★10月

 「ソロモンの偽証 第Ⅰ部」(宮部みゆき/新潮社)

 「ソロモンの偽証 第Ⅱ部」(宮部みゆき/新潮社)

 「ソロモンの偽証 第Ⅲ部」(宮部みゆき/新潮社)

 ある種のファンタジーだろう。中学生たちがほとんど独力で、つまり大人たちの力を借りずに、こんな完璧に裁判ができるわけがない。
 作者らしいストーリーテラーぶりで夢中でページを繰ったのだが、ラストで失速してしまった気がする。
 読書中に映画化を知った。「模倣犯」みたいな出来にならないことを祈る。


 「小説吉田拓郎 いつも見ていた広島 ダウンタウン物語」(田家秀樹/小学館文庫)

 拓郎がコロムビアフォークコンテンストを受けるくだりで後藤悦治郎さん率いるフーツ・エミールが登場する。案の定、フルーツ・エミールとなっていた。


 「みずいろメガネ」(中野翠/毎日新聞社)


 「ザ・タイガース 花の首飾り物語」(瞳みのる/小学館)

 「花の首飾り」の原詩がどういうものか初めて知った。ほとんど補作のなかにし礼のオリジナルなのだ。


 「木枯し紋次郎(九) 三途の川は独りで渡れ」(笹沢左保/光文社文庫)


 「監督ばか」(内藤誠/彩流社)


★11月

 「本当は怖い洋楽ヒットソング」(太田利之/ヤマハミュージックメディア)

 YouTubeで検索しながら読んだ。訳詩が下手でほとんど飛ばした。


 「思い出のアメリカテレビ映画」(瀬戸川宗太/平凡社新書)


 「今日も元気だ映画を見よう 粒よりシネマ365本」(芝山幹郎/角川SSC新書)


 「あかんやつら」(春日太一/文藝春秋)

 映画にすれば面白いのに。


 「東映ゲリラ戦記」(鈴木則文/筑摩書房)

 雑誌連載時、毎月の楽しみだった。
 単なる偶然なのだが、「あかんやつら」、「東映ゲリラ戦記」と続けて読んでとても良かった。ロングによる東映の誕生から現在までの歴史を学んだあと、クローズアップによる東映個人史を読むということで。


 「木枯し紋次郎(十) 虚空に賭けた賽一つ」(笹沢左保/光文社文庫)


 「木枯し紋次郎(十一) お百度に心で詫びた紋次郎」(笹沢左保/光文社文庫)


 「ザ・タイガース 世界はボクらを待っていた」(磯前順一/集英社文庫)

 タイガースの上京、デビューから解散までを、どうしても赤い鳥を比べてしまう。


 「ゴジラの時代」(八本正幸/青弓社)

 個人史を挿入しながらのゴジラ(東宝特撮)シリーズ史。第一作からミレニアムシリーズ最終作までを綴る。特撮怪獣ファンなら誰でも書きたいのではないか? ほとんど得心するのだが、ピーター・ジャクソン監督版「キング・コング」を認めていないのはちょっとショック。 


 「皆殺しの映画通信」(柳下毅一郎/カンゼン)

 本書における著者は当たりやみたいなものだ。つまらなそうと思ったら観なければ良い。にかかわらず劇場に足を運ぶということはネタにならるからだろう。この手の映画を本当に撲滅するには完全無視がよろしい。


 「木枯し紋次郎(十二) 奥州路・七日の疾走」(笹沢左保/光文社文庫)

 初の長編!



★12月

 「つなわたり」(小林信彦/文藝・2014年12月号掲載)


 「プロジェクト魂 本気で仕事に打ち込む幸せ」(結城崇史/WAVE出版)

 NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」のVFXプロデューサーを担当した著者の当時の思い出話による仕事論。いいよなぁ、仕事に打ち込んで幸せになれるなんて。


 「悪の教典」(貴志祐介/文藝春秋)

 三度目の読書。図書館の棚に短編を収録した新書版があったので、あわてて借りてきた。
 何度読んでも面白い。面白いけれど、リアリティはない。この作者のピークは「新世界より」なのだろう、いまのところ。


 「ハリウッドと日本をつなぐ」(奈良橋陽子/文藝春秋)


 「木枯し紋次郎(十三) 人斬りに紋日は暮れた」(笹沢左保/光文社文庫)


 「木枯し紋次郎(十四) 女の向こうは一本道」(笹沢左保/光文社文庫)


 「映画の奈落 北陸代理戦争事件」

 ラストで目頭が熱くなるとは思わなかった。名もないやくざもんが活写されていて愛おしくなってしまう。


 「木枯し紋次郎(十五) さらば峠の紋次郎」(笹沢左保/光文社文庫)

 今年の目標を達成しました!


 「ぼくの歌・みんなの歌」(森達也/講談社文庫)

 面白い。洋楽の訳がうまい。「本当は怖い洋楽ヒットソング」の著者に読ませたい。でも、「竹田の子守唄」に関しては?である。「放送禁止歌」以降、紙ふうせんの生演奏を聴いたことがないこともわかった。来年の3月東京でコンサートがあるので、ぜひ聴いてください。ほんと、招待しても良いと思っています。


 「どんでん返し」(笹沢左保/双葉文庫)

 すべて会話によるミステリー6篇。「木枯し紋次郎」で会話による状況説明をしてしまう作者ならありうるだろうと思わせた。


 「美雪晴れ みをつくし料理帖」(高田郁/ハルキ文庫)

 シリーズ第8弾。6月に図書館に予約して借りられたのは12月。すごい人気。最終巻を予約したが、読めるのはいつだろう?




