睡眠が3時間という毎日が続いている。
 寝るのが25時ごろだから、朝が早いとそういうことになる。
「やせた?」
 最近よく言われる。
 部屋の体重計は故障しているので測ったことがない。たぶん痩せたと思う。ベルトの穴が2つ縮まったので。ただ、これには理由があって、ずいぶん前に〈Smart WONDER Core〉を購入、毎日腹筋にいそしんでいて、その成果もあるのだと思う。

 特に仕事に睡眠不足の影響はでていない。しかし、プライベートでは大いに困っている。読書が全然進まない! 電車で座って本を開けば、1ページで意識がなくなる。だったら立ったままで、と立ち読書をしようとすると、これまた眠くなって、本を床に落としてしまうことが何度かあった。活字を読む=睡眠薬なのか。

 映画鑑賞は睡魔との闘いだぁ!
 映画がつまらないとかではなく、暗闇の中で椅子に身をゆだねていると、もうそれだけで意識がなくなる。始まって予告編上映のときにそんな状態なんだから、ほんと、困ってしまう。
 鑑賞前に眠気覚ましドリンクを飲むことを考えなければならない。

 一昨日、イベント後二次会に参加して、西川口駅に着いたのは25時近く。酔いと眠気でフラフラで歩いていて、途中でUターンしていた。自分がどこにいるのかわからなくて、立ち止まってわかった。

 夜中に風呂をわかして湯舟につかる。
 浴槽から出るとき、寝ぼけていて、髪も身体を洗ったと勘違い、栓を抜いてしまったことがある。

 就寝時、よくCDをかけるのだが、最近は2曲めを聴いたためしがない。
 思い出した。この前、昼の休憩時、本を読んでいて、だんだん意識がなくなり、そのまま惰眠をむさぼっていたら、右手の人差し指と中指が熱くて目が覚めた。見ると、灰になったタバコがあった。タバコ喫っていたことを完全に忘れていたのである。


 【註】
 タスポ導入と同時に禁煙したのだが、昨年「僕たちの赤い鳥ものがたり」の改訂作業で復活してしまった。
 禁煙前はセブンスター12mm、復活後は健康を考えて4mmに変更したのだが、何のことはない1日の本数が増えただけだった。




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 今日はクレーム対応時の〈ガス抜き〉について話しします。

 ずいぶん前になるのですが、家族で外食した後、自宅でワインでも飲もうと近くの某東武ストアに買い物したときのことです。
 入口のところに酒屋コーナーがあって、そこで1本赤ワインを取り出しました。おつまみも必要だと思い、中の食料品売場に行こうとすると酒屋の店員(50代くらいの女性)が、お酒はその場で清算してくれと言います。
 お金を払って、ビニール袋に入ったワインを渡されて、売場に行った私はカキPを1袋つかんでレジでまた清算しました。レジの女性がカキPを別の袋に入れようとするので、ワインの入った袋があるから要らないと断ったんです。

 レジを出たところで、かきPをワインの袋に入れて、別の買い物をしている家族が来るのを待っていました。
 そのとき、足元にワインが落ちて瓶が割れこなごなになって靴や靴下が赤く汚れてしまったんです。店の人がでてきて後片づけで大騒ぎになりました。ほんと、一瞬のことで、何が何だかわからない私は手に持っていた袋を見ると破れているんです。

 酒屋コーナーに文句を言いに行くと、店員はその袋は弱いもので、鋭利なものを入れると切れてしまうもの、そういう袋にカキPを入れたのが悪いといった感じで「すいません」の一言がないんです。別に弁償してもらおうなんて考え(たかだか350円のワインですから)はなかったですが、その態度にムカッときて、それ以上は何も言わず、別の店で同じワインを買って自宅に戻りました。

