一昨日の定休日は、丸の内ピカデリーで「バイオハザード ザ・ファイナル」を鑑賞した。
 映画を観ながら、始終表現のオリジナリティーということについて考えていた。
 「バイオハザード」は、第一作のときに書いたけれど、過去の映画の引用で成り立っているといっていい。しかし、それがけっこう快感だった。アレンジが巧かったというのか。映画によってはうんざりすることが多いのだが。
 第一作ではオマージュ(パクリ)が快感だったのに、この最終作では逆に鼻について仕方なかった。まさか、クライマックスに「ロボコップ」を持ってくるとは! 「ブレードランナー」みたいな展開はどうなのか? ってな感じで。
 ただし、ラストですべてを許してしまった。
 それにしても、シリーズを完結させるのに6作必要だったのか? 3部作でちょうどよい。

     ▽
2002/09/04

 「バイオハザード」(丸の内ピカデリー)  

 今月も定時で仕事が終わり映画サービスデーの恩恵が受けられた。  
 「MIB2」でも観ようと劇場を調べたら何ともう終了していた。ロードショーが始まったばかりの「オースティン・パワーズ ゴールドメンバー」にしようか「バイオハザード」にしようか、大いに悩み上映時間を見ると、マリオンの「バイオハザード」の最終上映が遅い。よし、こっちを観よう!

 ゲームに興味がない。ゲーム会社に勤めているのに、ほとんど、いやまったくゲームをしない。  
 カプコンの人気ゲーム「バイオハザード」も一度もプレイしたことがない。当然どういう内容なのか知らない。細菌によってゾンビ化した集団が襲いかかる中、主人公を操ってある目的地に到達させるアドベンチャーゲームというくらいの知識しかない。  
 男が主人公だったらたぶん観なかっただろう。そう、ゾンビを相手に闘う腕っぷしの強い女が「フィフスエレメント」のミラ・ジョビジョバ……もとい、ミラ・ジョヴォヴィッチだと聞いて、もう彼女だけを観にいったようなもの。  
 期待は裏切られなかった。ミラのスレンダーな肢体を堪能できただけでなく、物語そのものにも引き込まれた。  

 世界的な製薬会社アンブレラ社は地下深く、コンピュータで厳重に警備された研究所で秘密裏にウィルスを開発していた。そのウィルスが何者かに盗まれ、うち1本が故意に施設内にばら撒かれた。コンピュータは直ちに外部と繋がる通路を遮断、研究員たちを施設内に閉じ込めた。施設内に廻ったガスによって研究員が次々と命を失っていく。  
 ある大邸宅(そこは地上と地下の研究室を列車で結ぶ秘密の入口となっている)のシャワー室で全裸で横たわっているミラ(ほら来た!!)。意識をとりもどしたミラは自分が何者なのかわからない。記憶喪失。そこに一人の謎の男が侵入してきた。すぐ後得体の知れない特殊部隊が集団で邸宅を襲い、男を取り押さえた。男は刑事だという。特殊部隊はアンブレラ社からある任務をおびて派遣されてきた。地下の研究所に侵入し、メイン・コンピュータの電源を解除し、制限時間内に脱出すること。
 実はミラもこの特殊部隊の一員なのであった。後に列車の中で発見される男とともに邸宅に住む夫婦を装い、侵入者をチェックする役目を負っていたのだ。邸宅にも流れてきたガスの影響で一時的に記憶喪失になっているらしい。  
 セクシーな衣装にジャンパーを羽織ったミラ(ウフフフ!)と男、刑事を連れ、特殊部隊は研究室に到着する。地獄が待っていることも知らずに。生きて帰れる者は誰?  

 ストーリーは過去のホラー、SFものの焼き直しである。男勝りの姐ちゃん(ミシェル・ロドリゲス、これがいい)のいる特殊部隊は「エイリアン2」の海兵隊、研究所のメインコンピュータは「2001年宇宙の旅」のHAL、特殊部隊から最初に犠牲者がでる八つ裂きレーザーは「CUBE」、ウィルスで蘇った死者との攻防は一連のゾンビ映画そのもの。帰りの列車内におけるミラと女隊員とのやりとりは「遊星からの物体X」だろうか。  
 監督ポール・アンダーソンは確信犯的に御馴染みのショッキングシーン、ショットを挿入しているのではないか。ほとんどはこの手の映画を見慣れた者なら十分予測できる。その予測に期待どおりに応えてくれる痛快さ。  

 過去の映画の引用オンパレードでも面白い映画を作れるのだ、ということをこの映画は教えてくれる。
 一つはミステリの味付け。冒頭でウィルスを盗んだ(ばら撒いた)犯人は誰かという謎、ヒロインを一時的な記憶喪失にして、記憶を徐々に取り戻すごとに判明してくる新事実。単純なホラーだけに終わらせない。  
 もう一つは特殊部隊のリアルな描写。いかにも厳しい訓練に耐えぬいた精鋭隊員たちのプロフェッショナルな活躍が見ていて心地いい。研究所に侵入した女隊員が小型懐中電灯を口にくわえて床下を調査しているところなんてワクワクしてしまう。まあ、職人フェチの個人的な好みかもしれないが。  
 最近は企業の不祥事が立て続けて起きている。アンブレラ社みたいな会社があっても不思議ではないと思わせるところもタイムリーか。  
 全編にわたる緊迫感はなかなかのもの。アクションも切れがある。  

 冒頭のエレベータのシーンが生理的に受付けなくて思わずのけぞった以外、隣の女性客のようなオーバーアクションな反応にはならなかった。  
 しかしラスト、病室の診察台で意識をとりもどしたミラの衣装に驚愕した(アレが衣装と呼べるかどうか)。銃を片手に無人の都市にたたずむ超ヒロイン、ミラ・ジョヴォヴィッチにOh! Jesus!!


2004/09/24

 「バイオハザードⅡ/アポカリプス」(川崎チネチッタ)  

 ミラ・ジョヴォヴィッチのアリスが還ってきた!   
 予想以上の出来で夢中にさせてくれた「バイオハザード」の続編。サブタイトルのアポカリプスとは「地獄の黙示録」の原題「APOCALYPSE NOW」の〈APOCALYPSE〉だ。黙示、啓示を意味する。そんなことはどうでもいいか。ミラが前作同様スレンダーボディーの肌を露出しながらアクションをかましてくれれば、もうそれだけであたしゃ満足です。  

 アリス自身のナレーションにより前作の概要が説明され、本当に前作のラストから始まる。  
 地下の研究施設から漏れ出したウィルスは地上に蔓延、人間がゾンビ化した某都市が閉鎖される。からくも地下から逃げ出したアリスともう一人の男は謎の白衣集団に捕らえられ離ればなれに。アリスは意識をなくし気がつくととある病院のベットに横たわっていた。白衣集団によって身体に何らかの処置が施されたらしい。誰もいない病院を抜け出し、ゾンビが徘徊しているであろう屋外へでるアリス……これが前作のラスト。  
 映画にはもう一人ヒロインが登場する。女刑事のジル(シエンナ・ギロリー)だ。聞くところによればゲーム版の主人公だとか。黒髪の、アリス同様細身で腕っ節が強いおねえちゃん。そのコスチュームにムフフフ、ですな。完全に閉鎖された都市で逃げ場を失ったジルと同僚の黒人刑事、ニュースキャスターの女性(テリ・モラリス)3人が教会に立てこもる。ゾンビの親玉(?)に襲われ絶体絶命! そこへ仮面ライダーよろしく教会の窓ガラスをぶち割って登場する完全武装したアリス。超人的な活躍で難なく敵を倒すのだ。アリスがすでに普通の人間でなくなったことを示す伏線でもある。  
 都市からの脱出を試みる4人に監視カメラを使って接近する男がいた。ウィルスを開発した博士(ジャレッド・ハリス)である。行方不明になった娘(ソフィー・ヴィヴァサー)を見つけ出してくれたら逃げ方を教えると云う。アリスたちはゾンビたちが跋扈する都市の中枢に向かう。娘を救うことはできるのか。そして完全閉鎖された都市空間から脱出することはできるのか。  

 前作がそうだったように今回も過去の映画でお目にかかったおいしい要素が満載だ。基本は「エイリアン2」だろうか。墓場でゾンビが蘇るシーンではいつゾンビたちが「スリラー」のBGMで踊りだすか期待してしまった。敵キャラのメネシスには「ターミネーター」が入っているような。勘繰り過ぎか。  
 ショック効果も何度となく押し寄せてくる。とはいえそれほど恐怖を感じない。安心して最後まで観ていられた。本当はタイムリミット内に脱出できるか手に汗握る展開でなくてはいけないのだろうが、まあ、これはこれでいいのではないか。
 本家「ドーン・オブ・ザ・デッド」のゾンビが今風に俊敏なキャラクターになっているのに、亜流の「バイオハザード」はあくまでも昔ながらのゾンビにこだわっているところが面白い。  
 ホラー映画のパターンとはいえ、それにしても、行方不明の娘を探しに学校にやってきた3人がバラバラになるのがどうしても解せない。ジルと同僚が別行動をとるのはまだわかる。しかしニュースキャスターに慣れない銃を持たせ一人にさせることはないだろう。ゾンビにやられろといっているようなものだ。案の定……  
 クライマックスからラストにかけての、次回「3」に向けての段取りが見え見えなのが興をそぐ。まあ、はなからオハナシなんかに期待してはいないのだけれど。  
 次回「Project Alice」に乞うご期待!

 【追記】  
 ウィルスが蔓延した都市を核爆弾で殲滅という処置にうんざり。アメリカ映画って何かというとすぐ核爆弾を使用したがる。

 「バイオハザード」って海外では「Biohazard」ではないのですね。今回タイトルで気がついた。原題は「Resident Evil: Apocalypse」。前作はどうだったのだろうと調べたら「Resident Evil」でした。
     △




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 またしても訃報だ。
 根津甚八、69歳。

 引退を知ったときはショックだった。
 自分にとって、ショーケン、優作、水谷豊に続く、第四の役者だったのだから。

 詳しくは、奥さんが書かれた「根津甚八」のレビューに書いている。

     ▽
 2011/07/06

 「根津甚八」(根津仁香/講談社)

 役者として根津甚八を意識したのはいつだったか。状況劇場の人気者(だった)で名前が真田十勇士から命名されたなんてことは後で知った。NHK土曜ドラマ「男たちの旅路」へのゲスト出演か。声がでなくて引退を宣言した(囁くようにうたうのが売りの)歌手の役だった。
 映画では「その後の仁義なき戦い」だろうか。とはいえ、この映画、ゲスト出演のショーケンが居酒屋で喚き散らすシーンしか印象に残っていない。

 出世作の「さらば愛しき大地」(監督:柳町光男)は観ていない。ショーケンがその柳町光男監督のメガホンで撮る予定だった「竜馬を斬った男」では、竜馬役で出演している。結局この映画、柳町監督は降板してしまうのだが。
 当然石川五右衛門役で人気を呼んだ大河ドラマ「黄金の日日」にも一度もチャンネルを合わせることもなかった。今思えば、このドラマの脚本は市川森一。「勝海舟」は倉本聰が脚本だから観始めたのだ。だったら、「黄金の日日」も観なければおかしいのに。
 まあ、いい。とにかく、70年代から80年代にかけて、ショーケン、優作、水谷豊に続いて、その動向が気になる役者だった。

 00年代になってから、あまり見かける機会がなくなった。病気治療や交通事故で相手を死亡させてしまったことによる謹慎で表舞台に登場しなくなってしまったためだ。その後鬱病になったという話が聞こえてきて、やがて役者引退とのニュースが流れた。ショックだった。

 本書は根津甚八の奥さんが書いた、俳優・根津甚八の回想録とでもいうもの。本来、本人が執筆(語る)ものだろうが、なぜそうならなかったかは読めばわかる。
 状況劇場前後、唐十郎との関係が興味深い。
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 合掌




