本日、10時から「幕末太陽傳」。ビデオで何度か観ているがスクリーンでは初めて。談四楼師匠はこの映画を手本に長編小説「長屋の富」を書いたのか。
 午後は「竜馬を斬った男」&「離婚しない女」鑑賞。「萩原健一映画祭」は、上映作品カップリングのキーワードを考えるのも楽しい。

 年末を迎えて手抜きの読書録。あとで記入するつもりでも結局やらないんだ、これが。

     ◇

2011/10/02

 「ポリティコン(下)」(桐野夏生/文藝春秋)

 週刊文春連載中はかなり夢中になって読んでいた。中途半端な終了の仕方で、もしかして?と思っていたら、案の定、別の雑誌で続編(アポカリプス)が始まった。第一部ポリティコン、第二部アポカリプスが合体して「ポリティコン(上・下)」となった。期待したのは、初めて読む第二部だ。「東京島」がそうだったように、ラストに唖然。どうしてそうなるの?
 松山ケンイチ、佐々木希(演技できるとして)の主演で映画化希望。


2011/10/07

 「赤ひげ診療譚」(山本周五郎/新潮文庫)

 黒澤明の映画の方がよくないか。


2011/10/10

 「ロング・グッバイのあとに」(瞳みのる/集英社)

 〈ザ・タイガースでピーと呼ばれた男〉の副題がつく。


2011/10/14

 「廃墟に乞う」(佐々木譲/文藝春秋)


2011/10/15

 『ウルトラマンと「正義」の話をしよう』(神谷和宏/朝日新聞出版)


2011/10/18

 「流される」(小林信彦/文藝春秋)


2011/10/21

 「冬の神話」(小林信彦/講談社)

 ネットの古書店で、わりと安価で売りに出ていたので購入。うれしさのあまりずっと積読状態だった。
 出版当時、無視されたのがわかる気がする。まったく救われない展開なのだ。


2011/10/28

 『飯島敏宏 「ウルトラマン」から「金曜日の妻たちへ」』(白石雅彦/双葉社)

 「流される」「冬の神話」のあとに読んでよかったと本当に思う。飯島さんって小林信彦と同じ歳なのだ。東京の下町(本郷を下町として)生まれとして、何かと共通点がある。本書を読んで知ったことなのだが。




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2011/12/26

 「立川吉笑勉強会」(お江戸上野広小路亭)

 10月の「談四楼独演会」で吉笑さんの「てれすこ・序」に大笑いさせてもらった。以降たまに覗く吉笑さんのブログに勉強会の告知があった。あの笑いをもっと堪能したいと思って駆けつけた。

 久しぶりの広小路亭。一階で靴を脱ぎ2階に上がると、靴ロッカーの前で受付していた。受付の人は吉笑さん、なはずがない。でもよく似ているのだ。受付の後方(楽屋への入口?)から吉笑さんが出てきて、挨拶される。二人を見比べてみる。やはり似ている。
「兄弟ですか?」
 思わず訊いてしまった。
「いやいや、友人です」
 と、吉笑さん。
 友人の方が苦笑しながら吉笑さんに言う。「さっきは本人に間違われたんだ」

  立川笑二「たらちね」
  立川吉笑「狸の恩返しすぎ」&「てれすこ・序」

   〈仲入り〉

  立川吉笑「カレンダー(仮)」&「道灌」

 中に入ってお客さんの多さに驚く。ほぼ満員だ。
 弟弟子の笑二さんが高座をつとめていた。「たらちね」は前座噺として聴く機会が圧倒的に多い。同じ長い名前を扱う「寿限無」がほとんどないのと対照的だ。「寿限無」は落語の代名詞的な存在なのに。あまりに有名だからか?

 吉笑さんの笑いのセンスが確認できた。オリジナルに吉笑さんの〈対象物を見つめる〉確かな視点を感じる。「狸札」のサゲを否定するような形で続く「狸の恩返しすぎ」。常識概念を揺さぶる「てれすこ・序」。できたてのほやほやの「カレンダー(仮)」(本人によればまだタイトルがないので仮としておく)。
 商店街が作った来年のカレンダーには2月が28日までしかない。閏年の29日が記載されていないと刷りなおしを検討していると、実は今年のカレンダーには2月が29日まであった。だけでなく、毎月31日まであった…おいおい商店街はこのカレンダーで動いているんだぞ、じゃあ今日、本当は何日なのだ? それだけではなく時間に関する?もある。
 一般常識に風穴を開けるような論理の組み立てが吉笑さんの笑いの源といえようか。うまく表現できないが。

 「カレンダー(仮)」は現代が舞台、いくら人里離れた集落だとはいえ、TVや新聞があるんだから語られるような間違いは起きないだろうと理解している。
 が、その昔、円谷プロの特撮番組で、たとえ空飛ぶジェット機がピアノ線で吊るされていようが、見えないふりをした。「カレンダー(仮)」は、ストーリーが(今のところ)破綻していようが、発想がすばらしい。
 これからどんどん改訂して納得できる新作落語にしてください。




 昨日の「立川吉笑勉強会」について書く前に、15日の談四楼独演会のことを――。

     ◇

2011/12/15

 「立川談四楼独演会 第179回」(北澤八幡神社 参集殿)

  立川寸志 「?」
  立川笑二 「?」
  立川こはる「?」
  立川談四楼 ~談志、真打昇進試験、立川流創設の思い出

   〈仲入り〉

  劇団月歌舎 お座敷劇「芝浜マクベス」
  立川談四楼「ねずみ穴」
 

 今年最後の独演会。平日なのに大入り満員だった。19時過ぎに受付するともう配付するプログラムがないというのだから。裏表を別々にコピーした代替プログラムを渡される。こんなことは初めての経験だ。
「12月って、いつもこんなに混むんだっけ?」 
 不思議な面持ちで参集殿のふすまをあけると確かにお客さんでいっぱいだった。後方の、ぽっかり空いていた座布団に座る。
 すでに師匠の一席めが始まっていた。立川流家元・立川談志の思い出話。それで合点がいった。皆、この話が聞きたかったのだ。(聞くところによると、談志バブルと呼ばれているらしい)

 一席めはネタに入らず、家元の思い出をたっぷり語ってくれた。
 談四楼独演会に通う方って、すなわち談四楼ファンだと思う。にもかかわらず、立川流創設に談四楼師匠が大きくかかわっていることを知らない人が多いように思う。「シャレのち曇り」を読めば詳細がよくわかるのに。

 ゲストは劇団月歌舎。一人は、下町ダニーローズの初期の公演のメンバーだった、よね? シェークスピアの「マクベス」に、日本の昔話「花咲じいさん」「さるかに合戦」が混ざり合い、いつしか「芝浜」の世界に収斂していく。
 同じ板の上の演芸でも、落語と芝居はずいぶんと雰囲気が違う。いやもっと軽演劇の肌触りがあればよかったのだろうが、いかにもな小演劇風だから、面食らったお客さんが多かったのではないか。笑っていいものかどうか、見まがえているというか。
 ある芝居の劇中劇だとか。

 師匠の二席めは「ねずみ穴」。11月、館林で観て(聴いて)いる。
 談志の追っかけだった当時高校生の師匠は、談志の「ねずみ穴」を観て弟子入りを決心したという。今回初めて知った。夢オチということはわかっているのに、そこまでの展開にやりきれなくなるのは毎度のことだ。




