毎日が訃報ばかり……
 少し大仰かもしれないがそんな感じがしてしょうがない。

 先週、テレビ朝日「報道ステーション」で川崎敬三が亡くなっていることを知った。そういえばもうずいぶん長いことTVその他で見かけなくなっていた。江利チエミ主演のTVドラマ「サザエさん」ではマスオさんを演じていて、個人的にはこの印象が強い。アフタヌーンショーの司会を長いこと担当するまでは。
 82歳。父親より1歳上なのか。

 原節子の死去は、「えっ、まだ生きていたのか」と逆に驚いた。リアルタイムを知らない、黒澤映画や小津映画で観るだけ……、僕にとって本当に伝説の女優だったのだ。

 訃報ばかりでいい加減にしてくれと言いたいが、それが時の流れというものだろう。

 何度も書いているが、自分自身がもう56歳になっているのだから、10代のころに活躍した有名人、著名人が亡くなるのは自然の理なのはわかっている。いくら長寿の国とはいえ、80歳を超えればいつお迎えがきてもおかしくはない。

 わかってはいるつもりだったが、水木しげるの訃報には驚いた。93歳。100歳まで元気なような気がしていたからだ。やはり、ビッグコミックの連載が終了したのは体調がすぐれなかったのか。

 最初はTV映画の原作でその名前を覚えたと思う。「悪魔くん」「河童の三平」。モノクロのTVアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」に夢中になった。けっこう怖かった。「ゲゲゲの鬼太郎」は新シリーズになるにつれ、仲間が増え明るくなっていく。第一シリーズを知っているとそれがどうにも違和感があって仕方なかった。

 実際の水木マンガにハマるのは高校時代だ。短編集がお気に入りだった。サンコミックス「日本奇人伝」は何度も読み返した。
 十代のころ、自分なりに妖怪がたくさん登場する8㎜映画を企画した。妖怪のスケッチを何枚も描いた。
 鬼太郎の世界を、いわゆるヒーローものではなく、幽玄の世界に住む不思議な住人たちの話を映像化できないか夢想したものだ。主人公は人間と妖怪の間に生まれた男〈やどろく〉。すべてを望遠レンズで撮れば、距離感のない世界ができあがるなあ、なんて。

 水木先生、長い間、楽しませていただきありがとうございました。



MIZUKISHIGERHON
今秋、古書店で購入した短編集
「幻想世界への旅」(ちくま文庫)


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 承前

2002/11/06

 「木曜組曲」(シネ・ラ・セット)  

 この秋邦画が調子いい。  
 このところ邦画ばかり観ているが、どれも佳作ぞろいだ。これで映画自体もヒットしているならバンバンザイなのだけれど。  

 「木曜組曲」は恩田陸のミステリが原作である。恥ずかしい話、つい最近まで恩田陸は男性作家だとばかり思っていた。確かに陸をりくと表記すれば女性になりますなあ(大石内蔵助の奥さんはりくだった)。 
 子ども(男の子)に陸と名付けた友人がいたものだからとんだ勘違いをしていた。ちなみにこの友人、次の女の子には海と名付け、もうすぐ三人めが生まれるという。「女の子だったら空にする」と宣言している。おお、陸海空! さすが元自衛隊員。……冗談です。男の子の名が陸というのだけ本当だけど。  

 恩田陸についてはNHKでドラマ化された「六番目の佐夜子」(未見)の作者ということぐらいしか知らない。ミステリ作家としての認識もなかった。  
 「木曜組曲」を観たのは、主演の一人が原田美枝子だったから。「OUT」と同時期に公開されたこの映画ではどんな演技を見せてくれるのか興味があった。  
 またストーリー自体がタイトルからは想像できない、本格推理の様相を示していたことも要因だ。限定された空間における5人(6人か?)の女優陣の競演。舞台劇のような謎解きドラマで、こういう設定は日本映画には珍しい。というか、こういう設定を日本でやると嘘っぽい世界になりがちだ、そこを新進気鋭の篠原哲雄監督がどう料理して映像化するのかも気になった。  

 その流麗な文体による耽美な世界で人気を誇った女流作家(作品世界のイメージは三島由紀夫だろうか。演じるのは浅丘ルリ子)が謎の服毒自殺を図って4年。彼女と何らかの血縁関係があり、自らも文筆業を生業とする4人の女性たち(原田美枝子、富田靖子、西田尚美、鈴木京香)はその現場に居合わせたことから、毎年命日になると作家の執筆活動の拠点になっていた鎌倉の邸宅に集まり偲ぶ会を開いていた。出迎えるのは長く身の回りの世話をしていた編集者(加藤登紀子)。  
 今度の偲ぶ会に豪華な花束が届けられた。「皆様の罪を忘れないために、死者のための花を捧げます」のメッセージが添えられて。差出人は作家が最後に書いた小説のヒロインの名。もちろん誰だかわからない。身元不明だ。作家は本当に自殺だったのか? 花束の差出人はまるで5人が殺したと断言しているようだ。他殺なのか? この中に犯人がいるのだろうか。編集者の手料理に舌鼓を打ち、たっぷり用意されたお酒に酔いながら、5人は各々の推理を展開させていく。  

 ほとんどカメラは作家の邸宅を出ることはなく、6人の女性たちの会話だけで物語は進行していく。これがまったく飽きない。それどころか徐々に明らかになっていく新事実に驚愕しながら、次の展開が気になってしかたない。  
 食卓に並べられる料理の数々に腹の虫がわめき、カップに注がれるワインに喉が鳴る。  
 ロケセット、美術、小道具が一体となり、それにクラシカルな音楽(村山連哉)が加わることでリアルで優雅な空間を醸し出した。  
 6人の女優陣の中にあって、歌手の加藤登紀子が光った。いかにもいそうな女編集者だし、アングルによって、実に怖い表情を見せるのだ。怖いといえば富田靖子もそう。不意にこちらの背筋を寒くさせる。  
 原田美枝子と西田尚美は奇しくも「OUT」でも共演している。西田が両作品で(悪い意味ではなく)同じイメージなのに対して、原田が全然違うのに驚いた。  
 「木曜組曲」の彼女は〈おばさん〉だった。パーマヘア、たぶんブランドものなのだろうが、どこかダサさを感じるファッション。ラストのコート姿でその思いは一気に高まった。これって役作りの結果なのだろう。そう信じたい。  
 ファッションといえば鈴木京香のパンツルックが素敵だった。(ちなみに彼女だけは作家と血の繋がりはない。義理の関係。)  

 ラストで明かされる真相は実は映画のオリジナルだとか(脚本:大森寿美男)。ということはその前の解決が小説のオチなのか。この変更は悪くない。


 【追記】
 エンディングロールにマルCマークで2001……(以下忘れました)とあった。ということは、この作品は2001年に製作されたということになる。完成されてから公開までに1年かかったのはなぜだろう。これが僕の、映画「木曜組曲」一番の謎でした。


2003/01/29

 「Jam Films」(IMAGICA DLP試写)  

 オムニバス映画と呼ばれるものがある。オムニバスとはもともと〈乗り合いバス〉という意味。同じテーマで複数の監督が競作した作品を並べたものをオムニバス映画という。  
 「Jam Films」も一部のメディアでオムニバス映画と紹介されているが、これは間違い。日本映画の俊英監督7人の短編を集めただけで、各作品ともテーマもジャンルも違うのだ。製作元は〈コンピレーション・ムービー〉と名づけている。  

 要は個性派監督が紡ぎ出すそれぞれ14、5分ほどの世界を堪能すればいい。7本まとめてああだこうだと言ってもはじまらない。  
 もう何年前になるのか忘れてしまったが、TVをリタイアしていた萩本欽一が短編映画製作に乗り出したことがあった。若手に企画を募って、これはというものを映画化、完成作品を日比谷のシャンテシネで公開した。その公開方法がユニークだった。短編1本300円(400円だったか?)の料金で、客は何本観たかの自己申告で料金を払うシステム。  

 長編映画だと資金の面ですぐにGOできない場合があるが、短編だとそれができる。才能の発掘に貢献できればというのが当時欽ちゃんの言葉だった。好評なら第2弾を言っていたが、その後何もなかったから興行的にうまくいかなかったのだろう。
 話は脱線するが、この時のマスコミの欽ちゃんに対する持ち上げ方がものすごかった。その数年前、ビートたけし、タモリ、明石家さんまの台頭で、影の薄くなった欽ちゃんへのバッシングが吹き荒れた。その元凶のマスコミがコロっと態度を変えて欽ちゃんを応援しているんだもの。何なんだこれ、って思った。  

 この上映システムを「Jam Films」が踏襲してもよかった気がする。1本づつにスタッフキャストのタイトルがついていて、完全に独立しているのだから。いや全部観るとすると高くつくか。  

 実はこの映画、僕が勤める会社が製作している(共同制作はアミューズ)。年末から単館ロードショーが始まり、何と入場者数の新記録を樹立したとか。  
 担当部署の知り合いの方から前売券をもらい、そろそろ劇場に行こうかと考えていたところ、関係者用のDLP試写があるとの案内を受けた。映像も音響もベストの環境。これは行くっきゃない。  

 オープニングはCG(原田大三郎)。これがとてつもなく美しい。DLP効果だろうか。  
 プロデューサーとして見慣れた方の名前が続いた後本編に入る。

 トップバッターは北村龍平監督の「the messenger-弔いは夜の果てで」。  
 衣装や美術に凝っていてカメラワークには注目したが、このアイディアは短編向きではない。ちょっと無理がある。最初ブラックジャックの扮装をしたモックンが出演している! とびっくりしたら別人でした。早くビデオで「VERSUS」を確認しなければ。

 続く篠原哲雄監督の「けん玉」は若夫婦(恋人同士?)に扮する山崎まさよしと篠原涼子が好演。特にすねた篠原涼子がかわいい。笑えた。

 飯田穣治監督「コールドスリープ」は短編映画の王道ともいうべきSFコメディ。昔ながらの木造校舎の雰囲気に心が和む。

 望月六郎監督「Pandora - Hong Kong Leg」は「the messenger」同様の重厚な映像。全編これ吉本多香美のエロティシズムに包まれているのだが、これって「皆月」ファンに対するセルフパロディではないか。笑いをこらえるのに苦労した。

 堤幸彦監督「HIJIKI」のナンセンスが秀逸。ずっと大笑いだった。いつもの堤流スタイリッシュなカメラワークは影をひそめ、役者たちの怪演を全面に押し出す。ひじきについてのうんちくが勉強になった。そうか、ひじきにはビタミンCがないのですか。

 行定勲監督「JUSTICE」のバカバカしさもイケる。主演が妻夫木聡、クラスメート役が新井浩文、もう一人先生に隠れてエッチなパラパラマンガを描いていたクラスメートがたぶん「ウォーターボーイズ」の踊りが上手なメンバーだった生徒だろう。「ウォーターボーイズ」と「GO」のコラボレーションといった感じだ。高校生活を活き活き描ける行定監督には「青の炎」は撮ってほしかった。

 ラストを飾るのは岩井俊二監督の「ARITA」。岩井監督の映像に初めて触れる。広末涼子の一人語りが心地よい。内容がどうのというより、「ARITA」について考察する少女時代の気持ちが実によくわかった。子どもの絵に娘の小さかった頃を思い出す。なぜ子どもってああいう絵を描くのだろう。

 映像美を楽しむ「the messenger-弔いは夜の果てで」、「Pandora - Hong Kong Leg」、大笑いできる「HIJIKI」、「JUSTICE」、ほのぼのできる「けん玉」、手堅くまとめた「コールドスリープ」「ARITA」といったところか。  
 僕のお薦めは「HIJIKI」、「JUSTICE」、「けん玉」。

 それにしても試写に集まった皆さんってこれまで何度も観ているのでしょうね。だって映画観て笑っているのって僕一人なんだから(もう一人いたかな)、ちょっとこれはつらかった。もっとバカ笑いしたいところもあったのだが、場違いって感じでかなり笑いを押さえている自分がいた。

 エンディングロールがすべて横文字というのも何のためなのか。もちろん各編のおしまいにオリジナルのスタッフ・キャストタイトルがついているけれど、落ち着いて確認できるのは映画が全部終わってからなのだ。


2003/12/01

 「昭和歌謡大全集」(川崎チネチッタ)  

 タイトルからだと内容がよくわからないが、ある若者集団と中年女性グループの抗争、やったらやりかえす復讐劇を描いている。全編昭和の懐かしき歌謡曲に彩られていることもあり、興味がわいた。  
 僕にとって初めて観る村上龍原作の映画でもある。  
 しかしこれほどぶっ飛んだ内容だとは!  
 「太陽を盗んだ男」のラストで暗示にとどめておいた東京での原爆爆発を本当にやってしまうのだから恐れ入る。  

 はっきりいってストーリーは荒唐無稽、ムチャクチャである。  
 懐かしの歌謡曲をコスプレして歌うカラオケパーティーを定期的に開いている若者集団(松田龍平、池内博之、斉藤陽一郎、近藤公園、村田充、安藤正信)。メンバーの一人、神経過敏な安藤正信がある日、ささいなことから携帯用のナイフで中年女性(内田春菊)を発作的に刺し殺してしまう。
内田春菊は、雑誌の取材で知り合ったグループ(全員が同じみどりという名からみどり会なる名称をもつ)の一員だった。別れた亭主、子どもの葬儀における対応から彼女の死を不憫に思った仲間たち(樋口可南子、細川ふみえ、鈴木砂羽、岸本加代子、森尾由実)は独力で犯人探しを始め、安藤をつきとめ、鈴木砂羽がナイフで殺してしまう。  
 哀しみにくれる若者たちは北関東の某所で金物屋を営むオヤジ(原田芳雄)からトカレフを入手、鈴木を撃ち殺す。復讐を誓う女性軍団は元自衛隊(古田新太)から入手した無反動砲をカラオケパーティーに興じる若者たちに向けて発射! 斉藤、近藤、村田が木っ端微塵になった。池内も死に一人残った松田は原田の元を訪ね小型の原爆と呼ばれるある爆弾を手に入れた……  

 よーく考えれば、いやいや考えなくてもすべては安藤正信がいけないのである。欲情して後をつけ、文句つけられたからと無抵抗な女性を殺す行為は何の弁明もできない。女性軍団の餌食になってもしかたないといえなくもない。本来なら安藤が殺され、なぜ殺されたのか、その真相がわかればそこでおしまいになるはずなのだ。
ところが若者たちは復讐にでた。若者たちには若者の、おばさんたちにはおばさんの論理、大義が存在し、そのために彼ら、彼女たちは行動するのである。復讐が復讐を呼ぶ。それも徐々に武器が大げさになっていく。

 オウムの事件以降、信じられない事件が多発している日本の今を浮き彫りにする苦味の効いた〈黒い寓話〉といえようか。  
 冒頭のピンキー&キラーズの「恋の季節」。松田龍平のピンキーコスプレはかなりの妖艶度。しかしその後の歌謡曲は選曲がいまひとつだった。もちろんストーリーにリンクした曲(「チャンチキおけさ」はよかった)、原作同様のものからもしれないが、こういう場合、「思い出のメロディー」みたいな聴いていてある種感慨を思い起こさせるものでないと、「昭和歌謡大全集」のタイトルが泣くというものである。まあ、これも個人的な趣味の問題か。
 
 金物屋があるところは、北関東の某所。利根川があって、川の向うは群馬県。バスの看板に〈妻沼〉とあった。郷里の家の近くである。変に親近感がわいた。ホント、自転車ですぐに行けるところだ。実際のロケはまったく別のところなのだろうが。
 
 監督の篠原哲雄は「木曜組曲」を撮った人。脚本も同じ大森寿美男だ。前作とまったくジャンルが違う映画だが、食事のシーンに「木曜組曲」と同じテイストをみることができる。優雅で料理がとてもおいしそう。特におばさんたちが集って無駄話に夢中になるところ。    
 事件が一段落したある昼下がり。自宅で一人ソファーに寝そべる樋口可南子がオナニーを始めるのだが、これが実に嘘っぽい。こんな中途半端な演出、演技なら最初からない方がいい。  
 5人の女優陣の中で岸本加代子のおばさんぶりが達者。鈴木砂羽の女心が哀しい。市川美和子不気味。原田芳雄に圧倒された。


2008/06/15

 「山桜」(テアトルタイムズスクエア)

 観終わって〈静謐〉という言葉が浮かんだ。
 余計なものはすべて排した体裁。アバンタイトルはなく、いきなりメインタイトルが表示されて本題に入る。東北庄内の小藩の下級武士家族の佇まいや四季の移り変わりを丹念に描きながら、淡々と進行し、台詞も必要最低限。クライマックスでもことさら過剰な盛り上げがない。少なくとも(観客を泣かせるための)あざとさは感じられない。ラストで涙が一粒流れるか否かの余韻が逆に新鮮だ。
 
 主人公は、海坂藩下級武士の娘、野江(田中麗奈)。最初の伴侶に急死され、再び嫁いだ先は、金にがめつく人情のかけらもない家。出戻りをもらってやったと恩にきせる夫は、上役に媚びへつらい、そのおこぼれに預かる小心者で、弱者に容赦のない舅と一緒に小金儲けに精をだす。姑は嫁を女中としか見ておらず、何かというと辛くあたる。不本意な毎日だが、妹や弟の将来を考えれば実家に戻ることなどできない。

 そんな境遇の野江が、弥一郎という侍(東山紀之)に声をかけられたことから映画は始まる。山桜が満開の、ある春の日だった。
 弥一郎は剣の達人として誉れ高い。かつて縁談を申し込まれたこともあった。なぜ断ってしまったのか。剣の達人を夫にしたら心休まる日がないと思ったからと今は納得しているが、本当のところ、母一人子一人を嫌った両親が判断した結果なのだろう。弥一郎とこれからどうなるというわけではないが、優しさにあふれた言葉が、勇気を与えてくれたのは確か。

 その弥一郎が藩の重臣(村井国夫)を斬ったと聞いて驚愕した。斬られた重臣にはよからぬ噂があった。飢饉が続き、年貢の取立てに困窮する農民が増えているというのに、一部の豪農と結託し、私腹を肥やしているのだと。
 夫は弥一郎の行動を侮蔑した。殺されたのが取り入っていた上役だったからだ。批判した態度をとると即座に離縁された。もう結婚はこりごりだ。亡き叔母同様これからは一人で生きていく。

 牢に入った弥一郎の沙汰はなかなか決まらない。城中での刃傷は切腹なのだが、同情論もあって時だけが過ぎていく。弥一郎の身を心配する野江は祈るしかなかった。が、意を決して弥一郎の家を訪ねた。出迎えた母親(富司純子)の笑顔は暖かい。
 江戸から藩主が帰国した。すぐに沙汰も下されるだろう。

 東山紀之の台詞がほとんどないことに驚いた。
 冒頭、山桜の咲いた枝を切ろうとした野江が手をのばすが届かない。そこにやってきたのが弥一郎。
「(私が)手折ってしんぜよう」
「今は幸せでござろうな」
「さようか。案じておったが、それはなにより」
 野江と交わす台詞はこれしかない。
 田中麗奈との共演というより、ゲスト出演という感じだ。弥一郎は映画の中ではイメージ的存在なのである。
 重臣を斬るときも無言。取り巻きをミネ打ちして、あっというまに斬り伏る殺陣が見事だった。しょうゆ顔(アイドル時代、さんざ言われていた)だから、まげ姿は似合うと思っていたが、この殺陣に魅了された。

 山田洋次監督の「たそがれ清兵衛」で藤沢周平の世界を知った。この映画と第2弾「隠し剣 鬼の爪」の登場人物は庄内弁をしゃべっていたので、黒土三男監督「蝉しぐれ」に少々違和感を覚えた。標準語による芝居だったからだ。原作を読んでみたら、驚いたことに会話は皆標準語だった。つまり藤沢周平の小説では方言を使っていないのだ(「たそがれ清兵衛」鑑賞後に原作に使われた短編を読んでいるのに、どうして気がつかなかったのか!)。
 というわけで、この「山桜」も標準語である。
 
 時代劇に風情が必要なことを教えてくれる映画である。汚れた足袋だとか、質素な夕餉だとか、あるいは花瓶に生けた山桜の形とか、ほんとなにげない描写なのだ。

 2009年12月に観た「つむじ風食堂の夜」の感想はこちら

 2011年5月にDVDで「深呼吸の必要」を観た。ブログにこんなことを書いた。
     ▽
12日(木)は夜DVD「深呼吸の必要」を鑑賞。篠原哲雄監督はディティール描写の人だ。さとうきび畑の収穫の始まりから終わりまでを、収穫の仕方を含めてきちんと見せてくれる。撮影に合わせてあの広大な畑を収穫したのか。ロケーション撮影が素晴らしい。主人公の若者たちのキャラクターやストーリーがいかにも作ったという感じ。個人的には「草の上の仕事」が断然いい。
     △




 ブックカフェ二十世紀のイベント(トークショー)は、当初トークショーが終了したらそれで終わりだったが、9月ごろから、希望者のみを対象に別会費を徴収して懇親会を実施するようになった。
 「編集よもやま話」の場合、受付でトークショーの料金1,500円を払おうとすると、懇親会への参加の有無を訊かれ、「はい」と答えると懇親会費1,500円を含めた3,000円の徴収となる。

 僕が参加した第1回、第2回は、トークショーのあと有志(ホスト、ゲストを含む)で近くの中華料理店で2次会を開催していた。
 橋本一郎さんの「鉄腕アトムの歌が聞こえる」出版記念トークショーあたりからそのまま懇親会をするようになったのではないか。お客の立場からするとこれはうれしい。

 第4回(ゲスト・立川キウイ)は懇親会があったので、中華料理店の2次会はないと思っていたら、懇親会後3次会で伺うことになった。トークショー→同じ会場で懇親会→別会場で2次会という流れ。これがパターン化するのだろうと思った。

 第5回(ゲスト・篠原哲男)でも、懇親会→中華料理屋コースになるだろうと睨んでいたら、懇親会の料理がけっこう残っていることもあって、ホストの二井さんがS店長にお願いしてそのまま2次会を行うことになった。追加のお酒は二井さんほかのカンパで補充された。23時近くまでおしゃべりしていた。
 篠原監督はお疲れの様子だったが、イベントは大いに盛り上がった。
 楽しかった!

 話は懇親会に戻る。
 懇親会は参加者の自己紹介から始まる。今回は篠原監督(作品)ファンが多いことから、〈篠原監督作品との出会いについて〉〈篠原監督作品の中で何が好きか〉〈最新作「起終点駅 ターミナル」の感想〉等々、自分と監督作品の関係を述べていた。
 僕の番がきたのでこう紹介した。

     ▽
 新井です。私が最初に観た篠原作品は「木曜組曲」です。篠原監督の真骨頂はディティール描写にあると思っています。料理をおいしそうに撮ります。続く「昭和歌謡大全集」もそうでした。ですから、私は篠原監督のことを勝手に「映画界の池波正太郎」と呼んでいます。
 まあ、小林信彦でもいいのですが。
     △

 池波正太郎の時代小説を読めばわかると思うが、出てくる料理が本当に美味そうでたまらないのだ。僕の場合、読んだのは梅安シリーズだけだけど。小林信彦も同様である。
 紙ふうせんの後藤(悦治郎)さんも料理のことを語らせるとうまい。もうずいぶん前になるが、ラジオ番組のパーソナリティを担当されていた。その中で自分が作る料理を紹介するのだが、「鍋でお湯をわかしたら××を入れて○○して」と言い方はすごくおおざっぱなのに、料理はとてもおいしそうに思えた。ラジオ(パーソナリティ)界の池波正太郎と呼んだ次第。

 閑話休題。
 大学1年だったか2年だったか、ダスティン・ホフマン主演の「クレーマー、クレーマー」が日本で公開された。小林信彦は当時キネマ旬報に連載していた「小林信彦のコラム」で、この映画についてこう語っていた。
     ▽
 そこには今の日本映画が忘れてしまった“ふつうの描写”がある。
     △
 そのひとつがダスティン・ホフマンが息子と作るフレンチトーストのシーンだろう。これでフレンチトーストというものを知り、自分で何度も作るようになった。
 映画の中で、ダスティン・ホフマンがフライパンを熱し、卵を割って中身をボールに落とし、砂糖を入れてよくかき混ぜて……というように、フレンチトーストができるまでを丹念に撮っていくわけだが、映画の後半にこのフレンチトーストを作るシーンがでてきて、それが観客の涙を誘う作りになっている。

 「起終点駅 ターミナル」でも、一人暮らしの佐藤浩市が自宅のキッチンでザンギ(唐揚げの一種?)を作るくだりがあって、実においしそうなのだ。

 とにかく、篠原監督作品を初めて劇場で観賞したのが「木曜組曲」だった。篠原監督というと必ず話題になる「月とキャベツ」「洗濯機は俺にまかせろ」は観ていない。

151127
「クレーマー、クレーマー」

原題は「Kramer vs. Kramer」。クレーマー夫妻が離婚裁判で争う意味だ。
今、このタイトルだと別の内容に受け取られてしまうだろう。


20151127_2
「起終点駅 ターミナル」

20151127_3
「愛を積むひと」

ほら、イメージが似ているでしょう?