 一昨日だったか、一昨昨日だったか、キャリー・フィッシャーが飛行機搭乗中に心臓発作を起こしたというネットニュースに驚愕した。一瞬〈死亡〉の文字が脳裏をかすめたが、続報で容態は安定したとあって一安心したのだ。
 ところが、昨日の朝早く、TBS「朝チャン」で訃報が流れて声をあげてしまった。60歳。若すぎるよ!
 「スター・ウォーズ」シリーズが再開されて、「フォースの覚醒」では旧3部作(「スター・ウォーズ」「帝国の逆襲」「ジェダイの復讐」)から三十数年経ったレイア姫の姿を見せてくれた。同窓会的雰囲気に浸りながら、新シリーズ(の今後2作)を楽しみたいと思っていたのに……つらい。
 次作(エピソード8)は撮了しているので、それが遺作となるのか。

 はっきりいって第1作「スター・ウォーズ」のレイア姫にはあまり魅力を感じなかった。こんなのがお姫様なの? おいおい、ルークよそんな女に夢中になるのか! なんて思っていた。
 しかし、「帝国の逆襲」「ジェダイの復讐」とどんどん魅力的になっていた。「帝国の逆襲」でのハン・ソロとのやりとり、「I love you」「I know」の台詞は忘れられない。「ジェダイの復讐」の最初のエピソードにはゾクゾクしたものだ。

 「スター・ウォーズ」3部作で人気女優の仲間入りをした。ポール・サイモンと結婚したときは驚いた。すぐに離婚したけれど。その後は芳しくない情報ばかり耳にしたような気がする。
 だからこそ、「スター・ウォーズ」新3部作への出演を喜んだのに。

 「フォースの覚醒」公開に合わせて、日本テレビで旧3部作が放映された。第1作は「金曜ロードshow」枠で、あとの2作は深夜に放映された。深夜の放映分は録画したままになっている。追悼鑑賞しよう。「ローグ・ワン」もあのラストカットを拝むためにもう一度観に行こうか。

 さよなら、レイア姫。あなたの勇姿は決して忘れません。

 ご冥福をお祈りいたします。




「先輩、クリぼっちって知っています?」
「クリスマスひとりぼっちの略で、クリスマスを一人で過ごすことだろう」
「先輩、今年一人だったんでしょう?」
「当たり前田のクラッカーだ! イブの夜なんてチャルメララーメンをすすりながら『エンタの神様』見てたよ」
「淋しかったでしょう?」
「もう5年ほどクリスマスはひとりさ。昨年はどうしたんだろうと思って調べてみたら、阿佐ヶ谷のスナックで過ごしていた。昔の同僚がやっているところでね」
「ほら、淋しいから、にぎやかなところに出かけたんだ」
「たまたまだよ。昨年あたりから全然淋しくなくなったんだから。その前まではつらかったけど」
「で、どうしてたんですか?」
「一切の情報を遮断していた」
「はあ」
「カミさんと娘が家を出てから、TVで父親と子ども、特に娘との絆や夫婦愛の話題になるとすぐにチャンネルを換えた。クリスマスシーズンになると、もう地獄だよね」
「……」
「娘の小さかったころが思い出されてねぇ。あのころ、クリスマスって我が家にとって一大イベントだったわけだから」
「つらいですねぇ」
「でも、さっきも言ったけど、今はひとりが楽しいよ。そういう心境になったんだ」
「立ち直ったってわけですか?」
「立ち直ったというと、カミさんと娘から文句言われそうだけど。すべてあなたが原因でしょう! って」
「娘さん、12月に入籍されるって言ってましたよね?」
「ああ、12月のいつなのか、知らないけれど。記念だからクリスマス・イブとか、クリスマスとかなのかなあと思ったりしてね」
「連絡はないんですか?」
「ないよ。オレ、娘に縁切られたんだから。結婚も、子どもが生まれたとしても、お父さんには知らせないからって。もうお父さんじゃないからって」
「……」
「しょうがないよね。自分で蒔いた種だから。お父さんは覚悟がなかったのよ。この言葉、今でもたまに聞こえてくる」
「……」
「湿っぽくなったね。……黙られるとつらいから、なんか、言えよ」
「あのね、先輩、クリぼっちって言葉、女性が言うと、なんか淫靡じゃないですか? クリスマスじゃなくてクリ〇〇〇ひとりぼっちに聞こえません?」
「お前、それが言いたくて、この話題だしたのか!」





 朝日新聞DEGITALの「bookcafe」というコーナーの取材を受け、その記事が本日配信(掲載)されました。

 取材の依頼があったのは10月。もともとは社長に取りついだ。普段、社長は朝礼後、少し店(事務所)にいるが、そのあと仕入れ等で出かけてしまう。なので、取材の時間を午前中、11時に設定したわけだ。
 ところが、前々日くらいに社長から言われた。、「どうしてもはずせない用事ができたから、代わりに取材受けてね」
 それはいいんですけど、だったら、時間を11時なんかにしませんよ、午後3時とか4時とか、そんな時間にすればよかった。
 と思っても後のまつりでして。

 取材の途中で記者の吉川さんに訊かずにはいられませんでした。
「ご出身は沖縄ですか?」
 吉川さんはにこやかに答えてくれました。
「よく言われるんですけど、違います」
「どこなんですか?」
「西宮です」

 カウンターを挟んで店長の写真を撮りたいとカメラ(ウー)マンの石野さん。
「あの女優さんに似ているって言われるでしょう? ええと、なんだっけ、名前がでてこない」
 石野さん、笑いながら「藤田朋子さん?」
「そうそう、その笑顔が似ています」




とりあえず写真だけUPしておく。

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 先週、13日(火)に出勤し、14日(水)、15日(木)の連休を使って関西へ行ってきた。14日の夜に紙ふうせんのリサイタルがあったからだ。

 13日の夜、深夜の高速バスで梅田へ。14日早朝に到着すると、近くのサウナでさっぱりして、午後は次作の小説の取材で宝塚を散策。夜は兵庫県立芸術センターの紙ふうせんリサイタルを鑑賞。終了後、FC+キャストスタッフの懇親会に参加し二次会~某所に移動して恒例の朝までおしゃべり。のつもりが二次会の日本酒が効いて寝てしまった。

 翌15日は、Uさんのおごりで遅めの昼食、コーヒータイム。夕方、Uさん運転のクルマで千日前へ。味園ユニバースのビルにあるイベントスペースで開催された「桂咲之輔・立川寸志二人会」にUさんと参加。終わって、Uさんに梅田まで送ってもらい、高速バスで東京に帰る。

 16日(金)東京駅に到着すると秋葉原のサウナでひと休み。そのまま店に出勤する。夜はイベント「ちあきなおみ聞きまくり」。17日(土)もイベント「ブックカフェ二十世紀忘年パーティー」。
 高速バスの旅は快適で、ぐっすり寝られた。とはいえ、身体は悲鳴をあげていて、節々が痛くて、おまけに眠むくてたまらない。17日は帰宅時、西川口を通り過ぎて、隣の蕨駅まで行ってしまった。18日は御徒町駅で目が覚めて、秋葉原は次だと思って目をつむると、気がつくと神田駅だった。

 クタクタの一週間だったわけだが、気になる映画はしっかり観ている。

 18日(日)は地元シネコンで「ローグ・ワン」鑑賞。第1作に敵方(帝国軍)の幹部として登場していたモス・ターキン提督が当時のままの姿で再登場していて感激した。まるでピーター・カッシングが蘇ったようだ。ラストショットでも同様の、いやそれ以上の驚愕が味わえる。似た役者が演じているとはいえ、メークだけでは無理というもの。CG技術の賜物だろう。

 今日、もう昨日(20日)だが、神保町シアターで「アフリカの光」「青春の蹉跌」「宵待草」。なんと3本続けて。高校時代を思い出した。当時、郷里の映画館では3本立てが当たり前だった。それも休憩なしの。今回は1本ずつ別料金興行だから、40分ほどの休憩がとれた。で、なければ、この年齢で3本は無理ですよ。

 とにかくブログをきちんと更新しなければ。
 頑張ります。


 タイトルの睡魔損は「スイマソン(すいませんの意)」を変換したら出てきたので、内容に合っているじゃないかとそのまま使用してみました。




 承前
 
 あさめし前プロジェクト及び、座長の佐久間孝さんの活動を、僕が批評(活字)の立場から応援することになり、まず同人誌「まぐま」でインディーズ映画を特集した。題して「インディーズ・ムービー名鑑」。佐久間さんとの共同編集である。

 佐久間さんは、自身の団体の上映会のほかに「作家の全貌」シリーズと銘打って、一人の自主映画作家を取り上げる上映会を始めた。
 この「作家の全貌」シリーズで知り合ったのが、飯野歩監督、松田彰監督で、きらめく才能に快哉を叫んだものだ。もし、僕が昔同様に作品を撮っていたら軽い嫉妬を覚えたと思う。「まぐま」のインディーズ映画特集第二弾はこの二人を取り上げた。

 この「作家の全貌」シリーズで下倉功さんと知り合った(と思う)。下倉さんは前述の二人とは違って、普段はサラリーマン、休日に映像作家に変貌するという二足のわらじ的な活動をしていた。
 とはいえ、作品はプロフェッショナルで、ミュージッククリップ「今は偽りの季節」は、下倉さんに編集をお願いした次第。

     ◇

2005/03/27

 「クリスマス・イブ」/「シルク」 ~下倉功個展“ご挨拶”~(SCUM2000)

 個展と銘打たれているが映画の上映会である。普段はサラリーマン、休日は自主映画の監督と2つの顔を持つ下倉監督が新作「シルク」を完成させた。すでに一度リトルシアターでお披露目は済んでいるのだが、この新作と併せ過去の8㎜作品を上映して映像作家〈下倉功〉を知ってもらおうという趣旨で企画された。
 その昔、ロマンポルノから撤退したにっかつがプログラムピクチャー的な一般映画に方向転換した。名づけて〈シネ・ロッポニカ〉。神代辰巳、藤田敏八、村川透、実相時昭雄等、気鋭の中堅監督たちを起用した新作を上映しはじめた。残念ながら〈シネ・ロッポニカ〉は集客の起爆剤とならず、あっというまに中止に追い込まれた。その後にっかつは会社更生法の適用を受けることになり、ゲームメーカーのナムコの支援のもと、日活として復活するのだ。
 それはともかく、〈シネ・ロッポニカ〉の1作品である藤田監督の「リボルバー」が上映された際、新宿の日活館で、あるコンクールに入賞した自主映画が併映されたらしい。下倉監督の「クリスマス・イブ」が4日間上映されたと聞いて、がぜん興味がわいた。

 「クリスマス・イブ」

 下倉監督、大学時代の8㎜フィルム作品。
 大学生を主人公にした等身大の青春恋愛ドラマだ。
 親友の彼氏を好きになってしまって苦しむヒロインがある日学食でスカした男子学生に声をかけられる。イメージにぴったりだから卒業記念の映画に出演してくれないか。その映画は男女の三角関係を描くストーリーで、おまけに自分の役は、親友の彼に想いを寄せる女の子。まるで自分みたいだととまどいながらもOKするが、スタッフ・キャストの顔合わせに行って驚いた。相手役のヒロインはまさにその親友、そしてカメラマンとして紹介されたのは意中の彼だったのだ。複雑な気持ちのまま映画制作はスタート。現実と映画世界を交錯しながら彼らがむかえるラストとは?
 まず冒頭のタイトル処理に驚いた。夜景をバックにしたタイトルが透過光でピンクに光る。劇中では何度かワイプ処理が施されている。8mmフィルムでよくぞまあ!
 ひょんなきっかけで一晩飲み明かすことになった主役ふたりの、飲み屋からでてきた早朝の会話のあまりに説明台詞っぽいところ、男の部屋に立ち寄って結ばれるシーンのカメラワーク、気恥ずかしくて仕方なかった。僕自身が撮った大学時代の作品を思い出すのだ。同じようなカットや同じ言い回しなどいくつも散見できた。
 キスシーン、ベッドシーン。これは学生監督としてどうしても撮りたいものだろう。タバコを吸うしぐさも意識して撮る。あれやこれや、大学時代の撮影に望む自分の心情が思い出され、そのたびに頬が赤くなるような、全身こそばゆくなるような、そんな感覚になって下を向きたくなる。が、それ以上に映画が進行するにつれてどんどん引き込まれていった。

 劇中に引用されていたロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープ主演の「恋におちて」。これには強烈な思い出がある。
 結婚を前提に始めた同棲が破局を迎え彼女が部屋を出て行くその日、彼女が観たいというので会社近くの東劇でふたりで観た。恋が破れた日に「恋におちて」なんて何たる皮肉。上映前の予告編が面白そうで、隣の彼女は「これ観たいねえ」なんて僕に声をかける。他人がみたら仲のいいカップルに見えただろう。ホント女心はわからない。映画の内容なんて忘れてしまったが、あの日の光景だけはしっかり脳裏に刻まれている。

