書き忘れていた映画の話を。

 19日(土)、「映画監督と時代 ~戦争法案を廃案に!~」の最初は「ひろしま」の上映だった。1953年という時代に制作された作品と考えると、かなりショッキングな映像が続く。が、協力した広島市民は不満だったという。原爆が落ちた後の光景はこんなものではなかったと。
 音楽は伊福部昭。雰囲気は「ゴジラ」である。というか、「ゴジラ」のエンディング前、乙女の合唱シーンの音楽と同じメロディが流れたような気がする。「サンダカン八番娼館 望郷」だって、何も知らなければ怪獣映画の音楽だもの。

 翌20日(日)は丸の内ピカデリーで「天空の蜂」を鑑賞。
 かなり前から劇場で予告編を見ていた。原作は東野圭吾なのだが、映像不可能な小説を映画化したというようなコピーに反発した。この映画と「グラスホッパー」(原作:伊坂幸太郎)が前述のコピーを使っていた。映像化不可能な小説を映像化することにどれだけの意味があるのか。
 まあ、「グラスホッパー」の監督は瀧本智行だから期待できるが、「天空の蜂」は堤幸彦監督だ。不思議なもので三池監督がいろいろなジャンルに手をだすことには寛大なのだが(すべては観ていないが)、堤監督の場合は逆で「悼む人」は堤監督の作品ということでパスしてしまった。
 「天空の蜂」はどうなのか? 公開されたらかなり評判が良い。ある漫画雑誌の映画評で「S -警官- 奪還 ……長いので以下略」と比較して、評価していたので足を運んだ。まあ、この映画に関しては堤監督でも観る気でいたのだが。
 原作は読んでいない。面白かった。原作同様の時代、1990年代を舞台にしていてちょっと引っかかったのだが、ラストで得心することになる。

 21日(月)は地元シネコンで「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN  エンド オブ ワールド」鑑賞。怪獣映画として前編を楽しんだので、後編も期待していた。が、率直な感想は、この映画、なぜ2部作にしたのだろうか? というもの。3時間くらいで1本にまとめた方がよかったのでは。確かにガチの「サンダ対ガイラ」のヴィジュアルがあるのだが、前編でサンダ対雑魚巨人を見ているからあまり興奮できなかった。

 27日(日)は渋谷へ。やっとユーロスペースで塚本晋也監督の「野火」を観る。市川崑監督の「野火」は何度観たか。DVDであるが。
 カラーであることを武器に戦場の惨さを強調したシーンの連続だった。正視できないことがたびたび。
 映像インパクトとともに音楽が印象的だった。ラストは旧作の方が良かった。

 「野火」15時の回が終了したのが16時30分過ぎだった。
 オーチャードホールはすぐ近くなので、せめて「ALFA MUSIC LIVE」がどんな会場で開催されるのか確認しようと入口に行った。
 信じられない告知があった。「当日券あり」。17時から発売開始だというので、列に並んで販売を待った。
 時間がきた。一人ひとりがチケットを購入していく。10人近く。
 僕の番が来た。とはいえ、財布には13,000円ない。カードで買えないか? 無理だった。係りの人になぜ当日券があるのか訊いてみた。
 もともとに機材置き場にしていた席を使用できるようにしたこと、もうひとつは招待客で来られない人の分。
 ピンときた。近くのコンビニに駆け込んだ。ATMにカードを挿入して1万円を借りたら、ちゃんと出てきた。大慌てで会場へ駆け込んだ。
 買えた! 1回席14列15番。けっこういい席ではないか。

 ということで「ALFA MUSIC LIVE」、生で観ました。18時開場、18時30分開演(少し遅れた)、終わったのは22時30分。4時間近く。帰宅したら午前様だった。
 この日予定していたら作業はすべてパスした。

 音楽の神様、ありがとう!




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 本日、明日と「ALFA MUSIC LIVE」が開催される。
 やっぱり生で観たいよなぁ。無理だけど。

          * * *

 一昨日(25日)は19時から二井康雄さんの「編集よもやま話・暮らしの手帖で学んだ40年」があった。6月から始まったこのトークショーは8月が休みだったので今回が3回め。ゲストがカタログハウス「通販生活」元編集長いうことで楽しみにしていたのだが、急遽用事ができて参加できなくなった。

 昔からお世話になっている方が、今秋上京すると聞いたのが9月の初旬だった。東京滞在が4日だか5日になる。奥さんが合流する土曜日まで暇なんだよね、と嘆いていたので、「だったら声をかけてください、馳せ参じますから」と答えた。日にちは約束しなかったのだが、後で25日が二井さんのイベントだと気づいた。トークショーは毎月開催されるが、その方が上京されるのは次いつになるかわからない。

 電話は当日あった。19時30分に渋谷で会うことになったので、18時に会社を出ると神保町の仕事を終えてからブックカフェ20世紀に向かった。
 主催者のSさんに理由を話して、参加できなったことを告げた。二井さんにも伝えると「ゲストの紹介までは聞いてってよ」。
 19時ちょうどに始まって赤ワインを飲みながら19時10分まで。実をいうと、今回、質問をひとつ用意していた。
 「通販生活」という雑誌を編集するうえで一番の目的は何かというもの。つまり、紹介した商品が売れることなのか、雑誌記事の充実なのか。雑誌がどんなに面白くても紹介商品が売れなければ意味がないし。

 19時45分過ぎ、渋谷の某ホテルロビーでお会いした。すぐ近くの焼肉店で食事。その後、バーでおしゃべり。夜中の3時半まで。
 某所で仮眠して、翌日は11時からパスタ店でブランチ、ジャンジャン後にできた喫茶店でコーヒータイムと話をして14時、紀伊国屋書店前で別れた。

 そのまま、上石神井に向かう。15時からシネりんのKさんが企画した私的イベントに参加、世界初のトーキー映画を鑑賞する。鑑賞後はお茶を飲みながらKさんの映画講義参加者によるざっくばらな討議(?)会。「You ain't heard nothin' yet!」を「お楽しみはこれからだ!」と意訳した翻訳者ってすごいよねってな話に。
 その後YouTubeまつりとなって大盛り上がりとなった。
 近くの餃子屋で打ち上げ。

 帰宅したのは21時だった。
 いろいろやることはあったのだが、疲れて寝てしまった次第でして……。




2015/09/05

 「紙ふうせんシークレットライブ 2015」(雲州堂)

 前々項から続く

 今年のシークレットライブが雲州堂で開催される旨FC月報で告知されたとき、目を引いたのは次の文言だった。

     ▽
 設備 ピアノ:ROLAND DP-990、DVDデッキ
     △

 会員がライブをするのだから、設備機材としてピアノが書かれているのはわかる。でも、なぜDVDデッキも一緒なのか? 別に演奏や歌唱にDVDデッキは必要ないだろう。
 で、僕は勝手に天の声を聞いたのだった。
「あの作品を上映しなさい」

 あの作品とは「1973 バラキの夏」。
 中学2年の夏休み、地元の子ども会がバラキ高原で1泊2日のキャンプを実施した。このキャンプに当時組織していた8ミリ映画制作サークルの友だちと一緒に参加して2日間の模様を8ミリカメラで撮影した。記録映画にすべく編集したのだが、未完成のままで終わってしまった。80年代半ば、仮編集のフィルムをビデオにしてもう一度編集に取り組もうとしたが、またまた挫折。2000年代に自主映画で知り合った業界人のT氏に編集をお願いしてやっと完成した。再編集にあたって、全体の構成を見直し、映像詩といった体裁にした。テーマ曲は紙ふうせんの「時の流れ」。
 同窓会で上映すれば受けること間違いないのだが、なかなかその機会がない。

 11年前に朗読とライブで構成した「紙ふうせんトリビュートライブ」を開催した折、オープニングで流したことがある。
 今回のシークレットライブは関西の会員がほとんどなので、初見でしたら観ていただきましょうとパフォーマンスにエントリーしたというわけだ。

