28日(土)、MOVIXさいたまにて「イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密」鑑賞。動くベネディクト・カンバーバッチを初めて観る(と思う)。こんな複雑なストーリーだったとは。

 29日(日)は山本俊彦さんの一周忌だった。昨日(30日)と勘違いしていた。
 昨年の3月29日、武庫之荘の桜は3分~5分咲きだった。今年(関東では)はもう満開。今年の春は昨年より早いことを実感している次第。

          * * *

2015/03/24

 承前

 14時開演で30分前に開場となった。
 中に入ると、パイプ椅子がずらっと並んでいた。その数約100個。一番後ろが関係者席になっていて、貼紙には「アオイスタジオ」と書かれていた。
「録音スタジオがなぜに?」
 後でわかるのだが、西島さんの所属事務所だった。アーティストのマネジメントもやっているのか。

 開場待ちのとき早くから並んでいたので、座ったのは二列めの真ん中あたり。特等席ではないか。
 お客さんは60歳代が多いかもしれない。夫婦姿も目についた。

 入場時にA4サイズの用紙をもらう。見ると「BS朝日公開録画についてのお願い」とあった。番組の趣旨が書かれていた。
     ▽
 かつてフォークソングと共に青春を過ごし来られたフォーク世代の方々に、なつかしい歌によって青春時代を振り返り、これからも元気に生きて行こうというエールを送ることを目的に収録されます。
     △
 裏には番組のテーマソング「生きるチカラ」の歌詞が掲載されている。作詞清水国明、作曲小室等。


  よくがんばりましたね あなた
  働いて 働いて 働いて
  子どものため 妻のため 明日のため
  遊ぶより働いて 休むより働いて
  ようやく近頃 楽な暮らし
  本当にあなたは よくがんばりました


 最初に番組のプロデューサー・ディレクターが登場して挨拶と収録にあたっての諸注意があって、小室さんと清水さんを呼んだ。
 司会のふたりが出てきて番組スタート! (「生きるチカラ」歌唱)

 なのだが、ふたりとも台本を読んでいない。いや、清水さんはともかく、小室さんは目にしたかもしれないが流れを把握していなかった。だから、スタートのお約束〈タイトルコール〉をしないまま、番組が始まってしまった。あとで気づいたふたりはああじゃないこうじゃないと言い訳してから「ま、何とかなるでしょう」。

 番組は、いわゆるジャンボリー方式というもの。ゲストの歌手が順番に登場して各々3曲ずつ披露する。まずセンターで1曲歌ってから、ステージ下手のトークコーナーで小室さん、清水さんとおしゃべりして(歌手が歌っているとき、小室さんと清水さんはここに座って聴いている)、センターに戻って少しおしゃべりして、2曲歌っておしまい、という段取りになっている。

 ジャンボリー方式といっても、番組が用意したバックバンドが演奏を担当する。
 ステージ上手から、竹田裕美子(キーボード)、岩井眞一(ギター)、竹田弘樹(ベース)、河野俊二(ドラム)の4名。

 ギターの方とは、会場に到着したときにすれ違っているのだが、そのときちょっと驚いた。高校時代、ラグビー部の1年後輩にそっくりだったのだ。
「なぜお前がここにいるんだ?」
 思わず声かけようとしたほど。髪が真っ白なところも似ている。ちなみに後輩は群馬で遺跡を発掘している。

 
●山本コウタロー

  走れコウタロー/ウィスキー/岬めぐり

 トップバッターで登場したコウタローさん。ギター(バンジョー)の方を一人連れている。
 昔と変わらない姿(痩せていて髪も黒い)。なのだが、なぜかヨレヨレの印象。
「歌えるのだろうか?」 
 失礼な話だけれど、ほんと、、そう思った。
 髪は染めているのだそうだ。以前は白髪だったが、ある日、ムツゴロウ(畑正憲)氏に間違われて大ショック、すぐに髪を染めたという。もう間違われることはない。
 今は白鴎大学の客員教授だとか。
 
 ソルティシュガーのヒット曲、大好きだった。早口の実況中継がたまらなかった。「走れ、走れ、コウタロー」は皆で大合唱。歌いだしたら、あら不思議、さっきまでの老いがどこかに消えてしまった。
 清水さんと小室さんもそう言っていたから単なる個人的印象ではないと思う。
 「岬めぐり」はいい曲だ。今回、初めて知ったのだが、作詞は山上路夫氏なのだ。この詞は好きだ。

 ひとつ気になることがあった。
 コウタローさん、歌いだす前にポケットから片手に収まるほどの四角い機器を取り出して確認するのである。万歩計ほどの大きさで、たぶん液晶で何か表示されている。Kさん曰く「曲のコード進行か歌詞が表示されているんじゃないの?」


●紙ふうせん

  翼をください/冬が来る前に/竹田の子守唄

 このライブ、登場はデビュー順になっているのか。
 ソルティシュガーが「走れコウタロー」で登場したのが1970年(デビューは1969年)、赤い鳥のデビューは1970年。
 ガロもデビューが70年だが、「学生街の喫茶店」のヒットが73年、「池上線」のヒットは76年。「『いちご白書』をもう一度」が……あれ、75年だ。まあ、いいや。

 後藤さん、平山さんのほかに、すぎたさん。
 1曲めが「翼をください」なので驚いた。最初から飛ばしている。
 「冬が来る前に」を歌い終わると、平山さんが一番前のお客さんに声をかける。「ジローさんのギターに合わせて、一緒にストロークしてたでしょ?」
 後藤さん、「だったらもう少し真面目に弾いたのに」

 「竹田の子守唄」はアンケートにも書いたが、このライブで一番胸に染みた。
 
 平山さんの(声の)迫力に清水さんが反応した。トークで話題にする。出演者全員とバーベキューを楽しんだそうだ。そのときの平山さんの様子を「まるで上沼恵美子みたいや」だって。アハハ。清水さん、それを言うなら上品な上沼恵美子さんです。
 小室さんが紙ふうせんの活動に対して言った「リスペクトしている」という言葉を噛みしめた。胸が熱くなった。大げさではなく。


 この項続く




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 もし、大塚家具のお家騒動をドラマ化するとしたら、娘の美人社長に鈴木京香はどうだろうか。父親の会長には河原崎建三。えっ、河原崎建三の奥さんって大川栄子なの。知らなかった!

          * * *

2015/03/24

 BS朝日で昨秋〈「贈る言葉」から「なごり雪」まで〉という副題がつく音楽番組が放送された。なんてことを僕が知るわけがない。だいたい家のTVはBSが映らないのだ(専用ケーブルをつなげば視聴可能)。
 司会は小室等と清水国明、出演者は海援隊、イルカ、トワエモア、杉田二郎、さとう宗幸といったフォーク歌手の面々だ。
 スペシャルとして放送されたところ評判が良くて第二弾が制作されることになった。

 第二弾(春編)のタイトルはこうだ。

 「岬めぐり」から「学生街の喫茶店」まで 
集え! 富士山麓、歌え! 青春フォーク 
    ~生きるチカラ・歌のチカラ~
 

 出演者5人の中に紙ふうせんの名があった。
 他のメンバーは、山本コータロー、大野真澄(元ガロ)、西島三重子、ばんばひろふみ。

 番組の収録は3月24日(火)、14時から17時の3時間。場所が河口湖SHOW園、清水国明が運営する施設だそうだ。
 給料日前日の一番金がないとき、おまけに遠方(でもないか)、いくら紙ふうせんが出演するからといっても普通ならパスしてしまうのだが、司会が小室等というところに反応した。
 この時点で第一弾が放送されていること、その内容なんてわからなかった。
 もしかしたら、小室さんと紙ふうせんが一緒にPPMを歌うなんていうコラボが拝めるかもしれないと期待したのだ。

 観覧希望者を募っていたので応募したら、ラッキーなことに当選したのである。通知が来たのが紙ふうせんがリサイタル当日。帰ったら届いていた。
 すぐに有休を申請した。
 こちらで要望していた観覧人数は3人。別にアテがあるわけでなく、当たったらWさんを誘おうと思っていた。ところが、火曜日は習い事があるとのことでNG。Cさんも休めないからとNG。

 ダメもとで興味ありそう人に声をかけた。
 Nさん「一番忙しいときなので」
 Hさん「すでにアポが入っていて」
 Yさん「近くにならないと休めるかどうかわからないので」

 別件でKさんに電話した。プライム楽団の面々が、コピーバンド大会時に生で聴いた紙ふうせん「竹田の子守唄」についてどう思ったのか、感じたのか知りたかったので。このとき公開録画の件も伝え、行く方向で考えるとのこと。すぐに「OK」のメールをもらった。
 だったら、ノアさんを誘ってみようか。
 ノアさん「福島で仕事が」
 Iさんにも声かけたがやはりNG。まあ、松葉づえで河口湖というのも無理だろう。

 Kさんと二人で行くことにした。

 河口湖まで電車でどうやって行けばいいのか。ネットで調べたら、新宿から直通の高速バスがあるではないか。
 バスも予約。準備万端。

 当日は快晴だが冷えると聞いたので、ダウンジャケットを着て新宿西口のバスターミナルで待ち合わせした。
 バスの乗客には中国人が多い。そういえば先週出張で行った京都でも中国語がひんぱんに飛び交っていたっけ。

 09:10 新宿 発 10:55 河口湖駅 着

 河口湖駅に到着してすぐに観光案内所にかけこんだ。近場の食堂と河口湖SHOW園への行き方を教えてもらうため。
 食堂は駅前、真ん前にほうとうのお店があった。河口湖SHOW園へはタクシーを利用すれば運賃3,000円ほどとのことだった。「徒歩で行くには」と訊ねるといい顔しなかった。

 とにかくまずはメシだ。
 駅前の「ほうとう不動」に入ってお薦めのほうとうを注文する。1,080円。

 唐の時代の中国では汁に入れた麺を「不托(ふたく)」と呼び、のちに「はくたく」となった。これがほうとうの語源らしい。平安時代から貴族に愛好されていて、その後、武田信玄が戦時食としたものが甲州風として受け継がれた。富士山麓の味噌と山菜を添えたほうとうは富士五胡名物の筆頭になった。
 はい、割り箸の袋に書かれた「ほうとうの歴史と由来」を引用しました。

 僕らもそうだったが、日本人の客は皆ほうとうを注文する。せっかく山梨に来たんだから、名物を食べてみようとするのが人情というもの。ところが、外人客はあまりほうとうが好きではないらしい。隣に座った中国人カップル。女性はほうとうだが、男性は麦飯セットだった。
 東南アジア系の女性二人連れはお薦めがほうとう(ヌードル)だと聞き、店を出て行ってしまったほど。

 満腹になって会計、そのとき店の人に地図を見せて河口湖SHOW園まで徒歩で行くことが無謀からどうか確認してみた。答えは、行けるけど、1時間30分ほどかかりますよ。
 12時。時間はたっぷりある。徒歩で会場まで行くことにした。

 運動になるし、何よりタクシー代が節約できる。
 Kさんのスマホアプリのナビを使って、裏道を歩きだした。

 快晴だから富士山の眺めが最高だ。
 Kさんとおしゃべりしながらのウォーキングは何とも楽しい。
 道路沿いにはけっこう飲食店がある。ラーメン、焼き肉、定食屋。喫茶店もある。

 田んぼで見かけない大きな鳥が走っている。
「何?」と僕。
 Kさんがつぶやく。「キジ…じゃないの?」

 清水国明さんの写真つき「森と湖の楽園」の看板があった。この中に目指す「河口湖SHOW園があるのだ。
 歩いていると、横を何台もの乗用車が走っていく。ナンバーは東京方面のもの。僕らと同じ公開録画のお客さんだろう。
「クルマで来てもよかったなあ」
 Kさんが言う。
「クルマだと帰りにアルコール飲めないよ」
 帰り、バスの時間までけっこう時間があるから、その間少し酒のみましょう。番組を肴にして。
「そうだよね、こんな散歩もたまにはいいよね」

 「森と湖の楽園」に到着した。1時間ちょっとかかったことになる。
 森の中にさまざまな施設が建っている。バンガロー、ツリーハウス、バーベキュー施設等々。
 その中の一つが「河口湖SHOW園」なのである。
 矢印に従って歩いていくと、あった。
 開場を待つお客さんが何人もいた。

 
fujisan1
最初、大通りではなく、こんな道を歩いていました

fujisan2
歩いていく先には雄大な富士山の姿が

kawaguchikoshowen
これが河口湖SHOW園です

 この項続く




 クリアアサヒのCMに山口智充が登場した。ぐっさんといえば、つい最近まで、キリンビールののどごし生のキャラクターではなかったか。けっこう長い間担当していたので、今でものどごし生=ぐっさんのイメージがある。

 ある時期から契約が切れれば、タレントは簡単に競合他社のCMに出演するようになった。
 それまで某社の化粧品CMに出演していた女優が、別の化粧品メーカーのCMに登場したときにはびっくりした覚えがある。ずいぶん昔のことだ。

 80年代半ば、CM制作会社に勤めていた。企画の手伝いでイメージキャラクター候補を選出する際、上司(プロデューサー)からきつく言われたのは「競合他社のCMに出演したタレント(俳優)はNG」ということだった。一度でも関係をもったらダメだと。

 そんな業界タブーがなくなったということだろう。
 NTT(のCM)に出演していたSMAP(5人がガッチャマンに扮したCMは話題になった)が、ソフトバンクに登場したときもかなり衝撃があった。「そんなこと許されるのか?」
 タレント(俳優)からすると、単なる仕事の一環なので気にすることもないのかもしれない。昔は、企業の顔になるということで、タレント自身もかなり公私にわたって気を使ったということだが。

 企業側のCMタレントの起用法が大きく変化したに違いない。
 ネットで調べた際に知ったのだが、ぐっさんに今回のオファーがきたとき、最初は辞退したという。しかし、企業サイドの要望が強かったため了解したと。

 アサヒビールつながりでもう一つ。
 松下奈緒が出演するプライムリッチCMを初めて観たときは、金麦と勘違いした。キャラクターが檀れいから松下奈緒に変更になったのだと。それくらいよく似ていた。
 クリエーターにプライドはないのだろうか。これまたクライアントの強い要望か。

 あと一つ。
 すでに10本ほどのCMに起用されているタレントをずいぶんと遅くなってから起用する企業がある。
 視聴者からすると、そんな起用には意味がないように思えてしまう。それは当該タレントの新しいCMであって、こちらサイドには何の商品なのかわかっていないことが多いからだ。新しい企業(商品)のCMというより、これまでのCMの新バージョンというような印象しかない。
 とんでもない後出しでもタレントの人気に便乗したいのだろうか。




 3度めの「アメリカン・スナイパー」鑑賞。
 本日が期限の1,300円鑑賞クーポンをムダにしないため。
 丸の内ピカデリーで上映しているのは「アメリカン・スナイパー」「ソロモンの偽証」「ミュータント・タートルズ」。
 「ミュータント・タートルズ」は全然興味ないし、「ソロモンの偽証」はもうすぐ後編が公開されるし、ってことになると観る映画は決まってくる。

          * * *

 演劇は役者のもの、映画は監督のもの、TVドラマはシナリオライターのもの。
 そう言われて久しい。
 2000年代になっても、ドラマはシナリオライターのものなのだろうか。