 閑話休題。
 学生映画「クリスマス・イブ」はシナリオもカメラワークも堂々としている佳作だった。伏線が効いている。主人公のズボンのポケットから吸殻を見つけて、翌日(?)大学のホールにたたずむ親友の前へやってきた恋人が頬を叩くシーン、実は映画撮影の一場面だったというオチにはすっかり騙された。しかし周りにいるスタッフは叩かれた親友の演技を誉めているけど、あれは叩く恋人の緊迫感あふれる演技を賞賛すべきものではないか?
 クライマックスのちょっと臭い台詞もこちらの胸に響いてきた。〈登場人物の感情がこちらに届くか否か〉が一般でも自主でも僕の映画を判断するよりどころになっている。それからするとこの映画はすごい。全編、監督の主張に彩られている。まさしく自主映画。
 帰郷するヒロインを追って駅に走る主人公のシーンへの回想を挿入させる、その絶妙なバランスに酔った。

 「シルク」(4時間バージョン)

 普通、メジャー映画だって4時間の上映時間だと観るのを躊躇してしまう。敬愛する監督作品なら別だけど、それでもかまえてしまうかもしれない。今は3時間を超す映画もいくつもあるが、特撮やアクションをメインにもってきて、観客を飽きさせない配慮はされている。
 それを自主映画、それも人間ドラマで4時間である。プロの役者を起用しているとはいえ、あまりにも無謀すぎる。昨年のお披露目上映会では賛否両論で、それは当たり前のことなのだが、その否定的意見がすごい罵倒の仕方なのである。確かに素人映画を4時間も見せられたらたまらない(ちなみに僕の中ではアマチュア映画と素人映画は別ものである、念のため)。実際はどんなものだろうか? 「クリスマス・イブ」で監督の資質、技量を判断して「シルク」に挑戦しよう。ダメだったら「鉄人28号」か「あずみ2」をチェックすればいい。そう考えていたら「クリスマス・イブ」が期待以上の出来で(考えてみれば当たり前のこと、一般の劇場で上映されているんだから)、そのまま会場に居残ることにした。

 4時間を1時間ごとに分割して、途中3回休憩が入る構成。
 人生に挫折したキャリアウーマン(山浦りえ)と彼女に憧れる新人社員(峰野勝成)、癌に冒され余命いくばくもないゲイ(西川方啓)が主人公。
 不倫相手と別れた山浦が淋しさの埋め合わせに峰野と一夜を過ごし、峰野は勝手に彼女と恋人気分になっているところに西川と出会う。いろいろあって、二人は西川が若い頃普通に結婚して一児をもうけていることを知る。今はもう妻子と別れて一人暮らしの西川は死ぬ前に一度息子に会いたいと熱望し、西川の病気を知らないまま二人が協力して妻子の居場所を探し出し、一緒に訪ねるという話。

 とまあ、映画の主要ストーリーはこういうことになるが、生真面目な監督は登場人物すべてにドラマを作り見せ場を用意する。この兆候は「クリスマス・イブ」にも散見できるのだが、とにかく各人物に問題を抱えさせ、その問題をどう克服するかまできっちり描くから2時間の映画が4時間になってしまうのだ。
 主役の3人のほか、山浦の不倫相手の男、その妻、その妻に思いを寄せる旧友。この旧友は何と山浦の兄でもある。
 3部まではゲイが息子と再会するまでの話を中心に「幸福の黄色いハンカチ」テイストを入れ、ロードムービー風に描き、その最中に山浦がなぜ仕事一筋の女性になったか、その根本的原因は父との不和ということもクローズアップされていく。
 4部はゲイが死んだ後日談で、山浦と父の和解がテーマになる。同時に幼い頃父に捨てられ母一人、子一人で育った峰野にも母親の虐待にあっていた事実が判明して、屈折した末の母への愛情を切々と訴える名シーンもある。

 けっして4時間が退屈したわけではない。構成、描写はしっかりしているから、的確な役者の演技とあいまって二転三転するストーリーに引き込まれた。肉体的には疲れはしたけれど。キャラクター造形でもヒロインにセブンスター(BOX)を吸わせるところなんて男には負けたくないという内面の強い意思を感じさせてくれる(やはり女性のタバコはセーラム系だろう。偶然だとしても意味がある)。
 ただしTVで放送される4回の連続ドラマあるいは二夜連続のスペシャルドラマならまだしも、映画という媒体からするとやはり4時間は長すぎると思う。
 映画は省略の芸術である。主要なテーマは何か。テーマを訴えるためにストーリーをどう構築するか。どのエピソードを強調し、削除するか。削除することによって残されたエピソードが引き立つこともある。小説でいうところの行間を読ませる行為か。
 あれもこれも描きたいという気持ちはわかるし、名演技を見せてくれる役者たちのことを考えれば、そう簡単にカットできるはずもないけれど、映画は監督のもの、不特定多数の観客を相手にするならば、やはりそこは決断が必要ではないか。

 幸いこの4時間版はあくまでも関係者用だという。一般用ともいうべきバージョンを編集するなら、主要3人の物語にすべきだろう。不倫相手の男性やその妻の物語が必要かどうか。
 そう考えた場合、おのずと4部は独立した作品になるだろう。明らかにテイストが違うのだから。「その後のシルク」(by アworker氏)「もうひとつのシルク」なんていかが。
 残る3時間のドラマ、ラストはやはりゲイと息子の再会だと思う。息子の別れ際の言葉にはぐっときた。そのラストにむけ、どうエピソードを削っていくか。たとえばの話、息子に会いに行くゲイの服がどうのこうのなんていらないのでは? 西川の服にそれほどのケバさ、異様さは感じられなかった。そうしたエピソードをとりあえずカットしてみるとか。
 一般公開用の「シルク」に期待する。

     ◇


 【おまけ】

 「お散歩」 インディーズらしい切り口 メジャーに匹敵する完成度

 壮大なスケール、破天荒な世界観で観客を圧倒させた自主映画「夢の祭」の松田監督の新作が完成した。当初10分程度の短編ということで取り組んだものの出来上がってみたら48分の中編に様変わりしてしまったという。しかし、10分のものが15分や20分になるのならわかるけれど約5倍になるとはどういうことだろう。不思議な気持ちで試写会に向かった。    
 ある真夏日の早朝から主人公の男女(鍋山晋一、村田牧子)が近所を散歩する、ただそれだけのストーリー。その合間にふたりが単独でインタビューに答える形で出会いから定期的に散歩する現在の関係に至るまでの過程を説明していく。
ドラマの中にインタビューを挿入するのは「恋人たちの予感」「ストーリー・オブ・ラブ」の影響だろうか。冒頭から始まる散歩はまさしくスケッチといった按配。ふたりの会話はまるで素のそれであり、まったく演出や演技を感じない。まるでドキュメント風。そんな中にあってこのインタビューが後半に効果を上げてくる。  
 インタビューで浮かび上がってくるのは同じ事象について男女の考え、印象の違いである。三島由紀夫「潮騒」のラストが脳裏によぎり、「お散歩」は松田監督の男女論、恋愛論なのかと、このまま映画が淡々としたお散歩風景とインタビューだけに始終してもいいかなと思いなおしていた。
 中盤でちょっとした衝撃が生まれる。女を探しに男が自転車で駆けずり回るのだ。すぐに見つかってなーんだってことになるのだが、これでこの映画はもしかして〈なことからふたりが喧嘩しはじめて、その内容にニヤニヤしながら若い頃の苦い経験を思い出していセックス〉そのものをテーマにしているのかと考えた。これまでの淡々さは前戯で、ふたりのすれ違いが挿入、突然のサスペンスは射精……  
 とはいえ、上映時間はまだまだ残っている。どうやってこの映画に決着をつけるのか? 固唾を飲んで見守っていると(もう松田監督の手の内はまっているのね)、ほんの些細た。女の論理、感情、男の反応。いやはや、まったくこういう展開にもっていくわけか。
 男の場合、一度でも恋愛したことがあるのなら、女のこういう態度、表情に振り回されたことがあるだろう。男女の普遍的な関係。
 特筆すべきなのは、この一連の流れが冒頭の散歩風景同様にまったく作為的なものを感じないこと。だからこそ余計にこのクライマックスがこちらの胸に響いてくる。
 ふたりの役者の素晴らしさをまずあげたい。
 男(鍋山晋一)はつぶやきシローをかっこよくした感じ。インタビューに答えていくうちに、単細胞なのだけど、その気持ち、わかる! という風に徐々に共感していく。恋の成就を応援したくなる。
 女(村田牧子)はELTの女性ヴォーカル的なマスク。男に比べてもっと冷静的で客観的にものをとらえる。散歩時の帽子姿がかわいい。
 カメラワークも自己主張している。撮影は「ハズしちまった日。」の監督・飯野歩。映像自体、銀残しといわれる手法みたいなやさしいタッチでこれまた効果をあげていた。全編にわたる手持ちカメラによる揺れも心地よい。
 平成の姫田真佐久、仙元誠三。堤幸彦監督の名パートナー唐沢悟の向うをはるカメラマンでもあるのだな、飯野監督。
山下敦弘監督「リアリズムの宿」がインディーズ映画の一つの方向性としてあるのではと思っていたが、さすが松田監督、その線でも見事な傑作をものにしてしまった。


 「ガソリンゼロ」 下妻物語に勝るとも劣らない青春映画の傑作!

 驚愕の疾走映像と息つかせない展開で観客を圧倒した「ハズしちまった日。」。衝撃的な映画で数々のインディーズムービーコンクールを総なめにした飯野歩監督の待ちに待った新作の上映会が佐倉で開催された。
 予告編は朝めし前プロジェクト主催の〈作家の全貌〉シリーズで何度も流れていた。にもかかわらず完成の情報がなかなか伝わってこない。撮影は終了しているのに、編集で暗礁に乗り上げているなんてことも伝えられていた。前作が単なるフロックでない、映像作家としての真価を問われる2作めなのだから相当のプレッシャーを感じていたのだろう。
 完成を危ぶむ声もなくはなかったが僕自身はまったく心配していなかった。予告編は構図やタッチが完璧だったし、編集中にカメラマンとして参加した「お散歩」(松田彰監督)ではずばぬけた飯野イズムあふれるカメラワークを披露していたのだから。
 とにかく飯野監督が新作で何を〈魅〉せてくれるか。「ハズしちまった日。」の疾走感覚の単なる焼き直しでは意味がない。期待はそこにあった。
 主演は「ハズしちまった日。」でちんけなスリを好演した山崎吉範。一人前の社会人になれず仕事や生きがいについてあれこれ思い悩むフリーター、等身大の青年役だ。時間があれば道路脇の空地で愛車の原付バイクを駆って半径数メートルの円を描くようにクルクルまわるのを日課としている。何を考えているのか? 何に悩んでいるのか? 何も考えていないのか? 奥に見える「この先行き止まり」の看板が彼の心情を代弁しているかのようだ。クルクルした後はガソリンスタンドに立ち寄って100円ぼっきりの給油をしてもらう。嫌な顔せず接客してくれる女店員の笑顔だけに癒される毎日なのだ。
 彼のバイト先であるDPE店に決死のまなじりで訪れた女子高生がもう一人の主人公。演ずるは水野由加里。三原順子と加藤夏希を足したようなマスク。思いつめた鋭い目つきがこちらの心を射抜く。誰かに対する怒りだろうか、憤怒のエネルギーを内に秘め仁王立ちするポーズが決まっていた。
 彼女が店内の品物を万引きして脱兎のごとく逃げ出し、青年があわてて追いかけてゆくことから話が転がっていく。
 閉塞した現状から脱出したいフリーターと女子高生。年齢も生活環境も違うふたりのヘンな出会いと奇妙なふれあい。特に腹を割って話したわけではない、本当にお互いの気持ちを理解しあえたのかどうかもあやしい。しかしこのほんのちょっとした交流が互いに影響しあって、それぞれの力、それぞれの方法で心にうずまいていた靄を吹っ切り、明日への活力を得るという青春映画。
 ミレニアムセンター佐倉の大スクリーンで観るシネスコサイズの「ガソリンゼロ」は映像的にもストーリー的にも堂々としたものだった。インディーズ映画の枠を超越していた。このままどこかのシネコンにかけても遜色ない。
 何より画で見せる語り口に感心した。余計な説明台詞がない。あくまでも目で見えるもの、映像の積み重ねで主人公たちの心情を描写するから、観客として彼らの行動がごく自然に感じられる。シナリオと演出と演技が見事にシンクロしていた。一箇所だけ、ちょっとそれベタすぎないかと思ったところがあったが、それもクライマックスに通じる伏線で大いに納得した。
 テーマに直結したタイトル、その意味付け。なるほどと感心していると、タイトルを成り立たせている原付バイクをフル活用して主人公の感情の高まりを観客に投げかけてくる。その高揚感と爽快感。まさしくこれは映画の醍醐味ではないか。
 今年(2004年)の日本映画ベストワン(だと僕が考えている)「下妻物語」に勝るとも劣らない青春映画の傑作が誕生した。




 9日(金)、「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」出版記念と銘打って、「新井啓介〈昔撮ったキネマ〉蔵出し上映会Ⅱ」を開催した。おかげさまで好評で、「楽しかった」との感想をいただいている。
 19時に開始して2時間が上映、1時間が歓談(自己紹介)という流れで、予定の22時にぴったり終了した。

 今回、軽食のメインとなった寿司は自腹で用意。会費3,000円(書籍代700円を含む)以上の満足感を与えたいと考えたからだ。実は〆でごった煮汁(白菜、大根、人参、しめじ、なめこ、豆腐、厚揚げ等々の入った味噌汁)もあったのだが、話に夢中になってしまい、出すのを忘れた!