 雲州堂はソロバンの老舗。老舗の倉庫(蔵)を改造したのがイベントスぺース雲州堂なのである。なんてことは入口で後藤さんに教えてもらった。

 ドアは昔ながらの引き戸である。中に入ると板張りの造作。まるで黒澤明の時代劇に出てくる建物のようだ。それほど広くない。右前方にひと際高いステージがある。そのステージに向かって、柱を中心として左右に長テーブルが縦に2台ずつ。一つのテーブルには8人ほど座れるか。
 ステージを真ん中にして、左右の壁には紙ふうせんの全アルバムのジャケットが並べて貼られている。けっこう凝っている。
 ステージ後方の壁には白い布が貼られている。それがスクリーンだった。
 ということで、まず「1973 バラキの夏」の上映。
 続いて高齢の、いや恒例の会員パフォーマンス、ライブ。

 トップバッターは初参加のJ内さん。千葉からやってきた関東の会員だ。
 ピアノの弾き語りで「僕のうた」。
 3月の「赤い鳥・紙ふうせんアマチュアコピーバンド大会 この指とまれ!」にはお客さんとして参加していたとのこと。

 「僕のうた」が赤い鳥のラストシングルだったからか、J内さんのライブの後後藤さんから9月26、27日の両日開催の「ALFA MUSIC LIVE」の話。村上ポンタさんと大村憲司さんの息子さんとの共演で「翼をください」を歌うという。ああ、行きたいなぁ。

 続いてK野さん。ギターの弾き語りで日本語の「パフ」。
 第一回からライブパフォーマンスに参加しているⅠ田さんの友だちでその関係で会員になって、同時にかつてのギター熱が甦り、Ⅰ田さん同様、すぎたじゅんじさんのギター教室の生徒になったとか。

 3番手はS木さん。こちらも関東は神奈川からの参加だ。Ⅰ田さんと同じくライブパフォーマンスの常連だ。「赤い鳥・紙ふうせんアマチュアコピーバンド大会 この指とまれ!」の企画、運営の張本人だった。
 すぎたさん(ギター)をサポートにギターの弾き語りで「いかつり唄」。

 4番手はⅠ田さん。すぎたさんのギター教室の生徒として徐々に腕をあげていて、毎回新作(?)を披露してくれる。今年は「誰に告げようか」だ。
 CBSソニー時代、ヒット狙いでリリースされたシングルの中でも特に好きな曲である。フォルクローレ色が強く感じられるからだろうか。

 Ⅰ田さんは自分の番が終わっても、そのままステージに残る。次のK山さんの伴奏を担当するためだ。
 K山さんはこれまでいつも客席側にいた。今回初めてパフォーマンスにエントリーしたのだ。K山さんが歌ったのは「霧にぬれても」。「冬が来る前に」に続くシングルだ。残念ながら「冬が来る前に」のような大ヒットにはならなかったが、好きだという人は多い。
 K山さんの歌う「霧はぬれても」良かったなぁ。

 この項続く




 ショーケンがNHKのドラマに出演するようだ。14年ぶりの連続ドラマ出演を伝える記事……日刊ゲンダイだけに悪意がプンプン。

 例の恐喝未遂事件以後もショーケンはさまざまなトラブルを起こしています、と某プロモーターの声を紹介する。
 朗読活劇「空海」の公演中止。
 全国二十数カ所で予定されていたコンサートが結局5カ所程度の開催になったこと。

 だからさぁ、それはトラブルではなくて、単に集客が悪かったからでしょう。チケットを販売したら思った以上に売れ行きが悪かった結果で。いや、実際のことなんて僕は知りませんよ、あくまでも個人的な想像だけど。
 全盛期に比べるとショーケンの人気が落ちたということで……
 それもトラブルなんでしょうか?
 僕自身、問題は別のところにあると思っている。

 回顧本「ショーケン」の出版を機にショーケンの復活が始動した。トーク&ミニライブの開催。映画「TAJOMARU」へのゲスト出演。 次にファンが期待したのは主演映画だった。これが企画されては潰れていく。
 ライブの方は第2弾、第3弾が開催されたが、ファンは、いや僕はライブより新作の映画を観たかった。企画されては消えていくショーケンの映画は、やがて何の情報も流れなくなった。
 その理由はたぶんアレだろう。でも本人が満足しているなら、生活を満喫しているのならそれはそれでいい。
 だからまあ、もう何も考えまい、期待もしない、と決めたのだ。60代のショーケンが休養しているなんて映画業界の損失だよなと思いながら。

 ショーケンが出演するのは「鴨川食堂」。ヒロイン忽那汐里の父親役だという。NHKのBSプレミアで来年1月から全8回放送される。
 うちではBSが観られない。どうしようか。




2015/09/05

 「紙ふうせんシークレットライブ 2015」(雲州堂)

 紙ふうせんがFC向けにシークレットライブを始めてから毎年参加していたが、2012年に休んでしまった。翌年も休むつもりだったが、東京会員のHさんから参加したいので一緒に行きませんかと誘われた。

 シークレットライブには最初に会員のパフォーマンス披露がある。これまではかつてのギター小僧たちの赤い鳥や紙ふうせんの楽曲の演奏、歌唱の場だった。Hさんはそこで詩の朗読をやりたいという。でも会場まで一人で行けないので、一緒に、というわけだ。Hさんにはこれで朗読会等でお世話になっている。むげには断れない。予定を変えて参加した。

 昨年は、開催日がマンションの理事会と重なって行けなかった。一昨年、昨年(今年の5月まで)理事長だったので休むわけにはいかなくて。
 昨年の会場は、武庫之荘の文化会館(あの赤い屋根の家!)だったので、行けないのが大変残念だった。

 ところで、昨年のシークレットライブの前日が日本テレビ「THE MUSIC DAY 音楽のちから」の放送だった。紙ふうせんが出演するということで、Tさんから招待券をもらった。
 生放送の現場に触れて後悔ばかりだった。ほとんどがカラオケ なのである。歌手が歌うたびに立たせられる。これが第一部終了するまで続く。疲れた。ほとんどがカラオケだから生で歌を聴いているのにそれほどいいとも思えない。

 昔、やはり紙ふうせんが出演するというので、NHKの歌番組をNHKホールに観に行ったことがある。ほとんどが演歌だったが、オーケストラをバックにした歌は迫力があって、演歌に対するイメージを変わったほどだ。
 第一部のラストは徳永英明の「翼をください」。本家の片割れが出演しているのにMCおのことにはまったく触れない。帰ってから番組を観たが、TVで観た方が音が良かった。

 シークレットライブの話だった。
 今年のライブは雲州堂というライブスペースで開催される。蔵を改造したダイニング&イベント空間だとFC月報で紹介されていたのだが、なぜ、雲州堂なのかと素朴な疑問があった。紙ふうせんとの接点がわからなかったのだ。
しばらくして合点がいった。
 平山泰代さんは毎週金曜日に地元のTV局サンテレビの「2時コレ! しっとぉ!?」という情報番組の司会を落語家の笑福亭銀瓶さんと一緒に担当している。その縁だろうか、今年1月に銀瓶さんのイベント「銀瓶のピロトーク」にゲスト出演した。会場が雲州堂だったのだ。

 この項続く




 シルバーウィーク第1日の昨日(19日)、早起きして9時に川口図書館へ。リクエストしていた本3冊を受け取る。そのまま小田急線・参宮橋駅に向かった。11時から「映画監督と時代 ~戦争法案を廃案に!」と題した映画の上映とシンポジウムが国立オリンピック記念青少年総合センターで開催される。特撮仲間のSさんと10時15分に待ち合わせしているのだ。
 が、新宿に到着したのが9時40分、小田急線を使うと時間が余ってしまうので、新宿駅から歩いて行くことに。いい散歩になった。
 午前中は映画「ひろしま」の上映、午後からシンポジウム。
 詳細はまた改めて。

          * * *

1999/10/22

 「笑う男道化の現代史」(小林信彦/晶文社)

 大学時代に購入した中原弓彦の「定本日本の喜劇人」の広告ページを見ると今では古本屋でもお目にかかれない「東京のドン・キホーテ」「東京のロビンソン・クルーソー」等の書籍が発売中とある。当時、書店に並んでなくても注文すれば取り寄せることは可能だったのだろう。今考えるとくやしくてたまらない。

