2006/10/23

 「決壊」(小林信彦/講談社学芸文庫)

 講談社文芸文庫の10月の新刊に小林信彦「決壊」がラインナップされているのを知り、あわてて書店に飛び込んだ。
 今、読んでいる「新リア王」(髙村薫/新潮社)の後にと思っていたにもかかわらず、通勤時の電車内でついついページを開き、ちょっとのつもりで読み始めたら結局読了してしまった。

 「袋小路の休日」、「丘の一族」に続く純文学シリーズ第3弾。
 次があるとしたら連作「ビートルズの優しい夜」だと思ったいたのだが、連作短編「ビートルズの優しい夜」、「金魚鉢の囚人」、「踊る男」、「ラスト・ワルツ」が解体され、4篇のうち「金魚鉢の囚人」と「ビートルズの優しい夜」の2編に「決壊」、「息をひそめて」、「パーティー」の3編を加えた短編集となっている。
 「オヨヨ大統領」シリーズ、「唐獅子」シリーズといったギャグ満載のエンタテインメントとは正反対の、苦味の効いた私小説(風)群。これもまさしく小林信彦の世界なのだ。

 「パーティー」を読んだのは「小林信彦の仕事」(弓立社)だった。小説集ではない著作にぽつんと収録された小説に不思議な味わいがあった。
 主人公は売れない40代の映画監督。苦節×年、自費で撮った映画が新人賞候補になるのだが、新しく加わった審査員に「彼はCMをたくさん撮っているので新人ではない」と指摘され、受賞を逃してしまう。新人賞を受賞しなければ二度と劇映画は撮れないという状況下、哀れ、彼は負組(いやな言葉だ、もちろんこの時代にこんな言葉はないけれど)として居心地悪そうに業界のパーティーに出席する。

 初読のとき、新人賞落選のくだりにひっかかった。もしかすると、これは作者自身の経験が元になっているのではないだろうか、と。
 小林信彦はこれまで賞とは無縁の作家である。少なくとも僕は「日本の喜劇人」の芸術選奨新人賞、「小林信彦のコラム」のキネマ旬報賞以外知らない。
 1970年代何度も芥川賞と直木賞の候補になったにもかかわらず、結局受賞することはなかった。ひっかかったのはここなのだ。  
 案の定、選考会である審査員から「彼は新人ではない」旨の発言があったらしい。確かこの発言をしたのは有名な作家ではなかったか。かなりショックを受けた。僕でさえそうなのだから、本人の衝撃はいかばかりだったか。

 だからこそ、今年「うらなり」で菊池寛賞を受賞したのは喜ばしい。新聞記事で知ったときは快哉を叫んだ。


2006/12/18

 「映画が目にしみる」(小林信彦/文藝春秋)

 出会いは「キネマ旬報」だった。1977年から「小林信彦のコラム」の連載がはじまったのだ。その前には「話の特集」で同じタイトルによる連載があったらしいのだが、詳しくは知らない。
 たった1ページの連載が気になって仕方がなかった。映画や演劇、書籍について、平易に、そして的確に論じる。面白いことこの上ない。いろいろなことを学んだ。
 あっというまにファンになった。いや、当初は反発する箇所もあった。反発しながら、読まなければ気がすまない。そんな感じ。

 もともと〈小林信彦〉という小説家の名は知っていた。オヨヨ大統領シリーズというユーモア小説を書く作家として。中学生時代のことだ。
 ただ興味がなかった。NHK少年ドラマシリーズの1作として放送されたドラマ「怪人オヨヨ」がちっとも面白くなかったのだ。「タイムトラベラー」の脚本を書いた石山透だったのに。たぶんこれで原作を読む気もおきなかったのだと思う。

 大学時代に「キネマ旬報」連載の101本のコラムがまとまって1冊になる。これが「地獄の観光船」(集英社)。過去の書評を集めた「地獄の読書録」、60年代の映画評を網羅した「地獄の映画館」も出て、小林信彦への傾斜は加速した。その前だったか、評判の高い「定本・日本の喜劇人」も手に入れた。中原弓彦名義の本である。