「萩原健一映画祭」はプログラムごとに通っている。

 12/20(火) (「股旅」)&「瀬降り物語」
 12/25(日) 「恋文」&「魔性の夏 四谷怪談より」

          * * *

2011/12/18

 「化石の森」/「雨のアムステルダム」(銀座シネパトス)

 その1から続く

 「雨のアムステルダム」のビデオを観た経緯は以前書いた
 ビデオ鑑賞のときは、70年代の映画という印象が強かった。なので今回ドラマを楽しむより劇場で井上堯之の音楽に触れるという意味合いが大きかった。
 脚本・山田信夫、共演が岸恵子、三国連太郎というと、どうしても「約束」を思い出してしまう。そういえば「化石の森」も山田信夫が書いているのだ。
 ちなみに、監督は蔵原惟繕。蔵原監督というと一般的には「南極物語」なのだろうが、僕はどうしても「陽は沈み陽は昇る」のイメージが強い。映画は観ていないのだが。
 撮影が岡崎宏三。「化石の森」もそうだ。名前は「ねむの木の詩」で知った。僕にとって、岡崎宏三、姫田真佐久、長谷川清、仙元誠三が70年代の名キャメラマンである。
 
 ヨーロッパロケを売りにした日本映画は何本もあるが、概して評判はよくない。市川崑監督が浅岡ルリ子とルノ・ベルレー(「個人教授」!)の共演で撮った「愛ふたたび」は完全に忘れら去られてる。かつてのライバル、ジュリーにもパリを舞台にフランス女優を相手役に「パリの哀愁」という主演映画があるが、こちらもまたしかり。
 「雨のアムステルダム」が、もし、当時、地元太田の映画館では公開されていたら(当然、東京よりずいぶん遅れて来るのだが)、ショーケン主演ということで、絶対足を運んでいたと思う。しかし、見逃し(地元で上映されたのかどうか不明)てからは、映画自体当時の他の作品に比べあまり語られることがないので、やはりアムステルダムロケだけが売りの映画なのだろうと考えていたフシがある。
 「青春の蹉跌」で、まず音楽に琴線が触れたのだったら、「雨のアムステルダム」では〈音楽・井上堯之〉のクレジットに反応すべきだった。
 中学時代、音楽に惹かれて洋画を観ていたところがある。サントラのレコードを買い集めるのを友だちと競ったものだった。なぜ「青春の蹉跌」でサントラアルバムを購入しなかったのか。「雨のアムステルダム」の音楽に注目しなかったのか。
 まあ、今となっては理由もわからないことをあれこれ言っても仕方ない。

 それにしても――。
 「化石の森」にしろ「雨のアムステルダム」にしろ、映画は映画館で観るもの、ということを再認識させてくれた。ビデオで鑑賞したときより数倍面白かったのだから。これはいったいどういうことか。暗闇に身を沈めてスクリーンと対峙するからだろうか。余計な雑念に集中力を遮断されないからか。

 「化石の森」の主人公は、マカロニがインターンになったようなイメージがある。対して「雨のアムステルダム」はまんま小暮修が弱小商社の商社マンになってオランダに駐在していると思えばいい。修ちゃんよりインテリだけど。
 ファンゆえの贔屓ととられてもしかたないけれど、ショーケンと岸恵子のカップルだと、異国情緒も様になっている。
 紙袋にくだものを入れて街を歩くシーン、スクリーンだと、また格別だ。70年代は食料品の買物には紙袋が当たり前だった。中身がいっぱいの紙袋を女性が両手で抱えて歩く。それが絵になっていたのだ。80年代になると、ビニール袋が主流になってしまって、映画(映像)的には残念でならない。電話ボックスで電話するショットも同様かも。

 岸恵子を救うため、ショーケンは西ドイツ(だったか?)の鉄鋼王の相手をつとめることになる。三国連太郎が日本の有名商社と鉄鋼王との契約をまとめるためにそのつもりで現場に連れて行くわけだ。案の定、鉄鋼王はショーケンを見初める。ビデオのときも今回もどうにもここがひっかかってしまう。
 ショーケンってその手の男にモテるタイプには思えないからだ。テンプターズ時代ならまだしも。ジュリーだったら納得できるのだが。三国連太郎の部下を演じた松橋登の方がタイプではないか?

 ラスト、自分たちが殺されるとわかっていて逃避行をはかるショーケンと岸恵子。とある一軒家に潜伏して朝を迎える。
 ビデオでは岸恵子が殺されて、あわててショーケンが逃げ出したと思っていた。違った。(殺されるのが)怖くなったショーケンは岸恵子を一人部屋の置いて逃げ出したのだ。そんな卑怯な男もショーケンらしくてステキだ。やはりこの映画は音楽とラストで語られるべき映画だと思う。




 「夜明けのスキャット」は大好きです。
 小学校の遠足、バスの中の余興、歌のしりとり合戦で重宝しました。

 由紀さおりが海外で大人気ということで、CDが気になっています。
 由紀さおりといえば、思い出すのが、中学時代、国語を担当したS先生。S先生の授業は、脱線していろいろな話をしてくれるのが楽しくて、面白くて。

 ある日、話してくれたのが、由紀さおりが「夜明けのスキャット」で歌番組に出演したとき、思ったと。この世にこんなきれいな女性がいるのか!
 もうひとり、「愛の奇跡」でヒデとロザンナが登場したときも、ロザンナ見て思ったと。「愛の奇跡」もいいけれど、個人的には「愛は傷つきやすく」が大好きです。

 で、「夜明けのスキャット」で思っているんですが――。
 元ネタ(?)は「サウンド・オブ・サイレンス」ですよね?




 森田芳光監督の訃報はショックだった。一昨日の午後、ネットのニュースで知ったのだが、知った瞬間に大声あげて上司が「ど、どうした?」。
 市川森一が現役の脚本家なら、それ以上に現役の監督だった。だって61歳だよ! まあ相米慎二監督の例もあるけれど。

 「キネマ旬報」で自主映画「ライブイン茅ヶ崎」の存在を知った。劇場映画デビュー作「の・ようなもの」が評判になったが僕が観たのは最近のこと。図書館でDVDを借りたのだ。
 松田優作主演の「家族ゲーム」で映画賞を総なめにしたが、やはり劇場で観ていない。TV放映の際に初めて観たのだが、一番の見せ場(優作&家族が食事のときに大乱闘を繰り広げる)がカットされていた。この放映バージョンは森田監督自身の手で編集された。森田流のTVに対するアンチテーゼだろう。
 僕が森田監督の才気に触れたのは薬師丸ひろ子主演の「メインテーマ」だ。映像に仕掛けられたトリックに最初は驚き、あとは次に何をするのかニヤニヤしながら楽しんでいた。

 好きな作品を一つ上げろと言われたら「39 刑法三十九条」を選ぶ。大いに期待した「黒い家」は原作を知る者としては少々残念な結果となった。
 ベストセラー「模倣犯」の映画化作品は首をかしげざるをえなかった。「椿三十郎」はよくオファーを受けたものだと思った。
 「阿修羅のごとく」「武士の家計簿」は興味はあったが劇場に足を運ばなかった。新作を撮り終えたばかりだという。鉄ちゃんではないが、その要素を持つ者としては劇場で押さえたい。

