新しい仕事を始めて一週間経った。
 何とかやれそうだが、とにかく疲れている。夜中の1時ごろに寝て4時過ぎに起きるのだから当たり前か。
 仕事中は(新しい仕事も通常の仕事も)別になんともないのだが、映画鑑賞にもろ影響している。
 疲れですぐに寝てしまうのだ。気がつくと意識がなくなっていて「いかん、いかん」。
 映画がつまらないということではなく、あくまでもこちら側の体調の問題。
 先日は、映画が始まる前から寝てしまった。
 こうなると、なんとか起きていようと頬を拳骨で叩きながらの鑑賞となる。傍から見ると少々異様だろうな。

          * * *
 
 小学3年生に出題された算数の問題です。
 
 1つに6人ずつ座れる長椅子があります。61人の子どもが座るには長椅子はいくついるでしょうか?
 皆さんもちょっと解いてみてください。

 クラスの解答は半々に割れたそうです。
 11脚とするグループ。 
 61÷6=10余り1
 6人ずつ座るのが10脚、1人だけのが1脚で、計11脚。
 もう一つのグループは10脚。
 余った子が1人で座らされるのはかわいそうだから、どれかの長椅子を7人掛けにすれば10脚ですむというわけです。
 子どもらしい答えですが、算数の問題として答えはやはり11脚が正しいそうです。
 算数の規則はやさしい気持ちとは別なのだと先生が説明し、子どもたちは納得したのですが、一人の女の子がある計算式を提示しました。
 (6×6)+(5×5)=61
 11脚のうち、6脚には6人ずつ座り、5脚には5人ずつ座ります。そうすれば余った子が1人で座らされることはありません、とその女の子が言うとクラス全員から拍手喝采されたそうです。

 6人座れる長椅子を5人掛けにするのは増やすのではないから問題文に対する違反にはなりません。そのうえ、余った子がひとりぼっちにならないよう、ちゃんとやさしい気持ちを生かしています。

 物事を杓子定規に考えるのではなく、やさしい気持ちを持って対処するということを教えられた感じです。




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 談四楼師匠のホームグラウンド、北澤八幡神社で隔月開催される「談四楼独演会」の客席で著名人を見かけることがある。きくち英一さんと出会ったのはこの会だから。
 通いはじめたころのこと。井上ひさしに似ている人がいた。まさか本人じゃないよなと思っていたら、二井康雄さんだった。当時は「暮しの手帖」の副編集長で、談四楼師匠は「暮しの手帖」に落語に関するエッセイを連載していたのだ。
 小田島雄志に似ている人もいた。大銀座落語祭で談四楼師匠が出演した会の打ち上げで初めて話をした。まさか本人じゃないよな? Mさんだった。印刷会社の社長さんで、今では談四楼フォロワーズの一員だ。BC二十世紀で毎月開催している日曜ぶらり寄席の常連でもある。
 斜め前に佐高信に似ている人がいた。もう本人じゃないよなとは思わなかった。本人だった!

     ◇

2001/02/28

 「偽善系 やつらはへんだ!」(日垣隆/文藝春秋)  

 著者の日垣隆の名前を知ったのはベストセラー本「買ってはいけない」を真っ向から否定した『「買ってはいけない」は嘘である』が上梓された時だ。版元は文藝春秋。相手が週刊金曜日(本多勝一)だからこの構図はよくわかるが、一フリーライターが戦いを挑むのは無謀ではないかと心配したのである。  
 しかし、日垣隆はそんなヤワな物書きでないことを後で知ることになる。  

 次に日垣隆に注目したのは「諸君!」2000年10月号に掲載された佐高信批判「佐高信とは何者か」だった。批判することはあっても批判されることがほとんどないこの辛口評論家をどう料理しているのか、興味津々で思わずそれまで立ち読みもしたこともなかった「諸君!」を購入した。  
 「諸君!」の批判は佐高信の人間性、仕事ぶりについて言及したもので、具体例が豊富で指摘が鋭く人気評論家の実態が緩急自在に暴露された論文だった。こうまで書かれてどう反論するのだろう、仕事はあるのだろうかと佐高信の今後を心配する始末。  
 頭の極端に切れる人、ディベートやったら絶対負けない人、タイプでいうとポスト呉智英の印象を持った。  
 「諸君!」で認識を新たにした後に出たのがこの「偽善系」だ。(~系)という言葉づかいは好きになれないが、目次を見ると「少年にも死刑を」なんていう章もある。只者ではない。    
 実は本書で一番興味を持ったのが最終章の「さらば二十世紀の迷著たち」だった。  
 それまで本を読んだことがなかった著者は18歳の誕生日から一日一冊読む習慣を自分に課し、今日にいたるまでその日課が途切れたことがないというから一体どういう生活しているのだ?  
 名ルポライターで名高い鎌田慧のルポ批判。北朝鮮に対する嫌悪、「少年は無条件に善である」を標榜する児童文学家灰谷健次郎への批判、鎌田慧のルポは読んだことがなく判断できないが、北朝鮮や灰谷批判は共鳴できる。  
 中学生の弟を何の理由もなく同級生に殺され著者だけに少年法の解説本には〈一ページ一行たりとも被害者がでてこない〉と論破するところは悲痛な思いがした。

 追記  
 「ブレンダと呼ばれた少年」の項でなぜアメリカでは幼児に包皮切除手術をするのだろうか、と疑問を書いたが本書で氷解した。迷著に上げられた、かの「スポック博士の育児書」でペニス割礼を推奨しているのだそうな。


2001/03/07

 「敢闘言 さらば偽善者たち」(日垣隆/太田出版)  

 敢闘言とは何ぞや。  
 著者は1993年4月から99年4月までの6年間にわたって「週刊エコノミスト」の巻頭コラム(巻頭言)を担当していた。そのコラムをまとめたものが本書である。世の中にはびこるさまざまな偽善者たち、偽善的行為、あるいは著者自身の回りで起きた納得できない出来事についての告発、問題提起。普通なら言ってもしょうがない、我慢してしまうところを〈敢えて闘う〉こと、また連載を300回続けたことに対する敢闘賞の意味合いも含めて書名をつけたという。  
 確かに毎週650字弱で〈事件を解説し問題点を探り自分の意見を述べる〉という行為は生半可の知識・体力ではできないことだ。当初この文字数にとまどったのか、読み直さないと何がいいたいのかよくわからない内容だったが、回を重ねるにつれ徐々に迫力が増してくる。引き込まれ納得させられるのは綿密な取材、緻密な分析力による。所収されている2つのルポ「ダイオキシン猛毒説の虚構」「裁かれぬ殺人者たち」を読めば明白である。  

 さまざま問題提起の中で著者自身の人生に触れる文章がでてくる。読むにつれて、いったい日垣隆って何者なの?の疑問が頭の中をうずまいてくる。ある時はトラックの運転手、またある時は書店員はたまた配送員、と思っていたらセールスマン、編集者なんてのもある。いったいいくつの職業を経験しているのだ?
 自宅は長野。子どもたちの学校行事にはけっこう顔を出しているらしい。仕事場は自宅と東京にある。事件を追って裁判の傍聴のため裁判所に足繁く通う。ルポを書くため資料を漁る。もちろん1日1冊本を読んでいるのだろう。いったいどうゆう生活を送っているのだ?  

 「週刊エコノミスト」連載時、巻末コラムを佐高信が担当していて、両コラムで第一次〈日垣VS佐高〉論争が勃発したというのだからさぞ見物だったろう。  
 「諸君!」掲載の「佐高信とは何者か」、最新著作「偽善系」、そして本書で僕自身の佐高信への信頼度は一気に落ちてしまった。月刊「佐高」本を楽しめなくなってしまった弊害は大きいが、仕方ない。第二次論争が始まっているのかどうか知らないけれど、もし佐高信が日垣批判をするとすれば、本書で家族(特に女優志願の娘がオーディションに受かってタレントの卵になったこと)を語っているところだろうか。原稿料とって親バカぶりを見せつけるなとかなんとか。  

 著者の論に従い、本書で印象深かった部分を書き記す。  
 刑法39条を廃止せよ。  
 殺人鬼の人権は人命より重いらしい。  
 10年間夢を持つ続けたら必ず叶う。  

 新刊本の実売部数を当てる能力には驚くばかり。とにかく内容の濃さに圧倒された。
 

2001/06/05

 「偽善系Ⅱ 正義の味方にご用心!」(日垣隆/文藝春秋)  

 「偽善系 やつらはへんだ!」の続刊。  
 本書の圧巻はなんといっても第4章〈辛口評論家の正体〉だろう。
 昨年月刊誌「諸君!」に掲載されたこの文章(掲載時のタイトルは〈佐高信とは何者か〉)は辛口評論家として雑誌、TVで活躍する佐高信の本性を白日の下にさらけだした。  
 他人を批判することはあるが批判されることがないこの評論家の存在を知ったのはビックコミックオリジナルに連載されていた「ラストニュース」だった。  
 原作・猪瀬直樹/画・弘兼憲史コンビによるこのマンガは1日の終わりに既報のニュースを検証する新しい報道番組「ラストニュース」のスタッフ、キャスターを主人公にして、さまざまな事件の真相を追求しながら報道とは何かを問う、当時としてはかなり斬新な内容だった。
 ある回にいつもとは少々ニュアンスが違う、辛口で人気の評論家の実態を告発し、罵倒するエピソードがあった。この評論家のモデルが佐高信だと知り、いったいどんな本を書いているのだろうと図書館で彼の著作を手にとったのが彼の著作を読み出すきっかけだった。(後で知ることになるのだが、猪瀬直樹と弘兼憲史は佐高信に批判される常連者であった。このエピソードは彼らの意趣返しだったのだろう)何冊か読むうち猪瀬・弘兼の批判とは裏腹に佐高信の著作のすっかりファンになってしまった。かなりの本を読んだと思う。
 そのうち書いてある文章に批判的になっている自分に気がついた。何度も同じ人を攻撃する態度、同じ内容の文章を書いたり、他人の文章を引用するだけの執筆姿勢などなど……。
 佐高信の批判にいつもはダンマリをきめこんでいた猪瀬直樹が自身のコラムをつかって天敵に反論、佐高信の文章は〈ガス抜きの働きしかない〉という指摘に今まで感じていたモヤモヤが晴れた気がした。  

 猪瀬直樹の佐高信批判をもっと具体的に痛烈にあるいは詳細に記したのが「諸君!」に掲載された〈佐高信とは何者か〉である。痛快だった。無数に上梓された佐高信の著作、雑誌記者時代の文章をも俎上にして辛口評論の矛盾点、そのいい加減さ、デタラメさを検証していく。見事な論文のあまりのおもしろさにふと時間が空くと「諸君!」をとりだしてはこの部分だけ読んでいた。
 もう何度も読んでいる。にもかかわらず本書を借りてきてまっさきに読んだのが第4章だった。それから第1章からもう一回。多くの佐高本を読んでいる人はこの文章が指摘していることが嘘でも誇張でもないことを実感できるだろう。少しくらい擁護したくてもできないのがつらい。これを境に佐高信の権威は地に落ちただろうと思った。僕自身、以後佐高本を読む気がなくなってしまったし。不幸なことである。  
 「諸君!」が発売されてから佐高信がどう反論したのか知りたい。メディアの反応も僕が知る限りなかった。普通だったらひとつバッシングが始まると連鎖反応を起こすはずなのに。それが不思議。著者は精細さがなくなったとあとがきに綴っているのだが……。  

 その他、第一章〈心神喪失を廃止せよ〉第二章〈野放しにされてきた再犯〉それから第五章〈「田中知事」誕生前夜〉が興味深い。一、二章は著者のライフワークみたいなもの。「刑法39条を廃止せよ」という著者の考えに共鳴する。精神障害だろうが、心神喪失だろうが罪は罪である。そういう点において人権派と呼ばれる人たちに与することはできない。  
 第五章は田中知事が誕生する以前の県知事の独裁、長野オリンピックの裏が暴露されていて、目が覚める思いがした。




 ピーナッツ主演の「私と私」のレビューがまだだ。早く書かなければ。そう思いながらまだの映画がいくつかある。
 とりあえず、2月に劇場で鑑賞した映画の簡単な感想を記しておく。

     ◇

 2月9日(火)

 「破門 ふたりのヤクビョーガミ」(新宿ピカデリー)

 関西弁をしゃべる北川景子を見たくて足を運んだ。彼女、三の線の方が魅力的だと思っている。
 それから、関西弁がしゃべれる役者を探しているので、その確認もあって。
 というのも、久しぶりに読んだ、小林信彦「唐獅子株式会社」に大笑いし、もしこれを時代背景をそのままに、TVドラマ化したら(これまで2度映画化されているけれど成功していない)と夢想して、個人的にキャスティングしているため。

 2月13日(月)

 「恐怖女子高 女暴力教室」(ラピュタ阿佐ヶ谷)

 今、ラピュタではレイトショーで池玲子と杉本美樹を特集している。BC二十世紀ではチラシを置く関係で、招待券をもらえる。2枚あるので、最初の映画をこれにした。杉本美樹は好きなタイプではないが、池玲子にヤラれた!