 この前野球の試合後に寄った新宿古書センターには「日本の喜劇人」が2冊あって歓喜した。まあ定本を持っているから買わなかったが、それなりの古本屋には中原弓彦(=小林信彦)の絶版本があるのだろうとこれからそれらの本を探し出す楽しみが増えた。と同時に、別に手に入らなくてもいいから、早く読んでみたい欲望が渦巻いてきた。
 かつてちくま文庫で、最近では文春文庫で、小林信彦の過去の作品が復刻されていて、上記の作品たちがラインアップにならないか待っているのだが……。

 昨日羽田図書館に寄った際、試しにパソコンで検索してみたら何と「東京の…」や本書があるではないか! あわててリクエストしたら「東京…」は貸し出してから返却されていないもので行方不明だという。たぶん熱狂的な小林ファンが自分のものにしてしまったのだと思う。図書館の人は全然そんな風に考えていなかったが、ものがものだけに確信できる。

 リクエストしたもう一冊が本書である。奥付には1971年7月26日発行とある。表紙は笑い顔の渥美清でそれだけ宝物を探し出したような至福を感じる。

 作りは非常にユニークだ。本書自体は簡単に言えばセンス・オブ・ユーモアについての評論集と言えるのだが、国内外の小説、映画、落語等をテキストに著者が綴る評論の合間に「ほらばなし・鉄拐」「消えた動機」「中年探偵団」の3つの短編が挿入されている。
 戦前の「新青年」を題材にした「戦前派のユーモア」、今古亭志ん生の生き方を追う「明るく荒涼たるユーモア」、日活アクションをコメディの角度から語った「戦後日本映画史の狂い咲き」、サム・ペキンパー監督作品「砂漠の流れ者」を取り上げる「反英雄のユーモア」が興味深かった。
 (あとがき)風覚え書きには若き日(晶文社の編集者時代)の高平哲郎が登場する。70年代に晶文社から出版された数々の(中原・小林)本には高平哲郎の小林信彦への個人的興味が多分に反映されているに違いない。


1999/10/29

 「家の旗」(小林信彦/文藝春秋)

 羽田図書館のコンピュータで検索して取り寄せた。1977年に出版された小林信彦二冊目の創作集である。
 この本の存在自体全く知らなかったが、読んでみたら「和菓子屋の息子」の先駆となる自身の家系を追った純文学作品であった。4編が収録されている。

 各編主人公(狂言廻し)の名前はそれぞれ違うが同一人物(=作者)と見ていい。
 和菓子屋八代目・入婿ではあるが、類いまれな商才で事業を拡大させた祖父の人生を主人公がたどる「両国橋」、その和菓子屋を九代目(父の代)でしくじり、のれんを売った京都の和菓子屋と九代目の長男との邂逅を描く「家の旗」、葉山に買った一戸建て家屋にまつわる主人公夫婦の思い出話「決壊」、主人公と親戚関係にある外国人との出会い、決別、和解を綴った「丘の一族」。
 どれもが読んでいて息がつまりそうな物語であるが、冷静で客観的な文章がそれを中和させるのだろうか、興味をそそられるのである。

 「家の旗」の書名に憶えがなく、かと言って「丘の一族」は読んだ気がする。思い当たるふしがあって、数年前に買った「東京・横浜 二都物語」(文春文庫)をあたったら、何と「家の旗」「丘の一族」が収録されていた。「家の旗」もすでに読んでいたのである。記憶というのはホントあてにならない。
文庫の解説に「家の旗」が芥川賞候補になったとある。もし受賞していたらその後作品の系列にも大いに影響を与えただろう。


1999/11/09

 「エルヴィスが死んだ 小林信彦のバンドワゴン1961~1971」(小林信彦/晶文社)
                       
 「東京のロビンソン・クルーソー」「東京のドン・キホーテ」等、かつて晶文社から出版された中原弓彦名義のコラム集を読みたいとかねがね思っていて、川口中央図書館で検索したら本書があったのでさっそく取り寄せた。

 上記2冊に続くコラム集の第三弾とあとがきにある。
 最初の方に収録されている60年代の映画に関するコラムは「コラムは歌う」(ちくま文庫)に再録されていて、なるほどかつてのコラムはジャンル別に、たとえば「地獄の読書録」「地獄の映画館」(ともに集英社)にまとめられ、「地獄の映画館」はやがて「コラムは歌う」にその他のコラムとともにまとめられたのか、だから「東京の…」2冊は復刻されないのかと合点がいった。とはいえ、映画以外のTV評、書評や風俗、ファッションに関するさまざまな時評など初めて読むものもたくさんあって、まさしく60、70年代のサブカルチャーを知るかっこうの書であった。

 興味深いのは70年代に入ってからのもので、本書は「コラムは歌う」と「コラムは踊る」(「地獄の観光船」)をつなぐエンタテインメント時評と位置づけることができる。
 「コラムが踊る」の中にエルヴィス・プレスリー死去にふれたコラムがある。その中でたのまれなくてもエルヴィスについては一文書かなければなるまい、と書いていて、それが本書の冒頭にある「エルヴィスが死んだ」である。

 これは世代の違いでどうしようもないことだが、僕はプレスリーに何の思い入れもない。死去を知った時、驚いたのはその若すぎる年齢であり、後のジョン・レノンに比べたら僕自身の生活(あるいは精神)に格別の影響はなかった。ビートルズとプレスリーとではそのくらい違うのだ。
 この文章についてプレスリーを同時代に体験した人の記録として読んだ。どうしても偉大な歌手(俳優でも)というのは後世美化されて伝説化する。(美空ひばりの死後、彼女の功罪について客観的に分析したのは小林信彦ではなかったか!)
 現在、プレスリーの主演映画をくだらないと断言できる人がいるだろうか?

 芥川賞候補作「家の旗」の原体験となった京都の親戚筋の結婚式出席ついでの小林夫婦の大阪行き、漫才見物をつづったコラムもある。
 キネマ旬報に連載されていた「小林信彦のコラム」で僕はコラムの楽しさを知った。連載分を一冊にまとめた「地獄の観光船」が僕の初めて購入した〈小林信彦〉本である。その前史ともいうべきコラム集を読み、ますます「東京の…」シリーズ2冊に興味がわいてきた。


1999/12/01

 「星条旗と青春と 対談:ぼくらの個人史」(小林信彦・片岡義男/角川文庫)

 本書は単行本「昨日を超えて、なお」の文庫版である。文庫にする際に著者の希望で「星条旗と青春と」に改題されたわけであるが、読み終えた今、一見わかりにくいけれど旧題の方がよかったと思う(確かに「星条旗と青春と」の方が内容を的確に表現しているのだが)。

 小林信彦の作品には単行本から文庫にするにあたって、改題する場合がある。
 今思いつく作品は2つ。

 「世間知らず」→「背中合わせのハートブレイク」
 「発語訓練」→「素晴らしい日本野球」

 これらの改題については思うところがある。
 「背中合わせのハートブレイク」なんて一昔前の歌謡曲(ポップス)みたいなタイトルでがっかりした。〈世間知らず〉が死語になって一般に通用しないからと、その理由を自身のコラムの中で書いているが、それにしたってもう少し考慮すべきじゃなかったかと思う。若者に迎合している感じがしてどうにも好きになれない。死語だろうがなんだろうが「世間知らず」の方が素敵なタイトルだ。

 「素晴らしい日本野球」は短編集だし、収録されている作品のどれを表題に持ってきても大差なさそうで、それなら、発表時にその内容と著者であるW.C.フラナガンの存在の真偽で大きな話題をさらった「素晴らしい日本野球」をタイトルに持ってきた方が営業上メリットがあるのは確かである。だが、「ぼくたちの好きな戦争」を上梓し、自ら第一部が終了と宣言した後の、第二部開始への序奏である作品集としては「発語訓練」という書名にこそ意味があると思う。

 本書の場合は小林信彦の要望から片岡義男がまず「more than yesterday」の言葉を思い浮かべ、それを翻訳したとあとがきにある。
 1940年から70年代までを、片岡義男を相手役に小林信彦自身のアメリカへの憧れ(と反発)をメインに、日本の経済、政治の変貌を含めた年代史、精神史を思う存分語っている。