 合掌




2011/12/18

 「化石の森」/「雨のアムステルダム」(銀座シネパトス)

 第一弾のプログラム、「約束」は一度劇場鑑賞しているから途中から観てもかまわなかった。しかし、今回、最終回は「雨のアムステルダム」「化石の森」の順。両作品ともビデオでしか観たことがないのだが、自分の中のメインは「雨のアムステルダム」だ。冒頭のタイトルバックのメインテーマ(音楽・井上堯之)は必聴だろう。

 上映場所が変わっていた。シネパトスはスクリーンが3つある。前回は「1」の、いかにも場末の映画館といったところで縦に長くキャパも大きい、今回の「3」はこじんまりしているものの場末のイメージはない。いや、あるか。
 この映画祭は定期的に(一週間おきにとか)会場が移動するのだろうか。だとすると、ロビーに貼りだされたショーケンに関する記事類(インタビュー等々)、雑誌表紙、CDやDVD、プログラム等の移動も大変だなぁと余計な心配をしてしまう。

 「化石の森」の途中から入り、「雨のアムステルダム」をきちんと観て、「化石の森」の途中で出る。こんなことも高校時代は当たり前にやっていたんだと感慨にふける。
 今、封切館では途中で退場することはできても途中から入場することはできない。座席の完全予約または整理券による番号順入場になっているからだ。
 シネコンに対してあれこれ文句をいう映画ファンは多い。個人的には、感謝しているところがある。大ヒット映画にいい席を求めて1時間以上前から並ぶ必要がなくなった。レイトショーがあって、退社後にゆっくりと、低料金で観られるようになった。この2点において。
 途中入場ができなくなったこと、外部からの飲食の持ち込みができなくなったことは不便きわまりないのだが。それから一週間単位(だと思う)で上映時間が変わってしまうのもなんとかならないものか。まあ、そういうフレキシブルな対応ができるのが劇場側のメリットなんだろうが。

 とにかく、「銀座シネパトス」は、一部封切館ではあるものの、劇場の雰囲気は限りなく名画座だ。たしかここ、昔は銀座地球座という名称だった。地球座というと思い出すのが恵比寿地球座。谷ナオミ主演のSM映画(日活ロマンポルノ)3本立てを観た名画座として記憶にある。
 なんて話はどうでもよくて――。

 「化石の森」は10年以上前にビデオで観た。近くのビデオレンタル店にあったのであわてて借りてきたのだ。幻のショーケン映画だったし、篠田正浩監督ということでわくわくしながら観ていたのだが、深刻で救いがなくて観終わって落ち込んだ。以後ある意味封印してしまった。
 思い出したのはTVドラマ「外科医柊又三郎」初回にチャンネルを合わせたときだった。あのインターンが医者になった現在が柊又三郎なのか? しかし映画「化石の森」について覚えているのは〈暗くて重い〉ということだけ。
 まさか殺人を犯していたなんて!

 初めてスクリーンで観て感動があった。ビデオの印象が払拭できた。
 この映画はある種の日活ロマンポルノだ。濡れ場シーンにけっこう反応したのだから。

 とその前に――。
 ショーケンって東京映画と縁があることがわかった。
 「ザ・テンプターズ 涙のあとに微笑みを」が東京映画だった。「化石の森」もそう。「青春の蹉跌」がそうだったではないか!
 高校時代に「キネマ旬報」を購読することになってわかったことだが、映画産業が斜陽といわれた時代、東宝はいくつか製作会社を傘下にしていた。ゴジラ映画を製作した東宝映像。その他、東宝映画、芸苑社、そして東京映画。「キネマ旬報」の邦画各社の製作状況ページでわかったことだ。
 東映だったら、京都撮影所と東京撮影所に分かれていた。

 ――二宮さよ子の裸体、濡れ場に欲情。あの子どもの母親(八木昌子)にも。いや、こちらの方がきたかも。

 ホラー映画でもある。杉村春子に背筋が寒くなった。
 武満徹の音楽は不気味だった。

 すっかり忘れていたのだが、というか認識していなかったのかもしれない、岸田森が新興宗教の神父(?)でショーケンに絡む。スキンヘッドなので思った。映画の公開は1973年、「傷だらけの天使」の放映は74年。ということは、辰巳がかつらをはずして坊主頭をみせる時期とそれほど違いはない。だったら「傷だらけの天使」撮影前に岸田森があの頭だったってこと知っていたのではないか、ショーケンは。

 冒頭のキャストクレジットで桂木美加の名前を発見。「帰ってきたウルトラマン」の丘隊員だ。どこに出てくるか、スクリーンを注視していたがわからなかった(たぶん、理容室で働く女性の一人だと思う)。

 この項続く




 先週15日は今年最後の偶数月恒例「立川談四楼独演会」。平日なので会場に到着したのが19時ちょっと過ぎ。大入り満員で入場時に配付されるチケットやプログラムがなくなっていた。家元の死の影響か?
 
          * * *

 ついに始まった「萩原健一映画祭」。ショーケン主演の映画を二本立てで順次上映していく。
 銀座シネパトスなら有楽町駅からも歩いて行ける距離だ。テンプターズ時代からショーケンのファンだと広言しているというのに、未見の映画がいくつかある。いい機会だからすべての映画を観てやろうじゃないか。なんて意気込んでいたのだが、最終回の一本めの上映開始時間が17時台とか18時台。退社後駆けつけるとなるとちょっと間に合いそうにない。
 ということで、最初の「約束」&「ザ・テンプターズ 涙のあとに微笑みを」のカップリング、「約束」は諦めた。まあ、一度劇場で鑑賞しているし。最終回ラスト1本だけの鑑賞だと800円に割引になる(通常は1,300円)から、まあいいかと自分にいいきかせて。

 13日(火)、有楽町駅を降りて、まっすぐ伊東屋へ。来年の手帳(Bindexのリフィール)を買ってから、シネパトスに向かった。窓口でチケットを購入。
 窓口の人に確認する。「中に入っていてもいいですか?」
 「約束」が終了するまでロビーで待っていようと思ってのこと。
「どうぞ、別に映画観ても大丈夫ですよ」
 えっ? 1本の鑑賞だから800円に割引されたのではないか。
「前の映画が上映後20分過ぎたら、別にかまわないんですよ」
 そうなんだ。文芸坐はきっちりと区分していると思うけど。
 ラッキーってんで、中に入った。最初は真っ暗でスクリーン以外は何も見えない。目が慣れてくると、どこが空席かがわかり目当てのところに座る。こんなこと久しくやっていなかった。途中入場なんて、いつ以来だろうか? 十代のころを思い出した。高校時代、地元の映画館をこんな形で利用していたのだ。

 「約束」は、ちょうど、帰りの列車のシークェンス。刑務所前の屋台のラーメンはやはりうまそうだった(なので、映画館を出てから、有楽町駅近くの喜多方ラーメン食べました!)。
 今回、気がついたが、ラーメンをしっかり食べるのは南美江(今年亡くなった。合掌)だけで、岸恵子もショーケンも口にすらしない。南美江はオヤジにラーメン代を支払うが、あれは岸恵子と二人分なのか?