 2月19日(日)

 「愚行録」(丸の内ピカデリー)

 面白い映画ではあるが、原作はもっと面白いんだろうなと思える内容だった。3度の衝撃とポスターにあるが、途中で展開がわかったので、個人的には1度の衝撃だった。詳しくは項を改めて。

 2月21日(木)

 「沈黙 -サイレンスー」(MOVIX川口)

 この映画も項を改めて。

 2月23日(火)

 「暁の追跡」(神保町シアター)

 市川崑監督の、1950年の作品。こんな作品があったなんてこと、全然知らなかった。これも項を改める。

 「たかが世界の終わり」(ヒューマントラストシネマ有楽町)

 期待はずれだった。会話だけで成り立つドラマ作りがあっていいし(フランス語だし)ら、クライマックスの家族の言い争いには思わずグッときたけれど、あとはもう……。おまけに挿入される音楽(楽曲)のシーンになると、音が厚くなって、カメラワーク、カッティングがミュージックビデオになってしまうのだ。すごい違和感。


日曜日は「家族の肖像」を鑑賞予定。




 ブックカフェ二十世紀では「週刊金曜日」主催のトークイベントを何回か開催している。
 先週はフォトジャーナリストの新藤健一さんがスクープした記事をテーマに熱弁をふるった。墜落(不時着)したオスプレイの操縦マニュアルが海岸に漂着して新藤さんが入手したのである。「週刊金曜日」に2週にわたって掲載された記事について、掲載されない写真を基に新藤さんがより深く語るというもの。
 予約があまりなかったので、直前に「ドタ参でも大丈夫だと思います」とツイートしたら、当日予約していないお客さんが次々をやってきてうれしい悲鳴をあげた次第。

 開催前に、金曜日社長のK氏と打ち合わせした。K氏は元「サンデー毎日」編集長だ。
 打ち合わせ自体はすぐに終わり、後は、僕が日ごろ疑問に思っている政治のことに関する質疑応答(?)になった。
 結局のところ、オスプレイの数々の事故は操縦が難しいというところに起因するのでないか。ある種の欠陥商品ではないか。にもかかわらずなぜ米軍はオスプレイを使用するのか?
 オスプレイは沖縄で米軍の住宅地の上空を飛行しないらしい。

 東京都知事選に出馬した鳥越俊太郎をなぜマスコミは攻撃したのか? 本当なら一致団結して応援すべきなのに。
 小池百合子はなぜ自民党を辞めないのか? 自民党はなぜ彼女を除名しないのか?

 続いて、「週刊金曜日」編集委員の本多勝一と佐高信について。僕が二人の著作をけっこう読んで、やがて大嫌いになったこと。その経緯を説明したわけで。

 その後、久しぶりに図書館へ行き、借りた本の一冊が「石原慎太郎の『狂った果実』」(金曜日)だった。

     ◇

2003/12/01

 「体験的本多勝一論 本多ルポルタージュ破産の証明」(殿岡昭郎/日新報道)

 元朝日新聞の花形記者、本多勝一の本は凡例が多いのが特徴だ。その中には名著「日本語の作文技術」にも書かれていて、なるほどと納得したこともある(「マスコミかジャーナリズムか」参照)。
 しかしアメリカ合衆国を合州国と表記するのはどんなものか。
 これについても本多勝一独自の見解があるらしい。United Statesを日本語に翻訳すれば確かに合州国ではあるが、そんな本多の提唱を一笑に付したのが高島俊男である。
 「お言葉ですが…」によれば合衆国はUnited Statesの翻訳ではないという。日本人がアメリカを知ってまず驚いたのが、あの国に君臨する王がいないということだった。国民が投票で大統領を選出する、つまり国民一人ひとりが国を運営することが非常に斬新だった。そこから合衆国という名称を使ったのだと。    

 本多勝一という文筆者に対して僕は愛憎半ばする感情を持つ。あの、これはと思った人物、企業に対する執拗な攻撃はいったい何に起因するのだろうか。同じ感覚を抱いていた佐高信は日垣隆によって完膚なまでに叩きのめされ、またそれが正論だったので自分の中で今や完全に忘却の人になってしまった。
 
 本多勝一については微妙だった。    
 そんなところに本書を見つけた。〈私は元朝日新聞記者本多勝一氏に裁判で三連勝した〉の副題に惹かれるものがあった。著者の出身が足利市出身というのも親近感がわく。  
 著者と本多勝一との間で20年を越す争いがあったなんて知らなかった。いったい何を争っていいたのか?

 1975年9月、ベトナムのメコン・デルタの都市カントーで起きた僧侶、尼僧の焼身自殺に端を発す。この宗教政策に抗議しての集団自殺を、国のスポークスマン的立場の愛国仏教会はあたかも尼僧の性的関係を背景にしたスキャンダルのように説明した。当時ベトナムを積極的に取材していた本多勝一はこの発表をそのまま記事にしてしまった。もちろん本にはその旨、巻末に記されてはいる。が、そのスペースはごくわずか。見落とす読者は多いだろう。
 ジャーナリストとして相手の言い分をそのまま掲載していいものなのかどうか、もともと本多ルポルタージュの熱狂的なファンだった著者はそうした本多の執筆態度にかみついた文章を雑誌「諸君!」に発表する。本多はすぐに一読者として反論するが、編集部は相手にしない。次に本多は著者が勤務する大学の教授会宛に著者の品格を問いただす手紙を郵送する。これまた無視される。その後、反論を掲載させろ、させないで、「諸君!」編集長と本多とのあいだで何度もバトル(?)が繰り広げられ、業を煮やした本多が最終的に訴訟を起こすことになるのだ。  

 本多勝一の著作を読むと、文藝春秋に対する敵意が剥き出しになっているが、この訴訟問題が要因だったわけだ。    
 裁判に勝訴した被告側が書いていることもあるが、あたかも正論を説く本多勝一の分が悪い。何より、裁判の証拠を集める段階での卑怯な手口が許せない。ある宗教団体に対し、寄付を口実に擦り寄っていき、肝心の証拠を手に入れると、寄付についてはナシのつぶてという態度はどうだろう。この件が明るみになったことが本人にとって一番つらいことではないだろうか。  
 世の本多勝一ファンは本書をどう読むのだろうか?




 都知事選、自民党推薦候補の応援演説で、小池百合子に対して「厚化粧」と言い放った石原さん。あのとき、豊洲市場問題で、百条委員会が設置され、自分が招致されるなんて、これっぽっちも考えていなかっただろう。
 かつて石原慎太郎について書かれた本を読んだ。著者の本多勝一、佐野眞一に関しても書きたいことはあるのだが、とりあえず。

     ◇

2001/10/17

 「石原慎太郎の人生 貧困なる精神N集」(本多勝一/朝日新聞社)  

 石原慎太郎が元気である。期待はずれに終わってしまった青島幸男に代わって東京都知事の椅子に坐った石原慎太郎の勇ましい発言は連日のようにメディアを賑わせている感がする。  
 靖国参拝する知事に記者がその立場を「公人か私人か」と問うた時、「バカなことを質問するんじゃない!」と一喝した時は爽快だった。靖国参拝する大臣に対して何とかの一つ覚えみたいに同じ質問するマスコミにいい加減うんざりしている。公人だろうが私人だろうが参拝するのは本人なのだ。愚問以外何ものでもない。三国人発言も本人に差別意識があったわけではないと思う。  

 お前は石原慎太郎ファンなのかと早合点しないでほしい。確かにマスコミ対応する際の態度は堂々としているし、見えすいた質問には感情そのままに怒りだす、そういうところは新鮮だし、頼もしい感じがするけれど、あの自信はいったいどこから湧いてくるのだろうといつも疑問なのだ。そのくせ、神経質そうにいつも目を瞬いていて、そこだけ見ていると小心者のように思えてしまう。
 だいたい選挙で弟石原裕次郎の威光を借りるあまりの節操のなさが気に入らない。「太陽の季節」で文壇デビューした小説家としての活動はどうなっているのか。  
 そんなことを考えていたところ、図書館の棚に本書を見つけた。  
 タカ派の石原について良いことが書かれているはずもない(だから読もうとしたのだ)と思ったものの、ほとんど全否定というのが驚いた。  
 「ウソつき」と「卑劣な小心者」をこねて団子にしたような男だって。  
 まあ、確かにそのとおりなのかもしれないが、ここまで否定されると少しはいいところもあるだろうと弁護したくなってしまう。  
 大江健三郎を批判した「文筆家の生活」でも感じたことだが、批判対象者をことごとく罵倒するのは方法論はどんなものか。相手の功罪の罪ばかり責めるのは、あまり賢い方法でないと思う。功もちゃんと認めた上で批判するから、その真意が第三者に届くのではないか。  

 本書は「週刊金曜日」の連載をまとめたものだから、石原慎太郎のほかにもいろいろと話題がある。
 大江健三郎の息子のCDに関する大江自身の親バカぶりはそのとおりだと思う。しかし「ら抜き言葉」に関しての文化庁批判はちょっと論旨が違うのではないか。言葉の美しさという点ではどう考えているのか、方言云々なんて持ち出したってしょうがない。  
 日垣隆『「買ってはいけない」は嘘である』にも相当頭にきているのがわかる。この本を取り上げて、日垣隆のことを〈文春のあわれなシッポ〉と切り捨てる。名前を書くのも汚らわしい、とばかりに文章の中にその名がまったく見当たらない。  
 しかしなぁ、とまた僕は思う。日垣隆の体質(つまり徹底的に取材する姿勢)は「週刊金曜日」の仲間である佐高信より、よっぽど著者に似ているのに。


2004/03/23

 「てっぺん野郎 本人も知らなかった石原慎太郎」(佐野眞一/講談社)  

 書名に笑ってしまった。まさしく石原慎太郎のことではないか。よくぞ名付けたものだと感心していたら、石原慎太郎の小説に同じタイトルのものがあることを本書で知った。副題も効いている。
 
 はっきり言って石原慎太郎は好きになれない。東京都民だったとして先の都知事再選時に彼に投票したかどうか。しかし圧倒的な得票数で再選を果たしたり、石原新党の結成や次期首相を熱望されたりするのはわからなくはない。何度も繰り返す失言も、その本質的な部分で共感を呼んでいるのではないかと思う。都内のホテルや銀行から特別税を徴収しようとしたりする勇ましい行動は部外者にとっては頼もしい限りだ。博覧会を中止した以外は特にこれといった動きを見せなかった青島前都知事と比較して「なかなかやるじゃない」と思っている人は多いのではないか。  

 石原慎太郎とは何者なのか。その思いはいつもあった。僕がまだ十代の頃、自民党内で青嵐会を組織して活きのいい若手議員の印象があった。小説家出身と知り驚いた。「太陽の季節」により大学生で芥川賞を受賞、一気に慎太郎ブームが押し寄せた。当時誰もが慎太郎カットに夢中になったという。「失恋レストラン」のヒットで健太郎カットがブームになったことがあるが、慎太郎カットのブームもこんな感じなのかと思った。今でも個人的にはあくまでも政治家であり小説家のイメージはない。「太陽の季節」等の小説が書店に並んでいるのを見たことがない。今でも本をだしているけれど、政治家が書いたものという認識だ。
 美濃部都知事と知事の座を争ったこともある。正直に白状すれば、あの時は石原さんが都知事になればいいのにと群馬の片田舎でひそかに願っていた。
 でも本当のところ、政治家として手腕はどのくらいのものなのか、どんな実績を残してきたのか。明日の首相に相応しい人なのかどうか。  
 今は亡き弟の石原裕次郎の名を選挙運動に利用するのはどうかと思っている。いつだったか、街頭演説の冒頭で「石原裕次郎の兄です」と挨拶して失笑したことがある。
 TVに登場する際、頻繁にする瞬きが気になって仕方ない。日頃の言動とは裏腹に実は小心者なのではないかとも思っている。同じように瞬きばかりする谷啓は非常にシャイな人なのだそうだ。    

 石原慎太郎の本質を問う本書は、第一部(五章から成り立つ)をまるまる父親・潔の生涯についての記述に割いている。最初は退屈に思えたこの部分が後になって吹奏楽のコントラバスのように必要不可欠であることがわかってくる。  
 湘南のボンボンのイメージがある石原慎太郎(および裕次郎)だが、もともと石原家は裕福な家ではなかった。山下汽船の店童(丁稚みたいなもの)からスタートした父の仕事は苦難に満ちていた。この部分の取材でも著者は決して手をゆるめない。文献を探し出し、潔を知る人間にできるだけ取材を試みる。  

 第二部以降は石原慎太郎の本質をついた至言がいたるところで散見できる。  
 いくつか拾ってみよう。

 慎太郎の論理の特徴は、自己を正当化するためなら、事実を自分の都合のいいようにねじまげてもかまわないという考える我田引水と夜郎自大の習性が、随所ににじみ出ていることである(P366)。

(慎太郎は)みんなバカにみえて、自分ひとりだけ松の上にとまった鶴みたいな気でいる。自分以外の他人はほとんどバカにしかみえない慎太郎の唯我独尊的な体質は、危惧の念を抱いてみるべきである(P379)。

 自民党で一派閥を統率する亀井静香はしばしば、「あいつ(慎太郎)はわがままがすぎる」と漏らしている。やはり、慎太郎は政治家ではなく小説家以外の何者でもない、というみかたにどうしても傾く(P383)。

 1975年の都知事選での敗退後、支援者たちに電話の1本もかけず、なんのあいさつもしなかった慎太郎に、人さまのことをあれこれいっていい資格はなかった(P390)。

 最初の掛け声は勇ましいが、結果は尻すぼみに終わる。これは青嵐会結成以来、慎太郎が繰りかえしてきたいつものパターンである(P407 )。

 息子への溺愛ぶりと、他人の痛みには寛容なのに、自分の痛みは絶対に許せない彼のわがままな性格は露骨に現われている。慎太郎の息子たちへの愛情のかけかたは、家族思いという次元をはるかに超えている(P409)。

「公約なんて実現可能なことは言わないものです。実現できなかったときに支持率が落ちるだけですからね。(公約は)オッと思わせることが大事なんです」(P430)

 朝まで生テレビの物真似で話題を呼び、今はウンチク王で名高い某氏がこの人の物真似だけはしたくないと言った。なぜなら「物真似は好きな人、その人への愛がなければないとできないから」。そんな亀井静香に「わがまま」と言われる石原慎太郎っていったい?!