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 プログラム最初の作品「某オープニングビデオ」に続く「1973 バラキの夏」、ミュージッククリップ「今は偽りの季節」、「ミニミニアニメーション」の3作品。
 すべて、00年代前半にインディーズ映画の上映会に足繁く通った賜物である。上映会(懇親会)で知り合った映像作家の皆さんに、未完成のまま眠らせていた学生時代の作品を何とか蘇らせようと、編集をお願いして完成させたからだ。

 インディーズ映画製作の団体との出会いについては、かつてこんな風に書いている。夕景工房にUPしたレビューを「夕景工房 小説と映画のあいだに」に転載した。

     ◇

●僕はこうして朝めし前プロジェクトと出会った

 僕が勤めるゲーム会社では毎年年のはじめに〈初出式〉という恒例行事がある。企画、運営を担当する僕は、21世紀を迎えるにあたって、オープニングにどうしても『2001年宇宙の旅』のテーマ曲として有名なR・シュトラウス「ツラトゥストラはかく語りき」を流したかった。単に曲を流すのも芸がないので、「19世紀は小説、20世紀は映画、21世紀はインターネット+ゲームの時代」という内容の英文を音楽にあわせて加工した映像をでっち上げた。
 
 翌02年は赤字決算が続く会社が今年こそ蘇るという願いを込めて、本社ビルから〈火の鳥〉が宇宙に飛び出す絵コンテを描いた。社内のCGを制作する部署で映像を制作してもらった。出来上がったものは絵コンテのイメージとはかけ離れた、ゲーム画面とシンセサイザー音楽が組み合わさったデジタル感覚あふれる内容だった。これはこれでいい。でも次回(03年)は逆にアナログ感覚の映像にしたいと思った。  
 若手の社員一人ひとりにスポットを当て、スチール構成で会社の一日を描写する。BGMはビー・ジーズ初期のヒット曲「In the morning」。ちゃんとフィルムで撮影したスチールをビデオで撮影して、生の楽器を使用した〈暖かい〉音楽を当てる……なんて要は「小さな恋のメロディ」のオープニングをパクって自分なりの世界を作りたかっただけのこと。
 
 当初社内で制作するつもりが、いろいろわけあって外部に発注することになった。かといって予算はあまりない。そこに登場したのが友人紹介による自主映画出身の棚木和人氏だった。今は東映でカラオケの映像を演出している。アマチュアなら〈お友だち価格〉でお願いできるのにと思いながら、とりあえずお会いし、絵コンテを交えて製作意図を説明するともうその場でカメラマンのスケジュールを押さえる仕事の速さ。日の出を狙った早朝からの撮影も快晴にめぐまれ無事終了。音楽にあわせてカットを積み重ねる編集もお手のもの。こうして構想一年のオープニングビデオは完成したのだった。
 
 そんな棚木氏から自主映画上映会の案内をもらった。短編2編。〈朝めし前プロジェクト〉という棚木氏が参画している製作集団が制作した作品で、そのうちの『武士道/一期一会』に脚本、監督、出演しているという(棚木氏はプロの役者さんでもある)。  
 いくら短編でもSFと時代劇は無理があるのではと観る前は思っていた。どちらも舞台設定に金がかかる。貧弱な設定だともうそれだけで引いてしまう。自主映画の世界ではいかんともしがたい。  
 ところがこれが杞憂、余計なお世話だった。2作品ともこちらの抱いていたイメージをいい意味で裏切る内容なのだ。入場料500円(ということは1本あたり250円)の価値は絶対あると断言できる。アイディアにおいては制作費ウン十倍(?)の『Jam FilmS』の各作品と肩を並べるのではないか。
 
  『ハーレム エイジ』
 人類の大半を死滅させた〈細菌戦争〉後の24世紀、顔面を焼かれるという謎の連続女性殺人事件を追う女性捜査官の活躍を描く人見健太郎監督作品。  
 会場に到着するのが遅れて冒頭の5分を見逃している。一番の見せ場はこの5分に集中しているとのことだが、それでもかなりの面白さだった。ストーリーがどうのというのではなく、そのディティール描写にわくわくした。未来社会の小道具をCG技術を駆使して魅せてくれる。『ウルトラマン』シリーズの新作がまたTVでオンエアされるとして、レギュラー監督の一人になって、この感覚を生かせれば注目されるのに……。川崎郷太監督のテイストを感じる。

 『武士道/一期一会』
 明日の女優を夢見る若い女性(上村愛香)が主人公。ハリウッドでトム・クルーズ主演の時代劇『ラスト・サムライ』が製作されると知って、仲間たちでチームを作り、オーディション用のビデオを作るが、彼女だけが落ちてしまう。ハリウッドに飛び立つ仲間たちを空港で見送る傷心の彼女が遠く離れたメル友とメールのやりとりをしながら元気になっていくという棚木和人監督作品。  
 この中で紹介される2本のオーディション用ビデオが時代劇仕立てとなっている「武士道」と「一期一会」というわけ。  
 ヒロインと見知らぬ相手とのやりとりすべてが画面上にメール文字で表示されるのがユニーク。新種の無声映画とも言える。時代劇には英語のスーパーインポーズがつく。これがほとんど直訳の英文。  
 日本語と訳の英語のギャップに笑いはじけるかというとそうでもなく、ほとんどあり合せの衣装、小道具、セットで作った時代劇そのものがメインになるわけでもなく、でも何となく面白く、不思議世界に引き込まれ、ラストに鮮やかなオチがあって大いに納得させられた。

●『ボンネットバスブルース』のラストは『雨上がる』のそれより数倍よかった!

 朝めし前プロジェクト上映会第2弾。
 『ボンネットバスブルース』はプロジェクトの座長、佐久間孝監督作品。
 佐久間監督は長くカラオケ映像や歌手のプロモーションビデオを撮ってきた方。Vシネマも監督しているという。 
映画への夢絶ちがたく、ゆくゆくは長編映画を企画、制作したい、その前段階として短編映画の自主制作を、と仲間たちとプロジェクトを立ち上げた。それが朝めし前プロジェクトだ。  
 本来なら『ボンネットバスブルース』はプロジェクトのお披露目を兼ねた第一弾の上映会で上映される予定だった。しかし、納得のいく出来ではなかったらしくリテイクとあいなった。再編集と音入れを上映ぎりぎりまで行っていたとか。
 その埋め合わせに急遽制作されたのが『武士道/一期一会』だった。
 ハリウッド映画(トム・クルーズ主演の『ラスト・サムライ』)に出演するために仲間の俳優たちが作ったオーディション用ビデオ2本をちゃんとした劇映画にするべく、後撮の現代劇となかば強引に結びつけて1本の作品にしたのだとか。
あの奇妙な味はそういう事情があったのか。
 その『武士道/一期一会』の監督、棚木氏が『ボンネットバスブルース』の脚本を担当している。   
 妻に離婚を迫られているボンネットバスの運転手と、怪我によって野球生命を絶たれた男の邂逅と共感、再生を描く物語。いま流行りの〈癒し〉がテーマだろうか。  
 朝めし前プロジェクトの映画は、先の2本もそうだったが、事前にイメージしているこちらの想像をいい意味で裏切ってくれる。
この映画も絵ハガキチラシのポスターを見て、実はもっとクサい人情話を予想していた。ところが映画はほとんど台詞のない映像詩といった按配で、特に後半、その映像(夕焼け)の美しさに心洗われる(撮影・松尾誠)。
 台詞が少ない分、主役の運転手(町田政則)と男(村添豊徳)の顔(の表情)がモノを語ってくれる。うまいキャスティングだ。
運転手と男のやりとりはフランス映画『ヘッドライト』を彷彿させた。
……なんて『ヘッドライト』、観たことないんですけどね。
映像、カッティングから受けた印象は〈本格派〉というもの。佐久間監督、フィルムで撮りたかったのではないだろうか。  
 始めにボンネットバスありきの企画だから、仕方ないのかもしれないが、いやだからこそ、ボンネットバスの存在にそれなりの理由付けがほしかったと思う。
 映画ではなぜか運転手の目の前にバスがあって、勝手に運転してしまう展開。これはボンネットバスが走ってもおかしくない状況を考えるべきではないか。ボンネットバス自体が魅力的であるだけに、時代を昭和40年代に設定するなり、ボンネットバスが走る架空の田舎町を舞台にする等の工夫が必要だと思う。
 短編で予算に限りがあるから無理な注文かもしれないけれど。

     ◇

 棚木さんには「1973 バラキの夏」を、人見さんには「ミニミニアニメーション」の編集をお願いした。
 知り合ったときは、二人とも独身、それが今や生涯の伴侶と生活をともにしている。
 立場が逆になってしまった。
 ちなみに人見さんの奥さんは上村愛香さん、棚木さんの奥さんはあの……まあ、いいや。
 

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乾杯の音頭をとっていただいた、フォトジャーナリストの新藤健一さん(左)
締めの挨拶をお願いした、映像ジャーナリストの原渕勝仁さん(右)

新藤さんとは、BC二十世紀のイベント(写真展&トークイベント)で
知り合ったのですが、実は著書を何冊か読んでいるんです。
原渕さんは「ショーケンという孤独」で、ショーケンを密着取材した方
また、「ALFA MUSIC LIVE」のWOWOW放送に併せて、
赤い鳥復活のドキュメンタリーを関係者に依頼されたとか。
実現しませんでしたが。




 「淵に立つ」の詳細な感想も書いていないし、何より「赤々煉恋」のレビューもUPしていない。
 いけない、いけない!

