今週になってまた忙しくなった。27日に自動車免許の更新で有休をとったのが影響している。毎日残業でその疲れが今日一気にきた。
 そんなわけで本当は仕事が残っているのだが、定時で退社しました。
 「さばの湯、談四楼独演会」があれば直行したのだけど、昨日なんだもん、行けっこないよ。

 ブログが更新できないときの、困ったときの……いや、いや、そんなことないですよ~!

 忘備録。
 先週日曜日の神保町古本まつりの成果。
 「歌麿さま参る」(光瀬龍/ハヤカワ文庫)
 「たそがれに還る」(光瀬龍/ハヤカワ文庫)

     * * *

2000/12/15

 「2001年映画の旅 ぼくが選んだ20世紀洋画・邦画ベスト200」(小林信彦/文藝春秋)  

 週刊文春に小林信彦個人の作業による20世紀の洋画、邦画それぞれベスト100が発表された時、切り抜きするかどうか迷った。「人生は五十一から」の単行本に収録されるかどうか、それが心配だったのだ。(ちなみに「藤山寛美とその時代」と「横山やすし天才伝説」は毎週切り抜きして悦に入っていた)  

 ところが2000年の暮れも押し迫った頃、ベスト100の記事およびそれに関係する「人生は五十一から」のコラム2本、過去の映画コラムを収録した本がでるとは。それも書名が「2001年映画の旅」だなんて。文藝春秋も商売がうまい。表紙が小林信彦にとって黒澤映画ベスト1の「野良犬」のイラスト(小林泰彦)というのもうれしい。  

 だいたい一人で20世紀の映画のベスト100なんて選出できない。自分の趣味で選ぶのならまだしも、相対的な評価を鑑みなければいけないのだからそういう鑑識眼を要求される。小林信彦でなければできない仕事だろう。
 
 邦画ベスト100を眺めて小林信彦が市川崑をあまり評価していないのがわかる。市川作品は「炎上」しか入っていない。
 知りたいのは〈笑い〉のオーソリティである小林信彦が市川作品のコメディセンスをどう評価しているかについて。市川監督はその昔「プーサン」「足にさわった女」とかコメディっぽい作品を撮っているのだ。
 それから「犬神家の一族」以降の金田一耕助シリーズについてどう思っているのか。別に〈否〉であっても僕の市川監督ファンは変わらないけれど。

 本書で感激したのは第2部の〈極私的クロニクル〉の映画コラムの数々だ。いくつかはかつて読んだ小林信彦本からの再録であるものの、ほとんどは初めて目にするものばかり。
 〈十七歳の映画ノート 1948~9〉が貴重である。マルクスブラザース、ギターを持った渡り鳥、ウディ・アレン、ミュージカル映画等々、書き下ろしのクリント・イーストウッド論まである。  
 20世紀最後の素敵なクリスマスプレゼントだった。


2001/03/11

 「天才伝説 横山やすし」(小林信彦/文春文庫)  

 小林信彦の本は単行本(ハードカバー)が出たら、内容にかかわらずすぐに購入する。これは大学生時代から続いている慣習で、ある時期からは古書店ですでに絶版になっている過去の著作も買い求め、ほとんど買い揃えた。どうしても手に入らないものは図書館から借りたりしているので、初期の著作以外はほとんど目をとおしているといっていい。  
「小林信彦文庫ができるね」と狭い部屋で暮らす妻子に揶揄される所以である。
 
 まあ、それはいいとして、頭を悩ませるのは単行本が文庫化された時のこと。すでに購入した本なのだから無視してもいいはずなのに、熱狂的な小林信彦ファンとしてはほっとけない。コラム、エッセイの類だと文庫のためのオリジナル等、追加項目があったり、そうでなくても〈文庫のためのあとがき〉やその後に続く解説が気になる。  

 最近、同時期に小林信彦の単行本が文庫化された。一つは新潮文庫「結婚恐怖」、もう一つが本書「天才伝説横山やすし」だ。  
 本書の解説を担当した森卓也は古くからの小林信彦の友人でアニメーション、国内外のコメディへの造詣が深い。そんな人の小林信彦論、横山やすし論、本書評価を読みたいのは当然で、さっそく購入した次第。