 夕景工房からの転載シリーズ、次は小林信彦だぁ!
 タイトルは1999年に読んだ小林信彦本という意味ですので。
 いつものことですが、おかしな文章は訂正しています。

     ◇

1998/01/28

 「天才伝説 横山やすし」(小林信彦/文藝春秋)

 昨年週刊文春に連載された傑作評伝が一冊にまとまった。
 小林信彦は藤山寛美が亡くなった後、文春に「藤山寛美とその時代」を短期連載している。
 渥美清が亡くなって次は「渥美清とその時代」だろうと予想していたら何と「横山やすし天才伝説」(単行本に際しタイトルが若干変更)だった。
 渥美清だろうと横山やすしだろうと小林信彦の芸人評伝が面白くないはずがない。ホント、連載期間中文春発売の木曜日が待ち遠しかった。

 まず自分との関わりの中での横山やすしを描写するから読む側を納得させる。それもある距離をもって客観的に論評するので信用できる。
 作者と横山やすしとの一番の接点は映画「唐獅子株式会社」であった。この映画に関わるもろもろのエピソードを当時のノートに基づいてしつこいくらい書いている。
 主演・横山やすしの映画「唐獅子株式会社」は当初鳴り物入りで映画化、公開された印象が強い。僕は劇場まで足を運ばずビデオで観たのだが、ギャグがちっともはじけないお寒い内容だった。ここらへんの顛末をあますことなく描写していて、自作の映画化作品に評価も下している(これは小林信彦初のことではないか? これまで自分の作品にはかたくなに口を閉ざしていたように思う。だいたい小林作品の映画化は、TV化も含めて内容を妙に改変されていいものになったためしがない。一流の映画評論家として本人はどう思っているのだろうと仲間内で話題になったこともあると何かで読んだことがある。

  「藤山寛美とその時代」では渥美清にもスポットをあて、西と東のトップの喜劇人の関係を活写していたが、今回もビートたけしを登場させて横山やすし像の輪郭をよりはっきり浮かび上がらせている。
 殴打事件の真相に迫るところはミステリーを読んでいる感覚だったし、ここまで具体的に書かれると他の横山やすし本が色あせてしまうのではないか。


1999/07/03

 「人生は五十一から」 (小林信彦/文藝春秋)

 週刊文春連載「横山やすし天才伝説」が終了したのは残念だったが、また五週間に一回の読書日記が再開されるからまあいいかと楽しみにしていた。するとこちらもすぐ最終回をむかえてくやしがっていたらなんと翌週から単独のコラム「人生は五十一から」がスタートしたのだった。これはうれしかった。
 そのコラムの98年連載分が一冊にまとまった。
 これまでの小林信彦のコラムの類は、たとえばキネマ旬報のそれは映画を中心にしたエンタテインメントの時評(これは中日新聞で継続中)とか、「本の雑誌」のそれは書評だとか、ジャンルがはっきりしていた。
 このコラムはこれまでの小林信彦コラムの集大成といった感がある。扱う題材は社会時評、映画やTVに関する批評、解説、エッセイ風思い出話、何でもありなのだ。一つひとつのコラムは分析が鋭く、その批判は的を得ているのがたまらない。
 ずっと続いてほしいコラムである。


1999/08/10

 「オヨヨ城の秘密」(小林信彦/角川文庫)

 角川文庫版を西川口駅改札前の臨時古書販売コーナーで見つけた。100円という価格もあって発作的に買ってしまった。
 ちくま文庫版解説で新井素子がその面白さを自身の体験とともに綴っていたけれど、僕自身はそれほど面白いとは思わなかった。最初の出会い(年齢)に関係する問題だと思う。
 中学生時代、オヨヨシリーズはけっこうな人気を呼んでいた。NHKの少年ドラマシリーズでもドラマ化されたし、同級生にもはまっていたやつがいた。しかし、当時僕はといえば逆にオヨヨに反発していた。作者・小林信彦にも何の興味もなかった。今から考えれば信じられない中学生だったのだ。  
 オヨヨシリーズに関しては、ジュヴナイルより、大人向けの後期の方が断然面白い。


1999/09/30

 「袋小路の休日」(小林信彦/中公文庫)

 数年前に単行本を図書館から借りて読んでいる。
 新オートレース通りの古書店で見つけて、色川武大が解説で小林信彦の人となり、作品なりを語っているので資料としても買いだと思って購入した。

 出版社、TV局、映画界、いわゆるマスコミ業界のことを作者本人の分身である主人公(というか狂言廻し)にして語る少々苦みのある純文学というのは小林信彦が得意とする分野だが、「ぼくたちの好きな戦争」以降、本人言うところの「第二期」にはとんとお目にかかれなくなった。「怪物の目覚めた夜」がその路線とも思えるが、あれはもっとエンタテインメントしていたような気がする。
 「ビートルズの優しい夜」にしろ、本作にしろ作者の世間に対する苦渋にみちたまなざしに触れた思いで、けっして心地よい気分になれるわけではない。にもかかわらず、その世界に浸ると作者の人間を見る辛辣な観察眼や感情を前面に押し出すのでなく、静かに論理的に語る文章に病みつきになってしまう。

 前回読んだ時は作者が脚本にからみゴタゴタに巻き込まれた松竹映画「進め!ジャガーズ 敵前上陸」製作の顛末と監督の前田陽一と参加した10年後の上映会をモデルにした「根岸映画村」が興味深かったのだが、今回は「自由業者」が気になる。この短編に登場する戦前の意識を持った放送作家出身のタレント・羽島達也の本質的なモデルはトニー谷じゃないかと思うのだ。味付け・装飾は青島幸男等の一時ブームを呼んだ放送作家出身のタレントたちなのだろうが。
 ユーモア小説「変人二十面相」のラストでも新旧の新宿の街を描写していて、「おや」と思った。確かに第二期からこれまでコラム、エッセイ等で語っていた東京の変貌を小説で描きだしたが、これまでにもその兆候のある小説を試みていたのがわかったからである。本作でも「路面電車」では荒川都電、「街」では杉並区・方南町のマンション建築をめぐる街の変貌を抑えた筆致で描写している。

 色川武大の解説で妙に納得してしまったのは「この人の作品は楽な姿勢で読める」の部分。言っていることがよくわかる。
 初期の純文学作品を古本屋で探したいと切に思う。




 今秋、フリースタイルから〈小林信彦コレクション〉が刊行される。フリースタイルといえば、10年以上前に都築道夫の「推理作家の出来るまで」で名前を知った版元だ。上下2巻の分厚い本だった。「エラリィ・クィーンズ・ミステリ・マガジン」初代編集長に対して、「ヒッチコック・マガジン」編集長の本が出るというわけで、今からワクワクしている。

          * * *

2015/08/14

 「流される」(小林信彦/文春文庫)

 文學界掲載時、単行本化、そして今回の文庫化と都合3度読んだことになる。これまで、ラストで単なる脇役だと思っていた人物の言葉にグッときて涙を流していたのだが、今回はそれほどでもなかった。

 小説とはいえ、昔の作品群と比べるとずいぶん違う。エッセイ風小説とでもいうのだろうか。ドキュメンタリーフィクションという文字も浮かんだ。そんなジャンル、言葉はないが。「日本橋バビロン」から顕著になった。「和菓子屋の息子 -ある自伝的試み-」「日本橋バビロン」「流される」を3部作としてまとめてもおかしくない。「和菓子屋の息子 -ある自伝的試み-」はウィキペディアではエッセイのジャンルに入っている。

 文學界に掲載された短編「夙川事件」もエッセイ風小説というようなものだった。この短編を読んである期待をした。「夙川事件」を皮切りにあの時代を描く短編を4編ほど書いて、新たな連作短編集を上梓するのではないか、と。「袋小路の休日」「ビートルズの優しい夜」に続く連作短編集だと思えばもう胸が高鳴る。

