読書録は翌月に掲載というのが、自分のルールなので、今日中にUPする。
 月10冊、1年で120冊を読了することを目標にしているが、昨年は後半でペースダウン、結局117冊で終わった。なんとか持ち直そうと12月はフルスロットルで頑張ったのだが力及ばず。残念、無念。

 ※レビューが中途半端だけど、あとでフォローします。

     ◇

2015/12/04

 「北のドラマ作り半世紀」(長沼修/北海道新聞社)

 かつて、TVドラマは、どうしてもシナリオライターに目がいってしまい演出家の名前はかすんでしまうことが多かった。連続ドラマなら毎週クレジットを見るから名前を覚えるのだが、単発だとないがしろになってしまう。今は違うが1970年代は自分の中にそんな傾向があった。まさにドラマはシナリオライターのものだったから。フィルム作品だと逆に演出(監督)に目がいったのに。
 日曜劇場のドラマの中で北海道放送(HBC)制作は、シナリオが倉本聰や市川森一のものは率先して観たが、そんなわけで演出家はアウト・オブ・眼中だった。
 「バースディ・カード」を観たのは市川森一・脚本の北海道放送制作だったからで、演出は局ディレクターぐらいの認識でいた。
 だから拙ブログで「バースディ・カード」を取り上げた項に演出した本人からコメントがあったときは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 あわててネットでプロフィールを調べると、本書を上梓していることを知って、すぐにAmazonに注文した次第。
 書店で見つけたら、その場でレジに直行する本だ。そのくらい70年代の北海道放送制作の日曜劇場単発ドラマは魅力的だった。

 ※このまま続けます。


2015/12/06

 「別冊映画秘宝 特撮秘宝vol.2」(洋泉社MOOK/洋泉社)

 Vol.1の表紙がジェットジャガーで今号は宇宙猿人ゴリ。このマイナー志向が良い。
 まずは生誕50周年記念ということでガメラ特集。欲しけれど高価なのでしばらく様子見の「怪獣秘蔵写真集造形師村瀬継蔵」の写真検証が続く。
 ジェットジャガーのスーツアクターが判明してその取材がある。
 亡くなった荒垣輝雄怪獣写真館が目を引く。
 そんなこんなで今号も読みごたえ十分。


2015/12/07

 「最新恐竜映画画報」

 「ジュラシック・ワールド」関連のムックは数多く出版されたがすべて立ち読みで済ませた。
 本書だけは欲しいと思った。
 表紙のデザインが要因。小学生のとき、こういう恐竜事典が欲しくたまらなかった。ある年代(50代!)から上ならわかってもらえると思う。
 少年時代のわくわく感が甦る。

saishinkyouryuueigagahou



2015/12/07

 「川北紘一特撮写真集」(川北紘一、ドリーム・プラネット・ジャパン監修/洋泉社)


2015/12/17

 「上を向いて歌おう 昭和歌謡の自分史」(永六輔・矢崎泰久/飛鳥新社)


2015/12/18

 「レディ・ジョーカー(下)」(高村薫/新潮文庫)


2015/12/20

 「心を奮い立たせる『仁義なき戦い』のセリフ」(山平重樹/双葉新書・双葉社)


2015/12/25

 「歌謡曲が聴こえる」(片岡義男/新潮新書・新潮社)


2015/12/29

 「昭和流行歌スキャンダル」(島野功緒/新人物文庫・新人物往来社)




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 夕景工房にUPした読書レビューにうち、何編かをピックアップして、「レビューの冒険」と題して「夕景工房 小説とあいだに」に収録した。
 ショーケン、「鴨川食堂」で頑張っているので(まだ観ていないが、ツイッターで検索すれば様子はわかる)、その記念に。
 「鴨川食堂」のショーケン、京都弁がひどいらしい。「誘拐報道」でもOKカットでスクリプターから大阪弁がらしくないと指摘されたが、監督は言葉より演技をとってそのまま使った。
 ドラマを観ていないので何とも言えないが、「前略おふくろ様」方式で「鴨川食堂」を作れなかったのか。
 「前略おふくろ様」の主人公サブの故郷は山形。おふくろさんのほか、山形在住の人たちが登場するが、全員標準語で演技していたのである。

     ◇

 一気に読んだ。
 巷間ショーケンが女性遍歴や大麻漬けの日々を告白した暴露本的扱いされているが、きちんと読めばそうでないことがわかる。確かに女性遍歴に関しては何を今さらという気がする。それなりの配慮はされているが、名指しされた女性たちが納得するかどうか。
 なぜ自叙伝を? の答えは決まっている。金だろう、やっぱり。謹慎して何年も仕事をしていなければまとまった収入は必要だ。これまでの生活にけじめをつけ、今後の活動への布石と版元から企画を持ち込まれればよほどのことがない限り「NO」とは言わない。80年代活動を再開したときも大麻事件を振り返った「俺の人生どこかおかしい」(ワニブックス)を上梓しているではないか。
 本書はショーケンが口述した内容を赤坂英一という人が再構成したものだ。らしさを醸しだすためか、文章的にはけっこういい加減なところがある。冒頭は〈である〉調なのが途中で〈です、ます〉調に変わる。人称も、ぼくになったり私になったり。同じセンテンスでぼくと私がでてくるのだから。そんなの校正時にチェックしろよと突っ込みたくなった。まあ、あくまでも口述を尊重したのかもしれない。その結果、インタビューに答えるときの、あのちょっと生真面目なショーケンの声が聞こえてくる作りになっている。活字におけるショーケン節、か。
 興味深い話が時系列的に次々にでてきてぐいぐい読ませる。特に役者に転向してからの作品(ドラマや映画、ライブ)に対するアプローチの仕方を詳細に語っているのは貴重である。時代の証言でもあり、また、皮肉にもなぜ今不遇なのかという回答にもなっている。
 ショーケンについて、「アンドレ・マルロー・ライブ」以降、俳優とか歌手といったカテゴリーで括れない特殊な存在なのだと思うようになった。このライブパフォーマンスでこれまでの役者、歌手の側面が集約され、さらに私生活までをさらけだして、表現することに全身全霊で挑戦している男を見たのだ。アーティストと呼ぶ所以だ。クリエーターに言い換えてもいい。
 ショーケンにとって、演技することも、うたうこと(バックバンドの音を含めて)もすべて一つの線でつながっている。
 そんなの当たり前じゃないかと言われそうだが、演技とヴォーカルではポジションが違う。ドラマや映画には脚本家や演出家がいる。役者は、ある意味キャンバスに塗られる一色の絵の具でしかないのだ。たとえ主役であったとしても。
 もちろんスターと呼ばれる俳優であれば、シナリオや撮影、演出に口をだす。しかし、それは、己がどう作品の中で輝くか、魅力を発揮させられるかいう点でものいいをつけるわけだ。ショーケンは、あくまでも作品という観点でからんでくる。あるときは脚本に、あるときは演出に、共演者に……。
 そのスタンスは実質の役者デビュー作である「約束」から少しも変わっていない。「約束」はシナリオ段階からかかわっているのだ。

 「太陽にほえろ!伝説」(岡田晋吉/日本テレビ放送網)は立ち読みでしか読んだにすぎないが、そこにはどれだけショーケンが番組のフォーマット作りに貢献したかが書かれている。
 本書でも語られている。マカロニのファッションは当然として、今では当たり前のように聞くあのテーマ曲も、プロデューサーに対して音楽に大野克夫、井上堯之の起用を口説いた結果である。殉職という形での降板。それも立ちションして殺される惨めさ、あっけなさ。最後のひとこと「かあちゃん、……あっついなあ……」。
 時代だったと思う。「太陽にほえろ!」出演時に途中退場して臨んだ「股旅」のラストに影響された結果かもしれない。とはいえ、あんな殉職を考える役者がほかにいただろうか。
「傷だらけの天使」しかり。自身のために企画された作品だから、のめり方は尋常じゃなかっただろう。亨のキャスティング、スタイル、ファッション。タイトルバック。すべてショーケンの発案だ。タイトルバックで最後に牛乳をカメラにむかってぶっかける部分がカットされた真相もわかった。朝食=セックス説は後からでてきたものだとか。
「傷だらけの天使」の某エピソードに、辰巳がかつらをとってスキンヘッドをさらし修や亨を驚かすというくだりがある。実相寺昭雄監督の映画「あさき夢みし」に出演するため頭を剃った辰巳役の岸田森がやくざの親分に謝る際にアドリブで演じ、何も知らなかったキャストやスタッフを本当に驚かさせたという話が伝わっていたが、これも違う。
 岸田森のかつらはスクリプターだけ知っていた。シナリオでは辰巳がやくざの親分にどう責任をとるのかと脅され、指をつめる(!)段取りだったのが、すでに後のシーンを撮影していて指をつめては画がつながらない。スクリプターが工藤栄一監督に耳打ちし、「じゃあ、かつらをとって」と指示した。岸田森は抵抗する。かつらをはずすのは映画の宣伝で行う約束になっているからだ。ショーケンが迫る。
「おれたちと実相寺さんとどっちが大事なの」
「実相寺!」
 さすが岸田さん。しかし、ショーケンにある秘密を握られていて、言うこときかなければばらすと脅されやらざるをえなくなる。
 自分の会社を設立して制作した「祭ばやしが聞こえる」は、TV映画では珍しい35ミリカメラで撮影した。CMと同じレベルの映像にしたかったのがその理由だが、大幅な赤字をだして会社は解散する。

 作品に対するかかわり方はその後も少しも変わらない。
 だからこそ、「透光の樹」降板にまつわるゴタゴタ、恐喝未遂事件騒動の根っこの部分を考えてしまう。
 若いころまわりはすべて年上だった。そんな中にあって、ショーケンの物言いは生意気ととられることはあるものの(実際に生意気だったのだろうし)、若手俳優の中ではトップの人気もあって、さほど周囲との軋轢は生じなかったと思う。
 ところが年月が経ち、スタッフ、キャストが若くなれば、同じ行動をとっても、まわりの捉え方、印象が違ってくる。撮影に際しての狂気とでもいうべき様は一度聞いたことがある。「瀬降り物語」に出演した某俳優さんにインタビューしたとき、雑談の中で「そりゃ、すごかったんだから。怖かったよ」と。
 すぐ下の世代にあたる俳優でもそんな印象を持つのだから、もっと下の世代、特にショーケンを知らない若いスタッフ、俳優たちはどう感じるのか。言うことをきかない、うるさい、怖い……。
 僕自身、似たようなタイプの人とほんの一時だが仕事をしたことがある。某光学撮影のプロダクションでアルバイトしていたときだ。ウルトラシリーズの光学撮影で有名なその方は、普段はやさしいが、ムビオラの前でフィルムを握ると人が変わった。助手への指示の仕方が荒っぽい。怒鳴る、わめく、それでも相手もわからないと手がでそうな感じ。殺気だっていて、直接関係ない僕もそばにいるだけで震えてしまう。逃げ出したくなった。後で、長年一緒に仕事をしてきた方から「あの人はああやって自分を奮い立たせているんだ」と言われて、すこしは見方を変えたわけだが。
 現場に入るときからピリピリしている。何かあると声を荒げる。共演女優といがみあうわ、監督、プロデューサーへ文句は言うわ、「何なのこの人?」てな感じ。
 本人にとっては、久々の主演映画であり、自分の一番いいやりかたで現場にハッパをかけたつもりが、逆に反感を買ってしまう。場をなごまそうと冗談でソフトボールを相手にぶつけたつもりが、相手にしてみれば砲丸だった、なんていう価値観の違い。「透光の樹」は、まさにそんな状況だったのではないか。
 まったくの個人的推測だけど。
 本書では、映画製作に対する基本的姿勢の違いと語っている。ホン読みやリハーサルを相手役女優が面倒臭がり、監督、スタッフが説得できなかった、と。