 視聴率が悪いと、叩かれるのはいつも主演俳優だ。でも、本当にそうなのか? 
 企画自体が現在の視聴者層に合わなかったのではないか。シナリオがよくなかったのではないか。演出に問題はなかったのか。裏番組が強すぎるということもあるのかも。
 低視聴率にはさまざま要因があるはずで、一概に主演俳優にその責任を押しつけることはできないと思うのだ。にもかかわらず、メディアの主張はいつも同じ。

 70年代から80年代にかけて、TVの連続ドラマは、シナリオライターのオリジナルが多かった。僕自身、ドラマは脚本家で観ていたところがある。
 今は圧倒的に原作ものが幅をきかせている。それも漫画(コミック)が多い。これは映画も同じなのだが。

 映画といえば、今は製作にTV局が絡んでいる場合が多い。TVシリーズを映画化するのが最近の流行だが、何とかならないものか。映画化ではなく、TVのスペシャルではいけないのか。映画を特別視するつもりはないが、それでもTVと映画は別物という意識は強い。
 TV局がスペシャルドラマを作るのと、映画を作るのとでは、どこがどう違うのか。
 TVのスペシャルでいい映画作品があるかと思えば、これなら劇場の大きなスクリーンで観たいと唸らせるスペシャルドラマがある。
 この違いを誰か教えてほしい。

 そういえば、最近は複数の脚本家、監督が参加するTVシリーズがない。昔のTV映画といわれたジャンルのことである。
 「太陽にほえろ!」「傷だらけの天使」「探偵物語」等々、毎回、監督や脚本が変わるシリーズだ(原則2本持ち)。「相棒」がそうか。テレビ朝日の東映作品が該当する。

 「ネオ・ウルトラQ」もSFアンソロジーという趣旨からすると、複数のシナリオライターが参加していそうだが、12本一人のライターが担当しているのだ(数本、共同執筆)。「ネオ・ウルトラQ」に凡作が多いのは、このシナリオ一人体制のせいだと思う。

 昨年やっとブルーレイ・レコーダーを買った。それまでTV番組はオンタイムで観ていた。観られなくて悔しい思いをしたことが何度もある。
 レコーダーを買ってからは気になる番組は予約録画する。しかし、録画してそのままというのがけっこうある。ビデオのときは、早く観なければ次の番組を録画(上書き)できないので、録画したらすぐ観る習慣があったのだが、HDの場合、余裕があるから後回しになり、結局そのままになってしまう。
 そんなわけで、正月のスペシャルドラマ「オリエント急行殺人事件」をすべて観終わったのが先日である。「永遠の0」最終編はその翌日のこと。
 「紅白が生まれた日」も録画していたらまだチェックしていないかもしれない。

 ドラマは録画しながらまずオンタイムで観ること。それに限る。


  「紅白が生まれた日」
 
 丁寧に作られたドラマで、内容も興味深かった。
 紅白音楽試合に出演した歌手が、司会も含めて皆実名というのが良い。本人に似ているとかということではない。紅白歌合戦誕生の実話(細部はフィクションだらけだろうが)を扱っていながら、ディック・ミネではなく、マイク・ハマ、並木路子ではなく茨木康子なんていう仮名の歌手がでてくると興ざめするということだ。
 終戦後の東京の街並みも見ごたえあり。
 久しぶりの松山ケンイチ、目チカチカ演技が様になっていた。


 「オリエント急行殺人事件 第1夜・第2夜」

 予約録画してしばらくしてから第1夜を観たのだが、それほど面白くなかった。第二夜はパスして消去してしまおうと思っていたところ、Sさんと飲んだとき、このドラマに触れてこう言った。「実は第2夜が三谷幸喜らしいんですよ」
 確かに、いかにして12人が殺人を遂行したのかを、犯人側から描いたドラマに夢中になった。
 それにしても、アガサ・クリスティの傑作ミステリはこういう内容だったのか。原作と映画をあたってみよう。


 「永遠の0 第1夜・第2夜・第3夜」

 第1夜と第2夜はオンタイムで観た。3夜のみ外出したため録画したのだが、再生する気になれなかった。第1夜、第2夜がつまらなかったわけではない。ゼロ戦の飛行シーンなど、ラジコン模型を使って表現していて悪くない。
にもかかわらず、すいぶんと放っておいた。
 同一人物である、戦時中の若者と現代の老人がまったくの別人に見えてしまうのが、要因かもしれない。
 違う役者が演じているわけだから、別人なのは当たり前なのだが、でも、あの若者が齢をとればこんな老人になるかもと思わせるようなキャスティングでないと、話に夢中になれない。
 それからラストで感じたこと。
「登場人物に大泣きされると、観客は泣けない」
 そんな格言(?)を思いだした。
 映画はどうなのか、DVD観てみよう。




 HP「夕景工房」に掲載したレビューを機会があればブログに転載している。
 特に紙ふうせんのコンサート、ライブに関するレビューをまとめたい。
 赤い鳥や紙ふうせんについて語りたい人、この指とまれ! たまにオフ会しませんか?

 「赤い鳥・紙ふうせん アマチュアコピーバンド大会 この指とまれ!」を茨城から来た方、出演ではなく、観に来たんですよね。もっと赤い鳥について語り合えればよかった、連絡先教えてもらえばよかった、と後悔しています。

          * * *

2002/07/28

 「紙ふうせん トーク&コンサート」(静岡県引佐町多目的研修センター)

 昨年2月に京都の伏見区で開催された「ふしみ人権のつどい」第二部のトーク&コンサート以降、前半は後藤さんの講演、後半は紙ふうせんのミニライブという形態のコンサートが増えた。

  「竹田の子守唄」を中心にした人権に関する講演に興味がある。伏見の時は音楽評論家の藤田正氏との対談だったので、後藤さん一人の場合はどんな内容になるのか、一度このトーク&コンサートに足を運びたかった。これまでほとんど関西以西ばかりだったが(一度新潟で開催されたのだが、懐具合が芳しくなかった)、珍しく静岡でやると聞いて駆けつけた。  

 静岡の西端に位置している引佐町。引佐は〈いなさ〉と読む。  
 新幹線で浜松へ。駅前のロータリーからバスに乗り、約1時間。インターネットで検索しプリントアウトした多目的研修センターの地図を片手に、何番の路線のバスに乗り、どこの停留所で降りるのか、バスの運転手に尋ねることしきり。
   
 このトーク&コンサートは引佐教育委員会と財団法人静岡県財団協会の主催。冒頭には教育委員会の会長(?)さんがご挨拶。その中ではるばる大阪や埼玉からお越しの方なんて紹介されてしまう。北海道から来たファンの人もいるのに! (ちなみに大阪から来た方はFCの会長さん。神奈川と東京からも熱烈ファンは来ています。)  

 赤い鳥時代からMCは一手に引き受けていた後藤さんだから講演なんて慣れたものだろう。演台も水差しもなく、次のコンサート用に準備されている楽器(ピアノとギター)の前で、マイクを持ちながらしゃべりきってしまう。驚いた。  
 今日は人権の話ではなくて教育の話、赤い鳥時代から歌い続けている「翼をください」と「竹田の子守唄」についての話の二本立て。  

 僕は赤い鳥の歌の中で、山上路夫・村井邦彦コンビのものがいまいち好きになれない。山上氏の詞にある種の嘘っぽさを感じてしまうのだ。
 「赤い屋根の家」という歌がある。後藤さんたちがアマチュア時代に始めた「赤い屋根の家」コンサートにインスパイアされたとおぼしき歌だが、僕はこの歌を聴くたびに背中が痒くなる。「嘘でぇ」とチャチャを入れたくなる。
 「翼をください」は名曲である。名曲ではあるけれど、やはりひっかかる個所がある。  

  今、富とか名誉ならば いらないけれど翼がほしい

 少しくらいの富や名誉、せめて富くらいは欲しい。若い頃から金に恵まれなかった僕は思う。
 後藤さんは「翼をください」を歌いつづけているものの、やはり詞の世界に納得がいかないものを感じていたという。ところが阪神大震災に見舞われ、自身の家はもちろん、ふたりの家族の家も被災し、避難生活を送っていた時のこと、被災者を対象にしたチャリティコンサートでこの歌を歌って、ある発見をしたと。  

  悲しみのない自由な空へ  

 悲しみのない自由の空とは何か。そうか、この歌は鎮魂歌なのか、と。

  「竹田の子守唄」は近年森達也の「放送禁止歌」(解放出版社)で同和問題とのからみが一部で話題になった。同和地区から生まれた歌であることがわかると、メディアがとりあげなくなったことへの驚き、非難が大半である。
 が、「竹田の子守唄」の発祥の地、同和地区の歌であること探し出したのは後藤さんであり、高校時代の友人・橋本正樹氏なのである。(今こそ橋本氏の労著「竹田の子守唄」が復刻されればいいのに)

  「竹田の子守唄」がヒットした1970年代のはじめ、後藤さんは関係者のもとへ足しげく通い、歌の背景からすべてをひっくるめて理解しようとした。そんな真摯な態度、30年間歌いつづけた自信が、ライブで如実に表れる。
 後藤さんのギターテクニック、ふたりの息の合った間とハーモニー。生で「竹田の子守唄」を聴いた誰もが絶賛する。もう赤い鳥時代を凌駕しているのは間違いない。  

 さて予定の30分をオーバーしてトークを終えた後、平山さんも登場してコンサートが始まった。  

  1.いつも心に青空に
  2.ささぶね
  3.街を走りぬけて
  4.ホー・ハイ・ホー
  5.PPMメドレー 悲惨な戦争~パフ~天使のハンマー
  6.竹田の子守唄
  7.翼をください
  8.虹
  9.冬が来る前に
  10.船が帰ってくる
  アンコール 紙風船

 お客さんのノリがよかったからだろう。たぶん予定にはなかったPPMメドレーが聴けて得した気分。
 アンコールの「紙風船」を小学生も一緒に歌ったのには感激した。




 TVの連続ドラマが1クールで終了するようになったのはいつからだろうか。
 僕がドラマを夢中で追いかけていた70年代は2クールが基本だった。視聴率が良ければ新たに2クール伸びて1年間の放送になったり、極端に悪ければ1クールで打ち切られたり。TV番組全般がそういうものだった。番組は半年(2クール)続くもの、だから、4月と10月が番組改編期なのである。

 たとえば、特撮ドラマ、30分のTV映画であるが、ウルトラシリーズの作品群で当時の状況がわかる。
 「ウルトラマン」は全39話。毎週高視聴率なのでTV局としては当然2クールの延長を要望した。が、制作が追いつかず3クールで終了した結果だった。
 「ウルトラセブン」(全49話)だって、最初から49話が決まっていたわけではなく、2クール(26話)の結果が良かったため、23話が追加されたのだろう。
 「怪奇大作戦」(全26話)は視聴率が局が期待したほどではなかったため、当初の予定どおり2クールで終了してしまった。

 2クールごとの契約の弊害がでてきたのが、「帰ってきたウルトラマン」だ。MATの隊長が途中で交代するのは演じる役者の契約の問題だった。番組の延長が決まったものの、隊長役の俳優は所属する劇団の地方公演があって出演継続がままならない。そこで、劇中で隊長交代という苦肉の策がとられたのだ。

 ウルトラシリーズではないが、「シルバー仮面」という特撮ドラマがあった。等身大のヒーローものだが、裏番組の「ミラーマン」に敗れて苦戦していた。苦肉の策として、11話から巨大化したが視聴率はよくならず26話で終了した。
 アニメ「ルパン三世」や「宇宙戦艦ヤマト」も低視聴率で2クールで打ち切られている。調子が良ければもっと(1年間?)放送する予定でいたのだろう。

 連続ドラマに目をむけると、たとえば倉本聰がメインで脚本を書いた「前略おふくろ様」は全26回である。「北の国から」は全24回。
 同様に山田太一の「それぞれの秋」は……わからない。では、「高原へいらっしゃい」……あれっ、全17回だ。「想い出つくり」は全14回。山田太一のドラマは2クール(13話)より少ない。
 ということは、ここらへんが1クールの元祖か。
 鎌田敏夫の「金曜日の妻たちへ」は14回。
 1980年代前半から1クールのドラマは始まっていたのか! フジテレビのトレンディドラマが先鞭をつけたとあたりをつけていたのだが。
 一人のシナリオライターが全話担当するのには13回が適当という判断があったのかもしれない。

 今のドラマは1クールといっても、実質は10回前後の場合が多い。視聴率が悪いと、1、2話短縮されて、9回とか8回で終了となる。これって何か意味があるのだろうか。26回が13回になるのならわからなくはない。しかし、ドラマが1週もしくは2週早く終わろうが、代替の番組が急に視聴率をとるとは思えない。スタッフ、キャストへの見せしめ、スポンサーに対する配慮、なのだろうか。

 この冬、その時間、TVの前にいれば観ていたのが「ゴーストライター」「相棒 season13」「流星ワゴン」の3本だった。

 「ゴーストライター」

 たまたま第1話を観て興味を持ったのだが、毎週チェックしていたわけではない。展開が早いので見逃すと面食らうことになる。中谷美紀と水川あさみが手を結んだと思ったら、裁判沙汰になっているのだから。
 最終回はきちんと観た。もうほとんど予定調和的な終わり方で不満はないものの感激もない。

 「相棒 season13」

 ミッチーが降板した時点で、ドラマへの興味が薄らぎ、season11から熱心な視聴者ではなくなった。「season13」は1回めだか、2回めのスタッフクレジットに驚いた。生みの親ともいえるゼネラルプロデューサーの名前がなかったからだ。
 その後、女性週刊誌にその顛末を綴る記事が掲載された。
 TV番組、特にドラマの場合は長く続けばいいというものでもない。「太陽にほえろ!」がいい例だろう。
 「相棒」も、岸部一徳、高樹沙耶(益戸育江)、大谷亮介とレギュラーが辞めていき、魅力がなくなっている。
 3人めの相棒が右京さんのもとを去っていく最終話。
 殉職して番組を去るのはもう手垢がついた手法だ。確かに今回の方法は斬新だと思う。しかし、初登場のときから、この展開が決まっていて、シーズンごとに伏線が挿入されているのなら拍手喝采だが、単なるその場の思いつきではいただけない。

 「流星ワゴン」

 西島秀俊と香川照之の共演もいい加減飽きてきた、か。週刊文春の恒例のシーズンドラマ評(第1回視聴)で、今井舞はこのドラマをシーズン中で最低と評していた。それに反発したこともあって、出来る限りチャンネルを合わせた。後半になって面白くなってきた。次回が気になって、外出した際にはきちんと録画予約までするようになったのだから。
 最終回は大団円、それで良い。納得いった。




2015/03/14

 「ソロモンの偽証 前篇・事件」(丸の内ピカデリー)

 宮部みゆきの「ソロモンの偽証」は分厚い単行本で3巻、文庫本だと6冊という大長編である。
 第Ⅰ部「事件」、第Ⅱ部「決意」、第Ⅲ部「法廷」という3部構成で、クリスマスの朝、不登校となっていた中学2年の男子生徒の死体が学校で発見され、警察から自殺と判断されたものの、実は同級生の不良グループに屋上から突き落とされたとの告白状が関係者に送付される、やがて第2、第3の事件が起きて……というミステリ。生徒、その親、教師、警察、マスコミ、さまざま人物が織りなす群像劇となっている。
 父親が刑事のために告発状が送付されてきた女子生徒は、大人の思惑に振り回されることを拒否して、事件の真相を知ろうと、中学校最後の夏休みに校内模擬裁判を決行することになる。

