承前

 談之助師匠のHPの掲示板「噂の志ん相掲示板」は本来の目的をかけ離れ、いつしか〈立川キウイヘイト書き込み〉専用版になってしまった。
 書き込みしている人たちって、キウイ師匠がどうなればこの書き込みをやめるのだろう。日々精進を重ねて腕を上げるまでか? いや逆か、噺家を廃業するまでか?

 普通、その人が嫌だったら、これこれこういう理由で嫌です、嫌いです、だから顔なんて見たくない、もう会いたくないって宣言したらもう一切その人に近づかないものではないか。同じ職場で働いているわけではないのだから。立川流の落語会だって、〈キウイ〉の名があれば行かなければいいだけのこと。
 にもかかわらず、毎日(たぶん)同じ人たちが新しいキウイネタを仕入れては書き込みしている。その仕入先はキウイ師匠のブログ(やツイッター)。
 アンチキウイウォッチャーと呼べばいいのだろうか。
 
 そんなに噺家キウイが嫌いならば無視すればいい。でも毎日のように見に行くんだ、これが。
 キウイ師匠はキウイ師匠でたまにブログで「噂の志ん相掲示板」に関する批判的な書き込みに言及して火に油を注ぐ。

 見るまい、と思いつつ見てしまうのは僕にもある。
 「噂の志ん相」とキウイ師匠のブログ「キウイの小部屋」閲覧だ。
 僕なりのキウイ師匠への思いや考えがあって、ブログ等を見るのをやめていたのだけれど、怖いもの見たさで「噂の志ん相」を覗いて、そのまま今度は何を書いているんだとキウイ師匠のブログをクリックしてしまう。
 確かに書かなくてもいいことを書いている。
 ブログを書く暇があるのならその分落語の練習しろよ、と思うアンチキウイウォッチャーの気持ちもわからなくはない。
 僕自身、落語に関してそれほど詳しくない。2000年代になって談四楼師匠の落語会(下北沢の独演会)に通いだすようになって、立川流の若手、一部の前座さんの高座を観るようになった。その範囲内でしかわからないが、彼らの成長過程を定点観測しているようなもので語ることはできる。
 彼らは前座から二つ目になると皆独自の活動をし始める。いろいろ仕掛けるわけだ。キウイ師匠にはそれがなかった。それがはがゆくてたまらなかった。真打になっても変わらない。で、ブログにはいろいろ書くわけで。

 たとえば、キウイ師匠がブログ等をすべて封印し、たとえば1年間精進するというのであれば、その間彼らは黙っているのだろうか。まあ、なんだかんだと好き勝手なとことを書くことは十分予想できる。
 彼らはアンチとはいえ、キウイファンだからね。キウイ師匠をヘイトするのが生きがいだから。バカな奴らだ。もっとほかに生きがい見つけろ。

 もし、仮にキウイ師匠が掲示板のあまりに激しいヘイトぶりを悲観して自殺してしまったら、どうするのだろうか。われ関せず、みなどこかに消えてしまうんだろうな。奴ら、自分の書き込み、言葉に対する覚悟なんてものは一切持っていないからな。
 僕が覚悟なんて言葉を使うと、娘に「お父さんが口にするべきじゃない!」と怒られてしまうけれど。

 まあ、こんなことをこのブログに書いてもアンチキウイウォッチャーの奴ら誰でも読まないことは確信している。
 だったらなぜ「噂の志ん相」に書き込まないの? そう疑問を持つ人がいるかもしれない。
 「噂の志ん相掲示板」に書き込むということは、僕が奴らと同じ土俵に立つということ。そんなにオレは落ちぶれちゃいないぜ。




関連記事
スポンサーサイト
NEXT Entry
「極道の妻たち」上州太田篇 ~mixi失格。#28
NEW Topics
「千里眼」「忠臣蔵コレクション4 列伝篇 上下」「のり平のパーッといきましょう」 ~ある日の夕景工房から
58
「朝霧」「墓地を見おろす家」「催眠」「蟲」「ファミリー」 ~ある日の夕景工房から
「論戦」『黒澤明 「一生一作」全三十作品』「鯛は頭から腐る」「読むJ-POP 1945-1999 私的全史」 ~ある日の夕景工房から
「死国」「黒い家」「天使の囀り」「バースディ」 ~ある日の夕景工房から
「世紀末、どくぜつテレビ」「江戸はネットワーク」「清張ミステリと昭和三十年代」 ~ある日の夕景工房から
「ジャーナリストの作法」「たかがテレビ されどテレビ」「藝人という生き方、そして死に方」 ~ある日の夕景工房から
「恋」「秘密」「ラザマタズの悲劇」 ~ある日の夕景工房から
「兄弟」「芸人失格」 ~ある日の夕景工房から
「少年H 上下」「ジュラシック・パーク」「塗仏の宴 宴の支度」「塗仏の宴 宴の始末」 ~ある日の夕景工房から
Comment
Trackback
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Page Top