 さて、目当ての「ザ・テンプターズ 涙のあとに微笑みを」。
 実をいうとGS映画を観たことがない。GS映画というとタイガースやスパイダースが有名だが、別に金だしてまで観たいとは思わなかった。テンプターズも同様。じゃあお前が観たがっている「進め!ジャガーズ 敵前上陸」はどうなんだと言われたら、脚本が小林信彦、監督が前田陽一だからにほかならない。
 1970年代、天地真里、新御三家、花の中三トリオ等々、アイドル映画が量産された。歌謡曲、特にアイドルを嫌悪していた僕は当然その手の映画をバカにしていた。そんなアイドル映画の先駆となったのがGS映画だから興味がなかった。テンプターズ時代からのショーケンファンといっても、アイドル時代のショーケンを観たいとは思わないというわけだ。

 旧い映画プリントなので、退色して全体的に赤味がかった色になってしまっている不満はあるものの、これがなかなかおつなものだった。
 もちろんストーリーは他愛ないものだ。
 高校生のショーケン(!!!)が、クラスとバイト先の仲間たちとバンドを結成するドタバタ騒動に母親(新珠三千代)の再婚話が絡む。クラスメートが高久昇、バイト先の仲間が田中俊夫、大口広司、松崎由治。
 脚本が池田一朗なのでちょっと驚く。後の作家、隆慶一郎だ。

 小学生のとき、トッポが脱退したことでタイガースへの興味を失い、テンプターズファンになった。今から思うと正しくない。テンプターズのショーケンファンになったのだ。なぜなら、ショーケン以外のメンバーの顔と名前が一致しなかったのだから。後年、大口広司はドンジャンバンドの一員だったり、俳優になったりして認識できるようになったが、あとはまったくダメ。
 どうにも解せないのは松崎由治である。タイガースではヴォーカルのジュリーよりギターを弾きながら「花の首飾り」を歌うトッポに夢中になったり、「青い鳥」を作詞作曲した(ギターの)タローを注目したりしていた。
 だったら、ギターを弾き、「神様お願い」の作詞作曲、「おかあさん」の作曲等、テンプターズのオリジナル曲を数多く手がけたメンバーに注目しないわけがないのだ。まあ、当時は松崎由治がメンバーであることも知りはしなかったのだからしかたないか。そのくらいショーケン以外のメンバーには興味がなかった。
 そんなわけで、この映画で高久昇と田中俊夫の区別がついたのである。めでたしめでたし。
 それから演奏シーン(やはりGS映画の魅力はこれだろう)で高久昇のベースの弾き方に注目した。そして松崎由治のギター。とはいっても撮影では実際に音なんてだしていないだろうから、あまり参考にはならないか。

 高久昇と松崎由治は役者としてもなかなかいい味だしていた。特に松崎由治の方は、役者に転向していたら若大将シリーズの江原達怡のような存在になっていたかもしれない。容貌は斉藤洋介っぽいし。
 母親役の新珠三千代のほかに、山岡久乃、横山道代、名古屋章、大泉滉が脇を固める。高久昇の父親で新珠三千代やショーケンたちが働くスーパーマーケットの社長を演じた役者は、TVの時代劇等でよく拝見する役者さん。須賀不二男だった。ヒロインは聖ミカ。まさに60年代後期のアイドルといった感じ。とてもかわゆい!
 神様役で堺正章がゲスト出演している。テンプターズがスパイダースの事務所の後輩だからだろう。

 テンプターズのCDが欲しくなった。




 昨日の「家政婦のミタ」はラスト前の15分拡張版。
 次男が授業(授業参観)の宿題に悩んでいる。お母さんへの感謝状を書かなければならない。次男の場合、母親がいないのでお父さんでいいと担任の先生に言われているというのだが……。
 またまたがっくり。何ていう展開なのか。次男の母親がもう何年も前に亡くなっているのなら、有りうることかもしれない。でも、亡くなったのは今年でしょう(半年前ほどか)? そんな児童が自分のクラスにいるのに、お母さんへの感謝状を書かせるなんて。そんな担任いるものか!
 
 はるか昔、僕が小学生のときのこと。カルメン・マキの「時には母のない子のように」がヒットした。で、問題になった。母親のいない子どもの気持ちを考慮していない曲名ではないかと。
 まだ世の中が大らかな時代でさせそうなのだ。何かにつけてせちがない今、最近母親を失った児童がいるにも7かかわらず母親への感謝状を書かせるなんてことは大問題になるのではないか。それこそ教育委員会を巻き込むような。メディアは無神経な教師だと鬼の首をとったような報道をするだろうな。
 だいたい、そんな授業参観が開催されるのなら、お父さんは真っ先に担任に抗議しろって。出席できないことをあれこれ悩む前にさ。

 結局、次男は母親の作文を書いて授業で朗読する。先生を含めクラスの反応はよくないが、前日に作文を読んだミタさんから「大変よくできました」の花マルをもらって大喜び! 
 この感動的なシーンを描きたいために、まったくリアリティのない、というより、ありえない「母親への感謝状」の設定を取り入れたわけなのか。

 この感動シーンも嘘っぽい。ミタさんの花マルは次男が書いた作文(の原稿)2枚目に書かれてあった。
 つまり次男の作文は1枚で終わっている。ミタさんが花マルを書いた原稿を1枚足したのだ。だったら、次男は作文を鞄に入れる際に気がついているだろう。いや、作文はミタさんが鞄に入れたのだ、というのなら、授業で取りだしたときにわかっているはずではないか。作文を朗読したあとに気がつくという意外性はどう考えてもないのである。脚本の作為だけを感じてしまう。

 映画の日にミタ、いや、観た「ステキな金縛り」。初めて劇場に足を運んだ三谷幸喜監督作品である。三谷映画はTV放映されても観たことがなかったので、初めて観るといっていい。
 今回、なぜ足を運んだかというと、予告編でアンテナが触れたのだ。主演の深津絵里がとてもいい雰囲気を醸し出していて、何より落武者の幽霊が裁判の証人になるという設定に興味を覚えた。前者は案の定大満足できた。後者に関していれば、ちょっと残念な結果だった。

 映画は面白かったんですよ。幽霊が証人することに関するさまざまエピソードは抱腹絶倒といってもいい。
 気になったのは、裁判所(裁判官)が幽霊の証人を認めるくだり。ここを映画はどう処理して観客を納得させるのだろうか? この映画の肝だと思っていた。ところが、裁判官がとてもやさしい方で、あっさりと幽霊(の証人)を認めてしまうのだ。自分は幽霊を見ることができないのに、だ。そんなバカな! 映画なんだから、コメディなんだからというのは逃げでしかない。こういうところを手を抜かず、きちんと納得させる設定を考えるのがプロではないのか?