 とんでもない情報量の小説なので映画化するなんて無謀というもの。「模倣犯」の二の舞にならないことを願った。
 今、邦画界に流行の兆しが見える2部作で映画化されるというので少し安堵した。
 また中学生たちを一般公募のオーディションで選ぶというのも期待を持てた。いや、ほんと、ジャニーズやAKBの人気に頼るのはやめにしてもらいたい。

 松竹がかなり力を入れているのだろう、MOVIX川口及び丸の内ピカデリーに行くと、必ず特報が流れ、やがて予告編に切り替わった。もう何度となく観ている。
 中学生が活躍するということで、NHK少年ドラマシリーズを観る感覚で公開を楽しみにしていたところがある。なぜなら、この物語は、ある種少年少女たちのひと夏の冒険を描いているともいえるから。ジュヴナイル小説の定番だろう。

 前篇を観る限りでは、大長編の原作をうまくまとめたという印象を受けた。登場人物を限定し、ヒロインの女子中学生・藤野涼子の視点で描くことによって、物語がコンパクトに要領よく整理されていた。

 ということで、映画は大人(教師)になったヒロインが母校の中学校に赴任して、校長にかつて自分が行った学校裁判の全貌を語りだすところから始まる。
 で、気になった。劇中、大人の涼子(尾野真知子)と中学生(藤野涼子=役名と同じ)の顔がアップになるカットがある。同一人物なのだから、黒子等の位置に気を使ってほしかった。どうして細かいところに神経注がないのだろう。残念。

 ヒロインを事件に深く関わらせるため、雪に埋もれたクラスメイトの死体を発見させる。原作では、一緒に発見する野田健一(前田航基/少年漫才師まえだまえだの兄の方)が一人で遭遇するのだ。また、教師になって母校にやってくるのも彼、つまり、小説の語り部はこの健一だった。

 殺人の汚名をきせられる不良役(清水尋也)は、予告編では甘いマスクが気になったが本編ではなかなか良い感じ。弁護人をかってでる他中学生徒(稲垣瑞生)は、中学生の高良健吾っぽくって、これまた良い。死んだ柏木卓也(望月歩)はつい最近まで小学生のような面影がどうにもらしくない。小説ではもっと大人びた子をイメージしていたので。

 嘘の告白状を書く少女(石井杏奈)のニキビ面はもっとひどくしてもよかったかも。思春期の女の子にしてみれば、あれでも十分悩みの種かもしれないが、画で見せられると説得力に欠けてしまうきらいがあるような気がして。
 デブの心優しい少女(富田望生)とその両親(塚地武雅・池谷のぶえ)はまさにドンピシャリのキャスティング。ニキビ少女の母親役、永作博美もいい味だしていた(苦手な女優なのだけれど)。
 夏川結衣も涼子の母親役が申し分ない。いつの間にこんな貫禄(別に太ったという意味ではない)がついたのか。
 総じて役者陣にミスマッチはない。

 気になったのは、不良グループがニキビ少女とデブ女の子に暴行するシーンだ。まわりにはマンションもあって、大声をだして大騒ぎになれば、何事かと窓から顔をだす住人がいてもおかしくないではないか。あるいは、すぐに警察に通報されてしまうとか。
 不良少年とその母親が仮住まいのアパート前で暴力父(亭主)に暴行されるされるくだりも、大問題になりそうだ。

 あからさまの後篇に続くというラストには驚いた(ショッキングではあったが)。こういう作りなら、前篇、後篇同時公開でも良かったかもしれない。

 エンディングテーマ曲がU2ではなかった。楽しみにしていたのに。後篇だけに流れる主題歌なのか。




 昨日は京都へ出張。
 帰ってきて、「さばの湯 雑把亭/談四楼独演会」へ。「天狗裁き」と「明烏」。もう何度も聴いている「天狗裁き」が、米朝さんが復刻させた噺と初めて知った。「明烏」に大笑い。

          * * *

2015/03/07

 「紙ふうせん 40周年記念リサイタル ~なつかしい未来~」(よみうり大手町ホール)

 承前

 15分の休憩の後、第2部開始。

 【第2部】

 第2部から金関環さん(ラ・ストラーダ代表)率いるストリングスとドラムの田中ヒロシさんが加わった。
 関西のリサイタルでは、すべてラ・ストラーダのメンバーだったが、今回は、金関さん以外を東京在住のミュージシャンで固めている。

 金関 環 (第1ヴァイオリン)
 谷口いずみ(第2ヴァイオリン)
 小谷 泉 (ヴィオラ)
 望月直哉 (チェロ)
 森 和子 (チェロ)

   明日に架ける橋/ビートでジャンプ
   夜店のうた/まつり/虹

 白のタキシード(?)の後藤さんが登場し、ソロで「明日を架ける橋」を歌う。赤い鳥時代のレパートリーで、2枚めのアルバム「RED BIRDS」に収録されている。
 続いて、ドレスアップした平山さんと一緒に「ビートでジャンプ(Up, Up And Away)」。フィフス・ディメンション初期のヒット曲で、これまた赤い鳥のレパートリー。
 フィフス・ディメンションはアメリカで活躍する女性2人、男性3人のコーラスグループ。赤い鳥も同じメンバー構成だったため、日本のフィフス・ディメンションと呼ばれた時期があった。

 「夜店のうた」は平山さんの作詞作曲の、情緒あふれるしっとりとした、とても大好きな歌だ。アルバム「またふたりになったね」に収録されている。赤い鳥時代は、どちらかというとプロテストソングばりの激しい歌を書いていた平山さんには珍しい曲だな、と当時思った。

  たくさんある 思い出の中で
  日暮れどき 町のあかりが
  灯る頃は いつも思いだす
  まつりの夜 ならんだ夜店

  赤 赤 黄色 青 青 紫
  背伸びして のぞいた夜店
  見知らぬ人 よその町の人が
  ガラス玉 飾っていたよ

 「まつり」は赤い鳥のアルバム「美しい星」に収録されている後藤さんのオリジナル。「またふたりになったね」では、アレンジを変えて、後藤さん自身が歌っているのだが、このバージョンが、僕の「紙風船」に続くエバーグリーンとなった。

 赤い鳥、紙ふうせんデビュー当時を振り返る曲の締めくくりは、後藤さんが今一番思い入れを持っている「虹」。海外の俳句にインスパイヤされて作られた曲だ。ステージでは必ず披露されている。

 後藤さんからバックサポートのミュージシャン紹介のあと、40周年お祝いメッセージ3人めは白鳥恵美子さん。

   翼をください/Route43/船が帰ってくる/冬が来る前に

 「虹」からの流れは、いつものライブの豪華バージョンだ。

 ラストの「冬が来る前に」を歌う前に、「冬が来る前に」のアレンジャー、梅垣達志氏が紹介された。梅垣さん、最後列の一番端に座っていました。立ち上がってお辞儀。梅垣さんは赤い屋根の家コンサートの仲間だった。

 紙ふうせんが東芝EMIからCBSソニーに移籍する際、まずライブアルバムをリリースするつもりだったと聞いたことがある。シングル「冬が来る前に」のプロモーションで出演したラジオ番組だったと思う。
 ライブアルバム用の音源(コンサート)でも「冬が来る前に」が披露されているが、後に大ヒットするものとは曲のイメージが全然違った。だいたい歌詞も一部違っている。旧「冬が来る前に」はもっとメルヘンチックなのだ。

 東芝EMI時代、紙ふうせんは、赤い鳥がよく出演していた、フジテレビ「ミュージック・フェア」に2回登場している。2回めのときに「冬が来る前に」を歌った。とても印象的だったのだが、レコードになるきざしがなく、僕にとっては幻の曲になってしまった。このころ、紙ふうせんのコンサートに足を運んでいたなら、フォルクローレ風にアレンジされた「冬が来る前に」を聴くことができたのだろう。
 もう何年も前になるが、「紙ふうせん昔の音源を聴く会」なるイベント(なんて大げさなものではないが)を開催したことがあって、その音源を事務所に借りたときのこと。
 一緒に音源を聴いていた後藤さんが言った。
「『冬が来る前に』はあのアレンジだからヒットしたんだよなぁ」
 確かにそのとおりだと思った。

  アンコール
   紙風船/人生の花束

 「冬が来る前に」の後、全員、とりあえず舞台そでにはけ、拍手に迎えられて再登場。「紙風船」を観客と一緒にシングアウト。
 全員が横一列になって、手をつないで最後のご挨拶。
 最後の最後は平山さんの新曲、「人生の花束」。ストリングのアレンジが気持ち良い。

 とても感動的なステージだった。
 来年の「なつかしい未来 完結編」、関西と同じ内容でいいから東京でも開催してもらえないか。


 追記

 後藤さんがMCで宿泊しているホテルに触れた。いつもは新橋のDホテルに泊まるのだが、今回は大人数なので、経費を考え、朝食がおいしいというお茶の水のJにしたと。「一緒に朝食食べませんか?」
 ピンときた。(帯広から来た)Tさん、知っていたな。
 
 リサイタル後、友人のA、シネりんメンバー、FCの有志、総勢10名で飲んだとき、誰かが言った。
「コンサートのMCで宿泊場所を言って、ファンが大勢押しかけたらどうするんだろう」
 まあ、ジャニーズやAKB、ももクロ等のアイドルのコンサートだったらとんでもないことになるんだろうな。
 飲み会に参加したTさんにホテルの件を訊いたら、全然知らなかったという。




FChana




2015/03/07

  「紙ふうせん 40周年記念リサイタル 〜なつかしい未来〜」(よみうり大手町ホール)

 前々項から続く

 開場となった。

 開演5分前、コンサートに先立っての注意事項がナレーションされる。声は後藤(悦治郎)さん。注意事項で細かいことは言いません、昨日東京にやってきました等々。特にお客さんの反応なし。
 大阪では、初めて後藤さんが影ナレを担当したとき、最初ザワザワして、後藤さんだとわかると大笑いとなった。東京と大阪の違いか。

 会場は満席。コンサートが始まった。

  【第1部】

   ささぶね/街を走りぬけて

 ピアノの今出さん、アコースティックギターのすぎたさん、ウッドベースの浦野さん、ギターの緒川さんが定位置につく。
 平山さんとギターを抱えた後藤さんがセンターへ、ふたりともカジュアルな衣装だ。久しぶりの東京のコンサートでも平常心ということだろうか。

 平山さんが民族楽器(名称失念)を両手で持ってゆっくりと上下させる。右手を上にしたら次は左手を上にというように。筒状の楽器の中にもみ殻みたいなものが入っているのか、そのたびにザーという音がする。しばし、ザー、ザーが会場に響く。
「神田川のせせらぎ」
 後藤さんがつぶやく。
 こうして「ささぶね」が始まるのがお約束だ。川の名前は地域によってその都度変わります。

 アメリカ民謡に後藤さんがオリジナルの詩をつけた、紙ふうせん(のコンサート)のテーマ曲みたいなものだ。
 いつのころからか原曲を知りたくてネットで探しているがわからない。今回あっさり判明した。「永遠の絆」という邦題で調べればよかったのだ。高田渡やなぎら健壱が自身の訳詩で歌っていた。加川良は「その朝」というタイトルで持ち歌にしている。
 「ささぶね」はファーストアルバム「またふたりになったね」のA面1曲め、続く「街を走りぬけて」も通算4枚めの「フレンズ」のA面最初の、正確には「オーバーチュア」とオーバーラップして始まる、紙ふうせんのライブには欠かせない曲だ。

 2曲歌って挨拶があり、紙ふうせん40周年に向けてのメッセージ(録音)が紹介された。一人めは小室等氏。小室さんはアマチュア時代、PPMフォロワーズというグループでPPMをコピーしていた。
 西のフーツ・エミール、東のPPMフォロワーズ。
「PPMフォロワーズって、そのまんまじゃないですか」と後藤さん。
 フーツ・エミールは、よくフルーツ・エミールと誤植される。エミールとは、ジャン=ジャック・ルソーの著書に登場する少女の名前。〈おしゃべりエミール〉という意味がある。

  レモンツリー/悲惨な戦争/パフ/天使のハンマー

 予想したとおりPPMメドレーが始まった。
 昨年公開されたアメリカ映画「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」では、PPM(と思われる男2人女1人のグループ)結成のエピソードが描かれていた。PPMはプロデューサー主導で作られたグループだったのだ。
 PPMナンバーを聴いていて思っていることがある。マリーのリードヴォーカル、ピーター、ポールのハーモニーだけではないということだ。

 その影響は赤い鳥に色濃く表れていた。
 赤い鳥は、女性のツートップヴォーカルグループではないのである。男性陣もけっこうヴォーカルをとっているのだ。それは紙ふうせんになっても同じことで。

  いかつり唄/太地綾踊唄

 後藤さんがギターのチューニングをはじめる。
 「いかつり唄」は赤い鳥のラストアルバムに初めて収録された。このときは後藤さんのヴォーカル。紙ふうせんのファーストシングルでは平山さんが1番を歌い、2番から後藤さんが入ってきて、3番でリードとハーモニーがスイッチされる。
 赤い鳥ヴァージョンはエンディングの平山さんと新居(山本)さんのコーラスがたまらなく素敵だが、アルバム「またふたりになったね」収録ヴァージョンでは後藤さんが男唄を聴かせてくれる。ステージではいつもこのヴァージョンだ。
 1、2番は採譜オリジナルで、レコーディングにあたって、後藤さんが3、4番の詩を書いたと今回語っていた。

 烏賊釣りの後は捕鯨の話。来た!
 2月、後藤さんがFM世田谷のフォーク番組に出演したときのこと。スタジオがオープンになっていて見学自由だと知り、WさんとHさんを誘って観に行った。
 番組が終ってから後藤さんが言うには、夜は新宿で鯨料理を食べると。

 詳細はこういうことだった。
 カメラマンの市川基氏が主宰する「サーカス’85」という例会がある。毎回、さまざまなジャンルから講師を招いて勉強会を実施している(紙ふうせんも一度講師としてトーク&ライブを行っている)。夜はその例会があって、講師が捕鯨船の船長、遠山大介氏だった。
 それで、期待していたのだ。もしかしたら、東京のリサイタルで「太地綾踊唄」やるんじゃないのかな、と。

 思っていたとおりだった。ギターの音、後藤さんの声。すごい迫力だ。すぎたさんの太鼓が効いている。本日のメインイベントだと思う。

 TVの歌番組で「冬が来る前に」を歌う紙ふうせんしか知らないお客さんは、このステージをどう見ているのかなぁと考えたらおかしくなってきた。だって、2曲めの「街を走りぬけて」からほとんど後藤さんのヴォーカルなのである。
 とはいえ、サブにまわっても平山さんの存在感は際立っている。「街を走りぬけて」ではやさしく、「いかつり唄」では強く、緩急自在に後藤さんのヴォーカルと絡んできてとても気持ちよい。

 赤い鳥時代はもちろんのこと、紙ふうせんになってからも、平山さんといえばソプラノ、澄みきった高音が有名である。が、しかし、腹の底から絞り出すような低音もまた魅力なのである。
 その真骨頂が「太地綾踊唄」で堪能できた。後藤さんのギターと漢の声とともに。圧倒された。すごい迫力。これが僕の求めている紙ふうせんの世界(の一つ)なのだ。

 40周年記念メッセージ2人めはイルカさん。
 ふたりが「ミュージック・ハーモニー」にゲスト出演したときはうれしかったなあ。

  大きな木/竹田の子守唄

 「太地綾踊唄」のあとは新曲「大きな木」。一気に肩の力が抜ける。この落差が楽しい。一度聴くと口ずさみたくなる歌だ。ピアニカ担当の今出さんを見ていてるのもオツなもの。
 第1部を締めくくるのは「竹田の子守唄」。後藤さんの〈いわれなき差別〉という言葉が重くのしかかる。


