレンズは正式名称ではありません。勝手に命名しただけなのでお間違いなく。
 開店5周年イベントの第一夜(3夜連続)の出演者として、ノアさんがいつものメンバーを従えて(ドラムスが初顔だった)トリを飾った。新曲(?)「さよなら」が僕の琴線にグッときた。ベースを弾いている常盤さん、あの髪、あの眼鏡ぜったいみうらじゅんですよ。タイからの留学生チョーさんのギターは相変わらずいい音色! 
 ノアさんには29日のイベントのラストでミニミニミニライブをやってもらう予定です。

 ひとつ前に登場したクラシック・ロックのバンド、フライングブイのギター演奏がメチャクチャかっこよかった。ギタリストの容貌(漫才師おぼんこぼんのおぼんを長髪にしたような)との落差が魅力。ちなみにクラシック・ロックって、60年代、70年代のロックという意味。クラシック音楽とロックの融合?なんて構えていたら「ホテル・カルフォリニア」を演奏してくれて「そういうことか!」。

 1日(土)は映画サービスデー。地元シネコンで「モテキ」にしようか「セカンドバージン」にしようか、はたまた「コクリコ坂から」にしょうか、19時台に上映される映画の中から選択しようと思っていた。「モテキ」「セカンドバージン」はレイトショーがあるから「コクリコ坂から」かな。

 先週発売の週刊文春、小林信彦「本音を申せば」。「日本橋バビロン」に続き「真逆」がでてきた。やはり「真逆」については違和感等々ないんだな。
 映画「モテキ」の紹介で、ミュージカルシーンを褒めていた。日本映画のミュージカルシーンで出来のいいのはマレだといい、ぱっと想い出せるのは小林旭の「東京の暴れん坊」のタイトルバックぐらいだと。「嫌われ松子の一生」のミュージカルシーンを寒くならないと絶賛していたのに、まったく触れずじまい。なぜ?

          * * * 

 承前

 続けざまに起こる映画制作の頓挫(Sさん情報によると「朝日のあたる家」の映画自体は撮影されて編集までは終わっている由)が、業界にまだ残っているショーケンタブーでなければよいのだが。CMにだって復帰しているのだから、ありえないとは思っている。

「もしかして役者が嫌がるんじゃない? ショーケンとの共演」
 冗談っぽく言う友人もいる。
 思い出した。謹慎前、ちょうどインディーズ映画の上映会に足しげく通っていたころのことだ。打ち上げには役者さんも参加する。ショーケンが話題になった。若手の女優さんが言った。「ショーケンと共演した知り合いの役者が言ってました。現場がしっちゃかめっちゃかになったって」
 ある役者さんにインタビューしたときのこと。「瀬降り物語」に出演したというので、ショーケンの印象を尋ねたらまず最初に「怖かったよ」。もちろん、その方、もろ世代だから、ショーケンを否定しているわけではない。
「怖いですか? やっぱり」
 笑うしかなかった。

 「トーク&ミニライブ ANGEL or DEVIL」で自信を持ったのか、半年後には「トーク&ミニライブ ANGEL or DEVILⅡ」を開催した。バックがフルバンドではなかったものの、もうミニライブではなかった。とはいえ、喉の状態を考えたら、音楽活動には限界がある。週刊誌で特集されたときに、「来年(2011年)はフルバンドでライブをやりたい」と語っていたが、あくまでも役者稼業があってこその活動だと思った。
 かつてのライバル(?)ジュリーは今や活動を音楽だけにシフトしている。ビジュアル的にはかなり恰幅がよくなってしまって、トップスター時代の美青年ぶりを知る者にとって、ちょっと残念ではあるのだが、声量はまったくというほど変わっていない。歌手はこうでなくては。

 僕はある時期からショーケンを役者とか歌手を超越した存在だと認識するようになった。真の意味でアーティストなのではないかと。
 ただし、喉の状態が悪くなって(いわゆる声の裏返りが頻繁に見られるようになって)からは、歌うことによる表現(パフォーマンス)は期待しなくなった。もしかすると演技だってあの声だとどうなるかわからない。最悪の事態も頭をよぎったが、謹慎が奏功して極端な裏返りはなくなった。もちろん、毎日の手入れは今も欠かさないだろう。だからこそライブによって喉を酷使してもらいたくない。今の喉の調子を演技の方で有効活用してもらいたい。そう願っているのだ。
 ちなみに声の裏返りは昔からのショーケン節のひとつ。その裏返りが頻繁になって、元に戻らないのが問題だった。

 しかし、年が明けても、映画の話に進展がない。サントリー関連のCMでしか姿が見られないのはさびしかった。
 映画がダメならTVドラマはどうなのか。ゲスト出演とか。いわゆるショー的な番組には出演しているのに、ドラマに登場しないのはやはり何か理由があるのだろうか。
 2011年上期に映画が公開されて、下期にフルバンドによるライブ開催。なんてことを想像していたのだが、叶わなかった。
 9月のライブツアーの情報を入手したときは、そんなわけで、これまでのような感激はなかった。
 いや、ライブが観られるのはうれしい。うれしいけれど……とても複雑な気分で。


 この項続く




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
私家本「僕たちの赤い鳥ものがたり」
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」

神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。遊びにきてください。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Page Top