 この項続く




 今日は仕事でむしゃくしゃしたので、予定を変えて経堂・さばのゆへ。雑把亭・談四楼独演会。
 久しぶりの「井戸の茶碗」&「鼠穴」に堪能(だん子さんは「つる」)。

          * * *

 20日(金)は神保町・ブックカフェ二十世紀へ。恒例の二井(康雄)さんの「編集よもやま話」第5回のゲストは映画監督の篠原哲雄氏。
 今回、編集は編集でも、雑誌(本)ではなく映画の編集についての話、というか映画全般について。
 もし、シネりんをブックカフェ二十世紀で開催したら、こうなるというようなイベントだったかも。

 最初は公開されたばかりの「起終点駅 ターミナル」を話題に。出来はいいのにあまり客が入っていないらしい。
 どうしてだろうと篠原監督が嘆いていたので、「愛を積むひと」とイメージがごっちゃになっているのではと答えた。
 実際、僕自身がそう思っていたからだ。どちらも白髪頭の佐藤浩市が主演だし。

 二人のトークが終わって、質問コーナーになったので、篠原監督に質問した。
「シナリオの執筆、撮影、編集、音入れ(ダビング)、と監督の作業にはいろいろありますが、どれが一番好きですか?」
 撮影が好きとのこと。
 篠原監督持参の「起終点駅 ターミナル」前売券を購入した。
 大盛り上がりの懇親会はそのまま2次会、3次会に。

 翌日(21日・土)は「談志まつり」初日。
 今回が4回めだが、個人的には初めて足を運んだ。
 談四楼師匠が出演する昼の部へ。
 談吉、志遊、生志、談四楼、仲入りを挟んで、小談志真打披露口上、龍志、志の輔。
 各人個性豊かな落語で大変愉しめた。

 仲入りのときに、シネカフェSOTOへ電話する。23日(月)の「洗濯機は俺にまかせろ」上映会+トークショーの件で。
 もう予定人数の予約が入って締め切っていたのだが、20日に撮影の上野さん、篠原監督に誘われて、もし締め切っていても何とかなるからと言われて、電話したというわけ。
「今、そういう方が何名かいて調整しています。夕方までに電話します」

 12時開演の「談志まつり」は15時に終了。
 丸の内TOEIへ向かう。うれしいことに「起終点駅 ターミナル」の次の上映が16時だ。前日購入した前売券で座席指定をしてから、遅い昼食と書店散策。16時10分前に劇場へ。

 予告編のときに電話が入る。マナーモードだからそのまま放っておくと留守電になって相手の要件が録音された。シネカフェSOTOからだろう。外に出て、内容を確認する。席は確保されたとのこと。ありがたい。
 中に入ると、映画が始まっていた。ファーストシーンか。

 「愛を積むひと」は理想的な夫婦像を見せられて身につまされた。「起終点駅 ターミナル」では親子の断絶や絆が描かれていて身につまされた。佐藤浩市と同世代だからよけいこたえる。

 22日(日)の古書店散策成果物。
 「時代劇を考証する 大江戸人間模様」(稲垣史生/旺文社文庫)
 「ルポルタージュの方法」(本多勝一/朝日文庫)
 「井上ひさしの日本語相談」(井上ひさし/新潮文庫)

 積読本が溜りすぎている。




 45年前の今日、三島由紀夫が自身の組織する「楯の会」のメンバーとともに市ヶ谷の自衛隊駐屯地を訪れ事件を起こした。面会した総監を総監室に監禁、立て籠もったのだ。約1,000人の自衛官を庭に集合させると、バルコニーで10分ほどの演説を行った。
 お前ら立ち上がれ、自衛隊は決起せよ!
 憲法改正を促す内容だった。
 しかし、聴衆はこの演説を受け入れることはなかった。
 演説を終えた三島由紀夫は総監室に戻って割腹自殺した。

 小学5年生だった。学校から帰るとTVがこの三島事件で大騒ぎしていた。そんなニュースに母が怒った。
「みんな、三島由紀夫を犯罪者としてしか取り扱わない、小説家の側面なんて全然触れないんだから」
 僕はこの事件で三島由紀夫という小説家の名前を知った。

 初めて三島由紀夫の小説を読んだのは高校生のとき。三島美学にハマったのは大学時代だ。
 そこらへんのことは映画「春の雪」のレビューで書いている。

 今はもう装幀が変わってしまったが、昔の、新潮文庫の三島由紀夫シリーズの表紙って、市川崑監督の金田一シリーズ(「犬神家の一族」「悪魔の手毬唄」「獄門島」「女王蜂」)のクレジットタイトルに影響を与えているような気がするのだが。

     ◇

2005/12/01

 「春の雪」(品川プリンスシネマ)

 映画の日。やっと「春の雪」を観る。
 行定勲監督が三島由紀夫の世界をどのように撮るか、それしか興味がなかった。だいたい妻夫木聡&竹内結子の主演、宇多田ヒカルの主題歌なんて、どう考えてもこの世界にマッチしないのだから。

 大学時代に三島由紀夫にハマった。新潮文庫の小説はほぼ読破したと思う。修飾語で彩られた饒舌で華麗な文体、三島美学に酔いしれた。実際他の小説が読めなくなってしまったほどだ。

 初めて読んだのは高校時代だ。「午後の曳航」が海外で映画化されて興味を持った。続いて浪人時代に友人に借りた「美しい星」。UFOや宇宙人が登場するにもかかわらずSFではない小説に瞠目した。

 代表作の一つ「金閣寺」に圧倒された。逆に「仮面の告白」はなんていうこともなかった。
 夢中になったのは「鏡子の家」だ。
 小学生の頃、三島由紀夫といったら「潮騒」とうイメージがあった。読んでみると異端であることがわかった。ちっとも三島由紀夫らしくない。
 
 「宴のあと」「美徳のよろめき」「永すぎた春」……いろいろ読み漁った最後に「豊饒の海」が待っていた。
 ある男の輪廻転生を描くこの物語は、三島由紀夫自らライフワークだと語っていたように、三島美学の総決算だった。

 第一部「春の雪」 第二部「奔馬」 第三部「暁の寺」 第四部「天人五衰」
 「春の雪」のラストで死んでしまう主人公がそれぞれの時代で転生していく姿を年齢を重ねた友人が目撃していく。
 起承転結とはこのことをいうのだろう。〈転〉にあたる「暁の寺」なんてまさに怒涛の展開でページをめくる指が震えたものだ。そして「天人五衰」のあっけない幕切れ……

 20年以上前に読んだ「豊饒の海」について、実は読後感だけしか憶えていない。肝心のストーリーははるか忘却の彼方である。いつものことだけれど。
 当時の日記をあたってみると、たいしたことは書かれていない。

     ▽
 1980年 4月15日
 「春の雪(豊饒の海 第一巻)」を読み終える。続けて〈第二巻〉を買おうとしたが、生協(注:大学内にある書店)に売っていないので、柴田翔「されどわれらが日々―」を買う。
 ちなみに〈豊饒〉とは「富んでゆたかなこと」だそうです。

 6月5日
 「奔馬(豊饒の海 第二巻)」を読み終える。
 途中面白くなくて読まない時が続いたが後半になって主人公がクーデターを起こそうとしてつかまり行動を阻止されるが、最後に成し遂げ、自刃するまで夢中になって読んだ。
 後になって作者・三島由紀夫が起こした事件とイメージがタブるからだろう。

 8月1日
 「暁の寺(豊饒の海 第三巻)」を読み終えた。三巻に通じていえることはストーリーにおけるボルテージの波(?)だろう。ラストに向かってボルテージは一気に高まり、主人公のあっけない死で突然終わる。そこんとこの楽しみだけに自分はこの長編小説を読んでいる。三島由紀夫が知ったら、さぞかし残念がるだろうが仕方ない。
 それにしても三島由紀夫の装飾技術というか何ていうか、文章にしてもストーリー展開にしても素晴らしいと思う。

 10月6日
 「天人五衰(豊饒の海 第四巻)」を読み終える。やっと「豊饒の海」を全巻を読破した。

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 過去の日記を読む限り、本当に「豊饒の海」全4巻に対して深い感銘を受けたのかはなはだ心もとない。しかし、わずかに述べられている感想は、映画「春の雪」のそれと見事に合致するのである。
 前半は退屈きまわりない(こちらの体調が悪かったこともある)。ところがある瞬間から一気にのめりこみラストを迎える。
 映画は、少なくとも私にとってそんな構成だった。

 大正時代の貴族社会を舞台に、侯爵家の嫡男と伯爵家の令嬢の悲恋を描くラブストーリー。
 幼なじみのふたりが成長して、聡子(竹内結子)は清顕(妻夫木聡)に想いを寄せるが、なぜか男の態度は冷たい。友人の本多(高岡蒼佑)が聡子に気があるとわかると、キューピット役を買ってでようとするほど。
 聡子と宮家の王子(及川光博)との縁談が進められていく。聡子は清顕の気持ちを確かめようと何度も手紙をしたためるものの、一度も読まれることなかった。
 聡子と宮家王子の婚礼が発表された。すると心変わりした清顕が聡子に言い寄るのだ。こうしてふたりは伯爵家の侍女(大楠道代)の手引きで禁断の密会へ。やがて聡子は妊娠。事態を知った互いの両親がとった処置、聡子が下した判断とは。

 スクリーンに登場する妻夫木聡も竹内結子もそれほどミスキャストという感じはしなかった。
 妻夫木聡を評して外見のさわやかさとは裏腹に邪悪な心を持っていると断定する友人がいる。清顕はそんな彼の二面性(があるとして)が活かされたキャラクターである。
 密会につながる清顕の陰謀。それは聡子にもらった手紙を公にしたらどうなるかという脅迫(実は受け取ったとたん燃やしてしまって一つも残っていない)なのだが、この時の竹内結子の表情が見もの。一瞬浮かべる喜悦。これがいい。ある意味この映画一番の見せ場かもしれない。

 清顕が友人に語る話〈父親の命で部屋にやってきた女中と初体験をすます〉が再現されるのはどんなものか。
 この話はデタラメなのだが、映画のルールとしてその手の回想シーンはご法度だということを「ユージュアル・サスペクツ」の批評で知った。この映画も嘘の回想シーンがある。

 行定監督は執拗に移動カメラで物語を紡いでいく(撮影:李屏賓)。奥行きのある美しい映像が素晴らしい。ただ、この監督の真骨頂は軽妙なカッティングにあると思うのだ。

 随所にそれと感じさせないCGを挿入しながら、大正という時代を再現していた。セットや衣装も凝っていて貴族の生活描写も違和感ない(清顕のシルクのパジャマなんてとても高価に見えた)。
 ラスト(蝶の舞)のイメージは少々貧困だったけれど(一作で完結だから仕方ないか)、実に堂々とした映画だ。
 噴飯モノと思っていた宇多田ヒカルの主題歌が逆にきちんと映画をしめくくってくれた。




 たまには前説ではなく中説もいいだろう。って中説なんて言葉あるのか。

 「フリースタイル、小林信彦、極東セレナーデ」でネット検索すると、このサイトがヒットする。
 11月20日、仕事の帰り書店に行って確認した。実際に書店員に訊いたらPCで調べてくれた。ところが「極東セレナーデ」で登録されているのは新潮文庫のみ。どうゆうこと? 新刊がもうすぐ発売されるんだったら書店に案内がきているだろう。今、書店に予約したらどうなるわけ?
 いったいどうなっているのか? 責任者、出てこい!

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2003/02/25

 「名人 志ん生、そして志ん朝」(小林信彦/朝日新聞社)  

 昨年(2002年)10月に小林信彦「テレビの黄金時代」の感想で、文藝春秋の「テレビの黄金時代」の連載が終了したことについて残念に思いながらもこう締めくくった。  
 〈現在朝日新聞社の書籍PR冊子「一冊の本」に古今亭志ん生と志ん朝について書いている。もちろんこの雑誌は連載開始の7月号から1年間の定期購読を申し込んだ。楽しみはまだまだ続くのであーる!〉  
 書き記した直後に送られてきた「一冊の本」を開いて愕然となった。何と最終回だった。  

 新潮社の書籍PR誌にはかなり長い間渥美清の評伝を連載していた。同じように、いやそれ以上に思い入れの強い芸人さんだから短くても1年は連載されると思っていたのだ。定期購読の申込みは1年間、あと半年どうすりゃいいんだという気分だった。  
 そのすぐ直後だったか、朝日新聞の新刊広告で連載がまとまって朝日選書の1冊として出版されるのを知った。すごい速さの刊行である。  
 ボリューム的に1冊の本になるのか少々不安だったが、実際に本を手にとって納得した。  
 これまで著者が書いた志ん生、志ん朝に関する文章を網羅したものだった。  

 第一章は志ん朝の死の直後、「小説新潮」に書いた文章をトップに、「コラム」シリーズやその他の文章を時間軸に添って並べている。名古屋の大須演芸場における三夜連続の独演会の記録は今後晩年の志ん朝を語る際の的確な資料になるのだろう。  

 第二章は志ん生について。初期の、センス・オブ・ユーモアに関する評論集「笑う男 道化の現代史」の〈明るく荒涼たるユーモア〉に加筆した〈ある落語家の戦後〉。志ん生の戦後の生き方を丹念に追っている。もうひとつの「志ん生幻想」は74年に雑誌「落語界」に掲載されたエッセイ。志ん生についてのちゃんとした記録(証言集)を残してほしいという提言だ。
 
 第三章がまるまる「一冊の本」連載の「志ん生、そして志ん朝」。抑制の効いた文章で客観的に、志ん生をそして志ん朝の足跡を記しながら、自分の意見を述べていく。この情に流されない乾いた文章がたまらない。
 
 第四章は下町言葉と落語の関係について、夏目漱石「我輩は猫である」をテキストにして論考する。これは「小説世界のロビンソン」所収のもの。
 
 〈やや長めのあとがき〉によると、巻末に志ん朝との二度にわたる対談を収めたかったとある。掲載されていればより完璧な本になったのにと著者同様僕も非常に残念だ。読んでみたい。実物をあたってくださいと掲載誌が付記されているどうやって手に入れればいいのか。 
 そういえば、志ん朝の死を知り、志ん朝とこぶ平が対談している雑誌「東京人」をあわてて買ったっきり、そのままになっているのだった。


2003/04/30

 「にっちもさっちも」(小林信彦/文藝春秋)  

 週刊文春連載のエッセイ(コラム)「人生は五十一から」5冊めの単行本。昨年(2002年)の連載分が収録されている。  
 これまでの装丁とがらりイメージを変えている。これまではエッセイ、随筆集的な雰囲気をかもしだしていた。それが今回いかにもコラム集的表紙。イラストが70年代によくコンビを組んでいた実弟の小林泰彦だからだろうか。  
 書名の「にっちもさっちも」は現代の世相をうまく表したものだと思うが、個人的にはどうしてもこの後に「どうにもブルドック」と続けたい。  

 一時期ルイ・アームストロングの歌声を真似していたことがあった。カラオケBOXに行って「この素晴らしき世界」をあのしわがれ声で歌う。歌い終わるや「ミー、サッチモ、ユー、ニッチモ」ここで一拍おいて「ニッチモサッチモドウニモブルドック」と続ける。これ、ある世代以上(ルイ・アームストロングの愛称がサッチモであることとフォーリーブスのヒット曲を知っている人たち)に受けるギャグだよなあなんて一人悦に入っていると、何とTVの物真似番組で桑野某がやってしまったのである。以来人前でこれを披露することはできなくなった。  

 閑話休題。  
 毎週文春発売日(木曜日、祝日があると水曜日なったりする)の朝の楽しみは「人生が五十一から」である。エンタテインメントを取り上げれば、たとえばそれが未見のものだったりするとどうしても自分の目で確かめたくなる。  
 伊東四朗・三宅裕司のコントライブ「いい加減にしてみました2」。こんなライブがあったことすら知らなかった。知っていたとしてもチケットなんて絶対に手に入らないだろう。  
 ビリー・ワイルダー逝去にともなうワイルダー一代記。要領よくまとめたワイルダー論になっている。同じく山本夏彦の思い出話。  
 テレビよりラジオを聴く時間が増えたと日頃聴いている番組の紹介。その中の一つ、TBS日曜日午後の「伊集院光の秘密基地」。これは僕も大好きだ。  
 突然のように2回に渡って展開される獅子文六再評価論。お馴染みウディ・アレン考察。アメリカ映画のリメイク流行りに対する嘆き。「ユー・ガット・メール」がリメイクだったとは!

 お薦め映画「笑う蛙」は結局観逃した。 
 社会時評としてはインフレについてしつこいほど書いている。日銀にインフレターゲットを設定しろという政治的圧力に対する反対論だ。自分の体験をもとにしているから説得力がある。中学の頃だったか、社会の勉強でインフレに対してデフレというものがあって、デフレになれば世の中少しはよくなるのではないかと思ったことがある。現在それは間違いだということがわかった。かといって、インフレになればいいなんて少しも考えない。著者が主張することはしごくもっともだ。  

 圧巻は楽しかった家族旅行の思い出を綴る「真夏の家族たち」の最後の一文である。  
 娘たちとの旅行は永遠に続くと思っていたと書いた後、しかしそんなことはありえないと続ける。娘たちはすぐ大きくなる、そしておのおの忙しいと言いだして、やがて、おろかな父親から遠ざかっていく。その後にこう付け加えるのである。  

 いま現在、子供たちとの旅(帰郷、海外旅行など)で慌しい思いをしている方、あなたはとんでもない幸せの真只中にいるのです。その幸せを抱きしめていてください。残念ながら、そういう特殊な瞬間を固定させ、時を停止させられるのは、プルーストのような天才作家だけなのですから。

 娘が中学生になって父親をほとんどかえりみなくなった今、この一文は胸にこたえる。


2003/05/19

 「私説東京繁盛記」(小林信彦/荒木経惟/ちくま文庫)  

 「ウルトラマンの東京」の項でもちょっと触れたので、だから読み直したというわけではない。  
 これぞ小林信彦の真骨頂とばかりに単行本が出たときは真っ先に購入した。小林信彦がこれまで住んだ町を時制に沿って訪ね歩きその変わり様をつぶさに検証していくルポルタージュ。同行して風景を切り取っていくのはアラーキーこと荒木経惟。
 文芸誌「海」1983年6月号から翌年5月号までの連載された(「海」はその号で休刊)をまとめたもの。中央公論社から9月に刊行された。  

 そのリニューアル版が筑摩書房から「新版私説東京繁盛記」として1992年に刊行された。これは迷った末買わなかった。  
 10年経った2002年にやっと文庫化。同じく文庫化された姉妹編の「私説東京放浪記」とともに手に入れてからずっと積ん読状態だった。  

 初めて読んだ時日記にこう記している。当時は築地にあるCF制作会社に勤めた頃で仕事に忙殺されて深夜帰りの毎日だった。    

 〈下町、山の手とは何か(バクゼンとしたイメージではなくて)、またクルマを運転するため東京の地理を覚えなければならず、その必要性にかられて東京の〈街〉に興味を持ったので読んだのであるが、作られた街東京の実態がわかって面白かった。 〉 

 著者自身が書いているとおり情報量は生半可ではない。胸焼けしそうな勢いも感じる。何より文章の端はしから地方出身者たちによる町殺しへの怒りが滲み出ている。
 
 考えてみれば、著者にとって僕みたいな奴が一番困った存在なのだ。
 上京したての頃、僕は東京は文化に触れるだけでいい街、けっして永住しようなんて考えはなかった。映画、演劇、コンサートが鑑賞できてちょっとおしゃれな飲食店でおしゃべりができればいい。あくまでも期限限定の生活、物価が高かろうが、住みにくかろうが関係ない。それが東京だという認識。

 大学時代目黒に住んだ。四畳半一間の部屋。あくまでも仮住まい、それで十分だった。心境の変化は3年の時だったろうか。この狭苦しい城に帰ると妙に落ち着くようになった。サークル(自主映画制作集団)の軽井沢における夏の合宿が終わり、列車が東京に近づき、新宿の高層ビルが見えてくるとホッとする自分がいた。

 社会人になって色々あった後に笹塚(住所は中野区南台)に移った。十号商店街の下町っぽさが気に入った。仕事で六本木に行った際、初めて繁華街の裏側を歩いた。家並みに昔ながらの東京を感じた。東京には東京の〈田舎〉が存在することを知った。生活の場として東京を意識したのはこの頃だ。

 本書を読んでから数年過ぎていた。
 とはいうものの、結婚して子どもが幼稚園に行く年になると笹塚を離れた。トイレ、バスがついていてもいくらなんでも1DK(六畳一間)では生活できない。その上のクラスとなるとやはり千葉、埼玉、神奈川あたりに住むしかない。
 昨年久しぶりに笹塚に行く機会があった。懐かしさと同時に家と家の間の狭さに驚いた。やはり僕は田舎ものなのだ。もう東京人にはなれないだろう。

 ただし〈町殺し〉の実態は少なからず目撃して心痛めている。
 CF制作会社の新人時代、仕事が暇になって、定時で仕事が終了したりすると、社内で酒盛りするのが通例だった。その酒を買いに行くのが僕の日課で、新大橋通り沿いにある酒屋によく通った。店番のおばさんとも親しくなった。この酒屋は昔ながらの家の造り。当時も近所はみなビルになっていった。地上げが進んでいたのだ。にもかかわらずこの酒屋はそういう話にまったくとりあわなかったという。
 会社を辞め、十数年が経った数年前この店の前を通ったら、ビルに様変わりしていた。昔の面影はない。酒屋は営業していたがおばさんに挨拶するのはちょっと気が引けた。

 新都庁や六本木ヒルズといった新しい顔ができるのが果たしていいものなのかどうか。東京を本当に愛し、生活している人たちはどう思っているのだろう?


 【おまけ】

2003/04/24

 「ウルトラマンの東京」(実相寺昭雄/ちくま文庫)  

 実相寺監督は筑摩書房から何冊か本を出している。ウルトラ第一期シリーズの舞台裏をフィクションを交えて小説化した名作「星の林に月の舟」の続編「冬の怪獣」、エッセイ集「夜ごとの円盤」、そしてちくまプリマ-ブックスシリーズの「ウルトラマンのできるまで」、「ウルトラマンに夢見た男たち」、「ウルトラマンの東京」。最新刊は「怪獣な日々」だ。  

 プリマーブックスシリーズ3冊の中で、「ウルトラマンのできるまで」「ウルトラマンに夢見た男たち」は第一期ウルトラシリーズのビハインドもの。実相寺監督ファンとして、新刊が読めることはありがたいことではあるが、別に実相寺監督があらためて書くことでもないだろうという気がしないでもなかった。
 
 第3弾として刊行された「ウルトラマンの東京」を読んで、これを書きたかったがためにこのシリーズがあったのではと思った。10年も経ってから、加筆訂正されて文庫化されたのだからたぶん間違いではないだろう。  

 「ウルトラマンの東京」という書名からは内容がわかりづらいが、ようは「ウルトラマン」「ウルトラセブン」「怪奇大作戦」のロケ地探訪記なのであるが、実相寺監督が担当したエピソードで撮影に利用された場所や建物を訪ねる趣向で、昭和40年代の高度成長によって、いかに東京の街が変わっていったかというルポルタージュになっている。  

 2000年の3月、2週間にわたって天王洲アイルのアートスフィアで「ファンタスマ 実相寺昭雄・映像と音楽の回廊」というイベントがあった。実相寺監督が所属している会社コダイの創立15周年を記念した画期的なもので、実相寺監督のほとんどの作品に触れられるのである。

 テレビドラマ「波の盆」「青い沼の女」やビデオ「実相寺昭雄の不思議館」「東京幻夢」等々どうしても観たい作品があったので2日間有休をとってアートスフィアに通った。もう一回、CF特集の回に仕事の帰りに寄ったとき、切通理作、写真家・丸田祥三とのトークを聴くことができた。
 
 変わりゆく東京の話題もあって、その様を「おもしろい」と表現していたのが印象的だった。
 たとえば下町生まれの小林信彦は東京オリンピックを境にして、町名変更を含めその変わり様を〈町殺し〉とはっきり怒りを表明している。それは「私説東京繁盛記」「私説東京放浪記」を読めばよくわかる。  
 もちろん実相寺監督の「おもしろい」が変わりゆく東京に対する肯定の言葉には思えなかった。どんなに声高に叫んでみても仕方のないこと、東京はそういう町なのだと、半ば達観しているようであった。もっというと諦めの極致だろうか。

 改めて読んでみてやはり怒っていることがわかる。
 第一期ウルトラシリーズの作品には、よき時代だった東京の最後の姿が映っていたのだった。




2003/01/02

 「コラムの逆襲」(小林信彦/新潮社)  

 ふたたびU野様  

 六甲オリエンタルホテルでは翌日早いのにもかかわらず朝方までおつきあいいただきありがとうございました。  
 教えていただいたロバート・デ・ニーロ主演の「フローレス」、ビデオで観ましたよ。フィリップ・シーモア・ホフマンのオカマちゃん、見応えありです。ところでこの映画って日本では公開されなかったんですってね。ビデオ発売のみ。デ・ニーロの右半身不随の演技がいい。そのしゃべり方も。

 あっ、映画の話はまた今度ということで、実は小林信彦のコラムシリーズの新刊が年末に出たんですよ。以前お送りした「コラムの冒険」の次にでた「コラムは誘う」も文庫として発売されました。

