m●●●●●●● さま

 拍手コメントありがとうございます。
 喜んでいただけて私もうれしく、元気百倍です。

 ところで、北村薫さんはよくお読みになりますか?
 私、昔、90年代よく読みました。図書館で借りて、ですが。
 最初に読んだのはデビュー作の「空飛ぶ馬」です。文庫になって購入しました。〈円紫さん〉シリーズ、〈覆面作家〉シリーズ、皆読破しています。図書館の棚で新作を見つけると必ず借りたものでした。
 〈時と人〉3部作で、自分の中で一応のピリオドが打たれたような気がします。

 これまで、拍手コメントを寄せられた方には、そのまま返信したのですが、なぜか今回できません。
 ですので、このような形で御礼申し上げます。

     ◇

1998/05/26

 「ターン」(北村薫/新潮社)

 サブタイトルに「時のロビンソン・クルーソー」とつけたくなるような、ある一日の中に閉じ込められてしまった女性の淋しくも心暖まる物語。

 一定の時間の中に閉じ込められてしまった少女の話を僕も昔考えたことがある。
 とある中学の理科教室である実験をすると必ず幽霊がでる。幽霊の正体は数年前実験中の事故で命を奪われた少女だった。少女にしてみれば、いつも理科室で同じ実験をしている自分が不思議でたまらない、というもの。
 僕の場合は短編の怪談話、それもアイディアだけだが、北村薫は女性を主人公にした二人称語りによる長編SFファンタジーに仕上げた。(なぜ、お得意の一人称語りではなく、二人称なのかは物語の途中で判明する。)

 ヒロインが交通事故に遭い、意識不明のまま入院、ところが意識の方は誰もいない別の世界に飛んでしまいそこで同じ日を繰り返すことになる。そこに現実世界から電話がまぎれこんでくる。相手はイラストレーターで 現実世界と別世界を結ぶ唯一の男性であった。
 そして自分一人しかいないと思われていた世界に若い男が現われた……。

 前作『スキップ』より女性の心理描写に無理がなく、物語にすんなり入っていけた。
 同じ境遇におちいった若い男性の正体がわかり、彼のストーカー的行為におびえるところに静かなサスペンスを感じ、絶体絶命の状態で男が突然消えてしまう場面ではその理由に恐怖すら覚えた。
 ラストの落ちは予想していたが、今いち状況がわからなかった。


2000/05/25

 「水に眠る」(北村薫/文藝春秋)

 北村薫の文章は澄んだ川のせせらぎのようだ。主語や形容詞、言葉の一つひとつに神経をゆきとどかせた名文で、読むほどに心洗われる思いがする。
 ただ、手のひらですくった水がこぼれ落ちてしまうように、清らかな名文も、ときとして内容が頭に入ってこない場合があって、何度も同じところを読み返すことになる。……のは僕だけだろうか。

 本書はミステリではない。あとがきで述べているように、人と人の《と》に重きを置いて書かれた物語10編を収録した初の短編集だという。
 日常生活の機微を水彩画のように淡く、瞬間油絵のタッチで残酷なまでも激しく描写する。
 表題作「水に眠る」は不思議な話である。SFもしくはファンタジーだろうか。水面の薄い膜をはがすなんて絶対ありえないのに、あたかも当りまえのように描写し、こちらも納得してしまう。
 こうしたSF的手法は他の短編にもうかがわれる。
 頭からかぶるパーソナルエアコン「くらげ」。この画期的な機械は自分を外界から遮断するという機能もあり、全国的に普及する。家でも仕事場でも、自分だけの空間に閉じこもってしまう人々の愚かさを描いた「くらげ」は現在の携帯電話大ブームを予告しているような物語ではないか。
 蚊と蝿を戦わせる薬の発明で、「蚊VS蝿」の競技が野球やフットボールと同じような人気ゲームになってTV放映される「かとりせんこうはなび」。世の中に男性が増えすぎて、女性の一婦二夫制が導入されている世界を描く「矢が三つ」。
 何気ない恋愛を描いた作品も北村薫の得意とするところである。
 大学受験で東京の姉の家に居候する少女が故郷に帰る日、やっと顔を合わせたTVディレクターの義兄に対して、自分が考えている時代劇のプロットという形で初対面のときから抱いていた恋心を投げかける「ものがたり」。義兄の返す言葉が印象深い。
 気のおけない同僚が汚してしまった(たぶん恋人にでもプレゼントされた)植物柄のネクタイを「新品同様にしてくれるクリーニング屋がある」と引き取り、まったく同じものを買って与えるOLの報われない恋心が胸にこたえる「植物採集」。

 本書がでたとき、北村薫はまだ覆面作家だったと思う。「空飛ぶ馬」同様、いやそれ以上に本書からは、男性作家の片鱗をうかがうことができない。


2001/08/16

 「リセット」(北村薫/新潮社)  

