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「愛と誠」話、忘れていません。
 紙ふうせんリサイタル、全然手をつけていない。
「いだてん」、書き上げる前に大河ドラマが終わってしまいました。

 どうしよう。

          * * *

2002/01/14

 「黒い花びら」(村松友視/河出書房新社)  

 歌手水原弘の絶頂期を知らない。僕の世代(昭和30年半ば生まれ)にとって、水原弘といったら「ハイアース」のCMで有名なタレントであり、歌もうたうといった認識だろう。
 「黒い花びら」で第一回日本レコード大賞を受賞したなんてことはずっと後になって知った。毎晩仲間を連れて銀座の高級クラブを豪遊する、飲む酒はレミーマルタンだけ、湯水のごとく金を使い、借金だらけだ、なんてこともわかってくる。  
 レミー・マルタンという酒の銘柄を覚えたのは、借金だらけの人生でにっちもさっちもいかなくなった水原弘の生活を暴露する週刊誌の記事だったと思う。レミー・マルタンと聞くといまだに水原弘を思い浮かべてしまう。これまで一度も飲んだことはないけれど。  
 別にファンでもなんでもなかったのに、水原弘の死亡記事を読んだときはショックだった。アルコール肝炎によってまだ40代の若さで急逝してしまったことが強烈な印象だった。  

 水原弘に関する思い出はこの程度のものである。大人になって水原弘を再評価したとか、「黒い花びら」に聞き惚れたなんてことはない。そんな僕が本書を読んだ理由は村松友視のトニー谷に続く芸能人の評伝だったからに過ぎない。  

 「黒い花びら」でレコード大賞を受賞したのが昭和34年。僕が生まれた年である。死去したのが42歳。今の自分の年齢と同じ。単なる偶然ではあるけれど、42歳で逝ってしまった〈絵に描いたような芸能人〉水原弘の生き方に初めて関心がわいた。  

 「黒い花びら」の作詞作曲は永六輔・中村八大コンビ。その後「上を向いて歩こう」等の坂本九のヒット曲を次々と発表した二人がなぜタイプがまったく違う水原弘のデビュー作を手掛けたのか。またなぜその後の水原弘から手を引いてしまったのか。
 
 当時大ブームの「日劇ウェスタンカーニバル」を東宝が映画化(「青春を賭けろ」)。主題歌にアメリカのヒット曲を使用すると高い使用料がかかるので、オリジナル主題歌を中村八大に依頼する。中村八大は作詞を新進気鋭の永六輔にお願いした。
 本当は主演の夏木陽介が歌う予定だったらしいが、ロカビリーでデビューした歌手に歌わせたらとの提案に、数人の歌手に歌わせ、一番うまかった水原弘に白羽の矢が立ったという。(余談だが夏木陽介主演のこの映画「青春を賭けろ」は「青春とはなんだ」に始まる日本テレビの青春シリーズのルーツなのかもしれない。)
 
 一躍流行歌手に踊り出た水原は、おきまりの売れっ子特有のテングとなって1年後に永六輔から痛烈なカウンターパンチをくらうことになる。雑誌に書いた「流行児水原弘へ直言する」である。永六輔の水原弘批判はその後の水原の人生を予言したような内容で永六輔の洞察力の鋭さが確認できる。結局水原はこの直言に耳をかたむけることなく、やがて人気は下降線をたどり、しかし豪遊はやめられずアルコールと借金の山……。

 その後一念発起して「君こそわが命」をヒットさせ(この曲のリリースまでの話はまさしくドラマ)、カムバックを果たすがやがてまたアルコール漬けと借金苦の毎日になってしまう。  
 他人に奢られるのことをよしとせず、借金までして毎晩仲間を連れて酒をふるまう、という行為は金もなく小心者の僕にはまったく理解できない。ただ奢るという行為にはたまらなく優越感に浸れる作用がある。僕もごくたまに奢ったりすることがあって、ああ気前のいい人は単純に金があるからだけでなく、この優越感のためなのかと思ったりもする。でもそれにも限度というものがあるだろう。  
 〈兄貴〉として慕う勝新太郎のある一面を「芸能人のかくある姿」と信じ、実践してしまったことが水原弘にとって不幸だった。  

 42歳で逝った短い人生と最初は思ったものの、だからこそ歌手・水原弘の名前は今でも残っているとは言えまいか。  
 当時〈三人弘〉ともてはやされたあと二人の守屋弘、井上弘の名を覚えている人が今どれだけいるか。


2002/01/24

 「井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室」(井上ひさし ほか 文学の蔵 編/新潮文庫)  