 長年抱いていたいくつかの疑問も解消させてくれた。
「影武者」がカンヌでグランプリを獲った当時、小林信彦が「キネマ旬報」に連載していたコラムにこう書いていた(集英社「地獄の観光船」→ちくま文庫「コラムは踊る」に所収)。
     ▽
 リポーターなる人種は、あれは、黒澤明と勝新太郎が感情的にケンカした、といったことではない、と気がつかないのだろうか。ぼくの耳に入っているのは、まるで違う話だ。
     △
 この〈違う話〉をショーケンの立場から知ることができたのだ。勝新太郎が自分の演技をチェックするためビデオに録画して、それを黒澤監督が咎めた、といったところから発展したわけではないことだけはわかる。
「ブラック・レイン」の製作に至る過程もこれまで考えていたこととまったく違った。
 もともとこの映画はマイケル・ダグラスと高倉健の主演は決まっていて、その他の日本側のキャストをオーディションで選んだと思っていた。ところが、当初高倉健の役は勝新太郎、松田優作の役はショーケンにオファーが来ていて、大阪ではなく東京で撮影する予定だったという。名だたる俳優たちがオーディションを受けた話が当時スポーツ新聞に掲載された。そこには松田優作のほか、根津甚八、小林薫、萩原健一の名があったのをはっきり覚えている。
 だから、週刊文春で「ブラック・レイン」に触れたくだりはマユツバものと感じたのだ。が、高倉健の役は当初市という名で、アル中の酔いどれデカというキャラクター、そこには座等市のイメージが投影されていること、ショーケンに話をもってきたプロデューサーとして西岡善信の名がでてきて、ショーケンの話を鵜呑みにはできないものの、かなり信憑性があることがわかった。予定どおりならマイケル・ダグラス、トム・クルーズ、勝新太郎、ショーケン、そして藤山寛美が共演する映画だったのだ。
 東京(歌舞伎町)での撮影に都の許可が降りず、その他、いろいろ問題もあって、クランクインが遅れに遅れた。ここでも「影武者」に続いて勝新太郎の〈煮えきれなさ〉がでてくる。
 西(大阪やハリウッド)での撮影にショーケンがまわりから「撮影に行くな」と言われたのは本当なのか。「死んでしまう」というのが、その理由だった。結局「226」の撮影のため、降りてしまうわけだが、オーディションで役を引き当てた松田優作は完成後、癌で死んでしまう……。

 ドンジャン・ロックンロール・バンドがどのように結成されたかというくだりも興味深い。
 なぜ、ツインドラムなのか。それがわかった。
「ドンジャンライブ」を聴いたとき、バックバンドのテクニック、特にギターの音にしびれた。当時、速水清司だとばかり思っていたギターはもしかしたら石間秀機だったのかもしれない。
 ドンジャンにおけるこの二人の関係に言及しているところ。速水清司が脱退した理由。ああなるほどと思える。
 このドンジャン・ロックンロール・バンドが解散して、そのまま沢田研二のバックバンドCO-CoLOになる。へぇ、そういう関係だったのか。ショーケンの「このバンド、沢田には使いこなせないな」という思いはよくわかる。バンドにおけるヴォーカルの立ち位置について語っている。つまりショーケンは自分をバンドの一員として考えているが、ジュリーにとってはあくまでもバックバンドはバックバンドであると。
 ショーケンがRコンサートの後、なぜ13年間もうたわなかったのか、アンドレ・マルローの面々が集まった中、なぜ井上堯之がゲスト出演しただったのか、そこからへんも語っている。そこから現在、井上バンドに速水清司が入っていないのか、なんとかなくわかる。
 間違えてほしくないのは、あくまでもすべての事象をショーケンの立場、視線で語っている点である。客観性はない。自分はこうだと思っていたことが別の人にとってはまったく違っていたなんてことはよくある。「傷だらけの天使」の項で市川森一の発言にショーケンが異論を述べているように、その作品に参加した人数分の見方、考え方、意見があると思う。
 本書を読んでいて思った。もし、80年代にショーケンの大麻が公にならなかったら、そのまま見過ごされて逮捕に至らなかったら。ショーケンはどうなっていたのだろうか。
 僕はショーケンが大麻に手を出したのは「影武者」に参加する前後あたりからと推測していた。感性でさまざまな役を演じ(ただけでないことは本書を読めばわかるのだが)ていたショーケンが、30歳を迎えるにあたって、演技の壁にぶつかっていたのではないか、と。歌手活動を再開したのは、そんなフラストレーションの解消の一つで、同時に芸能界に蔓延している大麻に走ったのでは?
 同じことは松田優作にも言えた。アクション俳優から役者への脱皮。それは「野獣死すべし」以降から感じられた。
 ショーケンや松田優作と比べるのは恐れ多いが、僕自身だって、30歳になるときはジタバタしたのだから。全然次元が違うけれど。

 話を戻す。
 ショーケンの場合、「傷だらけの天使」のときからと知って、少々ショックを受けた。同時に怖くなった。ある思いが頭をよぎったのだ。
 あのとき大麻で逮捕されなかったら、そのままヤク漬けになって、ある日突然死していたのだではないかと。そうなれば、ショーケンの存在は伝説になって、永遠に輝いたかもしれない。海の向こうのジェームス・ディーンのように、日活黄金時代の赤木圭一郎のように。「ブラックレイン」の後、久しぶりに村川透監督と組んで、スペシャルドラマに主演、以前のフィールドに帰ってきたんだと安堵させて、あの世に旅立ってしまった松田優作のように。70年代を体現した俳優として。
 しかし、そんなことを僕は望んでいない。ショーケンにはとことん自分をさらけだしながら、ずっとアーティストでいてほしい。
 ショーケンは3回地獄を見たという。最初はテンプターズ時代、事務所主導でまったく思い通りの音楽活動ができなかった。次が大麻による逮捕、謹慎。そして今回の恐喝未遂による謹慎。
 考えてみると、ショーケンって一つ事件を起こすと立て続けに悪いことが続く。大麻のときも今回もその後に交通事故と離婚に見舞われた。交通事故は仕方ないとしても、本当は一番側にいて自分をささえていてほしい奥さんに愛想をつかされるというのが、ショーケンの性格を表している。
 それはともかく、最初は例外として、同じ地獄といっても、今回が一番身に堪えたのではないだろうか?
 大麻のときはどれだけ激しいバッシングがあったとしても、まだ30代、やり直せる気力や体力は充分あった。実際見事に甦った。ところが今回は50代半ば。これはきつい。心配したのはここなのだ。このまま引退(同様の状況)になってしまったら、いったいどうしたらいいんだ? もっと悪いことも頭をよぎった。

 ショーケン、そんな軟な男ではなかった。
 本書でも語っている。最近、同世代の友人知人が癌で亡くなっている。
 恐喝未遂事件で判決が下った。離婚。仕事はない。それでも考えは変わらなかった。
     ▽
「じゃあ、癌にかかるのとどっちがいい? あと  何年もない命だと、医者に宣告されるのとどっちがいい?」
 どんなに辛い目に遭っても私は生きていきたい。 
 私の人生には、まだ先がある、そう思った。
     △
 涙がでるほどうれしい言葉。
 ただし、復活にあたって、もう一つのそして最大の懸念がある。ファンなら誰でも感じているあのこと。
 そう、あの声、喉の具合である。もともと、演技の一つである思っていた声の裏返りが、あるときを境に必要ないところでも聞こえるようになってきた。Rコンサートでは、リハーサルで声をつぶしてしまい、本番の7日間ずっと枯れた声で歌唱せざるをえなかったのはその予兆だったのかもしれない。これは俳優生命として致命傷にもなりかねない問題だ。
 声帯の手術をする、とニュースがあった。が、その後フォローがない。ある方に確認したところ、手術で良くなるものではないらしい。だったらいったいどうなるのか。
 この件についての言及がまったくでてこない。一番知りたいことが。
 最後、エピローグで触れられていた。
 なぜ裏返るのか、説明している。治療としては、スチーム式の呼吸器で吸入するほかないのだそうだ。朝1時間、昼1時間、就寝前に1時間。それからうがい薬によるうがいを7回。油断するとまた戻ってしまうという。
     ▽
 逮捕されてからこれまでの時間は、神様が与えてくれた長い療養期間だったのかもしれない。
     △
 何もいうことはない。その日を待つだけだ。
 それから、ああ、自分と同じ考えだ、と思った次の言葉も紹介しておく。
     ▽
 神はいる。仏も存在する。私はそう信じている。ただし、特定の宗教に帰依しているわけじゃない。信仰心は自由だから。私には、私だけの宗教がある。
     △




 というわけで、「mixi失格。」シリーズを再開します。
 もう10年以上経つか、猫も杓子もmixiに夢中だった。僕もその一人。が、あることで嫌気して脱会した。で、書いたことを本にしようとまとめた。いろいろあって(例の引きこもり)諦めた。
 mixiを脱会して、知らないうちにFacebookの天下になった。ツイッターやFBをやっていないと人間ではないような見られ方をする。
 まあ、いいや。
 気が向いたら掲載します。

     ◇

 チクリ 2005/08/08

 もう何年前になるだろう。今は退部してしまったけれど、草野球チームL・J・バスターズがまだ某語学出版社L社の野球部だった頃の話。
 当時僕はL社に出向しており、社員のT監督に誘われてメンバーになった。
 出版社の野球部が加盟している団体の大会がある。毎年大宮の荒川沿いにある出版健保グラウンドでトーナメントが行なわれている。この大会、いろいろ約束ごとがあって、そのひとつにチームのメンバーは社員であることが義務づけられている。
 とはいえ、L社野球部はT監督とO氏以外はすべて外部の人間なのである。出入り業者だとか、その友人だとか。大会に提出するメンバー表は偽装されているわけ。それで特に問題になったことはない。
 その日、対戦したのは某出版社、仮にA社としておく。このA社に知り合いのB氏がいた。当時、僕はS社の社員でS社から子会社のL社に出向していたのだが、その前は出版社のT書房に在籍していた。B氏は元T書房の社員だった。T書房はその後倒産し、そこから二人、S氏とK氏がS社にやってきて、L社野球部のメンバーになった。当然B氏とは旧知の仲。二人がL社の社員でないことは知っている。
 つまりA社はこちらのルール違反を事前に察知したわけで、その時点で運営事務局に報告すれば、僕たちのチームは即出場停止処分になる。そこをB氏に確認すると「関係ないですよ」とのこと。さすがA社は懐が深いなんて感激してプレイボールとなった次第。A社が勝利していれば何の問題もなかった。
 ところが接戦に末、結局引き分けになり、大会ルールによってジャンケンで勝敗を決めることに。で、L社が勝ってしまったのだ。
 大喜びでグラウンドの後片付けをしてクラブハウスの更衣室に戻ると、事件が勃発した……


 チクチク 2005/08/10

 ジャンケンとはいえ勝利は勝利。メンバーの喜びようったらなかった。雄叫びをあげ、試合終了の挨拶をした僕たちは次の試合のためにグランドの整備をする。これは勝利チームの義務である。整備は全員というわけでなく、一部の人は先に引き上げた。

 シャワーを浴びて、美酒に酔おう。気分よくクラブハウスにやってきて更衣室に向かうと、中から罵声が聞こえてきた。
 S氏の声だ。
 あわててドアを開けるとS氏とA社の一人が殴りあいの喧嘩をしている! L社の他のメンバーがS氏を取り押さえ、どうにか椅子に座わらせた。
「てめら、卑怯なんだよ、恥を知れ、恥を」
 S氏の声が更衣室にこだまする。
 おいおい、さっきまでの笑顔はどうしたの? 僕にはこの急展開の状況がさっぱり飲み込めない。
 T監督に理由を聞くと試合後A社は事務局にうちのメンバーに助っ人がいることを告げたとのこと。L社の失格が決定したのだと憤懣やるかたない感じ。
 ロッカーの陰に蒼白のB氏がいた。
「(社外のメンバーがいることを)確認したら別に問題ないって言ったじゃないか」
「そうなんですけどね……」
 B氏の口は重い。
 確かに最初は本当に問題なかったようなのだ。A社としてはL社を破ることしか考えていなかったのだから。よもや負けるなんてことはこれっぽっちも頭になかった。ところが試合は引き分け。おまけにジャンケンに負けての敗退だ。
 たぶん引き分けの段階で、L社が勝利をA社に譲ってくれるなんて甘い考えがあったのだと思う。何しろ規則違反をして大会に出場しているのだ。それを知りながら試合に応じたのはA社。L社に貸しがある。にもかかわらずL社はジャンケンに応じ、しかも勝ってしまった。そんなことは社会正義のためにも許せるはずがない。
 で、試合後の告げ口になった。まあ、そんなところだろう。
 出版健保の野球大会に出場できなくなったL社野球部は翌年社の野球部から一草野球チームに衣替え、名称も〈L.J.バスターズ〉となって再スタートを切った。
 

