それにしてもフリースタイルという版元は小林信彦コレクションを売る気があるのだろうか? 発売が11月だというのに、第一弾「極東セレナーデ」が発売になるという情報以外何も聞こえてこないのだ。自社のサイトも更新されない。せめて表紙ぐらい確認したいではないか!

     ◇

2002/05/02

 「昭和の東京、平成の東京」(小林信彦/筑摩書房)  

 3月から4月にかけて〈小林信彦〉本の出版ラッシュだった。  
 新刊は本書「昭和の東京、平成の東京」と「物情騒然。」、文庫本では「人生は五十一から」がでた。他の作家なら図書館で借りてしまうのに、小林信彦の20年来のファンとしてはすべてを購入しなければ気がすまない。  

 「私説東京繁盛記」「私説東京放浪記」に続く東京三部作の3作目。  
 当初、内容がどんなものなのか想像がつかなかった。雑誌に連載しているわけがないから、まったくの書き下ろしなのか。あるいは前2作を要領よくまとめたものなのか。  
 過去のエッセイ(コラム)から東京について書かれたものをピックアップして再録した、それが〈昭和の東京〉。平成になってから各紙(誌)に連載(掲載)したものが〈平成の東京〉としてまとめられている。(日経新聞掲載のエッセイは連載時楽しみにしていた。このエッセイはいつ本に収録されるのかずっと待っていたのだ。)  
 構成としては「時代観察者の冒険」「道化師のためのレッスン」の系列に入ると思う。  

 小林信彦が東京にこだわる気持ちは地方出身の僕でもよくわかる。都市破壊に対する怒りも同様だ。それは何も小林信彦の東京に関する本や文章に感化されただけではない。  
 二十数年前上京したての頃は、東京はあくまでも一時居候する街だった。あくまでも都会らしくあればよかった。  
 東京に一生住むつもりはなく、結婚して子どもができたら、住宅状況や環境の点で住まいは東京近辺の県に移ることを考えていた。実際そのとおりになったわけだが、現在埼玉に居住するまでの間東京生活十数年を経て、東京に対する見方考え方が変わってきた。まず愛着というものがわいてきた。
 
 たとえば六本木という街について、ある時までとっつきにくさを感じていた。都会人をことさら主張しなければならないところ、田舎者を排除する街という認識。いつも一張羅の服を着ていなければならないような気がしてあまり好きになれなかった。  
 それが20代半ば、仕事で平日の六本木を歩き回らなければならないことがあり、一歩裏道に入ったら、そこに昔ながらの鄙びた家のたたずまいを発見したことから状況が一変した。胸が躍った。そこに人が生きている息吹を感じたのだ。六本木の新しい、というか本当の姿を知った思い。それから六本木が好きになった。
 
 小林信彦は〈街殺し〉という言葉をよく使う。東京オリンピックの時は関西に疎開していたことは何度もエッセイやコラムに書いている。(実際本書は東京オリンピックが開催された1964年から始まるのだ) 新しい建物が建設されるたびに過去が抹殺されていく無念さが長く東京で生活していてわかってきた。バブルの時いたるところで行われた地上げ以降その思いは強い。
 地方の自治体がオリンピック開催地に立候補したりすると、もういいよという気持ちになる。数年後に名古屋万博が開催されるが、いまさら万博に何があるのかとうんざりしてしまう。〈街破壊〉〈自然破壊〉という文字が頭に浮かぶ。
 生まれた時から東京に住む人にとってはたまらないものがあるだろう。

 それにしても60年代から東京に関する文章を書いていたとは恐れ入る。

 本書で一番気になったのは〈昭和の東京〉の中の〈東京のロビンソン・クルーソー〉である。内容ではなくこのエッセイが本書に収録されたことに対して。
 たぶんこれは僕にとって幻のコラム集である「東京のロビンソン・クルーソー」(晶文社)に収録されていたエッセイだろう。
 いつか「東京のロビンソン・クルーソー」「東京のドン・キホーテ」が復刻されてくれればと願っていたのだが、小林信彦にはその気がないのがわかった。初期のコラムは解体されて、新たなエッセイ集、コラム集に所収させていくのだろう。


2002/05/07

 「物情騒然。」(小林信彦/文藝春秋)  

 「週刊文春」連載の人気コラム「人生は五十一から」の2001年分をまとめた単行本第4弾。そうか連載もすでに5年めに突入したのか。  

 時代はますます悪くなっていく。だからこの書名にとても納得するものの、なぜ「物情騒然」でなく「物情騒然。」なのかという疑問がわく。  
 中野翠の「サンデー毎日」のコラム「満月雑記帖」の2001年連載分をまとめた単行本「ほぼ地獄。ほぼ天国。」の〈。〉の使用について〈モーニング娘。〉の影響云々と書いたけど、小林信彦まで〈。〉を使うなんて……。コラムの中で恥語シリーズが読者の共感を呼んでいる著者として一時の流行にのるってことは別に何とも思わないのかな。
 「人生は五十一から」の連載を始める前に5週に1回担当していた「読書日記」の第2弾、「〈超〉読書法」の時も同じことを感じた。当時も超××法という言い方が流行った。自分の作品に題名をつけることを苦手としていると本書でも書いていることから、たぶん編集者サイドからでたアイディアだと思うけれど。