 同じ自民党の、長老松野頼三に取材し、彼の慎太郎感を聞き出している。
「彼はポイント、ポイントではよいことをいうけれども、全然つながらない。ときには反対のことをいうことがある。上手にね。上手すぎるんだ」
「政界に長くいると、その上手すぎる手つきがみえる。手品がみえる。観客には拍手だがね。私ら、舞台裏からみてるから、みえすぎるんだ」
「慎太郎は危険ではない。君子豹変するほうだ。実利的な男だからね。自己顕示欲が強くて、中曽根康弘の若いころに似ている。けれども、中曽根のほうがずっとイデオロギーがあった」
「慎太郎は《かつがれにくい人》なんだ。自作自演の人間だからね。彼には諸葛孔明が必要ないんだ。自分が諸葛孔明のつもりなんだ」
「彼にどんな能力があっても1人の力はしれている。彼を指示し、教える者がいない。だから彼は、東京で一番高い愛宕山で終わるかもしれない」。  

 副知事某氏の重用が心配である。都政の九割を牛耳っているという。批判的な記事を書くと、その記者は飛ばされるのだとか。この某氏に対する石原都知事の信頼は厚い。本書の中で一番恐怖を感じた部分はここだった。




 皆さんは本多勝一というルポライターをご存知でしょうか?
 かつて朝日新聞の花形記者として活躍し、現在はフリーの文筆家として「週刊金曜日」を仲間たちと発行しています。本多勝一は私にとって愛憎相半ばする方でして、彼の本を読んで感銘を受けたり、逆に腹が立ったりしています。

 今日は別に本多勝一の書籍を紹介するわけではありません。
 彼の作品は朝日文庫シリーズでまとめられています。
 その一連の文庫に〈凡例〉が掲載されております。それは本多勝一が書く文章に、本人だけの約束ごとがあって、それを紹介しているものです。
 アメリカ合衆国は合州国、ローマ字はヘボン式ではなく日本式、外国人の名称などの分かち書きで使用する〈・〉(ナカテン)は〈=〉二重ハイフォン、等々、より文章をわかりやすくするための処置なのですが、その中で一番納得できるのが、数字の表記です。
 三進法ではなく、四進法を導入しています。

 会社に入り、現在では稟議書などでよく数字を読むわけですが、単位を千円、百万円として数字が書かれています。
 数字が二桁くらいならいいのですが、4桁以上になると桁をいちいち数えなければなりません。
 20(千円) = 2万円       2000(千円) = ?
 30(百万円) = 3千万円     3000(百万円) = ?
 
 数字で3桁ずつカンマをつけるのはいいとして、以上のような漢字を使用すると日本語は無理があります。
 西洋ではthousand、billionが単位になりますが、日本語では万、億が単位になります。
 300(千円)より、30(万円)の方が一目瞭然だと思うのですが、いかがでしょうか?

 というわけで、数字の表記で千、百万の単位を使用するのはやめてもらいたいという私の主張でした。





 収入確保のため、もう一つ仕事をすることにした。早朝品出し。神保町で見つけた。
 以前、某スポーツ店で同様の仕事があって、面接した結果が不合格。たぶん髭が原因だろうと今回はきれいさっぱりしておまけに髪も染めた。努力が実って早々と決まった。
 本日から出勤。6時半から9時半までの3時間。
 サラリーマン時代早起きには慣れていたから、別にどうとも思わなかった。環境が変わると体質も微妙に変化した。4時の目覚ましにすぐには起きられなかった。それでも十分間に合うと気楽に考えていたら、朝、電車の発着が少ないことが判明。西川口駅で待つこと10分。
 秋葉原に着いてから、走った、走った!
 まあ、何とか間に合いました。




 承前

2001/04/11

 「梅安針供養 仕掛人藤枝梅安」(池波正太郎/講談社文庫)

 「仕掛人藤枝梅安」シリーズの短編連作集をすべて読了し、次はお待ちかね長編シリーズだとばかり、長編第1作を読み始めたが、どうもおかしい。話が前巻に続いていないのである。
 あらためて裏表紙の解説を見ると、どうやら長編第2作を借りてきてしまったのだった。

 以前「百舌が叫ぶ夜」(逢坂剛/集英社 現在集英社文庫所集)が大変面白く、単純にタイトルだけで続編だろうと勘違いして「よみがえる百舌」を借りてきた時のことを思い出した。「百舌の叫ぶ夜」は「幻の翼」「砕かれた鍵」と続き、「よみがえる百舌」はシリーズの4作めということを知ったのは読了してからだった。物語中で前作、前々作の事件や真犯人のことが書かれてあり、その後2作め、3作めと読んだのだが、犯人のわかっているミステリというのはどこか味気ない。  
 梅安シリーズは別にミステリでないのだから、1巻くらい飛ばしてもいい気もするが、気分が悪い。  
 あわてて図書館に長編第第1作「梅安針供養」を借りに行くと何と改装のため当分休業だという。しょうががないから、古書店で購入した。  

 闇討ちされ瀕死の重症を負った若侍は通りかかった梅安に助けられ、彦次郎、十五郎らの介護によりどうにか回復したが、記憶をなくしていた。
 同じ頃、梅安は隠居した香具師の元締・萱野の亀右衛門から自身の死を賭して四千石の旗本・池田備前守の奥方(増子)の仕掛けを依頼された。梅安は助けた若侍が旗本の息子ではないかと推理する。池田家では継承問題で前妻の息子(辰馬)と増子のふたりの実子(正之助・小三郎)が争っているらしい。増子は実子を跡取にしたい。だから辰馬の命を狙ったのではないか、と。しかし実態はそんな簡単なことではなかった……。
 ひょんなことから若侍を助け、同時に若侍の母親を仕掛けなければならない梅安らの活躍と十五郎の件から梅安との関係がおかしくなっている白子屋菊右衛門の梅安暗殺の暗躍が描かれる。菊右衛門が放った凄腕仕掛人の最期のあっけなさが、梅安との生死を賭けた一騎打ちを期待するこちらの予想を裏切ることになるのだが、このシリーズが単なるチャンバラ小説でないことを認識させられる。
 増子を仕掛けた後の梅安らしい決着のつけ方がすがすがしい。


2001/04/13

 「梅安乱れ雲 仕掛人藤枝梅安」(池波正太郎/講談社文庫)  

 短編「雨隠れ」と長編「梅安乱れ雲」の2編を収集。  

 「雨隠れ」は「梅安針供養」の事件後、熱海で身を隠していた梅安が巻き込まれる一件が描かれる。
 熱海から江戸に向かう梅安が目撃した浪人はその昔母親に捨てられ孤児となった梅安を引き取り針医者にしてくれた師匠・津山悦堂の恩を仇で返した憎き敵だった。悦堂の復讐を果たそうと浪人の命を狙う梅安だが、浪人は20年辛抱強く父の敵を探し回っていた男だと知り、態度を改める。男が敵討ちに失敗し命を落とすと、梅安は彦次郎、十五郎の協力を得て、男の念願を成就してやる物語で、雨に始まり雨で終わる好編。  

 お待ちかねの「梅安乱れ雲」は梅安と白子屋菊右衛門の確執が抜き差しならないものとなり、ついに二人の刺客が江戸に放たれるところから始まる。
 この二人、北山彦七と田島一乃助の関係が面白い。二人は男色関係にあるのだが、中年の北山は両刀使い、道中ある宿場町で女を買いに行き、若い田島を先に行かせ、それが田島の嫉妬を呼ぶ。待ち合わせの旅籠まで一人旅の田島が腹痛に襲われ、助けるのが梅安である。もちろん田島は命の恩人が仕掛けの相手だと知らないし、梅安も若者が自分の命を狙っていることなど知りはしない。
 江戸に勢力を伸ばす白子屋を嫌う音羽の半右衛門の白子屋暗殺計画に乗る彦次郎と十五郎、愛人失踪で江戸に赴いた白子屋と北山や江戸の腹心たち、別行動で命の恩人が仕掛けの相手だと知り徐々に梅安に心開いていく田島。
 この3組の行動がクライマックスの殺戮現場に集約していき、そこにひとり梅安が現れることによって巻き起こる、あっと驚く展開が笑いとともにサスペンスを生む。  

 本作は何ともいっても何度も梅安を救うことになる田島一乃助のキャラクターの魅力につきる。  
 梅安に隆大介、十五郎に中井貴一(彦次郎は配役が思い当たらない)、田島に松田龍平で映画(スペシャルドラマ)化できるのではないか。  

 一時彦次郎と十五郎が身を寄せる目黒の西光寺が大学時代に住んでいたアパート(目黒区目黒1丁目)から目と鼻の先で親近感を覚えた。梅安の住居がある品川台町もそれほど遠いところではなさそうだ。


2001/09/10

 「梅安影法師」(池波正太郎/講談社)  

 このシリーズ、ずっと文庫で読んできたが、この「影法師」だけ文庫の棚で見かけたことがない。仕方なく単行本を借りてくる。  

 前作「梅安乱れ雲」で白子屋菊右衛門を葬った梅安が白子屋残党の放つ刺客に命を狙われる〈白子屋事件〉その後の顛末が描かれる。  
 今回、梅安の命を狙う仕掛人は3人。  
 前作で奇抜なアイディアによってもう少しのところで梅安を暗殺し損ねた鵜ノ森の伊三蔵。菊右衛門亡き後白子屋を束ねるニの子分・切旗の駒吉そして白子屋の江戸における根城・山城屋改め笹屋伊八、この二人が復讐のため梅安暗殺に差し向けた凄腕の仕掛人、石墨の半五郎と三浦十蔵。彼らの梅安必殺の秘策とは何か。  
 温泉で休養をとった後、江戸にもどって鍼医として治療に専念する梅安が昔から懇意にしている薬屋(片山清助)が何者かに命を狙われていると知るや、彼を守るため自分の危険も省みず快復に精を出す。そんな梅安の身を案じる彦次郎と小杉十五郎。久しぶりに肌を触れ合う恋人・おもん。  
 結末はわかっているのに、今度こそ梅安がやられてしまうのではないかと、気が気でなかった。前作あたりから他人の助けがなかったら命を落としてしまうくだりが見受けられ、刺客の腕もこれまでと比較にならないからかもしれない。  

 簡潔な文体による静けさの中で徐々に発酵してくるサスペンス。一瞬の間に巻き起こる殺戮模様。その緊張感は湖面で唯一人優雅に釣り糸を垂れる釣人と魚の関係のようだ。  
 楽しみな食に関する叙述が少なかったのが少々ものたりなかった。今回は鮪の刺身がでてくる。といっても山葵醤油に漬けたものを金網で炙って食するというもの。昔は鮪は生で食べるものではなかったらしい。地の文の解説で作者自身の子ども時代には鮪の脂身は捨てるものだったと書いている。魚屋に買いにいくとただでもらえたとある。鮪(の刺身)大好き人間としてはうらやましい限り。


2001/10/10

 「梅安冬時雨」(池波正太郎/講談社文庫)  

 〈仕掛人・藤枝梅安〉シリーズの最終作。作者急逝のため未完に終わってしまった作品である。  
 冒頭、悪者・線香問屋主人を大川の舟上で鮮やかな仕掛けで葬りさる梅安。また新たな物語が始まるかと思いきや、白子屋騒動は依然決着がついていないことがその後判明する。  
 前作「梅安影法師」で不覚をとった刺客・三浦十蔵、白子屋の縄張りを一手ににぎった切畑の駒吉が新たにやとった平尾要之助。この二人が梅安の命を虎視眈々と狙っているのだ。  
 前作で音羽の半右衛門の密偵として女の武器を使い敵の内情を探っていたおしまが平尾と知り合い、その人柄に惚れて逆に音羽屋を裏切る行為にでる。  
 梅安は敵の動きに敏感になりながらも、仲間の彦次郎や十五郎と一緒に住む家の新築に精をだす。彦次郎は梅安の留守の間簡単な按摩治療を施すようになっている。そんな状況の変化が何か恐ろしい事態の前触れのような気がしてならない。
「今回は梅安側に犠牲者がでるのではないか」  
 これである。    
 (このフレーズ、一度使ってみたかった!)