 …明徳義塾甲子園出場辞退の問題を考える 2005/08/10

 長々と野球チームの思い出を綴ったのは、明徳義塾が甲子園大会の出場を辞退したこと、なぜそういう事態になったのか、その内情を知ったからである。選手の不祥事について記した投書が高野連に届いたのは地区大会の優勝が決まった後と聞いて、汚いやり方だと憤ったのだ。
 不祥事を知った時点でなぜ告発しないのか。不可解なのはそこなのだ。
 もし明徳義塾が優勝しなければ匿名の情報提供もなかったのではないか。今回だけは許したるわい、なんていう池乃めだか的判断で。
 優勝するまで告発を待っていたとすると相当タチが悪い。
 昔、映画賞の時期になって、ある映画がノミネートされた。ノミネートされるとある筋から盗作ではないかという告発があった。海外ミステリによく似たストーリーがあるらしいのだ。この件、最終的に問題なくその映画は映画賞を受賞したのだが、この告発もおかしなものだった。なぜなら映画は半年以上前に公開されているのである。盗作疑惑なんてもっと前に発覚してもいいはずではないか。にもかかわらず映画賞の季節になって指摘されるなんて、あまりにもタイミングが良すぎる。告発者の思惑がわかるというものだ。 
 別に僕は、明徳義塾野球部がかわいそうだ、なんてことを言いたいのではない。喫煙や暴行の実態を知りつつ内部で処理してしまったことは何とも情けない。まるで「フライ、ダディ、フライ」のボクシング部選手を擁する高校みたいだ。甲子園に出場しようがしまいが関係ない。しかし告発者の心情を考えると無性に腹がたつのである。




 1月、2月は角川シネマ新宿で市川崑監督の生誕100年記念映画祭「市川崑 光と影の仕草」があり、可能な限り通おうと考えている。
 特にこれまでビデオ(DVD)でしか観たことがなかった作品は大スクリーンで観賞したい。「鍵」「雪之丞変化」、「炎上」「私は二歳」。
 もちろん、これまで観たことない作品も。「ど根性物語 銭の踊り」「女経」「日本橋」。
 「犬神家の一族」、「悪魔の手毬唄」はもう一度劇場で押えておきたいし(「犬神家の一族」はすでに観賞)。

 お正月映画第2弾も観たいものがいっぱいある。「白鯨との戦い」「ザ・ウォーク」「の・ようなもの のようなもの」等々。

 どうしたらいいのか……。

     ◇

2016/01/14

 「完全なるチェックメイト」(TOHOシネマズ シャンテ)

 仕事が忙しくて試写に行けなかったが誘ってくれたKさんには公開されたら劇場で観ると伝えた。
 TOHOシネマズ割引デーでやっと観賞。

 チェスができない。ルールがわからないのだ。にもかかわらずチェスの映画と聞いて「観たい!」と思った。「相棒」でもたまに出てくるが、チェスのシーンはけっこう職人フェチ魂を刺激してくれるのだ。

 実在の天才チェスプレイヤーの伝記映画で、1960年代から1970年代が描かれる。
 主人公のボビー・フィッシャーに扮するのはトビー・スパイダーマン・マグワイアだが、青年になる前に小学生、中学生と二人の子役が演じている。この変化が実に自然なのだ。アメリカ映画はこういうところが巧い。

 また、60年代、70年代のファッションの変遷がネクタイの幅で表現されている。以前にもどこかで書いたと思うが個人的には70年代に強い愛着を持っている。とはいえ、ファッションは絶対60年代だ。スタイリッシュでかっこいい。
 チェスを知らなくてもクライマックスの対戦には緊張する。

 チェスプレイヤーには変人が多いのだろうか。まあ、右京さんがそうだからな。

 
 映画の内容とは全然関係ない話。
 本編が始まる前にCMや予告編がある。その間にあるのが映画泥棒のCMだった。どこの劇場もそうだからそういう認識でいたわけだ。
 ところがTOHOシネマズ新宿ではまず最初に流れるのが「映画泥棒」なのである。新宿だけ特殊なのかと思っていたら、シャンテも同じになっていた。ということは日劇もそうなのか?

 このまま「ピンクとグレー」を書きたいのだが、この項続くということで。




2015/10/10

 「新宿 フォークソングが流れる街」(新宿文化センター 大ホール)

 その1より続く

 コンサート開催を知ってFCのWさんを誘った。Kさんはその前から携帯が音信不通だし、Cさんは職場が東北の某所で無理だろうし。ほかはたぶん断られるだろうと思って連絡せず。

 Wさんとは僕がFCに入会してからずっとつきあっている。最初の出会いはWさんからの一通のハガキ。紙ふうせんが某TV番組に出演することを知らせる内容だった。それからというもの、コンサート、ライブにはほとんど一緒に行っている。Wさん、六甲オリエンタルホテルで毎年開催されていた「クリスマスコンサート」は皆勤賞だった。還暦を過ぎたあたりからお休みが増えているけれど。

 このコンサートの前週には「紙ふうせんリサイタル Vol.10」(シリーズファイナル)が開催される。一週間前に紙ふうせんライブは十分堪能しているか(はず)だから、このコンサートでは特に良い席でなくてもいい、と考えて2階席にしようと提案した。1階席より料金が1,000円安い。このころは「ALFA MUSIC LIVE」に行くつもりだから、なるだけ出費を抑えたいと考えてのこと。
 司会のなぎら健壱が小ホールで開催するフォーク講座のようなイベントもあって、販売窓口の方に勧められたのが買わなかった(後悔するのだが)。

 8月の某日、予約したチケットを購入するために新宿文化センターへ出かけた。席を選ぶ段になって驚いた。ほとんど空いているのだ。
 2階席の一番前、まん真ん中をゲットできたのはうれしいがこれはどういうわけか。個人的にはとても貴重なコンサートと思っていた。ちょっと信じられなかった。
 「ALFA MUSIC LIVE」なんて発売初日の午前中に完売したというのに
 このチケットの売れなさ具合は、開催直前まで続く。
 開催直前にチケットを購入した人がツイッターでつぶやいていた。空席がかなりあったと。

 そういえば、もう何年も前のこと、東京厚生年金会館で紙ふうせんやトワ・エ・モアほか往年のフォーク歌手(グループ)が出演するコンサートがあった。楽しみにしていたが、中止になってしまった。チケットが売れなかったのだろう。
 中止にならなかっただけでも良しとしようではないか。

 この項続く




 シネりんメンバーI氏が手がけるイベントを手伝うことになった。
 先週の土曜日、1月16日のこと。
 会場は高円寺駅から歩いて5、6分のところにある「座・高円寺」。
 今回のイベントで初めて知ったホールで、キャパシティーを考えると、ずいぶん前から計画している朗読会(+ライブ)に適している。こりゃラッキー!ってんで、ボランティアスタッフに立候補した次第。

 イベントは二部に分かれる。といっても一部と二部は何の関連性もない。

 ●第1部(13:00-14:30)

 「今だから話せる拉致問題と北朝鮮の真実」

 パネラーは上手から椎野礼仁(司会)、鈴木邦男、蓮池透、原渕勝仁、の各氏。

 このシンポジウムを企画したのは原渕さんだ。数年前に北朝鮮に行き、よど号犯人たちと会っている。その模様は某ニュース番組で放送された。
 I氏の歌謡ショーのため1日押さえたホールの昼間、リハーサル前が空いている。だったらそれを使って拉致問題のシンポジウムをやりたい、と原渕さんが企画した。

 司会も兼ねる椎野さんは編集者。最近「テレビに映る北朝鮮の98%は嘘である」という新書を上梓した。編集者としたが出版プロデューサーという方がわかりやすかもしれない。
 名前は〈レーニン〉と読む。「ペンネームですか?」と訊ねると本名だって。弟さんは須田林、なんてことはない。

 鈴木さんは新右翼「一水会」の元顧問。現在は文筆家として活躍しており、名前はメディアでよく目にしている。

 蓮池さんは昨年暮れに、「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々」(講談社)を上梓した。元「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)元副代表。前述の本を編集したのは椎野さんだ。

 僕は受付と映像出しを担当。

 楽屋で椎野さんたちと談笑する蓮池さん。
 マキタスポーツがライザップに挑戦、ダイエットに成功してかっこよくなった感じ、かな。
 シンポジウム後、本の販売とサイン会。国会で安倍首相を怒らせたという本はあっという間に売り切れた。

 談四楼師匠が前日のツイッターで取り上げている。
     ▽
蓮池透氏の著書・拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々・は煽るタイトルだ。話題になるよう強くしたとのことだが、蓮池氏がフェアだと思うのは、冷血な面々には私も含まれると言ってることだ。氏は洗いざらい書いたとするが、安倍総理はそれを全否定した。いっそ国会で対決したらどうか。
     △


 ●第2部(18:30~21:00)

 「GNC inc NEW YEAR LIVE 2016」

 GNCはIさんの会社。Iさん、芸能事務所の社長だったの?!
 出演者は、原めぐみ、里見☆しのぶ、フーテンの小寅、三東ルシア、氏神一番、雷音(RAION) 三線・根岸和寿
 司会は二井康雄とアコ(元アパッチ)の二人。

 こちらは受付を担当。

live160116




 談四楼師匠のツイッター、毎日お昼に3本UPされるつぶやき(僕は勝手にショートショートショートエッセイと呼んでいる)、本日の1本がこうだった。

     ▽
昔の映画を観ていて、亡くなった出演者を数えることがある。森繁の喜劇・駅前茶釜の時だった。ゲ、生きてる人が誰もいない。いや、たった一人いた。アイドル時代の中尾ミエだ。可愛いベイビィって、昭和37年頃だろう。当の森繁、桂樹、大介、のり平、伴淳、フランキー堺と、今や皆あの世の人なのだ。
     △

 先週の16日(土)から角川シネマ新宿で始まった「市川崑 光と影の仕草」にはできるだけ足を運ぼうと思っている。
 一昨日の「ぼんち」に続いて観た今日の最終上映(19時)作品は「犬神家の一族」。もちろん1976年公開のオリジナル版だ。

 観ながら師匠のツイッターが頭をよぎった。
 この映画だって、出演者のほとんどが亡くなっているのだ。
 三姉妹の長女、次女の二人、高峰三枝子、三条美紀、三条美紀の夫役・金田龍之介、息子役・地井武男、三女の夫役・小林昭二、弁護士の小沢栄太郎、神官・大滝秀治、警察署長・加藤武、宿の主人・三木のり平、お琴の師匠・岸田今日子、犬神佐兵衛・三国連太郎……出演者の中で一番若いであろう坂口良子(ホテルの女中)でさえもういないのだから。涙がでて仕方なかった。
 石坂浩二、草笛光子、辻萬長……生きている人は数えるばかりだ。

 当たり前だが皆若い。
 たぶん、今の僕より年齢は下だと思う。大滝秀治、小沢栄太郎だって。怖いから調べないけれど。
  
 えっ、青沼菊乃って佳那晃子だったのか! 全然知らなかった。

 今さら気づいたことがもう一つある。
 大野雄二の音楽のこと。主題曲「愛のバラード」は有名であるが、それ以外の劇伴といわれる音楽はほとんどメロディーではないのだ。音楽用語に疎いから何て書いたらいいのかわからないが、つまり、通常なら主題曲が「愛のバラード」だとすると、「金田一のテーマ」(これは冒頭の金田一が那須の街を歩いてくるショットに流れる、主題曲以外ではまあメロディアスである)、「犬神家のテーマ」「珠代のテーマ」等、それなりのBGMとして聴ける楽曲があるはずなのだが。

 場内が明るくなってからの隣の若いカップルの会話が聞こえてきた。
「あたし、この映画初めて観たんだけど、今のミステリードラマのすべてがつまってるね」

 映画についてのあれこれはすでに書いているので『新旧「犬神家の一族」のあいだに』をどうぞ。


 【おまけ】
 1976年 秋だった
 1976年 秋だった その2




  元日に「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」を観たことは記したがその後の観賞を簡単に書いておく。

 年末年始休暇の最終日、1月4日(月)に地元シネコンにて「杉原千畝 スギハラチウネ」観賞。

 日本のシンドラー、杉原千畝の存在を知ったのは90年代に日本テレビの情報番組「知っているつもり?!」で取り上げられてから。その回は観ていなかったので、詳しくは知らないのだが、日本にもユダヤ人の命を救った勇敢な人がいたんだくらいの認識でいた。
 映画を観て驚いた。杉原千畝は政府(外務省)の意向を無視して、勝手にユダヤ人のビザを発行していたのだ。その結果、戦後長い間、杉原千畝の名前は外務省から抹殺されていた。
 名誉が回復したのが80年代。ああ、だから「知っているつもり?!」で取り上げられたのかと今頃になって合点がいった。

 それにしても……。
 東京大空襲の作戦指導者ルメイ将軍は戦後日本政府に表彰された。対して多くのユダヤ人の生命を救った杉原千畝(の名前)は抹殺……どういう理屈なのか。

