かみサンと離婚したことについては、すべて自分が悪いのだから仕方ない。
 昨年12月に娘が入籍した(と元かみサンから報告をもらっている)。そのとき祝い金を渡そうとかみサンに連絡をとった。縁を切られたといえ、父親は父親だ。娘はかわいい。それなりの祝儀をはずまなければと考えてのこと。
 まだ結婚式を挙げてないから急がなくていいという返信。

 年が明けてから、再度連絡をとった。一応祝い金をとっているけれど、最近金遣いが荒くなっているので、手をつけてしまう前に渡しておきたい。会えないか?
「○○(娘の名)は、お父さんには(大学卒業後)専門学校に行かせてもらったら、その金はお父さんが使って、と言ってる。私もそう思う」という返信。

 あなたは元気になったからいいけど、わたしは立ち直っていないの。
 そんなメールをもらったことがある。

 離婚したことは仕方ない。でも、なぜもっとかみサンに優しくしてやれなかったのか。最近そればかり後悔している。

     ◇

2004/07/30

 「白いカラス」(新宿武蔵野館)  

 ロードショー最終日に劇場に駆けつけた。  
 その肌の白さゆえ白人と偽って生きてきた黒人男性の過去と現在を描く物語。重たいテーマで、普通ならパスしてしまうシロモノなのだが、白い肌を持つ黒人というところに反応した。  

 世の中に〈アルビノ〉と呼ばれる人がいる。色素欠落症。透きとおるような白い肌、髪や眉毛、睫なども同様。ごくたまに街でみかける。うちのかみサンもその一人だ。ただかみサンの場合、髪や瞳の色から一見北欧の白人っぽく見える。よく外人に間違えられた。
 つきあっていた頃、居酒屋でふたりが日本語でしゃべっているにもかかわらず、隣の男性(グループの一人)から英語で話しかけられた。そんなことが何度かあった。いかに肌が白く、髪が金髪風でも、顔はどうしようもなく日本人なのだから、わかりそうなものなのに、日本人の外人崇拝主義が感じられとても腹立たしい思いをしたものだ。ちなみ僕が初めてかみサンと出会ったとき(ある講座で同じクラスだった)は「ったく、髪なんか染めちゃって」というものだった。小学校や中学校時代は黒髪ではないということで、髪を黒く染められたり、黒髪のかつらをかぶされたりと何かと大変だったらしい。茶髪、金髪当たり前という現在では信じられない行為である。
 
 まあ、そんなことがあって、当時、ふと黒人でもアルビノの人はいるのだろうかと思ったことがある。いるとしたら、彼(彼女)のアイデンティティはどこにあるのか。  
 「白いカラス」に興味を抱いたのはそんな経験があったからだ。  

 大学教授のコールマン(アンソニー・ホプキンス)は講義を欠席した黒人学生に対して差別用語を使ったと教授会で弾劾され辞職するはめに。ショックで妻は急死。その憤懣を吐き出すべく、コールマンは今や世捨て人となっている作家ネイサン(ゲイリー・シニーズ)を訪ね、自分の半生を本にまとめてくれと申し出る。ネイサンは断る。とはいえ、お互い何か共通するものを感じたのか、その後二人は友情を深めることになる。  
 やがてコールマンはフォーニア(ニコール・キッドマン)と恋に落ちた。悲惨な家庭環境で育ち、自分の過失により愛児を失い、今は夫(エド・ハリス)の暴力から逃れて掃除婦として孤独に生きる女。ネイサンの忠告を無視し、ファーニアとの逢瀬を楽しむコールマン。今でもファーニアをつけまわす夫と対峙し追い返したコールマンは、この人生最後の恋の相手にすべてを投げ出す決意をする。これまで誰にも明かしたことがない自分の出自を語りだす……  

 つまりコールマンは肌が白い黒人で、学生時代に黒人であることによって、深く愛し合っていた恋人に去られた辛い過去を持つ。以来白人として生きる決意をし、家族を捨てた。  
 回想シーンでは、コールマン青年(ウェントワース・ミラー)が恋人を家族に紹介し楽しい時をすごして家路についた電車内での恋人の一言が印象的。愛する人の母親と笑顔で会話していたとは思えないような残酷な仕打ち。コールマンがその後白人と生きる決心をする要因となるのだが、恋人の態度は男からするとまるで理解不能。絶対女性不信になるだろう。
 なぜコールマンが白い肌に生まれたのか、映画は特に説明していない。家族も皆、いわゆる黒人顔をしていない(アフリカンではないということ)し、肌もそれほど黒くない。だからこそ恋人の態度というものが信じられない。アメリカではそれほどまでに黒人差別がひどいということなのか。本当のところ、日本人の僕には映画に宗教と人種問題がでてくると本質的な部分でお手上げになる。