 瞠目したのは森卓也が本書を私小説であると指摘している点。  
 小林信彦の純文学系列の作品は主人公が世間に相容れずいつも苦渋にみちているところが共通している。
 「袋小路の休日」「ビートルズの優しい夜」の短編集などを読んでいるとその思い、あるいは他者に対する冷ややかで辛辣な観察等がこちらに伝わってきて、やりきれなくなってしまうことが多い(その感覚に浸りたくて読んでしまうのだが)。
 本書も横山やすしをあくまでも自分とのかかわりをとおして冷静に距離をおきながら客観的に描写する。時に称え、時に嫌悪する姿勢は、昔から変わっていない。はっきりしているのは横山やすしの芸や人間性を語りながら、同時に自分自身をしっかり刻んでいることである。  

 この指摘で「藤山寛美とその時代」以後の小林作品の方向性を確信した。  
 今、小林信彦は「月刊文藝春秋」に「テレビの黄金時代」を連載している。かつてキネマ旬報社から発行したクレージーキャッツと「シャボン玉ホリデー」を特集した雑誌と同タイトルのこのエッセイも自身とTVのかかわりあいを軸にした一種の私小説なのかもしれない。


2001/06/15

 「出会いがしらのハッピー・デイズ」(小林信彦/文藝春秋)  

 週刊文春連載の「人生は五十一から」の単行本化第3弾。  
 第2弾は「最良の日、最悪の日」そして今度は「出会いがしらのハッピー・デイズ」。書名は収録されているコラムのタイトルから発想されたとおぼしい。  

 小林信彦は今を悪い時代と書くが、僕が知る限り小林信彦にとって70年代以降はいい時代なんてなかったはずである。コラムではいつだって現在を嘆き、不満を述べ、そんな中で愛しい書籍、映画、TV番組などに出会った喜びを綴っている。  
 「地獄の観光船」(「コラムは踊る」)ではTVバラエティ「見ごろ食べごろ笑いごろ」の伊東四郎と小松正夫のコンビを絶賛し、映画「オールザッツジャズ」にしびれていた。  
 本書でいえば1年に映画を1本しか観ない人にお薦めしているクリント・イーストウッド監督・主演「スペースカウボーイ」に出会えたこと、古今亭志ん朝の高座に通う喜びなどが書かれていて、そんなところが出会いがしらのハッピーデイズなのだろう。  

 毎週木曜日は文春の日とばかりに通勤時電車に乗る前に「週刊文春」を購入し、電車の中で「人生は五十一から」を読む。それが木曜日早朝の楽しみといっていい。僕にとってのハッピーモーニングである。  

 毎週読んでいるにもかかわらず、こうして一冊にまとまってから読むと忘れていることもけっこう多い。
 たとえば前著「最良の日、最悪の日」では宮部みゆきの「蒲生邸事件」について語った文章におめにかかって、そこで、そうだ!小林信彦も書いていたんだと思い知ることになる。あらためて読んでいる最中、自分の感想と比較して緊張してしまう。
 本書でいえば「評伝黒澤明」を紹介した部分。

 もっとも適任な人が、こまかいデータにもとづいて、冷静に〈等身大の黒澤明〉を描いたすぐれた伝記である。  

 と書いている。その他指摘することなどやっぱりそうだろ!というようなことが多く小林信彦も同じ感想を抱いたことをうれしく思う。というか、この文章が意識下にあって本を読んでいたのかもしれない。  
 現代恥語ノートの言葉はすぐ僕の頭にインプットされる。そのくらい小林信彦の影響はすごいのである。
 あとがきに「2001年映画の旅」が出たら、阿佐ヶ谷の某名画座で小林信彦が選んだ邦画ベスト100が順番に上映されたことが書かれている。知っていたら絶対足を運んでいた。  
 最近よく思うことだが、小林信彦のコラム、エッセイ全集を企画する出版社はないのだろうか。


