奇しくも一九七〇年代初頭日本列島を震撼させた事件が続けて映画化された。
 七二年二月に起きた〈あさま山荘〉における警察と連合赤軍の攻防を描いた原田眞人監督の『突入せよ!「あさま山荘」事件』、翌七三年八月に起きた〈金大中拉致事件〉の真実に迫った阪本順治監督の『KT』。
 僕自身が十代前半の一番多感なころの出来事で、大変印象深い。
 一九七〇年代を象徴する事件がスクリーンに蘇るということは、当時の風景、ファッション等、時代そのものが再現されることでもある。七〇年代への思い入れが強い僕としては両作品に対する期待は大きかった。
 
 連合赤軍については、昨年高橋伴明監督が立松和平の小説『光の雨』を映画化している。当時を知らない若い人たちに人気を呼んだという。
 三十年という月日が節目になって、「連合赤軍ならあさま山荘事件がある!」とばかりに、映画人が佐々淳行の『連合赤軍「あさま山荘」事件』(文藝春秋)に目をつけたことは十分予想できる。
 〈金大中拉致事件〉の映画化には驚いた。事件そのものが謎に包まれていること、被害者が韓国の政治家、それも(現在の)現職の大統領であること、映画化には韓国側の協力が不可欠であること、映画化の困難さを数えたらきりがない。
 時代が変わったのだ。
 思えば当時北朝鮮も韓国もよくわからない国だった。社会主義で国交のない北朝鮮に対して、韓国は朴大統領の独裁政権。個人的にはどっちもどっちという印象だった。北朝鮮はいまだにわからない国だが韓国は政権が変わるに従って徐々に変化していった。
 その過程で日韓の文化交流が深まっている。韓国では日本映画の公開が解禁された。日本では『シュリ』や『JSA』がヒットして韓国のエンタテインメント映画の真髄を見せつけてくれた。ワールドカップの共催も大きく働いているのだろう。TV各局が日韓共同制作ドラマに力を入れていたのだから、映画界も動かない手はない。
 TVドラマは日韓男女の人種問題がからむラブストーリーが主だった。映画は実際の事件、それも両国にとって触れられたくない〈金大中拉致事件〉を取り上げているところが頼もしい。

 事件は一九七三年八月八日の白昼堂々都心のホテルで起きた。当時朴正煕大統領の政敵と目された金大中が何者かに誘拐されたのだ。朴大統領の独裁政権下、事実上の亡命生活を余儀なくされた金大中は日米間を往来し南北の民主的統一、朴政権批判の遊説活動を行っていた。その日本滞在中の出来事だった。誰もが最悪の結末を予想したが、5日後、韓国の自宅近辺で無事保護された。
 現場に残された指紋から悪名高いKCIAの暗躍、朴政権の事件への関与が噂され、日本主権への介入等も問題されたが、結局ウヤムヤに幕が降ろされた印象が強い。
 金大中拉致は誰がどのように画策し実行されたのか? 空白の5日間に何が起きたのか? 事件を大胆な推理と仮説で描いたのが、日韓合作のポリティカルサスペンス『KT』だ。
 タイトルが魅力的。アルファベット2文字は金大中〔キム・テジュン〕のイニシャルであるとともに、金大中暗殺の暗号〈Kill the Target〉を意味する。
 原作は、映画公開前に惜しくも亡くなった中薗英助の「拉致 ―知られざる金大中事件」(新潮文庫)。
 国家の意向により金大中暗殺を狙うKCIA諜報員・金車雲一派。密告によりその情報を入手した金大中シンパは巧妙に居住を変更して、敵との接点をもたせない。金車雲は元自衛官・富田が設立した調査事務所に金大中探索の依頼をする。
 運命の日。宿泊する旧友に面会するため、ホテルを訪ねてきた金大中が一人になる瞬間を狙い、拉致が決行される。不測の事態が生じた。その場に、金大中をロビーまで送ろうとする別の友人がいたのである。後に引けない金車雲は目撃者を残して計画を実行。拉致された金大中は神戸に運ばれ、神戸港に停泊していた韓国船に監禁される。沖合で海底に沈めようという段取りだ。
 船は神戸港を出て韓国に向った。まさに暗殺が行われようとする、その時、暗殺中止を求める日本警察のヘリコプターが飛来、事なきを得る。計画を事前に察知し、KCIAの動向を監視していた米CIAが日本政府を動かした結果だった。