 このシリーズ、新刊がいつ出るか、首を長くして待っていました。年末に出版されるというのがいいですね。年末年始の楽しみは保障されたもんです。  
 副題の〈エンタテインメント時評 1999~2002〉どおり、99年から02年の4年間の映画、TV、ラジオ、舞台に関する極上のコラムが楽しめます。  
 小林信彦ファンなら誰でも考える「あの映画を小林信彦はどう評価しているのか」を確認できるわけですから。  
 表紙はディカプリオの似顔絵(和田誠)。別にディカプリオのファンではないけれど、書店でこの装丁を見た時から胸わくわくです。(裏表紙は黒澤明です。)  

 映画「踊る大捜査線」が好評で公開が延長になったという話題から「ショムニ」の映画化に対する苦言になります。TVとは主演者も内容も違うことに触れ、松竹だからそんなものだと切るところなんて、そうそうとうなずいてしまいます。この頃の松竹って何やってもダメでしたからね。初めて手がけたTVアニメの映画化「忍たま乱太郎」、東宝を出し抜いて獲得したジブリ映画「おじゃまんが山田くん」、皆コケたました。

 アメリカ映画は70年代から世界中をまき込むような大がかりな映画作りを始めたがオリジナルなプロットがなくなったという話から、「ユー・ガッタ・メール」が昔の映画「桃色(ピンク)の店」または「街角」のリメイクだと説きます。私はどちらの映画も知りませんが(恥)、こんな風に話を展開する評論家(映画ライター)がいるでしょうか。  

  「シックス・センス」のアホらしさにも触れています。こんなの最初のシークエンスで秘密がわかってしまうと。映画には文法があり、それをフツーに考えればすぐわかるとのこと。  
  「アーリー・myラブ」シリーズは小林信彦お気に入りのTVですが、このドラマのプロデューサー件シナリオライターが製作および脚本を担当したB級ホラー「U.M.A./レイク・プッラシッド」をユーモアホラーとして捨てがたいとも書いています。この映画、ロードショーされた時から気になっていたんです。この回のコラムを読んでさっそく借りてきました。

 こと日本女優に関しては、趣味がいっしょとはいえない小林信彦ですが、本書で何度か絶賛するアシュレイ・ジャッドをぜひこの目で確認したいですね。初出演は「ディープ・ジョバティー」ですって。  

 いつも感心してしまうのですが、取り上げられた映画その他、どうしても観たくなります。紹介の仕方が絶妙なんです。この巧さ、どうにか自分のレビューに取り入れようとしているのですが、なかなかうまくいきません。  
 映画ファンを自認する人はぜったい読むべき本(シリーズ)ですよね。


2003/01/04

 「笑学百科」(小林信彦/新潮文庫)  

 古書店で見つけた。もちろん1982年に出版された単行本は持っている。一昨年だったか、郷里においてあった単行本をもう一度読み直したくて正月帰省した際に持って帰ってきた。  
 単行本の3年後に出た新潮文庫版はすでに絶版になっていて古書店でも見かけることはなかった。表紙の、峰岸達の描くウディ・アレンの似顔絵が気に入って買ってしまった。  

 夕刊フジに連載された〈笑い〉に関するコラム集。1980年代前半の、ちょうど漫才ブーム前後の時代をひもとく時の資料になる。漫才ブームが終焉をむかえ、それぞれのコンビが一人で活躍をしなければならなくなった頃のコラムなのである。  
 ビートたけしがピンチヒッターとして「オールナイトニッポン」のパーソナリティを担当した時、その面白さを伝えるため3回連続で書いている。この番組は一世を風靡した。  
 ドリフターズ全盛時代(というかその前か)、もしいかりや長介が単独で脇(役)にまわったら、渋いユニークな演技者になると役者としての現在の活躍を予言する目の確かさも確認できる。

 漫才ブーム後に日本人の〈笑い〉が変質することを萩本欽一が予言していることも書かれている。その変質が自分をTVの王者から引きずり落とすきっかけになると考えていたのかどうか。  
 漫才のボケとツッコミの話から〈大阪の生き字引〉香川登枝緒の指摘、漫才芸人には〈漫才人間〉と〈役者人間〉がいること、この2つのタイプがコンビを組むと成功することを紹介し、実例をあげる。古くはエンタツ(漫才人間)・アチャコ(役者人間)、啓助・唄子を経て、やすし・きよしというような。著者は若手では紳介・竜介がそうだと付け加える。その後のコンビを考えてみると、ダウンタウンの二人がまったうその通りだ。ただしとんねるずはどうだろう。ウッチャン・ナンチャンは? 爆笑問題はその系譜だろう。

 ウディ・アレンが日本映画を編集し直し、台詞も変え全く別の映画を作った(東宝「鍵の鍵」→「What's Up,Tiger Lily?」なんてことも教えてくれた。  
 澤田隆治、谷啓、鈴木清順、野坂昭如、古今亭志ん朝、井原高忠、タモリ、さまざまな人たちも登場するこのコラム集は何度読んでも飽きない。
 20年前ほどに書かれたものだからすでに亡くなった方も多く登場する(まさかその一人が古今亭志ん朝だとは……)。

 この文庫版は表紙のほかにもう一つ楽しみがある。巻末の解説である。
 自分(解説者)がどんなに頑張っても抜くことができない相手として小林信彦の魅力を語る章なのだが、冒頭のつかみとして語るアメリカの某陸上選手の話が面白い。
 アーノルド・F・テイラーは子どもの頃から足が速かったが、ハイスクールに上がって陸上競技部に入ると、自分より足の早い奴がいた。自分が記録を更新すると、そいつはその上を行く。決して追い抜くことができない。やがてアーノルドは陸上競技からばっさり足を洗い、アイダホ州ボカデロの町で花屋を営んでいる。オリンピック中継を見ていると、そいつが金メダル台に上がっていた。カール・ルイスだった。  
 この後にこの話は自分の創作(嘘八百)であると書くのだが、初めて読んだ時は「やられた」と唸ったものだ。解説はまだ〈放送作家〉という肩書きだった景山民夫。本を上梓し始めたあの頃、小林信彦本と同様一所懸命著作を買い集めた。まさかその後宗教に走るなんて思ってもいなかった。景山民夫ももうこの世にいない。


2003/01/09

 「コラムは誘う」(小林信彦/新潮文庫)

 【「コラムの逆襲」より続く】  

 U野さん、話変わって文庫の「コラムは誘う」です。95年から98年までのエンタテインメント時評。
 単行本では表紙の絵(by和田誠)は爆笑問題でした。文庫は渥美清になっています。(ちなみに単行本の裏表紙は古今亭志ん朝。文庫本は…ありません。)
 この95年から98年の間に横山やすしが、渥美清が亡くなったのでした。ですから帯のコピーが〈渥美清が逝った やすしが逝った そして小林信彦はこんなことを考えていた〉。フランキー堺も亡くなっています。中田ラケット、萬屋錦之介も。黒澤監督も……。

 話が湿っぽくなりました。
 まあ、感想なんてどうでもいいでしょう。コラム81本を読み返してみて観たくなった映画を列挙してみます。
 「グランド・ツアー」(日本では公開されたかどうか定かではない、でもTVで放映されたB級映画)
 「ニック・オブ・タイム」(ジョニーデップ主演のB級アクション)
 「銀嶺の果て」(黒澤明脚本、谷口千吉監督、セルビデオではあるのですが、レンタルではお目にかかったことがない)
 「死と処女」(ポランスキー監督、シガニー・ウィーバー主演のサスペンス、これは以前から興味あったんですよ)
 「誘う女」(ニコール・キッドマン主演)
 「非情の罠」(キューブリック監督の初期の傑作。観よう観ようと思いつつ、いつも後回しにしてしまいます)
 「ファーゴ」(コーエン兄弟監督作。コーエン兄弟の作品って興味津々のものばかりなんですが、まだ一度もビデオを借りてきてません)  

 「銀嶺の果て」の紹介では笠原和夫の黒澤映画に対する名言を引用してます。  
 〈黒澤さんを始め、小国英雄、橋本忍、その他の脚本家で構成されるクロサワ・タクスフォース(機動部隊)の偉大さは、パターンの独創性にある。映画的な発想、思いつきの素晴らしさである。〉  
 映画ではありませんが、伊東四朗の舞台(三谷幸喜作、東京ボードヴィルショー公演「アパッチ砦の攻防」、三宅裕司とのコント大会)もムショウに観たくてたまりません。  

 というわけで、「コラムの逆襲」と「コラムは誘う」の2冊、お借りした本を返却する際に一緒に送りますので、どうぞお楽しみに。

                                        草々





 北の湖急死のネットニュースに声をあげた。前日、緊急入院したとあったけれどまさか翌日に亡くなってしまうなんて。

 アンチ北の湖だった。熱狂的な貴ノ花(初代)ファンだったから全盛時代の北の湖は敵役だった。ほんと強くて憎らしくて、だからこそ貴ノ花の2度の優勝は溜飲をさげたものだった。2度とも優勝決定戦で北の湖を破っての優勝だったから。部屋の中で踊りまくった。
 北の湖が引退して、本場所(大相撲ダイジェスト)を観るのにいまいち気がノラない。ああ、俺はアンチ北の湖ファンだったんだ、と気がついた。そうファンだったのだ。
 62歳……
 合掌

 阿藤快(当時は海)を最初に観たのは「傷だらけの天使」かもしれない。関根恵子がゲストだった回。関根恵子をヒモにした初心者の享(水谷豊に)にヒモの心得を説く先輩役だ。
 日本テレビ火曜日21時から放映されていた「大都会」シリーズ等の一連のTV映画によく悪役として出演していたように思う。リアルタイムでわかっていたのか、再放送で確認したのか、よく覚えていないが。
「ショーケン」(萩原健一/講談社)で知ったのだが、「影武者」の撮影時に大けがしている。
 なぜ海から快に改名したのかわかった。
 映像界はまた素敵な俳優を失った。




 10月は仕事が忙しく、残業の毎日で、そうなると電車の中ではほとんど寝ていた。朝夕の通勤時間を読書にあてている関係で、読書時間がないという状況になり、結果、本が読めなかった。
 月に10冊以上、年間120冊以上を目標にしているのだが、10月(11月はもっと)は半分だ。前半の貯金を食いつぶした。

          * * *

2015/10/04

 『「劇画の星」をめざして』(佐藤まさあき/文藝春秋)

 中学生のときだったか、高校生になってからだったか、書店で「堕靡泥の星」を立ち読みしたときのドキドキ感といったらなかった。佐藤まさあきは最初エロ漫画家の大家として認識した。日活で映画化されて喜んだ。地元にやってきたとき真っ先に出かけたものだ。
 
 表紙には小さく〈誰も書かなかった「劇画内幕史」〉と副題がついている。確かに、劇画の作家たち、劇画がどのような出版社でいかにして編集され本(貸本)になり売られたのか、漫画(劇画)家たちの横の連携、人間関係、劇画工房の実態等、これまで何冊か劇画に触れた本を読んできたが、ここまで詳細に書かれたものはなかった。

 読みながら思った。佐藤まさあきは、手塚治虫のネガのような存在ではないか。裕福な家庭で何不自由なく育った手塚治虫。対して佐藤まさあきは悲惨な子ども時代を送っている。趣味で描きだした漫画(劇画)は早いうちに生活費を稼ぐ種になった。やがて売れっ子になったのは共通している。〈漫画の王様〉に対する〈劇画の帝王〉だろうか。

 1950、60年代の貸本時代、やがて貸本が下火となって雑誌へ進出したのが1960年代半ば。超売れっ子として駆け抜けた1970年代。出版社の創設、プロダクションの経営、自社ビルの建設等々栄華を極めるのだ。
 劇画の執筆で多忙の毎日。そこまでは手塚治虫と同じようなものだが、違うのはプライベートだ。手塚治虫はマンガの儲けをアニメ制作につぎ込む。対して佐藤まさあきは自分の遊び(趣味)で消費する。鎌倉に建築した屋内に滝が流れる豪邸、クルーザーの所有……どれだけ豪勢なのかわかるだろう。
 当然、女性遍歴も激しい。何度も結婚、離婚を繰り返す。
 そんな自分の人生を赤裸々に綴っているのだから面白くないわけがない。


2015/10/17

 「闇に消えた怪人 グリコ・森永事件の真相」(橋本文哉/新潮文庫)

 グリコ・森永事件を追ったルポルタージュ。ぐいぐい読ませる。
 読む前に関西へクルマで旅行したことが幸いした。本書にはいろいろ近畿地方の地名がでてくるのだが、往復で高速道路を利用しているから、位置関係がより理解できたのだ。栗東なんて、それまで読み方もどこにあるかも知らなかった。
 読みながら思った。高村薫は本書を読んで「レディー・ジョーカー」のプロットを思いついたのではないか。それぞれの執筆時期を調べたら、ダブっていることが伺われた。つまり違うということ(高村薫の取材力を思い知らされた)。

 WOWOWドラマ「レディー・ジョーカー」(のDVD)を観て、もう一度原作をあたろうと文庫本を買った。ずっと積読状態だったが、そろそろ読もうとしていたところで本書を読んだ。実際の事件の概要がわかって勉強になる。


2015/10/19

 『「ビートルズ!」をつくった男 レコード・ビジネスへ愛をこめて』(高嶋弘之/DUBOOKS・ディスクユニオン)

 日本にビートルズを紹介した東芝EMIの元社員が書いた本ということで手に取った。
 著者が高島忠夫の弟さんであること、ヴァイオリニスト高嶋ちさ子が娘さんであること、なんて本書を読むまで知らなかった。実際、本の最初のころにお兄さんが出てきて俳優だと紹介しているのに高島忠夫と結びつくことがなかった。

 実をいうと高嶋ちさ子が大の苦手ときている。ヴァイオリンは子どものころ習いたくてたまらなかった。ヴァイオリニストは憧れなのだ。ハスキーの声だって、オリビア・ハッセーのころから好きなのに、この方の場合はダメ。TVで見るとチャンネルを替えていた。

 最初の娘さんが障害児だったと記している。障害児のお姉さんが学校でいじめられるのを守る役目が妹の高嶋ちさ子だった。あの(あくまでもTVを通してだが)性格になったこと。大いに理解できた。これから見る目が変わるだろう。

 村上春樹の「ノルウェイの森」はビートルズの曲からとられているのだが、著者がつけた邦題は「ノルウェーの森」だということ、で、原題の意味は「ノルウェー製の家具」であること、を初めて知った。
 アルバムは何度も聴いているのに。

 読みながらある期待があった。東芝EMIのプロデューサーということで赤い鳥とすれ違っていないのか。何かしらの記載はないのか。フォーククルセダーズはあったが、赤い鳥はなかった。残念。


2015/10/22

 『青春 浜田光夫 「キューポラのある街」――あれから50年』(浜田光夫/展望社)

 映画全盛期には吉永小百合とコンビを組んで数々の青春映画に主演した人気俳優がなぜ特撮ヒーローものに?
 著者が「アイアンキング」に主演したときに思ったものだ。
 アイアンキングに変身するのは著者であるからヒーローであることはあるのだが、実はこのTVシリーズ、浜田光夫とコンビを組む石橋正次が真の主役なのである。浜田光夫は3枚目の役柄だからよけいにそう思った次第で。
 しかし、考えてみれば当時若い女性たちに大人気の石橋正次がこの手の番組に出演するのも珍しい。
 脚本が佐々木守というのが要因らしい。著者は佐々木守が脚本を書いた人気ドラマ「お荷物小荷物」にレギュラー出演していた。大好きで毎週観ていたのにすっかり忘れていた。仮面ライダー2号・一文字隼人を演じた佐々木剛が出演していたのはしっかり覚えているのだが。
 だから、藤岡弘が大けがのため「仮面ライダー」を降板し、佐々木剛がその後後釜になったことが不思議でたまらなかったのだ。

 若くして頂点を極めた方の俳優人生。それが知りたくて読んでみた。
 真面目な人なんだなあ。


2015/10/28

 「友川カズキ独白録 生きるって言ってみろ」(友川カズキ/白水社)

 コンサート「フォークソングが流れる街」に足を運んだのは、もちろん紙ふうせんが出演するからなのだが、共演者が異色だったことも興味津々だった。小野一穂、山崎ハコ、大塚まさじ、友川カズキ、中川五郎、なぎら健壱(司会も)。特に友川カズキに注目していた。ちあきなおみの「夜へ急ぐ人」の作者だもの。

 図書館で本書を見つけたときすぐに読もうと思った。が、本を読むより先にライブだろうと。
 で、ライブを堪能した後に図書館から借りてきた。すいません、コンサート会場で販売していたのですが、買いませんでした。

 著者は絵を描くという。本書にもそのいくつかが掲載されているのだが、これがいいのだ。私、抽象画が大好きなのだ。いろいろ想像できるから。

 読み始めて驚いたのは友川カズキが本名でないこと。和樹とか一樹とか、そんな名前をひらがな(今はカタカナだが)にしたものだとばかり思っていた。本名は及位典司。のぞき・てんじと読む。読めないよ。そりゃ芸名つけるでしょう。芸名らしくないところが素敵だ。

 もうひとつ。
 なぜ、〈かずき〉から〈カズキ〉の表記にしたのか?
 理由は俳優のえなりかずきだった。あちらのイメージが強くなったのが嫌なんだそうです。考えすぎだと思うけれど。

 とにかく友川カズキの語りおろし(本人が取材され語ったものをライターが文章化した。とはいえ、これも執筆だと思う)、面白い。
 ウソだと思うのなら読んでごらんなさい。図書館で借りてでもいいから。


2015/10/30

 「言語小説集」(井上ひさし/新潮社)

 言葉(文字)をテーマにした短編小説が7編収録されている。
 言葉そのものをテーマにした小説を書くのは井上ひさしと清水義範しかいないだろう。
 ワープロ(パソコン)のある文字の表記がしない。そこにはこんなドラマがあったのか! 「括弧の恋」、そのほかも皆目から鱗だった。

 括弧の恋/極刑/耳鳴り/言い損い/五十年ぶり/見るな/言語生涯

 


 一応、承前

 ヒラリー・スワンクは「ボーイズ・ドント・クライ」(1999年)と「ミリオンダラー・ベイビー」(2004年)でアカデミー賞(主演女優賞)を受賞している。
 「ボーイズ・ドント・クライ」で性同一性障害の女性(外見は男性)を演じたヒラリーは、最新作「サヨナラの代わりに」でALS患者役に挑んだ。

 今年のアカデミー賞では、「博士と彼女のセオリー」でALS患者のホーキング博士を演じたエディ・レッドメインが主演男優賞を受賞している。最新作「The Danish Girl」では性転換して女性になった画家に扮しているという。

 まあ、単なる偶然だとは思うが、演技派とは何かをこの二つの役柄で語りたくなる。来年のアカデミー賞で二人がノミネートされたら面白い。

     ◇

2000/07/13

 「ボーイズ・ドント・クライ」(渋谷シネマライズ)

 ミスターレディ(ニューハーフ)とともに〈おなべ〉がマスコミに登場して話題になったとき、どこから見ても男にしかみえない彼女たちの容姿に驚くと同時に、男らしさの中に〈女〉を感じて実によこしまな考えを夢想したものだ。
 アダルトビデオの企画の1つで、見るからに男らしい〈おなべ〉を最初はAV女優がインタビューし、徐々にノセて全裸にさせてから、ファックシーンにもっていき、本人にはわからない形でAV男優に交替して最後には女の喜びを感じさせるというもの。
 妖艶な女性よりどちらというと男、というか少年っぽい女性がある瞬間に女らしさを垣間見せた方がエロティシズムを感じてしまうのは僕だけだろうか。

 「ボーイズ・ドント・クライ」に興味を抱いたのは性同一性障害がどうのといった社会的問題に対する関心より、主演女優がどんな男っぷりを見せてくれるか、そこにどんなエロスを感じられるか、という不純な動機からだった。

 数年前、吉本多香美主演の映画「樹の上の草魚」を観た。
 薄井ゆうじの原作は男として育てられた両性具有の青年があるときを境に肉体的にも完全に女性に生れ変わり、変化に対する心の揺れ、幼なじみの友人との微妙な関係(友情から恋愛)を描いた透明感あふれるある種ファンタジーとも呼べる恋愛小説である。
 小説世界にとても感銘を受け、だからこそ映画化には不安を覚えながらも、本物の肉体を持つ女優が男と女をどう演じわけるのか興味津々だった。しかし当時ボーイッシュだった吉本多香美といえども、女性に変身する前の男役には無理があったといえる。全体から醸し出される雰囲気は明らかに女なのだ。

 トランスジェンダー、トランスセクシャルを扱う映画(ドラマ)はそれが実写でシリアスな場合、非常にむずかしい問題をはらんでいると思う。性転換あるいは女装、男装した主人公がまず〈絵として〉納得できる容姿をしていなければならない。

 この手の話はコメディーがお似合いなのかと思っていたら「ボーイズ・ドント・クライ」の主演女優(ヒラリー・スワンク)が本年度のアカデミー主演女優賞を受賞と知り、がぜん興味がわいた次第。

 映画は1993年アメリカのネブラスカで実際に起きた事件を題材にしている。ドラッグづけの若者たちの生態をロックをふんだんに挿入しながら描く手法は「トレインスポッティング」の影響をかなり感じる。

 性同一性障害の主人公が見知らぬ町で〈男として〉あるグループの男女と親しくなる。グループの中の女性と恋仲になるが、彼女が女だとわかるとまわりの連中は手のひらを返したように冷たくなる。中でも彼女を男だと信じていた男たちは裏切られた腹いせに彼女をレイプし、警察に被害届をだしたと知ると怒り狂って射殺してしまうのだ。

 ヒラリー・スワンクはオスカーを受賞しただけあって、ブランドン・ティーナという〈男〉を好演している。顔だけじゃなく身体つきまでそれっぽく見せるなんてさすが。彼女の存在なくしてはこの映画は成り立たなかっただろう。役作りの確かさにおいてもアメリカ映画は懐が深い。

 変な意味ではなく、映画の見所は主人公が怒り狂った男友だちに衣服を脱がされ、正体をばらされるところだ。男物のパンツを剥ぎ取られるとそこにははっきりとヘアだけが映しださる。姿形は男なのにやはり肉体は女であることが一瞬にわかり、そんなことはわかりきっているこちらも劇中の男たち同様衝撃を受けてしまう。ここに例のボカシが入ったら、映画のテーマがそれこそボカされてしまっただろう。

 この後、時間がとんで、レイプされた主人公が警察との取り調べで過去を回想することになるのだが、ここだけ回想形式になるのがわからない。実際の事件に取材しているのだから、時系列でエピソードをつないだ方が自然だと思うのだが。
 だまされた恋人がそれでも主人公を受け入れているというのに、最後に射殺され、部屋を貸していた(それも幼子をかかえた)何の罪のない女友だちまで殺されてしまうラストは何とも後味が悪い。

 観終わって、いろいろ考えさせられた。
 ゲイとかレズと違い、あくまで心は異性として同性を好きになる性同一性障害はやっかいな障害だと思う。精神的な病気はなってみないとその実状がわからないからなかなか一般には理解されない。 もし自分が精神は今のままで性別だけ変わったとしたらどう反応するか考えてみればいい。僕だったら1日や2日、期間限定だったら大いに楽しむが、一生となると気が狂うんじゃないかと思う。
  
 ネブラスカという田舎町でなかったら、こんな惨劇も起きなかっただろう。
 実際、だまされたといえ、あまりに過剰反応する連中の気持ちがわからない。やっていることは何かと反体制的なのに、性に限っては保守的ということか。
 ラスト、一緒に逃避行をはかろうとする主人公に同意する恋人が部屋にもどり、支度している最中、迎えにきた主人公の髪型の変化に、ふと<女>を感じて一瞬躊躇してしまうシーンがある。微妙な女心が垣間見られ印象的なシーンとなっている。

 「ボーズ・ドント・クライ」というタイトルは挿入曲からとったものだとエンディングタイトルでわかった。


2004/06/28

 「ミリオンダラー・ベイビー」(品川プリンスシネマ)

 公開前から評判を呼んでいた映画である。クリント・イーストウッド監督作品。主演も兼ねている。本年度のアカデミー賞主要4部門を受賞。

 ボクシングに未来を託すマギー(ヒラリー・スワンク)が老トレーナー・フランキー(クリント・イーストウッド)の指導を受けようと彼のジムに押しかけてくる。女の、それももう若くないボクサーを育てるつもりはない。フランキーはつれないが、フランキーの長年の友人でジムの雑用係として働くスクラップ(モーガン・フリーマン)の計らいで何とか面倒をみてもらうことになった。

 何よりもボクサーの身体を大事にするフランキーはトレーナーとしては一流だが、マネージャーとしては格が数段落ちる。これまで育てた優秀なボクサーを何人も他のジムに引き抜かれていた。一人チャンピオンを狙えるボクサーに去られたフランキーは、絶対に泣き言を言うな、口答えするなとの条件をだしたうえでマギーのトレーナーを引き受ける。

 これまでの練習の成果とフランキーの指導が功を奏し、マギーはまたたくまに頭角をあらわす。連戦連勝。しかも1Rノックアウトだ。

 ついに100万ドルのファイトマネーを賭けたタイトルマッチに挑戦するときが来た。相手は汚い手を使うドイツ人ビリ……

 この映画も予告編でラストがわかってしまった。「ミステリック・リバー」同様、いやそれ以上に後味が悪くなるような気がしたが、主演のヒラリー・スワンク見たさに劇場に足を運んだようなものだ。「ボーイズ・ドント・クライ」で注目して以来、何度も逃してきた彼女主演の映画をこの目で観ることができた。

