しばらく2015年を引きずるなんて書いておいて、お正月の話題が続いている。ついでにもうひとつ。
 2日のテレビ朝日は朝から「しくじり先生」を特集していた。題して「しくじり先生怒涛の6時間! しくじり駅伝SP」。昨年放送されたものの再編集。辺見マリ先生の授業を夢中で観た。拝み屋に洗脳され、大金(約5億円)を貢いだ話だ。
 思い出したのは昨年暮れのビートたけしの番組(TBS)。この20年だか30年の間にワイドショーで取り上げられた事件、人物をランキングで紹介していた。
 トップは某宗教問題で追いかけられた桜田淳子だった。

 宗教と金の問題。
 かつて、中村敦夫の小説の感想でこんなことを書いていた。

     ◇

2002/08/25

 「狙われた羊」(中村敦夫/文藝春秋)  

 中村敦夫の半生記「俳優人生」の中に書かれていて思いだしたことに、霊感商法で問題視された某宗教集団との戦いがあった。一時週刊誌やTVのワイドショーをにぎわせたものだ。自身が書いた某宗教集団をモデルにした小説があることを知りさっそく借りてきた。  

 国際キリスト統一教会という新興宗教に洗脳された大学生の息子をひょんなことから救出しなければならなくなったしがない私立探偵の活躍、同時に優秀な成績で東京の一流大学に入学した女子大生が心の隙間をつかれていかにして宗教にはまっていくか、その過程を詳細に描く。
 また信者に課せられた厳しい売上げのノルマ、協会側が画策する肉親によって拉致された信者の奪回方法、協会に繋がるダミー会社の実体等、教会内部の機構、仕組み、協会を擁護する政治家などの暗躍なども徹底的に白日の下にさらす。  

 国際キリスト統一教会の経典の内容もたぶん某宗教のそれに沿った形になっているのだろう。どうしてこんな内容を絶対のものとして信じてしまうのだろう。
 あるいは擁護する政治家も仮名ではあるがすぐ誰であるかわかるようになっている。献金してくれる団体が詐欺行為をしても見て見ぬふりをするわけか。こんな人がかつて首相であったこと、いやその前に群馬出身だということに情けなくなる。  

     *

 信仰の自由は憲法で保障されている。それに対して異議などない。  
 不思議なのはなぜ自分の宗教を他人に押しつけるのか、どうして宗教には金の問題が絡んでくるのかということだ。  
 確かに宗教にお布施は必要不可欠のものだろう。しかしそれにも限度というものがある。何百万なんて金額は正気の沙汰ではない。本当の神様なら金など要求しないだろう。結局金儲けの団体でしかない、ということだ。  
 某殺人宗教団体の富士の麓の施設が強行捜査された際、教祖が屋根裏に1000万円近くの現金を持って隠れていた事実で、この教祖の化けの皮がはがれた。教祖の情けない姿を知った信者は皆脱退するだろうと確信したのだが、そんなことはなかった。 TVで盛んに嘘八百を並べ立てた、殺人の共犯者である幹部が出所すると逮捕される前と同じ待遇で活動している。
 いったい宗教って何だろう?  

 布教という名目の、他人への介入もいい加減にしてもらいたい。選挙のたびに懐かしの電話をくれる高校時代の友人がいた。久しぶりに会おうよということで、日時を決めて会う。そこには友人と見知らぬもう一人。用件は彼が入信している宗教団体をバックにした政党の候補者に清き一票を、だ。こんなやりとりを何回繰り返したことか。  
 大学3年の夏休み、母親が脳腫瘍の摘出手術後、様態が思わしくなく、寝たきりになってしまった頃の話。夕方にその信者の女性二人が家にやってきて、「入信すれば、お母さんの具合もよくなる」と延々としゃべくりまくった。こちらは夕飯の支度もできやしない。常識も何もありゃしないのだ。完全に頭にきた。  

 独身時代、よくこの手の勧誘が部屋を訪ねてきた。僕の悪い癖なのだが、こちらが暇だとすぐ相手にしてしまう。宗教論争をふっかけてしまう。相手をグーの根もでないように黙らせることはできないが、僕も絶対に妥協しない。  
 いつだったか、もうかみサンとつきあっている頃、一人で新宿を歩いていると若い男に声をかけられた。宗教論争で盛りあがった。何を思ったか、その男、「ちょっと右手の親指を外側に曲げてもらえませんか」と言った。折り曲げたら「やっぱり」とうなずいた。「指が直角まで曲がる人って教祖になる素質があるんですよ」だって。そんなバカな。  
 これでその男とは別れたのだが、また話をしたいというので、後から反省したのだが、自宅の電話番号を教えてしまった。電話なんてかかってこないとタカをくくっていたのと、もし仮にあったとしても、またこちらの意見をしゃべりまくってやればいいやなんて軽く考えていた。
 
 かみサンが部屋に遊びにきていた夜、男から電話があった。第二次宗教論争の勃発である。話は結局平行線をたどりまとまらない。こちらの言うことはひとつ。あなたがその宗教を信じるのは勝手、でもその宗教をオレにも信じろというのは納得いかない。信じるつもりもない。「いやその前にどういうものか知ってもらうために一度サークルにご参加を」その繰り返しだった。いい加減うんざりしきたが、無理やり電話を切る勇気がない。  
 と、突然、かみサンが受話器をうばって大声でわめいた。
「今、ふたりでいいところなんだから邪魔しないでよ!」  
 もちろん、その場はそういう雰囲気ではなかった。それまで普通におしゃべりしていたのだ。受話器を受け取って耳にあてると、相手は申し訳なさそうに「し、失礼しました」と電話を切った。  