 先週「家政婦のミタ」が30%近くの視聴率をとっていいのか、と書いた。言葉が足らなかった。別に30%とろうが40%とろうがかまわない。今後このドラマ(の悪いところ)を真似た番組がでてくることを憂うのだ。
 つまり視聴者を不安にさせたり喜ばせたりするため、リアリティのない、ただ結果から逆算された無茶な展開を優先させるようなドラマが増えるのではないかと。

 最近のTVドラマの傾向として、映像的にはよく出来ているのに、シナリオがイマイチ、イマニのドラマが多くなった。
 器はいいのに料理がおいしくない。いや、食材が悪いのになんとか見栄えでごまかしているというか。
 カメラ機材の発達で水準以上の映像がものにできる。対してシナリオはあくまでもライターが知恵をだすもの。原稿に手書きする時代も、ワープロ、PCへのキーボード入力の今もそれほどの違いがない。もちろん原稿の仕上がり具合は大いに変わっただろう。カット&ペーストで推敲は早い。完成した原稿は読みやすい。でも映像そのものには反映しない。
 高視聴率に関係者やTV局がうかれるのはわかる。しかし、メディアが一緒にはしゃいでいてどうする!

 昔はよかった、なんてあまり口にしたくない。したくはないが、TVドラマは70年代から80年代初期までが黄金時代だった、と言わざるをえないのか。



2011/11/18

 「紙ふうせんリサイタル2011 なつかしい未来Vol.6」(サンケイホールブリーゼ)

 その4から続く

 休憩中、後ろの席に座っている男女の会話が聞こえてきた。後藤さん、平山さんと同世代、たぶん学生時代は、ギターを抱えてフォークソングを歌っていたのだろう。
 ハイ・ファイ・セットを話題にしていた。別に聞く気はなかった。でも、耳に入ってきてしまうのだからしかたない。女性の旦那さんが山本俊彦さんの大学の後輩になるとか。いや、先輩だったっけ? まあ、いい。
 ならけっこう詳しいんだ、なんて耳をそばだてていたら「ハイファイセットって何人?」という女性の問い(もちろん関西弁)に男性が「4人」。違うって! 男性はメンバーの不祥事についても、トンチンカンなことを言っていた。思わず後ろを振り向いて解説したくなったが、グッと我慢……。

 15分が経過、またまた後藤さんの影ナレが聞こえてきた。
「お客さん、トイレはもうあきらめて」

 第二部開始。

 緞帳があがると白の衣装の平山さんと赤いシャツの後藤さん。後方には浦野さん(ベース)とすぎたさん(ギター&コーラス)。
 ちなみに、第一部のふたりの衣装は、第二部とは好対照なシックな装いだった。平山さんは濃紺(?)のタンタン衣装(昨年参照)、後藤さんは黒の人民服(?)みたいなジャケットで赤い襟が目立っていた。なんのことはない、後藤さん、第二部ではジャケットを抜いただけなのだ。対して平山さんは第一部同様このリサイタルのために新調したのだろう。白がとても鮮やかに映えている。
 本人曰く「ピーターパンの衣装よ。女のピーターパン……ピーターピン?」
 女性になるとなぜパがピになるのかわからないけれど。

 まずは「竹田の子守唄」。本当ならばこの曲は第一部で演奏されるべきものだと思う。でも、このリサイタルの場合、第二部はいつもステージで披露されるレパートリーをラ・ストラーダのストリングスを加えた豪華な音で聴かせるという趣旨。「竹田の子守唄」がトップになるのは自明の理なのだ。雰囲気、というか観客のノリを考えたらPPMメドレーから始まる方がぴったりなのだけれど。

  竹田の子守唄/PPMメドレー ~レモンツリー・悲惨な戦争・パフ・天使のハンマー~


 後藤さんが今年亡くなった方を話題にする。音楽業界で知り合いお世話になった方たちだ。
「深町純さん――」
「深町さんは昨年でしょう?」
 すばやく平山さんの突っ込みが入る。この感覚、まさに夫婦漫才。
「長門裕之さん、それから中村とうようさん」
 長門さんは「ミュージック・フェア」の司会を夫人の南田洋子さんと担当していた。赤い鳥が何度も出演した音楽番組だ。そんな縁で後藤さんと平山さんの結婚の媒酌人になった。
 中村とうようの名を後藤さんから初めて聞いたのは10月に事務所を訪ねたときだ。後藤さんはとうようさんを音楽評論家として認めていた。

 ピアノの今出さん、ラ・ストラーダのメンバーを呼び入れる。
 「ホーハイホー」はヴァイオリン、「虹」はすぎたさんのハーモニーが印象的。すぎたさんの声に関しては、今回、最初から聞えてきて耳に残る。PPMメドレーのときなんか、ずっとすぎたさんのパートに集中していたほどだから。

 後藤さんがバックを紹介する。
 ストラーダのメンバーの紹介になったら、急に紙を取り出した。

 あいはらひとみ:第二ヴァイオリン
 うえだまきお:ヴィオラ
 なかむらみよ:チェロ
 安野ひでゆき:チェロ

  ホーハイホー/虹


 金関さんの紹介ではソロでヴァイオリンを弾いてもらうことになった。
 やった! 昨年のカウントダウンライブの感動が甦った。
「今の季節にぴったりの、皆さんよくご存知の曲です」
 そう言ってから、金関さんが弾きだしたのは「もみじ」。
 悪魔のように繊細で天使のように大胆だった。
 弾き終わって後藤さんが一言。
「『奥飛騨慕情』でした」
 場内爆笑。

 続いて「翼をください」を皆で合唱する。ストラーダの前奏が良い。
 「Route‐43」ではいつものように、間奏でバックが一人ひとりソロをとる。すぎたさんのギター、浦野さんのベース、金関さんのヴァイオリン、ラストが今出さんのピアノ。
 平山さんがもみじ狩りを話題にする。
「皆さん、27日、王子動物園へもみじ狩りに行きませんか?」
 翌週の日曜日、神戸市灘区にある王子動物園ホールで紙ふうせんのコンサートがあるのだ。
 「なつかしい未来新聞」によると、今回のチラシのバックのレンガは王子動物園の西隣にある「神戸文学館」の壁だとのこと。
 後藤さんがギター持ち替えて「冬が来る前に」。ラストは定番の「船が帰ってくる」。

  翼をください/Route‐43/冬が来る前に/船が帰ってくる


 一度退場。
 でもあらかじめ決められたアンコールがある!
 何が演奏されるのか「なつかしい未来新聞」に書いてある!
 最初は「紙風船」。
 続いてピアノ伴奏で「故郷」をみんなで合唱。
 最後に「まつり」。ピアノにしびれた。
「もうこれ以上アンコールはありません」
 後藤さんの一言に会場がまた爆笑して、リサイタルは終了になった。


  【アンコール】

  紙風船/故郷(ふるさと)/まつり


     ▽
畠山重篤
「これまでの経験だと、津
波の後の海は、カキやホタ
テの成長が倍以上、早い。
人間さえ元気なら、海は元
通りになる」

阪神大震災の時、僕らは
自然を恨みはしなかった。
 この国に住んでいる以上
「しゃないな」。
 もう少し、生きろ!と与
えられた命に感謝すらした
ものだ。
 家族、友人、町、職場、
全て失った人たちも決して
自然を恨みはしないはず。
海は必ずよみがえる。自分
には海しかない。
東北の人たちと共鳴したい。