 以前にもお話ししましたが、サービスが悪い店だったら何の抗議もせず、二度と行かないというのが私のポリシーなんですが、この日ばかりは家に戻ってからも怒りが収まらず、店に電話しました。応対した女性はこちらの文句を聞いてくれて申し訳なかったとあやまり、それでどうにか怒りを収まったわけです。

 株主対応だとか、代表電話にかかってくるユーザーだとか、怒りを露わにしてこちらがビビってしまうことが何度となくあります。
 これもいろいろ話題になっておりますが、自分の怒りをどこにぶつけていいものかわからず電話してくるんだと思います。その場合、もちろん、中には金品の要求やクレーマーもどきのホントに嫌な人いますが、怒りや文句を言いたいための、そのはけ口として代表電話にかけてくる人もいるわけでして、その場合、その人の気持ちになって話を聞くというのも仕事なのかなと思った次第です。




 早朝の品出しのアルバイトを始めてから、目覚まし時計を買った。100円ショップで、だが。
 それまでは携帯(いまだにガラケーを使っている)のアラーム機能を利用していた。5時、5時30分、6時にアラームが鳴るようセットしている。カフェの仕事は10時30分からだから家を8時30分に出れば十分間に合う。早く起きて朝風呂に入って、朝食を作って、TV見ながら食べてと、とてもゆったりとした時間の流れを愉しんでいた。

 早朝品出しは6時30分から9時30分までの3時間の業務。
 15分前までに出勤するとなると、家を5時に出なければならない。目覚ましは4時15分にセットしている。携帯アラームと目覚まし時計の二段構えだから、寝過ごすということはない……

 ……はずなのだが、たまに目覚まし時計のセットを忘れることがある。携帯アラームだけだと目が覚めない、ことが多い。
 この前なんて、目が覚めて、時間を確認すると5時だった。あせった。あわてた。急いで5分で歯磨きと着替えをすませ家を出て駅まで走った。徒歩20分の距離だからかなり身体にこたえる。

 一昨昨日はきちんと5時少し前に家を出た。
 産業道路沿いの歩道を道路を左に見ながら歩いていた。交差点。信号が青なのでそのまま歩いていると、目の前を自転車に乗った女性が右から左へ通り過ぎた。こちらの進行方向の信号が青ということは、女性は信号無視して交差点をわたったということ。でも、まあ、クルマも少ないし、僕自身よくやることなので気にもとめなかった。
 左側からクルマの急ブレーキ音が聞こえた。直後、鈍いドンという衝撃音。左を見ると、目の前を通り過ぎた女性(の自転車)と乗用車がぶつかって、女性が自転車から滑り落ちたところだった。
 ただ、衝突というより、クルマが自転車をひっかけたという感じで、大した事故じゃないとそのまま駅に向うつもりでいた。この時間、電車を1本乗り過ごすと、次までかなり時間を要するのだ。