 「小林信彦のコラム」第二弾は筑摩書房から「コラムは笑う」として上梓された。和田誠イラストの装丁が洒落ていて、第一弾とはまるで印象が違った。「地獄の観光船」は、「コラムは踊る」と改題されてちくま文庫となった(その前に一度集英社文庫になっているのだが、見かけたことがなかった。)。「地獄の映画館」も、より多くのコラムが追加、シャッフルされて「コラムは歌う」に。筑摩書房はこのとき小林信彦本の出版にとても力を入れていた。
 「コラムは踊る」と「コラムは歌う」は繰り返し読んでいる。影響力ははかりしれない。

 シリーズの新刊「コラムにご用心」を見つけたときは驚いた。中日新聞にエンタテインメント系コラムを連載しているなんて知らなかったのだ。「踊る」「笑う」に比べて、少々コクがなくなったが(本人も専門誌と一般紙の違いと説明している)、相変わらずの面白さ。勉強にもなる。連載が続く限りコラムシリーズが刊行されることに小躍りしたくなった。
 次の「コラムの冒険」を書店で手に取ったときも驚いた。版元が筑摩から新潮社になっていたのである。とはいえ和田誠のイラストも装丁もまったく変わらず。
 担当編集者が筑摩から新潮社に移ったのだろう。その後筑摩から小林本が出なくなったこともあり、そう勝手に判断していた。
 以後「コラムは誘う」「コラムの逆襲」と続き、その間、既刊の単行本が文庫となる。もちろん両方購入だ。

 そろそろ次の新刊が出るとの噂が聞こえてきた先週のこと。
 八重洲ブックセンターで「映画が目にしみる」(小林信彦/文藝春秋)を見つけた。歓喜しながら、不安な気持ちになって初出をチェックした。やはりそうだった。中日新聞のコラムをまとめたものなのだ。判型も装丁もまるっきり変わっている。本文は単行本では珍しい3段組。各コラムには取り上げた映画のカットやDVDの写真が挿入され、ガイドブック的な趣きを感じさせる。おまけに〈まえがき〉も〈あとがき〉もないのである。   
 いったいこれはどういうことだろうか?

 小林信彦の本は、文庫化の際に改題される場合がままある。
 喜劇的想像力を要する実験的小説が網羅された「発語訓練」が「素晴らしい日本野球」になったのはよくわかる。雑誌に発表されるや話題を呼んだW・C・フラナガンものの一編が表題になった方が注目されるに違いない。
 しかし自ら最初で最後の青春小説と語った「世間知らず」が、まるで安手のポップスみたいな「背中合わせのハートブレーク」になったのはいかがなものか。「世間知らず」が死語だからとその理由を説明しているのだが、読者に媚びすぎじゃないかと思うのだ。

 2年前、知恵の森文庫(光文社)の新刊に小林信彦の著作で「面白い小説を見つけるために」とあった。まさかと思って、書店で確認するとやはり「小説世界のロビンソン」の改題による復刊。ショックだった。「小説世界のロビンソン」は単なるガイドブックではない。小林信彦の体験的〈小説の読み方〉論とでもいうべきもので、だからこそ「小説世界のロビンソン」の書名に意味あるのだ。実際友人からガイドブックみたいな本出したんだって、と訊かれてがっかりきたと書いていたのである。
 絶版となっていた文庫を復刊してくれたのはありがたい(といっても単行本も、文庫も持っている)し、改題することで新しい読者を獲得できるのならいいのだが。

 知恵の森文庫ではもう1冊「東京散歩 昭和幻想」が出た。これは新潮文庫の「日本人は笑わない」改題。こちらはいかにも小林信彦らしい。
 「2001年映画の旅」(文藝春秋)は文春文庫になって「ぼくが選んだ洋画・邦画ベスト200」。これも時代の流れを考えればしかたないか。

 筑摩書房から新潮社に版元が変わっても、装丁はそのままだった「コラム」シリーズが、文藝春秋になったとたんほとんどまったくというほどに様変わりしたのにはどんな理由があるのだろうか?
 