 結局「夙川事件」に続く新作短編は発表されず、過去の作品(「半巨人の肖像」「隅の老人」「男たちの輪」)とまとめられて「四重奏 カルテット」(幻戯書房)となった。これには少しばかりがっかりした。「隅の老人」は「袋小路の休日」の一編であり、「四重奏 カルテット」に所収するにあたって、他の作品と共通するように、主人公の名前を変えているのだ。そういう処置はどうなのかと。せめて「隅の老人」に代わる短編だけでも新作だったら。まあ、それだけ作者にとって思い入れのある作品なのだろう。また、新たな作品を書く時間も考慮したのかも。


2015/08/18

 「少女マンガジェンダー表象論 〈男装の少女の造形〉とアイデンティティ」(押山美知子/彩流社)

 もうずいぶん前に図書館の棚で見つけて興味はあった。ただ手に取るまでに至らなかった。やけに難しそうだったからだ。
 今回、「まぐま」の手塚治虫特集号に「トランスセクシャルと手塚治虫」と題する論考を書こうと思って、読んでみたのだが、思ったとおり難しかった。
 本書は論文であり読み物ではない。以前、読んだ月刊平凡についた書かれた本を思い出した。なぜもっと平易に書けないのだろうか。
 第3回女性史学賞受賞作品であり、それを記念してか本書は増補版だった。

 ちなみに「トランスセクシャルと手塚治虫」の元ネタはこちら
 新しく書くにあたって以下に副題がつく。石ノ森章太郎特集のときの「石ノ森ヒーロー論」同様、どれだけ長いタイトルにできるかで勝負している。
「ジェンダー論なんてこむずかしい話ではなく、腐女子に人気なのがBLものなら、その対極には略称〈少年少女文庫〉あるいは〈強制女装〉があり、少年が少女に変身(性転換)する過程に萌えるという文化には、その根っこに手塚マンガが大いに関係しているのだ! と、小学生時代「リボンの騎士」に夢中になった私が主張する経緯と理由」
 しかし、本書を読んで論考を書く自信が失せた。コラムにしょう。


2015/08/21

 「努力とは馬鹿に恵えた夢である」(立川談志/新潮社)

 いかにも偽悪者・談志が言いそうな言葉だな。書名を見ながら思った。調べたら「やかん」にでてくるフレーズだった。
 死してなおエッセイ集(?)が上梓される。この前は映画評論集が出たのではなかったか。まだまだ談志本は作られるのだろう。
 表紙の写真は「いつも心に立川談志」の橘蓮二。


2015/08/25

 「歌謡曲 ―時代を彩った歌たち」(高護/岩波新書)

 岩波新書がこんなに面白くていいのかしら。平易な文章で、かつためになる。小林信彦のコラムシリーズみたい。
 これまでなにげなく耳に目にしていた歌謡曲の曲や詞にどれほどのものであったか。画期的であったか。特に詞の存在、その重要性に耳を傾ける。
 本書を各家庭に1冊常備しておいても思い出のメロディー、懐かしのメロディー等々のTV番組で昭和の歌謡曲が流れてきたら、ちょっと調べてみるというような具合に。
 村井邦彦について触れていないのが不満。


2015/08/28

 「続・フレンズ」(ルイス・ギルバート/村上博 訳/ハヤカワ文庫)

 中学1年生の冬(3学期)に「フレンズ」を観て感動して、ハヤカワ文庫からでているノベライズを買い求めた。エルトン・ジョンのシングルを買った。映画館で2度観て、その後もTV放映されると必ずチャンネルを合わせた。
 続編が公開されると知ったときはとんでもなくうれしかった。ある日、書店で「続・フレンズ」の単行本を発見。すぐに買い求めて読んだ。ポールとミシェルに再会できた喜びで胸がいっぱいになった。
 文庫本も単行本も郷里の家にある(と思う)。

 BOOKOFFで文庫を見つけたときは、中学校の同窓会で好きだった彼女に出会ったようなときめきを覚えた。
 18歳のポールとミシェルはもちろん、ミシェルが同棲していたギャリーの32歳をもはるかに超えた年齢になってしまった。気持ちはあの頃のままなのに。
 計算してみたら、ふたりの娘シルヴィは現在40歳を過ぎているのだ。嗚呼!

     *

 読了して、あわてて、購入してまだ開封していなかったDVD「フレンズ」を観た。
 涙、涙……




 昨日(12日)は、9時過ぎに川口図書館へ。借りていた本を返し、新たに本3冊とDVD2枚借りる。
 そのまま新宿へ。テアトル新宿で11時からの「この国の空」を観るつもりだったのだが、上映は昨日で終了していた。わかっていたら渋谷ユーロスペースの「野火」を観に行ったのに。仕方ないので新宿ピカデリーで「ミッション・インポッシブル ローグ・ネイション」を鑑賞。
 終了後、紀伊国屋書店で少し時間をつぶし、西武新宿線・上石神井駅に向かう。
 17時からYume Mirai CaféでシネマDEりんりんの9月のイベント「映画祭TALK 〜映画祭の裏話を聞こう!」があった。スタッフとして15時30分に集合したというわけ。
 イベントもその後の懇親会も大いに盛り上がった。
 懇親会終了後、スタッフ及び有志で二次会。駅前のラーメン餃子屋さんで1時間近く。23時過ぎに帰宅の途へ。

          * * *

2015/08/03

 「芸人という生きもの」(吉川潮/新潮社)

 著者得意の芸人評論(?)集。総勢30人を取り上げている。
 第一部はすでに亡くなっている噺家、第二部は同じく亡くなっている色物芸人及び役者等。第三部が現役の噺家。
 現役の噺家、それも立川流の噺家を語るときに、行間にというか書いた言葉の根底に立川流執行部へ怒りに満ちているように感じてしまう。


2015/08/04

 「大衆演劇お作法」(ぴあ)

 ぴあの伝統芸能入門シリーズの1冊。大衆演劇の観方について少しは勉強しなくてはと手に取った。


2015/08/06

 「まんがはいかにして映画になろうとしたか 映画的手法の研究 映画的手法の研究」(大塚英志 編著/NTT出版)

 大塚英志ほか、山本忠宏、 泉政文、 尹性喆、 蔡錦佳という方々による論文集。かなり硬い。
 全6章のうち、「第2章 まんがと映画(線と面、そして接合)-石森章太郎『HOTEL』への助走」、「第3章 石森章太郎におけるまんがと映画の横断」、「第4章 『龍神沼』における映画的手法について」が興味深い。

 NTT出版って、マンガやアニメ研究に特化した書籍のみを扱っている版元なのかと思って、HPをのぞいてみたら、そんなことはなかった。


2015/08/07

 「いつも心に立川談志」(写真・橘蓮二 文・立川談四楼/講談社)

 そうか、談四楼節は手紙にはぴったりなんだなと読み始めて思った。すいすい読める。読みながら、心が温かくなったり、目頭が熱くなったり。で、写真をじっと眺める。家元の新たな表情が見えてくる。

 家元に対してここには書けないと、言葉をにごす箇所は、その根底に昨年立川流の顧問を辞めた方のことではと推察した。いろいろあったみたいだから。一人理事が辞めたのもそれが原因なのかもしれない。
 師匠には二人称小説を書いてもらいたいな。


2015/08/08

 「サンデーとマガジン 創刊と死闘の15年」(大野茂/光文社新書)

 再読。やはり面白いなあ。

 この項続く




 特撮映画レビューの転載、すべて完了と思っていたら、まだ残っていた。
 この映画が面白かったのは特撮を担当した樋口特技監督の功績だ。それは絶対だと思う。
 思えば、2000年代の途中まで、特撮映画がけっこう制作されていたのだ。今は完全に冬の時代になってしまったが。いつからこうなったのか。ああ、ゴジラ映画が作られなくなってからか。

     ◇

2000/08/25

  「さくや妖怪伝」(丸の内シャンゼリゼ)

 映画館で初めてこの映画のポスターを見たとたん期待に胸ふくらませた。
 タイトルの〈妖怪〉という文字、ヒロインが「ガメラ3 邪神覚醒」で注目した安藤希。ヒロインと妖怪の対決モノなんて考えただけでワクワクしてしまった。

