今週、7月3日(金)にブロードウェイ・ミュージカル「ジャージー・ボーイズ」(東急シアターオープ)を観劇する。

 クリント・イーストウッド監督の映画「ジャージー・ボーイズ」は劇場で3回観た。それも一週間に3回。こんなこと生まれて初めてだった。まあ、MOVIXの会員カードが昨年の春にリニューアルされて、丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーも対象になったことも大きい。観賞するたびに1,300円クーポンが配付される。つまり、いつでも1,300円で映画が観られるってわけ。

 本国アメリカでは、イーストウッド監督の「ジャージー・ボーイズ」に対する評価はそれほど高くないらしい。映画の良いところはすべてミュージカルでやっているとのこと。
 本当にそうなのか? 個人的にはイーストウッド監督はミュージカルの舞台版をきちんと音楽映画に変換していると思っている。果たして映画は舞台と同じものなのか、否か。そこををきちんと確認したい。

 ブロードウェイ・ミュージカル「ジャージー・ボーイズ」の日本公演を知ってからというもの、チケット予約開始を首を長くして待っていた。初日に電話した。一番安い(それでも税込9,000円)B席。3階席の前から2列め真ん中あたり。
 今日、しまってあったチケットを取り出してみたら、宛名が新井景介になっていた。申し込んだとき、名前を訊かれて「拝啓の啓」と言ったのに! どうして啓が景になるわけ? 
「あっ、そうか」
 背景の景と聞き違えたのか。

 とにかく、当日はオペラグラス持参で東急シアターオーブへGO!


 ブロードウェイ・ミュージカルといえば、オフブロードウェイの「Hedwig & The Angry inch」の日本公演は実現しないものか。映画にハマってサントラCDを聴きまくった。それだけでは飽き足らなくて、舞台版のCDも購入。以来、オリジナルキャストの公演を生で観たいと願っているのだ。
 7年前に日本人キャストによる舞台を観賞した。

     ◇

2007/04/07

 「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」(東京厚生年金会館ホール)

 オフ・ブロードウェイの大ヒットミュージカルを映画化した「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」にハマったのはもう5年も前になる。サウンドトラック(CD)を買って、毎晩聴いていたものだ。
 いつしか生の舞台に興味が移っていた。本当なら、映画でも脚本、監督、主演したジョン・キャメロン・ミッチェルのオリジナルを観たいが無理な話。

 日本では三上博史がヘドウィグに扮した舞台が話題を呼んだ。結局チケット予約が面倒なのでパスしてしまってウン年。今回キャストが山本耕史に代わって新宿の厚生年金ホールで上演されると知ってあわてて予約した。
 最近、東京は別の小屋で上演され、その後地方を回り、厚生年金ホールが最後の公演だと知った。だから2日間だけの上演、そしてFINALなのか。

 実際の舞台は「Hedwig & The Angry inch」のライブそのものという設定なのだった。近隣の大ホールでは、自分を裏切ってスター街道ばく進中のトミーのコンサートが開催されていて、ライブハウスのドア(ステージ上手ソデ)を開けると歓声が聞こえてくる。
 そんな状況でヘドウィグは自身のバンドのライブを敢行し、曲の合間に自分の過去を語ってゆくという構成。

 当然、舞台はバンドメンバーしか登場しない。芝居部分といえば、ほとんどヘドウィグのMCなのだが、話にでてくる母や恋人等、コーラス担当のイツハク(中村中)が代役することもある。ヘドウィグの一人芝居、あるいはイツハクとの二人芝居といった感じだ。
 その他はギター2名、ベース、キーボード、ドラムスの編成。

 ロックを子守唄にして東ドイツで生まれ育った、同性愛者のヘドウィグがアメリカ兵と恋に落ち結婚、渡米前に性転換手術を受けるものの、失敗して股間に1インチの突起物を残す。
 渡米後あっけなくアメリカ兵に捨てられてから知り合うのがロックシンガー志望の高校生トミー。トミーにほれ込み、惜しみなく愛を注ぎながらロックの真髄を教えて込むが、ある日楽曲のすべてを盗んで逃走。プロデビューしてあっというまに人気アーティストを階段を昇っていく。トミーの裏切りを許せないヘドウィグは自身のバンド〈The Angry inch〉を率いて、トミーのツアーを追いかけていく。
 そんなストーカー的ドサまわりのある日、ある場所のライブを再現したのがロックミュージカル「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」なのである。(しかし、そうなると厚生年金ホールは広すぎるか)

 映画を観ているので、バックボーンがわかるのだが、果たして初めてこのミュージカルを観た人が内容まで理解できたどうか。
 でもまあ、そんなことはどうでもよい。Hedwig & The Angry inchのライブにノレるかどうか。そこが肝心なのだから。

 1時間45分のライブは予想以上の出来。もう最初から最後までノリノリだった。バックは、その道のプロを揃えればそれなりの演奏はお手のものだろう。感激したのは山本耕史のヴォーカルだ。それも日本語訳詩ではない。すべて原曲の英語のまんま。これがうまいのだ。発音、歌唱、すべてにおいて及第点以上。ちゃんとロックしていた。ライブとしてはほぼ完璧。山本耕史について何も知らなければ本業も歌手だと思っていただろう。芝居の方は本家に比べて猥雑さが欠けていたけれど。

 オープニングの「TEAR ME DOWN」で客が立ち上がったのにはまいった。こちとらもう若くないんだ。座って鑑賞したいのに、舞台が全然見えない。これがずっとラストまで続くのかと少々ゲンナリしたら、曲が終わるとちゃんと着席。一安心。ならばと「Angry Inch」は立ち上がり、「Wig in the Box」では「皆さん、ご一緒に」の掛け声から一緒にうたった。

 新人歌手の、どちらから読んでも中村中のイツハクもいい。実際は中と書いて〈あたる〉と読む。ハーモニーがきれいだった。ずっと「パイレーツ・オブ・カリビアン」のジョニー・デップみたいなむさい男の格好をしていて、ラストで白いドレスの女性に変身する。この落差がたまらない。
 女性で中という名前も珍しいと思っていたら、なんとこの方、最近性同一性障害をカミングアウトした男なのだった!

 大満足。7,500円の価値は大いにあった。
 次はもう少し小さな小屋でもう一度観てみたい。


【追記】

 なりやまない拍手で2度(3度?)舞台に登場した山本耕史。設定が設定なのだから、バンドメンバーを引き連れて何か1曲うたうべきだろう。

     ◇

2002/03/13

 「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」(渋谷 シネマライズ)  

 オフブロードウェイでロングランを続けたミュージカルの映画化だという。  

 東ドイツに住む、ロックを子守唄がわりにして育った同性愛者の主人公(ヘドウィグ)がアメリカ兵に見初められて結婚、渡米前に性転換手術するが失敗し、アメリカに着いたとたん捨てられる。
 やがてベルリンの壁が崩壊。彼女(?)はベビーシッターのアルバイト先で知り合ったロックシンガー志望の17歳の高校生・トミーと意気投合。彼をロックシンガーにするべく、自分の持てるすべての愛を注ぎ、ロックの真髄を教え込む。自分の運命を赤裸々に綴った歌作りの日々。ところがある日トミーがヘドウィグの楽曲を盗んで遁走。プロデビューして、あっというまに人気アーティストになってしまった。
 トミーを許せないヘドウィグは自分のバンドを率いて、彼のツアーを追いかけるストーカー的ドサ回りの旅にでる。  

 タイトルの〈アングリーインチ〉とは性転換に失敗したヘドウィッグの股間に残ったわずかな突起物を指している(怒りの1インチ)と同時に、そのままバンド名にもなっているというわけ。  
 トミーのコンサートが開催される大ホールの近くにあるレストランやパブでのライブ。そこで一部のお客の不快感など省みず、ハデハデゴテゴテ、奇抜な衣装で自分の数奇な運命を歌い上げ、トミーの不正を弾劾する。    

 ヘドウィグのこれまでの半生(ロックシンガーになるまでの軌跡)を描く方法が巧い。まずライブで、ヘドウィグ自身が歌で語る。時に当時の映像がインサートされ、やがて歌と映像がシンクロし、いつしかミュージカル特有の時間と場所を超越した世界に突入していく。個人的なミュージカルで一番気になる部分、芝居から歌のシーンに転換するところがごく自然に受け入れられた。
 ロックバンドがフィーチャーされたミュージカルに一番期待したのがここなのである。
 とにかくライブシーン、ミュージカルシーンが楽しい。「Origin of Love」のヘタウマアニメのインサートが効果的。
 また「はい皆さん、ご一緒に」とヘドウィグの掛け声とともに「Wig in the Box」の歌詞がインポーズされて、映画がカラオケ映像になるなんて、コロンブスの卵的新鮮さでカラオケ好きにはたまらない。心が躍った。もう一度カラオケシーンがあったらぜったい声出して身体を揺らして歌っていただろう。最高!

 脚本・監督・主演のジョン・キャメロン・ミッチェルはその気があるのかないのか。まあ、そんなことはどうでもいいけれど、女装姿が見事に決まっていた。ハデハデなステージ衣装以外の、カジュアルな格好の時に見せる足の形(細さ)だとか肩のあたりの曲線だとか、ホント女なのだ。
 トミーとの蜜月時代に、ドアのところでくちづけを交わすシーンがある。このときヘドウィグの全身から醸し出す雰囲気がとてもナチュラル。痺れました。1インチぐらいの突起なんかゆるしてしまいたくなる。小さな胸のふくらみが始終気になって気になって……

 この映画、映画本来の楽しみとは別にソックリさん大会の趣きもあります。
 ヘドウィグはある時は〈狩人〉のお兄さん、またある時は京唄子、黒柳徹子(あくまでもヘアスタイルが)、ファラ・フォーセット……、トミー(マイケル・ピット)はどうみたってディカプリオでしょう。バンドのメンバーでヘドウィグの現在の夫・イツハク(ミリアム・ショア)はジョニー大倉かケミストリーの野人みたいな方(名前知りません)、なんて。
 このイツハク、髭面ではあるけれど、一目見た時から、声を聞いたらなおさら女性だとわかる。役もヘドウィグの目を盗んで彼女のかつらをそっとかぶってうっとりしたりする、ちょっと屈折した、わけありの性格の御仁。それからはいつヘドウィグを凌駕するような美貌の女性に大変身してくれるのか、胸わくわくものだったのだが、そういう展開にはなりませんでした。(ラスト近く、ステージから客席にジャンプし、変身した女性は本人なのかな? 僕にはそう見えなかったのだけれど。)

 冗談はさておき。
 劇場を出るときエンディングロール曲を口ずさんでいた。これは昔からの観た映画がたまらなく素敵だった証拠である(ラストの不可解さは別にどうでもいいことだと思う)。
 もう一度観たい。いやその前にサントラ買って、ナンバーをソラで歌えるように練習しておこうか。




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 昨日、28日(日)が篠原演芸場におけるスーパー兄弟公演の千秋楽。ということに前日(27日)気がついた。
 先月の「見る会☆囲む会」で篠原演芸場へ一度足を運ぶと宣言していながら、その機会がなかった。K氏は6月になってすぐ平日に行くというのでつきあえなかったのである。

 とにかく篠原劇場を見ておきたい。午前中、10時半すぎに家を出た。
 場所は埼京線の十条駅から徒歩数分とのことだったが、京浜東北線の東十条駅からも近いのだ。これなら定期券で行ける。東十条駅を降りたのは生まれて初めてだ。改札を出て商店街を歩いていくと、あった。12時30分の昼の部までにはまだ1時間ある。何度か劇場前を通り過ぎる。中に入る勇気がなくて(年配の女性客に圧倒されて)、東十条の街を散策したあと川口駅にむかった。

 午後、MOVIX川口で「海街diary」鑑賞。

          * * *

2015/05/02

 「消されたマンガ」(赤田祐一・ばるぼら/鉄人社)

 さまざまな問題から、現在では単行本に収録されていないマンガ(のエピソード)を取り上げた1冊。藤子不二雄(藤子不二雄A)に「狂人軍」という作品があることを初めて知った。それも少年チャンピオン連載だ。「チャンピオンマンガ科(まんが道)」の前に連載していたのか。泉晶之の「かっこいいスキヤキ」がCM等で話題になったウルトラマンパロディーの先駆だったとは。


2015/05/05

 「ペテン師と天才 佐村河内事件の全貌」(神山典士/文藝春秋)

 この事件は、まさに〈事実は小説より奇なり〉であった。旧石器捏造事件のときもそう思った。
 NHKスペシャルは事件が発覚してからYouTubeで前半だけ観たことがある。演技過剰が鼻についた。たとえ事件発覚前に観たとしても、胡散臭さは気になったと思う。こういう人をかつて見たことがある。三浦和義だ。銃で撃たれた妻をヘリコプターに乗せて運ぶときの、カメラを意識した言動……。
 決して才能がないわけではない。音楽プロデューサーの道があったと思うのだが、やはり自分が主役でないと気がすまないのか。

 表紙は例の記者会見の一コマ。佐村河内が主役の写真だ。ある疑問が頭をかすめた。佐村河内の肖像権は? 表紙に使われることを承諾したのか。社会的事件の場合は関係ないのかも。


2015/05/07

 「トキワ荘の時代 寺田ヒロオのまんが道」(梶井純/筑摩書房)

 トキワ荘の住人としていつも脇役に甘んじていた寺田ヒロオにスポットを当てた労作。漫画家をやめようとした赤塚不二夫を励ましお金を貸してくれた挿話は有名だが、おそ松くんが大人気になるとあんなマンガはやめさせろと担当編集者に愚痴った件は本当だったのか、この件について何か書かれているのではと期待したのだが何もなし。筆を折る要因の一つが「おそ松くん」だったのか否か。「サンデーとマガジン 創刊と死闘の15年」に書かれていたことの裏がとれると思っていたのだが。ちょっと残念。

 著者の漢字の使用法が一種独特だった。司馬遼太郎に通じるものがある。いや、司馬遼太郎よりひらがなを多用しているかもしれない。読みづらいこともしばしばだった。


2015/05/11

 「ネオンサインと月光仮面 宣弘社・小林俊雄の仕事」(佐々木守/筑摩書房)

 以前、岩佐陽一「昭和特撮大全 蘇る伝説のヒーローたち」(三才ブックス)を読んだときに、「内容が薄っぺらい」と批判し〈川内康範と月光仮面〉あるいは〈宣弘社とテレビ映画〉をテーマにして全体を構成した方が面白いのに、と書いた。本書はまさに〈宣弘社とテレビ映画〉をテーマにしている。さすが、佐々木守。やることが早い。宣光社は広告代理店であり、実際のテレビ映画の制作は宣光社プロダクション。宣光社は第一期ウルトラシリーズの代理店でもあった。


2015/05/13

 「アニメ・特撮 ヒーロー誕生のとき」(藤川桂介/ネスコ・文藝春秋)

 藤川桂介というとTVアニメの大家というイメージがある。辻真先、雪室俊一に続」くシナリオライターというような。アニメだけでなく特撮ヒーローものも書いている。「ウルトラセブン/セブン暗殺計画 前後編」が思い浮かぶ。アニメだと「マジンガーZ」「宇宙戦艦ヤマト」が代表作になるのだろうか。
 とにかく「ウルトラマン」「宇宙戦艦ヤマト」から「六神合体ゴッドマーズ」までが語られる。

 思い違いがある。
 「マイティ・ジャック」は最初大人向けの1時間ドラマとして制作されフジテレビで放映されていたが、視聴率が悪くて1クールで終了し、子ども向け30分番組「戦え!マイティ・ジャック」になってTBSで放送された、とあるが、そんなバカな。子ども向けになってもちゃんとフジテレビで放送されている。
 ピープロは自宅のスタジオを使用しているが円谷プロと比較して貧弱みたいなことを書いているが、これだと円谷プロが自前のスタジオを所有しているかのような印象を受けてしまう。あくまでも貸スタジオだから。
 「ミラーマン」とは相性が悪かったとあるが、肝心のその理由が書かれていない。
 編集者は何している!

 それから、天下の作家さんに対して言うのも気が引けるが文章が……以下自粛。


2015/05/15

 「女優で観るか、監督で追うか 本音を申せば」(小林信彦/文藝春秋)

 シリーズ17弾。
 週刊誌に長期連載しているエッセイ(コラム)を毎年本にする場合、担当編集者はどのように書名を考えるのか。小林信彦ファン、あるいは連載エッセイ(コラム)ファンだけを対象にするのなら簡単だ。書名なんてなんだっていい。早い話、本音を申せば+ナンバーで良い。しかし、ファン以外の読者を考慮するとなると、いろいろ頭が痛いだろう。
 昨年の『「あまちゃん」はなぜ面白かったか?』のAmazonに寄せられた批評に笑ってしまった。書名に惹かれて読んだら、あまちゃん関連の文章なんてほとんどないというもの。確かに書名だけで選べればそうだろう。連載を読んでいる者には違和感はないのだが。
 書名を「B型の品格」にしたときもその手のファンが注目して売れたのではないか。その代り、上のような批判も多かったと思う。だから文庫化に際して「女優はB型」に改題した。
 「気になる日本語」は文庫化で「伸びる女優、消える女優」に改題された。今回の書名は女優シリーズの一つといってもいいだろう。

 週刊文春を愛読するようになったとき(大学時代)、この見開き2ページのエッセイ担当者は、向田邦子、田辺聖子、野坂昭如の3人だった。時は流れて、林真理子、椎名誠、小林信彦、高島俊男となり、今は林真理子と小林信彦のほかに誰なのか。もう愛読していないのでわからない。


2015/05/19

 「雀蜂」(貴志祐介/角川文庫)

 久しぶりのホラーということで、書店で見かけたときは興味津々だったがいつしか忘れてしまっていた。図書館で借りて読み始めたのだが、なぜか心がはずまない。貴志作品の場合、いつもはすぐに作品世界に引き込まれるのに。何の事前情報など仕入れていないにもかかわらず、ドンデン返しを含めて十分予想がつくストーリー。それでもこちらをワクワクさせてくれる展開なら文句はないが、まるで昔の折原一みたいで、なぜ書かれたのか理解できない。、


2015/05/20

 「COMの青春 知られざる手塚治虫」(秋山満/平凡社)

 「まぐま」に寄稿する「手塚治虫本を読む」執筆のため再読。


2015/05/22

 「夫・手塚治虫とともに 木漏れ日に生きる」(手塚悦子/講談社)

 再読。文庫化の際に「手塚治虫の知られざる天才人生」と改題。なぜ?


