北の湖急死のネットニュースに声をあげた。前日、緊急入院したとあったけれどまさか翌日に亡くなってしまうなんて。

 アンチ北の湖だった。熱狂的な貴ノ花(初代)ファンだったから全盛時代の北の湖は敵役だった。ほんと強くて憎らしくて、だからこそ貴ノ花の2度の優勝は溜飲をさげたものだった。2度とも優勝決定戦で北の湖を破っての優勝だったから。部屋の中で踊りまくった。
 北の湖が引退して、本場所(大相撲ダイジェスト)を観るのにいまいち気がノラない。ああ、俺はアンチ北の湖ファンだったんだ、と気がついた。そうファンだったのだ。
 62歳……
 合掌

 阿藤快(当時は海)を最初に観たのは「傷だらけの天使」かもしれない。関根恵子がゲストだった回。関根恵子をヒモにした初心者の享(水谷豊に)にヒモの心得を説く先輩役だ。
 日本テレビ火曜日21時から放映されていた「大都会」シリーズ等の一連のTV映画によく悪役として出演していたように思う。リアルタイムでわかっていたのか、再放送で確認したのか、よく覚えていないが。
「ショーケン」(萩原健一/講談社)で知ったのだが、「影武者」の撮影時に大けがしている。
 なぜ海から快に改名したのかわかった。
 映像界はまた素敵な俳優を失った。




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新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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