 今回の版元変更は「うらなり」(文藝春秋)で菊池寛賞を受賞したことと関係あるのではないかと思っている。あくまでもイレギュラーの措置。これまでのファン以外、若い世代にもアピールさせるため、ガイドブック的活用を考慮して判型や段組もそれっぽい作りにした。たぶん編集者サイドの意向だろう。まったくの個人的想像ではあるが。

 3段組は、手にとったときは読みづらいと思ったものの、読み始めたらすぐ慣れた。
 相変わらずの面白さだ。
 2002年から2006年の連載をまとめてある。
 映画のほかにも芝居やTVにも若干ふれていて、夢中で読んでしまった。


2007/04/27

 「昭和が遠くなって」(小林信彦/文藝春秋)

 昨年週刊文春に連載されたエッセイ「本音を申せば」がまとめられた「昭和が遠くなって」(小林信彦/文藝春秋)。
 このシリーズも10年めに突入した。最初は「人生は五十一から」のタイトルで、3年前に改題されて「本音を申せば」になった。
 身辺雑記から時事批評、得意のエンタテインメント時評、なんでもありの見開き2ページのエッセイが毎週木曜日の通勤時の楽しみなのだ。

 連載1年分が1冊となり、「昭和が遠くなって」がシリーズ9冊目。「本音を申せば」になってからは「本音を申せば」「昭和のまぼろし―本音を申せば」に続く3冊目。今後もタイトルに昭和を取り入れ〈昭和シリーズ〉とでも呼ばれるようになるのだろうか。

 大学時代から毎週愛読していた週刊文春に小林信彦が「藤山寛美とその時代」連載をはじめたときは歓喜した。「定本 日本の喜劇人」(晶文社)は繰り返し読んでいるファンにとってはまたとない読み物である。毎週切り抜きしていた。
 短期集中連載ということで毎週の楽しみはあっというまに終わってしまうのだが、続いて「私の読書日記」 が始まった。「本の雑誌」で小林信彦のページを立ち読みしていたファンにとってこれまた快哉を叫ぶことになる。(このコラムは「小説探検」として本の雑誌社から刊行され、その後「読書中毒 ブックレシピ61」として文春文庫に入った)5人の担当者がいるので、楽しみは5週に一回となってしまうが、こちらはすぐには終了しないという判断だった。
 だから担当を降りたときのショックは相当なものだった。しかしこれが新たな喜びを呼んだ。「人生は五十一から」の連載になったのだから。内容の面白さもさることながら、このタイトルにもかなり励まされた。本当の人生は50歳を過ぎてからなんだ、と勝手に思い込んで、40代を生きるのが楽しくなった。
 いや、その前に「横山やすし天才伝説」(単行本では「天才伝説 横山やすし」)があったか。うーむ、記憶が定かでない。

 誌面のリニューアルで、ほとんどの連載がタイトルを変えることになり、「人生は五十一から」も「本音を申せば」になる。こちらが年齢を重ね、本当に50歳に手が届く、という時期の変更。残念でならなかった。

 さて「昭和が遠くなって」。
 やはり、映画やラジオ、芝居等、エンタテインメントを取り上げたときの筆の運びは格別だ。 「プロデューサーズ」「嫌われ松子の一生」「ゆれる」「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」。「硫黄島からの手紙」は少々持ち上げ過ぎの気がしないでもないが。
 ウディアレンの「マッチポイント」が長すぎるというところからキャロル・リードの「ミュンヘンへの夜行列車」が93分でいかに面白いか説いていく。
 あるいは俳優、女優について。スティーブン・マーティン、パトリシア・ニール、ジャニス・ペイジ。丹波哲郎、原節子、長澤まさみ、堀北真希。
 ダイエットについて書かれた文章は、雑誌掲載時にはほとんど興味がなかった。しかし、いざ自分が始めてみると、これがなかなか参考になる。