 確かに予想したとおりの展開だった。予想した以上の悲惨な現実。
 集中治療室で喉に人工呼吸器を取り付けられたマギーの姿に二十数年前の母親を思い出して落ち着かなくなった。床づれの問題も目をふさぎたくなる。映画ではわざと避けていたのかもしれないが本当の床づれ(尾てい骨の部分)の酷さなんて正視に堪えない。
 床づれの影響で足を切断しなければならなくなって、しまいに尊厳死を望むマギー。父とびっこの愛犬との思い出話が切ない。後半は陰々滅々な展開が続く。

 ところが、驚いたことにラストで清らかな気持ちにさせられた。自分でも信じられなかったのだが後味はけっして悪くない。
 タイトルマッチでテキサスに旅立つ際、フランキーが交通手段をマギーに問う。「行きは飛行機、帰りは乗用車」 マギーは答え、フランキーは訝しがる。事故で身体を固定された状態で寝たままクルマで運ばれるマギーの言葉「……帰りは乗用車」。こうしたユーモア感覚に救われた。

 陰影を強調した映像、クリント・イーストウッド自身が担当した清楚な音楽が印象的。モーガン・フリーマンのナレーションがラストで効いている。

 こういう映画なら涙が自然と流れてくる。それは悲しいとかかわいそうだからという理由からではない。やはり底辺に希望が流れているからだ。希望ととるかどうか、判断が分かれるところだろうが。




 17日(火)は、ヒューマントラストシネマ有楽町にて「サヨナラの代わりに」を観賞。

 小腹がすいていたので、駅前のファミマでおにぎりとファミチキを買って、劇場へ。
 チケットを購入して入口のところにある長椅子に座ろうとすると、シネりんのHさんがいるではないか。Hさんと隣の人との間に一人分のスペースが空いていた。
 Hさんはうつむき加減で映画のフライヤーを見ている。声をかけた。
「すいません、(ここに)座っていいですか?」
「いいですよ」
 別にこちらを見るでもなく応え、少しして顏を持ち上げた。その驚いた顔が愉快だ。

「どうしたの?」
「映画観に来たんですよ」
「だよね。今日は会員1,000円で観られるんだもん。作品は?」
「『サヨナラの代わりに』」
「やっぱり」
「Hさんも?」
「そう」

 時間が来て、中に入ったら、HさんはD列、僕はE列。それもHさんは斜め前の位置。いやはや、こんな偶然もあるんだな。
 
 この劇場には2つスクリーンがあって、今回は小さなホールの方。あまり前過ぎないようにと真ん中あたりのE列を選択したのだが、上映前にすべての席が埋まってしまった。両隣りは中年男性。終盤からこの男たちが涙、涙。もちろん僕自身も含んで。お恥ずかしい。
 あのピアノのショット……
 場内が明るくなってHさんと目を合わせた。「いい目の汗かいたねぇ」

 映画が始まってわかるのだが原題は「You're Not You」。直訳すれば〈あなたはあなたじゃない〉。何か面白くないタイトルだなと思った。ところがエンディングをむかえてもう一度タイトルがでると、その意味するところがわかってグッとくる。
 ああ、これって、介助人の女子大生(エミー・ロッサム)がALS患者(ヒラリー・スワンク)に言われた言葉なのかと膝を打ったのだ。この映画を観た方の某ブログには「You're Not You」とは「You which look like are not you which want to be looked.」であり、周囲から見られる姿と自分がありたい姿の相違を意味していると書いていた。
 確かに、劇中で二人がそんなことを話し合うくだりがある。

 そこで頭をよぎったことは、若いころ、よくやった性格テスト遊びである。
 好きな動物を3つ挙げさせてから、その意味することを説明するのだ。
 僕が試されたのはバイト先だったか、今ではもうどこで訊かれたのか忘れてしまった。その質問に僕はこう答えた。
「1、犬 2、亀 3、猫」

 相手は、ニヤリとして説明してくれる。
 最初の動物があなたが思うあなた
 2つめの動物が、まわりから思われているあなた
 最後の動物が、本当のあなた

 それはともかく。
 ラストのタイトルを含め、ステージで歌う姿を見ながらこの映画の真のヒロインは女子大生だったんだと思い知らされる。そして観客に問いかけてくるのだ。
 あなたは自分自身がのぞんでいるあなたなのか?

 ヒラリー・スワンクは全身で演技している。
 彼女がシャワールームで見せる背中。胸椎が脆さと孤独感を醸し出している。
 得意のピアノを弾こうとして右手が震えるショット。その震え方が見事だった。さすがアカデミー賞女優だと思った。

 のだが、エンディングロールにVFXの文字が確認できた。もしかして?
 



 承前

2015/11/14

 「劇場版 MOZU」(TOHOシネマズ日劇)

 14日はTOHOシネマズの割引デーなので、シャンテで「ヒトラー暗殺、13分の誤算」を観るつもりでいた。「ヒトラー暗殺、13分の誤算」はシネりん・Kさんから試写会の誘いがあったのだが、業務多忙のため断った経緯がある。
 面白そうなので1日の映画サービスデーで観ようと思っていたら用事ができてしまい諦めた。すると翌週の文春で小林信彦が取り上げていて地団駄踏んだ。

 今度こそと14日を楽しみにしていたら、最終上映19時に間に合わないことがわかった。有楽町に着くのがどうやっても19時を過ぎてしまう。だったらと日劇19時30分からの「劇場版 MOZU」にしたというわけ。もともとこの映画はもう少し経ってから地元シネコンで押えようとしていたのだが、どでかいスクリーンは格別の味わいがある。

 TVの「MOZU Season1 〜百舌の叫ぶ夜〜」は、原作寄りの展開だった。わからないのはダルマである。ダルマ絡みのエピソードは原作にはなかった。「Season2 〜幻の翼〜」になると完全に原作を逸脱していたように思う。TVと原作がどう違うのか検証しようと、もう一度小説を読みなおそうと思っていて結局果たせなかった。

 TVシリーズではオリジナルの謎(ダルマの正体とは?)を作り、その謎を膨らませて独自のストーリーを展開させた。その謎を映画で解明するわけか。

 永井豪の「激マン」(マジンガーZ編)が連載されているので「週刊漫画ゴラク」を毎週立ち読みしている(「激マン」は隔週連載なのだが)。巻末の活字ページに映画評があって、担当は映画評論家の北川れい子。素直な批評なので参考にしている(ちなみに井筒監督の映画批評はあまりに主観が入りすぎて参考にならない。読み物としては面白いけれど)。

 北川女史が「劇場版 MOZU」を取り上げこう書いていた。TVシリーズを観ていなければ意味がわからない。アクションはすごい。最初から最後までアクション三昧。正確ではないがそんな内容だった。

 事件はまったく新しく起こるのでストーリーがわからないことはない。問題なのは人間関係だろう。倉木警視(西島秀俊)の家族、死んだ妻と娘。ダルマや百舌との関係。開星(真木よう子)と大杉(香川照之)との関係も。

 アクション描写は抜群だ。それは「ワイルド7」で証明済み。
 カーアクションなんて、日本の道路ではできないから舞台を東南アジアの某国にしたのではないか。「ワイルド7」では、九州のまだ開通していない高速道路(?)で撮影された。今回はマニラ(だっけ?)の本物の道路だから興奮度が違う。カメラワークも適格だ。
 あんな至近距離から砲弾(?)を撃ち込まれて、本当だったら倉木は死んでいるけれどね。

 娘の死の真相が明かされるが、完全に原作から乖離して何だかなぁ。

 松坂桃李が新境地の悪役を演じていて気持ち良かった。「日本のいちばん長い日」でも同様の怪演を見せてくれたら、旧版の黒沢年男みたいに印象に残ったのに。
 たけしのダルマはカーツ大佐へのオマージュか。だいたいダルマの存在その他わかるようでよくわからない。人が皆同じダルマの夢を見るというのはどんな仕組みなのか。
 結局ダルマの生死は不明で、続編作りを考慮したラストになっていた。
 また、主要人物3人はあくまでもこのままの関係が続くようだ。原作のような展開になりそうもない。それはそれで良いかもしれない。

 ところでこの映画、東宝が配給しているのに、冒頭に東宝マークがでてこない。TBSとWOWOW のみ。東宝って、もう映画制作会社ではないのかもしれない




 阿藤快急死の報に大声あげた。
 最初に阿藤海を観たのはいつだったのか。
 優作主演のシリーズ第2弾「殺人遊戯」の、主人公鳴海昌平を兄貴と慕う男役が印象に残っている。

 合掌

          * * *

 一応、「劇場版 MOZU」 ……の前に、映画「グラスホッパー」について から続く

 叙述ミステリを映像化すると陳腐になるとはこういうことだ。

 たとえば、女装が趣味の男がいるとする。しかしこの男、華奢ではないから、外見はいかにも男が女装しているというもの。街を歩くその女装男を異様なものとして見るまわりの人たちがいる。ところが、男からするとその眼差しは、絶世の美女を見ていると。男の大いなる勘違いなのだが、これを文章にすれば、読者は美女が街を歩いているところを想像してしまうわけだ。活字だから成り立つとはそういうことだ。
 いや、映像にすることはできる。カメラを女装男の眼にするとか、あくまでも遠目からしか女を狙わないとか。しかし、そんなことすれば技巧が目立って、これは何かあると観客にすぐわかってしまう

 映像化不可能なんてそれほど大したものではないのである。
 騙されないでね!
 
 ……最近、女装男を東京の街でよく見かける。
 本人、けっこうその気なのだが、わかる人間にはわかるのだ。

 そんなことはともかく、百舌のシリーズは、最近まで全5作だった。

 「百舌の叫ぶ夜」
 「幻の翼」
 「砕かれた鍵」
 「よみがえる百舌」
 「鵟の巣」

 図書館から借りて夢中で読んだのは単行本で、「百舌の叫ぶ夜」が文庫化されたときに購入して読んだ感想、および久しぶりに続編が書かれたときの感想が、夕景工房にあったので転載する。
 ドラマから興味を持って、これから小説をあたろうとする人は読まない方がいい。

     ◇

2002/06/21

 「百舌の叫ぶ夜」(逢坂剛/集英社文庫)  

 僕の場合、図書館から借りて読んだ単行本(ハードカバー)のミステリで非常に面白かったものは文庫になってから買うことにしている。宮部みゆき「火車」、北村薫「空飛ぶ馬」、原尞「私が殺した少女」、貴志祐介「天使の囀り」等々。高村薫「マークスの山」も文庫化を待ち望んでいるのだが、これがなぜかならない。  
 「百舌の叫ぶ夜」もその一つ。もうずいぶん前に購入してそのまま積ん読状態になっていた。

 一仕事終えた〈百舌〉と呼ばれる殺し屋が、組織に殺される。崖から海へ突き落とされたのだ。しかし〈百舌〉は生きていた。落ちたショックで記憶喪失になっていたが。〈百舌〉が最後に実行した殺人に巻き込まれ、妻を失った公安刑事の倉木、組織との関係を狙って以前から彼を監視していた同じく公安の赤星美希刑事、そして彼の生還を一番恐れる組織が〈百舌〉をめぐって入り乱れる。  

 単行本を読んだのが4年前。書名だけは以前から知っていた。ただ作者の逢坂剛についてスペインを舞台にした物語を書く人という認識しかなくそれほど興味をかきたてるものではなかった。ところが、一時期読み漁ったミステリ紹介本に〈傑作〉として必ず登場してくるので、どんな内容なのか読み始めたのだ。  
 当時の日記にこう書いている。
 
     ▽
 逢坂剛の傑作サスペンスミステリという噂に違わず、叙述トリックを生かしきった力作で、夢中でページをめくってしまった。  
 (略)  
 ストーリーが時系列に並んでいないというのもこの小説の新しい試みだろう。この手の構成って、以前にもあったのだろうか?  
 僕自身は映画「パルプ・フィクション」で初めて知ったのだが。すぐに続編を読もう!   
     △

 というわけで、すぐに「よみがえる百舌」を図書館で見つけて読んだ。これが大失敗。  
 なぜか主役の倉木警視が死亡している。ヒロインの美希は倉木と結婚して未亡人になっている。物語中で知らない事件(既に解決済み)が話題になることがある。人間関係も変わっていた。不思議に思いながら読了してやっとわかった。「百舌の叫ぶ夜」と「よみがえる百舌」の間に「幻の翼」「砕かれた鍵」の2作がある! 知らない事件とは「幻の翼」と「砕かれた鍵」で扱われたものだったのだ。
 結局図書館になかったせいで、「砕かれた鍵」「幻の翼」と読み、第1作→第4作→第3作→第2作なんていう変則的な読書になってしまった。犯人がわかっているミステリを読むのは味気ない。  

 文庫になった際に会社のミステリ好きの元同僚に貸したことがある。もう夢中になってしまって、その後のシリーズを全部買い集めたみたい。しっかりと僕の失敗を教えてやったから同じ過ちは犯さなかった。 
 シリーズ新作「(のすり)の巣」が最近上梓されたこと、知っているかな?


2002/10/24

 「(のすり)の巣」(逢坂剛/集英社)

 (のすり)としているのには理由がある。本当の書名は狂の下に鳥と書く漢字一字でのすりと読ませるのだが、この字が表示しない。仕方なく(のすり)と表記する。  

 本作は「百舌」シリーズの最新作(第5弾)。いや「百舌」シリーズというと語弊があるかもしれない。本来なら「倉木警視」シリーズとでも呼ぶべきものなのだろう(本当は公安刑事シリーズと呼ばれる由)。
 倉木およびその妻(となる)美希特別監察官、大杉刑事が活躍して警察内部の不正事件を暴き、阻止する物語。しかし前々作「砕かれた鍵」で倉木は殉職、前作「よみがえる百舌」で未亡人となった美希と大杉がコンビを組む形で事件にかかわり、驚いたことにふたりはその中で肉体的にも結ばれてしまう。  
 思えばこれが新しいシリーズの始まりなのであった。  
 表紙のイラストが洒落ている。のすりの巣(なのだろう)に千切られた万札、4個の卵、そして4つの銃弾。白い粉でもまぶせてあれば文句なしだ。  

 今回は〈のすりのだんな〉と呼ばれる男が、密輸入されたコカイン、拳銃をそれぞれ2つの組織から強奪するところから始まる。どうやらこのだんなは暴力団と深い関係があるらしい。  
 プロローグが終わり(映画ならこの後タイトルが入って)、ヒロイン美希の登場となる。  
 警視庁きっての美人と評判で同期の出世頭である洲走かりほという女性警部が警察内部で複数の男性と関係を結んでいる噂が広まる。ことが露見する前に、素行を改めるよう特別監察官の美希が本人に忠告するも、それほど反省が見られない。逆に美希を挑発する態度を示すのだ。どうやらかりほは警察内部で何か組織しているらしい。  
 警察を辞め、調査事務所を開設している大杉はある刑事の浮気相手を探っていた。その浮気相手というのが洲走かりほだった。依頼主は刑事の妻。ところがなかなか関係がつかめない。妻からの申し出で調査対象を洲走から刑事に変更、その尾行している最中のことだった。ある廃屋で刑事と暴力団の幹部が争い、拳銃の相打ちで二人とも死んでしまったのだ。大杉は刑事の財布から淫らな裸体をさらした洲走かりほの写真を発見する。  
 盗まれたコカインと拳銃、暴力団とつながりのある悪徳刑事、洲走かりほを結ぶものは何か。  
 またまた警察内部に巣食う腐敗摘出のため、美希と大杉の連携プレイが開始される……  
 美希も大杉も年をくったからか、現場を離れているためか、以前ほどのキレがない。美希は尾行されても気づかない、逆に大杉は相手に尾行を気づかれてしまう失態を重ねたり……。  

 久しぶりにお馴染みのキャラクターが活躍するのはうれしいことだが、ストーリーそのものはそれほど意外な展開もなくまあ面白いかなという程度。

     ◇

 この項続く




 m●●●●●●● さま

 拍手コメントありがとうございます。
 喜んでいただけて私もうれしく、元気百倍です。

 ところで、北村薫さんはよくお読みになりますか?
 私、昔、90年代よく読みました。図書館で借りて、ですが。
 最初に読んだのはデビュー作の「空飛ぶ馬」です。文庫になって購入しました。〈円紫さん〉シリーズ、〈覆面作家〉シリーズ、皆読破しています。図書館の棚で新作を見つけると必ず借りたものでした。
 〈時と人〉3部作で、自分の中で一応のピリオドが打たれたような気がします。

 これまで、拍手コメントを寄せられた方には、そのまま返信したのですが、なぜか今回できません。
 ですので、このような形で御礼申し上げます。

     ◇

1998/05/26

 「ターン」(北村薫/新潮社)

 サブタイトルに「時のロビンソン・クルーソー」とつけたくなるような、ある一日の中に閉じ込められてしまった女性の淋しくも心暖まる物語。

 一定の時間の中に閉じ込められてしまった少女の話を僕も昔考えたことがある。
 とある中学の理科教室である実験をすると必ず幽霊がでる。幽霊の正体は数年前実験中の事故で命を奪われた少女だった。少女にしてみれば、いつも理科室で同じ実験をしている自分が不思議でたまらない、というもの。
 僕の場合は短編の怪談話、それもアイディアだけだが、北村薫は女性を主人公にした二人称語りによる長編SFファンタジーに仕上げた。(なぜ、お得意の一人称語りではなく、二人称なのかは物語の途中で判明する。)

 ヒロインが交通事故に遭い、意識不明のまま入院、ところが意識の方は誰もいない別の世界に飛んでしまいそこで同じ日を繰り返すことになる。そこに現実世界から電話がまぎれこんでくる。相手はイラストレーターで 現実世界と別世界を結ぶ唯一の男性であった。
 そして自分一人しかいないと思われていた世界に若い男が現われた……。

 前作『スキップ』より女性の心理描写に無理がなく、物語にすんなり入っていけた。
 同じ境遇におちいった若い男性の正体がわかり、彼のストーカー的行為におびえるところに静かなサスペンスを感じ、絶体絶命の状態で男が突然消えてしまう場面ではその理由に恐怖すら覚えた。
 ラストの落ちは予想していたが、今いち状況がわからなかった。


2000/05/25

 「水に眠る」(北村薫/文藝春秋)

 北村薫の文章は澄んだ川のせせらぎのようだ。主語や形容詞、言葉の一つひとつに神経をゆきとどかせた名文で、読むほどに心洗われる思いがする。
 ただ、手のひらですくった水がこぼれ落ちてしまうように、清らかな名文も、ときとして内容が頭に入ってこない場合があって、何度も同じところを読み返すことになる。……のは僕だけだろうか。

 本書はミステリではない。あとがきで述べているように、人と人の《と》に重きを置いて書かれた物語10編を収録した初の短編集だという。
 日常生活の機微を水彩画のように淡く、瞬間油絵のタッチで残酷なまでも激しく描写する。
 表題作「水に眠る」は不思議な話である。SFもしくはファンタジーだろうか。水面の薄い膜をはがすなんて絶対ありえないのに、あたかも当りまえのように描写し、こちらも納得してしまう。
 こうしたSF的手法は他の短編にもうかがわれる。
 頭からかぶるパーソナルエアコン「くらげ」。この画期的な機械は自分を外界から遮断するという機能もあり、全国的に普及する。家でも仕事場でも、自分だけの空間に閉じこもってしまう人々の愚かさを描いた「くらげ」は現在の携帯電話大ブームを予告しているような物語ではないか。
 蚊と蝿を戦わせる薬の発明で、「蚊VS蝿」の競技が野球やフットボールと同じような人気ゲームになってTV放映される「かとりせんこうはなび」。世の中に男性が増えすぎて、女性の一婦二夫制が導入されている世界を描く「矢が三つ」。
 何気ない恋愛を描いた作品も北村薫の得意とするところである。
 大学受験で東京の姉の家に居候する少女が故郷に帰る日、やっと顔を合わせたTVディレクターの義兄に対して、自分が考えている時代劇のプロットという形で初対面のときから抱いていた恋心を投げかける「ものがたり」。義兄の返す言葉が印象深い。
 気のおけない同僚が汚してしまった(たぶん恋人にでもプレゼントされた)植物柄のネクタイを「新品同様にしてくれるクリーニング屋がある」と引き取り、まったく同じものを買って与えるOLの報われない恋心が胸にこたえる「植物採集」。

 本書がでたとき、北村薫はまだ覆面作家だったと思う。「空飛ぶ馬」同様、いやそれ以上に本書からは、男性作家の片鱗をうかがうことができない。


2001/08/16

 「リセット」(北村薫/新潮社)  

 「スキップ」「ターン」に続く〈時と人〉シリーズ3部作の最終作。  
 「スキップ」では17歳の女子高生が25年後の未来に飛ばされ、42歳の主婦になってしまった自分にとまどいながら、前向きに生きる姿を、「ターン」では交通事故によって同じ1日を繰り返す世界に閉じ込められた若い女性の孤独感にさいなまれながらも決して希望を失わない姿を、得意の精緻で清らかな文体で描いていた。  
 シリーズ最終作ではどんな時と人の関わりを語ってくれるのか、興味はつきない。  

 戦中の、裕福な家庭に育った女学生・真澄の一人称で幼少時代の獅子座流星群を見たかすかな記憶から物語の〈第一部〉は始まる。  
 父親の勤めの関係で東京から関西へ移った真澄が父の会社の社長令嬢と知り合いになり、彼女の家に集まる友人・優子、従兄弟・修一との交流が当時の思い出の本や音楽とともに綴られる。太平洋戦争前の幸せな日々、戦争が勃発し日増しに苦しくなる生活、勤労動員の学徒として飛行機工場で送る青春の日々。感銘を受けた本「愛の一家」とお手製のフライ返しを交換しあい、小学生時代に出会ってから思いつづけていた修一と互いの気持ちを確認した直後、修一の働く工場が空襲の直撃を受けたところで、〈第一部〉は終了する。  
 戦前、戦時中の文化、風俗(啄木かるた、中原淳一の少女イラスト、江戸川乱歩のエログロ本)が活写されているので面白く読めるものの、物語がどうゆうものなのか、皆目わからない。  

 〈第二部〉は現在の、40代後半の男性(和彦)が語り手となる。入院中の和彦が子どもたちへ10代の頃の不可思議な体験を伝えようとカセットテープに録音する声という形をとっている。思い出の元になるのが小学生時代に書いた日記。舞台は埼玉。ここでは昭和30年代の少年たちの日常生活が興味深い。昭和34年生まれの僕は、当時の雰囲気をどうにか記憶しているのである。  

 〈第二部〉になって、物語の方向性がよけいに見えなくなる。テーマの〈時と人〉がどのような関係になるのかはもちろん、〈第一部〉と〈第二部〉がどうつながるのかもわからない。それが解明されるのが〈第二部〉の中盤になってから。  
 小学生の和彦は本を無償で貸してくれるやさしいおばさんと知り合う。このおばさんが〈第一部〉の語り手、30代になった真澄なのである。真澄は和彦に何かを見ているようだが、和彦にはわからない。ここらへんで読者はなんとなくふたりの関係が想像できるようになる。  
 中学生になった和彦が真澄の家でホットケーキをごちそうになった時のこと、真澄から渡されたフライ返しによって、突然修一の記憶が蘇った。和彦は修一の生まれ変わりだったのだ。十数年ぶりのふたりの再会。修一の気持ちは一直線だ。しかし年齢差からふたりが結ばれることはない、そう考えて真澄は和彦の前から姿を消してしまう……。

 こういう展開になればもう作者の手の内にはまったようなもの。あとは夢中でページを繰るだけでいい。

 戦争で引き裂かれた若い男女の恋が奇跡の輪廻転生によって成就するというファンタジーを世代の違う男女を語り役に見事に描きだした。前作「ターン」以上に、ラストではさわやかな気持ちになって、少しばかり目頭が熱くなった。  

 北村薫は覆面作家としてデビューした当時から、女性と間違われるほどその(女性の)心理描写に定評があった。真澄の語り部分は慣れたものである。  
 意外だったのは和彦の語り。意外というより待ち望んでいたというべきか。というのはこれまでほとんど女性を主人公にして物語を語っていた北村薫にある時期から男としての心情吐露がないことに不満を持っていたところがあるからだ。  
 たとえば「スキップ」。42歳の主婦になれば亭主がいる。当然夜の夫婦生活が問題になる。たぶん17歳の女子高生は処女だったはずで、夫に求められた時にどんな反応をとるか、そういう問題は彼女にとって避けられないはずなのだ。ところがそこがすっぽり抜けている。作者の書こうとするテーマはもちろんそんなことでないのは百も承知している。とはいえ、夫婦間の避けられない問題をまるで無視してしまう作風に、ある種の偽善性を感じてしまったのも事実だ。同時にもっと男を感じさせてくれる作品を書いてくれないものかと思うようになった。  
 本作では自分と同世代の和彦を設定し、思い出話には子ども時代の体験を投影させて思いのたけを語らせた。そこが新鮮だった。全く乖離した〈第一部〉と〈第二部〉の世界が重なり合い、絡み合いながら、やがてぴったりと結びついていく構成もいい。  
 30数年に一度見られる獅子座流星群や真澄が二度も見逃すことになる東京オリンピック、記憶を蘇らせるフライ返しやリリアン・ハーヴェイの「唯一度だけ」など、小道具の使い方も心憎いほどだ。