 宗教は信じていない。だが、それは既成のということで、神様(仏様)は信じている。母親が12時間に渡る腫瘍の摘出手術を受けていた時、自宅に一人残された僕は泣きながら神様に手術の成功を祈っていた。
 いいことをすれば極楽に行け、悪いことをすれば地獄に落ちる。漠然とだがそう考えている。  

 また誰かに宗教の勧誘を受けたらこう言ってやる。
「信じている宗教がありますから結構です」
「何の宗教ですか?」と訊かれたら自信満々に答えてやろう。「ARAI教です。教祖は私、信者も私、たった一人の超弱小宗教集団なんです」
 誰も勧誘しない、献金もない、信念は自分に嘘をつかないこと。

     ◇

 【おまけ】

2002/07/02

 「俳優人生 振り返る日々」(中村敦夫/朝日新聞社)  

 俗にタレント議員と呼ばれる人がいる。何も議員なんかならなくてもと思うタレントが多い中、中村敦夫が立候補した時は応援したくなった。別にファンだからというわけではない。もちろん「木枯し紋次郎」に夢中になっていた僕は俳優・中村敦夫を見つめる目は他の俳優のそれと違っていたかもしれない。が、そんな単純な理由ではない。

 「木枯し紋次郎」で一世を風靡した後、中村敦夫はさまざまな役柄に挑戦していた。にもかかわらず僕には今いちピンとくるものがなかった。それより情報番組のキャスターをしながら脚本を執筆したり小説を上梓したりする方が、中村敦夫らしいと感じていた。  

 TBS系「地球発22時」という情報番組や日本TV系「ザ・サンデー」のキャスターをやっていた時期が長かったので、ジャーナリストとして社会問題に対する取り組み方にタレントではない、中村敦夫自身が持つ資質を見たからかもしれない(当然のことだが、キャスターをやっていれば議員に向いているというわけでもない)。

 たとえば「追跡」では唐十郎監督作品をお蔵入りにした局に対して徹底抗戦、結局番組から降りてしまった。「地球発22時」では局側の以降で放送時間を変更させられたことに反発して、番組を終了させてしまった。このような上に対する反骨精神が日本の議員に必要だとも思った。

 CSで「木枯し紋次郎」が全話放送されたり(観られなかったが)、また笹沢左保の原作を読んだりして、一人「木枯し紋次郎」で盛り上がっていたところに、本書が上梓された。興味の的はやはり「木枯し紋次郎」に抜擢された前後の話(第5章 運命の木枯し紋次郎)。  

 著者は東京外国語大学卒という肩書きからして、その昔、ちょっと芸能界へ入り方が通常とは違う役者、つまりまったく別の業界からポッと役者になって人気者になったと思っていた。 
全然違っていた。

 俳優座養成所から俳優座に入る王道的な道を歩むのだが、下積み時代がけっこう長い。売り出しには俳優座も気を使っているのだが、どれも不発。で、市川崑監督に抜擢されて「木枯し紋次郎」に主演し人気俳優になるというわけ。

 著者らしいのは俳優座に入ったとたん理事に抜擢されていること。リーダー的な素養は学生時代からのもので、率先して物事に当たっていく人なのだ。理事会では現状からの脱却を目指して革新的な意見もかなり上に進言したのだろう。それが疎まれる要因となる。  
 アメリカへの留学が許されたのも幹部連に「うるさい奴はどこかに行っててもらいたい」なんて考えがあったのではないか。

 この海外留学のエピソードは面白い。  
 留学から戻ってきて、まあ、いろいろあって俳優座を脱退する。劇団を創設するより、その都度役者を集めようと、その資金の調達を考えてプロダクションを作り、最終的に社長に就任。  
 それが番衆プロだ。原田芳雄や市原悦子などが所属していた。そういえば一時期この名前はよくクレジットで見たものだ。新人時代の桃井かおりも在籍していたが、素業が悪くて辞めてもらったのだとか。

 「木枯し紋次郎」ではとにかく体力がものをいったという。実際三度笠に長めの合羽を着て坂道を走るのは大変な重労働で、敵方の役者たちは野球で鍛えた中村敦夫の動きについて来られない。だから話題になったリアルな殺陣は大学ラグビー部のメンバーを相手役に仕立てたとか。

 紋次郎以降、著者は「水滸伝」「おしどり右京捕物車」「必殺仕業人」「青春の門」等のTVに出演する。
 この中でなぜか「おしどり右京捕物車」を毎週観ていた。主人公の右京が妻(ジュディ・オング)の押す手押し車に乗って、必殺技のムチを使って悪人を退治する様はマンガっぽくて半ばバカにしながら、でも惹きつけられるものがあった。
 「必殺」シリーズのレギュラーになった時はちょっと裏切られた気分だった。本人には迷惑だろうが、紋次郎と「必殺」はライバルという見方をしていたから。
 「青春の門」のやくざ役はまさに適役だっただろうなと思う。確かこのドラマは観ていたはずなのに、全然覚えていない。

 長らくキャスターをやった後、役者に復帰して出演した劇映画「集団左遷」の部長役は著者らしさがでていたと思った。著者自身もそう思って今後の役者人生に希望を見出したことを書いている。  
 
 お蔵になった主演映画があるのを知った。西村潔監督「夕映えに明日は消えた」。原作・笹沢左保、脚本・ジェームス三木。タイトルからして紋次郎ファンにはたまらない。内容が暗すぎて当時配給予定の東宝が公開を見送ったというのだが、「木枯し紋次郎」なんて救いようのない結末ばかりだったではないか。70年代だったら通用したと思う。ぜひビデオで復刻してもらいたい。




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新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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