 ところが地面に倒れた女性がなかなか起き上がろうとしない。
 心配になった。
 駆け寄って、倒れている女性に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
 返事はない。
 運転手はなにやっているだ? 中を見ると、倒れたところは運転手側のドア前だから、運転手はドアを開けられない。
 もう一度女性に声をかける。意識はあるようだ。
 ここは道路の真ん中であぶないから脇へ行きましょうと手を差し伸べると、女性が立ち上がった。
 そのときわかった。かなり酔っぱらっている。
 立ち上がって、女性の怪我の状況を理解した。左の手のひらに擦り傷と口の中を切っている。
「口、やばくね、歯欠けてるし」
 女性が口を開ける。確かに前歯の先がほんの少しない。血も流れている。
ただし、思ったとおりそれほどの怪我ではない。それよりも、やばくねイントネーションだ。まさかこんな状況で聞くとは思わなかった。脱力した。
 ドアをあけて出てきた運転手に女性が同様に自分の怪我を訴える。運転手はスマホを取り出して電話する。救急車を呼んだ。
 少し離れて相手に事故現場がどこか説明している。女性は口の中の怪我を気にしていてこちらに同意を求めてくる。
 運転手の電話が長い。
「女性は日本人じゃないんですよ」
 そんな声が聞こえてきて、あわてた。違う、違う、日本人ですよ! 僕は叫びたかった。確かに、ちょっと見日本人じゃないみたいな感じがするけれど。
 案の定、女性が「日本人じゃない」発言にくってかかった。
「あたしは日本人だよ!」
 電話は続く。
「もういいよ、あたし帰るわ」
 そういうわけにはいかないのよ。そうだ、警察に連絡しなきゃ。携帯をとりだして110番へ。出た。事故の説明をすると、女性の年齢を訊かれた。
 困った。下手に見た目の年齢を口にしたら、また怒りの鉄拳がとんでくるかもしれない。「あたし、そんなに歳とってないわよ!」なんて。
「年齢ですか?」
 目の前の女性と目が合う。
「44よ」
 女性が言う。
 助かった! そのまま伝える。
 続いて場所の確認だ。
 今なら要領よく説明できる。西川口駅から新オートレース通りと産業道路の交差点がありますよね。そこから一つ蕨寄りの信号のところです。
 実際は、川口警察の前の道を大宮方面100mほどいったところの信号、とでも答えたのか。相手はわからない。住所を確認してきた。わかるわけない。並木、何丁目か。「何か目印は?」と訊くから直ぐ近くに松屋があると言ってもわからない。
 救急車が来た。降りてきた人に携帯を渡し、説明してもらうことにした。
 かなりの長電話だ。料金いくらかかるのか……。

 しばらくしてパトカーがやってきた。
 警官が降りてくる。3人だったか。一人は救急車の中の女性のところへ。もう一人が運転手に事情を訊く。そのあとが僕とのことで、「待っていてもらえますか? 仕事は大丈夫ですか?」と訊くので、仕方ないですよねと答えた。
 職場に電話して理由を話して1時間ほど遅れるからと伝える。

 実際は30分の遅刻ですんだ。
 早朝品出しの仕事を終えて店に出勤。当日のパートナー、K嬢(うちの娘と同い歳)に事の顛末を語ると、彼女がこう言った。
「44歳ですか! だったら新しい出会いになるんじゃないですか?」
 そうか、そういう考えもあるのか。
 女性の態度、声を反芻する。「やばくね?」
「120%ない!」
 躊躇なく答えた。




 前項の続きみたいなもの

 週刊文春に「お言葉ですが…」の連載が始まって、毎週の楽しみになった。勉強にもなった。後から小林信彦の「人生は五十一から」(途中で「本音を申せば」に改題)も始まって、この二つのエッセイを読むために文春を買っていたようなものだ。
 小林信彦のエッセイは現在も続いてるが、「お言葉ですが…」の連載は終了してしまった。最初、毎年の恒例、単行本化がされなくなって(理由は本が売れなくなったからとされていた)、そのうち突然のように連載が終わった。高島俊男自身は単行本にならなくても、連載自体は続けたかったらしい。連載終了間際にそんなことを書いていた。
 連載終了後、しばらく文春がつまらなくなった
 思うに、高島俊男と編集部(もしくは文藝春秋社)と何か問題が生じたのだろう。その結果切られた。そう推測している。
 現に「お言葉ですが…」は別巻として別の版元から単行本になっているのだから。

     ◇

1999/07/11

 「せがれの凋落 お言葉ですが…3」(高島俊男/文藝春秋)

 言葉に関する僕にとっての師匠とも呼ぶべき人がいる。
 小林信彦、井上ひさし、永六輔…彼らが自分のコラム、エッセイの中で、言葉の使用法の間違い、生理的に受け付けない言葉等書いていると、それはすぐさまNG言葉となって僕の頭にインプットされる仕組み。もちろん彼らの指摘を受ける前から自分自身気になっている言葉などがあるとわが意を得たりとばかりうれしくなる。
 この本の著者は文春にコラムを連載するまでは全く知らなかった人だが、すぐに師匠になってしまった。辞書を信用するなと教えてくれたのはこの方だ。本書最後に収録されている「氏」の使用法の解説に赤面するばかり。


