先週「チャッピー」を観た。予告編のときにはまるで意識していなかったがチャッピーのデザインやクライマックスで「火の鳥 復活編」を思い出した。

 昨日はテアトル新宿で「百日紅 ~Miss HOKUSAI~」最終回を鑑賞。上映中の地震に驚いた。大きな揺れの前にかすかな揺れが続いていて気のせいかと思っていたのだが。

 映画のあと、阿佐ヶ谷はNさんのスナックへ。地震の影響で京浜東北線は止まっていて、総武線は動いていたので。もともとNさんに誘われていたこともある。

 今日はDVDで「戦場にかける橋」。

          * * *

 4月の読書で、感想を途中まで書いていた「本多猪四郎 無冠の巨匠」について項を改める。続きが長くなってしまったため。

     ◇

2015/04/26

  「本多猪四郎 無冠の巨匠」(切通理作/洋泉社)

 切通さんが本多猪四郎について書く、本を上梓すると耳にしたのはいつだったか。ずいぶん前だったと記憶する。あとがきに書いていた。20年前だ。  
 とても刊行を楽しみにしていた。が、いつになっても本はできず企画は立ち消えになったのかもと諦めた。で、いつしか忘れてしまった。

 ロストプラスワンにおける平成ウルトラマン関連のトークショーが盛んだったころ、登壇した切通さんは「ティガとダイナの本を書く」と発言した。「COMIC BOX」のティガ特集が良かったので期待していたにもかかわらず、本はなかなか出版されなかった。「地球はウルトラマンの星」が上梓されたのはずいぶん経ってからのこと。一読してこれだけの内容のものを一人で書くには、そりゃ時間がかかると得心した。それほどの量&質だったのだ。

 往年の東宝特撮映画については、特技監督の円谷英二の功績が讃えられる。実際、幼少時代に真っ先に覚えたのは円谷英二という漢字だった。まだ円谷が〈つぶらや〉と読めず、〈えんたに〉と言っていた。

 もうずいぶん昔になるが、キネマ旬報・創刊○十周年記念号に東宝特撮映画が取り上げられ、その出発点となった「ゴジラ」(1954年)は円谷英二の技術の賜物云々と書かれていた。これに物言いをつけたのが、東宝の田中友幸プロデューサーだった。自分がいなかったら「ゴジラ」はできなかったと。この物言いを小林信彦は肯定的に捉えていて、「小林信彦のコラム」に書いている。
 東宝はプロデューサーシステムをいち早く導入していて、一時は〈監督〉を〈演出〉というクレジットにする動きもあったとある本で知った。監督たちが阻止したことはいうまでもない。

 監督・本多猪四郎の存在意義については、僕自身ある時期まで気がつかなかった。
 「ゴジラ・モスラ・エビラ 南海の大決闘」以降のゴジラ映画がなぜつまらないのか、ゴジラ映画ではない「ゲゾラ・ガニメ・カメーバ 決戦!南海の大怪獣」がどうして面白かったのか、中学生になって、やっと理解できたのだ。
 監督が本多猪四郎だった。
 音楽が伊福部昭だった。

 もちろん、小学生高学年から本多猪四郎という名前はインプットされていた。「帰ってきたウルトラマン」の第一話、二話を担当することを知って喜んだことを覚えているので。ただ、本編の演出がどれだけ重要かというところまで気づいていなかっただけのこと。

 ビデオで映画を観ることができるようになると、本多監督の演出がどれだけ素晴らしいものか、はっきりと確認できた。
 それは平成の時代になって、より理解できるようになった。

 切通さんは、84年版「ゴジラ」が公開されたときのエピソード(※)として、外人記者が「監督がなぜ本多ではないのか」という質問がされたことを記し、日本人になぜこの発想がなかったのかと恥じている。
 続編とはいえ、内容的には1作めのリメイクである映画を本多監督が撮る必要はないと思っていたからではないか。あくまでも僕自身の考えだが、当時本多監督のカムバックなんて考えなかった。それが間違っていたのか……。
 もし、本多監督の演出だったら84年版「ゴジラ」は少しは面白くなったのだろうか。脚本はもっと練られたとは思う。制作費について、本人が黄金時代と比較して少ないことを指摘しているから、もしオファーがあったとしても受けなかっただろう。
 
 平成ガメラシリーズだって、もちろん樋口特技監督の特撮シーンが素晴らしいことはもちろんだが、金子監督の本編部分があればこそのものだろう。
 映画は監督のもの。特技監督は監督とはいうものの、本来の意味の監督ではない。カメラや照明と同じ技師でしかない。DVD等がどんなにヒットしたとしても印税は監督(とシナリオライター)しか入ってこない。
 だからこそ、樋口監督は監督業に乗り出したのだろう。

 それはさておき。
 「パシフィック・リム」のエンディングクレジットでレイ・ハリーハウゼンと本多猪四郎へ献辞が捧げられたとき、一緒に観た特撮仲間たちと「レイ・ハリーハウゼンなら円谷英二ではないか」と疑問を呈しあった。
 「GODZILLA ゴジラ」では、渡辺謙演じる日本人博士のフルネームが芹沢猪四郎だった。姓の芹沢は「ゴジラ」(54年)の平田昭彦が演じた博士からとられている。
 かつて黒澤明が「影武者」や「乱」に取り組んだとき、海外からコッポラやルーカス、スピルバーグが賛辞とともに手を差し伸べた。
 黒澤明に対するリスペクトと同様なものが、本多監督にも寄せられていた。その気運が世界的に高まっていることと、本書の刊行には何らかの関係があるのだろうか。
 
 本多猪四郎の仕事を浮き彫りにしたいという考えが本書の起点だという。
 空想特撮映画はいまでも歴史に埋もれておらず、繰り返し見られる映画であり、再評価ではなく、読者が本日いまからでも再見できる本多作品のリアルタイムでの評価をしていくという趣旨で、「ゴジラ」から「メカゴジラの逆襲」までを、TV作品を含めて観ていく。

 語られる作品の中では、「フランケンシュタイン対地底怪獣」が興味深かった。この作品、姉妹編の「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」とともに、ゴジラシリーズと比べて特撮の素晴らしさばかり強調されることが多かった。
 僕の中では東宝特撮怪獣映画の中でテーマを含めて一番好きな作品なので、一度自分なりに作品評を書いたことがある。
 間違っていなかったことを本書で確認できた。

 昨年、「GODZILLA ゴジラ」が公開されたのを契機にゴジラシリーズ全作を観直した。初期のSF作品もすべてチェックしなければならない。

 ※どこに記載されていたのか、何度も調べているのだが、見つけられない。






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 あの記者会見があってからというもの誰もが予想していたと思うが、こんなに早くそのときが来るとは……。
 今井雅之の急死に驚いている。
 昨年病気治療で20kg痩せたというニュースでまず思ったのは「癌」ということ。本人が「腸捻転」だと説明して安堵したのだが。

 この役者を認識したのはいつだったか、はっきり覚えていない。
 舞台「THE WINDS OF GOD」の自作自演で出てきたと思う。奈良橋陽子の監督で映画化され、主演している。95年だったのか。

 まったく個人的なことだが、高校のラグビー部の仲間にSというのがいて、風貌が今井雅之に似ているのだ。高校時代のSは髪はリーゼント、外見は完全につっぱりで、不良性感度抜群だった。きちんと勉強すれば国立大に入れるくらいの頭脳をもっている(中学時代は勉強しなくても成績はトップだったとか)のに、結局進学しなかったのではなかったか。
 今井雅之を知った当初は、見るたびにSを思い出していた。

 今井雅之が出演したドラマではっきりと覚えているのは「味いちもんめ」。強面の料理人役だった。主役をSMAPの中居正広が演じていた。今調べたら第2シリーズの京都編。中居くんが京都の料理屋で働くことになって、そこの先輩料理人という設定だ。いつも喧嘩していたような気がする。
 実際に仲が悪かったと知ったのが深夜番組「ナカイの窓」だった。

 この番組、毎回設けられたテーマに沿ってゲストを4人ほど招き、中居くんとMC担当芸人が丸テーブルを囲んでトークを繰り広げる。その回のゲストが今井雅之だった。ほかに高橋英樹がいた。あと誰だったか。
 このとき、「味いちもんめ」の収録現場では、しょっちゅう二人がいざこざを起こしていたという話になった。アイドル嫌いだった今井が何かにつけて中居くんに反発していたという。これではいけないと思った中居くんが本音で話し合うと今井も態度を変え、以後、毎晩飲み合う仲になったという。

 番組の見どころはそのあと。MC担当芸人(ピースの綾部だった)が、高橋英樹に娘の話題を振るとノリが悪い。それでも綾部が娘の話を続けようとすると、今井がキレた。大先輩が嫌がっていること(娘の話題)をどうしてするのか? プロデューサーを非難するとそのまま退場してしまったのだ。あとを追う綾部と中居くん。スタジオの裏で今井と中居くんの喧嘩が始まった。怒鳴り合う二人。泣き出す綾部。

 ……番組が綾部に仕掛けたドッキリだった。
 以降、バラエティ番組で今井雅之を見る機会が増えたような気がする。TOKYO MX夕方の番組のレギュラーになったのは「ナカイの窓」出演の前か後か。中居くんにいじられて人気者になる芸能人がいるとネットニュースになったことがあるが、今井雅之もその一人かもしれない。

 できれば映画を完成させてから、せめて、公演を終了させてから死にたかっただろうに。無念、残念。でもこれも人生なんだ。
 54歳。まさに同世代じゃないか。

 同世代といえば、先日亡くなった大内義昭は55歳。同い歳だ。1960年の3月生まれだから同学年である。
 昨年の暮れ、増田恵子がカバーアルバムをリリースして、そのうちの1曲が「愛が生まれた日」で、大内義昭とデュエットしている録音風景がYouTubeで見ることができた。髪は薄くなったが歌声は変わっていなかった。「愛が生まれた日」は好きな曲なので、気が向けば聴いていた。
 だから急死の報はショックだった。食道癌。

 今朝はTVで今いくよの死を知って大声あげた。一つ上の世代、団塊の世代のおしりの方。
 この方も胃癌を発症して治療していた。
 
 みんな癌で死んでしまう。

 ご冥福をお祈りいたします。




 スーパー兄弟 龍美麗・三代目南條隆を見る会☆囲む会より続く

 浅草は木馬館に行って以来だ。約3年半ぶりということ。

 前回は木馬館が見つからずKさんとの待ち合わせ時間に間に合うかどうか焦りに焦った。わかりやすい道順だと思って遠回りしたことが原因だ。今回は最短コースを通って(仲見世を浅草寺に向かって歩き境内で左折する)早々に到着した。
 16時30分ちょっと前。劇団員が舞台の扮装で呼び込みしている。まだKさんも橋本さんもいないので近所を散策した。
 東洋館があった。何度か来たことがある。道を挟んだ反対側の、もうひとつの大衆演劇館、大勝館がドン・キホーテに様変わりしていた。

 木馬館にもどってみると、入口前の待合コーナー(?)に橋本さんがいた。何年ぶりの再会だろうか。前回は錦糸町の河内音頭大会(祭)で会ったと思う。
 橋本さんのそばに二人の男性がいた。隣の方は十条の篠原劇場のオーナーだという。対面の方は朝日新聞の記者の方。その名前に反応した。
「もしかしたら、寅さんの記事を書いていた……」
 やはりそうだった。小泉信一氏。2年ばかり大阪勤務だったという。「あのシリーズ、毎週楽しく読んでいたんですよ」
 本も読んでいる。
 朝日新聞のこのコーナーは「男はつらいよ」の連載が終了すると、日活映画の俳優、女優の記事になった。こちらも熱心にチェックしていた。その後小津安二郎特集になったあたりから読まなくなってしまった。

 まずは見る会。Kさんも来て入場料1,600円を払って会場へ。渡されたチケットは、昔映画館で使われていた、あのピンク地のやつ。わかりますか? 懐かしい。
 17時、三代目南條隆とスーパー兄弟公演が始まった。
 ステージは2部構成で、17時から18時30分までが芝居「関の弥太っぺ」、休憩後、19時から18時30分までが舞踊ショー。

 芝居は、座長・三代目南條隆、総座長・龍美麗の台詞まわしを楽しんだ。往年の東映や大映の役者たちに通じるものだ。マスクは杉良太郎と勝新太郎を彷彿とさせる。本日のゲスト、里見要次郎は梅宮辰夫で……ちと強引か。
 舞踏ショーはBGMに新たな発見があった。アレンジがいい。じっくり聴きたい。ニュー演歌、悪くない!
 おひねりタイムではアドレナリンがでまくった。万札を見るとなぜか興奮する。自分がもらったわけではないのに。本日の最高額20万円。

 僕らの列の斜め前に妙齢な女性が座っていた。劇団のファンなのだろう、絶妙のタイミングで大向こうを発する。写真を何枚撮ったのか。ここぞというタイミングでシャッターを押す。画面が見えるからどんな構図なのかわかる。皆かっこいい。ファンのプロといった感じ。

 話は前後する。芝居の冒頭に出てくる釣り人(男)は女性が演じていると思った。舞踊ショーの艶やかな女形姿(女性が女性を演じているのだが)はまるで元AKB48の板野友美のよう、針仕事のしぐさが実にサマになっていて印象深かった。
 先ほどの女性が声をかけた。「マサトォォ!」
 えっ! この人、男性なの? どう見ても女にしか見えないのだけど。
 終了後に判明するのだが、やはり女性だった。南條兄弟の妹さん。マサトは魔裟斗と書くのだそうだ。

 公演のあとは囲む会。近くのすし屋で行われた。
 メンバーには現代書館の社長(この方、公演時隣の席だった)、連載誌「演芸グラフ」関係者、筑摩書房の編集者といった業界関係者のほか、俳優の不破万作さん、シナリオライターの井沢満さんがいた。
 不破さんは橋本さんの大学時代の同級生。井沢さんは大衆演劇を題材にしたドラマを書いたときに橋本さんが考証を担当した関係だという。

 井沢さんが斜め前に座っていたので、日ごろ思っている今のドラマに関する疑問をいくつか訊ねた。
 アナログと地デジが併用で放送されていたとき、ディレクターはどのようにフレームを決定するのでしょうか?
 昔は2クールだった連続ドラマがなぜ1クールになったのでしょうか?

 井沢さんがテレビドラマを書き出したときはもう1クールになっていたとか。もともとラジオを書いていた井沢さんのTVデビューがNHK「みちしるべ」。鈴木清順が俳優として主演したもので、加藤治子と夫婦を演じたロードムービーもの。僕はリアルタイムで観ていた(「NHKアーカイブ」でも取り上げたと思う。こちらもしっかりチェックしている)。
 シナリオライターがどんなに神経をすり減らすものか例を挙げて説明してくれた。

 劇団からの出席者は二代目南條隆さんと、今回の公演にゲストしている南條光貴さん。二代目南條隆さんは「晴れ姿!旅役者街道」で取材されている。素顔は細面の小日向文世。
 南條光貴さんはスーパー兄弟のお兄さん。自分で劇団を持っている。
 途中でスーパー兄弟が挨拶にやってきた。二人とも素顔だから、もし道ですれちがっても本人だとはわからない。
 
 驚いたのはこの席にあのプロファンの女性が友だちと参加したことである。もちろん今回の見る会・囲む会のメンバーではない。橋本さんとは面識がないのだから当たり前だ。二代目南條さんに呼ばれたのだと思う。この、Sさんが呑み席で大衆演劇について、あれこれいろいろと教えてくれるのだ。これは勉強になった。

 スーパー兄弟は来月6月、十条の篠原演芸場で公演する。もう一度観ようと考えている。




2015/05/24

 「特別企画公演 立川流落語会」(国立演芸場)

 この公演(談四楼師匠主任及び出演の回)も3年間ご無沙汰してしまった。それまではずっと足を運んでいたのに。
 今年は、落語立川流の中で、志の輔師匠と談春師匠が出演しない。当然その一門の出番もなし。ということで、初日が志らく一門+α、2日めが談笑一門+α。そして千秋楽が談四楼一門+αというプログラムとなった。
 広小路亭や日暮里寄席には両師匠とも出演しないからその流れで決まった顔付けなのか(志らく師匠だって両寄席には出演してはいないのだけど)。

 談四楼一門が高座で勢ぞろいするのは初めてだと思う。ホームグラウンドの北澤八幡の独演会だって拝見したことがない。3年間ご無沙汰していたから、偉そうに断言できないが。


  立川だん子 「真田小僧」

  立川寸志  「馬のす」
  立川三四楼 「金明竹 ~名古屋弁バージョン」
  立川キウイ 「反対俥」
  立川左談次  けーかほーこく「骨は折っても心は折らぬ」

   〈仲入り〉

  立川生志  「お菊の皿」
  立川談之助 「選挙あれこれ」
  立川文志   字慢噺
  立川談四楼 「ぼんぼん唄」


 開口一番はだん子さん、ちょっとうまくなっているではないですか。この間にお客さんが次々とやってくる。終わってからも、客の入場は続き、出囃子がずっと鳴り続けるなか、だん子さんはめくりのところでしばらく様子見。