 フォーニアが初めてコールマンと出会い自宅でベットに誘うシーンはかなり〈くる〉。ニコール・キッドマンの美しさが際立っていた。映画の見どころの一つ。
 ストーカーのごとく妻を追いかけるエド・ハリスがその性格とは裏腹に見た目はとても頼もしく、重厚だ。最初はエド・ハリスだとはわからなかったほど。
 ラストのネイサンとこの夫の会話の真意はどこにあるのか。それが一番の謎だ。




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 今日はサマータイムについてお話しします。

 サマータイムとは何かといいますと、簡単にいうと日の出の時間が早い夏だけ、日本の時計を1時間繰り上げる、というものです。
 日中時間を有効活用する制度というのでしょうか。

 たとえば、1時間繰り上げた場合、総務部の就業時間は8:30から7:30になり、終業時間は17:15から16:15になります。
 あまり話題になっておりませんが、政府は審議委員会みたいなものを設置して検討している段階です。

 欧米ではすでに導入されていて、先進諸国でやっているのだから日本でもという考えと、導入することによって1日に消費されるエネルギーが削減するメリットがあるとのことです。

 私は、1年を通して朝5時に起きて、6時くらいに家を出るのですが、同じ時間でも冬と夏では印象が全然違うんですね。
 冬の5時は真っ暗で、まるで夜中のようです。夏は日差しがまぶしいくらいで、確かに日照時間の長さを有効活用するのは一理あるかなと思うこともあります。

 ところが、識者によると、日本と欧米を単純に比較できないそうなんです。緯度の関係であまりメリットがないと。
 また、かつて日本でもサマータイムを導入したことがあるそうですが、皆睡眠不足に悩まされてすぐ撤廃されたそうです。
 
 エネルギーの削減といっても導入時各所のシステムの変更等けっこう経費がかかるみたいですし、そう簡単に導入はできないんじゃないかと思うのですが、盗聴法があまり論議されことなく承認されたように、気がついたらサマータイムが導入されていたなんてことがないように、ニュースには注意を払っていこうと思っています。




 いつの時代からか、世の中がインスタントラーメン(含カップラーメン)に豪華さを求めるようになった。インスタントはインスタント(の味)だからおいしいのに。駄菓子屋の焼きそばに中華街の味を望んだって仕方ない。

 インスタントラーメン、袋麺の中で僕が一番好きなのがチャルメラだ。今はいくつか種類があるようだが、昔からのしょうゆ味がお気に入り。

 子どものころ、母がよく作ってくれた。麺を食べ終わると、残ったスープにご飯を入れてオジヤみたいにして食べる。これがまたうまかった。
 上京して一人暮らしをはじめてからも、よく作ったものだ。
 
 今、ス―パーでは袋麺はパックで売られている。それはいいのだが、なぜかチェルメラがないのだ。サッポロ一番、出前一丁、マルちゃん正麺……定番商品の中に入っていない。駅前のTストア、マンションに住んでいたときによく利用したM、近所のK、すべて置いていない。
 あるとき某ドラッグストアで販売していることを知り、買うようになった。
 
 僕が作るチャルメラは、野菜をたっぷり使う。スーパーでカット済みの「もやし炒め」や「ミックス野菜炒め」をハム、ウィンナー、豚肉等といっしょに炒めて、出来上がったラーメンにのせるというもの。
 名づけて〈野菜たっぷりチャルメララーメン〉。

 ブックカフェ二十世紀でも、たまにはご飯以外の賄いを食べようと作ってみた。やはり近所のス―パー、コンビニにチャルメラがないので、サッポロ一番、サッポロ一番(みそラーメン)、マルちゃん正麺(みそ)で。丼がないので、カレー用の器を利用。
 これ、300円くらいで販売できなかしらん。夜の営業を始めたら、〆にちょうどいいと思うんですが。

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野菜たっぷりサッポロ一番
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野菜たっぷりサッポロ一番(みそ)
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野菜たっぷりマルちゃん正麺(みそ)
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ウィンナーエッグ定食 これは器によそる際に失敗



 先週の木曜日(15日)、篠原哲雄監督の新作「花戦さ」を観た(丸の内東映)。篠原監督らしい丁寧な作り、的確なカメラワーク、カッティングで世界を堪能させてもらった。クライマックスの主人公の言葉に目頭が熱くなった。
 一つだけ文句。
 映画の冒頭、若き日の主人公と織田信長との邂逅を描き、時代は12年後に移る。〈12年後〉とス―パーが出るのだが、再登場する主人公が12年前とちっとも変っていない。これにはゲンナリだった。
 12年の歳月を、時の流れを一瞬(1カット)で観客にわからしめる、映画の見せどころなのに。
 そんなことを一緒に観たYさんと語り合う。