 
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★7月

 「角川映画 1976-1986 日本を変えた10年」(中川右介/KADOKAWA)

 わが青春の角川映画って言ってもいいかもしれない。「犬神家の一族」から角川3人娘が大ブームを呼んでいるころまで、10代半ばから20代前半まで夢中で角川映画を追いかけていた。観たいと思わせる映画を作るところが、プロデューサー角川春樹のすごいところだ。監督としての才能は?だけど。


 「書名失念」

 手帳に記入するのを忘れ、書名がわかりません。


 「社長は労働法をこう使え!」(向井蘭/ダイヤモンド社)


 「歌謡曲 ――時代を彩った歌たち」(高護/岩波新書)

 昭和の歌謡曲を知るために手にとった。


 「代官山コールドケース」(佐々木譲/文藝春秋)

 「地層捜査」に続く、東京の街を舞台にしたミステリ(警察小説)第2弾。


 「技斗番長 活劇映画行進曲」(高瀬将嗣/洋泉社)

 映画「ビーバップハイスクール」が観たくなった。


 「ボクのつぶやき自伝 @yojikuri」(久里洋二/新潮社)

 ツイッターと読み物として活用しているのは談四楼師匠だけかと思っていたら、先駆者がいた!


 「増補 談志が死んだ 立川流は誰が継ぐ」(立川談志+落語立川流一門/講談社)

 そりゃあ、志らく師匠なんではないでしょうか? 家だけでなく名前だって。


 「別冊映画秘宝 衝撃の世界映画事件史」(洋泉社)

 第一部はロジャー・コーマン特集。第二部が読みたくて借りてきた。


 

★8月

 「雪村いずみ物語」(大下英治/平凡社新書)

 地域のNHKが主催、ケーブルテレビが共催する「青春の歌声コンサート」なるイベントがある。紙ふうせん・雪村いずみ・合田道人出演による50代以上を対象とした歌声喫茶風のコンサートだ。
 けっこう胸にくるものがあった。
 これまで苦手だった雪村いずみの声に瞠目した。YouTubuで昔の歌唱が聴いたがとんでもない迫力だった。
 で、雪村いずみの歌手人生に興味を抱いたという次第。

 

 「コント馬鹿」(吉川潮/芸文社)

 吉川潮は、ユートピアのホープに関して一度短編を書いている。今度は長編だ。


 「深追い」(横山秀夫/新潮社)


 「さようなら 昭和の名人名優たち」(矢野誠一/日本経済新聞出版社)


 「人質」(佐々木譲/角川春樹事務所)

 道警シリーズ第6弾。


 「東京プカプカ」(中野翠/毎日新聞社)

 サンデー毎日連載のエッセイは立ち読みだけでよい。そう何度も思うのに図書館の棚で新刊を目にすると読んでしまう。読みながら、特有のフレーズにムカムカしている。嫌なら読まなければいいのに、全体的には得心するのでしかたない。


 「藤子・F・不二雄の発想術」(ドラえもんルーム 編/小学館新書)


 「サムライ 評伝三船敏郎」(松田美智子/文藝春秋)

 元夫、松田優作の次は日本が世界に誇る名優を取り上げたというわけか。



★9月

 「泣き童子 三島屋変調百物語 参之続」(宮部みゆき/文藝春秋)

 三島屋変調百物語シリーズ第三弾。


 「金魚のひらひら」(中野翠/毎日新聞社)


 「別冊映画秘宝 オール東宝怪獣大図鑑」(洋泉社)


 「オールバックの放送作家 ―その生活と意見―」(高橋洋二/図書刊行会)


 「自分史ときどき昭和史」(山藤章二/岩波書店)


 「ゴジラのトランク 夫・本多猪四郎の愛情、黒澤明の友情」(本多きみ/宝島社)


 「テアトル東向島アカデミー賞」(福井晴敏/集英社文庫)


 「黒澤明の十字架 戦争と円谷特撮と徴兵忌避」(指田文夫/現代企画室)


 「映画の神様ありがとう ~テレビ局映画開拓史~」(角谷優/扶桑社)


 「日本のフォーク完全読本」(馬飼野元宏/シンコーミュージック)


 この項続く




★4月

 「もう一度天気待ち」(野上照代/草思社)

 オリジナル本は既読。自伝的な部分はカットして、その代わりに黒澤明や三船敏郎の思い出話を追加。


 「冷血(上下)」(高村薫/毎日新聞社)

 実際の、世間を震撼させた殺人事件をモチーフにしたことで「レディ・ジョーカー」の世界再びの期待は下巻で砕かれた。こうきたか!
 

 「黒澤明と『赤ひげ』」(都築政昭/朝日ソノラマ)

 シリーズ最終作。


 「テレビアニメ魂」(山崎敬之/講談社現代新書)

 東京ムービーの文芸室員として(その後フリーのプロデューサー)、数々のTVアニメに携わった著者による、アニメ制作の裏話、トリビア話。視聴率がよくても打ち切られてしまうなんて、スポンサーとは何なんだ?



★5月

 「僕の音盤青春期 1971-1976」(牧野良幸/音楽出版社)

 イラストと文章によって、中学から高校時代にどのような音楽に触れてきたかが綴られる。同世代だから面白くないわけがない。


 「残月 みをつくし料理帖」(高田郁/ハルキ文庫)

 シリーズ第8弾。人気作だから図書館で借りるのがとんでもなく時間がかかる。


 「時代劇の見方・楽しみ方 時代考証とリアリズム」(大石学/吉川弘文館)

 大石学って大石慎三郎の息子ではなかったのか。ずっと親子で大河ドラマの時代考証を担当している学者だと思っていた。


 「夢でまた逢えたら」(亀和田武/光文社)

 蓮舫がどんなに上昇志向が強くてイヤな女なのか、がよくわかる。


 「まんがと図解でわかる7つの習慣 別冊宝島」(スティーブン・R・コヴィー/宝島社)


 「幻夏」(太田愛/角川書店)

 「犯罪者 クリミナル」の主人公たち3人が再登場。もしかして作者は本作品を書きたくて、「犯罪者」で小説家デビューしたのはないか? 「ウルトラマンダイナ/少年宇宙人」に心打たれた人は必読のこと。


 「倶楽部亀坪」(亀和田武・坪内祐三/扶桑社)

 坪内さんって、いったい何冊の本をだしているのだろうか?


