承前

 「羊たちの沈黙」の続編「ハンニバル」が上梓されたのが2000年。その前から映画化の話は聞こえてきて、それも監督がリドリー・スコットと聞いて歓喜したものである。ジョディー・フォスターがオファーを断ってしまったのは残念だったが。
 映画「ハンニバル」は2001年に公開された。

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2001/04/12

 「ハンニバル」(丸の内ルーブル)

 今年一番の期待作。  
 早々と前売券も購入し、先週ロードショーされてからは大ヒットを告げるTVCFを目にするたびはやる気持ちを押さえ、やっと今日足を運んだ。劇場は映画サービスデーでないにもかかわらずそれも平日でほぼ満員の状態だった。大ヒットを実感した。  

 率直な感想は〈キレはあるけどコクがない!〉の一言。  
 ただ、これはトマス・ハリスの原作を読んでいるからで、映画の出来は及第点だろう。  
 前作「羊たちの沈黙」は映画を観てから原作を読んだのだが、小説世界を遜色なく映像化している印象を受けた。小説にはない映像的なアイディアを活かす完璧な映画化といえた。  
 しかし今回上下2冊の原作をそのまま映像化できるわけがなく、登場人物を整理し本筋部分のみをうまくまとめているという印象。
 リドリー・スコット流の華麗なカメラワークは映画の前半、イタリア・フレンチェのロケシーンで発揮され、絵画、建築、オペラ等ヨーロッパ文化の優雅さをうまく醸し出している。
 残念なのは、潜伏しているレクター博士(アンソニー・ホプキンス)をはじめ、イタリア人の刑事までがすべて英語で会話していたこと。レクターは流麗なイタリア語をしゃべり、英語訛りのイタリア語、イタリア語訛りの英語が錯綜しなければ意味がない。日本人観光客の日本語がよく聞こえたのは皮肉。  

 オープニングで繰り広げられるヒロイン・クラリス(ジュリアン・ムーア)をリーダーとするFBI・SWAT混成チームの麻薬犯との銃撃戦。赤子を抱いた女ボスを射殺し、その決定的瞬間を新聞に撮影され窮地に追いやられるクラリスの苦悩も彼女を何かと敵視し裏でFBI失脚へ手引きする司法省査察次官補・クレンドラーの非道さもあっさりしすぎている。  
 かつてレクター博士によって顔の皮を剥がされ、下半身麻痺、見るも無残な姿にされた大富豪・メイスン・ヴァージャーの、レクターに対する復讐心以外に人格異常さを示すエピソードもほとんどない。(メイスンの奇怪な容貌は映画用にかなりアレンジされていたが蛇のような右目の無気味さが背筋を寒くさせてくれた)  
 この二人の悪人ぶりを徹底させないと、「羊たちの沈黙」と違って特異なヒーローになってヒロインを救う怪物レクターへの感情移入が中途半端になってしまう。だからクライマックス、レクターがふたりをそれぞれ死に至らしめるくだりでそれほどカタルシスが得られないのだ。  
 映像化不可能と思われた例のグロテスクな〈最期の晩餐〉シーンは最新の特撮技術でリアルに再現されかなりのインパクトではあったが、原作で驚愕したのは料理されることによって徐々に狂っていくクレンドラーの様子であり、それからすると物足りない。表現上の倫理的問題でもあったのだろうか。  
 クラリスに対するレクターの異常とも思える執着も、レクターの過去、幼い頃ナチの手で無残に殺された妹への憧憬が描かれていないからもうひとつぴんとこない。原作にあったレクターとクラリスの〈究極の恋愛〉部分を削除してしまったので当然の結果ではあるのだが(個人的にはこの官能シーンをぜひとも観たかった)。  
 小説とはあえて変えたラストは映画お得意の〈Ride to rescue〉を採り入れた。あと10分で警察がやってくる間にいかにしてレクターは屋敷から逃げ出すことができるかのサスペンスなのだが、これがまったく平凡な展開。「羊たちの沈黙」における息の詰まる逃亡劇に比べるとまるでとってつけたようなエピソードだった。続編を作れるように配慮したのだろう。
 トマス・ハリスが絶賛したというラストは小説の中盤にある旅客機のくだりをアレンジしたシーンを指しているのだ、たぶん。
 スチールで見る限りジュリアン・ムーアはミスキャストに思えた(この顔、僕はどうも苦手)が、映画の中ではそれほどの違和感はなかった。しかし、劇中で前作バッファロー・ビル事件に触れる会話になるとどうしてもジョディ・フォスターの容姿がかぶさってしまって困った。  
 だいたいラストを大幅に変更したこの映画にジョディ・フォスターの降板する理由がないではないか!映画に対する一番の不満はやはりそこにつきる。
     △

 翌年2002年にはソマリア内戦時の米軍が直面した実話を基にした戦争映画が公開された。

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2002/05/09

  「ブラックホーク・ダウン」(新宿プラザ)  

 ロードショーが10日で終了してしまうと知り、やはり劇場で観ることができないのかとすっかり諦めていたのだが、たまたま新宿に仕事で出かけることになって、そのまま最終回に足を運んだ。久しぶりの新宿プラザである。  

 1993年10月、ソマリアの内戦鎮圧のため〈平和維持活動〉の一環として派遣された米軍と地元民兵による類を見ない市街戦については確かそんなことがあったなあという程度の記憶しかない。  
 湾岸戦争にしてもこの間のアメリカのタリバン報復(アフガンへの絨毯爆撃)にしても、僕はニュースを真剣に見たり読んだりしない。関心がないというわけではないが、あるところでシャットアウトしてしまう。あまり考えると頭が痛くなってしまうからだ。この件を簡単に述べることができないので割愛するが。
 この映画も事件そのものに対する興味よりも監督がリドリー・スコットであることの方がウェートが高かった。  

 ソマリアへの救援物資を剥奪する軍事独裁政権の指揮者アイディード将軍を拉致する作戦の一つとして副官2名の誘拐を決行する米軍の尖鋭チーム。「任務は1時間で終了する」と軽い気持ちで現地に赴いた若い兵士たちはソマリア民兵の予想外の反撃にあい、激しくそして悲惨な銃撃戦に突入していく。  
 作戦は重甲車とヘリによる陸と空からの連携プレーで行われる。ヘリには2種類あって、一つがリトルバード、もう一つがブラックホークという名称。そのブラックホークの1機が敵の小型ミサイル(RPG)攻撃で墜落してしまうところから米軍チームが絶体絶命な状況に追いつめられていく。  

 とにかく銃撃戦の描写が半端ではない。全編ほとんど銃撃戦なのだから恐れ入る。  
 まったく笑えないパロディ映画「ホット・ショット2」のギャグでこんなのがあった。チャリー・シーン扮する主人公がマシンガン片手に敵方に対してとどめもなく連射する。発射された弾丸の数がカウンターよろしく画面に表示され、みるみる増えていき、「ランボー」の記録を突破! 「ターミネーター2」の記録を抜く! 新記録! とスーパーであおるのだ(映画のタイトルはうろ覚え)。それからするとこの映画の弾丸発射数の記録は二度と破られることはないのではないか。  

 ストーリーを追う余裕なんてない。観客は銃撃戦の目撃者でしかないのだ。  
 こちらの頭が悪いのか、味方の兵士(米軍)はみな同じ戦闘服、ヘルメットなので誰が誰だかわからない。もう呼び合う名前で判断するしかない。  
 そんな状況下で墜落したヘリの乗組員をどう救い出すか、あるいはいかに相手の攻撃をかわし、悪夢のような戦場から逃げのびるのか、把握することなんて無理である。激しい銃撃音に耳をふさぎたくなるわ、銃弾やRPGを浴びて死傷する兵士たちの無残な姿に目をふせたくなるわ、「なぜこんな映画観ているのだろう」と後悔することしきり。  
 映画の冒頭でアイディード将軍に武器を売る商人が米軍の指揮官に対して言う。 「これはアフリカの問題だ、アメリカが介入すべきではない」とかなんとか。  
 一見もっともらしい論理。3秒おいて「でめーらで解決できないから第三者がしゃしゃりでるはめになるんだろうが!」心の中で叫んでいた。 が、いつ終わるかわからない悲惨極まる銃撃戦の目撃者になるや、180度気持ちが変化する。
「もういいよ、やめようよ。もうこんなの嫌だよ。ソマリア人がどうなろうと知ったこっちゃない。餓死しようが、病死しようが奴らの好きにさせればいい。滅びるのも勝手じゃないか」
 目撃者から米軍の一人、当事者に様変わりする始末だ。  
 救出もままならず、一人敵と応戦する白人兵士は集団で襲ってくるこく黒人軍団をどう見たのか。黒人兵士は同じ肌の色を持つ人間が襲ってくることに対してどんな思いを抱いたのか。米軍側の作戦ミスについて現場の兵士たちのトップに対する不満は爆発しないのか。  

 リドリー・スコット監督の容赦ない地獄絵図の演出には感服した。オープニングとエンディングの語りがスマートだ。  
 映像も申し分ない。特殊撮影も多用されているのだろうがまったく見分けがつかなかった。銃撃戦が繰り広げられるあの街はすべてセットなのか。ヘリの墜落はどうのように撮影されたか。  
 アフリカの民族音楽をフィーチャーしたテーマ音楽(BGM)も効果的である。  
 しかし、二度は観たくない。もうたくさんだ。  

 もしこの映画がフィクションで、なおかつSFアクションものだったりしたらその残虐描写に批難ごうごうなんだろうな。「スターシップトゥルーパーズ」と「プライベート・ライアン」の評価の違いを見ればよくわかる。
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 この項続く




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 「エイリアン」が公開された1979年当時、リドリー・スコット監督はまだ新人の部類だった。ということに今驚いている。「ジョーズ」のスピルバーグ監督や「ターミネーター」のキャメロン監督は新世代という認識はあったのだが、リドリー・スコット監督に関してはあまり意識しなかった。その堂々とした作風からすでに中堅のようなイメージがあったような気がする。

 「エイリアン」は初めて指定席で観賞した映画である。大学1年の夏休み、郷里に帰る日に渋谷で観たのだが、あまりの混雑ぶりに嫌気して思いきって指定席券を購入したというわけだ。指定席で観賞した唯一の映画と言える。