 十五郎がかつて世話になった剣の達人為斎・浅井新之助の颯爽とした登場、三浦十蔵の1日の疲れをとるため請われて棲家に通う按摩の竹の市に近づく彦次郎。梅安たちの反撃が始まるところで絶筆。  
 いくら待ってもこの続きは読めないのだと思うとつらい。  

 他に「池波正太郎・梅安の旅」、1982年のインタビュー「梅安余話」を収録。




 「木枯し紋次郎」と「必殺仕掛人」といったら、「帰ってきたウルトラマン」と「仮面ライダー」の関係に似ている。違うか。
 土曜日の22時30分、フジテレビで始まった「木枯し紋次郎」が始まって大人気になった。第2シリーズのときだったと思うが、裏のTBSで22時から「必殺仕掛人」が始まって、これまた大人気となった。視聴率的は「木枯し紋次郎」を追い抜いたのではなかったか?
 当時はエロシーンに惹かれて、最初の30分だけチャンネルを合わせたこともあった。〈手ごめ〉という言葉を覚えたのは、この手の時代劇のテレビ欄における紹介記事だった。
 同じ時代に放映された人気時代劇の原作をほぼ同時に読み始めたのはまったくの偶然である。いや、少しは何かの力が働いているか。

     ◇

2000/09/08

 「梅安蟻地獄 仕掛人藤枝梅安」(池波正太郎/講談社文庫)

 この夏のお昼にテレビ東京で「必殺仕掛人」が再放送され、その録画を帰宅してから観るのが毎晩の楽しみになっている。
 本放送時、「木枯し紋治郎」の裏番組だったため、ちゃんと観た覚えがなく、再放送にも縁がなかった。
 僕が必殺シリーズに夢中になったのは第2作「必殺仕置人」で、その後しばらくご無沙汰して「新必殺仕事人」以降またハマったくちだ。だから「仕掛人」は本放送以来久しぶりの鑑賞ということになる。

 当時の印象としては緒方挙演じる梅安の坊主頭と針による斬新な殺しがすべてといった感じで強く記憶に残っているが、今回観直していろいろと発見があった。
 梅安の魅力はもちろんのこと、林与一演じる浪人・西村左内のストイックな生き方、華麗な刀さばきに惚れ惚れする。また、山村聡の元締め・音羽屋のしぶさがたまらない。梅安たちが酒を飲み、鍋などつつくシーンが見るからにうまそうだ。
 ストーリーもシリーズ後期のようにパターン化していなく、先の展開が読めないこともありけっこうハラハラさせられる。
 やはり原作がしっかりしているからだろうか、と小説を確かめたくなった。

 とりあえず短編シリーズからと思って、図書館に行ったら第1巻が貸出中。
 「木枯し紋治郎」同様どこから読んでもかまわないだろうとシリーズ第2弾の本書を読んだのだが、このシリーズは短編連作でストーリーがつながっているのである。しまったと思ったが後の祭り。
 「春雪仕掛針」「梅安蟻地獄」「梅安初時雨」「闇の大川橋」の4編が収録されている。春に始まって冬までの四季のうつろいの中で梅安たちの活躍を描く趣向が江戸情緒とあいまってたまらない魅力となっている。
 食事の場面はどれもみなおいしそう。描写がうまくて思わず舌なめずりをしてしまう。よく考えれば池波正太郎は食通として有名な作家であった。
 梅安の独白が独特の文体で書かれ、それがこのシリーズの特徴。

 小説の梅安は、確かにイメージは緒方挙であるが、大柄というところがどうも違う。コンビを組む相手もTVと違って楊枝職人の彦次郎。彦次郎といえばTVでは左内の息子の名前だ。元締めは表の商売が香具師の元締め、札掛の吉兵衛。
 音羽屋や左内はTVのオリジナルなのだろうかと思いながら読み進むと後半になってからゲスト的に登場してくる。この二人の設定とイメージはTVとまったく違う。
 今後音羽屋はもっと梅安にからんでくるのかどうか。「木枯し紋次郎」同様楽しみなシリーズができた。


2000/10/31

 「殺しの四人 仕掛人・藤枝梅安」(池波正太郎/講談社文庫)

 「おんなごろし」「殺しの四人」「秋風二人旅」「後は知らない」「梅安晦日蕎麦」の5編収録。本作も一年の季節をとおしての物語となっている。

 記念すべき第1作はTV化もされた(映画化もされているという)「おんなごろし」。料理屋のおかみ殺しを依頼された梅安が下調べに行くとおかみは小さいころに別れた妹だとわかる。にもかかわらず、梅安は評判の悪いこのおかみを何の未練もなく殺してしまう。梅安の少年時代、なぜ仕掛人になったかがわかる仕組みにもなっている。TVではこの妹を加賀まり子が演じていた。
 「殺しの四人」は梅安が昔殺した女の亭主が今では仕掛人となって梅安に復讐する話。
 「秋風二人旅」は彦次郎の復讐譚。京への旅の途中に見かけた侍は忘れもしない妻子を殺した無法者だった男。かつて無法者に犯された愛しい妻は子どもを連れて自殺してしまっのだ。妻子の仇とばかりにいきりたつ彦次郎をよそに梅安は侍がかつての無法者には思えなくて…という話。これもTV化されている。TVでは、彦次郎役に今はなき小林昭ニが扮し、無法者と侍の二役を天地茂がうまく演じていた。
 「後は知らない」は二人が京に滞在中に依頼された殺しに関して、命を狙うべき侍が実は善人で、依頼した方が悪人だと知った梅安たちが依頼人を殺してしまう話。
 似た話が最終話の「梅安晦日蕎麦」。これは彦次郎に依頼された殺しの相手が家来の母娘を犯し好き勝手放題の旗本に反抗した侍であること、依頼人がその旗本だとわかり梅安の協力のもと依頼人と同時に嘘をついて仕事を斡旋した元締めまでも殺してしまう姿が描かれる。<世の中に生かしておいては、ためにならぬやつを殺す>梅安の姿勢を明確にした一編といえるだろう。

 偶然にも1970年代初めに一世を風靡した時代劇(「木枯し紋次郎」と「必殺仕掛人」)の原作を読むようになった。「木枯し紋次郎」シリーズが読むたびに昔の映像が蘇ってくるのにくらべ、「梅安」シリーズにはこの夏再放送されたというのにそれがない。原作とTVがまったく別物という印象なのである。


2001/02/11

 「梅安最合傘 仕掛人・藤枝梅安」(池波正太郎/講談社文庫)

 シリーズ第3弾。6編収録。

 音羽の半右衛門と敵対する元締めから半右衛門の仕掛けを依頼された梅安の策略を半右衛門の人となりを交えて描く「梅安鰹飯」。このエピソードは大幅に内容が変更され「必殺仕掛人」でTV化された。
 昔自分の子を捨て、江戸に出てきた女が今では一女をもうけ亭主と幸せに暮らす。子捨てを目撃している梅安は激しい怒りで女に殺意を抱く、掌編とも言うべき「殺気」。
 道場相続の一件でお尋ね者になっている小杉十五郎が大坂から帰ってきた。彼の命を狙う男は、また料理茶屋の主人の過去をネタに脅迫。このものすごく腕のたつ男を梅安と彦次郎が息のあった仕掛けで葬りさる「梅安流れ星」。ラストの二人のやりとりにちょっとびっくり。
 命の恩人が実はこの世に生かしておけない奴だと知り、ためらいもなく仕掛けに走る梅安の活躍「梅安最合傘」。

 特に印象深いのが「梅安迷い箸」「さみだれ梅安」の2編。
 「梅安迷い箸」は料理茶屋の座敷女中に仕掛けを目撃された梅安の焦りが前半のサスペンスとなる。仕掛人の掟として現場を目撃された場合、理由の如何にかかわらず目撃者は殺さなければならない。しかし女は取り調べでお上に何も言わなかった。なぜなのか?調べていくうち女の薄幸な人生が浮き彫りにされてくる。梅安の身を案じ女を自分の手で殺めようと考える彦次郎をよそに梅安は決断する。女は殺さない。もしそれでお縄になってもそれはそれで仕方ない。しかしそんな女におとずれた小さな幸せがあっけなくくずれたとき梅安は……。女中おときと梅安のふれあい、真の悪を裁く梅安の心情が活写されている。
 最終話「さみだれ梅安」はまた小杉十五郎にまつわるエピソード。

 このシリーズ、収録作品が時系列に並び連作の形をとっているが、このエピソードだけ季節が「梅安鰹飯」の頃にもどるのだ。大坂からまいもどった十五郎が世話になった白子屋から仕掛けの話をもちかけられたのだが、相手が女なので躊躇する。女は料理茶屋のおかみ、婿をとり娘もできて先代から仕えている大番頭のもと店も繁盛している。なぜこの女を殺さなければらないのか、この殺しを依頼してきたのは誰か。梅安はそんな十五郎に交換殺人を提案する。女のずるさ、したたかさはまた梅安の憎むべき、忌み嫌うものだと意識させられる。
 十五郎を仕掛人に誘い込む白木屋とそれを許さない梅安との確執が予想されるラスト。
 今後の長編の展開に関係があるのだろうか?

 この項続く




 「忠臣蔵を読む」に続いて「時代小説を読む」シリーズに入る。
 第一弾は「木枯し紋次郎」。

     ◇

2000/08/25

 「木枯し紋治郎(七)木枯しは三度吹く」(笹沢左保/光文社文庫)

 今年6月、CSで市川崑監修・監督の傑作時代劇「木枯し紋治郎」が一挙放映されたという。もちろんわが家では観られない。市川監督作品を集めたLDが発売されたがすでにDVDの時代で今更LDを購入する気もない。
 利用するビデオレンタル店には2話収録のビデオが3巻おいてあって、何度か鑑賞済みだ。
 かつての映像ばかり追い求めていたわけだが、ふと原作の世界はどんなものだろうかと考えるようになった。江戸時代に興味をもつようになってから、時代小説にも触手をのばすようになった僕としては当然の帰結か。
 とりあえず図書館で借りようとしたら、川口も羽田も棚に一冊もない。「帰って来た」シリーズならあるのだが、旧シリーズが見当たらない。不思議なことに書店にも古書店にもないのである。
 で、やっと何軒も廻った末に川口駅近くの初めて行く古書店で見つけたのが本書だった。
 第一巻から読みたいけれどシリーズ自体一話完結のどこから読んでも問題ないらしいので、買ってきた。なんたって100円なんだから。

 笹沢左保の小説は初めての体験だ。
 小説を読むとTVシリーズがいかに原作のイメージに合った作りになっていたかわかる。紋次郎はまさしく中村敦夫しか考えられないし、文体からは芥川隆行のナレーションが聞こえてきそうだ。  
4編が収録されている。表題作「木枯しは三度吹く」のほか、「唄を数えた鳴神峠」「霧雨に二度哭いた」「四度渡った泪橋」。
 最初の「唄を数えた鳴神橋」では紋次郎の死を予感させる終わり方をする。解説を読むと、作者はこの話でシリーズを完結させようとしたらしい。しかしファンが許すわけもなく、続く「木枯しは三度吹く」で再スタートをきったとのこと。
 ミステリの作りは予想していたとおり。どんでん返しによる驚愕のラストはだいたい最初の伏線でわかってしまうのがちょっとものたりないか。でもくせになりそう。


2000/10/10

  「木枯し紋治郎(一) 赦免花は散った」(笹沢左保/光文社文庫)

 第一巻だけは記念として手元に置いておきたいと思って探し廻ったけれど、やはりどこにもなかった。あきらめて図書館で取り寄せた。
 収録作品は表題作のほか「流れ舟は帰らず」「湯煙に月は砕けた」「童唄は雨に流せ」「水神祭に死を呼んだ」の5編。

 TV時代劇「木枯し紋治郎」の最初の数話はまだ原作がそれほど書かれていなかったのか、「木枯し紋次郎」のプロトタイプともいうべき笹沢左保の〈渡世人シリーズ〉の短編をアレンジしたものだった。
 木枯し紋次郎がどのようにこの世に登場したのかとても気になるところで、興味津々で第1作「流れ舟は帰らず」を読み出した。驚いた。紋次郎は流人として登場するのだ。
 殺人を犯した仲間が先の短い母親の面倒を見たいというので、身代わりで島送りにされたのだった。脱獄に誘われるが、母の死後、仲間が自首してくると信じて、首を縦にふらない。昔からの仲間とはいえ他人のために罪をかぶり、その他人が助けに来てくれることを信じる紋次郎というのも珍しい。
 案の定、裏切られたことを知った紋次郎は島の連中と脱獄する。本土に向かう舟の上で裏切り、いざこざがあり、一人生き残った紋次郎は仲間への復讐を果たす。脱獄者は全員死亡、紋次郎自身も記録では死んだことになっているラストは衝撃的だった。無宿人という以上にまさに生きる屍となった設定に以後の紋次郎のキャラクターが決定づけられた。
 「流れ舟は帰らず」は江戸の大店の跡取息子である兄を探す妹に協力する紋次郎が描かれる。ここでも紋次郎は自分から他人と接触している。
 「湯煙に月は砕けた」は撮影中に中村敦夫がアキレス腱を切って、放映が中断する間際もしくは再開された最初の作品の原作。事故で足に重症をおった紋次郎が伊豆の温泉宿で湯治する。そこへ無法者たちがやってきて村を襲う。敵に長脇差をとりあげられ、手も足もでなく事態を傍観せざるをえない紋次郎がなんとか動けるようになって、湯女らの、死と引き換えの協力のもとラストで悪人たちを相手に大殺陣を繰り広げるくだりは興奮もの。戦の前に、手甲脚絆、草草履を身につけていくしぐさがまさしくヒーローでしびれてしまう。
 「童唄は雨に流せ」では早くも紋次郎の出世の謎が明かされる。紋次郎のやさしさが逆に母子を死にいたらしめる結果となる悲惨な物語だ。
 「水神祭に死を呼んだ」は無宿人の無残な最期を描く人斬り伝蔵と紋次郎の邂逅の物語。ラストのどんでん返しが効いている。