 「木枯し紋次郎(七) 木枯しは三度吹く」(笹沢左保/光文社文庫)

 2000年、初めて読んだ紋次郎が本書だった。
 レビューは次のとおり。「木枯し紋次郎」は第一期シリーズのみDVDボックスを購入している。


     ▽
2000/08/25

 「木枯し紋治郎(七)木枯しは三度吹く」(笹沢左保/光文社文庫)

 今年6月、CSで市川崑監修・監督の傑作時代劇「木枯し紋治郎」が一挙放映されたという。もちろんわが家では観られない。市川監督作品を集めたLDが発売されたがすでにDVDの時代で今更LDを購入する気もない。
 利用するビデオレンタル店には2話収録のビデオが3巻おいてあって、何度か鑑賞済みだ。
 かつての映像ばかり追い求めていたわけだが、ふと原作の世界はどんなものだろうかと考えるようになった。江戸時代に興味をもつようになってから、時代小説にも触手をのばすようになった僕としては当然の帰結か。
 とりあえず図書館で借りようとしたら、川口も羽田も棚に一冊もない。「帰って来た」シリーズならあるのだが、旧シリーズが見当たらない。不思議なことに書店にも古書店にもないのである。
 で、やっと何軒も廻った末に川口駅近くの初めて行く古書店で見つけたのが本書だった。
 第一巻から読みたいけれどシリーズ自体一話完結のどこから読んでも問題ないらしいので、買ってきた。なんたって100円なんだから。

 笹沢左保の小説は初めての体験だ。
 小説を読むとTVシリーズがいかに原作のイメージに合った作りになっていたかわかる。紋次郎はまさしく中村敦夫しか考えられないし、文体からは芥川隆行のナレーションが聞こえてきそうだ。  
 4編が収録されている。表題作「木枯しは三度吹く」のほか、「唄を数えた鳴神峠」「霧雨に二度哭いた」「四度渡った泪橋」。
 最初の「唄を数えた鳴神橋」では紋次郎の死を予感させる終わり方をする。解説を読むと、作者はこの話でシリーズを完結させようとしたらしい。しかしファンが許すわけもなく、続く「木枯しは三度吹く」で再スタートをきったとのこと。
 ミステリの作りは予想していたとおり。どんでん返しによる驚愕のラストはだいたい最初の伏線でわかってしまうのがちょっとものたりないか。でもくせになりそう。
     △

 「あまちゃんはなぜ面白かったか」(小林信彦/文藝春秋)

  小林信彦ファンではなくて、週刊文春の1年間のエッセイをまとめた本だということも知らない、単純に書店の棚で書名を見て購入した人の中には、看板に偽りありだと怒りだす人もいるんだろうな。



★6月

 「木枯し紋次郎(八) 命は一度捨てるもの」(笹沢左保/光文社文庫)


 「昭和三十年代の匂い」(岡崎武志/ちくま文庫)

 著者は2歳上。子ども時代に2歳の差は大きい。巻末の岡田斗司夫との対談でわかった。関西と群馬の子ども文化ってけっこう似ているところがある。

 
 「偏屈系映画図鑑」(内藤誠/キネマ旬報社)

 著者について、個人的には、80年代に桂千穂とコンビを組んでさまざま映画シナリオを手がけた人というイメージが強い。興味深い本なのだが、文章から、自分の友人・知人にはこんな偉い人がいるんだぜ的な自慢話が垣間見えてしまうのは、気のせいだろうか。


 「歌謡曲から「昭和」を読む」(なかにし礼/NHK出版新書)

 若い頃、歌謡曲を莫迦にしているところがあった。作詞なんて誰にでもできらあなんて。そんな中学時代の私に本書を読ませたい。


 「人造人間キカイダー The Novel」(松岡圭祐/角川文庫)

 公開された映画がちょっと残念だったので、原作(とは映画にクレジットされていなかったが)を読んでみた。映画よりは世界感が理解できた、かな。


 「別冊映画秘宝 実相時昭雄研究読本」(洋泉社)

 ムックの形で実相寺監督の研究書が上梓されるとは思わなかった。特撮だけに限定されていないところが良い。


 「怪獣使いと少年」(切通理作/宝島社文庫)

 「昭和三十年代の匂い」とともに、地元のブックオフで購入した。単行本は上梓されたときにすぐに買い求めて読んでいる。


 この項続く




 山篭りしても読書だけは続けていた。でないと自分が自分でなくなってしまうので

          * * *

★1月

 「帰ってきた紋次郎 悪女を斬るとき」(笹沢左保/新潮社)

 今年は「木枯し紋次郎」シリーズを読破しようと決めた。本当は第一期の四巻から読み始めたかったのだが、図書館で見当たらなかったので、再開シリーズの1冊を。


 「伸びる女優、消える女優」(小林信彦/文春文庫)

 山篭りするとともにもう週刊文春のエッセイ集の新刊は買わないようにしようと思った。立ち読みだけにとどめようと。文庫も同じ。12年、13年はそれですんだ。14年になってすぐに反省した。単行本買いました。ついでにこれまで出版された文庫本も。


 「黄金を抱いて翔べ」(高村薫/新潮社)

 高村薫は、これまで小説を読んで映画(あるいはTV作品)を観ていたが、これは公開からずいぶん遅れてDVDを観て、けっこう来るものがあって、小説をあたった次第。


 「オリンピックの身代金」(奥田英朗/角川書店)

 テレビ朝日のスペシャルドラマを観てから、もう一度原作をあたろうと思っていたところ、やっと図書館の棚で見つけた。


 「木枯し紋次郎(四) 無縁仏に明日をみた」(笹沢左保/光文社文庫)


★2月

 「小林信彦 萩本欽一 ふたりの笑タイム 名喜劇人の横顔・素顔・舞台裏」(萩本欽一・小林信彦/集英社)

 御大には、欽ちゃんの評伝を書いてもらいたかったのだけど、満足しました。


 「木枯し紋次郎(五) 夜鳴石は露に濡れた」(笹沢左保/光文社文庫)


 「黒澤明と『天国と地獄』 ドキュメント・憤怒のサスペンス」(都築政昭/朝日ソノラマ)

 都築さんの最初の黒澤本を愛読した者として、このシリーズは噴飯ものでした。やはり読まず嫌いはよくない。


 「木枯し紋次郎(六) 上州新田郡三日月村」(笹沢左保/光文社文庫)