2000/09/27

 「お言葉ですが…4 猿も休暇の巻」(高島俊男/文藝春秋)

 雑誌に連載されている人気コラムがまとめられて単行本化される際、連載時とは別のオリジナルタイトルがつけられるのが出版業界の主流となっている。
 中野翠の「満月雑記帳」しかり、椎名誠「新宿赤マント」しかり。小林信彦「人生は五十一から」も2冊目は別のタイトルになった。
 しかし、この「お言葉ですが…」は連載時のタイトルがそのまま利用され、その後に続くサブタイトル(○○○の巻)で違いを表している。
 第2巻は「お言葉ですが…それはさておきの巻」、第3巻はサブタイトルとタイトルが逆転して「せがれの凋落 お言葉ですが…3」となった。書店での分類に同じタイトルがトップにくるのがまずいらしい。以降、このスタイルで刊行されるものと思ったら今回はまた変更されて「お言葉ですが…4 猿も休暇の巻」。前巻に対して愛読者からの批判があったと〈あとがき〉にある。

 とにかく、このシリーズは言葉に対するうんちくがつまっていて日本語に興味を持つ人にとっていろいろ勉強になる読み物であり、週刊文春の名物コラムの1つになっている。
 僕も毎週楽しみにしていて、1冊にまとまると、また確認の意味で手に取る。単行本は単に連載をまとめただけでなく、連載時のコラムのあとに〈あれからひとこと〉がつくのがおもしろい。連載時の読者からの反響、反応、あらたにわかったこと、あるいは間違いの訂正、おわび等、著者が素直に書き記してくれる態度に好感をもてる。

 サブタイトルの「猿も休暇」とは英語の発音を日本語に置き換えた言葉のこと。
 本書で紹介しているエピソードの1つで、著者が読んだ古本の中にでていた笑い話だ。
 ロンドンで鮭に胡瓜をあしらった料理を他人が食べていて、それが実にうまそうだったので、同じ物を注文しようとサモン、キューカンバーと発音するが通じない。「猿も休暇」 と言うと料理を運んできたというもの。英語で時間を訊く際の「掘った芋いじるな」と同じ要領だろう。

 著者のうんちくはすごいものだが、逆に今の流行(というのはおかしいけれど)については、あきれるほど疎い。
 「官能記」を書いた芦原すなおや北村薫を女性と信じて書評を書いたり(北村薫の場合一時期まで覆面作家だったしょうがないか)、渋谷のロフト館を知らなかったり(東京に住んでいないのだから知らなくて当然だけど)。でも、〈あれからひとこと〉で正直に告白して訂正するところが潔く、こういう人だからこそいろいろな苦言も聞くになる。

 痛快なのは某大学教授が担当した新潮文庫「津軽」の注解に対する徹底攻撃である。この注解は単なる辞書の書き写しで、本文にでてくる言葉の意味を全然理解していない。某教授が「津軽」を読んでいないことは一目瞭然なのだ。そこで著者があまりにひどいと思われる注解をみつくろって訂正する。ここまでが週刊文春に書いたこと。
 おもしろいのはこのコラムを読んだであろう某教授が文庫の版をあらためた際に指摘された注解を書き直していることだ。しかし著者の怒りはその中途半端な訂正に対して向けられる。コラムで指摘したのは数多い間違いの代表的なものだからと、本文よりも長い8ページもの〈あれからひとこと〉で再度注解のどこがどう間違っていたのか検証し、昭和19年の日本や舞台となった青森県、作者の太宰治について少しは勉強せい!と斬ってみせる。
 このほかジャイアント馬場逝去に触れた十六文キックの由来、「パニクる」を最初に言い出した人からの手紙の紹介だとか、興味深い話題が次々と登場してくる。