 この項、続く





 すいません、前項の続きじゃありません。

          * * *

 白い一日の14日(土)、昼前に有楽町へ出た。14日はTOHOシネマズの割引デー(TO=10、HO=4 合わせて14だから?)なので、「6歳のボクが、大人になるまで。」が上映されているなら、朝一番で観賞しようと計画していた。
 しかし、シャンテの上映は前日で終了。日劇の夜のみに変更になった。夜は別の予定があるので、この日公開の「イントゥ・ザ・ウッズ」にしようと思ったが、朝になって、隣の丸の内ピカデリー「ソロモンの偽証 前篇・事件」に変更した。感想はまた後で。

 映画鑑賞後、三鷹へ向かう。
 「柳家花緑独演会」が18時から三鷹市芸術文化センター星のホールで開催されるのだ。F氏の誘いによる落語鑑賞はずっと欠席していたので3年ぶりになる。
 星のホールは駅からけっこう距離があるがいつも歩いて行く。途中の古本屋で時間をつぶすのが恒例となっているのだ。

 この古本屋は昔ながらのお店だから、棚に並ぶ本の背表紙を順番に見ていく。
 小林信彦の「われわれはなぜ映画館にいるのか」(晶文社)を2冊発見。1冊はビニールで梱包されていて値段が確認できない。もう1冊は裸のままで、背表紙が焼けている。値段を見ると3,000円。とすると、ビニールの方は状態が良いからもっと高いのか。

 2冊の文庫を購入。
 「二流小説家」(デイヴィッド・ゴードン/青木千鶴訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)
 『夢を食った男たち 「スター誕生」と黄金の70年代』(阿久悠/文春文庫)

 支払時、店主に訊ねた。「われわれはなぜ映画館にいるのか」は2冊あるけど、値段はいくらなのでしょうか? 店主は2冊あることに驚いていた。背表紙が焼けている本が3,000円なのだから、ビニール梱包されている方は5,000円くらいか。
「1,500円です」
 な、なんと!
 すでに同書は東京駅八重洲の地下街にある古書店で手に入れているから、別に購入する気はないけれど。キネマ旬報社からリニューアル版が出たから古書の方が安くなったのだろうか。「東京のドン・キホーテ」なら即購入なのに。

 17時30分待ち合わせに少し早く着いてしまったので、ホールロビーでしばしの読書。
 17時15分に入口へ移動。Wさんが外の喫煙所で煙草を喫っていた。遅れてFさんが合流。最後にMさん。

     ▽
2015/03/14

 「柳家花緑独演会」(三鷹市芸術文化センター 星のホール)

   柳家花どん 「金明竹」
   柳家花緑  「初天神」&「権助提灯」

     〈仲入り〉

   柳家花緑  「中村仲蔵」


 前座の花どんさんが元気いっぱい。噺も楽しめた。前座の場合、噺の巧拙より元気の有無だな。

 花緑師匠の一席めは二本立て。「初天神」は途中で始まって、団子のエピソードでサゲとなった。子どもの描写がらしくて良かった。対して「権助提灯」は談四楼師匠で何度も観ているから、女房と妾の女っぷりという点で比較してしまって……。いや、別に悪くないんですよ、十分面白いんですから。

 都電荒川線の電車内で行う落語の話が愉快だった。大塚から三ノ輪までの40分の高座なのだが、時間の経過によってはサゲの前に終点になってしまうんだとか。
 先週だったか、もっと前だったか、週刊誌の記事(グラビア)で見た。こん平師匠が客席にいて、司会は師匠の娘さん。その横の高座に花緑師匠がいるという構図。
「新聞3紙が褒めていたよ~」
 と会場から男の声。
「お父さん、読んだの?」
 花緑師匠が応えると、「お父さんじゃないよ、お兄さんだよ」と返す。
 師匠は客席全員に向かって「……何て返したらいんでしょうか?」

 「中村仲蔵」はよく目に、耳にする演目だが、実際生で観た(聴いた)のは初めて。「芝浜」の系譜になるのだろうか。できた女房が登場しその励ましで亭主が覚醒、出世するという点で。
 感嘆。満足。
     △

 独演会を楽しんだ後は、駅前の和民にて飲む。これもいつものコース。Fさん、Mさん、Wさんは団塊の世代。僕だけ一世代下だけど話は合います。
 Mさん、Wさんは先週「紙ふうせんリサイタル」に来てくれた。終了後は僕らのグループに加わらず、二人で飲んだそうだ。ということで、少しばかり、赤い鳥、紙ふうせん講義。

 
 翌15日(日)は地元シネコンにて「イントゥ・ザ・ウッズ」観賞。
 14時の回は、親子連れやカップルで満席だった。ブロードウェイミュージカルのヒット作の映画化、監督が「シカゴ」のロプ・マーシャルということで、かなり期待していたのだが、見事につまらなかった。

 この映画に比べたら、ゴールデンラズベリー賞で、キャメロン・ディアスが最低女優賞に選ばれようが、最低続編・リメイク賞を受賞しようが「ANNIE/アニー」の方がよっぽど面白かった。楽曲やダンスにノレたし、観終わったときのある種の幸福感に浸れたのだから。




2015/03/07

 「紙ふうせん 40周年記念リサイタル ~なつかしい未来~」(よみうり大手町ホール)

 よみうりホールといったら、有楽町駅前にあるビックカメラのビル内にある施設で、学生のころから映画の試写会でお世話になっている。落語会なども行われているが、コンサートの類で使用されたことはあまり聞いたことがない。

 新しいよみうりホールが大手町に出来たことなんてまったく知らなかった。有楽町よみうりホールに対して大手町よみうりホール……ではなく、よみうり大手町ホール。通称大手町ホール、か。
 読売新聞社の本社ビルが新築されて、その3、4Fにホールが作られた。

 キャパは501名、大きさも手ごろで、音響も素晴らしいと思える造作である。各席に簡易テーブルがついている。いつもは収納されているのだが、必要であれば取り出せるすぐれもの。ただし、コンサートでは使用が禁止されているみたい。
 クラシック音楽のコンサートのほか、能楽や落語といったライブなどが行われている。浜離宮朝日ホールのライバルといったところか。
 もし紙ふうせんが伝承歌特集のライブを行うのなら浜離宮朝日ホールがいいのに、と勝手に考えていたので、今回の選択はとてもとても良かったといえるのではないだろうか。

 お昼を一緒に食べようと、高崎から来る友人Aと13時に会場で待ち合わせた。だったらと、FCの仲間、Wさんに声をかけた。帯広から来るTさんを誘った。大阪からのIさんも。千葉のCさんは遅れて行くという。
 読売新聞社のビルにはレストランがないのがわかっていたから、近くのビルの地下街でちょっと遅めの昼食。
 しばらくしてCさんがやってきた。お昼は食べてきたという。

 食事の後は同じ地下街にあるドトールへ。
 しばらくしてHさんがやってきた。Iさんから電話。赤坂にあるホテルを予約して、チェックインを先にするので、会場に直接行くとのことだった。
 Tさんに宿泊するホテルを訊ねた。御茶ノ水のJホテルだと言う。
「新橋のDホテルならキャスト、スタッフと一緒なのに」
 紙ふうせんの定宿を話題にすると、平山さんのラジオ番組で紹介していたから決めたと言う。「朝食がおいしいらしいよ」

 チケット配付時間(15時)、15分前になった。皆で会場へ移動。
 16年ぶりの東京リサイタルにけっこうドキドキしていた。

 16年前、会場は天王洲アイルのアートスフィア(現・銀河劇場)だった。25周年記念ということで、セットリストの楽曲の手書き楽譜とふたりのコメントを記載した「SONG BOOK」を作って会場で販売した。
 コンサートはBSで放送されるので、TVカメラが入っていた。終了後、Wさんとともに取材を受けた。カメラに向かって紙ふうせん(の音楽)の魅力を語ったのだが、実際の放送では使われなかった。

 そんなことはどうでもいいか。

 3年前になるのだろうか、いやもうちょっと前か。深町純さんのお店でライブを行う予定だった。リサイタル時に配付する新聞で告知して、僕もいろいろな人に案内して何人かは来る確約もとっていた。深町さんの急死で中止になったのは残念だった。後藤さん、追悼ライブやるって言っていたのですが……。

 15時、続々仲間たちが集まってきた。内藤さん、水木ノアさん、シネりんグループのI兄弟、Hさん、談四楼フォロワーズの MさんとWさん。Wさんは赤い鳥がグランプリを獲った「ライト・ミュージック・コンテンスト」の中継をTVで観ているというのだから、恐れ入る。
 予約した人数分のチケットを購入して配付する。

 15時30分の開場を待つ。


 この項続く




 承前

2015/02/20

 「わが青春の上方落語」(小佐田定雄/NHK出版新書)

 著者は落語作家(とプロフィールにある)。現在では上方落語の大御所となった6人の噺家さん(笑福亭鶴瓶、桂南光、桂文珍、桂ざこば、桂福團治、笑福亭仁鶴)のインタビュー集。入門当時の失敗談が愉快だ。

 僕が上方落語(なんて言葉は当時知らなかった。関西の落語)の噺家(なんていう言葉も当時は使わなかったが)として最初に認識したのは、笑福亭仁鶴だった。小学生のころだ。

 続いて、TBSで放送していた毎日放送「ヤングおー!おー!」のザ・パンダの面々。ザ・パンダとは売り出し中の若手落語家のユニットで、月亭八方、桂きん枝、桂文珍、林家小染の4人がメンバーだった。公開番組でステージに4人が登場すると客席がキャーキャー、キャーキャー、うるさいのなんの。漫才だと中田カウスボタン(のカウスの方)がアイドル歌手並みの人気を誇っていたっけ。小学5、6年、中学1年のころ。

 鶴瓶はアフロヘアとオーバーオールのジーンズ姿がトレードマークの落語をしない落語家として人気を博していた。その流れに明石家さんまがいる。現在、鶴瓶は噺家としての活動をしているが、さんまは完全にタレントになってしまって、落語家のイメージは全然ない。

 高校1年のとき、「傷だらけの天使」の後番組として「テレビ三面記事 ウィークエンダー」が始まって、リポーターの一人が桂朝丸だった。後の桂ざこばだ。朝丸が降板して登場したのが桂べかこ。後の桂南光。
 こうしてみると、本書で取り上げられている噺家さんのほとんど(桂福團治をのぞく)は、TVタレントとして顔を覚えたのだった。落語も聴いた(TVで観た)こともない。文珍はあるか。朝丸とさこばは名前を変えてから高座に精進したのだろうし、鶴瓶も本格的に落語に取り組んだのは、「六人の会」のメンバーになってからのことだと思う。

 フォークグループ・赤い鳥が結成された「赤い屋根の家コンサート」では、第1部が落語会、第2部がライブという内容だった。赤い屋根の家とは武庫之荘の文化会館のこと。疑問だったのは、このコンサートの主催者である後藤悦治郎さんと第1部出演の若手噺家との交流のきっかけだ。噺家さんたちに出演を依頼したのは後藤さんだと思うが、どうやって知り合ったのだろうか。

 本書を読んでいて氷解した。桂米朝が住まいが武庫之荘だったのだ。弟子入りした桂南光、桂ざこばは、まず師匠の家に住み込む。後藤さんの家も同じ町内だから何らかのつながりがあって、集客のために、出演してもらったのだろう。同じ町内に住む大村崑の奥さんがやはりシャンソンで出演しているのだから、十分考えられる。

 ざこば、南光の修行中の話に、フォークグループとの共演の思い出がでてくるのではないかと、ちょっと期待していたが、残念ながらそれはなかった。


2015/02/24

 「高橋英樹のおもしろ日本史」(高橋英樹/ベストセラーズ)

 日本史初心者には実に手ごろなまたよくわかる参考書である。読みやすい。著者が出演した時代劇と結びつけて語っているところがミソ。時代劇が観たくなる。


2015/02/25

 「本当はこんな歌」(町田智浩/アスキー・メディアワークス)

 よく耳にする洋楽の詞はこんな意味があった……と日本語訳とともに解説した本。最近この手の本が多くないか。取り上げられた曲のほとんどが知らないもの。それだけ、最近の曲が多いということだろう。
 原詩を掲載するには著作権料がかかるが日本語訳だけだと必要ないとあった。そうなのか! だったら海外小説を自分で訳して出版しても金はかからないのだろうか。そんなわけないって。


2015/02/27

 「談四楼がやってきた ~立川流の最終兵器」(音楽出版社)

 マニアックなムックだ。隔月開催される下北沢の独演会常連者の教科書といってもいいのでは?


2015/02/28

 「太郎が恋をする頃までには…」(栗原美和子/幻冬舎)

 「部落差別をこえて」で猿回し師の村崎太郎が取材されていたので関連の書籍を読んでみることにした。
 80年代に猿回し芸を復活させ、猿の「反省」ポーズで大人気になったのは記憶に新しい。人気が一段落して(日光猿軍団というライバルが現れたりして)メディアであまり見かけなくなった。

 00年代になってから本書が出版された。奥さんがふたりの出会いから結婚に至るまでを小説という形で書いたと。それで村崎太郎がフジテレビプロデューサーと結婚したこと、被差別部落出身であることを知った。本書でカミングアウトしたのである。出版されたときは、猿回し師とテレビプロデューサーというミスマッチな関係や出自のカミングアウト等、かなり話題になったと記憶する。が、個人的には冷めた気分だった。いつもの幻冬舎商法だろうと反発して読むことはなかった。

 単行本の表紙はふたりの結婚写真。新婦はウエディングドレスで新郎は猿回しのときの仕事着(人力車の車夫が着るものに似ているか?)。私小説と喧伝されていたので、登場人物は一部仮名があるかもしれないもののふたり自身だと予測していた。
 が、主人公は元TVキャスターで現在は系列の新聞社に出向して記者をしている設定になっている。なぜTVプロデューサーではいけないのか。取材で出会う猿回し師の名前は「ハジメ」。書名に太郎とあったので、これまたしっくりこない(途中でハジメの本名が太郎だとわかる)。
 読んでいて嘘っぽくて仕方なかった。

 この主人公が最初は嫌な女なのだ。僕は蓮舫をイメージしながら読んでいた。最初の出会いのときのハジメの怒りなどよく理解できる。
 読み始めはいろいろと難癖をつけていたが、途中から夢中になっていった。
 
 被差別部落の成り立つを考えると、差別には本当に〈いわれ〉がないのである。単純に江戸時代の幕府の政策でしかなかった。根拠がない。明治時代になったのを堺に絶ち切ればならなかった。
 にもかかわらず、概念だけが残り、人は概念に縛られ判断をくだす。その地域に生まれた者は特殊なレッテルを貼られてしまう。職業が限定されてしまう。貧しい暮らし。子どもは、自分の家庭の、地域の特殊さを学校で気づく。
「××ちゃんちに遊びに行っちゃダメって(親から)言われた」
 そうクラスの友だちに言われたら、つらい、傷つく。
 自分に照らし合わせると胸が痛くなる。

 差別は今もなくなっていない。問題は解決していないのだ。
 だから、現実と変えて、ラストをアンハッピーにしたのだと思う。方策としてわからなくはない。
 でも、それって嘘でないか。
 そういった問題を乗り越えてふたりは結婚したのではなかったのか? だからこその表紙の写真なのではないか? 
 結婚するまでには、著者側の両親や兄弟との間にいろいろ問題があっただろう。その問題を解決しての、あるいは解決せずの結婚だったに違いない。その詳細を書くべきだったのではないか。