 待たされた寸志さん、にぎやかに登場してわめく、わめく。「皆さん、早く入場してください。出囃子が何度も繰り返されて4往復してますよ」。談四楼一門は逆スライド三段方式で弟子は下になるにつれて歳が上になるんです。一番弟子の三四楼が39歳、私が(もうすぐ)48歳。で、だん子なんですけどね、ああ見えても、と一呼吸おいて「83歳!」。
 「馬のす」を体感すると枝豆が食べたくなる。

 久しぶりの三四楼さん、相変わらず冒頭の挨拶に照れが入ってぐだぐだだ。「1、2の三四楼!」も元気よく調子よくやったためしがない。それもメビウスがどうのこうの、意味がわからない! いや、メビウスが無限大を意味する言葉なのはわかりますよ。どうして、簡単明瞭な「1、2の三四楼!」じゃいけないの?
 それにしても、お客を選ぶネタだ。個人的には嫌いじゃない。大笑いはできないけれど、冒頭以外は始終ニヤニヤクスクスしていた(ただ、立川流で名古屋弁というと平林さんのインパクトが強い)。最後で噛んだ。フォローがいま一つ。宮路さんはもっとひどく噛んだけどそのまま捨て台詞を放ち、大笑いさせてくれたのに。

 キウイ師匠は左談次師匠のリクエストで「反対俥」。あのドラム缶の飛び越えは、小さな会場で目の前で見た方がいい。すごい迫力だから。会場を駆け回るのは、談之助師匠が「桑名船」でやっているので目から鱗にはならなかった。熱演はわかるけれど。キウイ師匠はお客を巻き込んだ落語が面白いと個人的には思っている。

 骨折で休養していた左談次師匠が松葉づえで復帰した。代演だと思っていたので本人出演のニュース(談四楼師匠のツイッター)はうれしかった。骨折にまつわる近況報告といった漫談で、エピソードを話すときに先に笑ってしまうのがええなぁ。最後に照れながら「骨は追っても心は折らぬ」と締めた。転んでもタダでは起きない噺家の鑑だ。
 ちなみに「心を折る」という言葉、女子プロレスの神取忍がジャッキー佐藤との試合で口にしたことで、その後大流行した。てなことをこの前TV番組で知りました。


 生志師匠はずいぶんと貫禄がついた印象。別に太ったというわけじゃないですよ。口調に余裕が感じられる。声だけ聴いていると小さん師匠みたいだ。「花田まさるじゃないですよ」のお馴染みフレーズはもう言わないのね。
 「お菊の皿」には「鉄拐」に通じるものがあると思った。

 談之助師匠の漫談が好き。談幸一門の脱退について、今後の立川流について、真偽取り混ぜていろいろ語ってほしいのだが、今日は談志の選挙の思い出話。その手の噺はもっとディープな場所でということか。一度行ってみようかな。

 これまで国立演芸場の立川流落語会では談四楼師匠との相性がいいのか、ひざは文志師匠がつとめることが多かった。ネタはいつも同じだったので、今回もと思ったら新作だった。得した気分。

 談四楼師匠が十八番にしているネタはいろいろあるが、「ぼんぼん唄」だけ他の噺家さんが演っているのを見たこと(聴いたこと)はもちろん(それほどいろいろな落語会に通っているわけでもないし)、耳にしたこと目にしたこともない。もともとは志ん生の持ちネタだったものを、師匠が掘り起こして娘さんに許可を得たという経緯がある。その後志ん朝一門で誰か手をつけたのだろうか。
 この噺を聴くと、もう夏かという気分になる。
 迷子のおひろが愛しくてたまらない。おひろに幼かったころの娘の姿を重ねて映像を浮かべている。

 6月の北澤八幡独演会は200回記念ということで、ゲストなしで師匠3席。月曜日だけど最初から見られるようになんとかしよう。




 書き忘れていたが、先週の20日(水)は試写会で「新劇場版 頭文字D Legend2 -闘走-」を観た。
 朝一でKさんから誘いのメール、「イニシャルD観ますか?」とあったので、すぐに「観ます!」と返信したのだが、別の映画と勘違いしていた。

 「頭文字D」のマンガは読んだことがない。アニメも観たことがないし、ゲームもやったことがない。群馬が舞台だなんてことを初めて知った。
 実写の「ワイルドスピード」を観た者にはアニメの世界は今ひとつでして……。もちろん「頭文字D」の方が先であることは十分承知していますよ。 ギアチェンジのカットを必ず挿入する約束事とか。
 
 映画という触れ込みであるが、上映時間は1時間のDVDアニメのスペシャル版といった感じだった。

 翌日「ワイルドスピードX2 TOKYO DRIFT」のBRを借りた。
 ……変な東京。変な高校生。日本人同士の会話で英語をしゃべるな! ドリフトってアメリカにはあまり用のない技術なのか? 1、2と関係ないようなエピソードに見せかけてラストで結びつけてしまう強引さ。


 昨日24日(日)は、久しぶりの国立演芸場の立川流落語会(千秋楽)。談四楼一門+αということで、バラエティvs本格派といった感じ。

 終了後打ち上げに参加。
 日刊ゲンダイのMさんの芸能界、文壇の裏話に議論白熱。高倉健、千葉真一、竹内結子、中村獅童、黒澤明、ショーケン、三島由紀夫、風流夢譚事件、右翼vs左翼、エトセトラ、エトセトラ。
 書籍「ショーケン」の話で、構成の赤坂さんが、と言ったら、Mさんがびっくりしている。
「どうして知っているの?」
 だって、本にクレジットされているでしょう。
 赤坂さんって、Mさんの(会社の)後輩だったという。ワオ!

 俳優Yの主演作は駄作ばかりとMさんが主張するので、「だったら『十三人の刺客』は?」と、夜の照明のゆらめき、手足を切断された女のショットを褒めると、そこは同意してくれたものの、トータルとしてダメだと。あるプロデューサーの言葉を披露してくれた。
 今度、公開される「日本のいちばん長い日」はけっこう期待しているんですけどね。
 東宝版の感想を訊かれ、観ていないと言うと、だったら貸してやると。
 Mさんを7月4日のシネりんに誘った。春日太一さんがゲストのスペシャルなので。

 いや~楽しかった。

 終了間際には、寸志さんと真面目な話をいろいろと。
 打ち上げ終了後、一人赤坂から新橋まで歩く。

 途中、ローソンで休憩したりして、帰宅したら23時だった。
 遅くなることを予想して「花燃ゆ」は録画予約したのだが、「天皇の料理番」は忘れていた。
 何たる不覚!

 BS朝日「集え!富士山麓 歌え青春フォーク 第2弾 春編」をやっと観る。
 Sさん、ありがとうございました。




 
 先週は5月14日(木)の話。

 浅草で橋本正樹さん主催の「スーパー兄弟 龍美麗・三代目南條隆を見る会☆囲む会」があった。

 いただいた案内ハガキにこう書かれていた。
     ▽
全国130ある劇団の中で、現在もっとも注目され、近い将来には劇界の屋台骨になるであろう「スーパー兄弟」が5月、東京・浅草木馬館で初興行いたします。
     △
 「晴れ姿!旅役者街道」(現代書館)を読了した直後でもあったので、すぐに参加に○をして返信した。Kさんを誘った。

 前著「あっぱれ!旅役者列伝」(現代書館)読了後、偶然なのか、必然なのか、シネりんメンバーのKさんから大衆演劇に誘われた。Kさん、映画は好きだが、大衆演劇も大好きで、浅草・木馬館は常連だという。僕も本を読んだことで興味がでてきたところなので、年が明けて足を運んだのである。2012年の年始、2日だか3日のことだった。

 百聞は一見にしかず。新しい世界を垣間見た気がした。新宿コマの公演(演歌歌手が主役となって前半は芝居で泣かせ、後半は歌謡ショーでたっぷり聴かせる)と歌舞伎がいっしょくたになったものをもっとこじんまりと庶民的にした感じ、か。
 3部に分かれていて、一部が芝居、二部・三部が舞踊ショーだった。かつて、梅沢富美男の女形姿が一世を風靡したが、あのビジュアルが目の前で繰り広げられるのだからたまらない。妖しい雰囲気に魅了された。

 元気だったら、その後も何度か木馬館に通ったかもしれない。
 しかし、3月以降にいろいろあって、土日は引き籠り、友人・知人のイベント案内には無視を決め込んだ。橋本さんから新著の案内をいただいてもすぐには購入しなかった。
 昨年の6月、紙ふうせんFC+東京事務所スタッフ合同の交流会があったとき、平山さんが橋本さんの出版記念パーティーを話題にした。少々バツが悪かった。

 秋になってやっと心の靄が晴れた。年があけて「晴れ姿!旅役者街道」を手に入れ、年賀状代わりの寒中見舞いで過去2年音信不通の不義理を詫びた。そして、やっと元気になって、本も買ったこと、読んだら感想を伝えますと記した。

 案内ハガキには、橋本さんの独特な文字で「もし体調がよければ浅草へ」と書かれていた。
 行くしかない。17時開演というのがネックだったが、午後半休をとった。

 橋本さんとの出会いはこちらに書いている。

superkyoudai
スーパー兄弟

 この項続く




 昨日(21日)はシネりんだった。篠原哲雄監督が新作「種まく旅人 くにうみの郷」をひっさげて登場した。二井さんが聞き役だからだろうか、篠原監督は饒舌だった。
 海苔とタマネギを作る兄弟とエリート農林水産庁官僚の女性の物語。料理のディティール描写には定評がある監督だから海苔やたまねぎがどんな風にスクリーンに登場するかとても楽しみ。
 30日ロードショーです。

 本日(22日)は池袋・ジュンク堂書店で切通さんと小中(千昭)さんのトークショーがあった。今朝知ってあわてて申し込んだ。
 もっと前から知っていたら本を持参したのに。「少年宇宙人 平成ウルトラマン監督原田昌樹と映像の職人たち」も買ったのだ。まだ読んでいないけれど。

 以下は4月の読書録「本多猪四郎 無冠の巨匠」で少し話題にした「地球はウルトラマンの星」のレビュー。

     ◇

 「地球はウルトラマンの星」(切通理作/ソニー・マガジンズ)

 本書が出版されることを知ったのは昨年(1999年)の2月、新宿ロフトプラスワンの会場だった。
 平成ウルトラマンのスタッフ・キャスト、関係者をゲストに呼んで、繰り広げられたトークショーの席で本人自ら、「ウルトラマンティガ」と「ウルトマンダイナ」の研究書を夏頃発売すると語っていたのだ。
 最近、よほど興味のある(あるいは資料的価値のある)特撮本以外は購入しないことにしているのだけれど、これは聞いたとたん「買いだ!」と思った。

 「ウルトラマンティガ」を特集した「COMIC BOX」が非常によくできていたし(たぶん著者を中心に執筆、編集されたのだと思う)、何より「怪獣使いと少年」を書いた気鋭の評論家が平成ウルトラマンシリーズをどう分析するか、その切り口、語り口は大いに期待できた。
 ところが発売予定の8月、9月になっても店頭に並ぶ気配がない。本についての何の情報も入ってこないし、実際発売されるのかどうかもわからない。
 版元予定だったフュージョンプロダクトが何かと揉めている最中だったので、そのあおりを受けて発売そのものがウヤムヤになってしまうのか、心配したものだ。 (関係ないけど、ずいぶん前に本多猪四郎の評伝を書くと言っていたがどうなったのだろう)

 今年(00年)3月末にやっと発売になったわけで、なるほどこのボリューム、内容の濃さならばなかなか完成しなかったはずである。
 本書はティガ、ダイナはもちろんガイアも含めた平成ウルトラマンシリーズ3部作の研究書になっていて、主要スタッフ36人へのインタビューで構成されている。(版元もソニー・マガジンズに変更になっていた。)

 グループの共同体制のよる作業ではなく、基本的には一人で各スタッフにインタビューをし、それを単に対談という形で活字化するのでなく、著者自身で咀嚼して原稿化するというまことに気の遠くなるような手順を踏む、まさに労作と言える一冊だ。
 表紙から裏表紙まで神経が行き届いていてうれしくなる。この感動は初めて第一期ウルトラシリーズを取り上げたファンタスティックコレクションを手にした時によく似ていた。
 こういう本を待ち望んでいたのだ。

 通常より小さい活字、おまけに2段組で450弱のページ数という圧倒的なボリュームながら、興味深い話が次々にでてくるから、読むのに苦労しなかった。

 冒頭の「総論 ウルトラマン復活の道程」は僕自身の作品に対する気持ちの代弁とも言えるもので、何度か目頭が熱くなった。
 インターネットを閲覧するようになってわかったことは、(予想していたとはいえ)視聴者(ファン)側にはウルトラマンに対してさまざま見方、感じ方、意見があるということだった。世代の差というのも大いに関係しているのかもしれない。僕がそれほどと思えないエピソードが絶賛されたり、逆に面白いと感じたものがあまり評価されていなかったりと、まさに十人十色。

 ファンがそうなのだから、かつてのファンから製作側に転じたスタッフにしてもウルトラマンへのこだわりが各人それぞれなのは当然と言えるかもしれない。
 だからこそ、バラエティあふれるエピソードで成り立つシリーズができるのだろう。ウルトラ(マン)シリーズの魅力の一つだ。

 いいとか悪いとかの問題ではなく、誰が自分の感性に近いか(ということは、自分にとって誰が面白い作品を作ってくれるか)ということを確かめるのに最適な本という側面もある。
 個人的には作品自体に非常に共感を覚えた監督の川崎郷太、北浦嗣巳、脚本家の長谷川圭一、太田愛、特技監督の満留浩昌の言葉に注目した。

 特にウルトラに関するインタビューはこれが最後になるだろう川崎監督のへのインタビューが貴重だった。過去のウルトラに対しての造詣の深さにかかわらず、マニアックに走るのでなく、ある部分冷めた目を持っているので、内容的にも、映像的にも非常に印象深い作品を撮っている。本人がウルトラを卒業すると宣言しているので、今後のシリーズでの活躍がないのは残念。

 が、映画ファン、映像ファンの僕としては川崎監督のウルトラ以外での今後の活躍を信じている。ぜひとも川崎監督にはティガ、ダイナの傑作、異色エピソードを名刺代わりに、映画界、オリジナルビデオの世界に進出し、作品を発表してもらいたいものだ。(ティガ、終了後には引く手あまたになるのではないかと思っていたのであるが……)

 川崎監督とは別の意味で印象深いエピソードを撮った原田昌樹監督の演出理論は非常にわかりやすく、うなずくことしきりだった。
 最近ホラー映画がブームになっているが、「女優霊」「リング」「死国」と画面に霊を浮遊させ(と勝手に表現している)、観ている者をゾっとさせる映像テクニックは脚本家・小中千昭の発案だというのを初めて知った。この小中氏のインタビューでは、「ガイア」のナレーション排除について言及していなかったのがちょっと残念だった。

 もちろん他の作家が担当したエピソードの何編かはナレーションを使用しているが、小中氏自身の作品には一切使用されていない。ウルトラ(マン)シリーズはナレーションも一つの魅力(売り)だった。そのナレーションを排除して、映像で物語を語る姿勢というのもシリーズ構成を担当した小中氏の挑戦だったのではないかと僕は思っているのだが。

 平成ウルトラマン立ち上げの立役者・笈川プロデューサーの話にでてくる現場スタッフとの軋轢は、作品は人がつくるものだという認識を新たにさせてくれる。スポンサー、局と現場サイドをつなぐ作業も並大抵のものではなかっただろう。

 フィルムにこだわったMBSの局プロデューサー丸谷嘉彦の存在も忘れてはいけない。
 第一期から活躍している実相寺昭雄、佐川和夫、上原正三の三氏の登場もうれしい限りだ。
 36人の関係者を大枠でティガ、ダイナ、ガイアの3つに区分し、順を追うことでティガ~ガイアにつながるスタッフ証言による「メイキング・オブ・ウルトラマン」になっている。途中に出演者たちへのインタビューを挟んで適度なインターミッションをとる構成も素晴らしく、夢中でページをめくらせる秘策かもしれない。  (2000/12)




2015/04/26

 「本多猪四郎 無冠の巨匠」(切通理作/洋泉社)

 別項に記す。


2015/04/28

 「わたしの手塚治虫体験(1)」(真崎守/JICC出版局)

 高校時代に真崎守の漫画(劇画?)に夢中になった。ブロンズ社からでていた本を何冊か購入している。タイトルは忘れたが、見開きまるまるベタで塗りつぶすという驚愕技巧があった。真っ暗な部屋の描写だったように思う。高校時代は〈青春〉に拘っていたので、真崎守の作品はまさにストライクゾーンだったのだ。
 自分史と手塚マンガ評論を合体させているところがミソで、本人は興味なければ自分史部分は飛ばしていいと書いているが、個人的にはこちらの方が興味深かった。手塚治虫、あるいは手塚マンガと真崎守がどんな時期にどのようにして関わったのか、ということが理解できるからだろう。

 あとがきに〈書くことが多すぎて2冊に分けることになった〉というようなことが書かれていた。だから書名に(1)と入っているのだが、結局(2)は上梓されなかったらしい。理由はわからない。


2015/04/30

 「戦後ヒーローの肖像」(佐々木守/岩波書店)

 〈『鐘の鳴る丘』から『ウルトラマン』へ〉という副題がついている。
 戦後から現代までのTVの子ども番組の変遷について綴った本で、体験的「子ども番組」史と紹介されている。