 古書店に「日本の喜劇人」(晶文社)の初版本があった。値段を確認すると1,000円。そのままレジに走った。

 今年は市川崑監督の生誕100年(ということを本日知った)、あの名著「市川崑の映画たち」(市川崑・森遊机/ワイズ出版)が「完本・市川崑の映画たち」として復刊しているのである。旧本は最初図書館から借りて読んで、ずいぶん経ってから購入した。
 春日太一氏が「市川崑と『犬神家の一族』」(新潮新書)を上梓したのも、生誕100年を記念してのことか。こちらは13日(金)に買った。
 来年早々崑映画の特集上映がある。楽しみだ。

          * * *

 #2から続く

2002/03/26

 「コラムの冒険」(小林信彦/新潮文庫)

 U野 様  

 前略 

 昨年2月に事務所にお邪魔して映画の話で盛り上がってからもう1年が経ってしまいました。
 「2001年宇宙の旅」の最初のシネラマ上映方式(3台のプロジェクター使用)の事実には驚きました。関係書では誰も触れていないのですから、調べるのに往生しました。  
 あの時、特に好きなものと訊かれて「特撮」「ショーケン」「紙ふうせん」「小林信彦」と挙げました。どういう関係があるの? と不思議な顔をされましたが、「特撮」は別にして、誰もが自分の確固たる世界をもっているってことが惹きつけられる理由でしょうか。  

 さて、その小林信彦ですが、U野さんも読むとはちょっとした驚きで、大変うれしい思いがしました。私のまわりで小林信彦について話ができる人がいないのです。
「唐獅子株式会社は面白かったなあ。大阪弁も本物だよ。作者って東京の人でしょ、よくああいう会話が書けるね」  
 作者が聞いたら喜ぶでしょうね。「ちはやふる奥の細道」もお好きだとか。  

 そんなU野さんにコラムニストとして小林信彦の魅力も知ってもらいたい、と帰りの新幹線の中でコラムシリーズの1冊を送ろうと決めました。にもかかわらずるずると時間が経ってしまい、文庫本の最新刊「コラムの冒険」を購入したのが昨年の12月の末。年末年始は仕事に忙殺されて、暇ができたら郵送しようと思いながら3月になってしまったというわけです。申し訳ありません。  

 お詫びをもう一つ。実は郵送しようとして、文庫をバックに入れていました。自分が読む本としてスティーブン・キング「グリーン・マイル」の第1巻も入れていたのですが、通勤時に取り出すとなんと第2巻が入っている。仕方ないので、U野さん用の「コラムの冒険」を読み始めました。本当にすいません。  

 このコラムシリーズ、もともとは70年代後半から80年代前半にかけて「キネマ旬報」に連載されていた「小林信彦のコラム」をまとめた「地獄の観光船」(集英社)がはじまりでした。小林信彦はキネ旬の前に「話の特集」という雑誌に同名のコラムを連載していたとのことです。それが一昨年末に上梓された「2001年映画の旅」に収録されたコラムなのでしょう。

 「地獄の観光船」は文庫になってしばらくして絶版になりました。しばらくして筑摩書房から「コラムは踊る」(ちくま文庫)と改題されて出版されました。残りの連載分は「コラムは笑う」という単行本(後に文庫)、「地獄の観光船」とともに出た「地獄の映画館」(60年代に書かれた映画評を収録したもの)に未収録のコラムを足して「コラムは歌う」(ちくま文庫)となった次第です。イラストはすべて和田誠。このシリーズは何度も読み返してはコラムの真髄、映画評のあり方を教えられております。  
 この時期、筑摩書房は精力的に小林作品のラインナップを揃えていました。小林ファンとしてうれしかったなあ。  

 「小林信彦のコラム」はキネ旬連載終了後ずいぶん間をおいて「中日新聞」で連載されることになります。その連載をまとめたのが「コラムにご用心」です。次がこの「コラムの冒険」なのですが、装丁はまったく一緒なのになぜか版元が筑摩書房から新潮社に変更になっています。担当編集者が新潮社に移ったのでしょうか。  

 「中日新聞」の連載はまだ続いているそうです。そうです、というのは実物を見た(読んだ)ことがないんですよね。  
 キネ旬連載のものより少々薄口になっておりますが、これは作者自身が書いているようにマニアを相手にしているキネ旬でなく一般人を対象にしているから仕方のないことなのでしょう。  
 単行本の最新刊は「コラムは誘う」。でもそろそろ新刊がでるようです。  
 とにかく映画ファンならぜったい夢中になるはずです。ぜひ読んでみてください。  
 おもしろい、もっと読みたいということでしたら、文庫を見つけ次第またお送りします。

 秋のコンサートでまたお会いできるのを楽しみにしております。
 それでは、また。
                                        草々


2002/10/30

 「テレビの黄金時代」(小林信彦/文藝春秋)  

 小林信彦による2冊めの「テレビの黄金時代」である。  
 最初の「テレビの黄金時代」は小林信彦の責任編集で83年にキネマ旬報社から刊行された。「キネマ旬報」の別冊、クレージーキャッツと「シャボン玉ホリデー」を特集したムックとして。20代で「ヒッチコックマガジン」の編集長を担当していた小林信彦は20年ぶりに編集後記を書く喜びを編集後記の冒頭に記していた。  
 谷啓本人による正しい〈ガチョン〉のポーズの仕方が写真図解入りで説明されていたり、日本テレビで秀逸なバラエティ番組を多数プロデュース、演出していた井原高忠のロングインタビューやクレージーキャッツのリーダー、ハナ肇の対談があったり、クレージーのフィルモグラフィー、ディスコグラフィーありの大変中身が濃いマニア向け本。  
 圧巻だったのは60年代小林信彦が中原弓彦名義で各雑誌に書いたクレージーキャッツおよびメンバー各人についてのコラムが網羅されていたことだ。そのほとんどが初出。これは読み応えあった。  
 当然このムックは僕の愛読書となり今でもトイレタイムによく利用している。  
 このムックは人気を呼び、87年に単行本として復刻された。  

 小林信彦はテレビの黄金時代を昭和30年代から昭和40年代と規定し、その代表的番組として「シャボン玉ホリデー」と、卓越した音楽的才能とずば抜けたギャグセンスを持ち合わせ、一世を風靡したクレージーキャッツに焦点を合わせて一冊の本を編んだ。  
 もちろんこの時代には数々のバラエティ番組が生まれ、今ではベテラン、大御所となったコメディアンたちを輩出している。  
 これまで「日本の喜劇人」や「笑学百科」、藤山寛美にはじまる喜劇人の評伝をものにしている著者のことだから、黄金時代をまるまる活写することだってできるはずだ。  
 月刊文藝春秋に「テレビの黄金時代」が連載されたのを知った時は大いに納得して、書店に走った。週刊文春に「藤山寛美」や「横山やすし」が連載された時と同様に毎月購入して切り抜きしようかとも考えたが、財布と相談してやめた。以後は発売日に店頭で立ち読みを決め込んだ。  

 1冊にまとまり、その表紙に胸ときめいた。若かりし頃のコント55号、欽ちゃん、二郎さんがいる。この前の「小説コント55号」といい、ちょっとした55号ブームだ。    

 1960年、「ヒッチコックマガジン」編集長の著者が、井原高忠演出の「イグアノドンの卵」の試写を観るところから始まる。バラエティの傑作といわれる「光子の窓」の特別版。現在のTVの状況を予見するような内容で、ラストでTVは原子力に匹敵するものと結論づける。使い方次第で悪魔にも天使にもなるというわけか。  
 「光子の窓」の光子とは草笛光子のこと。森光子ではない。なぜこんなことをことわるのかといえば、僕自身が初めて「光子の窓」の存在を知った時、なぜか森〈光子〉をイメージしてしまい、以後どうしてもその幻影を消し去ることができないから。  

 60年代安保、デモに参加するため、仕事をすっぽかした永六輔は井原高忠の怒りを買って「光子の窓」を降ろされる。そんな永六輔が手がけるのがNHKの「夢であいましょう」だ。開始当初あまり調子がでないため冒険を承知で取り組んだのがギャグ特集であり、その相談役に著者が呼ばれた。どうせなら解説役で出演してしまえということになり、番組内で二度パイ投げの犠牲者に。

 永六輔、前田武彦、青島幸夫らが構成作家だけでは飽き足らず、ラジオ、テレビに出演、作詞を手がけては大ヒットを放ったりするようになる。この3人に中原弓彦を入れた4人を取り上げたのが62年2月に発売された「サンデー毎日」だ。〈マルチタレント〉という言葉がなく何と〈才能多角経営〉だって。  
 3人が人気タレントになったように、著者も十分もその可能性があったことがわかる。NHK教育の「若い広場・われら十代」の司会をやったことはこの連載で初めて知った。「11PM」のホスト役のオファーが来たというのだから、藤本義一のセンはあったわけだ。  

 著者はやがて番組の構成にも手を染めるようになる。本人はその気ではないのだが。何本か手がけた後、「九ちゃん」には専属で携わった。井原高忠のプロデュース&演出による公開録画のショー番組。今はあまり見なくなったが、ホールに観客を集めて行う公開放送スタイルというのがある。「九ちゃん」はその最初の番組だった。
 それまでのバラエティショーはすべてスタジオで収録されていた。あらかじめ録音されていたものにあわせて〈口パク〉で歌い、踊った。それも生の音に切り替えた。
 そして複数作家の合作システムを採用した。この合作システムは「ダニー・ケイショー」からきたアイディアだという。途中から構成作家チームに「ひょっこりひょうたん島」の井上ひさしや「シャボン玉ホリデー」の河野洋が加わる。  
 この「九ちゃん」の番組については自身が参加しているということもあって、制作過程やら、ホストの坂本九について率直の感想など詳細に綴られていて興味深い。ほとんど合作で書かれた台本にあって、著者一人で書いたものが採録されているのも、当時の番組の雰囲気を伝えてくれている。  

 ドリフターズやコント55号が登場してくる十二章以降はやっと自分の時代がやってきたと小躍りしたくなった。
 第十二章ドリフターズとコント55号、第十三章萩本欽一の輝ける日々、第十四章「ゲバゲバ90分!」への道。
 「ゲバゲバ90分!」。この番組は忘れられない。放送される火曜日はちっとも宿題が進まなかった。この番組の元ネタはアメリカの「ラーフ・イン」だというのは知っていた。しかし、番組の名付け親が著者であったことは、本書(連載時)を読むまでは全然知らなかった(著者が提案したのは「ゲバゲバ大行進」)。このアイディア料が10万円だったことも書いている。
 司会の大橋巨泉と前田武彦のトークの部分は生だったことも知った。この生のコーナーに著者が出演したことも知った。当時この番組を観忘れたことはなかったから、小学生の時代に僕は小林信彦を見ていたことになる。まったく覚えていないのだが。
 いくら書いても足らないのでこの辺でやめておこう。
 このあと日本テレビと渡辺プロの全面戦争や80年代、90年代の代表的バラエティ番組に対する寸評もでてきてこれまた興味深い。

 月刊文藝春秋の連載はもっともっと続くものと勝手に判断していた。毎月の立ち読みが習慣になった今年の5月号で突然最終回をむかえた。著者にとっては予定どおりの執筆だったのだろうか、ファンには辛かった。
 とにかく1冊にまとまったのはうれしい限りだ。あらためて表紙をみるとあの時代(昭和40年代前半)の暖かさがにじみでている。

 ちなみに小林信彦は現在朝日新聞社の書籍PR冊子「一冊の本」に古今亭志ん生と志ん朝について書いている。もちろんこの雑誌は連載開始の7月号から1年間の定期購読を申し込んだ。楽しみはまだまだ続くのであーる!




 今、ドラマを作らせたら秀作ぞろいのWOWOWと、かつて〈ドラマの〉と言われ、ドラマ作りに定評のあったTBSが「ダブルフェイス」に続いて共同制作した「MOZU」シリーズは毎週の楽しみだった。
 作りが映画だった。カメラワーク、ドラマ(ストーリー)も。

 「Season1〜百舌の叫ぶ夜〜」の原作となった「百舌の叫ぶ夜」はむちゃくちゃに面白いミステリだった。すっかりハマってシリーズ全作を読破した。
 原作を読んだものからすると、ドラマが原作とは違う方向に向かっていることがわかった。仕方ないのかもしれない。
 「百舌の叫ぶ夜」がそれまで映像化されなかったのは、叙述トリックだからだろう。活字だから成立する謎を映像にすると陳腐なものになってしまう。

 小説は読んでいないが、伊坂幸太郎「グラスホッパー」も叙述トリックで読者をミスリードさせる作品だと思う。予告編の〈映像化不可能〉という惹句は、つまりはそういうことかと、映画を観て思った。11日(水)のことだ。

 瀧本智行監督は「犯人に告ぐ」で注目した。

     ▽
2007/12/16

 「犯人に告ぐ」(シネマスクエアとうきゅう)

 毎週愛読している週刊文春は年末にミステリベストテンを掲載する。「犯人に告ぐ」(雫井脩介/双葉社)は2004年度国内部門第1位の栄冠に輝いた。僕が図書館で見つけたのは翌年の6月。評判どおりの面白さで、夢中でページを繰り、読了後の充実感といったらなかった。
    
 宮部みゆきの「模倣犯」は、劇場型犯罪を企む犯人を描いたものだったが、「犯人に告ぐ」は前代未聞の劇場型捜査でメディアを巻き込みながら犯人検挙に挑む刑事を主人公にしている。

 かつて児童誘拐事件の捜査ミスの責任を負わされ、左遷の憂目にあった神奈川県警の刑事が、6年後に呼び戻されて劇場型捜査の主役に抜擢される。連続児童殺人事件の捜査本部責任者として自らTVのニュース番組にレギュラー出演して犯人を挑発しながら陣頭指揮をとるのだが、これはある意味上層部の世間やマスコミに対する〈生贄〉みたいなものなのだ。犯人が逮捕できれば、過去の瑕を帳消しにして本部に戻らせるが、失敗したら切り捨てる。かつてそうだったようにすべての責任を転化させるだけ。どちらに転んでも県警の名誉は保たれる。
 上層部のお膳立てに乗り、刑事は奇想天外な捜査方法で一般市民の中に紛れ込んでいる殺人犯をあぶりだしていく。しかし事はそう簡単に進まない。捜査過程でさまざまな邪魔が入るのだ。警察署内の軋轢。視聴率に毒されたTV局のリーク合戦。葛藤と反目。さまざまな人間関係に翻弄されながら、それでも一つの信念を支えに素顔のわからない犯人に迫っていく刑事の姿が頼もしい。
 過去と現在が交錯するクライマックスの緊張感、高揚感がたまらなかった。

 主人公の巻島刑事は50代の、肩にかかるほどの長髪姿。団塊の世代が1970年代の姿のまま現代に現れたようなイメージがあった。刑事といっても、主流をはずれたアウトロー。
 ショーケン主演で映画にならないか。読了してすぐに思った。21世紀まで生きているマカロニを彷彿させる刑事になるのではないか。何かと警察と問題を起こしているショーケンだからこそ主演に意味がある、と。

 真っ先にショーケンをイメージしたのは、短髪のショーケンに飽きていたことにもよる。90年代、髪を短くしたショーケンは「課長さんの厄年」「冠婚葬祭部長」等のTVドラマに、ごくごくふつうのお父さん役で出演、コミカルな演技を見せてくれて喜んでいたのだが、その後もずっと同じヘヤスタイル。70年代から80年代にかけてショーケンは長髪、短髪、アフロ、ちょんまげ、それに髭面と、さまざまな顔を見せてくれた。いつまでも同じ印象を与えないのがショーケンらしさだと信じている僕は、たまには耳が隠れるくらい髪を伸ばしてよ、ってな気持ちがだんだん強くなっていったのだ。その方がかっこいいし。
 髪ふりみだし、ボロボロになりながら犯人逮捕に駈けずりまわるショーケンなんてまさに画になるじゃないか!
 でもまあ、ショーケン主演の「犯人に告ぐ」映画化なんて、誰も考えないだろう。実際豊川悦司の主演の映画化が発表されて「ああ、やっぱり」。

 閑話休題。
 それにしても最近トヨエツは映画に出ずっぱりだ。今年は「愛の流刑地」に始まって、「犯人に告ぐ」「サウスバウンド」「椿三十郎」。数年前までの役所広司みたいだ。まるで違うキャラクターだから役所冥利、失礼、役者冥利だろう。トヨエツはいわゆる2枚目より、エキセントリックなキャラクターの方が似合っている。ということはショーケンとダブルところがあり、「犯人に告ぐ」の巻島はお似合いということになるだろう。少々無理のある論理か。
 
 しかし、この映画、ほかの出演映画に比べて地味な印象がある。公開される映画館数が限られていた。だから観るのがこんな終了間際な時期になってしまったのだ。

 キャストもそう。巻島役の豊川悦司のほかは、妻が松田美由紀、上司で狸親爺の県警本部長に石橋凌。年上の、一番信頼できる部下は笹野高史。巻島の足を引っ張り、ライバルTV局に情報をリークするエリート刑事が小澤征悦。リークしてもらうニュースキャスターが片岡礼子。しかし、この地味さが功を奏した。リアリティがあるのだ。部下の平賀雅臣なんて重要な役どころではないものの、存在感が際立っていた。トヨエツと笹野高史の関係は、その昔の渡哲也と高品格だもの。好きな女優ではないけれど松田美由紀も上手い。煙草はちょっとという気がしたけれど。
 巻島がレギュラー出演するニュース番組の男性キャスターが崔洋一。仰天キャストだが、これもなかなかイケルのだ。
 
 読書からもう2年経っていて、原作の詳細を忘れていることもあるかもしれないが、ストーリーにまずのめり込めた。だからこそ言えるのだが、構成に破綻がない。小説世界を、きちんと破綻なく映像化していた。映画化にあたって変更点は感じるものの、違和感はなかった。しいて言えば、最初の誘拐事件で本庁の刑事に見せた巻島の心情と、その後の捜査指揮を執る連続殺人事件のそれが乖離していること、誘拐事件の容疑者と思われる青年をその後も関監視している状況の説明不足か。前者は、主人公の置かれた状況の変化、後者は観ていれば容易に想像できる範囲とそれほどのものではない。

 クライマックス、巻島の台詞に熱くなれたのもうれしい。
 日本にも「殺人の追憶」「ゾディアック」に匹敵する映画が誕生したということか。少々甘いかもしれないが、推理することを前面に押し出してストーリーを構築するということだ。ベストセラーミステリをきちんと映画化したということでも、最近の日本映画でも稀有なことなのだから、強調しておきたい。
 瀧本智行はまったく知らない監督だが、脚本の福田靖は「海猿」を担当している。「HERO」もそうなのか。メジャーの本田克広、十川誠志の向こうを張るコンビになるか? 次作も期待したい。
 
 わざと色を抜いたようなセピアカラーが冬の風景をより寒々とさせていた。それぞれの人物の心情も反映させていたのかもしれない。
 銀残しの撮影だと思っていたら、エンディングロールでHD撮影だとわかって驚いた。HDだと、フィルム同様に実際の撮影時に何か細工するのだろうか。それとも編集時ボタン一つでどうにでもなるものなのか。

 【追記】

 個人的には、町田(政則)さんが記者役(冒頭で、巻島をキレさせてしまう)出演していたのがうれしかった。
 同じ事務所の永倉大輔さんがおいしい役で台詞はないもののかなりスクリーンに登場していた。
     △

 「犯人に告ぐ」はWOWOWの制作だった。
 「脳男」も先に小説を読んでいたが、映画はかなりの面白さだった。シナリオが良いということもあるのだろうが、瀧本監督の力量を思い知らされた。原作に夢中になった者を映画化作品が裏切らないというのは、稀有なことなのだ。

 というわけで、「グラスホッパー」にも期待していたわけだが……うーむ、つまらなくはない。でもなぁ、読んでいなくても小説の方が面白いだろうとは予測できる。
 最後の謎解きのシーンなんて、逆に興ざめしてしまったほど。

 同じ叙述トリックでも、「アヒルと鴨のコインロッカー」の映画は、小説の面白さをきちんと映像化していたような気がする。

 役者陣はいい。適材適所という感じ。
 山田涼介の殺し屋(蝉)、良いではないか!
 鯨(浅野忠信)のエージェントであるポルノショップの女主人が特異な風貌で「誰だ、この女優は!」。エンディングロールで山崎ハコだとわかり、膝を打った。すげぇメイクアップ。
 吉岡秀隆が演じた押し屋の名前、〈槿〉って何て読むんだ? あさがおだって。読める人いますか?
 奈々緒って悪女が定番になってしまうのかな。

 撮影(撮影監督)が阪本善尚。




 遅れてきた青年が中年になって参加した〈フォークジャンボリー〉と名のつく2つの長時間コンサートのうち、「渋谷フォークジャンボリー」の転載を失念していた。「ALFA MUSIC LIVE」レポートでリンクしようとして気がついた。
 もし、この時期に村井邦彦さん絡みのALFAのイベントがあったら、赤い鳥の一夜限りの再結成が叶ったかもしれない。

 それはともかく、10月10日に開催された「新宿 フォークソングが流れる街」がまさにフォークジャンボリーだった。

     ◇

2007/11/24

 「渋谷フォークジャンボリー あの素晴らしい歌をもういちど」(C.C.Lemonホール)

 フォークジャンボリーという言葉から人は皆どんなコンサートを想像するだろうか? 40代半ば以上のフォーク世代に限定してもいい。
 各アーティストが与えられた持ち時間、自分のステージを披露する。バック(バンド)はもちろん自前。中津川フォークジャンボリーに遅れた世代の僕にはそんなイメージがある。昨年の7月、群馬(前橋)で開催された「サマーフォークジャンボリー」はまさにそんな内容だった。
 数多い出演者だから、休憩をはさんで4時間強。かなりの忍耐が必要だ。70年代だったら4時間だろうが5時間だろうが関係なかったのに。あの頃僕も君も若かった!

 オールナイトニッポン40周年記念として企画された「渋谷フォークジャンボリー あの素晴らしい歌をもういちど」も同じ内容、進行になるのだろうと思っていた。ということはまた長時間か。何しろ出演者は「サマーフォークジャンボリー」の倍。開演時間も17時だ。終演を21時とするとやはり4時間。まあ、それがフォークジャンボリーの醍醐味じゃないか。

 それにしても、ニッポン放送の「オールナイトニッポン」、斉藤安弘アナウンサーを司会に起用したフォークイベントをよくやる。実は、高校時代、僕はTBS「パック・イン・ミュージック」のファンだった。文化放送「セイヤング」も「オールナイトニッポン」もあまり聴いたことがない。郷里(群馬県太田市)ではTBSラジオが一番よく聴こえるという理由で、ダイヤルはいつも954(950)だったにすぎないのだが。その習慣は今も抜けない。今でもAMラジオを聴く場合は(ほとんど)TBSなのだ。
(大学時代、一時「ビートたけしのオールナイトニッポン」に夢中になったことはある。とはいえあの番組、ほとんど曲がかからなかったのではないか。)
 もう一つ、どうしてフォークイベントはいつも「オールナイトニッポン」なのか。「パック・イン・ミュージック」や「セイヤング」はどうした? なんて考えて、「あっ」。二つの番組はすでに終了しているのだった。継続は力なり。
 
 とにかく、フォークジャンボリーである。メインはフォーククルセダーズの加藤和彦と北山修(自切俳人)の共演、サブとして紙ふうせんと山本潤子の共演が目玉のコンサートだろうと当初は考えていた。
 後者については、しばらくして「翼をください」を一緒に歌う情報を得た。同時に紙ふうせんが「冬が来る前に」しか歌わないことも。独自のバックバンドもなし。演奏は主催者が用意したバンドが担当し、出演者はかつてのヒット曲を1曲披露するだけという。「何それ?」てなもんだ。
 看板に偽りあり。そんな内容だったらフォークジャンボリーとは呼べない。ある種の歌謡ショーだろう。TVのスペシャル番組。団塊世代とその下のフォーク世代を対象にした〈懐かしのメロディー〉だ。いや、懐かしのメロディーがいけないわけではない。そんなイベントに「フォークジャンボリー」なんて大仰なタイトルをつけることがどうかと思うのだ。オールナイトニッポン、ニッポン放送の商魂が頭をよぎった。2年前の品川プリンスホテルクラブeXのフォークイベントも、8,800円もの高額料金を設定したのだから。

 そんなわけで、何の期待もせず、懐かしさに浸れれば御の字くらいの感覚で改装された渋谷公会堂、今はネーミングライツでC.C.Lemonホールという名称になった会場に足を運んだのだった。

 16時、渋谷駅前のTSUTAYAでFCのSさんと待ち合わせ。会場に到着すると、すでに客が列を作っている。年齢層はかなり高い。これは昨年の前橋でも感じたこと。というか、紙ふうせんの秋のリサイタルでもお馴染みになっている。この10年で一気に高くなったような気がする。トシとったってわけね。

 入口横の喫煙コーナーでFC千葉グループのT氏、S氏に声をかけられる。Y氏の姿はまだない。
 16時15分開場。受付時にロゴ入りタオルを渡される。本日の記念品(プレゼント)。
 中に入ってリニューアルを実感した。4年前ショーケンの13年ぶりのコンサートで行ったときに、古色然とした内装に唖然としたものだった。席なんてボロボロだったのだから。

 開始までの間、会場には往年のフォークの名曲が流れていた。来年早々、1960年代から80年にかけてヒットしたフォーク、ニューミュージックを特集したコンピレーションアルバム6枚がリリースされるという。その宣伝だった。中島みゆき、小田和正、井上陽水……。どうせならこの日出演する人たちの曲を流せばいいのに。

 前説の影アナが、記念品タオルの使い方を説明する。ステージ奥に設置されたスクリーンに歌詞が表示されるので、会場の皆さんも一緒に歌いましょう。歌手への応援でタオルを振りましてもいい。汗をかいたら思う存分拭いてください。ほとんどの人がタオルを取り出して首にかけたりしていたが、その後使われた形跡はなかった。
 シングアウトの練習で、音楽監督の指揮のもと「心の旅」をスタッフと一緒に歌ったりもした(この音楽監督が、後に、ショーのバックバンドのキーボード奏者だとわかる)。

 17時。場内が暗くなると、スクリーンに1960年代を象徴するある日、ある時のスチールが映し出される。ナレーションの「あの時代、ギターとラジオとGパンがすべてだった」が印象的だった。このとき僕は小学生だった。「帰ってきたヨッパライ」はあくまでも面白い歌謡曲というイメージしかなかった。深夜放送のDJで人気者になったカメ&アンコーは知らなかった。
 「ジーンズではなくGパン。ブーツカットではなくベルボトム」ということになれば時代はまさしく70年代初期である。「出発の歌」、「結婚しようよ」……フォークのブームが一気にやってきた。これはリアルタイムで憶えている。
 落合恵子、みのもんた、林美雄、小島一慶。当時深夜放送のDJで人気のあった局アナたちだ。

 オールナイトニッポンのテーマ曲(「ビタースウィート・サンバ」)とともに、司会の安弘さんが登場。よどみない口調でオールナイトニッポンの歴史と、団塊世代の文化としてのフォークと深夜放送の関係を説明しながらイベントの開会。出演者が紹介され、皆さんステージに勢ぞろいする。あれ、加藤和彦と自切俳人の名前がなかった。それに本人も登場しない。「こりゃ何かある」 
 

●バラが咲いた/マイク真木

 トップバッターはマイク真木。客席からの登場に意表を突かれた。ステージに向かいながら、途中でお客さんに声をかける。 「お子さん何人?」「お孫さんは?」「隣の女性とはどのようなご関係で?」お客さんの回答に対する当意即妙な返事が爆笑を呼ぶ。さすが芸歴ウン年のタレントだ。
 「バラが咲いた」がフォークかどうかは意見が分かれるところ。小学生だった僕にはTVの歌番組で見るテロップ「作詞・作曲 浜口庫之助」の表記が新鮮だった記憶がある。

●気楽にいこう/マイク真木・細坪基佳

 「バラが咲いた」がヒットしていたとき、北海道の中学生だった元「ふきのとう」の細坪基佳を呼んで、ギター3本(もう一人はアシストのギタリスト)で「気楽にいこう」。鈴木ヒロミツが出演するモービル石油のCMソング。これマイク真木の作詞作曲だったのか。知らなかった。「クルマはガソリンで走るんです」のナレーションは加藤和彦だったのではないか?