2003/05/24

 「お言葉ですが…7  漢字語源の筋ちがい」(高島俊男/文藝春秋)  

 「お言葉ですが…」シリーズももう7冊めになる。ついこの間始ったような気もする連載も開始の年に生まれた子はすでに7歳、小学生になっているのである。月日がたつのは速いものだ。
 毎週の連載も楽しみだが、1冊にまとまると面白さは倍増する。  

 「漢字語源の筋違い」とは巷間伝わっている漢字の語源が実は嘘であることをいう。有名なところでは〈師走〉の先生多忙説。平安時代のむかしから言われているのだとか。当時師は坊さんのことだった。年末あちこちお経をよんで走りまわるというわけ。  
 なぜ一年の最後の月を〈しはす〉というのか。実際のところあまりに古くから言われているのでわからないらしい。農業にかかわる命名だと「大言海」にあることを紹介している。  
 〈あっぱれ〉とは〈天晴〉と書き、空がカラリと晴れたようだという意味であっぱれということ、〈あんばい〉が昔の料理が塩と梅で味付けしたから〈塩梅〉と書くこと、〈神無月〉の、10月は各地の神がみな出雲に出かけてしまって不在になるからという説明も嘘であると、言語学でいうところのVolksetymologie、日本語に訳せば「民間語源」「語源俗解」なのだとか。ようは先に言葉があって、後から漢字をあてはめたということだ。  

 冒頭の〈メル友、買春、茶髪〉、ここでの著者の主張は文春に掲載されたときも、まったくそのとおりと思った。
 著者はTVを見ないので俗世間の流行に疎い。新聞記事で〈メル友〉の文字を見て、知人に「メルユウって何だ?」と訊いた。そこでメル友が「メルトモ」と読むこと、携帯電話を通じたペンフレンドみたいなものだと教えてもらった。ところが納得できない。ひとくさり知人に文句を言うのである。
「なら学友」はガクトモか、旧友はキュウトモか」  
 そうなのだ、そうなのだ。僕も「メル友」を当初、メルユウと読んでいたのである。まあ、メールの友達だからメルトモなのだろう。「いい友」からもからもきているのかもしれない。
 「売春」の反対「買春」をカイシュンと呼ばせるのも違和感を持っていた。どちらもバイシュンと読ませるのだとばかり一時期まで思っていたのである。著者曰く「買春がカイシュンなら売春はウリシュンじゃないか」  
 茶髪をチャパツと読ませるのは無理があると。髪をパツと読ませるのは上の文字が撥音(ン)か促音(ッ)である場合に限られるから。茶髪をチャパツなら白髪だってハクパツだものね。

 〈訳がワケとはワケがわからぬ〉で長年の疑問が解消した。訳はヤクであってワケとは読まない。でも申し訳ありませんってどうしても書いてしまうな。
 徳川慶喜の慶喜の読み方から始って、昔の日本人には実名(名乗)というのがあって、本当の読み方は誰もわからない、ということを知った。二文字を訓で読めればそれでいい。西郷隆盛は本当は隆永といい、リュウセイがリュウメイと聞き間違われて、隆盛になったとか。
 武士またはそれに近い身分の人には通称と実名があった。あのミドルネームみたいなものは通称だったわけ。これまたなぜ昔の人は名前が二つあるのかという長年の疑問が解消された。
 そのほかにも〈円はなぜYENなのか〉〈「スッキリ県と「チグハグ県」と、いろいろ胸のつかえをとってくれる。