 かみサンが友人から借りてきた本。この友人、娘の保育園時代に同じクラスの一番仲がよかった子の親で、同じ趣味(本や映画)を持っていることから、今では子ども抜きにして毎週のように自宅やファミレスでおしゃべりしている。  
 本書は中1の娘も読んだ。どういう経過か知らないけれど、そのことを学校の先生に話したらしい。先生も興味をもったらしく借りたいとのこと。うちの本ではないから、友人に一度返却して、それからという段取りをとっていたので、その前に読んだ次第。  

 井上ひさしの日本語に関する本はとても興味深い。以前週刊文春に「ニホン語日記」なるエッセイを連載していたのに、どういうわけか休止となり、いつのまにかうやむやになった経緯がある。連載をまとめた単行本は2冊上梓されていて、どちらも読了済み。  

 本書は1996年11月15日から17日にかけて、岩手県一関市で行われた講座をまとめたものである。一関市はこれまで文学者を数多く輩出しており、有志たちが「文学の蔵」建設を計画、その基金づくりの一環として、この手の文章講座を開催している。学生時代にわずかではあるが一関に住んだことのある井上ひさしは恩返しに4回ほどボランティアで講師役を買ってでているのだという。  
 本講座は「文章講座」でなく「作文教室」としているところがミソ。  

 井上ひさしの講義の中で重要な部分はそのままサブタイトル(見出し)になっている。時間がない人はこの部分を読むだけでも作文の極意が理解できる。  

 作文の秘訣とは、自分にしか書けないことをだれにでもわかる文章で書く、ということ。だれにでもわかる文章がくせものである。  
 30代になってから文章を勉強しようと一時期文章読本を読み漁った。原稿用紙の使い方(書き方)については耳にたこができるくらい基本を学んだはずだが、本書で初めて知ったことがある。  
 !?の後は一字空ける、というのだ。これまで何冊も本を読んでいても全く意識していなかった。不覚。

 書き方のイロハがわかったら日本語そのものについての講義。  
 「うとうと」と「うつらうつら」の違いとは? 「お湯をわかす」では、なぜ水をわかすと言わないのか? 「ご飯を炊く」にしても本当なら米を炊くではないか!  
 そして「長期記憶」「短期記憶」についての薀蓄話。   

 文章を書く場合、必ず辞書を引きなさい、携帯しなさいと。言葉を知ることが大切だと。ちなみに井上ひさしのお薦めの辞書は大野晋「角川必携国語辞典」。かみサンはすぐに買ってきましたよ。  

 書くにあたって、自分を指す人称代名詞は、ほとんどの場合、全部、削ったほうがいい、とある。これは以前から実践している。原稿用紙1枚くらいの短文だと意識して削っている。  
 今回僕が編集を担当した同人誌の巻頭言と編集後記ではわざと省いた。けっこう苦労したのだが、わかってくれる人がいるかしらん。  

 読んだり、書いたりする時にいつも気になっていることが2つある。一つは段落、もうひとつは漢字の使用。  
 段落については、決まりはないみたい。たぶんに書き手の気分を反映させていいらしい。要は読みやすさだ。  
 司馬遼太郎の時代小説を読んでいて気になったのはなぜ「思う」を「おもう」と書くのだろうかということ。たとえば「頃」は「ころ」だし「時」は「とき」。これは司馬遼太郎自身が語っている。曰く「大和ことばはひらがなにしたい」。  

 接続詞「が」に使用方には気をつけろ、これもさんざ耳にしている。自分でも神経使っているつもりでも、つい使用してしまう。  

 現在の国語の授業内容に大いに問題があると提起する。小学生の作文で最初に書かせるのは読書感想文と相場は決まっている。ところがこの感想文とやら大人だって難しいというのだ。感想ではなく本の要約をさせると皆うまくまとめるとのこと。 
 要約については今どれだけ短く、なおかつそれを読んだ人に興味をもってらえるかを考えて、自分なりに勉強している。  
 読書感想文ではなく読書要約文を書かせるのはうなづける。  
 もし僕が先生なら「自分が一番好きなもの(人物)を紹介する文)を書かせたいなぁ。  

 感想は最初はけなし最後でほめるとある。批判される方としてはこの論法だと納得するのだとか。  
 以前ある方に手紙を書いた。最初は批判する内容で、でもそれは間違いだったと後半は好意的なことを書いたつもりだったのに、先方の怒りを買ってものすごい返信をもらった経験がある。だから僕としてはそう一概に言えない気もするのだけれど。   

 まあ、ともかく。  
 文章を書く場合の注意点は誠実さ 明晰さ わかりやすさの3つ。肝に銘じること!