 今の時代、指定席といってもわからない人が多いだろう。席が自由に選べた(おまけに途中で入って途中で出ることもできた)時代の映画館は、一番映画が見やす列がまとめて指定席(通常の席と違って背もたれに白いカバーがついていた)となっていて、通常料金+αを払って予約できた。+α代は確か400円だった。2,000円を払った気がするので、当時の映画料金は1,600円だったのか。
 映画はゴシックホラーの趣があった。

 大学4年(1982年)の夏休み前だったと思う。 「ブレードランナー」の世界観に圧倒された。サークルの新入部員(女子)が「意味がわからない」と感想を述べていたのでちょっと心配だったのだが、なんのことはない、女子部員の見る目がなかっただけのことだった。とはいえ、興行成績は全くふるわなかったが。
 もう何度も書いていることだが、公開された映画では一つだけ不満があって、それはとってつけたようなラストだった。ディレクターズ・カット版(最終版)の方が断然良い。

 娘が1歳になった1989年に公開された「ブラックレイン」はマイケル・ダグラスと高倉健・松田優作の共演、優作の演技が話題になったが、「ブレードランナー」ファンには、あのリドリー・スコット監督が、大阪の街をどう魅力的に撮ってくれるのかという期待があった。期待には応えた映像だったものの、個人的には、やはりハリウッド映画が描く日本に違和感があった。

 1991年に公開された「「テルマ&ルイーズ」は、明日に向かって撃て」の現代版、女版と喧伝されたが、劇場では見逃しビデオでチェックした。

 21世紀になる前年、待ち遠しくてたまらない「ハンニバル」公開の前、その前哨作品ということで「グラディエーター」を観に行った。感銘を受けた。

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2000/08/02

 「グラディエーター」(丸の内ピカデリー1)

 スペクタクル史劇に特に関心があるわけではないけれど、次に「ハンニバル」が控えているリドリー・スコット監督なら見逃せない。

 冒頭のゲルマニアの戦いのド迫力で一気に引き込まれた。
 剣と剣との戦いがこれほど重厚にそしてリアルに描かれた映画を久しく観ていないような気がする。
 これは日本の時代劇にもいえることだけれど、刀(剣)を使った戦いの演出は非常にむずかしいと思う。相手を斬ったさい、衣服が切れ、ざっくり裂けた肌に血がにじむといった描写がなかなかできない。だから斬りあいのシーンが嘘っぽくなる。
 TV時代劇などは着物は破れないし、血もでないし、あくまでも役者の演技だけで<斬られた>ことを表現していた。観る方もそれが当然といった傾向があって、僕はどうにも納得できなかった(別に残酷な描写にしろというのではない)。
 それが最近公開される時代劇ではうまく刀の重厚さ、怖さというものを描いていてうれしく思っていたのだが、同じことがこの映画にも言える。特に接近戦はわざとコマを抜いたような特殊処理が施されていて迫力たっぷりだった。

 噂どおり主演ラッセル・クロウの勇者ぶりに惚れ惚れする。「L.Aコンフィデンシャル」にも出演しているが印象が全く違う。
 父親の皇帝アウレリウスを暗殺し後を継いだコモドゥスの策略で妻子を惨殺され奴隷の身におとしてしまう将軍マキシマスがグラディエーター(剣闘士)として再起し、ついに復讐を果たすまでを見事に演じていた。
 剣闘士としての戦いの日々の中でマキシマスは次第に実力を発揮し、まわりの仲間からリーダーとして一目置かれる存在になっていく。それを的確に表現したのが彼らのチームがローマのコロシアムで行った最初の戦いだ。歴史の1シーンの再現の形で公開されるこの戦いに、やられ役として参加しながらもマキシマスの指示どおり攻防し、見事なチームワークで敵チームを打ち破るシーンは興奮と感動を呼ぶ。

 敵役コモドゥスのホアキン・フェニックスも印象深い。父の愛に飢え、将軍マキシマスへの嫉妬と羨望に狂った英雄願望の強い粘着質のシスコン男という設定がありきたりの悪役とは一線を画している。だからこそラッセル・クロウのヒーローぶりが引き立つ。(ホアキン・フェニックスがどことなく北村一輝にみえてしかたなかった。)
 クライマックスは再び自由を得たマキスマスがかつての軍隊を率いてコモドゥス軍と大合戦と繰り広げるのかとわくわくしていたのだが、予想は裏切られ、マキシマスとコモドゥスの一騎打ちという展開。予算的に無理があったのだろうか。
 復讐を果たし、妻子のもとに旅立ったマキシマスが故郷の麦畑で最愛のふたりに再会するシーンに不覚にも涙があふれてしまった。

 昨今のCG技術の発達はSF、アクション映画以外に時代劇(コスチュームプレイ)にもかなり影響を与えていくのだろうということがこの映画を観ていてよくわかる。
 昔ならアメリカ映画の十八番であった巨額な予算、膨大な土地に建てられた大掛かりなセット、大量のエキストラを使ってのモブシーン、今はCG合成で遜色ない映像作りが可能になった。古代ローマの街並みの俯瞰シーン、コロシアムの外観、圧倒的な観客等、違和感なく再現されている。

 数年前TVで篠田正浩監督の「写楽」を観たときのこと。ある建物をクレーンで下から上へ移動撮影していて、その建物のむこうに江戸の町が広がったときの感激といったらなかった。
 何もCGは未来都市やメカニックを描くだけのものではない。過去の時代、それも明治、大正、昭和といった近過去の街並を再現するのにもっとも有効な技術といえるのではないだろうか。

 CGを多用しているからというわけではないだろうが、「グラディエーター」の世界観が「スターウォーズ」シリーズとダブってしょうがなかった。台詞の中に「帝国」、「共和制」、「連邦制」という単語が出てきたり、主要舞台が森や砂漠、辺鄙な街並、そこに奴隷商人が登場して、コロシアムでの殺人ショーが繰り広げられたりと、「スターウォーズ」から宇宙、宇宙人、最新メカを削除するとまさしくこんな世界ではないかと思えるような物語だった。
     △

 この項続く




 今週発売の「週刊現代」には、あの深見東州(半田晴久)氏の記事が掲載されている。興味深く読んだ。去年あたりから、謎の人物、深見東州が気になって仕方なかったからだ。

 朝日新聞に定期的に深見東州絡みの変な広告が掲載される(たぶん他の新聞も同様だろう)。あるときは学習塾〈みすず学苑〉の学園長として、またあるときはオペラ歌手として、あるいは書道家として、その他いろいろ。
 書籍も数多く上梓している。筆名・戸渡阿見。ただ知らない版元なので、自身の会社なんだろうと推測している。書店で見かけたこともない。新手の自主出版ともいえる。

 紙面の1/3段を占める広告のほとんどは自身が主催するイベントの告知である。国内外の著名人をゲストに呼んでいる。
 この前の小林旭とのコンサートでは、キャッチコピーが「進撃の阪神」とあって笑ってしまった。阪神のあとには巨人の文字が並び、小林旭を指して、自分は進撃の阪神であるというわけだ。自身の顔写真のそばには「仮面ライダーに変身する役者ではありません」なんていう断り書きまでしている。確かにちょっと見藤岡弘、に似てはいるが。

 広告だけ見ていると、深見東州がとんでもない天才に思えてくる。朝日新聞にはこんな広告が定期的に掲載されているのである。かなり莫大な広告料になるのではないか。その金はいったいどこから出ているのか。みすず学苑はそんなに儲かっているのか。というか、広告は何の告知をしても結局深見東州がどれだけ偉いかの宣伝になっている。学習塾の儲けをそんな個人の利益のために使用してよいのだろうか。
 僕の疑問はここだった。

 深見東州氏はある新興宗教団体の代表だった。そして目立ちたがり屋。これで疑問は氷解した。
 昨年の新聞媒体への出稿は650件弱、経費は10億円を超える額だとか。
 兵庫県西宮市の出身、ああ、だから進撃の阪神なのか! 




2015/02/22

 「フォックスキャッチャー」(MOVIX川口)

 この映画の題材、1996年にアメリカで起きた殺人事件についてはまったく知らなかった。レスリングチームのオーナーがコーチ(ロサンゼルスオリンピック金メダリスト)を拳銃で射殺した事件。日本で報道されたのだろうか。報道されたとしても気にもとめなかったのかもしれない。あの頃、オウム事件や関西淡路大震災で慌ただしかったから。

 映画の主人公であるマークとデイブのシュルツ兄弟はレスリングの選手、ロサンゼルスオリンピックの金メダリストだ。
 1984年のロサンゼルス・オリンピックは社会人生活1年めの夏に開催されたのでよく覚えている。開会式では空からジェット噴射装置を背負った男が舞い降りてきたのが印象深い。SF世界の光景が現実に見られたということでとても興奮した。
 競技だとこの大会から正式種目となった女子マラソン。白人の選手がフラフラになりながらゴールする姿は瞼に焼きついている。
 レスリングは日本のお家芸でもあるのだから試合の中継は見ていたと思うのだが、シュルツ兄弟についてはまったく覚えていない。

 だいたい日本人選手の活躍すら忘れている。代表選手は誰だったのか。調べたら一人が高田裕司選手。わが郷里(群馬県太田市)が生んだ金メダリストだ。いつだったか忘れたが、たぶん、中学生か高校生だったと思う。イベントか何かで会った女性の先生(だったと記憶する)と話していたら旦那さんが高田選手だとわかって驚いたことがあった。

 閑話休題。
 ロサンゼルスオリンピック後、シュルツ兄弟の兄はレスリング協会を通じて某都市チームのコーチの職を得る。弟はソウルオリンピックを目指すが、金銭的な問題を抱えている。そこへ大財閥の御曹司が援助を申し出て、弟は御曹司が組織したレスリングチーム〈フォックスキャッチャー〉に破格の給料で雇われることになる。当初は順調だったものの、御曹司の性格が変わっていて、やがて弟は御曹司の言動に翻弄されていく。

 映画のキャッチコピーが「なぜ大財閥の御曹司は、オリンピックの金メダリストを射殺したのか」なので、ああ、この御曹司がやがて弟シュルツと仲たがいして殺人に発展するのか、と思っていると、途中から兄シュルツが再登場して二人に絡んでくる。主役は3人で、兄と弟の関係もクローズアップされていくのだ。