2015/05/25

 「オサムシに伝えて」(手塚るみ子/太田出版)

 再読。光文社文庫に入った。


2015/05/25

 「ボクの手塚治虫せんせい」(古谷三敏/双葉社)

 著者はフジオ・プロ出身という印象が強いのだが、その前は手塚治虫のアシスタントだったのだ。アシスタントから見た若かりしころの手塚治虫は興味深いのだが、いかんせんボリュームがなさすぎる。月刊誌「アクションzero」が休刊したため連載されたエピソード9編+描き下ろし1編、計10編をまとめて1冊にしているのだが、本にするのならあと10編ほど描き下ろしが必要だったのではないか? 


2015/05/28

 「日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ 手塚治虫と6人」(平田昭吾・根本啓助 会津漫画研究会)

 6人とは海野十三、小松崎茂、山川惣治、永松健夫、杉浦茂、横井福次郎。
 読むというより、写真や絵、漫画をながめていた。

 
2015/05/28

 「虫プロ興亡記 安仁明太の青春」(山本暎一/新潮社)

 再読。装丁を含めて大好き。できればノンフィクションで書いてほしかった。初読のとき〈安仁明太〉という名前にがっかりした覚えがある。マンガじゃないんだから。主人公の私生活描写以外は正確を期したとあるからよけいにそう思う。
 「鉄腕アトム」の制作費について、まあまあの数字まで値上げしてもらったとの記述あり。

  
2015/05/30

 「まんがのカンヅメ 手塚治虫とトキワ荘の仲間たち」(丸山昭/ほるぷ出版)

 再読。編集者から見た手塚治虫回想録の最初の本かもしれない。丸さんといえば個人的には石森章太郎との結びつきが強いイメージがある。「トキワ荘実録 手塚治虫と漫画家たちの青春」と改題されて小学館文庫に入った。




 昨日は神保町のブックカフェ二十世紀にて「編集よもやま話・暮らしの手帖で学んだ40年」。元「暮らしの手帖」副編集長、二井さんが出版業界関係者をゲストに迎えておしゃべりする第1回。二次会に参加したので帰宅は午前様だった。

 前日の25日(木)は「スター・ウォーズ展」へ。
 もっと早く行こうと思っていたのだが、6月は思いのほか散財が激しく、給料日まで待っていたのである。すごい人気で混雑しているとのことなので、土日は回避。となると、25日しか空きがなかった。

 勘違いしていたことがある。六本木ヒルズの展覧会ということで、会場は森アーツセンターギャラリーだとばかり思っていたのだ。行ってみたら、そちらは「NARUTO展」を開催。同じ52階でも「スター・ウォーズ展」は東京シティービューの方だった。展望台とセットになった催しなのである。
 平日の夜ということでそれほど混雑しないだろうと予想していたが、チケット購入時で長い列ができていた。待つこと30分。もううんざりだ。

 年齢層はけっこう若く、SWといったらエピソード1~3を指す世代ばかりだったような気がする。小学生や中学生のときに観たというような人たちか。なにしろ「エピソード3 シスの復讐」の公開が一昔前になるのだ。今のVFX全盛時代に「スター・ウォーズ」の1作め(後に「エピソード4  新たなる希望」の副題がつく)の特撮(SFX)がいかに衝撃的だったかを語っても理解できないだろう。

 展覧会そのものは期待していたほどのボリュームがなく、1.800円の価値があるかどうか。まあ、誰かと一緒に来ていたら、SWの思い出話で盛り上げれるので、印象も違ったかも。
 購入したチケットはもうひとつの展覧会「シンプルなかたち展」にも行けて、二つの展覧会でトントンって感じ。

 ルーカス・フィルムがディズニーに売却されたというニュースに「なぜ?」の思いがあったが、SWの新シリーズに着手と知って快哉を叫んだ。当初の計画どおり9部作にならなければ意味がないのだから。
 そこらへんの思いを「エピソード2 クローンの逆襲」や「エピソード3 シスの復讐」のレビューに綴っている。

     ◇

1999/07/14

 「スターウォーズ エピソード1 ファントムメナス」(日本劇場)

 ついに観たぞ! スターウォーズ最新作。1作目が日本で公開されてから21年目に新シリーズが観られるなんて思っていなかった。まさしくサーガ。
 アメリカ公開直後の批評が賛否両論なんで、少々心配だったが全くの杞憂だった。
 一番うれしかったのは海底王国が登場したこと。SWでは砂漠、「帝国の逆襲」では氷の惑星、「ジェダイの復讐」ではジャングルや森の惑星が舞台になっていたから、次のシリーズでは水や炎の惑星が描かれるにちがいないと勝手に想像していたのだ。

 この20年の技術の進化はすさまじい。主要キャラクターの一人がCGで描かれているのには驚きだ。全編目を瞠る映像の連続ではあるが、哀しいかな、前シリーズの時のような「この画はどうやって撮影したのだろう」というドキドキ感、わくわく感はなかった。すべて「CG、デジタル合成」の合い言葉で納得してしまうのだ。本作の賛否両論ってたぶんにこんなところにあるのではないだろうか。
 ポッドレースは「ジェダイの復讐」のスピーダバイクに優るとも劣らない血沸き肉踊るシークエンスだ。

 アナキンと母親との別れ、その時母親が言う「運命は変えられない。夕陽を止められないように」は「帝国の逆襲」ハン・ソロとオーガナ姫の「I Love you」「I know」に次ぐ名台詞。

     ◇

2002/07/13

 「スター・ウォーズ エピソード2 クローンの逆襲」(日比谷スカラ座)  

 「スター・ウォーズ」新三部作は第2期ウルトラマンシリーズみたいな印象がある。  
 「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の放映が続いた第1期(昭和40年代初期)は円谷プロの独壇場だった。円谷=一流、他の制作プロ=二流という認識を子ども心に持っていた。ところが一度怪獣ブームが終焉、40年代半ばになって、ブームが再来すると円谷プロは「帰ってきたウルトラマン」でその先陣を切るが他の制作プロが参入してまたたくまに特撮ヒーローものが乱立した。円谷プロ自体複数の特撮番組を手がけることもあり、もはや内容的にも技術的にもウルトラマン(シリーズ)が特別な存在でなくなってしまった。  

 同じことが「スター・ウォーズ」にも言えるのではないか。  
 旧三部作の頃、1970年代後期から80年代にかけて「スター・ウォーズ」の特撮は他の特撮(を売りにした)映画とまさしく一線を画していた。何より「帝国の逆襲」をテアトル東京のスクリーンで観た時の興奮は忘れられない。氷の惑星ホスにおける帝国軍と反乱軍の戦いの迫力には度肝を抜かれた。ブルーバック合成の場合、バックが黒の方が合成のアラが見えない。だから1作めの宇宙のバトルシーンはすごいことはすごいけれど、それ以上の感慨はなかった。ところが「帝国の逆襲」は雪原が舞台なのだ。バックが白。そこに合成の宇宙船が飛ぶわ、ストップモーション撮影の巨大な4つ足戦闘機が動き回るわ、斬新なビジュアルが展開されるのだ。  
 「ジェダイの復讐」でも森林の中を疾走するスピーダーバイクや密閉した空間を飛行するミレニアムファルコン等、ビジュアルに圧倒されっぱなしだった。いったいどうやって撮影するのか、考えるだけで楽しかった。  

 旧三部作終了後、「スター・ウォーズ」シリーズの特撮を担当したルーカス率いる特撮工房ILMはさまざまな映画でその威力を発揮する。また他の特撮工房もさまざまなSFXを見せてくれるようになった。  
 90年代になるとCG技術が発達して、それまで実際に撮影不可能なシーンのビジュアルワークはほとんどCGIで可能になってしまった。もうリアルに塗装されたミニチュアもコンピュータ制御されたカメラも、ストップモーションもゴーモーションも必要なくなった。そういう映像に慣れてしまった感がある。  
 3年前「エピソード1 ファントムメナス」が公開された時は十数年ぶりのシリーズ再開に歓喜したものの、驚異の映像にはそれほどの興奮はなかった。「すべてCGじゃん、デジタル合成じゃん」。この一言で納得できてしまうのだ。巧く出来ていて当たり前。パンフレットで、あるいは関連ムック等でビハインド・ザ・シーンの記事を読みながら、特殊撮影のあれこれを想像する楽しみがなくなった。  

 賛否両論だった前作、僕は大いに楽しんだつもりだったが、ビデオになってからなぜかもう一度鑑賞しようという気にはなれなかった。旧三部作は何度観たかわからないほどなのに。  
 あれから3年、お約束どおり「エピソード2 クローンの逆襲」がやってきた。予告編では目を見張るような未来都市(はるか昔の物語だけど、一応便宜上)の映像が細切れに映し出されるが、もう胸ときめくことはなかった。逆に精巧な立体アニメに実写の人間が合成されたような映像に一抹の不安を覚えた。  
 「スター・ウォーズ」の新作が公開されるからといって、旧三部作の頃や「エピソード1」の時の興奮、盛り上がりは自分の中に感じられない……。  

 とはいうものの腐っても「スター・ウォーズ」である。公開日が近づくと胸がうづいてきた。  
 いつどこで観ようかとあれこれ考えるようになって、全編デジタルカメラで撮影された作品ということもあり、初日、都内では唯一デジタル上映するスカラ座に決めたのだった。  

 当然、冒頭から飛ばしに飛ばしまくる。前作から10年後。アミダラ(ナタリー・ポートマン)暗殺を狙った謎の殺し屋。暗殺に失敗し逃げる殺し屋のエアカーと、青年に成長したアナキン(ヘイデン・クリステンセン)とオビ=ワン・ケノービ(ユアン・マクレガー)が乗るエアカーによる都市上空でのチェイスシーン。中盤敵につかまったオビ=ワン救出のため敵基地に忍び込んだアミダラとアナキンの絶対絶命の危機、コロシアムでの処刑シーン、続くジェダイ騎士とロボット軍団との戦い、クローン兵士とロボット軍団とのバトルシーン、そして待ってましたのヨーダと悪のジェダイ・マスター(クリストファー・リー)との息を呑む対決。  
 全編にみなぎるスリルとサスペンス、躍動感と疾走感。その中で青年アナキンとアミダラの禁断の恋、師匠オビ=ワンへの忠誠と反発、その葛藤を描くことによって、感情に左右されてしまうアナキンの精神面の脆さを押し出し、やがて〈フォースの暗黒面〉に落ちてダースベーダーになってしまう悲劇への布石をはる。
 アナキンが見せる心の揺れ、そこに初めてダースベーダ-のテーマが流れる心憎い演出にしびれた。  

 「スター・ウォーズ」シリーズは作品ごとに前作を超える驚異のビジュアル体験をさせてくれる。今回は「これ!」と言えるものがなかったが、強いて言えば前半の未来都市のディティール描写だろうか。芝居とは関係ないバックを見ているだけでもかなり楽しい。  
 ただしこの前半のCG映像のラッシュに知らぬ間に息苦しさを感じていたことを、後半で知った。  
 アミダラとアナキンが惑星ヤプーでふたりだけの時を過ごすシークエンスがあるのだが、森と湖の美しい自然はたぶんロケーションによる撮影で、その最初のシーンはまったく合成等の特殊効果を施していない(と思う)。この映像を見て、ふと心休まるのを感じたのだ。  
 旧三部作も合成ばかりのシーンが多かったが、こういう感覚にはならなかった。ミニチュアにしろ何にしろちゃんと被写体が実体としてあったからだろうか。  

 ブルーバックでの一人芝居が増えただろう役者陣に目を向けてみる。  
 何と言っても髭面のオビ=ワンがたまらなく素敵だった。第1作(エピソードⅣ 新しい希望)のアネック・ギネスに通じるものがある。ユアン・マクレガーは旧三部作におけるハリソン・フォードの役回りなんだな。  
 主役のアナキンに抜擢されたヘイデン・クリステンセンもアミダナへの想いの一直線ぶりがよくでていたと思う。ただこのアナキンと「ジェダイの復讐」のラストに登場するの父の姿がどうにも僕の中では重ならない。  
 ナタリー・ポートマンの凛々しさは、ちゃんと娘のオーガナ姫に引き継がれている。美しさという点では母親の方が勝っているけれど。  
 思うに息子のルークって母親似なのだろう。父親に似ていたらもう少し背が高かっただろうし、感情に左右されて〈フォースの暗黒面〉に落ちてしまっていたに違いない。  
 クライマックスのヨーダの活躍はずっと待ち望んでいたものだ。これまでジェダイ・マスターとしてたまにフォースのすごさをみせつけるものの、後は口先ばかりのおじいさんという印象だった。本当にヨーダってすごいジェダイなのかという疑問がなかったわけではないのであの活躍には「待ってました!」とスクリーンに向って叫びたくなった。これはCGが発達したおかげであり、だからむやみにCGを否定できない。  
 敵役クリストファー・リーは完全に「ロード・オブ・ザ・リング」の悪の魔法使いとキャラクターがかぶってしまう。  
 「エピソード1」のラストを飾る雄大な音楽もよかったが、今回「エピソード2」の新スコアの物悲しさも印象深い。エンディングロールで聞き惚れていた。  

 なにはともあれ残すは後1作のみとなった。  
 それを思うと憂鬱になる。アナキンは結局自分の感情に押し流され、ダースベーダ-になってしまう。共和国は崩壊し、帝国が銀河連邦を支配する。つまりバッドエンドがわかりきっている。すがすがしい気持ちでラストをむかえることができない映画を待ちわびることになるのである。  
 最初ジョージ・ルーカスはスター・ウォーズ・サーガは12作になると余裕でインタビューに答えていたではないか(後に9部作に訂正)。僕としてはルークの次世代を描く3部作を入れて9部作として完結してもらいたいと思っている。今なら、中年になったマーク・ハミルやキャリー・フィッシャーに登場してもらうことだってできるのに。  
 だいたい6作というのも切りが悪い。せめてもう1作、大団円のラストで締めくくるものを入れて全7作にしてもらえないものか……。

     ◇

2005/08/20

 「スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐」(日劇FLEX)

 1978年の夏、米国の公開から遅れること1年、やっと日本で「スター・ウォーズ」がロードショーされた。僕は大学受験に失敗し、友人と相談して上京、アパート暮らしをしながら予備校に通う浪人生だった。
 思えば27年前も世間の盛り上がる「スター・ウォーズ」熱とは裏腹に冷やかな態度をとっていた。もともと宇宙を舞台にしたSFモノに興味がなかったということもあったが、公開前からTVで特集が組まれ、主要なシーンをほとんど見てしまったことが要因である。
 それでも夏休みが終わってすぐ、劇場に足を運んで映像の隅々にみなぎる〈センス・オブ・ワンダー〉に喝采をおくることになるのだが。

 シリーズ最終作「エピソード3 シスの復讐」が公開された今年も同じような心境だった。前作の感想でも述べているが、本シリーズは主人公のアナキン・スカイウォーカーが悪の権化、ダースベーダーになるまでを描く物語である。
 当然「エピソード3」のラストはアナキンが皇帝の下僕・ダースベーダーとなりジェダイ騎士を皆殺しにする、銀河連邦は皇帝が君臨する帝国の支配下となる。そんな悲劇を迎える映画を諸手を挙げて歓迎できるわけがない。
「エピソード1」は公開されてすぐ、「エピソード2」も割りと早くに鑑賞したのに、今回はどうにも足が重たい。前売券も買わなかった。まあ、終了する前にちょこっとのぞければいいかと思っていたら、ひょんなことから前売券を手に入れた。それもタダで。

 偶数月の15日に北沢八幡宮で開催される「立川談四楼独演会」。そこに前座としてレギュラー出演している立川キウイさんと会の後の交流会で話す機会があった。福井晴敏原作の映画化作品3本のうち、どれが一番面白かったかというこちらの問いから始まった会話は、なぜか「SW」の話になって「どうしても『3』から『4』につながらないんですよ」。観ていないと答えると前売券を取り出して「2度観る気になれないので差し上げます」。
 券があるとすぐにでも観たくなるのが人情というものだ。

 クローン戦争は最終局面を迎えていた。悪のジェダイ・ドゥークー伯爵(クリストファー・リー)によって誘拐されたパルパティーン議長(イアン・マクディアミッド)はアナキン・スカイウォーカー(ヘイデン・クリステンセン)とオビ=ワン・ケノービ(ユアン・マクレガー)の活躍で無事救出。ドゥークーを亡き者にした。
 アナキンは今や師匠のケノービに勝るとも劣らないジェダイ騎士になっていた。にもかかわらず評議会の自分に対する評価は低く、それが不満の種。しかも、愛するパドメ(ナタリー・ポートマン)の死を暗示させる夢を見て落ち着かない。そんな若きスカイウォーカーの精神の脆さにつけこむのが、パルパティーン議長、いやシスの暗黒卿ダース・シディアス……
 パルパティーンはさまざまな甘言によってアナキンをフォースの暗黒面に誘い込む。アナキンもまたパドメを死から救えるのならと次第にパルパティーンに心を開いていく。そして……