●オリビアを聴きながら/尾崎亜美

 たった1曲しか歌えないのなら、杏里に提供したものより、自身の歌唱でヒットした「マイ・ピュア・レディ」にすればよかったのに。個人的にも「マイ・ピュア・レディ」は好みだった。

●中央フリーウェイ/尾崎亜美・床野真代・山本潤子・細坪基佳

 「中央フリーウェイ」は荒井由美より、ハイ・ファイ・セットのイメージが強いのだが、庄野真代もシングルリリースしていたのか。
 大学時代、夜遅く、同じクラスメートで目白に住むボンボンが自家用車で僕のアパートに来たことがある。ドライブに行こうと誘われ、嫌々ながら助手席に乗って、首都高から中央自動車を走った。途中、本当に競馬場とビール工場が右と左に見えたのは感激した。「お前そんなことで感激するのか」あいつは言った。田舎もんで悪かったね。

●飛んでイスタンブール/床野真代

 中近東風のメロディとともに、英語風に韻を踏んだ詞に興味を持った歌だった。

●池上線/西島三重子
●どうぞこのまま/丸山圭子

「池上線」って、やはり語感が決めてだろう。同じ東急の電車でも「目蒲線」だとコミックソングになってしまう。
 もう何年前になるのだろう。六本木スイートベイジルで生の「どうぞこのまま」を聴いたことがある。FFA主催のフォークライブ「マザーズコンサート」に紙ふうせんが出演し、共演が丸山圭子のほか庄野真代、水越けいこだったのだ。

●今日までそして明日から/西島三重子・丸山圭子・クミコ
●いちご白書をもう一度/クミコ

 確かクミコって、松本隆のバックアップでメディアに登場してきた歌手だったのではないか。ジャンルはシャンソン。本人もMCで語っていたが、フォークとは何の関係もない。無名時代、店で弾き語りをしていたとき、数々のフォークを歌っていたとはいえ、今回のキャスティングには違和感がある。この2曲の選曲にも無理やり感が。聞けばニッポン放送と関係が深いのだとか。局の要請か。納得。しゃべりと歌声がこれほど違う女性も珍しい。

●白い冬・卒業写真/細坪基佳・山本潤子

 ふきのとうの「白い冬」は好きだった。今でもそうなのだが、歩いていたり、自転車乗ってたりすると、手持ち無沙汰で即興で鼻歌を口ずさむ。中学生のころ、そんな鼻歌のひとつに「白い冬」のメロディがそっくりだったのだ。
 「卒業写真」はハイ・ファイ・セットのデビューシングルではなかったか。赤い鳥解散後、ハイ・ファイ・セットになってしばらくは荒井由美とのジョイントコンサートを数多くこなしていた。CMソングでも潤子さんの声をよく聴いた。しばらくして「フィーリング」が大ヒットしてその年の紅白歌合戦にも出場した。赤い鳥のイメージを払拭した、ブレイクのきっかけになったこの歌が今はまったく封印され(というと大げさだが)、ハイ・ファイ・セットといえば「卒業写真」になるのはどうしてだろう。
 二人は、元オフコースの鈴木康博とともに、ユニット「ソング・フォー・メモリーズ」として活動している。その関係からか、今回のステージはまるでデュオのような結びつきを感じる。
 
●翼をください/山本潤子・紙ふうせん・細坪基佳・尾崎亜美・床野真代・西島三重子・丸山圭子・クミコ

 プチ赤い鳥結成かと一部で話題になった編成。赤い鳥の3/5がステージに並んだのだから、かつての赤い鳥ファンにとっては興味津々である。しかし、「翼をください」がいくら合唱曲のポピュラーになったからといって、その他大勢が出てくるのはどんなものか。せめて細坪さんを加えた4人で歌えばよかったのに。一番を潤子さん、二番を平山さん。
 潤子さん(山本さんというと、僕の場合、山本俊彦さんになるので。本当は新居さんと呼びたいところ)は、ソロ活動を始めるようになって、赤い鳥時代の歌を解禁した(と思う)。「翼をください」「竹田の子守唄」「赤い花白い花」……。
 あくまでもファンのブログやBBSへの書き込みでしか知らないのだが、セットリストを目にする限り、いつも頭に疑問符が浮かぶ。「翼をください」は山上・村井コンビの楽曲だから当然だとしても、そのほかは後藤悦治郎の世界ではないか。赤い鳥には潤子さんをメインヴォーカルをとっている名曲がいっぱいあるのにどうしてレパートリーにしないのか。疑問はそこなのだ。山上・村井コンビでいえば「忘れていた朝」「窓に明りがともる時」とか、お姉さんが作詞し山本さんが曲をつけた「河」とか、あるいは「さりげなく」「虹を歌おう」とか。もっと歌ってほしいなあ。  

●冬が来る前に/紙ふうせん

 今の季節を考えれば、また紙ふうせんの名を一躍有名にしたヒット曲だから、この手のイベントにはかかせない曲であることは十分わかってはいる。しかし、この1曲というのだったら、やはり「竹田の子守唄」だろう。後藤さんのギター1本で赤い鳥解散後もずっと歌いつづけてきた紙ふうせんの「竹田の子守唄」を往年のフォークファンに聴いてほしかった。

●小さな日記・希望/フォー・セインツ

 仮面ライダーストロンガー(荒木しげる)がフォー・セインツのメンバー(ドラム)だったのは知っていたが、あの志賀ちゃん(志賀正浩)も同じグループでベースを弾いていたなんて。そういえば最近TVで見かけなくなった。音楽プロダクションを経営しているのか。しゃべりが達者なのは当たり前。「小さな日記」のあと、メンバー各人がミスらなかったか確認する。そこで志賀ちゃんの一言「ミスは犯すな、ミセスは犯せ」 。
 岸洋子の「希望」も、もともとこのグループの歌だった。驚き桃の木である。大好きだったんだ、この曲。
 
●スペシャルゲスト/北山修

 ここで安弘アナの呼びかけに対して北山修が最前列の客席から登場。あくまでも観客の一人でいたいという本人の要望により、ステージ上と客席とのやりとりとなる。
 学生時代にフォーク・クルセダースの一員として活躍したのち、今やフォークのスタンダードになった「戦争を知らない子供たち」「あの素晴らしい愛をもう一度」等の作詞をする。卒業後は精神科医を目指し、芸能活動は仮の姿として、自切俳人(ジキルハイド)と名乗って、ラジオのパーソナリティーをつとめた。芸能活動と自分の進む道をはっきりと区分し、精神科医になってからは表舞台から姿を消した。若いころにやりたいことをやり、オピニオンリーダーとして表現活動にいそしみ、ある年齢に達してからは、社会的に認められた職業を邁進して地位を築く。なんともうらやましい人生ではないか。
 思えば、フォークルのメンバーって皆才能の人だった。加藤和彦は後述するとして、もう一人のはしだのりひこも、フォークル解散後は、いくつものグループを作って、ヒット曲を連発していた。

●帰ってきたヨッパライ・鎮静剤・イムジン河・悲しくてやりきれない/加藤和彦

 やはり何かあった。加藤和彦にだけ自身のバックバンドがついた。その準備中にもう一人のスペシャルゲスト、亀淵元ニッポン放送代表取締役、現相談役が登場、カメ&アンコーの復活を肴に3人のトークがはずむ。コンビが久しぶりにレコーディングする曲(コンピレーションCDのおまけに付くらしい)を加藤和彦が作るらしい。そういうことか。

 バックバンドは、アルフィーの坂崎幸之助とユニット「和幸」を組んだ際のメンバーだとか。アコーディオン(キーボード)、チャランゴ(ギター)、ベース、パーカッション。すべて外国人というのが珍しい。実際、このコーナーがこの日の中で一番充実していた。
 「誰も知らない曲やるから」なんて、始めたのがボサヴォ調の楽曲。歌いだしたら「帰ってきたヨッパライ」だった。「歌なんてアレンジ次第でどうにでもなるんだから」
 続く「鎮静剤」(高田渡のナンバー)はフォルクローレ調。「イムジン河」は、最初フランス人のアコーディオン奏者が自身のフランス語訳で歌う。これは聴き応えあった。加藤和彦は三線を引きながら韓国語で後を受け、最後は日本語。
「悲しくてやりきれない」は「イムジン河」が発売中止が決定した後、レコード会社の一室に軟禁されて急遽作らされたもの。しかし、これまで作った3,000曲の中でもベスト10に入る出来だと、いつもの飄々とした口調で語っていた。

 サディスティック・ミカ・バンドの再結成には驚いたものだ。ヴォーカルのミカと離婚し、だからバンドは解散になったのだが、新しい女性ヴォーカルを起用し、そのままミカ・バンドを名乗るというのが信じられなかったのだ。
 ふたりめの奥さん、安井かずみを癌で亡くした。あんなに夫婦付随ぶりを見せつけていたのに、あっというまに再婚してしまった。それもなんだかなあという気がした。
 でもあらためて思う。60年代アンダーグラウンドの音楽(フォーク)を表舞台に、コマーシャルベースに引き上げてからというもの、常にトップを悠々自適に快走している。フォークからロックに移ってからは、初めて日本人のロックを海外(イギリス)に認めさせた。「黒船」はレコードをレンタルしてダビングしたテープを持っている。聴かずにはいられなかった。
 この人、やはり才人だ。

●あの素晴らしい愛をもう一度/全員

 ラストは当然この曲だ。ステージに全員が揃って観客といっしょの大合唱となった。あるフレーズで平山さんと後藤さんがきちんとハーモニーを作って歌っているのが聴こえてきて、ニンマリ。




 #2から続く

2002/02/27

 「結婚恐怖」(小林信彦/新潮文庫)  

 本書が単行本として上梓されたのが1997年。当時の日記をあたってみると、こう書いてあった。

     ▽
 何の予備知識もなかった。  
 広告のコピーだけを読むと、いわゆる30代の独身男がさまざまな女性とくりひろげる結婚をめぐる悲喜劇、コメディの類だと思った。  
 物語は、しかし、中盤からサイコスリラー風の展開をみせる。女性版ストーカーというべきか。  
 最近の、第二期小林信彦の世界、フェティシズム、恋愛、東京論をひきづりつつ、またひとつ新しい世界をかいまみせたという感じだ。
     △

 小林信彦は、その前にはメタローグという新興の版元から1時間文庫と銘打ち、新書サイズのハードカバー「侵入者」でもサイコミステリー的な小説を上梓したり、と、かなりサイキックなキャラクターを取り入れた作風が目立っていた。「怪物がめざめた夜」もその系列といえなくもない。  
 ただそれ以来単行本を開いたことはなかった。本書は古書店で見つけ買っておいた。ファンとしては文庫用の作者のあとがきとか、解説が楽しみなのだ。  

 東京の下町人形町、和菓子屋の老舗の長男で独身三十男のフリーライターにふりかかる結婚にまつわるコワーイ話。
 恋人智乃がいるにもかかわらず、生活の不安からなかなか結婚に踏み切れない梅本修にかつての恋人で最近離婚した麻衣子がよりを戻そうと接近してくる。うるさく結婚を迫る母親光子。そんな騒々しさの中で、もう一人の女性が現れて修を恐怖のどん底に陥れる……。  

 あらためて読むと〈ホラーコメディー〉の惹句どおり、笑わせる会話のオンパレードだった。どうして初読の時に気がつかなかったのだろう。  
 今回気になったのは変わり身の早い母親の存在だった。一番不気味なのは母親だったりして。
 97年なんてつい最近のことなのに、この間にこちらの心境が変化したのか、描かれる世界、結婚をめぐる男の右往左往ぶりが真実味をおびて迫ってきた。クライマックスの劇画的展開は余禄みたいなものだ。
 再読してよかった。


2002/03/13

 「悲しい色やねん」(小林信彦/新潮文庫)  

 ずいぶん前に図書館から借りて読んでいるのだが、昨年12月の立川談四楼独演会を聴きに下北沢へ行き、帰りに寄った古本屋で見つけて買っておいた。  

 収録作品は表題作「悲しい色やねん」のほか「みずすましの街」「横になった男」「消えた動機」の4編。  
 1988年に仲村トオル主演で「悲しい色やねん」が映画化され、文庫本もそれにあわせて映画宣伝用の装幀になった。古書店で見かける本は、ほとんどがこの版で、だからずっと購入しなかったのだ。本書はまたもとの装幀になった版。  
 映画は観ていない。小林信彦作品が映像化されて面白かったためしがないのだから仕方ない。というかこの年は子どもが生まれたので、映画を観ている暇なんてなかった。
 
 「悲しい色やねん」はジャンルでいえば純文学だろうか。少し芸人伝っぽい部分が入っている。作者自身が登場し、大阪にでかけた際に知り合った落語家から聞く、彼が高校時代からライバル視していた友人の数奇な人生を綴っていく。銀行マンからやくざの組長になった的場浩の純愛。題名は上田正樹のヒット曲と同じ、とずっと思っていたら、あちらは「悲しい色やね」だった。歌から発想された題名なのだろうが。

 「みずすましの街」は後に文春文庫「家族漂流 東京横浜二都物語」にも収録された。これも作者自身が語り役になり、自身の生まれ育った下町(界隈)および自身の家(和菓子屋)を舞台に近所のやくざ衆の一人・清治の一生を描いたもの。話の中にもでてくるが小林信彦版「無法松の一生」といった印象。清治のキャラクターが愉快でけっこう笑える個所がある。真面目な筆致でギャグかますんだから。
 
 「横になった男」は作者が失業中に生活費を浮かそうと受験生の振りをして学生専門の下宿に住んでいた頃の日常を綴ったもの。人間観察の鋭い視線を感じる内容だ。
 
 4編の中で毛色が違うのがラストの「消えた動機」。これだけエンタテインメント系である。あとがきを読むと作家になる前に書かれた作品だとか。胃がんで余命幾ばくもないと悟った男が自殺する勇気もなく、ふとしたきっかけで知った殺し屋に自分の命を狙うように依頼する。ところがその後胃がんでないことがわかる。とたんに生きる希望を見出した男は殺し屋に依頼を中止するよう、接触を図るがうまくいかない。忍び寄る殺し屋の影におびえる男。果たして男は逃げ切れるか……というサスペンス。新進気鋭時代の山田洋次監督によって映画化されたという作品だ。主演が坂本九。いったいどんな映画なのだろう。一度観てみたいけど、たぶん無理だろう。フィルム自体が消失していると思う。  

 そういえば最近小林信彦は純文学系の小説を書かなくなった。小説そのものを書いていない。そろそろ独特のほろ苦さに触れてみたい気分だ。


2002/03/24

 「小林旭読本 歌う大スターの伝説」(小林信彦・大瀧詠一 責任編集/キネマ旬報社)  

 突然ですが新庄って若い頃の小林旭に似ていませんか? 昔の痩せていた小林旭をナンパにしたような印象。なんてことを言うと、旭ファンに石投げられるかな。  

 小林旭の読本である。歌う大スターの伝説なのだ。  
 別に小林旭のファンではない。責任編集が小林信彦だったのでもうそれだけで買わずにはいられない。
 版元はキネマ旬報社。この会社、メインの「キネマ旬報」が売れないからなのか、その穴埋めにこの数年映画関係本を立て続けにだしている。別に悪いことじゃない。「キネ旬」の別冊としてでたのが「テレビの黄金時代」。クレージー・キャッツとシャボン玉ホリデーの全盛時代を関係者へのインタビュー、コラムを中心に小林信彦自身が編集した傑作読み物だ。人気も高く、後に書籍として発売された。今でも繰り返し読んでいる。中味が濃いのがうれしい。さすがかつて20代で「ヒッチコックマガジン」の編集長をやっていただけのことはあると当時思った。  
 そんな小林信彦が大瀧〈ミスター・ナイアガラ〉詠一と共同編集したのが本書(ムック)である。
 小林旭の映画と歌をまるごととらえようという魂胆だ。  

 思えば小林信彦本との最初の出会いである「地獄の観光船」のトップが〈旭を忘れろ〉だった。以来小林信彦はことあるごとに小林旭の素晴らしさについて触れ、日活の黄金時代を知らない僕も少しは気になっていた。
 
 〈親不幸な声〉を持つ歌手としての小林旭のすごさはそれなりに理解できる。レコードを買うほどではなかったものの「昔の名前で出ています」はよく風呂場で歌ったものだ。CMソング「燃えるおとーこの、あーかーいトラクター」も耳に残っている。「自動車ショー歌」を初めて耳にした時の衝撃は忘れられない。どうして小林旭ほどの大物俳優がこんな歌をうたうのか!? 何といっても「熱き心に」が抜群にいい。
 
 役者としては、映画をほとんど観たことがないから何も言えない。70年代はやくざ映画ばかりに出演していたような気がする。松田優作主演の「最も危険な遊戯」の併映作「多良尾伴内」では久しぶりの主演だったが、当時そのアナクロさに観る気が失せた。だから目当ての「最も危険な遊戯」も名画座に落ちてから鑑賞したほどである。  
 TV放映された渡り鳥シリーズはそのあまりのきざっぽさにいつも最後まで見通すことはなかった。  
 ところが昨年「ギターを持った渡り鳥」のビデオを観たところ、これがなかなかいいのである。ホントかっこいい。  

 長年のファンが編集しているのだから、充実した内容である。とにかく非常に神経が行き届いている。  
 小林信彦の〈はじめに〉の後、総論として主演映画(西脇英夫)、歌(大瀧詠一)についてまとめられる。  
 その後に宍戸錠のインタビュー。  
 あとは野村孝、長谷川安春(映画監督)、高村倉太郎(キャメラマン)、白鳥あかね(スクリプター)、山城新伍、井上和男(映画監督、プロデューサー)、植松康郎(元日活宣伝課)等、かつてのスタッフ、共演者たち各々の内側からの、渡辺武信、内館牧子、吉川潮、中野翠、立川志らく等、外側、ファンの立場からの、それぞれの〈小林旭〉論を展開させる。執筆者の人選がいいではないか。
 
 鼎談は小林信彦、大瀧詠一、西脇英夫の3氏。
 
 大瀧詠一の〈アキラ節の世界〉はとても貴重な内容だ。これまで真剣に小林旭の歌を聴いたことがなかったが、一度はCDをレンタルしてきてもいいかなと思えてきた。

 ファンでない人も大満足できる〈小林旭〉本。
 小林信彦にとっての小林旭は僕にとっての萩原健一みたいなものだろう。まあ主演映画もレコードもけた違いに多いけれど。




 いや、きちんとしたレビューを書こうと思って、短い感想も記していなかったのだが、何せ忙しくて後廻しにしていたらすっかり忘れてしまった。なんという体たらく。

 今年のGW、監督がケネス・ブラナーなので劇場で押えようと思っていた「シンデレラ」。地元シネコンは吹替版だし、別の劇場では時間が合わず、で願い叶わず、やっとDVD(ブルーレイ)を借りて9日(月)に観た。たいしたことなかった。

 春、夏に観たTVドラマのこと、円谷劇場の「怪奇大作戦」のこと、書き忘れていることがいっぱいある。

     ◇

 船堀映画祭の2日め。シネパル1の最終上映は「グランド・ブダペスト・ホテル」。上映前に簡単なトークショーがあった。急遽決まったもので、植草信和(元キネマ旬報編集長)さんと二井康雄(元暮らしの手帖副編集長)さんというシネマDEりんりんの顧問の二人が、映画の見どころを語るというもの。
 
 上映前、二人はロビーで待機していた。
 僕がそばに行くと植草さんに訊かれた。
「『バクマン。』観た?」
「観ました」
 と僕が答えると
「あれ、面白いよねぇ、傑作だよ」
 思わず「でしょう!」と破顔した。
「日本映画で久しぶりに興奮したよ」
「マンガ執筆がきちんとアクションとして映像化されているんですよね」
「根底にはトキワ荘の精神があるし」
「漫画家たちの切磋琢磨した姿を描いた『トキワ荘の青春』が静だとすると、『バクマン。』は動の映画ですよね」
「あのペンがケント紙の上をカリカリ音をたてて動くところが気持ちいい」
「エンディングクレジットが凝っているでしょう」
 そこに二井さんが訊いてきた。
「どんな風に?」
「主人公のアトリエの本棚にジャンプコミックスが並んでいるですけど、タイトルと作者名がスタッフクレジットになっているんです」

 たとえば、タイトルが「男一匹ガキ制作」、作者が市川南とか。そんな調子でかつてのジャンプコミックスの名作(のもじり)がずらっと並んでいて、作者名がそれぞれスタッフの名前。そんなコミックスをカメラがなめていく。かつてのマンガ少年だったら、かなりニヤニヤできる仕組みになっている。あのクレジットだけでももう一度観たいという気持ちにさせてくれる。

 ちなみに僕がジャンプに夢中になったときのマンガは「ハレンチ学園」「父の魂」「ワースト」「トイレット博士」等々、「男一匹ガキ大将」はあまり興味なかった。「男の条件」のコミックスは持っていた。上下2巻の上だけだけど。

 それはさておき、主人公(原作担当とマンガ担当の二人)とライバルたちの関係って、植草さんが指摘したようにトキワ荘の住人たちとダブる。藤子不二雄(2人で一人)、寺田ヒロオ、石森章太郎、赤塚不二夫、つのだじろう……。実際、劇中、ライバルたちが、主人公たちのマンガ執筆を手伝うシーンで、年長の漫画家が「ぼく、寺さんね」と言うところがある。一人受けた。
 そうか、「バクマン。」って、平成の時代の、あるいは21世紀の「まんが道」なのか!

 現代的だなと思うのは、ストーリー担当が文字ではなく、いわゆるネーム(簡単なコマ割りをして台詞が入ったラフな下書きみたいなもの)を作るというところ。昭和の時代だったら、原稿用紙にシナリオ風に書かれたストーリーをマンガ家がマンガにするというのが王道だった。

 マンガ「バクマン。」は読んだことはなかったが、アニメ「バクマン。」は毎週土曜日のお楽しみだった。
 劇中に登場する集英社や少年ジャンプが架空の名称になっているところが興ざめだったが、放送局がNHKなら仕方ないか。
 映画ではそこが解消されていて、ちゃんと実名になっている。
 編集部の廊下がかなり異様で、壁じゅうにマンガ関連のポスター等が貼られている。いくらなんでもやりすぎなセットだろうなんて毒づいていたら、本物を使っての撮影だとか。驚いた。

 10月12日(月・体育の日)に地元シネコンにて観賞。




 それにしてもフリースタイルという版元は小林信彦コレクションを売る気があるのだろうか? 発売が11月だというのに、第一弾「極東セレナーデ」が発売になるという情報以外何も聞こえてこないのだ。自社のサイトも更新されない。せめて表紙ぐらい確認したいではないか!