 母親の強い影響下にある、いわゆるマザコンの御曹司が徐々に精神に異常をきたしていく過程が静かに描かれる。この〈静けさ〉が怖い。御曹司の言動に翻弄されるシュルツ兄弟の気持ちがひしひしと伝わってくる。
 御曹司を紹介するために弟が御曹司を連れて兄の部屋を訪ねた際の兄夫婦の素っ気ない対応。御曹司が(金の力で?)兄をチームに招聘したときの弟の態度。ドキュメンタリーの取材で、インタビュアーから御曹司は(自分にとって)師であることを言わせられる際の兄の表情。
 すべてを台詞で語らせてしまう最近の映画(TVドラマ)とは対極にあるような作りである。

 試合シーンがリアルだった。レスリングの試合に密着したドキュメンタリー映像のような迫力があった。世界大会で弟が優勝したときには思わず劇中人物と一緒に拍手したい衝動にかられたほどだ。
 ソウルオリンピックに出場した弟が相手に苦戦する様には思わず拳を握ってしまった。
 ちなみにソウルオリンピックは1988年の開催だ。まったく記憶にない。この夏は娘が生まれたのでオリンピックなんて眼中になかったのだと思う。
 
 主役三人の演技が特筆ものだ。
 弟を演じたチャニング・テイタム、後でわかったのだが「ホワイトハウス・ダウン」の主人公だった。確かにあの映画でも体格の良さを誇示していたが、イメージが全然違う。今回は関ジャニ∞の横山裕に見えて仕方なかった。
 御曹司のわし鼻が印象的だったが、演じたスティーブ・カレルのつけ鼻だという。全然わからなかった。この俳優をよく知らなかっただけではない。マザー・テレサを演じたオリビア・ハッセーを観たとき、いつのまに鼻が変形してしまったのかとと心配したほどだから
 兄役マーク・ラファロは「アベンジャース」でハルクを演じていた。これまたイメージが違う。身体からマッチョではなかったような気がするのだが。あの髪が後退した額、後頭部のつむじ部分のハゲはすべて役作りの賜物なのか。つけ鼻といい、ヘアスタイルといい、アメリカ(ハリウッド)映画はメーキャップに技術を感じる。

 考えさせられる、見ごたえのある映画であるが、上映中、途中で出ていく方が2名(組)いた。どちらも年配だったと思う。残酷描写があったわけでもなく、つまらなかったのだろうか?
 僕はといえば、細部をもう一度確認したくてまた観たくなってきた。




2015/02/15

 「立川談四楼独演会 第198回」(北澤八幡神社 参集殿)

 3年ぶりに北澤八幡神社の「立川談四楼独演会」に足を運んだ。
 NHKアーカイブス「未来からの挑戦」を観たあと、風呂に入ったりしてゆったりしていたら家を出るのが遅くなった。開演30分前に到着するつもりが、18時ぎりぎりになってしまった。

 玄関のところに数人の男性がいて、中に入ろうとしたら一人に声をかけられた。今日は何しに来たのかという質問だったと思う。
「落語聴きにきたんですけど」
 そう答えると、じゃあどうぞと離れていった。
「えっ、何なの?」
 玄関には靴があふれかえっていてお客さんが多いことはわかった。

 玄関を上がり廊下をまっすぐ行きトイレの手前で左に曲がると、その先に受付がある。いつもなら受付にはおかみさんがいるだけ。入場料を払って、プログラムをもらうと、左側の襖を開けて会場となる参集殿に入るのだが、この日は違った。襖がすべてとりはずされ、廊下までお客さんが座っていたのだった。
 会場には女性、それも若い女性が多かった。
「これって、もしかして……」
 ゲストのゲッターズ飯田効果、なのか?

 後で知ることになるのだが、ゲッターズ飯田さんって直に一般の人を占うことをしないのだそうだ。占い師タレントとしてTV出演して共演者を占ったり、本を上梓したりするだけ。だから占ってもらいたい人が全国からやってきた。午後1時過ぎには北澤八幡には開場を待つ列ができていたというから恐れ入る。

 いつもは80人でいっぱいになる会場に180名が集まった。70人ほど帰ってもらったそうだ。それで玄関で声かけられたことに合点がいった。もし、僕が占いを目当てに来ていたのならその場でUターンさせられていたわけだ。
 師匠が一席めで言ったことだが、100回記念で談志家元がゲストのとき襖を取り外すほどのお客さんが集ったという。
 寸志さんが高座デビューを思い出した。あのときも出版業界からかなりのお客さんが来たけれど、襖をはずすまでには至らなかった。何度か膝送りをしたくらいだ。今回も開演までに何度か膝送りしたのだろう。

 というわけで、受付のテーブルのところで立ち見とあいなった。

  立川らくみん 「狸札」
  立川だん子  「つる」
  立川志ら鈴  「牛ほめ」
  立川談四楼  「ぞろぞろ」

   〈仲入り〉

  ゲッターズ飯田 占い&対談
  立川談四楼 「品川心中」

 ちょうど、らくみんさんが始まったところだった。志ら鈴さんはNHKの番組で知っていた。もう一人、志らく一門に女性が入ったのか。すごく元気がよかった。
 懇親会時に年齢を訊いたら26だという。平成元年生まれ?と問うと「昭和63年です」。わぁ、うちの娘と同い歳じゃないか。

 だん子さんは先月さばの湯に続いて2度め。さばの湯ではネタおろしだったのか何度か噺が止まって、という散々な出来だったので、今回はすんなり聞けた。

 志ら鈴さん、堂々の前座ではないですか。

 師匠の「ぞろぞろ」は久しぶり。この独演会が3年ぶりなのだから久しぶりなのは当たり前なのだが。

 仲入りがとんでもなかった。女性トイレに大行列ができて、途切れることがない。あまりの混雑のためか、帰られる常連の方(たぶん)もいた。
 立ち見のとき、斜め後ろの長椅子に座っていたMさんやWさんが客席の一番後方に移動した。ゲストコーナーが始まってその場所に少し余裕があったので、僕も移動させてもらった。

 ゲッターズ飯田さんは会場でゲッターズさんの本や師匠のCDを買った人から優先的に占うということで用意されたものは完売だとか。20年前なら僕も占ってもらっていたかもしれない。55になればどうでもいいや。

 「品川心中」も久しぶり。独演会が3年ぶりなのだから…・・・ってもういいか。
 今回は非常事態の中の拝聴、拝見だったので、聞こえなかったり、見逃したりしているところがあった。同じ演目をもう一度どこかでゆっくりじっくりと……




 昨日(22日)は地元シネコンにて「フォックスキャッチャー」観賞。
 夜、ネットニュースで坂東三津五郎の訃報を知る。歌舞伎にはまったく詳しくないが三津五郎というとふぐ中毒で亡くなった先代のイメージが強い。俳優として八十助に親近感がある。59歳。若すぎる。「ルーズヴェルト・ゲーム」で元気な姿を見せていたのに。

          * * *

 承前

2015/02/09

 「アメリカン・スナイパー」(試写会 一ツ橋ホール)

 (ラストに触れています)

 クリント・イーストウッド監督は感動を強制しない。
 たとえば、「タイタニック」。あの映画のラストでキャメロン監督は観客の肩をむんずとつかむと思い切り揺さぶり、「泣けよ、泣くんだよ!」と絶叫していた。もちろん僕は大泣きだった。長いエンディングロールに感謝したほど(涙が乾いてくれて助かった)。大泣きだったけれど、心の中で「やりすぎだよ」と思っていた。「どうしてここまで泣かせなければならないの?」

 つまり、ラスト、カメラが海底に沈むタイタニック号のデッキに寄ると、まるでそこに照明が当たったように明るくなって、暗転、スタッフロールが流れるだけで十分感動を呼ぶのではないかと個人的には思ったのだ。実際、明るくなったところで目頭が熱くなった。それで十分ではないか。その後、カメラがヒロインの目となって、階段を一段々上がっていき、正装したディカプリオが出迎えるショットは余計だった気がしていならない。
 イーストウッドの監督作品には感動部分をそっけなく簡単に処理してしまうことが多い。だからこそしみじみした余韻があとあとまで残るのだ。

 個人的なことかもしれないが、号泣した映画はそのときは心揺さぶられるものの、映画館を出るとあまり感動が残らない場合が多い。泣いたことで自己完結してしまうからだろうか。
 日本映画だと「砂の器」がそうだった。映画は名作だと思っているが。

 近年、ことさら感動を煽る、観客の涙を絞ろうとする映画が増えている。観客の方が泣ける映画を求めているところがある。
 僕はというと、泣ける映画です、なんて宣伝されると絶対劇場に足を運びたくなくなる。映画を観ていて、相手の泣かせてやろうなんて魂胆がわかれば、逆に白けてしまうところがある。あくまでも個人的な資質であるが。
 イーストウッド監督作品は感動を、泣かせを強調しないぶん観賞後のしみじみ感、切なさが後を引く。

 今回、主人公の悲劇を1行のスーパーインポーズで済ませ、その葬儀シーンを淡々と描くくだりで涙がにじんだ。
 原作は読んでいないし、事前に情報を仕入れなかったのでどんな内容なのかも知らなかった。主人公が4回め(最後)のイラク戦争派遣から帰ってきてからの日常生活描写が長い。何も知らないけれど、その先に待っているものが何なのかはわかる。実に何とも嫌な、ドキドキ感。その結果が実にあっけない。
 残された家族(幼い子)を配慮した結果のラストということだが、イーストウッドらしいと思った。

 クリント・イーストウッド監督は観客にカメラを意識させない。「ジャージーボーイズ」のときも感じたことだ。ごくごく普通のカットの積み重ねでドラマを描いていて、ふと気がつくと映画世界にどっぷりハマっている。

 無音のエンディングロールが話題になっているが、劇中にもほとんど音楽は流れない。途中まで音楽がないことに気がつかなかった。それだけ映画世界にのめり込んでいたということか。




 7日土曜日の午後、三軒茶屋の喫茶店でお茶しているときにKさんから電話があった。
「keiさん、『アメリカン・スナイパー』観たがってましたよね。月曜日に試写会があるんですけどいかがですか」
 場所は一ッ橋ホール。
「開映時間が18時30分なんですよ」

 Kさんには「シン・シティ 復讐の女神」「ビッグアイズ」と連続して試写に誘われている。これからも声かけますからと言われ、どこの会場だったら大丈夫なのか確認された。
 試写会の開映時間には2パターンある。18時開場、18時30分開映と18時30分開場、19時開映だ。また、開映時間を過ぎると入場禁止という鉄則がある。
「(会社が汐留だから)有楽町、新橋界隈ならいつでもOK だよ」
「一ッ橋ホールの試写ってけっこう多いんですよ」
「神保町の日本教育会館にあるホールだよね。あそこは以前行ったことがあるけど、19時開映じゃないと間に合わないよ」
 一昨年だったか、デンゼル・ワシントンの「フライト」の試写会が一ッ橋ホールであって、19時の開映に何とか間に合った。

