大晦日のコミケを手伝ったからではないだろうが、発行人の小山さんから「まぐま」のバックナンバーをいただけることになった。
 名刺代わりになるので、段ボール二箱分。
 その中に「夕景工房 小説と映画のあいだに」があった。
 3年間土日引きこもりになった要因の一つで、もちろん、引きこもりになったのにはもっと大きな要因があるのだが、一つであることは確か。
 で、あるから、段ボール一箱分を廃棄した。制作費をどぶに捨てたようなものだ。
 元気になって、あの行動を悔いた。悔いたけれど、捨てたものは戻ってこない。
 発行人が持っていたのだ。
 即売会で販売しているらしい。
「著者ですか?」
 なんて尋ねられることもあるとか。

 目次はこんな感じ。
     ▽
 はじめに ~今、本当に日本映画は熱いのか?

 Ⅰ. 小説と映画のあいだに
 Ⅱ. こんな映画が観たい
 Ⅲ. 特撮映画に紫煙の薔薇を!
 Ⅳ. ブログの冒険
 Ⅴ. レビューの冒険
    買った!借りた!読んだ!
    観たり聴いたり記したり

 あとがきにかえて ~夢多きあの時代の自分が観たら 『キッド』
     △

 ということで、「買った!借りた!読んだ!」から転載します。
 夕景工房の「買った!借りた!読んだ!」からセレクトしたものです。レビューの形を借りた自分語りあるいはそれに類するものをピックアップしています。

     ◇

 亡くなった母の無念さが去来する
  「和田夏十の本」(谷川俊太郎 編/晶文社)

 和田夏十の名前を知ったのはTV時代劇「市川崑劇場 木枯し紋次郎」の主題歌「誰かが風の中で」の作詞家として。上條恒彦が歌う同主題歌は僕が生れて初めて買ったレコードで思い出深いものがある。
 和田夏十が有名なシナリオライターで、おまけに市川崑監督夫人だなんてことは全く知らなかった。だいたい夏十をどう読むのかもわからなかった。(〈なっと〉と読むのですね。ずっと〈なっとう〉だとばかり思っていた。)
「誰かが風の中で」のあと、市川監督が再度TV時代劇に挑んだ「丹下左膳」でも主題歌を担当している。「誰かが風の中で」と同じく小室等とのコンビによる「かげろうの唄」。小室等自身が歌い、番組自体も主題歌もまったく話題にならなかったけれど、これも僕のお気に入りの歌だ。
 両作品とも女性らしさというものを感じさせない。「誰かが風の中で」は今から思うとハードボイルドの世界だし、「かげろうの唄」は世の無常、刹那を問う哲学的な内容だ。
 本書にも収録されているこの2編の詩からも和田夏十の性を超越した観察眼というか才能を垣間見ることができる。
 本書は和田夏十が生前発表した文章を市川夫妻の盟友・谷川俊太郎がまとめたものである。当初市川監督が自費出版しようとしたものを話を聞いた谷川本人からの申し出で実現したという。少々高いけれど、市川監督のファンであり、常々和田夏十の世界を知りたいと思っていた僕みたいなファンにとってはエッセイ、詩、シナリオ、小説と多岐にわたった作品がジャンル別に並ぶこの本を読めることはとてもありがたい。
 一番興味のあったシナリオは、数年前にレイトショーで話題になった「黒い十人の女たち」と市川崑監督作品の中で特に傑作と名高い「炎上」の2本が収録されている。
 「炎上」は未見だが、シナリオだけでも心動かすものがある。三島由紀夫の小説を確かなタッチで脚色化している。
 エッセイを読むと彼女の内に秘めた気性の激しさというものをひしひしと感じる。巻頭の〈和田夏十というひと〉で谷川俊太郎が彼女の第一印象を一筋縄で行かない人だと評したことも実感できる。
 癌に冒され18年間の闘病生活を送ったということで、その文章には彼女の死生感が色濃くあらわれている。
 最後に収められている私小説のようなエッセイのような「ぬいのこと」は市川家の妻であり母である市川由美子自身の目から見た飼い犬にまつわる思い出がつづられている。重い皮膚病で最後は薬殺された捨犬〈ぬい〉に逢えたことを幸せと語り、そこから自分の病気の話へうつっていく。闘病生活の長さが多くのこと考える時間を与えてくれたという。そして、もし自分がガンにかからなかったら今の私までにもなれなかったと結ぶ。
 本書を読む前に僕の母が死んだ。脳腫瘍切除の12時間に及ぶ大手術で、どうにか命はとりとめたものの、術後の経過がおもわしくなくほとんど寝たきり状態のまま、病院やリハビリセンターを転々としながら20年が経ってしまった。もう長くない、あと2、3日の命と医師に言われてからも1年半も生き長らえ、4日早朝、様態が急変して家族の誰にも看取られないまま淋しく逝ってしまったのだ。
 意識が混濁して思うようにしゃべれなくなった母とはこの5、6年会話らしい会話も交わしたことがなかった。
 20年間にわたる闘病生活の中で、母が何を感じ、何を伝えたかったのか僕には知る由もない。
 しかし、若いころ演劇や文学にいそしんだ母のことだから、考える頭や書く力があったなら、きっと病気や手術のこと、死の恐怖について書いたり、語ったりしたことだと思う。
 和田夏十のやがてやってくるであろう死について冷静に語る文章に接して、20年間何もできず静かに逝ってしまった母の無念さが去来し、胸を締めつけられる思いだった。
 最後をしめくくる市川監督の言葉もその最後の一文で思わず目じりに涙が浮かんだ。同士でありよきパートナーだった夫人に対する愛情にあふれていた。(2000/07/13)




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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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