 一昨日の火曜日(20日)はMOVIXの日、地元のMOVIX川口で「22年目の告白 ~私が殺人犯です~」を観た。
 むちゃくちゃ面白くて、一時もスクリーンから目を離せない。しかし、この映画で描かれたことはぜったいありえないと思う。なぜありえないか、説明したいが、それ自体がネタバレになってしまうので書かない。
 本編を観てわかる。この映画、予告編で観客をミスリードしているのだ。




2017/06/01

 「美しい星」(TOHOシネマズ日本橋)

 「美しい星」が映画化されると知ってから楽しみにしていた。
 「美しい星」は、大学時代に三島由紀夫にハマるきっかけとなった小説である。
 予備校のときに読んだ。友人に借りた。
 「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」に感想がある。
 この小説は、自身の日記を基にしているが、当然、人物造形やエピソードには創作がある。とはいえ、本や映画の感想はそのまま使っている。てにをはの間違いやよりわかりやすい表現に訂正している箇所もあるけれど。

     ▽
1978/05/07
 (略)
 借りたのは安部公房の『密会』と三島由紀夫の『美しい星』。
 『密会』はちっとも意味がわからず面白くなかったが、『美しい星』の世界にはすっかり酔いしれてしまった。この小説はSFではないがUFOや宇宙人が登場するという話を聞いて興味を持ったのである。完璧なまでもの文章による〈三島芸術論〉と言おうか。
     △

 三島由紀夫の小説を初めて読んだのは高校生のとき。「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」にこんな風に書いている。

     ▽
1978/06/22
 (略)
 高校時代に『午後の曳航』が海外で映画化された。日本文学がどう翻訳されて映像化されたのか知りたくて小説と『キネマ旬報』に掲載されたシナリオを読み比べたことがある。小説は登場する少年がどうも好きになれなくて物語も期待したほどではなかった。映画は観なかった。
 (略)
     △

 今、「美しい星」は三島由紀夫の異色SF小説と紹介されている。当時、70年代はそうではなかった。日記にも書いているが、SF的趣向による純文学というような位置づけで、〈SFではない〉と新潮文庫が発行する文庫目録の解説にあったと記憶している。
 何かの本でわかったのだが、60年代になってSF小説が定着してくると、純文学の書き手がこの新しいジャンルに興味を示し、その手の小説を発表するというようなことがあった。そうしたある種のブームの中、安部公房が「第四間氷期」を、三島由紀夫が「美しい星」を書いたということだろう。

 さて、「美しい星」。どんな内容だったか、ほとんど忘却の彼方である。
 とはいえ、映画化にあたって、小説世界を大胆に変更していることはわかる。

 原作の時代(1960年代初期)を現代に変更したことにより、核兵器による人類滅亡の不安という問題から、地球の温暖化といった環境問題に論議の論点をすり替えているということだけではない。ストーリーの趣旨そのものを大幅に変えているのである。
 小説において、主人公家族は実際に宇宙人だった。UFOも本当にでてくる。
 映画は、そこを一捻りして世界観を構築している。
 父親はある日火星人であることを覚醒する。娘は金星人、息子は水星人であることを覚醒するのだが、ほんとうのところ、それは彼らの妄想なのではないかと思わせる作りにもなっているのだ。

 気象予報士(お天気キャスター)の父親(リリー・フランキー)は、不倫と仕事の疲れから一種の躁状態になってしまったとは考えられないか。躁になるととんでもない妄想をするようになるのは、自分の経験でわかっている。
 フリーターの息子(亀梨和也)は、謎の男(佐々木蔵之助)に何らかの意識操作された(催眠術にかけられた)とか。
 大学生の娘(橋本愛)の、金星人としての覚醒についてははっきりしている。
 娘はやはり金星人を自称する青年と運命的な出会いをして、一緒に海辺でUFOを呼ぶ儀式を行う。やがて上空には2機のUFOらしき光が現れて、それまでの展開に懐疑的だった僕も本当なんだと思ったのだが、これは青年による完全なるイカサマだった。
 唯一地球人の母親(中嶋朋子)は、孤独を紛らわすかのように、何やら怪しい水の販売にのめりこんでいく。