「18時30分の一橋ホールはダメだって言っていたけど、イーストウッド監督の新作だから、連絡したんです」
 うーん、観たい。でも18時30分は絶対間に合いっこない。どうしようか?
「外出して直帰ってできないっすか?」
 その手もあるか。
「わかった。ちょっと考えさせて。月曜日にまた電話する」

 今の時期、個人的なことだがデスクワークが主となっている。外出ができないということだ。午後半休をとることも考えたが、この前、発熱で休んだばかりなので気が引ける。
 18時に退社して本当に30分で一ッ橋ホールに行けないのだろうか。Yahooの路線案内で調べてみた。
神保町駅からホールまで5分かかるとして、18時25分に神保町駅に着くには、新橋駅で何分の電車に乗ればいいのか。。

  JR新橋駅  18時07分 発
  JR有楽町駅 18時09分 着 
  有楽町駅から都営三田線の日比谷駅へ徒歩5分
  日比谷駅  18時17分 発
  神保町   18時21分 着

 十分間に合うではないか!
 Kさんに電話して定時に退社して急いで行く旨を伝える。

 18時。定時を知らせるチャイムが鳴ると同時に打刻して会社を飛び出した。一番のネックは会社から新橋駅までを7分(実際には6分以内)で移動できるかどうか。
 走った、走った、走った!! って本当は途中で息が切れて歩きました。
 何とか新橋駅で7分発の京浜東北線に飛び乗れた。
 続く難問は有楽町で降りてから。有楽町駅から都営三田線・日比谷駅までの距離はけっこうあるのだ。ここも走った。と言いたいところだが、もう疲れて早歩きがいいところ。
 17分の電車に間に合った。あと二駅。

 着いた。教育会館に一番近いA1出口に向かってまっしぐら。これもかなり距離だ。三田線から新宿線へ。曲がって降りて上って曲がって。おいおい、いったいどこまで歩けばいいんだ?

 あった。外へ出る。走った。建物が見える。中へ。エレベーターに飛び乗った。階のボタンを押す。腕時計を確認すると18時25分。
 ドアが開く。受付へ。奥にKさんが見えた。名前を呼んだ。「間に合った!!」

 肩で息をして、足はガクガク、心臓パクパク。もう何も話せない。
「席とってますから」
 Kさんに導かれて場内に入る。満席だ。
 着席すると汗がでてきた。 

 試写会の映画鑑賞とはスポーツなり。
 実際翌日は身体のあちこちが痛くてしかたなかった。


 この項続く




 最近、立て続けにカードで本を購入している。

 「落語立川流の最終兵器 立川談四楼がやってきた!」(音楽出版社)

 ファンにはたまらないムックなのだが、出版されたときは引き籠り状態、独演会(落語会)を断っていたこともあって、買わなかった(「談志が死んだ」は上梓されたとき即購入して読んだのだけど)。
 14日、「エクソダス:神と王」観賞で有楽町に出たとき、独演会通いの再開を記念して駅前の三省堂で入手した。この書店の2階のコーナーに1冊あることは早い段階で目をつけていたので。15日独演会に持参してサインもらおうかと思ったが忘れてしまった。持参してもあの混雑では無理だったかもしれない。

 「本多猪四郎 無冠の帝王」(切通理作/洋泉社)
 「光を継ぐために ウルトラマンティガ」(小中千昭/洋泉社)

 16日午後、某セミナーのため神田へ出た。終了後、隣駅の秋葉原で降りて書泉ブックタワーに立ち寄ってお愉しみの特撮コーナーを閲覧、目当ての2冊があった。切通さん、3月には原田昌樹監督の研究本「少年宇宙人」を上梓するんですね。これも買いだ。

 昨日は地元ブックオフで「続・フレンズ ポールとミシェル」(ハヤカワ文庫)を発見、あわててレジに走った。単行本は持っているのだが、郷里の押入れにある段ボール箱の中だし、108円なので。

          * * *
 
 承前

2015/01/21

 「媚びない力」(杉良太郎/NHK出版新書)

 1970年代、別に杉良太郎のファンでも時代劇ファンでもなかったが、杉良太郎が主演する時代劇には共通するものがあった。どれも丁寧な作りで面白かったのだ。その秘密が解き明かされているのではと本書を手に取った。
 あくまでも芸の話だけでまとめればよかったのに。政治家の話なんていらない。


2015/01/22

 「人生、何でもあるものさ」(小林信彦/文春文庫)

 著者の「本音を申せば」(「人生は五十一から」)シリーズは単行本が出れば必ず購入していたのだが、2012年「非常事態の中の愉しみ」と翌13年「映画の話が多くなって」は図書館で借りてしまった。元気になって14年は即買ったので、既刊2冊をどうしようか、Amazonに注文しようか、なんて迷っていたら、12年の方が文庫化された。
 以前は単行本と文庫本の書名は統一されていたが、最近は方針が変わって、文庫時に改題されるようになった。単行本の書名は、もうそれだけで東日本大震災が起きた年に書かれたエッセイだとわかるが、文庫本も100年に一度の天災に襲われた不幸を達観したような表現だと、後からわかってくる。


2015/01/24

 『ちばてつやが語る「ちばてつや」』(ちばてつや/集英社新書)

 トキワ荘出身の漫画家たち(手塚治虫、石森章太郎、藤子不二雄、赤塚不二夫)が書いた自叙伝の類はほとんど読んでいる。ちばてつやも確か自叙伝を書いていると思うが、目にした覚えがない。本書も自叙伝の一種だろう。
 幼少時の満州からの引揚げ体験から始まって、趣味と実益を兼ねた幸運な貸本マンガデビュー(なんと高校生!)、作品の一つひとつにまつわる製作裏話。その語り口から真摯な態度が垣間見える。


2015/01/26

 「今夜も肴はビートルズ!」(広瀬隆・後藤克幸/ゆいぽおと)

 図書館の棚で見つけ、へえ、あの広瀬隆がビートルズについて語っているんだと、そのミスマッチに期待して手に取ったのだが、同姓同名のミュージシャンだった。そりゃそうだよな。


2015/01/27

 『「仁義なき戦い」伝説』(別冊宝島編集部/宝島SUGOI文庫)

 遅れてきた「仁義なき戦い」ファンである。これまで「仁義なき戦い」検証本の類は立ち読みで済ませてきたが、本書は文庫ということもあって、発作的に買い求めてしまった。冒頭の菅原文太のインタビューが目当て。


2015/01/30

 「サイコ・シャワー」(ジャネット・リー、クリストファー・ニッケンス/藤原敏史 訳/筑摩書房)

 映画「ヒッチコック」をやっとDVDで観た。スチールではかなり違和感があったアンソニー・ホプキンスのヒッチコックが、映画の中ではだんだんとそれっぽく見えてくるから不思議。
 そうなると原作(?)の「ザ・メイキング・オブ・サイコ」が読みたくなる。図書館の映画コーナーにないかと探していると本書を見つけた。読了してすぐに「サイコ」のDVDを借りてきた。
 海外の俳優、女優が自叙伝等の本を書く場合、クレジットは実際に執筆するライターと共作にすることが多い。本書はジャネット・リーが語った内容をクリストファー・ニッケンスが原稿にまとめたのだろう。日本では、同様の場合、ライターの名前は巻末に掲載されるほどの存在だ。それだって、きちんと記されるのだからいい。昔はゴーストライターがまかり通っていたのだから。




 横山秀夫「64」が映画化されると知った。ミステリーだけは最初に活字で触れたいので早く読まなければ。映画は前後編の2部作。最近この作りが流行っている。映画の公開は2016年だが、4月にはNHKでドラマ化される。早く読まなければ!

 「その女アレックス」にも興味津々。年末書店の平台に並べられた大量の文庫本を見て、90年代にブームを呼んだ「検視官」シリーズを思い出した。

          * * *

2015/01/04

 「未確認噂話 首都神話」(島田秀平/講談社)

 会社帰りに地元の図書館に寄るときは近くのさくら水産で酒片手に読書することが多い。
 今回、図書館へは借りていた本を返しに寄ったのだが、鞄には次に読む本を入れてなかった。ということはさくら水産で読む本がない。だったら帰ればいいのだが、そこはほら、少し飲みたい気持ちもあって。ならば読む本は図書館で借りればいい。次に読む本は自宅にあるからすぐに読了できることを条件に借りたのが本書なのだ。
 確かにあっというまに読めた。


2015/01/11

 「小暮写眞館」(宮部みゆき/講談社)

 本書をミステリーとかサスペンスものとして読むと肩透かしを食らうかもしれない。あくまでも登場人物のキャラクター、その人間模様を楽しむものだろう。作者の理想として創造された人物たちのやりとりが楽しめないと「こんな奴いねぇよ」という反発で終わってしまう。主人公の高校生もその弟の小学生も、作者の確信犯的なキャラクター造形の賜物だと思っている。ぼんくらシリーズの甥っ子や「ソロモンの偽証」のヒロインとその仲間たちにも感じたことだ。
 紙ふうせんファンとしては、写眞館に出没する幽霊(元館主)の名前、「泰治郎」に反応してしまった。


2015/01/14

 「新編戦後翻訳風雲録」(宮田昇/みすず書房)

 ずいぶん前から読みたかった本なのだが、読み始めて思った。「これ以前読んだことがある」
 再読しようとしたのではない。あくまでも初ものとして読んだのである。ほんと、自分の記憶力はどうなっているのか! 
昨年読んだ「旧怪談」も数年前に読んでいたことがレビューを書いてずいぶんしてからわかったのだから始末に負えない。


 「別冊映画秘宝 新世紀特撮映画読本」(別冊映画秘宝編集部)

 ハリウッド映画「GODZILLA ゴジラ」を肴に、21世紀のこれまでの及びこれからの特撮(怪獣)映画について論じた本。
「GODZILLA ゴジラ」は東宝チャンピオンまつりのゴジラシリーズ、「ゴジラ対ヘドラ」をハリウッドの潤沢予算でリメイクしたものと捉えればしっくりくる。初代ゴジラと比べるから何だかんだと言いたくなるのだ。核弾頭や放射能の描き方はハリウッド映画の悪しき伝統ということで。