 「黒澤明と『用心棒』 ドキュメント・風と椿と三十郎」(都築政昭/朝日ソノラマ)


 「笑いの花伝書」(滝大作/講談社)

 UFOのTVディレクターが矢追純一だとすると、笑劇のTVディレクターが滝大作、でしょうか。


 「旧怪談 ー耳袋より」(京極夏彦/メディアファクトリー)

 本当に怖いの? 古文の勉強にぴったりだとは思う。とばしたけど。


 「落語家の通信簿」(三遊亭円丈/祥伝社新書)

 志らく師匠、なぜそんなにムキになるんですか。


★3月

 「最後のクレイジー 犬塚弘 ホンダラ一代、ここにあり!」(犬塚弘+佐藤利明/講談社)

 書店の棚で本書を見つけたとき、書名に得心することしきり。


 「密売人」(佐々木譲/角川書店)

 道警シリーズはまだ続いていた。


 「放送禁止映像大全」(天野ミチヒロ/文春文庫)

 この単行本、読んでいるような……。


 「黒澤明と『七人の侍』」(都築政昭/朝日文庫)

 このシリーズすっかりクセになってしまって。図書館に単行本がなかったけれど、文庫があったので。読めば映画が観たくなる。


 「黒澤明と『生きる』 ドキュメント心に響く人間の尊厳」(都築政昭/朝日ソノラマ)


 「犯罪者 クリミナル (上下)」(太田愛/角川書店)

 平成ウルトラマンシリーズで名作、佳作を連打したシナリオライターが小説を書いた! 少々長いけれど、読後感は心地よい。


 「沈黙の町で」(奥田英朗/朝日新聞社)

 朝日新聞連載時は毎日の楽しみだった。終了時に似たような事件が起きて驚いた。あっけない終り方はその影響でないだろう。

 この項続く




 承前

 花見(吟行)タイムの後は文化会館見学だ。
 西武庫公園からバスに乗り文化会館近くの停留所で降りる。しばらく住宅街の中を歩いていく。この住宅街の中に後藤宅があったとのこと。すると大村崑宅もこの近所だったのか。

 児童公園が見えてきて、その向こうに青い屋根があった。
 見学と聞いていたので、かつて自分がそうしたように建物を外から眺める程度だと思っていた。
 文化会館という名の公民館。外観は普通の民家のようだ。あれっ? 後藤さん、平山さんが中に入っていった。中も見学できるのか! 

 中はけっこう広かった。玄関を入るとすぐ左が事務室だ。後藤さんが年配の事務員に話しかけた。それでわかった。ちゃんと予約していたのである。
 通路をそのまままっすぐ行くと右が講堂だ。靴を脱いでスリッパに履き替える。講堂は学校の体育館を小さくしたような作り。ちゃんと壇上まである。グランドピアノも。
 皆で壁際に畳んである折りたたみテーブルを組み立てて三角形みたいなロの字(?)に並べた。手のあいている人はしまってあるパイプ椅子を人数分取り出してテーブルに押し込んだ。
 セッティング終了。
 壇上を背に後藤さんと平山さんが座り、そのほかをメンバーで埋める。
 後藤さんが言った。
「じゃあ、最初に亡くなった山本俊彦くんに黙祷します」
 1分間の黙祷。

 確かに、団塊の世代で亡くなった人たちがいる。たとえばGSの方々。カーナビーツのアイ高野、モップスの鈴木ヒロミツ、ジャガーズの岡本信。ショックだった。そのショックをまさか赤い鳥のメンバーで受けるとは思わなかった。考えたこともなかった。
 心の中で合掌した。

 黙祷のあとは、吟行のまとめ。
 提出された俳句を平山さんが用紙に書き写し、それを回覧して、良いと思うものをチェックしていく。
 いや、その前に桜湯があったか。
 後藤さんが、桜の花びらを湯飲み茶碗に入れてお湯を指していく。飲んでみるとしょっぱい。桜湯というものが初めての体験だったので、後藤さんに訊ねると、桜の花はあらかじめ塩漬けされているという。

 そして、後藤さんの赤い屋根の家コンサートの思い出話。
 それで終わりかと思ったら、ギターを取り出した。
 えええェー!
 Sさんが持っていたギターって後藤さんのだったのか。

 マイクなしで「竹田の子守唄」。平山さんのネンネンヤーが講堂に響き渡る。それから「Hey!」。初めて知ったのだが、「Hey!」は赤い屋根の家コンサートのテーマソングだった。
 そんな歴史があったのか。個人的には紙ふうせんのデビューシングル「いかつり唄」のB面、ファーストコンサートの1曲目という印象だったので。
 やっぱり来てよかった。
 会館の事務員の人たちも椅子に座って聴いていた。

 
 その後、駅近くの中華料理店に移動して交流会最後の締め。俳句の選評会というわけだ。
 自慢じゃないけれど、って自慢なんだけど、私の句が四点句(全部で五句)に選ばれた。
 これでトラウマから脱出できるか。
 
 例年4月、5月に開催されるシークレットライブは今年7月に行われた。会場はこの武庫之荘・文化会館。参加したかったけれど、その日はどうしても休めない行事があって、泣く泣く諦めた。




 承前

 赤い鳥の再結成はない。もうずいぶん前から思っている。山本さんが亡くなって絶対ありえないことになってしまった。その喪失感。ジョージ・ハリソンの訃報を知ったときの感覚が甦った。

 参加者が揃ったところでバスに乗って最初の目的地・西武庫公園へ向かう。いや、一人、来ない人がいたんだっけ。携帯の留守電に先に行く旨を入れていざ出発。
 西武庫公園。字面から西武電車、西武バスの車庫がある公園だと思えてならない。
 
 かなり広い公園だった。日比谷公園とか新宿中央公園みたいなイメージだ。
 桜は三分咲き、五分咲きといった感じ。とはいえ、ついこの間まで桜のさの字も見当たらなかったので、桜が咲いていることに驚いた。
 赤い鳥が練習にいそしんだ場所、池の近くの桜の木のそばにブルーシートを敷いて、用意してきた日本酒、つまみ類を広げた。
 この花見、単なる飲み食いだけの宴ならいいのだが、俳句を作らなければならないところがつらい。