 幕府の命を受け、〈弟〉の河童の太郎を連れ、伊賀・甲賀の忍者2名をお供に妖怪退治のため全国行脚にでた妖怪討伐士・榊咲夜の物語。手塚治虫の「どろろ」的シチュエーションを「妖怪百物語」「妖怪大戦争」といったかつての大映映画でお馴染みの妖怪キャラクターの共演で味つけした特撮活劇映画である。
 原作・監督が特殊メーキャップ、造形の第一人者である原口智生なので、登場するさまざまな妖怪たちの描写(造形と見せ方)が楽しみだった。
 前半の道中部分のエピソードはそれほど新味はない。善玉の妖怪たちが音楽にあわせて踊るお楽しみシーンも「妖怪百物語」ラストの乱舞シーンを知る者としては少々物足りない。そもそも期待していた現代技術を駆使した妖怪の造型そのものが昔の作品とあまり代わり映えしなかった。
 原口監督は91年にビデオ用映画としてSFものの「ミカドロイド」で監督デビューし、大いに期待して試写を観たものだが、映画自体にそれほど魅力を感じなかった。
 今回も肩透かしをくらうのかと思いながら途中でウトウトし始めたのだが、クライマックスの松坂慶子扮する巨大な土蜘蛛妖怪とさくやの戦いになるやいなや、その怒涛の展開に目を見張った。このスペクタクルシーンが観られたことだけでも「さくや妖怪伝」を評価したい。

 人間と巨大妖怪の戦いを映像的に違和感なく成り立たせている。
 実際に松坂本人が土蜘蛛の衣装(着ぐるみ)をまといミニチュアセットで演技しているのがすごい。衣装の隅々まで神経がいきとどいており、松坂の妖艶さに拍車をかける。特に爪の造型、その動きにしびれた。
 日本映画伝統のアナログ技術と最新のデジタル技術が見事に融和しており、日本特撮の真髄、可能性を見せつけられた思いがする。
 これは日本映画史における20世紀最後の1つのエポックメーキングではないか。

 ファミリー映画とも言うべき「ジュブナイル」や「さくや妖怪伝」が大ヒットして、特撮(が売りの)映画のジャンルがもっともっと広がればうれしいのだが……。

     ◇




 ずいぶん遅くなってしまったがUPしておく。

     ◇

2015/07/05

 「マッドマックス 怒りのデスロード」(丸の内ピカデリー)

 これまで「マッドマックス」シリーズを観たことがなかった。
 第1作「マッドマックス」が公開されたのが1979年の年末。80年の正月映画第一弾だったのか。これが爆発的に大ヒット、81年には「マッドマックス2」が、85年には3部作の最終作として「マッドマックス/サンダードーム」が公開された。

 当時「マッドマックス」ブームのまったくの蚊帳の外だった。クルマに興味がなかったからだろう。クルマとかバイクとかその手の乗り物にまるで関心がない。クルマの免許をとれば、マイカー購入になってああじゃない、こうじゃないといろいろと考えるのだろう。東京に住んでいたからその心配がなかった。結局、これまで自家用車というものを一度も持ったことがない。これからも持つことはないだろう。思えばこの3年間、いや4年になるか、クルマを運転したことがない。

 とにかく、クルマに興味がない、だから、旧3部作は観なかったという経緯がある。
 にもかかわらず、劇場で「マッドマックス 怒りのデスロード」の予告編がかかるやいなや「劇場で押えよう」という気持ちになったのだから不思議なものである。映像から熱気(面白さ?)がビンビンに伝わってきたからだ。

 勘違いしていたことがある。
 新作は旧作(3部作)のリメイクもしくはリブートだと思っていたのだ。当然監督も若い世代の人だと。
 まさかジョージ・ミラー監督作品だったとは!
 主演がメル・ギブソンなら、考えられるが、トム・ハーディーなので、旧3部作の監督が演出するなんてこれっぽっちも頭をよぎらなかったというわけ。

 公開に合わせて、テレビ東京「午後のロードショー」で旧作が放映されたので、第1作「マッドマックス」を録画した。
 再生して驚いた。映画内世界が思っていたより普通なのである。メル・ギブソンが若い。若すぎる。
 聞くところによると、続編からあの世界が展開されるらしい。
 「2」も午後のロードショーで放映されたのだが録画し忘れた。あとで「3」とともにレンタルするつもりだ。

そんなわけで、僕の初めてのジョージ・ミラー体験は1983年公開の「トワイライトゾーン/超次元の体験」になる。ミラー監督は4話オムニバスの最終話を担当してかなりの面白さだった。

 「ベイブ 都会へ行く」も監督作品だったのか! すっかり忘れていた。
第1弾「ベイブ」はまだ幼かった娘が観たがって、親子3人で観に行った(「ベイブ」はジョージ・ミラーが脚本担当)。当然続編も3人で観るのだが、観てぶっ飛んだ。動物とアニマトロニクスを使ってのドタバタアクション。何て手間のかかる映画に挑戦したのだろうとその苦労がしのばれた。

 「マッドマックス 怒りのデスロード」で驚愕したのは全編アクションで構成されているところだ。そのアクションもまるで実際に撮影されたように見える。グリーンバックで撮影された役者のカットが車の横転、爆発というカットに合成されるというようなものがスクリーンで見る限り感じられなかった。
 これは本物? そんなショットがたくさんあるのである。
 
 生半可でないアクション、スタントが全編にわたって繰り広げられる。こういう場合、何かしらの不具合がでてくるものだ。

 たとえば、昔、ジョージ・ルーカスとスティーブン・スピルバーグが組んだ「インディー・ジョーンズ」シリーズの第1作「レイダース 失われたアーク《聖櫃》」について、アクション描写の羅列に批判がでた。アクションだらけでは面白くないと。本当のアクション映画には、緩急があるものだと、きちんと観客を休ませるシーンがあってこそ映画は面白くなると、評論家は数年後に公開された「ロマンシング・ストーン 秘宝の谷」を評価した。まあ、レイダースはお子様映画、「ロマンシング・ストーン 秘宝の谷」は大人向け、ということなのだろう。

 だったら、「マッドマックス 怒りのデスロード」はどうなるのか。アクションのつるべ打ちは「レイダース」の比ではない。いやアクションだけで成り立っているのだ。
 でも十分面白い。飽きないしダレない。
 大音響でロックを奏でる車両。先頭でギターを弾きまくる男。とんでもすげぇ発想だ。
 ジョージ・ミラー監督っていったいいくつなんだ? 調べたら今年で70歳になるらしい。70歳監督が撮る映画ではない!

 映画はシリーズ化されるらしい。今度は全作大きなスクリーンで観賞したい。




 書き忘れていた。

 8月28日(金)は「さばの湯 雑把亭 談四楼独演会」に足を運んだのだ。5月以降ずっと都合が悪くて行けなかったのだが、8月は何とか都合がついた。
 5周年ということでお客さん全員におみやげがついた。小さな色紙だ。

 3年のブランクがあるが、けっこうこの回には足を運んでいる方だと思う、
 第1回めから行っていた、と自分では思っていたが、よく考えたら、2回めからだった。
 毎月月末近くの金曜日、20時から、というのがサラリーマンには都合がよい。

 料金は2,500円。これとは別に1ドリンクを注文。アルコール類なら400円からある。
 終了したあと師匠を囲んでゆるやかな懇親会がある。これに参加するとあと1、2杯は飲むので(飲まなくてもいいけど)、飲み代として1,000円。合計4,000円ほどか。

 開始20時ぎりぎりに到着したため、一番前にての観賞となった。かぶりつきである。

  立川だん子 「狸札」
  立川談四楼 「もう半分」&「一回こっくり」

 北澤八幡と同じ演目だ。「一回こっくり」にまた涙がひとすじ……やべぇ。この日読了した「続・フレンズ」でミシェルと3歳の娘シルヴィとのやりとりが頭に浮かんでいたんだよなぁ。

     ◇

 さばの湯は飲食できる小さなイベント空間。興味ある方はこちらを。




 昨日(5日)。
 12時ジャスト東京駅発のぞみ227号に乗って新大阪へ。
 新大阪に到着してから駅構内の書店で立ち読み。ヘヴィメタ雑誌「BURRN!」10月号から談四楼師匠のコラム「そこでだ、若旦那!」が再開したのである。正式タイトルは「帰ってきた そこでだ、若旦那!」。
 再開を知って、最新号が書店に並ぶたびにチェックしていた。うれしい。毎月の楽しみができた。