 〈ランキング地獄〉でこう書いている。
 日本人がランキング好きなのは〈他人の評価を自分の判断基準にする傾向が強い〉……
 価値を決めるのは自分だとぼくはずっと考えて……

 思わず膝を打った。


2007/09/26

 「日本橋バビロン」(小林信彦/文藝春秋)


 「日本橋バビロン」は、3月に発売された「文學界」4月号で一度読んでいる。

 そのときの感想。

     ▽
 1年ぶりに「文學界」(4月号)を購入する。小林信彦の「日本橋バビロン」が掲載されているからだ。
 書き下ろしの小説を手がけていることは知っていた。当然、単行本が出るものだと思っていたら、文芸誌への一挙掲載(330枚)。
 
 そうか、そういう手があったか。というか、考えてみれば昨年の「うらなり」も書き下ろしなのである。
 かつて新潮社の書き下ろしシリーズで「ぼくたちの好きな戦争」「世界でいちばん熱い島」「ムーンリヴァーの向こう側」「怪物のめざめる夜」に親しんできた者としては、どうしても〈書き下ろし=単行本〉のイメージがあって、久しぶりの書き下ろし函入り本に期待していたところがあった。
 「日本橋バビロン」も数ヶ月後には新刊となって書店に並ぶのだろうが、ファンとしては待っていられない。新聞で広告見た日に書店に駆け込んだ。

 すでに読みかけの本があった。押入れ大整理の中で見つけた「地獄の読書録」(小林信彦/ちくま文庫)。古書店で見つけ、ずっとそのまま積ん読状態のまま行方不明になっていたものだ。
 60年代のミステリガイドというべきこの本は、もちろん集英社の単行本で一度読んでいるものの、新しく追加された章もあって定本という触れ込み。この文庫を読了してからと思っていたのだが、「文學界」が気になって仕方ない。1ページ盗み読みして、もうちょっといいだろうと第1章を読んで、結局止まらなくなってしまった。

 「和菓子屋の息子 ーある自伝的試み」(新潮文庫)の系譜に入る小説(といっていいのかどうか、でもそう謳われているのだからそうなのだろう)。
 冒頭、第一部の〈三〉までは「en-tax」(VOL.14)の特集〈小林信彦 街の記憶/消滅の記憶〉で「日本橋あたりのこと(仮題) 第一部 大川をめぐる光景」のタイトルで掲載されたもの。
 太平洋戦争で失われた町(日本橋区両国)と老舗の和菓子屋への想い。これはもうここ10年あまりのテーマであり、そのこだわり方にはとてつもない執念を感じる。
 前者は米軍の空襲が直接的要因だが、戦後の町名変更によって町そのものが消滅してしまった怒りがある。後者は、長男にもかかわらず自身の強い意志で跡を継がず、〈立花屋〉の名を葬ってしまったことへの贖罪か。

 エンジニアへの道を断念して九代目を襲名した父親については、「和菓子屋の息子」でも詳しいが、「日本橋バビロン」ではさらに時代を遡り、入り婿として和菓子屋の八代目となり、店を拡大させた祖父の代から現代までの東京の変遷、生まれ育った町と和菓子屋の盛衰を時代背景と風景を絡めながら徹底的に綴っていく。

 小林信彦はもう小説を書かないのではないか?
     △

 一冊にまとまり感動を新たにした。「和菓子屋の息子 ―ある自伝的試み―」「東京少年」に続く自伝的長編三部作の最終編とのこと。父に対する想いに胸を熱くする。

 文章中に「真逆」という言葉がでてきてわが目を疑った。雑誌掲載時は全く気づかなかった。流行語にうるさい人が! この新語には抵抗感ないのだろうか?




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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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