2001/06/27

 「小説世界のロビンソン」(小林信彦/新潮文庫)  

 小林信彦が「小説探検」(文庫本「読書中毒」)の前に書いた体験的〈小説の読み方〉論。「小説探検」が現在入手しやすい作品(僕自身が読んでいる)について短く書いているのに比べ、本書は自身の読書体験史と重ねあわせて小説を語り、今では読めない小説も多く登場するうえに各章が長めの文章になっているので一度読んだきりになっていた。  
 「小説探検」の各コラムを拾い読みするうち、もう一度「小説世界のロビンソン」を読まなければいけないと思っていたところに古書店で発見、さっそく購入した。  

 子ども時代の冒険小説の楽しさに始まり、夏目漱石の「我輩は猫である」にこだわり、探偵小説・推理小説の話になる。この探偵小説の解説が面白い。「本陣殺人事件」「不連続殺人事件」がどうしても読みたくなる。その感覚は「ラブイユーズ」「富士に立つ影」の紹介、解説で頂点に達する。とにかく小林信彦は小説の紹介がとてつもなくうまい(もちろん映画の紹介もうまいのだが)。これは芸ですね。
 
 笑ってしまった、というか納得できたのが第三十一章のいわゆる〈純文学とエンタテインメント〉をめぐって。大衆は松本清張と三島由紀夫をならべて読む、と書いているのだが、まさしく大学時代、僕は松本清張と三島由紀夫の小説をかわるがわるに読んでいたのである。
 
 思えばSF小説の傑作「火星人ゴーホーム」を教えてくれたのは本書だった。ヴォネガット、ブローティガン、アーヴィングの世界ももっと早く知っておくべきだった。
 「小説探検」は読めば読むほど新しい発見がある。本書も再読してみて忘れていることが多いことを痛感した。覚えていたのは最後のメイキング・オブ・「ぼくたちの好きな戦争」だけなのだから。  

 こういうプロの読み手による読書案内本がなぜ話題にならないのか(ならなかったのか)不思議でたまらない。この文庫もすでに絶版になっているのだ。


2001/10/15

 「ドリームハウス」(小林信彦/新潮文庫)  

 後に「ムーン・リバーの向こう側」「怪物がめざめる夜」と続く東京3部作の第1作。  
 初老の文筆家が母親の遺した都内の土地に一戸建を建てるために悪戦苦闘するブラックコメディで、離婚経験のある主人公が歳の離れた恋人の要望を聞きながら、好みの内装に仕立て上げる。
 母親が部屋の一部を貸していた借人とのトラブルや建築に関する法律に右往左往したりした末にやっと完成した家が大雨による崖の土砂崩れで崩壊しそうになったりと主人公がついてないことおびただしい。やっと平安をとりもどしたかに思えたラストでは主人公の死、そして家が恋人のものになってしまうことを暗示させる。なんとも苦々しい幕切れだ。  

 当然単行本発売時(92年)には真っ先に購入して読んでいる。小林信彦の小説群の中でそれほどのものではないな、という印象があった。  
 その後、作者自身のインタビュー、エッセイあるいは書評などを読むと、かなりこの小説に思い入れがあるらしいことがわかった。そうなると自分の読み方が悪かったのか、何か読み落としていたものがあるのか、気になって仕方なかった。  
 これまで読み返すこともせず、かといって無視するわけにもいかず、機会あれば再読しようと思っていたところに古書店で文庫本が目に入った。  

 これもある種の悪女ものなのだろうか。すべて女の仕組んだものでそこにまんまと主人公がはまり、最後はすべてを悟って遺言を残そうと思ったのか。そういう意味ではミステリといえなくもない。別に謎解きはなく読者に想像させるだけなのだが。作者が好きな谷崎潤一郎の「瘋癲老人日記」の影響もあるような。  
 一番の驚きはかなりハードなセックス描写で、「世界で一番熱い島」以降この手の描写が増えた。作者がさかんに評価している斎藤綾子の影響だろうか。




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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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