 映画の後半、杉原が未来を予測して自論を述べるくだりがある。もちろん正論である(それが現在なのだから)。正論だからこそ疑問が生じた。これは事実なのか否か。事実ならいい。そうではなくて、あくまでもフィクションとして、テーマを明確にするための処置として、現在の感覚から、現在の気持ち、願いを戦時中の人物に仮託して台詞を言わせていたとしたら興ざめだ。

 実話の映画化らしくラストは字幕で締めくくられる。最近の洋画でよく見られる方法だ。その文言に目頭が熱くなった。


 成人の日の11日(月)も、地元シネコンにて「ブリッジ・オブ・スパイ」観賞。

 スピルバーグ監督作品は「インディー・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」以降、「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」「戦火の馬」「リンカーン」の3本が公開されているが、どれも観ていない。観る気がしなかった。スピルバーグ監督、もう撮るべき作品がないのではないか。
 「プライベート・ライアン」は劇場で見逃しビデオで観たのだが、スピルバーグ映画の総決算に思えた。エンタテインメントとシリアス路線の融合として。
 そういえば、その昔、旧スター・ウォーズシリーズがブームを呼んでいたころ、次かその次のシリーズではスピルバーグがメガホンをとるなんて噂があったっけ。本格的怪獣映画なんて撮ってくれないかな。無理か。

 本作はやけに前評判が高くて、期待して観に行った。公開3日目ということもあるのか、かなり客席は埋まっていた。
 感想は、まあ、それなりの面白さ。前半は何度か意識がなくなった。こちらの体調のせいだけれど。スピルバーグ監督作品の中ではかなり地味かも。
 ラスト、ソ連のスパイが主人公に贈りものをするのだが、それが何だかわかるショットでウルウルきてしまった。

 最近アメリカ映画には実話を基にしたものが多い。
 このブーム(?)は企画のネタ切れによるものだろう。

 そのほかは以下のとおり。
 これらの作品についてはまた項を改めて記す。

 14日(木):TOHOシネマズシャンテにて「完全なるチェックメイト」。

 15日(金):TOHOシネマズ新宿にて「ピンクとグレー」。

 17日(日):角川シネマ新宿にて「ぼんち」。

 ちなみに明日(20日・水)は「犬神家の一族」(角川シネマ新宿)、21日(木)は「フレンチアルプスで起きたこと」(早稲田松竹)を観るつもり。                                                                           

                                                                                                                                                                  

          
 SMAPの今後についてメディアが大騒ぎしている。
 解散するにはいい機会じゃないかと思った。なぜこれまで解散しなかったのか、独立しなかったのか不思議でたまらならなかったからだ。
 これはジャニーズ事務所所属の、特にベテランの部類に入るタレント全般にいえることだ。

 1970年代から80年代にかけて、ジャニーズ事務所のアイドルグループは人気を極めるとその後は解散、独立という道が当たり前だった。
 60年代のジャニーズ(現役時代の活躍を知らないが)に始まって、70年代のフォーリーブス、80年代のたのきんトリオ、THE GOOD-BYE、シブがき隊、光GENJI、男闘呼組。
 あおい輝彦や郷ひろみがジャニーズ事務所だったってことを知っている人は少ないのではないか。

 少年隊以降流れが変わった。メンバー3人は現在もジャニーズ事務所所属である。まあ、グループとしての活動はないけれど(と思う)。3人とも事務所の大御所だ。先輩にマッチがいるか。たのきん(田原俊彦、野村義男、近藤真彦)のうち、ただ一人事務所を離脱しなかった。
 SMAPからは完全にグループとしての活動、個人活動と並列させながら長年第一線で活躍している。これはすごい。TOKIO、V6、嵐が後を追っている。

 昔と比べて事務所の方針も変わったのだろう。
 だって、アイドルが夜や朝のニュース番組(ワイドショー)でMCを務めるなんてこと、考えられなかったもの。
 歌謡界(なんて今もあるのか疑問だが、いわゆるレコード業界、コンサート、ライブ業界)とTV、映画の世界を完全に掌握してしまった事務所なら別に他の事務所に移ることもないか。

 男性アイドル専門の事務所から歌手、俳優、キャスター等々、芸能全般を扱う総合芸能事務所へ、それこそ本当に21世紀の渡辺プロダクションになったというわけだ。タレントが辞めない、事務所に対する不服を言わないのはギャラの配分も申し分ないからだろう。
 あるいは子どものころから育てられているから、事務所への忠誠心が他とは断然違っているのかもしれない。

 とはいえ、もっと成長するためにぬるま湯にいてはいけない。
 SMAPの中でそう思える人がキムタクなのだ、本当のところ。
 だから、5人の中でただ一人残留を決めたという報に残念な気持ちがあった。
 そこらへんのことは「武士の一分」のレビューで触れている。

 長い間の下積みがあって、それがこの数年で売れたのならば、事務所としてこれまでの投資金額を回収しようとしていた矢先に独立だ、なんてことであれば、「これまで育ててくれたのだから」という言葉に得心できる。
 でも、SMAP はこの20年あまりトップで活躍していたわけで、事務所だって十分儲けさせてもらったのだから、これを機会に円満独立という道があってもいいと思うのだけど。

 どうでもいいことだけれど、今回の騒動で、一番動揺しているのはキスマイの連中なのではないか?

     ◇

2006/12/22

 「武士の一分」(丸の内ピカデリー)

 このままでキムタクはいいのだろうか? ずいぶん前から思っていた。別にSMAPのファンではないし、ジャニーズなんて昔の渡辺プロみたいで大嫌いだ。にもかかわらず考えてしまう。
 キムタクは本当にこのままでいいのだろうか?

 「anan」が毎年実施している〈好きな男アンケート〉では13年連続のトップ。TVドラマに主演すれば高視聴率で話題を呼ぶ。SMAPとして何曲もヒット曲を持つ。
 タレントとしてならそれでいいかもしれない。中居くんの立ち位置だ。俳優としてはどうだろうか。確かにドラマは高視聴率だ。しかし、10年後、20年後、彼のドラマは語られるだろうか。たとえばショーケンの「傷だらけの天使」、松田優作の「探偵物語」のように。
 たぶん、Noだ。語られるとしても、あくまでも〈高視聴率〉という側面でという注釈がつくと思う。

 俳優としてなら、同じSMAPの草なぎくんの方がずいぶんといい仕事をしている。ジャニーズでいえば岡田准一や長瀬智也に注目している。あと二宮和也。彼らはTV、映画、隔たりなく出演している。個人的に観たくなる作品だ。
 キムタクにこれまで本格的な主演映画がなかった、というのが信じられない。

 香港映画に出演してから事務所も方針を変えたのだろうか。
 山田洋次監督のオファーを受けて、藤沢周平原作の時代劇第三弾「武士の一分」に主演すると知ったときは、やっと〈作品〉作りに取組む気持ちになったのかと思ったものである。
 前評判も上々。かなり期待していた。
 平日の午後、映画館はかなりの混雑だった。年齢層は雑多。けっこう高いか。

 海阪藩の毒見役である三村新之丞(木村拓哉)は妻加世(檀れい)と中間の徳平(笹野高史)と質素に暮らしている30石の下級武士。かわりばえのしない仕事に嫌気がさし、剣の腕を活かした道場を開きたいという夢を持っている。
 ある日、いつものように毒見をした新之丞は激しい腹痛に襲われた。食した貝に猛毒が含まれていたのだ。命はとりとめたものの、高熱で3日間寝込んだ後、意識をとりもどした新之丞は新たな悲劇に見舞われる。失明していたのである。
 盲目では仕事はつとまらない。家名断絶を覚悟した新之丞だったが、藩主の温情により、これまでどおりの生活が保証された。
 妙な噂は、口かさのない叔母(桃井かおり)からもたらされた。加世が見知らぬ男と密会しているというのだ。
 外出した加世の後を徳平につけさせると、果たして用事を終えた加世は傍目を気にしながら茶屋に消えた。少し遅れて藩の番頭、島田(板東三津五郎)が入っていく。
 帰宅した加世を問い詰めると、あっさりと白状した。家禄を失う夫を心配した加世は、叔父叔母たちの勧めもあって、藩の有力者で、子ども時代から顔見知りだった島田に口添えを頼んだ。その代償に加世の身体を求められたというのだ。それも一度ではない。
 すぐさま加世を離縁した新之丞は、島田が実際には藩主に何の口添えもしていないことを知る。新之丞は島田に果し合いを申し出た……。

 観終わっての率直な感想は「それほどのものか?」。スクリーンに登場したのはいつもと変わらないキムタクだった。違いはちょんまげをつけているか否か。冒頭なんて「スマスマ」の寸劇か、なんて突っ込みたくなるほど。
 慣れてくると悪くない。が、全体を通して武士の威厳というか、侍魂は感じられなかった。たとえば、毒見役を誠心誠意つとめているのなら、まだわかる。ところが、仕事が嫌になってふてくされて女房に甘えるような男。それが夫の行く末を案じて、それも自ら望んで抱かれたわけではないというのに、その結果だけで判断して離縁を迫る。気持ちが迫ってこない。
 それに比べて檀れいは見事に下級武士の妻を演じていた。少し汚れた足の裏がリアルだった。中間役の笹野高史もいい。

 確かに映画は丁寧に作られているが、キムタクが主演ということで、スタジオ撮影が中心。開放感がなかった。
 卑怯な手を使って襲ってきた坂東三津五郎を、どうやって斬ることができたのか、わからずじまい。剣の師匠(緒形拳)に極意でも伝授されたのか?
 ラストも甘い。あっさりと離縁した後、また簡単に受け入れてしまうのはどんなものか。その間の妻への想いが、描かれているのなら、まだしも。

 館内が明るくなると左隣の中年夫婦の会話が聞こえてきた。「別に映画館で観る必要はないね」
 前の席の夫婦は、夫が立ち上がりながら言った。「2時間ドラマのようだったな」 
 右隣の老女は途中から涙を流しっぱなしだったのだけど。 
 
 山田監督の時代劇三部作の中では第一作の「たそがれ清兵衛」がダントツにいい。




2015/10/10

 「新宿 フォークソングが流れる街」(新宿文化センター 大ホール)

 新宿の、2丁目から5丁目あたりにかけての地域が熱くなっている。
 僕が不参加だった3年の間にシネりんの会場が歌舞伎町裏リトルコリアンの韓国料理店から竹林閣に変更になった。
 竹林閣は地下鉄「新宿三丁目駅」を出て明治通りを池袋方面に向かって歩いていったところ日清ホールディングスのビルの手前にある。

 談四楼師匠の「オールナイトで談四楼」は本当の深夜寄席。電車がなくなる夜中に始まり懇親会をやりながら朝を迎えるという酔狂な趣向で、会場のCAFE Live Wireも5丁目にある。もうひとつの独演会会場である道楽亭は2丁目だ。どちらもまだ一度も参加したことはないけれど。
 単なる偶然か。偶然だろうなぁ。

 かつて確かに新宿が熱かった時期がある。アングラ文化華やかし頃、1960年代から70年代にかけて、だ。新宿西口広場のフォークゲリラは有名だろう。個人的には活字や写真でしか知らないのだが。
 本コンサートのタイトルはその当時に由来してつけられている、と思う。
 コンサートらしくないところが良い。まるでドキュメンタリー映画のようなタイトルで。

 紙ふうせんが出演するこのコンサートの情報を知ったときに注目したのは共演者の異色さだった。
 友川カズキ、中川五郎、大塚まさじ。
 そのほかになぎら健壱、山崎ハコ。
 もう一人、小野一穂。

 なぎら健壱と紙ふうせんとは90年代はじめに共演している。大晦日、深川座というライブハウスで紙ふうせん(TSU-BA-SAだったか?)の年忘れライブがあって、ゲストがなぎら健壱だったのだ。僕は観ていないが。

 友川カズキ、中川五郎と紙ふうせんの共演はあったのだろうか。
 とにかく異色出演者に興味津々。

folksongganagarerumachi


 この項続く




 大晦日のコミケを手伝ったからではないだろうが、発行人の小山さんから「まぐま」のバックナンバーをいただけることになった。
 名刺代わりになるので、段ボール二箱分。
 その中に「夕景工房 小説と映画のあいだに」があった。
 3年間土日引きこもりになった要因の一つで、もちろん、引きこもりになったのにはもっと大きな要因があるのだが、一つであることは確か。
 で、あるから、段ボール一箱分を廃棄した。制作費をどぶに捨てたようなものだ。
 元気になって、あの行動を悔いた。悔いたけれど、捨てたものは戻ってこない。
 発行人が持っていたのだ。
 即売会で販売しているらしい。
「著者ですか?」
 なんて尋ねられることもあるとか。

 目次はこんな感じ。
     ▽
 はじめに ~今、本当に日本映画は熱いのか?