 巻末の縄田一男による解説が楽しい。
 作者は時代劇のハードボイルド、マカロニウェスタンを狙ってこのシリーズを創作したという。  
「赦免花は散った」は菅原文太主演の東映映画化作品の原作だと知り、菅原紋次郎に違和感のあるにもかかわらずその映像化作品を確認したくなった。
 その他の作品もTV化されているので、また第1話から鑑賞したくてたまらない。


2000/11/07

 「木枯し紋治郎(二) 女人講の闇を裂く」(笹沢左保/光文社文庫)

 さっそく図書館に第2巻をリクエストして取り寄せた。
 「女人講の闇を裂く」「一里塚に風が絶つ」「川留めの水は濁った」「大江戸の夜を走れ」「土煙に絵馬が舞う」の5編が収録されている。
 渡世人・木枯し紋治郎が目的なき旅の最中に出会う事件をさまざま舞台、設定を用いて描き、その中で紋治郎の人間性を鮮やかにクローズアップさせる寸法。
 この(二)には特に多種多様な設定が用いられていて、作者のこのシリーズを続けるにあたっての意気込みが感じられる思いがした。人を信じない紋治郎がどのように形成されたかが描かれるエピソードが並び傑作ぞろいの作品集である。

 とある村の20年前の庚申待ちの夜、藩の武士に襲われたいいなづけを助けようと、相手を殺した若者が村の実力者の裏切りで藩に引き渡され、若者は20年後の復讐を宣言して村を去った。その復讐におびえる(商売敵が現われて)今ではすっかりおちぶれてしまった村の実力者。そこへ紋治郎がとおりがかって村を救うことになるのだが、この復讐話には巧妙な罠が仕掛けられていた……という「女人講の闇を裂く」。

 妻のいわれなき殺人に抗議し故郷を捨て、人里離れた土地で農機具の鍛冶に精出す刀鍛冶と長脇差を欠いた紋治郎との出逢い。紋治郎は妻の無実を信じる刀鍛冶と夫に従順につかえる妻の姿を見てやすらぎを覚え、ふたりの命を狙いにやってきた魔の手を一網打尽しするのだが、後からやってきた刀鍛冶の妹の話から妻の意外な事実が判明してしまう「一里塚に風が絶つ」。

 姉にうりふたつの壷振りの女と珍しく道中をともにする紋治郎が若くして死んだ姉の死の真相を知る「川留めの水は濁った」。自分の命を救ってくれた姉が死んだと聞いて家を出た紋治郎の、姉に対する憧憬を事細かに描き出した異色作。

 異色といえば「大江戸の夜を走れ」も三度笠、道中合羽から町人姿となった紋治郎が描かれるという点ではいつもの趣きではない。処刑される罪人に妻子の無事を伝えるため浅草に赴いた紋治郎は罪人から謎のサインを送られる。行動をともにした罪人の愛人の不可思議な動きから、サインは罪人が隠し持っている大金の在処を示すものだと知り、夜中、江戸から妻子の待つ下高井戸まで突っ走る。夜空が徐々に明るくなっていくくだりの描写がいい。「視界が、水色に染まった。」にしびれた。

 「土煙に絵馬が舞う」はTVのエピソードのあまりの悲惨さでよく憶えている。鉄砲水に襲われ荒れ果てた土地にしがみついている貧しい百姓たち。定期的に襲ってくる無法者がいても土地を離れようとしない。無法者の首領が言うにはこの土地のどこかに盗んだ百両が隠されていると。農民の長は「知らない」と答える。貧農出身の紋治郎にはそれでも土地に縛られてしまう農民の性がわかる。わかるから長の言葉を信じ、やがて無法者たちと一戦を交えることになる。紋治郎と狂女以外全員が死に絶え、虫の息の長から「お前が来なかったら百両は全部おれたちのものなったんだ。お前のせいで皆死んだ。皆お前を恨んで死んでいった」と罵られる、何ともやりきれないラスト。救いのない「七人の侍」といえようか。

 人嫌いの紋治郎が、それでもどこかで人を信じ、しかしそんな気持ちを粉々に踏みにじられる様が各編ににじみでている。


2000/11/15

  「木枯し紋治郎(三) 六地蔵の影を斬る」(笹沢左保/光文社文庫)

 どこを探し廻ってもなかった光文社文庫版の「木枯し紋治郎」シリーズだったが、図書館にリクエストしたとたん、次々と古書店で見つかることが続いた。ある古書店ではシリーズ全巻がセットで並んでいたりして、もっと早く知っていれば購入していたものを、と地団太踏んだ。
 が、(これが私のおかしなところなのだが)一度図書館で全巻取り寄せることを決意したら、その方針を崩したくない。
 で、本書も図書館へのリクエスト。
 表題作のほか「噂の木枯し紋治郎」「木枯しの音に消えた」「雪燈籠に血が燃えた」の4編収録。

 身に覚えのない親分殺しやくざの子分たちに命を狙われる紋治郎と彼の身を守ろうと親しげに近づいてくる謎の男の出逢いと別れを描く「六地蔵の影を斬る」。
 文中に必ず描写される紋治郎の風貌~左頬の刀傷、口にくわえた五寸の楊枝、汚れた三度笠、道中合羽~これを逆手にとったのが「噂の木枯し紋治郎」。巻頭早々紋次郎が殺されてしまうのだ。まあ、そんなことはありえないことで、殺された木枯し紋治郎は余命いくばくもない無宿人が扮した偽者だったことがわかる。なぜ無宿人が金のために自分の命を売ったのか、その謎に迫る紋治郎の活躍が描かれる。
 本書の一番の注目は「木枯しの音に消えた」。紋治郎がなぜ五寸の楊枝をくわえ、木枯しの音をさせるのか、その謎が明らかになる。
 若かりしころの紋治郎とある浪人親娘の出逢い。その娘が楊枝を使ってある音色をだす。それを紋次郎が真似したというわけだ。ただ紋次郎だと木枯しが吹くような寂しい音色になってしまう。浪人親娘が住む町にやってきた紋次郎が娘の幸せを願って悪人たちをたたっ斬るのだが……。
 「雪燈籠に血が燃えた」にも紋次郎のやさしさが滲み出ている。
 今は亡き姉の子を連れた婚期を逃した女。子には父がいない。村でも差別されている。その子が作った不細工な雪燈籠。知り合った紋治郎がその子に昔の自分を見て、無法者たちの金儲けの犠牲になった子の仇を討つ。そしてラストにお待ちかね、「あっしには、関わりのねえことで……。」

 巻末の解説で詩人の郷原宏は笹沢左保は文体を持った作家だと書く。
 笹沢時代小説の記念すべき第一作「見返りとうげの落日」の冒頭の場面から引用して「いた」「続けた」「出た」「暗かった」と続く<TA音>の連打が快調な文体のリズムを作り出し、とある。それがそのまま主人公の歩行のリズムに重なっている、と。
 実は初めて「木枯し紋次郎(七)」を読んだとき僕は逆に<TA音>の連打が気に障った。情景描写、時代描写はまさしくTVのナレーションを聴く思いがしたが、紋次郎の行動を描くところでこの過去形ばかりの文章がリズミカルじゃないと感じたのだ。
 ところが巻を読み進めるほどこれがなんとも心地よくなるのだ。そしてその描写は氏が指摘するようにまるでカメラなのだ。始めはロング、そしてアップになって、と文章が映像になっている。だからこそ読むたびに昔の作品が観たくてたまらなくなるのだろう。




 9日(木)に発売された雑誌「Hanako」の特集は「本とカフェ。」。表紙の女優の高畑充希さんが目印です。
 〈気になる本116冊、行きたいカフェ75軒!〉 とあって、ブックカフェ二十世紀が75軒中の1軒として紹介されています。
 取材はオーナーのS氏が受けていまして、2冊の本をお薦めしています。

  「ファイヤー」(水野英子/朝日ソノラマ)
  「万年前座 僕と師匠・談志の16年」(立川キウイ/新潮社)

 どちらも、お店で開催しているイベントに関連しています。
 昨年の春、金原亭馬好師匠主催の会があって、ゲストが水野英子さんでした。馬好さんはマンガが大好きで、研究家でもあるんですね。馬好師匠、その前にブックカフェ二十世紀で一度落語会を開催していて、この日が2回めでした。ゲストが水野さんということもあってか、お客さんが60名弱いらっしゃって、現在のところ、集客の最高記録となっています。

 キウイ師匠は、隔月開催の「フタイ×キウイの二人でイイ噺」のレギュラー。一昨年の暮れ、ブックカフェ二十世紀の一周年記念忘年パーティーの余興ゲストでした。
 今年になってから、元「暮しの手帖」副編集長で定年退職してからは映画ジャーナリストとして活躍している二井康雄さんと映画についてあれこれおしゃべりするトークショーを企画、おかげさまで、人気を博し、隔月開催のイベントになりました。

 私、石森章太郎「マンガ家入門(正続)」、藤子不二雄「まんが道」の愛読者でして、トキワ荘への興味からいつしかトキワ荘本を収集するようになりました。
 トキワ荘の想い出を綴った短編以外、水野さんのマンガは読んだことはないのですが、トキワ荘の住人として、石森章太郎や赤塚不二夫と合作したり、その名前は小学生のときから存じております。メディアへの登場がないので、ブックカフェ二十世紀にいらっしゃったときは、少々緊張しました。

 キウイ師匠の「万年前座」は刊行時に読んでいます。そのときの感想はここに書いています。ただ、購入しませんでした。買うつもりでいたところ、ちょうど知り合いの方が購入したので借りてしまったんです。
 忘年パーティー時に本を販売したので購入して(サインもいただきました)再読しました。
 感想は、一度めとほぼ同じでしたが、落語修行に関してなんか他人事だよなぁと思いました。

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一応この項から続く

 市川崑監督の「四十七人の刺客」が公開されたのは1994年の4月。この年から僕の忠臣蔵本読みが始まった。
 2000年にHP「夕景工房」を開設し、映画の感想や読書レビューを毎週更新していた。
 読書レビュー「買った! 借りた! 読んだ!」に掲載した分を転載する。

     ◇

1999/10/19
          
 「忠臣蔵コレクション4 列伝篇 上下」(縄田一男編/河出文庫)

 この河出文庫版の「忠臣蔵コレクション」は本伝篇と異伝篇の2冊で完結と思っていたら、列伝篇上下があってあわてて借りてきた。
 時代小説の大御所たちの短編が網羅されていてなかなか読み応えがあった。

 「列伝篇 上」では池波正太郎の「火消しの殿」、直木三十五の「寺坂吉右衛門の逃亡」、多岐川恭の「夜逃げ家老」、井上ひさしの「毛利小平太」が面白かった。いわゆるアンチ赤穂義士という味わいがあるからだろう。
 「火消し殿」は浅野家に小姓としてとりたてられた美貌の青年からみた浅野家断絶が描かれている。何より内匠頭の男色、その執着ぶりを上野介にとがめられたことが刃傷の原因だったというのが興味深い。
 足軽の悲哀がにじみでていたのが「寺坂吉右衛門の逃亡」。討入り寸前まで他の浪人たちと差別された寺坂が怒って、討入り最中に逃亡、しかし死人に口なしで「討入り成功の報告」をするという口実で関係者を訪ね歩き寺坂自身が後世に名を残すという趣向。伝説を逆手にとった解釈でなるほどある部分納得してしまった。
 討入り直前に毛利小平太がなぜ脱盟したのか、その理由を描いたのが「毛利小平太」だ。吉良側に正体がばれてしまった毛利を逆に赤穂側が利用する。動向を見守られている毛利自身は討ち入りに参加できないということで、それを聞かされ愕然となった毛利は逃亡を図るのだった。これも哀しい話である。

 「列伝篇 下」では、澤田ふじ子「しじみ河岸の女」、菊地寛「吉良上野の立場」、長谷川伸「小林平八郎」、湊邦三「元禄武士道」が印象に残る。
 若い浪士と娼枝に身を落とした幼なじみの心中に大石内蔵助の非情が関係していることを鮮やかに描く「しじみ河岸の女」、普通の感覚で読めば当たり前のことで、なぜこれが世間に受け入れられないのだろうかと思える「吉良上野の立場」、吉良側の人間模様の「小林平八郎」、まさに正統派忠臣蔵のエピソードであり、主人公の浪人と弟子の関係が心暖まる「元禄武士道」。
 忠臣蔵を取材した短編というのはどのくらいあるものだろうか。全く違ったテーマで書かれたものでも連続して読むと、ちょっとした連作集の趣きがあるのが不思議だ。