 佐々木守は80年代でシナリオライターとして才能を枯渇させたのでは思っている。実相寺昭雄の小説「星の林に月の舟」をドラマ化した「ウルトラマンを作った男たち」を観たとき、本当に佐々木守が書いたのだろうかと疑ってしまったほど。原作の面白さをまったく生かしていなかった。市川森一の「私が愛したウルトラセブン」と比べてみれば一目瞭然である。

 「ウルトラQザ・ムービー 星の伝説」にも才気が感じられなかった。元になった「元祖ウルトラマン 怪獣聖書」を読んだことがあるが、映画化されない理由がわかった気がした。個人のイデオロギーが色濃く出すぎてウルトラマンの世界を逸脱していたのだ。TVシリーズは、異色作ではあるが物語として十分面白かった。「アイアンキング」も同じだろう。「星の伝説」ではそうした面白さが欠如していた。
 90年代、TV「知っているつもり」のクレジットで〈構成:佐々木守〉を見るたび、なんとなく寂しかった。

 大島渚が設立した創造社のメンバーだったので、著者と子ども番組の関係について誤解していたところがある。
 TBSディレクターの実相寺昭雄と知遇を得て、彼が演出を担当する「ウルトラマン」エピソードの脚本を書くことになって、そこから自分の意思とは関係なく子ども番組(実写&アニメ)の世界に踏み入れていったという印象があったのだが、もともと子ども文化に興味があって若いころはその手の団体(児童文学者協会、教育映画作家協会)に所属していたのだ。

 思えば「ウルトラマン」から始まって、「ウルトラセブン」「怪奇大作戦」といった円谷プロの特撮番組以外にも「コメットさん」「おくさまは18歳」「お荷物小荷物」と佐々木守脚本作品にはずいぶんとお世話になった。

 脱ドラマといわれた「お荷物小荷物」は内容は忘れてしまったが面白かったことだけ覚えている。
 マンガ「男どアホウ甲子園」でも原作を担当していて驚いたことがある。TV「柔道一直線」も書いていて、さぞスポーツに造詣が深いと思いきや、まったくのスポーツ音痴、「男どアホウ甲子園」ではあるとき水島新司に「甲子園が大阪にあると思っていませんか?」と言われて、そうだと答えて呆れられたという。
 「柔道一直線」は、前番組「忍者武芸帳」が低視聴率のため1クールで中止となり、局プロデューサーから原作コミックを渡され、翌日までにシナリオを書けと注文されたのが出会いだとか。最初は穴埋めだったのだ。それがいつしか人気番組となって長期の放送となった。このころは柔道部に入部する中学生が多かったのではないか。

 「ウルトラセブン」の欠番、第12話「遊星から愛をこめて」について触れている。円谷プロが欠番扱いしたことに対しては納得しているものの、作品を観ずに騒ぎ、そのあげくに封印されてしまったことに怒っていた。

 もっとラジカルな内容を予想していたのだが、いたって穏やかだった。著者の個人史としても興味深いことばかりだ。
 「略称・連続射殺魔」が観たくなった。この映画の本当のタイトルは「去年の秋 四つの都市で同じ拳銃を使った四つの殺人事件があった 今年の春 十九歳の少年が逮捕された 彼は連続射殺魔とよばれた」と長い。だから略称なのである。初めて知った。


 
 
 
2015/04/21

 「なぜ時代劇は滅びるのか」(春日太一/新潮新書)

 著者の本は「天才勝新太郎」以降、ほとんど読んでいると思うが、肝心の本を忘れていた。シネりん7月のゲストに決定した(講演の予定?)こともあり、当日の質疑の参考になるのではと読んでみた。

 TBS系「水戸黄門」について、番組の中心人物、逸見稔(松下電器・宣伝部に所属していて番組プロデューサーとして陣頭指揮、退職してからはオフィスヘンミ代表)が亡くなったことによって、黄門のキャスティングがおかしくなったと指摘している。
 元来黄門には脇役俳優(初代東野英治郎、二代目西村晃、三代目佐野浅夫)、助さん格さんに主演俳優(杉良太郎、横内正、里見浩太朗、大和田伸也、伊吹吾郎、あおい輝彦)を起用していたとあって、なるほどと思った。

 四代目の石坂浩二は主演級であり、助さん格さんは新人だ。このあたりから水戸黄門の伝統が失われ、だから人気が後退していったと分析している。
 得心するとともに、別の見方はできないかと著者に問いたい。

 水戸黄門は、1970年代の後半、僕が高校生だったときから、すでにマンネリと言われていた。ストーリーは勧善懲悪でわかりきった展開。しかし、そこが主要視聴者である年配層に受けていたことも確かだった。僕自身は月曜夜8時からの放送を観ることはなかったものの、夕方4時からの再放送についてはちょっとバカにしながら楽しんでいたクチである。

 「水戸黄門」は長年に亘るマンネリ化した番組作りが完全に視聴者層を限定してしまい、時代劇=老人世代という認識のもと、ある年代から下にはそっぽをむかれる存在になってしまった。
 そんな状況下、新しい視聴者を開拓しようとしたのが石坂黄門ではなかったかと思うのだ。郷里に帰ったときに、弟が新しい「水戸黄門」の面白さを吹聴していた。弟は時代劇にあまり興味がなかった。そんな人間が話題にするくらいだから、時代劇に関心がない層が石坂黄門の新しさ、面白さを認識していたことがわかる。

 実際何度かチャンネルを合わせてみると弟の言うことがよくわかった。オープニングのタイトルバックを市川崑監督が撮っていたので、イメージがずいぶん違う。黄門の紋次郎化、なんて悦に入っていた。

 かつて、連続ドラマ「白い巨塔」の石坂浩二の演技に触れてこう書いたことがある。

     ▽
4代目の黄門さまのオファーを受けたと知ったときなぜ石坂浩二が水戸黄門なんだと疑問が渦巻いたが、実際にTVを観て氷解した。これまでのワンパターン化した「水戸黄門」ではない、石坂イズムを浸透させた新しいドラマを構築したのである。「水戸黄門」をバカにしていた世代でも面白く視聴できる作品。本当なら由美かおるも降板させたかったのではないだろうか。ただしこれはうまくいかなかった。従来の作品に慣れ親しんだスタッフとたぶん衝突があったに違いない。
     △

 もう少し石坂版「水戸黄門」が続いていたら、新しい視聴者が「水戸黄門」に興味を持ったのではないか、高齢化した視聴者を若返らせることができたのではないか、と思えてならない。
 そんな新しい水戸黄門を否定したのが、従来の視聴者はもちろんのこと、制作に携わるスタッフだったというのが僕の考えなのである。スタッフは石坂イズムに反旗を翻して何かと反発した。形は石坂浩二の病気降板であるが、実質は更迭と勝手に想像している。スタッフは自らの手で新しい芽を摘んでしまったのだ。
 スタッフにもっと長期的展望があれば、と残念でならない。

 「水戸黄門」がTV時代劇の最後の砦という捉え方が間違っているかもしれない。「水戸黄門」に代わる新しい時代劇(その昔の「木枯し紋次郎」「必殺シリーズ」「大江戸捜査網」等々)を企画できなかったこと、そんな新しい感覚の時代劇で若年層を魅了できなかったことが問題だったのではないか。

 思えば、僕が「木枯し紋次郎」に夢中になったのは小学6年生である。中学になると「必殺仕置人」が毎週土曜日夜の愉しみになった。特撮ヒーローもの「快傑ライオン丸」「風雲ライオン丸」「変身忍者嵐」は時代劇である。
 時代劇は決して年配層だけのものではなかったはずなのに、いつのまにか特殊なものという認識ができてしまった。パターン化した時代劇のみ制作していた弊害だろう。

 何もチャンバラだけが時代劇ではないのだ。長屋もの(人情もの)なんて、ホームドラマの一種だろう。オリジナルは無理としても、TVドラマ向きの小説はたくさんある。長編「だましゑ歌麿」以降の連作短編シリーズ、みをつくし料理帖シリーズなんて連続ドラマになるはずなのに。

 
 著者が覚悟を持って本書を執筆したことが伺われるのは実名で俳優やプロデューサーを批判していることだ。
 実際のドラマは観ていないが、「仕掛人 藤枝梅安」に主演した岸谷五朗に対する批判はよくわかる。(現代劇同様の)自然体の演技が批判の的だったが、梅安に岸谷五朗をキャスティングした時点でアウトではないか。観ようという気が起きなかったもの。
 もう一人、バイプレーヤーとしてドラマ、映画に欠かせない存在になっている大杉漣に対する批判は、対象の作品がわからないので、何とも言えない。
 NHKの木曜時代劇「ぼんくら」、テレビ朝日のスペシャルドラマ「みをつくし料理帖」を観る限り、罵倒するほど二人の演技はひどくなかったと思うのだが。

 とはいえ、昔(70年代以前)と比較すると、時代劇は言うに及ばず、現代劇だって俳優陣の分が悪くなる。その実力の差は歴然なのだから。
 あのころと比べるとシナリオもダメになった。向上したのは映像だけかもしれない。
 90年代になってフィルムからビデオに切り替わったとき、あまりに生々しい質感に時代劇特有の世界観が損なわれる気がしたが、デジタル撮影になってからは違和感はない。

 ビデオ映像ということで、子どものころは「大河ドラマ」が苦手だった。「勝海舟」「花神」は1年間ドラマとして楽しんだが、ビデオ特有の映像は気になって仕方なかった。それが「龍馬伝」ではまるでフィルムのようなタッチで、スタジオセットなのに、本物の太陽光のような照明に感激した。

 カメラの発達によって、映像は素晴らしいものになった。が、内容はというと……

 談四楼師匠がツイッターでこうつぶやいたことがある。

     ▽
 大河を始めとする時代劇に乗れない。ふむと理由を考え、現代女性のポリシーを持ち込んだが故だと気がついた。そりゃそうだ、戦好きな男がゴロゴロいる時代に平和を説かれても違和感あるのみなのだ。戦国から江戸にかけての女は本当に平和を望んだのか。亭主側が勝つことをひたすら願ったのではないか。
     △

 いつから時代劇がこのような描き方になったのか。本書〈第6章 大河ドラマよお前もか〉にその答えが書かれている。「利家とまつ」が元凶だとしてプロデューサーを非難している。

 大河ドラマ「花燃ゆ」の低視聴率がメディアの話題になっている。「江」のときは2回めで観るのをやめてしまったが、「花燃ゆ」はまだ日曜日の愉しみになっている。ただ、大河ファン、歴史ファンの嘆きはわからなくない。ヒロイン、文がドラマの中心にいることがどうにも嘘っぽいのだ。それほど歴史に詳しくない僕にでもそれはわかるというもの。

     *

 最近、松竹映画を観ると、エンディングクレジットに〈松竹撮影所〉とでることがある。大船撮影所はもう何年も前に閉鎖され、跡地は鎌倉女子学園となっている。撮影所そのものはもうないのである。つまり〈松竹撮影所〉とは本来の撮影所というより一種のプロダクションだろうと考えていた。ところが、本書に京都映画撮影所が改名して松竹撮影所になったとある。TVの人気時代劇「必殺」シリーズをABCの下請けで撮影していたのが京都映画だった。あの撮影所のことだったのか。「ソロモンの偽証」が京都で撮影されたのはそういう理由があったわけか。


2015/04/23

 「成田亨画集 ウルトラ怪獣デザイン編」(成田亨/朝日ソノラマ)

 ファンタスティックコレクションの刊行により、1970年代から1980年代にかけて活字によるウルトラブームが起きた。版元の朝日ソノラマは特撮専門誌「宇宙船」を季刊で発行しはじめる。連載作家陣の一人が成田亨でUジンというコーナーを担当していた。その流れで本書も刊行されたのだと思う。同時期、メカニック編も刊行された。購入しておけばよかったと今では後悔している。

 著者はウルトラマンのカラータイマーを認めておらず(あとからストーリーの設定上付け加えられた)、自身の描く絵、あるいは造形した彫刻には一切ない。ウルトラマンの実際の映像の中でも、たとえば、ハヤタがベータカプセルを点火したあとに明滅する光の中をこちらに飛び出してくるウルトラマンの胸にはカラータイマーがついていない。アントラーが登場する「ばラージの青い石」には、ノアの神様として以前地球にやってきたウルトラマンの像が出てくるが、やはりカラータイマーはない。
 徹底的にこだわっていることが伺われるのだが、この画集に掲載されているウルトラマンにはカラータイマーが描かれているのである。これは珍しい。


 この項続く




2015/04/11

 「恐怖の作法 ホラー映画の技術」(小中千昭/河出書房新社)

 「リング」に恐怖して、同じ監督の「女優霊」(のビデオ)を借りて深夜に観たらもっと怖かった。あまりの怖さに隣の部屋で寝ていたかみサンに声をかけたほど。こうして霊が画面に浮遊する映画(と勝手に呼んでいた。巷ではジャパニーズホラーと総称されている)の第一人者として脚本・高橋洋、監督・中田秀夫の名前がしっかりインプットされたのだが、実は先駆者として小中千昭がいることを知らされた。ホラー作品を作るのに際して〈小中理論〉というものがあるというのだ。

 ずいぶん経ってから(2000年代になってから)だが、ホラーに造詣の深い友人からDVDで「邪願霊」を見せてもらったことがある。こんな時代からこの手のホラーを手掛けていたのかと驚いた。「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(1999年公開)よりも10年も前に、フェイクドキュメンタリーとしてホラー作品をビデオでリリースしていたのだから。

 そんな小中千昭氏がホラー映画に関する本を上梓した。僕は知らなかったのだが、かつて小中理論を中心にホラーについて綴った「ファンダメンタル・ホラー宣言」なる本を書いていたのだ。これを第1章にした新たなホラー映画に関する自説開陳の本。
 表紙のイラストは先ごろ亡くなった金子國義。角川文庫になった小林信彦初期小説(「虚栄の市」「冬の神話」「監禁」)の表紙の人だ。個人的には苦手な絵なのだが、書名にはぴったりな雰囲気だと思う。
 興味深いことが次々にでてきて飽きない。最後はお待ちかねの小中理論だ。旧書から採録されている。

 要は恐怖は段取りであると小中氏は言う。なるほどと膝を打った。
 詳細は本書をあたってほしいが、だとすると怪獣映画も段取りではないかと思った。「パシフィック・リム」について、大方の怪獣映画ファンの人が絶賛する中で、イマイチだったことが説明できる。
 ちなみに僕はこの映画を最初は字幕版、続いて日本語吹替版を観賞したのだが、印象はあまり変わらなかった。
 なぜか。怪獣出現までの怪現象、怪獣による都市破壊がほとんど描かれていないからなのだ。最初からイェーガー(ロボット)と怪獣の戦いなので、どんなにその戦いが迫力あろうとヴィジュアルインパクトが絶大であろうと、それだけでは興奮できない。
 SM映画も段取りだろうな、たぶん。


2015/04/15

 「東映ヒーロー仮面俳優列伝」(鶯谷五郎/辰巳出版)

 不思議なもので、ウルトラ(マン)シリーズの歴代スーツアクターの名前はしっかり覚えているのに、平成仮面ライダーやスーパー戦隊のそれはまるで知らない。平成仮面ライダーシリーズでは「クウガ」から「カブト」まで「剣(ブレイド)」以外はすべて視聴していたにもかかわらず。円谷プロファンだから、クレジットに対する注目度が違うのかしれない。

 平成仮面ライダーシリーズはクウガからある時期までずっと同じスーツアクターが演じていたと知り(このことは別の機会で知ったのだが)、驚いたことがある。TVで観る限りキャラクターが別人だったので。
 スーパー戦隊ものは真剣に観たことはないが、それでも仮面のまま数メートル下の激流に落ちるショットに驚愕したことがある。通常でもかなり恐怖を覚える高さなのに、仮面をかぶったままで飛び込むなんて……。

 本書は平成仮面ライダーシリーズやスーパー戦隊シリーズで活躍するスーツアクターたちに取材したルポルタージュだ。皆さん、ほんとアクションが好きなんだなぁと思える。その想いは行間ににじみ出ている。

 マニアックな単行本がでたと思ったが、書き下ろしではなく、「東映ヒーローMAX」の連載をまとめたものだった。
 読んでいて驚いたのは、インタビューを受けたスーツアクター(及びアクション監督)の方々が番組名とキャラクター名をしっかり覚えていることだ。もしかしたら、実際はもっとアバウトな回答だったかもしれないが、活字化する際に手を加えたのかも。
 とにかく、著者の特撮作品(特に東映作品)に対する造詣は生半可なものではない。


2015/04/17

 「ゲゲゲの新聞」(フォルスタッフ/ミュゼ)

 手塚治虫、石ノ森章太郎、藤子・F・不二雄と人気漫画家が60歳を境に、鬼籍に入られてしまう中、90歳を超えても現役で活躍していることに恐れ入る。「ビッグコミック」誌の最後のページで身辺雑記の漫画を連載中なのである。
 本書は水木しげるの誕生から現在までの歴史を見開きで1テーマとした新聞風記事で成り立っている。貸本マンガから週刊誌連載へ、売れっ子になる前後が興味深い。
 写真も豊富で資料的価値大。なんて図書館で借りた本(ムック?)なのだが。