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 トークイベント「高野浩幸タイム・トラベルトーク 今、蘇る少年ドラマシリーズ!」を応援していただきありがとうございます。
 主催(チームの一人)の新井啓介です。今年、4月まで会場のBC二十世紀の店長でした。

 このたび高野浩幸さんが演劇ユニット『プロジェクト・1』を立ち上げました。
 このユニット公演に協賛いただけないでしょうか?
 サブカルポップマガジン「まぐまPB アニメと特撮のあいだに」に掲載された、私が高野さんにインタビューした記事で、高野さんは還暦迎えるにあたってもうひと花咲かせたい旨述べています。その活動の第一弾がこの演劇活動だと私は理解しています。

 協賛にご賛同いただける方は、お手数ですがこのブログへ管理人のみ閲覧にしてコメントを返してください(電話番号、アドレス記載)。私が窓口になってその後の手配をいたします。もちろん私も協賛します。
 協賛に関する詳細は下記を参照してください。
 どうぞよろしくお願いいたします。

          記

FBにUPされた高野さんのメッセージを転載します。

プロジェクト・1 ご協賛のお願い

高野浩幸が主宰する『プロジェクト・1』では
・若き演劇人の育成及び夢の実現への協力
・地方創生への協力
・芸能文化の伝承
・福祉活動への協力
などを目的として幅広く世の中のために活動していくこと考えております。

つきましては、このような活動に共鳴いただける皆様からのご協賛金を賜わりたく下記の通りお願いさせて頂きます。
1、協賛金
個人1口 5.000円より
団体/グループ/法人 1口  30.000円より
2、納入方法
お振込み又は、現金にてお願い致します
3、領収書を発行させて頂きます
4、お問い合わせ先
プロジェクト・1
p1@iandifactory.com
お振込み先などお知らせ致します。
【特典】
その1
10.000円以上ご協賛頂いた方には、
舞台『純喫茶せつな』のご招待券を
ペアで1組プレゼント。
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特典その1と
30.000円以上のご協賛頂いた方には、高野浩幸スペシャルアルバムプレゼント
その3
ご協賛の方に限り、高野浩幸ふれあいの会にご参加頂く事が出来ます。
(定期開催・参加費別料金)開催日時は都度連絡
その4
金額に関係なく             
皆様の「お名前」及び「貴社名」等を
公演パンフレットに掲載し、ご報告とさせて頂きます。何卒、宜しくお願い致します。
※「お名前」を掲載 可能な際は、フルネームにて
又は「イニシャル」にて、掲載をさせて頂きますので、ご指示下さい。

以上




 前々々項から続く

 各回のサブタイトルも楽しい。内容にちなんで小説や映画、歌等のタイトルを引用している。
 たとえば、第1回は「夜明け前」、2回めは「坊っちゃん」。僕が視聴し始めたころには「恋の片道切符」「櫻の園」なんていうのがあった。「替り目」は落語の演目。内容も「替り目」のストーリーを織り込んで。そのほか、「夢のカリフォルニア」「黄金狂時代」「トップ・オブ・ザ・ワールド」「独裁者」「仁義なき戦い」「226」「民族の祭典」……。

 「前畑がんばれ」は当該オリンピック中継でアナウンサーが連呼して話題になった。本人がこのタイトルで本を書いている。
 「おれについてこい!」も東京オリンピック開催前後話題になったのだろう。女子バレーボールが金メダルを獲ってから大松監督と選手たちのメダル獲得までの苦難の道のりがこのタイトルで映画化されている。
 どちらも当時流行語大賞があったなら大賞を受賞しているのではないか。
 最近だと「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「東京流れ者」「ヘルプ!」「ぼく(僕)たちの失敗」「火の鳥」の流れに笑ってしまった。無茶苦茶じゃないか。クドカン、遊んでるなあ。
 
 さて、最後に高橋是清を演じたショーケンについて。
 高橋是清、当然名前は知っているがどんな容貌だったのか思い浮かばない。そんな僕が高橋是清に扮したショーケンの画像をネットで見て膝を打った。実にそれらしいのだ。
 ドラマ「どこにもない国」で吉田茂を演じたときは、頭を剃り、口に詰め物を入れて頬を膨らませといった実在の人物に似せていた。対して「いだてん」では、今のショーケンの風貌を活かした高橋是清像だった。これが渋くて貫禄がにじみ出ていた。実際の高橋是清の写真を見てわかったことだが。全くの逆のアプローチをしていていることに瞠目した。
 わずかな出演だったが、確かに「いだてん」にショーケンありの爪痕を残した。「勝海舟」の人斬り以蔵、「元禄繚乱」の徳川綱吉とともに大河ドラマにその名を刻んだのだ。