 「スキップ」「ターン」に続く〈時と人〉シリーズ3部作の最終作。  
 「スキップ」では17歳の女子高生が25年後の未来に飛ばされ、42歳の主婦になってしまった自分にとまどいながら、前向きに生きる姿を、「ターン」では交通事故によって同じ1日を繰り返す世界に閉じ込められた若い女性の孤独感にさいなまれながらも決して希望を失わない姿を、得意の精緻で清らかな文体で描いていた。  
 シリーズ最終作ではどんな時と人の関わりを語ってくれるのか、興味はつきない。  

 戦中の、裕福な家庭に育った女学生・真澄の一人称で幼少時代の獅子座流星群を見たかすかな記憶から物語の〈第一部〉は始まる。  
 父親の勤めの関係で東京から関西へ移った真澄が父の会社の社長令嬢と知り合いになり、彼女の家に集まる友人・優子、従兄弟・修一との交流が当時の思い出の本や音楽とともに綴られる。太平洋戦争前の幸せな日々、戦争が勃発し日増しに苦しくなる生活、勤労動員の学徒として飛行機工場で送る青春の日々。感銘を受けた本「愛の一家」とお手製のフライ返しを交換しあい、小学生時代に出会ってから思いつづけていた修一と互いの気持ちを確認した直後、修一の働く工場が空襲の直撃を受けたところで、〈第一部〉は終了する。  
 戦前、戦時中の文化、風俗(啄木かるた、中原淳一の少女イラスト、江戸川乱歩のエログロ本)が活写されているので面白く読めるものの、物語がどうゆうものなのか、皆目わからない。  

 〈第二部〉は現在の、40代後半の男性(和彦)が語り手となる。入院中の和彦が子どもたちへ10代の頃の不可思議な体験を伝えようとカセットテープに録音する声という形をとっている。思い出の元になるのが小学生時代に書いた日記。舞台は埼玉。ここでは昭和30年代の少年たちの日常生活が興味深い。昭和34年生まれの僕は、当時の雰囲気をどうにか記憶しているのである。  

 〈第二部〉になって、物語の方向性がよけいに見えなくなる。テーマの〈時と人〉がどのような関係になるのかはもちろん、〈第一部〉と〈第二部〉がどうつながるのかもわからない。それが解明されるのが〈第二部〉の中盤になってから。  
 小学生の和彦は本を無償で貸してくれるやさしいおばさんと知り合う。このおばさんが〈第一部〉の語り手、30代になった真澄なのである。真澄は和彦に何かを見ているようだが、和彦にはわからない。ここらへんで読者はなんとなくふたりの関係が想像できるようになる。  
 中学生になった和彦が真澄の家でホットケーキをごちそうになった時のこと、真澄から渡されたフライ返しによって、突然修一の記憶が蘇った。和彦は修一の生まれ変わりだったのだ。十数年ぶりのふたりの再会。修一の気持ちは一直線だ。しかし年齢差からふたりが結ばれることはない、そう考えて真澄は和彦の前から姿を消してしまう……。

 こういう展開になればもう作者の手の内にはまったようなもの。あとは夢中でページを繰るだけでいい。

 戦争で引き裂かれた若い男女の恋が奇跡の輪廻転生によって成就するというファンタジーを世代の違う男女を語り役に見事に描きだした。前作「ターン」以上に、ラストではさわやかな気持ちになって、少しばかり目頭が熱くなった。  

 北村薫は覆面作家としてデビューした当時から、女性と間違われるほどその(女性の)心理描写に定評があった。真澄の語り部分は慣れたものである。  
 意外だったのは和彦の語り。意外というより待ち望んでいたというべきか。というのはこれまでほとんど女性を主人公にして物語を語っていた北村薫にある時期から男としての心情吐露がないことに不満を持っていたところがあるからだ。  
 たとえば「スキップ」。42歳の主婦になれば亭主がいる。当然夜の夫婦生活が問題になる。たぶん17歳の女子高生は処女だったはずで、夫に求められた時にどんな反応をとるか、そういう問題は彼女にとって避けられないはずなのだ。ところがそこがすっぽり抜けている。作者の書こうとするテーマはもちろんそんなことでないのは百も承知している。とはいえ、夫婦間の避けられない問題をまるで無視してしまう作風に、ある種の偽善性を感じてしまったのも事実だ。同時にもっと男を感じさせてくれる作品を書いてくれないものかと思うようになった。  
 本作では自分と同世代の和彦を設定し、思い出話には子ども時代の体験を投影させて思いのたけを語らせた。そこが新鮮だった。全く乖離した〈第一部〉と〈第二部〉の世界が重なり合い、絡み合いながら、やがてぴったりと結びついていく構成もいい。  
 30数年に一度見られる獅子座流星群や真澄が二度も見逃すことになる東京オリンピック、記憶を蘇らせるフライ返しやリリアン・ハーヴェイの「唯一度だけ」など、小道具の使い方も心憎いほどだ。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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