     ◇

10月27日(木)

 「めぐりあい」&「今夜は踊ろう」(シネマヴェラ渋谷)


11月9日(水)

 「キリマンジェロは遠く」(K’Sシネマ)


11月17日(木)

 「シン・ゴジラ」(MOVIX川口)


11月29日(火)

 「ミュージアム」(新宿ピカデリー)


11月30日(水)

 「NET CINEMA FESTIVAL GOLDENEGG」(ユーロスペース)


12月1日(木)

 「湾生回家」(岩波ホール)

 「シン・ゴジラ」(スバル座)


12月5日(月)

 「この世界の片隅に」(楽天地シネマ錦糸町)


12月6日(火)

 「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」(MOVIX川口)






 12月9日(金)に出版記念イベントをブックカフェ二十世紀で開催することはすでにお知らせしました。
 今回はその詳細について。

 私が学生(中学、高校、大学)時代に撮った映画の上映会を企画しました。
 題して「新井啓介〈昔撮ったキネマ〉蔵出し上映会Ⅱ」
 Ⅱとしているのは、一度開催しているんですね。「夕景工房 小説と映画のあいだに」という映画評、書評を網羅した本を自主出版したときに。
 上映作品もほぼ同じなので、少々気がひけたのですが、ある考えがあって開催を決断しました。

 上映作品は以下のとおりです。

●某オープニングビデオ(2003年 3分)

●「1973 バラキの夏」(1973年 9分)
 中学2年の夏、私が住む町の子ども会がバラキ高原1泊2日のキャンプを企画したので、仲間と8㎜カメラを持って参加。キャンプのドキュメンタリーを作ろうと考えていたのですが、仮編集のまま中断してしまいました。それを2000年代になって知り合ったとある映像作家に編集を依頼し、映像詩とでもいうべき作品に仕立てました。

●ミュージッククリップ「今は偽りの季節」(1983年 5分)
 大学3年から4年にかけて、自主映画のサークル内で私の脚本・監督で制作していたのですが、私の鬱病が原因で中断してしまいました。
 卒業してから、個人的になんとか完成させようとしたのですが、ラストシーンの撮影に失敗し、50分の仮編集状態のまま封印してしまいました。これをやはり2000年代中ばに、知り合った映像作家さんに依頼してミュージッククリップに仕立て直しました。

●ミニミニアニメーション(30秒)
 中学の卒業文集に掲載された、私が描いた3学年の担任の先生の似顔絵の中から、2名を選び、高校時代にパラパラアニメを作ろうとしました。絵は描いたのですが、撮影までいかずずっとそのままにして三十数年。
 2000年代になって、これまたある映像作家にお願いしてアニメにしました。

●「ブラッドハウンド ゆうずうのきかない自由に乾杯!!」(1979年 49分)
 大学1年の後期に、私の脚本・監督で制作しました。浪人生2人が金もうけのために探偵のアルバイトをして、ある事件に巻き込まれるという、「傷だらけの天使」を意識した映画です。

●「明日を知る少年」(1974年 21分)
 小学校を卒業した春休みに脚本を書き、中学1、2年で撮影、3年時にアフレコをして完成させたSF映画です。
 NHK少年ドラマシリーズの第1作「タイム・トラベラー」に感銘をうけ、あちらが時間を跳躍する少女「時をかける少女」なら、こちらは予知能力を持つ少年の話「未来を知る少年」、いや「明日を知る少年」だぁと無我夢中で友人たちと作ったSF映画です。
 音楽もオリジナルで、中学生が8㎜映画を撮っていると、当時、朝日新聞(群馬版)に紹介されました。

 実は、次作の小説は、この「明日を知る少年」にまつわる物語にしようと考えております。タイトルは「明日を知らない少年たち 1970-1974」。
 ですので、その執筆の出陣式にしたいとこの上映会を企画した次第です。
 また、「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」の舞台となる高田馬場や目黒の権之助坂が出てくる「ブラッドハウンド…」や作中に登場する中学時代の恩師2名がちょうどアニメにした先生だったもので、上映に意味があるのではないかと思うんです。

僕たち赤い鳥ものがたり出版記念
 倉本聰の自伝風エッセイといえようか。  
 原風景に始まって東大時代の芝居三昧の日々、番組制作とシナリオライターの二足の草鞋で睡眠時間がほとんどなかったニッポン放送の会社員時代。シナリオライターとして独立して、まず技術者としてシナリオを極めようと、TVと映画(日活の歌謡映画)を書きまくった時代。そして僕自身〈脚本・倉本聰〉に惹かれてTVのチャンネルを合わせた70年代。大河ドラマ「勝海舟」で生じたNHKとの確執、北海道への逃避行、それを端に発した北海道とのかかわり、富良野への永住、ライフワーク「北の国から」の誕生、シナリオライターと俳優を養成する塾の開講、TVを離れ、自分の劇団を旗揚げし芝居作りに励む毎日等々。
 「勝海舟」降板事件や石原裕次郎主演映画の頓挫の詳細が書かれていたり、クリエーターとしての含蓄のある文章もたくさんあって、なぜもっと早く読まなかったのか悔やまれる。  
 連続ドラマ「北の国から」のシナリオを出したことから、理論社は後に倉本聰の作品をまとめた〈シナリオ文学〉シリーズを発刊するが、それより前、まだシナリオが読み物として認知されていない頃から、僕は倉本聰のシナリオ集の本を買っていた。それくらい10代の僕は倉本聰にはまっていた。
 
 小学4年か5年の時、「2丁目3番地」を観るようになって、倉本聰というシナリオライターの名を覚えた。石坂浩二と浅丘ルリ子が夫婦役で共演(これをきっかけに結婚する)したコメディードラマはとにかくおもしろかった。ナレーションがふたりの間にできた赤ちゃんというのも斬新だった。  
 それより前に倉本ドラマを観ていた。平幹二郎主演「君は海を見たか」である。不治の病に冒された息子と、仕事に忙殺されて家庭を顧みなかった父親のふれあいを描くこのドラマ、子ども心にもラストのクライマックスが想像できた。病院のベッドの上で行き絶え絶えの息子と、父親の最後の会話が交わされる涙なくしては見られない展開……。  
 とんでもなかった。息子の死を宣告されてからというものの、仕事モーレツ人間から家庭人間になった父親は、病気に効くとされる民間療養はすべて試してみた。神様、仏様はすべてお祈りした。その結果、まだ息子に異変は見られない。もしかしたら奇跡がおこったのかもしれない。本当に助かるのかも。そんな大人の会話が交わされているところに、トイレから息子の声が響いた。「パパ、来てごらん、見てよ、ボクのおしっこ、まっかっかなんだよ、とってもきれいなんだ」  
 ここで、すぐに息子の遺影になって、父親のモノローグでエピローグが語られる。この展開に衝撃を受けた。
 
 「君は海を見たか」も倉本聰の作品だと知り、しっかりその名を受け止めた僕は以後テレビ欄で倉本聰の名を見つけると必ずチャンネルを合わせたものだ。(ちなみにこの作品は後年、ショーケン主演でリメイクされている。)  
 日曜劇場で北海道放送が制作するドラマ「りんりんと」、「幻の町」、「うちのホンカン」等の単発ドラマ。大河ドラマ「勝海舟」。ショーケンほか室田日出男、川谷拓三の異色キャストが話題を呼んだ「前略おふくろ様」。
 「勝海舟」の第1回にひどく感動した。若き海舟が学校の先生に父親を批判され、怒り出す気持ちがまっすぐこちらに伝わってきた。途中降板が残念でならなかった。  
 「前略おふくろ様」はラストのショーケン演じるサブの言葉に涙した。俺はおふくろさんに青春があったことを知らない、と切々と訴えるシーンで、両親の恋愛なんて考えたこともなかった僕はTVの前でしきりにうなづいていた。PART2では酔っ払って部屋に帰ってきたサブに〈おふくろ死す〉の電報が届くシーンに、「田中絹代が死んじゃった!」と飛びあがった。実際に田中絹代が具合が悪く入院していたことをニュースで知っていたので、ドラマと現実が一緒くたになってしまったのだ。
 
 当時ビデオによるドラマは収録がスタジオだけに限定され、ロケの場合はフィルムになってしまうなんてこともあった。スタジオ収録だけで済ますホームドラマはセットがいかにも作り物めいていて、舞台劇に毛がはえた程度のイメージだった。そういう風潮の中で倉本聰が書くドラマはビデオという素材を最大限に生かしきっていた。
 
 ベップ出版というところからシナリオ集がでていると知って、あわてて買い求めた。1冊は日曜劇場のドラマを集めた「うちのホンカン」、もう一冊は「前略おふくろ様」。二千円弱の本は当時の高校生にとって高価な買い物だったが仕方ない。僕はこの2冊でシナリオの書き方を学んだ(つもり)。
 シナリオのほかにもエッセイ集もあった。「さらばテレビジョン」に始まり、以後「新テレビ事情」「そこに音楽があった」等買いつづけた。その中に〈ビデオにこだわりたい〉という一文があって、僕はその姿勢、意気込みに大いに共鳴した。
 
 当時の僕にとっては「それぞれの秋」、「男たちの旅路」の山田太一とともに倉本聰はテレビドラマの二大巨匠だった。  
 その二人のドラマが同時に放送される日がやってきた。「北の国から」と「思い出づくり」である。まだビデオデッキがない時代、どちらを観るか大いに悩み、小学生の時からファンだった倉本聰を選択した。  
 理論社からシナリオが出た。過去のシナリオも大方買い揃えた。〈シナリオ文学〉がもてはやされた頃だ。いい時代になったもんだと喜んでいた。にもかかわらず、何冊も読んでいるうちにもどかしさを感じるようになった。映像が観たい。役者が実際に演技しているシーンを観たい。ベップ出版の抄録ではなく、全話収録の「前略おふくろ様」でその思いは一気に高まった。  

 あこがれの倉本聰には一度だけ会える機会があった。
 大学を卒業し、就職浪人が決まった僕は、親に対する口実のため半年間だけシナリオ講座に通った。特別講師として倉本聰と山田太一がそれぞれ別々に招かれたのである。しかし僕は倉本聰の講演を欠席してしまった。  
 授業料その他すべて自腹だったから、授業を欠席するなんて金を無駄にするようなものだったが、どうしたわけか行く気になれなかった。  
 実際に会うのが怖かったということもある。同時に、全クラスが対象で教室がいつもの場所ではない、事務局から聴講するにあたっての注意も多い、など、何から何まで特別扱いに反発したのかもしれない。山田太一の時はしっかり行ったのに、今、考えると自分の行動がわからない。    

 倉本聰のドラマはその後も「北の国から」のスペシャルドラマ等、できる限り観ていた。ただ、以前ほどの熱い気持ちはなくなっていた。
 一つにいわゆる自分のドラマに〈ら抜き言葉〉をたびたび使用するようになったことが要因だった。台詞の一つひとつに目を光らせていた人が〈ら抜き言葉〉に平然としていられるなんて信じられなかった。
 決定的だったのは芸術祭参加作品のスペシャルドラマ「町」だ。これでもう倉本ドラマを卒業しようと思った。
 時流に乗り遅れたかつての売れっ子シナリオライター(杉浦直樹)が現在のTV業界に挑戦するべく、あるシナリオコンクールに別名で応募したシナリオのクライマックスが、まったく「前略おふくろ様」のそれだった。まったくの焼き直し。  
 久しぶりにNHKと組んだ「玩具の神様」がよくて、また見直したものの、「北の国から '98時代」後編のラストでまた気が変わった。
 テーマ曲に乗せて、連続ドラマから今までの純と蛍の姿をピックアップして並べていく。涙がとどめもなく流れた。彼らが小学生の頃から成長を見守っているのだから、こんな風に作られたら熱心な視聴者なら涙を流すのは当然だ。それをこれでもか、これでもかとたたみかけるように映像は続く。こうまでして感動を視聴者に押しつけるのか。僕の反発はここだった。  

 山田太一はドラマを書きながら、ドラマでできないことは小説で表現するようになった。キャリアを積んだライターにわりと多く見られる。倉本聰は小説に手を染めたことがない。時々エッセイ集を上梓するだけ。昔は喜び勇んで購入して読んだのに、この数年はほとんど見向きもしなくなった。図書館から借りようともしない。
 
 しかし。  
 「北の国から 2002遺言」を観て、倉本聰の底力を知った思いがした。そこで倉本ドラマとは僕にとって何だったのか、再確認する意味で本書を借りてきた。  
 NHK「勝海舟」の降板はここまでスタッフと軋轢があったのかと、驚いた。女性週刊誌の歪曲された記事がもとになって、スタッフのつるし上げになった件。労働組合が強い時代だったとしても、この解決法はないだろう。  
 母親の躁鬱病の話はこれまでも何度か読んでいる。最初に読んだ時(高校時代)躁鬱病の実体を知ったつもりでいたのに、いざ自分が躁になってもまるで役にたたなかった。  
 田中絹代の話は何度読んでも涙がでてくる。おふくろ様が亡くなって、サブのところに電報が届くシーンで、TVの前であわてふためいたファンがいたように、倉本聰自身もまた動揺があったという。そのシーンを書いたシナリオをTV局に納入してから、入院する田中絹代を見舞うと、親族からもう長くないと聞かされる。まっさきに思ったのはシナリオを取り返さなければということ。おふくろ様を殺してはいけない、と。
 