 テイストは旧3部作の中で一番夢中になった「帝国の逆襲」の趣きがあったと思う。「帝国の逆襲」はビジュアル、ストーリーともにシリーズ中の傑作だと思っている。ラストがあからさまに3部「ジェダイの復讐」に続くという作りになっていなかったらと残念でならない。
「帝国の逆襲」の冒頭の雪原シーンに目を見張ったように、本作も冒頭約20分にわたって繰り広げられるアナキン&ケノービコンビの、敵に捉えられたパルパティーン議長救出作戦に興奮させられた。
 このバトルシーンは第1作のルークがケノービと出会って聞かされる父親の思い出話にリンクする。確かに「お前の父親は腕のいいパイロット」だったのだ。

 期待していなかったと言いながら、注目していたのは、なぜアナキンがフォースの暗黒面に堕ちたのか? ダース・ベイダーになったのか? その苦悩、葛藤を肌で感じられるかどうか、人間ドラマだった。
 フォースの暗黒面とは何ぞや? シリーズを通してフォースの暗黒面に堕ちてはならないこと、ジェダイ騎士は屈強な精神力で暗黒面への誘惑を跳ね返さなくてならないと繰り返し言われてきた。本当にそうなのか? 人間らしい感性を持っているのなら暗黒面に引きづり込まれてあたりまえではないか。それが人間なのではないか。
 転落には愛する女性の存在があった。彼女の生命を救うために考えうる決断としてフォースの暗黒面の力を借りる必要があった。その過程にこちらを納得させる理由があるのなら、新3部作にもまた存在価値が生まれると考えていたのだ。

 そんな視点でこの映画を観ると完全に裏切られる。
 確かにパドメの命を救うためにアナキンはフォースの暗黒面に魅入られる。ところがこれが全然納得いかないのである。
 パドメが死ぬ夢を見た。ならばまずすることはどうやって死ぬのかを探ることだろう。次にどうしたら死を回避できるか、考える。いろいろやることはあるはずなのに、アナキンはまったく行動に移さない。で、悩んだあげくパルパティーンの甘言に誘惑されてしまう。あまりに単純すぎはしないか。これではアナキンは単なるバカでしかない。どんなドラマが展開されるのか、そのやりとりに涙のひとつでも流れるのではないかと期待していたのに、もうがっかりだ。

 この感覚、「ジェダイの復讐」でダースベイダーがルークの父であることをあっさり肯定され、ルークとレイア姫が双子の兄妹であることを告げられた時の失望に似ている。「スター・ウォーズ」に人間ドラマを期待した僕がバカだった。
 ジェダイを裏切ったアナキンがとる行動~ジェダイ騎士予備軍の子どもたちを惨殺する行為~にわが目を疑った。
 アメリカ映画には映画に登場する子どもを殺さない不文律がある(実話や小説の映画化ではその限りではないが)。実際に殺すシーンはなかったものの、アナキンの思惑を知らずに彼のもとに子どもたちがかけよってくるショットに肝を冷やしたのだ。
 米国ではシリーズを通して初のR指定を受けたという。それはラストのケノービvsアナキンの対決後のグロさに起因するものだとは思うが、僕にはこのショットの方がよっぽどショックだった。

 肝心な部分には裏切られたが、それ以外はとても満足できた。2時間強、まったく退屈しなかった。新3部作の中で初めてもう一度観直したいと思った。
 今回はCGばかりの映像に窮屈さを感じない。メカ(宇宙船等)の発進から着陸まで、そのディティール描写を当たり前のように眺めながら、これこそこの映画の真髄なのだと悟った次第。
 ケノービが巨大トカゲに乗って疾走するシーンに喝采。ルーカス監督は第1作で運搬用の大トカゲを登場させたが、ほとんど動かなかった。その後〈特別編〉でCGを使って動かしたわけだが、その最終描写が巨大トカゲということだろう。実用性を考えるとほとんど意味がないと思うが、個人的にこういう遊びは大好き!

 アナキンとケノービの対決が火山の惑星というのも興味深い。
 CG技術が発達して製作された新3部作では、ミニチュアでは再現がむずかしい水や火の惑星が舞台になると予想していた。水の惑星は「エピソード1」でさっそく取り入れられていた。そして最終作で火(溶岩)が登場したというわけ。

 第1作「エピソード4 新たなる希望」への辻褄合わせも忘れない。ヨーダの台詞に「ジェダイの帰還」という言葉がでてきた。なるほど旧3部作のDVD発売に合わせて邦題「ジェダイの復讐」から「ジェダイの帰還」に変更した意味がわかった。
「エピソード1」からある疑問がわいていた。C3PO、R2D2がダースベーダーやケノービを知らないわけがない、それが「エピソード4」ではまったく他人のそぶり。おかしいじゃないか! そんな疑問がラストで解消される。記憶が消去されてしまったのだった。
 パメラの生んだ双子の兄妹がなぜ離ればなれになったのか、それも方や高貴のお姫様、方や農夫の息子。それもちゃんと説明されている。ルークについてははケノービ自身が関係していた。
 とすると、「エピソード4」でのルークとケノービの出会いに疑問がわく。ケノービにとっては、あの〈希望の星〉赤ちゃんが自分を訪ねてきたのだ。それもレイア姫のメッセージを持って。とても感慨深いことではないのだろうか。残念ながら「4」の出会いでそんな感じはまったくしない。C3POやR2D2のことも知らなかった。まさかケノービの記憶も消去されたのか?
 キウイさんが言っていた〈つながらない〉とはこのことかもしれない。
 それにしてもダースベーダーはルークが自分の息子であることをいつ知ったのか? なぜレイアについてはわからなかったのか?
 どうでもいいことか。しょせん後づけでしかないことなのだから

 建設中のデス・スターを宇宙戦艦から眺めるダースベーダー。隣に帝国軍の幹部。その姿が若きピーター・カッシング風でグッときた。
 ラストのショットと音楽に27年前を思い出して感慨深かった。




2015/06/23

 「ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男」(角川シネマ有楽町)

 TCGメンバーズカード。年会費1,000円で入会するとテアトルシネマ系及び角川シネマ系の劇場の入場料が1,300円になる。だけでなく、火曜日と金曜日は会員サービスデーということで1,000円になる。映画は1,800円で観ない主義を標榜する者にとって、こんなありがたいサービスはない。
 3年前だか4年前に一度入会したのだが、更新せず無効になってずっとそのままだったが、今年GWに再入会した。年間10本観れば入場料1,100円になる計算。悪くない。

 「グッドライ いちばん優しい嘘」(角川シネマ新宿)、「百日紅 ‐Miss HOKUSAI」(テアトル新宿)に続く3本めの観賞は「ジェームス・ブラウン 最高の魂(ソウル)を持つ男」。

 別にJBファンというわけではない。知っている曲は例の「ゲロッパ」(「セックス・マシーン」)ぐらいだ。とはいえ、個人的な趣味嗜好として音楽映画はどんなジャンルでもはずせない。クラシックもロックもポップスも、フォーク、歌謡曲、その他もろもろ、映像で魅せるライブに興味があってスクリーンで堪能したいのだ。実際に演者が演奏し歌ってサマになる、というのがキモ。

 この映画も予告編で役者(チャドウィック・ボーズマン)によるBJのライブシーンに反応した。まさしく本物といった感じで、実際、本編でもパフォーマンスは特筆ものだった。声までソックリで感激したのだが、エンディングタイトルの使用音楽の表記をみて「?!」となり、帰ってから調べると本物の音源が使われていることがわかった。いわゆる口パク。しかし、演奏も含めてまるでそうとは見えなかったし聞こえなかった。まあ今の技術なら当たり前なのかもしれない。昔は演奏も歌声も吹き替えがまるわかりだった。
 
 この映画の売り(の一つ)はプロデューサーがミック・ジャガーだということ。映画の冒頭でJBと若かりしローリングストーンズのメンバーがすれ違う(TV番組で共演)シーンがある。ほんのわずか一瞬なのだが、いかにも当時のストーンズと思わせるソックリぶりにニヤニヤしてしまう。
 JBのマネージャー(ベン・ハート)がダン・エイクロイド。かなり恰幅がよくなっていて、最初「誰だっけ、この俳優?」状態。名前がでてこなかった。「ウルトラマンマックス」にセミレギュラーで出演していた二瓶(イデ隊員)正也みたい。
 
 JBの伝記映画という触れ込みだが、その足跡を時系列に描いていないのがこの映画の斬新なところ。オープニングは1988年にJBが起こした事件(発砲とパトカーとのカーチェイス)が描かれ、そこから少年時代の極貧生活の日々が語られる。基本はJBの成長ドラマ、サクセスストーリーだが、エピソードはさまざまな時代に飛び、それぞれ章立て(タイトルはJBのレコードに因んでいる?)で紹介される仕組み。
 JBを悪の道から救い、ショウビジネスの世界に導いてくれたボビー・バード。演じるネルサン・エリスの笑顔はまるで城島茂みたいで優しいそう。
 映画は、ラストになって、JBとボビーの絆を謳いあげる。ステージのJBの真剣さ、客席のボビーの気恥ずかしさとうれしさが伝わってきて……。

 JBのステージパフォーマンスを観ながらなぜかショーケンを思い出していた。もちろんショーケンは股割なんてしないのだが、手や足の動きが似ているなぁと。
 JBに影響を受けたミック・ジャガーがいて、そのミックに影響されたがショーケンなのだから、彷彿とさせるのは当然かもしれない。

 タイトルがイマイチの印象がある。フルネーム+最高の魂を持つ男なんて当たり前すぎないか。原題は「Get on Up」。日本人には「ゲロッパ」と聞こえる英語をきちんと書くとこうなる。あれ、井筒監督の「ゲロッパ!」では「Get Up!」と表記されていなかったか? 
 「Get Up」は普通「ゲラップ」と聞こえると思う。あるいは「ゲラッパ」か。「Get on Up」なら「ゲロッパ」になってもいい気がするのだが。
 JBが「ゲロッパ」とシャウトすると、ボビー・バードが「ゲロウナ」と合いの手を入れる。「ゲロウナ」が「Get on Up」なのだが。つまり映画はボビー・バードの視点で描いているというわけか。

 それはともかく、本家「ゲロッパ」の方が断然ノリが良い。エンディングロールはもうじっとしていられないんだから。日本の「ゲロッパ!」に欠けていた要素だ。比べる方がどうかしているか。


 【おまけ】

2003/08/28

 「ゲロッパ!」(川崎チネチッタ)  

 井筒監督の「こちトラ自腹じゃ」(テレビ朝日金曜日深夜「虎ノ門」の人気コーナー)はそれほど見たことがないが、傍若無人な批判内容におじけづいたのか、一部の洋画配給会社が監督の劇場鑑賞を拒否する動きに出ている。昔映画評論家の白井佳夫が角川映画の批判ばかりしていることに腹を立てた角川春樹が試写会への出入りを禁止したことを思い出した。まったくもって大人気ない。
 
 井筒監督の映画批評について、それほど怖がることはないと思う。監督がメタクソにけなすのはみなVFXをウリにした映画ばかり。要はこの手の映画がお好きでないということだ。そんな人に批判されたからといって何をびくつくのか。  
 たとえば僕は宝塚歌劇が苦手である。彼女らのステージ衣装、メイクを見ただけで虫酸が走る。そんな態度で舞台をみてもいい印象なんて残らないだろう。当然批評だって偏ってくる。井筒監督と特撮映画の関係もこんなものだろう。
 
 僕が配給会社の担当者だったら、監督にバッサリ斬られたことを逆に宣伝文句に使用するけどな。上映中ゲストに呼んでトークショーでも企画して集客にあいつとめますよ。井筒監督は今や人気タレントなんのだからお客さんがかなり来るんじゃないか。  
 監督がもし〈人間を描くことこそ映画〉と信じているのなら(もちろんそれは正論ですが)、その種の映画をバンバン取り上げて堂々批判したらいい。自分が興味がないヒット作についてアレコレいうのは一番楽なことなのだ。もっと本質的な部分で批評をしてほしい。  

 井筒監督はTVでコメンテーターとして活躍するほか、映画にも端役ではあるけれど出演している。塚本監督「パレットバレエ」のチンピラやくざは妙にリアルだった。久しぶりに見直した「マークスの山」では冒頭で大笑いした。何と主人公のマークスに殺された死体に扮しているのである。  
 井筒監督も山本晋也みたいに〈映画監督〉という肩書きのタレントになってしまうのかと心配していたところ最新作「ゲロッパ!」が公開された。  
 井筒作品のファンというわけではないが、これは制作発表時から期待していた。タイトルがいい。ジェームス・ブラウン(JB)をフィーチャーしたコメディーで主演が西田敏行。昔の西田敏行のエンタテイナーぶりを知る者としてこのキャスティングはベストだ。  
 さて、どこで観ようか。最初有楽町のシネ・ラ・セットを考えたが、あそこはスクリーンが小さい。川崎チネチッタにした。ところがここで難問勃発。ディスカウントチケット屋のチケットが使えないのである。いつもはそんなことないのに「ゲロッパ!」だけダメらしい。1800円出すのはもったいないし、じゃあ別の映画にしようか悩んだ末、レイトショーなら1200円だと知った。  

 熱狂的なJBファンであるやくざの親分(西田敏行)にはふた昔前以上に別れた一人娘(常盤貴子)がいた。5年の実刑をくらった親分は刑務所に収監される前、ひと目娘に会いたいと熱望している。舎弟(岸辺一徳)は、収監前にJBのライブを堪能してほしいと、子分たち(山本太郎・桐谷健太・吉田康平)を使ってJB誘拐を企てる。ところが誘拐したJBはアメリカから来日した物真似タレント、おまけに首相のスキャンダルに関わる怪しいブツを持ち込んでいたことから内閣調査室を巻き込んだドタバタ大騒動に発展していく……  

 お話そのものはまったくありえないものだが、役者たちの怪演が笑いを誘う。  
 主演の西田敏行は福島出身にもかかわらず大阪弁にわざとらしさがない。まったくもって「役者やの~」。岸辺一徳は相変わらずの自分流演技、うまく役柄にはまってしまうから大したものだ。岸辺の奥さん役の藤山直美が披露するダンスの上手さに驚いた。実にキレがいい。篠井英介のおかま演技、強面の塩見三省もみもの。ほかに気になるのは子分の桐谷健太、内閣調査室の男、木下ほうか、常盤貴子の物真似プロダクションの社員、長塚圭史。  

 時に大笑いしながらも作品そのものには物足りなさを感じた。井筒監督が日頃口にする人間ドラマってこんな底が浅いものなのか。おもろうてやがて哀しきの図式はいいとしても、泣きの部分があまりにベタすぎる。山田(洋次)喜劇の悪い部分をなぞった感じ。ゲスト出演の寺島しのぶと西田敏行のかけあいは、笑えるとはいうもののあまりに定番だろう。もっとシュールでブラックな笑い、井筒流喜劇の創出はないものか。人物造形にしてももっと掘り下げたものを期待していたのに……  

 まあそれは百歩譲ったとして、せっかく西田敏行にBJの「セックス・マシ―ン」を歌わせるクライマックスを用意するなら、なぜもっとはじけたものにしないのか。観客がノリノリになって歌詞を口ずさみ、リズムをとる。その勢いで大団円にもっていく……親分一世一代の晴れ姿、そこで父娘の和解があってエンディングでしょう。その後のエピローグが長くてかったるい。


 【追記】
 
 開巻、スクリーンに映し出されたタイトルに違和感を覚えた。「Get Up!」と英語表記なのだ。日本語の表記は無い。ちょっと待ってくれ。JBが歌う「Get Up」が我々日本人には「ゲロッパ」と聞こえるところがタイトルの由来なのではないか。それを英語の「Get Up」では面白くもなんともない。  
 スタッフの肩書きがすべて英語表記というのも井筒流なのだろうか。アメリカ映画風にクレジットをすべてアルファベットにする場合があるが、個人的に趣味じゃない。大いなる学生自主映画と舌打ちしてまう。
 本編上映前に、井筒監督の手による映画主題歌のプロモーションビデオが流れた。はっきりいってセンスが一昔前。わざとなのかなァ。




 北澤八幡神社の「立川談四楼独演会」に最初に足を運んだのはいつだったか、何回めだったか、ファイルしている「本日のプログラム」を見ればわかると思っていたら、当のファイルが見当たらない。

 夕景工房のレビューを当たった。当初夕景工房のこの欄は映画評のみ毎週更新していたのだが、途中からコーナータイトルを改め、ライブや展覧会等、何でもありにして、独演会にも触れるようになったのだ。
 初めて書いたのが、02年の6月の会。しかし、タイトルに回数の記載がない。次が06年の12月。これが第149回なので逆算して112回ということが判明したというわけ。

 誤字脱字間違い訂正の上、転載します。

 なお、前項で師匠の本を図書館で借りて読んだとあるけれど、その後、全部揃えました。
 正真正銘のファンですから!

