45年前の今日、三島由紀夫が自身の組織する「楯の会」のメンバーとともに市ヶ谷の自衛隊駐屯地を訪れ事件を起こした。面会した総監を総監室に監禁、立て籠もったのだ。約1,000人の自衛官を庭に集合させると、バルコニーで10分ほどの演説を行った。
 お前ら立ち上がれ、自衛隊は決起せよ!
 憲法改正を促す内容だった。
 しかし、聴衆はこの演説を受け入れることはなかった。
 演説を終えた三島由紀夫は総監室に戻って割腹自殺した。

 小学5年生だった。学校から帰るとTVがこの三島事件で大騒ぎしていた。そんなニュースに母が怒った。
「みんな、三島由紀夫を犯罪者としてしか取り扱わない、小説家の側面なんて全然触れないんだから」
 僕はこの事件で三島由紀夫という小説家の名前を知った。

 初めて三島由紀夫の小説を読んだのは高校生のとき。三島美学にハマったのは大学時代だ。
 そこらへんのことは映画「春の雪」のレビューで書いている。

 今はもう装幀が変わってしまったが、昔の、新潮文庫の三島由紀夫シリーズの表紙って、市川崑監督の金田一シリーズ(「犬神家の一族」「悪魔の手毬唄」「獄門島」「女王蜂」)のクレジットタイトルに影響を与えているような気がするのだが。

     ◇

2005/12/01

 「春の雪」(品川プリンスシネマ)

 映画の日。やっと「春の雪」を観る。
 行定勲監督が三島由紀夫の世界をどのように撮るか、それしか興味がなかった。だいたい妻夫木聡&竹内結子の主演、宇多田ヒカルの主題歌なんて、どう考えてもこの世界にマッチしないのだから。

 大学時代に三島由紀夫にハマった。新潮文庫の小説はほぼ読破したと思う。修飾語で彩られた饒舌で華麗な文体、三島美学に酔いしれた。実際他の小説が読めなくなってしまったほどだ。

 初めて読んだのは高校時代だ。「午後の曳航」が海外で映画化されて興味を持った。続いて浪人時代に友人に借りた「美しい星」。UFOや宇宙人が登場するにもかかわらずSFではない小説に瞠目した。

 代表作の一つ「金閣寺」に圧倒された。逆に「仮面の告白」はなんていうこともなかった。
 夢中になったのは「鏡子の家」だ。
 小学生の頃、三島由紀夫といったら「潮騒」とうイメージがあった。読んでみると異端であることがわかった。ちっとも三島由紀夫らしくない。
 
 「宴のあと」「美徳のよろめき」「永すぎた春」……いろいろ読み漁った最後に「豊饒の海」が待っていた。
 ある男の輪廻転生を描くこの物語は、三島由紀夫自らライフワークだと語っていたように、三島美学の総決算だった。

 第一部「春の雪」 第二部「奔馬」 第三部「暁の寺」 第四部「天人五衰」
 「春の雪」のラストで死んでしまう主人公がそれぞれの時代で転生していく姿を年齢を重ねた友人が目撃していく。
 起承転結とはこのことをいうのだろう。〈転〉にあたる「暁の寺」なんてまさに怒涛の展開でページをめくる指が震えたものだ。そして「天人五衰」のあっけない幕切れ……

 20年以上前に読んだ「豊饒の海」について、実は読後感だけしか憶えていない。肝心のストーリーははるか忘却の彼方である。いつものことだけれど。
 当時の日記をあたってみると、たいしたことは書かれていない。

     ▽
 1980年 4月15日
 「春の雪(豊饒の海 第一巻)」を読み終える。続けて〈第二巻〉を買おうとしたが、生協(注:大学内にある書店)に売っていないので、柴田翔「されどわれらが日々―」を買う。
 ちなみに〈豊饒〉とは「富んでゆたかなこと」だそうです。