2015/02/05

 「神々の汚れた手 旧石器捏造・誰も書かなかった真相」(奥野正男/梓書院)

 この捏造事件については、事件発覚から2年後にスクープした毎日新聞取材班の本を読んでいる。事件そのものは捏造実行者・藤村某の単独犯として一応の解決を見たが、彼を利用していた関係者はまったくの無実なのか、共犯者ではなかったのか、と著者は本書で激しく糾弾するのだ。

     ▽
2002/12/17

 「発掘捏造」(毎日新聞旧石器遺跡取材班/毎日新聞社)  

 2000年11月5日、日曜日の早朝、偶然ラジオでこの事件を知った。毎日新聞のスクープを伝えるニュースだ。  
 参加すればかならず石器を発掘することができる、そんな神業的な業績に対し、関係者から〈神の手〉と呼ばれていた東北旧石器文化研究所副理事長の藤村新一氏が実は遺跡を捏造していたという事実。毎日新聞は以前からこの噂を聞きつけ、その決定的瞬間を狙って秘密裏に藤村氏の行動を追い、ついにその現場を連続写真で撮影することに成功する。

 
 このニュースを知った時、「やっぱり」、「そんなバカな」という両極端な気持ちが交叉した。  
 世の中には確率というものがある。どんなに発掘技術に優れていたとしても、その人が掘ると石器がでてくるなんてことがそうそうあることではないのは素人でもわかる。何かあるのではないかと思うのが当然である。しかし、関係者の間では藤村氏が石器を発掘するのは、当たり前のこと、藤村氏に関してはそういうこともありうると判断していたというのだ。
 
 とはいえ、遺跡発掘の捏造は個人的な業績だけにとどまらない。現に藤村氏グループの発掘によって日本の歴史認識が大きく変わったのである。オリンピック選手が、金メダルを狙って筋肉増強剤を服用するのとはわけが違うのだ。個人的名誉だけのために、いかさまを画策することなどあるはずない。そんなセコイ考えを持つ人間が考古学にたずさわるわけがない。  

 事実が明らかになってからの記者会見も不思議な光景だった。  
 通常、事件の主犯者がそういう会見に出席することはない。ところが藤村氏の場合は本人も同席していた。記者たちの質問の集中砲火を浴びながら、答えられない姿が見るに忍びなかった。  
 遺跡調査や発掘に多少関心はある。僕の〈職人フェチ〉からくる部分が大きいのだが、こつこつと掘り出した化石からはるか昔に思いを寄せるロマンがたまらないと思うのだ。コミック「MASTERキートン」の影響もある。発掘作業に携わる友人もいて、話をきくたびにうらやましいと思っている。  
 この事件が起きてからというもの、事態がどう進行していくのか興味深かった。本書が緊急出版された時もいの一番に飛びつきたかった。(にもかかわらず2年も経って読むのはどうしてかという意見が聞こえてくる……)  

 なぜ藤村氏は捏造という愚挙にいたったのか。その要因はどこにあったのか。その結果どんな罰を受けるのか。  
 僕なりの疑問を持って読み始めたのだが、そんなことより取材班がスクープをものにするまでの経緯がスリリングだった。かなり手に汗握るのだ。簡単に隠し撮りに成功したわけではない。失敗があっての賜物なのである。一度撮影に失敗した時の失望感はいかなるものだったか。ビデオカメラに対する認識の甘さも記者にあるまじきこと(笑ってしまったけど)。  
 困難な末に得られた証拠物を持って、敵陣に乗り込む記者の気持ちも想像するだけでワクワクする。
 
 考古学界の体質が「MASTERキートン」に描かれるものとほとんど大差ないことに驚いた。藤村氏の独断で捏造は行われたらしいが、お墨付きを与えた学会の大御所大学教授ならびに東北旧石器文化研究所理事長にも責任があると思うのだが。  
 そういえば、事件から2年経つというのに、歴史の教科書が書き換えられたということ以外ほとんど伝わってこない。いったい彼らはどうなったのか。    

 毎日新聞に連載されたものだからか、文章中に出てくる〈捏造〉はすべて〈ねつ造〉と表記されている。読んでいてどうにも気持ち悪い。そんなに当用漢字にこだわるのなら書名も同じく「発掘ねつ造」とすればと言いたくなる。それはあまりに見た目が悪いというのであれば書籍化する際に文章をすべて〈捏造〉に改めればいいのだ。
     △


2015/02/10

 『旧石器遺跡「捏造事件」』(岡村道夫/山川出版社)

 糾弾された関係者の一人で一番藤村某との結びつきが強いと思われる著者が事件を振り返った本。糾弾する側と糾弾される側の本を続けて読めば、何かが浮かび上がってくるだろうと思って一緒に借りてきた。
 最初から藤村某と距離をとる著述がずるい。被害者面なんてしてほしくない。

 事件についてまったく何も知らず、真っ新な気持ちで 「神々の汚れた手」と本書を読んだら、本書に書かれたことを信じてしまうのではないか。読みやすいし(文章だけではなく、本の体裁すべてを含めて)、筆致は冷静だし。それに比べて「神々の汚れた手」は最初から怒りまくっているから、その分引いてしまうところがある。


2015/02/12

 「部落差別をこえて」(臼井敏男/朝日新書)

 朝日新聞(夕刊?)に連載された記事が新書になった。といっても、連載時に読んだのは紙ふうせんが「竹田の子守唄」について取材された回だけ(それもwebで)。通して読むと様々な人たちが取材されていることがわかる。
 僕が同和問題に初めて触れたのは、高校時代に読んだ狭山事件の本だった。ミステリの一つとして狭山事件に興味を持ち、何冊かの関連書を読み始めたのだが、逮捕された男が本当に真犯人なのか、もし、男が冤罪なら真犯人は誰か、という点はいつしか忘れ去られ、男の出自、ゆえの差別、不当逮捕が強調されてからは、読むのをやめてしまった。
 本書のまえがきで同和問題を取材していると著者が答えると、皆黙ってしまうのは、だからわからなくはない。


2015/02/14

 「予知夢」(東野圭吾/文藝春秋)

 探偵ガリレオシリーズの第2弾。
 オカルトチックな事件の数々を湯川助教授が科学的に解明する。
 時間つぶしにはもってこいの本である。


2015/02/17

 「落語物語」(林家しん平/角川書店)

 著者が監督した映画の小説版。映画のときも思ったのだがタイトルが平凡すぎないか。
 前座の主人公の一人称なのだが、途中でおかみさんの主観描写が挿入されたりして、読んでいてイライラする。最初から三人称にした方がよかったのに。師匠とおかみさんのキャラクターが秀逸。映画では誰が演じたのか。ピエール瀧と田畑智子か。DVD観てみよう。


2015/02/18

 「一流の人はなぜ落語を聞くのか」(立川談四楼/ベストセラーズ)

 師匠が語ったことをライターがまとめたものと知り、図書館で借りた。まず小説家・立川談四楼のファンとしては、師匠の書いた文章が読みたい。いや、文章はあくまでも談四楼節でとても平易、なおかつ読みやすいんですよ。落語もしくは談四楼初心者にお薦めする。
 一つ誤植を発見した。平成天皇は今上天皇だろう。口語で「平成の天皇」と言ったのを、ライターが書き間違えたか。


 この項続く




 昨日(10日)は東京大空襲から70年を迎えた日だった。10万人が1日にして犠牲となった。その模様は毎年小林信彦が週刊文春に連載しているエッセイ「本音を申せば」で思い知らされることになる。
 東京大空襲の米国責任者がカーチス・ルメイ。戦後日本政府はこのルメイに勲章を贈った、ということは、このエッセイで知った。

 今日(11日)は、東日本大震災から4年めという日。
 原発事故で避難を強いられている人たちはまだ自宅に戻れないでいる。漏れた放射能の影響は計り知れないということだろう。
 にもかかわらず政府は日本全国で原発を稼働させようとしている。これほど被害を受けたというのに、まだ問題は解決していないというのに、なぜ脱・原発の方向にならないのだろうか。ほんと、わからない。原発事故に見舞われていないドイツでさえ脱・原発を推進しているのに、だ。経済界、財界からの要請があるのだと思う。

 経済発展のために原発に頼らざるをえない日本を戯画化したのが「ネオ・ウルトラQ/東京プロトコル」だ。このエピソードについては改めて記す。

          * * *

 8日(日)に開催されたライブ「赤い鳥・紙ふうせん/アマチュアコピーバンド大会 この指とまれ!」出場者の中に、群馬でライブ活動をされている夫婦デュオGarnet がいた。彼らは赤い鳥(紙ふうせん)の「赤い花白い花」「まつり」をレパートリーにしているのだが、同じ前橋在住ということもあり、「赤い花白い花」の作者である中林三恵(ミエ)さんと懇意にしていて、この日は中林さんも会場に来ていたのである。

 10年前、群馬県伊勢崎市で紙ふうせんのトーク&ライブがあり、ライブの中で客席の中林さんが紹介された。そのときのレビューを掲載する。
 このレビューで「(トーク&ライブが無料なので)泣けてくる」と書いているのは、同じ年の9月に開催されたチェリッシュと紙ふうせんのジョイントライブのチケット代が高額だったことによる。併せて掲載。
 男友だちからこのジョイントライブに誘われたある女性(チェリッシュにも紙ふうせんにも関心がなく、ライブ後の夕食が目当て)のブログが興味深かった。この2組のデュオが奏でる音楽についての率直な感想が書かれていたのだが、わかる人にはわかるんだなあと感心した次第で。

 伊勢崎のトーク&ライブの後、中林さんのHPを知り、メールを差し上げたんだと思う。ある日、中林さんから渋谷で銅版画の展覧会(娘さんとの二人展だった)を開催するという案内をいただき、伺った。
 その際、いろいろお話させてもらったのだが、たぶん忘れているだろうと、8日の懇親会時にご挨拶させていただいた。太田の毛里田(もりた)のご出身なので、もしかしたら、I先生、N先生(どちらも小学校の担任で毛里田在住だった)をご存じではないかと尋ねてみたら、N先生は知っていると。
 今、太田では「赤い花白い花」を地元で誕生した歌として中林さんを迎えてイベントを仕掛けているらしい。

 ちなみに、Garnetは何枚かのCDをリリースしていて、彼らの歌う「まつり」が気になって、通販で購入したことがあります。

     ▽
2005/11/30

 「紙ふうせん ふれあいトーク&ライブ ~人権啓発フェスティバルinぐんま~」(伊勢崎文化会館)

   赤い花摘んで あのひとにあげよ
   あのひとの髪に この花さしてあげよ
   赤い花 赤い花 あのひとの髪に
   咲いて揺れるだろう おひさまのように

   白い花摘んで あの人にあげよ
   あの人の胸に この花さしてあげよ
   白い花 白い花 あの人の胸に
   咲いて揺れるだろう お月さんのように

 赤い鳥がレコーディングしたことで全国に知られるようになった「赤い花白い花」。
 童謡と言ってもいいようなシンプルな詞とメロディーで一度聴いたら思わず口ずさみたくなる。
 口ずさみながらいつも不思議に思っていた。この歌の主人公は男(の子)なのか、女(の子)なのか。同様に〈あの人〉とは女(の子)なのか、男(の子)なのか。人物の年齢によっても世界観はずいぶん違ってくる。

 あらためて詞を読むと、1番と2番の〈あの人〉は別の人なんだとわかる。赤い花を髪にさしてもらうのは女性、白い花を胸にさすのは男性。これならぴったりくる。歌い手は十代の女性なのだろう。平山さんは初恋をうたったものと説明していた。

 赤い鳥解散後はビッキーズという女性デュオがうたっていた(NHK「みんなのうた」)。芹洋子はもともと2番までしかなかった歌を、作者にお願いして3番の詞を書いてもらって持ち歌にしている。ハイ・ファイ・セット解散後ソロになった山本潤子も「竹田の子守唄」とともにレパートリーにしている。赤い鳥時代は彼女がリードヴォーカルだったので赤い鳥世代の聴衆には一番しっくりくるかもしれない。

 「赤い花白い花」は赤い鳥のオリジナルではない。赤い鳥のリーダーだった後藤さんが友人にこの歌の存在を知らされ、グループでうたいだした経緯がある。作詞作曲は中林ミエとレコード(ジャケット)に表記されていて、当時はシンガー・ソングライターの一人というほどの認識だった。

 インターネットを始めてから知ったことだが、この中林ミエさんは群馬県の方なのである。現在は前橋に住んで銅版画家として活躍しているとのこと。驚いたのはこの歌の誕生した場所である。中林さんが女子高生時代に作ったもので、閲覧したサイトによると山田郡毛里田村(現太田市)という地名が出てくる。太田は私の郷里だ。
 もしかして中林さんは太田(もしくはその近辺)ご出身なのでは? もしかして通っていた女子高は太女(太田女子高)ではないか?
 こうして僕は「赤い花白い花」だけでなく、作者に対しても親近感を覚えた。

 人権啓発関係のイベントは西日本で多く、関東ではほとんど見かけない(僕の勉強不足かもしれないが)。それが太田の隣町・伊勢崎で開催され、メインが紙ふうせんのトーク&ライブ。トークのテーマは「竹田の子守唄」。これはもう有休をとって押しかけるしかない。

 紙ふうせんが群馬でコンサートをすると知ってピンとくるべきだった。ステージで上毛かるたを話題にすれば受けること間違いなし、なんて考える前に思いつかなければいけなかった。
 「赤い花白い花」の作者である中林さんがこのトーク&ライブの会場にいらしたのである。後藤さんのMCによれば、前日初めてお会いしたとのことだった。この歌をうたいはじめてから35年。おふたりは中林さんと会ったことがなかったという事実に驚いた。

 そんなわけで、予定されていたプログラムが変更され、平山さんの歌唱指導による「赤い花白い花」が会場全体に響き渡った。当然「赤い花白い花」は紙ふうせんのレパートリーの1つではあるが、ステージでこの歌が披露される際には必ず平山さんの歌唱指導がつく。その指導ぶりがいつも抱腹絶倒で、コメディエンヌ平山さんの本領が発揮されることになる。

 「上沼恵美子みたい!」とは、初めて歌唱指導を拝見した一緒に行ったファンクラブの友人の感想。
 赤い鳥時代の、ピアノを弾きながら(標準語で)歌をうたうだけの平山さんしか知らない(かつての)ファンには少々ショッキングな光景かも。
 平山さんは原田伸郎とコンビを組んで関西で15年以上ラジオのパソナリティーを担当していた。その成果が後藤さんと拮抗するトークになった。
 リサイタルでのふたりのトークなんてまるで夫婦漫才なのだから。

 後藤さんの「竹田の子守唄」をテーマにしたトークが前半にあったからか、この日のステージは平山節がそれこそ全開だった。
 「関西弁をしゃべる女性が好き」と言うと、まわりの人は皆一様に驚くのだが、平山さんの影響が強いと思う。平山さんにしろ、後藤さんにしろ、バックミュージシャン、あるいは僕が知っている関西の人は皆さん、言葉に品があるのだ。聞いていてとても心地よい。