 今日は言葉に関する話です。
 私は高校時代から日本語そのものに興味をもち、言葉の間違った使い方や耳障りな言葉等々に興味がわいて、その類の本だとか、エッセイやコラムを読んでいます。
 当然、言葉に関する師匠みたいな存在の作家もいまして、古くは外山滋比古、今は永六輔、井上ひさし、小林信彦、中野翠らの提言に影響を受けております。
 最近では週刊文春に言葉に関するエッセイを連載している高島俊男という、中国文学の権威の、大学の先生なんですが、この方には眼から鱗が落ちる思いで、言葉についてのうんちくを学んでいます。
 で、この高島さんが昨年暮れにエッセイに書いていたキライな言葉に対して読者からの反響があって、キライな言葉ベスト5、というかワースト5を発表しています。

1. させていただきます
2. じゃないですか
3. あげる
4. いやす、いやし
5. な

 もうひとつ話題にしていたのが、「と思います」という言い回し。これは私がこの数年ずっと気になっていたことです。
 たとえばTVのレポーターが「インタビューしたいと思います」とか言いますが、これはもうインタビューするのは当然なんですから、「インタビューします」でいいんですね。
「食べてみたいと思います」
「やってみたいと思います」
 思います、思いますの洪水でうんざりしてきます。当然それに影響をる受けて私たちのまわりでも同じく「思います」が常套句になっている感がします。私自身使わないよう心がけているにもかかわらずポッとでてしまって、心の中で舌打ちしてしまいます。
 若いころ、「~するつもりです」という言葉をよく使っていました。やることを前提に、だけどまだ行動におこしていないので、「つもり」という風に言っていたのですが、当時の上司に「つもりじゃダメなんだ、やるんだよ!」とよく怒られました。
 今、TVで使わなくていい状況で「思います」と言うアナウンサーやタレントがいると、TVの前で毒づいております。

 言葉は時代とともに変わるものだという意見に異議を唱えるつもりはありませんが、ファッションと同じように流行しているから安易に乗るのではなく、もっと自分の中で吟味して、使ってほしいと思う次第です。


 【参考】

2001/09/08

 「お言葉ですが…5 キライなことば勢揃い」(高島俊男/文藝春秋)  

 「お言葉ですが…」シリーズももう5冊め。週刊文春連載のエッセイの連載がすでに5年続いているということなのだ。月日の経つのは何て早いことか。  
 同じ級数で書名を書くと「お言葉ですが…5 キライなことば勢揃い」となるが、実際は「きらいなことば勢揃い」がメインであり、頭に小さく「お言葉ですが…5」がくっついている。「お言葉ですが…」が先か、サブタイトルが先か、これまど毎年そのルールが変わる本も珍しい。版元の本を売る論理、読者のファン心理、それに挟まれて右往左往する著者の気持ちはあとがきに詳しい。  

 「キライなことば勢揃い」は連載の時もかなりの面白さで、嫌いな言葉、耳障りな言葉に敏感(なつもりの)僕はさっそくその内容を「1分間スピーチ」(僕のいる部署では毎朝交替でやらされていたのです)に活用させてもらった。  
 読者のアンケートの結果、キライなことばのワースト5は次のとおり。

 ・させていただきます
 ・じゃないですか
 ・あげる
 ・いやすもしくはいやし
 ・な  

 〈させていただきます〉は会社にいると、いくらでも聞くことができるし、自分でも使っている。〈じゃないですか〉は以前テレビ朝日の早朝ニュースショー「やじうまワイド」の吉沢アナウンサーがよく口にしていて覚えた。〈あげる〉〈やる〉の誤用は昔からよく指摘されている。〈いやし〉は小林信彦の恥語言葉でおなじみ。〈な〉は「…だな、と思いました」の〈な〉。
 まったくそのとおりと膝を打ったのは同じ文章の中で糾弾していた「……と思います」の乱用についてだ。いつの頃からか、リポーターも司会者も何かというと語尾に「思います」をつけるようになって、耳障りでたまらない。
「インタビューしたいと思います」「インタビュ-するのは当然のこと、インタビューいたします、となぜ言わない!」
「それでは表彰式にうつりたいと思います」「お前が思わなくても、次は表彰式なの!」
「思います」のオンパレードに心の中で毒づく。
 にもかかわらず。  
 いざ人前で話をすると、大嫌いな「と思います」とつい使ってしまうのだ。口では「と思います」といいながら、心で「そうじゃない、そうじゃない」とつぶやく情けなさ。
 