2015/01/18

 「おかしな時代」(津野海太郎/本の雑誌社)

 本書もかつて読んだことあるのかな、とドキドキしながら読みはじめたのだがどうやら初めてらしい。小林信彦の項は書店で立ち読みしているが。
 晶文社の成り立ち、業界における立ち位置がよくわかる。本(雑誌)の編集と芝居の興行の両立させる著者の行動は何とも不思議。


2015/01/19

 『「ガロ」という時代』(小野耕生・清水正ほか/青林堂)

 小野耕生も映画「キャロル」を制作してNHKを退職した一人なのか。初めて知った。
 序文〈長井勝一氏の思い出〉には惹きつけられたのに、続く〈わたしが魅せられた「ガロ」の漫画家たち〉でうんざりしてしまった。できれば避けたい、体質的に合わないというか、読みたくない評論の類のものだった。
 ガロを愛読したことはなかったが、高校時代はつげ義春や真崎守に興味を持ち何冊か購入したりした。真崎守はCOM出身の漫画家だった。


 この項続く




 9日は試写会で「アメリカン・スナイパー」を鑑賞。
 18時に退社して新橋から一橋ホール18時30分の試写に駆けつけるのにはそりゃ体力いりますよ! 公開されたらもう一度観に行きます。

 14日はTOHO シネマズのサービスデーなので、有楽町の日劇で「エクソダス:神と王」鑑賞。リアル「十戒」になるのだろうか。帰宅して早速赤い鳥「祈り」を聴きました。

 15日は北澤八幡神社の「談四楼独演会」に足を運ぶ。3年ぶりである。とんでもない混みようで……その話はまたあとで。

          * * *

 承前

 熊谷氏は今回の同窓会トークショーについてオファーを受けていたとのこと。佐藤氏はある人を介して昨年暮れに入院している熊谷氏を見舞ったそうだ。会うのはドラマの収録以来。「車椅子に乗ってでもいいから出てよ」との佐藤氏の願いは叶わず、年が明けて体調が急変して逝ってしまった。53歳。そうか、僕より2歳下だったのか。

 少年ドラマシリーズでは小学生時代に「ユタとふしぎな仲間たち」の主人公を演じている。やがて「明日への追跡」や「未来からの挑戦」、「その町を消せ!」に出演して人気者になるが、その前には「傷だらけの天使」のある回で松尾和子の息子役で登場している。「火曜日の女」シリーズの「ガラス細工の家」にも出演しているのか。このころ名前を覚えたのだろう。少年ドラマシリーズで彼を見るたびに、同級生のOに似ていると思っていた。

 そういえば、最近ドラマで見かけないな、俳優を辞めてしまったのだろうか。トークの中では言及されなかったので、帰ってきてから調べてみた。
 驚いた。所属がイイジマルームだったのだ。イイジマルームだったら田口主将さんと同じ事務所ではないか。田口さんに電話して、熊谷氏について訊いてみた。田口さん熊谷氏が亡くなったことを知らなかった。「そういえば、最近見なかったよね、いつもは新年会では顔をあわせるんだけど」。
 この何年かドラマ等に出演されていなかったことを尋ねると、「彼はね、三味線のお師匠さんとしての活動があって、俳優と二足のわらじを履いていたんだけど、そっちの方が忙しくて、事務所には籍を置いているだけのような状態だったんじゃないかな」と説明していた。

 さて、ステージの話。
 カツラをとった佐藤氏は現在東京都某市の公務員で学校給食を担当していると自己紹介した。手塚氏は現在も俳優を続けている。舞台で活躍しているみたいだ。
 首藤アナから当時の思い出を振られて、台詞の量が多いのによく覚える、尊敬していたと手塚氏が当時の佐藤氏の努力ぶりを讃える。
 ところが佐藤氏にしてみればあまりの台詞の多さに根をあげてしまったという。脚本家は当時佐藤氏が所属していた事務所の社長なので、減らしてもらうよう直訴した。「社長も考えてくれて、その後、僕の台詞が飛鳥(熊谷氏)の台詞になったりしたんですよ」と佐藤氏は笑う。

 第1部の「未来からの挑戦」復刻上映とトークが終了すると、休憩が入り、その後はお待ちかねの第2部少年ドラマシリーズ同窓会トークショーだ。

 トイレから戻ってくると、ステージには白い丸テーブルと人数分の椅子が並んでいた。
 首藤アナの紹介によって、それぞれ番組ごとの出演者が登場する段取り。

 最初は「なぞの転校生」の主演トリオ。
 伊豆田依子さんは紹介されなければそうとはわからない。多くの女性がそうであるように大人になって痩せているので。役者は辞めて主婦業に専念しているという。
 星野利晴氏もまた言われなければ本人だと気づかなかったと思う。別に体型が変わったとか頭髪の問題といったものではない。当時ドラマの中で笑顔を見せたことがないので、始終笑顔の現在とギャップが激しいのだ。現在はNHKEテレ「にほんごであそぼ」で振付の仕事をしているとか。
 高野浩幸氏を少年ドラマシリーズで括るのはちょっと違うと思ってしまう。特撮ファンには円谷プロの空想特撮シリーズでお馴染みだ。「ウルトラセブン/円盤が来た」「怪奇大作戦/霧の童話」、「帰ってきたウルトラマン」のエレドータスの回。平成ウルトラマンの1作目「ウルトラマンティガ」ではキリエル人に扮していた。

 続いて、「明日への追跡」コンビ。
 沢村翔一(当時は正一)氏は「明日への追跡」より「幕末未来人」の印象が強い。僕はこの方の名前を変な風に覚えてしまって、少年ドラマシリーズの代表的なディレクター、佐藤俊哉氏の活字を見ると、沢村氏の顔が脳裏に浮かんでしまうのである。
 現在は何足ものわらじを履いていて、一つは引田天功(プリンセス天功)の助手としてステージに立っている。もうひとつは特殊撮影の演出家、もちろん俳優としての顔もある。
 斉藤とも子さんのデビュー作が「明日への追跡」であることは知らなかった。小さいときからTVで見ていたような気がするのだが、浩子さんとイメージがダブっているのかもしれない。小雁さんとの年の差結婚には驚いた(後に離婚)。
 クラスの優等生という印象が強いが、トークの中で「若い広場」のマイブックコーナーに触れたので、たぶんそこから派生したのだろう。個人的には旺文社文庫のイメージがある。

 最後は「その町を消せ!」からヒロイン一人。
 このドラマだけは観ていない。まったく記憶にないのだ。ただ、原作の一つ、「その花を見るな」は小学6年生のときに学校の図書館で借りて読んでいる。
 斉藤浩子さんも小さいときからドラマで見ている。円谷プロ作品だと「猿の軍団」が有名だが、僕は観ていない。調べてみたら、「河童の三平 妖怪大作戦」や「好き!すき!!魔女先生」「仮面ライダー」等々、数多くの東映テレビ作品に出演している。イメージがキャロライン洋子とダブってきた。最近見ないなと思ったら、結婚されて引退されていたんですね。
 登場時、一列目に座っていたファンの方々から声援コールが飛んでいた。

 この6名に「未来からの挑戦」の佐藤、手塚両氏が加わってトークショーの始まり、はじまり……。

 トークが始まって同窓会というのは単なる名目ではなかったことがわかった。高校が一緒という人が何人もいた。堀越学園と都立代々木高校。最初は母校自慢だもの。オーディションで一緒だったということも。彼らにとってドラマ出演って、クラブ活動みたいなものだったのだろう。
 とにかく話題がつきない。
 「タイム・トラベラー」が大好きで少年ドラマシリーズに出たかったという人が数人いた。

 とも子さんは「明日への追跡」がデビュー作だから、もう台詞を覚えるだけでいっぱいいっぱいだった言うと、佐藤氏はけっこう余裕があったと応じてみんなを驚かせた。
 その流れで「しろばんば」の話がでて、佐藤氏が「しろばんば」の主人公を演じていたことを思い出した。まだ小学生で小さかった。

 NHKに行くとまず食堂に寄ってラーメンを食べるとか、夜8時になるとタクシーチケットがでるので、8時前に収録が終わりそうになると何とか時間が来るまで粘ったとか。
 タクシーチケットの思い出ならと星野・沢村の「幕末未来人」コンビはチケットが出ると、もう電車の時間を気にする必要がないから、そのまま某居酒屋で時間をつぶしたという。とはいえ遊んでいたわけではない。どうやったらドラマが面白くなるのか徹底的に話し合ったのだとか。

 「なぞの転校生」のラストでは、伊豆田さんの泣く演技があるのだが、感極まって号泣してしばらく涙が止まらなかったという。そこのシーン見られますとスタッフに要求すると、少しバタバタがあった後再生された。シーンでは少し泣くだけだのだが、「この後がすごかったんですよ、皆さん!」。

 トークショーというと、1990年代半ば、平成ウルトラマンシリーズがウルトラ第一世代の人気を呼び、ロストプラスワンで関係者をゲストに呼んだ一連のイベントが思い出される。あのときも客席と出演者が一体となって大いに盛り上がったが、アルコールという潤滑油があったことははずせない。今回は皆素面。にもかかわらず大いに盛り上がっているんだからすごい!

