これまた何週間か前のこと。GyaO!でガメラシリーズの第1作「大怪獣ガメラ」と平成シリーズ第一弾「「ガメラ 大怪獣空中決戦」が無料配信されていた。当然観る。

 平成シリーズの場合、「1」を観ると「2」が観たくなる。YouTubeにアップされている予告編やドキュメンタリーを視聴しているうちに我慢できなくなってきた。TSUTAYAでレンタルしようと久しぶりに訪れると、ない。DVDで昭和シリーズ、平成シリーズ、すべて揃っていたのに。あるのは「小さき勇者たち ガメラ」のみ。いや、平成シリーズはあることはあるのだが、3作ともブルーレイなのだ。うちはまだブルーレイプレイヤーはないんだよ。

 そんなわけで、4年前にネットで視聴した平成ガメラ3部作のレビューを。

          * * *

2008/01/09

 「ガメラ 大怪獣空中決戦」
 「ガメラ2 レギオン襲来」
 「ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒」(Yahoo!Japan 動画)


 Yahoo!Japanの動画ページで平成ガメラシリーズが無料配信されている。年末年始特集とのこと。年が明けてから、時間があれば観ていた。毎日1本づつ。第1作から順序よく。
『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995年)『ガメラ2 レギオン襲来』(1996年)『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』(1999年)の金子修介監督の平成ガメラ3部作と、田崎竜太監督の『小さき勇者たち ガメラ』(2006年)の4本。
 平成ゴジラは劇場で一度鑑賞すると、もうそれでおしまい。その程度の作品なのだ。しかし、金子監督の『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』だけは何度もビデオで観直している。同様に金子監督がゴジラ映画のメガホンをとるきっかけになった平成ガメラ3部作は、それ以上に繰り返し観ている。その都度ビデオをレンタルしてくるので、DVDでセットが発売されたとき購入しようと思ったほどだ。結局買わなかったけど。
 なぜそれほどまでに惹きつけられるのか?
 特撮(特技監督・樋口真嗣)が斬新。あくまでも人間の視点に立った構図が興奮を誘う。ストーリーがきちんと考えられてドラマが構築されている。特撮と人間ドラマが遊離していないばかりか、もし実世界に巨大生物が出現したら社会はどうなるのかというシミュレーションを見せてくれる。怪獣映画がちゃんとSFしているのだ。何度観てもワクワクしてしまう。第2作『ガメラ2 レギオン襲来』なんて「日本SF大賞」を受賞したほどだ。特撮映画、怪獣映画に興味のない会社の同僚が褒めていたのがいい例だろう。
 この3部作が平成ゴジラシリーズより優れている点は、映像化にあたってそれぞれ違ったアプローチがなされていることだ。昭和の人気怪獣をリニューアルして、ゴジラと戦うことで日本の名所を破壊すれば、もうそれだけでファンは喜ぶなんて安易な考えで毎年ゴジラ映画を製作してきた東宝とは志が違うのである。
『ガメラ 大怪獣空中決戦』は東宝黄金時代の怪獣映画にオマージュを捧げたシミュレーション映画。実際ラストシーンで少年時代の感動を蘇られせてくれた。
『ガメラ2 レギオン襲来』は戦争映画。自衛隊が怪獣とどのように戦うか。その決戦は前日から翌日早朝までの時間経過とともに詳細に描かれた。
『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』は怪獣に仮託された少女たちの擬似恋愛映画。怪獣被災の問題を前面に押し出した映画でもある。台風、大雨の中の、あるいは京都駅舎内の二大怪獣の戦い。ヴィジュアルはいつも新しい。
 自分の中ではそういう括りになっている。
 もうひとつ、金子監督のスケベ心がヒロインの登場するカットのいたるところに垣間見られることも楽しみだった。こう書くと語弊があるか。新人女優を魅力的にさせ、映画の中で際立った存在にさせるのだ。中山忍(「大怪獣空中決戦」)、水野美紀(「レギオン襲来」)、藤谷文子、前田愛(「邪神〈イリス〉覚醒」)。皆凛々しくて美しい。
『邪神〈イリス〉覚醒』ではまだブレイク前の仲間由起恵がイリスに襲われ、ミイラ化して絶命するくだりがある。