     ◇

2002/05/02

 「昭和の東京、平成の東京」(小林信彦/筑摩書房)  

 3月から4月にかけて〈小林信彦〉本の出版ラッシュだった。  
 新刊は本書「昭和の東京、平成の東京」と「物情騒然。」、文庫本では「人生は五十一から」がでた。他の作家なら図書館で借りてしまうのに、小林信彦の20年来のファンとしてはすべてを購入しなければ気がすまない。  

 「私説東京繁盛記」「私説東京放浪記」に続く東京三部作の3作目。  
 当初、内容がどんなものなのか想像がつかなかった。雑誌に連載しているわけがないから、まったくの書き下ろしなのか。あるいは前2作を要領よくまとめたものなのか。  
 過去のエッセイ(コラム)から東京について書かれたものをピックアップして再録した、それが〈昭和の東京〉。平成になってから各紙(誌)に連載(掲載)したものが〈平成の東京〉としてまとめられている。(日経新聞掲載のエッセイは連載時楽しみにしていた。このエッセイはいつ本に収録されるのかずっと待っていたのだ。)  
 構成としては「時代観察者の冒険」「道化師のためのレッスン」の系列に入ると思う。  

 小林信彦が東京にこだわる気持ちは地方出身の僕でもよくわかる。都市破壊に対する怒りも同様だ。それは何も小林信彦の東京に関する本や文章に感化されただけではない。  
 二十数年前上京したての頃は、東京はあくまでも一時居候する街だった。あくまでも都会らしくあればよかった。  
 東京に一生住むつもりはなく、結婚して子どもができたら、住宅状況や環境の点で住まいは東京近辺の県に移ることを考えていた。実際そのとおりになったわけだが、現在埼玉に居住するまでの間東京生活十数年を経て、東京に対する見方考え方が変わってきた。まず愛着というものがわいてきた。
 
 たとえば六本木という街について、ある時までとっつきにくさを感じていた。都会人をことさら主張しなければならないところ、田舎者を排除する街という認識。いつも一張羅の服を着ていなければならないような気がしてあまり好きになれなかった。  
 それが20代半ば、仕事で平日の六本木を歩き回らなければならないことがあり、一歩裏道に入ったら、そこに昔ながらの鄙びた家のたたずまいを発見したことから状況が一変した。胸が躍った。そこに人が生きている息吹を感じたのだ。六本木の新しい、というか本当の姿を知った思い。それから六本木が好きになった。
 
 小林信彦は〈街殺し〉という言葉をよく使う。東京オリンピックの時は関西に疎開していたことは何度もエッセイやコラムに書いている。(実際本書は東京オリンピックが開催された1964年から始まるのだ) 新しい建物が建設されるたびに過去が抹殺されていく無念さが長く東京で生活していてわかってきた。バブルの時いたるところで行われた地上げ以降その思いは強い。
 地方の自治体がオリンピック開催地に立候補したりすると、もういいよという気持ちになる。数年後に名古屋万博が開催されるが、いまさら万博に何があるのかとうんざりしてしまう。〈街破壊〉〈自然破壊〉という文字が頭に浮かぶ。
 生まれた時から東京に住む人にとってはたまらないものがあるだろう。

 それにしても60年代から東京に関する文章を書いていたとは恐れ入る。

 本書で一番気になったのは〈昭和の東京〉の中の〈東京のロビンソン・クルーソー〉である。内容ではなくこのエッセイが本書に収録されたことに対して。
 たぶんこれは僕にとって幻のコラム集である「東京のロビンソン・クルーソー」(晶文社)に収録されていたエッセイだろう。
 いつか「東京のロビンソン・クルーソー」「東京のドン・キホーテ」が復刻されてくれればと願っていたのだが、小林信彦にはその気がないのがわかった。初期のコラムは解体されて、新たなエッセイ集、コラム集に所収させていくのだろう。


2002/05/07

 「物情騒然。」(小林信彦/文藝春秋)  

 「週刊文春」連載の人気コラム「人生は五十一から」の2001年分をまとめた単行本第4弾。そうか連載もすでに5年めに突入したのか。  

 時代はますます悪くなっていく。だからこの書名にとても納得するものの、なぜ「物情騒然」でなく「物情騒然。」なのかという疑問がわく。  
 中野翠の「サンデー毎日」のコラム「満月雑記帖」の2001年連載分をまとめた単行本「ほぼ地獄。ほぼ天国。」の〈。〉の使用について〈モーニング娘。〉の影響云々と書いたけど、小林信彦まで〈。〉を使うなんて……。コラムの中で恥語シリーズが読者の共感を呼んでいる著者として一時の流行にのるってことは別に何とも思わないのかな。
 「人生は五十一から」の連載を始める前に5週に1回担当していた「読書日記」の第2弾、「〈超〉読書法」の時も同じことを感じた。当時も超××法という言い方が流行った。自分の作品に題名をつけることを苦手としていると本書でも書いていることから、たぶん編集者サイドからでたアイディアだと思うけれど。

 中野翠のシリーズがそうであるように、本書も1年を振り返るのにかっこうの内容になっている。映画や舞台を語るエンタテイメント時評、政治に対する容赦ない筆誅、著者の生活を垣間見ることができる身辺雑記。  

 〈喜劇人と肉体〉〈「パール・ハーバー」とドゥーリトル空襲〉〈宮崎監督の秀作「千と千尋の神隠し」〉は小林信彦の真骨頂を知らしめる内容で、何度も読み返してしまう。
 〈伊東四朗&小松正夫のヴォードヴィル〉で初めて二人の芝居が下北沢で公演されるのを知った。もっと早く知っていれば絶対チケットを購入しただろう。  
 米国同時多発テロについての見解、アフガン爆撃に対する冷静な怒りは戦争を知っているからこそ書けるのものだ。  
 古今亭志ん朝の死について小林夫妻の消失感、その嘆きが伝わってくる。  

 まとまって読むと、〈はじめに〉で「とにかく読んでください。ご損はさせないと思います。」と書く自信がはったりでないことがわかる。どれも中味が濃い。わずか週刊誌見開き2ページでどうしてここまでかけるのだろうと感服してしまう。  


2002/05/10

 「人生は五十一から」(小林信彦/文春文庫)  

 当然1999年にでた単行本は購入している。しかし〈文庫本のあとがき〉や解説を読みたいがために買わずにはいられない。  
 1998年の1年間が鮮やかに蘇ってくる。わずか4年前の出来事なのに、ずいぶん昔のような気がするのは気のせいか。感覚的にはついこの間のようにも思えるのだが。  

 何かで読んだのだが「人生は五十一から」の書名だと若い人は読まないのではないかという意見は確かにそうだろうと思う。でもページを開けば、たとえ若くてもわかる人にはわかるはずだ。わからない人には年齢に関係なく小林信彦とは〈東京にこだわってばかりいる偏屈でマニアックな作家〉でしかないのだから。

 1998年がどういう年だったかというと、前年の暮に伊丹十三監督が自殺し、2月には景山民夫が焼死している。ワールドカップが開催された。  
 本書で伊丹監督の自殺の原因はわからない、女性問題はきっかけでしかないと書いてあるが、僕は女性問題で騒がれるというところが伊丹十三の美学に反したのではないかと考える。本人には申し訳ないけれど、こんなことで死んでしまうのだったら、暴漢に襲われて非業の死を遂げた方がまだ納得できる、と当時悲しさのあまり怒りすら覚えたものだ。伊丹映画のファンではなかったが、役者としてとても好きだったので。
 景山民夫の死に触れて「上昇志向の強い作家だったら、必ず書いたであろうことを断乎書かなかった」と記している。
 景山民夫には別れた奥さんとの間に娘がいて、重度の身体障害者だった。ずっと寝たきりで、その娘が若くして亡くなってしまった。このことについては当時「宝島」に連載していたコラムで一度だけ取り上げている。もう二度と書かないと断りを入れ、同世代の若者に向けて不憫な娘を失った父親の慟哭を書きなぐった。とても重たい文章だった。景山民夫が宗教に走るのはこの後だったように思う。
 景山教の教祖になるのならまだしも他人様の宗教に肩入れするのはどうしても馴染めず、僕も景山ファンをやめてしまった。

 本書の中で圧巻なのは3回取り上げた「現代〈恥語〉ノート」とワールドカップの予選リーグにおけるにわかサポーターおよびメディアの騒ぎ方を大東亜戦争時の報道と重ねあわせてその奇妙な一致を分析する〈サッカー・ファシズム〉だ。
 現代〈恥語〉シリーズの冒頭で〈アイデンティティ〉を取り上げ、僕は思わず赤面してしまった。よく口にしますからねえ、僕は。
 〈サッカー・ファシズム〉はこれが書かれた当時より4年後の、日韓共同開催のワールドカップがまじかに控えている今の方がより理解できる。

 〈日本のゴジラは模倣で始まった〉のゴジラ至上主義者には笑った。
 贔屓の志ん朝については2回書いている。4年後にあの世に旅立つなんてこれっぽちも考えていなかっただろう。読んでいると悲しくなってくる。時間が経つと同じ文章でもまったく印象が変わってしまう好例。

 1998年。今に比べればまだいい時代だったといえるのだろうか。


 この項続く




2015/09/27

 「ALFA MUSIC LIVE」(渋谷Bunkamuraオーチャードホール)

 その6から続く

 ステージには村井邦彦がただひとり。亡くなったアルファに関係の深い仲間たちへの追悼のコーナーになった。
 ステージ後方のスクリーンに亡くなった方の写真が投影され村井邦彦が一人ひとりの思い出を語っていく。

 曽根隆(フィフィ・ザ・フリー)/石川晶(カウントバッファローズ他)
 江藤勲/飯吉馨
 桜井英顕(須磨の嵐)/中谷望(須磨の嵐)/黛敏郎
 山本俊彦(赤い鳥~Hi-Fi SET)/大村憲司(赤い鳥)
 日高富明(GARO)/堀内護(GARO)
 服部良一/田辺信一
 佐藤博(ハックル・バック~Tin Pan Alley)/深町純
 シーナ(シーナ&ロケッツ)

 桜井英顕って須磨の嵐という前衛邦楽バンドのメンバーだったのか。その名前を知り、パーカッション(ハイチドラム)の演奏を聴いたのは赤い鳥のライブ盤(実況録音盤)「ミリオン・ピープル」の「もうっこ」だった。
 B面まるまる使っての、赤い鳥+渡辺貞夫(アルト・サックス)+深町純(エレクトリック・ピアノ)+桜井英顕・森本哲也(パーカッション)の演奏はとんでもなく素晴らしく、もう何度聴いたかわからない。今だってたまに耳を傾ける。
 後藤さんが紹介する際の「サクライ・ヒデアキラさん」のヒデアキラがまるでサクラコみたいな響きで耳に残った。なんか珍しい名前だなぁと。
 須磨の嵐のアルバムが欲しくなった。

 その須磨の嵐で村井邦彦がお世話になったのが黛敏郎だとか。

 山本俊彦さんの死にはショックを受けた。
 逝去の報は、兵庫県尼崎市の武庫之荘で聞いた。紙ふうせんFCの催しで、赤い鳥の聖地(!)を訪れる日だった。

 2014.3.29 武庫之荘・赤い屋根の家 #1
 2014.3.29 武庫之荘・赤い屋根の家 #2
 2014.3.29 武庫之荘・赤い屋根の家 #3

 山本さんは赤い鳥のメンバーの中、一人リードヴォーカルの曲がない。URCの「お父帰れや」のヴォーカルは新居さんなのだが、一緒に歌っている男性の声が後藤さんでも大川さんでもない。ということは山本さんか。
 リードヴォーカルをとらないのはあまり歌がうまくないからだろう、ギターを弾いている方が好きなのだろう、と思っていた。7人時代あたりからエレキギターを弾きはじめて、その姿を写真などで拝見してそう勝手に判断していたのだ。メンバーの中では大川さんとコンビを組んで曲を作って(作詞・大川茂、作曲・山本俊彦)いるので、根っからの音楽(ギター)人間なのではと。

 違った。学生時代は合唱団に所属していたらしい。赤い鳥のアマチュア時代、混成ハーモニーは山本さんが中心になって練習したと平山さんが自身のブログに書いている。
 君が亡くなって、潤ちゃんが……という村井さんの言葉にしんみり。

 田辺信一が亡くなっていたとは。
 大野雄二(「犬神家の一族」)、村井邦彦(「悪魔の手毬唄」)に続く、市川崑監督、石坂浩二主演の金田一シリーズ第3弾「獄門島」の音楽を担当した。すっかり忘れていたのだが、「女王蜂」「病院坂の首縊りの家」も引き続き担当していた、
 個人的には歌謡曲の作曲家というイメージが強い。大好きだった「愛の奇跡」(ヒデとロザンナ)を作曲している。編曲家としても有名で、ハイ・ファイセットの最初のヒット曲「フィーリング」を手がけている。

 大村憲司の訃報は紙ふうせんのマネージャー氏からの電話で知らされた。電話口で大声をだしてしまった。まだ40代だった。
 初めて買った赤い鳥のアルバムが「ゴールデンディスク」であることはすでに書いたが、その中であきらかに他の曲とテイストが違ったのが「パーティーにおいでよ」だった。自身の歌唱だ。「美しい星」の中の「せみしぐれ」もそうではないか。好きな声だ。
 でも、ギターである。あの音色がたまらない。「祈り」は全曲にわたってそのギターが聴ける。後藤悦治郎の世界と大村サウンドがドッキングした傑作アルバムなのだ。大方の赤い鳥ファンはそう思っていないだろうけど。

 「ミリオン・ピープル」の「もうっこ」はナベサダのサックスの印象が強いけれど、何度も何度も聴くうち、深町純のエレクトリック・ピアノの音色がうっとりしてしまう自分がいた。
 紙ふうせんのファーストシングル「いかつり唄」の編曲を担当している。シングル「円山川舟唄」も。後藤さんが円山川の風景にこのアレンジがぴたりはまるんだと語っていた。

 2010年になって深町さんのライブに触れるようになった。
 The Will 2010 TOUR
 at Welcome back
 大塚駅南口より徒歩2分 フカサビル地下1F

 自身のお店で毎月開催しているライブに一度足を運んだ。ピアノに圧倒された。お店で紙ふうせんライブを開催することが決定して、友人、知人に宣伝、集客をはかっていたところに訃報を目にした

 昨年YouTubeで知ったのだが、70年代にジュリーと梶芽衣子の主演で「同棲時代」がスペシャルドラマ化された。音楽を担当したのが深町純で赤い鳥が主題歌を歌っているのだ。主題歌といってもスキャットだけど。
 日曜劇場枠で放送された、僕の大のお気に入り「バースデーカード」の音楽もそう。
 市川崑監督が手塚治虫の「火の鳥 黎明編」を実写映画化した「火の鳥」の音楽でもクレジットされている。テーマ音楽はミッシェル・ルグラン。この映画、製作の一人が村井邦彦なのだ。いまだにDVD化されていない。失敗作だからだろうか。

 シーナの訃報にも大声だした。
 70歳になったシーナがあの衣装でステージで飛び跳ねている姿が見たかった。


●次世代バンド+村井邦彦+赤い鳥/後藤・平山・村上(プレゼンター:村井邦彦)

 村井さんが次世代バンドを紹介する。
 ギターの大村真司は大村憲司の息子。ドラムの林一樹は林立夫の息子。そして、ヴォーカルのAsiahは小坂忠の娘。そこに村井邦彦がピアノで加わって、1曲披露しようという寸法。大村憲司が亡くなったとき、息子さんは何歳だったのか?

 曲はレゲエみたいなリズムの「翼をください」。パンチの効いたAsiahの歌声。1番を歌っている最中に、下手のソデから平山さん、後藤さん、村上ポンタさんが登場、上手からアコースティック・ギターを持って登場したスタッフが後藤さんに渡す。ポンタさんは林ジュニアの隣のドラムセットにゆっくりと腰をおろす。
 赤い鳥のオリジナルメンバーが加わって、演奏は正統「翼をください」に。2番は平山さんが歌う。

 ♪今、富とか名誉ならばいらないけれど、翼がほしい

 8年前の赤い鳥3/5が揃った「渋谷フォークジャンボリー あの素晴らしい歌をもういちど」でも平山さんは2番を歌った。1番は潤子さんで。
 現在、「翼をください」は多くの歌手がカヴァーしているが、2番をカットされることが多い。もともとの赤い鳥のシングルがそうなのだから、それに従っているまでなのかもしれない。しかし本当は最初から2番はあって、ライブではきちんと歌っていた。「スタジオライブ」や「ミリオン・ピープル」で判断しているのだが。
 紙ふうせんのステージではいつも2番は歌われている。

 いつものように、観客を巻き込んでの合唱になった。ステージの照明も客席に向いての、まさに〈主役は観客〉なのだが、ノリが今いちだ。「竹田の子守唄」のときも少しばかり感じたことだ。なんか、紙ふうせんにとって会場がアウェイなのだ。
 潤子さんがいれば違っていたのだろうか?

 ところで、「翼をください」の作曲印税の件、幕が開く前、隣のセレブカップルの話が聞こえてきた。思わず耳をそばだてた。男性が女性に語っていたのだ。村井さん、「翼をください」の権利を別れた奥さんにあげてしまったとか。別れた奥さんというと、大橋一枝さん

  翼をください


●小坂忠・Aisiah・村井邦彦

 ラストは新曲の発表だ。
 作詞・山上路夫、作曲・村井邦彦の「音楽を信じる」。
 歌うのは小坂忠とAsiah父娘。

  音楽を信じる We believe In Music


●村井邦彦(アンコール)

 アンコールは村井さんのピアノ弾き語りで「美しい星」。
 「ミリオン・ピープル」の〈村井邦彦コーナー〉を思い出した。あのときは、村井さんのピアノに乗せて赤い鳥の5人(4人か?)が一人ひとり山上・村井楽曲を歌っていた。
「窓に明かりがともる時」(新居潤子)、「言葉にならない言葉」(平山泰代)、「美しも哀しい人生」(後藤悦治郎)、「花吹雪」(大川茂)、「忘れていた朝」(新居潤子~5人)、「美しい星」(新居潤子、平山泰代)。
 村井さんの代表作は「美しい星」なんだな。一番好きというか。

 後藤さんが、「今日、もう一人のゲストをお呼びしています」と言って、村井さんがステージに登場するとこう紹介した。

     ▽
 フランスに偉大な作曲家がいまして、2年ほど前東京に来たときにその歌を聴いてピアノを聴いて涙がでました。その人の名をミッシェル・ルグランといいます。
 アメリカにはジム・ウェイブという素晴らしい作曲家がやはりいまして、そして日本には村井邦彦という素晴らしい才能の持ち主がいます。

 その辺まではいいんですが、彼もなかなか日本の音楽状況の中で作曲だけに専念できる立場をとれなくて、ほかの方でも非常に忙しく、後輩を育てなければいけないし、赤い鳥なんかいつも文句を言い続けるし、非常に忙しい毎日の中で、レコード会社を作ろう、出版会社を作ろう、レコードを制作しよう、タレントを育てよう、いい音楽を日本にもっと広めていこう、そんな中で非常に活躍して、最後は作曲だけが残って素晴らしい曲をもっともっと僕たちの前に出してくれるよう、今日を機会にそういう風に期待します。
     △

 村井さんが「美しい星」を歌い終わると、幕があがって出演者全員が拍手で取り囲んだ。
 大団円。
 後方のスクリーンにスタッフロールが流れていく。

 アルファの歴史を、その始まりから終焉までを4時間弱で学んだ。
 とはいえ、僕にとってのアルファは、やはり赤い鳥なのだ、と実感したエンディングだった。


  〇武部聡志バンド
    ・武部聡志(Key)
    ・河村“カースケ”智康(Dr)
    ・須長和広(B)
    ・鳥山雄司(G)
    ・本間昭光(Key)、
    ・松岡奈穂美(Cho)
    ・今井正喜(Cho)
    ・須藤美恵子(Cho)


ALFAMUSICLIVE
入場時に配付された冊子

ALFAMUSICLIVE2
カバーをとると


ALFA kamifusen
出演アーティストのALFA時代の写真が
この当時の紙ふうせんのライブが観たかった!


 【おまけ】
平山さんのブログです。
一番上の写真の平山さん、すんごく若くありませんか?




 7日(土)、8日(日)の両日、第7回船堀映画祭が開催された。盛況だった。
 
 過去2回、お客さんとして好きな映画を観賞して打ち上げにも参加させてもらったが、スタッフになると映画祭で上映される作品の見方が変わってくる。単なる客なら映画が観られればそれでよかった。スタッフになるとまず集客を考えてしまう。お客さんは気持ちよく映画を観てくれただろうか、喜んでくれただろうか、なんて考えてしまう。何より映画が観られない。当たり前だけど。
 とにかく疲れた。ただその疲れが心地よく、打ち上げでは旨いビールが飲めた。

 6日(金)、会場のセッティングを19時から手伝う。仕事を終えてから駆けつけると19時になると伝えると、もうほとんど終わっているということだった。だったら、第1回神楽坂本のり寄席に足を運べばよかったかと少し後悔。「いつも心に立川談志」(写真・橘蓮二、文・立川談四楼)の出版を記念して、出版クラブ会館にてスライド上映+朗読+落語会が開催されたのである。
 しかし、実際にタワーホール船堀に伺うと、かなりの仕事が待っていた。午前様の帰宅。

 7日(初日)は8時30分集合。
 僕の担当はゲスト対応サブというもので、地下のシネパル1映画上映時のトークショーの音響まわりのもろもろを請負った。

 「あん」(河瀬直美監督)初日のゲストは、原作者のドリアン助川氏。上映後にトークを行ったのだが、とても饒舌な方だった。それで「あん」は単なる餡作りの物語でないことを知った。主人公(樹木希林)は元ハンセン病患者なのである。

 「おかしな奴」(沢島忠監督)のゲストは、三遊亭歌笑師匠と沢島忠監督。上映前に、二人が続けて登壇し、先代(映画の主人公)の思い出、映画制作時のエピソードを語った。
 歌笑師匠、先代に似ていると思ったら、甥っ子なのであった。
 沢島監督は今年89歳。そんな高齢であるが、びっしり書き込んだ200字詰め原稿用紙を演台に置いて直立不動で読み上げた。監督、忠臣蔵の新作を撮りたいとのこと。
 ずいぶん前から観たかった映画なので、トーク終了後、後方の客席に座って観賞。主演の渥美清が「アラビアのロレンスみたいな歌笑だろう?」と小林信彦に確認したという作品。確かに映画だけの印象だと歌笑が立派すぎるかもしれない。そこはほら、「昭和の爆笑王 三遊亭歌笑」(岡本和明)を読んでいるからきちんと補完している。劇場で観賞できたことを感謝したい。

 夜は近くの庄やにて打ち上げ。スタッフ以外の方たち(お客さん)も多数参加して、遅れていったら座敷の方は満杯だった。別会場(5F小ホール)で上映された新作「サクラ花 ー桜花最期の特攻ー』」(松村克弥監督)関係者、ゲストの大和田健介氏(主演)、保護者として(?)大和田伸也氏も参加されていて大いに盛り上がっていた。
 僕ら4人はカウンターにて乾杯。

 Iさんとはるばる九州は佐賀県から来たI氏(古湯映画祭)と3人で「健康ランド まねきの湯」で一泊。

 8日(2日目)も8時30分に集合。「あん」の当日券を求めるお客さんの列ができていた。
 ゲストは樹木希林さんで、1回目の上映後、及び2回目の上映前に植草さん(元キネマ旬報編集長)とトークショーを行った。前売券は発売後数時間で売り切れたとか。

 その最初のトークショーで事件が起きた。途中でマイクが入らなくなったのだ。
 担当とはいえ、機械に関してはめっぽう弱い。音響の業者から一式を借りて搬入、セッティング時に電源の入切、マイクの音量調整は教わったが、そのほかについてわかるはずがない。何度か電源を切り、入れるを繰り返し、最終的にはコンセントを抜いて入れてとやったら、何とか音がでるようになった。
 この騒動で一気に疲れがやってきた。
 
 「あん」もすべて観た。公開時に劇場に足を運ばなかったことが悔やまれる。観ようと思っていたのに。
 静かな映画である。涙があふれ、鼻の奥がつんとくる映画でもある。とはいえ、ことさら涙を誘うような内容ではない。リアリズムに基づく演技、カメラワークは好感がもてる。
 樹木希林の演技が圧巻。「歩いても歩いても」に続いてやられた。もちろん、永瀬正敏、内田伽羅にも。
 原作本を購入。だったら、昨日、ドリアンさんがいるときに買えばよかった。サインがもらえたのに。

 「吹けば飛ぶよな男だが」も観たかったのだが、時間が合わなかった。
 「マダム・イン・ニューヨーク」「グランド・ブタペスト・ホテル」はDVDで押えるつもり。

 打ち上げは同じ建物の2階にて立食パーティー。小ホールで上映された「ゆずり葉の頃」(中みね子監督)ゲストの中監督(岡本喜八夫人)、お孫さん、シネりん枠で上映されたドキュメンタリー「かみさまとのやくそく」(荻久保則男監督)ゲストの荻久保監督がフィーチャーされた。
 若い頃の藤真奈美に似た女性がいて少し話をした。彼女、子どもがまさに胎内記憶を持っていて、そのエピソードを披露してくれたのだが、驚愕事実に目がテンになった。

 21時30分で終了すると、アルコール組とノンアルコール組に分かれてそれぞれ2次会へ。僕はノンアルコール組へ合流。近くのガストで1時間ほど。
 シネりん代表代行のS女史の旦那さんはアメリカ人なのだが、今日はお兄さんのIさんが若いフィルムメーカー志望のアメリカ人(男性)を連れてきたから、英語、スペイン語、中国語が飛び交うにぎやかな2次会になった。

 船堀映画祭は来年から船堀国際映画祭だ!