 冒頭でトーク時の写真撮影OKという天使の囁きがあった。それはいいのだが、僕の右隣の隣の男性がスマホで撮る回数が尋常でなかった。トークなのだから、ステージでの動きなんてないのだから、1、2枚撮ればいいだろうと思うのだが、ほとんど連写のようにシャッターを切るのはどういう理由なのか。困るのはそのシャッター音だ。うるさくてたまらない。注意したくても撮影の許可はでているのでできない。

 時計を見ると16時30分。17時からマンションの理事会なので、本当ならこの時間で帰ろうと思っていた。最後の30分は質疑応答だろうと予想していたのだ。はずれた。白熱したトークが続いている。席を立てるわけがない。
 
 ふいに携帯電話が振動した。見ると組合でマンションの管理会社担当者から。理事会では理事長をサポートしてくれる。18時近くなっても来ないから心配して電話したのだろう。でるわけにいかないのでほっとおく。鳴りやんだ。しばらくしてまた鳴り出した。あわててメールする。「すぐに行くので、先に始めてください」

 17時、トークが終わり、クイズの正解と当選者の発表の時間となった。配付されたフライヤー類の中にアンケート用紙とともにクイズが出題されていて、回答を記入、切り離して設置されているBOXに入れおくことになっていた。
 「未来からの挑戦」の原作は○○○○○学園というのが問題だ。
 佐藤氏が「正解は、ほりこし学園ですね」と言って出演者、客席を笑わせている中そっと会場を抜け出した。

 本音をいえば、帰りたくなかった。
 イベント終了後、数々の展示物をゆっくりと眺めたかったし、通路で出演者の方たちが観客を見送ったというからそのとき立ち話もできただろう。

 スタッフの方には確認したかったこともある。
 土曜日30分番組のときと、平日3回~4回の帯になったときとでは、作り方に差はあったのか否か。ビデオとフィルムではスタッフに変更があったのか否か。
 少年ドラマシリーズのテーマ曲(主題歌)特集のレコード(もしくはCD)はなぜ企画されなかったのか? エトセトラ、エトセトラ。

 トークの途中、お客さんに意見を求めた。2名が応えた。どちらも少年ドラマシリーズの熱狂的なファン(研究家?)だった。その一人が、今の少年少女のためにドラマシリーズを復活してほしい旨発言した。
 その気持ちは痛いほどよくわかるけれど、無理だろう。
 NHKは90年代から00年代にかけて、少年ドラマシリーズの流れの「ドラマ愛の詩」シリーズを放送していた。その一つに「幻のペンフレンド2001」があるところからしてスタッフの狙いがわかった。終了してからどのくらい経つのだろうか。
 今、子ども向けのドラマというと、スーパー戦隊もの、仮面ライダー、ウルトラマンのシリーズしかない。あとはアニメだ。たぶん需要がないのだろう。
 そうか、時代劇も少年ドラマもNHK頼みということなのか。

 NHK関係者の皆さま。もういちど同窓会イベントを企画していただけないでしょうか。
 「明日への追跡」が復刻されたということですから、ぜひ、お願いいたします。


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すべては「タイム・トラベラー」から始まった。
ファンの三種の神書(?)
全部持っています。隣の「幕末未来人」シナリオ集も。 




 昨日、ネットニュースでシーナの訃報を知って、大声をあげてしまった。61歳。若すぎる。大学生のときにシーナ&ロケッツのファーストアルバムを買った。けっこう夢中になった。昨年からほんと訃報ばかりで嫌になる。
 合掌。

          * * *

 承前

 通路にはテーブルやガラスケースが置いてあり、そこに少年ドラマシリーズ関連資料が陳列されていた。主にSFドラマの台本、原作本、シナリオ集。テーブル上の台本は、手に取って見ても良い。
 ということは休憩時に知ったのだが、実際に中を見ると、いろいろとメモが記されている。出演俳優やスタッフの提供によるものなのだ。

 木下清や熊谷俊哉のサイン色紙もある。木下清の色紙には11年とあった。つい最近ではないか。だったら余計にゲスト出演してほしかった。生がNGならビデオ出演とか。紺野美紗子がそうなのだから。まあ、本人の意向として「タイム・トラベラー」のイメージを壊してはならない、とは以前何かの記事で読んだことがある。

 開場となった。
 中に入ってまず驚いたのは席のいたるところに「関係者席」の張り紙があったこと。
 普通関係者席というのは、どこか一箇所に集中しているものだが、かなりバラけている。特に通路側の2席とか3席とか。
 前から3列めあたりの端に座ろうと思ったら、そこが関係者席だったものだから、中に入った、列の中心あたり。途中で抜け出さなければならないことはわかっていたが、できればいい席でステージを眺めたいという気持ちの方が勝ってしまった。

 13時30分。場内が暗くなり、スクリーンにあさま山荘事件のニュース映像が流れた。時代の説明があって、その時代に始まったのが少年ドラマシリーズであると。
 場内が明るくなって、司会の首藤奈知子アナウンサーが登場、少年ドラマシリーズ、「未来からの挑戦」について解説する。そして、イベント中の写真撮影がOKであるという伝えて場内のファンを歓喜させた。「スクリーンに映した映像は遠慮してください」と言っていたけど、写真撮影が大丈夫、NGでなくて遠慮してくれ、だからその後場内がどうなったか想像はつきますね。

 首藤アナがはけると「未来からの挑戦」の1回から6回までのダイジェストが上映された。
 で、知ったのだが、「未来からの挑戦」って主題歌があったんですね。ムード歌謡っぽい雰囲気で、あくまでも個人的な感覚だが「仮面ライダーアギト」の主題歌に似ているような。
 ダイジェストが終ると、第7回がまるまる上映された。
 ひとつ、疑問ができた。この7回はきちんとオープニング(タイトル、クレジット)から始まったのだが、タイトルには全10回とあった。
 しかし、展示されている「未来からの挑戦」の台本の表紙には全20回と印刷されていた。本放送は20回で、再放送時は再編集されて10回になったということなのか。

 第7回は敵側の未来人(熊谷俊哉)が主人公(佐藤宏之)を救うため、2人で太平洋戦争時にタイムリープし、そこで出会った少女との交流を描いていた。ブランコを使ったタイムリープ、その特殊効果はもちろんのこと、タイムリープ先が戦争時代といったところもまた「タイム・トラベラー」を意識した作りになっている。
 15日の「NHKアーカイブス」で放送された「未来からの挑戦」のラストでは、未来人がヒロイン(?)の佐藤美紗子(紺野美紗子)の記憶を消して未来へ帰っていくくだりがあった。これももろ「タイム・トラベラー」だった。
 僕らより少し下の世代は、僕らが「タイム・トラベラー」得た感動を「未来からの挑戦」で味わったのだろう。

 ドラマの上映が終了した。
 ステージにドライアイスの白い煙が充満していく。そこに学生服姿の関耕児(主人公)が! 全体的に少しふっくらしているが昔の面影はある。ドラマから抜き出した敵ボス(テレサ野田)とのやりとりはまさにドラマの再現だ。台詞を噛んだのはご愛嬌ということで。客席から登場したラーメン屋の吉田くん(手塚学)との寸劇はにやにやもの。2人がテレサ野田の超能力で倒されたところで、首藤アナが登場してチャンチャン。

 会場がどよめいたのは関耕児が、いや佐藤氏(ここから敬称あり)が髪をむしりとったときだ。ふさふさした黒髪はカツラだった。

 首藤アナが重たい口ぶりで熊谷氏の死を伝えたときも衝撃だった。肝臓癌で1月に亡くなったという。

 
daihon1
「未来からの挑戦」「暁はただ銀色」台本
daihon2
「夕ばえ作戦」台本
daihon3
「その町を消せ!」台本
shikishi
色紙(左、熊谷俊哉、右、木下清)

 すいません、あと1回だけ続きます。




 「未来からの挑戦」は眉村卓の「ねらわれた学園」と「地獄の才能」を原作としている。少年ドラマシリーズのSFものは「タイム・トラベラー」の原作、「時をかける少女」が角川文庫に入ったのを皮切りに、次々と文庫化されていった。
 「時をかける少女」が原田知世主演で映画化され大ブームを呼んだが、その流れで「ねらわれた学園」は薬師丸ひろ子主演で映画化された。確か原田知世主演でTVドラマ化もされたはずである。

 「時をかける少女」「なぞの転校生」「ねらわれた学園」は、80年代以降、映画にドラマとリメイクされている。3大SFジュヴナイルといっていい。光瀬龍の作品が漏れているのが、ファンとしては残念だ。

 3大SFジュヴナイルの中で、、「時をかける少女」「なぞの転校生」は、少年ドラマシリーズに思い入れが強いものの、「未来からの挑戦」は、映画「ねらわれた学園」の方が印象に残っている。あくまでも個人的な感想であるが。

 もし、今回のイベントが単なる「未来からの挑戦」復元上映会だったなら、たぶん足を運ばなかったかもしれない。マルエツの掲示板でフライヤーを目にして、心躍らせたのは少年ドラマシリーズ同窓会だった。
 出演者をSFドラマでまとめたのがいい。

 「未来からの挑戦」から主演の佐藤宏之と手塚学。「なぞの転校生」からは高野浩幸、星野利晴、伊豆田依子のトリオ、「明日への追跡」からは、沢村正一、斉藤とも子コンビ、「その町を消せ!」からは斉藤浩子。
 すでに役者稼業から引退した方もいらっしゃるのではないかと推察するが、そんな方も出演されるのだから、まさに同窓会である。
 「タイム・トラベラー」の島田淳子(浅野真弓)と木下清、それから少年ドラマシリーズの顔といってもいい熊谷俊哉も顔を見せればいいのにと思った。

 13時から始まって終了が17時。ひとつ心配だったのはこの終了時間だった。この日、マンションの毎月定例の理事会があって、始まるのが17時なのである。理事長である僕は欠席するわけにはいかない。途中でに抜ければいいや、と安易に考え、だからこそ、友人も誘わず一人で参加したのだったが……。

 当日雨が降っていた。
 13時15分前にSKIPシティに着いた。これまでNHKアーカイブスばかり利用していたので、映像ホールには行ったことがない。建物に入って階段を上がったところにエレベーターがあって4階へ昇る。エレベーターを降りて一旦建物の外へ出て右側の奥に映像ホールの入口が見えた。
 受付を済ませ会場に入ろうとしたら何と列ができていた。

 イベントは13時30分が始まりで13時開場だった。
 勘違いしていたことがある。僕自身開催を知ったのが近所のマルエツの掲示版に貼ってあったフライヤーということもあり、あくまでも地域限定のイベントだと思っていたのだ。
 限定された地域に少年ドラマシリーズファンがそれほどいると思えず、集客は大丈夫なのだろうか、余計な心配をしていた。そのうえこの雨である、ガラガラのホールを想像していたら列がでできているので驚いたのだ。
 インターネットを調べれば大体的に告知していることがわかったのに。実際全国からファンがやってきていたのだ。始まってからわかることだが。


 この項続く




 シリーズ後期に放送されていたため「未来からの挑戦」をきちんと観た覚えがない。では、僕はいつまで少年ドラマシリーズを追いかけていたのか。

 前述したように「タイム・トラベラー」から始まる土曜日の30分番組だったときは毎回TVの前にいた。毎週の楽しみだった。
 「タイム・トラベラー」がとても評判を呼んで再放送されたのが夏だったような気がする。ラジカセをTVの前に置いて最終回のオープニングとラストの和子とケンの別れからエンディングまでを録音した。再放送が終わると「続タイム・トラベラー」の放送が告知されて歓喜したことを覚えている。

