承前

2002/11/06

 「木曜組曲」(シネ・ラ・セット)  

 この秋邦画が調子いい。  
 このところ邦画ばかり観ているが、どれも佳作ぞろいだ。これで映画自体もヒットしているならバンバンザイなのだけれど。  

 「木曜組曲」は恩田陸のミステリが原作である。恥ずかしい話、つい最近まで恩田陸は男性作家だとばかり思っていた。確かに陸をりくと表記すれば女性になりますなあ(大石内蔵助の奥さんはりくだった)。 
 子ども(男の子)に陸と名付けた友人がいたものだからとんだ勘違いをしていた。ちなみにこの友人、次の女の子には海と名付け、もうすぐ三人めが生まれるという。「女の子だったら空にする」と宣言している。おお、陸海空! さすが元自衛隊員。……冗談です。男の子の名が陸というのだけ本当だけど。  

 恩田陸についてはNHKでドラマ化された「六番目の佐夜子」(未見)の作者ということぐらいしか知らない。ミステリ作家としての認識もなかった。  
 「木曜組曲」を観たのは、主演の一人が原田美枝子だったから。「OUT」と同時期に公開されたこの映画ではどんな演技を見せてくれるのか興味があった。  
 またストーリー自体がタイトルからは想像できない、本格推理の様相を示していたことも要因だ。限定された空間における5人(6人か?)の女優陣の競演。舞台劇のような謎解きドラマで、こういう設定は日本映画には珍しい。というか、こういう設定を日本でやると嘘っぽい世界になりがちだ、そこを新進気鋭の篠原哲雄監督がどう料理して映像化するのかも気になった。  

 その流麗な文体による耽美な世界で人気を誇った女流作家(作品世界のイメージは三島由紀夫だろうか。演じるのは浅丘ルリ子)が謎の服毒自殺を図って4年。彼女と何らかの血縁関係があり、自らも文筆業を生業とする4人の女性たち(原田美枝子、富田靖子、西田尚美、鈴木京香)はその現場に居合わせたことから、毎年命日になると作家の執筆活動の拠点になっていた鎌倉の邸宅に集まり偲ぶ会を開いていた。出迎えるのは長く身の回りの世話をしていた編集者(加藤登紀子)。  
 今度の偲ぶ会に豪華な花束が届けられた。「皆様の罪を忘れないために、死者のための花を捧げます」のメッセージが添えられて。差出人は作家が最後に書いた小説のヒロインの名。もちろん誰だかわからない。身元不明だ。作家は本当に自殺だったのか? 花束の差出人はまるで5人が殺したと断言しているようだ。他殺なのか? この中に犯人がいるのだろうか。編集者の手料理に舌鼓を打ち、たっぷり用意されたお酒に酔いながら、5人は各々の推理を展開させていく。  

 ほとんどカメラは作家の邸宅を出ることはなく、6人の女性たちの会話だけで物語は進行していく。これがまったく飽きない。それどころか徐々に明らかになっていく新事実に驚愕しながら、次の展開が気になってしかたない。  
 食卓に並べられる料理の数々に腹の虫がわめき、カップに注がれるワインに喉が鳴る。  
 ロケセット、美術、小道具が一体となり、それにクラシカルな音楽(村山連哉)が加わることでリアルで優雅な空間を醸し出した。  
 6人の女優陣の中にあって、歌手の加藤登紀子が光った。いかにもいそうな女編集者だし、アングルによって、実に怖い表情を見せるのだ。怖いといえば富田靖子もそう。不意にこちらの背筋を寒くさせる。  
 原田美枝子と西田尚美は奇しくも「OUT」でも共演している。西田が両作品で(悪い意味ではなく)同じイメージなのに対して、原田が全然違うのに驚いた。  
 「木曜組曲」の彼女は〈おばさん〉だった。パーマヘア、たぶんブランドものなのだろうが、どこかダサさを感じるファッション。ラストのコート姿でその思いは一気に高まった。これって役作りの結果なのだろう。そう信じたい。  
 ファッションといえば鈴木京香のパンツルックが素敵だった。(ちなみに彼女だけは作家と血の繋がりはない。義理の関係。)  

 ラストで明かされる真相は実は映画のオリジナルだとか(脚本:大森寿美男)。ということはその前の解決が小説のオチなのか。この変更は悪くない。


 【追記】
 エンディングロールにマルCマークで2001……(以下忘れました)とあった。ということは、この作品は2001年に製作されたということになる。完成されてから公開までに1年かかったのはなぜだろう。これが僕の、映画「木曜組曲」一番の謎でした。


2003/01/29

 「Jam Films」(IMAGICA DLP試写)  