 後藤さんの趣味の一つが俳句である。城戸跣(しろと・はだし/玄人はだしならぬ素人はだし)なる俳号を持っているほど。なので、イベントで行われるゲームの類に俳句絡みのものが取りあげられている。
 で、僕はといえば俳句作りが大の苦手ときている。
 中学の国語の授業で俳句を作ったことがあった。最後に先生が提出された俳句を一句づつよみあげて、クラスの皆に良いと思ったら挙手させて優秀賞を選出するというものだ。自分の俳句には誰も手を挙げなかった。とんでもなく恥ずかしかった。以来俳句作りはトラウマになった。
 そんな個人的な思いなんてどうでもよくて。

 後藤さんから出たお題(季題)は「桜」。2句を提出しなければならない。
 日本酒の入ったビニールコップを片手に、あれこれ考えるが何も浮かばない。ああ、やっぱり俳句は苦手だ。まわりでは皆が楽しそうに頭をひねっている。吟行に慣れている様子だ。
 空を見上げる。桜の向こうにジェット機が飛んでいった。
 関西人には親しみのある紙ふうせんの歌が頭をよぎった。15年間「おはよう朝日です」の主題歌に使われた「朝(あした)の空」だ。

 出来た。
 西の空すきま桜にジェット音

 この項続く




 3月29日の昼過ぎ、僕は一人阪急神戸線武庫之荘駅の改札口を出た。
 この日、紙ふうせんFCの交流会が開催されるため、9時13分東京駅発のぞみ159号に飛び乗って待ち合わせ場所に駆けつけたのだ。30分ほど早く着いたため、駅前にはまだ誰もいない。書店があったのでしばらく立ち読みで時間をつぶした。

 FC交流会は紙ふうせんのおふたりとファンの交流を目的に毎年行われているイベントで、ハイキング、ボウリング大会、旅行等、毎回趣向が変わる。
 対象は関西の会員であるが、10年ほど前からは、不定期ではあるが関東の会員向けにも開催されるようになった。紙ふうせんが仕事で上京されるスケジュールに合わせて、昼食会が開かれている。この6月には、40周年記念アルバム発売、来年3月の東京リサイタルに向けて、東京事務所時代のスタッフ合同の交流会が開催された。

 いつもの交流会だったら関東から参加することもなかった。しかし、今回の企画はちょっと変わっていて興味ひくものだった。赤い鳥がアマチュア時代によく練習した西武庫公園で花見(吟行)をしてから、あの〈赤い屋根の家〉を見物しようというのだ。

 1967年から2年間、後藤さんと平山さんたちは武庫之荘の文化会館で毎月フォークコンサートを開催した。文化会館の瓦が赤かったことから、〈赤い屋根の家コンサート〉と命名されたこの手作りコンサートで赤い鳥が結成されたことはファンの間では有名だ。
 もともと「後藤悦治郎&平山泰代」というデュオで伝承歌ばかりを歌っていたのだが、後藤さんがPPMに匹敵するようなグループを作ろうと、コンサートに出演する他のグループから新居さんや山本さんたちを引き抜いて男女混成のコーラスを主体とするグループを結成したのだ。

 この会館はある意味、赤い鳥ファンにとっては聖地ともいえる場所である。実際、もう何年も前になるが、六甲オリエンタルホテルで久しぶりに紙ふうせんのクリスマスコンサートが開催された翌日、一人でこの会館を見学したことがある。建物自体は昔のままだが瓦が青色になっていた。
 赤い鳥ファンの聖地は青い屋根の家に変わっていたのだ。

 そんな聖地を訪ねて、当事者からどんな思い出話が聴けるのか?
 僕が真っ先に駆けつけた理由がわかってもらえただろうか。

 書店から駅前に戻ると、次々と知った顔が集まってきた。
 改札口からIさんたち女性3人が現れた。振り返ると、反対側に後藤さん、平山さん、事務所デスクのK氏の姿が見えた。なぜかギターのケースを持ったSさんもいる。たぶんタクシーで来たのだろう。
 Iさんが駆け寄ってきて言った。
「山本俊彦さんが亡くなったのよ」
「うそっ!」
 思わず叫んでしまった。
 NHKのニュースで流れたという。
 この前、山本潤子さんが声の不調で無期限休業を発表したばかりなのに……
 こちらに歩いてきた後藤さんに確認した。
「山本さんが亡くなったこと、聞いています?」
「いいや」
 平山さんもやってくる。「どうしたん?」
 山本さんの訃報を伝えてから、iPadを持ってきたことを思い出し、急いでヤフーを開いた。
 出ていた。
     ▽
「フィーリング」などのヒット曲で知られたコーラスグループ「ハイ・ファイ・セット」のメンバー、山本俊彦さんが28日、死去した。67歳。――
     △
 平山さんにiPadを渡す。読み終わると後藤さんに渡す。
「運命感じるね」
 平山さんがつぶやくと、後藤さんが空を見上げた。
「トシも文化会館見たかったんちゃう? 来てるかもしれへんで」

 この項続く




 紙ふうせんFCでは会員に紙ふうせんベスト5の原稿を依頼している。私の順番が来て提出したのが以下の文章だ。
 自分で課したテーマは、「コンサート、ライブではほとんど披露されない隠れた名曲を出会った順に」。
 「ステージで披露される名曲」だと「紙風船」、「ささぶね」、「まつり」、「竹田の子守唄」、「いかつり唄」、「冬が来る前に」、「まつり」、「街を走りぬけて」あたりが思いつく。
 ちなみにこの5曲の中で「みんなで歌えるまえに」だけは一度も生で聴いたことがない。誰か歌ってないかとYouTubeを検索したら、某オヤジバンド+女性合唱団が、レコードと同じアレンジ(ほんと、そのまんま)で歌っているんですよね。感激しました。