2015/04/19

 「光を継ぐために ウルトラマンティガ」(小中千昭/洋泉社)

 海外で制作された「ウルトラマングレート」「ウルトラマンパワード」がイマイチの出来だったから(「パワード」と比較すると「グレート」は断然面白いのだが)、「ウルトラマン80」以来のTVシリーズ「ウルトラマンティガ」には大いなる期待でいっぱいだった。
 第一期ウルトラシリーズ終了後かなりの期間があって「帰ってきたウルトラマン」が始まったという印象があるが、たかだが数年。対して「80」終了後「ティガ」は16年ぶりには始まったのだ。途方もない年月が経っていたのだ。

 第1話、第2話を観る限りでは不満があった。TVの前でああじゃないこうじゃないと文句を言っていた。何ムキになっているのとかみサンとまだ小さかった娘に笑われたものだ。
 そんな不満も第3話「悪魔の預言」で解消されるはずだった。が、オンエア日のその時間、歯医者に行っていておまけに予約録画もし忘れた。よって、「ティガ」の面白さを体感するのは第5話「怪獣が出てきた日」まで待たなければならなかった。どちらもシナリオは小中千昭だ。
 ちなみに「怪獣が出てきた日」の演出は川崎郷太監督で、以降気になる回のほとんどは川崎監督が担当するものだった。

 本書を読むと、最初はメインとは離れたところに位置していたライターだったにもかかわらず、徐々にメインライターになっていく様子が理解できる。

 「悪魔の預言」「怪獣が出てきた日」「怪獣を待つ少女」「GUTSよ宙(そら)へ(前後編)」「「悪魔の真判」「南の涯てまで」「眠りの乙女」「地の鮫」「影を継ぐもの」「もっと高く! ~Take Me Higher~」「暗黒の支配者」「輝けるものたちへ」

 リアルタイムで視聴していて、確かに小中氏が書くドラマは面白かった。「南の涯てまで」の世界観に夢中になった。小中氏は世界観の作り方がうまいのだ。

 偽ウルトラマンが登場するエピソードはシリーズの定番になっているが、(「地の鮫」「影を継ぐもの」)に登場するイーヴルティガでは初めてその存在意義に言及したことで(意味を持たせて)感動した覚えがある(それまでは宇宙人が侵略のために偽者を仕立てあげて地球人をだます、というパターン化していたので)。

 「もっと高く! ~Take Me Higher~」での空を飛ぶGUTSメカの中でのレナとダイゴの会話。以前からダイゴがティガであることに気づいていたレナが、前の操縦席に座っていて「(自分は見えないから)変身してもいいよ」とダイゴに変身を促すショットにエロティシズムを感じた。まるで「抱いて」と言っている感覚になったのだ。
 サブタイトルはV6が歌う主題歌の日本語訳なのだが、予告編で目にしたときは黒田三郎の詩集を思い出していた。当然「紙風船」も。

 「暗黒の支配者」「輝けるものたちへ」は右田昌万と長谷川圭一との共作である。本来なら第1話、2話を担当した右田氏がメインとなって、最終回(3部作)を締めくくらせるべきだった。との意見は当時あった。あれじゃ右田さんがかわいそうだ、と。そんな内容が特撮サイトのBBSに書き込まれていたと思う。
 右田氏は当時円谷プロに所属していて俳優でもあった。長谷川氏は装飾のスタッフとして「ティガ」に参加したが、途中から脚本にシフトしている。「拝啓ウルトラマン様」は長谷川圭一+川崎郷太コンビの秀作だ。
 個人的には、このような意見の方が不思議に感じた。前述したとおり、右田さんの作品より小中さんの方が面白かったし、奥が深かったので。

 平成ウルトラマンシリーズに夢中になれたのは、スタッフが第一期に夢中になった世代だったことによる。特に小中氏のウルトラマンに対するイメージは自分のとリンクする。

 担当したシナリオが全話掲載されている。読めばどうしたって映像を確認したくなる。
 「ウルトラマンティガ」を全話見直したくなった。


 この項続く




2015/04/04

 「晴れ姿!旅役者街道」(橋本正樹/現代書館)

 大衆演劇劇団座長のルポ「あっぱれ!旅役者列伝」の続編。「演劇グラフ」の連載をまとめた第2弾。
 前作で紹介された大衆演劇劇団の座長(の大半)が戦前生まれだったのに対し、本作では次世代と戦後派が登場する、とあとがきに書いている。

 永六輔を感銘させた「竹田の子守唄」の著者であり、紙ふうせん「十六夜日記」の作詞家は、河内音頭のほかにも大衆演劇を追いかけるライターだったのか! と知ったのは「あっぱれ!旅役者列伝」を上梓したときだった。読了したあと、浅草・木馬館に足を運んだ。
 今回も読んでいると大衆劇団の芝居や舞踊を生で観たいという思いにかけられてくる。

 個人的には、文章の中にでてくる個人語りがうれしい。装丁の岩田健三郎(版画家)は紙ふうせんのマネージャー時代からの盟友だという。
 橋本さん、紙ふうせんのマネージャーをやっている時があったのか。事務所設立時メンバーの一人で小冊子「紙ふうせん」に寄稿していたことは知っていたが。
 岩田氏は「またふたりになったね」のイラストや文章を書いていた。全体のデザインも担当していたはずだ。あのジャケット、ライターノーツは紙ふうせんの世界を具現化した傑作だった。

 「あっぱれ!旅役者列伝」の感想で、あとでまた書くと記したが、結局そのままになってしまった。
 今度こそ書くぞ。橋本さんが自主出版した「竹田の子守唄」についてだけど。


2015/04/08

 「清張映画にかけた男たち 『張込み』から『砂の器』へ」(西村雄一郎/新潮社)

 著者が大学4年のときのこと。黒澤映画を観に行った名画座で偶然隣に座った方が黒澤明。卒論のテーマを黒澤映画にしたかったので話を聞きたい。著者が声をかけると監督の方から近くで飲めるところがないか?と誘われ、居酒屋(?)で酒を飲みながら話しをしたという。この出会いを「キネマ旬報」に投稿すると掲載されて、ライターデビューのきっかけとなった。
 このエピソードだけでも十分うらやましいのに、生家は松竹映画「張込み」の九州ロケ時の宿となった旅館だったというのだからから、もう何とやらだ。だからこそ本書を書いたというわけか。

 野村芳太郎監督「張込み」は松本清張ミステリの初の映画化作品であり、当時大作として製作されたと、本書ではその企画から完成までが詳細に綴られている。
「張込み」はビデオと名画座で観ているが、プログラムピクチャーの1作だと勘違いしていた。
 野村芳太郎監督の松本清張(の小説)原作の映画化作品は定評があり、松本清張の信頼も厚く、そこから製作プロダクション霧プロ設立に至るわけだが、最後仲違いしてしまったとは知らなかった。
 清張が映画化を望んだ「黒地の絵」は、内容的に商業映画としては難しかっただろう。黒澤明監督に撮ってほしかったが。

 この項続く




 紙ふうせん結成当時のスナップを集めたブログを発見した。1975年。おふたりはまだ28歳か。
「僕たちは28歳の語り部になろう」
 ファーストアルバムで発せられたこの言葉は僕自身の胸に深く刻まれた。

 2006年11月、リサイタル「なつかしい未来」のVol.1が大阪市中央公会堂で開催された。紙ふうせんライブの集大成であるこのシリーズは今年10月のVol.10でファイナルをむかえる。

 ちなみに、大阪市中央公会堂は「ウルトラマン/怪獣殿下」でゴモラに破壊されます。「ゴジラの逆襲」にも出てきたような。

     ◇

2006/11/10

 「紙ふうせんリサイタル2006 なつかしい未来」(大阪市中央公会堂)

 平成18年度(第61回)文化庁芸術祭参加公演。
 芸術祭への参加は紙ふうせんとして2度目になる。1983年にリリースされたアルバム「リターン ふるさとの唄を訪ねて~近畿編~」が最初。近畿地方の伝承歌を集めたアルバムで、和歌山県の「太地綾踊唄」が特にお気に入りだった。この手のアルバムは世間的には黙殺されてしまう。だからこそ芸術祭で何かの賞を受賞すれば、レコード会社が売り上げとは関係なく〈文化への貢献〉を趣旨に第2弾を企画してくれるかもしれないと淡い期待を抱いたのだが、残念ながら受賞は叶わなかった。

 2年前のリサイタルで初めて伝承歌を特集した紙ふうせんは後藤さんが還暦を迎えた今年、再度伝承歌特集を企画し、しかも芸術祭に参加する。受賞するかどうかなんてどうでもいいが、きちんと伝承歌に取り組んでいること、その姿勢を見てもらえるのがうれしい。こうした演奏、歌唱は日本で紙ふうせんしかできないのだから。

 サブタイトルが〈なつかしい未来〉と知って、最初に思ったのが「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の世界だった。本放送当時の子ども時代には遠い遠い未来のお話だったものがいつのまにか過去になっていた。
 「ALWAYS 三丁目の夕日」に登場する未来世界といえば、わかりやすいか。手塚治虫が描いた「メトロポリス」の世界、アトムが活躍する世界……。
 後藤さんによると「未来はなつかしいものにしたい。伝承歌を歌い継いで未来へ渡す」の意味があるとのこと。

 会場となる大阪市中央公会堂(中之島公会堂)も伝承歌を披露する場所に適していると思う。大正時代の建築物(ネオルネッサンス様式)。赤煉瓦の壁面とアーチ式の屋根。見ているだけで心が和む。最近内装がリニューアルされたとのこと。
 それにしてもこの中之島近辺にはこの手の歴史ある建築物がたくさんあってうれしくなる。隣の図書館、その隣の大阪市庁舎。川を隔てた反対側には三井住友銀行がある。


 【第一部】

  紙風船

 「紙風船」で登場したふたり。平山さんの衣装に瞠目した。着物なのである。といっても普通の着物ではなく、かつて中森明菜が「DESIRE」で身にまとったファッション風。担当した方に確認したところ、特に名称はなく〈キモノの原型のままのドレス風着付け〉とか。これが平山さんにぴたりきまった。

 バックは上手からウッドベース(浦野直)、チェロ(ラ・ストラーダ・メンバー)、ヴァイオリン(金関環/ラ・ストラーダ)、笛(タロー)、ギター(すぎたじゅんじ)。

 2年前のリサイタルに比べ、最小限の楽器でよりアコースティックなサウンドで迫ろうという意気込みが感じられる編成。浦野さんとすぎたさんはお馴染みのレギュラーメンバーだが、他の3人が興味深い。

 2月の紙ふうせんとの共演で感激したラ・ストラーダ弦楽アンサンブルからリーダーの金関さんと懐刀のチェリスト(この方、「あばれはっちゃく」の主人公もしくはテツandトモのトモに似ている)、そして関西で〈笛の詩人〉として活躍しているきしもとタロー氏がゲストとして招かれた。あとパーカッションが入れば文句ない。

 前回とほぼ同じ曲目で、MC(フリートーク)の代わりに朗読が入り、その中で曲の紹介をする流れ。

  円山川舟歌/いかつりの唄

 1曲目はやさしさあふれる「円山川舟歌」。円山川の屋形舟に乗ると船内放送で紙ふうせんのこの歌が流れることを以前某HPの書き込みで知った。「円山川舟歌」が関西(兵庫県美方郡)の女唄だとすると、続く「いかつりの唄」は関東は湘南地方の男唄。それぞれ平山さん、後藤さんのヴォーカルで、ハーモニーもいつも以上に厚みがある。

 「五木の子守唄」が紙ふうせんのステージでうたわれたのは初めてではないか。一度後藤さんがあるライブでさわりだけうたったことがあるけれど。耳を捉えたのがふたりが手の平で鳴らす球体(のように客席から見えた)の音色。どこかの民族楽器(パーカッション)なのだろう。後藤さんのヴォーカルに平山さんの声(ハーモニー)が絡んでくるのだが、その低音がとても魅力的。またヴァイオリンとチェロのアンサンブルも心地よかった。

  五木の子守唄/紙すき唄/糸引き唄/ティンサグの花

 「紙すき唄」「糸ひき唄」はメドレー風。それぞれの曲を知っている僕でさえ、どこで切り替わったのわかりずらかったのだから、初めて聴く人は2曲うたわれたと認識していないかもしれない。前半と後半で曲調がかわったくらいの印象かも。
 「ティンサグの花」は沖縄の有名な民謡。僕は歌よりも平山さんが弾くミニ鉄琴(グロッケン)に興味津々。ああ、平山さんのピアノの弾き語りが聴きたい!

  もうっこ/竹田の子守唄

 赤い鳥のライブアルバム「ミリオンピープル」で渡辺貞夫のサックスをフィーチャーしながら、民謡とフォークとロックが混然と絡み合い、炸裂しながら約20分演奏が続く「もうっこ」。

 初めて生で聴いた前回は、やはり電気音楽が中心となって「ミリオンピープル」のショートバージョンという趣きで興奮した。今回は「赤い鳥スタジオライブ」のストリングスバージョンというべきか。すぎたさんの手太鼓(? アジアの民族楽器)とタロー氏のサンポーニャ、後藤さんの縦笛に惹かれた。もちろん平山さんの何かに憑かれたようなヴォーカルが最大の魅力。また、もうっこの語源を初めて知った。「蒙古」が北に流れて怪物、お化けの総称になったとか。

 第一部ラストは当然「竹田の子守唄」。何度聴いても、そのたびに真摯な姿勢をとらざるをえなくなる。襟を正して聴かなければならなくなる。そうした何か訴えてくる力がこの歌にはある。

 かつて後藤さんは赤い鳥新聞にこう書いた。

     ▽
 「五木の子守唄」や「竹田の子守唄」は真に理解されないまま、伝承されずに終わる運命にあるのかなと思ってしまうのです。子守唄はきれいごとではすまされない、エネルギーと怒りと悲しみと、土の臭いが迫ってくる、とても人間性豊かな正直なフォーク・ソングです。(後略)
     △

 紙ふうせんの「竹田の子守唄」には怒りや悲しみが渾然となったエネルギーがあるのだ。それが歌唱の上手さ、演奏のテクニックとともにこちらに迫ってくるのだろう。

 そういう意味でもこのリサイタル(第一部)は個人的に生涯忘れられないものになった。
 中学時代に読んだ一文の意味が、三十数年経って「五木の子守唄」と「竹田の子守唄」を同時に聴くことで肌感覚として理解できたのだから。


 第一部終了後、ふたりが舞台袖にはけて「20分間の休憩」を告げる影ナレーション。後藤さんの声であることに気づいて会場にざわめき、笑いが起こる。

 もうすこし伝承歌の世界に浸っていたかった。せめて「太地綾踊唄」は聴きたかった。


 【第二部】

 第二部はいつもの紙ふうせんの世界。バックにピアノ(今出さん)とストラーダメンバーによるダブルカルテット(第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ビオラ、チェロ)が加わる。

  まつり/夜店のうた/街を走り抜けて/補助犬トリオ/ホーハイホー
  奥の細道/金色の木の葉
  霧にぬれても/ルート43/翼をください

 久しぶりに新曲が発表された。1月、伊良子岬を訪れ芭蕉の句碑に感銘を受けた平山さんの「奥の細道」。芭蕉の句がふんだんに取り入れられた異色作だ。対して後藤さんは秋をうたう「金色の木の葉」。

 「翼をください」は観客を巻き込んでの合唱だが、お得意の二声に挑戦。「ミリオンピープル」では「もう一度帰ろう」で歌唱指導していた。紙ふうせんでは「時の流れ」でやっているのを聴いたことがある。楽しい。

 アンコール
  船が帰ってくる/冬が来る前に

 とにかく第一部の伝承歌特集である。今回のリサイタルの意義は第一部にあるといっても過言ではない。伝承歌ライブのスタイルを確立したと思うのだ。前半を後藤さんの「竹田の子守唄」に関するトーク、後半を伝承歌ライブにすれば、日本で唯一のトーク&ライブになるのでは?
 後藤さん、「(伝承歌は)退屈ですよ~」なんて言わないで、もうやるっきゃないですよ。




2015/05/03

 「町屋駅上寄席 桂宮路vs立川寸志 熱闘!他流試合二人会」(ムーブ町屋 3Fムーブホール)

 深夜、TVのチャンネルを替えていたら、ある番組に吉笑さんが出演していて思わず画面に顔を近づけてしまった。大喜利をやっていて、回答者メンバーには春吾(前座時代は春太)さんもいる。立川流の二つ目が二人もTVに出演しているのが珍しかった。

 番組は「噺家が闇夜にコソコソ」というもので、大喜利は後半のコーナーだった。司会が今田耕司と檀蜜と立川談春。前半には何人かの真打が持ち回りで自身が取材した事柄を落語風に発表するというコーナーがあって、その一人が立川談笑。大喜利メンバーに吉笑さんや春吾さんがいる理由がわかった。

 さんづけしたりしなかったり。
 吉笑さんも春吾さんも前座時代に何度も高座を観ているし、話もしているので吉笑、春吾とはできませんよ。本当なら、談春師匠、談笑師匠としたいのだが、そうすると、今田耕司さん、檀蜜さんでなければバランスがとれない。だったら2人を有名芸能人として括って敬称略にしてしまえばよいと考えた次第で。
 って、長々言い訳してどうする。

 閑話休題。
 大喜利メンバーにはもう一人「どうして真打が混じっているの?」と思える噺家さんがいた。どうみても吉笑さんや春吾さんたちより年齢が上だもの。桂宮路さんだった。にぎやかオーラを発散しまくっていた。

 昨年12月、約3年ぶりに落語会に足を運んだ。上野広小路亭の立川流夜席。受付していたのが寸志さんだった。二つ目昇進が決まっていて、確か昇進披露チケットは完売だったと思う。あとで知ることになるのだが、この日が前座最後の受付だったとか。

 ネットでGWに「桂宮路vs立川寸志」なる二人会があることを知った。場所はムーブ町屋。4月の談四楼独演会で寸志さんの二つ目披露高座があったのだが、時間の関係で終わりの方しか見られなかった。欲求不満がつのった。二つ目の寸志さんの芸を確認したい! ついでに宮路さんの高座もこの目で拝見したい!