 新大阪から在来線で大阪へ。JRの改札を出て徒歩で地下鉄谷町線「東梅田」駅へ向かう。
 「南森町」駅で堺筋線に乗り換え、「北浜」駅へ。26番出口から外にでると橋の向こうに中之島中央公会堂が見えた。
「雲州堂って、ここにあるのか!」
 何度も書いているが、大阪の、というか関西の街は点でしか知らない。位置関係がほとんどわからないのだ。
 初めての場所だと思って、緊張しながら電車に乗っていたのだが、何のことはない、「紙ふうせんリサイタル なつかしい未来」のVol.1、2のときにこの町に来ている。あのときだって、大阪(梅田)から電車で来ているはずなのだ。どの電車で、どの駅へ降りたのか。地下鉄御堂筋線の淀屋橋駅だったか。

 まあ、いい。とにかく5日は紙ふうせんシークレットライブがイベントスペース「雲州堂」で17時から開催されるというわけ。
 時計を見ると15時過ぎ。まだライブの開催時間には時間があるので、中之島公園で時間をつぶす。
 ひととおり散策してもまだ時間があるので、中央公会堂の方面に向かう。近くに大阪市東洋陶磁美術館があり無料だったので見学することに。
 この日から始まったのは「日韓国交正常化50周年記念国際交流特別展「新発見の高麗青磁」。

 16時半になったので、会場に向かった。
 入口で後藤さん一人タバコを喫っていた。バックから朝コンビニで購入した週刊新潮を取りだして、記事を見せた。111ページの「墓碑銘」〈大衆演劇の旅役者、浪花の玉三郎、美里英二さんの人望〉。橋本正樹さんが取材されているのだ。
 
 27日(日)、28日に開催される「ALFA MUSIC LIVE」出演について訊いた。結局「翼をください」を歌唱&演奏する赤い鳥関係者は誰なのか?
 紙ふうせんのほかは、村上〈ポンタ〉秀一さん、大村憲司さんの息子さんだという。渡辺さんは出演しないようだ。

 17時からシークレットライブが始まる。最初に映像上映があり、その後5組の会員(新顔あり)、すぎたじゅんじさん、紙ふうせんという順のライブ。
 終了後はその場で懇親会。大盛り上がりの楽しいひとときだった。

     ◇

 今回の大阪行きの楽しみは、(ジャズ)ミュージシャン・浦野直さんの「セッション」評を訊くことだった。ライブに参加してなかったので寂しかったのだが、懇親会終了後にお会いすることができた。
 単刀直入に感想を訊くと、浦野さんは答えた。
「しょうもない映画だよ」
 確かに展開は強引過ぎます。シナリオがひどいと思います。でもそれもラストのドラムソロが素晴らしいからすべてを許してしまう気持ちになりませんか?
「主人公のドラムを叩く姿勢が悪い」
 ……はぁ。
「あんなのありえない!」



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道路の向こうに中央公会堂が見える

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東京なら日本橋みたいなところかな

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中央公会堂


 4日(金)は神保町のブックカフェ二十世紀へ。
 「鉄腕アトムの歌が聞こえる ~手塚治虫とその時代~』」(少年画報社)の出版記念で著者の橋本一郎氏のトークショーがあったので、まぐまのKさんを誘って参加した。

 すでに本は読んでいる。
 橋本氏は元朝日ソノラマの編集者で、「鉄腕アトム」や「鉄人28号」のソノシートを企画して大ヒットを放つ。「ウルトラQ」や「ウルトラマン」のソノシートも同様。オリジナルの怪獣ドラマにはずいぶんお世話になったものだ。
 サンコミックスを創刊した人でもある。
 少年画報社に移籍してからは、手塚治虫に少年キングへの連載を依頼して「アポロの歌」を描かせた。連載第一回の精子の大群(男性)が、子宮の卵子(女王)に向かって行く描写は圧巻だった。

 トークショーは、時々ソノシートをかけながら、担当したコミックスを回しながら2時間の長丁場。とはいえ、興味深い話の数々であっというまに時間が過ぎ去った感じだ。
 トークショー終了後は希望者のみ参加の懇親会。こちらはアルコールも入って、本に書けなかった「えっ!」という話が次々とでてきて楽しめた。終了したのは23時過ぎ。充実した内容だった。

 橋本氏の隣でアシスタントをやっていた某編集プロダクション代表(「鉄腕アトムの歌が聞こえる」を編集している)のIさんの顔に見覚えがあった。秋野大作に似ているから単なる思い違いかとも思ったが、確かな記憶がある。
トークショーが終了してから、エレベータ-横で販売を担当していた少年画報社のOさんを見て判明した。
 二人とも元T書房の社員だったのだ。

 26年前、僕もT書房の社員だったのである。Iさんはマンガの編集部、Oさんは販売部にいた。僕は映像部にいて、本の編集や販売に関わったことはないのだが。T書房は途中入社でまたすぐにS社へ出向してそのまま転籍してしまったので2年も在籍していなかった。転籍してすぐにT書房は倒産した。
 Oさんにはけっこうお世話になった。ローリングストーンズのコンサートがあったとき、Oさんから無償でチケットをもらって、一緒に観に行ったのをしっかり覚えている。お互い、名前がでてこなかったが、この思い出は共有していて、Oさんが僕を認識したときの言葉が、「ローリングストーンズ、行ったねぇ」だった。

 美空ひばりや手塚治虫の逝去、宮崎某事件、いろいろなことがあった。入社してすぐに生まれた娘がこの夏で27歳になっているのだ。

 
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ソノシートを扱っていることで、これは「買い」だと。




 1日(映画サービスデー)はユーロスペースで公開している「野火」を観るつもりでいた。川越の直行直帰の仕事が終わったのが17時30分過ぎ、JR川越駅に着いたのは18時。そのまま渋谷へ向かっても19時の最終回には間に合わないのは確実だから、さいたま新都心のMOVIXで「ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション」もしくは「テッド2」でも観ようかと計画変更したが、それも時間的(18時30分、18時50分)に叶わず映画鑑賞は諦めた。川越って遠いのね。

 昨日(もう一昨日だが)は、角川シネマ有楽町で「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」を観た。
 公開されたのは8月1日、なかなか時間がとれなかった。火曜、もしくは金曜日なら会員サービスで1,000円なのだが、本日(4日)は別の予定があるし、上映は今週で終了なので仕方ない。それでも1,300円だから。予想していた内容とは全然違った。エンディングロール(歌)でなぜか泣けてきた。

          * * *

 承前

 「ゼロファイター 大空戦」
 (脚本:関沢新一、斯波一絵 監督:森谷司郎 特技監督:円谷英二 主演:加山雄三、佐藤允)

 「日本沈没」の森谷司郎監督の監督デビュー作。
 某南島の基地を舞台にした若い戦闘機パイロットたちの青春群像といった趣きで完全に作品世界にのめり込んだ。この映画に限ってはカラーで観たかったという思いが強い。それほど瑞々しい印象なのだ。
 登場人物のキャラクターが良い。森谷監督の演出力に並々ならないものがあることがわかる。
 「日本沈没」が大ヒットしたのは、脚本(橋本忍)、特撮(中野昭慶)の力もあっただろうが、森谷監督の演出も影響していたのだと思う。もし84年版の「ゴジラ」でメガホンをとっていたら(当初森谷監督が予定されていたというが、病気のため新人監督が起用されたという経緯がある)、もう少しは面白い映画になったのではないか。同じ脚本だったとしても。
 初期に手がけた作品から青春映画を得意とする監督だと考えていた(小学6年のときに学校の体育館で「赤頭巾ちゃん気をつけて」を観賞している)。それが、「日本沈没」の大ヒットによって大作映画(「八甲田山」「聖職の碑」「動乱」等)へとシフトしていったのは本意ではなかったのではないかと。
 この映画を観てあながち間違いではなかったと思った。
 