 前半はリリー・フランキーの怪演が笑わせる。ニュース番組内の自分が担当する天気予報コーナーで、環境問題を取り上げ次第に暴走していく様に。あの決めのポーズがたまらない。
 娘が妊娠したあたりから様相が変わってくる。

 以下ネタバレ。

 やがて父親が癌であることが判明。
 入院した父親を見舞う娘。父親は自分が調査してわかった妊娠にまつわる真実を告げる。娘も父親に癌で余命いくばくもないことを告げる。
 このシーンに涙があふれた。まったく個人的なことだと思うが(その理由は後述する)。
 ここから、実はこの映画、父親の癌が発見されたことを契機にバラバラになった家族の絆が再生する話だったんだと気がつく。その昔、「それぞれの秋」で描かれた普遍的な物語が21世紀に甦ったというべきか。その模様がSF的趣向(父親を火星に帰還させる)で描かれるわけだ。
 一気呵成の展開。ラストまで涙が乾くことがなかった。

 ラスト、UFO内の父親(火星人)が名残惜しそうに地上を見下ろす。そこには父親を帰還させるべく奮闘する父親を含めた家族4人姿が。UFO内のコンピューター(?)が父親(火星人)に尋ねる。
「ワスレモノデスカ?」
 無言の父親(火星人)。
 また声が尋ねる。「ワスレモノデスカ?」
 切なさでまたまた涙があふれた。
 僕にとって忘れられない映画になった。

 ところで火星人の父親は本当に火星に帰ったのだろうか?
 このシーンだって、こう考えることもできるのだ。
 力尽きた父親が昇天する際に見たつかのまの夢なのでは、と。


 父親が娘に真実を告げられるシーン。
 実は、5年前、同じ経験をしている。映画とは逆パターンであるが。
 映画の橋本愛は、真実を告げてから「お父さんごめんなさい」と泣きながら父親の胸に飛び込んだ。
 僕の場合、まず娘の半泣き状態での「お父さん、ごめんなさい」があった。「携帯(のメール)を無断で見てしまったの」
 それから、真顔になって、僕が家族に伏せていた隠し事に対する容赦ない追求が続いた。隣には何も知らないかみさんがいて呆然となっていた。そして家庭の崩壊ーー

 僕の涙の意味は複雑だ。
 映画「美しい星」はある意味、僕の理想(願い)を具現化してくれたのである。


 【おまけ】

 橋本愛が「私は金星人」と言ったことで、初めて気がついた。
 「三大怪獣 地球最大の決戦」のシナリオは「美しい星」の影響があるのではないか?
 調べてみると小説「美しい星」が発表されたのは1962年。映画「三大怪獣 地球最大の決戦」の公開は1964年。あながち間違いではないだろう。




 盗人猛々しいという言葉があてはまるかどうか知りませんが、ダウンタウンの浜田雅功が相方とMCを担当する歌番組内で、宇多田ヒカルを相手に「倉木麻衣が宇多田ヒカルをパクった」云々の発言に倉木サイドが名誉棄損、告訴も辞さないと猛反発したことに対して、どうにも納得がいきません。

 私が倉木麻衣を初めてTVで見たとき、画面にはデビュー曲のプロモーションビデオが流れていたんですが、まるっきり宇多田ヒカルでしたよ。
 ラジオで倉木の歌が流れたときは、宇多田ヒカルの新曲じゃないか、と一瞬思いました。

 別に、宇多田ヒカルの二番煎じ、モノマネで売るというのも一つの戦略ですし、それで一気に売り出し、次第に独自の色をだしていくのも手なのかもしれません。ただし、世間一般の人たちが思っていることを浜田雅功が代弁するに及んで、告訴するという態度がどうにもこうにも解せないのです。

 ゲーム業界を振り返ってみても、こういうモノマネ、パクリなんて当たり前、それで業界が成り立ってきたともいえます。
 たとえば、ナムコの「鉄拳」は「バーチャファイター」のパクリともいえますが、「鉄拳」には「鉄拳」のファンがいて、根強い人気を維持しています。
 もし、「鉄拳」が登場したとき、セガ関係者が「あれはバーチャファイターのパクリだ」と指摘したとして、ナムコ側は「告訴だ」と反発するのでしょうか? もっと鷹揚にかまえて、「鉄拳」のいいところ、バーチャファイターとの差別化部分を力説するんじゃないでしょうかね。

 私が言いたいのは、倉木サイドって自分たちが常日頃意識して触れられたくないところを浜田にズバッと言われてしまったことで過剰反応をしてしまった、その過剰反応でやはり宇多田の真似であることが印象づけられてしまった、ということです。