       紙ふうせん
     △

  なつかしい未来新聞 より




 帰宅時川口駅で下車。S水産で読書してから川口中央図書館へ。数冊借りてからリンガーハットでかみサン、娘と待ち合わせ。月に一度くらいの割合で長崎ちゃんぽんが食べたくなる。実は前日に約束していたのだが、久しぶりの残業で延期になったのだ。来るたびに餃子セットを注文して後悔する。餃子がもう少しうまければと思わないではいられないのだが、新メニューが登場していた。チーズ明太子ギョウザ。なかなかの美味。
 知人から聞いた話を思い出す。長崎に出張したときのこと。タクシーの運転手に一番うまい長崎ちゃんぽんの店に連れて行ってくれと指示。その店でだされたちゃんぽんを一口食べて叫んだ。「リンガーハットと同じ味だぁ!」

 帰宅してPCを開くと、市川森一の訃報が目に飛び込んできた。大声あげた。
 まっ先に思った。「なぜ、あのドラマを観なかったのだろう!」
 11月、二週にわたってNHK土曜ドラマ枠で放送された「蝶々さん 最後の武士の娘」のことだ。市川森一の脚本ということで、興味をもったが、主演が宮崎あおいなので結局チャンネルをあわせなかったのだ。ロリコン系の顔がどうにも苦手で、彼女が主演でパスしてしまった映画がいくつかある。
 まあ、いい。
 70歳。まだまだ現役の人だった。これからも活躍するものだと疑いもしなかった。秋の番組改変期のスペシャル「名作ドラマ大事典! 豪華スター同窓会SP」(TBS)ではいつもと変わらない姿が拝見できたのに。ほんとすごいショックだ。肺がんと知って諦めざるをなかったのだが。
 ショーケンを主役にした旅情豊かな映画とか、「傷だらけの天使」の映画とか、どうなっているのだろうか?
 「ウルトラセブン/盗まれたウルトラアイ」「ウルトラセブン/ひとりぼっちの地球人」「傷だらけの天使/街の灯に桜貝の夢を」「傷だらけの天使/祭りのあとにさすらいの日々を」「バースデーカード」「私が愛したウルトラセブン」「ゴールデンボーイズ」
 書きたいことはたくさんあるけれど、今は考えがまとまらない。

 合掌




2011/11/18

 「紙ふうせんリサイタル2011 なつかしい未来Vol.6」(サンケイホールブリーゼ)

 その3から続く

 続いて平山さんのMC。
 震災支援コンサートを開催したことを前ふりに俳句を詠みあげた。被災者が投稿した俳句(俳人、西村和子選)にしたためられた言葉から連想させる歌を披露するという趣旨だ。
 最初の歌の「宵待草」。作詞は竹久夢二。もしかしたら神代辰巳監督の同名映画はこの歌がモチーフになっているのか。聴くとあの歌かとわかる。
 エンディングがかつてオペラ歌手を目指した平山さんの独壇場。まるでアリアの絶唱みたい。ゾクゾクきた。「ミリオン・ピープル」のオープニング、アーメンコーラス(ヘンデルのメサイヤより「祈り」)でも、クライマックスでとんでもないソプラノを聴かせてくれたが、まさにあの声。平山泰代オンステージが開催されるのはいつの日か。
 「月見草の花」はヴァイオリンがフィーチャーされていたのが印象的。

  放浪者の子守唄/宵待草/月見草の花/蛍


 後藤さんが青春時代の思い出を語る。大学時代に13枚の便箋に想いのたけを綴ってラブレターを出したという。相手は平山さんだろう。
 こんなMCの後に披露されたのが「十六夜日記」。この曲も懐かしい。東芝EMIからCBSソニーに移籍してリリースしたシングル「冬が来る前に」がスマッシュヒット、そのあと通算3枚めのアルバムとなる「再会 ―新たなる旅立ち」が発表された。紙ふうせんの中で一番売れたアルバムだと思う。そのB面3曲めに収録されている。

 紙ふうせんの楽曲は、「竹田の子守唄」をはじめとする国内の民謡(伝承歌)や海外のフォルクローレ、あるいは「翼をください」以外後藤さんや平山さんの作詞作曲が基本だ。あくまでもオリジナルを尊重する姿勢を昔から貫いている。その割合は後藤さん9、平山さん1といった感じ。
 「十六夜日記」は後藤さんの作曲だが、珍しく第三者が詞を書いている。作詞は橋本正樹さん。70年代はじめ、「竹田の子守唄」のルーツを求め、ルポルタージュ、創作、関係者による座談会等をまとめた「竹田の子守唄」という本を自主出版して、永六輔氏に感銘を与えた方である。後藤さん、平山さんと同じ高校、つまり同級生だ。
 河内音頭のオーソリティーで、毎年夏には錦糸町の「河内音頭大盆踊り」に出演(?)するため、関西からやってくる。「竹田の子守唄」所収の「物語 竹田の子守唄」の朗読する許可を得るため一度伺ったことがある。
 大衆演劇の研究家であることを知ったのは今年。1月に「あっぱれ!旅役者列伝」(現代書館)を上梓したのだ。3月、東京某所で開催されたあるセレモニーで本人から直に購入した。実際に読んだのは秋なのだが、若いとき、旅役者のルポを書くため、劇団を追いかけて、一緒に生活していたというのだ。
 後藤さんは、かつて日本の民謡を求めて、ソニーのデンスケを持って四国等を旅している。同じように橋本さんは大衆演劇を求めて九州等を旅していたわけだ。
 橋本さんは詩も書くのだろうか? 紙ふうせんに提供したのは「十六夜日記」だけのようだが。
 今出さんのピアノが耳に心地よい。

 「雪の降る夜は」も感慨深い。赤い鳥のラストアルバム「書簡集」A面5曲め。平山さんの作詞作曲。しんしんと雪が降っている光景があざやかに浮かんでくる。
 後藤さんがギターを持ち替えた。レコードと同じくチェロをフィーチャーして、金関さんのヴァイオリンとの協奏。

  こんなに静かな
  雪の降る夜は
  ただ黙って 歌を聴いている
  ひとりの夜なら
  灯りともし
  ふたりの夜なら見つめ合い

  こんなに静かな
  雪の降る夜は
  あなたの窓辺も
  雪が積もるよ
  手紙に添えた 桜草も
  こごえているでしょう
  あなたのそばで

 そういえば「書簡集」には深町純さんがゲストミュージシャンで参加しているのだ。紙ふうせんのデビューシングル「いかつり唄」のアレンジを担当している。
 
 その「いかつり唄」が第一部のラストを飾る。
 三陸沖の漁師たちへの鎮魂の意味で今回取り上げたとのこと。ホリゾントは夕焼けをイメージしたオレンジ一色。音が厚い。
 演奏中に緞帳が下がってきた。下がると同時に終了。
 一息ついてから平山さんの声。「15分の休憩です」

  十六夜日記/雪の降る夜は/いかつり唄


 この項続く




 園子温監督の「恋の罪」がすでに公開されていることを今日知った。水野美紀主演ということでとても楽しみにしていたのに、何てこった!