     ◇

2002/06/15

 「立川談四楼独演会」(北沢八幡神社)  

 偶数月は北沢八幡神社で立川談四楼氏の独演会がある。昨年12月、1年ぶりに独演会に足を運び「立川談四楼の北沢八幡落語会」に入会した。平日の独演会には行けないことが多いのだが、年に2回会員向けに「北沢 談四楼文芸かわら版」を発行すると知っては、小説家・立川談四楼ファンとしてはじっとしていられない。  

 北沢八幡宮は下北沢駅からちょっと離れた緑豊な住宅街にあり、初めての時は迷いに迷ったものである。
 開演5分前に到着した。玄関で靴をぬぎ、参集殿へ。参集殿入口の廊下で事務局の女性からチケットを購入して中へ入る。畳張りの参集殿はまだそれほど人はいない。最初は前座の落語なので、混みだすのは真打登場の7時前後。たまには前の方で聴こうか、と空いている座布団に座る。  

 初めて参加した独演会では一番後ろで「目黒のさんま」「柳田格之進」の古典落語2本を聴いた。迫力ある高座だった。小説の語り口そのままの面白さだった。聴き終えてから秋刀魚が食べたくてたまらなかった。
 独演会の趣旨は創作落語と古典落語の2本を披露することだいう。12月の創作落語は「女盗賊プーラン」(お囃子が何と「踊るマハラジャ」のオープニング曲!)、休憩後は「芝浜」という演目だった。日本酒をぐいっとやりたくなった。  

 さて今宵。
 プログラムは次のとおり。  

  開口一番  立川志らべ  
  落語    立川らく八  

  創作文芸落語 「羽衣」 

     仲入り

  「居残り」

 まずこれが初の披露だという創作落語の「羽衣」。
 今話題沸騰のワールドカップから最近物故した有名人、著名人の話。伊藤俊人、ナンシー関、柳家小さん、小さんの通夜で見かけた坊屋三郎……。小さんの話では通夜に駆けつけるかもしれない〈かつて破門した愛弟子〉談志師匠を狙うマスコミ騒動から、自身の真打昇進試験落第の恨みつらみの数々。他人の意見に耳をかたむけあれこれ改革しようとしたのが前落語協会会長の小さん、何もしないのが現会長の円歌だとのこと。ギャグ8割、本音2割の爆笑に次ぐ爆笑話。  

 もしかしてこの話で時間が終わってしまうのではないか、でも面白いからそれでもいいかと思っていたら、創作落語「羽衣」に入る。手塚治虫の短編「雨降り小僧」のような噺にしようということで、まずは「雨降り小僧」の紹介。僕も大好きなストーリーで何度も読んだものなのに、高座で語られるとまた格別だ。ラストはやはりウルウルになる。続いて「羽衣伝説」の紹介。ラストに創作の「羽衣」。あっというまに終わってしまった。「雨降り小僧」「羽衣伝説」「羽衣」の3点セットで一つの創作落語だとか。

 「居残り」は初めて聴く。この噺、個人的にはフランキー堺の出世作「幕末太陽伝」でお馴染みなのだが、本物がどういう内容なのか興味津々だった。  
 居残り佐平次の口八丁手八丁のキャラクターが愉快痛快。「ヨイショ」のしぐさが何度見ても笑える。
 オチは家元談志の作だという。
 そういえば談四楼師匠の指の所作って、家元ゆずりだ。

     ◇

2006/12/15

 「談四楼独演会 第149回」(北沢八幡神社)

 80年代、もういつだったかは忘れたが、TVにむちゃくちゃ面白いモノマネ芸人が登場した。声がソックリで、なおかつ、独特の視点で対象をおちょくるところが新鮮だった。どんな芸だったか思い出せないのだけど。
 確か、もう一度目にして、これからブームがやってくると確信した。
 ところが、その後、全然出てこない。
 芸人の名は丸山おさむ。

 初めてTVで観て大感激したのに、同じように、ほとんどにTVに出演しなかったのがマルセ太郎だった。デタラメアフリカ語が笑いの感性にビンビン響いた。猿の物まねは絶品だ。
 マルセ太郎の場合、後にその芸歴が半端でなく、主に舞台をメインにしていることを知った(渋谷ジャンジャンの「スクリーンのない映画館」を一度は押さえておきたかった)が、丸山おさむについてはほとんど情報というものが得られなかった。

 立川流の顧問である、演芸評論家・小説家(私は週刊文春の〈天下の暴論〉でお馴染みだった)の吉川潮氏は芸人の評伝を何篇か書いている。
 「江戸前の男 春風亭柳朝一代記」(新潮社)は語りの巧さに脱帽した。ラストは涙がとどめもなくあふれて困った。
 小説「本牧亭の鳶」(新潮社)は表題作を含む短編6編が収録されているのだが、冒頭の、物真似芸人を主人公にした「九官鳥」を読んで膝を打った。これ、モデルは丸山おさむじゃないか!
 
 偶数月15日、北沢八幡神社で開催している「談四楼独演会」。師匠の個人事務所の主催になってから、バラエティに富んだゲストの芸も楽しみの一つになっている。
 いつか、丸山おさむがゲストとして登場しないかなあ、なんて思っていたところ、webで師匠のコラムを読んだ。丸山氏(ここから敬称つき)について書かれたもので、すでに独演会には呼んだことがあり、大評判だったと。足繁く通うようになる以前の話だろう。がっかりした。すでに登場したとなると当分ゲストの可能性はない……。
 ところが、ところが。
 今年最後の談四楼独演会のゲストが丸山氏だったのだ。
 どんなにこの日を待ち焦がれていたか!

 平日なので、7時ちょい過ぎに北沢八幡に到着した。前座噺はすでに終了。舞台では12月恒例の常連さんによるかっぽれの真っ最中。
 終了後、Sさんの姿を探すと、な、なんと一番前、それも舞台の真正面ではないか。
「丸山さんをまじかで見られるように(席を)とっておいたから」
 って、あまりに近すぎるよ~。それに、膝送り(混んでくると、前へ移動させられる)で、もうほとんど、舞台の前、見上げるような形での鑑賞である。

 独演会では入場時、「本日のプログラム」と題したA4サイズ二つ折りの薄緑の用紙が配付される。表1、表4にタイトルと式次第が、内側に師匠の挨拶が掲載されているのだが、そこでゲストの丸山おさむ氏に触れている。
 さだまさしを最初に真似た人だとか。TVで笑い転げたのはその芸だったか。
 〈けんかの丸山〉で有名だそうである。売れかかったのに、使い捨てのTV局と喧嘩する。これは慧眼だと思うが、その後もいたるところで喧嘩三昧(?)。ほんとかうそかわからないけれど。

 開口一番 立川三四楼「千早振る」
      立川ラクB「ぞろぞろ」
      立川キウイ「反対車」

      立川談四楼「お国訛り」

      仲入り

 ゲスト  丸山おさむ「昭和歌謡史 ~談四楼師匠のあの日、あの時~」

      立川談四楼「らくだ」

 仲入り後、丸山氏が白いスーツ姿で颯爽と登場。昔にくらべ少々太ったような。あたりまえか。
 もちネタで、芸術祭賞を受賞したこともある「物真似で綴る昭和歌謡史」。師匠の誕生から少年時代、談志師匠への入門、等々、師匠のあの日、あの時と歌謡史をリンクさせてのステージは、もう抱腹絶倒、ニヤニヤ、クスクス、次の展開を読んでのデヘヘヘ笑い。
 美空ひばりに始まって、灰田勝彦、淡谷のり子、石原裕次郎、小林旭、フォーククルセダーズ(「帰ってきたヨッパライ」)、井上陽水。……歌謡曲、演歌、フォーク、ニューミュージック、アンドレカンドレ、ナンデモカンデモ。
 内山田洋とクールファイブの前川清と、安全地帯の玉置浩二は、それぞれ二日酔いの朝に歯を磨きながら、レモンをかじりながら、と講釈がついてのカラオケつき実演で、そのデフォルメに爆笑。マニアック路線の堀江淳に涙が。
 ラストは、日頃苦労をかけている奥さんと一緒に尾崎豊の「I LOVE YOU」。古典芸能(幇間)とJ-POPが見事にクロスオーバーした芸に拍手喝采!!

 トリは経堂の興奮が甦る「らくだ」。とにかく目の前だから、その迫力たるや、あなた……。




2015/06/15

 「立川談四楼独演会 第200回」(北澤八幡神社 参集殿)

 初めてこの独演会に足を運んだのが2000年の10月、112回めのときだった。もう15年前になるのか。

 落語協会が実施している真打昇進試験に落ちた噺家さんの一人が母校・太田高校の大先輩であったこと、落とされたことに師匠の立川談志が激怒して落語協会を脱退、立川流を創設したこと、これら一連の騒動はリアルタイムで知っていた。情報源はスポーツ新聞だった。1983年だから就職浪人していたころか。当の噺家さんがその顛末を小説にして本を上梓したことも同様に知っていた。1990年のことだ。

 あのとき本を読んでいればと後悔しても遅い。とにかくそのままほっといて図書館で「シャレのち曇り」を見つけたのが1999年の8月。読んでみたらむちゃくちゃ面白かった。続いて「石油ポンプの女」を借りた。ガツンときた。次が「ファイティング寿限無」。この面白い小説がなぜ話題にならないのかと出版業界の不可思議を憂うと同時に、生の高座を観たくてたまらなくなった。

 落語は好きだ。といってもTVの「らくご in 六本木」(80年代毎週の愉しみだった)や演芸番組を観る程度で実際に寄席に行ったことはなかった。ただし、国立演芸場が出来た当初何かの縁で招待されたことがある。生の三平(初代)を見たのが自慢だ。
 北澤八幡で偶数月に独演会を開催していることは知っていたので、自分の誕生日10月15日に出かけた。演目は「目黒のさんま」と「柳田格之進」。迫力に圧倒され、艶に魅了された。小説の行間からにじみ出ている落語に対する自信は嘘じゃなかったと思い知った。

 次に伺ったのが1年後の12月。ここからほぼ毎回通うようになる。独演会の会員になったのである。会員になれば料金が割引になる特典があるのだが、それよりも、会員向けに年2回発行される「北沢 談四楼文芸かわら版」が目当てだった(が、会員になってから発行されたことはなかった)。 
 2000年代は北澤八幡の独演会が基本にあって、師匠が他の落語会に出演するとでかけるようになった。大銀座落語会や館林の落語会のことである。落語ファンというより談四楼ファンなのである。もっといえば文筆家・立川談四楼ファンか。

 今回は記念すべき200回ということで、午後半休をとって、開場となる17時30分過ぎに会場に着けるようにした。
 玄関前にカメラマンのSさんがいて、もう中は混んでいるとのこと。確かに受付には列ができていた。とはいえ、前々回のような混み方ではなく、あくまでも常連さんがいつもより早く来ているといった感じだった。


  立川だん子 「真田小僧」
  立川笑笑  「転失気」
  立川らくみん「子ほめ」
  立川談四楼 「寝床」

   〈仲入り〉

  立川談四楼 「金玉医者」&「一文笛」


 だん子さんの「真田小僧」、Wさんが「うまくなっている!」と驚いていた。
 笑笑さんの高座は初めて。正面からだと、確かに田辺誠一に松坂桃李を足して2で割ったようなマスクだ、なかじままりさんの言うことに間違いはなかった。ってオレを何を見ているんだ? ちなみになかじまさんは10月のゲスト。下半期チラシに掲載されていた。楽しみ、楽しみ。
 らくみんさん、相変わらず元気いっぱい。2月の高座以来、街で「てもみん」の看板を目にすると思い出してしまう。てもみん、みんみん、ねぇらくみん。すいません、キウイ師匠、マネしました。

 今回は200回記念ということで、ゲストなしの師匠3席。すべてネタおろし。
 まず1席めは、昭和の名人(文楽、志ん生、円生)リスペクトとして「寝床」。志ん生バージョンの破天荒ぶりについては小林信彦の著書で知った。旦那が番頭を追いかけて浄瑠璃を語るくだり。番頭が蔵に逃げ込むと、蔵の窓から浄瑠璃を語り込む。浄瑠璃は渦を巻いて番頭に襲いかかり悶絶させるというもの。

 続いて、談志リスペクトとして「金玉医者」。演目は活字等で何度も目にしていたが、噺は聴いたことがなかった。初めてこの演題を見たときは〈金玉〉は別の読み方をするものだと思っていた。そのままだった。きんたまいしゃ。女性の方、声に出して言えますか? そういえばこの前TVの某番組で若い女性が〈のどちんこ〉を連発していたっけ。けっこうドキドキするんだよね。
 内容は何も知らなかったのだが、サゲで、あれ、これどこかで聴いたことがある、かもと思った。

 最後は、米朝リスペクトとして「一文笛」。米朝の創作なんですね。スリが不憫な子どもを思ってした行動が逆に子どもを苦しめる結果となって……という「人情八百屋」に通じる人情噺。スリとその親方との会話にグッとくるものがあった。「ぼんぼん唄」や「一回こっくり」を十八番にしている師匠らしいネタではないか。
 これもサゲのところで聴いたことがあると思った。いったいどこで?

 独演会で300回、400回と続けている噺家はいるから、200回というのはそれほどのことではないらしい。ただし、同じ場所で200回続けるというのは非常に珍しいとのこと。


 【追記】

 記念の回だからか、お客さんの中に広瀬和生氏の顔があった。
 終了後の懇親会では、広瀬氏、広瀬氏の連れの女性(たぶんBURRN!誌の編集者)、師匠が長いこと語り合っていた。翌日、BURRN!「そこでだ 若旦那!」が再開されることを知るのだが、あの会話はその件だったのかと膝を打った。
 ついでにこれまでの連載を1冊にまとめてもらえないか。




 「定本・竹田の子守唄(仮)」は、秋になっても出版されなかった。読むことができたのは2年後だった。最初にこのレビューを掲載していれば〈メモランダム2〉はいらなかった、な。

     ◇

2003/02/23

 「竹田の子守唄 名曲に隠された真実」(藤田正/解放出版社)  

 この2年間出版されるのをずっと待ち望んでいた本である。待ちに待った、というかずいぶんと待たされた思いの方が強い。実はこの本、2001年の秋にだすと、著者の藤田正さんから直接聞いていたのである。
 
 2001年2月10日。この日京都の伏見で恒例の「ふしみ人権のつどい」が開催された。第2部の紙ふうせんトーク&コンサートが画期的だった。
 伏見の竹田地区を発祥とする「竹田の子守唄」は赤い鳥が歌ってヒットし全国に知られるようになったが、被差別部落で生まれた唄であることがわかると、自主規制するメディアが増え長い間封印されることになってしまった。  
 赤い鳥解散後紙ふうせんになってからもずっとこの唄を歌いつづけている後藤(悦治郎)さんもこれまでこの地で歌ったことがなかった。30年ぶりの地元でお披露目。同時に地元合唱団による「竹田の子守唄」の元唄の紹介。コンサートの前には、藤田正さんと後藤さんの対談があり、「竹田の子守唄」をテーマに思う存分話し合う趣向。そんなイベントに参加できた喜びで胸いっぱいになった。  

 もうひとつこの日長年の夢が実現した。僕の内ではなかば伝説化していた「竹田の子守唄」の著者・橋本正樹さんとお会いできたのだ。  
 赤い鳥のライブアルバム「ミリオン・ピープル」には大型のポスターがついている。表面はメンバー6人のバストショットが並び、その裏にはメンバーの文章とともに、赤い鳥関係者、知人、友人からメーセージが寄せられていた。その中に永六輔氏のものもあった。

 〈橋本正樹君の「竹田の子守唄」に目を洗われた以上「赤い鳥」に耳を洗われたいという気持ちが強くなりました。〉

 永氏は「竹田の子守唄」の何に目を洗われたのか。いったい本には「竹田の子守唄」の何が書かれているのだろうか。以来この「竹田の子守唄」本と橋本正樹という人物が気になって仕方なかった。 
 その後、赤い鳥新聞のある号で後藤さんが〈「五木の子守唄」と「竹田の子守唄」は真に理解されないまま、伝承されずに終わる運命にあるのかなと思ってしまう〉と書いていることを知り、「竹田の子守唄」が抱える〈何か〉を知りたくてたまらなくなった。上京してから「竹田の子守唄」の本を求めて図書館や神保町の古書店をあたったが結局見つからなかった。
 そんな幻の本を手にもって藤田氏は後藤さんとの対談にのぞんだのである。橋本さんも会場にいらっしゃっているという。    

 このイベントに参加できたことだけでも感激ものなのに、終了後、藤田さんの「竹田の子守唄」関係者への取材に立ち会えたことも大変幸運だった。
 ホールのレストランに後藤さんと橋本さん、そして野口さんという方を招いて、藤田さんが録音用のウォークマンをまわしてインタビューを始めた。
 「ミリオン・ピープル」の「竹田の子守唄」の演奏の前に、「京都の伏見というところに住んでいるおふくばあさんが歌ったことでこの世にパッと広まった……」と後藤さんが紹介する。おふくさんの息子さんが野口さんだった。  
 そんなメンバーへの取材である。考えるだけで興奮してくる。隣の席で僕は4人の会話を聞き漏らすまいと耳をそばだてていたものだ。  
 取材が終わって、藤田さんに何の取材か尋ねると「今秋『定本・竹田の子守唄』を上梓するので」と返答されたのだ。秋がくるのが待ちどおしくてたまらなかった。  
 しかし秋になっても出版される気配がない。藤田さんや版元のHPで毎日のようにチェックしていたが、年が変わっても何の情報も出てこない。本当に出版されるのだろうか。だんだんと不安になってきた。
 出版は中止になったのかも……やっと諦めがつきかけた頃、突然HPに発売のニュース!  