 エンタテインメントの世界では完全なオリジナルなんて望むのはもはや不可能です。ルーカスやスピルバーグの映画が大ヒットしますが、彼らは過去の映画をうまくパクリ(引用して)、今様の意匠をほどこしているわけです。
 話は飛んでいますが、要はセガでもうまく人気ソフトを引用して、大ヒットをだしてほしい、ということなんです。




2017/05/27

 「紙ふうせんシークレットライブ 2017」(Gallery Nu-Vu)

 その3から続く

 今回のパフォーマンスは、自分にとって「赤い鳥楽曲講座」というような位置づけだった。実際のライブでどんな話をしたかったのか、ここに文字で再現したい。

 皆さんの中には赤い鳥時代からのファンもいらっしゃると思います。
 そういう方々にお訊きしたい。赤い鳥で一番好きなアルバムは何でしょうか?

 私の場合、2枚のライブアルバムははずせません。特出していると思います。
 スタジオ録音に限定すればメンバーのオリジナルで構成された「祈り」ですね。「紙風船」が収録されている「パーティー」も好きですが、やはり「祈り」を挙げます。大村憲司さんのギターにしびれます。
 前半は後藤さんがハジけまくっています。朗読はあるわ、コミックソングは歌うわ、絶叫するわ、大好きです。それが終わると「雨」「虹を歌おう」「誰が鳥を」「星」と続く流れがいいんですね。「雨」を聴くと、雨の日もわるくないなあと思いますもん。

 ほとんどの曲を大村さんが担当していますが、このアルバムの肝は後藤さん作詞作曲の「誰が鳥を」と平山さん作詞作曲の「星」だと思っています。

 このまま続けます
 このところ、毎日のようにひとりカラオケに通っている。
 休みの日は、昼間2時間行って、夜また1時間、なんてもことも。
 映画鑑賞に出かけて、始まるまでの時間つぶし。以前ならカフェで読書だった。今は歌広場(もしくはカラオケ館)に直行してしまう。

 うたう歌は決まっている。

 リバーサイドホテル
 とまどうペリカン
 ダンスはうまく踊れない
 ケンとメリー
 ジュリアに傷心
 約束の十二月
 ああ無情
 女ぎつね on the Run
 目を閉じておいでよ
 愚か者よ

 この10曲は必須科目(曲)で毎回、ほぼこの順番でうたっている。
 で、どうなるかというと、自分で言うのもなんだが、うまくなっているのである。あくまでも個人比だけれど。何かを習得するときは、繰り返しの実行がいかに大切であることを実感している次第。
 中学時代の中間試験、期末試験。試験の期日と該当ページが発表されると、1週間ばかり、繰り返し教科書を読んで内容を暗記したものだ。
 稽古ってそういうものだろう。

 こんなことを思った。
 もし、落語を覚えたいなら、人前で演じたいなら、毎日カラオケBOXに通い、2時間なら2時間みっちり稽古する。1か月後には前座噺の一つや二つなんとかできるのではないだろうか。
 別に僕はそこまで落語に入れ込んでいないし、披露したいなんて思っていないからやらないけれど。

 プロの噺家だったらどうなのだろう?
 やはり稽古は必要ではないか。
 耳で何度も落語を聞いていたって、うまくはならない。
 時間があるならさ、映画観る暇があるなら、1日いくばくかは稽古した方がいいんじゃない?
 映画をいくら観たって、落語の稽古にはならないのだから。
 なんてことを、あの方に言いたいんだけれど。
 ま、聞く耳もたないんだろうな。

nesshow
最近よく行くスナックで熱唱!
(誰だ!? こんな写真撮った人は)


2017/05/27

 「紙ふうせんシークレットライブ 2017」(Gallery Nu-Vu)

 承前

 前回に続いて趣味のフラダンスを踊るIさんと事前に電話で話したときも、ぜひ出演してくださいと言われたのだが、きっぱりと断った。
 気が変わったのは、すでに読了した「唐獅子株式会社」(小林信彦/フリースタイル)と購入したまま積読状態になっているムック「大村憲司のギターが聴こえる」(リットーミュージック)が頭をよぎったからだ。

 唐獅子株式会社シリーズ第三弾(三話)の「唐獅子生活革命」で、組グループの社内報(唐獅子通信)に、ダーク荒巻の新マザーグースとして「誰が駒鳥いてもうた?」が紹介されている。ダーク荒巻はシリーズの主要キャラクター(映画では横山やすしが演じていた)。ダークがマザーグースの「誰が駒鳥殺したの?」を大阪弁で翻訳したのである。

     ▽
 Who killed Cock Robin? (極道バージョン)
 だれが駒鳥いてもうた?