1999/12/21

 「忠臣蔵大全」(勝野真長 監修/主婦と生活社)

 昨年暮に購入した忠臣蔵本の一冊で、「元禄繚乱」が始まったのを契機に、ドラマの進行に合わせてちょびちょび読み進めてきた。辞典的活用法で読むのもたまにはいいだろう。
 本書で新たに知った事実は、吉良討ち入りに手本があったということ。
 30年前に起きた通称「浄瑠璃坂の仇討ち」といわれるものがその手本だという。奥平源八が父((内蔵助)の仇・奥平隼人邸に討ち入りした。源八は伊豆遠流の処分に付されたが、6年後、恩赦で罪を許され、その後彦根の井伊家に召しかかえられた。
 大石と参謀役の吉田忠左衛門はこの仇討ちを参考に討ち入りをしたのではないかと書かれている。 もしかした赤穂浪士たちも源八と同じ処分を期待していたのだろうか(本書は否定しているが)。

 で、思うのだが、その浄瑠璃坂の仇討ちの事件は世の関心を呼ばなかったのだろうか、芝居になって一世を風靡しなかったのだろうか。


2000/01/08

 「忠臣蔵 -赤穂事件・史実の肉声」(野口武彦/ちくま新書)

 一度読んであまり面白くなかった印象があった。その後小林信彦の書評コラム(週刊文春連載)で取り上げられ、本書がもっと早く出版されていたら「裏表忠臣蔵」の執筆がもっと楽だったろう、というような感想を書かれていたので、もしかしたら僕の読み方が間違っていたのだろうかと思い直した。
 岩波新書の「忠臣蔵」同様購入してもよかったのだが、年末羽田図書館に寄ったら、幸いにも置いてあったので借りてきた。(以前もここで借りたのだ。)
 本書の特徴は完全なる資料第一主義という立場で赤穂事件の真実に迫っていることだろう。過去の資料文献でも信用していいもの、できないものを区分けして、当時の事件を推理していく。そして赤穂事件とは何だったのかを解き明かすのだ。だから史実の肉声なのである。昔の文献もむずかしいものは口語訳して読みやすくしてあるし、入門編としてはとても最適な参考書である。
 面白い。なぜ前回の時にはそう感じなかったろうか?


2003/01/27

 「忠臣蔵夜咄」(池宮彰一郎/角川書店)  

 2002年は赤穂浪士の討ち入り300周年だったという。また著者が「四十七人の刺客」を上梓してから10年という区切りがいい年。ということで、もう一度忠臣蔵を振り返ってみようという趣旨で、これまで忠臣蔵をテーマにして書いたエッセイや対談、鼎談などをまとめたのが本書である。  
 現在僕が江戸時代に興味を持っているのも、もとをただせば「四十七人の刺客」が要因だった。市川崑監督によって映画化された作品を観て、もっと詳しく忠臣蔵を知りたいと思い、さまざまな参考書、関連書をあたった。そこから徐々に他の事件、人物に興味に範囲が広がっていったのだ。時代小説を読み始めたのも「四十七人の刺客」が最初ではなかろうか。  

 とにかく忠臣蔵についてはまず史実として赤穂事件(松の廊下の刃傷と討ち入り)がどのようなものであったかが知りたかった。  
 著者も映画「四十七人の刺客」公開前後に縄田一男と組んで「池宮彰一郎が語る忠臣蔵のすべて」(PHP研究所)を上梓して、そこらへんのことに触れている。ところが〈事情があって現在入手不可能である〉と本書でことわっている。読んでいてこの文章どこかで目にしたことがあると思ったのは、「……忠臣蔵のすべて」に所収されたものだったのだ。  

 刃傷の原因について、著者は若者と年寄りの考えの違いに起因するのではないかと自説を展開させ、なるほどと思わせる。  
 若者(浅野内匠頭)と老人(吉良上野介))の言葉の行き違い。痞(つかえ)を患い、鬱状態になっていた浅野が自分の言うことを頭ごなしに否定し、事細かく指示してくる吉良に対してストレスを爆発させたのが刃傷に及んだのだと。  
 刃傷沙汰を犯した浅野内匠頭を深く追求もせずその日のうちに切腹させた幕府(柳沢吉保)の思惑も解説している。  
 もし仮に喧嘩両成敗にすると御三家と縁せき関係にある吉良に傷がつくことを恐れたというのだ。上野介の実子は上杉家の養子、紀伊大納言の三女を妻に迎えている。紀伊から将軍がでるとなると何かと都合が悪いというわけである。幕府は刃傷の理由を悠長に調べている暇はなかった。だから討ち入りも、単なる仇討ちではなく、片落ちの裁定を不服とした大石一派の幕府に対する反抗であると。なぜなら大石にお家再興の意思がなかったところから説明する。これも大いに首肯できる。そうでないと47人もの徒党を組んでたった一人の老人の首をとる大石たちの行動が理解できなくなるのだ。  
 まあ、どんな理由があろうと殿中で抜刀した浅野内匠頭は藩主として失格ではないかというのがわかってくる。


2004/08/24

 「赤穂落城 元禄の倒産とその結果」(童門冬二/経済界)  

 童門冬二が書く歴史ものはとてもわかりやすい。まず文章が読みやすい。現代の視点から歴史を紐解くというアプローチの仕方が歴史素人にはとっつきやすい。特にビジネスの観点から語ってくれるのでサラリーマンには参考になる。総務部に所属していた頃は「月刊総務」という雑誌に連載されていた童門冬二の記事だけは読んでいた。歴史上の人物の評論で、いかに人をまとめ導いていくかという観点で論じていた。  

 元禄の刃傷事件、討ち入り事件、いわゆる忠臣蔵事件について、賞賛だけでなく当時から批判もあったという。
「刀をぬいてはならないという江戸城で刀を抜いたのは浅野のほうだ。吉良に罪はない、悪いのは浅野だ。罪を受けるのは当然だ。それを、吉良に恨みを持ってこの首を取るなどというのは、浅野家の家来の逆恨みだ」  
 というもの(本書9ページ)で、著者は事実はそのとおりと書いている。が、そんな単純なものではないと、大石内蔵助を〈倒産した企業の代表的重役〉と見立て、彼が吉良上野介の屋敷に討ち入る決心をするまでの苦心談を綴ったのが本書なのだが、刃傷事件はあくまでも浅野に非がある、吉良は悪くないと思っている僕には納得がいかないものであった。   
 喧嘩両成敗のしきたりに則っていないと指摘するのだが、何が喧嘩なのか僕にはわからない。第三者的に刃傷事件を見れば、浅野が勝手に怒り、刀を抜いて吉良に斬りかかったのである。これのどこが喧嘩なのか。やはり非は浅野にある。
 幕府の落ち度は、事件が起きてから詳細について調査しなかったことだろう。浅野に対してなぜ刀を抜いたのか、その理由を確認せずにさっさと切腹させてしまったことが悔やまれる。ただし刃傷事件の理由が判明されていれば、1年後の討ち入りもなかったかもしれない。忠臣蔵の芝居も成立しなかったのだ。そう考えれば結果オーライ?




 早いものでもう12月です。
 11月に新札が発行され、かなり流通してきて、よく見かけるようになりました。
 もうずいぶん前になりますが、千円札と五千円札、それぞれの肖像画が野口英世と樋口一葉に変更されるとニュースで知ったとき、笑ってしまいました。
 紙幣の肖像画が本当にこの二人でいいのかと思ったんです。

 野口英世は世界に誇る日本の偉人として、皆さん、小学生時代に一度は伝記を読んで、読書感想文を書いたりしているでしょう。樋口一葉は「たけくらべ」などで女流文学者として、また若くして亡くなった薄幸な女性として喧伝されています。
 それはそうなんですが、二人の素顔はというと、借金ばかりでしていて、お金に対して数々のエピソードが伝えられています。

 たとえば、野口英世。村一番の秀才として帝大、今の東京大学に入学しました。村の誇りだと、上京時に村人たちは寄付を募り、今の金額で400万円ほど集まり、学費の足しにと渡したのですが、野口英世は芸者宿で散財してしまうのです。それも一度だけでなく、二度も同じことを繰り返し、3度目でやっと東京行きの汽車に乗ったそうです。
 この手の話はいくつも伝えられていて、アフリカで研究生活をしている時も友人から借金をして、それをうまく理由をつけて踏み倒してばかりいたと聞いたことがあります。

 樋口一葉が貧しかったことは有名で、そのためにいろいろなところから借金をしています。その証拠として、彼女の記念館には多くの借金証文が展示されているとのことです。

 大蔵省、財務省は新札の肖像となる人物を選定する際、二人のこうした借金にまつわるエピソードを知ったうえで決定したのか、まったく知らなかったのか、気になります。

 財政状況が芳しくなく、何かというと増税、増税の政策が聞こえてくる昨今、この二人が新札の肖像画になったことは偶然ではないような、そんな気がしてなりません。




2017/02/08

 「マグニフィセント・セブン」(丸の内ピカデリー)

 傑作として名高い「荒野の七人」(60年)のリメイク。
 「荒野の七人」は、ハリウッドが黒澤明監督の代表作「七人の侍」(1954年)を西部劇に翻案した作品として往年の映画ファンなら知らない人はいない。

 個人的には「荒野の七人」に何の思い入れもない。
 映画(のタイトル)を知ったのはわりと早い時期だった。小学校の高学年か。西部劇の傑作であること、スターが大勢出演していること、日本映画が基になっていること。記憶が定かではないのだが、たぶん「七人の侍」より先に知っていたと思う。テーマ音楽も耳に馴染んでいる。
 が、観る機会がなかった。TVの洋画劇場で放映されたことがあったのだろうか。観た覚えがない。

 高校時代に「七人の侍」がTVで放映された。全編後編に分けて二週にわたって。むちゃくちゃ面白くて、その後は劇場(リバイバル上映)で、ビデオで、DVDで何度も鑑賞している。
 「荒野の七人」を観たのは最近である。この歳になると10年前も最近であるから、時期ははっきりしないのだが。
 映画の印象だけ覚えている。「七人の侍」の方が断然面白いじゃないか! 

 「七人の侍」のすごいところは、映画の前半、志村喬演じる勘兵衞が仲間を集めるくだりから夢中になれることだ。
 野武士の襲撃から村を守るために、村人は侍を雇うことにする。町にやってきた村の代表たちが侍をスカウトして、最初に選ばれるのが浪人の勘兵衞。この勘兵衞を慕って6人の浪人が集まるエピソードが愉快、痛快なのである。七人の侍のそれぞれの個性を際立たせながら、侍の侍らしさが描かれるのだから目が離せない。

 上映時間が3時間強の「七人の侍」に対して、「荒野の七人」は2時間しかないためか、ユル・ブリンナーによるガンマン集めにそれほど時間をさけない。僕が「荒野の七人」を面白くないと思うのは、ここに要因があるのかもしれない。
 もし、もっと早く、「七人の侍」より先に「荒野の七人」を観ていたら、印象は違っていただろう。

 最初に予告編に触れて反応したのはアップのデンゼル・ワシントン。どことなく志村喬に似ていたのだ。志村喬をもっと男前にした感じか。次にバックに流れる曲。「朝日のあたる家」だ。劇中に流れる、もしかしたらエンディングロールに流れるこの曲を聴きたいと思った。
 「荒野の七人」のリメイクなのに、なぜにタイトルが「The Magnificent Seven」? 数秒おいて得心した。「荒野の七人」の原題なのである。
 続けて思った。〈マグニフィセント〉とは何ぞや? 調べてみると「崇高な」「豪華な」「偉大な」「素晴らしい」を意味する形容詞だという。

 「荒野の七人」が「七人の侍」をわりとそのまま翻案しているのに対して、「マグニフィセント・セブン」はリメイクだからか新規軸を打ち出している。
 敵方に絶対悪、それも個人を配置したのだ。
 「七人の侍」では野武士が、「荒野の七人」では盗賊が貧村を襲う。野武士も盗賊も頭領がいるが、あくまでも集団の中の一人という扱いだった。
 この映画では、とある開拓地に金鉱があり、それを独占したいがために悪徳実業家があの手この手を使って、住民を追い払おうとする。そのためには殺人も厭わない極悪非道な奴なのだ。もちろん、実行するのは部下たちだが。

 この実業家に亭主を殺された未亡人(ヘイリー・ベネット)がヒロイン。ちょっと見、「ロミオとジュリエット」のオリビア・ハッセーみたいで(胸元から上)、中学時代を思い出してちょっと胸キュン。
 この未亡人(ともう1人)がデンゼル・ワシントンに敵の排除を依頼する際に、「復讐」という言葉を発する。亭主を意味もなく殺されたわけだから当然なのだが、少々違和感があった。