 小説は、この事件を主に金大中側から描いているが、映画は首謀者側の人物が主役となってストーリーが進行する。
 事件に自衛隊が関与していたこと、犯行現場に犯人の指紋が残されていたこと、二つの事実を踏まえて、脚本の荒井晴彦は映画に独自の解釈を与えた。
 まず原作では端役でしかなかった調査員・富田の存在を大きく膨らませ、拉致計画に加担する現職の自衛官に仕立てた。
 自衛隊の存在意義の曖昧さ、軍人でありながら朝鮮関係の情報収集を職務とする自分に忸怩たる思いを持つ富田(佐藤浩市)は自衛隊を辞めようと決意するものの、上層部から慰留される。
 結局表向き調査事務所の所長におさまり、上層部からの指示でKCIAの金車雲(キム・ガブス)と接触、金大中(チェ・イルファ)の居場所をつきとめる仕事を請け負うことになる。ところが、事が拉致、暗殺に発展すると、上層部は計画から手を引くよう態度を翻す。
 逆に自らすすんでのめりこんでいく富田。任務に失敗すれば本人のみならず家族までも殺されてしまう金車雲へ共感、自分なりの「国家と個人の戦い」というわけだ。
 この富田の人物造形はいま一つわかりにくい。上に反逆する心情がこちらに届いてこないのだ。
 それに比べて金車雲の、計画を成功させなければ抹殺されてしまうという焦燥感、悲壮感は全編に渡って波打っている。
 金車雲は失敗した時の〈保険〉のため、わざと現場に指紋を残す。犯人が特定されれば、〈国家〉は簡単に自分を殺せなくなる、と。「なぜプロの諜報員が現場に指紋が残すようなミスをしたのか」という疑問に対する回答に思わずうなずいてしまった
 国家の思惑に翻弄させられる二人とは対照的な、若い富田にかつての己を見て、共鳴するがゆえに反目してしまう男も主要人物として登場する。
 映画オリジナルの夕刊紙記者・神川(原田芳雄)である。戦争時は軍国主義にどっぷりつかり、戦後はその反動で共産党に入党、そのどちらにも裏切られた過去を持つ。
 この無頼派記者を原田芳雄が演じることで「確かに七〇年代にこんな記者がいたのだろうなあ」と思わせる。富田を諭す「オレは誰かのために生きないし、誰かのために死にもしない」「勝たなくてもいい戦争もあるんだ」の台詞が説得力を持った。

 映画は一九七〇年の三島由紀夫自決事件を介して富田と神川が最初に出会うところから始まる。
 三島に心酔する富田と思想に縛られず自由に生きようとする神川。ふたりの立場の違いを明確にすると同時に、七〇年代初頭の、あの時代を鮮やかに観客に印象づける。うまい導入だ。
 富田がKCIAと接触するために利用する韓国人女性の李政美(ヤン・ウニョン)も映画のオリジナル。ふたりは恋に落ちるのだが、政美が初めて富田に見せる裸身がショッキングだ。かつて民主化デモに参加し投獄され、KCIAによって受けたリンチの傷跡が生々しい。戒厳令下の朴政権の実態が如実にわかる仕組み。
 金大中のボディガード・金甲寿(筒井道隆)のキャラクターも映画独自に造形していて好感を持った。
 在日二世で母国語が喋れない、たぶん祖国の統一も民主化にもあまり関心がない大学生がそれほど乗り気でない金大中のボディガードをすることになって、徐々にその人柄に惹かれていく。金大中が書いた詩の意味を知りたくて韓国語の勉強をはじめるくだりが微笑ましい。
 そんな彼が拉致事件に巻き込まれ、自分の不甲斐なさに意気消沈しているところに、警察の取調室で「母国語もしゃべれねえくせに」と馬鹿にされ、泣き喚くシーンに目頭が熱くなった。映画の中で一番感情移入できるのがこの人物だった。

 阪本監督は奇をてらわず、テクニックにも走らず正攻法で淡々と、KCIA側の、事件をリークする造反者が誰かというミステリ的要素もつけ加えながら、事件の経過を描写する。それがクライマックスまで静かにサスペンスを盛り上げる結果となった。ラストの衝撃は忘れられない。
 タブーとされる題材に挑戦し、原作以上の人物造形で当時の風俗描写を含めて、水準以上のエンタテインメント作に仕上げた阪本監督以下スタッフの姿勢は賞賛に値する。
 今後も政治の闇にメスを入れ、薄汚い政治屋たちを右往左往させるような骨太な映画を期待したい。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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