 芝居で全国をまわる。その土地々で反応が違うと書く。最悪の客は東京と書いている。「東京のお客さんは静かすぎて楽しんでいるのか、つまらないのかわからない」と東京でコンサートをするたびに困った顔を見せる某ミュージシャンの言葉を思い出した。
 クリエーターとして発信ばかり考えて受信することを忘れているとの苦言には素直にうなずきたい。  
 単なる偶然かもしれないが、ひとつの倉本聰との共通項を見つけてうれしいやら怖いやらの思いがする。倉本聰がたまに見てうなされる夢のことだ。ひとつは試験の夢。何一つ勉強しておらず、苦悩しているところで目がさめるという。もうひとつはまったく台詞を覚えていないのに舞台に立たせられる夢。僕もたびたび似た夢を見る。
 夢判断だとこのふたつの夢は何を意味するのだろうか。




 TV映画の名作「傷だらけの天使」のシナリオ集が上梓された。
 版元は自主出版募集の新聞広告でよくその名を拝見する新風舎。ここが文庫を発刊し、その目玉シリーズが向田邦子賞受賞作家シリーズと銘打った人気脚本家たちのシナリオ集だ。
 著者は「淋しいのはお前だけじゃない」により向田邦子賞の栄えある第一回受賞者となった。
 上巻の巻頭に掲載されている〈向田賞作家シリーズに寄せて〉によると著者は毎日新聞に〈脚本ライブラリー〉構想を発表し、新風舎が賛同してこのシリーズの発刊が決まったという。

 1983年に大和書房から出版された単行本は持っている。当時ビデオはないし、「傷だらけの天使」が観られるのは再放送だけだった(再放送時カセットテープに録音していた友だちがいたっけ)。そんな状況でのシナリオ集の発売は実にありがたかった。歓喜した。できればこれを契機に全話のシナリオがでればと願ったものだ。
 その後、ビデオデッキを購入して深夜の再放送を録画したりしていたが、90年代になるとやっとビデオソフトになって、レンタルも可能になった。数年前ついにDVD-BOXを手に入れた。DVDプレーヤーを買ったのはその1年後だったのだけれど。
 こうなるともうシナリオを読んで映像を頭に浮かべる必要もない。にもかかわらず新聞でこのシナリオ集の広告を見て胸騒ぎがした。解説が上巻下巻それぞれ加納典明と深作健太。加納典明はおかま風の殺し屋という仰天キャラクターであるエピソードに登場して視聴者を驚かせた。当時はカメラマンなんて知らず(「傷だらけの天使」にはスチールカメラマンとして参加の由)、一体何者か大いに疑問だった。深作健太は深作欣二の息子さん。映画「バトルロワイアル」でマスコミに登場したのだが、僕が注目したのはその名前だった。劇中修の台詞によく出てくるのが健太という息子で、高倉健の健に菅原文太の太をもらったともっともらしく説明されている。本当に健太が存在していたことにこれまた驚いた。
 二人が「傷だらけの天使」について何を書いているのか、心落ち着かず、書店にかけこんだ。

 「傷だらけの天使」は「太陽にほえろ!」を卒業したショーケンのために企画されたもので、日本テレビの清水欣也プロデューサー、ショーケン、著者の夜な夜な繰り広げられた酒場の雑談から生まれたという。
 ショーケンと著者は飲み友だちだった。その証拠が「帰ってきたウルトラマン」のあるエピソードに見られる。ファンの間で〈11月の傑作群〉と呼ばれる作品がある。その一つが「許されざるいのち」のサブタイトルがついた作品で、クライマックスにこの手の番組には縁遠いロックバラード風の歌が流れて非常に印象深かった。僕にとって長い間幻の名曲だったこの歌がPYGの「花・太陽・雨」だったのだ。スパイダース、タイガース、テンプターズの残党が集まって結成されたロックバンド、PYG。ジュリーとショーケンのツインヴォーカルが売りで、ロックファンから黙殺されてあっというまに解散に追い込まれた。このバンドのシングル「花・太陽・雨」が著者の口利きで作品内に使用されたと某特撮ムックに書かれていた。
 市川森一はもともと円谷プロの「快獣ブースカ」でデビューし、「ウルトラセブン」以降のシリーズにかかわり「ウルトラマンA」ではメインライターだった。なぜPYGの歌が特撮ヒーロー番組で流れたのかこれで理解できた。

 閑話休題。
 もし萩原健一の代表作を一つだけあげろと言われたら僕は「傷だらけの天使」と答える。70年代、ショーケン主演の作品はTV、映画、傑作が目白押しなのだが、中学2年の秋から放映されたこのTV映画は何から何まで画期的だった。
 ジャンル的には探偵ものに位置づけされるのだろう。しかし登場人物、世界観がこれまで見たことないようなものだった。主人公の小暮修(萩原健一)は綾部探偵事務所の調査員。といえば聞こえはいいが、要は下働き、街のチンピラなのだ。弟分の亨(水谷豊)とともに仕事があれば綾部(岸田今日子)や綾部の部下辰巳(岸田森)に呼び出される。仕事といってもかなりヤバイものばかりで、時には警察に追われ、ヤクザ相手に大立ち回りを繰り広げる。都会の底辺をさまよう二人はけっしてかっこいいものではなかった。そのかっこ悪いところがかっこよかったのだけれど。

 ストーリー自体、ウダウダ、ウジャウジャして一見わかりづらいところもあった。16ミリフィルムの手持ちカメラを振り回し、わざと汚さを強調するカメラワーク。そんな展開の中で事件が起こり、謎が提示され、修と享がない頭で考え、体当たりでぶつかり解決していく。ただし、その解決も必ずしもハッピーエンドではない。どちらかというと悲劇ばかりだ(だいたい最終回では風邪をこじらせた亨が死んでしまうのだから)。哀しい結末にみせる二人の心情。どこまでもお人よしでやさしくてセンチメンタルで……。
 修と亨のコンビ、そこに辰巳が加わってくりだされるアドリブだかなんだかわからない台詞に笑いころげた。会話の楽しさというのを教えてもらった。 監督がすごかった。恩地日出夫、深作欣二、神代辰巳、工藤栄一……。撮影は木村大作だし。
 中学3年の冬、休み時間にストーブにあたりながら「傷だらけの天使」の面白さがわからないクラスメートに、以上のようなことを得意気に語ったことを思い出す。
 各話のサブタイトル「〇〇〇に×××を」も印象的だ。これに影響されて「ストローボーイに紫煙のバラを」という1時間ドラマを考えたことがある。

 さて、本書。上巻、下巻、4編ずつ計8編が収録されている。
 本放送時は第7話だが実際には一番最初に書かれた「自動車泥棒にラブソングを」(ゲスト・川口晶)、シリーズ中一番の劇的展開だった「殺人者に怒りの雷光を」(同・加藤嘉)、教育上よくないとの理由で夕方の再放送では放送されなくなった2本のうちの1本「ヌードダンサーに愛の炎を」(中山麻里)、綾部の結婚話を描く珍しいエピソードの「ピエロに結婚行進曲を」(滝田裕介)、はじめて画面に修の息子(健太)が登場する「母のない子に浜千鳥を」(桃井かおり)、修の小指が切断されてしまうショッキングな描写がある「渡辺綱に小指の思い出を」(坂口良子)、僕にとってベスト3のひとつ「街の灯に桜貝の夢を」(関根恵子)、名曲「一人」が流れる最終話「祭りのあとにさすらいの日々を」。

 「傷だらけの天使」が親しみも込めて略して「傷天」と呼ばれるようになったのはいつからだろう。みんな好んで使っているが僕はどうにも我慢ならない。それほど長くもないタイトルをどうして略さなければならいのだ? 加納典明も深作健太もそれが当たり前のように「傷天」を連発していたのが気になった。これって自分だけのこだわりだろうか。




 もうずいぶん昔になるが、実相寺監督の「闇への憧れ」を探し求めたことがある。
 この本には自らのTV演出作品に関する詳細を綴った〈私のテレビジョン年譜〉なるものが収録されていて、怪奇大作戦こそ、私の花の時じゃなかったか、と思えてならない、と書いている一文をこの目で確かめたかったのだ。
 結局「闇への憧れ」を手に入れることはできなかったが、後年、未発表のシナリオを含めた特撮その他のエッセイを収録した「夜ごとの円盤 怪獣夢幻館」に〈私のテレビジョン年譜〉も再録されていたのでやっと溜飲を下げられた次第。

 「月の林に星の舟」に感激してからというもの、実相寺昭雄のウルトラや特撮に関する本はほとんど購入している。「ウルトラマンの東京」以降その手の本にお目にかかれなかったが(本当は「ナメてかかれ」があって、本書にも一部収録されている)、やはり円谷英二生誕100年記念で関連書が上梓された。題して「怪獣な日々」。言い得て妙である。

 「夜ごとの円盤」所収のものとダブっているものもあるが、『ウルトラQザ・ムービー 星の伝説』以降、雑誌に連載、寄稿したエッセイを中心にまとめられている。
 昭和29年に公開された『ゴジラ』の品川上陸のシークエンスをカットごとに検証する「夢の王国断章」、TVドキュメンタリー『現代の主役 ウルトラQのおやじ ―円谷英二監督―』「(採録)、NHK『おしゃべり人物伝』内で放映された『アイ・ラブ円谷英二』のシナリオ等が収録され、最終章は円谷英二に関する読み物でまとめられているものの、本書全体から受ける印象は第一期ウルトラシリーズで躍進していた円谷プロの盟友たち(円谷一、金城哲夫、上原正三、等)との交流模様である。

 序章の、自身の事務所「コダイ」でともに歩んできた盟友・大木淳吉氏の早すぎる死に触れた文章にはたまらない思いがある。
 一時僕がアルバイトしていた某ポストプロダクションでは、その時期久しぶりの実相寺監督作品『帝都物語』の光学撮影を担当しており、その打合せに特撮監督の大木さんが毎日のように通ってきていた。円谷時代の話、ウルトラの話など、いろいろ話をうかがう機会があって実に楽しかった。仮編集した『帝都物語』の特撮シーンをスタッフで見ながら与太話に講じたことはいい想い出になっている。
「キミは現場タイプの人間だよ」と言ってくれたニコニコ笑顔が忘れられない。
 
 個人的な大木さんの思い出はともかく、序章「消えかかった夢」は実相寺監督の大木さんの弔い合戦として参加した『ウルトラマンティガ』および後番組『ウルトラマンダイナ』中の監督作品(3本)について触れている。
 実相寺ファンの僕からすると『ティガ』の2本「花」と「夢」は、ある程度予想できるものだった。ところが、『ダイナ』の「怪獣戯曲」はストーリーも特撮もぶっ飛んでいた。これまでのウルトラシリーズにおける実相寺作品の中にあって、頂点を極めた感じがする。実写と特撮の融和が見事だったし、その特撮がかなりの迫力だったのだ。

 続く第一章「ウルトラの星たち」では円谷一の思い出に花開く。ヴァイオリンを趣味としてブラームスを愛するロマンチストだった。ウルトラシリーズの根源は円谷一のロマンチズムにあるのではと書いており、なるほどとはうなづいてしまう。あの頃、子どもにとって〈空想特撮〉はロマンだったのだ。
 円谷一の想い出には必ずといっていいほど氏の酒好きの面がでてくる。若くして亡くなったのはこの酒が原因だったのだろうな、と最近30代後半で急逝してしまった息子さん(俳優・円谷浩)が肝硬変だったことを知って思わずにはいられない。    
 「ウルトラマンを作った男 金城哲夫」は何度読んでも(「夜ごとの円盤」にも所収)無念な気持ちが胸にこみ上げてくる。
 『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』のメインライターであり、円谷プロの企画室長だった金城哲夫が沖縄に帰還して沖縄と本土の掛け橋になろうと奔走するもののうまくいかず、その苦悩を酒に求めてあっけなく事故死してしまうまでの足跡を関係者に取材したルポルタージュだ。
 金城哲夫の生き方がわかるとともに『ウルトラマン』に対する当時製作にかかわったメインスタッフたちの心情も伝わってくる。  
 ラスト3行に実相寺監督の金城哲夫への思いが表れている。