 オムニバス映画と呼ばれるものがある。オムニバスとはもともと〈乗り合いバス〉という意味。同じテーマで複数の監督が競作した作品を並べたものをオムニバス映画という。  
 「Jam Films」も一部のメディアでオムニバス映画と紹介されているが、これは間違い。日本映画の俊英監督7人の短編を集めただけで、各作品ともテーマもジャンルも違うのだ。製作元は〈コンピレーション・ムービー〉と名づけている。  

 要は個性派監督が紡ぎ出すそれぞれ14、5分ほどの世界を堪能すればいい。7本まとめてああだこうだと言ってもはじまらない。  
 もう何年前になるのか忘れてしまったが、TVをリタイアしていた萩本欽一が短編映画製作に乗り出したことがあった。若手に企画を募って、これはというものを映画化、完成作品を日比谷のシャンテシネで公開した。その公開方法がユニークだった。短編1本300円(400円だったか?)の料金で、客は何本観たかの自己申告で料金を払うシステム。  

 長編映画だと資金の面ですぐにGOできない場合があるが、短編だとそれができる。才能の発掘に貢献できればというのが当時欽ちゃんの言葉だった。好評なら第2弾を言っていたが、その後何もなかったから興行的にうまくいかなかったのだろう。
 話は脱線するが、この時のマスコミの欽ちゃんに対する持ち上げ方がものすごかった。その数年前、ビートたけし、タモリ、明石家さんまの台頭で、影の薄くなった欽ちゃんへのバッシングが吹き荒れた。その元凶のマスコミがコロっと態度を変えて欽ちゃんを応援しているんだもの。何なんだこれ、って思った。  

 この上映システムを「Jam Films」が踏襲してもよかった気がする。1本づつにスタッフキャストのタイトルがついていて、完全に独立しているのだから。いや全部観るとすると高くつくか。  

 実はこの映画、僕が勤める会社が製作している(共同制作はアミューズ)。年末から単館ロードショーが始まり、何と入場者数の新記録を樹立したとか。  
 担当部署の知り合いの方から前売券をもらい、そろそろ劇場に行こうかと考えていたところ、関係者用のDLP試写があるとの案内を受けた。映像も音響もベストの環境。これは行くっきゃない。  

 オープニングはCG(原田大三郎)。これがとてつもなく美しい。DLP効果だろうか。  
 プロデューサーとして見慣れた方の名前が続いた後本編に入る。

 トップバッターは北村龍平監督の「the messenger-弔いは夜の果てで」。  
 衣装や美術に凝っていてカメラワークには注目したが、このアイディアは短編向きではない。ちょっと無理がある。最初ブラックジャックの扮装をしたモックンが出演している! とびっくりしたら別人でした。早くビデオで「VERSUS」を確認しなければ。

 続く篠原哲雄監督の「けん玉」は若夫婦(恋人同士?)に扮する山崎まさよしと篠原涼子が好演。特にすねた篠原涼子がかわいい。笑えた。

 飯田穣治監督「コールドスリープ」は短編映画の王道ともいうべきSFコメディ。昔ながらの木造校舎の雰囲気に心が和む。

 望月六郎監督「Pandora - Hong Kong Leg」は「the messenger」同様の重厚な映像。全編これ吉本多香美のエロティシズムに包まれているのだが、これって「皆月」ファンに対するセルフパロディではないか。笑いをこらえるのに苦労した。

 堤幸彦監督「HIJIKI」のナンセンスが秀逸。ずっと大笑いだった。いつもの堤流スタイリッシュなカメラワークは影をひそめ、役者たちの怪演を全面に押し出す。ひじきについてのうんちくが勉強になった。そうか、ひじきにはビタミンCがないのですか。

 行定勲監督「JUSTICE」のバカバカしさもイケる。主演が妻夫木聡、クラスメート役が新井浩文、もう一人先生に隠れてエッチなパラパラマンガを描いていたクラスメートがたぶん「ウォーターボーイズ」の踊りが上手なメンバーだった生徒だろう。「ウォーターボーイズ」と「GO」のコラボレーションといった感じだ。高校生活を活き活き描ける行定監督には「青の炎」は撮ってほしかった。

 ラストを飾るのは岩井俊二監督の「ARITA」。岩井監督の映像に初めて触れる。広末涼子の一人語りが心地よい。内容がどうのというより、「ARITA」について考察する少女時代の気持ちが実によくわかった。子どもの絵に娘の小さかった頃を思い出す。なぜ子どもってああいう絵を描くのだろう。

 映像美を楽しむ「the messenger-弔いは夜の果てで」、「Pandora - Hong Kong Leg」、大笑いできる「HIJIKI」、「JUSTICE」、ほのぼのできる「けん玉」、手堅くまとめた「コールドスリープ」「ARITA」といったところか。  
 僕のお薦めは「HIJIKI」、「JUSTICE」、「けん玉」。