 Ⅰ. 小説と映画のあいだに
 Ⅱ. こんな映画が観たい
 Ⅲ. 特撮映画に紫煙の薔薇を!
 Ⅳ. ブログの冒険
 Ⅴ. レビューの冒険
    買った!借りた!読んだ!
    観たり聴いたり記したり

 あとがきにかえて ~夢多きあの時代の自分が観たら 『キッド』
     △

 ということで、「買った!借りた!読んだ!」から転載します。
 夕景工房の「買った!借りた!読んだ!」からセレクトしたものです。レビューの形を借りた自分語りあるいはそれに類するものをピックアップしています。

     ◇

 亡くなった母の無念さが去来する
  「和田夏十の本」(谷川俊太郎 編/晶文社)

 和田夏十の名前を知ったのはTV時代劇「市川崑劇場 木枯し紋次郎」の主題歌「誰かが風の中で」の作詞家として。上條恒彦が歌う同主題歌は僕が生れて初めて買ったレコードで思い出深いものがある。
 和田夏十が有名なシナリオライターで、おまけに市川崑監督夫人だなんてことは全く知らなかった。だいたい夏十をどう読むのかもわからなかった。(〈なっと〉と読むのですね。ずっと〈なっとう〉だとばかり思っていた。)
「誰かが風の中で」のあと、市川監督が再度TV時代劇に挑んだ「丹下左膳」でも主題歌を担当している。「誰かが風の中で」と同じく小室等とのコンビによる「かげろうの唄」。小室等自身が歌い、番組自体も主題歌もまったく話題にならなかったけれど、これも僕のお気に入りの歌だ。
 両作品とも女性らしさというものを感じさせない。「誰かが風の中で」は今から思うとハードボイルドの世界だし、「かげろうの唄」は世の無常、刹那を問う哲学的な内容だ。
 本書にも収録されているこの2編の詩からも和田夏十の性を超越した観察眼というか才能を垣間見ることができる。
 本書は和田夏十が生前発表した文章を市川夫妻の盟友・谷川俊太郎がまとめたものである。当初市川監督が自費出版しようとしたものを話を聞いた谷川本人からの申し出で実現したという。少々高いけれど、市川監督のファンであり、常々和田夏十の世界を知りたいと思っていた僕みたいなファンにとってはエッセイ、詩、シナリオ、小説と多岐にわたった作品がジャンル別に並ぶこの本を読めることはとてもありがたい。
 一番興味のあったシナリオは、数年前にレイトショーで話題になった「黒い十人の女たち」と市川崑監督作品の中で特に傑作と名高い「炎上」の2本が収録されている。
 「炎上」は未見だが、シナリオだけでも心動かすものがある。三島由紀夫の小説を確かなタッチで脚色化している。
 エッセイを読むと彼女の内に秘めた気性の激しさというものをひしひしと感じる。巻頭の〈和田夏十というひと〉で谷川俊太郎が彼女の第一印象を一筋縄で行かない人だと評したことも実感できる。
 癌に冒され18年間の闘病生活を送ったということで、その文章には彼女の死生感が色濃くあらわれている。
 最後に収められている私小説のようなエッセイのような「ぬいのこと」は市川家の妻であり母である市川由美子自身の目から見た飼い犬にまつわる思い出がつづられている。重い皮膚病で最後は薬殺された捨犬〈ぬい〉に逢えたことを幸せと語り、そこから自分の病気の話へうつっていく。闘病生活の長さが多くのこと考える時間を与えてくれたという。そして、もし自分がガンにかからなかったら今の私までにもなれなかったと結ぶ。
 本書を読む前に僕の母が死んだ。脳腫瘍切除の12時間に及ぶ大手術で、どうにか命はとりとめたものの、術後の経過がおもわしくなくほとんど寝たきり状態のまま、病院やリハビリセンターを転々としながら20年が経ってしまった。もう長くない、あと2、3日の命と医師に言われてからも1年半も生き長らえ、4日早朝、様態が急変して家族の誰にも看取られないまま淋しく逝ってしまったのだ。
 意識が混濁して思うようにしゃべれなくなった母とはこの5、6年会話らしい会話も交わしたことがなかった。
 20年間にわたる闘病生活の中で、母が何を感じ、何を伝えたかったのか僕には知る由もない。
 しかし、若いころ演劇や文学にいそしんだ母のことだから、考える頭や書く力があったなら、きっと病気や手術のこと、死の恐怖について書いたり、語ったりしたことだと思う。
 和田夏十のやがてやってくるであろう死について冷静に語る文章に接して、20年間何もできず静かに逝ってしまった母の無念さが去来し、胸を締めつけられる思いだった。
 最後をしめくくる市川監督の言葉もその最後の一文で思わず目じりに涙が浮かんだ。同士でありよきパートナーだった夫人に対する愛情にあふれていた。(2000/07/13)




 昨日の朝日新聞(朝刊)、天声人語が「ウルトラセブン/ノンマルトの使者」を取り上げていた。
 どちらが正義で、どちらが悪か分からなくなる。
 の文章から始まって、上原正三氏の言葉「よーく見てごらんなさい。ウルトラマンの顔。怪獣に話しかけていますよ」で終わる。
 聖戦の名のもとでテロという蛮行が続く今がテーマだった。

 見方によって正義と悪が入れ替わることで思い出したのが、クリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」。
 この映画についてはこの前転載した。今度は「父親たちの星条旗」を。

     ◇

2006/11/08

 「父親たちの星条旗」(丸の内ピカデリー)

 クリント・イーストウッド監督が「ミリオンダラー・ベイビー」の後、硫黄島を舞台にした戦争映画を撮るというニュースが流れても何の感慨もわかなかった。
 硫黄島の戦いをアメリカ側、日本側から描く2部作に「どうして?」という疑問がわいた。アメリカ人に日本人の心情なんてわかるものか、と。

 劇場で予告編が流れるようになっても思いは同じだった。だいたいタイトルがよくない。原題をそのままカタカナ表記するタイトルは好きじゃないけれど、「父親たちの星条旗」のタイトルはクサい。というか真面目すぎる。だから反発したくなる。〈父親の〉に戦中派の心情が滲んでいて拒否する気持ちが芽生え、〈星条旗〉で「アメリカ万歳」的雰囲気が感じられる、なんて。
 しかし、小林信彦が「週刊文春」連載の「本音を申せば」でベタ褒めしていて気が変わった。曰く「この映画に比べたら、『地獄の黙示録』の戦争は遊園地みたいなもの」。
 まあ、小林氏はイーストウッド監督作品について、いつも高く評価しているので、とりあえず押えておくか、くらいの気持ちだったが……。
 いい意味で裏切られた。まさしく秀作なのである。

 太平洋戦争末期の硫黄島。摺鉢山頂上に掲げられた星条旗。米軍の兵士によって掲げられようとする、その瞬間を捉えた一枚の写真。
 歴史の教科書等で誰もが一度は見たことがある、有名な写真に隠されたエピソードを描いた映画なのだが、戦争の悲惨さ、非情さ、愚かさが見事にスクリーンに叩きつけられていた。

 すぐに勝負をつけてみせると乗り込んだ戦場で、敵の予想外の反撃にあって右往左往するアメリカ軍。この構図、その後も何度か繰り返されている。ベトナム戦争、ソマリア内戦、そして現在のイラク統治。
 そういえばこの映画に登場する日本兵は「フルメタル・ジャケット」のベトコンのようだ。まるで異形の生き物。戦争で戦う敵とはそういう存在なのだろう。

 写真に写っていたことで、兵士3人が〈英雄〉に仕立て上げられ、政府に利用される様、マスコミに煽られ、アメリカ各地で熱狂的に迎い入れられ、忘れ去られる様は、現在でもよく見られる光景だ。
 そういう意味では、この映画は単純に戦争映画と括れない。普遍性を備えているのだ。キャメラの向こう側(こちら側?)にあるイーストウッドのシニカルな視線を強く感じる映画でもある。

 まったくそれと感じさせないVFXがすごい。
 戦艦から摺鉢山への一斉砲撃のショット。その迫力とリアルさはまさに衝撃もの、だ。
 硫黄島の海岸近くに停泊している無数の戦艦。そのほとんどがCGだと思うが、本物との区別がつかない。摺鉢山の山頂シーンではいつもバックにこの無数の戦艦が写りこむ。移動ショットでも、まるで海に本当に停泊しているかのように存在しているのに驚いてしまった。どんな風に合成しているのだろうか?
 前日だったか、S氏と飲んだ。話の流れから「エースをねらえ!」の、ファンの間で語り草になっている出崎統監督独自のショットになった。手前の人物は正面、バックが俯瞰という構図的にはおかしいにもかかわらずとても印象的なんですよ、とS氏は熱く語る。そのショットについては知らなかったし観たこともないのだが、たぶんこういうことか、と思えるショットが摺鉢山の山頂シーンでお目にかかれる。

 ラストシーンで涙があふれた。静かに、そしてささやかに。




 大晦日はコミケの会場にいた。東京ビッグサイト。
 「まぐまvol.20 手塚治虫と戦後70年」に寄稿したので、販売の手伝いをしたというわけ。
 8時ちょっと過ぎに会場に着いた。
 コミケの手伝いはこれで2度めだ。一度めは「石ノ森章太郎スピリッツ」のとき。夏だった。何年前になるのだろうか。とんでもなく暑かった! 今度は寒い……
 「まぐま」発行人、studio zeroの小山さんは慣れたもので、防寒は完璧だ。知らない僕は隣でブルブル震えていた。
「開場になれば人があふれて温かくなるよ」
 確かに尋常でないお客さんで会場は埋まってしまった。トイレに行くのも大変なのだ。

 「まぐま」のブースは評論関係の雑誌が並ぶ。隣は特撮関連を扱っていて、今回の目玉は「帰ってきたウルトラマ〇娘 大ピンチ」 
 ピンチシーンの新マンを女の子にしてみるとこんなにそそる?

Ul

 帰マンの格闘シーンについて一部で語られる話題だが、本当に描いてしまったのか。やっちまったなぁ! 最初立ち読みしておしまいにしようと思った。買っちゃったよ。だって笑えるんだもん。
 AVの企画としてありかも……なんて考えてはいけない!

 その隣も特撮本を扱っていて、秋葉原の書泉ブックタワーの特撮本コーナーでよく目にするシリーズだ。特撮関係者のインタビュー集で、最新刊は「僕らを育てたウルトラQのすごい人 西條康彦インタビュー」。
 開場になってすぐどんな本があるか覗きに行った。前述の本を手にとった。
「〇〇がサインしますよ」
 〇〇のところがよく聞こえなかった。
「西條さんがサインします」
 もう一度言われて、テーブルに並んでいる二人の男性を見た。向かって右の男性が西條康彦さんだった!
 思わず頭を下げると握手を求めてきた。うれしい! よく見ると一平くんと同じキャップをかぶっているではないか。
 本は即購入した。

saijoinntabyu.jpg

 左隣の一角ではイラストレーターの開田裕治氏のグループが「特撮が来た」を販売していた。こちらは終了近くに訪れてバックナンバーを確認。「フランケンシュタイン対地底怪獣」の音楽が特集されていたので「特撮が来た30」を購入した。

tokukita-30.gif

 まぐまブースでは新刊「まぐまvol.20 手塚治虫と戦後70年」のほかにバックナンバーも販売。「まぐまvol.18 石ノ森章太郎スピリッツ」が相乗効果で売れて、発行人が驚いていた。トキワ荘シリーズとして、次は藤子不二雄か赤塚不二夫か。
 「まぐまPB4 夕景工房 小説と映画のあいだに」も並べられた。売れなかったけれど。まあ、一人手に取ってくれた人がいたのでいいとしよう。
「自分が書きましたって言わなきゃ、もっとアピールしなきゃダメだよ」
 な、ことできないよ、恥ずかしくて。

 前回同様打ち上げは大井町の居酒屋で。参加者は別のブースで出店していた小山さんの友人二人。まぐまの執筆者でもある。
 14、5歳下。
 この世代は特撮にはあまり興味がないらしい。夢中になった特撮番組がないのだ。

 帰宅してTVつけるとまだ紅白歌合戦をやっていた。
 何とかレベッカに間に合って安堵した。
 白組のトリが近藤真彦。紅組のトリは松田聖子だから時の流れを感じてしまう。80年代のアイドルたちがベテランになったということなのだ。
 男が脱毛をし始めたのが80年代になってからだが、そのきっかけを作ったのがマッチだった。
 それまで胸毛は男の勲章だった。ところがたのきんトリオのマッチは胸毛どころか腋毛もなかった。
 最初、世間一般はマッチにムダ毛がないことがおかしいという雰囲気だった。ところがあっという間に認識が逆転した。
 つまり男のムダ毛はかっこ悪い、と。
 男のムダ毛処理の広告が目につくようになったのはマッチの登場以降なのである。