 あらかじめ予定されたアンコールでハプニングが起きた。予定曲「紙風船」の前に「まつり」をうたったのだ。もちろん打ち合せなんかない。後藤さんの鶴の一声。ピアノの今出さんの「はぁ?」という顔がおかしい。1年ぶりに生で聴く「まつり」に感激した。
 なぜ「まつり」をうたったのか、ライブ後楽屋に挨拶に行って理解した。
 中林さんと紙ふうせんの出逢いを企画したのが、地元で活動している〈Garnet〉という夫婦のユニットで、このデュオの3枚めのアルバムに「まつり」が収録されているのである。

 とにかくトーク&ライブは充実した内容で大満足だった。音響さんを大阪から連れてくるほどだから、力の入れようがわかるというもの。これで無料なのだから泣けてくる。

 ささぶね/いつも心に青空を/街を走りぬけて/ホーハイホー/赤い花白い花
 竹田の子守唄/虹/あなたの風になりたい/翼をください/冬が来る前に/船が帰ってくる
 まつり/紙風船
     △

     ▽
2005/09/23

 「チェリッシュ/紙ふうせん ライブ ~オールナイトニッポン エバーグリーン2周年記念 フォークのカリスマが帰ってきた!~」(品川プリンスホテル クラブeX)

 まったく知らなかったのだが、ニッポン放送夜中3時から「オールナイトニッポン エバーグリーン」という番組が放送されているらしい。深夜のディスクジョッキーの元祖的存在である斉藤安弘アナがパーソナリティで、往年のフォークソング+αを特集している番組だとか。NHK「深夜特急便」の民放版だろうか。

 この番組の2周年を記念して、60年代から70年代にかけてミュージックシーンを席巻したフォーク歌手、グループのライブが開催されている。毎回、テーマを決め、先週の3連休は日替わりで関西フォーク、カレッジフォーク、男性デュオ、ときて、今日は夫婦デュオの特集。
 ということで、紙ふうせんとチェリッシュのジョイントライブに足を運んだ。

 紙ふうせんとチェリッシュの共演と聞いて驚いた。
 TVに登場するこの2組のデュオに対する世間一般の認識なんてたぶん同じものなのだろう。女性がヴォーカルをとり、男性はハーモニー担当、いつまでも仲がいい夫婦だこと。方や「冬が来る前に」、一方は「なのにあなたは京都へ行くの」「てんとう虫のサンバ」「白いギター」のヒット曲を聴いて「ああ懐かしいなあ」なんて感慨にふける。
 客観的にはそういう存在だと思う。だからこそ、後藤さんがたまにステージの冒頭で口にする「チェリッシュじゃないですよ」なんていう挨拶が笑いを誘うのだ。

 しかし、実際のところ、その音楽性は対極に位置しているといっていい。
 ともに、デビューは5人組のグループだった。チェリッシュのデビュー曲「なのにあなたは京都へ行くの」はかなりお気に入りだった。小学5年(と思う)だった僕は、父親の車に取り付けてあるカーオーディオで、当時主流だった8トラックのカートリッジテープに「なのにあなたは京都へ行くの」が収録されているのを知ってから、一人車にこもって聴いたものである。

 TVに登場するチェリッシュの面々は長髪の若者たちで各々楽器を手にしていた。フォークグループの雰囲気が十分あった。ところが次の「白いギター」で男女ふたりになってしまう。他のメンバーが脱退してしまったのだ。やがて男性はギターを手放した。歌も他人の曲。完全に歌謡曲化、もうフォークのジャンルから逸脱して歌謡歌手になってしまったというわけ。

 赤い鳥は、デビュー当時こそ、既成曲をレパートリーにしていたが、やがてオリジナルも発表して、あくまでもフォーク(&ロック)の世界を追求していた。
 紙ふうせんになってからも、後藤さんの作詞作曲を基本に、頑なに自分たちの世界を守ってきた感がある。平山さんがピアノを弾かなくなったのは残念だが、後藤さんのギターテクニックは健在である。また本来のステージではふたりのヴォーカルが拮抗しているのだ(単純に女性メイン、男性サブではない)。

 フォークに魅せられてメジャーデビューした後、チェリッシュはレコード会社(プロデューサー)の意向で、歌謡路線に乗り(それが要因で他のメンバーは脱退してのではないか?)、紙ふうせんは頑なに己の道を歩んできたことになる。

 というわけで、夫婦デュオという括りだけで同じステージに立つのが不思議だったのだ。ダ・カーポならまだわかるのだけれど。

 ●チェリッシュ

  ペパーミントキャンディー/若草の首飾り/ひまわりの小径/なのにあなたは京都へ行くの
  辞書/てんとう虫のサンバ/はつかり号は北国へ/白いギター

 ●紙ふうせん

  虹/ホー・ハイ・ホー/竹田の子守唄/翼をください/冬が来る前に/船が帰ってくる

 ●チェリッシュ+紙ふうせん

  あの素晴らしい愛をもう一度

 ラスト、4人が横一列に並び、後ろにギターのすぎたさんの姿が目に入った時、赤い鳥だ、なんて思ってしまった。悦・悦コンビには笑った。


 【追記】

 約1年ぶりに紙ふうせんのライブに触れられた(生の「なのにあなたは京都へ行くの」を聴けた)といっても、ワンドリンク付8,800円は高い。いくら団塊世代を対象にしているといっても。
     △




 北海道は帯広のTさん、いや、ジンギスカンさん、「なんで紙ふうせんのリサイタルやコピーバンド大会について書かないんだよ~」とPCに向かって文句言ってませんか? すいませんが、もう少しお待ちください。

 本日発売の「FLASH」、出てましたねぇ、紙ふうせんのおふたり。平山さんの写真、高校の卒業アルバムでしょうか。後藤さんはESSの集合写真かな。「翼をください」って、今は卒業ソングなんですね。 

          * * *

 TOKYO MXの「円谷劇場」は、現在、日曜の深夜24時から放送されている。スペシャルとして、24時から「ウルトラQ」、24時30分から「ネオ・ウルトラQ」の1時間番組となっている。
 「ネオ・ウルトラQ」は初めて観るのだが、これまでの印象としてはいま一つといった感じ。
 
 「ネオ・ウルトラQ」の前に、前番組「ウルトラマンタロウ」の感想を書いておこう。
 その前の「プロレスの星 アステカイザー」は、2、3回観てやめてしまった。何も知らなければ東映作品と勘違いしてしまうようなチープな作品なのである(東映ヒーロー番組ファンの方、ごめんなさい)。
 だってさあ、本当なら特撮を駆使して描くべき対決シーンがそこだけアニメになってしまうんだぜ。そのアニメが実に安っぽいんだ。円谷プロの黒歴史……?
 「あれは、ダイナミックプロの作品だから」とは特撮仲間Sさんの言葉。

 「ウルトラマンタロウ」は、最終回近くまで日曜18時30分からの放送だったのが、あと数回残すのみとなって月曜23時に変更になった。それもそれまでのチャンネル(1)から(2)へ移動になって。
 放送日の移動、チャンネルの変更は、番組内では一切告知されなかった。TOKYO MXは「円谷劇場」を楽しみにしている視聴者をバカにしているのか。移動、変更の告知はHPでやっているから番組内ではしないってか。CMはほとんどアニメの番宣だけだったじゃないか。
 「タロウ」が移動になって後番組で何が始まったかというと、通販番組。いいのか、それで!

 で、「タロウ」だけれど、ウルトラシリーズのフォーマットと児童向けホームドラマがうまく融和していなかった気がしてならない。防衛隊ZATの位置づけというのが、どうにも微妙で。
 緩い、少しおバカで、教訓的なドラマだったら、ZATは町内のお助けチームみたいな設定の方がよっぽど合っていたと思う。「ウルトラマンゼアス」の、ガソリンスタンドの地下が秘密基地になっていて働く人がメンバーで、みたいな。

 世界観は「快獣ブースカ」「チビラくん」の流れがあるのに、ウルトラシリーズの枠に収めてしまったことで、何かと違和感が生じるのだ。まあ、初めて「タロウ」に接した世代はこれがウルトラの世界だと思うのであろうが。
 特にその違和感はウルトラ兄弟がゲスト出演する回に激しくなる。ゾフィ、マン、セブンたちがタロウの引き立て役でしかないのだ。登場するウルトラマンたちも、着ぐるみの造形は変だし、設定もおかしいし、かっこよくないし、もう第一世代には嘆息しかでてこないシロモノだ。スタッフのリスペクトというものが全然感じられないのだから困ったものである。

 毎回が「空からの贈り物」だと思えば、ウルトラ兄弟が出ない、タロウ単独のエピソードなら悪くない。
 個人的には「怪獣ひなまつり」がベストである。ウルトラシリーズのミュージカル(というものでもないが)とは考えたことはなかった。昭和歌謡ミュージカルの・ようなものとして三池監督の「愛と誠」の先駆となる内容なのだ。

 「ウルトラQ」を毎週1回、第1話から観ていると、リアルタイムの視聴を思い出す。この不思議世界にどれだけ夢中になり、怖がり、快哉をあげたか。「ゴメスを倒せ!」のゴメス対リトラ、「五郎とゴロー」の巨大猿、「宇宙からの贈り物」の宇宙怪獣ナメゴン。この三連打に当時の怪獣大好き少年はノックアウトされたのだ。不気味な音楽(テーマ曲、劇伴)に震えた。

 で、「ネオ・ウルトラQ」。「ウルトラQ」がカラー化された一昨年、TOHOシネマズ日劇のレイトショーでカップリング上映された。一度も足を運ばなかったのだが、正解だったかもしれない。

 第1話を観たときは「ウルトラQ darkfantasy」より「Q」らしいし出来もよい、と思ったが、回が進むにつれて「?」が多くなってきた。「ウルトラQ darkfantasy」とは逆のパターン。映像は良いのにシナリオが弱いというのは同じ。これは最近のドラマ全般に言えることなのだが。
 とにかく全12話なので、全話観て感想を述べたい。
 ちなみにテーマ曲は「ウルトラゾーン」の使いまわしですね。


     ▽
2004/09/30

 「ウルトラQ darkfantasy」(テレビ東京)

 「ウルトラQ darkfantasy」の放映が終了したので、個人的に総括、感想を述べてみたい。

 平成の時代に「ウルトラQ」が復活すると聞いて、歓喜しながらわりとシニカルに構えている自分がいた。「ウルトラQ」といえば、ガラモン、ペギラ、カネゴンを代表とする怪獣の登場、異様なテーマ音楽、呪文のようなナレーション等、かつての作品に思いを馳せながら新作に同じテイストを期待する声があった。

 気持ちは痛いほどわかるけど僕はまったく逆だった。「ウルトラQ」なんて冠は必要ないとさえ思った。なまじ「ウルトラQ」なんてあると往年のファンに比較され、失望されるだけではないか。それよりサブタイトルの「darkfantasy」の部分を全面に押し出してほしいと。
 ホラー、ミステリに造詣の深い友人によると〈darkfantasy〉にもちゃんとしたカテゴリ、意味があるのだそうだが、まあいいではないか。要は円谷プロの〈幻想と怪奇〉シリーズ、良質なSF(ファンタジー)アンソロジーを期待したのである。

 ガラゴン(ガラモン)が登場して、旧作の続編的位置付けをした(ファンの要望に応えた)第1話に失望した(特撮は素晴らしかった)が、回を重ねるごとにそれなりに面白く観られた。1クールを終了した時点で2クールにはさぞかし粒ぞろいなのではと期待したものの、残念ながら消化不良に終わってしまった気がしてならない。

 変なアレンジで少しも魅力を感じないテーマ曲、特に必要でもなかったナレーションやエンディングテーマ曲。まあ、これはあくまで器のこと。問題なのは器に盛られた料理である。消化不良に終わった一番の理由はシナリオに力がなかったことだろう。別に「世にも奇妙な物語」になっても、ジャパニーズホラーになってもかまわない。だいたい旧「ウルトラQ」の現代版が「世にも奇妙な物語」なのだから致し方ない。ホラーだって「Q」の重要な要素だった。円谷らしいホラーにすればいいだけのこと。要は観終わった時にハタと膝を打つようなピリっとする、核があるというか、一本筋が通ったもの。それがなかったのだ。

 シリーズの特徴として映像は見栄えがするのにストーリーに首をかしげたくなるのというパターンが多かった。
 例えば「小町」というアンドロイドの女性とさえない男との恋愛を扱ったエピソード。わりと早い段階で女性が普通の人間ではないとわかってしまうのはいいとして、女性の正体を知らない男に対して「あの娘はやめといた方がいい」というラーメン屋の親父の台詞がある。この台詞からどうしてふたりが結婚するラストになってしまうのか。悲恋と思わせておいてハッピーエンドにもっていくドンデン返しのつもりなのだろうか。親父の台詞はまったく意味をなさないではないか。あまりにも安易すぎる。

 太平洋戦争時の少女と現在の青年のほのかな恋愛模様を描いた「レンズ越しの恋」。宮部みゆきの「蒲生邸事件」に触発されたようドラマなのだが、これもどうにもわからない点がある。祖父の形見であるカメラのレンズ越しに見える少女は主人公の祖母だったとラストで判明するのだが、それはすぐに視聴者にも予想できた。しかし中盤で祖母は青年自身にその少女の写真を見ながらあたかも他人のように説明するのだ。本人にそこまで言わせるのなら別のラストを期待するというもの。

 まあ、それはいいとしよう。青年は同居する祖母の昔の写真を見たことがないのだろうか? 一緒に住んだことない僕ですら祖母の写真を見たことはある。「おばあちゃん、けっこう美人だったじゃない」なんて。家族で一緒に住んでいたら一度くらいアルバムを見るだろうに。空襲で焼かれてなかった? なら謎の少女の写真はどうしてあったのだろう?

 どうしてもこういう展開になるの? ラストになるの? 的パターンが目立った。

 版権の関係からかキャラクターの名前を変えながら旧作のエピソードをリメイクした作品群にはほとんど失望した。唯一「李里依とリリー」が成功していた部類か。父親が何をしたかったのかいまいち理解できなかったし、あのラストで果たして解決したのか疑問も残る。ただ少女の笑顔がそのまま恐怖になるショットに意味があったと思う。あれは心底ゾッとした。
 「ガラQの逆襲」でいえば冒頭の女セミ人間の孵化シーン。

 「ウルトラQ darkfantasy」は上原正三の企画で実現したらしいが、本人のシナリオに昔の面影がないのが寂しい。「ガラQの逆襲」では突然思いついたかのように最後「終」をだして旧作への思い入れを謳いあげるが、続けてエンディングテーマ曲が流れるフォーマットには全然似つかわしくない。本当に本人が書いたのでしょうか? 