 2月20日発売と聞いていくつかの書店をまわったがどこにも見当たらない。版元に問い合わせて新宿の紀伊国屋書店か八重洲ブックセンターにはあることを知り、二日遅れでやっと手に入れた。  
 赤地に極太明朝体の一際大きな〈竹田の子守唄〉の黒いタイトルが右側上下いっぱいに収まっている。その横に小さく〈名曲に隠された真実〉とブルーの帯に白抜きされた副題。中央の写真は赤と青の帷子だろうか。もう表紙デザインから気に入ってしまった。    

 2001年2月の「ふしみ人権のつどい」の一コマ、舞台に立った後藤さんの第一声からはじまる本書は、「竹田の子守唄」の成り立ちからその背景、唄がどのように採譜され、アレンジし直され後に数多くの歌手に取り上げられるようになったか、赤い鳥によってレコード化され大ヒットしていったかを追いかけていく。  
 赤い鳥の「竹田の子守唄」が大ヒットした時点ではその歌の出身地について何も知られていなかった。リーダーの後藤さんには「伝承歌はその文化背景を学んだうえでうたうべきだ」との持論があり、高校時代の友人、当時作家の卵であった橋本正樹さんにそのルーツ探しを依頼する。このくだりが興味深い。  

 1964年「橋のない川」の舞台音楽として生まれたのが「竹田の子守唄」のメロディーだった。クラシックの音楽家である尾上和彦氏は、仕事とは別に京都の民謡を採譜しており、その中に「竹田の子守唄」の原形となる唄もあったという。前述の岡本ふくさんからも採譜していたのである。尾上氏がアレンジしたその曲は多くの人を魅了する。やがて歌詞がつけられ「竹田の子守唄」となって地元の合唱団等で歌われるようになった。
 合唱団の歌がまずフォーク歌手の大塚孝彦氏の耳をとらえた。大塚氏は仲間の高田恭子さんといっしょに歌いはじめる。彼らのライブを聴いて、感銘を受けた一人に後藤さんがいた。後藤さんは平山(泰代)さんと「竹田の子守唄」を歌いはじめ、その後結成された赤い鳥のレパートリーとなっていくのである。  

 「竹田の子守唄」に重いルーツがあることを知った後藤さんは、レコーディングしたシングル「竹田の子守唄」の2番の歌詞〈盆がきたとて なにうれしかろ 帷子はなし 帯はなし〉に替えて、元唄にある〈久世の大根めし 吉祥の菜めし またも竹田のもんばめし〉を採用して歌いだした。(盆がきても……の歌詞は別の子守唄から採用された由。)
 ところがこの歌詞について岡本ふくさんからクレームを受けることになる。(被差別部落である)竹田の恥を全国に知らしめすような真似はしてくれるなというわけだ。この歌詞は被差別部落の慎ましい(ということは貧しい)食生活に触れている。そんなことを自分が歌ったことにより全国に知らすことは仲間に顔見せできないと。だが後藤さんこの歌詞にこそ歌のバックボーンがあるとの信念で歌いたいと足しげくふくさんのもとに通い、懇願する。

 「竹田の子守唄」は、積年の部落問題を背景にもつ歌であり、それを見据えてうたおうとした一人が後藤悦治郎さんだった。(本書36P)

 その姿勢はメンバー間でも問題となる。が、後藤さんの思いを理解した息子さんの野口貢さんが仲立ちをして以後この歌詞で「竹田の子守唄」は歌われるようになった。

 確かに「スタジオライブ」や「ミリオン・ピープル」ではこの歌詞で歌われている。
 紙ふうせんのセカンドアルバム「愛と自由と」には紙ふうせん版の「竹田の子守唄」が収録されているが、これも同じ。コンサートでもずっと〈久世の大根めし……〉を歌っている。
 なぜ僕が、赤い鳥解散後、紙ふうせんの、後藤さんの描く世界に惹かれたのか良くわかった。

 本書の〈Ⅰ 歌の旅立ち〉は、後藤さん、橋本さん、野口さんの取材をもとにした文章だ。単純に彼ら3人のインタビューが掲載されるものとばかりに考えていた僕は、インタビューで得られた各人の言葉を要所要所に挿入しながら論を展開するその内容の充実ぶりに目を見張った。
 ただし、ここまでの経緯は橋本さんの「竹田の子守唄」に記述されていることである。話題になった「放送禁止歌」でも簡単ではあるけれど紹介されてもいる。
 本当の意味での「竹田の子守唄」研究は〈Ⅱ 娘たちはうたう〉、〈Ⅲ 歌のふるさと〉、〈Ⅳ 歌はなぜ部落に残ったか〉で結実する。よくぞここまで取材したものだと思う。出版までに2年かかるのも当然だろう。  

 本書には赤い鳥最初のバージョンの「竹田の子守唄」と地元合唱団による元唄を収録したCDが付いている。それゆえ2,200円とちょっと割高なのだ。前日にCD-BOX「赤い鳥 コンプリート・コレクション」がリリースされていなければ(なんとこのBOXには8つのバージョンの「竹田の子守唄」が入っている)、このCDに価値があったはずなのだが。

     ◇

  取材のあと、京都駅近くの居酒屋で打ち上げがあり、僕も参加させてもらった。橋本さんはほんと愉快なユニークな人だった。橋本さんに「竹田の子守唄」が読みたいとお願いすると、1冊しか残っていないから差し上げられないけどと後日郵送してくれたのだ。あわててコピーして返却。コピーをむさぼり読んだ。

 2000年代になってスポットが当てられた「竹田の子守唄」。僕が思うことは一つだった。
 今こそ、橋本さんの「竹田の子守唄」を復刻すればいい!

 この項続く




 1978年に上京してからは、古書店に行けば「竹田の子守唄」を探した。あるわけがない。当時「竹田の子守唄」が橋本さんが自主出版した本(冊子)だなんて知らなかった。
 関西に帰った紙ふうせんの活動を自分一人では追いきれなくなって、80年代の半ば、FCに入会した。
 90年代になって、六甲山オリエンタルホテルの紙ふうせんクリスマスコンサートで「竹田の子守唄」に関するあれこれを後藤さんから聞く機会が持てた。橋本さんのこと、本のこと。メディアの規制のこと……。本を読みたかったが、在庫がないとのことだった。

 1999年、放送禁止歌にスポットを当てたドキュメンタリーが話題になり、ディレクターの森達也氏は2000年に同名の本を上梓する。
 2001年、紙ふうせんがゲスト出演した「ふしみ人権のつどい」で橋本さんと会うことができた。そこらへんのことは、以前も記したが本のレビューに書いているので夕景工房から転載する。

     ◇

2000/08/13

 「放送禁止歌」(森達也/デーブ・スペクター監修/解放出版社)

 昨年の5月、フジテレビで放送禁止歌を追及したドキュメンタリーが放送され、番組の中で当の禁止歌を流した。ということを知ったのは週刊文春の記事だった。
 文春の記事は代表的な放送禁止歌の何が放送コードにひっかかるかについて簡潔にまとめられていた。
 記事の中で特に注目したのは赤い鳥のヒットで有名になった「竹田の子守唄」に言及した部分。「竹田の子守唄」の歌詞にでてくる〈在所〉という言葉が部落をさしていて、それが放送コードに触れると書かれてあった。

 「竹田の子守唄」が京都の同和地区の伝承歌だと知ったのはだいぶ前だが、歌そのものをレコード化できない、コンサートで勝手に歌うと同和団体からクレームが入る、ということを教えてくれたのは赤い鳥のリーダーで紙ふうせんになってからもずっと「竹田の子守唄」を歌い続けている後藤さんだった。
 確かに90年代になって赤い鳥のアルバムがCDで復刻されたが、同曲が収録されているものは発売される気配がない。驚いたのは同曲のメロディに別の詞をつけた「人生」が収録されているデビューアルバム「FLY WITH THE REDBIRDS」のCDがリリースされた際には何と「人生」だけがカットされていたことだった。

 転機になったのは一昨年だろうか。赤い鳥の全シングルを集めた2枚組のCD「赤い鳥シングルス」がリリースされ、これには「人生」も「竹田の子守唄」もちゃんと収録されていた。(ちなみに今年5月にリリースされた紙ふうせんの久々のアルバムにも新しい歌詞を追加し新録音した「竹田の子守唄」が入っていて、これは必聴)

 文春の記事の元ネタになったのが本書であり、著者はドキュメンタリー「放送禁止歌 唄っているのは誰?規制するのは誰?」を企画・演出した森達也。番組のメイキングの形をとりながらより深く<放送禁止歌>に言及している。
  「手紙」(岡林信康)、「自衛隊に入ろう」(高田渡)、「黒いカバン」(泉谷しげる)「悲惨な戦い」(なぎら健壱)等々、懐かしい歌が登場してくる。 北島三郎のデビュー曲が「ブンガチャ節」といって放送禁止歌だったというのを初めて知った。山平和彦の、そのものずばりの「放送禁止歌」の歌詞には衝撃を受けた。四字熟語を集めた漢字だらけの一見意味不明の歌詞に見えて、実は前の熟語を後の熟語が否定あるいは揶揄する内容になっている。

 思わず購入してしまったのは最後の第4章をまるまる「竹田の子守唄」研究に費やしていることによる。
 世に出ている〈フォークソング史〉〈フォークソング研究〉本では簡単に扱われてしまう赤い鳥や紙ふうせんが登場し、後藤さんに取材もしている。改めて本のオビを眺めるとそこには後藤さんの言葉が載っているのだ。

 赤い鳥、紙ふうせんファンの僕として著者の「竹田の子守唄」に対する認識には疑問を感じる。本書の中で赤い鳥が「竹田の子守唄」が同和問題に抵触することを知ってから歌わなくなったと書いているが、そんな事実はない。解散間際のライブアルバム「ミリオン・ピープル」ではしっかり歌われているし、紙ふうせんのセカンドアルバムにも収録されている。だいたい紙ふうせんのコンサートで「竹田の子守唄」が歌われなかったことはないのではないか。
 赤い鳥時代の「竹田の子守唄」のメインヴォーカルは新居潤子(現・山本潤子)だった。解散後はハイファイセットとしてファッショナブルな都会風楽曲しか歌わなくなった(と思う)のでそこらへんのことを聞き間違えて認識してしまったのではないだろうか。

 この章は著者が「竹田の子守唄」の発祥から採譜、レコード化、ヒットした後の状況といった背景を丹念に取材し、また、わかりづらい歌詞の解釈を試みる。
 圧巻なのはエピローグ、後藤さんに電話取材して、後藤さんの「竹田の子守唄」に対する態度、その言葉に胸が熱くなって涙を流すラストである。
「部落にはいい歌がたくさんあります。抑圧されればされるほど、その土地や人々の間で、僕らの心を打つ本当に素晴らしい歌が生まれるんです。歌とはそういうものです。僕はそう確信しています。でもそんな歌のほとんどに、今では誰も手をつけようとはしない。誰も見て見ないふりをしている。だからせめて僕くらいは、これからもそんな歌を発掘して、しっかりと歴史や背景も見つけながら、ライフワークとして歌いつづけてゆきたいと思っています」

 ここまで「竹田の子守唄」に迫った著者には、できることなら電話取材だけでなく、実際の紙ふうせんのライブに足を運んで生の「竹田の子守唄」を聴いて欲しい、と思う。
 ギター1本の伴奏と二人の絶妙なハーモニーよって醸し出される深遠な世界に圧倒されるに違いないからだ。

     ◇

2001/02/13

 『メッセージ・ソング 「イマジン」から「君が代」まで』 (藤田正/解放出版社)  

 10日、京都の伏見区竹田にて「第6回ふしみ人権の集い」が開催された。〈ふしみ人権のつどい実行委員会〉が主催する毎年恒例のイベントに、今回参加したのは第2部がこの地から生れた「竹田の子守唄」について赤い鳥、紙ふうせんとこの伝承歌を歌いつづけている後藤悦治郎氏の講演があり、なおかつその後の紙ふうせんのライブでは地元合唱団による「竹田の子守唄」の元歌披露があることを聞きつけたからだった。

 メインの講演は後藤氏と音楽評論家の藤田正氏との対談に変更になっていて、実は喜んだ。紙ふうせんには伝承歌だけを集めたトーク&ライブをやってもらいたいと常々思っていて、やっぱりそのメインは「竹田の子守唄」になると思っているからだ(その他「いかつり唄」「もうっこ」「糸引き唄」等、いい歌はあるのだけど)。
 単純に歌詞だけではわからない伝承歌の背景、詞の意味を専門家と後藤氏のトークで解説、あるいは若かりし頃の伝承歌採譜の旅の思い出を語り、その後紙ふうせんによるライブで伝承歌を肌で体験してもらう、そんなイベントをライブハウスか小ホールでできないかなあ、なんて考えている。  

 それはさておき。  
 会場で紙ふうせんの最新アルバム「Saintjeum」とともに販売されていたのが、この「メッセージ・ソング」である。  
 古今東西、時代を超越しさまざまなジャンルからメッセージソングをピックアップして紹介している。メッセージソングというとどうプロテストソングとダブって、声高なある種思想ががっている、というか聴衆を先導する過激さみたいなイメージが(僕には)あるのだが、著者はもちろんあくまでもその歌の背景、歌詞の意味から主張を持っている歌たちをメッセージソングとして取り上げているに過ぎない。  

 取り上げられる歌はフォーク、ポップス、ジャズ、歌謡曲等さまざまで、もちろん「竹田の子守唄」も収録されている(昨年同じ出版社から上梓された「放送禁止歌」とリンクする部分も多く、特に新しい発見はなかった)。  
 何しろ冒頭は安室奈美恵の「LOVE 2000」なのだから驚きだ。詞の意味をかみしめると味わいがでてくるから不思議。  
 うれしかったのはボブ・マリーの「ゲット・アップ、スタンド・アップ」だ。映画「太陽を盗んだ男」で原爆を完成させたジュリーがちょうどラジオから流れるこの歌にあわせてビール片手にひとり祝いながら踊り出すシーンは傑作で、僕はこれでレゲエとボブ・マリーを知った。「権利のために立ち上がれ」のサビの部分くらいしか歌詞の内容を理解していなかったが、その背景、意味を知ると歌そのものに対する見方が変わってくる。
 
 ビリー・ホリデーの「奇妙な果実」というタイトルの意味も初めて知った。衝撃だった。CDを買おうかなと思っている。   
 「コンドルは飛んでいく」「アメイジング・グレイス」等々、紹介される歌に込められたメッセージの数々はそれこそ「眼から鱗が落ちる」状態。
 人種問題、差別問題、貧困、蔑視さまざまな要素がなにげなく読み飛ばしてしまう歌詞の中に込められており、関西からの帰り、新幹線、JRと乗り継ぎながら読み進むうち、涙が何度かにじんだ個所もある。もうこれ以上電車の中で読めないと、ページをとじてしまった。  

 藤田氏はホールでの対談後、後藤氏、後藤氏の高校時代の同級生でかつて「竹田の子守唄」の本質に迫った本を自費出版した橋本正樹氏、「竹田の子守唄」が全国に知られるきっかけを作った方の息子さんに取材している。  
 後藤さんの好意で取材の模様を拝見させてもらい、終了後、氏に取材の目的をお訊きすると、今秋上梓する「定本・竹田の子守唄」(仮題)に反映させるとのこと。
 期待してます。

 この項続く




 19日(金)、やっと「駆出し女と駆出し男」を観る。

 チケット売り場でチケットを買って、おつりやら会員カードを財布にしまっていると、次のお客さんが欧米人カップルだった。男性が売り子に「MAX、Please」。売り子の女性がチラシを見せると、3D/2Dの2Dを指して「Yes、2D」。僕が日本語で「マッドマックスは明日からですよ」と言ってもわからない。で、女性に「英語しゃべれる人をお願いしたい」と。女性はバックヤードへ。
 英語で何て言ったらいいのだろう? いくつかの文章が頭に浮かんだが、声にでない。「Thismovie starts tomorrow」じゃ時制がおかしいし……。
  同じ女性が出てきてもう一度チラシを見せて公開日を指す。カップルは公開が明日からということがやっとわかったようだ。「soryy」と言って去っていった。

 上映終了後、明るくなった場内で、近くのカップルの、男性の声が聞こえてきた。
「映画らしい映画を観たよね」
 まあ、そういう映画だった。
「最後の忠臣蔵」同様、この映画もロケーションが素晴らしい。

 予告編のときから気になっていることがあった。主演の大泉洋の台詞「○○のド真ん中だ」。
 ドは関西方面の強調語(?)なのではないか。関東圏なら〈まん真ん中〉では? 劇中この言葉が連発されるのだ。別に現代劇ならかまわないのだが、江戸時代となるとそうはいかない。井上ひさしの原作「東慶寺花だより」がそうなっているのだろうか。原作をあたらなければなるまい。


 以下は、昨日と今日DVDで観る。

 「聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-」

 特撮が素晴らしい。特撮監督の佛田洋が自著「特撮仕事人」(中央公論新社)で、この映画の特撮について、かなり自信ありげに書いていたと記憶するが、嘘ではなかった。


  「Annie」

  旧作の、ジョン・ヒューストン監督作品。
 最新作が酷評された理由がわかった。内容や出来というよりも、現代を舞台にした作り方に問題があったのだと思う。
 たとえば、「次郎物語」や「風の又三郎」が2015年の東京を舞台にしたドラマだったら、もうそれだけで観る気が失せてしまう。そういうことだろう。
 ウォーバックス役のアルバート・フィニーがピート・ポスルスウェイトに見えてしかたなかった。




 前々項から続く

 僕自身が初めて「竹田の子守唄」を聴いたのはいつだろうか? これが覚えていないのだ。
 いや、きちんと(レコードを)聴いたのが、音楽の時間であったことははっきりしている。中学2年の3学期か。
 音楽のK先生が日本にこんな素晴らしいグループ(バンド)がいると、赤い鳥を紹介して「ミリオン・ピープル」を聴かせてくれたのだ。「紙風船」に耳を捉われたことだけ覚えているが、当然「翼をください」や「竹田の子守唄」を聴いたはずだ。