 退社後池袋シネ・リーブルへ。20時30分からレイトショー(のみ)をやっているのだ。チケット買ってから、上映まで1時間ばかりあるので、近くのH屋で腹ごしらえ。
 とりあえず、日本酒(冷酒)とメンマを注文。これが480円。日本酒を飲み終えるころに、野菜たっぷりタンメンと餃子。これが600円。伝票は2枚。それぞれ注文した品とその合計が打ち込まれている。よく利用する地元駅前のH屋では、2枚目に総合計額が打ち込まれているのに。もしかして? ある種の期待があった。
 会計で、伝票を提出すると、レジを担当した若い男の店員が言った。
「600円になります」
 僕は笑顔で問い返す。
「いいの?」
 店員は不思議な顔で「はぁ?」
「あのね――」
 僕は、2枚の伝票を箱から取り出して、「これとこれを注文したんだけど」
 店員は要領を得ていないようだ。これ以上説明するのも面倒だ。
「本当に600円でいいのね?」
「はい……」
 千円札だしておつり400円もらってしまった。
 ラッキー!

 さて映画。
 水野美紀のヘアヌード、廃墟アパートのオ○ニーシーンに欲情したことは確か。でも、本質はそんなことではない。
 東電OL殺人事件をモチーフにした小説、桐野夏生「グロテスク」のクライマックスでヒロインの叫びが聞こえたが、この映画でも別の形で(詩の暗唱)、感情がまっすぐに伝わってきた。
 園子温監督のユーモアをまぶした毒に圧倒される。この毒、ちょっとやみつきになる。

 週刊文春で主に番組改変期にTVドラマ批評の記事を書いている今井舞。上から読んでも下から読んでも「いまいまい」。たぶんペンネームなのだろう。今井舞については、女性ライターということ以外プロフィールがわからない。はっきりしているのは、その批評にほとんど共感できないこと。隔週でTV評を担当している青木るえかと同じものを感じる。
 ところが、本日発売の文春の「家政婦のミタ」評には、最初から最後までまったくそのとおり! 昔の大映ドラマという指摘には叫んでしまいましたよ。「オレと同じ考えだぁ!」
 10代から20代にかけては、大映ドラマを嫌悪して一度もチャンネルを合わせることはなかった(たとえ水谷豊が主演でも)。僕も若かったんです。今は、「そんなバカな」と笑いながらその次の展開を期待している。能面のヒロインが少しでも感情を表したりすると、もうそれだけで喜んだり。
 でも、この手のドラマが30%近い視聴率をとるのは、ちょっとまずくないか。

 ねぇ、北海道のJさん。




2011/11/18

 「紙ふうせんリサイタル2011 なつかしい未来Vol.6」(サンケイホールブリーゼ)

 その2から続く

 「放浪者の子守唄」は赤い鳥の2枚組ライブアルバム(コンサート実況録音盤!)「ミリオン・ピープル」D面1曲めで聴くことができる。
「2曲ばかり旅をテーマにした曲を……」
 と後藤さんが言って、ギターを弾きながら歌いだす。
 当時、コンサートでいつも歌っていたのかどうかわからない。とにかくレコードではこのアルバムでしか聴けなかったのだ。どのアルバム(いわゆるスタジオ録音盤)にも収録されていないし、シングルもリリースされなかった。
 そういえば、旅をテーマにしたもう1曲「きままな旅」(新居さんのヴォーカル)もこのアルバムでしか聴けない。そのあとお客さんと一緒に二部合唱する「もう一度帰ろう」は赤い鳥のラストシングル「僕のうた」B面になったのに。


  歩いてゆくよ 思うままに
  たとえ遠くて 長い道でも
  どこへ行っても 故郷はあるさ
  思うままに 生きていけたら
  眠れそうだよ 草の中なら
  子守唄なら 星が歌うよ

  窓を開けてくれ 灯りを消さず
  あなたを探す 旅人のため
  窓を開けてくれ 灯りを消さず
  あなたを探す 旅人のため


 全体的に静謐という文字が似合いそうな印象。そっと入ってくる平山さんと新居さんのハーモニーがとても心地よい。
 紙ふうせんになってからもレパートリーにしていたのかどうか。17年間はコンサート、ライブの類に行ったことがないので知らないのだ。赤い鳥が活躍していたころは中学時代なので、コンサートなんて夢のまた夢だったし。
 そんなわけで「放浪者の子守唄」は僕にとって伝説的な曲になっていた。それがステージで披露されたのだ。全身が震えた。涙がでそうなくらい。もうこの曲が聴けただけで来た甲斐があったというものだ。

 歌詞がすっと耳に入ってくる。
 被災者へ贈る曲というのが理解できた。
 津波で一瞬のうちに家を失った人たち、原発事故で郷里から離れて暮す人たち。そんな人たちへのメッセージになっているのだ。〈どこへ行っても故郷はあるさ〉に胸が熱くなった。
 東北の地で、ぜひともこの曲を歌ってほしい。

 原曲「Hobo's Lullaby」はずっとウディ・ガスリーがオリジナルだと思っていた。だからガスリーの伝記映画「ウディ・ガスリー わが心のふるさと」ではこの曲を歌うシーンがあるものとばかり思っていた。
 ずいぶん経ってからDVDを観たら劇中に「Hobo's Lullaby」は流れなかった。なんとかしてウディ・ガスリーが歌う「Hobo's Lullaby 」を聴きたい。YouTubeで検索したらあった。まるでイメージが違った。というか、後藤さんの「放浪者の子守唄」の方が断然いいではないか。
 「なつかしい未来新聞」のセットリストには〈曲アーロ・ガスリー〉とあった。アーロって誰? なんと息子だった。「Hobo's Lullaby」は彼の作詞・作曲なのだ。若き日のウディ・ガスリーを描く「わが心のふるさと」に流れるわけがない。まったくお恥ずかしい限り。

 ところで、後藤さんの名曲(と僕は信じている)「ワンマンバンド」は「Hobo's Lullaby」にインスパイアされて出来たのではないかと思っている。とてもいい曲なのに、なぜかステージではほとんど披露されることがない。


 この項続く




 先週の金曜日(2日)、朝刊で内山まもるの訃報を知った。
 第二期ウルトラ(マン)シリーズをマンガで牽引した功労者である。
 第一期のころからマンガとのメディアミックスはあった。楳図かずおの「ウルトラマン」が僕が最初に目にしたマンガだろうか。出色だったのは桑田次郎(現・二郎)の「ウルトラセブン」。シャープなペンタッチにしびれたものだ。
 同じような感覚になったのが、内山まもるのウルトラマンだった。ホント、かっこよかった! 最初、TVシリーズの世界観だったのに、いつのまにか宇宙を舞台にしたウルトラ兄弟の物語になっていた。
 TVのウルトラ兄弟には嫌な思い出しかないが、内山まもるの世界なら許せるのはどうしてだろう?
 最近では映画が内山まもる史観になってきた。それならそれでいいさ。映画は観ていないのだけれど。
 一つだけ苦言。
 帰マンの特徴である、クビのところのヒレ(チャック隠し)が大きくてヨレているのはいい。でも、初代マンまでヨレることはないだろう。

 62歳。若すぎるじゃないか!