 それにしても試写に集まった皆さんってこれまで何度も観ているのでしょうね。だって映画観て笑っているのって僕一人なんだから(もう一人いたかな)、ちょっとこれはつらかった。もっとバカ笑いしたいところもあったのだが、場違いって感じでかなり笑いを押さえている自分がいた。

 エンディングロールがすべて横文字というのも何のためなのか。もちろん各編のおしまいにオリジナルのスタッフ・キャストタイトルがついているけれど、落ち着いて確認できるのは映画が全部終わってからなのだ。


2003/12/01

 「昭和歌謡大全集」(川崎チネチッタ)  

 タイトルからだと内容がよくわからないが、ある若者集団と中年女性グループの抗争、やったらやりかえす復讐劇を描いている。全編昭和の懐かしき歌謡曲に彩られていることもあり、興味がわいた。  
 僕にとって初めて観る村上龍原作の映画でもある。  
 しかしこれほどぶっ飛んだ内容だとは!  
 「太陽を盗んだ男」のラストで暗示にとどめておいた東京での原爆爆発を本当にやってしまうのだから恐れ入る。  

 はっきりいってストーリーは荒唐無稽、ムチャクチャである。  
 懐かしの歌謡曲をコスプレして歌うカラオケパーティーを定期的に開いている若者集団(松田龍平、池内博之、斉藤陽一郎、近藤公園、村田充、安藤正信)。メンバーの一人、神経過敏な安藤正信がある日、ささいなことから携帯用のナイフで中年女性(内田春菊)を発作的に刺し殺してしまう。
内田春菊は、雑誌の取材で知り合ったグループ(全員が同じみどりという名からみどり会なる名称をもつ)の一員だった。別れた亭主、子どもの葬儀における対応から彼女の死を不憫に思った仲間たち(樋口可南子、細川ふみえ、鈴木砂羽、岸本加代子、森尾由実)は独力で犯人探しを始め、安藤をつきとめ、鈴木砂羽がナイフで殺してしまう。  
 哀しみにくれる若者たちは北関東の某所で金物屋を営むオヤジ(原田芳雄)からトカレフを入手、鈴木を撃ち殺す。復讐を誓う女性軍団は元自衛隊(古田新太)から入手した無反動砲をカラオケパーティーに興じる若者たちに向けて発射! 斉藤、近藤、村田が木っ端微塵になった。池内も死に一人残った松田は原田の元を訪ね小型の原爆と呼ばれるある爆弾を手に入れた……  

 よーく考えれば、いやいや考えなくてもすべては安藤正信がいけないのである。欲情して後をつけ、文句つけられたからと無抵抗な女性を殺す行為は何の弁明もできない。女性軍団の餌食になってもしかたないといえなくもない。本来なら安藤が殺され、なぜ殺されたのか、その真相がわかればそこでおしまいになるはずなのだ。
ところが若者たちは復讐にでた。若者たちには若者の、おばさんたちにはおばさんの論理、大義が存在し、そのために彼ら、彼女たちは行動するのである。復讐が復讐を呼ぶ。それも徐々に武器が大げさになっていく。

 オウムの事件以降、信じられない事件が多発している日本の今を浮き彫りにする苦味の効いた〈黒い寓話〉といえようか。  
 冒頭のピンキー&キラーズの「恋の季節」。松田龍平のピンキーコスプレはかなりの妖艶度。しかしその後の歌謡曲は選曲がいまひとつだった。もちろんストーリーにリンクした曲(「チャンチキおけさ」はよかった)、原作同様のものからもしれないが、こういう場合、「思い出のメロディー」みたいな聴いていてある種感慨を思い起こさせるものでないと、「昭和歌謡大全集」のタイトルが泣くというものである。まあ、これも個人的な趣味の問題か。
 
 金物屋があるところは、北関東の某所。利根川があって、川の向うは群馬県。バスの看板に〈妻沼〉とあった。郷里の家の近くである。変に親近感がわいた。ホント、自転車ですぐに行けるところだ。実際のロケはまったく別のところなのだろうが。
 
 監督の篠原哲雄は「木曜組曲」を撮った人。脚本も同じ大森寿美男だ。前作とまったくジャンルが違う映画だが、食事のシーンに「木曜組曲」と同じテイストをみることができる。優雅で料理がとてもおいしそう。特におばさんたちが集って無駄話に夢中になるところ。    
 事件が一段落したある昼下がり。自宅で一人ソファーに寝そべる樋口可南子がオナニーを始めるのだが、これが実に嘘っぽい。こんな中途半端な演出、演技なら最初からない方がいい。  
 5人の女優陣の中で岸本加代子のおばさんぶりが達者。鈴木砂羽の女心が哀しい。市川美和子不気味。原田芳雄に圧倒された。