 ウィキペディアによれば、「続タイム・トラベラー」の放送は11月。だとすると、再放送は夏休みが終わるころか終わってからか。
 また、シリーズの放送が平日の帯になるのは1973年からとある。SFシリーズの第2弾(「続タイム・トラベラー」があるから、正確には第3弾か)「暁はただ銀色」は月~水放送になっていたわけか。
 毎週1回の楽しみが3回に増えて喜んだかというとその逆だ。「毎日なんて面倒くさい」と思った。「新八犬伝」とセットで観ていたような気がする。

 とにかく中学時代は毎週、あるいは毎日きちんと観ていた。
 鈴木清順監督作品で有名な「けんかえれじい」は少年ドラマシリーズで内容を知った。
 「ぼくがぼくであること」は印象的なドラマだった。ヒロインの女の子がとてもかわいかった。
 「つぶやき岩の秘密」はシリーズの中では珍しくフィルム作品で幻想的な主題歌(石川セリ)が忘れがたい。スタッフは「八月の濡れた砂」のラストシーンからこの起用を思いついたのだろうか。
 「ユタとふしぎな仲間たち」もフィルム作品だ。後に1本に再編集され「芸術祭」に出品され受賞している。そのほか、「しろばんば」、「夕ばえ作戦」、「まぼろしのペンフレンド」、「二十四の瞳」、けっこう夢中で観ていた。
 「マリコ」は「タイム・トラベラー」の主演のふたり、島田淳子(浅野真弓)と木下清が「続タイム・トラベラー」に続いて共演したことで期待に胸膨らませたことを覚えている。ストーリーはすっかり忘れているのに。

 ドラマが終了すると原作の小説をあたるという習慣があった。もちろんすべてではない。「ぼくがぼくであること」は大学時代に文庫本を見つけたのだし、「ユタとふしぎな仲間たち」は子どもが幼かったころに読んでやったことがあるので、そのころ手に入れたのだろう。
 「タイム・トラベラー」の原作「時をかける少女」は鶴書房の本を求めて、地元や隣町の書店を探し回ったことがある。手に入れるのにかなりの時間を要した。「続・時をかける少女」は書店で見つけるやいなや即刻買い求めた。「つぶやき岩の秘密」は学校の図書館で借りたんだっけ。
 「しろばんば」はドラマに関係なく愛読書だった。続編の「夏草冬濤」「北の海」も読んでいる。

 シリーズ6作目の「怪人オヨヨ」が面白ければ、この時点で小林信彦に巡り合っていて、当然、オヨヨシリーズのほか、晶文社のバラエティブックシリーズにも手を伸ばしているはず。ドラマがつまらなかったので原作をあたる気にならなかったのが残念でならない。

 1975年の4月から高校生になるのだが、「赤外音楽」、「野菊の墓」、「なぞの転校生」等々しっかり観ている。クラブ活動の後帰宅しても18時の放送に間に合ったのだろうか。そこらへんの記憶はまったく曖昧だ。
 「明日への追跡」は76年だから高校2年のときに放送されている。これも観ていたような気がする。とぎれとぎれだったかな。原作は光瀬龍の同名のSFジュヴナイルだが、この小説は雑誌連載時に読んでいる。「中二時代」「中三時代」(時代ではなくコースだったかも)に連載されたのだ。ページを切り抜いて保存もしていた。
 77年、高校3年になると観なくなっていったのか。「未来からの挑戦」はその頃の放送だ。ただ、「幕末未来人」は観ていた覚えがある。

 正月に1回だけの放送された 「11人いる!」はひどい出来だった。

 どうやら、高校3年までは見ていたようだ。
 78年以降は、予備校、大学と東京暮らしになるのでTVをみる習慣がなくなり、少年ドラマシリーズとの縁も切れてしまった、らしい。
 ただし、「七瀬ふたたび」は観ている。放送が8月。ということは、夏休みで郷里に帰っていたからだろう。
 
 シリーズは83年10月「だから青春泣き虫甲子園」の放送を持って終了する。
 自分と照らし合わせてみると、小学6年の冬に始まり、中学、高校、大学時代と続き、就職浪人している秋に終わったのだ。
 70年代=少年ドラマシリーズといってもいい。


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今回のイベント告知のフライヤー
受付時に配付された



 この項続く




 今朝のTBS「はやチャン」「あさチャン」のエンタメニュース。キネマ旬報のベストテン表彰式を取り上げた際、女子アナが原稿のキネマ旬報をキネマシュンポウと読み上げた。どちらも訂正なし。おいおい、女子アナもディレクター(プロデューサー)も映画雑誌キネマ旬報を知らないのか? 「はやチャン」は若手ばかりだから仕方ないにしろ、「あさチャン」は齋藤教授がいるわけだからさ!

 テレビ朝日7日のスペシャルドラマ「復讐法廷」と8日の「臨場 劇場版」ってセットになっていたのだろうか。「復讐法廷」の口直しが映画「臨場」だったりして。

          * * *

 昨年、SKIPシティで倉本聰が脚本を担当した時代劇ドラマ「赤ひげ」の復刻ビデオ上映会が開催された。そのチラシ(フライヤー)を入手したときは、たまたまNHKの倉庫に眠っていたマスターテープが発見されたのだろうというくらいの認識だった。今なら、NHK発掘プロジェクトの活動の一環だったのではとわかる。
 8日に参加したイベント「未来からの挑戦」復元上映会&少年ドラマシリーズ同窓会で受付時にもらったフライヤーの中に復刻プロジェクトに関するものがあったのだ。NHKが推進しているとのこと。

 1970年代の前半まで、TV局では収録に使用するビデオテープ(2吋)が高額だったため、番組の放送が終了すると新たな番組のためテープを使い回ししていた。だから70年代半ば以前のTV番組のほとんどは観ることができない。台本とスチール写真で想像するしかないのだ。

 いや、いや、昔のTV番組(作品)もけっこう残っているよ、シリーズそのものがDVDボックスで売りだされているではないか。そう反論される方もいるかもしれない。

 昔のTV番組はビデオ収録によるものと16ミリフィルムで撮影したものとに区分されていた。ドラマには局が制作するスタジオドラマと外部のプロダクションに発注するテレビ映画と呼ばれる作品があった。フィルムは一度撮影してしまえば作品(ネガとポジ)が残る。保存さえしっかりしていればいつでも視聴が可能なのである。
 
 たまにとんでもなく古いビデオ作品が見られることもあるが、そういう場合は、局が記念として保存しているということが多い。
 TVドラマの「男はつらいよ」はフジテレビが第1話と最終話のみ保存していたので、今でも観ることができる。大河ドラマも70年代までのものは総集編のみ保存されている場合が多い。だから今でもショーケン演じる人斬り以蔵(「勝海舟」)が拝めるというわけだ。

 もう一つは、番組の出演者が個人でビデオ録画している場合。ビデオ録画機が一般家庭に普及するのは80年代になってからだが、70年代後半には出回っていた。うちは電気屋だったので、75、76年ごろにお店にバカでかいベータマックスの録画機があったような気がする。ベータマックスが出る前からも録画機はあった。詳しくはわからないが、3/4吋、1吋といったテープだったと思う。あるいは本放送に使用する2吋テープによる本格的な機器だった。

 録画したものをフィルムにして(キネコという)保存していた。
 日本テレビの「シャボン玉ホリデー」の初期のモノクロ版が見られるのは、クレージー・キャッツのリーダー、ハナ肇が個人でキネコを残しておいてくれたおかげなのである。

 昔のTV局には番組をすべて保存しておくなんて考えはなかった。
 とくにスタジオドラマは劇団の芝居みたいなもので、TV黎明期の生放送時の慣習からか、放送したらおしまいという考えだった。

 1990年代前半に少年ドラマシリーズが話題になったことがある。第一弾「タイム・トラベラー」のマスターテープがない、NHKではテープの所在を探している、というようなことが記事になった。2000年代になってから個人が録画して所有しているビデオテープがNHKに寄贈されて「タイム・トラベラー」は最終回の映像と第1回~5回の音声がDVD化された。すぐに購入した。ただ購入したことで満足してしまい再生したことはない。

 「ユタとふしぎな仲間たち」や「つぶやき岩の秘密」はフィルム作品なので、DVD化は容易だったのではないか。
 アーカイブスが始まって「タイム・トラベラー」「なぞの転校生」「ユタと不思議な仲間たち」が取り上げられた。すべて観ている。

 少年ドラマシリーズ第1弾「タイム・トラベラー」は1972年の元旦から始まった。しばらくは土曜日の18時05分~35分の30分番組だったが、途中で月・火・水の18時台25分番組となり、やがて月~木の20分になった。平日の帯番組になったことで、特に高校生になってからは観ることができなくなってしまった。
 というわけで、77年の作品「未来からの挑戦」はまじめに観た覚えがない。


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「番組発掘プロジェクト」フライヤー
受付時に配付されたフライヤーの1つ

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その裏面

 
 この項続く




 6日の夜は丸の内ピカデリーにて「マエストロ!」を鑑賞。
 適材適所のキャスティングで楽しめた。楽器の演奏に嘘っぽさが感じられなかったところが好感触。ただ、クライマックスの楽団の演奏に感動した人はエンディングロールにつきあわない方がいいかもしれない。あるクレジットにがっかりくる。流れるテーマ曲が良いけれど。

 7日の午後はFCのWさんと三軒茶屋のキャロットタワー26Fへ。レストランで眺望を楽しみながら昼食をとったあとは、キャロットスタジオに移動。
 少し離れた場所で椅子に座ってFM世田谷「あの頃青春グラフィティ」を聴いていると、目の前に後藤さんとTさんが現れて驚いた。しばし雑談の後ゲストコーナーが始まるというのでスタジオに入っていった。キャロットスタジオって楽屋がないんですね。

 本日(8日)は、午前中、地元シネコンにて「ANNIE/アニー」鑑賞。
 芝居(ミュージカル)はまったく知らないが、映画はかなりの面白さ。ルンルン気分で外に出ると雨が降っている。あわてて自転車を走らせ帰宅。濡れたダウンジャケットをタオルで拭きながら、軽く昼食(パンとコーヒー牛乳)。

 今度は傘をさしながら自転車をこいで、SKIPシティへ。4Fの映像ホールで「未来からの挑戦 復元上映会&少年ドラマ(シリーズ)同窓会トークショー」が開催されたのだが、これは画期的なイベントだった。トークショーなんてとんでもなく盛り上がって、興奮いまだ冷めやらず……。