 「翼をください」は今では合唱曲の定番として有名である。音楽教科書の出版社が「翼をください」を合唱曲としてアレンジして掲載ことがきっかけとなって全国で歌われるようになったとのことだが、この掲載はいつのことか。というのは、僕たちは中学3年のときに、学年全員で市の音楽イベントに出場して歌っているのだ。「紙風船」を歌いながら舞台のそでから集合する演出だった。指揮はK先生。1974年のことである。

 閑話休題。
 赤い鳥とは、小学6年生のときにニヤミスしている。
 僕が初めて買ったレコードは上條恒彦の「誰かが風の中で」なのだが、このとき店内のLPコーナーをチェックしていたら、赤い鳥のアルバム「WHAT A BEAUTIFUL WORLD」のジャケットが目にとまった。日本語のグループ名、男女混合のメンバー、メンバーの中に僕好みのかわいらしい女性がいる、ということで「赤い鳥」がインプットされた。
 そして、こう思った。
「もう少し大きくなったら、こんな音楽を聴くのかもしれない」

 2年後にそのときがやってきたというわけだ。音楽の先生のお薦めがあったものだから、さっそくベストアルバム「ゴールデン・ベスト」を買ってきた。続いて「ミリオン・ピープル」。「ゴールデン・ディスク」には旧バージョンの「竹田の子守唄」が収録されているので、「ミリオン・ピープル」を聴くことで、歌詞の違いを意識したのだと思う。

 赤い鳥のファンになったとたん、解散が発表された。確か中学3年の春だった。
 ラストアルバム「書簡集」のリリースは74年7月。9月に解散して、すぐに後藤さんと平山さんは紙ふうせんとして活動を始める。1stアルバム「またふたりになったね」がリリースされたのが12月。あの時代、LPレコードは高価(2,500円ほど)だったので、おいそれと購入できなかった。僕は赤い鳥のラストアルバムより紙ふうせんの1stアルバムを買い求めた。「書簡集」は高校生になってから、それもポイントが集めて無料で手に入れたのだ。
 赤い鳥のアルバムは徐々にゆっくり購入していくつもりでいたら、売れ筋以外のアルバムはあっというまに店頭から消えてしまった。注文すれば取り寄せられたのだろうが、そんなことは当時思ってもいなかった。
 そんなわけで、「FLY WITH THE RED BIRDS」「竹田の子守唄」「祈り」「ミリオン・ピープル」「書簡集」以外のアルバムは長い間手に入らず、CD復刻まで待たなければならなかった。

  さて、紙ふうせん。2ndアルバム「愛と自由を」が世界のフォルクローレを集めたものだった。日本代表として(?)「竹田の子守唄」が収録されており、僕には紙ふうせんになっても「竹田の子守唄」を歌っていくよというふたりの宣言に思えた。

 1977年、紙ふうせんは赤い鳥時代から慣れ親しんだ東芝EMIを離れて、CBSソニーに移籍する。
 シングル「冬が来る前に」が大ヒットして、通算3枚めのアルバム「再会 新たなる旅立ち」をリリースするのだが、B面に橋本正樹作詞の「十六夜日記」が収録されていて驚いた。この人、いったい何者なのだろうかと思った。

 この項続く




 先週の備忘録を。

 10日(水)、「攻殻機動隊 新劇場版」の試写会がよみうりホールであった。
 「頭文字D」の試写会のとき、Kさんからメールでの誘いが「イニシャルD」とあって、実写の日本映画だと勘違いしていた。
 今回は、「行きます、行きます、行かせてください、お代官様!」である。

 押井守監督の「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」がそうだったように、本作も電脳が義体がどうのこうのと文科系人間には小難しい単語が頻発して内容をすべて理解できたかはなはだ心もとない。プロット自体はそれほど複雑には思えないのだが。
 音楽も、川井憲次でなければ、という個人的な意識が強いのだが、アクション時の、妙に冷めた劇伴が印象的だった。

     ◇

 公開時から自分の中でずっと封印していた「瞳の中の訪問者」を今になってDVDで観た。先週のことだ。
 手塚治虫の「ブラック・ジャック」の実写映画化だが、当時は宍戸錠のブラックジャックに怒り狂って観賞はパスした。その後も大林宣彦監督の嫌な部分が全開しているのではないかと近寄らなかった。
 秋に発行される「まぐま」の手塚治虫特集記事の一つとしてエッセイ「コミックと映画のあいだいに」を書こうと封印を解いたのである。映画は思っていたとおりだったが、宍戸錠のブラックジャックがそれほど悪くなかった。
 詳しくは「まぐま」で……。

     ◇

 13日(土)は、「最後の忠臣蔵」をDVDで観る。池宮彰一郎「四十七人の刺客」の続編で小説は読んでいる。映画化されたときは劇場で押えようとして叶わなかった。
思えば、「四十七人の刺客」が市川崑監督で映画化されたことから「忠臣蔵」に関心を持ったのだ。史実としての赤穂事件に。

 ロケーションが素晴らしかった。


 ちなみに日付は変わってしまったけれど、本日は、北澤八幡神社「立川談四楼独演会」。200回記念の師匠ネタおろしの3席は見応え、聴き応え十分だった。




 前項で書き忘れていたことを。
 なぜ、赤い鳥の「竹田の子守唄」の2番は変更されたのか?

 「竹田の子守唄」は、作曲家の多泉(現・尾上)和人氏が舞台「橋のない川」の音楽をつくるために、京都・伏見区の竹田を取材、採譜してできたものだ。地元に住む、ある女性がうたってくれた守子唄をアレンジした。

 この劇音楽はその後合唱曲となって、多泉氏が指導する合唱団がコンサートで歌い始める。この曲が、合唱団のコンサートに来ていたフォーク歌手の大塚孝彦氏の耳を捉えた。当時、新しい題材として日本の歌を探していた大塚氏は「竹田の子守唄」を高田恭子さんと歌いだす。二人の歌を聴いて感動した後藤さんが平山さんとデュオを組んで「赤い屋根の家コンサート」で歌い、やがて赤い鳥のレパートリーとなった。

 橋本さんが調査してわかったことの一つが、「竹田の子守唄」の元歌には、〈盆がきたとて 何うれしかろ/かたびらはなし 帯はなし〉がないということだった。この歌詞は別の子守唄からとられたものだったのだ。
 後藤さんは、元歌にある〈久世の大根飯 吉祥の菜飯/またも竹田のもんば飯〉がこの歌の肝だと判断して、歌詞を入れ替えたのだった。

 この歌詞でうたったことがその後問題を起こすことになる。

 後藤さんは元歌をうたった女性をコンサートに招待する。実際に会って「竹田の子守唄」をうたう許可を得ようとするのだが拒否された。歌ってくれるなと懇願されたのだ。〈久世の大根飯 吉祥の菜飯/またも竹田のもんば飯〉は地元の恥を世間に公表するようなものなので、みんなに顔向けできないと嘆くのである。

 結局、女性の許可は降りなかった。メンバーからはそこまでして歌う必要もないのではという意見もあった。しかし、後藤さんは譲らない。
 最終的に女性の息子さんが仲介して何とかうたえることになったのだった。

 だから、赤い鳥が解散して紙ふうせんになってからも、後藤さんと平山さんは〈久世の大根飯 吉祥の菜飯/またも竹田のもんば飯〉の歌詞でうたっている。
 正確さをきすと、2番と3番が入れ替わるのだが。

  守もいやがる 盆からさきにぁ
  雪もちらつくし 子も泣くし

  この子よう泣く 守をばいじる
  守も一日 やせるやら

  久世の大根飯 吉祥の菜飯
  またも竹田のもんば飯
 

  はよも行きたや この在所こえて
  向こうに見えるは 親の家(うち)
  向こうに見えるは 親の家(うち)

 リードヴォーカルは平山さん。ただし2番は後藤さんがうたい、平山さんは旧バージョンと同じ「ねんねんやー、ねんねんやー」担当。この第3のバージョンをいつからうたいだしたのか、僕は知らない。レコードでは、紙ふうせんのセカンドアルバム「愛と自由を」で聴くことができる。
 2000年にリリースしたアルバム「サンジュアム」には新録音の「竹田の子守唄」が収録されている。新しい歌詞を追加した第4バージョンといえるものだが、これについては、後で触れたい。

 この項続く




 赤い鳥の「竹田の子守唄」には2つのバージョンがあるのをご存じだろうか。

 赤い鳥はメジャーデビューする前に、URC(アングラレコードクラブ)からシングル「お父帰れや/竹田の子守唄」をリリースしている。
 メジャーデビューするとコロムビアレコードから1stアルバム「FLY WITH THE RED BIRDS」とシングル「人生/赤い花白い花」をリリース。「人生」は「竹田の子守唄」の替え歌(?)で、山上路夫氏が詞を書いている。編曲は大野雄二氏。
 東芝EMIに移籍して「誰のために/小さな歴史」に続いてシングル「竹田の子守唄/翼をください」をリリースするとこれがスマッシュヒット。このヒットで「竹田の子守唄」が一般的に知られるようになった。4thアルバムのタイトルはそのものずばりの「竹田の子守唄」である。

 「竹田の子守唄」は赤い鳥がアマチュア時代からレパートリーにしていた伝承歌だった。メジャーデビューのきっかけとなった「第3回ライト・ミュージック・コンテンスト」では「竹田の子守唄」と「COME AND GO WITH ME」をうたってフォーク部門で優勝、総合でグランプリを獲得した経緯がある。
 「赤い鳥コンプリートコレクション」のレアトラックスでこれら初期の「竹田の子守唄」をすべて聴くことができる。

「竹田の子守唄」(URCバージョン)
「竹田の子守唄」(シングル・バージョン)
「竹田の子守唄」(第3回L.M.C.ライブ・バージョン)

 歌詞はこうなっている。


  守もいやがる 盆からさきにぁ
  雪もちらつくし 子も泣くし

  盆がきたとて 何うれしかろ
  かたびらはなし 帯はなし

  この子よう泣く 守をばいじる
  守も一日 やせるやら

  はよも行きたや この在所こえて
  向こうに見えるは 親の家(うち)
  向こうに見えるは 親の家(うち)


 リードヴォーカルは新居(現・山本)潤子さんで、2番でバックに平山さんのコーラス「ねんねんや~ ねんねんや~」が入る。

 5thアルバム「赤い鳥スタジオライブ」でも「竹田の子守唄」が聴けるが、歌詞が一部変更されていた。それは2枚組の実況録音盤「ミリオンピープル」も同じ。
 歌詞はこうだ。


  守もいやがる 盆からさきにぁ
  雪もちらつくし 子も泣くし

  久世の大根飯 吉祥の菜飯
  またも竹田のもんば飯

  この子よう泣く 守をばいじる
  守も一日 やせるやら

  はよも行きたや この在所こえて
  向こうに見えるは 親の家(うち)
  向こうに見えるは 親の家(うち)


 2番の〈盆がきたとて 何うれしかろ/かたびらはなし 帯はなし〉が、〈久世の大根飯 吉祥の菜飯/またも竹田のもんば飯〉に変更になったのだ。
 この変更に伴い、平山さんのコーラスがなくなった。

 「スタジオライブ」のリリースが1971年12月。シングル「竹田の子守唄/翼をください」の発売は同年2月。この間に何があったのか?
 アマチュア時代から「竹田の子守唄」をうたってきたとはいえ、赤い鳥のメンバーはこの歌について何も知らなかった。竹田がどこのあるのかという質問にも答えることができなかった。
 リーダーの後藤悦治郎さんは歌の出自を調べる決意をする。そして高校の同級生、橋本正樹さんに調査を依頼するのである。
 調査の結果、京都は伏見・竹田地区の民謡であること、被差別部落の守子唄であることをつきとめた。
 橋本さんはこの経緯をまとめて「竹田の子守唄」という本を自主出版した。

 僕はこの本の存在を「ミリオン・ピープル」で知った。
 「ミリオン・ピープル」には大型ポスターがついていて、裏面が赤い鳥新聞の拡張版といった体裁だった。メンバーだけでなくプロデューサー、ディレクター、マネージャー等々、業界関係者のさまざまな声が掲載されていた。
 永六輔氏も一文をしたためていた。
     ▽
 橋本正樹君の「竹田の子守唄」に目を洗われた以上赤い鳥に耳を洗われたいという気持ちが強くなりました。
     △
 永さんは橋本正樹という人が書いた「竹田の子守唄」の何に目を洗われたのか? 何が書かれていたのか?

 その後、赤い鳥新聞に掲載された後藤さんの文章に次のことが書かれていて、「竹田の子守唄」が何か問題を抱えていることを知ることになる。
     ▽
 「五木の子守唄」や「竹田の子守唄」は真に理解されないまま、伝承されずに終わる運命にあるのかな
     △

 こうして、大学時代、僕は幻の本「竹田の子守唄」を求めて神保町の古書店を探し回るのだ。ちと大仰かな。

  この項続く



 正真正銘、最後の〈転載:紙ふうせんコンサート・ライブ〉シリーズ。
 2回めのシークレットライブはなぜか名称がスペシャルライブだったんです。
 最初のコーナーが印象深かったですねぇ。
 「紙ふうせん初期のライブ音源を聴く会」は、新橋のサロンSHUではなく、青山のカフェバー「brim」で開催しました。北海道からTさんも参加してくれて感謝! でした。

     ◇

2008/04/27

 「紙ふうせんスペシャルライブ」(SOUND INN 英國館)

 紙ふうせんのFC限定のシークレットライブが昨年に引き続き開催された。
 今年もいろいろ趣向を凝らしたライブだったが、最初のコーナーに驚き、感激した。

 ステージには後藤さんが一人。四百字詰め原稿を片手にゆっくりと朗読する。内容は1970年代前半の東京暮らしの思い出だ。赤い鳥から紙ふうせんへ活動が移ったころ。神泉、池の上、経堂、原宿。事務所は代官山。思い出話の間に当時の曲が挿入され、会場に流れる。その音源が74年9月に開催された「紙ふうせん旅立ちコンサート」のライブなのだからたまらない。
 朗読、CDによる音源の再生。この仕掛けにピンときた。先週(19日)の「紙ふうせんトリビュートライブ」(朗読)に対する後藤さんの返歌(アンサーソング)なのだ。

 朗読の後、MCで先週のライブに触れ、「素材はこちらの方が豊富ですからね」。オープンリールに収録されていた、これまでのコンサート、ライブの音源をCDにしたのだそうだ。
 その一言にまたピン! これまた数年前になるが、「紙ふうせんの初期のコンサートを聴く会」を東京地区で開催する旨後藤さんにお願いしていたのだ。FC会員が集まった際、飲食時のBGMに流す。紙ふうせんが結成されてから17年間、ライブを観たことがなかった僕の夢だった。
 FCの皆さま、新橋のサロンSHUで開催しますよ~。 

  ヘイ!/まつり/夜店のうた

 続いて紙ふうせんのサポートメンバー(ピアノ)である今出さんのサプライズコーナー。70年代の横山やすし風ファッションで登場した今出さんが何をするか説明する。な、何と若いジャズ歌手のアンリさんとデュエット。きちんとハモっていた。ヴォーカルも一つの楽器なんだなあと実感する。

  トゥナイト…(タイトル失念)

 後藤さんと平山さんが登場。まずはPPMメドレー。

  悲惨な戦争/パフ/天使のハンマー

 そしてお馴染みの伝承歌。

  竹田の子守唄

 先日、NHK「坂崎幸之助の一夜限りの音楽ライブ」が再放送されて、たまたま後藤さんが見ていた。(ゲストの一人が山本潤子ということもあって)ゲストの泉谷しげるが赤い鳥を話題にしていたという。
「歌がうまくてコーラスが抜群でチューニングができる。自分ができないことが全部できる赤い鳥は大嫌いだった」
 そう怒る泉谷しげるが昔と全然変わっていなくて素敵だなあと後藤さん。

 サポーターメンバー(ギター)のすぎたさんのコーナー。

 「ティファニーで朝食を」の主題歌と、自身のデュオ「ハル」のオリジナル曲。

  ムーンリバー/僕を救ってくれたのは

 後藤さん「My name is ベッツィ」
 すぎたさん「My name is クリス」
 二人が挨拶して歌いだしたのが「白い色は恋人の色」。挨拶にはテーブルから「気持ち悪い」の声も。この曲は平山さんのリクエストだという。
 GWに公開される、6人の俳優がボブ・ディランを演じるちょっと毛色の変わった伝記映画「アイム・ノット・ゼア」の話題から「トリビアの泉」へ。ピーター・ポール&マリーは、もしかした、ピーター・ボブ&マリーになっていたかもしれないという話。ボブ・ディランの伝記本に書かれているのだそうだ。ということで、代表曲「風に吹かれて」
 「LOVE」は今出さんのピアノで、平山さんがしっとりと。

  白い色は恋人の色/風に吹かれて/LOVE

 ベースの浦野さんも加わって、いつものナンバーで駆け抜ける。
 今出さん、すぎたさんとコーナーがあったのに、なぜか浦野さんのがない。昨年はきちんと受け持ったのに。
 ラストは「紙風船」の大合唱。

  街を走りぬけて/ホーハイホー/船が帰ってくる/冬が来る前に/紙風船

 今年は、本当の意味でFC限定のライブになっていたような。肩の力の抜けた進行が心地よい。楽しかった。
 来年もぜひ! 