 6月5日
 「奔馬(豊饒の海 第二巻)」を読み終える。
 途中面白くなくて読まない時が続いたが後半になって主人公がクーデターを起こそうとしてつかまり行動を阻止されるが、最後に成し遂げ、自刃するまで夢中になって読んだ。
 後になって作者・三島由紀夫が起こした事件とイメージがタブるからだろう。

 8月1日
 「暁の寺(豊饒の海 第三巻)」を読み終えた。三巻に通じていえることはストーリーにおけるボルテージの波(?)だろう。ラストに向かってボルテージは一気に高まり、主人公のあっけない死で突然終わる。そこんとこの楽しみだけに自分はこの長編小説を読んでいる。三島由紀夫が知ったら、さぞかし残念がるだろうが仕方ない。
 それにしても三島由紀夫の装飾技術というか何ていうか、文章にしてもストーリー展開にしても素晴らしいと思う。

 10月6日
 「天人五衰(豊饒の海 第四巻)」を読み終える。やっと「豊饒の海」を全巻を読破した。

     △

 過去の日記を読む限り、本当に「豊饒の海」全4巻に対して深い感銘を受けたのかはなはだ心もとない。しかし、わずかに述べられている感想は、映画「春の雪」のそれと見事に合致するのである。
 前半は退屈きまわりない(こちらの体調が悪かったこともある)。ところがある瞬間から一気にのめりこみラストを迎える。
 映画は、少なくとも私にとってそんな構成だった。

 大正時代の貴族社会を舞台に、侯爵家の嫡男と伯爵家の令嬢の悲恋を描くラブストーリー。
 幼なじみのふたりが成長して、聡子(竹内結子)は清顕(妻夫木聡)に想いを寄せるが、なぜか男の態度は冷たい。友人の本多(高岡蒼佑)が聡子に気があるとわかると、キューピット役を買ってでようとするほど。
 聡子と宮家の王子(及川光博)との縁談が進められていく。聡子は清顕の気持ちを確かめようと何度も手紙をしたためるものの、一度も読まれることなかった。
 聡子と宮家王子の婚礼が発表された。すると心変わりした清顕が聡子に言い寄るのだ。こうしてふたりは伯爵家の侍女(大楠道代)の手引きで禁断の密会へ。やがて聡子は妊娠。事態を知った互いの両親がとった処置、聡子が下した判断とは。

 スクリーンに登場する妻夫木聡も竹内結子もそれほどミスキャストという感じはしなかった。
 妻夫木聡を評して外見のさわやかさとは裏腹に邪悪な心を持っていると断定する友人がいる。清顕はそんな彼の二面性(があるとして)が活かされたキャラクターである。
 密会につながる清顕の陰謀。それは聡子にもらった手紙を公にしたらどうなるかという脅迫(実は受け取ったとたん燃やしてしまって一つも残っていない)なのだが、この時の竹内結子の表情が見もの。一瞬浮かべる喜悦。これがいい。ある意味この映画一番の見せ場かもしれない。

 清顕が友人に語る話〈父親の命で部屋にやってきた女中と初体験をすます〉が再現されるのはどんなものか。
 この話はデタラメなのだが、映画のルールとしてその手の回想シーンはご法度だということを「ユージュアル・サスペクツ」の批評で知った。この映画も嘘の回想シーンがある。

 行定監督は執拗に移動カメラで物語を紡いでいく(撮影:李屏賓)。奥行きのある美しい映像が素晴らしい。ただ、この監督の真骨頂は軽妙なカッティングにあると思うのだ。

 随所にそれと感じさせないCGを挿入しながら、大正という時代を再現していた。セットや衣装も凝っていて貴族の生活描写も違和感ない(清顕のシルクのパジャマなんてとても高価に見えた)。
 ラスト(蝶の舞)のイメージは少々貧困だったけれど(一作で完結だから仕方ないか)、実に堂々とした映画だ。
 噴飯モノと思っていた宇多田ヒカルの主題歌が逆にきちんと映画をしめくくってくれた。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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