 その他、「よし」「だめ」の怨念(戦争時代の野球ではストライク、アウト等敵性語をすべて日本語に置き換えたという間違った認識に対する検証)、白兵戦の語源、忸怩たる思いの正しい使用法など、今回も興味深いことが盛りだくさんだ。




 サラリーマン時代、お昼はいつもお弁当だった。業者が配達してくれるお弁当を事前に予約しておく制度があった。1食250円。実際はもう少し高いのだが、会社が補助してくれてこの価格。これは助かった。外に出るのが面倒だったということもあるが、少しでも時間を節約し、読書にあてた。
 補助がなくなってからは外食するようになったのだが。
 退職するまでの4年間は親会社へ出向していて、このときは近くのコンビニでお弁当を買っていた。
 とにかく、昼食=読書の時間なのである。

 BC二十世紀で働きだしたころ、当初試用期間として土日のみ出勤していて(平日は会社、週末は神保町と休みがなかった!)数軒隣の吉野家で豚丼ばかり食べていた。そのうち、店のカレーを従業員価格で食べるようになって今にいたっている。
 スパイシーポークカレー、スパイシーシーフードカレー(共にサラダ付きで販売価格600円)、キーマ&ビーンズカレー(サラダ付きで700円)。これをその日の気分で作るのだが、1年間毎日カレーだと飽きてきた。店以外でカレーを食べようという気分になれなくなって久しい。

 今年になってからイベント(のメニュー)に静岡おでんを加えるようになった。オーナーが静岡出身だからなのだが、これが実においしい。静岡おでんというと、黒い汁と黒ハンペンが特色で、この黒い汁が見た目と違って、実にあっさりしていてうまいのだ。
 おでんが残ると翌日のお昼ごはんになる。具がなくなると汁は捨てていた。先日、残った汁がもったいないので、ご飯にかけてみたらイケた。

 で、この汁を使って炒飯ができないかと考えた。
 作った。
 野菜は、ピザトースト用の玉ねぎ、ピーマンをみじん切りに。それからポークカレーのポークを少々。塩コショウで味を整えて出来上がり。これがうまいのなんのって!
 次は、もやし炒めライス。もやしとニラは買ってきて、イベントメニューで残っていたハムを使った。味付けはしょうゆと塩コショウで。
 う、うまい!