  三遊亭けん玉 「狸札」
  立川寸志   「金明竹」
  桂宮治    「おばけ長屋」

   〈仲入り〉 

  口上 兼 トークバトル

  桂宮治    「弥次郎」
  立川寸志   「景清」


 開口一番のけん玉さんは、会が始まる前から受付近辺でかいがいしく動き回っていた。いや、顔なんて知らなかった(名前だけは目にしていた)のだが、着物姿で動いていれば、それがこの会の主役の2人でなければ前座さんだろうとの予想はつく。
 元気が良い。声がよくとおる。会話の間の取り方が一種独特で笑いに転化させていた。

 寸志さん堂々としていてなおかつ噺はこれなれていて二つ目というより真打って感じ。
 「金明竹」では関西弁の早口が出るたびに拍手が起こった。この日、「寿限無」や「たらちね」でも同じ現象になったのだろうか。「金明竹」は愉快な噺だけどこんなに笑わせられるものだったのかと思わずにはいられなかった。工夫の賜物だろう。ぼけとつっこみを意識した関西人キャラクターがいい。

 寸志さん以上に会場を爆笑の渦にしたのが宮路さん。年齢は寸志さんより下だったのか。「おばけ長屋」ではすっかり世界に引き込まれた。ずっと表情を見つめていたらゴルゴ松本が落語をしている感覚に陥った。
 一番笑ったのはサゲかも。肝心のところで噛んでしまっての捨て台詞がふるっていたので。
 熱演でかなり時間がオーバーしたのかもしれない。いや、最初からその予定だったか。次は3分で終らせるからと宣言したのである。
 本当にあっというまに終らせて(「弥次郎」だからね)、右手で左腕を叩きながら下がる姿がかっこよかったなあ。

 時間たっぷりもらった寸志さんは「景清」。もしかしたら初めて聴く噺かも。いや、一度はあるか。
「さすが、談四楼師匠の弟子ですよね」
 とは、目の前に座っていた、落語レビュー界の津田寛治こと、Sさんの言葉。




 昨日はKさんに誘われて「ラン・オールナイト」の試写会へ。公開されたら観に行こうと思っていたのでこういう誘いはうれしい。
 Kさんとは14日浅草で大衆演劇を観劇する予定。「晴れ姿!旅役者街道」の著者、橋本正樹さんの企画で観劇会&懇親会があるのだ。
 帰宅してからあわててDVD「THE NEXT GENERATION パトレーバー 第3章」の「大怪獣現る(前編)」を観る。本日は「第4章」鑑賞予定。13日には返却しなければならないので。

          * * *

 遅れてきた世代としては、フォークジャンボリーという言葉に過剰な反応をしてしまう。
 群馬でフォークジャンボリーが開催される、紙ふうせんがゲスト出演する、と聞き喜び勇んで参加した。もう10年になるのか。

     ◇

2006/07/29

 「サマーフォークジャンボリー in ぐんま2006 partⅡ」(ぐんまアリーナ)

 紙ふうせんが出演すると知って駆けつけたわけだが、この手のアーティストが勢揃いするコンサートは披露される歌は限られている。また〈懐かしさ〉が前提に成り立つイベントなので何が歌われるのかだいたい予想できる。コアなファンには物足りないステージになることは十分わかっている。
 こういう場合は共演者は誰かが一番の関心事だ。今回は、ずばり、まるで六文銭のように、の出演が大きい。元六文銭のメンバー、小室等、及川恒平、四角佳子が始めたユニットで、以前から一度ライブを覗いてみたいと思っていた。

 会場となるぐんまアリーナは群馬県総合スポーツセンター内にある。前橋駅からバスで20分ほどのところ。初めてということもあるのだろうが、かなりバスに乗っていた感覚だ。到着するまでがひと騒動だった。まあ、県内の人にとってみれば、自家用車で何の苦労もないのだろうが。

 会場内には喫煙所はない。喫煙するには一度外に出なければならない。中に入り席を確認してから、入口近くにいた男性スタッフに尋ねた。
「喫煙するため、外に出るには入口から外に出てもいいのか」
「一番端に専用通路がありますのでそちらからどうぞ」
 指示された場所に行くと、女性のスタッフが胸の前で腕を交差させダメのポーズ。
「外に出るにはどうすれば?」
 もう一度訊く。
「ここからは出られません、反対側の一番奥に通路がありますので」
 来た通路を帰る。反対側に行っても出口なんてない。ここかなと思ったドアは鍵がかかっている。そばにいたスタッフにもう一度確認すると「反対側の…」、うんざりしながら、それでも相手はかわいい女性だったので、笑顔でこれまでの経緯を説明する。
「すいません、確認してきます」
 3分後に戻ってきた彼女は「入口から外に出ていいそうです」。短気なヘビースモーカーだったら「責任者連れて来い!」の状況だよ、まったく。

 チケットはS30列。けっこう前なんだと思って喜び勇んで中に入ると、ほとんど後方ではないか。ステージ上の人物は顔が認識できるかどうかの位置なのであった。幸いステージの後方に巨大スクリーンが設置されていて、ほとんどそちらに映る映像を眺めていた。こういう経験はローリングストーンズの初来日以来の経験だ。

 夕方4時、ステージに杉田二郎が登場。このイベントは昨年もあったらしく、そのときもMC兼任だったとのこと。挨拶の後、ステージに全出演者を呼ぶ。因幡晃、まるで六文銭のように、伊勢正三、太田裕美、紙ふ
うせん。

 まず全員でシューベルツの「風」。

 8時までの長丁場(4時間!)、途中で休憩を入れ、二部制をとった。


 ●杉田二郎

  ?(タイトル失念)/アナク(息子)/前向きに倒れてみたい/男同士/戦争を知らない子供たち

 「戦争を知らない子供たち」は1970年の大阪万博の記念に当時の若者たちの気持ちを代弁しようと作られた歌だということを初めて知った。そう言われあらためて杉田二郎の歌を振り返ってみると、自分の年齢に合わせた内容ばかりだと気づく。大人の友情がテーマの「男同士」、ずばり息子を歌った「アナク」、そして、初老(!)を迎えた今 「前向きに倒れてみたい」。前半の歌詞に苦笑。いやはや、す、素晴らしい。


 ●因幡晃

  忍冬/めぐみ/別れ/人生それは終りのない旅/わかって下さい

 デビュー当時から女心を女言葉(女性の立場)でうたう歌に違和感を覚えていた。懐かしのメロディー的なフォーク特集番組に出演して、変に色気(艶?)をだしてうたう歌唱(オレは歌がうまいんだぜ!)にもっと違和感が…… しかし年齢をとってこういう歌い方をする(フォーク歌手)は多い。個人的にこういう歌手はみんなパス。井上陽水にも若干であるけれど感じませんか。

 初めて生のライブに触れて思ったのは因幡晃って饒舌の方なんだぁ! もうしゃべる、しゃべる。歌と違ってものすごく明るい人なのである。また批判になってしまうのだが、そのしゃべり方が妙に巧いから、なぜか胡散臭く感じてしまうのだ。「めぐみ」は北朝鮮に拉致されためぐみさんのことをうたったものだが、そんなわけだから、説得力がないというか……損しているなあと。隣席の友人に言わせると「東北の人特有の実直な性格ゆえ」のしゃべり方だと弁護するのだけれど。もちろん歌の巧さや迫力は認めます。


 ●紙ふうせん

  天使のハンマー(with 杉田二郎)/竹田の子守唄/虹/冬が来る前に/船が帰ってくる

 他の歌手とくらべて登場直後、あるいは退場する際の杉田二郎との会話がない。「もう長年のつきあい、話すこともあらへんで」そう後藤さんが打ち合わせ時に言ったのではないかな。まったくの憶測だけど。PPMは小室さんとやってほしかったなあ。小室さんも後藤さんもPPMのコピーから出発し、アマチュア時代に名を馳せた御仁なのだから。
 4200人の聴衆は「竹田の子守唄」に何を感じたか?


 【休憩】


 ●伊勢正三

  置手紙/なごり雪/ささやかなこの人生/海岸通り/22才の別れ

 昔と全然かわらないなぁ。それが第一印象。髪も髭もスタイルも70年代の頃のまま。素顔知らないんだよね、本当のこと言うと。
 これまた生のライブは初めてで、そのギターテクニックに驚愕した。うまいのなんの。思ったのだけど、この方のリードギターって、フォークじゃない。ロック! しびれました。
 「なごり雪」はやはり正やんのヴォーカルがいい。イルカじゃないよな。
「正やーん」
 場内に黄色い声が飛んだ。
 おまけにアンコールの声も。


 ●太田裕美

  君がいた青春(with 伊勢正三)/赤いハイヒール/パパとママの影法師/雨だれ/僕は君の涙/木綿のハンカチーフ

 久しぶりに拝見。この方もちっとも変わっていない。歌い方は相変わらずの舌足らずだけど。「雨だれ」をピアノを弾きながらうたう姿を初めて見たのは「銀座NOW」だったか。ピアノで弾き語りする(女性)アーティストに興味があって、おまけに「雨だれ」も好みだったのに、いまいちのめりこまなかったのはそれが要因だった。「九月の雨」が聴きたかったな。


 ●まるで六文銭のように

  雨が空から降れば/夏二人で/ただ暖かくからっぽに/サーカス/街と飛行船/面影橋

 六文銭の名は上條恒彦をヴォーカルに招いて「世界歌謡祭」でグランプリを受賞して大ヒットした「出発の歌」で知った。当時GS関係の、英語名が多かったグループの中で漢字(日本語)というのが珍しかった。赤い鳥の存在を知る前の話。

 中学時代、僕をフォークに導いた友人のバンドが六文銭をコピーしていて、赤い鳥に夢中になる前は、友人からアルバムをダビングしたテープを借りたりしていた。「面影橋」「街と飛行船」が印象的だった。六文銭が解散してからは小室等を追いかけた。
 紙ふうせんがFFAから2枚のアルバムをリリースしたとき、ラインナップに及川恒平の名もあって、あらためて聴きなおしたいと思った。そうこうするうちに「まるで六文銭のように」というまるで歌のタイトルのような名称のユニットを組んだことを知り、一度ライブに足を運びたいと考えていたところの今回のコンサート。うれしかったなあ。30年ぶりに聴いた「街と飛行船」には震える。「面影橋」にも感激。

 出発の歌/翼をください

 この後、出演者が全員ステージに集合して「出発の歌」、アンコールで「翼をください」合唱。これは盛り上がった。紙ふうせんのステージでお馴染みの曲が披露されなかったのはこういう段取りがあったからなのか。ま、予想していたけれど。




 円谷プロとWOWOWが組んで21世紀のウルトラQ、「ネオ・ウルトラQ」を製作、放送するというニュースに対してかなりの期待感があった。「ウルトラQ」のセカンドシーズンと銘打っているのに、1クール12話だけというのが物足りなかったが。

 参加している4人の監督の中に石井岳龍(旧名:聰亙)の名前があって少々不思議だった。いわゆる特撮怪獣ものというジャンルには程遠いところで活躍してきた監督だからだ。
 平成ウルトラマンシリーズ(ティガ、ダイナ、ガイア)で活躍したスタッフが一人もいない。小中兄弟あたりがいてもおかしくないのに。特撮怪獣映画の自主映画で名前を知られプロになった田口清隆の存在に期待が持てた。

 WOWOW は契約していないので、本放送は視聴できなかった。
 TOHOシネマズ日劇のレイトショーで「総天然色 ウルトラQ」とカップリングで定期的に(毎月9の日)特別上映されると知って、通おうかとも考えたが、体調がすぐれないときでもあり、結局1回も足を運ばなかった。

 今回、円谷劇場が1時間に拡張され、最初の30分が「ウルトラQ」、後の30分が「ネオ・ウルトラQ」が放送されると知って喜んだ次第。

 第1話「クォ・ヴァディス」
 第2話「洗濯の日」
 第3話「宇宙(そら)から来たビジネスマン」
 第4話「パンドラの穴」
 第5話「言葉のない街」
 第6話「もっとも臭い島」
 第7話「鉄の貝」
 第8話「思い出は惑星(ほし)を越えて」
 第9話「東京プロトコル」
 第10話「ファルマガンとミチル」
 第11話「アルゴス・デモクラシー」
 第12話「ホミニス・ディグニターティ」

 第1話「クォ・ヴァディス」を観たときは、「ウルトラQ dark fantasy」よりウルトラQらしいと思った。今風の怪獣描写だと感じた。第2話「洗濯の日」の、旧作「カネゴンの繭」(商店街を等身大怪獣が子どもたちと歩く)、「地底超特急西へ」(のシュールなラスト)のテイストを狙った作劇もまあ悪くない。
 が、第3話以降がちっとも面白くない。別に怪獣が登場しなくても、特撮がメインにならなくてもいい。SFドラマとして楽しめれば御の字だと思っているのに、ストーリーがはずまない。これって、シナリオが弱いということだろう。

 たとえば、第3話の「宇宙(そら)から来たビジネスマン」なんて、どんな展開になるのか途中まで興味深かったにもかかわらず、後半何のひねりもなくそのままラストになってしまってがっかり。
(関係ないが、宇宙を〈そら〉と読ませる感覚にうんざりする。第8話でも惑星を〈ほし〉としているし。J-POPの悪しき影響か。)

 この時間(日曜の深夜24時~25時)、布団に入って寝ながらの視聴している。「ウルトラQ」は大丈夫なのに、「ネオ・ウルトラQ」になると、睡魔との戦いになる。後半意識がなくなって、気がつくと、もう終わっていたなんてことが何回もあった。
 というわけで、感想を書くために録画を観なおした。

 トータルの印象からすると「ウルトラQ dark fantasy」の方が良かった。話数が多いこともあるが、バラエティに富んでいたと思う。
 旧作「ウルトラQ」はSFアンソロジーの楽しさがあった。それは複数のシナリオライター、監督が参加しているからこそ成り立つものだ。
 「ウルトラQ dark fantasy」はその要素を踏襲していた。「ネオ・ウルトラQ」は一人のライターが全話を担当していて(3、6、7、9、10話は女性ライターと共同だが)、そこにドラマが弾けなかった要因があるのではないか。
 1人のシナリオライター+複数の演出家というのは連続ドラマの体制である(平成の仮面ライダーでは一人のライターが1年間担当したなんて驚異的な現象が見られたが)。

 特撮がメインとなるエピソードはほとんど田口監督が担当されていた。リアリティにあふれ、またインパクトもあって印象深い。
 「もっとも臭い島」は「マタンゴ」にインスパイアされたとおぼしき内容。ホラーテイストをコメディーに逆転させてはいるけれど、ラストなんてそのまんまで。

 「東京プロトコル」は、そんなビジュアルインパクトに現代日本を風刺したドラマがうまく融合したエピソードだった。
 〈東京プロトコル〉とは、東京で行われた地球サミットにおいて「温室効果ガスの削減」が議論された際に確定した削減目標を記載した議定書のこと。
 重いノルマが課せられた日本は、達成のため、一定基準を超えると有無と言わさず電力供給が停止される処置が施された。その厳格さは計画停電の比ではない。日本経済は停滞し、町工場は閉鎖一歩手前まで追い込まれる始末。本エピソードの主人公はこの町工場を営む父親と息子(小学生)だ(レギュラー3人の登場はなし)。

 失業者が増加しどうにもならなくなってきた、そんなある日のこと。工場の煙突に奇妙な生物がへばりつく現象がみられた。風船のような形をしたその巨大生物は排出されるガスをすべて吸収してしまうことが判明する。生物は増殖していき、日本全国、二酸化炭素等のガスが排出される施設にはすべてその生物がとりついた。その結果、日本はガスの排出を気にすることなく経済活動にいそしむことが可能になったのだ。
 日経平均は50,000円を超え、政府は国民一人当たり10万円の支給を決めた。町工場も受注が殺到して景気がいい。あのバブル経済がまたやってきたのである。

 ある日、日本全国で見慣れた光景になっていた風船怪獣(プラーナと命名)が黒色に変色しはじめた。何かが起こる気配なのだが、好景気に受かれる大人たちはただ見守るだけ。やがて、プラーナは大爆発して、日本は廃墟となって……しまうことはなく、巨大な花が咲いただけ。火花を飛ばしながら。
 抑揚のない声で人々の「万歳三唱」が響いて「終」。

 経済発展のためには原発に頼らざるをえない日本を戯画化しているのだが、原発の暗喩としての怪獣描写が面白い。予想を覆すシニカルなラストに苦笑した。怪獣の形体やエネルギー問題を扱ったストーリーから、旧作の「バルンガ」を彷彿とさせる。意識したかどうか知らなけれど。
 このようなエピソードがあと2、3本あれば……。

 映像は凝っていた。モノクロ映像に着色した「総天然色 ウルトラQ」に対して、通常のカラー映像を脱色したような感じ。いわゆる銀残し風の画像が良い。
 まあ、映像が見栄えするのは今のドラマ全般にいえることだからあまり褒め言葉にはなっていない。とにかくシナリオの弱さだ。いかんともしがたい。

 今回、見直してみて気がついたことがある
 「ネオ・ウルトラQ」の時代設定はいつなのか?
 