FFF




2015/09/27

 「ALFA MUSIC LIVE」(渋谷Bunkamuraオーチャードホール)

 その5から続く

●シーナ&ロケッツ(プレゼンター:鮎川誠)

 大学時代は8㎜映画の自主制作サークルに所属して活動していたが、同級のUがロック大好き人間だった。ショーケンの「熱狂雷舞」や「DONJUAN LIVE」の素晴らしさを教えてくれたのがUである。テンプターズでファンになったというのに、そのころは役者としてのショーケンしか興味がなかったのだ。

 1年の冬だったと思う。Uに誘われて渋谷のライブハウス「屋根裏」でインディーズ系ハードロックバンドのライブを観に行った。僕にとってはライブハウス初体験で音量の激しさに驚愕した。外にでもしばらくは耳鳴りがしていたほど。
 演奏された曲の中に「YOU REALLY GOT ME」があり、それが良かったというと、ヴァン・ヘイレンの有名な曲で、最近ではシーナ&ロケッツがカヴァーしているとUは教えてくれた。
「シーナ&ロケッツって?」
「最近デビューしたロックバンド。シンプルだけどいい音きかせてくれるんだ、これが」

 で、すぐに購入したのがファーストアルバム「真空パック」だ。なぜ、オリジナルのヴァン・ヘイレンではなくカヴァーのシーナ&ロケッツにしたのか、自分でもわからない。「ユー・メイ・ドリーム」のヒットでシーナ&ロケッツがTVの歌番組の出るようになったのはそのすぐ後だったような気がする。
 「レモンティー」は映画「チーム・バチスタの栄光」で知った。劇中、患者役の山口良一が消え入りそうな声で歌うのだ、無伴奏で。調べてみるとシーナ&ロケッツの曲であることを知り、YouTubeで聴くと詞がとんでもなくいやらしいことがわかった。サンハウス時代に鮎川誠が作った(詞はサンハウスのヴォーカル・柴山俊之)ことも。カラオケで歌うととても気分がいい。ずいぶん経ってから曲が洋楽のパクリであること知った。

 ステージ後方のスクリーンにありし日のシーナの写真を投影しながら3人でギンギンのライブを繰り広げた。ヴォーカルは鮎川誠。上手くないけど、そんなの関係ねぇ。当時と変わらない姿に驚く。TVのバラエティで活躍する自称ロッカーが幅をきかせているが、鮎川誠こそロックそのものではないか。素敵なライブだった。

 アコースティックギター1本で「竹田の子守唄」を披露した紙ふうせんが最右翼だとすると、Eギター、Eベース、ドラムスでロックンロールしたシーナ&ロケットは最左翼となる。いや、右や左はどっちでもいい、両極端に位置するということがいいたいのだ。どちらも夫婦で、頑なに自分たちの音楽活動を貫いてきたことが共通点か。

  ユー・メイ・ドリーム/レモンティー


●日向大介 with encounter(プレゼンター:高橋幸宏)

 すいません、出演者の中で唯一当時も今も名前も活躍も知らなかったグループで何も語れません。

  I WONDER


●YMO+村井邦彦(プレゼンター:松任谷由実)

 トップバッターで登場したユーミンが最後にまた出てくる心憎い演出。すでに書いたが、また衣装が違う。

 中学時代、赤い鳥「スタジオライブ」を聴かせてくれた友人が同じように聴かせてくれたのが冨田勲がシンセサイザーで演奏した一連のクラシックアルバムだった。あの音は衝撃だった。シンセサイザーという楽器もすごかった。部屋全体がシンセサイザーだったからだ。
 同様の衝撃をイエロー・マジック・オーケストラで受けたわけだ。80年代を意識させてくれた音楽だった。好き嫌いに関係なく。
 弟がファーストアルバムを買って、夏休みだか冬休みで帰省していたときに聴いた覚えがある。
 イエロー・マジック・オーケストラの世界的な活躍で、村井さんの夢の一つが実現された。かつて赤い鳥で挑戦して挫折している。後藤さんにまったくその気がなかった。

 そういえば、YMOが登場する前に、まるでプロローグのような位置づけでマナという女性歌手がYMOのテーマソング(のような歌)を歌っていた。今、どうしているのだろうか?

 ずいぶん経ってから知るのだが、サポートミュージシャン(ギター)が大村憲司だった。一時赤い鳥のメンバーで、アルバムの中で2曲ほど歌っている。ギターテクニックは抜群で「祈り」は今でも聴いている。7人時代の、ロックに傾注した赤い鳥のライブを観たかった。

 今回、坂本龍一が出演しないのは、山田洋次監督作品の音楽のトラックダウンだか何だかをやっているためだと、娘さんが言っていた。病気ではないことに少し安心した。
 坂本龍一に代わってピアノを弾くのが村井邦彦。しかし、まるで印象が違う「ライディーン」だった。

  ライディーン


 この項続く




2015/09/27

 「ALFA MUSIC LIVE」(渋谷Bunkamuraオーチャードホール)

 その4から続く


●吉田美奈子(プレゼンター:向谷実)

 プレゼンターの向谷実は元カシオペア(キーボード奏者)。最近は鉄道方面で活躍云々という自己紹介はウィキペディアで調べて合点がいった。なるほどそういうことですか。「タモリ倶楽部」で拝見したことがあるかも。
 カシオペアもALFAだったのになぜ出演しないのか。まあ、いろいろ大人の事情というものがあるのだろう。

 はっぴいえんどからキャラメルママやティン・パン・アレーに繋がる音楽、あるいはその関連アーティスト(の楽曲)をリアルタイムで聴いたことがなかった。ただ、大瀧詠一には興味があった。といってもアルバム1枚買ったことはないけれど。別に小林信彦の影響ではない。良い曲をいっぱい書いているということだ。
 「夢で逢えたら」もその一つ。今ではスタンダードになった感のあるこの曲を、オリジナルの吉田美奈子で聴けたのは感涙ものだった。

 入場時に配付されたパンフレット(?)は、村井邦彦氏の文章が掲載されている。「月刊てりとりぃ」という雑誌(があるのだろう、僕は知らないけれど)に連載されている「LAについて」に加筆訂正したもの。この文章が出演アーティストと村井氏の出会いや関係の説明になっている。ALFAの歴史が綴られているのだ。アーティストたちの若かりしころの姿も拝める、資料として大変貴重な冊子といえるだろう。
 その中で美空ひばりの「真赤な太陽」事件に触れている。美空ひばりのヒット曲を黛ジュンがカヴァーしようとしたら、美空側の反撥でレコードが発売できなくなった。曲は歌手のものではなく作家のものと考えていた村井さんは「翼をください」で夢を叶えたと書いている。
 「夢で逢えたら」も同様なんだろうなと思った次第。

  朝は君に/夢で逢えたら


●サーカス(プレゼンター:紙ふうせん)

 紙ふうせんのふたりは夫婦漫才全開の紹介だった。村井さんが赤い鳥のスカウトのため後藤さんが住む尼崎まで真っ赤なポルシェでやってきた。
「尼崎で初めてじゃないですか、ポルシェ走ったの」
 と平山さん。後藤さんがうなずいて、
「そうやね、馬車と牛車しか走っていなかったから」
 梅田花月の舞台に立てるのではないか。

 サーカスが「Mr.サマータイム」で登場したとき、第二の赤い鳥を見た。赤い鳥が村井さんの言われるとおりの音楽活動をしていたらこんな感じのグループになったのではと思った。「Mr.サマータイム」も「アメリカン・フィーリング」もいい歌だと思うし好きだけれど、サーカスを追いかけることはなかった。僕からすると単なるコーラスグループだったので。
 プロデビュー前のサーカスと紙ふうせんの不思議な関係についてはすでに書いている。村井さんが後藤さんに提案したという。紙ふうせんに4人を加えたらと。

 新真実! 紙ふうせん+サーカス=? その1
 新真実! 紙ふうせん+サーカス=? その2 

 サーカスはけっこうメンバーチェンジしている。デビューのときは、三姉弟+従妹の4人だった。最近までは姉弟+弟夫婦で、「Mr.サマータイム」はこの4人で歌った。今は弟夫婦が脱退して、弟の娘、赤の他人(男性)がメンバーになっていて、「アメリカン・フィーリング」はこの新メンバーを加えて6人で。
 華やかなステージだった。

  Mr.サマータイム/アメリカン・フィーリング


●ブレッド&バター(プレゼンター:坂本美雨)

 プレゼンターとして若い女性が出てきて、最初誰?と思ったが、坂本龍一、矢野顕子の娘さんではないですか。
 矢野顕子が前夫と離婚して坂本龍一と結婚するとき、芸能マスコミのかっこうの餌食になった。矢野顕子は妊娠していたのだが、坂本龍一ではなく、前夫の子になるとか云々騒がれたのだ。
 今、調べたら、300日問題というものだった。女性が離婚後、300日以内に生まれた子どもは前夫の子と法律上は推定される。女性には、離婚後6ヶ月は結婚できない制度もある。父親の混同をさけるためだそうだ。坂本龍一と矢野顕子の結婚にはこの問題があったのだろう。そんな騒動の中で生まれた子がこんな大きくなったのか! なんか親戚のおじさんになった気分だった。

 この兄弟デュオも昔から名前を拝見しているのに、楽曲をきちんと聴いたことがない。いわゆる湘南系のおしゃれな音楽だから個人的に馴染まない。湘南ボーイなんて! と田舎もんは思うわけです。
 TVの歌番組では何度か観ている。この前(といってももうずいぶん前か)は「小室等の新音楽夜話」で観た。いつも思う。お兄さんはなぜギターを弾かないのか。
 グループ名を日本語に訳すと〈バターつきパン〉。これ、高校のころ。ラジオで2人を紹介する際に番組のパーソナリティが言っていた。なぜかそれだけははっきり覚えている。

  あの頃のまま/Monday Morning


●コシミハル(プレゼンター:岩沢幸矢)

 そのまま、ブレッド&バターのお兄さんがプレゼンターだ。コシミハルについて「よくわかない」と評していた。

 越美晴はいつからコシミハルになったのか。デビュー当時はとても賑やかな弾けた女の子というイメージを持っていたのが、ステージに登場したコシミハルはともて小さく華奢な女性。特におしゃべりをするでもなく、歌い終わるとそっとソデに消えていった。
 ウィキペディアによると、石川セリが武満徹の楽曲を集めたアルバムを作った際、「燃える秋」の編曲を担当したコシミハルに対して、武満徹は「天才だ」と評価したとか。
 「燃える秋」は同名映画の主題歌でハイ・ファイ・セットが歌っていた。この曲、村井邦彦作曲「悪魔の手毬唄」のテーマ曲とそっくりなんですよねぇ。出だしのところが。
 「La Vie en rose」はエディット・ピアフの曲。邦題は「バラ色の人生」だ。

  La Vie en rose


 この項続く




 
 1日の朝、神保町の古本屋まつりに出かける前に、最近できたばかりのモスバーガーに寄った。
 朝モスなるハンバーガーとドリンクのセットがあったので注文した。セットはA、B、Cの3種類ある。Aが410円、BとCが430円。
 応対したのは、たぶん高校生の男の子。
「えーと、朝モスください」
「かしこまりました」
「Cで、コーヒーを」
「合計で1,090円になります」
「はあ?!」
 手違いでAセットとCセットを打ってしまったらしい。Aセットを削除してもらった。
「680円になります」
「……セット料金で430円でしょう?」
「はい」
「だから、ドリンクはコーヒーなんだけど」
「朝モスとコーヒーは別料金になります」
「!? ドリンク(の選択肢)にはコーヒーは含まれないの?」
「……はい」
「じゃあ、何が注文できるの?」
「……ええと」
 気が短い奴なら「お前じゃ話にならん、他の店員を呼べ」って怒鳴られるよ、高校生くん。でも私は平気。もう一度説明しようとしたら、隣の女性店員(年齢的にはあまり変わらないと思う)が変わってくれた。
 Cセットでコーヒーと言うと「かしこました」とすぐに対応、ことなきを得た。
 高校生くんは朝モスがセットだと理解していなかったのではないか。だから朝モスとコーヒーは別料金だなんていえるのかも。


 電車に乗る。ドア付近で怒鳴り声が聞こえた。すわっ、喧嘩かと声のする方を見ると、30代と思える男が天井の方を見ながら吠えていた。
「ああ、頭の中の人と話をしているのね」
 たまに電車で見かける。
 席に座ってバッグから文庫本をとりだして読み始めた。一昨日買った「談志が死んだ」(立川談四楼/新潮文庫)。
 しかし、ときどき発せられる大声で集中できない。あの頭の中の人と会話している男が、普通に会話している分には気にならないのだが、喧嘩しているから厄介なのだ。
 頭の中の人が男になんだかんだとちょっかいだしているらしく、言葉の乱暴なことといったらない。
「静かにしろ!」「あっち行け!」「バーカ」「うるせぇな」
 声がするたびに反応してしまう。
 この喧嘩いつまでも続くのだろうか。もしかしてずっと?
 王子駅で降りた。

 実は、頭の中に人と話すというのは僕自身にもある。特に鬱がひどいとき。それこそ討論して(心の中で)、ときたま本当に声にだしてしまう。一人だったらいいけれど、街中だととんでもなく恥ずかしい。
 土日のみ引きこもりだった3年間、何度一人で叫んだことか。
 そんな僕に電車の中で大声だす男性に対してアレコレ言う資格はない。





2015/09/27

 「ALFA MUSIC LIVE」(渋谷Bunkamuraオーチャードホール)

 その3から続く

●雪村いづみ(プレゼンター:服部克久)

 服部克久が名アレンジャーであることを認識したのは紙ふうせんのファーストアルバム「またふたりになったね」だった。とてもシンプルで素朴な編曲なのだが、逆にそこが琴線に触れる。何度も聴いているとその良さがわかるというもの。
 ハイ・ファイ・セットのファーストアルバムも手がけていたのか。
 70年代はフジテレビ「ミュージック・フェア」をよく観た。演歌も聞けた。編曲担当の服部克久と前田憲男の功績だろう。

 挨拶の冒頭で久しぶりに会って誰だかわからなかった人って後藤さんのことだろうか。まあ、いいや。
 スーパー・ジェネレーションと言うので「ああ、あのライブアルバムか」と思った。東芝EMI所属のアーティストが多数出演して、その中に赤い鳥がいた……違った。あれはラブ・ジェネレーションだった。
 雪村いずみが服部良一の名曲の数々をキャラメル・ママ(松任谷正隆、鈴木茂、細野晴臣、林立夫)の演奏でレコーディングしたアルバム「スーパー・ジェネレイション」。1974年にコロムビアレコードからリリースされている。このアルバムのことは全然知らなかったが、アレンジが服部克久なのだろう。
 これまでキャラメル・ママとティン・パン・アレーの関係がわからず、今回初めてネットで調べてみた。同じなのか。
 今宵はティン・パン・アレーをバックに雪村いずみが熱唱したのだが、年齢を感じさせない歌声の迫力は紙ふうせん、合田道人と共演している「青春の歌声コンサート」でお馴染みだ。
 最後、バックの演奏と合わず、「間違えちゃったよ」と舌をだしたのはかわいかった。

  蘇州夜曲/東京ブギウギ



●荒井由実(プレゼンター:野宮真貴)

 野宮真貴って誰? ピチカート・ファイブのヴォーカル。ピチカート・ファイブの名前、聞いたこと(目にしたこと)はあるけれど、ごめんなさい、よく知りません。

 ティン・パン・アレーを従えて登場したユーミンは黒のパンツスーツ、黒のハット。プレゼンターのときとはまるで印象が違う。ちなみにこのあとも何度か舞台に出てくるのだが、そのたびに衣装が違うのだから、さすがアルファを代表する歌姫!

 中学時代バンドを作って六文銭や岡林信康を盛んにコピーしていた友人(この友人が自宅で赤い鳥の「スタジオライブ」を聴かせてくれた)がよく言っていたのが、「荒井由実はファーストアルバム『ひこうき雲』が一番良かった」
 恥ずかしい話だが、僕はきちんと「ひこうき雲」を聴いたことがなかった。だから宮崎駿監督の「風立ちぬ」の主題歌はとても新鮮だった。その後YouTube でよく聴くようになるのだが、ラストのベース音が赤い鳥だった。「書簡集」にこんな音があったなあ、と。
 大学時代、クラスメートが運転するクルマで夜中にドライブしたことがある。中央高速を走って、本当に左右に競馬場とビール工場が見えて感激した。
 今年になって日刊ゲンダイだったか、声の衰えを指摘した記事を読んだことがある。全然そんなことはなかった。

  ひこうき雲/中央フリーウェイ


●小坂忠(プレゼンター:細野晴臣)

 プレゼンターの細野晴臣の経歴がすごいと思う。70年代ははっぴいえんど、キャラメル・ママ(ティン・パン・アレー)で活躍、ソロ活動のあとイエロー・マジック・オーケストラで世界に進出するのだ。
 ハイ・ファイ・セットの名付け親でもある。

 小坂忠と細野晴臣は、その昔、バンドを組んでいたという。はっぴいえんどの前のことである。バンド解散後、小坂忠はミュージカル「ヘアー」に出演する。アルファと「ヘアー」とは何か関係があるのだろうか。
 その後、ティン・パン・アレーの演奏でアルバムを制作。確かに小坂忠を紹介するのは細野晴臣がふさわしい。

  ほうろう/機関車


 続いて登場したのは桑原茂一。プレゼンターとしてアーティストを紹介するのではなく、スネークマンショーの思い出話をするために。
 そこで初めて気がつく。スネークマンショーってアルファだったのか! TBSラジオの番組はよく聴いていた。出演は小林克也と伊武雅之と名乗っていた伊武雅刀。とんでもなく面白かった、という記憶ある。
 ある種の冗談音楽だったのだろうか。
 で、もしかして「タモリの戦後日本歌謡史」もアルファだったのかと疑問が生じて、調べてみたらやはりそうだった。
 著作権の関係でアルバム発売が中止になって、中止になったことに対して有識者からかなり批判があった。ただ一人(でもないだろうが)、小林信彦が「つまらないものはつまらない!」と「タモリの戦後日本歌謡史」を持ち上げる風潮を批判していた。
 僕自身はラジオで歌のいくつかを聴いて大笑いしていた。
 そうか、アルファレコードだったのか。
 なぜか、ダウンタウンのコント番組に喜々として出演した坂本龍一の顔が思い浮かんだ。


 この項続く




 告知です。

 今週末、船堀映画祭が開催されます。

 主催者にシネマDEりんりんのメンバーがいるので、2回めから通いだしました。「シネりん」枠の上映作品もあります。第2回は「あぜみちジャンピン」、第3回は「四季 ~うつりゆくものたち~」でした。

 新しい「時をかける少女」も上映されました。東北大震災を取材したドキュメンタリー「大津波のあとに」も。

 今では劇場で観ることができない古い作品も上映されます。「ツィゴイネルワイゼン」(その1その2)は鈴木清順監督のトークショーつき。場内満席で立ち見でした(正確には通路座り見?)。

 4回~6回はこちらの精神状態で土日は自宅引きこもりだったため参加しませんでした。
 7回めの今年は「おかしな奴」(沢島忠監督)、「吹けば飛ぶよな男だが」(山田洋次監督)を観ようと思っていましたが、ひょんなことから、映画祭を手伝うことになりました。スタッフの一員として二日間会場におります。

 映画祭後にはスタッフ、ゲスト(?)、お客さん有志で打ち上げもあります。
 土日、お暇な方、映画が好きな方はぜひ観に来てください。
 当日券は700円ですから、やっぱりスクリーンで鑑賞する映画はいいですよ!

     ◇

 「第7回 船堀映画祭」

 ●開催日:2015年11月7日(土)・8日(日)
 ●時 間:10:00~21:00頃
 ●会 場:タワーホール船堀

 船堀映画祭のサイトはこちら




 神保町古本まつりは今日が最終日だった。
 昨日と今日の成果物は……。

 「不忠臣蔵」(井上ひさし/集英社文庫)
 「フランケンシュタインの子供」(メアリー・シェリー・ラヴクラフト・ヴォガネット他 風間賢二 編/角川ホラー文庫)

 古本まつり、今年初めて参加したのだが、すごいお祭りだわ。楽しい。

     * * *

2015/09/27

 「ALFA MUSIC LIVE」(渋谷Bunkamuraオーチャードホール)

 前々項から続く

 以下原則敬称略です。

 ●加橋かつみ(プレゼンター:松任谷由実)

 プレゼンターのトップはユーミン。高価なドレスが目にまぶしい。アルファと最初に作家契約を結んだことを初めて知った。まだ高校生だったとか。楽曲を提供したのが、元タイガースの加橋かつみ。   
 小学2年のとき、タイガースの「モナリザの微笑」から歌謡曲に興味を持つようになった。ギターを弾きながら「花の首飾り」を歌う加橋かつみが大好きだった。僕にとってタイガースはジュリーではなくトッポだったのだ。だからトッポがタイガースを脱退するととたんに興味がなくなって、テンプターズファンになるのだ。ヴォーカルのショーケンがハーモニカを吹くのがかっこよくて。
 「ザ・タイガース 世界はボクらを待っていた」を読むと、トッポが〈キャンティ〉文化にどっぷり漬かっていたことがわかる。川添ファミリー→村井邦彦→パリというルートだったのか。
 「愛は突然に」がユーミンの作曲(詞は本人)。
 客席には応援でサリー(岸辺修三→一徳)が来ていた。トッポの呼びかけに「2階にいるよ!」。

  愛は突然に/花の世界


 ●赤い鳥/紙ふうせん(プレゼンター:吉田美奈子)

 幕前、ステージ下手の吉田美奈子が赤い鳥を紹介すると、幕が開くことなく、上手から平山泰代・後藤悦治郎が登場して中央で自己紹介。後藤さんのギターのみの演奏で「竹田の子守唄」を歌うとそのままソデに引っ込んでしまった。
 その間、自己紹介以外のおしゃべりはなし。その姿が実に何ともかっこよかった。とにかくアコースティックギター1本だけの演奏で聴かせてしまうのである。自分たちの歌に対する姿勢を見事に主張していた。

 村井邦彦は「ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト」で赤い鳥を聴いたとき「竹田の子守唄」の楽曲そのものにはあまり感銘を受けなかったのかもしれない。でなければ、「人生」なんて歌ができるわけがないのだ。
 そもそもファーストアルバム「FLY WITH THE RED BIRDS」にはなぜ「黒い雨」「人生」が収録されたのか。しゃれた英語詞ばかりの楽曲の中にあって、あの2曲は浮いている。そして「人生」という「竹田の子守唄」の替え歌。アレンジはいいのだけれど、あの詞にがっがりしてしまう。
 後藤さんはレコーディングしている英国から村井さんに国際電話したという。思い入れのある伝承歌に何ていう処置をしてくれたのか! 「人生」はレコードだけの歌で、ステージでは一度も披露されたことはなかったのではないか?

 ちなみに赤い鳥のウィキペディアには「第三回ヤマハライト・ミュージック・コンテスト」で、〈財津和夫はオフコースを聴いて「負けた」と思い、オフコースの小田和正は赤い鳥を聴いて「負けた」と思ったという。〉と書かれているが、赤い鳥はトップに登場しているのだから、二人とも最初から「赤い鳥に負けた!」と思ったのではないか。まあ、どうでもいいことだけど。

  竹田の子守唄


 ●ガロ/大野真澄(プレゼンター:安藤和津)

 プレゼンターの安藤和津に? 共通項は1969年に日本で公演されたミュージカル「ヘアー」。ガロのメンバーも安藤和津もキャストの一員だったのだ。
 共演者には加橋かつみもいる。これで、ガロと加橋かつみとユーミンがつながった。
 僕がガロを初めて見たのはTBS「ぎんざNOW!」だったか。以前にも書いたが、あのころTVに出演する際、マークとトミーがギター弾いて、ヴォーカルは歌だけだったので、個人的は評価は低かった。タイガースではジュリーよりトッポのように、あのころ、楽器を弾かないミュージシャンはミュージシャンではなかった。歌なんて誰でもうたえるだろう、なんて、今から思うと、とんでもない考えを持っていたのだ、当時の私は。
 ところで、「学生街の喫茶店」の学生街ってどこだろう? お茶ノ水とか神保町とか、そこらへんの風景が頭に浮かぶのだが。

  学生街の喫茶店


 この項続く




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
私家本「僕たちの赤い鳥ものがたり」
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」

神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。遊びにきてください。

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