 オレって賄い料理の天才じゃないか?!
 誰も言ってくれないから自分で宣言するしかないのだけれど。

makanai1
静岡おでん汁炒飯

makanai2
もやし炒めライス




 ブックカフェ二十世紀で始めた特撮トークイベント「小中和哉の特撮夜話」。その第2回の開催が決定した。
 FBからの転載をどうぞ。

     ◇

 5月21日(日)、約1年ぶりに「小中和哉の特撮夜話」の第2回が開催されます。
 ゲストは第一期ウルトラシリーズ(「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」)&「怪奇大作戦」のレギュラー監督(及び脚本)の飯島敏宏氏。
 昭和30年代生まれで第一期ウルトラシリーズに夢中になった人、その後何度も再放送を観つづけていたファンにとって、飯島敏宏という名前には特別の想いがありますね。
 「ウルトラQ」では、都会の道路を走るケムール人が不気味だった「2020年の挑戦」がまず思い出されます。このサブタイル、感慨深くありませんか? 幼少時、未来の象徴だった2020年が3年後というのが驚きです。
 「地底超特急西へ」も忘れがたいですねぇ。近所にM1号に似た子どもがいたんですよ。
 放送第一回の作品「ゴメスを倒せ!!」では脚本を担当しています。
 個人的には「SOS 富士山」が印象深いんです。子どものころ、岩石怪獣ゴルゴスの絵を何度も描いた記憶がありますので。
 飯島監督といったら、何より「ウルトラマン」ですよね。「ウルトラマン」は飯島監督が最初から参加していて、バルタン星人が登場する「侵略者を撃て」、ウルトラマンが植物怪獣グリーンモンスと都心で戦う「ミロガンダの秘密」、ウルトラマンを代表する怪獣(の一つ)ネロンガの雄姿に惚れ惚れする「科特隊出撃せよ」の3本から撮影に入ったんです。
 本邦初の巨大化ヒーローを最初に映像に定着させたのは飯島監督なんです。ウルトラマン生みの親の一人と言われる所以です。
 ウルトラマンファン、特撮ファンの方はぜひ足をお運びください。
 予約開始します。

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 一昨日は休みだったのだけれど、通常どおりに出勤し(とはいえ、早朝品出しの方は休みだから、朝風呂に入ってゆっくりできた)、さくらフェスティバルの準備等、12時半まで働く。
 14時過ぎに店を出て、有楽町へ。ガード下のディスカウントチケット店で「キングコング:髑髏島の巨神」のムビチケ(1400円)を3枚購入。そのまま新宿へ。

 「キングコング:髑髏島の巨神」を観る会なのである。
 参加者は、特撮仲間のSさんとKさん。これは!という特撮映画があるとこのメンバー+αで一緒に観ることにしている。映画を観ることはもちろんだが、鑑賞後の居酒屋でのおしゃべりが至福のときなのだ。
 新宿バルト9の17時15分の回。3D。プラス400円を払ってチケットを購入。

 予告編を初めて観たとき、キングコングの巨大さに驚いた。
 アメリカ映画のキングコングは、オリジナル及びそのリメイク(ピーター・ジャクソン監督)が8m弱、77年のリメイクでも20mほどであった。
 ところがこの新作はそれ以上のデカさなのである。
 ピンときた。
 今後製作が予定されているレジェンダリー版「キングコング対ゴジラ」への措置なんだな。何しろギャレス監督「GODZILLA ゴジラ」に登場するゴジラは100mを超すのだから、この新作のコングも100m近くあるのだろう。
 その後、コングの身長は30m強と知り、少し肩透かしをくらった感じ。それじゃあ、ゴジラと戦えないだろうに。

 これも鑑賞直前に知ったことなのだが、この映画の時代はベトナム戦争末期(1973年。ベトナム戦争の終戦は75年)。予告編に出てきた米軍はベトナム戦争従軍の兵士なのか。これはどういうことだろう?

 アメリカ映画にはもともと怪獣という概念がなかった。
 「ロストワールド」にしても「キング・コング」にしても、あるいはまた「原始怪獣現る」にしても、登場するのは恐竜や翼竜といった巨大生物なのである。
 キングコングだって、単に巨大な猿(ゴリラ)でしかない。だから、軍隊の攻撃で、銃弾を浴びれば血が流れるし、被弾が続けばやがて命を落とすのである。オリジナルも2本のリメイクも、キングコングの最期はあっけなかった。
 このキングコングが日本映画に登場すると、巨大猿から怪獣に様変わりする。

 東宝がアメリカRKO映画から権利を取得して製作された「キングコング対ゴジラ」のキングコングは、ゴジラの身長(50m)に合わせて45mに巨大化している。またゴジラが口から吐く白熱光(放射能)に対抗するため、劇中、帯電体質になって雷の電気エネルギーを手から放つという設定が取り入れられている。
 同じく東宝が創立35周年を記念して製作した「キングコングの逆襲」では身長が20mに変更になっている(「キングコング対ゴジラ」のコングとは別もの)が、銃撃にはびくともしない怪獣であることに変わりなかった。

 このまま続けます
プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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