 


 ラジオ番組が終了してから、テレビ東京が「ウルトラQ dark fantasy」の放映を開始した。ラジオと連動していたのかどうか知らない。ラジオ同様の2クールで、第1話から最終回までしっかりつきあった。
 その感想を夕景工房に書いた。

     ▽
2004/09/30

 「ウルトラQ dark fantasy」(テレビ東京)

 「ウルトラQ dark fantasy」の放映が終了したので、個人的に総括、感想を述べてみたい。
 平成の時代に「ウルトラQ」が復活すると聞いて、歓喜しながらわりとシニカルに構えている自分がいた。「ウルトラQ」といえば、ガラモン、ペギラ、カネゴンを代表とする怪獣の登場、異様なテーマ音楽、呪文のようなナレーション等、かつての作品に思いを馳せながら新作に同じテイストを期待する声があった。気持ちは痛いほどわかるけど僕はまったく逆だった。「ウルトラQ」なんて冠は必要ないとさえ思った。なまじ「ウルトラQ」なんてあると往年のファンに比較され、失望されるだけではないか。それよりサブタイトルの「dark fantasy」の部分を全面に押し出してほしいと。
 ホラー、ミステリに造詣の深い友人によると〈dark fantasy〉にもちゃんとしたカテゴリ、意味があるのだそうだが、まあいいではないか。要は円谷プロの〈幻想と怪奇〉シリーズ、良質なSF(ファンタジー)アンソロジーを期待したのである。

 ガラゴン(ガラモン)が登場して、旧作の続編的位置付けをした(ファンの要望に応えた)第1話に失望した(特撮は素晴らしかった)が、回を重ねるごとにそれなりに面白く観られた。1クールを終了した時点で2クールにはさぞかし粒ぞろいなのではと期待したものの、残念ながら消化不良に終わってしまった気がしてならない。
 変なアレンジで少しも魅力を感じないテーマ曲、特に必要でもなかったナレーションやエンディングテーマ曲。まあ、これはあくまで器のこと。問題なのは器に盛られた料理である。消化不良に終わった一番の理由はシナリオに力がなかったことだろう。別に「世にも奇妙な物語」になっても、ジャパニーズホラーになってもかまわない。だいたい旧「ウルトラQ」の現代版が「世にも奇妙な物語」なのだから致し方ない。ホラーだって「Q」の重要な要素だった。円谷らしいホラーにすればいいだけのこと。要は観終わった時にハタと膝をたたくようなピリっとする、核があるというか、一本筋が通ったもの。それがなかったのだ。

 シリーズの特徴として映像は見栄えがするのにストーリーに首をかしげたくなるのというパターンが多かった。
 例えば「小町」というアンドロイドの女性とさえない男との恋愛を扱ったエピソード。わりと早い段階で女性が普通の人間ではないとわかってしまうのはいいとして、女性の正体を知らない男に対して「あの娘はやめといた方がいい」というラーメン屋の親父の台詞がある。この台詞からどうしてふたりが結婚するラストになってしまうのか。悲恋と思わせておいてハッピーエンドにもっていくドンデン返しのつもりなのだろうか。親父の台詞はまったく意味をなさないではないか。あまりにも安易すぎる。

 太平洋戦争時の少女と現在の青年のほのかな恋愛模様を描いた「レンズ越しの恋」。宮部みゆきの「蒲生邸事件」に触発されたようドラマなのだが、これもどうにもわからない点がある。祖父の形見であるカメラのレンズ越しに見える少女は主人公の祖母だったとラストで判明するのだが、それはすぐに視聴者にも予想できた。しかし中盤で祖母は青年自身にその少女の写真を見ながらあたかも他人のように説明するのだ。本人にそこまで言わせるのなら別のラストを期待するというもの。
 まあ、それはいいとしよう。青年は同居する祖母の昔の写真を見たことがないのだろうか? 一緒に住んだことない僕ですら祖母の写真を見たことはある。「おばあちゃん、けっこう美人だったじゃない」なんて。家族で一緒に住んでいたら一度くらいアルバムを見るだろうに。空襲で焼かれてなかった? なら謎の少女の写真はどうしてあったのだろう?

 どうしてもこういう展開になるの? ラストになるの? 的パターンが目立った。
 版権の関係からかキャラクターの名前を変えながら旧作のエピソードをリメイクした作品群にはほとんど失望した。唯一「李里依とリリー」が成功していた部類か。父親が何をしたかったのかいまいち理解できなかったし、あのラストで果たして解決したのか疑問も残る。ただ少女の笑顔がそのまま恐怖になるショットに意味があったと思う。あれは心底ゾッとした。「ガラQの逆襲」でいえば冒頭の女セミ人間の孵化シーン。

 「ウルトラQ dark fantasy」は上原正三の企画で実現したらしいが、本人のシナリオに昔の面影がないのが寂しい。「ガラQの逆襲」では突然思いついたかのように最後「終」をだして旧作への思い入れを謳いあげるが、続けてエンディングテーマ曲が流れるフォーマットには全然似つかわしくない。本当に本人が書いたのでしょうか? 

 旧作の中でも特に傑作の誉れ高い「カネゴンの繭」を書いた山田正弘がよくリメイクを承諾したと思う。それも自身による執筆だ。しかしリメイク版「カネゴンヌの光る径」はストーリー的には疑問だらけだった。なぜ少女がカネゴンヌになるかのかわからない。監督によるとそれこそ今に相応しい処置と語っているのだが、納得できるものではない。着ぐるみの造形、変身シーンの安直さにも幻滅した。昭和40年代に固執した映像は見ものだったけれど。

 旧作は非常に中味が濃かった。見終わって満腹感があった。幼児期の刷り込み作用というものがたぶんにもあるのだろうが、その思いは今でも変わらない。新作は30分が20分、15分に感じられた。面白くて時間が短く感じられるのではない。ドラマに奥行きがないのだ。実に薄っぺらな感じ。
 そんなわけで、作品の中で何か一箇所印象的な部分があればそれでよしとする自分がいた。それ以上求めてはいけないと。

 所詮低予算なのだから、特撮には金はかけられない(初期の金子修介監督「あなた誰ですか?」「綺亜羅」は面白かったが、前者は脳みそがいかにも作り物、後者は少女と主人公が橋から飛行するするカットが合成バレバレというところで興ざめした)。だったら低予算を逆手にとって、お話で視聴者をひきつければいい。「dark fantasy」はシナリオライターが全面にでるべきアンソロジーだったと思う。ライターの腕の見せどころだった。にもかかわらずその結果は……

 ラストのひねり以外まんま「猿の手」なのに、クレジットに原作が明記されない「トーテムの眼」。クリエーターとしてこういうことが許されるのだろうか。別にオリジナルにこだわることはない。過去のSF/ファンタジーやホラー小説を独自の解釈で映像化する手もあったかもしれない。旧作はSF作家とのコラボレーションで生み出された経緯があったではないか。

 変化球である太田愛の作品群(原田昌樹監督「送り火」「光る舟」)が飛びぬけているのではあんまりではないか。あくまでも正統があってこその異色作なのだ。

 個人的にはラスト前に放映された実相寺監督の2本「ヒトガタ」「闇」で大いに溜飲を下げた。どちらもワンショットのみ思わず背筋に冷たいものがは走ったし、何より実相寺特有のスタイリッシュな映像美に堪能できた。「ヒトガタ」」では大学での教授と女の会話シーン。窓外の緑と室内の陰影のコントラストにしびれた。「闇」ではリハーサル時のカッティング、途中インサートされる廃墟写真のタイミングの妙にうなった。
 かつて金子監督の企画によって実現した「ウルトラQ ザ・ムービー」は結局円谷映像側の、たぶんに営業的な判断で実相寺監督に変更になって制作された。オリジナルの3人組がTVクルーとして活躍し怪獣も登場するストーリーだが、まるで「ウルトラQ」ではなかった。興行成績も無残な結果に終わった。それに比べたら「ヒトガタ」「闇」の方がだんぜんいい。

 いろいろ不満や文句を述べたが、だからといって「ウルトラQ dark fantasy」を否定するつもりは毛頭ない。円谷がウルトラマン以外のドラマシリーズに挑戦したことはうれしいことだ。ヒーローや怪獣だけが特撮ではない。それを僕は第一期ウルトラシリーズ、「怪奇大作戦」「マイティジャック」を繰り返し観る事で学んだ。
 そうしたちょっとひねくれたロートルファンあるいは円谷やウルトラのブランドなどまったく意識していない視聴者に向けての特撮ドラマ(というと語弊があるかもしれないが)があってもいい。ぜひこの路線は続けてほしいと願ってやまない。
     △




 TOKYO MX「円谷劇場」で「ネオ・ウルトラQ」が放送された。すいぶん遅くなってしまったが、感想を述べておきたい。

 「ウルトラQ」は、昭和41年1月から6月にかけてTBS系で毎週夜7時から放映された空想特撮シリーズ(全28話)である。主人公トリオが怪現象に遭遇する顛末を描く1話完結(30分)のシリーズで、怪現象のほとんどが怪獣出現ということもあり、当時子どもたちの間で大人気となった。
 僕自身の思い出を記せば、リアルタイムでは第1話「ゴメスを倒せ!」が観られなかった。「ウルトラQ」なんていう怪獣が登場する番組が始まることを知らなかったからだ。放送の翌日、保育園(1月は年長組だった。4月から小学生になる)で友だちから聞いたのだろう、次の日曜日に第2話「五郎とゴロー」を視聴した僕は完全にその世界にはまってしまった。今でもロープウェイに乗ると、目の前に巨大猿が出現する光景を思い浮かべてしまうほどだ。とにかくその後の人生において「ウルトラQ」はとんでもない影響を与えているといっていい。

 1990年代以降、「ウルトラQ」のタイトルを冠する作品がいくつか制作されている。

 まず1990年に公開された「ウルトラQ ザ・ムービー 星の伝説」が挙げられる。円谷プロを退社した円谷家の三男氏が設立した円谷映像が制作した映画である。

 もともとは金子修介監督の企画による3話オムニバスの作品だった。アメリカ映画「トワイライトゾーン」(TVシリーズ「ミステリーゾーン」の映画化)を意識したと思われ、本家では複数の監督がそれぞれのエピソードを担当しているのに対して、「ウルトラQ THE MOVIE」は金子監督が3つのエピソードをすべて演出するというものだった(脚本はじんのひろあき)。
 各エピソードは、海底を舞台にしたサルベージもの、精神世界もの、怪獣が登場する地球侵略ものとさまざまなジャンルを扱っていてTVシリーズを彷彿とさせるものだった。
 ところが、怪獣の版権の問題で、この企画は頓挫、脚本・佐々木守、監督・実相寺昭雄という第一期ウルトラシリーズのゴールデンコンビによる別種の「ウルトラQザ・ムービー」として映画化された。80年代にATG作品として企画された「元祖ウルトラマン 怪獣聖書」のプロットに浦島伝説、羽衣伝説を加味したストーリーになっており、タイトルに「星の伝説」が追加された。

 公開された作品は往年のウルトラQファンを困惑させる出来だった。
 この作品には、(仕事として)少しばかりで関わっており、公開前に試写を観る機会があった。
 佐々木・実相寺コンビということもあり、個人的には「怪奇大作戦/京都買います」的な世界を予想し、また期待もしていたのだが、良かったのはスタイリッシュな映像だけで、ストーリーがまったく面白くなかった。怪獣が登場するとはいえ完全に「ウルトラQ」の世界を逸脱していた。オリジナルの特撮映画「星の伝説」とした方が良かったのかもしれない。
 コアな実相寺昭雄ファンで、映画はかつてのTV番組とは違ったテイストになると思っていた僕でさえ、期待はずれな作品だと思ったのだから、ウルトラQ世界を求めたファンに受け入れられるわけがない。
 興行は惨敗だった。

 2000年代になって、円谷プロは「ウルトラQ」関連の番組をラジオとTVで手掛けることになる。
 2003年から04年にかけての半年間、「ウルトラQ倶楽部」という番組がTBSラジオで放送された。ウルトラQの新作ラジオドラマである。オリジナルシリーズで活躍したトリオ、佐原健二、西條康彦、桜井浩子の3人がかつての役に扮してレギュラー出演していた。スタッフ(脚本・演出)は、第一期ウルトラシリーズのベテランたち(上原昭三、千束北男、実相寺昭雄等)。
 第1話、第2話あたりは聴いたと思う。面白くなかった(という印象しか覚えていない)。以降、聴くのをやめてしまった(だと思う)。ゆえに、このラジオドラマに対して多くを語れない。

 この項続く




 1日は映画のあと、Sさんと二人阿佐ヶ谷へ向かった。実は30代のとき一緒に働いていたNさんが飲み屋をオープンしたと連絡を受けていて足を運んだのだ。
 お店は駅前の商店街のドンツキにある建物の2階にあった。カウンターが10席程度のいわゆるスナックという作り。途中でSさんが帰ってしまったこともあり、結局朝までコースになってしまった。まあ、積もる話があるっていうことで。

 この年齢で徹夜するとどうなるかというと、2日はまったく使い物にならなかった。
 昨年から談四楼師匠が新宿で始めたリアル深夜寄席(終電終了後に落語会が始まり、その後懇親会、始発で帰る)があるが、朝帰りした日がどうなるかわかっているので、行くのを躊躇していたのだが、思ったとおり。

 談四楼師匠がゲスト出演する落語会が埼玉である。7月の「彩の国さいたま寄席 四季彩亭 ~彩の国落語大賞受賞者の会 立川談笑」がそれで、GW前にネットで知った。予約は電話でできてチケットは会場でも受け取れるという。会場は彩の国さいたま芸術劇場。
 埼京線与野本町駅近くにあるのだが、埼玉会館でもチケット受取りは可能だという。浦和駅から徒歩数分だからこちらの方が行きやすい。

 3日、12時ちょっと前にチケットを購入した。埼玉会館は何度か来たことがある。娘が小学生のとき、図工作品が県の優秀賞か何かを受賞して展示されたことがあり、見にきたことを思い出した。

 せっかく浦和に来たのだから、もう少し足を伸ばしMOVIXさいたまで「シンデレラ(字幕版)」を観よう。持参したiPadで上映時間を調べると12時30分から。今からだと間に合うかどうかギリギリのところ。
 ホームで大宮行きの電車を待っている間、今度はMOVIX川口のスケジュールを調べた。「ワイルドスピード SKY MISSION」が13時から。こちらもギリギリ。

 さあ、どちらにするか。遅れていた大宮行きの電車が来たので飛び乗った。さいたま新都心駅に到着。もう一度ネットでMOVIXさいたまの上映スケジュールを調べた。何たることか、12時30分「シンデレラ(字幕版)」のチケット完売。だったら、最初から川口の方へ行けばよかった、なんて思っても後のまつり。
 映画は諦めた。

 夕方町屋へ。駅前のムーブ町屋で寸志さんの落語会「桂宮路vs立川寸志 熱闘!他流試合二人会」があった。
 開口一番(前座)の三遊亭けん玉さんは円楽一門、宮路さんは芸術協会、寸志さんは立川流。3派が集った落語会は大爆笑の2時間半! いや、ほんと。

 5日は地元シネコンで「ワイルドスピード SKY MISSITION」鑑賞。ミシェル・ロドリゲスのドレス姿にムフフのフ。

 本日(6日)も「セッション」か「シンデレラ(字幕版)」、どちらかを観ようと新宿もしくは有楽町に向かったのだが、途中で昼間のチケットが売り切れとわかり、途中で帰ってきた。

 というわけで、GWの映画三昧計画は最後で腰砕けとあいなりました。
 お粗末!




