2015/09/27

 「ALFA MUSIC LIVE」(渋谷Bunkamuraオーチャードホール)

 その6から続く

 ステージには村井邦彦がただひとり。亡くなったアルファに関係の深い仲間たちへの追悼のコーナーになった。
 ステージ後方のスクリーンに亡くなった方の写真が投影され村井邦彦が一人ひとりの思い出を語っていく。

 曽根隆(フィフィ・ザ・フリー)/石川晶(カウントバッファローズ他)
 江藤勲/飯吉馨
 桜井英顕(須磨の嵐)/中谷望(須磨の嵐)/黛敏郎
 山本俊彦(赤い鳥~Hi-Fi SET)/大村憲司(赤い鳥)
 日高富明(GARO)/堀内護(GARO)
 服部良一/田辺信一
 佐藤博(ハックル・バック~Tin Pan Alley)/深町純
 シーナ(シーナ&ロケッツ)

 桜井英顕って須磨の嵐という前衛邦楽バンドのメンバーだったのか。その名前を知り、パーカッション(ハイチドラム)の演奏を聴いたのは赤い鳥のライブ盤(実況録音盤)「ミリオン・ピープル」の「もうっこ」だった。
 B面まるまる使っての、赤い鳥+渡辺貞夫(アルト・サックス)+深町純(エレクトリック・ピアノ)+桜井英顕・森本哲也(パーカッション)の演奏はとんでもなく素晴らしく、もう何度聴いたかわからない。今だってたまに耳を傾ける。
 後藤さんが紹介する際の「サクライ・ヒデアキラさん」のヒデアキラがまるでサクラコみたいな響きで耳に残った。なんか珍しい名前だなぁと。
 須磨の嵐のアルバムが欲しくなった。

 その須磨の嵐で村井邦彦がお世話になったのが黛敏郎だとか。

 山本俊彦さんの死にはショックを受けた。
 逝去の報は、兵庫県尼崎市の武庫之荘で聞いた。紙ふうせんFCの催しで、赤い鳥の聖地(!)を訪れる日だった。

 2014.3.29 武庫之荘・赤い屋根の家 #1
 2014.3.29 武庫之荘・赤い屋根の家 #2
 2014.3.29 武庫之荘・赤い屋根の家 #3

 山本さんは赤い鳥のメンバーの中、一人リードヴォーカルの曲がない。URCの「お父帰れや」のヴォーカルは新居さんなのだが、一緒に歌っている男性の声が後藤さんでも大川さんでもない。ということは山本さんか。
 リードヴォーカルをとらないのはあまり歌がうまくないからだろう、ギターを弾いている方が好きなのだろう、と思っていた。7人時代あたりからエレキギターを弾きはじめて、その姿を写真などで拝見してそう勝手に判断していたのだ。メンバーの中では大川さんとコンビを組んで曲を作って(作詞・大川茂、作曲・山本俊彦)いるので、根っからの音楽(ギター)人間なのではと。

 違った。学生時代は合唱団に所属していたらしい。赤い鳥のアマチュア時代、混成ハーモニーは山本さんが中心になって練習したと平山さんが自身のブログに書いている。
 君が亡くなって、潤ちゃんが……という村井さんの言葉にしんみり。

 田辺信一が亡くなっていたとは。
 大野雄二(「犬神家の一族」)、村井邦彦(「悪魔の手毬唄」)に続く、市川崑監督、石坂浩二主演の金田一シリーズ第3弾「獄門島」の音楽を担当した。すっかり忘れていたのだが、「女王蜂」「病院坂の首縊りの家」も引き続き担当していた、
 個人的には歌謡曲の作曲家というイメージが強い。大好きだった「愛の奇跡」(ヒデとロザンナ)を作曲している。編曲家としても有名で、ハイ・ファイセットの最初のヒット曲「フィーリング」を手がけている。

 大村憲司の訃報は紙ふうせんのマネージャー氏からの電話で知らされた。電話口で大声をだしてしまった。まだ40代だった。
 初めて買った赤い鳥のアルバムが「ゴールデンディスク」であることはすでに書いたが、その中であきらかに他の曲とテイストが違ったのが「パーティーにおいでよ」だった。自身の歌唱だ。「美しい星」の中の「せみしぐれ」もそうではないか。好きな声だ。
 でも、ギターである。あの音色がたまらない。「祈り」は全曲にわたってそのギターが聴ける。後藤悦治郎の世界と大村サウンドがドッキングした傑作アルバムなのだ。大方の赤い鳥ファンはそう思っていないだろうけど。

 「ミリオン・ピープル」の「もうっこ」はナベサダのサックスの印象が強いけれど、何度も何度も聴くうち、深町純のエレクトリック・ピアノの音色がうっとりしてしまう自分がいた。
 紙ふうせんのファーストシングル「いかつり唄」の編曲を担当している。シングル「円山川舟唄」も。後藤さんが円山川の風景にこのアレンジがぴたりはまるんだと語っていた。

 2010年になって深町さんのライブに触れるようになった。
 The Will 2010 TOUR
 at Welcome back
 大塚駅南口より徒歩2分 フカサビル地下1F

 自身のお店で毎月開催しているライブに一度足を運んだ。ピアノに圧倒された。お店で紙ふうせんライブを開催することが決定して、友人、知人に宣伝、集客をはかっていたところに訃報を目にした

 昨年YouTubeで知ったのだが、70年代にジュリーと梶芽衣子の主演で「同棲時代」がスペシャルドラマ化された。音楽を担当したのが深町純で赤い鳥が主題歌を歌っているのだ。主題歌といってもスキャットだけど。
 日曜劇場枠で放送された、僕の大のお気に入り「バースデーカード」の音楽もそう。
 市川崑監督が手塚治虫の「火の鳥 黎明編」を実写映画化した「火の鳥」の音楽でもクレジットされている。テーマ音楽はミッシェル・ルグラン。この映画、製作の一人が村井邦彦なのだ。いまだにDVD化されていない。失敗作だからだろうか。

 シーナの訃報にも大声だした。
 70歳になったシーナがあの衣装でステージで飛び跳ねている姿が見たかった。


●次世代バンド+村井邦彦+赤い鳥/後藤・平山・村上(プレゼンター:村井邦彦)

 村井さんが次世代バンドを紹介する。
 ギターの大村真司は大村憲司の息子。ドラムの林一樹は林立夫の息子。そして、ヴォーカルのAsiahは小坂忠の娘。そこに村井邦彦がピアノで加わって、1曲披露しようという寸法。大村憲司が亡くなったとき、息子さんは何歳だったのか?