 とにかく怪獣映画に興味ない人もだまされたと思って一度観てほしい。




スポンサーサイト
 先々週、TV放映されたので、リハビリを兼ねて劇場公開時のレビューを夕景工房から転載する。
 クライマックスの愛の語らいは観ていられない。
 とはいえ、映画が大ヒットした要因は、このシークエンスが感動を呼んだからなのだろう。

          * * *

2006/07/12

 「LIMIT OF LOVE 海猿」(品川プリンスシネマ)

 もうとっくに上映が終了したと思っていた「LIMI OF LOVE 海猿」が品川でレイトショー公開されている。先週知っていてもたってもいられなくなった。

 1作めの「海猿」は、一般上映終了後だったか、サンシャイン劇場の特別上映会のチケットをもらった。にもかかわらず、イマイチ一人で行く気になれず、そのままに無駄にしてしまった。当然TVシリーズも観ていない。そんなわけで、この映画第2弾にも興味がわかなかった。プロット自体は面白そうだった。が、何度か目にした予告編は少々泣きの要素が入っていてその臭さが気になった。本当なら無視してしまうところなのだが、口コミの評判がやけによくて気になってしかたなかった。

 思えば海上保安庁官(ダイバー)たちの活躍を描く物語なのだから、プロフェッショナルな男たちの動きが堪能できるわけだ。

 前作もTVも観ていないので、話がわかりづらかったらどうしようという心配もなくもなかったが、ストーリー自体は独立したもので、「海猿」初心者(?)でも十分楽しめる内容だった。
 鹿児島沖で座礁した大型フェリーの救助活動をとおして、若き海上保安官(伊藤英明)の愛と勇気を描く海洋サスペンス。
 ストーリー、ヴィジュアル、ともに日本映画ではあまり類を見ない、また成功しそうにないジャンルの映画であるが、見事堂々たる重厚な作品に仕上がっていた。
 もちろんストーリー的には、ご都合主義も垣間見られる。

 クライマックス、船外に脱出するため、主人公は要救助員二人を連れて20メートル強の梯子をのぼらなければならない状況。主人公は大腿部を負傷して歩けない男を背負い、妊婦を先に自分がフォローする形で登りはじめる。半分ほど登ったところで、フェリーが大きく傾き、その衝撃で妊婦が転落、と思ったら、主人公が片手でキャッチ。もう片方の手だけで、背中の男と妊婦を支えるのである。心拍数が上昇する、それこそ手に汗握るシーンを固唾を呑んで見守っていると、力つきて梯子のパイプを握る手を放してしまう……

 フェリーはあっというまに沈没。しばらくは海の底。
 その前に動けなくなってその場に残った後輩を含め、4人が助かるとはとうてい考えられない。いや、映画なのだから野暮なことはいわないとしても、どうしても腑に落ちないことがある。梯子の高さは少なくとも10m以上あった。そんな高さから落ちたらどうなるか。3人に何の怪我もないことが不思議でたまらないのだ。なにかしらのエクスキューズが必要だろう。沈没したフェリーの中で、息のできる空間があるというものとってつけたような設定だった。

 恋人(加藤あい)と携帯電話を通じて愛を語らうのはいいのとして、それがスピーカーを通じて至るところで音声が流れるというのは、やりすぎだろう。人はこういうところに涙するのか。僕にはどうにも理解できない。予告編でまさに引いたのはこのシーンだった。その後の上層部に直訴して救助しにいく隊員たち、とくにリーダー石黒賢の表情に胸が熱くなったのだけれど。
 でも、まあ、構成、状況説明を〈画〉で的確に見せてくれる演出を特筆したい。そしてなにより迫力あるVFX。傾いたフェリーはCGなのだろうが、まったく違和感なく観ていられた。あるいはヒロインの横をすれすれに飛んでいくヘリとか。そして船が徐々に傾いていく際の軋み音の効果的な使用。これが怖かった。
 
 何よりどんな緊迫感あふれるシーンにも適度なユーモアをまぶしているところに好感を持った。船内に取り残される一般人、大塚寧々と吹越満のキャスティングが光る。
 「ポセイドン」より数倍面白い。観終わった後に心に残るsomethingの有無だと思う。

 このスタッフで「亡国のイージス」が撮られていたら……
 この感覚で、新作ウルトラマンの特捜チームを描ければ……

 映画の後、入口の喫煙コーナーで紫煙をくゆらしながら、そんなことを考えてしまう私であった。




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
私家本「僕たちの赤い鳥ものがたり」
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」

神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。遊びにきてください。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Page Top