 リサイタル「なつかしい未来」シリーズでバックのストリングスをつとめているラ・ストラーダ。
 紙ふうせんとラ・ストラーダの最初のジョイントコンサートが2006年に開催された。
 ストラーダの演奏に感激した僕は、東京のストラーダ単独コンサートに足を運んだ。席はステージ目の前。金関環さんの迫力に圧倒された。

     ◇
 
2006/02/25

  「紙ふうせん&ラ・ストラーダ コンサート」(シンフォニーホール)

 午後1時50分東京発の新幹線のぞみに飛び乗った。目指すは大阪のシンフォニーホール。夕方6時から「紙ふうせん&ラ・ストラーダ コンサート」があるのだ。
 単なる紙ふうせんのコンサートなら行くこともなかった。たぶん今年秋のリサイタルは伝承歌だけを集めた後藤さんのライフワークを集大成したようなステージが披露されるはずだから、そこに照準をあわせておけばいいはずだった。しかし、ラ・ストラーダ弦楽アンサンブルとの共演と知り、心が躍った。

 紙ふうせんは過去何回か、テレマン室内管弦楽団と共演している。そのたびに気になっていたのだが、日程や懐具合の関係で断念していた。今回は関西で人気を呼ぶ気鋭の管弦アンサンブルとの共演でどんな音を聴かせてくれるのか、いつもとは違う演目に期待したのだ。土曜日ということも大きい。

 といっても、ラ・ストラーダ弦楽アンサンブルについて詳しく知っているわけではない。ヴァイオリニスト・金関環に率いられた若さあふれる弦楽アンサンブル。日頃のクラシック演奏会にはない、親しみやすい、愉快で陽気な雰囲気を感じさせる集団。そんなところに僕のアンテナがビビビと反応したのである。
 ちなみに金関環は〈かなせき・たまき〉と読む。〈きんかんかん〉ではない。

 4時27分新大阪に到着し、JRで大阪へ。環状線に乗り換え隣の福島駅に向かう。大阪の環状線は東京でいえば山手線だが、今回久しぶりに利用して驚いたのは、環状線以外の電車も同じホームに乗り入れていること。山手線を待っていたら、埼京線の電車がやってくる。そんな場面に出くわしたらそりゃびっくりするだろう。

 シンフォニーホールは朝日放送の施設だという。クラシック専門の劇場で、東京だとサントリーホールみたいなところか。駅から歩いて5分程度。5時ちょっと前、公園を通り抜けてホールの入口に着いた。後方にTV局がそびえ立ち、ホテルプラザの建物も見える。
 このホテル、もう何年も前に閉鎖されてしまったが、個人的にかなり思い入れが強い。というのは、小林信彦氏の書くコラム、エッセイにたびたび登場するホテルなのだ。小林氏は昔、漫才や松竹新喜劇を見るために大阪にやってきて、このホテルを常宿にしていた。大好きな、尊敬する作家が利用していたホテル、一度は泊まってみたかった。

 5時過ぎ、開場となって中に入る。かなりの広さだ。僕の席は2階席の一番前。音を聴くには最高の場所ではないか。

      *

 主催者の挨拶の後、ステージに紙ふうせんのふたりとバックミュージシャンが登場。ピアノの今出さん、ギターのすぎたさん、ウッドベースの浦野さん。昨年NHK「趣味悠々」のフォークソング入門で課題曲を演奏したメンバーだ。5人ということもあって、「赤い鳥」を思い出していた。実際、コーラスに女性をもう一人加えたら、それこそぴったりではないか。
 後藤さんは白のスーツ、平山さんは上下黒白のツートンなのだが、これが実に何とも決まっていた。50年代ニュールックというのか、アメリカンスタイルと呼ぶのか。「ローマの休日」で身に着けていたオードリー・ヘップバーンのファッション。身体にフィットした黒のシャツに白のロングフレアースカートがかわいらしい。キュート!


  ささぶね/憶えているかい/あなたの風になりたい/紙風船

 「ささぶね」のあと、このコンサートを企画・開催したいずみーる事務局の母体〈いずみ生協組合〉の歌「憶えているかい」が紹介された。歌詞を生協組合員から募集し、最優秀作に後藤さんが曲をつけたもの。
 後藤さんのMCがふるっていた。「歌詞の応募どのくらいあったと思います?」「すごいですよ~。たったの2通!」

 「あなたの風になりたい」では必ず補助犬、介護犬のPRをする。今回は平山さんが観客に自宅で飼っているペットが何か、鳴声で答えさせて、あっというまにアットフォームな雰囲気をつくりだしてしまった。2階席から「コケコッコ~」と叫んだらどうだったろう? 小心者の僕には絶対できないけどね。

 「紙風船」はいつもと同じ観客を巻き込んでの大合唱になったのだが、後藤さんのMCに興奮。
「2階の貴賓席の方」「それでは1階の一般大衆席の方も」
 これ、赤い鳥のライブアルバム「ミリオンピープル」で「紙風船」「もう一度帰ろう」の合唱の時、後藤さんから発せられた言葉なのだ。レコード(CD)でしか触れることがなかった名文句が今、目の前のステージから聞こえてくる。それに自分は貴賓席にいるのだ!


  ホルベルグ組曲より前奏曲(E.グリーグ)
  チャールダシュ(V.モンティー)
  リベルタンゴ(A.ピアソラ)

 暗転し、ステージの上手、下手二箇所にスポットが当る。そこにかわいらしいペンギンのよちよち歩き。身長約30センチ。もっと小さいか。SuicaのCMでお馴染みのペンギン? ということは中に入って演技しているのは赤星さんか。いやあれはJR東日本のCM。関西で流れているわけがない。上手のスポットでは後藤さんが掃除用のデッキブラシを持ってしきりに電動式ペンギンの前の床をゴシゴシしている。どこかで見た風景。そうカーリングだ。場内大爆笑!
 完全に場の雰囲気が和らいだところで、後藤さんと平山さんが勢ぞろいしたラ・ストラーダ弦楽アンサンブルを紹介する。この演出はうまい!

 下手から第1(第2)ヴァイオリン4名、チェロ2名、コントラバス1名、ビオラ2名。一足先に春がやってきたようなカラフルな衣装(衣装そのものが派手なものではないところがGOOD)。このメンバーに第1ヴァイオリンの金関環氏が加わってさまざまに動き回り全体の指揮をとる。

 金関環氏は松浪健四郎に中谷彰宏の笑顔を足したような風貌。ってこれ全然誉め言葉じゃないな。でも2階席から見た金関さんは実際そういう風に見えた(思えた)のだからしかたない。
 期待していたとおり、絶妙な音が聴かせてくれる。クラシックにはそれほど造詣はない僕でも、その弓さばき(?)にうっとりきてしまう。特に「ホルベルグ組曲より前奏曲」における高音のとろけそうな響き。「リベルタンゴ」のメロディーに心捉えられた。


  ホーハイホー/街を走り抜けて/竹田の子守唄/虹/いつも心に青空を
  おもちゃのシンフォニー/霧にぬれても/翼をください/Route43/冬が来る前に

 ステージに紙ふうせんのふたり、バックバンドが揃い、その後方、一段高いところにラ・ストラーダの面々。それにフルートとオーボエの2名が加わる。この木管2名はラ・ストラーダのメンバーではなく紙ふうせんサイドの要請による。
 本日のメインイベント。
 紙ふうせんのライブはギター2本、ピアノ、ベースだけでも十分通用するのに、弦楽が入るとやはり音に厚味が出る。優雅になる。やはり無理してでも来た甲斐があった。

 「おもちゃのシンフォニー」では金関氏が太鼓、平山さんがトライアングル、後藤さんがヤギの鳴声で参加。いやはや愉快。後藤さんにはヤギだけでなく、らくだのわななき、尺取虫のつぶやきも披露してほしかったな。(赤い鳥の「祈り」で後藤さんはじけまくっているのだ)

 とにかくヴァイオリンに圧倒された。「Route43」のヴァイオリンソロに新しい魅力を発見。派手さはないがフルートとオーボエの音色も光る。「冬が来る前に」なんてレコードと同じイントロで感激した。
 編成が豪華になったことで、「青空と海」、「2001年アクエリアス」を久しぶりに聴けるかという淡い願いは叶わなかったけれど。

 お約束のアンコールはまずラ・ストラーダがピチカート奏法による「プリンク・プルンク・プランク」。楽しい。続いて紙ふうせんの「船が帰ってくる」。

  アンコール
 
  プリンク・プルンク・プランク(ラ・ストラーダ弦楽アンサンブル)
  船が帰ってくる(紙ふうせん+ラ・ストラーダ弦楽アンサンブル)

 もう少し聴いていたい。それぞれあと2曲くらいアンコールに応えて欲しい。いやいやもう若くないのだから腹八分目がちょうどいいか。ロビーで即売していたラ・ストラーダのCDを購入。その後FCのメンバーと夕食、10時50分の深夜バスで帰途についた。




 5月1日はもともと日比谷で映画を観ようと思っていた。
 まずTOHOシネマズ スカラ座・みゆき座で「セッション」、続いてTOHOシネマズシャンテで「グッドライ いちばん優しい嘘」という流れ。
 GWに入る前、特撮仲間のSさんからメールが来た。「パトレイバー、どうしますか?」

 Sさんとは、これまで国内外問わず、期待の、あるいは気になる特撮映画が公開されると一緒に鑑賞している。
 一昨年は「パシフィック・リム」「ガッチャマン」、昨年は「GODZILLA ゴジラ」「キカイダー REBOOT」。二人のときもあるが、もっと多くの仲間が集うときもある。
 鑑賞後の、映画を肴にした呑みが楽しい。

 もちろん、GW中に「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」は観るつもりでいた。Sさんを誘おうかとも考えた。が、Sさん、まだ子どもが小さいし、GWは家庭サービスだろうと、一人で鑑賞するつもりでいた。1日は仕事だというので、だったら職場近くの新宿ピカデリーで観ようとメールした。
 「セッション」はTOHOシネマズ新宿でも上映しているのである。で、これが4月にオープンしたTOHOシネマズ新宿デビューになるわけだ。

 1日、2回めの13時30分(だったと思う)を狙って、11時に新宿に着いた。屋上から首をだしたゴジラに見とれながらビルに入る。3階のチケット売り場へ。
 嗚呼!! 掲示版は2回目の「セッション」チケットが売り切れていることを告げていた。だったら「シンデレラ(字幕版)」は……
 「シンデレラ(字幕版)」も売り切れだった。サービスデーを甘く見ていた。

 あわてて、新宿ピカデリーへ向かった。もしかしたら、17時30分の「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」も売り切れているかもしれないと心配したのだ。チケットの心配をするSさんに、当日会ってから買えばいいのではと楽観視していた。公開初日の映画なのに。
 あぶない、あぶない、売り切れてはいなかったが、席はけっこう埋まっていた。

 夕方までの空いてしまった時間をどうするか。角川シネマ新宿で「グッドライ いちばん優しい嘘」を上映していた。15時の回のチケットを購入して、紀伊国屋で立ち読みしてから、劇場近くのドトールで遅めの昼食&読書で時間をつぶした。

 「グッドライ いちばん優しい嘘」は後半涙ボロボロだった。普通なら、トイレで顔を洗うのだが、終了が17時10分、新宿ピカデリーでSさんと20分に待ち合わせしているので、そのままの顔でピカデリーへ向かった。
 「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」は予想以上の出来。東京上空の空中戦は「千里眼」(2000年)以来の夢だったのだ。個人的にではあるが。

     ◇

2000/07

  「千里眼」(丸の内東映)

 ずいぶん前に松岡圭祐のデビュー作「催眠」の映画化に関するゴシップが作者自身の経歴詐称問題とともに「噂の真相」に掲載された。どこまでが本当のことなのかはわからないけれども、続編という名目で上梓された「千里眼」を読む限りでは、原作者として少なからず映画「催眠」に不満を抱いたことは容易に想像できた。

 小説「千里眼」は心理カウンセラーを主人公に心理学やカウンセリングを応用したミステリという点においては「催眠」と同系統といえるだろうが、登場人物も内容もまったく違うし、関連性はほとんどない。
 物語の展開についていろいろ追及していくとさまざまな設定に無理があって、傑作というものではないが、勢いでラストまで一気に読ませ、その面白さは保証できる。
 何より作者がたぶんに映画化を意識した作品であり、本格的に映画化されたら日本映画には珍しい第一級のエンタテインメント作品になるだろうと思った。

 かつて航空自衛隊のエースパイロットとして将来を嘱望されていたにもかかわらずある事件を契機に自衛隊を辞め、心理臨床士(心理カウンセラー)として<千里眼>の異名を持つ高名な脳神経科医師友里院長のもとで働くヒロイン・岬美由紀が日本壊滅を狙う謎のカルト教団と戦うミステリアクションともいうべき破天荒な物語である。

 日本全国で原因不明の爆発炎上事件が相次ぐ中、岬は友里とともに米軍横須賀基地に呼ばれる。爆発炎上事件は基地から何者かによって発射されたミサイルによるもので、今度は総理府に向けてミサイルが発射されようとしているという。
 基地に侵入した男はミサイル発射をセットし、パスワードを変更。このパスワードを解読して発射を阻止することが彼女たちに与えられた命題であった。パスワードの入力は3回まで。3回間違うと否応なくミサイルは発射されてしまうのだ。岬は男との対話、男が自決した後はビデオカメラに収められた男の表情からパスワードの数字をあてはめていく……。心理学とサスペンスを融合した見事な導入部である。

 読み始めたときはかつてエースパイロットで今は心理カウンセラーというヒロインの設定がどうにも嘘くさく感じたものだがクライマックスで納得がいった。
 カルト教団が仕掛ける罠をことごとく打ち破った岬は敵がさしむけた刺客と素手で戦い、満身創痍で最後の決戦にのぞむ。それが東京湾上空で展開される自衛隊機F-15同士のドッグファイトだ。教団に奪取され、東京を爆撃せんと発進したミサイルを塔載したF-15を追い、私服のままF-15に飛び乗るヒロイン。このヒロインの勇姿こそ作者が描きたかったものではないか、と確信したのだ。

 映画化作品ではスリルとサスペンスにあふれる導入部、単身敵に素手で立ち向かうヒロインの小気味良いアクション、そして特にクライマックスのドッグファイトが重要な要素になると思えた。

 小説は大興奮のドッグファイトのあとにエピローグとしてもうひとつのエピソードが描かれているのだが、読了した際、僕の中ではすでに映画のラストシーンが浮かんでいた。
 敵機を撃墜し、基地に帰還したヒロインがヘルメットを片手に颯爽と滑走路を歩く。彼女が髪をかきあげ笑顔をみせたところでストップモーションとなってスタッフ・キャストのロールタイトルが流れる……。

 というようなわけで、まるで自分がプロデューサーになった気分で「千里眼」の映画化に対してあれこれ思いをはせたのである。

 映画化にあたって心配したことは、

 1.アクションができてなおかつ心理カウンセラーの知性を感じさせる女優がいるだろうか?
 2.F-15機のドッグファイトシーンのリアルな特撮が可能だろうか?

 という2点だった。

 2.に関しては現在のCG技術の発達で何とかなるかもしれない。実際TV番組「ウルトラマンガイア」のとあるエピソードで演習ではあったけれど、目を見張るリアルな、興奮度120%の飛行シーンの特撮を見せられたので心配はなかった。
 が、1.に関してはどうにもぴったりな配役が思い浮かばい。アクションのできる女優はいるだろうけど、映画の主役ということを考えると一線で活躍する女優としてのネームバリューが必要で誰でもいいというわけにはいかない。
 やはり映画化はむずかしいかな、と考えていた頃、ヒロインに水野美紀決定というニュースをスポーツ新聞の芸能欄で知った。僕はまったく知らなかったが、水野美紀はかつて倉田プロモーションでアクションを習っていて、一度アクションものに挑戦したかったというのだ。彼女なら心理カウンセラーの役柄も十分こなせるだろう。
 映画には原作者もスタッフとして参画するというし、僕の映画「千里眼」に対する期待が一気に膨らんだ。

 映画化にあたって若干の変更があった。ヒロインは心理学の知識を持つ現役の航空自衛隊パイロットという設定。これは原作のミステリの要素より、ヒロインvsカルト教団の戦いを前面に押し出した結果だろうと喜んだ。へたにミステリ仕立てにするより、最初からヒロインのアクションと活劇で物語を引っ張った方がいい。また現役パイロットにすることで自衛隊組織、男所帯の中で自分の能力を発揮しようとするヒロインの葛藤が描けるというものだ。

 完成した映画の内容を知って愕然となった。一番期待していたドッグファイトが削除されているのだ。作者自身がシナリオに絡んでいて、原作のメインとなるエピソードをカットするなんて信じられない。これではヒロインの設定を変更した意味もなくなってしまうのではないか。
 観る前から先に抱いた期待はしぼんでしまったのだが、もしかしたら原作以上に緊迫したクライマックスが用意されているのかもしれない。そう考え直して映画館に向ったのだが……。

 映画はそれなりに観られる内容ではあるものの、とりあえず話をまとめてみたという印象が強い。
 現役の自衛隊パイロットにしたせっかくのヒロインの設定がほとんど生かされていないのが致命的だ。実際の操縦シーンがなくても、せめてヒロインがパイロットなのだと観客に認識させる小道具、描写は必要ではないか。
 映画を観る限りでは、ヒロインが自衛隊員でありさえすればいいように思える。いや自衛隊員でなくても(原作どおり友里の助手であっても)何ら問題はないのである。
 一ヶ所だけクライマックスへの伏線としてヒロインが自衛隊員である必要があるのだが、そんなもんどうにでもなる気がする。だいたい劇中に張られた伏線がその場で伏線とわかってしまったら何の意味もない。

 ドッグファイトに代って原作以上にスリリングな展開を期待していたクライマックスも冒頭の米軍横須賀基地におけるミサイル発射騒動と同じシチュエーションをもってきたことで、最初のアラが何かと目立って困ってしまう。
 敵はどうやって米軍基地内の、それもミサイル発射装置のあるセキュリティが厳しい部屋へ侵入できたのか? たぶん基地内にも仲間がいて、外部の人間を手引きしたのだろうが、そういった部分がまったく描かれていないから、話にリアリティが感じられない。

 クライマックスでは誤って発射されてしまったミサイルの爆発をどう防ぐか、ヒロインの活躍が描かれる。ミサイルが発射されてもどうにかなるのなら冒頭の騒動はいったいなんだったのか。パスワードを解読して未然に防いだことなんてほとんど意味がないように思えてしまうのだ。
 過激派集団「ミドリの猿」(小説におけるカルト教団)のボスが誰なのかという謎解きも、最初から友里のカウンセリングセンター所員を異様に描いているから容易に特定できてしまう。
 中盤爆破に巻き込まれ死亡したと思われた友里が再登場した時も、かすり傷ひとつ負わずにどうやって現場から逃れられたのか何の説明もない。
 東京湾観音内でヒロインと敵との一騎打ちで、水野美紀が惚れ惚れするようなアクションをみせてくれるが、これだって劇中では突然カンフーものに早変わりした印象になった感じで違和感を覚えてしまう。
 このように登場人物は単にストーリーを展開させるためのコマでしかなく、それもご都合主義で処理してしまうから興奮も感動もよばないのだ。

 何より脚本がまずいというべきだろう(演出的には、構図だとかタッチだとかいくつか見るべきところがあったと思う)。
 当初起用されるはずだった監督が降板したというのも脚本をめぐって原作者と意見の相違があったからに違いない。
 それにしても松岡圭祐はこの脚本で本当に面白い映画ができると思ったのだろうか。
 映画化にあたってはいろいろと方法論があるかと思う。映画「催眠」みたいに原作からキャラクターのみ借りてきて別のストーリーを組み立てるのも一つの方法である。
 水野美紀の体技を生かしたアクションものにするのか、ミステリとして謎の解明を主題にするのか、はたまた特撮を主体にした活劇に徹するのか。切り口を変えることで、いかようにでも映画はできるはずなのに、ストーリーをあくまでも原作どおりに、それも中途半端に進めようとするから無理が生じるのだ。
 原作者が映画に口だしても決していい結果を生まないという好例だった。いかにして映画を面白くするかというより、出版社主導のメディアミックスの方に興味があるようだ。

 P.S.
 誰か水野美紀の魅力を最大限に生かしたアクション映画を企画してください。TVの連続ドラマの準主役をやっている場合じゃないですよ! 志穂美悦子以来久々のアクション女優の逸材じゃないですか!!