 しばらく2015年を引きずるなんて書いておいて、お正月の話題が続いている。ついでにもうひとつ。
 2日のテレビ朝日は朝から「しくじり先生」を特集していた。題して「しくじり先生怒涛の6時間! しくじり駅伝SP」。昨年放送されたものの再編集。辺見マリ先生の授業を夢中で観た。拝み屋に洗脳され、大金(約5億円)を貢いだ話だ。
 思い出したのは昨年暮れのビートたけしの番組(TBS)。この20年だか30年の間にワイドショーで取り上げられた事件、人物をランキングで紹介していた。
 トップは某宗教問題で追いかけられた桜田淳子だった。

 宗教と金の問題。
 かつて、中村敦夫の小説の感想でこんなことを書いていた。

     ◇

2002/08/25

 「狙われた羊」(中村敦夫/文藝春秋)  

 中村敦夫の半生記「俳優人生」の中に書かれていて思いだしたことに、霊感商法で問題視された某宗教集団との戦いがあった。一時週刊誌やTVのワイドショーをにぎわせたものだ。自身が書いた某宗教集団をモデルにした小説があることを知りさっそく借りてきた。  

 国際キリスト統一教会という新興宗教に洗脳された大学生の息子をひょんなことから救出しなければならなくなったしがない私立探偵の活躍、同時に優秀な成績で東京の一流大学に入学した女子大生が心の隙間をつかれていかにして宗教にはまっていくか、その過程を詳細に描く。
 また信者に課せられた厳しい売上げのノルマ、協会側が画策する肉親によって拉致された信者の奪回方法、協会に繋がるダミー会社の実体等、教会内部の機構、仕組み、協会を擁護する政治家などの暗躍なども徹底的に白日の下にさらす。  

 国際キリスト統一教会の経典の内容もたぶん某宗教のそれに沿った形になっているのだろう。どうしてこんな内容を絶対のものとして信じてしまうのだろう。
 あるいは擁護する政治家も仮名ではあるがすぐ誰であるかわかるようになっている。献金してくれる団体が詐欺行為をしても見て見ぬふりをするわけか。こんな人がかつて首相であったこと、いやその前に群馬出身だということに情けなくなる。  

     *

 信仰の自由は憲法で保障されている。それに対して異議などない。  
 不思議なのはなぜ自分の宗教を他人に押しつけるのか、どうして宗教には金の問題が絡んでくるのかということだ。  
 確かに宗教にお布施は必要不可欠のものだろう。しかしそれにも限度というものがある。何百万なんて金額は正気の沙汰ではない。本当の神様なら金など要求しないだろう。結局金儲けの団体でしかない、ということだ。  
 某殺人宗教団体の富士の麓の施設が強行捜査された際、教祖が屋根裏に1000万円近くの現金を持って隠れていた事実で、この教祖の化けの皮がはがれた。教祖の情けない姿を知った信者は皆脱退するだろうと確信したのだが、そんなことはなかった。 TVで盛んに嘘八百を並べ立てた、殺人の共犯者である幹部が出所すると逮捕される前と同じ待遇で活動している。
 いったい宗教って何だろう?  

 布教という名目の、他人への介入もいい加減にしてもらいたい。選挙のたびに懐かしの電話をくれる高校時代の友人がいた。久しぶりに会おうよということで、日時を決めて会う。そこには友人と見知らぬもう一人。用件は彼が入信している宗教団体をバックにした政党の候補者に清き一票を、だ。こんなやりとりを何回繰り返したことか。  
 大学3年の夏休み、母親が脳腫瘍の摘出手術後、様態が思わしくなく、寝たきりになってしまった頃の話。夕方にその信者の女性二人が家にやってきて、「入信すれば、お母さんの具合もよくなる」と延々としゃべくりまくった。こちらは夕飯の支度もできやしない。常識も何もありゃしないのだ。完全に頭にきた。  

 独身時代、よくこの手の勧誘が部屋を訪ねてきた。僕の悪い癖なのだが、こちらが暇だとすぐ相手にしてしまう。宗教論争をふっかけてしまう。相手をグーの根もでないように黙らせることはできないが、僕も絶対に妥協しない。  
 いつだったか、もうかみサンとつきあっている頃、一人で新宿を歩いていると若い男に声をかけられた。宗教論争で盛りあがった。何を思ったか、その男、「ちょっと右手の親指を外側に曲げてもらえませんか」と言った。折り曲げたら「やっぱり」とうなずいた。「指が直角まで曲がる人って教祖になる素質があるんですよ」だって。そんなバカな。  
 これでその男とは別れたのだが、また話をしたいというので、後から反省したのだが、自宅の電話番号を教えてしまった。電話なんてかかってこないとタカをくくっていたのと、もし仮にあったとしても、またこちらの意見をしゃべりまくってやればいいやなんて軽く考えていた。
 
 かみサンが部屋に遊びにきていた夜、男から電話があった。第二次宗教論争の勃発である。話は結局平行線をたどりまとまらない。こちらの言うことはひとつ。あなたがその宗教を信じるのは勝手、でもその宗教をオレにも信じろというのは納得いかない。信じるつもりもない。「いやその前にどういうものか知ってもらうために一度サークルにご参加を」その繰り返しだった。いい加減うんざりしきたが、無理やり電話を切る勇気がない。  
 と、突然、かみサンが受話器をうばって大声でわめいた。
「今、ふたりでいいところなんだから邪魔しないでよ!」  
 もちろん、その場はそういう雰囲気ではなかった。それまで普通におしゃべりしていたのだ。受話器を受け取って耳にあてると、相手は申し訳なさそうに「し、失礼しました」と電話を切った。  

 宗教は信じていない。だが、それは既成のということで、神様(仏様)は信じている。母親が12時間に渡る腫瘍の摘出手術を受けていた時、自宅に一人残された僕は泣きながら神様に手術の成功を祈っていた。
 いいことをすれば極楽に行け、悪いことをすれば地獄に落ちる。漠然とだがそう考えている。  

 また誰かに宗教の勧誘を受けたらこう言ってやる。
「信じている宗教がありますから結構です」
「何の宗教ですか?」と訊かれたら自信満々に答えてやろう。「ARAI教です。教祖は私、信者も私、たった一人の超弱小宗教集団なんです」
 誰も勧誘しない、献金もない、信念は自分に嘘をつかないこと。

     ◇

 【おまけ】

2002/07/02

 「俳優人生 振り返る日々」(中村敦夫/朝日新聞社)  

 俗にタレント議員と呼ばれる人がいる。何も議員なんかならなくてもと思うタレントが多い中、中村敦夫が立候補した時は応援したくなった。別にファンだからというわけではない。もちろん「木枯し紋次郎」に夢中になっていた僕は俳優・中村敦夫を見つめる目は他の俳優のそれと違っていたかもしれない。が、そんな単純な理由ではない。

 「木枯し紋次郎」で一世を風靡した後、中村敦夫はさまざまな役柄に挑戦していた。にもかかわらず僕には今いちピンとくるものがなかった。それより情報番組のキャスターをしながら脚本を執筆したり小説を上梓したりする方が、中村敦夫らしいと感じていた。  

 TBS系「地球発22時」という情報番組や日本TV系「ザ・サンデー」のキャスターをやっていた時期が長かったので、ジャーナリストとして社会問題に対する取り組み方にタレントではない、中村敦夫自身が持つ資質を見たからかもしれない(当然のことだが、キャスターをやっていれば議員に向いているというわけでもない)。

 たとえば「追跡」では唐十郎監督作品をお蔵入りにした局に対して徹底抗戦、結局番組から降りてしまった。「地球発22時」では局側の以降で放送時間を変更させられたことに反発して、番組を終了させてしまった。このような上に対する反骨精神が日本の議員に必要だとも思った。

 CSで「木枯し紋次郎」が全話放送されたり(観られなかったが)、また笹沢左保の原作を読んだりして、一人「木枯し紋次郎」で盛り上がっていたところに、本書が上梓された。興味の的はやはり「木枯し紋次郎」に抜擢された前後の話(第5章 運命の木枯し紋次郎)。  

 著者は東京外国語大学卒という肩書きからして、その昔、ちょっと芸能界へ入り方が通常とは違う役者、つまりまったく別の業界からポッと役者になって人気者になったと思っていた。 
全然違っていた。

 俳優座養成所から俳優座に入る王道的な道を歩むのだが、下積み時代がけっこう長い。売り出しには俳優座も気を使っているのだが、どれも不発。で、市川崑監督に抜擢されて「木枯し紋次郎」に主演し人気俳優になるというわけ。

 著者らしいのは俳優座に入ったとたん理事に抜擢されていること。リーダー的な素養は学生時代からのもので、率先して物事に当たっていく人なのだ。理事会では現状からの脱却を目指して革新的な意見もかなり上に進言したのだろう。それが疎まれる要因となる。  
 アメリカへの留学が許されたのも幹部連に「うるさい奴はどこかに行っててもらいたい」なんて考えがあったのではないか。

 この海外留学のエピソードは面白い。  
 留学から戻ってきて、まあ、いろいろあって俳優座を脱退する。劇団を創設するより、その都度役者を集めようと、その資金の調達を考えてプロダクションを作り、最終的に社長に就任。  
 それが番衆プロだ。原田芳雄や市原悦子などが所属していた。そういえば一時期この名前はよくクレジットで見たものだ。新人時代の桃井かおりも在籍していたが、素業が悪くて辞めてもらったのだとか。

 「木枯し紋次郎」ではとにかく体力がものをいったという。実際三度笠に長めの合羽を着て坂道を走るのは大変な重労働で、敵方の役者たちは野球で鍛えた中村敦夫の動きについて来られない。だから話題になったリアルな殺陣は大学ラグビー部のメンバーを相手役に仕立てたとか。

 紋次郎以降、著者は「水滸伝」「おしどり右京捕物車」「必殺仕業人」「青春の門」等のTVに出演する。
 この中でなぜか「おしどり右京捕物車」を毎週観ていた。主人公の右京が妻(ジュディ・オング)の押す手押し車に乗って、必殺技のムチを使って悪人を退治する様はマンガっぽくて半ばバカにしながら、でも惹きつけられるものがあった。
 「必殺」シリーズのレギュラーになった時はちょっと裏切られた気分だった。本人には迷惑だろうが、紋次郎と「必殺」はライバルという見方をしていたから。
 「青春の門」のやくざ役はまさに適役だっただろうなと思う。確かこのドラマは観ていたはずなのに、全然覚えていない。

 長らくキャスターをやった後、役者に復帰して出演した劇映画「集団左遷」の部長役は著者らしさがでていたと思った。著者自身もそう思って今後の役者人生に希望を見出したことを書いている。  
 
 お蔵になった主演映画があるのを知った。西村潔監督「夕映えに明日は消えた」。原作・笹沢左保、脚本・ジェームス三木。タイトルからして紋次郎ファンにはたまらない。内容が暗すぎて当時配給予定の東宝が公開を見送ったというのだが、「木枯し紋次郎」なんて救いようのない結末ばかりだったではないか。70年代だったら通用したと思う。ぜひビデオで復刻してもらいたい。




 書こう書こうと思いながら後回しにしていたら年を越してしまった。
 とりあえずメモとしてあげておく。

     ◇

2015/11/21

 「談志まつり2015 (昼)」(有楽町よみうりホール)

  立川談吉  「孝行糖」
  立川志遊  「四人癖」
  立川生志  「反対俥」 
  立川談四楼 「一文笛」

    〈仲入〉

  泉水亭錦魚改メ二代目立川小談志 真打昇進披露口上
  立川龍志  駒長
  立川志の輔 ディアファミリー




 3日(土)の夜はフジテレビの新春ドラマスペシャル「坊っちゃん」を観た。
 二宮和也主演と知って、主役の坊っちゃんよりうらなりの方が適役ではないか、だったら、うらなりが主役の小林信彦「うらなり」をドラマ化すればよかったのにと思ったのだが。
 
 さすがジャニーズの演技派だ。すっかり坊っちゃんになりきっていた。
 キヨ役の宮本信子も何の違和感もない。どんぴしゃりは及川光博の赤シャツではないか。
 ドラマはストーリーよりも美術関連ばかりに目がいった。
 セットや小道具の類。CGのおかげもあるのかもしれないが、ロケーションでもきちんと明治が表現されていた。
 後半はオリジナルの展開。悪くない。