 それから、「太地綾踊唄」の綾は〈きぬた〉と読む。綾踊(=きぬたおどり)なのである。もちろん歌詞に〈きぬた〉はでてくるのだが、LPの方では砧の文字があてられていなかったか? ですから、私、タイトルはずっと「ダイチアヤオドリウタ」と読んでいました。恥ずかしい。

          * * *

 「みんなで歌えるまえに」

 ファーストアルバム「またふたりになったね」のA面最初の「ささぶね」が紙ふうせんのテーマ曲だとすると、2曲めのこの歌は、赤い鳥から紙ふうせんになったおふたりの、ファンに向けたメッセージだと思っています。「船が帰ってくる」を初めて聴いたとき叫びました。「みんなで歌えるまえに」のアンサーソングじゃないか! 感激しました。どちらも後藤さんの作詞作曲。
 アルバム「またふたりになったね」には声高ではないメッセージがつまっています。名曲揃い。ほとんど後藤さんの手によるものですが、平山さんの「夜店のうた」も光っています。
 

 「木こりのわが子への歌」

 セカンドアルバム「愛と自由を」のB面最初のこの曲にガツンときました。平山さんの熱唱が心に響きます。2回目の「ミュージック・フェア」出演時に披露した「冬が来る前に」を聴いてシングルレコードにすればヒットするのにと勝手に思っていたのですが、この歌もそう。紙ふうせんが無理なら、歌唱力のある女性歌手がリリースしないかな、なんて。
 後年、クリスティーナとウーゴのオリジナルを聴くのですが、紙ふうせんバージョンの方が断然良いんですから。いや、オリジナルもいいんですけど、やはり慣れ親しんだアレンジ、平山さんのヴォーカルですから。オリジナルは男性の声が絡み、女性の語りも挿入されます。そんな歌を平山さんのソロでカバーにしたのは誰のアイディアなのでしょうか? ちょっとマカロニウエスタン調のアレンジが効果をあげていると思うのですが。


 「ONE MAN BAND」

 「Hobo's Lullaby」にインスパイアされたと思しき後藤さんのオリジナル。初の海外録音アルバム「Here With Me」に収録されていて、「紙風船」「まつり」とともに私のお気に入りの曲です。最初は英語詞なので、何も知らなければ洋楽?と勘違いする人もいるかもしれません。でもそこは後藤さん、中学生でもわかる単語ばかりで構成されていて、なおかつ情景が浮かんできます。
 「Hobo's Lullaby」を自身の訳詩で歌った「放浪者の子守唄」がそうだったように後藤さんのヴォーカルはアコースティックギターとの相性も抜群、心にしみいります。そして何より平山さんのハーモニー。後藤さんのヴォーカルには欠かせません。まるで雪の夜の暖炉のようだ。「街を走りぬけて」がそうだったように。


 「太地綾踊唄」

 伝承歌を特集したアルバム「リターン」に収録された1曲。「ONE MAN BAND」と対極のような後藤さんのヴォーカルはまさに漢! 紙ふうせんの伝承歌といえば「竹田の子守唄」「いかつり唄」「円山川舟唄」がポピュラーですが、個人的には赤い鳥時代の「もうっこ」とともに熱くさせてくれる1曲です。アレンジ次第でフォルクローレにもプログレにもなります。秋のリサイタルで初めて生で聴いたとき血が逆流しましたよ、ってちと大仰ですか。平山さん朗読の津村陽の小説とのコラボも印象的でした。
 ちなみに「リターン」に収録されている「円山川舟唄」は絶品ですよ。
 「リターン2」は夢のまた夢なんでしょうね。嗚呼。


 「青空と海」

 アルバムタイトルにもなっている、えひめ丸の犠牲者への鎮魂歌。「2001年アクエリアス」とともに平山さんのコンポーザーとしての資質がよく表れている1曲だと思っています。
 前奏がとてもヴィジュアル的で事故の模様が浮かび上がってきます。詞も平山さんですが、この歌の真骨頂は、鎮魂を言葉ではなく声(音楽用語で何て言うのかわからないのですが)で表現したところだと個人的には思っています。涙がでてきますから、本当に。
 ちなみにアルバム「青空と海」はジャケットも素敵です。胸キュンといいましょうか。CBSソニーの、通算4枚目のアルバム「フレンズ」を思い出しました。




 TVアニメ「科学忍者隊ガッチャマン」毎週の基本フォーマットは次のとおり。

 前半で事件が起こり、ガッチャマンたちが出動――

 ①5人が装着しているブレスレッドに「バード・ゴー」の掛け声をかけると、Tシャツ&ベルボトムのパンツの衣装がヘルメット&マントスーツに〈変身〉

 ②同時に操縦している個人メカ(G1号・小型飛行機、G2号・スポーツカー、G3号・オートバイ、G4号・装甲車)が最新鋭メカに様変わり

 ③G1号~G4号が、大型ジェット機みたいなG5号に格納されてゴッドフェニックスへ

 ④5人はゴッドフェニックスでギャラクターが放つ巨大メカ(鉄獣)と戦い、最後は科学忍法〈火の鳥〉で撃退

 メンバー5人やメカの変身には何の理由づけもない。それはともかく、こんな変身シーンをリアルな実写映像にするとなるとそれなりの予算が必要だ。でないと、東映の戦隊ものになってしまう。戦隊ものと変わらないのだったら何も往年の名作アニメ「科学忍者隊ガッチャマン」を実写映画化する意味がない。
 実際の人間が着たらちょっと恥ずかしいデザインの、あのコスチュームをどう処理するかという問題もある。

 タツノコプロ作品の映画化が企画されて、三池崇史監督がオファーされた。企画の中にはガッチャマンもあったが、きちんとした映画にするには巨額な制作費が必要だと、「ヤッターマン」を選んだという。正しい判断だと思った。

  「科学忍者隊ガッチャマン」はアクション+メカニック描写が肝となるTVアニメだったのだ。もし映画化するのであれば、この二つの要素は無視できない。無視したらガッチャマンではないのである。実写化となるとどれだけの制作費になるのか……。監督のSF、特撮センスも問われる。
 だから、三池監督の助言を聞いて製作は諦めればよかったのだ。あるいは実写化ではなくアニメ化にシフトするとか。