 1980年代、円谷プロ製作で監督する予定の『怪獣協奏曲」『元祖ウルトラマン 怪獣聖書』が頓挫し、円谷プロの分家円谷映像で『ウルトラQザ・ムービー 星の伝説』でやっとウルトラの劇場映画が実現する。
 出資に僕が勤める会社の名もあり、当時は映像部などにいたものだから、この映画に関しては少しばかり内側からタッチしている。
 当初は金子修介監督のオムニバスで企画されたものが、いつのまにか実相寺監督にバトンタッチされていた。
 プロデューサーにその理由を尋ねると「(金子版の)シナリオが面白くない」とのことだった。
 本当にそうだったか。佐々木守が書いた「星の伝説」もシナリオを読む限りではそれほどのものではなく、完成した映画も『怪奇大作戦』の傑作「京都買います」的な面白さを期待して観た試写では全く肩すかしをくらった。堪能できるのはスタイリッシュな映像だけだった。後で金子版のシナリオを読んだのだが、こちらの方がよほどウルトラQしていた。
 その後平成ガメラシリーズで往年の特撮・怪獣映画ファンを熱狂させた金子監督だが、この時点ではこの手の映画の実績はない。会社側としてはどうしてもファンにアピールする要素が必要だったと思う。そこで実相寺監督の登場である。〈ウルトラ〉映画に実相寺監督。メディアの反応もいいに決まっている。しかし興行に反映できなかったのは周知のとおりだ。

 昔ながらの縫いぐるみとミニチュアワーク、吊りを使った怪獣映画を作りたい旨のことをこれまでも、もちろん本書でも何度も書いていることだが、本当にそうなのか、僕にはどうにも信じられない。
 その気持ちに嘘偽りなんてないのだとは思う。しかし実相寺監督は、特撮、こと〈ウルトラ〉に関しては思い入れとは逆にもう卒業してしまったのではないかと思えてならない。
 いわゆる怪獣が出現して特捜チームが出撃、最後にウルトラマンが登場して怪獣を倒すというフォーマットはすでに実相寺監督の眼中にはないのではないか。平成ウルトラマンでやたらと特殊フィルター(レンズにワセリン塗りたくり?)を使用したのは実相寺監督のある種の照れではないか。  
 では実相寺監督にお前は何を期待しているのかと問われれば、やっぱりクラシックとエロティシズム(SM)と東京(都市論)だろう。
 2本のアダルトビデオ『アリエッタ』『ラ・ヴァルス』の衝撃といったらなかった。江戸川乱歩の短編にSM的要素を加味した『D坂の殺人事件』は贋作作りの工程に僕の職人フェチの血が騒いだ。
 昔の想い出話に花咲かせたこの手の本をたまに上梓しながら、そんな映画を撮ってくれないかなあ、なんて夢想しているのだ。




 続いては、やはり「夕景工房 小説と映画のあいだに」から。
 絶対手抜きだと思われるだろうな。
 事実だから仕方ない。

     ◇

 二人の藤子不二雄をめぐる冒険 ~「藤子不二雄論 FとAの方程式」(米沢嘉博/河出書房新社)

 藤子不二雄の名を知ったのはTVアニメ「オバケのQ太郎」だと思う。堀洵子ではなく曽我町子の声によるモノクロ版。続いて「忍者ハットリくん」。当然熊倉一雄が声を担当した実写版の方。
 僕はTVアニメの第一世代で、まずアニメを知り、その後原作である週刊(月刊)誌連載のマンガを目にするパターンが多かった。「巨人の星」や「あしたのジョー」あたりまではまずアニメが先にあったというわけ。

 幼児期の刷り込み作用は多大なものがある。今でも僕にとって「忍者ハットリくん」は実写の、仮面を着けた忍者で、藤子不二雄ブームに沸いた1980年代にTVアニメ化された「ニンニン」のハットリくんには違和感がある。
 日曜午後7時半からのアニメは「オバケのQ太郎」の後「怪物くん」「パーマン」と続き、僕の藤子不二雄の世界に対するイメージが固まった。子どもたちの日常生活に異形な者が入り込み繰り広げられるギャグマンガというものだ。
 そんな世界を確認するかのように藤子マンガをリアルタイムに読んだといえば小学館から出ている「小学〇年生」の学習雑誌だった。「ウメ星デンカ」「21エモン」「新・おばけのQ太郎」「ドラえもん」。毎月楽しみだった。「ドラえもん」の連載第1回は今でもよく覚えている。
 
 今から思えば藤子F(藤本弘)のマンガで藤子不二雄を知ったともいえる。少年誌の連載が多い藤子A(我孫子素雄)のマンガにはあまり縁がなかった。もっと後になって大人向けの雑誌に藤子Aが連載していたマンガ(見開き2Pだが4Pのギャグマンガ)を目にした時、学習雑誌のものと明らかにタッチが違ったが、それは大人向けのタッチにわざとしているのだと思っていた。  
 藤子不二雄が二人で一人の漫画家であること知った時がいつだったかもう忘れてしまったが、そのショックはいまだに覚えている。二人で一つのマンガを描くということが理解できなかった。二人が別々に描いているとは思っていなかった。そのすぐ後にタッチの違いが二人の絵柄だと理解することになるのだが。

 少年チャンピオンが創刊され隔週で発売されていた頃、小学生の僕は手塚治虫「ザ・クレーター」読みたさに毎号購入していた。
 藤子不二雄の「チャンピオンマンガ科」の連載が始まったのはちょうどこの時期だ。藤子不二雄の〈マンガの描き方入門〉といった体で、漫画家志望だった僕はそれだけでもうれしかったのだが、見開き4Pくらいの〈入門〉編に続く付録的な存在の「まんが道」に注目した。このマンガ、たった見開き2P、とはいえいわゆるギャグマンガではなくちゃんとコマ割されたストーリーマンガで、絵が異様に凝っており不気味な感じさえした。

 終戦直後富山県高岡市のとある小学校に転校してきた満賀道雄というマンガ好きな内気な少年が同じクラスのやはりマンガ好きな才野茂と出会い、幻燈機で写す紙芝居を競作したり、肉筆回覧誌を共同制作したりしながら、やがてマンガを合作しはじめる物語。ああこれは藤子不二雄の自伝マンガなのだと気づいてから夢中になっていった。

 「まんが道」の影響は絶大だった。二人の肉筆回覧誌を真似して僕も小6の時に雑誌を一人で作ったことがある。マンガの中では近所の子どもたちに大人気になるのだが、僕の雑誌はクラスの誰も相手にしてくれなかった……。

 連載が終了すると「まんが道」は1冊にまとまって秋田書店から単行本として発売された。この本を買わなかったことを今でも後悔している。石森章太郎「マンガ家入門」のような宝物になったと思う。  
 大学生になってから少年キングに続編が連載されていることを知ると刊行されるコミックスはすべて購入した。  
 「まんが道」をとおして僕は二人の足跡を知ることになり、デビュー初期のマンガ群に触れることができた。そのほか「トキワ荘青春日記」を読んだり、雑誌連載のエッセイ等で80年代は藤子不二雄Aの世界にどっぷりつかるようになった。
 
 世の中は「ドラえもん」の大ブームに沸いた。TVに映画にその露出はすさまじかった。毎年の長者番付番に藤子弘、我孫子素雄が並ぶ。もちろん僕は「ドラえもん」の世界は好きである。とはいえ歯医者の待合室に置いてあるコミックスを開く程度になっていた。
 少年キングの連載は雑誌の休刊で一応の完結を見た。ところが今度は藤子不二雄全集「FFランド」の巻末で連載が始まったのである。まんが道はいつまで連載が続くのか。「オバケのQ太郎」が誕生するまでか。あるいは「ドラえもん」の大ヒットまでか。  
 そうこうするうち小学館から「藤子不二雄異色SF短編集」なるコミックスがでていることを知り、夢中になった。牛と人間の関係が逆転した惑星の話、性欲と食欲の考えが逆転した世界、大人になった正ちゃんを訪ねる劇画風オバQ、凡人(小池さん)がスーパーマンになったら等々、極上のSF短編が楽しめた。まさしく藤子F世界の真髄。  

 たびたび考えることがあった。藤子Fと藤子Aのマンガ、どちらがより好きなのか。どちらがより藤子不二雄らしいのか。  
 藤子Fの典型的な児童マンガの絵に惹かれる自分がいる。洗練されたタッチ、無駄のない語り口、どれもが魅力的だ。それに比べ泥臭い絵柄の藤子Aはあまり好みではない。しかし「まんが道」がある。まんが道にはあの絵がぴったりだ。「魔太郎が来る」「プロゴルファー猿」も同様。あるいは「パーマンの日々」等のコミックエッセイ。僕はゴルフをしないし、偏食でもないけれど、性格は藤子Aと重なるところが多い。やっぱり藤子Aも大好きなのだ。  
 白も黒も藤子不二雄なのである。二つの絵柄、二つの方向性があってこそ「藤子不二雄」と言える。
 藤子不二雄は永遠に二人で一人、と信じていた。

 藤子不二雄がコンビを解消すると聞いた時、なぜ今頃という疑問がわいた。やはり金銭的な問題が要因なのかと思った。二人はデビュー以来ずっと原稿料は折半にしていると聞いていた。そこに「ドラえもん」の大ヒットだ。収入のアンバランスがコンビ解消の根本的な要因なのではないかと憶測したのだ。  
 これを機にFFランド連載の「まんが道」は突然終了してしまったことから、コンビであったことと「まんが道」の執筆は微妙な関係があるように思えた。
 当初違和感があった藤子・F・不二雄、藤子不二雄Aというペンネームもやっと慣れたかと思っていた時に藤子・F・不二雄の逝去のニュース。
 つらかった。もう「ドラえもん」の新作が読めないのだから。

     *

 藤子不二雄についての評論にこれまであまりお目にかかったことがない。  
 「藤子不二雄論 FとAの方程式」(米沢嘉博/河出書房新社)を書店で見かけた時、副題の〈FとAの方程式〉に惹かれた。二人の作風が藤子不二雄名義の作品にどう作用していていたのかが書かれているのではないか、何よりなぜコンビを解消したかについて言及しているのではないかと思ったからだ。  

 一つめの疑問は前半、実際に合作していた頃の作品分析で解消された。  
 初期の「オバケのQ太郎」がトキワ荘グループによって設立されたアニメ会社スタジオ・ゼロの〈マンガ部〉の作品であり、二人だけでなく石森章太郎も加わっていたことはよく知られている。ゴジラのキャラクターなども掲載されているカットを見るとなるほど石森タッチだ。著者はそれに違和感があるというが、僕はそれほど感じない。
 
 藤子不二雄にとって初めてのヒット作「海の王子」が主人公側キャラクターを藤子F、悪の組織を藤子Aで描き分けていることを始めて知った。「海の王子」はずっと藤子F作品だとばかり思っていた。これこそ白(善)と黒(悪)の世界の融和だった。あるいは女性キャラクターのみ藤子Fが描く作品「消える快走車」があったりと合作にもいろいろな方法があることを知った。  
 藤子Aが得意とするマンガエッセイに「パーマンの日々」や「パーマンの指定席」があるのだが、タイトルにパーマンを使用することについて不思議に思っていた。パーマンは藤子F作品だ。なぜ藤子Aが自身のことをパーマンと名乗るのだろうか。実はパーマンにはプロトタイプの作品があって、それが藤子Aの「わが名はXくん」。これが「マスクのXくん」となりやがて「パーマン」と結実するのである。納得した。

 映画の原作として描かれる長編「ドラえもん」が現代の冒険小説という指摘に思わず膝を打った。「十五少年漂流記」などの感動を「ドラえもん」で知るわけだ。その影響力は計りしれない。
 「藤子不二雄論」という書名どおり合作から始まった初期から個々の趣味、嗜好が顕著に現れてきた70年代、爆発的な「ドラえもん」ブームを呼んだ80年代、そしてコンビ解消後の現在まで、章立てで順番にFとAの世界を追って行く。

 一部にこれは「藤子不二雄A論」ではないかという意見も聞かれるが、僕自身はそうは思わない。けっして藤子A作品だけを過大に評価しているわけではないし、的確にFとAを論じている。 と感じるのは僕が著者と世代が近いからだろうか。
 思うに、藤子Aの作品は批評する対象に適している、評論しやすいといえるのではないか。年齢とともに作品が変革していく、対象年齢が上がっていく、実験精神にあふれている。
 それに比べて藤子Fは空気みたいな作品で論じにくい。藤子Fのキャラクターを記号云々と表現されるくだりなど、まさしく手塚マンガの真の後継者ということだ。何も変わらない。時代が止まっている。でもけっして古臭くなることがない。  
 なぜコンビを解消したのかという疑問は、藤子Fが亡くなった今おぼろげながらわかるような気がする。