2015/06/05

 「セッション」(TOHOシネマズ シャンテ)

 ※ネタバレしています。

  「忠臣蔵」という芝居がある。日本人好みの物語で、これまで映画、TVドラマと何度となく映像化されている。
 赤穂事件を題材にした創作劇だから、内容にあれこれ言っても詮無いことはわかっている。が、しかし、高家肝匙という吉良上野介の立場、及び、勅旨饗応役の浅野内匠頭長矩との関係を考えれば、物語のような吉良と浅野の対立なんて起こるわけがない。

 高家とは江戸幕府において儀式や典礼を司る役職のこと。京都(朝廷)から勅使が来るのでそれを接待する役目に浅野内匠頭が任命された。この饗応役を指揮、指導するのが吉良上野介なのだ。
 物語の中では、浅野が饗応役の教えを乞うための賄賂を吉良に贈らなかったことで、吉良の怒りを買い、何かにつけて意地悪をされて、最終的に堪忍袋の緒が切れ、殿中で刃傷沙汰に及んでしまうという展開となっている。

 おかしいのは吉良の浅野に対する意地悪というところ。意地悪されて、浅野は饗応役の仕事を何度もしくじりそうになる。しかし、勅使を迎える儀式でミスが起きれば、恥をかくのは幕府なのだ。儀式のミスはそのまま吉良の責任とということになる。当然何らかの処罰を受けるだろう。吉良が浅野に意地悪なんてできるわけがない。吉良が、どんなに浅野のどんくささに頭にきても、京都からの勅使をきちんとお迎えして滞りなく進行させお見送りするまでは、きちんと面倒みるはずなのである。意地悪するならその後だろう、あくまでも仕事を離れたところで。

 映画「セッション」のクライマックス(の直前)で、この忠臣蔵と同じ疑問を感じてしまった。

 活字でこの映画を知ったとき、音楽業界の「巨人の星」だと思った。
 楽器が血反吐で汚れるというのは、実際のところ〈音楽家の心得として)どうなんだろうという素朴な疑問もあるが、鬼講師(J・K・シモンズ)のスパルタレッスンとそれに耐えてドラマーとしてたくましく成長していく青年(マイルズ・テイラー)、という構図はラストまで続くと考えていた。
 途中で青年がリタイヤ(退学~ドラマーの道を断念)してしまうのは予想外であり、青年のチクリで講師が学校を辞めさせられることもあって、映画の着地点がわからなくなった。

 二人が再会してからは、先の因縁があるので、講師の青年に対する言葉に何やら裏がありそうで不安でたまらない。講師に誘われてビッグバンドに参加した青年が、音楽祭のステージへ向かって階段を上っていくところなんて、誰かに刺されるのではないかとヒヤヒヤしていた。
 しかし何事もなくステージのドラムのところへ。

 ここからが、映画に仕掛けられたツイストだった。
 やはり、講師は青年に対する復讐を計画していたのだ。ステージで青年がうまくドラムを叩けずに赤っ恥をかかせる。それが狙いだったのだ。
 青年が事前に受け取っていた楽譜は、当日の演奏曲(「Whisplash」という曲でこれが映画の原題)ではなかった。それが今まさに演奏する直前にわかる。どうすることもできない。演奏はメタメタ。青年は、バンドのメンバーの、観客の、審査員の、非難の眼にさらされてしまう。

 なるほど、そういうことか――。
 しかし、よく考えてほしい。音楽祭で惨めな演奏になれば、ビッグバンド全体の失敗となり、それはとりもなおさず、バンド責任者(指揮者=鬼講師)のミスになるのではないか。いくら復讐のためとはいえ、プライドの高い(今後の生活もある)講師がそんな選択をするのだろうか。だいたいこのバンド、事前に練習は行っていないのだろうか。
 つまり、その後に用意されているクライマックス(ドラムソロ)から導き出された安直な処置であり、シナリオが練られていないということなのだ。最近のTVドラマ、映画でよく目にするパターン。
 
 とはいえ、その後のドラムソロは素晴らしく、もうそれだけで満足だ。音楽が醸し出す高揚感を体感できるという点からこの映画を認めてしまおうという気になる。




 7日(日)の午後、図書館へ行った。
 いつも川口図書館と言っているが、正式名称は川口中央図書館。もともとは川口市役所の道路を挟んだ斜め前にあった。隣は川口市民会館。川口駅前が改装されて、キュポ・ラという施設が建設された。駅とはデッキでつながっている。
 この建物の5階に中央図書館がある。目の前が公園で、公園と建物の間が駐輪場になっている。
 この駐輪場がいつも満杯なのである。いや、平日の状況はわからない。しかし、土日に図書館へ行くといつも満杯ということが多いのである。で、そういうときは空ができるまで入口で待たされる。
 駐輪場には警備員が一人常駐しており、自転車の整理整頓、出入りの調整、管理をしている。自転車が1台出ると入口で待機している自転車を呼び込むわけだ。

 日曜日はけっこう長い列ができていた。10台ほどの自転車が駐輪場の空を待っていて、その最後尾に並んだ。自転車に乗った状態で読書して時間をつぶす。
 15分ほど経っただろうか、列の一番前になった。後ろを見ると小学生5、6年(だと思う)の男の子たちが4、5人並んでいる。警備員に声をかけられてもいいように、本をリュックにしまった。
 そのとき横を2台の自転車が駆け抜けていった。中学生だろう男子2人が、あっというまに駐輪場に入っていったのだ。
 後ろの小学生たちの声が聞こえてきた。
「ずるいなあ」
「オレ、前(を走っていた)人、知っている」
 中学生2人は、入口から一番離れたところで自転車を降りて、駐車スペースを探している。

 キレた。
 自転車から降りてスタンドを降ろす。2人のいるところに向かっていった。2人は警備員となにやら話している。
 近づいて警備員に注意した。
「列に並ばないで入ってきたんですよ、こいつら!」「きちんと並ばせてください!」
「すいません、駐輪で列ができているとは思わなかったんです」
2人のうちの細くて小さい方が言った。「(列を見て)何のイベントがあるんだろうとは思ったけど」
 嘘こけ。お前ら初めてここに来たってか。並んでいるのは全員自転車に乗っている、あるいは持っている人たちだぞ。普通ならそこで何かあるなと思うだろうが。それとも本当に知らなかったのか?
 もう一人の大きい方がつぶやいた。
「でもさあ、そんなことを言いに来たの?」
 キレた×2。怒鳴った。「あたりまえだろう! 頭にきてんだから」
 2人は、自転車に飛び乗ると公園を抜けて逃げていった。




 先週5日(金)、やっと「セッション」を観た。先月14日、今月1日の各サービスデーは別の予定があったため、劇場に行けなかった。このまま割引きデー目当てだといつになるかわからない。仕方ないのでポリシーを曲げて1,800円払った次第。

 料金は少しも高くなかった。
 想像していたストーリーとちょっと違った。
 ジャズ屋の某氏がこの映画を酷評したことで、町山さんとの論争に発展した(で、それが大ヒットにつながった?)。どんな酷評をしたのか知らないが、文句を言いたい気持ちはわかるような気がする。
 クライマックスに衝撃を受けた。音楽そのもの、演奏そのものでこちらを高揚させてくれたからだ。

 平山(泰代)さんは、この映画と「バッドマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」を観て村上ポンタ秀一氏を思い出したとのこと。自身がパーソナリティを担当しているFM番組で「誰が鳥を」を流すほどだから、その感銘度がわかる。今月送付の「FCだより」にも書いていました。

 紙ふうせんのコンサート・ライブの転載シリーズ、終わったつもりだったが、シークレットライブがまだ残っていた。
 FC会員を対象にしたこのライブは、07年から始まったのだった。当初はGWに開催していた。昨年は7月、武庫之荘のあの文化会館が会場だった。どうしてもはずせない用があって行けなかったけれど。
 今年は、9月に蔵を改装した某空間で開催されます。

 翌10月の4日(日)は「紙ふうせんリサイタル なつかしい未来vol.10」。フライヤーが完成した。
 気に入りました!!

natsukashiimirai10
なつかしい未来シリーズ
ファイナルです

     ◇

2007/04/29

 「紙ふうせん シークレットライブ」(SOUND INN 英國館)

 3月某日は紙ふうせん、平山(泰代)さんの××回目の誕生日。昨年の4月には後藤(悦治郎)さんが還暦を迎えた。
 これを記念してバースデーライブが開催された。ふたりからファンクラブ会員へのプレゼントとして、会員限定のシークレットライブ! 
 場所は北新地にある英國館というジャズ専門のライブスポット。
 この日は後藤さんと、赤い鳥時代からのバックミュージシャン(ベーシスト)、「冬が来る前に」の作曲者でもある浦野直さんの誕生日でもあった。

 交通費を節約するため、深夜バスにするかどうか直前まで悩んでいた。前回利用した格安バスは、ウトウトすると休憩(トイレタイム)になってほとんど眠れなかった。このところ疲れがはなはだしいことだし、だったら奮発して往復新幹線だぁと腹をくくった(その代わり帰ったら毎日力仕事だ)。
 ところが前日、ほとんど眠れなかった。赤い鳥CD-BOXのレア・トラックスをBGMに布団に入ったのだが、3曲目になっても意識がなくならない。何回CDを繰り返し聴いたことか。
 実はシークレットライブへの期待で、胸が高鳴って眠れたもんじゃなかったのだ。まるで次の日が遠足の小学生みたい。

「昔の曲をやる予定なんです」
 一週間前にNマネージャーにどんなライブになるのか確認したら、そういう返事だった。小躍りした。「長年の夢がかなった!」
 ファーストアルバムから何曲歌うだろう? 赤い鳥時代の曲は? あんな曲、こんな曲。ファンクラブ限定なんだから、隠れた名曲を披露するんだろうなぁ、別に演奏や歌詞を間違えたっていいだんからさ。  
 ほとんど寝ていないのに、8時にセットした目覚ましが鳴る前に布団から起き出してしまう始末。

 こんなことなら深夜バスでもよかったなあと後悔しながら重たいリュックを背負って11時33分東京発の新幹線「のぞみ」に飛び乗った。
 リュックの中は「体験的紙ふうせん論」が掲載されている「まぐま」最新号10冊と浦野さんへの誕生日プレゼント「名人 志ん生、そして志ん朝」(小林信彦/朝日選書)と「ファイティング寿限無」(立川談四楼/ちくま文庫)、いや嘘、本当は昨年から用意していて送りそびれていた。
 そして、そして業務で大至急学ばなければならない「バランス・スコアカードがよーくわかる本」。でもそんな本はぜったい飽きるから、もう1冊「クライマーズ・ハイ」(横山秀夫/文藝春秋)を用意、したはずが忘れた……。

 14時08分新大阪着。JRで大阪駅へ。降りたら地図を頼りに地下街を通り抜けて北新地へ。地上へ出たらすぐ目の前が英國館のあるビルだった。
 16時開演(15時30分開場)にはまだ時間がある。どこかでお茶する前に、お店だけ確認してみるか。エレベータの釦を押した。後ろに人影を感じて振り向いた。
「あ~!」
 バックのピアニスト、今出哲也さんが派手な黄色のジャケット(&黒のパンツ)姿で立っていた。

 まさか今出さんも出演されるとは思っていなかった。浦野さんのベース、後藤さんの後輩(京都外大のアメリカンフォークソング部)で、ハルというグループでも活動しているすぎたじゅんじさんのギターは予想していたのだが。いつものメンバーが勢揃いするわけだ。
「何をするか実はよくわかっていないんだ」とはエレベーターの中の今出さんの弁。

 開演前に後藤さんの前説があった。平山さんが登場したらハッピーバースデー・ツー・ユーのバースデーを寿賀にして皆で唱和してほしいと。
「いいですか、絶対バースデーとは歌わへんように!」
 やっぱり女性は大台に乗ると気にするものだろうか。
 それから本日の進行説明。それはスタッフの役目では? でも、まあ、リサイタルでも陰アナやってましたからね。

 平山さんが登場すると、20本の蝋燭が立ったケーキとともにに〈ハッピー寿賀ツーユー〉。深紅のバラの花束贈呈があって、まず祝辞。ファン代表はNHK「趣味悠々 はじめての写経」で平山さんとともに生徒になって写経を習ったSさん。大柄な枝雀さんみたいなご面相。
 浦野さんの乾杯の後、まずは紙ふうせんライブ。

 昔の曲って、洋楽の「オーバー・ザ・レインボー」や「君ほほえめば」だったみたい。夢叶わず……
 2曲目の歌は数年前のリサイタルで披露されたもの。後藤さんの作詞作曲なのだが、平山さんからリテイクくらって、詞が共作になった。だからタイトルがまだないという。これが2回目。後藤さんのふてくされることといったら……。
 紙ふうせんがデビューしてから四半世紀ほど、ほとんどが後藤さんの作だった。なぜか共作というものがない。CBSソニー時代は女言葉による歌が多かったがすべて後藤さんの作詞だ。赤い鳥時代は歌だけ聴くと、平山さんの方が男性的だったように思う。別に後藤さんが女性的というわけではないけれど。
 平山さんの歌で「泣かないで My Love」というのがあって、その一節、雨が降っても会いたい、雨がやんでも会いたい、に女心だなぁと思った。
 女性は落ち込んだとき鏡の前で笑う練習するのよ、と平山さん。人生にスマイルを!

 「ホーハイホー」はNHK「みんなのうた」から出た歌だが、久しぶりにまた「みんなのうた」用に考えているとのこと。今度は伝承歌。「もうっこ」らしい。期待大!!

   竹田の子守唄/無題/オーバー・ザ・レインボー(アカペラ)/虹/街を走り抜けて/
   君ほほえめば/ホーハイホー/ルート43/船が帰ってくる/冬が来る前に

 ライブのあとも企画は盛りだくさん。
 俳句BINGO。9つのわくに各人自由に5、6月の季語を書き込む。後藤さんから季語の発表があって、上下、左右、斜め、BINGOになると豪華商品が当たる仕組み。
 イントロあてクイズもあった。それもただのイントロではない。Aだと思ったらBだったというひっかけ問題。
 ファンがマイクの前で一芸を披露するコーナーも。
 すぎたさんを講師にギターを習っているIさん。極度の緊張で、ステージに立つ前にビールをがぶのみ。これでなんとか落ち着けたなんて自信満々だったのに、いざギターを弾いたら、もうメロメロ。
 Sさんは写経の先生のお祝いの言葉を録音してきて披露した。
 その某先生の第一声。
「平山いくよさん、おめでとうございます!」
 平山さんも後藤さんもハラヒレホレヒレ~。大爆笑。

 すぎたさんの歌、今出さんのピアノソロ、浦野さんのベースで、この俳句はなんでしょう? これ何て言っている? 
 和気藹々にパーティーは終了したのでした。




 続けてサンデー毎日連載の中野翠「満月雑記帳」を話題にします。

 前号だったか、前々号だったか、中野翠は〈上から目線〉について言及していた。友人の呉智英の書籍を取り上げ、その文章が上から目線だと指摘するのだが、ものを知っている人が知らない人に教える際にはそうなっても仕方ない、というようなことを書いていた。これは納得できた。

 もともと僕が〈上から目線〉についてよくわかっていないことによるのかもしれない。あまりこだわっていなかったというべきか。
 そんなわけだから〈上から目線〉を気にしたことがなかった。呉智英の本は何冊か読んでいるが、悪い印象は持っていない。

 ただ、ある文芸評論家が趣味の方面で書いた本を読んで、ああ、これが最近よく目にする〈上から目線〉か、と思った。読んでいて不快だった。「あんた、何様のつもり」という思い。
 もう一冊、こちらも趣味の分野の本だったが、同じ印象だった。趣旨はいいのに(こういう本を書きたかった、書店でみたときやられたと思った)、間違いが多く、悪文も気になる。にもかかわらず態度だけは偉そうだからいい加減腹が立ったのだ。

 不思議なのは、この評論家、若者(だろう)にけっこう人気がある。ファンにすれば、この上から目線態度がたまらないのかもしれない。いや、そんな風には感じていないのかも。
 というのは。思い当たることがあるからだ。

 たとえば小林信彦。確かに70年代、キネマ旬報連載の「小林信彦のコラム」を読み始めたころは反発もしたが、それは意見の相違であって、不快感とか「あんた何様!」的感情を抱いていたわけではない。それ以上に教わることが多いとありがたがっている。
 ところが、小林信彦の文章に、自慢話ばかりじゃないかと反発する人がいるのである。小林信彦の本を読んでは批判する、そういうブログがあるのだ。小林信彦で検索するとかヒットするので知った。そんなに嫌いなら読まなければいいのに。そうコメントしたいところだが、ブログに書くのは個人の自由だし、ヒットするとクリックしてしまう自分が悪いのだと思うことにしている。

 そういえば、前述の評論家もアンチ小林信彦で、小林信彦の小説がつまらない、ヘタだとよく書いている。小林信彦の新作小説を連載エッセイで批判したら、同じ版元の月刊誌だったこともあって、却下されると同時に連載が中止になってしまったのだから、そりゃ頭にくるだろう。意地になるのもわからなくはない。
 この方も小説を書いているんですよね。2冊しか読んだことはないけれど、添削したくなるような文章を書く方なので読む気はありませんが。




 2日(火)はサンデー毎日の発売日。
 「お前はもう死んでいる!」雑誌にもかかわらず、毎週書店で手に取るのは中野翠のコラム「満月雑記帳」をチェックするためだ。本当にチェックだけで、何が書かれているかを確認しておしまい。全部読まない。読むのは本にまとまってからにしている。

 小林信彦の場合、毎週木曜日の文春発売日には必ず「本音を申せば」を読むし、単行本になったら購入する。同じファンでも対応はずいぶん違う。まあ、中野翠の本はずっと図書館で借りて読んでいて、ファンといえるかどうかあやしいのだけれど。
 ファンかどうかあやしいと思う理由はもうひとつある。コラムの内容に対して、共感するとともにいまだに激しく反発しているからだ。なにげなくでてくる中野翠フレーズにイラつくこともたびたびある。