 ところが、製作委員会の幹事会社である日本テレビ(のプロデューサー)は映画化、それも実写化に固執した。となると、出資できる制作費にみあう内容にするしかない。そのため、社員ディレクターにメガホンをとらせた。社員ディレクターは社命に忠実だ。旬の若手俳優を揃えて恋愛ものに仕立て上げた。メカニックの要素はほとんど排除し、アクションもほんの飾りでしかない、フェイク映画を作ったというわけだ。

 最初から期待していなかったが、実写化に見合ったコスチュームのデザインと、予告編で見たゴッドフェニックのデザイン、主題歌に、少しは観られる作品になったのではないかと思ってしまった自分が恥ずかしい。




 1972年といえば、中学1年だった。特撮ヒーローやアニメといった番組から卒業する年齢だったので、ギャグアニメ「いなかっぺ大将」の後番組として、日曜日の夕方6時から始まる「科学忍者隊ガッチャマン」の印象はあまり芳しいものではなかった。あくまでもタイトルから受ける個人的なイメージであるが。
 まず〈科学忍者隊〉が野暮ったいと思った。忍者+隊がアナクロではないかと。当時アナクロなんて言葉は知らなかったけれど。〈ガッチャマン〉って何だよ? 何がガッチャだ、人をバカにしているのか!

 けっこう冷ややかに第一話を観始めたことを覚えている。
 番組が始まって冷ややかな気持ちは衝撃に変わった。
 ストーリー自体は大したものではない。この手のヒーローものでは定番と言えるものだろう。正義の科学忍者隊(5人)が力を合わせて悪のギャラクターが繰り出す巨大メカを倒す、というもの。瞠目したのはその描写だった。

 雨の中都市破壊するタートルキング(映画の後半に登場する巨大要塞の元ネタ)やゴッドフェニックス等のメカのディティール描写。爆発時の絵の美しさ、華麗さ。ディティールといえば、ゴッドフェニックスのコクピットモニターに映し出される映像(南部博士)の、下から上に流れる走査線にしびれた。
 当初はヒーローものの定番ストーリーが回が進むにつれて怒涛の展開になっていた。絵の美しさ、 メカニック描写、ドラマそのもの……。
 夢中になれたのはアニメだから、ともいえる。実写化してほしいなんて思ったことがなかった。

 90年代半ば過ぎ、SMAPが科学忍者隊に扮したTVCMが話題を呼んだ。特撮ファンの中で実写映画化を望む声が聞えてきた。ハリウッド映画並みの特撮映像に、期待を抱いたんだと思うが、僕自身は冷ややかだった。

 TVCM(15秒、30秒)にはいったいどれほどの制作費がかけられていると思っているのだ?
 計算したことがないけれど、映画に換算したらハリウッド並みの予算になるのではないか。もし本当に日本で「ガッチャマン」を映画化したら、CMみたいな映像はできないと思う。
 それくらいアニメ「科学忍者隊ガッチャマン」の設定は荒唐無稽だった。

 この項続く




 承前

 最終作「ゴジラ FINAL WARS」(2004年)は一種のお祭り、バカ映画だった。制作費20億円が無駄に消費されたという思いが強い。

 ミレニアムシリーズも平成シリーズ同様1954年の「ゴジラ」の直接の続編という体裁をとっており、「ゴジラの逆襲」から「メカゴジラの逆襲」までの世界観は〈なかった〉ことになっている(作品によっては「モスラ」や「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ゴジラ」等の世界観を共有するものもあるが)。

 にもかかわらず、その〈なかった〉ことになっている世界に存在するアンギラス、エビラ、クモンガ、ヘドラ、ガイガン等々が登場し、その中にミニラもいるのだ。しかもこのミニラ、最初は人間大の大きさで登場して最後に何の説明もなく巨大化してしまうのだから、この映画の立ち位置がわかるというものだ。
 東宝チャンピオン祭り時代のゴジラ映画を観て育った監督が好きなように作ったという映画である。この手の異色作を否定するつもりはない。しかし、これを50周年記念、シリーズ最終作として制作してしまうところが問題なのである。

 平成ゴジラシリーズ、ミレニアムシリーズがストーリー的、ドラマ的に袋小路に陥ったのは、監督やシナリオライターに要因があったと思えてならない。
 監督には原則東宝社員を起用する。東宝映画の作品なのだから、それも年間の制作本数が極端に少ないのだから社内のスタッフを起用するのは当然の帰結なのかもしれないが、作品的に向き不向きというものがあるだろう。
 これは84年版「ゴジラ」の監督起用で明らかだろう。

 シナリオも特定のライターに偏っている。さして面白くないにもかかわらず、毎回起用されるのはどういう理由によるのだろうか。内容よりも興行収入(観客動員数)が評価されるのだろう。「vsキングギドラ」「vsモスラ」の大ヒットが後のシリーズに及ぼした影響はとてつもなく大きい。
  平成ガメラ、平成ウルトラマン、平成仮面ライダーのシリーズではけっこう人材の交流があったはずだが。
 そういえば、その昔のクレージー映画は、クレージーのTV番組や作詞で活躍している放送作家を絶対スタッフに活用しなかったと読んだことがある。ある種の壁があったらしい。
 「大怪獣総攻撃」や「FINAL WARS」のスタッフ起用が特殊だったことがわかる。

 結局のところ、真のプロデューサーがいなかったというのが84年版「ゴジラ」から始まる平成ゴジラシリーズ(&ミレニアムシリーズ)の悲劇なのかもしれない。
 84年版「ゴジラ」では、古い船はもちろんのこと、なおさらのこと新しい船を動かせるのは古い水夫でないことがわかった。その後を継いだ水夫は新しいことは新しいけれど、古い水夫の教えをそのまま守り抜いたということか。