 この日の夜、石堂淑朗が亡くなったことを教えてもらった。新聞に訃報がでていたと言うが、僕は見ていなかった。ネットでも。
 本人の意向で一ヶ月伏せられていたらしい。本日ネットのニュースで知った。
 大島渚監督の一派(創造社)であるが、僕が認識したのは第二期ウルトラ(マン)シリーズである。
 「帰ってきたウルトラマン」の「許されざるいのち」は小学6年生には衝撃だった。テーマが、というより映像と音楽に。だから山際永三監督の功績なのかもしれない、かも。
 石堂淑朗が本領を発揮するのは「ウルトラマンA」だ。「怪談・牛神男」は強烈だった。土着的な物語がいい。ずいぶん経ってからの再放送でわかるのだが。そう、当時はウルトラの世界感に合わないと感じて嫌悪していたのだ。
 それから週刊文春の「天下の暴論」シリーズの執筆者。言いたいことを書いていたなあ。
 「絞首刑」では役者として活躍していた。
 それにしても、大島渚一派はなぜウルトラシリーズと相性がいいのだろうか? 仲介者は実相時監督なのか。田村孟のウルトラも観たかった、なんて。
 79歳。

 おふたりのご冥福をお祈りいたします。 




2011/11/18

 「紙ふうせんリサイタル2011 なつかしい未来Vol.6」(サンケイホールブリーゼ)

 その1から続く

 開演時間が迫ってきたので、ホールの中へ。着席するといつもと違う感覚におそわれた。何かが違う。思考すること2秒。「ああ、そうか!」
 緞帳が下がっていたのである。
 リサイタルの会場がサンケイホールブリーゼになって今年で3回め。過去2回は、はじめから幕が開いていた。
 いつのころからか、コンサートの場合、最初からステージがオープンになっているのが当たり前になった。まあ、それほどいろいろなコンサートに足を運んだわけではないから、はっきり断言できないのだが。オープンだから、開演前にどんな編成なのか、すぐわかった。バックのミュージシャンがどこに位置するとか。
 今回はわからない!

 開演前の影ナレは、恒例になった後藤さん。
「写真撮影は禁止です。どうぞ心のシャッターにおさめてください」
「好きな曲、嫌いな曲、いろいろあるでしょうが、どうか最後までお楽しみください」

 ふと頭をよぎった。
 今回のリサイタルのアレンジは深町純さんだったんだよなぁ。昨年急逝しなかったら。
 もしかしたらゲスト出演もあったかも。昨年の訃報は衝撃だった。せめて10月15日、鎌倉で開催された「ショパンを弾く」ライブに行けばよかった。もっと積極的に情報を仕入れていれば……

 開演を知らせるブザー。
 予定より5分遅れて、幕が開いた。
 
 中央に紙ふうせんのふたり。上手に後藤さん、下手に平山さん。
 その後方、平山さん側にコーラス&ギターのすぎたさん。後藤さん側にはベースの浦野さん。浦野さんの横からステージ前方にカーブを描くようにラ・ストラーダ゙のメンバーが並ぶ。第一ヴァイオリン(リーダー金関環さん)、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ二人。一人は安田さんだ。
 一番下手はピアノの今出さん。

 第一部のオープニングからフルメンバーによる演奏だった。
 曲は「街を走りぬけて」。
 ピアノとギターにチェロの音色が絡まる。
 続いて「ささぶね」。
 あれ? 「なつかしい未来新聞」には2曲めとして「いつも心に青空を」がリストアップされていたのに。
 でも心ははずんでいる。「ささぶね」は紙ふうせんのファーストアルバム「またふたりになったね」、A面1曲めに収録されている。僕が最初に聴いた紙ふうせんの楽曲だ。アルバムの前にシングル「いかつり唄」をリリースされているのだが、なぜか僕は購入していない。1974年の12月、アルバムを買ってルンルン気分で帰ってきて、どきどきしながらレコードに針を下ろしたことを今でもはっきり覚えている。前奏はギターのストローク。とても力強かった。
 アメリカ民謡に後藤さんが詞を書いた。

 ♪あなたと私の二人の夢を
 ♪乗せては浮かべた小さなささぶね

 何気ない言葉がきちんとメッセージになっている。
 以後、「ささぶね」は紙ふうせんのテーマ曲になった。僕の中では。


  街を走りぬけて/ささぶね

 
「OSAKA! JAPAN!」
 まず平山さんが第一声をあげた。ワールドツアー的な挨拶ということで笑いをとったあと、東日本大震災の話。
 後藤さんが引き取って言う。
「寺山修司の詩にこんなのがあります」
 
  さよならだけが人生ならば 
  また来る春は何だろう
  ……
  
 と、朗読しはじめた。

     ▽
 さよならだけが人生ならば
 また来る明日はなんだろう
     △

 というフレーズは知っていた。
 「幕末太陽伝」で有名な川島雄二監督が残した言葉として記憶したのか、それとも六文銭の歌だったか。
 寺山修司の詩ということを初めて知った。本当は〈明日〉ではなく〈春〉なのか?
 調べてみた。

 元は漢詩からきているのだった。
 唐の詩人が書いた「歓酒」。これを井伏鱒二が翻訳した。
 その転句と結句が

     ▽
 花に嵐のたとえもあるぞ
 さよならだけが人生だ
     △

 この詩に寺山修司がインスパイアされて「さよならだけが人生ならば」を書いたというわけか。
 この詩を紹介したあと、今年、震災後に福島の南相馬に行ってきたことを話しだした。そして被災者の方たちに贈る歌として取り上げたのが「放浪者の子守唄」だった。


 この項続く




 今日は映画の日、レイトショーで「ステキな金縛り」を観たこともあり、違う話題を。
 北海道のJさん、許されて。

          * * *

 昨日の「相棒 season10」、ゲスト出演が柴俊夫だった。シルバー仮面の人、なんていってもわからないか。「ゴジラ対ヘドラ」のときは名前が違っていたっけね。
 水谷豊とのツーショットで、懐かしさがこみあげてきた。
 NHK土曜ドラマ「男たちの旅路」で二人は同じ警備会社で働く同僚として共演していたからだ。柴俊夫は森田健作に代わって第2シリーズからレギュラー入りした。同僚のもう一人が桃井かおりで、三人の上司が鶴田浩二。この4人が派遣された会社で事件が起きる展開で、特攻隊の生き残り(という設定)鶴田浩二と〈戦争を知らない〉世代の3人がさまざまな場面でぶつかりあう。戦中派(の中年)と団塊世代(の若者)の葛藤、反目、和解、共鳴がドラマの骨子だった。
 脚本・山田太一、主演・水谷豊ということで、第一シリーズから夢中で観ていた。音楽はミッキー吉野だ。

 高校時代はやることなすことうまくいかず、悩みっぱなしの3年間だった。そんな僕の、横っ面がはたかれたかのような衝撃をこのドラマで受けた。水谷豊に対する柴俊夫の台詞だった。
 当時の日記にこう書いている。

     ▽
1977/12/03
 NHK「男たちの旅路/別離」の中にこんなセリフがでてきた。
「自分を哀れむ奴は、俺はキライだ」
 一瞬、ハッとした。
 自分を哀れむ奴――すなわちこの自分のことではないか!
 この頃、自分という人間はダメなやつで、バカだよと笑ってみせて、だけどやっぱり本当はかわいくて、心の奥ではかわいそうな奴と泣いているんだよね。
     △

 「別離」は第三シリーズの最終回。病気で余命いくばくもない鶴田浩二と鶴田に一途の桃井かおり、桃井かおりが好きな水谷豊の三角関係が描かれる。桃井かおりにふられた水谷豊の投げやりな態度に怒った柴俊夫が言うセリフだった。




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
私家本「僕たちの赤い鳥ものがたり」
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」

神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。遊びにきてください。

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