 だれが駒鳥いてもうた?
 わいや、と雀が吐きよった
 私家(うっとこ)にある弓と矢で
 わいがいてもた、あの駒鳥(ガキ)を

 だれが死体(ホトケ)を見つけたん?
 わいや、と蠅がぬかしよる
 なんぼ奥目や言われても
 わいが見つけた、その死体(ホトケ)

 血ィ受けはったの、だれでっか?
 わいや、と魚が言いよった
 わいの持っとる小皿かて
 血ィ受けるぐらいできるがな

 (以下、略)
     △

 オリジナルはこうである。

     ▽
 Who killed Cock Robin-Mother Goose

 "Who killed Cock Robin?" "I," said the Sparrow,
 "With my bow and arrow, I killed Cock Robin."

 "Who saw him die?" "I," said the Fly,
 "With my little eye, I saw him die."

 "Who caught his blood?" "I," said the Fish,
 "With my little dish, I caught his blood."

 (以下、略) 
     △

 日本語訳はこうだ。

     ▽
 誰が駒鳥殺したの?
 わたし、とすずめがいいました
 わたしの弓矢で
 わたしが殺した

 誰が駒鳥死ぬのを見たの?
 わたし、と蝿がいいました
 わたしのこの眼で
 死ぬのを見た

 誰がその血を受けたのか?
 わたし、と魚がいいました
 小さなお皿で
 わたしが殺した
     △

 7人時代の赤い鳥に「祈り」というアルバムがある。「パーティー」に続くメンバーだけのオリジナル曲による構成で、僕にとってはスタジオ録音盤で一番好きなアルバムだ。
 このアルバムに「誰が鳥を」が収録されている。

     ▽
 誰が鳥を

 誰が鳥を消したのだ?
 〝オレだ〟 風がいいました
 オレのクシャミで消したのだ
  
 誰がそれを見てたのだ?
 〝オレだ〟 森がいいました
 オレの頭に落ちてきたのだ

 誰が涙を流すのだ?
 〝私よ〟 雨がいいました
 私は銀色 涙の天使

 誰が墓をたてるのだ?
 〝オレだ〟 雄牛がいいました
 オレの角で墓を掘るのだ
  
 誰が鐘をたたくのだ
 〝オレだ〟 風がいいました
 オレのクシャミで鐘をならそう
 町中 祈りの鐘をならそう
     △

 この曲、後藤さんがマザーグースの「誰が駒鳥殺したの?」を元ネタに作ったのだ。

 「誰が鳥を」のメロディーで「だれが駒鳥いてもうた?」を歌ってやろう!
 そう考えて、エントリーしたのである。

 問題は「誰がギターを弾いてくれるのか?」だった。
 歌のみの場合、ほとんどすぎたさんが演奏を担当してくれるのだが、彼は赤い鳥世代ではないし、当然「誰が鳥を」を知らない。僕が用意する楽譜を当日見て弾くということになった。
 まあ、今回のパフォーマンスは歌唱以上に語りに力を入れているから、つまり、「祈り」がどんなにすごいアルバムか、アルバム中ほとんどの曲を書いている大村さんのギターテクニック、「誰が鳥を」とマザーグースの関係、小林信彦の「唐獅子株式会社」の面白さ等々を熱く語って、最後に歌の披露という段取りを考えていたので、ギター演奏にそれほど重きを置いていない。
 最悪、詩の朗読でもいいか、なんて。

 会場に行ってから、もしすぎたさんが弾けなかったら、後藤さんが代わるなんて聞かされてビビッてしまった。
 本家のバックなんて、オレ、歌えないっす!
 なんだかんだあって、結局、Sさんが弾くことになった。Sさんなら「誰が鳥を」をよく知っているし、実際、本番では「誰を鳥を」のさわりを歌ってもらった。

 不思議なことに会場入りしてから少しも緊張しなかった。
 「誰が駒鳥殺したの?」の英語版、日本語版、「だれが駒鳥いてもうた?」「誰が鳥を」の歌詞をプリントアウトした虎の巻に、話の要点を書き込み、本番に備えた。
 これはかなりうまくいくかも。
 後藤さんのMCで時間どおり、何のアクシデントもなく進行。自分の番がやってきた。
 マイクの前に立つ。お客さんが自分を見つめている……とたんに足がすくんできた。
 あっというまに緊張状態。
 考えていたことが言葉にならない。ほとんど吹っ飛ばして、最後の歌に。
 何とか終えて外で一服。
 落ち込んだ。
 中学時代に比べ高校時代の成績が極端に悪くなったのは、試験に一夜漬けでのぞむようになったからだ。今回も一夜漬けのようなものだった。
 それに、言いたいこと(ネタ)を10個用意したら、話せるのは5個がいいとこだ。10個話したいのなら20個用意しなければならない。わかっていたはずなのに。緊張しない=余裕、と油断してしまった。

  karajishi     
唐獅子株式会社 


omurakenji
大村憲司のギターが聴こえる


 この項続く
 



 
2017/05/27

 「紙ふうせんシークレットライブ 2017」(Gallery Nu-Vu)