 中野翠のシリーズがそうであるように、本書も1年を振り返るのにかっこうの内容になっている。映画や舞台を語るエンタテイメント時評、政治に対する容赦ない筆誅、著者の生活を垣間見ることができる身辺雑記。  

 〈喜劇人と肉体〉〈「パール・ハーバー」とドゥーリトル空襲〉〈宮崎監督の秀作「千と千尋の神隠し」〉は小林信彦の真骨頂を知らしめる内容で、何度も読み返してしまう。
 〈伊東四朗&小松正夫のヴォードヴィル〉で初めて二人の芝居が下北沢で公演されるのを知った。もっと早く知っていれば絶対チケットを購入しただろう。  
 米国同時多発テロについての見解、アフガン爆撃に対する冷静な怒りは戦争を知っているからこそ書けるのものだ。  
 古今亭志ん朝の死について小林夫妻の消失感、その嘆きが伝わってくる。  

 まとまって読むと、〈はじめに〉で「とにかく読んでください。ご損はさせないと思います。」と書く自信がはったりでないことがわかる。どれも中味が濃い。わずか週刊誌見開き2ページでどうしてここまでかけるのだろうと感服してしまう。  


2002/05/10

 「人生は五十一から」(小林信彦/文春文庫)  

 当然1999年にでた単行本は購入している。しかし〈文庫本のあとがき〉や解説を読みたいがために買わずにはいられない。  
 1998年の1年間が鮮やかに蘇ってくる。わずか4年前の出来事なのに、ずいぶん昔のような気がするのは気のせいか。感覚的にはついこの間のようにも思えるのだが。  

 何かで読んだのだが「人生は五十一から」の書名だと若い人は読まないのではないかという意見は確かにそうだろうと思う。でもページを開けば、たとえ若くてもわかる人にはわかるはずだ。わからない人には年齢に関係なく小林信彦とは〈東京にこだわってばかりいる偏屈でマニアックな作家〉でしかないのだから。

 1998年がどういう年だったかというと、前年の暮に伊丹十三監督が自殺し、2月には景山民夫が焼死している。ワールドカップが開催された。  
 本書で伊丹監督の自殺の原因はわからない、女性問題はきっかけでしかないと書いてあるが、僕は女性問題で騒がれるというところが伊丹十三の美学に反したのではないかと考える。本人には申し訳ないけれど、こんなことで死んでしまうのだったら、暴漢に襲われて非業の死を遂げた方がまだ納得できる、と当時悲しさのあまり怒りすら覚えたものだ。伊丹映画のファンではなかったが、役者としてとても好きだったので。
 景山民夫の死に触れて「上昇志向の強い作家だったら、必ず書いたであろうことを断乎書かなかった」と記している。
 景山民夫には別れた奥さんとの間に娘がいて、重度の身体障害者だった。ずっと寝たきりで、その娘が若くして亡くなってしまった。このことについては当時「宝島」に連載していたコラムで一度だけ取り上げている。もう二度と書かないと断りを入れ、同世代の若者に向けて不憫な娘を失った父親の慟哭を書きなぐった。とても重たい文章だった。景山民夫が宗教に走るのはこの後だったように思う。
 景山教の教祖になるのならまだしも他人様の宗教に肩入れするのはどうしても馴染めず、僕も景山ファンをやめてしまった。

 本書の中で圧巻なのは3回取り上げた「現代〈恥語〉ノート」とワールドカップの予選リーグにおけるにわかサポーターおよびメディアの騒ぎ方を大東亜戦争時の報道と重ねあわせてその奇妙な一致を分析する〈サッカー・ファシズム〉だ。
 現代〈恥語〉シリーズの冒頭で〈アイデンティティ〉を取り上げ、僕は思わず赤面してしまった。よく口にしますからねえ、僕は。
 〈サッカー・ファシズム〉はこれが書かれた当時より4年後の、日韓共同開催のワールドカップがまじかに控えている今の方がより理解できる。

 〈日本のゴジラは模倣で始まった〉のゴジラ至上主義者には笑った。
 贔屓の志ん朝については2回書いている。4年後にあの世に旅立つなんてこれっぽちも考えていなかっただろう。読んでいると悲しくなってくる。時間が経つと同じ文章でもまったく印象が変わってしまう好例。

 1998年。今に比べればまだいい時代だったといえるのだろうか。


 この項続く




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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