 旧作の中でも特に傑作の誉れ高い「カネゴンの繭」を書いた山田正弘がよくリメイクを承諾したと思う。それも自身による執筆だ。しかしリメイク版「カネゴンヌの光る径」はストーリー的には疑問だらけだった。なぜ少女がカネゴンヌになるかのかわからない。監督によるとそれこそ今に相応しい処置と語っているのだが、納得できるものではない。着ぐるみの造形、変身シーンの安直さにも幻滅した。昭和40年代に固執した映像は見ものだったけれど。

 旧作は非常に中味が濃かった。見終わって満腹感があった。幼児期の刷り込み作用というものがたぶんにもあるのだろうが、その思いは今でも変わらない。新作は30分が20分、15分に感じられた。面白くて時間が短く感じられるのではない。ドラマに奥行きがないのだ。実に薄っぺらな感じ。
 そんなわけで、作品の中で何か一箇所印象的な部分があればそれでよしとする自分がいた。それ以上求めてはいけないと。

 所詮低予算なのだから、特撮には金はかけられない(初期の金子修介監督「あなた誰ですか?」「綺亜羅」は面白かったが、前者は脳みそがいかにも作り物、後者は少女と主人公が橋から飛行するするカットが合成バレバレというところで興ざめした)。だったら低予算を逆手にとって、お話で視聴者をひきつければいい。「darkfantasy」はシナリオライターが全面にでるべきアンソロジーだったと思う。ライターの腕の見せどころだった。にもかかわらずその結果は……

 ラストのひねり以外まんま「猿の手」なのに、クレジットに原作が明記されない「トーテムの眼」。クリエーターとしてこういうことが許されるのだろうか。別にオリジナルにこだわることはない。過去のSF/ファンタジーやホラー小説を独自の解釈で映像化する手もあったかもしれない。旧作はSF作家とのコラボレーションで生み出された経緯があったではないか。
 変化球である太田愛の作品群(原田昌樹監督「送り火」「光る舟」)が飛びぬけているのではあんまりではないか。あくまでも正統があってこその異色作なのだ。

 個人的にはラスト前に放映された実相寺監督の2本「ヒトガタ」「闇」で大いに溜飲を下げた。どちらもワンショットのみ思わず背筋に冷たいものが走ったし、何より実相寺特有のスタイリッシュな映像美に堪能できた。「ヒトガタ」」では大学での教授と女の会話シーン。窓外の緑と室内の陰影のコントラストにしびれた。「闇」ではリハーサル時のカッティング、途中インサートされる廃墟写真のタイミングの妙にうなった。

 かつて金子監督の企画によって実現した「ウルトラQ ザ・ムービー」は結局円谷映像側の、たぶんに営業的な判断で実相寺監督に変更になって制作された。オリジナルの3人組がTVクルーとして活躍し怪獣も登場するストーリーだが、まるで「ウルトラQ」ではなかった。興行成績も無残な結果に終わった。それに比べたら「ヒトガタ」「闇」の方がだんぜんいい。

 いろいろ不満や文句を述べたが、だからといって「ウルトラQ darkfantasy」を否定するつもりは毛頭ない。円谷がウルトラマン以外のドラマシリーズに挑戦したことはうれしい。
 ヒーローや怪獣だけが特撮ではない。それを僕は第一期ウルトラシリーズ、「怪奇大作戦」「マイティジャック」を繰り返し観る事で学んだ。そうしたちょっとひねくれたロートルファンあるいは円谷やウルトラのブランドなどまったく意識していない視聴者に向けての特撮ドラマ(というと語弊があるかもしれないが)があってもいい。

 ぜひこの路線は続けてほしいと願ってやまない。
          △




 7日(土)の紙ふうせん40周年記念リサイタルは大盛況でした。「太地綾踊唄」に大感激。

 翌8日(日)は「赤い鳥・紙ふうせんアマチュアコピーバンド大会」。出場者のある方が、誰もが演奏する「竹田の子守唄」を課題曲と表現されて大爆笑。
 曲が偏りすぎているという問題も、実際に聴いてみると、各者それぞれのアレンジ、演奏が際立ってまたオツと言える……んだけれど。詳細についてはまた後で。
 企画、運営の皆さま、出場の皆さま、長時間お疲れさまでした。

     *

 「つなわたり」(小林信彦/文藝春秋)購入。
 この数年の御大の小説はまず「文學界」に掲載されて、数か月後に単行本化される流れになっている。以前は新潮社とのパイプが太かったのだが、文庫のほとんどが絶版となるにつれ、文藝春秋との関係が強くなった。中日新聞連載の「小林信彦のコラム」は最終的には文藝春秋から単行本が上梓されている。文庫本にもなった。文學界→単行本のケースは、これで3作めか。

 1日(日)、「アメリカン・スナイパー」の観賞が2回めの上映になったことで、銀座の本屋で時間をつぶした。中に入ると、又吉直樹の小説本「火花」が11日に発売される旨の告知がいたるところに貼りだされていた。
 「火花」が「文學界」に掲載されたときは、とても評判を呼んで増刷もされたという。文芸誌ではこれまでありえなかった。版元の力の入れようがわかるというものだが、小林信彦ファンとしてはこのあまりに違う対応に複雑な気持ち。

 ベストセラー作家がいかに版元に大切にされているかは、百田尚樹「殉愛」騒動のときの、各出版社の対応で理解できる。
 文芸書を扱う版元の週刊誌はいっさい記事にしなかった。週刊新潮も週刊文春も、週刊現代も週刊ポストも口をつぐんで我関せず状態。
 文春ではもうすぐ百田尚樹の小説が連載されるという時期。文春にエッセイを連載している林真理子が切れて、エッセイの中で取り上げると、編集部もまずいと考えたのか、翌週、百田が1頁使って林真理子が呈した疑問について回答していた。

 フジテレビ「ゴーストライター」でも 中谷美紀扮する売れっ子作家は何かにつけて特別扱いされていた。
 ところで、「ゴーストライター」は、根本的なところで無理がある。その時間TVの前にいれば観るという程度だから、断定はできないのだが。
 プロデューサーやシナリオライターの方は、作家の文体をどのように考えているのだろうか。
 新人作家が売れっ子作家のゴーストとして書いた小説は面白いかもしれないが、売れっ子作家の熱狂的ファンなら微妙な文体の相違に違和感が生じるのではないか。
 たとえば、ある権威ある文学賞を獲って売れっ子になった作家が、実は、ゴーストライターを雇っていたとか、長い間、口述筆記で小説を書いていた作家が、才能が枯渇して、いつのまにやら、筆記を担当する弟子がすべてを担当するようになった、という展開ならまだ納得できるのだが。

 最近、小林信彦について、エッセイ、コラムの類は面白いが、小説が……という評価を下すブログ類を散見する。そんなことはない。デビュー作ほか、初期の数作を除いて、ほとんとを読んでいる男が言うのだから嘘ではない。
 コラム、エッセイの類がべらぼうに面白いから、そういうことになる。
 ただ、実際に読了して「えっ?」っていうものもある。が、文庫になって再読すると、どうしてこの面白さがわからなかったのかと思うのだ。

 この「つなわたり」がそうだった。さて、単行本で印象は変わるのか。




2014/10/24

 「紙ふうせん40周年記念リサイタル なつかしい未来 Vol.9」(兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール)

 承前

 【第2部】

 休憩後、第2部開始。
 
 バックアップミュージシャンを記しておく。
 
 浦野直(ウッドベース)
 今出哲也(ピアノ)
 すぎたじゅんじ(ギター&ヴォーカル)
 織川ひろし(ギター&ヴォーカル)
 田中ヒロシ(ドラムス)

 金関環/ラ・ストラーダカルテット(ストリングス)
 
 これまでは、1部のバックは少数精鋭、2部はフルメンバーによる豪華セッションという差別化がなされていたが、今回は最初から全員参加だ(昨年、一昨年は知らないが)。ラ・ストラーダカルテットのみ、2部からの参加。

  The Skater’s Waltz/Danny Boy/Volare
  The Water Is Wide/Up Up and Away
  虹/翼をください/Route-43/冬が来る前に

 前々回から第2部の前半はゲストをMCにした、後藤さんと平山さんのミニ紅白歌合戦というようなコーナーになっていた。前々回、前回は噺家さん、今回はサンテレビのアナウンサー、谷口英明さん。関西では野球中継の実況(阪神戦!)で有名らしい。
 コーナータイトルは「タッキーの部屋」。

 最初の「The Skater’s Waltz」はラ・ストラーダカルテットの演奏のみ。カルテットの紹介ですね。
 演奏が終ると、タッキーが登場して歌合戦開始。「ダニーボーイ」って、スコットランドの民謡なのか。
(ちなみに同じスコットランド民謡の「The Water Is Wide」はNHK朝のテレビ小説「マッサン」の挿入歌になっている。「花子とアン」でも歌われた。)

 タッキーさん、最後は後藤さんのリクエストで、阪神が逆転優勝する実況をするはめになるのだが、これが良かった。もしかしたら、2部のクライマックスはこの架空実況ではなかったかしらん。

 架空実況を聞きながら、高校時代を思い出していた。何年生だったか忘れたが、地理の時間、S先生が、太田高校が甲子園で優勝する瞬間を実況してくれたのである。このS先生、学生時代はアナウンサー志望だった。いつも群馬大会の初戦で敗れてしまう高校が甲子園に出場して優勝してしまうのだから、僕たちは夢中で聞き入っていた。
 
 「Up Up and Away」、英語のタイトルだとわかりにくいが、邦題にすると「ビートでジャンプ」。フィフス・ディメンションのヒット曲、というか、赤い鳥初期のレパートリーではないですか! セカンドアルバム「RED BIRDS」に収録されている。もう懐かしくてたまらない。

     ▽
 1974年9月30日、東京日比谷公会堂にて「紙ふうせん出発コンサート」が開催された。紙ふうせんの2人とBassの浦野直、Chelloの野瀬正彦、Pianoは平山泰代がプレイ、小編成のステージ。いかつり唄、ヘイ!、竹田の子守唄、もう一度帰ろう……入場料は900円。主催は東京労音。
 あれから40年。兵庫県立芸術文化センターにて、40周年記念―なつかしい未来vol.9の開幕である。
     △

 入場時に配付される「なつかしい未来新聞」にふたりが書いている。

 アンコール
 大きな木/人生の花束

  この季節にぴったりの「冬が来る前に」を歌い終わると、とりあえず全員ソデにはける。客席の拍手に導かれて、また全員がステージへ。
 アンコールは新曲2曲。後藤さんと平山さんのオリジナル。

 フォークグループ(デュオ)・紙ふうせんは紙風船と誤記されることがままあるが、本当に紙風船を名乗ったことがあることをご存知だろうか。
 東芝EMI、CBSソニー、キングレコードとレコードメーカーを移籍してきたふたりは、自分たちでレーベルを作ったことがある。

 ウエストウィングスという名称で、海外録音第二弾アルバム「ECHO OF LOVE」、シングル「みつめて」と「ECHO OF LOVE」をリリースしている。このときのジャケットには「紙風船」と明記されている。
 後藤さんの作詞作曲の「ECHO OF LOVE」は「冬が来る前に ~なつかしい未来~」にも収録されているが、ヒット狙いを感じる楽曲である。残念ながらヒットしなかったけれど(いい曲ですけどね)。

 後藤さんの「大きな木」はそれと対極にあるような曲で力の抜け具合が心地よい。
 「人生の花束」は平山さんの作詞作曲。感謝の気持ちを花束の花の色にたとえてピアノをバックに歌っている。ステージでは平山さん自身の弾き語りで聴いてみたいな。

 さて、リサイタル「なつかしい未来」は来年のVol.10で完結となる。今回、後藤さんは「五木の子守唄」の取材について語られていた。来年の完結編ではその研究結果が発表されるのだろうか、とても楽しみだ。

 その前に東京でリサイタルがある。
 果たして東京リサイタル「なつかしい未来」は、Vol.9の再演になるのか、はたまたVol.1~9の総集編的内容になるのか?
 セットリストに変更はあるのか否か?
 開催までの半年間あれこれ勝手に想像したい。




 一応前項から続く

2014/10/24

 「紙ふうせん40周年記念リサイタル なつかしい未来 Vol.9」(兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール)

 この2年、Vol.7、8と続けて参加できなかった。この間に会場が梅田のサンケイホールブリーゼから西宮の芸術文化センターに変更になった。紙ふうせんの地元である。
 梅田から阪急電車(神戸線)に乗って、「西宮北口」駅で降りて、デッキを歩いて数分のところに兵庫県立芸術文化センターがある。素敵な会場だった。
 ちなみに西宮北口駅があるのなら、西宮南口駅があるかといえばない。変わった駅名である。

 芸術文化センターには3つ(大中小)のホールがあって、中ホールは阪急なのに、大ホールにはKOBELCO、小ホールには神戸女学院の名前がついている。不思議がっていたら、FCの方にネーミングライツだと教えてもらった。ああ、そういうわけね、と得心したのだが、ホールごとに分割して権利を売却するなんて「さすが関西!」と唸った次第で。

 6月に40周年記念アルバム「冬が来る前に ~なつかしい未来~」がリリースされたので、この中でリサイタルで演奏されるのはどの曲か考えた。

 今回のアルバムは前作「GOLDEN☆BEST」と対になっている。補完しているといってもいい。前作同様にレーベルを超えて全アルバムからセレクトされ、リリース順、収録順に並ぶ。ただ本当なら1曲めとなる「ささぶね」の前が「またふたりになったね」となっている。その意図は大いに理解できる。

 今回の大きな特徴は、伝承歌特集の「リターン」から多くの楽曲が収録されていることだ。、お気に入りの「太地綾踊唄」には快哉を叫んだほど。また、フォルクローレ特集のアルバム「愛と自由を」からは「木こりのわが子へ唄(歌)」が取り上げられていてうれしくてたまらない。
 そのほかにも、ファーストアルバム「またふたりになったね」からは「ささぶね」「青い山赤い山」「またふたりになったね」、CBSソニー移籍第二弾「フレンズ」からは「二人のハーモニー」と僕好みの楽曲が網羅されている。ライブ録音の「竹田の子守唄」や「翼をください」に大感激。

  【第1部】

  紙風船/ささぶね/いつも心に青空を/街を走りぬけて
  竹田の子守唄/草取り唄/二人のハーモニー/船が帰ってくる

 「紙風船」を歌いながら、ふたりが登場した。なんと客席(ステージ下手)からスポットライトを浴びながら。
 リサイタル「なつかしい未来」の第1回もやはり「紙風船」で登場したのではなかったか。
 
 中学3年のときに学年全員で参加した市の合唱大会を思い出した。僕たちは「紙風船」を歌いながら登場したのである。
 音楽のK先生は、大学を卒業したての若い先生。2年から音楽を担当したのだが、授業で教科書を開いたことはほとんどなかった。かなりユニークな授業だったと記憶する。3年になると突然赤い鳥のレコードを聴かせてくれた。ライブ盤「ミリオン・ピープル」だ。
 K先生の指揮で合唱大会に参加したわけだ。歌は「翼をください」+α。現在「翼をください」は合唱曲の定番になっているが、当時はどうだったのだろうか。

 はじまりは紙ふうせんのテーマ曲「ささぶね」。アメリカ民謡に後藤さんが詩をつけた。
 「竹田の子守唄」に続いて披露されたのは「草取り唄」だった。これは予想していた。前奏から印象深く、よく鼻歌で口ずさんでいた。

   七つ下がりて 田の草をとれば 
   のばの露やら なみだやら
   のばの露やら なみだやら

 〈七つ下がりて〉の意味もわからずに歌っていた。
 後藤さんが説明してくれる。
「七歩下がって、とちゃいますよ。時間のことです。午後4時過ぎを言います」

 初めて生で聴く「二人のハーモニー」に感慨ひとしお。

   二人のハーモニー
   流れる川のように
   青みどりの海に届け

   二人のハーモニー
   はばたく鳥のように
   この歌をあなたに

   明日くる世界に
   子どもらの手をとり
   希望の舟出を歌おう
   この国のどこかに
   よろこびと悲しみ
   わかちあえる君がいる限り

 ふたりのメッセージがまっすぐ伝わってくる。曲も雄大だ。
 
 アルバム「フレンズ」を聴きまくっていた10代後半、コンサートのラストで合唱団をバックにして歌ったらすごい迫力だろうと思っていた。レコードではふたりの声を多重録音して深遠なるコーラスを作り出しているが、コンサートでは無理なので、それを合唱団で表現すればと。
 


natsumira huyukuru044
冬が来る前に ~なつかしい未来~

 
 この項続く




 紙ふうせんの16年ぶりの東京コンサート(リサイタル)が7日(土)に開催される。
 先月の13日の午後、Wさんから連絡があった。「読売新聞の夕刊に紙ふうせんの記事が出てるわよ」

 会社帰りに駅のキヨスクで夕刊を購入し電車の中で確認した。リサイタルの告知が主題で、後藤さんがこう語っている。
「ヒット曲はもちろん、日本各地の伝承歌を取り上げる。それらが中心になると思います」

 リサイタル「なつかしい未来」シリーズは2部構成になっていて、第1部が伝承歌を取り上げる内容になっている。後藤さんが言う「伝承歌中心云々」は第1部を指してのことだと思う。
 30周年のときや「なつかしい未来」シリーズ初期(初回、2回め)のときのような伝承歌特集となって、後藤さんのギター、すぎたさん(AG)、浦野さん(B)、金関さん(V)のサポートが入るしっとりライブになるのだろうか。

 だとすると、どんな楽曲が披露されるのか。
 「竹田の子守唄」は当然として、「いかつり唄」「円山川舟歌」はリストに入っているのだろうか? 「草取り唄」も聴きたい。「もうっこ」や「太地綾(きぬた)踊唄」を歌ってもらえないだろうか。金関さんのラ・ストラーダのストリングスが入った「もうっこ」は一つの完成形だったので、ぜひもう一度お願いしたいのだ。
 アメリカの伝承歌ということで、PPMメドレーもあるかも。

 昨年のリサイタル(なつかしい未来Vol.9)と東京のそれはどこがどう違うのか。
 バックミュージシャンは関西バージョンのまま、金関さん以外のストリングス(第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ)は東京の方がつとめると聞いている。

 なんて、あれこれ考えている今が一番楽しいのかもしれない。リサイタルが始まるとあっというまに終ってしまうので。


natsukashiimirai043.jpg
東京リサイタルのフライヤー
平山さんが持っているのは、16年前のコンサート会場で販売された本「SONGBOOK」です。
ラストで息子さん(EG)と共演というサプライズがありました。

 と、書いていて、今、気がついた。昨年のリサイタルのレビューをまだUPしていません!