 DVD「ウルトラマンティガ Vol.3」に収録されている第9話「怪獣を待つ少女」のクレジットに町田剛とあった。
 町田さん、「ウルトラの星」以外にも「ティガ」に出演したのか!
 町田政則(当時は剛という芸名だった)さんの顔と名前は、「ウルトラの星」の怪獣バイヤー、チャリジャ役で覚えたのだ。何度か「ティガ」を観ているが、今回初めて気がついた。

 町田さんと実際に出会ったのは、あるインディーズ映画団体の上映会&懇親会だった。

 2000年代になって、僕は某インディーズ映画集団の活動に興味を覚え、上映会と懇親会に足しげく通うになる。制作された映画の中の一つに町田さんが主演していた。
 懇親会でいろいろと話をさせていただいた。
 で、町田さんは子役のときから特撮ものに深くかかわっていることを知った。映画では「大巨獣ガッパ」の少年、TVでは「忍者ハットリくん+忍者怪獣ジッポウ」のハットリくん、「ウルトラセブン/闇に光る目」の少年……

 当時参加していたサブカル・ポップマガジン「まぐま」でインディーズ映画を特集することになり、町田さんにロングインタビューした。
 平成ウルトラマンシリーズのレギュラー監督、原田昌樹さんや殺陣(擬闘)担当の二家本辰巳さんと昔からの知り合いということで、「まぐま」に三者の鼎談を掲載したことがある。

 鼎談は、「教育映画発 やくざ映画経由 M78星雲行き」のタイトルで2回に分けて掲載された。その後しばらくして、別冊「怪獣文化とウルトラマン」をだすことになって、だったらまとめた鼎談を再掲載しようと原田さんに連絡をとった。ちょうど、第一回監督作品となる劇場映画が公開される時期だった。
 原田さんの訃報はその直後だった。

 切通理作さんが原田監督の本を書くと知り、町田さんに言ったことがある。
「町田さんや二家本さんも取材されると思いますよ」
 本の情報はその後まったく聞こえてこなくなった。すっかり忘れていたら今年になって「少年宇宙人 平成ウルトラマン監督・原田昌樹と映像の職人たち」が上梓された。
 特撮本に関して、切通さんはかなり遅筆のところがある。「地球はウルトラマンの星」がそうだった。昨年出た「本多猪四郎 無冠の巨匠」(洋泉社)も、あとがきで本人が記しているが、本多監督について書くと聞いてから20年経っての刊行なのである。
 まあ、いいや。

 「少年宇宙人 ……」と「成田亨の特撮美術」(成田亨/羽鳥書店)は少々高価なのでまだ購入していない(まとめて手に入れたいと思っているが)。

 先日、書店で立ち読みしたら、予想したとおり、町田さんと二家本さんが一緒に取材されていた。
 町田さんが元気よくこう答えていた。
「『ティガ』では『ウルトラの星』が初出演です」
 違うでしょ、町田さん!


maguma ex2046
「怪獣文化とウルトラマン」
発行 STUDIO ZERO/蒼天社




 GW映画三昧計画の途中経過は次の項で。

 紙ふうせんのライブに17年間触れたことがないので、はなはだ心もとないが、この30周年記念リサイタルから2部制をとるようになったのではないか。第1部が伝承歌特集、第2部がいつものライブの豪華版という体裁。まるまる伝承歌特集というのは、このあと、「なつかしい未来 Vol.2」まで続いた。
 「太地綾踊唄」「もうっこ」と続いて、ほんと、うれしかった。このときの「もうっこ」はアルトサックス抜きの「ミリオンピープル」バージョン。
「なつかしい未来」の「もうっこ」はエレキギターの代わりに弦楽四重奏×2が入る完成形だと思っている。

     ▽
2004/11/12

 「結成30周年記念 紙ふうせんリサイタル」(なんばHatch)

 今年結成30周年を迎えた紙ふうせんの、恒例秋のリサイタル(コンサート)がなんばHatchで開催された。昨年1回お休みして満を持した2年ぶりのリサイタル。過去2回新機軸の内容で観客を魅了したふたりは今年いったいどんな企画を考えているのか。

 今回2部に分かれたコンサートの第1部は何と伝承歌特集だという。この知らせを聞いた時ちょっとオーバーだが全身に電流が走った気がした。ついにそのときがやってきたかという喜び。紙ふうせんの実力、真髄を見せつけてくれる伝承歌の特集を聴くことが僕の長年の夢だったのだ。

 確かにライブでは「竹田の子守唄」は必ず披露される。しかしそのほかの曲はというと、「いかつり唄」「円山川舟歌」をたまに歌うぐらい。これまでまとめて歌われることは、少なくとも僕がコンサートに足を運ぶようになってからはなかった。

 初期のコンサートでは伝承歌を中心に構成されていたという。が、ふたりの意気込みとは裏腹に観客にとって少々難しいものに思われたらしい。その後「冬が来る前に」が大ヒットし、新しいファンを獲得した紙ふうせんのコンサートはバラエティに富んだ、ノリのいい楽曲を中心にしたナンバーに占められるようになっていった。

 もちろんオリジナルがいけないわけではない。素敵な曲がたくさんある。赤い鳥時代からのファンといいながら、紙ふうせんが結成されてから17年ほどコンサートに行けなかった僕としてはしっとりした緊張感漂う雰囲気で歌われる伝承歌の数々をしっかりこの耳に焼き付けたくてたまらないのだ。

 いわゆる大きな会場で不特定多の客を相手にするコンサートが無理なら、客を限定したらどうだろう? そんな思いが高じて小さなホールで開催する「後藤悦治郎の世界/語る伝承歌・歌うフォークロア」を提唱して数年が過ぎた。いつか実現したいと思っている。
 そんな僕の期待に応えるかのような内容の第1部なのである。


 【第1部】

 なんばHatchのホールはもともとスタンディングで鑑賞する、東京でいえば渋谷AXのようなところ。臨時のパイプ椅子で埋まった1階はほぼ満員の中で開幕した。

 ステージは半透明のシルク(?)のスクリーンで前と後ろに間仕切りされていた。スクリーンの手前には紙ふうせんのふたり、そして後藤さんの大学、クラブの後輩であるすぎたじゅんじさん(ギター&コーラス)とわれらが浦野さん(ウッドベース)が左右を固める。
 スクリーン裏には、上手にエレキギター、エレキベース、パーカッション、ドラムスの男たちの一団(第2部からここにすぎたさんも加わる)。下手にはピアノの今出さんを中心に第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのストリングスカルテットにフルート、クラリネット(ピッコロ)の二人が加わった女性グループ(ちなみに第1ヴァイオリンは前回のリサイタル、クリスマスコンサートでいい音を聴かせてくれた僕お気に入りの長井昭子さん)。唯一男性の今出さん、まるで女子(音楽)大の講師のようで実に気持ちよさそうだ。
 むくつけき男軍団と可憐な女性集団の対照が面白い。

  円山川舟唄/いかつり唄/糸引き唄

 スクリーンに揺れる川面が映しだされ、やさしくストリングスが鳴り響いて「円山川舟歌」が始まった。
 昔FM東京(現TOKYO FM)の、深町純氏がパーソナリティーを担当する音楽番組で紙ふうせんがどのように伝承歌を採譜しアレンジし発表するのかというドキュメントを扱ったことがある。
 地方のお年寄りが歌う民謡を録音し、話を伺う。それらを持ち帰って編曲作業。最後に聴衆を集めたスタジオで披露する内容だった。その時取り上げられた曲が「円山川舟歌」ではなかったかと記憶する。CBSソニー時代シングルとしてリリースされたが、僕はキングの〈芸術祭参加作品〉アルバム「リターン ふるさとの唄をたずねて」に収録されている曲のアレンジが好きだった。

 続いて神奈川の湘南地方(今回、初めて藤沢が発祥だと知った)で採譜したという「いかつり唄」。珍しく冒頭でカリンバが使用されている。昔に比べて後藤さんの声も太く逞しくなったので漁師の世界にぴったりはまる。浦野さんのウッドベースの音色にうっとり。

 「糸引き唄」を生で聴くのは初めてだ。もう5、6年前になるが、台風に直撃されて新幹線がストップし、会場のサンケイホールに到着したのがラスト30分という秋のコンサートがあった。この時、最初のコーナーでは紙ふうせんと浦野さんだけによる初期の名曲が披露され、その中の1曲が「糸引き唄」だった。デビュー当時「ミュージックフェア」に出演した際歌ったようなないような……。後藤さんのギターテクニックと平山さんの声が冴え渡る珠玉の1曲。

  太地綾踊唄/もうっこ

 まず平山さんの朗読があった。津村陽の時代小説の一説。捕鯨に命を賭ける男の物語。イントロが始まって思わず「やった!」と叫びそうになった。まさか「太地綾踊唄」が生で聴けるなんて! 前述の「リターン」に収録されている雄大かつ荘厳なイメージの男唄。「いかつり唄」同様後藤さんのヴォーカルが見事にはまっていた。アルバムの中で一番気に入っている和歌山県東牟婁郡の伝承歌なのだから。

 恥ずかしいことに、歌詞にでてくる〈キヌタ〉という言葉、〈綾踊り〉の語感から、そんなことはないと思いながらも、僕は世田谷は砧の、江戸時代の農村地帯を思い描き、田植え唄として認識していたところがある。歌詞に鯨という言葉もでてくるにもかかわらずに、自分のイメージを先行させて聴く耳なんて持っていなかった。そういう意味からも、歌う前の朗読がとても効果的だったことがわかる。

 ちなみにネットで〈綾踊り〉の意味を調べたら、次のようにでていた。
 古式捕鯨の盛んであった江戸時代、鯨を捕獲するとそれを祝い、港の中をこぎ回る持双船(2隻の船に板を渡したもの)の上で勇壮に踊った独特な座踊りで、綾棒をモリに見立て鯨を突き捕る様を踊りにしたもの。

 「太地綾踊唄」を歌い終わり、後藤さんが次の曲の紹介を始めた。〈津軽〉の言葉が発せられた時、これまた拳を握り締めた。
 「もうっこ」は赤い鳥時代にレパートリーにしていたもので「スタジオライブ」と「ミリオンピープル」で聴くことができる。特に「ミリオンピープル」の、約20分かけて民謡とジャズとフュージョン、プログレを一体化させたセッションは圧巻だった。平山さんの声に圧倒され、演奏に打ちのめされた。赤い鳥コンプリートBOXの中でも一番聴いているのはこの曲なのだ。渡辺貞夫氏のサックスは無理にしても、あの音が再現されたのである。このためにパーカッションを入れたのだろうか。感激。とにかく平山さんが歌い終わったとき、「ブラボー」と叫びながら立ち上がって拍手したい心境だった。

  PP&Mメドレー(レモンツリー/If I were free/パフ/天使のハンマー)

 伝承歌特集といっても、「冬が来る前に」以降の楽曲目当てに来たお客さんのことを考えて、ステージはそれまでのしっとり調から転調する。お馴染みのPP&Mメドレー。PP&Mはアメリカの古くからの歌(民謡)を取りあげて歌っている。だから伝承歌の一種として認識してこの特集で歌ってみたと平山さんは説明する。

  竹田の子守唄

 特集の最後を飾るのはやはりこの曲。今回は「サンジュアム」版の、歌詞を一番追加したもの。何度も書くが、もう赤い鳥の「竹田の子守唄」ではない。紙ふうせんの「竹田の子守唄」である。確かに五声が二声(すぎたさんが入っているから三声か)になって、ハーモニーの点では寂しいかもしれないが、「この在所越えて」のフレーズでは必ず背筋がぴんとなってしまう。ふたりの声(言葉とメロディ)がズシンとこちらの魂に響く瞬間だ。


 【第2部】

  ささぶね/まつり/夜店のうた

 15分の休憩後、紙ふうせんのテーマソングといってもいい「ささぶね」から第2部が始まった。
 続いて本日のメインイベント紙ふうせん秘蔵写真大公開! 平山さんの2歳の頃写真から始まって、高校時代のセーラー服姿。尼崎北高校ってセーラー服なんだ、珍しいなあなんて思っていると、同じ写真の引きの構図になって画面左に学生服姿の後藤さんの姿が。高校3年の文化祭で「幼なじみ」の歌を、寸劇を交えて校庭で披露している時のスナップだとか。平山さんはこの寸劇用に中学時代のセーラー服を着用していたとのこと。1960年代の良き時代。かつて一世を風靡した「青春とは何だ」から始まる日本テレビの「青春」シリーズの一場面みたいな雰囲気だ。
 「まつり」では花火のイメージ映像が郷愁を誘う。
 そして「夜店のうた」では結婚式、家族3人のスナップ、レコーディング風景、海外録音等々紙ふうせんが歩んできた仕事と家庭の、30年の歴史を綴っていく。

  時の流れ

 スクリーンがなくなり、ステージの奥行きが広がった。バックミュージシャンの顔がはっきり見える。第2部後半開始といった感じだ。その最初の曲が「時の流れ」。東芝EMI時代のセカンドアルバム「愛と自由と」に収録されているフォルクローレで、最近リリースされた2枚組ベストにも入っている。これまた僕の大好きな曲だ。アルバムではふたりの多重録音されたハーモニー、コーラスに毎回心が洗われるのだが、ステージでは無理な話。ところがすぎたさんの声が加わることで、かなり厚みがでてくるのでびっくりした。

 「ささぶね」は残念ながら2枚組ベストに収録されなかったが、「まつり」「夜店のうた」「時の流れ」は、この順番で並んでいて、実は新アルバムの中でこの3曲を聴くことが一番多い。
 第1部の伝承歌といい、まるで僕の好みに合わせてくれたような選曲。その思いが「時の流れ」で最高潮に達した。もう何もいうことはない。後はもうどうにでもしてくださいってな感じ。

  街を走りぬけて/ルート43/砂に書いたラブレター/霧に濡れても/ホーハイホー
  あなたの風になりたい/虹/翼をください/冬が来る前に/船が帰ってくる/紙風船

 以降、日頃のコンサートでお馴染みのナンバーが続き、あらかじめ用意されたアンコール曲はラストソングとして定番化した「船が帰ってくる」「紙風船」で幕を閉じた。

 紙ふうせんにとって30周年はあくまでも通過点でしかないだろう。しかしこの通過点は今後の活動を方向付ける意味で非常に重要だ。以前活動は60歳くらいまでかなあと言っていた後藤さんから60歳を過ぎても、歌えなくなるまでコンビを続けると力強い宣言がなされた。
 紙ふうせんの世界を守りながら、後藤さんにはライブハウスでのソロライブでフォークを追及してもらいたいし、平山さんには大ホールで究極のアリアを聞かせてもらいたい。
     △




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
私家本「僕たちの赤い鳥ものがたり」
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」

神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。遊びにきてください。

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