 前々項、前項のおまけとして二宮和也が00年代に主演した映画のレビューを転載する。

     ◇

2003/03/15

 「青の炎」(川崎チネチッタ)  

 数年前、17歳の高校生による殺人事件が世間を騒がせた。その動機「人を殺してみたかった」に世の大人たちは愕然としたものだ。その後ある子どもが発した疑問「なぜ人を殺してはいけないの?」について大論争になったのは記憶に新しい。

 この事件の後だったか、貴志祐介の「青の炎」を読んで犯人の高校生はこの本読んだのだなと確信した。和歌山カレー事件の際には、同じ作者の「黒い家」との類似性がメディアでさんざ取り上げられていたが、この時、「青の炎」を俎上に載せるメディアは僕が知る限りなかった。影響を考えて自粛したのか。  

 読了後その世界に魅了されすぐに映画化を考えた。
 映画会社がこの原作を放っとくわけがないと思ったが、そんなニュースは聞こえてこなかった。内容が内容だけに当時すぐに映画化できなかったのかもしれない。ならば自分でシナリオを書いてみようか。それよりも企画書を作成して会社に提出しようか。そのくらい個人的に入れ込んでいた映画化である。

 監督が蜷川幸雄と聞いてがっくりきた。〈世界のNINAGAWA〉なんて関係ない。映画監督としての力量云々ではなくその年齢がひっかったのだ。高校生が主役のこの映画、若手監督の感性が必要ではないのかと。

 義父殺しの完全犯罪を画策する主人公の17歳の高校生・秀一は二宮和也、その相手役、原作では非常に重要な役目を果たす女子高生・紀子に松浦亜弥。二宮和也は許せるとして松浦亜弥のキャスティングにのけぞった。何考えてるんだか。TVで歌っている姿から女子高生・紀子のイメージは想像できない! だいたい歌う時のあのしぐさ、あの表情に虫酸が走る。何があややだ。……まったく個人的な感想だが。  
 まあ、しかし映画「青の炎」はアイドル映画とのこと。確かに蜷川監督は舞台では武田真治や藤原竜也を育てている。義父殺しというテーマもお得意なのかもしれない。御年68歳の蜷川監督がアイドルを起用してどんな世界を描きだしているのか。  

 犯罪映画としては情けない出来だ。  
 活字で読むと完璧に思えた義父殺しの完全犯罪は映像にすると〈マヌケ〉の一語につきる。美術の時間に教室を抜け出し、浜辺に隠していたロードレーサーを駈って自宅に急ぎ、電気ショックで義父を亡き者にした後、なにくわぬ顔で戻ってくる。
 海岸通りはかなりの交通量、目撃者はたくさんいるだろう。海岸と自宅の間をロードレーサーで走る姿は学生服(半そでのワイシャツに黒ズボン)、昼間こんな姿で道路を走れば、「高校生がこんな時間に何やっているの?」と思われるのは当然のこと。アリバイ工作ではなくて自分の不審さを他人に見せているようなものではないか。
 外見とは裏腹に〈できる〉刑事(中村梅雀)が、第2の稚拙な犯行がなくとも見破れるはずである。
 犯人が周到に計画した完全犯罪、その完全ぶりが小さなミスにより刑事によってあばかれていく、ヒリヒリするようなサスペンスが欠如している。  
 
 主人公はインターネットで殺人に利用する薬品等を取り寄せる。送付先は偽名で開設した私書箱。この私書箱の受付担当で竹中直人がカメオ出演するのだが、変装して別人になりきる主人公に多大な関心をよせる演技(ホモ?)に頭を抱えた。いつもは竹中直人のアドリブに笑ってしまう僕なのだが、今回はこんな演技をする竹中直人、それを許した監督に腹が立った。受付に顔を覚えられたら、主人公の完全犯罪に支障をきたすことはわかりきったことではないか。この場合受付はあくまでも〈記号〉でいいはず。    

 ミステリとしてはそれこそ不完全な出来ではある。が、青春映画として見ると印象はガラリと変わる。
 ガレージを自分の部屋として使用する主人公の秀一(二宮和也)。部屋のどでかい水槽の中で丸くなって寝ていた彼が目を覚まし、登校の準備を完了して一つひとつ灯りを消していく。闇の中、いきなりシャッターを明けてまぶしすぎる陽光の中をロードレーサーで走りだすファーストシーン。バックに流れるピンクフロイドの「THE POST WAR DREAM」。このオープニングにしびれた。

 青を基調とした映像設計、大胆かつ流麗なカメラワーク。心に染みる静かなピアノ曲(音楽:東儀秀樹)が全編にわたって効果的に使用される。  
 二宮和也については、TVスペシャル「天城越え」で少年役を好演、その巧さに注目したと友人から聞いていたので安心していたが、瞠目したのは松浦亜弥だ。スクリーンにはアイドルの面影はなかった。相手を突き放すような視線がいい。だからこそ逆に江ノ電ホームの表情やしぐさに胸がキューンとなってしまう。
 ラストのちょっとすねた表情は「Wの悲劇」の薬師丸ひろ子、「秘密」の広末涼子のそれに勝るとも劣らない。  

 水槽越しの、ふたりの手のしぐさが絶賛されていた。確かにそのとおりだが、一度シャッターを開けて外に出た彼女は音も立てずにどうやってもう一度ガレージの中に入ったのだろう?  
 それより長いエスカレーターを行ったりきたりして、コンビニ襲撃を打ち合わせする秀一と友だちのやりとりが印象的。  

 進退窮まった秀一が自殺を決意し外出しようとするシーン。ダイニングには愛する母と妹がいて、普段と変わらない会話のやりとり、うしろ髪を引かれて何度かもどってくる。確かに切なかった。   
 秀逸な青春映画である。  

 そういえば監督デビュー作「魔性の夏」はショーケン主演だというのに、しっかり観た覚えがない。ビデオになっているのだろうか。

     *

 以前読了後にシナリオ化に際してメモしたものをここに記しておく。企画書用の梗概だけでもものにしようと思ったのだが……  

 タイトルは「もうひとりの青春の殺人者 ~青の炎~」。  
 オープニングとエンディングは「早春」、全体の構成は「刑事コロンボ」、主人公が完全犯罪を企み実行に移すところは「太陽はいっぱい」の偽サインの練習あるいは「太陽を盗んだ男」の原爆作りを参考に、完全犯罪がある人の事故死で逆に露呈しまうというアイディアとして「砂の器」。  

 季節は梅雨から初夏にかけて。主人公が義父殺しを考え、成功する前半は曇天、雨ばかりの空模様。ラス前で梅雨が明け、真夏の陽光が輝く。天候で主人公の心象を印象づけたい。  
 義父殺しの手口や巧妙なアリバイ作りは映画のオリジナルを考える。第2の殺人は行わない。義父殺しをネタに同級生に強請られ、殺そうと計画をたてるところまでは原作どおりだが、実際に手をくだす寸前で不慮の事故で死亡させる。不慮の事故だったからこそ、主人公の犯罪解明の糸口が刑事に知られてしまうという展開。

 義父の描写は徹底的にいやらしく。観客にこんな奴は殺されても仕方ないと思わせられるように。しかしそんな男に対して母親は息子、娘とは違った感情を持っていた。主人公が殺しを実行に移すのは義父と母の情事。この情事には深い意味を持たせる。  

 オープニングはロードレーサーを駆る主人公。バックに流れるハードロック。回想になって、主人公の完全犯罪を描き、ラストでまたオープニングに戻る構成。
 前半、主人公は冷徹に登場する。義父殺し。その用意周到ぶりは徹底的に。完全犯罪には自分に好意を抱いている女子高生を利用。中盤に刑事が登場し、完全犯罪のミスをついてくる。追い詰められた主人公は徐々に17歳の素顔を見せ、女子高生に救いを求める。
 刑事の追求も最後の詰めでいきづまる。  
 死を決意した主人公は美術室で女子高生と最初で最後の抱擁。「あなたは悪くない、逃げて」 ……ロードレーサーを駆る主人公。海岸線を走り、海に向かってダイブ、そのストップモーション。主題歌が流れて、ジ・エンド。

     ◇

2006/12/16

 「硫黄島からの手紙」(丸の内ピカデリー)

 物事にはそれぞれの立場、考え方がある。戦争なんてその代表だろう。どちらが善でどちらが悪かなんて一概に断定できない。ゆえに、硫黄島の戦いを日米両方の視点から描く。
 クリント・イーストウッド監督の考えに間違いはなかった。その目論みは見事に成功したといえる。
 アメリカ人に日本人の心情がわかるか! そう反発した自分の不明を恥じる。

 硫黄島の戦いを日本側から描く「硫黄島からの手紙」にどこまで日本人スタッフが協力したのか(意見が反映されたのか)わからない。言えるのは、アメリカ人監督が、日本人を起用して日本語による日本人のドラマを撮った、そして日本人が観てほとんど違和感がなかったこと。
  これはアメリカ映画史の中で画期的なことではないか。

 映画は現代から始まる。調査隊が硫黄島の洞窟に入り、地面を掘り返すといくつもの包みが出てくる。これはいったい何か?
 時代が飛んで、太平洋戦争末期の1944年。硫黄島では、本土防衛の最後の砦を死守すべく、来るべき米軍の攻撃に対して様々な準備に余念がなかった。最高責任者は栗林陸軍中将(渡辺謙)。米国留学の経験があり、家族、部下思いの切れ者だ。
 彼の着任により、これまでの作戦は一掃され、地下要塞のためトンネルが島のいたるところに掘られることになった。

 部下への体罰も禁止された。
「本土の家族のために、最後まで生き抜ぬいて島を守れ」
 栗林の言葉に、末端兵士の西郷(二宮和也)らはやる気を見せるが、西中尉(伊原剛志)以外の古参将校は冷やかだ。特に死こそ名誉と考える伊藤中尉(中村獅童)にはおもしろくない。

 翌年、米軍が上陸してくると、栗林の奇策は功を奏するものの、その圧倒的な兵力の前に、次第に防戦一方となる。
 家族のため最後まで生き抜こうと考えている西郷にも死が近づいていた。それも進退窮まった部隊長の、栗林の忠告を無視した全員自決の命令。
 手榴弾を爆発させて、一人またひとり命を落としていく。
 死にたくない、こんな死に方なんて最低だ! 栗林の言葉に望みを託した西郷のとった行動、それは……。

 西郷役に二宮和也の演技(態度と言葉づかい)は、まるで現代の青年が太平洋戦争時代にタイムスリップしたような印象。しかし、それで救われた。
 もし実直、真面目だけが取り柄の、上司から虐げられるだけの存在だったら、スクリーンを最後まで見ていられたか自信がない。ちゃらんぽらんの、ある種のふてぶてしさが、非情で過酷なドラマの息抜きになった。
 絶体絶命の中の「もうだめだぁ」の叫びに思わず笑ってしまったのだから。

 栗原中将が着任早々地図を片手に硫黄島を散策して、作戦を固めていく過程は、まるで「七人の侍」の勘兵衛のような風格が感じられた。
 映画は、この栗林と西郷の、家族に宛てた手紙の朗読がナレーションの役目を果たす。西郷の手紙が硫黄島から〈今〉を綴っているのに対して、栗林のそれがすべて米国滞在時代の愛児への書簡というところが、彼の心情を象徴していたように思う。
 親米家で、アメリカの実力を知っている。本当なら戦いたくないのだろう。しかし、軍人として遂行しなければならない。だいたい、陸軍と海軍は反目し、現場の直属の部下には白い目で見られ、頼みの綱の大本営からの支援はあてにできない。孤立無援の状態。そんな心情を、自身の一番良き時代の回想することで癒されているような。

 ロサンゼルスオリンピック馬術競技の金メダリスト・西中佐の心情も栗林に通じるものがある。
 この二人が、過酷で悲惨な状況における真の軍人姿を見せてくれる。それは死に直面した際の部下への対応だ。

 たとえば、西郷の部隊長は、「現場から撤退、最終地点で合流」との命令があったにもかかわらず、自決の道を選び、部下を道連れにした。伊藤中尉(中村獅童)は最終地点に向かう西郷たちに恥を知れとばかり、斬首しようとした。自身も玉砕に命を賭した(その結果が情けない)。
 対して、西は敵の攻撃で両目を負傷すると、自分の部隊を部下にまかせ、一人自決する。栗林もやはり最後の最後で部下に自分の首を斬らせようとする。
 この違いは何なのか。
 サラリーマンを長くやっていると、理想の指導者という観点でも戦争映画を見てしまう。