 7月から毎月の読書レビューを書いていない。
 年末、まとめてUPするとして、その穴埋めに拙書「夕景工房 小説と映画のあいだに」から。

     ◇

 児井英生は日本のロジャー・コーマンか? ~『伝 日本映画の黄金時代』(文藝春秋)

 児井英生。コイエイセイと読む。松竹、日活、東宝、新東宝と渡り歩き『渡り鳥』シリーズなどのヒット作のほか、多数の作品を手がけた有名なプロデューサーである。
 なんてことは本書を読むまでまったく知らなかった。
 単に書名に惹かれ読みはじめたのだが、いいとこの生れの著者が人脈、金脈に恵まれ日本映画界を颯爽と駆け抜けていく姿はうらやましいの一言。
 これまでも日本映画の歴史、特にその黄金時代(昭和30年前後)についてはいくつものの著作で聞きかじってはいる。が、一プロデューサーの目から自分が製作に関与した今では忘れられてしまった作品群とともに具体的に語られると評論家のそれより鮮やかに当時が思い浮かべられる。

 児井英生は松竹で助監督から出発した。掲載されている当時の写真には後に『ゴジラ』の特撮で海外でも知られるようになる円谷英二が見える。京都でカメラマンをやっていたのだ。
 〈作品はプロデューサーのもの〉と考える児井英生はまだプロデューサーシステムが確立していなかった会社の中でプロデューサーになるべく勉強をはじめる。新生日活に引き抜かれ、その後マキノプロ、東宝、新東宝でヒット作を手がけ、児井プロを設立するに至る。

 とにかく売れる映画を心がけたという。
 文芸モノからエンタテインメントまで彼の守備範囲は広く、プロデュース作品の中でヒットしなかったのは溝口健二監督の『西鶴一代女』くらいというから、まるで〈日本のロジャー・コーマン〉と呼べるような存在ではないか。唯一赤字になった『西鶴一代女』でさえ海外の映画賞を受賞して世界に「ミゾグチ」の名を知らしめたのだから大したものだ。
 新東宝時代には市川崑のデビュー作『三百六十五夜』をプロデュースしている。
 また、『憲兵』という映画にはバレーダンサー出身の新人中山昭二を起用とある。中山昭二といえば僕ら世代には「ウルトラセブン」のキリヤマ隊長として有名な俳優だ。あのキリヤマがバレエダンサーだったとは!
 『野獣看護婦』は当時大人気の鶴田浩二を300万円のギャラで1日だけ起用して話題をまいた、というか批判された。今でいうと一体いくらになるのか。3千万円はくだらないはずだ。それでも24時間フルに使って鶴田がらみのシーンを撮影。完成した映画では単なるゲスト出演ではなくちゃんと映画の要所をしめる存在になっていて、映画も大ヒット、元をとったというからこれまたすごい。

 プロデューサーの仕事は金の計算も必要だが、宣伝をどうするか、ということでも手腕を発揮しなければならない。著者はこの分野でもメディアを巻き込み、無料で宣伝して映画のヒットに結びつけてしまう。そんなエピソードがいくつも語られている。
 昭和40年代はじめの怪獣ブームのときは大映の『ガメラ』に対抗し、むこうが空飛ぶカメのお化けならこちらは原始怪獣化した河童だとばかりに『大巨獣ガッパ』を製作。これも外貨を稼いだとのこと。
〈映画はプロデューサーのもの〉を実践してみせたのは鈴木清順を監督に起用した作品に現われている。
 清順作品はそのあまりに突飛な様式美で一部に熱狂的なファンがいたものの、ヒットしない。ところが著者がプロデュースした作品だけはヒットし、「好きな作品はヒットせず、どうでもいいものがヒットする」と鈴木清順を嘆かせたというのだ。一般大衆に受けるにはどうすればいいか、著者にわかっていて作品作りに自分の意見を主張した結果だろう。

 深くうなずいたのは日本が世界に誇る名監督、小津安二郎と溝口健二を比較した文章についてだ。著者自身二人の監督との関係も深く、一緒に映画製作を経験してのことだから言葉に重みがある。
 溝口監督はわがままで権威に弱いという。人間で一番イヤなタイプ。役者に演技をつけない。悩んだ役者がどうすればいいのか訊いても「演技するのが役者の領分でしょう」といっさい助言などしないのだ。
 ある作品で家並みのセットを作った。監督がやってきて「下手の家並みを一間前に出せ」という。それはほんのワンシーンのためのセットで映画の中でさほど重要ではない。助監督は仕方なく嫌がる大道具のスタッフに頭を下げて徹夜で作り直させた。翌日、セットを見て監督が言うには「上手の家並みを1間下げろ」。下手を前に出して上手を後ろに下げるということは何のことはない、元に戻せということ。助監督は激怒して帰ってしまった。
 また映画で使われた道具を内緒で自分のものにしてしまったり、自分の生活費の一部を映画の製作費から支払わせていたなんてこともあったらしい。
 スタッフに嫌われていた溝口監督に比べ、小津監督は人柄もよく、スタッフに慕われていたというのだ。
 昔、新藤兼人が師匠である溝口監督のドキュメンタリーを作ったり、その関係の書籍、田中絹代の伝記を上梓し、僕も読みふけって溝口監督の人間性に疑問をもったものだ。どうして誰も何も言わないのだろうと不思議だったのだが、やっぱり嫌われていたわけだ。人間と作品は別物だけど。
 名女優・田中絹代を映画監督にしたのも著者だと知った。この田中を監督に起用する際、溝口監督がなんとかそれを阻止しようとするくだりも面白い(と言っていいのかどうか)。
 無国籍映画として有名な小林旭主演の「渡り鳥」シリーズの原作がなぜ衆議員議員・原健三郎なのか、の疑問も氷解する。著者と原とは早稲田大学の同期で、新企画の映画への協力を著者が原にあおいだというのが真相。別に嘘というわけではない。

 映画産業が斜陽化し、日活の屋台骨も揺るぎだしたころ、著者はヒットを狙い『女浮世風呂』『ある色魔の告発 色欲の果て』『秘帳女浮世草子』なる映画をプロデュースしている。これが後の日活ロマンポルノのプロトタイプとも言える作品なのである。
 文芸、アクション、特撮そしてポルノ。日本映画の勃興から黄金時代、やがて斜陽をむかえるまで、まさにさまざまなジャンルの映画を生み出してきた男の伝記なのだった。




 書きたいこと、書かなければいけないこと、いろいろあるのだが、なぜかキーボードを叩く気力がない。

 一つだけ。
 12月1日は映画の日。毎月1日は映画サービスデーで1,100円にて鑑賞できるが、12月は特別で1,000円なのである。
 今年の12月1日は木曜日で仕事が休み。だったら映画のはしごをしようと神保町へ向かった。岩波ホールで「湾生回家」。
 13時30分の回に何とか間に合い、チケットを購入すると、1,400円。えっ、岩波ホールって独自のシステムで割引しているわけ? 
 実は岩波ホールは初めて。少しお高くとまった作品選定にずっと敬遠していたのである。ゆえに、サービスデー料金が独自のシステムであることを知らなかったのだ。
 「湾生回家」は冒頭の「故郷」の歌で涙がでてきた。あとは推して知るべき。
 いい映画だった。

 近くの蕎麦屋で遅めの昼食をとってから、BC二十世紀へ。
 コーヒーを飲みながら、次の映画のための時間調整をしていると、フォトジャーナリストの新藤健一さんが僕を訪ねてきた。本当ならいないわけだが、たまたま居合わせてラッキーだった。新藤さん、週刊金曜日編集部に寄った帰りみたいだ。9日の出版記念イベントについて少し打ち合わせ。

 17時すぎ秋葉原まで歩いて、JRで有楽町へ。
 18時50分からのスバル座「シン・ゴジラ」。7回で打ち止めにしたつもりだったが、スバル座で上映と知って、もう一回いいかと思って。
 1階のチケット売り場を探すがない。2階に移動していた。しばらく行っていない間に改装されていたのだ。
 チケットを購入すると料金は1,100円。なんだよ、スバル座も独自システムか。開場を待っている間、次々とお客さんがやってくる。いつも思うのだが、客層が平成シリーズやミレニアムシリーズではお目にかかったことがないような人たちなのだ。大ヒットとはこういうことなのか。
 最前列真ん中の席で鑑賞。満足。8回めで初めて知ったことがある。あの小池百合子がクレジットされていた。余貴美子演じる防衛大臣は、その化粧からして小池百合子を意識していると感想に書いたが、似ているはずだよ。

 ……結局、1,000円の恩恵は受けられなかった。




 『まぐまPB⑧ 戦後「特撮怪獣」60年誌 -「ウルトラマン」から「シン・ゴジラ」へ』の編集が終了したようだ。発行人の小山昌宏さんが自身のFBで昨日発表していた。

 PBとはプライベートブックのこと。
 雑誌「まぐま」は年2回発行のレギュラーと特別編集のEX、そしてこのPBの3種類がある。
 レギュラーの方は昨年末20号の発行で第一期が終了した。第二期がいつ再開するのか未定だが、EXやPBは今後も発行していく予定だとか。
 PBは前述のとおり、個人本ということで、僕も④として「夕景工房 小説と映画のあいだに」を出版している。①~③は小山さんの、⑤~⑦も小山さんや他の方の個人本という体裁なのだ。

 だから、PB⑧の原稿を依頼されたとき、不思議な気がした。今回、小山さん以外、僕を含めて何人かが寄稿しているわけで、だとすると、体裁としてEXになるのではないかと思ったからだ。「まぐまEX 怪獣文化とウルトラマン」は小山さん、僕、それから木村秀章さんが書いた。今回の執筆陣は8人もいるのだから個人本ではないだろう。木村さんは、「まぐま」の同人だったが、現在は活字より映像に興味が移り、稲葉奇一朗の名前で映像作家として活躍している。
 雑誌の判型からPBにしたのかもしれない。レギュラーやEXもB5版、PBはA5版なので。
 まあ、そんなことはどうでもよくて、とにかく、完成を楽しみにしている。
 表紙を見てわくわくしている。

 なお、 『まぐまPB⑧ 戦後「特撮怪獣」60年誌 -「ウルトラマン」から「シン・ゴジラ」へ』の一般、書店発売は1月中旬。
 同人版は、12月31日、コミケにて発売します。
 まぐまのブースは、東v-28a で、当日私も販売の手伝いします。

     ▽
まぐまPB⑧ 
戦後「特撮怪獣」60年誌
  -「ウルトラマン」から「シン・ゴジラ」へ

目次
巻頭:

「少年宇宙人~平成ウルトラマン監督 原田昌樹と映像の職人たち~」刊行1年記念トーク
 夭折した抒情派 原田昌樹監督の魅力を語ろう!
 切通理作×斉藤りさ×町田政則        

◆新井啓介◆
チャリザと町田さんと「まぐま」と そして、切通さんの「少年宇宙人」と
帰ってきたウルトラマンメモランダム
怒りのGATCHAMAN

◆かに三匹◆
韓国特撮ヒーローものを観て「ヒーロー」と「怪物」の違いを考える
         
◆大江留丈二◆
珍・ゴジラ ~ アジアの超レア怪獣映画

◆小山昌宏・初見智子◆
ガメラは、隣のオッサンだった!? -湯浅憲明監督のガメラ愛に捧ぐ-

特集:シン・ゴジラ

こんな怪獣映画を待ち望んでいたんだ!        新井啓介
+ある日のもうひとつの夕景工房より

アンダーコントロール・ゴジラ            木村智哉
  
『シン・ゴジラ』が「つまらない」のは非国民?    須藤遙子

巨大不明生物が「怪獣」と呼ばれることはないのか?  坂口将史

ハリウッド映画 『GODZILLA ゴジラ』を完全否定する人たちよ
そんなに日本のゴジラシリーズは面白かったですか?  新井啓介

編集後記

magumapb8
114ページ A5判
製作:STUDIO ZERO 発行:蒼天社 発売:開発社
500円+税





プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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