 その1から続く

 これまでずっと大阪界隈で開催されていたシークレットライブがお隣の兵庫県西宮市夙川に会場を移した。
 夙川は、阪神淡路大震災が起きるまで紙ふうせんのおふたりが住んでいたところだ。マンションの被害はあまりなかったものの、平山さんの実家が倒壊したことで、震災後はそちらに新しい家を建てて移り住み現在に至っている。

 夙川というと個人的には「新青年」の名編集者、渡辺温が事故死した場所として認識している。谷崎潤一郎に原稿を依頼しに来た深夜の帰り、乗ったタクシーが踏切で貨物列車と衝突したのだ。

 7時半前に大阪駅に到着して、いつものように梅田の大東洋へ。サウナできれいさっぱりしてから、阪急電車で夙川に向かう。特急で15分ほど。
 会場に10時集合ということだが、9時30分過ぎに夙川駅に着いた。南口を出て歩きだしたら、Iさんに声をかけられた。「こっちの方が近いから」と裏道を通って会場まで歩く。閑静な住宅街で、Iさんが言うには夙川は高級住宅街だとのこと。
「東京の田園調布みたいなところですかね?」
「そこまでじゃあらへん」
「関西の田園調布は芦屋ですからね」
「そうや」
「だったら、東京でいえばどこだろう?」
「どこやろな」
「松濤かな」

 そうこうするうちに、会場に到着。
 入口の看板には「シークレットライブ」とある。
 えっ、「紙ふうせんシークレットライブ」ではないの?
 その意味が中に入って進行表をもらって得心した。
 今回のライブは次のとおり(これまで、FCメンバーはイニシャル表記だったが、進行表記載どおりに書く。問題あれば指摘してくださいね)。

 1.竹中篤・量子 「竹田の子守唄」
 2.中村美津子 朗読 向田邦子2編
 3.永田房子 「For Baby」
 4.永田房子 片山恵子 「ささぶね」
 5.片山恵子 「風の翼に」
 6.柴田祐子 マジック
 7.岸野健治 「船が帰ってくる」「悲惨な戦争」
 8.佐々木孝親 「もう一度帰ろう」
 9.岩田雅代 フラダンス「ケ・アロハ」「カウルヴェヒ・オケカイ」
 10.大瀧秀樹 SAX 「カリフォルニア・シャワー」
          フルート「モーニング・アイランド」
 11.池田芳則 「霧にぬれても」「街を走りながら」「時代」
 12.新井啓介 「誰が駒鳥いてもうた?」
 13.すぎたじゅんじ 
 14.紙ふうせん
 15.全員 フーテナニー 「翼をください」

 第一回から、FCメンバーのライブがあった。そのコーナーが徐々に拡大していき、10回めの今回は事務局から記念の会だからと多くの参加が募られ、エントリー数がいつもの倍以上になったというわけだ。
 すぎたじゅんじさんは紙ふうせんのバックミュージシャンだから、FCメンバーによるライブのトリは僕ということになる。
 歌(&演奏)でエントリーしたのは初めてだ。前々回、会場にDVD上映の設備があるということで、中学時代に撮影し仮編集したままになっていた映像を再編集したPVでエントリーした。
 FCメンバー(特に男性)がギター小僧で学生時代に赤い鳥や紙ふうせんの楽曲をレパートリーにしていた。僕はギターが上達しなかったので、そういうことはしなかった。できなかった。だからエントリーすることはないと思っていたら、前々回時は募集要項にDVD上映設備云々が書かれていて、だったらテーマ曲に紙ふうせんの楽曲を使用したPVを流してもらおうと参加したのである。
 昨年はライブ後の交流会時の余興として別のPVを流させてもらった。今年も同様にあくまでも余興として昔の作品を用意しようとしていたら、会場が変更になってDVD上映はできないことに。
 また、〈私、観る人〉になるのか。
 エントリー応募締め切り寸前までそう思っていた。

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夙川駅のホームから
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Gallery Nu-Vu 入口
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ほら、紙ふうせんの文字がない!
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Gallery Nu-Vu 中
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壁には紙ふうせんのアルバム+αのジャケットが