 クリント・イーストウッド監督の力を見せつけられた映画である。70代半ばで、硫黄島二部作をほとんど同時に撮り上げ、そのどちらも秀作なのだから恐れ入る。これまでの監督作品の充実度を考えれば、驚異ですらある。
 細かいところへの目配せを怠らないのもいい。
 栗林の硫黄島とアメリカ滞在時のヘアスタイルの違いなんてうれしくなってしまう。時の流れをきちんと刻ませている。もしこれが本当の日本映画ならそこまで気を使わないだろう。

 一つだけ気になったのは、憲兵隊をクビになり、硫黄島に左遷させられた清水(加瀬亮)の過去を描くエピソード。回想シーンではなく、あくまでも清水が西郷に話し聞かせた方が効果的だったのではないだろうか。なまじ映像で描くと嘘っぽくなる。

 クライマックスからラストにかけて涙が流れた。栗林や西郷の気持ちを考えると、たまらなくなった。
 しかし、これもイーストウッド監督のすごさなのだが、これでもかの感動の押し売りをしない。この映画の場合、感動というと語弊があるか。流した涙は哀しみによるものなのだから。
 煽らない。いつだって冷静。テーゼを投げかけると、静かに淡々と映画を終わらせるのだ。
 自身が書く音楽と同様に。




 承前

 雑誌「en-taxi」は今発売している号で休刊になる。先日書店で立ち読みして知った。
 立川談春が前座時代を振り返ったエッセイ「談春のセイシュン」はこの雑誌に連載されていた。
 立川流の若手人気噺家が〈本書く派〉の仲間入りをしたのか、ぐらいの認識で真剣に読んだことはなかった。
 連載が終了し、「赤めだか」と改題されて出版されると、人気を呼んでベストセラーになった。賞も獲った。

 落語もできる小説家、立川談四楼ファンとして何かモヤモヤした気分だった。
 立川流の文筆家第一号の談四楼師匠は処女作「シャレのち曇り」以降何冊も上梓しているがそれまでヒットに結びついたものがなかった。皆内容は面白いのに。
 そんなところに弟弟子が初めて書いたエッセイがベストセラーとなりおまけに受賞までしてしまうのだ。
 志の輔、志らく、談春を立川流の三羽烏と呼ぶ(見る)向きがある。談笑を入れて四天王か。

 談春師匠は一度だけ生の高座を観る機会があった。
 ああ、立川流の志ん朝なんだなと思った。その口跡に聞き惚れてしまうが追いかけようとはしなかった。マシンガンのごとくギャグが炸裂する志らく落語が好きだし、それ以上に談笑落語に興味がある。
 ただ、僕の場合、メインの愉しみは映画で落語は余興(?)なので、談四楼師匠以外は追いかけるつもりはない。本格的に高座を観ようとしたらいくらこずかいがあっても足りっこないし。

 そんなことはともかく。
 単行本「赤めだか」は2009年に読んでいる。
 感想は〈感動が押し売りでないところがいい。目頭が熱くなるようなくだりのあと、ふっと落として笑いに転化させる。著者の照れだろうか?〉。

 「赤めだか」がTBSでドラマ化された。
 談四楼師匠の「ファイティング寿限無」はむちゃくちゃ面白い小説で、アクションもかなりあるから映画化されないかかなり期待していた。映像化の話は聞こえてこない。
 どこまで間がいいんだ。
 談四楼師匠がドラマ「赤めだか」に触れて、ツイッターでそう呟いていた。同感。

 さて、スペシャルドラマ「赤めだか」。
 演出が一種独特で見ごたえがあった。
 既成の音楽の使い方が印象的。
 演出はタカハタ秀太。TBSの社員ディレクターだろうか? 脚本が八津弘幸だから福澤克雄一派か。

 たけしはいつものたけしの演技なのだが、ちゃんと落語界の風雲児、異端の才能を持つ噺家を体現していた。立川談志だといわれると困ってしまうが。
 予想通り志の輔(香川照之)以前の弟子たちは無視されていた。
 とはいえ、ドラマの中でも談志は落語協会を脱退しているのだ。

 主演の二宮和也を筆頭に弟子たち(志らくの濱田岳、関西の宮川大輔、談かんの柄本時生)が好演。ダンボール役の新井浩文、藤木悠と親子を演じたらぴったりだなあ。藤木悠は亡くなっているけれど。落語も自然と聞ける。
 
 談志の自宅は現志らく邸をロケセットとして使用していた。撮影が大変だったろう。




 12月29日(火)は会社の最終日。お昼で終わるので、その後は有楽町で映画鑑賞と決めている。
 この会社に出向したのは2012年の4月から。

 2012年「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」
 2013年「ゼロ・グラビティ」
 2014年「世襲戦隊カゾクマン」(これは赤坂で芝居だった)

 2015年は丸の内ピカデリー3で「母と暮せば」を観た。
 久しぶりの山田洋次監督作品。

 吉永小百合はいつまで女を演じるのか。そんな文章を書こうと思ってかなり年月が経つ。
 現役(?)の女性を演じるために相手役をつとめる俳優が徐々に若くなっていく。ええ加減にせぇよと思っていたら「母と暮せば」の企画。これは観なければ。

 この映画については、キネマ旬報で志らくさんが感想を書いていた。志らくさんの場合、山田監督と大林監督のつきあいが深いからか、二人の作品について褒めすぎのきらいがある。いや、本人は実際にそう思っているからこそ褒めているのだろうが、第三者からすると少々媚びているように感じてしまうのだ。
 某落語会のマクラで「下町ロケット」の談春に触れ、阿部寛に取り入って云々という話をしたらしい。それを聞いて、まあ、ギャグだと理解しつつ、そう言うあなたは山田監督や大林監督にベッタリじゃないかと思った。

 TBSの日曜劇場「ルーズヴェルト・ゲーム」は毎週楽しみだったが、あの役に立川談春をキャスティングしたスタッフの慧眼に瞠目した。談春の悪人面(特に目)がうまくはまっていたからだ。
 だから「下町ロケット」のまるで正反対の役柄を演じる談春に驚愕した。こんな役もできるのか! 噺家なのだから、日ごろ高座でいろんな役を演じているのだからどんな役だっておてのものだろう、なんて考える人がいるかもしれない。冗談ではない。だったら噺家たちは皆役者になってTVに映画に活躍しているはずではないか。

 閑話休題。
 冒頭の原爆のシーン、志らくさんはとんでもなく怖いと書いていてそのとおりだった。まさにショッキングな描写。
 始終涙が流れる映画だった。といってもあくまでも個人的な要因によるものだ。黒木華が登場するだけで目頭が熱くなってしまう。何かしゃべればそれだけで涙が頬を伝わる。「天皇の料理番」で完全にヤラれてしまった。
 もちろん吉永小百合と二宮和也の会話にもくるものはあった。
 山田監督の原爆投下に対する怒り、反戦の訴えも静かに伝わってきた。

 素朴な疑問。
 吉永小百合の家族は二宮和也のほか、夫や長男がいて皆亡くなっている。どうして次男のように幽霊になって妻に母親に会いに来ないのか? 
 「父と暮せば」の場合、母親の存在はどうなっていたのか、井上ひさしの戯曲、もしくは映画を確認しなければならない。

 ラストが不可解だ。
 二宮とのやりとりもそうなのだが、あの状況で吉永小百合がああなったら、黒木華の立場はどうなる。一生消えない傷が残るのではないか。後悔ばかりの毎日になるのではないか。

 帰宅して、録画しておいた「赤めだか」を観る。

 この項続く




 あけましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いいたします。
 新年の抱負等いろいろあるのですが、昨年のうちに更新すべきことがそのままなので、しばらく2015年を引きずりますのでご容赦のほどを。

          * * *

 「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」を初日に鑑賞して、元日にもう一度観た。
 映画サービスデーなので200円の値上げも気にならないと思ってのことだ。1,100円+200円で1,300円を払うつもりでいたら1,100円だって。映画サービスデーだと通常どおりのサービスデー料金になるみたいだ。
 1回めよりも夢中になれたし、また考えさせられた。
 3回観てもいいかな。

 どうでもいいことだが、ミルクパンをゆっくりまわしながら、出しっ放しにしたシャワー状の水道水を受けると、まるで宇宙を飛行するタイファイターの音がする。料理するとき、その音でしばしスター・ウォーズごっこしている。

     ◇

2015/12/18

 「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」(MOVIX川口)

 ルーカスフィルムがディズニーに買収されたことには驚いたが、買収されたことで「スター・ウォーズ」のエピソード7(以降、8、9)が製作されるというニュースに歓喜した。ジョージ・ルーカスにはその気がまるでなかったようだから。

 エピソード1、2、3のレビューで繰り返し書いていることだが、アナキン・スカイウォーカーがフォースの暗黒面に堕ちてダース・ベーダーになってしまう、そんなバッドエンドでスターウォーズサーガが終了するなんて許せない。
 ルーク、レイア、ハン・ソロの子どもたち世代を描き、銀河系に真の平和が訪れなければ、本当の意味で大団円とは言えないはずなのだ。
 時が流れ、マーク・ハミル、キャリー・フィッシャー、ハリソン・フォードが実年齢で親世代を演じられるのに活用しない手はない。

 とはいえ、生みの親がもう作らないというのだからシリーズは全6作で終了なのか。
 何度も既存シリーズに手を加えているのなら、その気力を新シリーズに注いでほしかった。
 とにかく、新シリーズの着手に快哉を叫んだ次第。

 配給が20世紀FOXではないから、冒頭に、あのファンファーレが流れないのは「スター・ウォーズ」らしくなくて残念ではあるが、予想していたシンデレラ城でなかったことに安堵する。

 エピソード1~3より夢中になれた。というか、観終わってもう一度観たいと思った。こういうことは前シリーズ(1~3)ではなかったことだ。

 理由はわかっている。「スター・ウォーズ(/新しい希望)」「スター・ウォーズ/帝国の逆襲」「スター・ウォーズ/ジェダイの復讐(帰還)」の続編だからであり、旧シリーズの主人公、ルークやソロ、レイア姫がきちんとドラマに絡んでいることが大きい。

 映像的な問題もある。
 今回の映像はすんなり受け入れられることができた。
 前シリーズは、時代的には旧シリーズよりも古いはずなのに、都市もメカもその描写に未来感ありありだった。CG技術が発達した結果だとは理解しているが、あまりにCGを多用しているから、まるでCGアニメの中で役者たちが演技しているようで、その画に息苦しさを感じたものだ。
 この映画ではそういうことはなかった。ロケーションを基本としているからだろう。砂漠、森林、雪、海……旧シリーズの延長のような風景に安心して身をゆだねられた。

 これまでシリーズ6作には、毎回斬新なヴィジュアルがあった。「スター・ウォーズ」では巨大な宇宙船、バトルシーン、「帝国の逆襲」では冒頭の雪原の戦闘シーン、「ジェダイの復讐」では、森林のスピーダーバイクシーンに心躍った。
 新シリーズ、「ファントム・メナス」ではポッドレースと、必ずキーとなる特撮があった。
 そういう意味では「フォースの覚醒」のVFXに斬新さはない。やっていることはすごいのだが、もう見慣れてしまっているものばかりなのだ。

 ヒロインのレイ(デイジー・リドリー)のキャラクターは、ルーカスが好きそうなタイプである。レイア姫がそうだった。「レイダース 失われた聖櫃」に登場する、インディアナ・ジョーンズの恋人も。
 全編を通じて活躍するハン・ソロ。年老いてしまったが、その姿形はかっこいい。うまく年とったなあ。
 登場シーンは少なかったがルークにも感じた。きちんと師匠の教えを体現しているのかと。ラストショットにしびれた。
 ここぞというときに流れるルークのテーマに胸が熱くなる。

 ハン・ソロと息子(名前が感慨深い)の断絶が描かれるのだが、個人的に身に染みて仕方ない。エピソード7は父子の断絶が、その後8、9では恢復が描かれると思ったのだが。
 息子との溝を嘆くソロにレイアが言う。
「ルークはジェダイだけど、あなたは父親よ」
 名セリフは今回もあった。


 どうでもいい話。
 「スター・ウォーズ」が公開された当時、ダースべーダーは日本の特撮ヒーロー番組のキャラクターのパクリ、いや、引用だと言われた。
 「変身忍者嵐」は「ウルトラマンA」の裏番組だったので観ていないが、敵方の首領は造形から設定(主人公の父親)までそっくりだった。
 今回、カイロ・レン(アダム・ドライバー)をフォースの暗黒面に導いた人物(巨大)が登場するのだが、その巨大な姿や暗闇の中、レンの前に現れるところなんて、仮面ライダーのシリーズの中に似たような首領がいたなあと思った。




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
私家本「僕たちの赤い鳥ものがたり」
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」

神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。遊びにきてください。

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