 70代のショーケンを観たかった。
 復活を確信してから願っていたことだ。
 これまでのスター(時代を体現した俳優)のそれとは違って、これまでのイメージを打ち破るような演技を魅せてくれたのではないか。
 そう思わずにはいられなかった。
 一度夫妻で海外移住するという話を聞いて、正式には表明しないもののほぼ引退ということではないかと残念に思ったものだ。映画の企画は何度も立ち消えになる、ドラマ出演のオファーはない、ファンの前に現れるのはライブだけ。そんな現状に嫌気がさしたのか? でも、すべては自分が蒔いた種だもの、愛する人と二人で暮らすのも、それはそれでいいのかもしれない。
 そう自分を納得させていたら、NHK「どこにもない国」、「不惑のスクラム」で、70代に向けて新たな愉しみができた。まさか病気だなんてことこれぽっちも頭をかすめていないから。

 とにかく、ショーケンが出演しなければ「いだてん」を観ることはなかったし、「いだてん」が素晴らしいドラマであることもわからなかったのだ。
 感謝します。
 



 ダメだダメだ、全然更新できない。
 今年はやめていた、困ったときの転載シリーズ(のつもりはないのですが……)
 再開しま~す!

          * * *
 
2002/01/06

 「とり残されて」(宮部みゆき/文春文庫)  

 ホラー色の強い作品7編が収録されている短編集。    

 婚約者を事故で失い、加害者である若い女性に殺意を抱いている女性教師の不思議な体験を描く宮部流学校の怪談「とり残されて」。  
 10年前事故で死んだと思われた兄が生きている! そう確信した妹が事故現場である〈おたすけ淵〉へ訪れ、巧妙に仕組まれた村人たちの陰謀に巻き込まれる「おたすけぶち」。
 
 肩を壊し自暴自棄になって酔っ払いと喧嘩、腹を刺されて死を迎えようとしているプロ野球選手の前に現れた不思議な女性は? 女性に導かれながら街をさまよい意外な真実をプロ野球選手の魂。宮部流SF(すこしふしぎな)物語「私の死んだ後に」。
 
 特急列車でたまたま乗り合わせた女性二人組から彼女たちが勤める会社の幽霊騒動の話を聞き、その解明を試みる男。幽霊話と男の身の上話が交叉した推理が鮮やかな「居合わせた男」。
 
 銀行員がある日業務上の札束をもって逃走しようしてつかまった。その銀行員は毎日お札の囁きを聴いていたという。会社で起きた不祥事について語るカップルの会話を小耳にはさんだ中年男が熱心に詳細を聞いてくる……ラストのオチに恐怖した「囁く」。「世にも奇妙な物語」でドラマ化するのにもってこいの作品だ。
 
 自殺して成仏できない女性の魂が青年の身体を借りて自分を振った恋人に復讐をはかる。宮部流にTV(服装倒錯者、異性装嗜)を描くとこうなる、というような「いつも二人で」。手塚治虫の「ザ・クレーター」に少年の心に居候する少女の話があったけれど、その応用編といった感じ。  
 ラストを締めくくるのは巻末の解説で北上次郎が絶賛している「たった一人」。
 いつも見る夢の場所を探し出して欲しいと探偵事務所を訪ねた女性。雲をつかむような仕事に取り組まざるをえない探偵。ところが遠い過去にこのふたりを結びつける出来事があったのだ。先が気になるストーリー展開、驚愕の事実、迷宮に彷徨いこんだような読後感。
 こういう物語を書く作者のセンスにひれ伏してしまう。


2002/01/21

 「ぼんくら」(宮部みゆき/講談社)  

 深川北町の鉄瓶長屋を舞台に、南町奉行所・同心の井筒平四郎、長屋で煮売屋を営むお徳らを中心に、ミステリを隠し味にした住人たちの人情模様を季節の移り変わりとともに描くお得意の連作短編、と読み始めたときは思っていた。  