 七人のメンバーに東洋人を入れた。
 その一人がイ・ビョンホン。ナイフの使い手で、実になんともかっこよいのであるが、文句を言いたい。
なぜ韓国の俳優なんだ!  
 日本のアニメ「マッハGOGOGO」をハリウッドで実写映画化した「スピード・レーサー」でも主要キャストの一人が韓国人俳優だった。
 日本映画の名作を翻案した映画のリメイクなのだから、原作にリスペクトするなら、日本人俳優を起用してもらいたい。
 まっ、イ・ビョンホンは若き日の藤竜也みたいで素敵なんですけどね。
 インディアン、もとい、ネイティブ・アメリカン(マーティン・センズメアー)もメンバーになる。
  
 デンゼル・ワシントンのメンバー集めのシークエンスから、何かと「七人の侍」と比べてしまい、不満タラタラだった。
  手垢のついた展開もあって、がっかりもした。クライマックスのアクションもとりたてて驚愕することもなかった。
  が、クライマックスのクライマックス、デンゼル・ワシントンと敵のボス(バーソロミュー・ボーグ)の戦いで膝を打った。冒頭で抱いた違和感も解消された。

  映画が大団円をむかえて、七人を紹介するクレジットとなる。バックに流れるのは「朝日のあたる家」ではなく、「荒野の七人」のテーマ。胸が躍るね、やっぱり。
  



 この項の【おまけ】から続く

 大河ドラマ「元禄繚乱」が放送されたのは20世紀最後の年だ。
 市川崑監督「四十七の刺客」を観てから、自分の中で忠臣蔵への興味が芽生えた。史実としての赤穂事件を知りたくなって、図書館から関連書を借りては読み漁った。
 赤穂事件から背景となる元禄文化や大河ドラマ「八代将軍吉宗」で享保の改革、その時代背景に興味がわいて、やはり関連書をあたった。映画「写楽」や大河ドラマ「徳川慶喜」も同様。大河ドラマは江戸時代が舞台になると1年間つきあうようになった。ドラマ、映画の原作から、時代小説も読むようになった。
 こうして江戸時代がマイブームになった。
 江戸時代への興味は今も続いている。

 「元禄繚乱」は最近(この最近は数年前の意)までソフト化されなかった。1970年代は初期までのドラマなら、ビデオが保存されていないということもあるが、「元禄繚乱」は2000年の製作だ。
 なぜかというと、これはあくまでも僕の想像だが、NHKサイドがソフト化したくても主演の中村勘三郎(当時は勘九郎)の了承がとれなかったからではないか。中島丈博との喧嘩が尾を引いていたと解釈している。
 ソフト化されたのは、勘三郎が亡くなってからなので、そう推察するのだが。

 ちなみに「勝海舟」は総集編のみビデオが保存されていたらしい。だからなんとかショーケンの人斬り以蔵を観ることができる。


     ▽
2000/12/12

 「元禄繚乱 忠義の士」(NHK総合)

 「元禄繚乱」が終了した。
 討ち入りの回の時に書いた感想どおり、作者・中島丈博は〝幕府が討ち入りした赤穂浪士たちに対してどんなお裁きをするか〟をクライマックスに持ってきた。
 大石は吉良に復讐するためではなく、片落ちの裁定に対する幕府(綱吉)への異議申立て、あるいは「生類憐れみの令」等の庶民の生活を省みない政治を断行する将軍に対する批判のために討ち入りしたという解釈が今回の忠臣蔵には取り入れられている。この解釈は井沢元彦の「元禄十五年の反逆」で知って、討ち入りの真相が理解できた思いだったが、原作の船橋聖一「新・忠臣蔵」も同様なのか、それとも中島丈博のオリジナルなのか。

 大石の堂々たる将軍批判を、お忍びで面会にやってきた当の本人の前でさせるという掟破りのフィクションにはまさしく驚いたが、ショーケン演じる綱吉が怒りまくる姿を見ながら、世の忠臣蔵ファン、歴史家たちの批判を浴びるには違いないけれど、この展開は正解だと思った。こうしなければ(つまり大石の意見を直接綱吉が聞かなければ)本当の意味で大石が綱吉に一矢報いることができないからだ。
 大石が将軍に対する批判を幕府の用人に口にしても決して将軍の耳には届かない。それは絶対どこかでにぎりつぶされる。自分の裁定で運命を狂わされた人たちの嘆きなどお上が知る由もない。だからこそ中島丈博としては自分への批判で地団太を踏む綱吉を描きたかったのだろう。ショーケンはそれをコミカルに演じ、大河ドラマ四度めの忠臣蔵・「元禄繚乱」の新機軸(テーマ)が鮮やかに浮かび上がった。僕はこのフィクションを断固支持する。

 シリーズ初期だけでなく、最後もやはり「元禄繚乱」はショーケンのドラマだったと言える。製作が発表された時、数年前の12時間ドラマ「豊臣秀吉」で名演技を見せた中村勘九郎がこれまで歴代の役者たちが演じた大石内蔵助とは一味も二味も違うイメージを構築すると期待していたのだが、それほどでもなかった。打ち上げ時に中島丈博が「眼が死んでいる」と言って物議をかもしたそうだが(そこまでは言い過ぎだと思うが)、わからないでもない。
 ショーケンは従来の彼独特のアドリブをきかせた演技で、エキセントリックな綱吉を好演した。ショーケンファンにとってはうれしい限りだ。彼にとっては「勝海舟」のニヒルな人斬り以蔵とともに大河ドラマの歴史に名を残すキャラクターになるだろう。
     △



 一昨日(6日)、仕事を終えて有楽町へ。丸の内ピカデリーで「マグニフィセント・セブン」鑑賞。
 予告編でバックに流れていた「朝日のあたる家」は劇中では一切使われていなかった。残念。
 この映画については項を改める。
 
 昨日(7日)は、午前中、ラピュタ阿佐ヶ谷で「三大怪獣 地球最大の決戦」を、午後はテアトル新宿で「島々清しゃ」を鑑賞。
 
 (昭和の)ゴジラシリーズは「三大怪獣 地球最大の決戦」までだと思っている。自分の中では。
 以前にも書いたが、この映画は、キングギドラが登場しなければ、それほどのものではない。大人になってから、特撮や怪獣よりも、「ローマの休日」を下敷きにしたようなドラマを楽しむ映画だと思っている。主演の夏木陽介と彼が護衛する某国の王女(若林映子)の関係とか、夏木の妹(星由里子)とのたわいないやりとりとか。60年代のファッションも素敵だ。70年代になるとなぜあんなダサくなるのか。特にスーツ姿。細いネクタイが決まっている。

 後年知ったことだが、「三大怪獣 地球最大の決戦」は、64年の暮れに公開される予定だった「赤ひげ」が延期になったため、代替作品として製作されたという。この年は、4月に「モスラ対ゴジラ」が公開されているわけだから、製作はバタバタだったのだろう。
 それは特撮や怪獣の着ぐるみに垣間見られる。子どものときはわからなかったが。
 ラドンの造形が「空の大怪獣 ラドン」に比べるとヌルい。飛びラドンはピアノ線が目立って仕方ないし。
 小美人がゴジラやラドンの言葉を通訳するシーンは、おいおいって感じ。あまりにバカらしくて笑ってしまったけれど。
 ただし、ミニチュアによる大胆構図もあり、一概に批判はできない。

 キングギドラを撃退した三大怪獣。モスラは小美人とともにインファント島に帰る。見送るゴジラとラドン。その後、2匹はどうしたのか?
 それはともかく、「GODZILLA ゴジラ」の続編は、この映画のリボーンになるのだろうか? それはそれで楽しみだ。

 「島々清しゃ」。
 昨年12月のシネりんが新藤風監督をゲストに呼んでのこの映画のプレイベントだった。
 予告編を見て、島の子どもたちの吹奏楽を描いていて興味を持った。
 火曜日なので1,000円。これは助かる。
 絶対音感(といえるのだろう)を持つ主人公の女の子の、雑音(音程の狂い)を耳にしたときのイライラ、ザワザワ感は、僕がトイレを借りにパチンコ店に入ったときの感覚に似ているのだろう。あの騒音、爆音を耳にして皆よく平気だよなぁ。いつも思う。慣れもあるのか。
 ラスト、何気ない楽器演奏に涙がでてきて仕方なかった。

 映画鑑賞後、そのまままっすぐ帰って川口中央図書館に行くつもりが、新宿駅東南口に向かう途中に「一軒め酒場」を発見。寄ってしまった。日本酒2杯。目当てのもやし炒め。神田旨かつ。
 ほろ酔い気分で図書館へ。続いて、地元の書店へ。注文しておいた「続・時をかける少女」(石山透/復刊ドットコム)を手に入れる。




 (1998年)11月20日は、昨年公開されて大ヒットした「タイタニック」のビデオが発売される日です。映画は日本でNO1の興行収入を記録しましたが、ビデオもこれまでの最高記録を塗り替えるのは間違いないでしょう。

 今日は1912年実際に起きタイタニック号の沈没事故を危機管理の観点から考えてみましょう。
 当時世界最大だったタイタニック号には約2,200人が乗っており、事故によって約1,500人が死亡しました。

 この海難事故はその後多くの教訓を残しました。
 まず、救命ボートですが、当時船の救命ボートは乗船客数ではなく、船の総トン数で決められていました。それによればタイタニック号は962人分の救命ボートを積んでいればよかったんですね。実際には1,718人分のボートを積んでいたわけですが、それでも乗船者の半分しか乗せることができませんでした。
 事故後は規則が改正されて、乗っているすべての人に十分な救命ボートの積載が義務づけられました。

 もう一つは無線配信です。
 当時船の無線通信士は24時間勤務ではなく、深夜仮眠をとってもいいことになっていました。沈没の危機に直面したタイタニック号の通信士は必死に遭難信号を打ち続けましたが、わずか16㎞しか離れていないところにいたカリフォルニア号の通信士はその直前に無線のスイッチを切って寝てしまっていたのです。このときカリフォルニア号が受信して救助に向かっていたならば、ほとんどの乗客は助かっただろうと言われています。
 実際に遭難信号を受信したのは現場から92㎞も離れたカルパチア号で、到着するまでに3時間以上もかかり、救助できたのは700人そこそこだったのです。
 以後、客船の無線通信は24時間体制になったということです。

 そのほかにもタイタニック号の見張員が双眼鏡の引継ぎをしなかったために、氷山の発見が遅れたとか、引退まじかの最後の航海だった船長が大西洋横断スピード記録をだす誘惑にかられて氷山の多い北寄りのコースを選んだとか、いろいろと問題が多かったわけですね。
 こうして事故の原因を挙げていくと非常に腹が立ってきます。なぜならこの海難事故はどう考えても人災でしょう。
 当時船は沈没しないものとでも考えられていたのでしょうか?




 一昨日は今年最初のシネマDEりんりん。早稲田松竹とのコラボ企画で今上映している「ハドソン川の奇跡」を観て語り合おうという呑み会だった。会場は高田馬場の居酒屋で、19時に仕事を終えてから30分遅れで参加。
 何と参加者は40名! 呑み足らず二次会へ。
 結局1週間で4回も呑んでしまった。

          * * *

 この前、大友啓史監督について書いた。NHKを辞めてフリーの演出家となり、今は映画監督として活躍しているわけだが、NHKというと注目した演出家が二人いる。

 その一人が片岡敬司。90年代、気鋭のシナリオライターと新進ディレクターがタッグを組んで単発ドラマを発表する「ニューウェーブドラマ」というシリーズがあった。感銘を受けた「ネットワークベイビー」の演出が片岡敬司だった(脚本:一色伸幸)。
 大河ドラマ「元禄繚乱」では、必殺シリーズを彷彿させるような画面作りで、片岡演出の回を楽しみにするようになった。

 もう一人が佐々木昭一郎。70年代から80年代にかけて夢中で追いかけた。
 90年代になってから、古書店で著書「創るということ」を見つけた。この本は昨年だったか、一昨年だったか、新装版がでている。 佐々木昭一郎監督作品の上映に合わせた企画だったらしい。知ったのは上映後だったので、映画はまだ観ていない。
 
     ▽
1999/11/03

 「創るということ」(佐々木昭一郎/JICC出版)

 1974年10月15日(僕の誕生日だ、放映日はこの本で知ったのだが)、NHKで芸術祭参加作品として「夢の島少女」が放映された。たぶん新聞のTV欄でこの番組が紹介されていて興味を持ってチャンネルを合わせたのだと思う。
 観終わって、従来のNHKらしくない作風にショックを受けた。今、憶えているのは、こういう映像をNHKが流してもいいのか? 問題ないのか? という思いだ。
 女性の裸などのきわどいカットもあったと思う。ただ、そういうところだけに反応したのではない。詩情あふれる映像そのものに衝撃を受けたのだった。
 ストーリーは忘れてしまったが、その衝撃は今でも実感としてある。
 放映後、もう一度観たくて、この作品が芸術祭に入賞することを祈った。入賞すると必ず芸術祭受賞作として再放送されるからだ。残念ながら何の受賞もしなかった。が、演出の佐々木昭一郎の名前はしっかり刻まれた。(昔の日記帳をみたら、10/15に「夢の島少女」、 メルヘンの世界、素晴らしいと書いていた)