 この項続く




 昨日6月1日(木)は映画サービスデー(ファーストデー)。
 TOHOシネマズ日本橋で12時30分から「美しい星」、19時15分から「メッセージ」を観る。
 もともと友人とは新宿で「メッセージ」を観る予定だったのだが、TOHOシネマズ新宿は19時台の回が午前中に完売になってしまったとの連絡を受け、日本橋が穴場かもと、昼前に向かったら、何とかチケットが買えたのだった。それにしても「メッセージ」、すごい人気である。日本橋だって19時台以外の回はチケットは完売していたのだから。

 「美しい星」にやられた。前半は何度も笑わせられ、クライマックスは涙が流れてしかたなかった。ただ、これはあくまでも個人的な理由によるものかもしれない。詳細は後で書く。

     * * *

2017/05/30

 「DONT LOOK BACK」(K's cinema)

 この映画を知ったのはラピュタ阿佐ヶ谷の待合室だった。チラシが置いてあった。〈ボブ・ディラン〉の文字が大きくあって、若いディランの写真から過去のフィルムを使用しながら、新たにディランの現在の活動を追った新作のドキュメンタリーだと思っていた。ノーベル文学賞を受賞したのだから、ドキュメンタリーが公開されてもいいと。
 公開は6月27日(土)。当然、ノートにチェックした。

 ボブ・ディランについてそれほど詳しいわけではない。高校時代に当時の新作アルバム「欲望」を買っただけ。「コーヒーもう一杯」が好きでこれはレコードを買わなければと収録されているアルバムを購入したのだ。そのころEP(シングル)レコードはレコードという認識がなく、好きな曲があると必ずアルバムを手に入れた。
 「欲望」は激しい楽曲が満載でお気に入りの1作となった次第。

 ノーベル文学賞を受賞したからというわけではないが、また「コーヒーもう一杯」を聴きたくて、「欲望」のCDを購入した。店で何度かかけている。もう少し他の曲も聴きたいと最近「血の轍」を手に入れた。傑作といわれるアルバムだ。全曲、ボブ・ディランらしい。これまた店でかけている。

 ボブ・ディランについての認識はその程度だか、映画、それもドキュメンタリーとなるととたんに興味津々となる。公開を楽しみにしていた。

 27日の公開日は西宮の夙川にいた。夙川のライブハウスで開催された紙ふうせんのシークレットライブ時、休憩時に後藤さんに伝えた。
「ボブ・ディランのドキュメンタリー映画の公開、今日が初日なんですよ」
「ディランの映画がつくられたの?」
 後藤さんが驚く。「なんていう映画?」
 タイトルを憶えていなかったが、ノートに記載しているので、取り出して言う。
「DONT LOOK BACK、です」
「ああ、それなら観てるよ」
 今度はこちらが驚く。「リバイバルなんですか!」
「面白い映画だよ。ディランがドノヴァンに嫉妬するところがあるんだよ」と笑う。
 ドノヴァンといえば、なんたって「ブラザー・サン シスター・ムーン」の主題歌だ。レコードにならなくて残念だった。

 「DONT LOOK BACK」は、D.A.ペネベーカー監督による1967年のドキュメンタリー映画だった。チラシには〈音楽ドキュメンタリー史上の金字塔〉とある。50年前の作品なのだ。

 上映は、夕方から夜にかけての2回。17時の回をチケットを買いに早めに劇場に行くとなんと整理券NO.が1番だった。初めての経験だ。

 オープニングのタイトルバッグ。とある場所でディラン本人(若い!)が、自身の歌に合わせて、画用紙に書いた歌詞を一枚々見せていく(画用紙を捨てていく)のが斬新だった。鑑賞後に知るのだが、世界初のPVだとか。言われていると確かにそうかもしれない。

 カメラは1965年英国ツアー中のボブ・ディランを追いかけていて、そのどれもが興味深い。録音が見事だと思う。24歳のディランがまるでカメラを意識しないで、素の姿をさらけだしている。会話が自然なのだ。ディランだけではなく被写体になる人すべてがそうだから、まるで劇映画を観ている感覚になってしまう。パーティー時の喧嘩(言い争い)、記者との怒りのやりとり等々。
 高校時代に観て衝撃を受けたビートルズのドキュメンタリー「レット・イット・ビー」もこのドキュメンタリーがあったから生まれたのかと思えてしまう。
 ペネベーカー監督のドキュメンタリーに注目する必要がある。あまりに遅過ぎるけれど。
 どうすれば観ることができるのか?




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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