 曲はレゲエみたいなリズムの「翼をください」。パンチの効いたAsiahの歌声。1番を歌っている最中に、下手のソデから平山さん、後藤さん、村上ポンタさんが登場、上手からアコースティック・ギターを持って登場したスタッフが後藤さんに渡す。ポンタさんは林ジュニアの隣のドラムセットにゆっくりと腰をおろす。
 赤い鳥のオリジナルメンバーが加わって、演奏は正統「翼をください」に。2番は平山さんが歌う。

 ♪今、富とか名誉ならばいらないけれど、翼がほしい

 8年前の赤い鳥3/5が揃った「渋谷フォークジャンボリー あの素晴らしい歌をもういちど」でも平山さんは2番を歌った。1番は潤子さんで。
 現在、「翼をください」は多くの歌手がカヴァーしているが、2番をカットされることが多い。もともとの赤い鳥のシングルがそうなのだから、それに従っているまでなのかもしれない。しかし本当は最初から2番はあって、ライブではきちんと歌っていた。「スタジオライブ」や「ミリオン・ピープル」で判断しているのだが。
 紙ふうせんのステージではいつも2番は歌われている。

 いつものように、観客を巻き込んでの合唱になった。ステージの照明も客席に向いての、まさに〈主役は観客〉なのだが、ノリが今いちだ。「竹田の子守唄」のときも少しばかり感じたことだ。なんか、紙ふうせんにとって会場がアウェイなのだ。
 潤子さんがいれば違っていたのだろうか?

 ところで、「翼をください」の作曲印税の件、幕が開く前、隣のセレブカップルの話が聞こえてきた。思わず耳をそばだてた。男性が女性に語っていたのだ。村井さん、「翼をください」の権利を別れた奥さんにあげてしまったとか。別れた奥さんというと、大橋一枝さん

  翼をください


●小坂忠・Aisiah・村井邦彦

 ラストは新曲の発表だ。
 作詞・山上路夫、作曲・村井邦彦の「音楽を信じる」。
 歌うのは小坂忠とAsiah父娘。

  音楽を信じる We believe In Music


●村井邦彦(アンコール)

 アンコールは村井さんのピアノ弾き語りで「美しい星」。
 「ミリオン・ピープル」の〈村井邦彦コーナー〉を思い出した。あのときは、村井さんのピアノに乗せて赤い鳥の5人(4人か?)が一人ひとり山上・村井楽曲を歌っていた。
「窓に明かりがともる時」(新居潤子)、「言葉にならない言葉」(平山泰代)、「美しも哀しい人生」(後藤悦治郎)、「花吹雪」(大川茂)、「忘れていた朝」(新居潤子~5人)、「美しい星」(新居潤子、平山泰代)。
 村井さんの代表作は「美しい星」なんだな。一番好きというか。

 後藤さんが、「今日、もう一人のゲストをお呼びしています」と言って、村井さんがステージに登場するとこう紹介した。

     ▽
 フランスに偉大な作曲家がいまして、2年ほど前東京に来たときにその歌を聴いてピアノを聴いて涙がでました。その人の名をミッシェル・ルグランといいます。
 アメリカにはジム・ウェイブという素晴らしい作曲家がやはりいまして、そして日本には村井邦彦という素晴らしい才能の持ち主がいます。

 その辺まではいいんですが、彼もなかなか日本の音楽状況の中で作曲だけに専念できる立場をとれなくて、ほかの方でも非常に忙しく、後輩を育てなければいけないし、赤い鳥なんかいつも文句を言い続けるし、非常に忙しい毎日の中で、レコード会社を作ろう、出版会社を作ろう、レコードを制作しよう、タレントを育てよう、いい音楽を日本にもっと広めていこう、そんな中で非常に活躍して、最後は作曲だけが残って素晴らしい曲をもっともっと僕たちの前に出してくれるよう、今日を機会にそういう風に期待します。
     △

 村井さんが「美しい星」を歌い終わると、幕があがって出演者全員が拍手で取り囲んだ。
 大団円。
 後方のスクリーンにスタッフロールが流れていく。

 アルファの歴史を、その始まりから終焉までを4時間弱で学んだ。
 とはいえ、僕にとってのアルファは、やはり赤い鳥なのだ、と実感したエンディングだった。


  〇武部聡志バンド
    ・武部聡志(Key)
    ・河村“カースケ”智康(Dr)
    ・須長和広(B)
    ・鳥山雄司(G)
    ・本間昭光(Key)、
    ・松岡奈穂美(Cho)
    ・今井正喜(Cho)
    ・須藤美恵子(Cho)


ALFAMUSICLIVE
入場時に配付された冊子

ALFAMUSICLIVE2
カバーをとると


ALFA kamifusen
出演アーティストのALFA時代の写真が
この当時の紙ふうせんのライブが観たかった!


 【おまけ】
平山さんのブログです。
一番上の写真の平山さん、すんごく若くありませんか?




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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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