紙ふうせんFC通信に寄稿したエッセイを転載します。
 「冬が来る前に」を知っている人は多いけれど、原詩は知られていないだろうから。

     ◇

 昨年暮れにFC関東地区+αメンバーの忘年会を兼ねて、念願のイベントを開催した。題して「紙ふうせん初期のライブ音源を聴く会」。
 表参道のカフェ・バーで75年と77年のコンサート模様を肴に酔いしれたというわけだ。

 77年のコンサートで披露される「冬が来る前に」が興味深かった。まさにフォルクローレなのだ。CBSソニー移籍第一弾としてシングルがリリースされる前の、2年近くステージで歌われていたもうひとつの「冬が来る前に」。一番の歌詞が大幅に違う。

  坂の細い道を赤い傘がゆれる
  夏の雨に濡れて歩くふたり
  海の見える丘に虹がかかるときは
  白い花を私にくれたあのひと
 
 どこか牧歌的で、何より色を感じさせてくれるところが後藤さんらしい。

 作曲の浦野さんに聞いたことがある。「冬が来る前に」はステージに彩りを加えるために作った曲だと。万人に受けるラブソングにしてくれと(作詞の後藤さんに)要望した。紙ふうせん本来の路線ではないのでレコーディングなんてまったく考えなかった、とも。

 赤い鳥時代から後藤さんも平山さんも直截的なラブソングは書かなかった。75年のコンサートでは新曲「別れの鐘」が初披露されているのだが、歌い終わった後の後藤さんの一言がふるっている。曰く「僕にとってはシャレですから」。そんな経緯ゆえ「冬が来る前に」は、東芝EMIの新人アーティストがレコーディングした。まったく知られていないことだが。
 ライブアルバム化を前提とした77年のコンサートで後藤さんはこう宣言している。
「ニューミュージックばかりをやりはじめた東芝EMIをやめます」
 にもかかわらず、CBSソニーは「冬が来る前に」をよりポップに大胆なアレンジでシングル化した。何とも皮肉な結果だが、あの時代、あのアレンジだからこそ大ヒットし、今に残る名曲になったのだと思う。ただし、後藤さんのジレンマはさらに深く浸透していった、のかもしれない。




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Comment
No title
そうそう、冬が来る前にはこの詩だったよね! 2番目は変わらないけど。シオノギのミュージックフェアーに出演した時にもこの詩を歌ってました。詩のイメージとして15歳あたりの女の子でしたが、ヒットした詩でイメージすれば22歳あたりの女性でした・・・ ジローさんの感性はすごいですね。
ジンギスカン さん
ジンギスカンさんは、ちゃんと歌詞を覚えていたんですか?
すごい!
私は、いい歌だなあという印象しかなくて。なぜシングルをださないのか、それが不思議でたまらなかったんですね。 
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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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