 もちろん、70年代、キネマ旬報の「小林信彦のコラム」を愛読していたとはいえ、受け入れないこともあった。反発もした。が、いつしかそういうことがなくなった。価値観はほぼ共有していると思っている。だからこそファンを続けられるのだろうし。
 いや、今でも「?」と思うことはある。最近「本音を申せば」で何度となくスピルバーグ批判をしているが、僕自身はスピルバーグ監督の演出手腕を高く評価している。ただ嫌う理由はわかるような気がする。昔、小沢一郎を批判していたにもかかわらず評価するようになったのは武田記者や上杉隆の影響だろう。

 小林信彦への共感と反発が95:5だとすると、中野翠へのそれは70:30か65:35くらい。けっこう反発しているのである。

 今週号は「満月雑記帳」冒頭の書き出しにカチンときた。
 「ソフトバンクとauのコント風CMシリーズが、私は少しも面白いと思ったことがない、笑えない」旨を書いているのだ。別に中野翠が両CMを見て面白くなくても、笑えなくてもいい。しかし、それがあたかも正論のように書いてほしくない。一部の好事家だけが面白がっている事象に対して正義感ぶって否を唱える態度、CMを面白がる、CMを見て笑っている世間一般がおかしく、笑えない自分こそ正しいという考えが透けて見える文章に反発したのだ。

 実際のところ、ソフトバンクのCMは笑える。たとえば、お父さん(白犬)がお風呂に入って変な歌をうたっていると、お母さんが「近所迷惑!」と叫ぶCM。続くカットは無言のお父さん。この間が良い。お父さんがつぶやくバージョンもあるが、僕はだんぜん無言バージョンが秀逸だと思っている。
 最新作はauのCMをたぶんに意識した桃太郎編。市原悦子のおばあさんがで川で洗濯していると川上から大きな桃が流れてくる。対岸でそれを見ている白戸家のお母さんとお父さん(白犬)。市原おばあさんのスマホが鳴り出しておばあさんがでておしゃべりしている間に桃は通り過ぎて流れていってしまう。それを無言で見送るおばあさん。お母さん、お父さん、猿ときじ。やはり間がたまらない。さる、きじとお父さんのやりとりも見ものだ。

 今回の中野翠に、その昔、「マカロニほうれん荘」が面白くない! と主張した渋谷陽一を見る思いがした。団塊の世代はソフトバンクの白戸家シリーズについて面白くないと感じている人が多いのだろうか。




 先日、映画「永遠の0」を観た。
 ずっと敬遠していたのだが、やっと重い腰を上げブルーレイを借りたというわけ。

 特撮ファンとしては、公開時VFXに興味があったものの、なんとなく原作者に対して不信感があったのと、主題歌にサザンオールスターズが起用されゲンナリしてしまって劇場観賞はパスしてしまった。
 サザンはデビュー時から好きなグループだが、映画の主題歌となるとベタじゃないかと思ってしまうのだ。

 で、感想。TVのスペシャルドラマより映画の方が断然面白かった!
 TVのラジコン模型を使ったゼロ戦の空中戦も悪くなかった。予算がないのだから、特撮場面には知恵と工夫が必要である。ラジコン模型は目から鱗のヴィジュアルで、それなりに楽しめた。そう、それなりに楽しめたのだが、映画のVFXと比較するには無理がある。迫力が全然違うのだ。特に戦艦との戦いに。
 (甲板で逃げ惑う人たち、海面で右往左往する人、よく見ると作られたもの。小さなTVでもわかるのだから大スクリーンではどうだったのか。)
 ドラマもコンパクトにまとまっていて好印象。TVはスペシャルが3夜続いたが、長ければ良いというものでない。

 ただし、TVドラマと同様にキャスティングには問題がある。つまり、戦時中の青年とその青年の現在の姿である老人がどうしても同一人物に見えないところ。これがネックなのだ。
 たとえば新井浩文が歳を重ねて田村泯になると思えますか? 染谷将太(夏八木勲)、濱田岳(橋爪功)も同様。三浦貴大と山本学はなんとかつながるか。

 別に役者が悪いわけではない。それぞれ自分のパートで好演しているわけだから。舞台だったら気にならないのだが、映像作品だとリアリティの観点から余計なことを考えてしまう。これが小学生(あるいは中学生)と老人だったら、大きな相違でもありうるのだが、青年になると外見上の変化が見られなくなる。肥満化すれば別だけど。
 山本学、山本圭の兄弟は映画とTVドラマで同じ役を演じていたんですね。

 ヴィジュアルとともに、TVドラマと映画の違いは泣かせ作用の有無も指摘できる。TVの方が視聴者を泣かせようという作為がありありだったような気がする。いや違うか。TVの場合は、こちらが泣く前に、劇中の役者が大泣きするので、気持ちが萎えてしまうのだった。
 映画はその手の作為をあまり感じなかった。

 TVドラマのときも映画のときも、原作を読んでみようという気持ちにならない。どうしてだろう?

 「寄生獣」「永遠の0」を観ると、山崎監督による「ゴジラ」も悪くないかもしれないと思えてくる。
 



2015/05/26

 「チャッピー」(丸の内ピカデリー)

 劇場で初めて予告編を見たときから公開を楽しみにしていた。

 予告編ではわからなかったが、ストーリーは「ロボコップ」(87年)の世界観を下敷きにしたような感じだ。悪役ロボットなんてまさに「ロボコップ」に登場したED-209だもの。警察用に開発されたロボットなのだがいろいろ問題があって導入に待ったがかかる役どころ。実際に採用されるのは人型ロボット(スカウトと呼ばれる)でその設計者が採用されなかったロボットの設計者に嫉妬され恨まれたあげく敵対する展開も同じ。空を飛ぶところが新しいか。

 犯罪が多発する近未来のアメリカ・デトロイトを舞台にしたのが「ロボコップ」なら、「チャッピー」の舞台はギャングたちが跋扈する近未来の南アフリカ・ヨハネスブルグ。ギャングの横行に苦慮した政府はロボット警官を導入して街の治安を守ろうとする。

 オムニ社がロボコップを開発するために必要だった頭脳は、殉職した警官の脳を利用した。だからロボコップに汎用性はなかった。ロンリーソルジャー・オンリーユーだ。
 対してテトラヴァール社の人型攻撃ロボット〈スカウト〉は半自立型AIを搭載している。ロボット設計者のデオン(デーヴ・マテール)が開発したもので、これにより〈スカウト〉は大量生産され、警官としての任務を確実に遂行、ヨハネスブルグの犯罪は減少の傾向にある。

 そんな状況下、半自立型AIに満足していないデオンは、自ら学習しまるで人間のように成長していく完全AIを開発。社長(シガニー・ウィーバー)にスカウトへのインストゥールを提案するも却下される。仕方なく、廃棄されたスカウトを実験に使おうと残骸を盗み出し自宅に運ぼうとする。そこにギャングチーム(ニンジャ、ヨーランディ、ホセ・パブロ・カンティージョ)が現れ、デオンを拉致してしまう。
 完全AIを組み込まれたスカウトはチャッピーと名づけられ、ギャングたちに育てられる……

 チャッピーの造形って、どことなく何となく「火の鳥 復活編」に登場するロボット、チヒロに似ている。
 一度死んだ人間が最先端の医療技術で蘇生させられたのはいいが、以後、人間(生物全般)が無機物に見えてしまう副作用に苛まれる。
 彼が唯一人間の女性に見えるのはチヒロというロボット。やがてふたりは愛し合うようになるのだが、さまざまな困難が待ち受けていて……というストーリーで、僕が「火の鳥」シリーズに興味を持つきっかけを作った作品である。「鳳凰編」とともにシリーズを代表する傑作だと思う。

 クライマックスになって、もしかしてニール・ブロムカンプ監督は「火の鳥 復活編」を意識しているのではと考え直した。

 ネタばれになるので、詳しくは書けないが、ロボット及び人間の意識に関する部分がもろ「復活編」とかぶるのだ。
 だから、映画のここぞというシーンでシラけてしまった。人間の意識の容量はそんなもんじゃないぞ。なので「復活編」では、スマートなチヒロのままではいられず、不細工なロビタになるんじゃないか! だいたいロボットの意識が人間と同じ頭部にあって、それ用のヘルメットをかぶって……というのはどうかと思う。それまでのリアリティがあそこで瓦解してしまった。少なくとも僕の中では。
 
 チャッピーの育ての親である、ニンジャ、ヨーランディの訛りのひどい英語(サウスアフリカ・イングリッシュ?)がいい。見たことのない役者だと思ったら、南アフリカのラップグループ、ダイ・アントワードのメンバーだという。映画の中に流れるヒップホップは彼らの楽曲なのか。かなり耳に残る。
 ヨーランディが登場したときは、とんでもない女だとその容貌、ファッションに驚愕するものの、進行するにつれてかわいくなっていく(と思えるようになる)のが不思議。

 原則映画を観る前には何の情報も仕入れない。この映画も「第9地区」の監督の最新作という以外何も知らない。だから、敵役の設計者を最初に見たときはヒュー・ジャックマンに似ているなあと思い、やがて、ヒュー・ジャックマンだよな、と自分を納得させるようになり、エンディング・クレジットでやっと確認できた。

 チャッピーが街の悪ガキたちの集団に放り込まれて、苛められるシーンは正視に絶えない。集団からやっと逃げ出したと思いきや、今度はヒュー・ジャックマンに腕を切り取られるのだ。
 このくだりは「鉄腕アトム」ででてくるエピソードのようだ。

 改めて手塚治虫の偉大さを認識した次第。

 エンディングロール(クレジット)がすべて手書き(のような)文字というのも珍しい。




2015/06/01

 「立川流日暮里寄席 2015年6月1日」(日暮里サニーホール コンサートサロン)

 日暮里寄席は初めてかもしれない。今回から色物が入るということもあってか会場は満席。つ離れしないこともままある広小路亭の立川流落語会に比べて、この差は何なのだ? 
 年齢層はかなり高めだ。トリのぜん馬師匠のフォロワーズというとそういうことになるのかもしれない。


  立川らく者  「たらちね」

  立川志の太郎 「元犬」
  立川志らら  「鰻屋」
  立川キウイ  「看板のピン」
  立川談四楼  「三年目」

   〈仲入り〉

  立川談修   「代脈」
  さこみちよ  江戸小唄 都々逸
  立川ぜん馬  「井戸の茶碗」


 開口一番のらく者さん、志らく一門の18番めの弟子だという。らくみんさんのあとにも弟子がいるのか! 元俳優で志らくのらくに役者の者でらく者だと。

 らく者さん、高座を終えて座布団を裏返したのはいいが、めくりはそのまま。「おいおい、めくりのめくりを忘れているぞ」と心配していると志の太郎さんが登場、「顔と名前を覚えてください」とめくりを見る。「といっても、めくりがないんですよ」
 これまで志の輔師匠の付き人として日本全国まわっていて、立川流の落語会に出演したことがないためだという。最近、二つ目に昇進。

 立川流の真打トライアルに挑戦し、今秋の真打昇進を決めた志ららさん。立川流のチャゲと呼ばれているとかいないとか。あっ、チャゲ&飛鳥のチャゲね。高座を見るのは初めてだが、にぎやかで愉快、痛快、嬉々快々。最初から最後まで会場は爆笑の渦だった。

 負けじとキウイさんも元気いっぱい。始終笑いもとっていた。
 途中で入ってきたお客さんに「今、来るんじゃないかとお待ちしていたんですよ」。初代三平のお馴染みフレーズに個人的に大喜び&大笑い。
 トリのぜん馬師匠ののどの調子に触れて、驚く言葉を発していた。いいんですか、そんなこと言って?

 国立のときは、高座でも打ち上げのときも気がつかなかったが、談四楼師匠、少し痩せたんじゃないですか。

 談修師匠の「代脈」は、暮れの広小路亭で聴いている。タイトルを「お血脈」と混同していた。脈が出てくるとイコール血脈というイメージだったので。お恥ずかしい。暮れのときもそうだったが、羊羹が食べたくなる。好きでもないのに。

 新しい試みである色物起用。その第一弾にさこみちよさんが選ばれたのは、「実力や人気ではなく、ひとえにぜん馬の女房だから」と本人が言っていた。
 さこさんの高座は2度目になる。偶数月15日に開催されている「談四楼独演会」にゲストで出演したことがある。170回の節目のとき。感想にこう書いている。
     ▽
 ゲストはさこみちよさん。何をやるのかと思ったら、三味線小唄。けっこういける。何も知らなければその道のプロと勘違いしてしまうかも。大沢悠里とのコンビは四半世紀(以上?)になるという。自慢ではないが、最初の年から聴いていた。毎日ではないが。当たり前だ。たぶん仕事でクルマを運転しているときではなかったか。いやもう呼吸ぴったり。当初は何者なのか何も知らなかった。たぶん何かの写真で実物を知ったわけだが、イメージのギャップに戸惑った。もっとふくよかな女性を思い描いていたのだ。

 立川ぜん馬師匠の奥さんであることを知ったのは数年前(だったか?)。談四楼師匠とぜん馬師匠の二人が司会した某演歌フェスティバルの会場でおかみさんに教えてもらって「そーなんですか!」。驚いたあと噺家の女房がぴったりだなと得心したものだ。
 月曜日から木曜日までの大沢さんの相手役は変わっても、さこさん一人はずっとそのまま。これってギネスものではないか。今まったくというほどラジオを聴く機会がないが、聴けば二人のやりとりにうっとりできることは間違いない。
 さこさんの漫談&小唄を聴きながら、日暮里や広小路の立川流落語会(寄席)の色物としてやっていけるのにと思った。二席目の高座で師匠も言っていた。にもかかわらずなぜ出演しない? 
 ギャラの問題か……
     △
 7年経って、やっと日暮里寄席で実現したというわけだ。

 ぜん馬師匠はのどの調子が相当悪いらしい。




 昨日(1日)は、立川流日暮里寄席に足を運んだ。
 キウイさんが招待してくれたのだ。
 「立川キウイ氏 美弥の労をねぎらう会」のお礼として。

 話は4月11日に遡る。
 この日、神保町のブックカフェ二十世紀で「北京・胡同の四季 張金写真展」のオープニングパーティー&トークが開催された。トークのホストが二井さん。パーティー終了後も飲み足らない、語り足らないと思う人たち(僕を含めた6人)がいて、見かねた二井さんが「じゃあ、二次会へ行くか?」。

 二次会の席でキウイさんの話がでた。今はもうやめてしまったが、二井さんは月一で「二井サロン」を開催していた。さまざまなジャンルからゲストを呼んでのトーク&パフォーマンスのイベント。キウイさんの真打昇進が決定したとき、昇進祝いで落語をやってもらったこともある。
 提案してみた。5月いっぱいでキウイさんが美弥を卒業するので、その前にみんなで美弥に遊びに行きませんか? 話のタネに一度は美弥を覗いてみたいけど、これまでで行ったことがなかった。最後の機会だからぜひ! 

 そんな経緯があって二井さん幹事による「立川キウイ氏 美弥の労をねぎらう会」が企画されたのだが、美弥での開催は見送られた。
 開催日は6月1日。ちょうど日暮里寄席があるので、キウイさんが会のお礼に招待したいとのこと。寄席を楽しんだあとに、会場のホテル近くの居酒屋でキウイさんを囲んで飲もうという趣旨だ。
 キウイ師匠を見る会☆囲む会といった按配になった。
 
 「ねぎらう会」出席者はキウイさんを含め総勢8名。4月11日の夜二次会に集ったメンバーだ。
 乾杯のあとは映画の話で盛り上がる。映画評論家としての二井さんをリスペクトしているキウイさんが最近観賞した映画について二井さんに質問。二井さん答えるという形。

 キウイさんのファンで、自身のブログで何度もキウイさんを取り上げているK女史が、この店のオリジナルメニュー「ロシアンたこ焼き」を注文した。6個のたこ焼きの中で、一つだけわさびをきかせたとんでもない味のものがあるという。そこで僕がロシアンの意味を理解した。「だからロシアンたこ焼きっていうんですね」
 K女史が訊いてきた。「だったら、どんなものを想像していたの?」
「普通にロシアのたこ焼きを想像してました。ロシアにもたこ焼きってあるんだって思ったんです」
 K女史が笑い出した。「キウイさんの落語より面白い!」
 隣でキウイさんが肩を落としていた。

 キウイさんを題材にしたドキュメンタリー映画「屁のような男」はどうなるのか? このところキウイさんと石川監督の間でバトルが繰り広げられている。そんなことは他人様の目にふれないところでやれよ、と苦々しく思っていたのだが、あるとき、これって新手の宣伝活動かと考えるようになった。

 個人的には映画の完成を願っている。
 石川監督は「樹の上の草魚」を映画化した人である。映画は失敗作ではあるが、その志は買いだと思っているので応援したいのだ。
 商業映画ならスケジュールに従って映画は制作される。しかし、「屁のような男」は自主映画でスタッフは監督一人。監督がノレなければ制作は進まない。
「ほら、今日ブログをアップしなければならないと思いつつ、どうしても気分がのらないときってあるでしょう? まあ、映画とブログを同等には語れないけれど、さ」

 飲むほどに酔うほどに語りたいことはいっぱいある。
 で、あっというまに時間が過ぎて、お開き。
 千鳥足で帰宅……。




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
私家本「僕たちの赤い鳥ものがたり」
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」

神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。遊びにきてください。

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