2008/06/15

 「山桜」(テアトルタイムズスクエア)

 観終わって〈静謐〉という言葉が浮かんだ。
 余計なものはすべて排した体裁。アバンタイトルはなく、いきなりメインタイトルが表示されて本題に入る。東北庄内の小藩の下級武士家族の佇まいや四季の移り変わりを丹念に描きながら、淡々と進行し、台詞も必要最低限。クライマックスでもことさら過剰な盛り上げがない。少なくとも(観客を泣かせるための)あざとさは感じられない。ラストで涙が一粒流れるか否かの余韻が逆に新鮮だ。
 
 主人公は、海坂藩下級武士の娘、野江(田中麗奈)。最初の伴侶に急死され、再び嫁いだ先は、金にがめつく人情のかけらもない家。出戻りをもらってやったと恩にきせる夫は、上役に媚びへつらい、そのおこぼれに預かる小心者で、弱者に容赦のない舅と一緒に小金儲けに精をだす。姑は嫁を女中としか見ておらず、何かというと辛くあたる。不本意な毎日だが、妹や弟の将来を考えれば実家に戻ることなどできない。

 そんな境遇の野江が、弥一郎という侍(東山紀之)に声をかけられたことから映画は始まる。山桜が満開の、ある春の日だった。
 弥一郎は剣の達人として誉れ高い。かつて縁談を申し込まれたこともあった。なぜ断ってしまったのか。剣の達人を夫にしたら心休まる日がないと思ったからと今は納得しているが、本当のところ、母一人子一人を嫌った両親が判断した結果なのだろう。弥一郎とこれからどうなるというわけではないが、優しさにあふれた言葉が、勇気を与えてくれたのは確か。

 その弥一郎が藩の重臣(村井国夫)を斬ったと聞いて驚愕した。斬られた重臣にはよからぬ噂があった。飢饉が続き、年貢の取立てに困窮する農民が増えているというのに、一部の豪農と結託し、私腹を肥やしているのだと。
 夫は弥一郎の行動を侮蔑した。殺されたのが取り入っていた上役だったからだ。批判した態度をとると即座に離縁された。もう結婚はこりごりだ。亡き叔母同様これからは一人で生きていく。

 牢に入った弥一郎の沙汰はなかなか決まらない。城中での刃傷は切腹なのだが、同情論もあって時だけが過ぎていく。弥一郎の身を心配する野江は祈るしかなかった。が、意を決して弥一郎の家を訪ねた。出迎えた母親(富司純子)の笑顔は暖かい。
 江戸から藩主が帰国した。すぐに沙汰も下されるだろう。

 東山紀之の台詞がほとんどないことに驚いた。
 冒頭、山桜の咲いた枝を切ろうとした野江が手をのばすが届かない。そこにやってきたのが弥一郎。
「(私が)手折ってしんぜよう」
「今は幸せでござろうな」
「さようか。案じておったが、それはなにより」
 野江と交わす台詞はこれしかない。
 田中麗奈との共演というより、ゲスト出演という感じだ。弥一郎は映画の中ではイメージ的存在なのである。
 重臣を斬るときも無言。取り巻きをミネ打ちして、あっというまに斬り伏る殺陣が見事だった。しょうゆ顔(アイドル時代、さんざ言われていた)だから、まげ姿は似合うと思っていたが、この殺陣に魅了された。

 山田洋次監督の「たそがれ清兵衛」で藤沢周平の世界を知った。この映画と第2弾「隠し剣 鬼の爪」の登場人物は庄内弁をしゃべっていたので、黒土三男監督「蝉しぐれ」に少々違和感を覚えた。標準語による芝居だったからだ。原作を読んでみたら、驚いたことに会話は皆標準語だった。つまり藤沢周平の小説では方言を使っていないのだ(「たそがれ清兵衛」鑑賞後に原作に使われた短編を読んでいるのに、どうして気がつかなかったのか!)。
 というわけで、この「山桜」も標準語である。
 
 時代劇に風情が必要なことを教えてくれる映画である。汚れた足袋だとか、質素な夕餉だとか、あるいは花瓶に生けた山桜の形とか、ほんとなにげない描写なのだ。

 2009年12月に観た「つむじ風食堂の夜」の感想はこちら

 2011年5月にDVDで「深呼吸の必要」を観た。ブログにこんなことを書いた。
     ▽
12日(木)は夜DVD「深呼吸の必要」を鑑賞。篠原哲雄監督はディティール描写の人だ。さとうきび畑の収穫の始まりから終わりまでを、収穫の仕方を含めてきちんと見せてくれる。撮影に合わせてあの広大な畑を収穫したのか。ロケーション撮影が素晴らしい。主人公の若者たちのキャラクターやストーリーがいかにも作ったという感じ。個人的には「草の上の仕事」が断然いい。
     △




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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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