一応、承前

 ヒラリー・スワンクは「ボーイズ・ドント・クライ」(1999年)と「ミリオンダラー・ベイビー」(2004年)でアカデミー賞(主演女優賞)を受賞している。
 「ボーイズ・ドント・クライ」で性同一性障害の女性(外見は男性)を演じたヒラリーは、最新作「サヨナラの代わりに」でALS患者役に挑んだ。

 今年のアカデミー賞では、「博士と彼女のセオリー」でALS患者のホーキング博士を演じたエディ・レッドメインが主演男優賞を受賞している。最新作「The Danish Girl」では性転換して女性になった画家に扮しているという。

 まあ、単なる偶然だとは思うが、演技派とは何かをこの二つの役柄で語りたくなる。来年のアカデミー賞で二人がノミネートされたら面白い。

     ◇

2000/07/13

 「ボーイズ・ドント・クライ」(渋谷シネマライズ)

 ミスターレディ(ニューハーフ)とともに〈おなべ〉がマスコミに登場して話題になったとき、どこから見ても男にしかみえない彼女たちの容姿に驚くと同時に、男らしさの中に〈女〉を感じて実によこしまな考えを夢想したものだ。
 アダルトビデオの企画の1つで、見るからに男らしい〈おなべ〉を最初はAV女優がインタビューし、徐々にノセて全裸にさせてから、ファックシーンにもっていき、本人にはわからない形でAV男優に交替して最後には女の喜びを感じさせるというもの。
 妖艶な女性よりどちらというと男、というか少年っぽい女性がある瞬間に女らしさを垣間見せた方がエロティシズムを感じてしまうのは僕だけだろうか。

 「ボーイズ・ドント・クライ」に興味を抱いたのは性同一性障害がどうのといった社会的問題に対する関心より、主演女優がどんな男っぷりを見せてくれるか、そこにどんなエロスを感じられるか、という不純な動機からだった。

 数年前、吉本多香美主演の映画「樹の上の草魚」を観た。
 薄井ゆうじの原作は男として育てられた両性具有の青年があるときを境に肉体的にも完全に女性に生れ変わり、変化に対する心の揺れ、幼なじみの友人との微妙な関係(友情から恋愛)を描いた透明感あふれるある種ファンタジーとも呼べる恋愛小説である。
 小説世界にとても感銘を受け、だからこそ映画化には不安を覚えながらも、本物の肉体を持つ女優が男と女をどう演じわけるのか興味津々だった。しかし当時ボーイッシュだった吉本多香美といえども、女性に変身する前の男役には無理があったといえる。全体から醸し出される雰囲気は明らかに女なのだ。

 トランスジェンダー、トランスセクシャルを扱う映画(ドラマ)はそれが実写でシリアスな場合、非常にむずかしい問題をはらんでいると思う。性転換あるいは女装、男装した主人公がまず〈絵として〉納得できる容姿をしていなければならない。

 この手の話はコメディーがお似合いなのかと思っていたら「ボーイズ・ドント・クライ」の主演女優(ヒラリー・スワンク)が本年度のアカデミー主演女優賞を受賞と知り、がぜん興味がわいた次第。

 映画は1993年アメリカのネブラスカで実際に起きた事件を題材にしている。ドラッグづけの若者たちの生態をロックをふんだんに挿入しながら描く手法は「トレインスポッティング」の影響をかなり感じる。

 性同一性障害の主人公が見知らぬ町で〈男として〉あるグループの男女と親しくなる。グループの中の女性と恋仲になるが、彼女が女だとわかるとまわりの連中は手のひらを返したように冷たくなる。中でも彼女を男だと信じていた男たちは裏切られた腹いせに彼女をレイプし、警察に被害届をだしたと知ると怒り狂って射殺してしまうのだ。

 ヒラリー・スワンクはオスカーを受賞しただけあって、ブランドン・ティーナという〈男〉を好演している。顔だけじゃなく身体つきまでそれっぽく見せるなんてさすが。彼女の存在なくしてはこの映画は成り立たなかっただろう。役作りの確かさにおいてもアメリカ映画は懐が深い。

 変な意味ではなく、映画の見所は主人公が怒り狂った男友だちに衣服を脱がされ、正体をばらされるところだ。男物のパンツを剥ぎ取られるとそこにははっきりとヘアだけが映しださる。姿形は男なのにやはり肉体は女であることが一瞬にわかり、そんなことはわかりきっているこちらも劇中の男たち同様衝撃を受けてしまう。ここに例のボカシが入ったら、映画のテーマがそれこそボカされてしまっただろう。