 「殺し屋」は長屋で起きた殺人事件についての話。兄を殺された八百富の娘は犯人の名を語る。犯人は住人たちに信頼の篤い差配人・久兵衛に恨みを持つ男だというのだが、お徳はどうにも腑に落ちない……。
 続く「博打うち」は博打の借金でにっちもさっちもいかなくなった父とそのために身売りされそうになる娘の話。新しく長屋の差配人となった若い佐吉の機転で何とか乗り切る。
 「通い番頭」は長屋に男の子が迷い込んだことにより、長屋の住人で、ある大店の通い番頭をやっている男の素性がわかってしまう話。
 どの話も事件(問題)が解決すると関係する住人が長屋を去ってしまうところが共通している。  
 その他、別の長屋から娼婦おくめが移ってきたことによる騒動を描く「ひさぐ女」、新興宗教にはまる住人が他の住人を巻き込む「拝む男」。  
 その若さゆえ、また前任の久兵衛(「殺し屋」の事件後、長屋に迷惑をかけてはならないと出奔、行方知れずに)がとても慕われていたということもあって、特にお徳から目の仇にされていた差配人・佐吉が徐々に才覚を表してくるくだりが愉快だ。  

 6話めの「長い影」を読み出し、本書がとんでもない構成になっていることに驚愕した。
 「長い影」はちょっとした長編である。何よりそれまでの5編すべてが「長い影」のプロローグだったのだ!
 というか、連作短編はこちらの思い違いで、それぞれが章立てとなる大長編ミステリ時代小説、なのかもしれない。
 各話で事件を起こしたり、問題に巻き込まれた住人が鉄瓶長屋を離れていってしまい、佐吉が思い悩む。が、それは長屋の大家である湊屋総右衛門の、ことを荒立てないで長屋をつぶす策略らしいのだ。
 佐吉は湊屋の遠い親戚にあたる。昔母子で湊屋に世話になっていて、佐吉は総右衛門に実の息子のようにかわいがられていた。跡取りになるのではないかと言われていたほどだ。佐吉の能力を見込んで、差配をやらせたはずなのにその逆に足を引っ張るとは。
 なぜ? その理由は佐吉の母親の出奔にあるらしい。  

 平四郎に協力する登場人物たちがユニークだ。中間の小平次、幕府の密偵・黒豆英之介、甥っ子の弓の助、岡引きの大親分一の子分政五郎、その使いのおでこ。
 弓の助は目測でモノの長さをぴたりと当てる能力を持つ。よくできた子どもで、平四郎夫婦は井筒家の養子にと考えている。その推理ぶりはまるで江戸時代の少年探偵コナンの雰囲気。お寝小するのが玉にキズか。
 政五郎の親分はあの回向院の親分こと、茂七である。深川が舞台ということで、もしかしたらと期待していたらやっぱり。それもかなり出世している。といっても本人は登場しない、すべて政五郎が動く。この政五郎が頼りがいのある男なのだ。僕は若き日の中村敦夫をイメージした。おでこは人間記憶装置小僧といった塩梅。深川近辺で起きた事件、出来事をすべて暗記している。暗唱する際、途中でちゃちゃを入れるとまるでテープレコーダーを巻き戻すように、頭の中で整理しなおさないと後が続かない。
 平四郎といえば、40代半ばの美人の妻を持つ。面倒くさいことが大嫌いで職務にあまり忠実ではない。かといって不正は大嫌い。人情味にあふれた人物なのだ。亭主を亡くし一人身のお徳も平四郎を憎からず思っている。「ぼんくら」とは平四郎のことなのだろう。内藤剛志をイメージした。  
 仲間たちと一緒に平四郎は佐吉の母親の出奔に謎、湊屋との関係を洗い、見事解決に導くのだった。    

 最終話の「幽霊」は単行本化にともなう書き下ろしで、「長い影」事件のその後を描く。  

 差配人あるいは差配という言葉を知ったのは宮部みゆきの時代小説だった。
 当たり前のように登場してきて、当初その意味がわからず往生したものだ。慣れてくるとそれが長屋のいわゆる〈大家さん〉のことを指していることがわかってきた。わかったものの、では差配と大家ではどこがどう違うのか、新たな疑問が生じた。  
 本書は鉄瓶長屋が舞台だけあって、差配とは何か、差配人と大家の違いについて言及している。
 土地を持ち、そこに長屋を建てる。その持ち主が本当の大家(本書でいえば湊屋)。大家に任命され、毎月長屋の住人から賃料を取り立てたりするほか、長屋で起きた問題すべてに対して対処する長屋の世話人的立場を差配(人)という。仕事上何かと人生経験がものをいい、ある程度の年配者でないとつとまらない。赴任したばかりの頃、20代の青年佐吉が住人たちに信頼されなかったのは当然だろう。  

 雑誌に18回連載された「ぼんくら」は最初からこういう展開を考えて書かれてたのか。それとも途中で方向転換したのだろうか。後者だったらすごいのに。




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)

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