 肝心の特撮のこと。
 戦艦(海上)の特撮は今でもそれなりに見られる出来なのに(人間ドラマから切り替わっても)、ゼロ戦の空中戦、発進や離陸といった特撮は少々恥ずかしい。太陽光の有無によるものだろう。海洋シーンは基本屋外の大プールで撮影する。対して飛行機の飛行シーンは屋内のスタジオだ。太陽光の下で撮影すると、同じミニチュア模型でも角度によってはリアルに見えるのである。


 「零戦燃ゆ」
 (脚本:笠原和夫 監督:舛田利雄 特技監督:川北紘一 主演:堤大二郎、橋爪淳、早見優)

 1980年代、シナリオライターの笠原和夫はやくざ映画から戦争映画にシフトしていた。東映の「二百三高地」「大日本帝国」「日本海大海戦 海ゆかば」という3部作のあと、同じ舛田監督とのコンビで東宝でゼロ戦ものに取り組んだ。東映作品の特撮は中野昭慶特技監督が担当していたが、東宝は川北特技監督起用した。出来は「セロファイター 大空戦」で感じたまま。
 若手俳優がいい味だしていた。
 主題歌と挿入歌を石原裕次郎が歌っている。いい歌とは思うが、映画に似合っているかというとそうではない。「二百三高地」のさだまさし「防人の詩」や「戦艦大和」の谷村新司「群青」の路線を狙っているのだろう。
 ゼロ戦の特撮は屋外でラジコン模型を飛ばしたシーンはいいが、スタジオの吊り撮影はいかにもミニチュアといった感じでいただけない。ゼロ戦のリアルな映像は「聯合艦隊司令官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-」まで待たなければならないのか。「永遠の0」の画期的VFXも「聯合艦隊司令官 山本五十六」があればこそ、だ。


 「大空のサムライ」
 (脚本:須崎勝弥 監督:丸山誠治 特技監督:川北紘一 主演:藤岡弘)

 東宝の作品なのに、なぜかDVDが他社から発売されている。なぜだろうと思ったら、オープニングクレジットに〈大観プロダクション〉とあった。聞いたことのない制作会社だ。調べてみたら、ねずみ講組織である「天下一家の会」の宗教法人だという。
 ねずみ講とは懐かしい。あまり大きな声ではいえないが、うちの親はねずみ講で儲けて軽トラック1台を購入している。僕が中学生のとき。親戚(僕にとっての叔父、叔母)を巻き込んでそりゃ大変な騒ぎだった。
 そんな話はどうでもいい。
 冒頭に原作者であり、映画の主人公(のモデル)である坂井三郎のインタビューが挿入されていてちょっと萎えた。藤岡弘との落差が……
 川北特技監督の劇場映画デビュー作。飛行シーンにラジコンを使って実際に空に飛ばしているところのみ目新しい。


 「竹取物語」
 (脚本:菊島隆三、石上三登志、日高真也、市川崑 監督:市川崑 特技監督:中野昭慶 主演:沢口靖子、三船敏郎、若尾文子) 

 この作品も公開時にパスしてしまい、以来観たことがなかった。市川崑監督なのに。ラストに登場する月から使者がもろ「未知との遭遇」のUFOというところ、それもシャンデリア風の造形に反発したのである。これが「未知との遭遇」の公開直前、直後ならまだわかる。10年も経っていて、にもかかわらず同じアイディアなのが許せなかったのだ。脚本に石上三登志が参加した結果がこれなのか。菊島隆三の名前にもびっくり。
 三船敏郎と若尾文子のシーンがいい。竹林のシーンも素晴らしい。実相寺昭雄監督が「ウルトラQ ザ・ムービー 星の伝説」で竹林をスタイリッシュに撮っていて目を瞠ったが、その前から崑監督はその美しさを認識していたのだ。




 「特技監督 中野昭慶」(ワイズ出版)を読めば、当然、助監督として特技監督として参加している一連の東宝作品を観たくなる。ここのところ毎週DVDを借りてきている。

     ◇

 「日本海大海戦」
 (脚本:八住利雄 監督:丸山誠治 特技監督:円谷英二 主演:三船敏郎)

 NHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」の海戦シーンをVFXで再現する際、スタッフは東宝「日本海大海戦」を意識してらしい。東郷ターンの描写では負けたくない、という意識があったことをメイキング本で知ってこの映画に興味を持った。
 東宝が「日本のいちばん長い日」「連合艦隊司令長官 山本五十六」に続いて制作した8.15シリーズ第3弾。そうか、円谷英二の特撮を売りにした東宝の戦記映画は「日本のいちばん長い日」が出発点なのか。
 まあ、「ゴジラ」以前から「ハワイ・マレー沖海戦」等戦記映画は作られていたから全く新しいジャンルというわけはないだろう。
 また、この映画に関しては8.15シリーズといっても明治時代の日露戦争を描いてるから特別編という位置づけだろう。
 確かに特撮シーンは見事といえる。堂々とした絵なのだ。惚れ惚れしてしまう。円谷特技監督の実質的な最後の作品とのこと。


 「連合艦隊」
 (脚本:須崎勝彌 監督:松林宗恵 特技監督:中野昭慶 主演:小林桂樹、丹波哲郎)

 大和の巨大なミニチュア(実際に自力で動く)が製作されて盛んに宣伝にかりだされていたことを思い出す。特撮には興味があったはずなのに、映画は観なかった。戦争映画があまり好きでないからだろうか。自分もよくわからない。
 特撮シーンは、「日本海大海戦」の方が迫力あったように感じた。大和の最期はすごいヴィジュアルだったけれど。
 山本五十六というと、三船敏郎のイメージが強いのだが、本作では小林桂樹が演じていた。その最期は東映の「聯合艦隊長官 山元五十六」を先に観ているので、復習をしているような気持になった。
 松林監督の名前は市川崑監督「女王蜂」のクレジットで覚えた。協力監督とは何ぞやと。また、宗恵をずいぶん長い間〈そうけい〉と読んでいた。〈しゅうえ〉が正しい。「帰ってきたウルトラマン」にも参加しているがまるで印象にない。


 「東京湾炎上」
 (脚本:大野靖子、舛田利雄 監督:石田勝心 特技監督:中野昭慶 主演:藤原弘)

 この映画の製作が発表されたとき、ストーリーを知って疑問符がいくつも並んだ。タンカーを人質にしたテロリストが政府につきつけた要求は、某石油コンビナートの爆破してその模様をTV中継せよというもので、政府は映画スタッフが撮影した特撮映像をTVで放送することでこの危機を回避する……「そんな映画を本当に作るのですか? 公開するのですか?」と質問状を送付したくてたまらなかった。だって、絶対にありえない話だもの。
 東宝の特撮がどんなに優秀だといっても、本物そっくりに見えたことはない。あくまでも特殊撮影ということがわかって上でミニチュア模型、セットの精巧さや繊細な造形、爆発等の迫力を楽しんでいるわけだ。
 よくこの企画にGOサインがでたな、という気持ち。いくら映画ゆえの嘘と弁解されてもねぇ。いや、特撮映画が大好きだからこそ話を聞いただけでまるでノレなかった。だからこれまで一度としてこの映画を観たことがなかった。
 テロリストの一人が水谷豊だった。

 で、実際に観た感想。思ったとおりの出来でした。以上。


 「連合艦隊司令長官 山本五十六」
 (脚本:須崎勝彌、丸山誠治 監督:丸山誠治 特技監督:円谷英二 主演:三船敏郎)

 8.15シリーズ第2弾。冒頭の船頭(辰巳柳太郎)と山本五十六(三船敏郎)のやりとりがいいなあ。
 東映「聯合艦隊司令長官 山本五十六」では、〈連合〉が〈聯合〉になっていて疑問に思っていたのだが、この映画との差別化だったのか。太平洋戦争70年の真実なる副題もついていたな。
 「日本のいちばん長い日」もそうだったが、キャストで東宝映画であることがすぐにわかる。東宝オールキャストといえるのではないか。昭和40年代半ばまでは、まだ大部屋制度も五社協定も存在していたというわけだ。

 この項続く




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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