 承前

 1998年、ハリウッド製「GODZILLA」が公開された。
 ハリウッドでゴジラが製作されると知ったときは、もう日本製のゴジラ映画を観ることはできないのではないかと思った。制作費は日本のそれと桁が違う。そんな巨額な制作費によるVFXで描かれたリアリティあふれる巨大なゴジラや都市破壊を見せられたら、東宝のミニチュアセット、着ぐるみによる特撮なんて色褪せてしまうだろう。
 そうなっても仕方ないと思う自分がいた。そのくらい平成ゴジラシリーズには失望していたのだ。
 90年代半ば以降、映画ではガメラが、TVではウルトラマンや仮面ライダーが復活した。どれも新しい解釈による設定がなされ面白い作品になっていた。特に平成ガメラシリーズは、ドラマもビジュアルも平成ゴジラシリーズを凌駕していた。

 イグアナが核実験の影響で巨大化しただけのハリウッド製「GODZILLA」は不人気で、その結果、東宝は新しいゴジラシリーズ(ミレニアムシリーズ)に着手する。
 第一弾「ゴジラ2000ミレニアム」(1999年)はゴジラの造形や特撮(の一部)に見るべきところはあったものの、ドラマは平成シリーズ同様に、いやそれ以上に噴飯ものだった。
 続く「ゴジラ×メガギラス G消滅作戦」(2000年)は前作よりは良くなってはいるものの、快哉を叫べるレベルではなかった。とにかく、登場人物が皆薄っぺらく、ストーリーを語るためのコマでしかないのだ。これは平成シリーズから言えることだ。

 第三弾「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」(2001年)でやっと溜飲を下げられた。ゴジラの巨大さ、怖さを前面に押し出した作劇、人間の視点で怪獣バトルを描く特撮には格別のものがある。
 平成シリーズ、ミレニアムシリーズのほとんどの作品はビデオ(DVD)になってから観賞したことはないのだが、この作品だけは何度も借りている。
 が、そうこうするうちに思うようになった。モスラ、キングギドラが当初の設定(バラン、アンギラス)どおりだったら、作品的にはもっと面白くなったのではないか、と。やはりモスラ、キングギドラはミスキャストなのだ。

 第四弾、第五弾の連作「ゴジラ×メカゴジラ」(2002年)、「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS」(2003年)もビジュアル的に面白いところもあったが、もう一度観たい!という気持ちにはならない。
 結局のところ、ゴジラ映画は、ゴジラとモスラ、キングギドラ、メカゴジラで成り立っていたといえる。ミレニアムシリーズも平成シリーズと同じく最初はゴジラの対戦相手に新怪獣が考慮されるのだが、評判が悪いとなると、より一層の集客のため、モスラ、キングギドラ、メカゴジラが出演することになる。
 これではストーリー(ドラマ)も、ビジュアル(怪獣バトル)も同じようなものになって飽きがきてしまう。「大怪獣総攻撃」でモスラ、キングギドラはミスキャスト、というのは、まさしくゴジラ対モスラ、ゴジラ対キングギドラのバトルに食傷しているから夢中になれないということなのだ。

 この項続く




 承前

 5年後、復活「ゴジラ」の続編として「ゴジラvsビオランテ」が公開された。監督、特技監督が一新されてストーリーや特撮に新しい方向性が伺えたが(とはいえ、個人的には納得できるものではなかった、ゆえに観賞後その足で「バック・トゥ・ザ・フィーチャー」を観に行った)、会社が期待したほどの大ヒットにはならなかった。
 その後は過去の人気怪獣を登場させ、最新のランドマークを舞台にゴジラと戦わせるだけが売りの安易な作品ばかりになってしまった。
 「ゴジラvsキングギドラ」(1991年)、「ゴジラvsモスラ」(1992年)、「ゴジラvsメカゴジラ」(1993年)。この3作が大ヒットしたものだから、以降、キングギドラ、モスラ、メカゴジラは何かというと客演させられることになる。

 当時、確かにキングギドラやモスラの復活に心躍らせたものである。しかし映画鑑賞後は違和感ばかり覚えていた。
 まずドラマにノレない。ストーリーがひどすぎるのだ。
 たとえば「vsキングギドラ」は未来人がタイムマシンを使って過去を改竄、ゴジラをこの世から抹消しようとしたりキングギドラを誕生させたりする。タイムパラドックスの問題にはまったく触れず、展開はご都合主義の極致。ハリウッド映画を引用したショットのあまりに素人臭い演出、ビジュアルに萎えた。
 せめて特撮、そのビジュアルだけでも堪能したいのに、ミニチュアセットにおける着ぐるみの肉弾戦、ピアノ線による操演、それを神の視点だとかなんとか中途半端なアングルで狙うから怪獣の巨大さなんてまるで感じられなかった。
 「vsモスラ」はモスラ(幼虫&成虫)の造形にがっかりしたことを覚えている。

 昭和シリーズのゴジラは、「ゴジラ・モスラ・エビラ 南海の大決闘」で「あいつも悪気があったわけじゃないからな」と人間にお墨付きをもらってから以降、一気にアイドル化、ヒーロー化していく。「怪獣島の決闘 ゴジラの息子」ではミニラという子ども怪獣が登場する始末。
 その反省を踏まえて原点に返って恐怖の対象としてゴジラを復活させたはずなのに、同じ現象が平成シリーズでも起こるのだ。

 「ゴジラvsメカゴジラ」で登場したベビーゴジラは明らかに女性や子どもたちの人気を当て込んで設定されたものである。とはいえ、ゴジラザウルスという恐竜の幼体であり、そのスタイルもぎりぎり恐竜と言えるものだった。にもかかわらず、次の「ゴジラvsスペースゴジラ」に登場するリトルゴジラはかわいらしさを強調したマスコット然とした体形、まさに平成のミニラだった。
 ベビーゴジラがどう成長すればリトルゴジラになるんだ! リトルゴジラの造形に憤慨しているところに、登場人物の一人がラストに「あいつ(ゴジラ)はいい奴だった」云々と言うではないか。平成ゴジラシリーズを見限ったのはこのときだ。そんなわけだから、シリーズ最終作「ゴジラvsデストロイア」ではゴジラの死が描かれるとはいえ、何の感慨もなかった。
 当初の予定どおり「vsメカゴジラ」でシリーズを終了させていたら、平成シリーズの印象も変わっていたかもしれない。

 この項続く




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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