 高校時代には「紅い花」が放映された。つげ義春の劇画を原作にして、当時つげ義春の世界が好きだった僕は佐々木昭一郎の演出によるドラマ化に歓喜した覚えがある。
 80年、「四季・ユートピアノ」が放映され、絶賛を浴び、国内外の数々の賞を受賞した。この頃だっただろうか、佐々木昭一郎は賞取り男として社内で優遇されている、そのため1年に1本作品を担当すればいい、なんて記事を読んだことがある。

 この本の存在は全く知らなかった。知っていたら真っ先に買っていただろう。独特の映像制作の極意が述べられているのだから、貴重なものである。
 デビュー作当時から数々の賞を受賞していて、その自信はこの本の自作を語る部分に色濃く反映されている。すべて順風満帆と思いきや、「夢の島少女」の前にはAD、FDとして3年ほど他人の作品にかかわっていたというのだから、やはり出る杭は打たれる、というか、NHKの企業体質というか、全くもって信じられない。

 彼の演出理論にまことに的を射たものだと納得してしまう。役者はあくまでも映像の素材ではある。いわゆる演技を否定し、その役になりきるまで、一人ひとりの生理を大切にする。素人を役者として起用するのはよくわかる。
 その後、「四季・ユートピア」のヒロイン・A子(中尾幸代)を起用して(この本で知ったのだが、「夢の島少女」のヒロインも彼女だった。驚いた)、ヨーロッパを舞台にした「川」シリーズを撮るのだが、まともに観た覚えがない。この時期じっくりと腰をすえてTVに向かう姿勢がなかったので、観たとしても感銘を受けたかどうか。
 一度佐々木作品を劇場で鑑賞してみたいものだ。
     △


 【おまけ】

1999/11/30

 「元禄繚乱 四十七士討入り」(NHK)

 録画しておいた「元禄繚乱 四十七士討入り」を観る。
 刃傷の時と同じく演出・片岡敬司を予想していたが、別の人だった。彼は光と影を多用した、必殺シリーズを彷彿させる斬新な映像と演出を見せてくれるのでちょっと残念だった。大河ドラマで初めて演出家を意識させてくれた人で今後の活躍を期待したい。

 1年間の連続ドラマを締めくくるクライマックスだし、忠臣蔵一番の見せ場だから当然スタッフ、キャストともに気合の入った見ごたえある一編だった。45分間があっというまに過ぎてしまった。  技術の進歩もあるだろうが、前日に降り積もった雪が、本物っぽく表現されていたのがたまらない。雪の質感もいいが、また赤穂浪士が雪の上を歩く際の音にも神経を配っていてとてもリアルだった。

 見所は2ヶ所。
 赤穂浪士が吉良家に討ち入ったことを知り、討伐に行こうとする上杉家の当主(吉良の実子)とそれを必死に止める家老・色部又四郎の押し問答。柳沢吉保の陰謀により、討伐に行けばお家断絶は間違いない。それを事前に察知していた色部の「殿が今討伐に行ったらわが藩も赤穂と同じ道をたどるのですぞ」の台詞が重くのしかかってくる。通常の忠臣蔵ものにくらべ、刃傷に至るまでの長いドラマがここでいきてくる。
 無能な江戸家老のために殿の刃傷事件を阻止することができず、お家断絶の憂き目にあって、討入りをせざるをえなかった大石と、赤穂藩の二の舞だけはおこしたくないと命をかけて殿の暴挙を阻止する色部の、二人の家老の対比が胸を打つ。

 浪士につかまった吉良が大石に尋ねる。「わしを本当に敵と思っているのか?」大石は答え ない。しかしその眼は何かを訴えているかのようだ。吉良はわずかに微笑む。吉良は大石の本心を見抜いたのだ。大石の本当の敵は幕府だということをここではっきりした。
 さて、その敵役・幕府はこの決着をどうつけるのか。「元禄繚乱」のテーマはここにある。




 3日間連続で夜は呑んでいた。

 30日(月)は阿佐ヶ谷のスナック「SOUND K」へ。うちの店で働いているKさんを紹介するため。Kさんがもっとバイトを増やしたいというので、もしかしてと思って、マスターのNさんに連絡するとやはりバイトの女の子を募集しているとのこと。
 だったら早いうちにと連れていった。
 で、カラオケ合戦になった。
 最終電車の1本前で帰宅。

 翌31日(火)の午後は門前仲町へ。15時にKさん(といっても前日のKさんとは違う)と待ち合わせしたのだ。以前、Kさんからメールが来て門前仲町の「魚三」に一度行ってみて、とあった。15時30分に開店する居酒屋なのだが、15時からお客さんが並んで、開店するとすぐに満席になってしまうのだそうだ。
 では、今度深川を散策したときに寄ってみますと返信していたのだが、前日に4月に開催するイベントの打ち合わせで会った際、誘われたという次第。
 15時に行くと、まだ列はできていなかった。張り紙があって、16時開店とのこと。近くの富岡八幡宮をブラブラして、15時半過ぎに行くと、何名かの男性が並んでいた。後に続いて少しして後ろを見ると、かなりの客が並んでいる。驚きの光景!
 最近、酔うと地元の歌広場でひとりカラオケのパターンが多いのだが、この夜も西川口に着いて直行してしまった。

 1日(水)は、映画サービスデー(ファーストデー)なので、仕事終わりに有楽町へ出て「マグニフィセント・セブン」でも観ようと思っていたら、特撮仲間のSさんより呑みのお誘い。神保町にでてきてもらって、「酔の助」へ。例のドラマ「恋恥」でロケされて話題になった居酒屋だ。年末、やはりSさんと神保町で呑んだとき、行ってみたら満席で入れなかった。
 料理がけっこううまかった。
 
 2日(木)は休みなので、午後地元のシネコンで「破門 ふたりのヤクビョーガミ」を観ようしていたのだが、金もないし何より外出するのが億劫になったのでやめましたとさ。




「先輩、ちょっとお訊きしたいんですが」
「また、お前かよ、もう下ネタの話題は嫌だからな」
「いえ、そんなことではないんです」
「なんだよ?」
「先輩のブログ、カウンターつけていないですよね?」
「そうだよ、HPではつけていたけどね」
「どうしてですか?」
「別に……ブログ始めたときにつけなかっただけで。でも、あるときからアクセス解析はするようになって、内々ではその日のアクセス数は把握しているよ」
「そうなんですか! だったら、アクセス数を発表すればいいじゃないですか」
「発表することにどんな意味があるの? 数が少なければ恥ずかしいし、多ければ、自慢しているようで野暮だし、さ」
「野暮ですか」
「いちいち発表することがだよ、別にカウンターでアクセス数を掲示するのはいいと思うんだよ」
「はあ」
「アクセス数は更新する張り合いにもなるしね。HPを毎週更新していた時代、もう10年以上経つのか、あのころ、ある某アクセスランキングから参加要請があって、試しにやってみたんだ」
「ほぉ」
「そしたら、すぐに1位を獲得して。で、そのあとはずっと1位をキープしていた」
「自慢じゃないですか」
「そうだよ。でもしばらくしたら、そのランキングにエロサイトが参加してきたので、嫌気して脱退したんだ」
「嫌気したというより、それでランクが下がったんでしょう?」
「……」
「当たり、ですね。先輩、けっこうプライド高いんだから」
「……」
「教えてくださいよ。HPにはカウンターつけたのに、なぜブログはしなかったのか?」
「訊きたい?」
「はい」
「どうしても?」
「はい」
「あのね……カウンターのつけ方がわからないのよ、オレ。実は最近アクセス解析のシステムが変わって、設定をやり直したんだけど、どうにも調子が悪いんだ。検索キーワードが全然表示されないんだから。お前わかるか?」
「いえ、機械苦手なんで」
「お願いだよ、教えてくれよ!」




 一応前項から続く

 キネマ旬報2016年邦画ベストテン、第二位に選出されたのが「シン・ゴジラ」。
 この映画については、すでに書いているし、加筆訂正して「まぐまPB⑧ 特撮怪獣映画50年誌」に寄稿した。
 その際、加筆し忘れたことがある。

 「ゴジラ」(1954年)が製作された1950年代から60年代のある時期まで、原水爆や放射能が怪獣誕生の重要な要素になっていたということだ。ブームだったというべきか。
 「原子怪獣現わる」(1953年)では、ゴジラに先駆けて核実験の影響で古代の恐竜が出現するし、「放射能X」(54年)では、核実験の影響で巨大化した蟻が登場する。
 「戦慄!プルトニウム人間」(57年)は、核実験で被曝した軍人が巨人となって暴れまわるという話だった。続編「巨人獣」(58年)も作られている。
 驚いたのは「美女と液体人間」(58年)である。東宝変身人間シリーズは「マタンゴ」以外長いこと観る機会がなかった。DVDを借りてきたのは数年前だ。
 液体人間は核実験の死の灰を浴びた漁船の船員たちが変身した姿なのだ。もろ第五福竜丸の事件をモデルにしていたというわけだ。

 「ゴジラ(54年版)」も、真正面から反・原水爆実験を訴えるというより、巨大な怪獣が登場する理由づけに原水爆実験を使っただけではないか。
 「ゴジラ(54年版)」を評価するのなら、それまで映画に登場することがなかった〈怪獣〉を登場させこと(それまでは、あくまでも恐竜や巨大猿が現代に蘇ったり、登場したりするものだった)、高度な特撮技術、ドラマ演出で荒唐無稽な物語をきちんとフィルムに定着させたこと、ではないかと思っている。
 この考えは大学時代に特撮怪獣映画やゴジラの話になると、得意気に披露した憶えがある。

 「シン・ゴジラ」にはドラマがないと言う人がいる。
 本当にそうだろうか? 僕にはどうしても理解できない。
 核の影響で突然変異し進化した謎の巨大生物を、政府、自衛隊、特別チームがどのように排除するか、撃退するか、そこだけに特化したドラマがきちんと描かれているではないか。
 主人公とヒロインの恋愛や、親子、家族との絆等を描かなければドラマではないというのか。
 「シン・ゴジラ」はそういう余計なドラマを排除して、ゴジラとの攻防戦だけに絞った作劇が見どころだと個人的には思っているのだが。




 書き忘れていたこと。
 今年になって、最初に発売された「漫画ゴラク」。北川れい子の映画紹介(タイトルは「極楽シアター」)のページを開いたら、タイトルのところに「〈ネタばれ注意〉とあった。
 この表記、昨年もあったっけ? なかったような気がするが。

 しかし、呆れてしまうではないか。
 この頁は新作映画の紹介なんだよ。
 キネマ旬報や映画芸術といった雑誌への寄稿ならば、論考としての側面があるからストーリーの記述でネタばれがあってもいい。
 でも、このコラムはあくまでも読者がこれから観ようとする映画の指針となるべきものだろう。だったら、映画のキモとなる要素はできるだけ伏せて紹介するのがプロだろうに。
 それをしないで、堂々とタイトルにネタばれ注意と書くアツカマシサ。
 そんなんじゃ、一般人のブログと変わらない。

 ドキドキしながら読みましたからね、私。また「ピンクとグレー」や「ミュージアム」みたいなことになるのかなと思いながら。
 これからは、ミステリ、及びミステリ要素の濃い映画が紹介されていたら読まないことにします。

 先週の週刊文春の小林信彦の「本音を申せば」では、「この世界の片隅に」について書いていた。こちらもある意味ネタばれしていた。
 御大、いつもネタばれに関しては細心の注意を払って書いているのに、どうして? と疑問に感じながら、こう結論づけた。
 映画は公開されてからずいぶん経つ。大ヒットして、拡大公開になって、多くの人が鑑賞している。だから、あくまでも自分が感銘を受けた要素を、ストーリーを含めて書いた。書いても、これから観る人の妨げにはならない、との判断のもと。
 これから公開される新作、すでに公開された映画、その差の違いではないか。

 キネマ旬報の2016年のベストテンが発表されて、「この世界の片隅に」がベストワンに輝いた。2位は「シン・ゴジラ」である。
 やったぁ!と新聞記事で知ったときは小躍りした。
 以前にも書いているが、キネマ旬報のベストテンはあくまでも選者個々のベストテンの平均が反映される。
 各人が4位や5位と考えて選出した作品にもかかわらず、皆がその順位だと、平均で一位になってしまう弊害があるというわけだ。
 洋画の「ハドソン川の奇跡」など、そんな感じがする。いや、「ハドソン川の奇跡」はいい映画だと思う。タイトルだけだと、なぜ、イーストウッドが? という疑問が生じるが、実際に観れば得心できる。ただ、2016年のベストワンか言われると考えてしまう。これも平均値がなせる結果だろう。

 で、「この世界の片隅に」である。
 僕自身は、このアニメ映画がベストワンになったことに対して大いに納得できる。
 この映画は、アニメでなければ描けない要素がたくさんあった。描写そのものに。それだけで涙がでてきたもの。
 映画は昭和8年から始まる。この年に母が生まれたので、個人的には感慨深い。
 とても愛おしい映画。鑑賞後、ヒロインの声を耳にするだけで、絵を見るだけで目頭が熱くなってしまう。




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
私家本「僕たちの赤い鳥ものがたり」
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」

神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。遊びにきてください。

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