 前項から続く

2015/02/14

 「エクソダス:神と王」(TOHOシネマズ日劇)

 予告編で「エクソダス:神と王」を知ったとき、監督がリドリー・スコットというところに興味を覚えた。SF映画「プロメテウス」は残念な結果になってしまったが、史劇ならまた力を発揮してくれるのではないか。「グラディエーター」の剣の戦いの迫力と家族愛を謳いあげた感動が忘れられないのだ。

 予告編は何度も見たが、最初、タイトルの意味について考えることはなかった。
 エクソダス。エクソシストダス(デス)。エクソシスト+イミダスみたいな人を食ったような名称だな。そう思ったのは、村上龍の「希望の国エクソダス」が書店に並んだときだった。

 今回、調べてみたら、ヘブライ(ユダヤ)人のエジプト出国を意味し、旧約聖書の「出エジプト記」を指すことを知った。チャールトン・ヘストン主演「十戒」のリメイク的な意味合いがある。今回、モーゼに扮するのはクリスチャン・ベール。

 「十戒」は中学時代に映画館(もしくはTV)で観ているはずだが、海が割れるシーン以外はほとんど覚えていない。そもそも十戒とは何ぞや。聖書を知らないとこういうことになる。

 十戒とは、モーゼが神から与えられた10の戒律のことで、以下のとおり。

 1.主が唯一の神であること
 2.偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)
 3.神の名を徒らに取り上げてはならないこと
 4.安息日を守ること
 5.父母を敬うこと
 6.殺人をしてはいけないこと(汝、殺す無かれ)
 7.姦淫をしてはいけないこと
 8.盗んではいけないこと
 9.偽証してはいけないこと(嘘を言ってはならない)
 10.隣人の家をむさぼってはいけないこと

 映画のラスト、ヘブライ人を率いて海を渡ったモーゼが石版に文言を刻んでいた。映画ではあまり重きを置かれていない。

 十戒のほかに十の災いというのがある。エジプト人の奴隷となっていたヘブライ人を救出するため神がもたらした十種類の災害のことをいい、この映画では天災としてCGを巧みに導入してリアルに描写されていた。映画の見せ場は次々に巻き起こるこれら災いの描写にあった。

 1.血の災い
 2.蛙の災い
 3.ぶよの災い
 4.虻の災い
 5.疫病の災い
 6.腫れ物の災い
 7.雹(ひょう)の災い
 8.イナゴの災い
 9.暗闇の災い
 10.長子皆殺しの災い

 第2の災いのシークエンスで膝を打った。大量発生した蛙がエジプト人の家まで侵入してきて、その気持ち悪さに阿鼻叫喚の構図となるのだが、これって「マグノリア」クライマックスの元ネタではないのか?! つまりあの空から降ってくる大量の蛙は聖書からの引用というわけだったのか。
 聖書については知らないことばかりだ。十戒も十の災いも調べなければ具体的なことは何もわからなかった。しかし、欧米(キリスト教圏)では基礎知識の一つなのだろう。
 日本でいえば「竹取物語」や「忠臣蔵」みたいな。たとえが悪いか。

 「十戒」では神が起こした奇跡として描かれる紅海が割れ、陸となった部分をヘブライ人が行進していくくだり。この映画ではあくまでも自然の摂理として描いているのが新鮮だった。引き潮だったという解釈だ。

 CGを使ったシーンはみなリアルで、実写と融合してスペクタクル映像を作り出していた。巨大な建物等はセットなのか、CGなのか、目を凝らしたが区分けがつかなかった。モブシーンに登場する人間などすべて本物に見えた。
 大きなスクリーンでスペクタクル映像を楽しむ映画、だと思う。ドラマ的には可もなく不可もなくといった感じなので。唯一グッときたのはラストのラスト、亡くなった弟、トニー・スコット監督への謝辞だった。

 シガニー・ウィーバーにまったく気づかなかった。普通、エンディングロールでわかりそうなものだが、何を見ていたのか。ちょっと恥ずかしい。
 モーゼの奥さん役の女優(マリア・バルベルデ)がきれいな人だった。


 【参考】
    
2000/03/21

 「マグノリア」(渋谷 パンテオン)

 いくつもの偶然が重なり合って起きた奇妙な3つの事件を紹介する前説がとても興味深く、これが本題(本編)につながる効果的なプロローグとなって、すぐに映画に引き込まれてしまった。
 生きていくことの悩みや過去の傷、さまざまな憎しみ、怒り、悲しみを抱えながら鬱屈した日々を営んでいる12人の主要人物たちの最悪な1日を同時間軸でいろいろ交差させながら描いていく演出が秀逸だ(ある時間枠では映画と実際の時間進行がシンクロしていたのではないか?)。
 3時間があっというまに過ぎた感じがする。時間の経過を気にせず観られたという点では同じような上映時間の「グリーンマイル」より上かもしれない。大事件や奇想天外な物語を扱っているわけではないのに、これは自分でも意外だった。

 主要人物それぞれのエピソードが、程度の差こそあれ、普遍的な問題を含んでいる。だから似たような体験をしていたり、人生に挫折したり、人間不信におちいったことがあるなら、登場人物の誰かに感情移入してしまって、映画の進行とともに身につまされ(あるいは考えさせられ)て、これからどんな展開になるのだろうかと画面から目が離せなくなるのである。
 最初から各人のエピソードの切り替えとつなぎが抜群にうまく、「確かこの緊張感あふれる描写はどこかで観たことあるぞ」と感じていたところ、かつての天才少年、今は過去の栄光だけで食い扶持をしのいでいるしがない中年男(ウィリアム・H・メイシー)が登場するにおよんで、傑作TVドラマ「ER」と同じタッチであることに気がついた。(「ER」では主人公たちの上司・モーゲンスタイン部長を演じている)

 登場人物たちの絶望が頂点に達した時、映画は彼らにとんでもない出来事を直面させて、苦悩やトラウマから解放させる。(今はやりの言葉で言えば、〈癒し〉がこの映画のテーマになっているわけだ)
 普通の感覚なら、この〝出来事〟を彼らの住む町を襲う台風とか嵐にするところだろう。だが、若干28歳の才人ポール・トーマス・アンダーソン監督はそんな生半可のことでは現代人の神経的病は癒えないと判断したのか、まことにもって信じられないものを空から降らせるのだった。
 このビジュアルショックは今まで経験したことがなく、僕は最初はのけぞり、それが現実であることで目が点になり、しまいには笑いがこみあげてきた。(恐怖が頂点に達すると笑ってしまう感覚に似ている)

 この空から異物が降る現象は実際にあって、映画だからその描写に誇張はあっても全くの嘘というわけではない。が、この場合そんなことは関係ないのではないか。親の愛を受けられない孤独な(現在の)天才少年が図書室でこの現象を目の当たりにして「こういうこともあり得る」と笑顔でうなずいたように、観客もこの現象を素直に受けとめればよい。
 純文学を読んでいたら突然ホラー小説になってしまった、自然風景画の展覧会を鑑賞していたら、得体の知れない抽象画がまぎれこんでいた、というような違和感(ものがものだけに嫌悪感か?)を与える展開かもしれないけれど、心をピュアにすればすんなり受け入れられると思う。映画ってそういうのも〈あり〉なのだ。 (その予兆はクライマックス前に描かれたミュージカル風シーンにあった。今までのリアルな世界観があそこで一度壊されている。この映画が<何でもありの世界>であることを予告しているように思えてならない。)

 僕は新旧の天才少年に感情移入していて、特に顔面を腫らしたダメ中年男が新しい人生を歩もうとする姿がいとおしかった。
 久々にすがすがしい気持ちにさせてくれた映画だ。




 前々項より続く

 リドリー・スコット監督が「エイリアン」の続編を手掛けるらしい、との情報が入ってきたのはいつだったろうか。
 「エイリアン」「エイリアン2」とアプローチを変えたSF映画はどちらも大成功、大ヒットしたが、「エイリアン3」でその栄光が瓦解されてしまった気がする。
 「2」の否定から始まる「3」はどうしても許せない。プロデューサーを兼ねたシガニー・ウィーバーが、役のイメージが固定化することを恐れて、リプリーを殺すことだけに心血をそそいでいる感じがしてならないのだ。
 何度も書くが、「2」でリプリーが命を賭して守った少女はもちろん、唯一生き残った兵士も、上半身だけになったアンドロイドも冒頭で殺してしまうのだ。こんなこと許されるのか。そんなストーリーによくGOサインが出たものだ。
 だいたいリプリーは「エイリアン4」でクローン人間として復活するのだ。「3」で死ぬことはなかったじゃないか!

 自分の中では「3」はなかったことになっている(デヴィット・フィンチャー監督はいい仕事しているのだけれど)。
 その後、「エイリアン」シリーズは「プレデター」シリーズとドッキングして「エイリアンvsプレデター」シリーズが2作作られた。
 「エイリアン」シリーズのレビューではなかった。

 その後、リドリー・スコット監督が進めているプロジェクトは「エイリアン」の前日譚らしい、との情報が聞こえてきて、その後なしのつぶてとなった。

 2012年、SF超大作のふれこみで「プロメテウス」が公開された。「エイリアン」の前日譚として進められていた映画だと気づいたのは公開直前だった。そういう売り方(宣伝)をしていなかった。

 確かにヴィジュアルは素晴らしかった。が、褒められるのはヴィジュアルだけ。肝心のストーリー(ドラマ)が噴飯ものだった。公開時に言われたことは登場人物が皆バカだということ。どうにも信じられない行動ばかりとっているのだから仕方あるまい。
 異星人の子を宿したヒロインが、出産してから身体に全く異常が見られないというのはどうなのか。他の人はちょっと異星人の体液が身体に注入されただけで、とんでもない症状に見舞わられているというのに。展開がまったくもってご都合主義なのだ。
 「プロメテウス」はシナリオが全然練られていないことが歴然としていて、「エイリアン」を知っている者には情けない映画でしかなかった。まあ、続編が公開されたら劇場に足を運ぶけれど。

 リドリー・スコット監督を、スコット監督と書きたいところだが、できないわけがある。弟のトニー・スコットもハリウッドで活躍する映画監督だったからだ。だったと書くのがつらいが。
 デビュー作は吸血鬼ものの「ハンガー」(1983年)だが、トム・クルーズ主演の「トップ・ガン」(1986年)の大ヒットで一躍その名が知れ渡った。
 最近では、デンゼル・ワシントン主演の「デジャヴ」(2006年)、「アンストッパブル」(2010年)というアクション映画の快作を撮っている。後者については監督が誰かなんて意識していなかったのだが。
 兄弟で1つの作品を監督するシステム(というか、一種の流行り?)が海外にはある。コーエン兄弟、ウォシャウスキー兄弟(兄が性転換したので、今は姉弟)等々。スコット兄弟の場合、単独で活動しながらハリウッドの売れっ子になったこと、デビューしてから第一線で活躍していることが特筆できる。

 トニー・スコット自殺の報に驚いた。2012年8月のことである


 この項続く




 前項の続きは次項に、ということで。

 宮崎総子の訃報で、彼女がフジテレビ出身だと知った。フリーになる前のことなど意識していなかった。1970年代から90年代にかけてはTBSのワイドショーの顔だったのだから。
 離婚して一人娘を実姉の脚本家隆巴・仲代達矢夫婦が養子にしたことは当時女性週刊誌を賑わせた。その娘が女優になったというニュースを見たときは「あの赤ちゃんが」と感慨深かった。
 ある時期からTVで見なくなったので、どうしているのだろうと思うことがあった。

 ミスター・スポック(レナード・ニモイ)の訃報には、年齢を考えれば仕方ないかと考えるしかなかった。

 2人に合掌。

          * * *

 昨日(28日)は、MOVIXさいたまで「味園ユニバース」鑑賞。
 またまた昼風呂で家を出るのが遅れ、さいたま新都心駅に到着したのが、映画が始まる14時10分の5分前。スイカの残金がなかったのでチャージしようとしたら、すごい列ができている。ほとんど若い女性たちだ。それで、スーパーアリーナで男性アイドルのコンサートがあることを知った。
 イライラしながら順番を待ち、チャージして、すぐに改札を抜けようとしたら、これまた若い女性たちのとんでもない列ができている。一番最後に並んだら予告編の時間を考慮したとしても映画に間に合わないことは確実だ。ズルをして途中に紛れ込んで改札を抜けた。MOVIXの建物まで走る。最近、映画のために走ってばかりいる。

 何とか本編上映前に着席できた。客席には若い女性が多く、不思議に思った直後に「ああ、関ジャニ∞のメンバーが主演だから」と得心した。
 山下敦弘監督のバンドを題材にした映画ということで興味がわいたのだが、山下監督らしい軽妙な味がでた映画になっていた。

 夜はTVで「ジャッジ」を観る。笑えた。

 今日は映画サービスデー。TOHOシネマズシャンテ「6才のボクが、大人になるまで。」を観ようと、第1回上映の11時に狙いを定め、30分前に劇場に着いたのだが、何と列ができている。列ができているだけではなく、11時の回と、次の15時の回は完売との張り紙が!
 予定変更して、丸の内ピカデリーで「アメリカン・スナイパー」を観ることにした。
 1回めにはタッチの差で間に合わず、2回め13時20分の回。満席だった。ラストの鎮魂曲に涙が流れてしょうがなかった。思い出すだけで泣けてくる。




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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