 映画雑誌で2014年公開映画のベストテン&ワーストテンが発表されるようになった。
 映画秘宝で「GODILLAゴジラ」がベストで2位、トホホ(ワースト)で1位というのはまあ、わからないではない(個人的には納得いかない! 誰じゃぁトホホに投票した奴は?!)。

 「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」が堂々のベスト1というのが、どうにもわからない。この映画、公開前はけっこう期待していたのだ。80年代のヒット洋楽と特撮アクションのコラボがどんなテイストになるのか、わくわくしながら劇場にかけつけたのだが……。
 結果、音楽はそれほどでもなくて、特撮アクションシーンで意識がなくなることがたびたびあった。クライマックスで眠くなるなんてどういうことよ。残念だなあというのが個人的感想。

 キネマ旬報のベストテンはつまらないと一部で言われている。可もなく不可もなくといった作品が最終的に得点を集める結果となり、ベストワンに輝いてしまうからだ。そうだろうか?
 日本映画のベストワンが「そこのみにて光輝く」、外国映画が「ジャージー・ボーイズ」。すいません、「そこのみにて光輝く」全然知りません。いつ公開されたのか? 主演が綾野剛なので話題になったと思うのに記憶にない。
 「ジャージー・ボーイズ」には大納得。

 映画芸術の場合、ワースト1位が一種独特だ。今回のワースト1は「そこのみにて光輝く」。そう、キネマ旬報のベスト1が映画芸術ではワースト1なのである。
 映画芸術のワーストランキングは眉唾もので、そのまま信じることができない。確か「ゆれる」もワースト1だったような気がする。ほかにもっとひどい映画があったにもかかわらず。いや普通の駄作だとワーストにならないのだろう。編集部(というか編集長とその取り巻き)の意向がものすごく感じられるのだ。

 そういえば「ジャージー・ボーイズ」については、映画秘宝で町山智浩氏がトトホ映画に挙げていた。アメリカではあまり評価が高くない、すべてにおいてブロードウェイ・ミュージカルの方が素晴らしいのだとその理由を語っていた。そうなのか。ミュージカルを知らない者からすると、十分素晴らしい音楽映画だと思うのだが。まあ、他人様の意見にアレコレ口を挟むのは野暮なのでやめよう。

 それよりも、町山様、映画「進撃の巨人」の脚本作りお願いしますね。「進撃の巨人」はヴィジュアル◎、ドラマ×が十分予想されるので。樋口監督作品って、いつも脚本がないがしろにされていた印象が強いものだから、町山さんの参加にとても期待しているわけです。怪獣映画ですからね、「進撃の巨人」は。原作とは比べません、比べようにも読んだことがありませんので。




 近くにSKIPシティという映像施設があって、NHKアーカイブスほか、いろいろ楽しめることは以前書いた。8日に我々世代にはたまらないイベントが開催される。
 題して「未来からの挑戦 復元上映会&少年ドラマ(シリーズ)同窓会トークショー」。
 このイベントを知ったのが先々週だったろうか。近所のマルエツに買い物に行ったとき、掲示板にチラシが貼ってあったのだ。参加するには事務局にメールか電話して予約することとあり、翌日、さっそく電話した次第。
 昨年も、倉本聰脚本「赤ひげ」のビデオ数本が発見されて、そのお披露目試写があった。興味があったが、まだ体調が万全ではなく、結局行くのが面倒になってパスしてしまった。今なら真っ先に駆けつけるのに。

 それから、東京都在住の紙ふうせんファンの皆さん、今週末、後藤さんがラジオ出演します。Tさんからメールが来ました。

 ●2月7日(土)
  FM世田谷「あの頃青春グラフィティ」(生放送)  出演時間:14時~14時40分頃

  番組は三軒茶屋キャロットタワー内のキャロットスタジオにて公開生放送! サテライトスタジオなので、見学可だそうです。

 ●2月8日(日)
  デジタル衛星ラジオ ミュージックバード「全日本フォーク道場」(生放送) 出演時間:13時15分~14時25分頃

  デジタル衛星ラジオって何ぞや? 加入しないと聴けないみたいね。

          * * *

 前々回より続く

 プライム楽団は楽団というほどだからメンバーが多い。なんと8人いる。
 8人もいれば、ヴォーカル担当の楽器をもたないメンバーがいるものだが、楽団という名称に嘘はない。

 センターにウクレレの男性。MCを担当していて、リーダーとのことだ。客席にはウクレレ教室の生徒(の女性たち)が来ていると言っていたので、本業はウクレレの先生なのだろうか。
 その隣、下手にはキーボードの女性、ピンクの電話の竹内某を美人にしたような感じの人だ。大正琴のお師匠さんだとか。ライブが始まって知るのだが、女唄はほとんどこの方のヴォーカルだ。
 その反対、上手には、ギター(AG&EG)とパーカッション担当のKさん。Kさんもたまにヴォーカルをとる。
 リーダーとKさんの間、少し奥まった位置にAGとメインヴォーカル担当の男性。その後ろはドラムの男性とベースの男性が並ぶ。
 その逆、下手にはちょっと年配のチェロの男性とキーボードの女性。ふたりはご夫婦とのこと。見た目だけだと年の差結婚に見えるのだけど、実際はどうなのだろう。
 キーボード2名、どう差別化しているのかと一瞬考えたが、ピアノとキーボードと思えばおかしくない。いつものステージだったら、どちらかの女性はグランドピアノを弾いているのではないか。

 本人もMCで言っていたが、ウクレレとチェロというのがオヤジバンドでは珍しい。
 パピーズのステージはそれほど広くない。8人の奏者でもう一杯いっぱいだ。おかげで僕の位置からだとKさんのプレイがほとんど見えなかった。

 1曲めは「翼をください」だった。
 男性が歌いはじめたのでちょっとびっくり。
 後方にはPCのパワーポイントで作成された歌詞が投影される。一緒に歌おうということか。

 歌い終わってから、リーダーからなぜ「翼をください」を最初に持ってきたのか説明があった。Kさんが引き取る。

 実は3月に東京で紙ふうせんのコンサートがあって、その翌日、赤い鳥と紙ふうせんのコピーバンドが共演するライブがあるんです、そこにプライム楽団も出演することになって、「翼をください」と(後ほど披露する)「竹田の子守唄」を歌います!

 客席から拍手。とはいえ、客席にはけっこう若い人たちもいて、紙ふうせんや赤い鳥を理解しているとは思えない。バンド合戦みたいなライブに出演するメンバーたちへの声援なのだろう。

 プライム楽団のレパートリーは昭和歌謡だ。これも以前Kさんから聞いていた。
 Kさんがぶっきらぼうに歌う「旅人よ」は、加山雄三の雰囲気を醸し出していてなかなか良かった。

 ウクレレの音色がジェイク・シマブクロに似ていると思ったら、「フラガール」のインストルメンタルありました。

 プライム楽団は、60年代、70年代のフォーク、ニューミュージックを中心に、いわゆる昭和歌謡をレパートリーにしている。90年代、00年代のJ-POPも忘れない。
 いつもは、千葉のさまざまな施設でライブ活動を行っているプライム楽団にとって、このパピーズは年に一度の集大成、まさにリサイタルみたいなものなのだろう。お客さんはすべてメンバーの知り合い。だからノリがとんでもなく良い。良すぎるくらいだ。

 昭和歌謡って、ライブハウスだと少々違和感がなくもないが、たとえばヘルスセンターみたいなところで不特定多数の、ある年齢以上の聴衆を相手にするライブだと、とても魅力的な楽曲ではないかと思う。耳にすれば絶対聴いてしまうもの。

 ただ一つだけ意見させて。「竹田の子守唄」について。
 Kさん、長年の紙ふうせんファンならば、やはり「久世の大根飯…」バージョンを歌わなければ!


 Tさんに確認したところによれば、コピーバンド大会には全国から14組のグループ、個人がエントリーしたという。わが郷里・群馬からは3組。そのうち一人は前橋のTさんか。下仁田のSさんが参加できないことは事前に確認している。
 当日、プライム楽団の「翼をください」「竹田の子守唄」のほか、どんな楽曲が披露されるのか。個人的には隠れた名曲が聴けたらうれしい。




 
 週末、風邪でダウンしていた。いつのころからだろう、熱がでるともうダメ。この世のおわりというか、今はSEKAI NO OWARIか、とたんに動きが鈍くなり、節々が痛くなってきて、そうなると何もしたくなくなって、もう寝るしかない。
 1日は映画サービスデーだったので、有楽町へ出て日劇で「エクソダス 神と王」を観ようと思っていたのだけれど諦めた。

 先々週23日は3年ぶりに「さばの湯 談四楼独演会」に足を運んだ。で、思った。オレは貧乏神かもしれない。極端にお客さんが少なかったのだ。告知が全然できなかったのが要因らしいが、確かに私も当日師匠のツイッターで知ったのだから仕方ないか。
 昨年12月、上野広小路亭の立川流夜席に伺ったときも客がつばなれしなかった。まあ、さばの湯の場合、客の少なさが逆に至福とも言えることは言える。師匠の話芸を独占できるという意味で。
  「お見立て」&「富久」。「お見立て」は初めて。

 翌日はMOVIXさいたまでフルCGアニメ「アップルシード アルファ」鑑賞。昨年の「キャプテン・ハーロック」にも言えるが、ハリウッド・コンプレックスだよなぁ。
 その翌日は池袋で自主映画の闇鍋上映会。上映会後の懇親会は参加せずに帰るつもりで、NHK大河ドラマ「花燃ゆ」の録画をセットしなかったのだが、結局最後まで残ってしまって観ることができず。土曜日の再放送もすっかり忘れていた。「花燃ゆ」、視聴率の悪さが話題になっているが、気にしない、気にしない。私は音楽が川井憲次ということで注目している。

 「笑点」で三宅裕司&小倉久寛のコントをやると知って予約録画したのだが、帰宅して再生したら別のコンビのコント(?)だった。はて、日にちを間違えたか? 理由は翌日のネットニュースで知った。
 27日は「シェアハウス・ウィズ・ドラキュラ」。もっと笑える映画かと思った。ニヤニヤ、ニタニタ、ムフフレベル。つまらないわけではない。キャラクターが皆愛おしい。音楽がユニークだった。へたうまってああいうことを言うのではないか?




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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