 この後、時間がとんで、レイプされた主人公が警察との取り調べで過去を回想することになるのだが、ここだけ回想形式になるのがわからない。実際の事件に取材しているのだから、時系列でエピソードをつないだ方が自然だと思うのだが。
 だまされた恋人がそれでも主人公を受け入れているというのに、最後に射殺され、部屋を貸していた(それも幼子をかかえた)何の罪のない女友だちまで殺されてしまうラストは何とも後味が悪い。

 観終わって、いろいろ考えさせられた。
 ゲイとかレズと違い、あくまで心は異性として同性を好きになる性同一性障害はやっかいな障害だと思う。精神的な病気はなってみないとその実状がわからないからなかなか一般には理解されない。 もし自分が精神は今のままで性別だけ変わったとしたらどう反応するか考えてみればいい。僕だったら1日や2日、期間限定だったら大いに楽しむが、一生となると気が狂うんじゃないかと思う。
  
 ネブラスカという田舎町でなかったら、こんな惨劇も起きなかっただろう。
 実際、だまされたといえ、あまりに過剰反応する連中の気持ちがわからない。やっていることは何かと反体制的なのに、性に限っては保守的ということか。
 ラスト、一緒に逃避行をはかろうとする主人公に同意する恋人が部屋にもどり、支度している最中、迎えにきた主人公の髪型の変化に、ふと<女>を感じて一瞬躊躇してしまうシーンがある。微妙な女心が垣間見られ印象的なシーンとなっている。

 「ボーズ・ドント・クライ」というタイトルは挿入曲からとったものだとエンディングタイトルでわかった。


2004/06/28

 「ミリオンダラー・ベイビー」(品川プリンスシネマ)

 公開前から評判を呼んでいた映画である。クリント・イーストウッド監督作品。主演も兼ねている。本年度のアカデミー賞主要4部門を受賞。

 ボクシングに未来を託すマギー(ヒラリー・スワンク)が老トレーナー・フランキー(クリント・イーストウッド)の指導を受けようと彼のジムに押しかけてくる。女の、それももう若くないボクサーを育てるつもりはない。フランキーはつれないが、フランキーの長年の友人でジムの雑用係として働くスクラップ(モーガン・フリーマン)の計らいで何とか面倒をみてもらうことになった。

 何よりもボクサーの身体を大事にするフランキーはトレーナーとしては一流だが、マネージャーとしては格が数段落ちる。これまで育てた優秀なボクサーを何人も他のジムに引き抜かれていた。一人チャンピオンを狙えるボクサーに去られたフランキーは、絶対に泣き言を言うな、口答えするなとの条件をだしたうえでマギーのトレーナーを引き受ける。

 これまでの練習の成果とフランキーの指導が功を奏し、マギーはまたたくまに頭角をあらわす。連戦連勝。しかも1Rノックアウトだ。

 ついに100万ドルのファイトマネーを賭けたタイトルマッチに挑戦するときが来た。相手は汚い手を使うドイツ人ビリ……

 この映画も予告編でラストがわかってしまった。「ミステリック・リバー」同様、いやそれ以上に後味が悪くなるような気がしたが、主演のヒラリー・スワンク見たさに劇場に足を運んだようなものだ。「ボーイズ・ドント・クライ」で注目して以来、何度も逃してきた彼女主演の映画をこの目で観ることができた。

 確かに予想したとおりの展開だった。予想した以上の悲惨な現実。
 集中治療室で喉に人工呼吸器を取り付けられたマギーの姿に二十数年前の母親を思い出して落ち着かなくなった。床づれの問題も目をふさぎたくなる。映画ではわざと避けていたのかもしれないが本当の床づれ(尾てい骨の部分)の酷さなんて正視に堪えない。
 床づれの影響で足を切断しなければならなくなって、しまいに尊厳死を望むマギー。父とびっこの愛犬との思い出話が切ない。後半は陰々滅々な展開が続く。

 ところが、驚いたことにラストで清らかな気持ちにさせられた。自分でも信じられなかったのだが後味はけっして悪くない。
 タイトルマッチでテキサスに旅立つ際、フランキーが交通手段をマギーに問う。「行きは飛行機、帰りは乗用車」 マギーは答え、フランキーは訝しがる。事故で身体を固定された状態で寝たままクルマで運ばれるマギーの言葉「……帰りは乗用車」。こうしたユーモア感覚に救われた。

 陰影を強調した映像、クリント・イーストウッド自身が担当した清楚な音楽が印象的。モーガン・フリーマンのナレーションがラストで効いている。

 こういう映画なら涙が自然と流れてくる。それは悲しいとかかわいそうだからという理由からではない。やはり底辺に希望が流れているからだ。希望ととるかどうか、判断が分かれるところだろうが。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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